結論からお伝えすると、株式譲渡で会社を買った場合、対象会社の繰越欠損金は原則としてそのまま対象会社に残り、買収後も使うことができます。株主が変わったこと自体で、欠損金が消えるわけではありません。
ただし、使えなくなる場面が三つあります。
一つ目は、50%超の株式を取得した後5年以内に、旧事業の廃止と大規模な資金の受入れなど一定の事由が生じたとき(いわゆる「欠損等法人」の制限)。
二つ目は、買収後に合併などの組織再編を行い、欠損金を他の会社へ移そうとするとき。
三つ目は、買い手のグループに入ったことで「中小法人等」に当たらなくなり、1年に控除できる金額が小さくなるときです。
この記事では、繰越欠損金がある会社を売る側・買う側の双方が押さえておきたい仕組みと、価格への反映の考え方を整理します。
繰越欠損金とは
繰越欠損金とは、過去の事業年度に生じた税務上の赤字(欠損金額)のうち、まだ使い切っていない部分を、将来の黒字(所得)と相殺するために繰り越しているものです。
法人税法では、青色申告書を提出した事業年度に生じた欠損金額を、その後の各事業年度に繰り越して所得から控除できるとされています(法人税法57条)。主なルールは次のとおりです。
- 繰越期間:各事業年度開始の日前10年以内に開始した事業年度の欠損金額が対象です(平成30年4月1日前に開始した事業年度に生じた欠損金額は9年)。
- 控除の順序:古い事業年度に生じたものから順に控除します。
- 控除の上限:中小法人等は、その年の所得の金額の全額まで控除できます。中小法人等以外の法人は、原則として所得の金額の50%が上限です。
- 申告の要件:欠損金が生じた事業年度に青色申告書を提出し、その後も連続して確定申告書を提出していることが必要です。
ここでいう中小法人等には、資本金1億円以下の普通法人などが含まれますが、資本金5億円以上の法人などの「大法人」に発行済株式の全部を保有されている法人は除かれます(国税庁 タックスアンサーNo.5762)。この点は、後で述べる「大企業グループへの売却」で意味を持ちます。
株式譲渡なら欠損金は会社に残る
会社の売買には、大きく分けて株式譲渡と事業譲渡があります。両者の違いは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」でも整理しています。
繰越欠損金の観点から見ると、違いは明確です。
| 取引の形 | 繰越欠損金はどこに残るか | 買い手から見た意味 | 売り手から見た意味 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 対象会社にそのまま残る | 将来の所得と相殺できる可能性がある。ただし5年間は欠損等法人の制限に注意 | 欠損金の価値を株価の交渉材料にできる余地がある |
| 事業譲渡 | 事業を売った会社(売り手側の会社)に残る | 欠損金は引き継げない | 事業の譲渡益と自社の欠損金を相殺できる場合がある |
| 合併などの組織再編 | 要件を満たす場合に限り、合併法人等へ引き継げる | 支配関係が生じてから5年以内は引継ぎ・使用に制限がかかることがある | 再編の方法によって評価が変わる |
※AEGISが法人税法57条・57条の2と国税庁の情報をもとに整理。実際の適用可否は個別事情により異なります。
株式譲渡では、会社という「器」はそのままで、株主だけが入れ替わります。そのため、対象会社が過去に積み上げた欠損金も、原則として対象会社にとどまります。一方、事業譲渡では、事業に属する資産や契約が買い手に移るだけで、欠損金は移りません。欠損金を持つ売り手側の会社は、事業の譲渡益と自社の欠損金を相殺できる場合がある、という形で関わることになります。
株主が変わった後の制限:「欠損等法人」とは
制度の趣旨
株式譲渡で欠損金が残るのであれば、「欠損金を多く持つ休眠会社を安く買い、そこへ利益の出る事業を入れて税金を減らす」という行為も考えられます。これを防ぐために設けられているのが、特定株主等によって支配された欠損等法人の欠損金の繰越しの不適用(法人税法57条の2)です。
制限がかかる流れ
制限は、次の三つがそろったときにかかります。
- 特定支配関係が生じたこと:他の者が、対象会社の発行済株式の50%を超える株式を直接または間接に保有する関係などが生じたこと
