カテゴリー: 家族信託・遺言

管理する方、引き継ぐ方、対象財産、手続の役割を整理するための解説です。

  • ファミリー憲章のつくり方|家族会議の進め方・盛り込む項目・法的な仕組みとのつなぎ方

    ファミリー憲章のつくり方|家族会議の進め方・盛り込む項目・法的な仕組みとのつなぎ方

    ファミリー憲章とは、事業や資産を共に受け継ぐ家族が、大切にする価値観と、事業・資産との関わり方のルールを、話し合いを通じて文書にまとめたものです。家訓を現代の言葉で明文化したもの、と考えると分かりやすいかもしれません。

    ファミリー憲章は、それ自体では原則として法的な拘束力を持ちません。それでも作る意味があるのは、事業承継や相続で起きる家族の対立の多くが、財産の金額そのものよりも、「何を大切にするか」「誰がどんな役割を担うか」についての期待の食い違いから生じるからです。

    この記事では、ファミリー憲章をつくるための進め方を6つのステップで整理し、盛り込む項目の構成例と、遺言・定款などの法的な仕組みとのつなぎ方、見直しの方法までを解説します。

    ファミリー憲章の役割と限界

    最初に、ファミリー憲章で「できること」と「できないこと」を整理しておきます。

    区分内容
    できること家族が共有する価値観や、事業に関わる際の考え方を言葉にする/家族会議などの話し合いの場と進め方を決める/後継者以外の家族の役割を明確にする/将来の判断に迷ったときの「立ち返る基準」をつくる
    できないこと署名したことだけで、株式の譲渡や遺産の分け方を法的に強制する/遺留分などの法律上の権利を一方的に制限する/会社の意思決定(株主総会・取締役会)を直接拘束する

    たとえば、「株式は家族の外に出さない」と憲章に書いても、それだけでは株式の譲渡を止めることはできません。相続人の遺留分を相続開始前に放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条1項)。憲章で合意した内容を実際に機能させるには、定款・株主間の契約・遺言・民事信託(いわゆる家族信託)などの法的な仕組みに落とし込む作業が別に必要になります。

    それでも、憲章は意味を持ちます。法的な仕組みは「何を実現するか」が決まっていなければ設計できず、その「何を」を家族で合意する場が憲章づくりだからです。

    ファミリー憲章をつくる6つのステップ

    AEGISでは、次の6つのステップで進めることをおすすめしています。

    ステップ内容目安となる期間
    1. 目的と範囲を決めるなぜつくるのか、何を対象にするのか1〜2か月
    2. 参加者を決める誰を「家族」として話し合いに加えるか同時に検討
    3. 一人ひとりの考えを聞く個別に本音を聞き、論点を洗い出す2〜4か月
    4. 家族会議で話し合う論点ごとに話し合い、方向性をそろえる数回〜十数回
    5. 文書にまとめ、合意する草案を作り、修正を重ね、署名する2〜3か月
    6. 運用し、見直す定例の家族会議で確認し、必要に応じて改める継続

    ※期間は目安です。家族の人数や論点の多さによって大きく異なります。

    ステップ1:目的と範囲を決める

    まず、「なぜ今、憲章をつくるのか」を言葉にします。事業承継を控えて後継者と他の家族の役割を整理したい、複数の家に株式が分かれていく前に考え方をそろえたい、財産の一部を社会に還元する方針を家族で共有したい——目的によって、盛り込む項目も参加者も変わります。

    対象とする範囲も決めておきます。家業である会社だけか、資産管理会社や不動産、財団まで含めるのか。最初から全部を対象にせず、最も重要な事業と資産から始めるほうが進めやすくなります。

    ステップ2:参加者を決める

    誰を「家族」に含めるかは、思った以上に重要な判断です。

    • 現経営者とその配偶者
    • 後継者候補と、後継者でない子
    • 子の配偶者(いわゆる姻族)
    • 孫世代(年齢に応じて段階的に)

