介護事業所の承継と休廃業|事業譲渡・株式譲渡・廃業を、指定・職員・利用者・施設の不動産から比べる

高齢者と職員が過ごす明るい介護施設の共有空間

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介護事業を続けられなくなったときの選択肢は、大きく分けて「会社ごと引き継ぐ(株式譲渡)」「事業所単位で引き継ぐ(事業譲渡など)」「休止・廃止する」の3つです。

介護事業の承継がほかの業種と違うのは、事業が介護保険の指定の上に成り立ち、人員基準を満たす職員と、日々サービスを利用している方の生活が結びついている点です。廃業は「店を閉める」ことでは終わらず、利用者が別の事業者へ移れるよう調整する責任も伴います。

そのため結論から言えば、介護事業では「続けるか、やめるか」を決める前に、引き継げる可能性を早めに確かめておくことが、利用者・職員・経営者自身にとって最も選択肢の多い進め方です。この記事では、指定・職員・利用者・施設の不動産という4つの軸から、承継と休廃業を比べます。

介護事業者の休廃業はなぜ増えているのか

東京商工リサーチの「2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査」(2026年1月公表)によると、2025年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の休廃業・解散は653件で、4年連続で過去最多を更新しました。内訳は訪問介護が465件と突出し、通所・短期入所が95件、有料老人ホームが23件と続きます。同じ年の倒産も176件と過去最多でした。

同調査は、背景として慢性的な人手不足、他産業に比べた処遇改善の遅れ、大手の参入による競合、物価高による運営コストの上昇を挙げ、赤字が膨らむ前に早めに休廃業を選ぶ事業者が増えていると分析しています。

こうした数字は、介護事業の経営者にとって「自分だけの問題ではない」ことを示しています。同時に、利用者や職員を抱えたまま事業を閉じる事例が増えていることも意味します。引き継ぐ側から見れば、人材と利用者を一体で受け入れられる事業所には一定の需要があるとも言えます。

介護事業の承継で押さえたい4つの特徴

1. 指定は「事業者」と「事業所」に結びついている

介護保険の居宅サービスの指定は、事業を行う者の申請により、サービスの種類と事業所ごとに行われます(介護保険法70条1項)。指定は6年ごとに更新を受ける必要があります(同法70条の2第1項)。

つまり、指定は「建物」や「看板」ではなく、誰が(どの事業者が)、どこで(どの事業所で)、何のサービスを行うかに対して与えられています。承継の方法によって、指定をそのまま使えるのか、引き継ぐ側で改めて手続が必要になるのかが変わります。

2. 職員は「人員基準」を満たすための経営資源

介護事業では、管理者や各サービスの専門職など、人員基準を満たす職員がいなければ事業を続けられません。引継ぎの対象として最も価値があるのは、設備よりも働き続けてくれる職員であることが少なくありません。

3. 利用者の生活がかかっている

利用者にとって事業所は生活の一部です。事業者が変わる場合や事業を閉じる場合は、本人・家族・ケアマネジャーへの説明と調整に時間がかかります。

4. 施設の土地・建物がオーナー個人の財産であることが多い

小規模な事業者では、事業所の建物や敷地を経営者個人やその家族が所有し、会社に貸しているケースがよくあります。事業の行き先と、不動産の行き先を別々に考える必要があります。

3つの選択肢を比べる

次の表は、AEGISが整理した比較の視点です。

比較の軸株式譲渡(会社ごと)事業譲渡(事業所単位)休止・廃止
指定法人が変わらないため原則そのまま。役員・管理者などの変更は届出引き継ぐ側で指定を受ける手続が必要になるのが一般的。空白期間を作らない調整が要る休止・廃止の1か月前までに届出
職員雇用契約はそのまま続く一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す雇用の終了。再就職への配慮が必要
利用者契約関係は続く(説明は必要)新しい事業者との契約に切り替える他の事業所への移行を調整する
施設の不動産会社所有なら会社とともに移る。個人所有なら賃貸を続けるか売却するか譲渡対象に含めるか、賃貸で使ってもらうかを決める用途転換・売却・賃貸の検討
借入・保証会社の借入は残る。経営者保証の扱いを交渉引き継がない負債は売り手側に残る資産の処分で返済。不足すれば保証の問題
売り手の手取り株主が株式の対価を受け取る会社(個人事業なら事業主)が対価を受け取る清算後の残余財産のみ

