個人事業の廃業は、税務署に廃業届を出せば終わり、というものではありません。①届出、②最後の確定申告、③残った資産と借入れの後始末、④廃業後の生活資金の4つを、順番に片づけていく作業です。
とくに注意したいのは、事業をやめても、事業用の借入れや保証、売れ残った在庫や設備、廃業後に届く請求書は、そのまま経営者個人に残るという点です。会社と違い、個人事業では事業の財産と個人の財産が法的に分かれていないためです。
この記事では、後継者がいない個人事業を廃業する場面を前提に、何をいつまでに行うか、税金がどこにかかるかを整理します。廃業を決める前に、事業を第三者に譲る道がないかを確認したい場合は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」をご覧ください。
廃業を決める前に確認したいこと
中小企業庁の事業承継ガイドライン(第3版)は、廃業の相談を受けてもすぐに手続に進むのではなく、まず経営状況を見える化し、事業の継続や引継ぎの可能性を探ることを求めています。そのうえで、やむを得ず廃業を選ぶ場合には、債務超過などに追い込まれる前に、ある程度の余力があるうちに計画的に事業を終える「円滑な廃業」に向けた準備が望ましいとしています。
廃業を決める前に、次の3点を確認しておくと、その後の判断がぶれにくくなります。
- 引き継げるものはないか:設備、取引先、技術、従業員などは、事業全体ではなくても、経営資源として誰かに引き継げる場合があります。事業承継・引継ぎ支援センターは、こうした経営資源の引継ぎの相談にも応じています。
- 資産と負債の差し引き:在庫・設備・売掛金を現金化し、借入金・買掛金・未払いの税金を払った後に、いくら残るか(あるいは足りないか)。
- 廃業後の生活資金:廃業後の収入源と、当面の生活費をどう確保するか。
会社を清算する場合との違いは、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」で解説しています。
廃業の手続一覧
税金に関する主な手続を、期限とともに整理すると次のとおりです。
| 手続 | 内容 | 期限の目安 |
|---|---|---|
| 個人事業の開業・廃業等届出書 | 事業を廃止したことを税務署に届け出る(所得税法第229条) | 廃止した日の属する年分の確定申告期限まで |
| 所得税の青色申告の取りやめ届出書 | 青色申告をやめる場合に提出する(同法第151条第1項) | 取りやめようとする年分の確定申告期限まで |
| 給与支払事務所等の廃止の届出書 | 従業員への給与の支払をやめる場合(同法第230条) | 廃止の日から1か月以内 |
| 事業廃止届出書(消費税) | 消費税の課税事業者が事業を廃止した場合(消費税法第57条第1項第3号) | 速やかに |
| 予定納税額の減額の承認申請 | 廃業で所得が減る見込みの場合(所得税法第111条) | 第1期・第2期分はその年の7月15日まで(第2期分のみの場合は別の期限) |
| 廃業した年の確定申告 | 1月1日から廃業日までの事業所得などを申告する | 翌年3月15日まで(原則) |
なお、青色申告の承認を受けている人が業務の全部を廃止した場合、廃止した年の翌年分以後は承認の効力が失われます(所得税法第151条第2項)。インボイス(適格請求書発行事業者)の登録を受けている場合は、事業廃止届出書を提出すると、事業を廃止した日の翌日に登録の効力が失われます(消費税法第57条の2第10項第2号)。
このほか、個人事業税・住民税に関する都道府県・市区町村への届出、営業許可などの許認可の廃止の届出、従業員がいる場合の社会保険・雇用保険の手続、取引先や金融機関への連絡も必要です。許認可の廃止は、所管の役所ごとに期限や書式が異なるため、一覧を作って漏れを防ぎます。
最後の確定申告で注意したいこと
在庫:売っても、自分で使っても収入になる
廃業時に残った商品や原材料(棚卸資産)は、売却すれば事業所得の収入になります。売らずに自分や家族のために使った場合も、その時の価額で収入に計上する必要があります(所得税法第39条)。消費税の課税事業者であれば、事業用の資産を家事のために消費・使用した場合も、消費税の課税対象とみなされます(消費税法第4条第5項第1号)。
設備・車両:売却すると譲渡所得
事業で使っていた機械・車両・備品などの固定資産を売却した場合は、原則として事業所得ではなく譲渡所得として扱われます。売却価格と帳簿上の未償却残高の差額などから所得を計算します。課税事業者であれば、売却代金は消費税の課税対象にもなります。売却できずに廃棄する場合は、除却に伴う損失の扱いも確認します。
廃業後に生じた費用・損失
廃業した後に、事業に関する費用の請求が届いたり、売掛金が回収できなくなったりすることがあります。こうした費用や損失で、事業を続けていれば必要経費になったはずのものは、廃業した年分またはその前年分の必要経費に算入できます(所得税法第63条)。すでに確定申告を済ませている場合は、その事実が生じた日の翌日から2か月以内に、更正の請求をすることができます(同法第152条)。