    子の配偶者を含めるかどうかは家族によって判断が分かれますが、家庭の中で大きな影響力を持つ存在であることは確かです。少なくとも、話し合いの結果をどこまで共有するかは決めておくべきでしょう。

    ステップ3:一人ひとりの考えを聞く

    いきなり全員で集まるのではなく、まず一人ひとりから個別に話を聞くことをおすすめします。家族全員の前では言いにくいこと——後継者になりたくない、自分の取り分が気になる、配偶者の考えが違う——は、個別の場でないと出てきません。

    聞いておきたいのは、たとえば次のような点です。

    • 創業者や現経営者が、事業を通じて何を大切にしてきたか
    • 家族それぞれが、事業や資産とどう関わりたいと考えているか
    • 将来に向けて不安に思っていること、避けたいこと

    中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、経営理念を企業の競争力の源泉となる知的資産の一つと位置づけています。専門書籍でも、後継者が現経営者との対話を通じて経営理念を確認することの重要性が指摘されています。ファミリー憲章の価値観の部分は、この経営理念と重なることが多く、会社の理念を家族の言葉に置き換える作業ともいえます。

    ステップ4:家族会議で話し合う

    個別の聞き取りで出てきた論点を整理し、家族会議で一つずつ話し合います。進め方のポイントは次のとおりです。

    • 議題を事前に共有する:その場で突然重い話題を出さない
    • 一度にすべてを決めない:価値観→役割→株式と財産、のように段階を踏む
    • 第三者に進行を任せる:家族だけでは、親子の上下関係や過去の感情が議論を左右しやすくなります
    • 議事録を残す:何が合意され、何が未決なのかを全員が確認できるようにする

    合意できない論点は、無理に決めずに「未決事項」として残しておくことも大切です。

    ステップ5:文書にまとめ、合意する

    話し合いの結果をもとに草案をつくり、修正を重ねます。表現は、法律の条文のような硬さよりも、家族が読み返したくなる言葉であることを優先します。そのうえで、全員が内容を確認し、署名して保管します。署名には法的な拘束力はありませんが、家族の約束として重みを持たせる意味があります。

    ステップ6:運用し、見直す

    憲章は、つくって終わりではありません。年に一度など定期的に家族会議を開き、事業や資産の状況を共有し、憲章に照らして確認する場を設けます。見直しの方法は次の節で説明します。

    ファミリー憲章の構成例

    盛り込む項目は家族によって異なりますが、たとえば次のような構成が考えられます。

    章主な内容書き方の例
    前文憲章をつくった経緯と目的創業の経緯、次の世代に伝えたい思い
    価値観家族として大切にすること誠実さ、地域への貢献、学び続けること
    家族の範囲憲章が対象とする家族直系の子孫と配偶者、成人後に参加
    事業との関わり家族が事業に入る条件、役割入社の条件、社外での経験、評価の考え方
    株式と議決権株式の持ち方、譲渡の考え方株式は家族外に譲らない方針、議決権行使の考え方
    配当と資産配当や家族への資産配分の考え方配当方針の考え方、事業に関わらない家族への配慮
    家族会議開催頻度、参加者、決め方年1回の定例開催、議事録の作成
    社会への還元寄附や社会貢献の方針利益や資産の一部を地域や社会に還元する考え方
    意見が対立したとき話し合いの手順第三者を交えて協議する
    見直し見直しの時期と方法定期見直し、改定の手続き

    注意したいのは、細かく書き込みすぎないことです。憲章は長く尊重される「基本の考え方」を示すものであり、配当の具体的な金額や個別の財産の分け方まで書き込むと、状況が変わるたびに改定が必要になります。具体的なルールは、別に定める運用ルールや、遺言・契約などに委ねるのが現実的です。