株式譲渡:指定と雇用を維持しやすい

会社の株式を譲る方法では、事業者である法人そのものは変わりません。そのため指定や雇用契約、利用者との契約は原則として続きます。ただし、指定事業者は事業所の名称や所在地などに変更があったときは、10日以内に届け出る必要があります(介護保険法75条1項)。役員や管理者が交代する場合の届出事項は、所轄の自治体に確認しておきましょう。

一方で、会社の過去の運営や債務も丸ごと引き継がれるため、買い手は介護報酬の請求内容や人員配置の記録、労務管理などを詳しく調べます。記録が整っていない会社ほど、価格や条件が厳しくなりがちです。

事業譲渡:事業所ごとに切り出せるが、手続が多い

複数の事業所のうち一部だけを譲る、あるいは個人事業として運営している事業所を譲る場合は、事業譲渡が中心になります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、個人事業主のM&Aでは事業譲渡を用いるのが通常であり、許認可の取得などの作業が必要になると説明しています。

介護保険の指定は事業者に対して与えられるため、事業譲渡で事業者が変わる場合には、引き継ぐ側が改めて指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。指定日と譲渡日がずれるとサービス提供に空白が生じるため、早い段階で指定権者(都道府県・市町村)に相談し、スケジュールを合わせることが欠かせません。合併や会社分割による場合の扱いも含め、手続の詳細は自治体やサービスの種類によって異なるため、個別に確認が必要です。

職員については、事業譲渡では雇用契約が自動的には移らず、一人ひとりの同意を得て引き継ぐ側と契約を結び直します。条件が大きく変わると転籍を望まない職員が出て、人員基準を満たせなくなるおそれもあります。

休止・廃止:届出と利用者の移行が必須

事業を廃止または休止する場合は、その日の1か月前までに届け出る必要があります(介護保険法75条2項)。さらに、届出をした事業者は、引き続きサービスを希望する利用者が必要なサービスを継続して受けられるよう、居宅介護支援事業者などとの連絡調整その他の便宜を提供しなければなりません(同法74条5項)。

廃業を選ぶ場合も、「誰かに利用者と職員を引き継いでもらえないか」を同時に探ることで、地域のサービスを途切れさせずに済む可能性があります。

施設の土地・建物をどうするか

介護事業の承継では、施設の不動産が判断を左右することがあります。

  • 会社が所有している場合:株式譲渡なら会社とともに移ります。事業譲渡なら、不動産を譲渡対象に含めるか、売り手側に残して賃貸するかを決めます。
  • オーナー個人が所有し、会社に貸している場合:承継後も賃貸を続けるのか、買い手に売却するのかで、オーナーの手取りと将来の相続が変わります。賃料水準や契約期間は、買い手にとっても事業の採算を左右する条件です。
  • 補助金を受けて整備した施設の場合:用途の変更や処分に制限がかかることがあります。補助の条件を事前に確認しておきましょう。

施設を福祉事業者に貸す場面の考え方は、関連記事「介護・保育施設に土地を貸すときの考え方」で整理しています。

判断の順番:いつ、何を始めるか

時期の目安やること
2〜3年前事業所ごとの収支、職員の年齢構成と資格、利用者数の推移を一覧にする。施設の所有関係と借入・保証を確認する
1〜2年前親族・職員への承継の可能性を確かめる。難しければ第三者への引継ぎを支援機関に相談する
半年〜1年前引き継ぐ側と条件を詰める。指定の手続とスケジュールを自治体に相談する
1か月前まで休止・廃止の場合は届出。利用者・家族・ケアマネジャーへの説明と移行の調整

後継者が見つからない場合に、清算・第三者への引継ぎ・一部譲渡を手取りや人・資産の行き先で比べる考え方は、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」でも解説しています。

実務上注意したいポイント

  • 秘密保持と職員への説明の順番:譲渡の検討が早い段階で広まると、職員の離職を招くことがあります。説明の時期と内容は、引き継ぐ側と相談して決めます。
  • 記録の整備:人員配置、加算の算定根拠、請求の記録が整っていることは、価格以前に「引き継げるかどうか」を左右します。
  • 価格は人と利用者で決まる:介護事業の価値は、設備よりも人員と利用者の安定性に左右されます。価格の考え方は関連記事「中小企業の譲渡価格はどう決まるか」で整理しています。