- その時点で欠損金や評価損資産を持っていること:特定支配関係が生じた日(支配日)の属する事業年度において、それより前の事業年度の欠損金額、または含み損のある一定の資産(評価損資産)を有していること。この法人が「欠損等法人」です
- 支配日以後5年以内に、一定の事由に該当したこと
3の「一定の事由」として、法人税法57条の2第1項には次のようなものが掲げられています。
- 支配日の直前に事業を営んでいなかった会社が、支配日以後に事業を開始すること
- 支配日の直前に営んでいた事業(旧事業)のすべてを廃止する、または廃止が見込まれる場合に、旧事業の事業規模のおおむね5倍を超える資金の借入れや出資の受入れを行うこと
- 買い手側が対象会社に対する一定の債権を第三者から取得している場合に、旧事業の事業規模のおおむね5倍を超える資金の借入れ等を行うこと
- 上記の場合に、対象会社が被合併法人となる適格合併を行うなどすること
- 支配日の直前の社長などの役員がすべて退任し、かつ、旧事業に従事していた使用人のおおむね20%以上がいなくなり、旧使用人が従事しない事業の事業規模が旧事業のおおむね5倍を超えること
これらに該当すると、その該当日の属する事業年度(適用事業年度)以後は、それより前に生じた欠損金を繰越控除できなくなります。あわせて、評価損資産を売却等したときの損失についても損金算入が制限される規定があります(法人税法60条の3)。
通常の事業承継型M&Aでは「該当しないこと」を確認する
後継者不在の会社を買い、従業員や取引先とともに事業を続けるという一般的な事業承継型のM&Aでは、旧事業を続けることが前提ですから、通常はこれらの事由に当たりにくいと考えられます。ただし、注意したいのは次のような計画です。
- 買収後に既存事業を縮小・撤退し、買い手側の別事業を対象会社に移して大きく育てる計画
- 旧経営陣が全員退任し、従業員の配置も大きく変える計画
- 金融機関などから対象会社向けの債権を割安で買い取ったうえで、大規模な資金を入れる計画
いずれも経営上は合理的な判断であることが少なくありません。だからこそ、買収後5年間の事業計画が欠損等法人の事由に近づいていないかを、税務の側から事前に点検しておく必要があります。
合併など組織再編で引き継ぐときの制限
買収後に対象会社を買い手の会社と合併させ、一つの会社にまとめたいと考えることもあります。グループ会社を合併や株式交換で整理する際の全体像は、関連記事「グループ会社を合併や株式交換で整理する」で扱います。
非適格合併では引き継げない
被合併法人の繰越欠損金を合併法人が引き継げるのは、税制上の要件を満たす「適格合併」の場合に限られます(法人税法57条2項)。適格の要件を満たさない合併では、被合併法人の欠損金は引き継がれません。
支配関係が生じて5年以内の適格合併にも制限がある
適格合併であっても、合併の当事者間の支配関係(50%超の保有関係)が、合併事業年度開始の日の5年前の日などから継続していない場合には、被合併法人の欠損金のうち一定の部分を引き継げないとされています(法人税法57条3項)。また、合併法人側がもともと持っていた欠損金についても、同様の場合に使用が制限されることがあります(同条4項)。
ただし、合併が「共同で事業を行うための合併」として政令で定める要件(いわゆるみなし共同事業要件)を満たす場合などは、この制限はかかりません。要件は事業の関連性や規模、役員の引継ぎなど複数にわたり、該当するかどうかの判定は個別に行う必要があります。
つまり、「買ってすぐ合併」は、欠損金の観点からは慎重に検討すべき選択肢です。合併の時期を遅らせる、合併ではなく子会社のまま運営する、といった選択肢と比べたうえで判断することになります。
見落としやすい「控除限度」の変化
欠損金そのものが残っていても、1年に控除できる金額が変わることがあります。
先に述べたとおり、中小法人等は所得の全額まで欠損金を控除できますが、資本金5億円以上の大法人に発行済株式の全部を保有される法人は中小法人等から外れ、原則として所得の50%までしか控除できません。上場会社などの大企業グループが100%買収する場合、対象会社の資本金が1億円以下であっても、この影響を受けます。