    法的な仕組みとのつなぎ方

    憲章で合意したことを実際に機能させるには、内容に応じて次のような仕組みを組み合わせます。

    憲章で合意したことつなぐ仕組みの例
    株式を家族外に出さない定款の株式譲渡制限(会社法107条・108条)、相続人等に対する売渡請求の定め(同法174条)、株主間の契約
    後継者に株式を集める遺言、生前贈与、種類株式(会社法108条)、民事信託(いわゆる家族信託)
    後継者以外の家族に配慮する遺言での財産配分、生命保険、遺言の付言事項
    判断能力の低下に備える任意後見契約、民事信託
    社会への還元遺贈寄附、財団の設立

    なかでも遺言は、憲章で共有した考え方を財産の配分として実現する中心的な手段です。遺言に添える付言事項で、配分の理由や家族への思いを伝えることもできます。付言事項の書き方は、関連記事「遺言の付言事項の書き方」で扱っています。

    株式を分散させない具体的な手段は、関連記事「自社株を分散させずに次世代へ承継する方法」で整理しています。

    見直しの考え方:変えない部分と見直す部分を分ける

    憲章をどの程度変えてよいかは、悩ましい問題です。頻繁に変えれば重みが失われ、まったく変えなければ時代や家族の変化に合わなくなります。

    AEGISでは、憲章の中身を二つの層に分けて考えることをおすすめしています。

    • 変えない部分:前文と価値観。世代を超えて受け継ぐ核であり、改定には家族全員の合意を必要とするなど、変更のハードルを高く設定します。
    • 見直す部分:事業との関わり方、家族会議の運営、配当や資産の考え方など。事業の状況、税制、家族の構成の変化に合わせて、定期的に点検します。

    見直しのタイミングとしては、定例の家族会議のほか、代表者の交代、相続の発生、結婚や出産による家族の変化、事業の売却や大きな投資などが考えられます。

    AEGISの視点

    ファミリー憲章は、完成した文書そのものよりも、つくる過程で家族が交わした対話に価値があるとAEGISは考えています。普段は話題にしにくい事業の将来や財産のこと、家族それぞれの思いを、時間をかけて言葉にしていく過程そのものが、承継に向けた最も確かな準備になります。

    一方で、憲章を「理想を書いた文書」で終わらせないことも大切です。株式の持ち方、財産の配分、社会への還元の方針は、遺言・定款・信託・財団などの具体的な仕組みに落とし込んで初めて実現します。AEGISは、憲章を家族の価値観と、承継の法的・税務的な設計とをつなぐ「上位の設計図」と位置づけています。事業承継計画の「家族」のブロックとの関係は、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」も参考になります。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    まとめ

    • ファミリー憲章は、家族が大切にする価値観と、事業・資産との関わり方のルールを文書にしたものです。
    • 原則として法的な拘束力はないため、合意した内容は定款・契約・遺言・信託などの仕組みに落とし込む必要があります。
    • 目的と範囲の設定、参加者の決定、個別の聞き取り、家族会議、文書化と合意、運用と見直しの6つのステップで進めると整理しやすくなります。
    • 細かく書き込みすぎず、変えない部分(価値観)と見直す部分(運用ルール)を分けることが、長く使える憲章につながります。
    • 具体的な内容は家族ごとに異なり、法的な仕組みとの接続には個別の検討が必要です。

    よくある質問

    Q. ファミリー憲章に法的な効力はありますか?

    原則として、憲章そのものには法的な拘束力はありません。株式の譲渡制限や財産の配分などを確実に実現するには、定款の定め、株主間の契約、遺言、民事信託などを別に整える必要があります。憲章は、それらの仕組みが何を目指すのかを家族で共有するための土台と考えるとよいでしょう。

    Q. 家族の人数が少なくても、作る意味はありますか?

    あります。家族が少ない段階のほうが話し合いはしやすく、次の世代で家族が増える前に考え方をそろえておくことができます。数ページの簡潔なものから始め、家族の変化に応じて充実させていく方法もあります。

    Q. 後継者でない子にも参加してもらうべきですか?

    参加してもらうことをおすすめします。事業承継や相続での対立は、後継者でない家族が「知らされていなかった」と感じることから深まることが少なくありません。事業に関わらない家族の役割や配慮の考え方を、本人も交えて話し合うことが大切です。