  • 相談先の活用:事業承継・引継ぎ支援センターや、よろず支援拠点などの公的窓口も利用できます。厚生労働省も、小規模な介護事業者の協働化・大規模化に関する資料や相談窓口を公表しています。

AEGISの視点

介護事業の承継では、「事業」「人」「利用者」「不動産」「会社の株式」がそれぞれ別の手続と別の相手を持っています。経営者が疲弊していると、これらをまとめて「もう閉じるしかない」と判断しがちです。

AEGISは、まずこれらを分けて並べることが出発点だと考えています。事業所は他の事業者に引き継いでもらい、施設の土地・建物はオーナー家が持ち続けて賃料を受け取る。あるいは会社ごと譲り、不動産も合わせて売却して老後と相続の資金を確保する。分けて考えることで、利用者と職員を守りながら、オーナー家の資産と承継も設計できる選択肢が見えてきます。

承継の検討は、経営の判断であると同時に、施設という不動産と、その先の相続の判断でもあります。事業承継をどこから始めるかの全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

事業用不動産の所有や承継にかかわる税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

まとめ

  • 介護事業を続けられないときの選択肢は、株式譲渡・事業譲渡などによる承継と、休止・廃止の3つに整理できます。
  • 介護保険の指定はサービスの種類と事業所ごとに与えられ、承継の方法によって指定の扱いが変わります。
  • 事業譲渡では、職員の同意と引き継ぐ側での指定手続が必要になるのが一般的です。
  • 休止・廃止は1か月前までの届出と、利用者が継続してサービスを受けられるための調整が求められます。
  • 施設の土地・建物は、事業の行き先とは別に、売る・貸す・残すを判断します。
  • 具体的な手続や可否は、サービスの種類や自治体、個別の事情によって異なります。

よくある質問

Q. 介護事業所を譲り受ける側は、新たに指定を受ける必要がありますか?

会社ごと引き継ぐ株式譲渡では、事業者である法人が変わらないため、指定は原則として続きます。事業譲渡などで事業者が変わる場合は、引き継ぐ側が指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。サービスの種類や自治体によって扱いが異なるため、計画の早い段階で指定権者に相談してください。

Q. 廃業するとき、利用者にはいつまでに伝えればよいですか?

事業の休止・廃止は、その日の1か月前までに届け出る必要があります。利用者が別の事業所へ移るには、ケアマネジャーとの調整を含めて時間がかかるため、届出よりも前に説明と移行の準備を始めるのが現実的です。

Q. 赤字の事業所でも引き継いでもらえますか?

可能性はあります。引き継ぐ側は、職員や利用者、地域での実績を評価することがあり、赤字であっても自社の運営に組み込めば採算が合うと考える場合もあります。ただし価格や条件は厳しくなりやすいため、判断が遅れるほど選択肢は狭まります。

Q. 施設の建物は私個人の所有です。事業を譲っても建物は手元に残せますか?

残せます。事業だけを譲り、建物は引き継いだ事業者に賃貸する形も選択肢です。その場合、賃料・契約期間・修繕の負担を明確にしておくことが、オーナー家の収入と将来の相続の両面で重要です。

Q. 職員を全員引き継いでもらうことはできますか?

株式譲渡であれば雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡では、職員一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す必要があります。労働条件の変化を丁寧に説明し、引き継ぐ側と雇用の継続について合意しておくことが大切です。

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  • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比べながら承継計画を検討します。
  • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
  • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金・契約・金融機関対応などを確認します。
  • 事業オーナーの方へ:会社と株式、ご家族の承継を一つの計画として整理する、AEGISの支援の流れをまとめています。
  • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分と、社会貢献の形を一つの設計として検討します。
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  • 高所得者の方へ:所得と資産の両面から、税負担と資産形成を整理する支援をまとめています。

参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.59-73、P.192-199

その他参考資料

  • 東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』の休廃業・解散653件 苦境の『訪問介護』が押し上げ、過去最多を更新 ~2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査~」(TSRデータインサイト、2026年1月23日)
    https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202326_1527.html
    確認日:2026-10-10

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。