カテゴリー: 事業承継

会社を誰に、どのように引き継ぐか。経営権、株式、資金、ご家族への配慮を整理するための解説をまとめています。

  • 次世代教育をどう進めるか|子や孫に家業と家の財産を「何歳から、何を、どう」伝えるか

    次世代教育をどう進めるか|子や孫に家業と家の財産を「何歳から、何を、どう」伝えるか

    家業や家の財産についての次世代教育は、「後継者を育てること」と「財産を受け継ぐ家族を育てること」を分けて考えるのが出発点です。会社を継ぐのは一人でも、株式や不動産、金融資産は、将来、複数の子や孫に受け継がれていく可能性があるからです。

    この記事の結論は次のとおりです。

    • 伝える内容は、年代に応じてお金の感覚 → 家業の理解 → 株主としての責任 → 相続の仕組みの順に深めていくと無理がありません。
    • 家業を継ぐかどうかの話と、財産を受け継ぐ家族としての教育は切り離して進めます。継がない選択をした子にも、株主や相続人としての学びは必要です。
    • 家族会議への参加は、見学 → 報告を聞く → 意見を言う → 議題を持つと段階的に広げ、家業以外の場での経験も大切にします。

    なぜ次世代教育が必要なのか

    「継ぐのが当たり前」ではなくなった

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」は、事業承継に占める親族内承継の割合が大きく落ち込んでいることを指摘し、その背景として、事業の将来性への不安や、家業にとらわれない職業選択など、子ども側の多様な価値観の影響を挙げています。子どもが家業を継ぐかどうかは、親が決めることではなく、子ども自身が選ぶことになっています。

    だからこそ、選ぶための材料を早くから渡しておくことが大切です。家業のことも、家の財産のことも何も知らされないまま成人した子どもは、「継ぐか、継がないか」を判断する手がかりを持てません。

    後継者の育成には時間がかかる

    同じガイドラインは、後継者候補が経営者になるために必要だと思う準備期間について、5年以上との回答が約5割を占めるという調査結果を紹介し、後継者教育には十分な期間を準備する必要があるとしています。経営に必要な知識や経験は短期間では身に付かないため、逆算すると、子どもが社会に出る前後から準備が始まることになります。

    継がない子も、いずれ「株主」や「相続人」になる

    後継者に株式を集中させる設計をしても、他の子には遺留分があり、相続の結果として株式の一部や財産が後継者以外の子に移ることは珍しくありません。会社に関わらない子が株主になったとき、配当や会社の情報の受け止め方を知らなければ、行き違いが生まれやすくなります。次世代教育は、後継者だけでなく家族全員を対象にすることに意味があります。

    年代別に「何を、どう」伝えるか

    AEGISでは、次世代に伝える内容を4つのテーマに分け、年代に応じて深めていくことをおすすめしています。下の表は一つの目安です。家族の状況や子どもの性格に合わせて調整してください。

    年代の目安お金の感覚家業の理解株主としての責任相続の仕組み
    小学生までお小遣いのやりくり、働くことと対価親の仕事場を見る、会社の商品やサービスに触れる——
    中学・高校生貯蓄と投資の基本、家計の考え方会社の歴史、創業の経緯、地域や取引先とのつながり会社は誰のものか、株主・経営者・従業員の違い家族のつながりと、財産が受け継がれていくこと
    18歳から20代前半自分名義の財産の管理、契約の責任決算書の読み方の入口、インターンや職場体験株主の権利と責任、配当と議決権、株式の譲渡制限遺言・遺留分・相続税の基本的な仕組み
    20代後半以降資産全体の見方、借入れと保証の意味家業での勤務または他社での経験を踏まえた理解家族の株主としての方針への参加家族の財産の全体像と、自分に関わる承継の見通し

    小学生まで:働くことの意味を体験で伝える

    この時期は、制度や数字を教えるよりも、親が何のために働いているのかを体験として伝えることが中心です。休日に仕事場を見せる、会社の商品を一緒に使ってみる、といった小さな機会の積み重ねが、家業への関心の土台になります。

    中学・高校生:家族と会社の歴史を物語として伝える

    創業の経緯や、会社が苦しかった時期をどう乗り越えたかといった歴史は、子どもにとって家族の物語でもあります。財産の金額よりも、その財産や会社がどのような努力の上にあるのかを伝えることが、後に財産を受け継ぐときの姿勢につながります。

    18歳から:一人の大人として法律上の責任が生まれる

    民法では18歳で成年となります(民法第4条)。未成年の間は、子どもの財産は親権者が管理し、財産に関する法律行為も親権者が子を代表して行います(民法第824条)。18歳を過ぎれば、子ども自身が契約の当事者となり、株主であれば自ら議決権を行使する立場になります。

    税金の面でも、たとえば贈与税の相続時精算課税は、原則として贈与を受けた年の1月1日に18歳以上の子や孫などが対象です(国税庁 タックスアンサーNo.4103)。成年は、家の財産について「知らされる側」から「自分で判断する側」に変わる節目だといえます。

    子どもの名義の財産は、本人が知っていることが前提

    相続対策として子どもや孫の名義で預金や株式を持たせている家族もあります。しかし、贈与は、あげる側の意思表示と、もらう側の受諾によって成立する契約です(民法第549条)。本人が財産の存在を知らず、実際の管理も親が続けているような場合には、その財産が本当に子どものものなのかが、後に相続の場面で問題になることがあります。子どもが成長した段階で、名義の財産について説明し、管理を引き継いでいくことは、次世代教育の一部でもあります。

    株主としての責任は「権利」と「約束」をセットで伝える

    非上場の同族会社の株式は、上場株式のように自由に売ることができないのが一般的です。多くの会社では定款で株式の譲渡に会社の承認を必要としており、相続人に株式の売渡しを求める定め(会社法第174条)を置く会社もあります。次世代に株式の話をするときは、配当を受け取る、議決権を行使するといった権利だけでなく、次の点もあわせて伝えておくと、後の行き違いを防ぎやすくなります。

    • 会社の株式を家族の外に出さないために、どのようなルールがあるのか
    • 家族として議決権をどう行使してきたのか、その考え方は何か
    • 配当や会社からの情報提供について、家族の中でどのような方針があるのか

    家業以外の道を選ぶ子への接し方

    家業を継がない選択をした子に対して、親が落胆を隠せないこともあるでしょう。しかし、本人が自分で選んだ道でなければ、たとえ家業に入っても困難な場面で踏ん張る力が生まれにくいものです。後継者の育成に関する専門書でも、後継者が自らの人生の選択として事業を継ぐと決めることの重要性が指摘されています。

    継がない子との関係で意識したいのは次の点です。

    • 選択を尊重したうえで、家族としての関わり方を話し合う:会社に関わらなくても、株主や相続人として家族の一員であることは変わりません。
    • 家業の情報を閉ざさない:継がないと決めた子を家族会議から外すと、将来株主になったときに会社の状況を知る機会がなくなります。
    • 他の分野での挑戦を応援する:家業以外で起業したい、学びたいという子を一族としてどう支援するかを考える家族もあります。考え方は関連記事「家業を継がず起業する子をどう支援するか」や「一族の資金で次世代の起業や学びを支援する仕組み」で取り上げています。

    家族会議への参加を段階的に広げる

    家族会議は、次世代教育の最も実践的な場です。いきなり大人と同じ立場で参加させるのではなく、段階を踏むと無理がありません。

    1. 見学:行事や近況共有の回に参加し、家族が集まって話し合う雰囲気に触れる。
    2. 報告を聞く:会社の業績や家の財産の状況についての説明を聞き、分からないことを質問する。
    3. 意見を言う:テーマを決めて、次世代としての意見を発表する機会を設ける。
    4. 議題を持つ・進行する:次世代が自ら議題を提案したり、会議の進行役を務めたりする。

    家族会議を継続して運営する方法は、関連記事「家族会議(ファミリーミーティング)の続け方」で詳しく解説しています。

    外部での経験をどう積ませるか

    後継者候補の育成については、事業承継ガイドラインも、社内での教育と社外での教育を組み合わせることを示しています。社内では、各部門をひととおり経験することで現場の知見や従業員との信頼関係が得られます。社外では、取引先や同業他社での勤務を通じて自社を客観的に見る力が養われ、後継者向けの講座や教育機関で経営を体系的に学ぶこともできます。

    AEGISでは、外部での経験を考えるときに、次の3点を意識することをおすすめしています。

    • 「家業の子」として扱われない環境を選ぶ:取引先での勤務は学びが多い一方、特別扱いされやすい面もあります。評価が率直に返ってくる環境で働く経験は貴重です。
    • 戻る時期を決めすぎない:外部での経験の期間をあらかじめ固定しすぎると、本人が経験から得たものを十分に生かせないことがあります。節目ごとに家族で話し合う方が現実的です。
    • 経営の数字と人の両方を学ぶ:決算書を読む力と、人を動かす経験の両方が、将来の経営に必要になります。

    AEGISの視点

    次世代教育というと、後継者をどう育てるかに目が向きがちです。しかしAEGISは、次世代教育の本当の目的は、家族の誰もが、受け継ぐ財産と会社に対して責任ある判断ができるようになることだと考えています。会社を継ぐ子も、継がない子も、いずれ株主や相続人として家族の重要な判断に関わります。

    また、次世代教育は、税金や法律の手続とも深く関わっています。子ども名義の財産の扱い、株式の贈与の時期、成年後の財産管理の引継ぎなどは、教育の進み具合と切り離して考えることはできません。財産を移す計画だけが先に進み、受け取る側の準備が追い付いていない状態は、家族にとっても会社にとってもリスクになります。財産を移す時間軸と、次世代が育つ時間軸をそろえて考えることを、AEGISは大切にしています。

    家族全体のルールの中で次世代教育をどう位置付けるかは、関連記事「ファミリーガバナンスとは何か」で解説しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 次世代教育は、後継者の育成と、財産を受け継ぐ家族全員の教育を分けて考えることが出発点です。
    • 年代に応じて、お金の感覚、家業の理解、株主としての責任、相続の仕組みの順に深めていきます。
    • 18歳の成年は、家の財産について自分で判断する側に変わる節目です。子ども名義の財産は、本人が知り、管理を引き継いでいくことが前提になります。
    • 家業を継がない子にも、株主や相続人としての学びと、家族会議への参加の機会を用意します。
    • 外部での経験は、自社を客観的に見る力を養います。進め方は家族と子どもの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 家の財産のことは、何歳から子どもに話せばよいですか?

    金額や内訳を伝える時期は家族によって異なりますが、財産や会社が家族の努力の上にあることは、中学・高校生の頃から物語として伝えられます。具体的な財産の内容や相続の仕組みは、民法上の成年である18歳以降、本人の成熟度を見ながら段階的に伝えるのが一つの目安です。

    Q. 子どもが家業を継がないと言った場合、教育は必要ありませんか?

    必要です。会社を継がなくても、相続などで株式や財産の一部を受け継ぐ可能性があります。株主としての権利と責任、配当や議決権の意味、家族の財産の全体像を知っておくことは、継がない子にとっても家族にとっても大切です。

    Q. 子ども名義の預金や株式があることを、本人に伝えるべきですか?

    成長に応じて伝えることをおすすめします。贈与は、もらう側が受け入れることで成立します。本人が知らず、管理も親が続けている財産は、後に相続の場面で誰の財産なのかが問題になることがあります。伝える時期や方法は、税理士などの専門家と相談しながら決めると安心です。

    Q. 後継者候補には、家業以外の会社で働く経験が必要ですか?

    必須ではありませんが、事業承継ガイドラインでも、他社での勤務経験は経営手法や会社のあり方について多様な経験を積み、自社を客観的に見直す力になると示されています。社内での経験と組み合わせ、本人の資質や会社の実情に合った形を選ぶことが大切です。

    Q. 孫の世代にも同じように教育すべきですか?

    孫の世代では、親(子世代)の考え方を尊重しながら進めることが大切です。祖父母が直接伝えるよりも、家族会議の行事や近況共有の場に参加してもらい、家族の歴史や価値観に触れる機会をつくる方法が取り組みやすいでしょう。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を支援します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入とご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、2025年1月、P.25-26、P.43-44、P.285-286
    • 『ファミリービジネス白書 2018年版 ―100年経営とガバナンス―』ファミリービジネス白書企画編集委員会 編、後藤俊夫 監修、白桃書房、2018年5月、P.128-131
    • 『専門家のための事業承継入門』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、2018年12月(第3刷 2020年1月)、P.29-60
  • 家族会議(ファミリーミーティング)の続け方|議題・頻度・進行役・記録をどう決め、一度きりで終わらせないか

    家族会議(ファミリーミーティング)の続け方|議題・頻度・進行役・記録をどう決め、一度きりで終わらせないか

    家族会議を続けるコツは、「話し合いの中身」より先に「続けるための型」を決めてしまうことです。具体的には、①開く時期と議題をあらかじめ年間で決める、②参加する家族の範囲を段階的に広げる、③進行役と記録係を決める、④その場で結論を出さないルールを持つ、⑤家族会議で決められることと、会社の機関で決めることを分けておく——の5つです。

    事業承継や相続の準備として家族会議を開く方は増えています。中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」も、後継者を誰にするかは親族にとって強い関心事であるとして、早期に家族会議・親族会議を開き、親族との対話を図ることが極めて重要だとしています。ところが実際には、「一度集まって話はしたが、その後は開かれていない」という家族が少なくありません。

    この記事では、家族憲章の有無にかかわらず、家族会議を継続的に運営していくための実務を整理します。

    家族会議が続かない理由

    最初に、家族会議が途切れてしまう典型的な理由を見ておきます。

    • 議題がない:最初の会議で大きな話をした後、「次に何を話せばよいか」が決まっておらず、自然消滅してしまう。
    • 親の独演会になる:オーナーが方針を伝える場になり、子世代が意見を言いにくい。参加する意味を感じられなくなる。
    • もめるのが怖い:一度意見がぶつかると、次に集まること自体が気まずくなる。
    • 記録がない:何を話し、何に合意したのかが残っておらず、次の会議で同じ話を繰り返す。
    • 会社の会議と混ざる:家族会議で決めたつもりのことが、会社として正式に決まっていない。

    いずれも、話し合いの内容の問題ではなく、運営の型がないことから生じています。裏返せば、型を整えれば多くは防げます。

    家族会議の位置付けを決める:株主総会・取締役会との違い

    家族会議を続けるうえで最初に確認しておきたいのが、家族会議は法律上の機関ではないという点です。同族会社では、同じ顔ぶれが家族会議にも株主総会にも取締役会にも出席することがあるため、三つの場が混同されがちです。

    項目家族会議株主総会取締役会
    根拠家族の任意の取決め会社法会社法(設置は定款による)
    参加者家族が決めた範囲株主取締役(監査役も出席)
    主に扱うこと情報共有、家族としての方針、次世代の育成、財産の状況役員の選任・解任、定款変更、配当などの法定事項業務執行の決定、取締役の職務の監督、代表取締役の選定
    決めたことの効力家族間の合意にとどまる会社の意思決定として効力がある会社の意思決定として効力がある
    記録任意(残すことが望ましい)議事録の作成が必要(会社法第318条)議事録の作成と出席取締役・監査役の署名等が必要(会社法第369条)

    家族会議で「来年から長男を取締役にしよう」と話がまとまっても、それだけで役員が決まるわけではありません。役員の選任は株主総会の決議によります(会社法第329条)。家族会議は、会社の正式な手続に入る前に家族としての考え方をそろえる場であり、会社の意思決定そのものではない——この区別を最初に家族で共有しておくと、後の混乱を防げます。

    また、家族会議の場で会社の未公表の情報をどこまで共有するかも、あらかじめ決めておきたい点です。会社で働いていない家族株主にとって、会社の状況を知る機会は貴重ですが、従業員や取引先に関わる情報の扱いには配慮が必要です。

    年間の議題カレンダーをつくる

    「議題がない」問題を防ぐ最も確実な方法は、1年分の議題を先に決めておくことです。毎回ゼロから議題を考えるのではなく、季節ごとに定番の議題を置き、そこに臨時の議題を加えていきます。たとえば、年2回の定例会を基本にする場合、次のような組み立てが考えられます。