    Q. 憲章に遺留分を放棄すると書いておけば、遺留分の請求は防げますか?

    防げません。相続開始前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です。憲章で家族の理解を得たうえで、遺言での配分の工夫や、必要に応じて家庭裁判所の手続を検討することになります。

    Q. 作成にはどのくらいの期間がかかりますか?

    家族の人数や論点によりますが、個別の聞き取りから家族会議、文書化までを含めると、半年から1年程度を一つの目安としてください。急いで形だけ整えるよりも、時間をかけて合意を積み重ねるほうが、運用の段階で機能しやすくなります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献の形も含めて承継の方法を一つの設計として検討します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、P.14-20、P.55-63
    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、P.62-66
  • 著作権・印税収入がある人の相続と相続放棄|相続税の評価、放棄したときの権利の行方、管理者の決め方

    著作権・印税収入がある人の相続と相続放棄|相続税の評価、放棄したときの権利の行方、管理者の決め方

    著名人の相続で、相続人が相続放棄をしたことが報じられ、作品の著作権や印税は誰が引き継ぐのか、という点に関心が集まることがあります。作家や作曲家、漫画家、写真家、研究者など、作品からの収入がある人にとっては、決して他人事ではありません。

    結論から言えば、著作権は相続の対象となる財産であり、相続税の課税対象にもなります。評価は国税庁の財産評価基本通達で、過去の印税収入を基に行います。一方、相続人が相続放棄をすると、その人は著作権を含む一切の財産を引き継ぎません。相続人が誰もいない状態になり、最終的に財産が国庫に帰属すべきこととなるときは、著作権は消滅すると著作権法に定められています。

    この記事では、著作権・印税の相続税評価、相続放棄や限定承認をしたときの権利の行方、そして作品を守り続けるために誰に管理を託すかを整理します。特定の方の事例を論評するものではなく、制度の仕組みと備えを解説するものです。

    著作権は「財産」として相続される

    国税庁は、相続税がかかる財産として、現金や不動産のほか、特許権や著作権など「金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのもの」を挙げています(No.4105)。著作権は、作品を複製・上演・放送・翻訳などする権利の束で、ほかの財産と同じように相続人に引き継がれます。

    保護期間は原則として死後70年

    著作権は、作品が創作された時に発生し、原則として著作者の死後70年を経過するまで存続します(著作権法51条)。共同著作物の場合は、最後に亡くなった著作者の死後70年です。保護期間は、TPP11協定の発効に伴い平成30年12月30日から、それまでの死後50年から70年に延長されました(文化庁)。つまり、相続した著作権は、相続人だけでなく、その次の世代まで引き継がれる可能性がある財産です。

    著作者人格権は相続されない

    著作権とは別に、作品の公表や氏名表示、内容の改変について作者の人格的な利益を守る「著作者人格権」があります。これは著作者の一身に専属し、譲渡できず(著作権法59条)、相続もされません。ただし、著作者が亡くなった後も、その人格的利益を害する行為は禁止され(同法60条)、配偶者や子などの遺族が差止め等を請求できる仕組みがあります(同法116条)。

    著作権の相続税評価

    評価の算式

    財産評価基本通達148は、著作権の価額を次の算式で評価すると定めています。

    年平均印税収入の額 × 0.5 × 評価倍率

    • 年平均印税収入の額:課税時期(相続開始時)の属する年の前年以前3年間の印税収入の年平均額
    • 評価倍率:今後の各年の印税収入が年平均印税収入の額であるとして、著作物に精通している人の意見などを基に推算した印税収入期間に応じる、基準年利率による複利年金現価率

    評価は著作者ごとに一括して行うことが原則ですが、個々の著作物ごとに評価することもできます(同通達148)。0.5を乗じるのは、将来の印税収入を見積もることに伴う不確実性を考慮したものと説明されています(武田秀和『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』Q6-7)。