廃業後もしばらくは、請求書や回収の状況を記録しておくことが大切です。
残った資産と借入れをどう整理するか
資産の行き先を決める
廃業時の資産は、大きく「売る」「譲る」「自分で使う」「処分する」のいずれかに振り分けます。
| 資産 | 主な選択肢 | 確認したいこと |
|---|---|---|
| 在庫 | 売り切る、同業者に譲る、家事用に使う | 自家消費は収入計上、課税事業者は消費税も |
| 機械・車両・備品 | 売却、同業者・後進に譲る、廃棄 | 譲渡所得、消費税、廃棄費用の負担 |
| 売掛金 | 回収、回収不能分の整理 | 廃業後の貸倒れは所得税法第63条の対象となり得る |
| 店舗・事務所(自己所有) | 貸す、売る、自宅として使う | 用途が変わることによる相続税の特例の適用の変化 |
| 店舗・事務所(賃借) | 解約、原状回復 | 解約予告期間、原状回復費用、保証金の精算 |
自己所有の店舗を廃業後に人に貸す場合、収入は不動産所得になり、新たに届出が必要になることがあります。また、店舗兼住宅の敷地など、事業用として相続税の特例を受けられた可能性のある土地は、廃業によって扱いが変わります。将来の相続まで見据えて、使い方を決めることが大切です。
借入れは個人に残る
個人事業の借入れは、経営者個人の債務です。廃業しても返済義務はなくならないため、資産の売却代金や預金で返済するか、返済計画を金融機関と協議します。家族が保証人になっている場合は、その保証も残ります。
返済が難しい場合や、保証の整理が必要な場合に利用できる仕組みとして、中小M&Aガイドラインの参考資料では、商工会議所等の「経営安定特別相談室」、「経営者保証に関するガイドライン」、地域経済活性化支援機構の特定支援業務(事業の債務と保証債務の一体的な整理)、日本弁護士連合会の相談窓口などが紹介されています。事業承継ガイドラインでは、信用保証協会の「自主廃業支援保証」など、廃業に必要な資金を支える制度にも触れています。返済に行き詰まってからではなく、廃業を決めた段階で金融機関や専門家に相談することが、取引先への影響を抑え、手元に残る財産を守ることにつながります。
従業員と取引先への説明
中小企業庁のアンケート調査では、廃業時に苦労したこととして、顧客・販売先への説明や従業員の処遇が上位に挙がっています。廃業の時期を決めたら、従業員の再就職先の相談、取引先への告知の時期、仕入れの停止の時期を逆算して計画します。
廃業後の生活資金
廃業後の生活を支える制度として、小規模企業共済があります。独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する、小規模事業者のための退職金制度で、廃業時に共済金を受け取ることができます。中小機構の案内によると、共済金を一括で受け取る場合は退職所得、分割で受け取る場合は公的年金等の雑所得として扱われます。加入している場合は、受取方法によって税負担や手取りが変わるため、廃業の時期とあわせて受取方法を検討します。
廃業までのスケジュール例
- 廃業の1年〜半年前:資産・負債の一覧化、引継ぎ先の可能性の確認、金融機関への相談
- 3か月前:従業員・取引先への説明、仕入れの調整、賃借物件の解約予告
- 廃業日:営業の終了、在庫・設備の処分、最終の売上・経費の締め
- 廃業後1か月以内:給与支払事務所等の廃止届出、許認可や社会保険の手続、消費税の事業廃止届出書
- 翌年3月15日まで:廃業した年の確定申告、開業・廃業等届出書と青色申告の取りやめ届出書の提出(未提出の場合)
- その後:廃業後に届いた費用・回収不能の売掛金があれば、更正の請求を検討
※期限は原則的なものです。個別の事情により異なる場合があります。
実務上注意したいポイント
- 届出の期限は手続ごとに違う:所得税の届出は確定申告期限まで、給与支払事務所等の廃止は1か月以内など、期限がそろっていません。
- 消費税の最後の申告を忘れない:課税事業者は、廃業した年の消費税の申告も必要です。
- 帳簿・書類は保存を続ける:廃業後も、法定の期間は帳簿や書類を保存する必要があります。
- 個別事情で結論が変わる:資産の処分方法や税額は、事業の内容と資産の状況によって異なります。
AEGISの視点
個人事業の廃業相談では、「手続を早く終わらせたい」という声をよく聞きます。もちろん手続を正しく終えることは大切ですが、AEGISは、廃業を「事業の財産を、家族の財産と生活に組み替える作業」と捉えることが大切だと考えています。
個人事業では、店舗の土地や建物、車、預金が、事業用と家計用の両方を兼ねていることが少なくありません。廃業によって、それらの役割が変わります。店舗を貸すのか売るのか、借入れをどの資産で返すのか、共済金をどう受け取るのかといった選択は、廃業後の生活だけでなく、将来の相続の形にも影響します。
また、廃業を決めた後でも、設備や顧客を引き継いでくれる相手が見つかることがあります。手続に進む前に一度立ち止まり、「残せるものは何か」を確認することをおすすめします。事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。