    時期定番の議題ねらい
    決算の確定後会社の業績と今後の方針の共有、配当の考え方の説明、家族が持つ株式や不動産の状況株主である家族に、会社と財産の現状を知ってもらう
    年の後半家族の近況、次世代の学びや進路の共有、家族としての社会貢献や行事会社に関わらない家族も含めて、関係を温める
    年末(定例会の最後に)財産一覧の更新、遺言・保険・民事信託(いわゆる家族信託)などの見直しの要否の確認、翌年の議題の決定備えを点検し、次につなげる
    臨時代表者の交代、相続の発生、大きな投資や売却、家族の結婚・独立など大きな変化を家族で早めに共有する

    頻度は家族の状況によって異なります。毎月集まる必要はありませんが、年1回では間が空きすぎて前回の内容を忘れてしまうことが多いため、年2回程度の定例会と、必要に応じた臨時会の組み合わせが現実的です。日程は前年のうちに決めておくと、遠方に住む家族も予定を合わせやすくなります。

    参加する家族の範囲を段階的に広げる

    最初から親族全員を集めると、話がまとまらないだけでなく、家族の中で温度差が表面化しやすくなります。参加範囲は、段階的に広げていくのが無理のない進め方です。

    1. 第1段階:親世代と後継者候補 まず現オーナーと後継者候補で、家族会議の目的と進め方をすり合わせます。
    2. 第2段階:子世代全員 会社に関わっているかどうかにかかわらず、子世代のきょうだい全員に参加してもらいます。株式や財産を将来相続する可能性がある以上、当事者だからです。
    3. 第3段階:配偶者 子世代の配偶者の参加は、家族の考え方が分かれやすい点です。生活を共にする配偶者の理解が得られないと、家族の判断に影響が出ることもあります。一方で、財産の詳細を共有する範囲は慎重に考えたいところです。議題によって参加を分ける方法もあります。
    4. 第4段階:孫世代 孫世代は、まずは行事や近況共有の回に参加してもらい、年齢に応じて会社や財産の話にも加わってもらいます。次世代への伝え方は、関連記事「次世代教育をどう進めるか」でも解説しています。

    誰を参加者とするかは、家族ごとに答えが異なります。大切なのは、参加の範囲と理由を家族の中で説明できるようにしておくことです。

    進行役と記録係を決める

    進行役は「親以外」が基本

    家族会議が親の独演会になるのを防ぐには、オーナー自身が進行役を務めないことが効果的です。子世代が持ち回りで進行役を務める方法は、次世代に場を任せる練習にもなります。

    外部の進行役を使うとき

    意見の対立が予想される議題や、家族だけでは話しにくい相続の話を扱うときは、家族以外の進行役を入れることも選択肢です。外部の進行役には、税務・法務の論点を理解していることに加え、特定の家族の代理人ではなく、家族全体に対して中立であることが求められます。会社の顧問を務める専門家に依頼する場合は、会社と家族、あるいは家族の間で利害が分かれる議題では立場が難しくなることもあるため、役割の範囲を事前に確認しておくと安心です。

    感情的な対立をどう扱うか

    家族会議では、意見の違いが感情のぶつかり合いに発展することがあります。対立をなくすことはできませんが、こじらせない工夫はできます。

    • その場で決めない:重要な事項は、会議では意見を出し合うだけにして、結論は次回以降に持ち越すルールにします。持ち帰って考える時間が、感情を落ち着かせます。
    • 「事実」と「気持ち」を分けて話す:会社の数字や財産の状況などの事実と、それに対する一人ひとりの受け止め方を分けて扱います。
    • 発言の機会をそろえる:一人ずつ順番に話す時間を設け、声の大きい人だけで議論が進まないようにします。
    • 個別に話を聞く:会議の場では言いにくいことがある家族には、会議の前後に個別に話を聞く機会をつくります。
    • 対立が深いテーマは切り分ける:相続の取り分のように対立が深いテーマは、家族会議の議題から外し、専門家を交えた別の場で扱うことも検討します。

    家族会議の目的は、全員の意見を一つにすることではなく、違いがあることを互いに理解したうえで、家族として続けていける関係を保つことです。

    記録の残し方

    家族会議の記録は、法律上の義務ではありません。しかし、記録がないと、合意したことが曖昧になり、時間がたってから「そんな話は聞いていない」という行き違いが起こります。記録には、次の項目を残しておくと十分です。

    • 日時・場所・参加者
    • 共有した情報(資料があれば添付)
    • 出た意見の要旨(発言者を特定しすぎない書き方も選択肢です)
    • 家族として合意したこと
    • 次回に持ち越したこと
    • 会社の手続や法的な手続が必要な事項と、その担当者

    最後の項目が特に重要です。家族会議で合意した内容のうち、株主総会や取締役会の決議、遺言の作成・変更、契約の締結などが必要なものは、「手続が必要」と明記し、誰がいつまでに進めるかを記録します。家族会議の記録と会社の議事録は、保管場所も分けておくと混同を防げます。記録の保管と共有は、ファミリーオフィスや家族の中の事務局役が担うと継続しやすくなります。

    AEGISの視点

    家族会議の相談を受けると、多くの方が「何を話すか」に関心を向けます。しかしAEGISは、家族会議が続くかどうかを分けるのは、話す内容よりも、続けるための型があるかどうかだと考えています。議題、日程、参加者、進行役、記録の5つが決まっていれば、話しにくいテーマにも少しずつ近づいていけます。

    また、家族会議は家族の側の場であり、会社や法律の手続とは別に存在します。家族会議で合意した方針を、取締役会や株主総会、遺言や契約といった正式な手続に落とし込んで初めて、その合意は実際に守られるものになります。AEGISは、家族会議の記録を起点に、会社の手続、税務、遺言などの手当てを一つの流れとしてつなげていくことを大切にしています。家族会議の位置付けをファミリーガバナンスの全体像の中で確認したい方は、関連記事「ファミリーガバナンスとは何か」をご覧ください。家族の価値観を文書にまとめる段階に進む場合は「ファミリー憲章のつくり方」が参考になります。遺言の内容を家族会議でどこまで共有するかは、「遺言の内容を家族に伝えるか、伏せるか」で取り上げています。

    まとめ

    • 家族会議を続けるには、話し合いの中身より先に、議題・日程・参加者・進行役・記録の「型」を決めることが有効です。
    • 家族会議は法律上の機関ではなく、役員の選任などの会社の意思決定は株主総会や取締役会で行う必要があります。
    • 年2回程度の定例会と臨時会を組み合わせ、年間の議題カレンダーを先に決めておくと途切れにくくなります。
    • 参加者の範囲は段階的に広げ、進行役はオーナー以外が務めるのが基本です。
    • 重要な事項はその場で決めず、合意事項のうち会社や法律の手続が必要なものは、記録に担当者と期限を残します。

    よくある質問

    Q. 家族会議はどのくらいの頻度で開けばよいですか?

    家族の状況によりますが、年2回程度の定例会に、代表者の交代や相続など大きな変化があったときの臨時会を組み合わせる形が現実的です。年1回だと間が空き、前回の内容が引き継がれにくくなります。日程は前年のうちに決めておくと、参加しやすくなります。

    Q. 家族会議で決めたことに法的な効力はありますか?

    家族会議は法律上の機関ではないため、そこでの合意は家族間の合意にとどまります。役員の選任や定款の変更などは株主総会、業務執行の決定は取締役会など、会社の正式な手続で決める必要があります。財産の行き先についても、遺言や契約などの手続が必要です。

    Q. 家族会議に配偶者は参加させるべきですか?

    家族ごとに考え方が分かれる点です。配偶者の理解があることで家族の判断が安定する面がある一方、財産の詳細を共有する範囲は慎重に考えたいところです。行事や近況共有の回には参加してもらい、財産の詳細を扱う回は参加者を限るなど、議題によって分ける方法もあります。

    Q. 家族だけでは話がまとまらない場合はどうすればよいですか?

    重要な事項はその場で決めず、意見を出し合った後に持ち帰るルールにすることが第一です。それでも対立が深い場合は、家族全体に対して中立な立場の外部の進行役を入れたり、対立の深いテーマを別の場で扱ったりすることを検討します。

    Q. 家族会議の議事録は必要ですか?

    法律上の義務はありませんが、残すことを強くおすすめします。日時・参加者・共有した情報・合意したこと・持ち越したこと・必要な手続と担当者を記録しておけば、後の行き違いを防ぎ、次回の議題づくりにも役立ちます。

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    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を支援します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入とご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、2025年1月、P.55-60、P.82-93、P.214-215
    • 『ファミリービジネス白書 2018年版 ―100年経営とガバナンス―』ファミリービジネス白書企画編集委員会 編、後藤俊夫 監修、白桃書房、2018年5月、P.16-17、P.129-135
  • 個人事業(家業)を子に継ぐ前の家族会議|事業用資産の名義・屋号・取引先・借入れを、家族でどう決めるか

    個人事業(家業)を子に継ぐ前の家族会議|事業用資産の名義・屋号・取引先・借入れを、家族でどう決めるか

    個人で営む家業を子に継ぐときは、会社の株式を渡すように「一つのもの」を移せば済むわけではありません。店舗や設備、屋号、取引先との契約、借入れを、一つずつ誰にどう引き継ぐかを決めていく作業になります。しかも、その多くは親の個人の財産や家計と混ざっています。

    だからこそ、税制や遺言を検討する前に、家族で話し合っておきたいことがあります。結論としては、①誰が継ぎ、継がない子には何を渡すか、②親の配偶者の生活をどう守るか、③どこまでを「事業」として渡し、どこからを「家計」として残すか、④いつ、どの方法で引き継ぐかの四つです。この記事では、家族会議の前の準備から、項目ごとの引継ぎ方、会議の進め方までを順に整理します。

    会社の承継と何が違うのか

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、個人事業主の経営権の本質は、経営者が自分の名で事業を行い、取引先や顧客との契約関係を持ち、事業用資産を自ら所有していることにあるとされています。そのため、開業届や廃業届を出すだけでは承継は完了せず、契約関係や所有関係を実際に引き継ぐことが欠かせません。

    同ガイドラインが引用する調査では、個人事業主の後継者は先代の子が75.3%を占め、親族内の承継が約9割に達しています。一方で、個人事業者の事業承継は、先代の死去や体調悪化といった突発的な事情で行われたケースが約6割を占めるとされています。家族のなかで引き継がれることが多いのに、話し合いの機会がないまま「その時」を迎えてしまう家業が少なくないのです。

    家族会議の前に用意したい「事業の棚卸し」

    話し合いを実りあるものにするには、まず親(現経営者)が、事業に関わる財産と契約を一覧にしておくことが出発点です。

    項目確認すること引き継ぐときに必要になること
    土地・建物名義、店舗兼住宅かどうか、借地・借家か贈与・売買・相続による名義変更、または賃貸借
    設備・車両・在庫種類と帳簿上の価額、リースかどうか個別の譲渡や名義変更、リース契約の切替え
    屋号・顧客屋号の使用歴、商号登記の有無、顧客名簿屋号を使い続けるかの判断、顧客への案内
    取引先・賃貸借の契約仕入先・販売先・家主との契約内容相手方の承諾を得て契約を引き継ぐか、結び直す
    許認可・登録営業許可などの名義と期限後継者による取り直しや承継の手続
    借入れ・保証借入先・残高・担保・保証人金融機関との協議(債務の引受け、担保・保証の見直し)
    預金口座屋号付き口座を含む事業用口座屋号付きでも個人名義の口座のため、後継者名義で開設し直す

    ※AEGISが論点を整理するために作成した表です。業種によって必要な項目は異なります。

    同ガイドラインが引用する調査では、一定規模以上の個人事業主が所有する事業用資産の6割超を土地・建物が占めるとされています。店舗兼住宅のように、事業と生活の両方に使われている不動産が多いことも、個人事業ならではの難しさです。

    家族会議で決める四つのこと

    1. 継ぐ子と継がない子

    最初に確認したいのは、後継者となる子本人の意思です。親の思い込みで話を進めると、後継者が覚悟を持てないまま引き継ぐことになりかねません。同時に、継がない子の考えも聞いておきます。

    個人事業では、事業用資産が分散すると事業の継続に直接影響します。土地や建物、設備が相続人の共有になると、後継者は設備の更新や業態の転換を自由に行いにくくなります。事業用資産を後継者に集める以上、継がない子には何を渡すのか(金融資産、自宅、生命保険など)を、あわせて話し合う必要があります。

    2. 親の配偶者の生活

    家業を夫婦で営んできた場合、事業の収入がそのまま夫婦の生活費になっていることが多いでしょう。事業を子に渡した後、親世代の生活費はどこから出るのか、店舗兼住宅に住み続けられるのか、事業を手伝ってきた配偶者の処遇はどうなるのかを具体的に確認します。親の配偶者が今後も事業に関わる場合は、子の事業で働く家族として、給与の扱いも含めて整理しておくとよいでしょう。

    3. 事業用資産と家計の線引き

    個人事業では、事業用の預金と家計の預金、店舗部分と住居部分、事業用の車と家族の車が混ざっていることがよくあります。何を「事業」として後継者に渡し、何を「家計」として親の手元に残すのかを線引きすることで、継がない子への配分も考えやすくなります。帳簿や青色申告決算書に載っている資産をもとに整理すると、話が具体的になります。

    4. 引継ぎの時期と方法

    引継ぎの方法は、大きく「親が元気なうちに事業を渡す」か、「相続で引き継ぐ」かに分かれます。

    比べる点生前に事業を引き継ぐ相続で引き継ぐ
    親の関わり方引継ぎ後も助言役として後継者を支えられる引継ぎの時点で親はいない
    契約・許認可親が同席して取引先や金融機関に説明できる相続人が手続を進め、取引先の不安が生じやすい
    税金贈与なら贈与税、売買なら親に譲渡所得の課税など、方法により異なる相続税(小規模宅地等の特例などの検討)
    家族の合意生前に合意を形にしやすい遺言がなければ遺産分割協議が必要

    ※AEGISが論点を整理するために作成した表です。税負担の比較は個別事情によって異なります。

    生前に引き継ぐ場合でも、すべてを一度に渡す必要はありません。まず経営(取引先対応や仕入れの判断)を任せ、資産の名義は段階的に移す方法もあります。

    項目別:名義・屋号・取引先・借入れの引継ぎ方

    事業用資産の名義

    生前に事業用資産を子に移す方法には、贈与、売買、親が所有したまま子に貸す方法があります。贈与であれば子に贈与税、売買であれば親に譲渡所得の課税が生じうるなど、方法ごとに税金が異なります。在庫などの棚卸資産を贈与した場合には、贈与の時の価額が親の事業所得の収入金額に算入される点にも注意が必要です(所得税法40条1項)。

    屋号

    個人事業の屋号は、多くの場合、登記されていない呼び名として使われています。商人は自分の商号を登記することもできます(商法11条2項)。

    注意したいのは、生前に営業を譲り受けた子が親の商号を引き続き使う場合、親の営業によって生じた債務について、子も弁済する責任を負うことがある点です(商法17条1項)。譲渡後遅滞なく、責任を負わない旨を登記するか、取引先に通知することで、この責任を避ける方法も定められています(同条2項)。屋号を使い続けるかどうかは、のれんの価値とあわせて家族で決めておきたい項目です。

    取引先・賃貸借の契約

    取引先との契約や店舗の賃貸借契約は、親が当事者です。契約上の地位を子に移すには、契約の相手方の承諾が必要です(民法539条の2)。家主や主要な仕入先には、引継ぎの方針が固まった段階で、親子そろって説明に行くのが望ましいでしょう。

    借入れと保証

    事業の借入れは親個人の債務です。子が債務を引き継ぐ場合、親を債務から外す形(免責的債務引受)では、金融機関の関与や承諾が必要になります(民法472条)。担保に入っている自宅や、親族が保証人になっている借入れがあれば、その扱いも含めて早めに金融機関と相談します。