    実務で確認する資料

    評価倍率の基礎となる「印税収入期間」は、出版社やレコード会社など、その作品に精通している人の意見を基に見積もります。実務では、作品ごとに過去3年間の印税の支払明細と、今後の収入見込みを確認することになります。生前の印税収入がほとんどない作品で、今後も収入が見込まれない場合は、評価倍率が零となり、評価額が算出されないこともあります(武田・前掲Q6-8)。

    関連する権利の評価

    権利評価の考え方(財産評価基本通達)
    著作権年平均印税収入の額×0.5×評価倍率(148)
    著作隣接権(実演家・レコード製作者などの権利)著作権の評価を準用(154-2)
    出版権出版業を営む人が持つものは営業権に含めて評価し、それ以外の人が持つものは評価しない(154)

    通達の評価額と「実際の価値」は大きく離れることがある

    財産評価基本通達による著作権の評価は、過去3年の平均印税収入に0.5と評価倍率を掛けるという、相続税の実務で多くの事案を公平かつ簡便に処理するために単純化された方法です。そのため、将来の収入見込みを個別に積み上げて現在の価値に割り引くDCF法や、類似する権利の取引事例から倍率を当てはめるマルチプル法など、実際の価値評価の考え方に照らすと、評価額と時価がかなり離れることがあります。

    たとえば、相続の直前に作品の人気が高まり、今後の収入が大きく伸びる見込みがある場合は、過去3年の実績に基づく評価額は実際の価値を下回りやすくなります。反対に、過去の収入は大きくても今後は急速に減っていく見込みの作品では、評価額が実際に売買できる価値を上回ることもあります。

    この構造は、借地権の目的となっている土地(いわゆる底地)とよく似ています。底地の相続税評価額は、自用地としての価額から借地権の価額を差し引いて求めますが、底地だけを買う人は限られるため、実際に売れる価格はこの評価額を下回ることが少なくありません。それでも、相続税の申告で通達によらずに鑑定評価などの時価で評価するには、その時価を裏付ける十分な根拠が求められ、認められない例も多いため、税務上のリスクを伴います。著作権のように価値の見積もりが難しい財産権も同じで、評価額が実態と合わないと感じても、通達によらない評価を選ぶかどうかは慎重に判断する必要があります。また、評価額と時価の乖離を利用して相続税の負担を大きく軽減するような取引については、通達の定めによらない評価が行われる場合があることにも注意が必要です(財産評価基本通達6、最高裁令和4年4月19日判決)。

    だからこそ、著作権のような目に見えにくい権利や、底地のように評価額と換金できる価値がずれやすい財産は、生前のうちに、相続税評価額と、実際の時価やDCF法・マルチプル法などによる価値評価を並べて適切に比較し、対策が必要かどうかを検討しておくことが大切です。比べてみることで、相続税の負担と納税資金の見通し、誰がどの権利を引き継ぐか、生前の売却や法人への移転、遺言による承継先の指定などを検討する余地があるかが、具体的に見えてきます。底地の評価と整理の方法は関連記事「底地と借地を整理する方法」で、通達によらない評価が問題になる場面は「評価を下げる対策が否認されるとき」で解説しています。

    相続後の印税は誰の収入になるか

    相続後に支払われる印税は、著作権を引き継いだ相続人の収入となり、相続税とは別に、相続人の所得税の申告の対象となるのが一般的です。所得税基本通達35-2は、事業所得に当たらない著作権の使用料に係る所得を、業務に係る雑所得の例示に挙げています。印税の受取口座や出版契約の名義変更、源泉徴収の扱いなど、相続後の事務も早めに確認しておく必要があります。

    相続放棄・限定承認をすると著作権はどうなるか

    相続放棄

    相続放棄は、自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に申述して行います(民法915条、裁判所「相続の放棄の申述」)。放棄をした人は、その相続に関して初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

    そのため、放棄をした人は、借金などの債務だけでなく、著作権を含むすべての財産を引き継ぎません。「借金は引き継がず、著作権だけは引き継ぐ」という選択はできないということです。著作権は、放棄しなかった同順位の相続人や、次の順位の相続人に引き継がれます。