生前に事業用資産の行き先を決めておく方法については、関連記事「個人事業主が遺言で備えること」も参考になります。
まとめ
- 個人事業の廃業は、届出・最後の確定申告・資産と借入れの整理・生活資金の4つを順番に進めます。
- 所得税の開業・廃業等届出書は、廃止した年分の確定申告期限までに提出します。消費税の課税事業者は事業廃止届出書も必要です。
- 在庫の自家消費は収入に計上し、設備の売却は原則として譲渡所得になります。
- 廃業後に生じた事業の費用・損失は、廃業年またはその前年の必要経費にでき、2か月以内に更正の請求ができます。
- 借入れは個人に残るため、廃業を決めた段階で金融機関や支援機関に相談することが大切です。
よくある質問
Q. 廃業届はいつまでに出せばよいですか?
所得税の「個人事業の開業・廃業等届出書」は、事業を廃止した日の属する年分の確定申告期限までに提出します(所得税法第229条)。ただし、給与支払事務所等の廃止の届出は1か月以内、消費税の事業廃止届出書は速やかに提出するなど、手続ごとに期限が異なるため注意が必要です。
Q. 青色申告をしていた場合、何か手続が必要ですか?
青色申告をやめる場合は、取りやめようとする年分の確定申告期限までに「青色申告の取りやめ届出書」を提出します。なお、業務の全部を廃止した場合は、廃止した年の翌年分以後、青色申告の承認は効力を失います。廃業した年の確定申告は、青色申告として行うことができます。
Q. 売れ残った商品を家で使った場合も、税金がかかりますか?
はい。棚卸資産を家事のために消費した場合は、その時の価額を事業所得の収入に計上します(所得税法第39条)。消費税の課税事業者であれば、消費税の課税対象にもなります。少額でも記録を残しておくことが大切です。
Q. 廃業した後に、仕事で使っていた機械の修理代の請求が来ました。経費にできますか?
事業を続けていれば必要経費になったはずの費用であれば、廃業した年分またはその前年分の必要経費に算入できます(所得税法第63条)。すでに確定申告を済ませている場合は、請求が確定した日の翌日から2か月以内に更正の請求ができます。
Q. 借入金が残ったまま廃業できますか?
廃業すること自体は可能ですが、借入金は個人の債務としてそのまま残ります。資産の売却などで返済しきれない見込みであれば、早めに金融機関と返済方法を協議し、必要に応じて経営安定特別相談室などの支援機関や弁護士への相談を検討してください。
関連するAEGISのソリューション
この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。
- 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金、民事信託(いわゆる家族信託)、遺言、契約、金融機関対応などを確認します。
- 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税予測・資金繰りをつなげて、経営の判断を支援します。
- 事業オーナーの方へ:会社と株式、ご家族の承継を一つの計画として整理する、AEGISの支援の流れをまとめています。
- 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分と、社会貢献の形を一つの設計として検討します。
- 高所得者の方へ:所得と資産の両面から、税負担と資産形成を整理する支援をまとめています。
- 不動産の最適保有設計(POD):個人・法人等の取得形態と、税引後の手残り・融資・出口を、物件の購入前に設計します。
参考資料・出典
公的資料・一次情報
- e-Gov法令検索「所得税法」(第33条、第39条、第63条、第111条、第151条、第152条、第229条、第230条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033/20261001_507AC0000000070
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「消費税法」(第4条第5項、第57条、第57条の2)
https://laws.e-gov.go.jp/law/363AC0000000108/20261001_507AC0000000070
確認日:2026-10-09 - 国税庁 タックスアンサー No.2090「新たに事業を始めたときの届出など」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2090.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 タックスアンサー No.2070「青色申告制度」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2070.htm
確認日:2026-10-09 - 中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(令和4年3月改訂)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf
確認日:2026-10-09 - 独立行政法人中小企業基盤整備機構「小規模企業共済 制度の概要」
https://www.smrj.go.jp/kyosai/skyosai/features/index.html
確認日:2026-10-09
書籍・その他資料
- 中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』参考資料8「円滑な廃業を支援する施策」、p.1-2
- 『税理士のための 所得税重要ポイント実務ガイド 〜令和2年3月申告用〜』天池&パートナーズ税理士事務所 編、税務研究会出版局、P.49