    許認可

    個人事業では、事業の名義人が替われば、営業許可などを後継者が取り直す必要がある場合があります。業種によって手続や期間が異なるため、事業承継の準備段階で所管の窓口に確認しておくことが大切です。

    税制や遺言は「家族の合意の後」に

    家族の方針が固まったら、それを実現する手段として税制や遺言を検討します。

    • 小規模宅地等の特例:事業に使っていた土地を相続する場合、事業を相続税の申告期限までに引き継ぎ、申告期限まで営んでいることなどが要件になります(国税庁タックスアンサーNo.4124)。
    • 個人版事業承継税制:一定の事業用資産を相続や贈与で引き継ぐ場合の納税猶予の制度です。平成31年1月1日から令和10年12月31日までの相続等が対象で、令和10年9月30日までに「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出し確認を受けることなどが要件です(国税庁タックスアンサーNo.4153)。制度の選び方は関連記事「個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ」で解説しています。
    • 遺言:事業用資産を後継者に集めるには、遺言で意思を明確にすることが基本です。継がない子の遺留分への配慮も欠かせません。遺言の書き方は関連記事「個人事業主が遺言で備えること」で扱っています。

    親が亡くなった後の申告や事業の引継ぎの期限は、関連記事「個人事業主が亡くなったときの申告と事業の引継ぎ」で整理しています。

    家族会議の進め方

    家族会議は、一度で結論を出そうとしないことが大切です。次のような流れで、数回に分けて進めると話がまとまりやすくなります。

    1. 共有の回:親が事業の棚卸しの結果と、事業への想いを家族に伝える
    2. 意向を聞く回:後継者候補、継がない子、親の配偶者のそれぞれの考えを聞く
    3. 方針を決める回:四つの論点について方針を決め、残る課題を確認する
    4. 実行を確認する回:遺言や契約の切替えなど、決めたことの進み具合を確認する

    話し合った内容は簡単なメモでも記録に残し、参加者で共有します。意見が対立しそうなときや、親子だけでは感情的になりやすいときは、事情を理解した第三者に同席してもらう方法もあります。家族会議を続けていくための工夫は、関連記事「家族会議(ファミリーミーティング)の続け方」で扱っています。

    AEGISの視点

    個人事業の承継というと、税金の特例や手続の話から入りがちです。しかし、AEGISが多くの家業を見てきて感じるのは、つまずきの多くは手続ではなく、家族の間の「言わずにいたこと」から生まれるということです。継がない子が「店も家も兄のものになるのか」と感じていたり、親の配偶者が自分の生活の見通しを持てずにいたりすると、手続が整っていても、相続のときに不満が表に出ます。

    AEGISは、家業の承継を「事業」「家計」「家族」の三つを同時に引き継ぐことと考えています。事業の棚卸しで「事業」と「家計」の線を引き、家族会議で「家族」それぞれの立場を確認し、そのうえで税制・遺言・契約を組み合わせる。この順番を守ることで、制度は家族の合意を支える道具として機能します。相続の場面で家族がもめないための備えは、関連記事「個人事業主の親の相続で家族がもめないために」でも扱う予定です。

    事業用資産の評価や相続税の試算を含めた資産税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。事業承継の全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    まとめ

    • 個人事業の承継は、事業用資産・屋号・契約・借入れ・許認可を一つずつ引き継ぐ作業で、開業届と廃業届だけでは完了しません。
    • 家族会議の前に、親が事業に関わる財産と契約を棚卸しし、事業と家計が混ざっている部分を明らかにしておきます。
    • 家族で決めたいのは、継ぐ子と継がない子への配分、親の配偶者の生活、事業と家計の線引き、引継ぎの時期と方法の四つです。
    • 屋号を引き続き使う場合の債務の責任、契約の引継ぎに必要な相手方の承諾、借入れの扱いなど、項目ごとの注意点を押さえます。
    • 税制や遺言は、家族の合意を実現する手段として、合意の後に検討します。

    よくある質問

    Q. 個人事業を子に継ぐとき、開業届と廃業届を出せば足りますか?

    届出は必要ですが、それだけでは承継は完了しません。事業用資産の名義、取引先や家主との契約、借入れ、許認可などを、一つずつ後継者に引き継ぐ必要があります。事前に棚卸しをして、どの項目にどんな手続が必要かを確認しておくことが大切です。

    Q. 屋号はそのまま子が使ってもよいのですか?

    使うこと自体は可能です。ただし、生前に営業を譲り受けた子が親の商号を引き続き使う場合、親の営業上の債務について子も弁済責任を負うことがあります。責任を負わない旨を登記したり取引先に通知したりする方法も定められているため、借入れや未払いの状況とあわせて検討します。

    Q. 店舗兼住宅は、子に引き継ぐべきですか?

    事業を続けるうえで店舗部分が欠かせない一方、住居部分には親世代が住み続けることも多く、一律には決められません。子に名義を移す、親が持ったまま子に貸す、相続時に引き継ぐなどの選択肢を、親の配偶者の住まいや継がない子への配分、相続税の特例の要件とあわせて比べます。

    Q. 継がない子が不公平だと感じないようにするには?

    事業用資産を後継者に集める理由を親が自分の言葉で説明し、継がない子に何を渡すのかを具体的に示すことが大切です。金融資産や生命保険、自宅などで配分を考え、遺言にその考えを残しておくと、相続のときの誤解を減らせます。遺留分への配慮も欠かせません。

    Q. 家族会議には誰が参加すればよいですか?

    現経営者である親、後継者候補、継がない子、親の配偶者が基本です。後継者の配偶者は、価値観を共有する回には参加してもらい、財産の配分を決める回は相続人を中心にするなど、回ごとに参加範囲を分ける方法もあります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房(2025年)、P.51-58
    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社(2014年)、P.22
  • 医師・士業の家族の承継|資格を持たない子は親の診療所や事務所を継げるのか、家族に残せる選択肢を比べる

    医師・士業の家族の承継|資格を持たない子は親の診療所や事務所を継げるのか、家族に残せる選択肢を比べる

    医師や税理士などの親を持つ子が、その資格を持っていない場合、親の診療所や事務所をそのまま継ぐことはできません。診療や税務代理といった資格が必要な業務そのものは、資格者にしか担えないからです。

    しかし、それで家族の選択肢がなくなるわけではありません。結論としては、「事業を担う人」と「財産を持つ人」を分けて考えることで、道が開けます。事業は資格を持つ第三者に引き継ぎ、診療所や事務所の不動産は家族が持って貸す。医療法人や士業法人の出資・持分は、法人の仕組みに沿って整理する。あるいは、計画的に廃業する。この記事では、資格を持たない子がいる家族が比べたい選択肢と、判断の軸を整理します。

    なぜ「資格」が承継の壁になるのか

    まず、医師と士業それぞれで、資格がどのように求められているかを確認します。

    医師の場合、個人の診療所は、医師が開設するときは開設後に届け出れば足りますが、医師でない人が開設するには都道府県知事等の許可が必要です(医療法7条1項、8条)。医療法人では、理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選ぶこととされ、医師等でない理事から選ぶには都道府県知事の認可が必要です(医療法46条の6第1項)。

    士業の場合、たとえば税理士法人の社員は税理士でなければなりません(税理士法48条の4第1項)。税理士が亡くなると登録が抹消され(同法26条1項2号)、税理士法人の社員であれば法人から脱退することになります(同法48条の17第1号)。また、個人の事務所が顧客と結ぶ顧問契約は、一般に委任の性質を持ち、委任は当事者の死亡によって終了します(民法653条1号)。資格者本人が亡くなれば、顧客との関係もそこで途切れるのが原則です。

    こうした事情から、医師・士業の事業は後継者を見つけにくい分野でもあります。帝国データバンクの2025年の調査では、業種中分類別の後継者不在率で「医療業」が59.0%、「専門サービス」が58.6%と、いずれも上位5業種に入っています(2025年11月公表)。

    家族が比べたい五つの選択肢

    資格を持たない子がいる家族の選択肢は、大きく次の五つに整理できます。

    選択肢事業を担う人家族に残るもの向いているケース主な注意点
    1. 第三者の資格者に引き継ぐ外部の医師・士業譲渡の対価地域に必要とされ、患者や顧客が多い引継ぎ先探しに時間がかかる。対価の税金
    2. 事業は譲り、不動産は家族が持って貸す外部の医師・士業不動産と賃料収入立地のよい自宅兼診療所・事務所を持つ賃料・期間の設計、相続税の特例の要件
    3. 医療法人・士業法人の出資や持分を整理する法人に残る資格者出資の対価や払戻し法人化しており、他の資格者がいる法人の類型・定款・税金で扱いが変わる
    4. 子や孫が資格を取るまでつなぐ一時的な院長・所長将来の承継の可能性子や孫が資格取得を目指しているつなぐ人との条件設定、長期化のリスク
    5. 計画的に廃業するなし残った資産引継ぎ先が見つからない、事業規模が小さい患者・顧客・職員への配慮、残る資産の整理

    ※AEGISが論点を整理するために作成した表です。実際には複数の選択肢を組み合わせることもあります。

    1. 第三者の資格者に引き継ぐ

    もっとも事業の価値を生かせるのが、外部の医師や士業に事業を引き継ぐ方法です。個人の診療所であれば、診療所の設備や患者、職員を引き継いでもらう形になり、引き継ぐ医師があらためて開設の手続を行います。具体的な手続や建物・土地の扱いは、関連記事「個人開業医の診療所を引き継ぐ方法」で解説しています。

    士業の事務所では、顧客との顧問契約が資格者本人との信頼関係に基づいているため、親が元気なうちに後継の資格者を顧客に紹介し、一定期間一緒に担当するなどの段階的な引継ぎが欠かせません。顧問契約は親の死亡で終了するのが原則のため、亡くなった後に引継ぎ先を探すのでは、顧客が離れてしまう可能性が高くなります。

    譲渡の対価を受け取る場合、譲渡する資産の種類によって課税関係が異なります。個人事業を第三者に譲るときの税金や手続は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」で扱っています。

    2. 事業は譲り、不動産は家族が持って貸す

    自宅と一体になった診療所や、駅前の事務所ビルなど、立地のよい不動産を持っている場合は、事業は資格者に譲り、不動産は家族が持ったまま引継ぎ先に貸すという形が考えられます。家族には安定した賃料収入が残り、引継ぎ先にとっても、患者や顧客に知られた場所で事業を続けられる利点があります。

    このとき検討したいのが、相続税の小規模宅地等の特例との関係です。親が自ら診療所や事務所として使っていた土地を相続する場合、「特定事業用宅地等」として扱われるには、親族が親の事業を相続税の申告期限までに引き継ぎ、申告期限まで営んでいることなどが要件になります(国税庁タックスアンサーNo.4124)。資格を持たない子は事業を引き継げないため、この要件を満たすことは難しくなります。

    親の生前から第三者に貸していれば「貸付事業用宅地等」として検討の対象になりますが、相続開始前3年以内に新たに貸付けを始めた宅地等は、一定の場合を除いて対象外とされています(同)。どの時点で、誰に、どの条件で貸すかによって、相続税の扱いが変わりうるため、引継ぎの時期とあわせて試算しておくことが大切です。

    3. 医療法人・士業法人の出資や持分を整理する

    親が医療法人や士業法人を経営している場合は、法人の仕組みに沿った整理が必要です。

    医療法人では、法人の類型によって扱いが大きく異なります。出資持分のある医療法人であれば、出資持分は親の相続財産になり、相続した子が持分の払戻しを求めることも考えられます。払戻しが法人の資金繰りを圧迫すれば、医療の継続にも影響します。後継者に医師がいない場合、専門書では、外部から医師を招くための医療機関としての価値の向上や、理事長個人名義の資産の整理などが論点として挙げられています。出資持分の評価や持分なし医療法人への移行は、関連記事「医療法人の事業承継と出資持分の整理」で解説しています。

    士業法人では、資格を持たない子が社員の地位を引き継ぐことはできません。親が亡くなって法人から脱退すれば、持分は法人の定款や法律の定めに沿って精算されることになります。法人にほかの資格者の社員がいるかどうか、精算の資金を法人が用意できるかが、事業の継続にとって重要です。

    4. 子や孫が資格を取るまでつなぐ

    子や孫が医師や士業を目指して学んでいる場合は、外部の資格者に一定期間、院長や所長として事業を担ってもらい、将来の承継につなぐ方法もあります。ただし、つなぐ期間は想定より長くなりがちで、その間に事業の中心が外部の資格者に移っていくこともあります。つなぐ人の処遇、期間、将来の引継ぎ方を、あらかじめ書面で決めておくことが欠かせません。また、子や孫の進路を家族の期待で縛らない配慮も大切です。

    5. 計画的に廃業する

    引継ぎ先が見つからない場合や、事業の規模が小さい場合は、計画的な廃業も立派な選択肢です。患者には紹介先の医療機関を、顧客には後任の専門家を案内し、職員の再就職にも配慮しながら、時間をかけて事業を閉じます。廃業後に残る不動産は、売却や賃貸、相続などで家族の資産として生かすことを考えます。

    選択肢を比べるときの判断軸

    五つの選択肢を比べるとき、AEGISは次の四つの軸で考えることをおすすめしています。

    1. 地域・顧客への責任:患者や顧客、職員にとって、事業が続くことにどれだけの意味があるか
    2. 事業の価値が残る時間:資格者本人の力に依存する事業ほど、引継ぎが遅れるほど価値が下がる
    3. 家族に残す財産の形:対価(現金)、不動産と賃料、法人の持分のどれで残すのが家族に合っているか
    4. 相続のときの公平さと税金:子どもが複数いる場合の配分、相続税と納税資金の見通し

    とくに医師・士業の事業は、資格者本人の力や信頼に支えられているため、②の「時間」が他の事業以上に重要です。元気なうちに選択肢を比べ始めることが、家族に残せるものを大きくします。

    医師・士業の親が、今から家族と話しておきたいこと

    資格を持たない子がいる場合、親が一人で悩んだまま時間が過ぎてしまうことがよくあります。子の側も、「継げなくて申し訳ない」と感じていたり、親の事業や財産について聞きにくかったりします。家族で次のような点を話しておくと、選択肢を比べる土台ができます。

    • 親はいつ頃まで現役を続けたいか、引退後はどう暮らしたいか
    • 子は将来、事業や不動産とどのように関わりたいか(関わりたくない、も含めて)
    • 診療所や事務所の不動産を、家族として残したいか
    • 患者・顧客・職員に対して、親が果たしたい責任は何か

    医師・士業として独立するときの形の選び方は、関連記事「医師・士業が独立開業するときの形の選び方」でも扱っています。開業の段階から承継や廃業の出口を見通しておくことの大切さは、承継を考える段階でも同じです。

    AEGISの視点

    資格を持たない子がいる医師・士業の家族は、「継がせられない」ことに意識が向きがちです。しかし、AEGISは、資格が必要なのは「業務」であって、「家族が事業とともに築いてきた財産や信頼」まで途切れるわけではないと考えています。

    事業の担い手と財産の持ち手を分ければ、事業は地域に必要とされる形で資格者に引き継ぎ、不動産や対価、法人の持分は家族の資産として次の世代に渡すことができます。その際には、事業の譲渡、不動産の所有と賃貸、相続税の特例、家族の間の配分を一体で設計する必要があります。どれか一つだけを先に決めると、他の選択肢を狭めてしまうことがあるからです。

    もう一つ大切なのは、子が親の事業を継がないことを、家族の失敗として捉えないことです。親が長年築いた事業を、地域のために次の資格者へつなぎ、家族には別の形で財産を残す。その道筋を家族で共有できれば、親にとっても子にとっても納得のいく承継になります。事業・不動産・相続を一体で考えるAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    親族以外への承継が広がっている動向は関連記事「『脱ファミリー』が進む事業承継」で、事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    まとめ