欠損金を何年で使い切れるかは、価格の前提に直結します。売り手が「欠損金はすべて使える」という前提で価格を考えていても、買い手の属性によってはその前提が崩れることがあります。
欠損金は価格にどう反映されるか
欠損金の「価値」は将来の所得次第
欠損金は、将来の所得と相殺できて初めて税負担を軽くする効果を持ちます。所得が出なければ、繰越期間が過ぎて消えてしまいます。そのため、価格への反映を考えるときは、次の順で確認するのが基本です。
- 残高と発生年度:申告書の別表で、どの年度の欠損金がいくら残っているか
- 期限:古い欠損金から、いつ期限を迎えるか
- 発生原因:一時的な損失(資産の売却損など)によるものか、本業の継続的な赤字か
- 将来の所得見込み:買収後の事業計画で、いつ、どの程度の所得が見込めるか
- 制限の有無:欠損等法人の事由、組織再編の予定、控除限度の変化
売り手・買い手それぞれの視点
| 確認項目 | 買い手が確認したいこと | 売り手が準備しておきたいこと |
|---|---|---|
| 欠損金の残高・期限 | 申告書の別表と一致しているか、期限切れが近いものはないか | 年度別の発生・使用の推移を説明できる資料 |
| 発生の原因 | 本業の収益力に問題がないか | 赤字の原因と、すでに手当てした内容の説明 |
| 過去の申告の適正さ | 税務調査で欠損金が減額されるリスクはないか | 過去の税務調査の結果、更正の有無 |
| 買収後の計画 | 欠損等法人の事由や組織再編の制限に当たらないか | 事業継続を前提とした引継ぎ計画 |
| 控除の上限 | 自社グループに入った後も中小法人等として扱われるか | 買い手の属性による前提の違いの理解 |
※AEGISが整理。欠損金の価値をどこまで価格に織り込むかは、交渉で決まる事柄です。
買い手の立場からは、欠損金は「使える見込みがある範囲で、慎重に評価する」ものです。過去の申告に誤りがあれば欠損金が減額される可能性もあるため、買収前の調査で確認しておきたい項目の一つになります。買収前の調査全般については、親記事「会社を買う前に確認したいリスク」で整理しています。
売り手の立場からは、欠損金を「会社の隠れた資産」として主張したくなるかもしれません。しかし、その価値は買い手の事業計画と属性に左右されるため、根拠のない上乗せは交渉を難しくします。むしろ、欠損金の内訳と発生原因を正確に説明できるように準備することが、信頼につながります。
実務上注意したいポイント
- 欠損金があっても、赤字の会社であることに変わりはない:欠損金は税負担を軽くする可能性があるだけで、事業の収益力を示すものではありません。
- 株式取得の比率と時期を記録しておく:50%超の取得がいつ生じたかは、欠損等法人の判定でも、組織再編の5年判定でも起点になります。段階的に株式を取得する場合は特に注意が必要です。
- 5年間の計画を税務と経営で共有する:事業の入替えや役員・従業員の大幅な入替えは、経営判断として行われるものです。その判断の前に税務上の影響を確認できる体制を作っておきます。
- 租税回避と見られる取引に注意する:法令上の要件に形式的に当たらなくても、税負担の不当な減少を目的とした行為は、行為計算の否認規定などで問題とされる可能性があります。
- 具体的な判定は個別に行う:特定支配関係の範囲や事由の判定には、政令で定める細かな要件があります。取引の設計段階で専門家に確認することをおすすめします。
AEGISの視点
繰越欠損金がある会社の売買では、議論が「欠損金をいくらで評価するか」に集中しがちです。しかしAEGISは、欠損金を「買収後の経営計画と税務の整合を確かめるための指標」として捉えることが大切だと考えています。
欠損等法人の制限も、組織再編の引継ぎ制限も、背景にあるのは「事業の実態を伴わない欠損金の利用を認めない」という考え方です。言い換えれば、引き継いだ事業を本気で立て直し、そこで生まれた所得と過去の欠損金を相殺するという、本来の姿に沿った計画であれば、制度と衝突しにくいということでもあります。
売り手のオーナーにとっても、欠損金は会社の歴史の一部です。なぜ赤字が生じ、どう立て直してきたのかを説明できることは、価格以上に、買い手が安心して事業を引き継ぐための材料になります。株式の売却価格だけでなく、売却後の会社が続いていく姿まで含めて設計することが、AEGISの考えるM&Aの税務です。