    なお、相続税の計算では、相続放棄をした人がいても、基礎控除額などを計算する際の法定相続人の数は放棄がなかったものとして数えます(No.4152)。一方、放棄をした人が死亡保険金を受け取った場合、その人は相続人ではないため、死亡保険金の非課税の適用は受けられません(No.4114)。

    限定承認

    限定承認は、相続によって得た財産の限度でのみ債務を負担することを留保して相続する方法です(民法922条)。相続人が複数いる場合は、全員が共同して申述する必要があります(民法923条、裁判所「相続の限定承認の申述」)。

    債務の額が分からないが、作品の価値は残したいという場面で検討される方法ですが、税務上の注意点があります。限定承認に係る相続により資産が移転した場合は、その時の時価で譲渡があったものとみなされ(所得税法59条1項)、被相続人の所得として課税される可能性があります。著作権のように取得費が小さい資産では、この影響を事前に確認しておくことが欠かせません。

    相続人がいない場合、著作権は消滅する

    相続人全員が放棄した場合や、もともと相続人がいない場合は、相続財産は法人となり(民法951条)、家庭裁判所が選任する相続財産清算人が債務の支払などの清算を行います(民法952条、裁判所「相続財産清算人の選任」)。特別の縁故があった人への分与が行われることもあります。

    清算後に残った財産は国庫に帰属します(民法959条)。ただし著作権については、著作権法62条1項1号が、著作権者が死亡し、その著作権が民法959条により国庫に帰属すべきこととなるときは、著作権は消滅すると定めています。この場合、作品は保護期間内であっても著作権による保護を受けない状態になります。

    相続の状況著作権の行方
    相続人が単純承認した遺言や遺産分割に従って相続人が承継する
    一部の相続人が相続放棄した放棄した人は承継せず、他の相続人が承継する
    相続人全員が限定承認した相続人が承継するが、清算手続とみなし譲渡課税に注意
    相続人全員が放棄した・相続人がいない清算人が清算し、国庫に帰属すべきこととなるときは著作権が消滅する

    相続人がいない場合の手続の全体像は、関連記事「相続人がいない場合、財産はどうなるか」で解説しています。

    作品を守るための「管理者」の決め方

    共有になると管理が止まりやすい

    遺産分割をしないまま、あるいは複数の相続人で著作権を分けると、著作権は共有になります。共有の著作権は、共有者全員の合意がなければ行使できず、持分を譲渡するにも他の共有者の同意が必要です(著作権法65条)。正当な理由なく合意を拒むことはできないとされていますが、映像化や翻訳出版、配信の許諾といった判断のたびに全員の合意が必要になれば、機会を逃すことにもなりかねません。

    備えの選択肢

    作品からの収入がある人は、生前に次のような方法で「誰が判断するか」を決めておくことが考えられます。

    • 遺言で承継者を指定する:著作権を管理する意思と能力のある人に承継させ、遺言執行者を定めておきます。遺言の方式の選び方は「公正証書遺言・自筆証書遺言・法務局保管の比較」で解説しています。
    • 著作権管理事業者に管理を委ねる:作品の利用許諾や使用料の徴収を専門の事業者に委ねる方法です。契約の内容(信託か委任か、対象の範囲)を確認しておきます。
    • 民事信託(いわゆる家族信託)を活用する:著作権を信託財産とし、管理を担う受託者と、印税を受け取る受益者を分けることで、管理と収益の帰属を整理できます。
    • 遺贈や寄附を検討する:相続人がいない場合や、作品を社会に役立てたい場合は、遺言で団体などに遺贈することも選択肢です。法人への遺贈には、所得税法59条によるみなし譲渡課税が生じ得る点に注意します。

    AEGISの視点

    著作権は、不動産や預金と比べて「目に見えにくい財産」です。印税の明細は出版社ごとに分かれ、権利の範囲は契約ごとに異なり、将来の価値は作品の評価次第で大きく変わります。AEGISは、知的財産の承継を「評価の問題」であると同時に「管理の問題」として捉えることが大切だと考えています。