    • 診療や税務代理など資格が必要な業務は、資格を持たない子が担うことはできません。診療所の開設、医療法人の理事長、士業法人の社員には、法律で資格が求められています。
    • 「事業を担う人」と「財産を持つ人」を分けることで、第三者の資格者への承継、不動産を家族が持って貸す形、法人の出資や持分の整理、子や孫が資格を取るまでつなぐ形、計画的な廃業といった選択肢が見えてきます。
    • 不動産を家族が持つ場合は、小規模宅地等の特例の要件(事業の引継ぎ、貸付けの開始時期など)によって相続税の扱いが変わりうるため、時期とあわせて試算します。
    • 資格者本人の力に依存する事業ほど、引継ぎが遅れるほど価値が下がりやすく、元気なうちに比べ始めることが大切です。

    よくある質問

    Q. 医師でない子が、親の診療所の開設者になることはできますか?

    医師でない人が診療所を開設するには、都道府県知事等の許可が必要とされています。実務上は、医師である第三者に診療所を引き継いでもらう、または医療法人の形で医師を管理者として迎えるなどの方法が検討されます。具体的な可否は所管の窓口で確認が必要です。

    Q. 医療法人の理事長は、医師でなければなりませんか?

    医療法では、理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選出するとされています。ただし、都道府県知事の認可を受けた場合は、医師等でない理事から選出することもできます。認可の基準は個別に確認が必要です。

    Q. 税理士の親が亡くなった場合、顧問先はどうなりますか?

    税理士の登録は死亡により抹消され、顧問契約は一般に委任の性質を持つため、当事者の死亡で終了するのが原則です。顧問先は別の税理士を探すことになるため、親が元気なうちに後継の税理士を顧問先に紹介し、段階的に引き継いでおくことが大切です。

    Q. 診療所の土地を家族が相続した場合、小規模宅地等の特例は使えますか?

    親が自ら診療所として使っていた土地は、親族が事業を引き継ぎ申告期限まで営むことなどが特定事業用宅地等の要件になるため、資格を持たない子が相続する場合は適用が難しくなります。生前から第三者に貸していた場合は貸付事業用宅地等として検討の対象になりますが、貸付けの開始時期などの要件があるため、個別の確認が必要です。

    Q. 子が将来、医師になるかもしれない場合はどうすればよいですか?

    外部の医師に一定期間院長を務めてもらい、将来の承継につなぐ方法があります。その場合は、院長の処遇や期間、将来の引継ぎ方を事前に書面で決めておくことが重要です。子の進路が変わる可能性も踏まえ、第三者への承継など別の選択肢も並行して検討しておくと安心です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『Q&A各種法人の事業承継の実務 ―社団・財団法人、NPO法人、医療法人、社会福祉法人、学校法人、宗教法人―』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版(2020年)、P.89-111、P.124

    その他参考資料

    • 株式会社帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日発表)
      確認日:2026-10-17
  • 同族会社の取締役会に社外の目を入れる|社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードの違いと選び方

    同族会社の取締役会に社外の目を入れる|社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードの違いと選び方

    非上場の同族会社には、原則として社外取締役を置く義務はありません。それでも、家族だけで構成された取締役会に社外の目を入れることには、経営の監督、異なる視点からの助言、後継者の育成、家族間の緩衝材という、法律上の義務とは別の価値があります。

    この記事の結論は次のとおりです。

    • 社外の目を入れる方法には、社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードの4つがあり、会社法上の地位、権限、責任、報酬の扱いがそれぞれ異なります。
    • 会社法上の社外取締役には、オーナーの配偶者や二親等内の親族でないことなどの要件があり、家族は社外取締役になれません。
    • 選ぶ順番は「誰を入れるか」より先に、「何のために入れるか」を決めることです。目的によって、適した方法も人選も変わります。

    家族だけの取締役会で起きやすいこと

    同族会社の取締役会では、オーナー、配偶者、後継者の子といった家族が取締役を務めていることが少なくありません。意思決定が速く、長期的な視点で経営できるのは同族経営の強みです。一方で、次のようなことも起こりやすくなります。

    • 経営者を交代させる仕組みが働きにくい:大株主と経営者が同じ人物であるため、業績が悪化しても経営者の責任を問う人がいません。
    • 家族の事情が経営に持ち込まれる:親子やきょうだいの関係が、そのまま取締役会での発言のしやすさに影響します。
    • 後継者が率直な評価を受けにくい:家族の中では遠慮もあり、後継者が経営者としての力量について客観的な意見を聞く機会が限られます。
    • 外部への説明力が弱くなる:金融機関や従業員、取引先に対して、意思決定の過程を説明しにくくなります。

    ファミリービジネスの研究でも、取締役会の構成や人選、家族の雇用と報酬は、家族の側のルールと会社の仕組みが重なり合う論点とされています。社外の目を入れることは、この重なりを整理する手段の一つです。

    会社法の基本:同族会社に設置義務はあるのか

    取締役会や社外取締役を置く義務

    株式会社には、1人以上の取締役を置く必要があります(会社法第326条第1項)。取締役会は、公開会社などを除き、定款で定めた場合に置く任意の機関です(同法第327条第1項)。取締役会を置く場合、取締役は3人以上必要で(同法第331条第5項)、原則として監査役も置かなければなりません(同法第327条第2項。公開会社でない会計参与設置会社を除く)。

    社外取締役の設置が義務付けられているのは、公開会社かつ大会社である監査役会設置会社のうち、有価証券報告書の提出義務がある会社などに限られます(同法第327条の2)。すべての株式に譲渡制限がある非上場の同族会社であれば、通常は社外取締役を置く義務はありません。つまり、同族会社が社外の目を入れるかどうかは、会社と家族が自ら選ぶことです。

    「社外取締役」には要件がある

    会社法上の社外取締役は、単に外部から招いた取締役という意味ではありません。主な要件として、次のようなものが定められています(会社法第2条第15号)。

    • その会社や子会社の業務を執行する取締役や使用人でなく、就任前10年間もそうでなかったこと
    • 親会社等(自然人であるものに限る)や、その会社の取締役・重要な使用人などの配偶者または二親等内の親族でないこと など

    同族会社で重要なのは後者です。オーナーの配偶者、子、きょうだいといった家族は、社外取締役の要件を満たしません。たとえ会社の業務に関わっていない家族であっても、「社外」とは扱われない点に注意が必要です。

    社外の目を入れる4つの方法の違い

    社外の目を入れる方法は、社外取締役だけではありません。AEGISでは、次の4つを目的に応じて使い分けることをおすすめしています。

    項目社外取締役監査役顧問アドバイザリーボード
    会社法上の地位役員(取締役)役員(監査役)なし(契約による)なし(任意の助言機関)
    取締役会での議決権ありなし(出席して意見を述べる)なしなし
    主な役割経営の監督、重要な意思決定への参加取締役の職務執行の監査(定款で会計に限定できる場合あり)専門分野についての助言複数の外部有識者による経営全般への助言
    選任・解任株主総会の決議(会社法第329条、第339条)株主総会の決議(同上)会社との契約会社が任意に設置
    会社に対する責任任務を怠ったときの損害賠償責任(会社法第423条)同左契約上の責任契約上の責任
    報酬の決め方定款または株主総会の決議(会社法第361条)定款または株主総会の決議(会社法第387条)契約で定める契約で定める
    向いている場面経営の監督を本格的に強めたい、後継者の経営を支える体制をつくりたい会計や業務の適正さを外部の目で確かめたい特定の分野で継続的な助言がほしいまず気軽に外部の意見を取り入れたい

    監査役は「会計に限定」できる場合がある

    公開会社でない株式会社(監査役会設置会社と会計監査人設置会社を除く)は、定款で監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定できます(会社法第389条第1項)。中小の同族会社では、この会計限定の監査役が置かれていることも多く、その場合、業務全般の監督という役割は期待しにくくなります。社外の目を入れる目的が経営の監督にあるなら、監査の範囲がどうなっているかを定款で確認しておく必要があります。

    顧問・アドバイザリーボードは「経営に従事」しない範囲で

    顧問やアドバイザリーボードは、会社法上の役員ではないため、選任の手続が簡単で、役割も柔軟に決められます。その反面、取締役会で議決権を持たないため、助言にとどまります。

    税務の面では注意点があります。法人税法上の役員には、会社法上の取締役や監査役だけでなく、相談役や顧問などで、その法人内での地位や職務などからみて実質的に法人の経営に従事していると認められる人も含まれるとされています(国税庁 タックスアンサーNo.5200)。役員に対する給与は、定期同額給与など一定の要件を満たすものでなければ損金に算入されません(同No.5211)。顧問として招いた人が実際には経営の意思決定に深く関わっている場合、その報酬の税務上の扱いが変わる可能性があるため、役割と報酬の決め方を事前に整理しておくことが大切です。

    選び方:目的から逆算する

    目的を一つに絞る

    「社外の目」に期待することは、会社と家族によって異なります。たとえば、次のような目的があります。

    • 後継者の経営判断を、経験のある経営者の目で見てほしい
    • 家族間で意見が割れたときに、中立的な立場から意見を述べてほしい
    • 金融機関や従業員に対して、意思決定の透明性を示したい
    • 財務や法務、特定の業界についての専門的な助言がほしい

    目的が「監督」にあるなら社外取締役、「専門的な助言」にあるなら顧問、「幅広い意見を聞きたい」ならアドバイザリーボードというように、目的によって適した方法が変わります。

    人選で確認したいこと

    • 独立性:オーナーや家族と個人的に親しすぎる人では、率直な意見が出にくくなります。会社の取引先や、会社から多額の報酬を受けている専門家も、利害関係の有無を確認します。
    • 経験と専門性:自社の課題に照らして、どのような経験を持つ人が必要かを明確にします。
    • 時間を割けるか:取締役会への出席や事前の資料の読み込みに、十分な時間を割ける人であることが前提です。
    • 家族との相性:家族の価値観や会社の歴史に敬意を払いつつ、言うべきことを言える人が理想です。

    任期・情報提供・責任の範囲を決めておく

    公開会社でない株式会社では、定款で取締役や監査役の任期を最長10年まで伸ばすことができます(会社法第332条第2項、第336条第2項)。ただし、社外の人を迎える場合は、任期を短めに設定し、定期的に役割を見直せるようにしておく方が、会社と本人の双方にとって無理がありません。

    また、社外取締役が実際に役割を果たすには、取締役会の前に十分な資料が届くことが欠かせません。情報が届かない状態では、監督も助言もできないからです。

    責任の範囲についても、事前に確認しておきます。会社は、業務を執行しない取締役や監査役との間で、損害賠償責任の上限を定める責任限定契約を結べる旨を定款で定めることができます(会社法第427条第1項)。役員等の賠償責任に備える保険契約(同法第430条の3)とあわせて、社外の人が安心して引き受けられる環境を整えることも、人選の一部と考えるとよいでしょう。

    始め方:小さく始めて、段階的に広げる

    いきなり社外取締役を迎えることに抵抗がある場合は、段階的に進める方法があります。

    1. アドバイザリーボードや顧問から始める:年に数回、外部の有識者に経営の状況を説明し、意見を聞く場を設けます。
    2. 取締役会の運営を整える:議題と資料を事前に配り、議事録を残すなど、外部の人が参加できる取締役会の運営に整えます。取締役会の議事録の作成は、取締役会設置会社では法律上の義務でもあります(会社法第369条第3項)。
    3. 社外取締役を迎える:運営が整い、信頼できる人が見つかった段階で、株主総会で社外取締役を選任します。

    後継者への承継を控えた時期は、社外の目を入れる好機でもあります。先代と後継者の間に立つ第三者がいることで、権限の移行が円滑になることがあるからです。先代と後継者の関係については関連記事「先代が経営から退かないとき」で、家族以外の人に経営を任せる場合の考え方は「家族以外の経営者を迎えるとき」で取り上げています。

    AEGISの視点

    同族会社のオーナーから「社外取締役を入れるべきでしょうか」と相談を受けることがあります。AEGISは、この問いには「何のために」を決めないまま答えられないと考えています。法律上の義務がない以上、社外の目を入れるかどうかも、どの形で入れるかも、会社と家族が自ら選ぶことです。目的が定まっていない社外取締役は、形だけの存在になりやすく、かえって「外の人を入れても変わらない」という失望を生むことがあります。

    また、社外の目は、会社の側だけでなく、家族の側のルールとも結び付いています。誰を取締役にするか、家族が会社で働くときの処遇をどうするかは、家族会議や家族憲章で話し合う論点でもあります。家族の側で方針を整理し、その方針を会社の取締役会で実行し、社外の目がそれを確かめる——という役割分担ができると、ファミリーガバナンスは実際に機能し始めます。家族の側のルールとの関係は、関連記事「ファミリーガバナンスとは何か」で整理しています。

    まとめ

    • 非上場の同族会社には、原則として社外取締役の設置義務はなく、社外の目を入れるかどうかは会社と家族が選ぶことです。
    • 会社法上の社外取締役には要件があり、オーナーの配偶者や二親等内の親族などの家族は社外取締役になれません。
    • 社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードは、地位、権限、責任、報酬の扱いが異なり、目的に応じて使い分けます。
    • 顧問であっても実質的に経営に従事していると、税務上は役員とされる可能性があるため、役割と報酬を事前に整理します。
    • 具体的な機関設計や人選は、会社の規模や家族の状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. 非上場の同族会社でも、社外取締役を置かなければなりませんか?

    通常は置く義務はありません。社外取締役の設置が義務付けられているのは、公開会社かつ大会社である監査役会設置会社のうち、有価証券報告書の提出義務がある会社などです。同族会社が社外取締役を置くかどうかは、経営の監督や後継者の育成などの目的に照らして、自ら判断することになります。

    Q. 経営に関わっていない妻や子を「社外取締役」にできますか?

    できません。会社法上の社外取締役の要件には、会社の取締役や重要な使用人などの配偶者または二親等内の親族でないことが含まれています。家族を取締役にすること自体は可能ですが、会社法上の「社外取締役」には当たりません。

    Q. 顧問とアドバイザリーボードはどう違いますか?

    どちらも会社法上の役員ではなく、契約や会社の任意の取決めで置く助言の仕組みです。一般に、顧問は特定の分野について個別に継続的な助言を受ける形、アドバイザリーボードは複数の外部有識者に経営全般について意見を求める会議体の形をとります。いずれも取締役会での議決権はありません。

    Q. 社外取締役の報酬はどのように決めればよいですか?

    取締役の報酬は、定款に定めがない場合、株主総会の決議で定めます。金額は、期待する役割や出席の頻度、本人の経験などを踏まえて決めます。税務上は役員給与として扱われるため、定期同額給与などの要件を満たす支給方法にしておくことが大切です。

    Q. 社外取締役が責任を問われるのが心配で、引き受けてもらえません。

    会社は、業務を執行しない取締役との間で損害賠償責任の上限を定める責任限定契約を結べる旨を定款で定めることができます。役員等の賠償責任に備える保険の活用もあわせて検討し、引き受ける人が安心できる環境を整えることが、人選を進めるうえでも役立ちます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を支援します。
    • 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税予測・資金繰りをつなぐ経営支援を行います。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、2025年1月、P.18-19、P.28、P.43-47
    • 『ファミリービジネス白書 2018年版 ―100年経営とガバナンス―』ファミリービジネス白書企画編集委員会 編、後藤俊夫 監修、白桃書房、2018年5月、P.7、P.132-135
    • 『非公開会社における少数株主対策の実務 会社法から税務上の留意点まで』永吉啓一郎 著、清文社、2020年12月、P.1-10
  • 飲食店や小売店を家族以外に引き継ぐ|営業許可・店舗の賃貸借・設備とのれん・常連客とスタッフの引継ぎ

    飲食店や小売店を家族以外に引き継ぐ|営業許可・店舗の賃貸借・設備とのれん・常連客とスタッフの引継ぎ

    個人で営む飲食店や小売店を家族以外に引き継ぐときは、「店」という一つのものを渡すのではなく、許可・店舗の賃借・設備・人・お客様との関係を、一つずつ新しい店主へ移していく作業になります。