事業承継・M&Aに伴う税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。
まとめ
- 株式譲渡では、対象会社の繰越欠損金は原則として会社に残り、買収後も使える可能性があります。
- ただし、50%超の株式取得後5年以内に、旧事業の廃止と大規模な資金の受入れなど一定の事由が生じると、欠損金は使えなくなります(欠損等法人の制限)。
- 合併で欠損金を引き継げるのは適格合併に限られ、支配関係が生じて5年以内の合併では引継ぎや使用に制限がかかることがあります。
- 大法人の100%子会社になると、中小法人等の扱いから外れ、控除の上限が所得の50%になることがあります。
- 欠損金の価値は将来の所得次第です。残高・期限・発生原因・計画・制限を順に確認し、価格への反映は慎重に考えます。
よくある質問
Q. 赤字の会社を買えば、自社の利益と相殺できますか?
株式譲渡で子会社にした場合、グループ通算制度を採用していなければ、子会社の欠損金は子会社自身の所得としか相殺できません。親会社の利益と相殺するには合併などの組織再編が必要になりますが、適格合併であることに加え、支配関係が生じてから5年以内の合併などでは引継ぎに制限がかかることがあります。「赤字会社を買えば自社の税金が減る」という単純な関係にはなりません。
Q. 株式の50%以下しか取得しない場合は、欠損等法人の制限は関係ありませんか?
欠損等法人の制限は、他の者が50%を超える株式を直接または間接に保有する関係などが生じた場合が対象です。ただし、間接保有や関係者の保有を含めて判定するため、自社単独の保有比率だけで判断するのは危険です。段階的に取得する予定がある場合も、将来の時点で該当する可能性を見ておく必要があります。
Q. 買収後に事業内容を変えたいのですが、欠損金は使えなくなりますか?
事業内容を変えたこと自体で直ちに使えなくなるわけではありません。制限がかかるのは、旧事業のすべての廃止と大規模な資金の受入れの組合せなど、法令で定められた事由に該当した場合です。ただし、事業の入替えや役員・従業員の大幅な入替えは事由の判定に関わるため、計画段階で確認しておくことをおすすめします。
Q. 会社を売る側として、欠損金について何を準備すればよいですか?
申告書の別表をもとに、欠損金の年度別の発生・使用・残高の推移と、赤字の原因を説明できる資料を準備しておくとよいでしょう。過去の税務調査の結果も確認されることがあります。欠損金の価値は買い手の事業計画や属性によって変わるため、価格の前提として一方的に主張するより、正確な情報開示を優先するほうが交渉は進みやすくなります。
Q. 事業譲渡で会社の事業を売る場合、欠損金はどうなりますか?
事業譲渡では、欠損金は買い手に移らず、事業を売った会社に残ります。売った会社に事業の譲渡益が生じる場合、その会社の欠損金と相殺できることがあります。ただし、譲渡後に会社をどうするか(清算するか、別の事業を続けるか)によって、税務と手取りの見通しは変わるため、取引の形と合わせて検討します。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- e-Gov法令検索「法人税法」(施行日2026-10-01版。57条、57条の2、60条の3)
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034/20261001_508AC0000000012
確認日:2026-10-09 - 国税庁 タックスアンサー No.5762「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」(令和7年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5762.htm
確認日:2026-10-09
書籍
- 『M&A・組織再編成の税務詳解Q&A』佐藤信祐・松村有紀子・後藤柾哉 著、中央経済社(第10章 欠損等法人)
- 『組織再編税制大全』佐藤信祐 著、清文社(第12章 欠損等法人)
- 『M&Aを成功に導く 税務デューデリジェンスの実務〈第3版〉』デロイト トーマツ税理士法人 編、中央経済社、P.83-84