    相続税の評価は過去3年の印税収入と将来の見込みで決まりますが、作品の価値を保ち、さらに高めていけるかどうかは、相続後に誰がどのように判断するかにかかっています。管理者を決めないまま共有にしてしまうと、権利はあっても動かせない状態になりかねません。また、相続人が放棄を選んだ結果として相続人がいなくなれば、作品の著作権そのものが消滅する可能性もあります。

    作品を生み出してきた人の場合、その活動は一種の個人事業でもあります。契約・口座・権利の一覧を作り、承継者と管理の方法を決め、遺言や信託で形にしておく。こうした準備は、家族の負担を減らすだけでなく、作品を社会に残し続けるための備えでもあるとAEGISは考えています。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、ネット上の契約やデータの備えは「デジタル資産の相続に備える」で解説しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 著作権は相続の対象となる財産で、相続税の課税対象になります。保護期間は原則として著作者の死後70年です。
    • 相続税評価は、財産評価基本通達148により、前年以前3年間の年平均印税収入×0.5×評価倍率で計算します。著作隣接権は同じ方法を準用し、出版業者以外が持つ出版権は評価しません。
    • 通達の評価は単純化された方法のため、DCF法やマルチプル法などによる価値評価とかなり乖離することがあります。底地と同じく、通達によらない評価には税務上のリスクがあるため、生前に評価額と時価を比較して対策の要否を検討することが大切です。
    • 相続放棄をした人は初めから相続人でなかったものとみなされ、著作権も引き継ぎません。限定承認は全員共同で行い、みなし譲渡課税に注意が必要です。
    • 相続人がいない場合、著作権が国庫に帰属すべきこととなるときは消滅します。
    • 共有の著作権は全員の合意がないと行使できないため、遺言・管理事業者・民事信託などで管理者を決めておくことが大切です。具体的な対応は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 印税収入がほとんどない作品にも相続税がかかりますか?

    著作権の評価は、過去3年間の印税収入と今後の収入見込みに基づいて行います。収入がほとんどなく、今後も見込まれない作品は、評価倍率が零となり評価額が算出されないこともあります。ただし、映像化などで収入が見込まれる場合は評価額が生じるため、作品ごとに出版社等へ確認することが大切です。

    Q. 著作権の評価額が実際の価値と合わないと感じます。別の方法で評価して申告できますか?

    相続税の申告では、財産評価基本通達による評価が原則です。通達による評価が時価を大きく上回るような場合に、鑑定などの根拠を示して時価で申告することが検討されることもありますが、時価を裏付ける十分な根拠が求められ、認められない例も多いのが実情です。相続が起きてから争うのではなく、生前のうちに通達による評価額と、DCF法やマルチプル法などによる価値評価を比べ、承継の方法や納税資金の準備を検討しておくことが大切です。

    Q. 借金が多いので相続放棄したいのですが、著作権だけ引き継ぐことはできますか?

    できません。相続放棄をすると初めから相続人でなかったものとみなされ、著作権を含むすべての財産を引き継がなくなります。財産の範囲内で債務を負担する限定承認という方法もありますが、相続人全員で共同して行う必要があり、税務上のみなし譲渡の影響も確認が必要です。

    Q. 相続人が全員相続放棄すると、作品はどうなりますか?

    相続財産清算人による清算の後、残った財産は国庫に帰属します。著作権については、国庫に帰属すべきこととなるときに消滅すると定められているため、保護期間内であっても著作権による保護を受けない状態になります。

    Q. 兄弟で著作権を相続した場合、それぞれが自由に利用を許諾できますか?

    共有の著作権は、共有者全員の合意がなければ行使できません。各共有者は正当な理由なく合意を拒めないとされていますが、判断のたびに全員の合意が必要になるため、代表者を決める、遺産分割で一人に集約するなどの整理を検討します。