    結論から言えば、飲食店の営業許可は、現行の食品衛生法では、営業の譲渡によって譲り受けた人が営業者の地位を承継し、届け出る仕組みがあります。ただし、店舗の改装や移転を伴えば改めて許可が必要になり、酒類の販売など別の許可・届出は制度ごとに扱いが違います。実務で最も時間がかかりやすいのは、店舗を借りている場合の貸主の承諾と、敷金・保証金の精算です。

    この記事では、店舗業ならではの論点を、引き継ぐ順番に沿って整理します。

    店舗業の「引き継ぎ」が難しい理由

    東京商工リサーチの「2025年『休廃業・解散企業』動向調査」(2026年1月公表)によると、2025年の休廃業・解散企業は6万7,210件で過去最多でした。産業別では、飲食業などを含むサービス業他が2万1,961件、小売業が7,903件と、店舗型の業種が大きな割合を占めます。休廃業企業の代表者は60代以上が90.6%に達し、直前期の決算が判明した企業の52.8%は黒字でした。

    黒字でも閉じる店が多い背景には、個人店ならではの事情があります。

    • 店主の腕と人柄が価値の中心:味や品ぞろえ、接客が店主個人に結びついている
    • 法人格がない:会社なら株式を渡せば契約や許可が会社に残りますが、個人事業では契約も許可も店主個人のものです
    • 店舗が借り物:店舗を借りている場合、借主の立場を移すには貸主の同意が要ります

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」も、個人事業主の承継では「開業届」「廃業届」を出すだけでは足りず、契約関係と所有関係を引き継ぐことが欠かせないとしています。また、法人格が続く会社と違い、事業に必要な許認可を後継者が取り直したり、取引先との契約を引き継いだりする必要がある点を指摘しています。

    誰に、どの方法で引き継ぐか

    引き継ぐ相手は、主に次の3つに分かれます。

    • 従業員:店の味や仕事を知っており、常連客にもなじみがある。一方で、譲受代金や運転資金の準備が課題になりやすい
    • 取引先・同業者:仕入先や近隣の同業者が、支店や新業態として引き継ぐ
    • 独立・創業を目指す人:事業承継・引継ぎ支援センターの「後継者人材バンク」や、日本政策金融公庫の「事業承継マッチング支援」は、店を譲り受けて創業したい人とのマッチングも対象にしています

    方法は、個人事業であれば事業譲渡(営業の譲渡)が中心です。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、個人事業主のM&Aでは事業譲渡の手法を用いるのが通常だとしています。店を法人で営んでいる場合は、会社の株式を譲る方法も選べます。

    個人事業を第三者に譲るときの全体の流れと税金は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」で解説しています。

    引き継ぐものの一覧

    次の表は、AEGISが店舗業の引継ぎ対象と確認先を整理したものです。

    引き継ぐもの主な確認点相手・窓口
    飲食店などの営業許可営業者の地位の承継と届出、施設の変更の有無保健所
    その他の許可・届出酒類の販売、深夜の酒類提供、たばこの販売などは制度ごとに扱いが異なる所管の官公署
    店舗の賃貸借貸主の承諾、契約の引継ぎか結び直しか、賃料・期間の見直し貸主・管理会社
    敷金・保証金返還して新たに差し入れるか、引き継ぐか。償却や原状回復の取決め貸主
    内装・厨房設備・什器所有者(店主か貸主か、リースか)、状態と残りの使用期間店主・リース会社
    在庫・仕入先引継ぎ時点の棚卸し、仕入条件の継続仕入先
    屋号・レシピ・ノウハウ使ってよい範囲、引継ぎ期間中の指導新旧店主の合意
    スタッフ新しい店主との雇用契約、労働条件の説明スタッフ一人ひとり
    常連客・予約・会員案内の時期と方法、個人情報の扱い新旧店主の合意
    借入・保証引き継ぐか、店主が返済するか、保証の扱い金融機関

    営業許可:譲渡でも「地位の承継」ができる

    食品衛生法では、飲食店などの営業許可は、営業者が都道府県知事(保健所を設置する市などを含む)の許可を受けるもので、許可は営業の施設が基準に合うかどうかで判断されます(食品衛生法55条)。

    許可を受けた営業者が営業を譲渡した場合や、相続・合併・分割があった場合は、営業を譲り受けた人などが許可営業者の地位を承継します(同法56条1項)。承継した人は、承継の事実を証明する書面を添えて、遅滞なく届け出る必要があります(同条2項)。

    つまり、同じ施設で同じ営業を続けるのであれば、譲り受けた人が一から許可を取り直すのではなく、地位の承継の届出で引き継げる仕組みがあります。ただし、次の点には注意が必要です。

    • 施設を変える場合:改装で施設の構造が変わる場合や、店舗を移転する場合は、新たな許可や変更の手続が必要になることがあります
    • 業種・営業の内容が変わる場合:許可の種類が異なれば、承継では対応できません
    • 他の許可・届出:酒類の販売免許や深夜に酒類を提供する飲食店の届出などは、食品衛生法とは別の制度です。承継の可否と手続は、それぞれの所管に確認します
    • 個人の開業・廃業の届出:新しい店主は開業の届出、元の店主は廃業の届出など、税務上の手続も別に必要です

    具体的な書類や運用は自治体によって異なるため、譲渡日を決める前に保健所に相談しておきましょう。

    店舗の賃貸借:貸主の承諾が出発点

    店舗を借りている場合、借主の立場(賃借権)を他人に譲ったり、店舗を又貸ししたりするには、貸主の承諾が必要です(民法612条1項)。承諾なく第三者に使わせると、貸主は契約を解除できます(同条2項)。

    貸主の対応は、大きく二つに分かれます。

    • 契約を引き継ぐ:借主の地位の移転を認め、敷金もそのまま引き継ぐ
    • 契約を結び直す:元の契約を終了し、新しい店主と条件を見直して新たに契約する

    民法では、賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、貸主は敷金から未払いの賃料などを差し引いた残額を返還しなければならないとされています(民法622条の2第1項2号)。実務では、敷金を一度返還して新たに差し入れる形と、当事者の合意で引き継ぐ形があり、どちらになるかで新旧店主の間の精算額が変わります。保証金に償却の特約がある場合や、退去時の原状回復の範囲も、あわせて確認しておきます。

    内装や厨房設備をそのまま使う、いわゆる「居抜き」の引継ぎでは、設備の所有者が誰か(店主か、貸主か、リース会社か)を整理することが欠かせません。リースの設備は、リース会社との契約の扱いを別に確認します。

    設備とのれんの値付け

    引継ぎの対価は、主に「設備・什器」「在庫」「のれん(店の評判や顧客との関係などの見えない価値)」の合計として考えます。

    • 設備・什器:帳簿上の価額ではなく、中古市場での価格や専門業者の査定を参考にすると、当事者の納得を得やすくなります
    • 在庫:引継ぎ日に棚卸しをして、使えるものだけを対象にします
    • のれん:個人店では、利益の源泉が店主個人にあるほど、店主が抜けた後も同じ利益が続くかは不確かです。引継ぎ期間を設けて店主が一緒に店に立つ、レシピや仕入先を文書で残すなど、のれんが新しい店主に移る仕組みがあるかどうかで評価が変わります

    対価の内訳は税金にも影響します。個人の事業譲渡では、譲る資産の種類によって所得の区分が分かれ、消費税も課税対象の資産と非課税の資産を区分して計算します。内訳は契約書に明記しておきましょう。

    常連客とスタッフの引継ぎ

    店の価値の多くは、常連客とスタッフに宿っています。

    • スタッフ:事業譲渡では雇用契約は自動的には移らず、一人ひとりが新しい店主と雇用契約を結びます。給与や勤務時間などの条件を早めに示し、不安を取り除くことが、引継ぎの成否を分けます
    • 常連客:店主の交代をいつ、どう伝えるかを新旧店主で決めておきます。予約台帳や会員情報など個人情報を引き継ぐ場合は、取扱いに注意が必要です
    • 引継ぎ期間:数か月程度、元の店主が新しい店主と並んで店に立つ期間を設けると、味や接客、仕入れのノウハウが移りやすくなります

    屋号を引き続き使う場合も注意が必要です。商法では、営業を譲り受けた人が譲渡人の商号を続けて使うと、譲渡人の営業で生じた債務を弁済する責任を負うとされています(商法17条1項)。譲受人が責任を負わない旨を遅滞なく登記するか、第三者に通知した場合は、この責任を免れることができます(同条2項)。

    引継ぎのスケジュール

    時期の目安やること
    1年前店の収支と資産・借入を一覧にする。引き継ぐ相手の候補を考え、支援窓口に相談する
    6か月前相手と基本条件を決める。貸主・保健所・金融機関に事前相談する
    3か月前譲渡契約、賃貸借の承諾・契約の手続。スタッフへの説明と雇用条件の提示
    引継ぎ日棚卸し、鍵・設備の引渡し、営業者の地位の承継の届出
    引継ぎ後並行営業の期間、元店主の廃業手続と確定申告

    店をたたむ場合の手続と比べたい方は、関連記事「個人事業をたたむときの手続と残った資産」も参考にしてください。

    実務上注意したいポイント

    • 貸主への相談は早めに:貸主の承諾が得られないと、引継ぎ自体が成り立たないことがあります
    • リースと保証の確認:厨房機器のリースや、店主個人が保証している借入は、引継ぎの条件に直結します
    • 譲受側の資金計画:従業員や創業者が引き継ぐ場合、譲受代金と当面の運転資金の調達計画を一緒に確認します。譲り受けて独立する側の視点は、関連記事「後継者不在の会社を引き継いで起業する方法」で解説しています

    AEGISの視点

    個人店の価値は、「場所」「人」「仕組み」の掛け算だとAEGISは考えています。場所は賃貸借や店舗の不動産、人は店主とスタッフ、仕組みはレシピや仕入れ、常連客との関係です。家族以外に引き継ぐときに失敗しやすいのは、このうち「人」を店主一人に頼ったまま、「場所」と「仕組み」を移す準備が遅れる場合です。

    もう一つ大切なのは、店主自身のこれからです。店舗兼住宅を所有している場合は、店舗部分を売るのか貸すのか、引退後の収入をどう確保するのか、そしてその不動産を将来どう相続するのかを、店の引継ぎと一緒に考える必要があります。店の引継ぎは、店主の家計と資産の設計の一部でもあります。事業承継の全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    まとめ

    • 個人店の引継ぎは、許可・賃借・設備・人・顧客の関係を一つずつ移す作業です。
    • 飲食店の営業許可は、営業の譲渡でも譲受人が営業者の地位を承継し、届け出る仕組みがあります。施設の変更や他の許可は別に確認が必要です。
    • 店舗を借りている場合は、貸主の承諾が出発点です。敷金・保証金の精算方法も早めに決めます。
    • のれんの評価は、店主が抜けても価値が残る仕組みがあるかどうかで変わります。
    • スタッフは個別に新しい店主と雇用契約を結びます。屋号を続けて使う場合は、商法上の責任にも注意します。

    よくある質問

    Q. 飲食店を譲り受けた人は、営業許可を取り直す必要がありますか?

    現行の食品衛生法では、営業の譲渡があった場合、譲り受けた人が許可営業者の地位を承継し、承継を証明する書面を添えて遅滞なく届け出る仕組みがあります。ただし、施設の改装や移転を伴う場合は新たな手続が必要になることがあるため、事前に保健所に確認してください。

    Q. 貸主が店舗の譲渡を認めてくれない場合はどうなりますか?

    借主の立場を譲るには貸主の承諾が必要で、承諾なく第三者に使わせると契約を解除されるおそれがあります。条件の見直しを含めて貸主と話し合うか、別の店舗で営業する、設備だけを譲るなど、引継ぎの形を変えることを検討します。

    Q. 敷金は新しい店主に引き継がれますか?

    当事者の合意によります。民法上は、適法に賃借権が譲渡されたときに貸主は敷金の残額を返還するとされており、実務では一度返還して新たに差し入れる形と、引き継ぐ形があります。どちらにするかで新旧店主の精算額が変わるため、契約書に明記します。

    Q. スタッフはそのまま働き続けられますか?

    事業譲渡では雇用契約が自動的に移らないため、スタッフ一人ひとりが新しい店主と雇用契約を結びます。条件を早めに示し、本人の同意を得ることが必要です。

    Q. 店の名前(屋号)はそのまま使ってもよいですか?

    当事者が合意すれば使えますが、商法では、譲り受けた人が商号を続けて使うと、譲渡人の営業で生じた債務を弁済する責任を負う場合があります。責任を負わない旨の登記や取引先への通知で、この責任を免れる方法があります。

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    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金・遺言・契約・金融機関対応などを確認します。
    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.192-199

    その他参考資料

    • 東京商工リサーチ「過去最多の6.72万件、赤字企業率は47.2% 代表者60代以上の退出が加速 ~2025年『休廃業・解散企業』動向調査~」(TSRデータインサイト、2026年1月9日)
      https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202284_1527.html
      確認日:2026-10-10
  • 介護事業所の承継と休廃業|事業譲渡・株式譲渡・廃業を、指定・職員・利用者・施設の不動産から比べる

    介護事業所の承継と休廃業|事業譲渡・株式譲渡・廃業を、指定・職員・利用者・施設の不動産から比べる

    介護事業を続けられなくなったときの選択肢は、大きく分けて「会社ごと引き継ぐ(株式譲渡)」「事業所単位で引き継ぐ(事業譲渡など)」「休止・廃止する」の3つです。

    介護事業の承継がほかの業種と違うのは、事業が介護保険の指定の上に成り立ち、人員基準を満たす職員と、日々サービスを利用している方の生活が結びついている点です。廃業は「店を閉める」ことでは終わらず、利用者が別の事業者へ移れるよう調整する責任も伴います。

    そのため結論から言えば、介護事業では「続けるか、やめるか」を決める前に、引き継げる可能性を早めに確かめておくことが、利用者・職員・経営者自身にとって最も選択肢の多い進め方です。この記事では、指定・職員・利用者・施設の不動産という4つの軸から、承継と休廃業を比べます。

    介護事業者の休廃業はなぜ増えているのか

    東京商工リサーチの「2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査」(2026年1月公表)によると、2025年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の休廃業・解散は653件で、4年連続で過去最多を更新しました。内訳は訪問介護が465件と突出し、通所・短期入所が95件、有料老人ホームが23件と続きます。同じ年の倒産も176件と過去最多でした。

    同調査は、背景として慢性的な人手不足、他産業に比べた処遇改善の遅れ、大手の参入による競合、物価高による運営コストの上昇を挙げ、赤字が膨らむ前に早めに休廃業を選ぶ事業者が増えていると分析しています。

    こうした数字は、介護事業の経営者にとって「自分だけの問題ではない」ことを示しています。同時に、利用者や職員を抱えたまま事業を閉じる事例が増えていることも意味します。引き継ぐ側から見れば、人材と利用者を一体で受け入れられる事業所には一定の需要があるとも言えます。

    介護事業の承継で押さえたい4つの特徴

    1. 指定は「事業者」と「事業所」に結びついている

    介護保険の居宅サービスの指定は、事業を行う者の申請により、サービスの種類と事業所ごとに行われます(介護保険法70条1項)。指定は6年ごとに更新を受ける必要があります(同法70条の2第1項)。

    つまり、指定は「建物」や「看板」ではなく、誰が(どの事業者が)、どこで(どの事業所で)、何のサービスを行うかに対して与えられています。承継の方法によって、指定をそのまま使えるのか、引き継ぐ側で改めて手続が必要になるのかが変わります。

    2. 職員は「人員基準」を満たすための経営資源

    介護事業では、管理者や各サービスの専門職など、人員基準を満たす職員がいなければ事業を続けられません。引継ぎの対象として最も価値があるのは、設備よりも働き続けてくれる職員であることが少なくありません。

    3. 利用者の生活がかかっている

    利用者にとって事業所は生活の一部です。事業者が変わる場合や事業を閉じる場合は、本人・家族・ケアマネジャーへの説明と調整に時間がかかります。

    4. 施設の土地・建物がオーナー個人の財産であることが多い

    小規模な事業者では、事業所の建物や敷地を経営者個人やその家族が所有し、会社に貸しているケースがよくあります。事業の行き先と、不動産の行き先を別々に考える必要があります。

    3つの選択肢を比べる

    次の表は、AEGISが整理した比較の視点です。

    比較の軸株式譲渡(会社ごと)事業譲渡(事業所単位)休止・廃止
    指定法人が変わらないため原則そのまま。役員・管理者などの変更は届出引き継ぐ側で指定を受ける手続が必要になるのが一般的。空白期間を作らない調整が要る休止・廃止の1か月前までに届出
    職員雇用契約はそのまま続く一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す雇用の終了。再就職への配慮が必要
    利用者契約関係は続く(説明は必要)新しい事業者との契約に切り替える他の事業所への移行を調整する
    施設の不動産会社所有なら会社とともに移る。個人所有なら賃貸を続けるか売却するか譲渡対象に含めるか、賃貸で使ってもらうかを決める用途転換・売却・賃貸の検討
    借入・保証会社の借入は残る。経営者保証の扱いを交渉引き継がない負債は売り手側に残る資産の処分で返済。不足すれば保証の問題
    売り手の手取り株主が株式の対価を受け取る会社(個人事業なら事業主)が対価を受け取る清算後の残余財産のみ

    株式譲渡:指定と雇用を維持しやすい

    会社の株式を譲る方法では、事業者である法人そのものは変わりません。そのため指定や雇用契約、利用者との契約は原則として続きます。ただし、指定事業者は事業所の名称や所在地などに変更があったときは、10日以内に届け出る必要があります(介護保険法75条1項)。役員や管理者が交代する場合の届出事項は、所轄の自治体に確認しておきましょう。

    一方で、会社の過去の運営や債務も丸ごと引き継がれるため、買い手は介護報酬の請求内容や人員配置の記録、労務管理などを詳しく調べます。記録が整っていない会社ほど、価格や条件が厳しくなりがちです。

    事業譲渡:事業所ごとに切り出せるが、手続が多い

    複数の事業所のうち一部だけを譲る、あるいは個人事業として運営している事業所を譲る場合は、事業譲渡が中心になります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、個人事業主のM&Aでは事業譲渡を用いるのが通常であり、許認可の取得などの作業が必要になると説明しています。

    介護保険の指定は事業者に対して与えられるため、事業譲渡で事業者が変わる場合には、引き継ぐ側が改めて指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。指定日と譲渡日がずれるとサービス提供に空白が生じるため、早い段階で指定権者(都道府県・市町村)に相談し、スケジュールを合わせることが欠かせません。合併や会社分割による場合の扱いも含め、手続の詳細は自治体やサービスの種類によって異なるため、個別に確認が必要です。

    職員については、事業譲渡では雇用契約が自動的には移らず、一人ひとりの同意を得て引き継ぐ側と契約を結び直します。条件が大きく変わると転籍を望まない職員が出て、人員基準を満たせなくなるおそれもあります。

    休止・廃止:届出と利用者の移行が必須

    事業を廃止または休止する場合は、その日の1か月前までに届け出る必要があります(介護保険法75条2項)。さらに、届出をした事業者は、引き続きサービスを希望する利用者が必要なサービスを継続して受けられるよう、居宅介護支援事業者などとの連絡調整その他の便宜を提供しなければなりません(同法74条5項)。

    廃業を選ぶ場合も、「誰かに利用者と職員を引き継いでもらえないか」を同時に探ることで、地域のサービスを途切れさせずに済む可能性があります。

    施設の土地・建物をどうするか

    介護事業の承継では、施設の不動産が判断を左右することがあります。

    • 会社が所有している場合:株式譲渡なら会社とともに移ります。事業譲渡なら、不動産を譲渡対象に含めるか、売り手側に残して賃貸するかを決めます。
    • オーナー個人が所有し、会社に貸している場合:承継後も賃貸を続けるのか、買い手に売却するのかで、オーナーの手取りと将来の相続が変わります。賃料水準や契約期間は、買い手にとっても事業の採算を左右する条件です。
    • 補助金を受けて整備した施設の場合:用途の変更や処分に制限がかかることがあります。補助の条件を事前に確認しておきましょう。

    施設を福祉事業者に貸す場面の考え方は、関連記事「介護・保育施設に土地を貸すときの考え方」で整理しています。

    判断の順番:いつ、何を始めるか

    時期の目安やること
    2〜3年前事業所ごとの収支、職員の年齢構成と資格、利用者数の推移を一覧にする。施設の所有関係と借入・保証を確認する
    1〜2年前親族・職員への承継の可能性を確かめる。難しければ第三者への引継ぎを支援機関に相談する
    半年〜1年前引き継ぐ側と条件を詰める。指定の手続とスケジュールを自治体に相談する
    1か月前まで休止・廃止の場合は届出。利用者・家族・ケアマネジャーへの説明と移行の調整

    後継者が見つからない場合に、清算・第三者への引継ぎ・一部譲渡を手取りや人・資産の行き先で比べる考え方は、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」でも解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 秘密保持と職員への説明の順番:譲渡の検討が早い段階で広まると、職員の離職を招くことがあります。説明の時期と内容は、引き継ぐ側と相談して決めます。
    • 記録の整備:人員配置、加算の算定根拠、請求の記録が整っていることは、価格以前に「引き継げるかどうか」を左右します。
    • 価格は人と利用者で決まる:介護事業の価値は、設備よりも人員と利用者の安定性に左右されます。価格の考え方は関連記事「中小企業の譲渡価格はどう決まるか」で整理しています。

    • 相談先の活用:事業承継・引継ぎ支援センターや、よろず支援拠点などの公的窓口も利用できます。厚生労働省も、小規模な介護事業者の協働化・大規模化に関する資料や相談窓口を公表しています。

    AEGISの視点

    介護事業の承継では、「事業」「人」「利用者」「不動産」「会社の株式」がそれぞれ別の手続と別の相手を持っています。経営者が疲弊していると、これらをまとめて「もう閉じるしかない」と判断しがちです。

    AEGISは、まずこれらを分けて並べることが出発点だと考えています。事業所は他の事業者に引き継いでもらい、施設の土地・建物はオーナー家が持ち続けて賃料を受け取る。あるいは会社ごと譲り、不動産も合わせて売却して老後と相続の資金を確保する。分けて考えることで、利用者と職員を守りながら、オーナー家の資産と承継も設計できる選択肢が見えてきます。

    承継の検討は、経営の判断であると同時に、施設という不動産と、その先の相続の判断でもあります。事業承継をどこから始めるかの全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    事業用不動産の所有や承継にかかわる税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 介護事業を続けられないときの選択肢は、株式譲渡・事業譲渡などによる承継と、休止・廃止の3つに整理できます。
    • 介護保険の指定はサービスの種類と事業所ごとに与えられ、承継の方法によって指定の扱いが変わります。
    • 事業譲渡では、職員の同意と引き継ぐ側での指定手続が必要になるのが一般的です。
    • 休止・廃止は1か月前までの届出と、利用者が継続してサービスを受けられるための調整が求められます。
    • 施設の土地・建物は、事業の行き先とは別に、売る・貸す・残すを判断します。
    • 具体的な手続や可否は、サービスの種類や自治体、個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 介護事業所を譲り受ける側は、新たに指定を受ける必要がありますか?

    会社ごと引き継ぐ株式譲渡では、事業者である法人が変わらないため、指定は原則として続きます。事業譲渡などで事業者が変わる場合は、引き継ぐ側が指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。サービスの種類や自治体によって扱いが異なるため、計画の早い段階で指定権者に相談してください。

    Q. 廃業するとき、利用者にはいつまでに伝えればよいですか?

    事業の休止・廃止は、その日の1か月前までに届け出る必要があります。利用者が別の事業所へ移るには、ケアマネジャーとの調整を含めて時間がかかるため、届出よりも前に説明と移行の準備を始めるのが現実的です。

    Q. 赤字の事業所でも引き継いでもらえますか?

    可能性はあります。引き継ぐ側は、職員や利用者、地域での実績を評価することがあり、赤字であっても自社の運営に組み込めば採算が合うと考える場合もあります。ただし価格や条件は厳しくなりやすいため、判断が遅れるほど選択肢は狭まります。

    Q. 施設の建物は私個人の所有です。事業を譲っても建物は手元に残せますか?

    残せます。事業だけを譲り、建物は引き継いだ事業者に賃貸する形も選択肢です。その場合、賃料・契約期間・修繕の負担を明確にしておくことが、オーナー家の収入と将来の相続の両面で重要です。

    Q. 職員を全員引き継いでもらうことはできますか?

    株式譲渡であれば雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡では、職員一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す必要があります。労働条件の変化を丁寧に説明し、引き継ぐ側と雇用の継続について合意しておくことが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比べながら承継計画を検討します。
    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金・契約・金融機関対応などを確認します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.59-73、P.192-199

    その他参考資料

    • 東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』の休廃業・解散653件 苦境の『訪問介護』が押し上げ、過去最多を更新 ~2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査~」(TSRデータインサイト、2026年1月23日)
      https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202326_1527.html
      確認日:2026-10-10
  • 個人事業をたたむときの手続と残った資産|廃業届・消費税・青色申告の取りやめから、在庫・設備・借入れの整理まで

    個人事業をたたむときの手続と残った資産|廃業届・消費税・青色申告の取りやめから、在庫・設備・借入れの整理まで

    個人事業の廃業は、税務署に廃業届を出せば終わり、というものではありません。①届出、②最後の確定申告、③残った資産と借入れの後始末、④廃業後の生活資金の4つを、順番に片づけていく作業です。

    とくに注意したいのは、事業をやめても、事業用の借入れや保証、売れ残った在庫や設備、廃業後に届く請求書は、そのまま経営者個人に残るという点です。会社と違い、個人事業では事業の財産と個人の財産が法的に分かれていないためです。

    この記事では、後継者がいない個人事業を廃業する場面を前提に、何をいつまでに行うか、税金がどこにかかるかを整理します。廃業を決める前に、事業を第三者に譲る道がないかを確認したい場合は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」をご覧ください。

    廃業を決める前に確認したいこと

    中小企業庁の事業承継ガイドライン(第3版)は、廃業の相談を受けてもすぐに手続に進むのではなく、まず経営状況を見える化し、事業の継続や引継ぎの可能性を探ることを求めています。そのうえで、やむを得ず廃業を選ぶ場合には、債務超過などに追い込まれる前に、ある程度の余力があるうちに計画的に事業を終える「円滑な廃業」に向けた準備が望ましいとしています。

    廃業を決める前に、次の3点を確認しておくと、その後の判断がぶれにくくなります。

    • 引き継げるものはないか:設備、取引先、技術、従業員などは、事業全体ではなくても、経営資源として誰かに引き継げる場合があります。事業承継・引継ぎ支援センターは、こうした経営資源の引継ぎの相談にも応じています。
    • 資産と負債の差し引き:在庫・設備・売掛金を現金化し、借入金・買掛金・未払いの税金を払った後に、いくら残るか(あるいは足りないか)。
    • 廃業後の生活資金:廃業後の収入源と、当面の生活費をどう確保するか。

    会社を清算する場合との違いは、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」で解説しています。

    廃業の手続一覧

    税金に関する主な手続を、期限とともに整理すると次のとおりです。

    手続内容期限の目安
    個人事業の開業・廃業等届出書事業を廃止したことを税務署に届け出る(所得税法第229条)廃止した日の属する年分の確定申告期限まで
    所得税の青色申告の取りやめ届出書青色申告をやめる場合に提出する(同法第151条第1項)取りやめようとする年分の確定申告期限まで
    給与支払事務所等の廃止の届出書従業員への給与の支払をやめる場合(同法第230条)廃止の日から1か月以内
    事業廃止届出書(消費税)消費税の課税事業者が事業を廃止した場合(消費税法第57条第1項第3号)速やかに
    予定納税額の減額の承認申請廃業で所得が減る見込みの場合(所得税法第111条)第1期・第2期分はその年の7月15日まで(第2期分のみの場合は別の期限)
    廃業した年の確定申告1月1日から廃業日までの事業所得などを申告する翌年3月15日まで(原則)

    なお、青色申告の承認を受けている人が業務の全部を廃止した場合、廃止した年の翌年分以後は承認の効力が失われます(所得税法第151条第2項)。インボイス(適格請求書発行事業者)の登録を受けている場合は、事業廃止届出書を提出すると、事業を廃止した日の翌日に登録の効力が失われます(消費税法第57条の2第10項第2号)。

    このほか、個人事業税・住民税に関する都道府県・市区町村への届出、営業許可などの許認可の廃止の届出、従業員がいる場合の社会保険・雇用保険の手続、取引先や金融機関への連絡も必要です。許認可の廃止は、所管の役所ごとに期限や書式が異なるため、一覧を作って漏れを防ぎます。

    最後の確定申告で注意したいこと

    在庫:売っても、自分で使っても収入になる

    廃業時に残った商品や原材料(棚卸資産)は、売却すれば事業所得の収入になります。売らずに自分や家族のために使った場合も、その時の価額で収入に計上する必要があります(所得税法第39条)。消費税の課税事業者であれば、事業用の資産を家事のために消費・使用した場合も、消費税の課税対象とみなされます(消費税法第4条第5項第1号)。

    設備・車両:売却すると譲渡所得

    事業で使っていた機械・車両・備品などの固定資産を売却した場合は、原則として事業所得ではなく譲渡所得として扱われます。売却価格と帳簿上の未償却残高の差額などから所得を計算します。課税事業者であれば、売却代金は消費税の課税対象にもなります。売却できずに廃棄する場合は、除却に伴う損失の扱いも確認します。

    廃業後に生じた費用・損失

    廃業した後に、事業に関する費用の請求が届いたり、売掛金が回収できなくなったりすることがあります。こうした費用や損失で、事業を続けていれば必要経費になったはずのものは、廃業した年分またはその前年分の必要経費に算入できます(所得税法第63条)。すでに確定申告を済ませている場合は、その事実が生じた日の翌日から2か月以内に、更正の請求をすることができます(同法第152条)。

    廃業後もしばらくは、請求書や回収の状況を記録しておくことが大切です。

    残った資産と借入れをどう整理するか

    資産の行き先を決める

    廃業時の資産は、大きく「売る」「譲る」「自分で使う」「処分する」のいずれかに振り分けます。

    資産主な選択肢確認したいこと
    在庫売り切る、同業者に譲る、家事用に使う自家消費は収入計上、課税事業者は消費税も
    機械・車両・備品売却、同業者・後進に譲る、廃棄譲渡所得、消費税、廃棄費用の負担
    売掛金回収、回収不能分の整理廃業後の貸倒れは所得税法第63条の対象となり得る
    店舗・事務所(自己所有)貸す、売る、自宅として使う用途が変わることによる相続税の特例の適用の変化
    店舗・事務所(賃借)解約、原状回復解約予告期間、原状回復費用、保証金の精算

    自己所有の店舗を廃業後に人に貸す場合、収入は不動産所得になり、新たに届出が必要になることがあります。また、店舗兼住宅の敷地など、事業用として相続税の特例を受けられた可能性のある土地は、廃業によって扱いが変わります。将来の相続まで見据えて、使い方を決めることが大切です。

    借入れは個人に残る

    個人事業の借入れは、経営者個人の債務です。廃業しても返済義務はなくならないため、資産の売却代金や預金で返済するか、返済計画を金融機関と協議します。家族が保証人になっている場合は、その保証も残ります。

    返済が難しい場合や、保証の整理が必要な場合に利用できる仕組みとして、中小M&Aガイドラインの参考資料では、商工会議所等の「経営安定特別相談室」、「経営者保証に関するガイドライン」、地域経済活性化支援機構の特定支援業務(事業の債務と保証債務の一体的な整理)、日本弁護士連合会の相談窓口などが紹介されています。事業承継ガイドラインでは、信用保証協会の「自主廃業支援保証」など、廃業に必要な資金を支える制度にも触れています。返済に行き詰まってからではなく、廃業を決めた段階で金融機関や専門家に相談することが、取引先への影響を抑え、手元に残る財産を守ることにつながります。

    従業員と取引先への説明

    中小企業庁のアンケート調査では、廃業時に苦労したこととして、顧客・販売先への説明や従業員の処遇が上位に挙がっています。廃業の時期を決めたら、従業員の再就職先の相談、取引先への告知の時期、仕入れの停止の時期を逆算して計画します。

    廃業後の生活資金

    廃業後の生活を支える制度として、小規模企業共済があります。独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する、小規模事業者のための退職金制度で、廃業時に共済金を受け取ることができます。中小機構の案内によると、共済金を一括で受け取る場合は退職所得、分割で受け取る場合は公的年金等の雑所得として扱われます。加入している場合は、受取方法によって税負担や手取りが変わるため、廃業の時期とあわせて受取方法を検討します。

    廃業までのスケジュール例

    1. 廃業の1年〜半年前:資産・負債の一覧化、引継ぎ先の可能性の確認、金融機関への相談
    2. 3か月前:従業員・取引先への説明、仕入れの調整、賃借物件の解約予告
    3. 廃業日:営業の終了、在庫・設備の処分、最終の売上・経費の締め
    4. 廃業後1か月以内:給与支払事務所等の廃止届出、許認可や社会保険の手続、消費税の事業廃止届出書
    5. 翌年3月15日まで:廃業した年の確定申告、開業・廃業等届出書と青色申告の取りやめ届出書の提出(未提出の場合)
    6. その後:廃業後に届いた費用・回収不能の売掛金があれば、更正の請求を検討

    ※期限は原則的なものです。個別の事情により異なる場合があります。

    実務上注意したいポイント

    • 届出の期限は手続ごとに違う:所得税の届出は確定申告期限まで、給与支払事務所等の廃止は1か月以内など、期限がそろっていません。
    • 消費税の最後の申告を忘れない:課税事業者は、廃業した年の消費税の申告も必要です。
    • 帳簿・書類は保存を続ける:廃業後も、法定の期間は帳簿や書類を保存する必要があります。
    • 個別事情で結論が変わる:資産の処分方法や税額は、事業の内容と資産の状況によって異なります。

    AEGISの視点

    個人事業の廃業相談では、「手続を早く終わらせたい」という声をよく聞きます。もちろん手続を正しく終えることは大切ですが、AEGISは、廃業を「事業の財産を、家族の財産と生活に組み替える作業」と捉えることが大切だと考えています。

    個人事業では、店舗の土地や建物、車、預金が、事業用と家計用の両方を兼ねていることが少なくありません。廃業によって、それらの役割が変わります。店舗を貸すのか売るのか、借入れをどの資産で返すのか、共済金をどう受け取るのかといった選択は、廃業後の生活だけでなく、将来の相続の形にも影響します。

    また、廃業を決めた後でも、設備や顧客を引き継いでくれる相手が見つかることがあります。手続に進む前に一度立ち止まり、「残せるものは何か」を確認することをおすすめします。事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    生前に事業用資産の行き先を決めておく方法については、関連記事「個人事業主が遺言で備えること」も参考になります。

    まとめ

    • 個人事業の廃業は、届出・最後の確定申告・資産と借入れの整理・生活資金の4つを順番に進めます。
    • 所得税の開業・廃業等届出書は、廃止した年分の確定申告期限までに提出します。消費税の課税事業者は事業廃止届出書も必要です。
    • 在庫の自家消費は収入に計上し、設備の売却は原則として譲渡所得になります。
    • 廃業後に生じた事業の費用・損失は、廃業年またはその前年の必要経費にでき、2か月以内に更正の請求ができます。
    • 借入れは個人に残るため、廃業を決めた段階で金融機関や支援機関に相談することが大切です。

    よくある質問

    Q. 廃業届はいつまでに出せばよいですか?

    所得税の「個人事業の開業・廃業等届出書」は、事業を廃止した日の属する年分の確定申告期限までに提出します(所得税法第229条)。ただし、給与支払事務所等の廃止の届出は1か月以内、消費税の事業廃止届出書は速やかに提出するなど、手続ごとに期限が異なるため注意が必要です。

    Q. 青色申告をしていた場合、何か手続が必要ですか?

    青色申告をやめる場合は、取りやめようとする年分の確定申告期限までに「青色申告の取りやめ届出書」を提出します。なお、業務の全部を廃止した場合は、廃止した年の翌年分以後、青色申告の承認は効力を失います。廃業した年の確定申告は、青色申告として行うことができます。

    Q. 売れ残った商品を家で使った場合も、税金がかかりますか?

    はい。棚卸資産を家事のために消費した場合は、その時の価額を事業所得の収入に計上します(所得税法第39条)。消費税の課税事業者であれば、消費税の課税対象にもなります。少額でも記録を残しておくことが大切です。

    Q. 廃業した後に、仕事で使っていた機械の修理代の請求が来ました。経費にできますか?

    事業を続けていれば必要経費になったはずの費用であれば、廃業した年分またはその前年分の必要経費に算入できます(所得税法第63条)。すでに確定申告を済ませている場合は、請求が確定した日の翌日から2か月以内に更正の請求ができます。

    Q. 借入金が残ったまま廃業できますか?

    廃業すること自体は可能ですが、借入金は個人の債務としてそのまま残ります。資産の売却などで返済しきれない見込みであれば、早めに金融機関と返済方法を協議し、必要に応じて経営安定特別相談室などの支援機関や弁護士への相談を検討してください。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金、民事信託(いわゆる家族信託)、遺言、契約、金融機関対応などを確認します。
    • 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税予測・資金繰りをつなげて、経営の判断を支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍・その他資料

    • 中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』参考資料8「円滑な廃業を支援する施策」、p.1-2
    • 『税理士のための 所得税重要ポイント実務ガイド 〜令和2年3月申告用〜』天池&パートナーズ税理士事務所 編、税務研究会出版局、P.49
  • 農業経営を子に引き継ぐときの準備|農地等の納税猶予(贈与税・相続税)の使い方と打切り、施設の敷地、法人化との比較

    農業経営を子に引き継ぐときの準備|農地等の納税猶予(贈与税・相続税)の使い方と打切り、施設の敷地、法人化との比較

    農業経営を子に引き継ぐときは、「農地をどう渡すか」と「農業経営そのもの(施設・機械・販路・人)をどう渡すか」を一緒に設計することが大切です。

    農地については、後継者が農業を続けることを条件に、贈与税や相続税の納税を猶予する制度があります。親が元気なうちに農地をまとめて後継者に贈与する「生前一括贈与」の納税猶予と、相続のときに使う相続税の納税猶予の2つです。どちらも負担を大きく抑えられる可能性がある一方、農業をやめたり農地を手放したりすると猶予が打ち切られ、利子税とあわせて納税が必要になるという性格を持っています。

    この記事では、2つの納税猶予の違いと打切りの仕組み、倉庫や直売所など農地以外の敷地の扱い、法人化との比較を、農業経営の承継という視点から整理します。相続した農地や生産緑地を「続ける・貸す・転用する」の観点から比べたい場合は、関連記事「相続した農地・生産緑地をどうするか」もあわせてご覧ください。

    農業経営の承継で引き継ぐもの

    農業経営は、多くの場合、個人事業として営まれています。経営者個人が農地や施設を所有し、自分の名前で販売先と取引しているため、承継では資産と契約を一つずつ後継者に移す必要があります。

    引き継ぐもの主な内容相続税での主な扱い・確認点
    農地・採草放牧地田、畑、果樹園など一定の要件のもとで農地等の納税猶予の対象
    温室などの敷地耕作に使われている温室等の敷地農地に当たる場合は納税猶予の対象となり得る
    倉庫・作業場の敷地農機具置き場や農作業用の建物の敷地(宅地)小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)の対象となり得る
    直売所・加工施設などの敷地生産緑地内に許可を得て設けた施設など農地として扱われるか、個別の確認が必要
    機械・設備トラクター、乾燥機、ハウス設備など通常の評価。事業用資産としての承継も検討
    販路・契約・ノウハウ出荷先、農協との取引、栽培技術、地域との関係税務上の評価とは別に、計画的な引継ぎが必要

    税金の制度は「どの土地が、何の用途に使われているか」で分かれます。承継の準備は、まず土地ごとの用途と所在地(市街化区域かどうか、生産緑地かどうか)を一覧にすることから始まります。

    2つの納税猶予:生前一括贈与と相続

    農地等の納税猶予には、贈与税の制度(租税特別措置法第70条の4)と相続税の制度(同法第70条の6)があります。国税庁のタックスアンサー(令和8年4月1日現在法令等)をもとに、主な違いを整理すると次のとおりです。

    比較の視点贈与税の納税猶予(生前一括贈与)相続税の納税猶予
    使う場面親が農業を営んでいる間に、後継者へ農地を贈与する農業を営んでいた親から、相続・遺贈で農地を取得する
    渡し方農業に使っている農地の全部(採草放牧地・準農地は一定部分)を、推定相続人の1人にまとめて贈与相続人のうち、要件を満たす「農業相続人」が取得する
    猶予される税額贈与を受けた農地等に係る贈与税農地等の価額のうち、農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税
    免除される主な場面贈与者または受贈者の死亡農業相続人の死亡など
    その後贈与者が死亡すると、農地は相続で取得したものとみなされ相続税の対象に。要件を満たせば相続税の納税猶予に切り替えられる猶予期間中は農業の継続と届出が必要

    生前一括贈与は、親が元気なうちに経営の主導権と農地を後継者に移せるのが特徴です。ただし、農地の全部をまとめて1人に贈与することが前提のため、一部の農地だけを先に渡すことはできません。また、相続時精算課税を選んで贈与を受けた農地は、この納税猶予の対象になりません。

    相続税の納税猶予は、相続の時点で農業を引き継ぐ相続人が農業を続ける場合に使います。農業投資価格は、農地として利用する前提の価格として国税局が定めるもので、国税庁の「財産評価基準書」で確認できます。

    相続税の納税猶予で確認したい主な要件

    • 農業相続人であること:民法上の相続人で、一定の要件を満たすことについて農業委員会の証明を受けた者に限られます。国税庁の質疑応答事例では、包括遺贈を受けた孫は相続人ではないため対象にならないとされています。
    • 申告期限までに分割されていること:申告期限までに遺産分割が終わっていない農地は、原則として対象になりません。
    • 担保を提供すること:猶予を受ける税額に相当する担保が必要です。
    • 対象となる農地であること:市街化区域内の一部の農地(特定市街化区域農地等)は対象外とされるなど、所在地によって扱いが異なります。

    猶予が打ち切られる場面

    納税猶予は「農業を続ける限り」の制度です。次のような場合には、猶予されていた税額の全部または一部について期限が確定し、利子税とあわせて納付が必要になります(租税特別措置法第70条の6第1項・第7項ほか)。

    • 譲渡・転用・貸付け・耕作放棄など:特例を受けた農地について、これらの合計面積が20%を超えると、原則として猶予税額の全部が打ち切られます。20%以下の場合は、その部分に対応する税額が打ち切られます。
    • 農業経営の廃止:特例を受けた農地に係る農業経営をやめた場合です。
    • 継続届出書の未提出:相続税の申告期限の翌日から3年を経過するごとに、農業経営を続けている旨の届出書を税務署長に提出する必要があります(同条第32項)。この届出書には農業委員会の証明を添付するのが通例で、提出がないと猶予が打ち切られることがあります。

    一方で、すべての転用や貸付けが打切りの対象になるわけではありません。たとえば、その農業に係る事務所、作業場、倉庫などの施設の敷地にするための転用は、打切りの対象となる転用から除かれています(租税特別措置法施行令第40条の7)。また、病気などで営農が難しくなった場合の一定の貸付け(営農困難時貸付け)や、農地中間管理事業などによる一定の貸付け(特定貸付け)は、届出などを条件に猶予を続けられる仕組みがあります。

    猶予が免除されるのは原則として農業相続人の死亡時ですが、市街化区域内の一定の農地については、申告期限の翌日から20年を経過した日に免除される場合もあります。いずれにしても、猶予を受けた後継者には、長い期間にわたって農業を続け、手続を欠かさない覚悟が求められることを、家族で共有しておくことが大切です。

    農地以外の敷地をどう扱うか

    倉庫・作業場の敷地は小規模宅地等の特例を検討

    国税庁のタックスアンサー(小規模宅地等の特例のQ&A)では、農機具の収納や農作業を行うための建物の敷地は、他の要件を満たす限り、特例の対象となる事業用の宅地等に当たるとされています。特定事業用宅地等に当たれば、400㎡まで評価額を80%減額できます。一方、耕作に使われている温室などの敷地は農地に当たり、こちらは農地等の納税猶予の対象となり得るとされています。

    土地ごとに「宅地か、農地か」を確認し、使える特例を取り違えないようにすることが大切です。小規模宅地等の特例は、どの相続人が取得するかで適用が変わるため、関連記事「小規模宅地等の特例は誰が取得するかで変わる」もあわせて確認してください。

    直売所・農家レストランを設ける場合

    生産緑地の中には、市町村長の許可を受けて、その地域で生産された農産物を使う製造・加工施設、販売施設、料理を提供する施設を設けられる仕組みがあります(生産緑地法第8条第2項)。農業の6次産業化として後継者が取り組む例もありますが、施設の敷地がそのまま納税猶予の対象である「農地」として扱われるかどうかは、土地の状況や用途地域によって判断が分かれ得ます。猶予を受けている農地や、これから猶予を受けたい農地に施設を設ける場合は、着手前に税務署や農業委員会への確認が欠かせません。

    法人化との比較

    農業経営を法人化して、法人ごと後継者に引き継ぐ方法もあります。法人化には、経営と家計の分離、雇用の確保、取引上の信用といった利点があります。一方、農地を法人に移す場合は、農地法上の要件を満たす法人(農地所有適格法人)であることが必要です。

    納税猶予との関係では、国税庁の質疑応答事例で、特例を受けた農地を農地所有適格法人に出資した場合は打切りの計算から除外される扱いがある一方、貸し付けた場合や譲渡した場合にはその扱いがないとされています。猶予を受けている途中で法人化する場合は、移し方によって打切りの有無が変わるため、慎重な確認が必要です。

    個人の事業用資産全般を対象とした個人版事業承継税制の考え方は、関連記事「個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ」で解説しています。

    準備の進め方

    1. 土地の一覧をつくる:所在地、地目、現況の用途、市街化区域・生産緑地の別、納税猶予の適用状況
    2. 後継者の意思と経営の形を確認する:農業を一生の仕事として続けるのか、規模を広げるのか、法人化するのか
    3. 生前一括贈与か相続かを比べる:親の年齢と健康状態、経営の主導権を移す時期、他の家族への配分
    4. 農地以外の財産と家族への配分を考える:自宅、金融資産、施設の敷地。後継者以外の子への配慮
    5. 遺言で農地の行き先を確定させる:申告期限までの分割が要件となるため、遺言の有無は特例の使いやすさに直結します

    実務上注意したいポイント

    • 猶予は「免除」ではない:免除までの期間が長く、途中で事情が変われば打切りになり得ます。
    • 既に猶予を受けている農地の扱い:親が過去に相続税の納税猶予を受けている場合、その農地を後継者に贈与・貸付けすると、親の猶予にも影響します。現状の確認が先です。
    • 農業委員会との関係:要件の証明や継続届出の証明など、農業委員会の手続が随所に関わります。
    • 個別事情で結論が変わる:特例の適用可否や税額は、土地の所在と用途、家族の状況によって異なります。

    AEGISの視点

    農業の承継では、納税猶予の制度をどう使うかに目が向きがちです。しかしAEGISは、まず「後継者が、この先何十年、どのような農業経営をしたいのか」を家族で言葉にすることが出発点だと考えています。

    納税猶予は、農業を続ける後継者にとって大きな支えになる一方、使えば長い期間にわたって農地の利用と手続が縛られます。後継者が規模拡大や6次産業化、法人化を構想しているなら、その計画と猶予の要件がぶつからないかを先に確認しておく必要があります。反対に、将来は農地を手放す可能性があるなら、猶予を受けないという判断もあり得ます。

    また、農家の財産は、農地・宅地・自宅が一体になっていることが多く、後継者に農地を集めると、他の子との配分が難しくなります。農業経営の承継は、家族全体の財産承継の中に位置付けて考えることが大切です。事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 農業経営の承継では、農地と経営(施設・機械・販路・人)を一緒に設計します。
    • 農地等には、生前一括贈与の贈与税の納税猶予と、相続税の納税猶予があります。
    • 譲渡・転用・貸付け・耕作放棄が20%を超える、農業経営を廃止する、3年ごとの継続届出を出さないといった場合には、猶予が打ち切られることがあります。
    • 倉庫・作業場の敷地は小規模宅地等の特例、温室の敷地は納税猶予というように、土地の用途で使える特例が異なります。
    • 法人化や直売所の設置は、猶予との関係を事前に確認したうえで進めることが大切です。

    よくある質問

    Q. 農地の一部だけを先に子へ贈与して、納税猶予を受けることはできますか?

    贈与税の納税猶予(生前一括贈与)は、農業に使っている農地の全部(採草放牧地・準農地は一定部分)を推定相続人の1人に贈与することが前提です。一部の農地だけを贈与した場合は、この特例の対象になりません。

    Q. 孫に農業を継がせたい場合、相続税の納税猶予は使えますか?

    相続税の納税猶予を受けられる農業相続人は、民法上の相続人に限られます。国税庁の質疑応答事例でも、相続人でない孫が包括遺贈で農地を取得した場合は対象にならないとされています。孫を後継者とする場合は、生前の贈与や養子縁組の有無など、別の方法を含めて検討が必要です。

    Q. 納税猶予を受けた農地に、農機具を入れる倉庫を建ててもよいですか?

    その農業に係る事務所、作業場、倉庫などの施設の敷地にするための転用は、打切りの対象となる転用から除かれています。ただし、建物の用途や規模、手続によって判断が分かれることもあるため、着手前に確認することをおすすめします。

    Q. 親が病気で農作業ができなくなったら、納税猶予は打ち切られますか?

    農業経営を廃止したと判断されると打ち切られますが、営農が困難になった場合の一定の貸付けや、農地中間管理事業などによる一定の貸付けについては、届出などを条件に猶予を続けられる仕組みがあります。後継者への生前一括贈与を含め、状況に応じて選択肢を比べます。

    Q. 納税猶予が打ち切られると、どのくらいの負担になりますか?

    打ち切られた部分の猶予税額に加えて、猶予期間に応じた利子税を納める必要があります。猶予期間が長いほど負担は大きくなりやすいため、将来の土地利用の見通しを踏まえて、猶予を受けるかどうか自体を判断することが大切です。

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    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金、民事信託(いわゆる家族信託)、遺言、契約、金融機関対応などを確認します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入れ・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.845-872
  • 事業承継ファンドに会社を譲るという選択|事業会社への売却との違い、経営・役員・従業員はどうなるか

    事業承継ファンドに会社を譲るという選択|事業会社への売却との違い、経営・役員・従業員はどうなるか

    事業承継ファンドに会社を譲るとは、投資家から資金を集めて運用する投資ファンドに自社株を売却し、ファンドの支援のもとで経営体制を整えたうえで、数年後にファンドが次の株主へ株式を引き継ぐという選択です。後継者がいない会社にとって、事業会社への売却と並ぶ第三者承継の選択肢の一つです。

    ファンドへの譲渡には、会社の独立性を保ちやすい、社内の人材を次の経営者に育てやすい、管理体制の強化を支援してもらえる、といった特徴があります。一方で、ファンドはいずれ株式を手放すことが前提の株主であり、価格の考え方や調査の厳しさ、従業員の受け止め方にも、事業会社への売却とは違う点があります。

    この記事では、ファンドの仕組みと、事業会社への売却との違い、譲渡を決める前に確認したいことを整理します。

    事業承継ファンドとは

    ファンドは、一般に、投資会社が運営者となって年金基金や金融機関などの投資家から資金を集め、その資金で未上場企業などの株式を取得する仕組みです。日本では、投資事業有限責任組合契約に関する法律にもとづく組合(投資事業有限責任組合)の形がよく用いられます。この法律は、事業者に投資するための組合について、無限責任組合員と有限責任組合員を区別する制度を定め、事業者への円滑な資金供給を目的としています。

    公的な機関もファンドに関わっています。中小企業基盤整備機構は、民間の投資会社などとともに投資ファンドを組成し、資金供給とハンズオン支援によって中小企業の新事業展開や再編・承継、再生を後押しするファンド出資事業を行っています(個別企業への投資は各投資会社が行います)。

    「事業承継ファンド」という呼び方に法律上の定義があるわけではありません。一般には、後継者問題を抱える中堅・中小企業の株式を取得し、経営の引継ぎを支援することを主な投資目的とするファンドを指します。

    ファンドの基本的な行動原理

    ファンドを理解するうえで押さえておきたいのは、次の2点です。

    • 期限のある資金で投資している:ファンドの資金には運用期間があり、投資家にリターンを返す必要があります。そのため、取得した株式は一定期間の後に売却などで現金化することが前提です。この出口を「エグジット」と呼び、専門書籍では保有期間は3〜5年程度が一般的とされています。
    • 企業価値を高めることで利益を得る:ファンドは、経営管理の仕組みづくりや人材の補強、営業の強化などを通じて会社の価値を高め、エグジットのときの売却価格との差で利益を得ます。

    エグジットの方法には、事業会社への売却、別のファンドへの売却、経営陣による買取り(MBO)、株式上場などがあります。中小企業では、事業会社への売却やMBOが現実的な選択肢になることが多いとされます。

    事業会社への売却との違い

    表1:ファンドへの譲渡と事業会社への売却の比較

    観点事業承継ファンドへの譲渡事業会社への売却
    株主としての期間数年後に再び売却されることが前提長期保有が前提であることが多い
    経営の独立性会社の独立性を保ったまま経営体制を整えることが多い買い手のグループに組み込まれ、統合が進むことが多い
    経営陣社内の幹部の登用や、外部からの経営人材の招へいを支援買い手から役員が派遣されることが多い
    価格の考え方将来の収益力とエグジット時の価値から逆算し、投資効率を重視自社との相乗効果(シナジー)を価格に織り込むことがある
    株式の取得割合過半数の取得にとどめ、オーナーが一部を持ち続ける形もある全株式の取得を求めることが多い
    買収前の調査次の売却を見据え、事業・財務・法務とも詳細になりやすい買い手の方針により濃淡がある
    従業員・取引先の受け止め「次にまた売られる」ことへの不安が生じやすい新しい親会社の方針への不安が生じやすい

    ※AEGISが論点整理のために作成した表です。実際の条件はファンド・買い手ごとに大きく異なります。

    親族内承継・従業員承継・M&Aの全体の比較は、関連記事「親族内承継・従業員承継・M&Aの比較」で整理しています。

    ファンドへの譲渡が選択肢になりやすい会社

    ファンドへの譲渡がとくに検討されやすいのは、次のような会社です。

    • 社内に経営を担える人材はいるが、株式を買い取る資金がない:株式はファンドが取得し、経営は社内の幹部が引き継ぐことで、資本と経営を分ける形をとれます。幹部が将来MBOで株式を買い取る道を残す設計もあります。
    • 事業には競争力があるが、管理体制が弱い:経理・人事・労務などの管理体制をファンドの支援で整え、企業としての体力をつけてから次の株主に引き継ぐ、という段階的な承継が考えられます。
    • 同業他社のグループに入ることに抵抗がある:会社の名前や独立性をしばらく保ちながら、承継の準備を進めることができます。

    一方で、ファンドには投資の対象とする事業規模や業種の基準があり、売上規模や利益水準が一定以上でないと検討の対象になりにくい、という指摘もあります。規模の小さい会社では、ファンドが既に投資している会社が買い手となる形(いわゆるロールアップ)で話が進むこともあります。

    価格と条件の考え方

    価格

    ファンドは、会社の将来の収益力(償却前の営業利益など)をもとに事業の価値を見積もり、そこに手元資金などを加味して株式の価値を考えるのが一般的です。エグジット時に見込める価値から逆算して投資効率を判断するため、相乗効果を織り込む事業会社より価格が抑えめになることもあれば、成長の余地を評価して競争力のある価格が提示されることもあります。価格だけで比べず、条件全体で判断することが大切です。

    主な条件

    ファンドとの交渉では、価格以外に次のような条件が論点になります。

    • オーナーの残り方:引継ぎ期間中、代表取締役として残るのか、会長や顧問として支援するのか、期間と報酬をどうするか
    • 一部の株式を持ち続けるか:オーナーが一部の株式を保有し続け、エグジットのときにファンドと一緒に売却する形もあります
    • 経営陣への動機付け:残る役員や幹部に株式やストック・オプションを持ってもらうか
    • 表明保証と補償:会社の財務や法務などについて売り手が保証する内容と、違反があった場合の補償の範囲
    • 経営者保証の扱い:会社の借入れに付いているオーナーの個人保証を、譲渡のときにどう解除・移行するか

    中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、最終契約における表明保証や株価の調整に関する条項、経営者保証の扱い、クロージング後の経営統合(PMI)などについて、譲り渡す側が留意すべき点が示されています。ファンドが相手の場合も、これらの論点は同じように重要です。売却後にオーナーが担う役割と条件は、関連記事「M&A後に売り手オーナーが担う役割と条件」で詳しく解説しています。

    税金

    オーナーが個人で保有する株式をファンドに売却した場合、譲渡益は他の所得と分けて課税される申告分離課税となり、税率は所得税15%・住民税5%(このほか復興特別所得税)です。令和9年分以後の譲渡では、復興特別所得税の税率が1.1%(令和8年分までは2.1%)となり、これに加えて防衛特別所得税(税率1%)が課されます(いずれも所得税額〔基準所得税額〕に対する率)。株式の対価と役員退職金の組み合わせ方によって手取り額が変わることもあるため、関連記事「会社売却と役員退職金の組み合わせ」もあわせてご覧ください。

    会社・役員・従業員・取引先はどうなるか

    会社と役員

    ファンドの保有期間中、会社は独立した会社として事業を続けるのが一般的です。ファンドは取締役を派遣して経営方針の決定に関わり、事業計画や予算・実績の管理、月次の報告体制などを導入します。オーナーが退いた後の社長を、社内の幹部から登用するか、ファンドが外部から招くかは、交渉の段階で確認しておきたい点です。

    従業員

    雇用や処遇がすぐに大きく変わることは多くありませんが、管理の仕組みが整う過程で、目標管理や評価制度の導入など、働き方に変化が生じることはあります。また、数年後に再び株主が変わることが前提であるため、従業員が将来に不安を抱きやすい点には配慮が必要です。

    取引先と金融機関

    取引先や金融機関には、株主がファンドに変わったこと、将来さらに株主が変わる可能性があることが伝わります。主要な取引契約に、株主の変更を契約の解除事由などとする条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)がないかを事前に確認し、説明の順序と内容を準備しておく必要があります。

    エグジットのとき

    最も気になるのは、数年後に誰に売られるかでしょう。ファンドによって、次の売却先の選び方や、元のオーナーや経営陣の意向をどこまで尊重するかは異なります。エグジットの方針は、譲渡を決める前に必ず確認しておきたい事項です。

    譲渡を決める前に確認したいこと

    表2:ファンドに確認したい質問

    確認したいこと質問の例
    投資の方針当社に投資する理由は何か、どのように企業価値を高める計画か
    保有期間とエグジット想定する保有期間と、エグジットの方法・売却先の選び方は
    経営体制社長は誰が務めるのか、社内の幹部をどう処遇するのか
    オーナーの役割引継ぎ期間中の立場・期間・報酬はどうなるか
    従業員雇用・処遇・制度について、どのような方針か
    実績同じような規模・業種への投資と、その後の経過はどうだったか

    ※AEGISが論点整理のために作成した表です。

    ファンドの中には、一度取得した株式を長く保有することを掲げる会社や、経営者を志す個人と組んで投資先を探す形(いわゆるサーチファンド)もあります。名称だけで判断せず、上のような質問を通じて、自社にとっての意味を確かめることが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 事業会社とファンドを並べて比べる:最初からどちらかに絞らず、条件と将来像を並べて比較すると判断がしやすくなります。
    • 調査への対応力を確認する:ファンドの買収前調査は詳細になりやすく、資料の準備に負担がかかります。管理部門の体制を見ておきましょう。
    • 個人と会社の資産を分けておく:オーナー個人名義の事業用不動産や会社との貸し借りは、譲渡の前に整理しておくことが望まれます。
    • 支援機関の立場を確認する:仲介者かフィナンシャル・アドバイザーかによって、助言の立場は異なります。中小M&Aガイドラインの考え方も参考になります。

    AEGISの視点

    AEGISは、事業承継ファンドを「最終的な引継ぎ先」ではなく、「次の引継ぎに向けて会社を整えるための、期間限定のパートナー」と捉えています。ファンドに株式を譲ることで、オーナーは経営から離れる時期をつくり、会社は管理体制や人材を整える時間を得ます。その先に、事業会社への売却やMBOといった本当の承継先が控えています。

    そのため、ファンドへの譲渡を考えるときは、譲渡価格だけでなく、エグジットのときに会社と従業員がどのような姿になっていてほしいかをオーナー自身が言葉にしておくことが大切です。あわせて、売却で得た資金をどう管理し、家族への承継や社会への還元にどうつなげるかまで考えておくと、譲渡の判断に一貫性が生まれます。

    事業承継をどこから始めればよいか、全体像は関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で、会社売却の準備は「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    まとめ

    • 事業承継ファンドへの譲渡は、ファンドに自社株を売却し、その支援のもとで経営体制を整え、数年後にファンドが次の株主へ引き継ぐ選択肢です。
    • ファンドは期限のある資金で投資しているため、エグジットが前提であり、価格は投資効率から考えられます。
    • 社内に経営人材はいるが株式を買う資金がない会社や、管理体制を強化したい会社では、有力な選択肢になり得ます。
    • オーナーの残り方、一部株式の継続保有、表明保証、経営者保証、従業員への説明など、価格以外の条件も重要です。
    • エグジットの方針と売却先の選び方は、譲渡を決める前に必ず確認しておきたい事項です。

    よくある質問

    Q. ファンドに売ると、会社はすぐに転売されてしまうのですか?

    ファンドは一定期間の後に株式を手放すことが前提で、専門書籍では保有期間は3〜5年程度が一般的とされています。すぐに転売されるわけではありませんが、いずれ株主が変わることを前提に、エグジットの方法や売却先の選び方を事前に確認しておくことが大切です。

    Q. 社長は売却後も会社に残れますか?

    残り方は交渉で決まります。引継ぎのために一定期間代表として残る形、会長や顧問として支援する形、売却と同時に退く形などがあります。ファンドは経営の引継ぎ体制を重視するため、期間・役割・報酬を最初の段階から話し合っておくと安心です。

    Q. 事業会社に売るより価格は低くなりますか?

    一概にはいえません。ファンドは投資効率を重視するため価格が抑えめになることもありますが、成長の余地を評価して競争力のある価格を提示することもあります。価格だけでなく、独立性、経営体制、従業員への影響、エグジットの方針などを含めて比べることをおすすめします。

    Q. 従業員にはいつ、どのように伝えればよいですか?

    一般に、最終契約の締結後など、条件が固まった段階で伝えることが多いとされています。ファンドが株主になる意味や、雇用・処遇の方針、将来の見通しを、ファンドとも相談しながら丁寧に説明することが、不安を和らげるうえで大切です。

    Q. 全株式ではなく、一部だけファンドに売ることはできますか?

    ファンドの方針によっては、過半数の株式を取得し、残りをオーナーが持ち続ける形も考えられます。この場合、エグジットのときにオーナーの株式も一緒に売却する取り決めなどを結ぶことが一般的なため、契約の内容を事前に確認しておく必要があります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • M&A:会社売却の方針や取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理までを検討します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比較しながら承継計画を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第2部第7章「事業承継ファンド」(P.100-122)