    Q. 作者が亡くなった後、作品を勝手に改変されたらどうなりますか?

    著作者人格権は相続されませんが、著作者の死後も、その人格的利益を害する行為は禁止されています。配偶者や子など一定の遺族は、差止め等を請求できる仕組みがあります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。
    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長期に継続し次世代へ引き継ぐ準備として、事業資金・家族信託・遺言・契約・金融機関対応を確認します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、2013年、P.152、171-182
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.68、109
  • 相続人がいない場合、財産はどうなるか|相続財産清算人・特別縁故者・国庫帰属と、遺言で備える方法

    相続人がいない場合、財産はどうなるか|相続財産清算人・特別縁故者・国庫帰属と、遺言で備える方法

    子どもがいない、配偶者に先立たれた、兄弟姉妹もすでに亡くなっている——いわゆる「おひとりさま」の相続では、亡くなった後の財産を誰が引き継ぐのかが大きな関心事です。相続人がいないまま亡くなった人の財産が国庫に入るケースが増えていると報じられることもあり、自分の財産の行方を考え始める方が増えています。

    結論から言えば、相続人がいない場合、財産は家庭裁判所が選任する相続財産清算人による清算を経て、残った分が最終的に国庫に帰属します。その途中で、生計を同じくしていた人や療養看護に努めた人などの「特別縁故者」に財産が分与されることもありますが、それは家庭裁判所の判断によるもので、本人の意思どおりになるとは限りません。

    自分の財産を、お世話になった人や応援したい団体に引き継いでもらいたいのであれば、遺言などで生前に意思を形にしておくことが最も確実な方法です。この記事では、相続人がいない場合の手続の流れと、備え方の全体像を整理します。

    「相続人がいない」とはどのような状態か

    民法上の相続人は、配偶者(常に相続人)と、①子、②直系尊属(父母や祖父母など)、③兄弟姉妹の順位で定められています(国税庁 No.4132)。子が先に亡くなっている場合は孫などの直系卑属が、兄弟姉妹が先に亡くなっている場合はその子が代わりに相続人となる場合があります(兄弟姉妹の場合は、その子までに限られます。民法887条2項・889条2項)。

    「相続人がいない」状態になるのは、主に次のような場合です。

    • 配偶者・子・直系尊属・兄弟姉妹(とその代襲者)が、いずれもいない
    • 相続人となる人全員が相続放棄をした(放棄した人は初めから相続人とならなかったものとみなされます。民法939条)

    なお、長年連れ添った内縁のパートナーや、養子縁組をしていない配偶者の連れ子、親しい友人などは、どれほど関係が深くても法律上の相続人にはなりません。この点が、相続人がいない場合の備えを考える出発点になります。

    相続人がいない場合の手続の流れ

    相続人のあることが明らかでないとき、相続財産は法人とされ(民法951条)、次のような流れで清算が進みます。なお、「相続財産清算人」は、令和3年の民法改正(令和3年法律第24号)により、従来の「相続財産管理人」から改められたものです。

    段階内容期間・期限の目安
    1. 相続財産清算人の選任利害関係人(債権者、受遺者、特別縁故者など)または検察官の請求により、家庭裁判所が選任(民法952条1項)申立先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所
    2. 選任と相続人捜索の公告家庭裁判所が、清算人の選任と、相続人がいれば一定期間内に権利を主張すべき旨を公告(民法952条2項)6か月以上
    3. 債権者・受遺者への公告清算人が、相続債権者・受遺者に請求の申出をすべき旨を公告し、債務の支払などを行う(民法957条)2か月以上(2の期間内に満了)
    4. 特別縁故者への分与特別の縁故があった人の請求により、家庭裁判所が相当と認めるときに財産の全部または一部を分与(民法958条の2)2の期間満了後3か月以内に請求
    5. 国庫への帰属処分されなかった財産は国庫に帰属(民法959条)—

    清算人の選任の申立てには、収入印紙800円や郵便切手、官報公告料のほか、相続財産が手続費用に不足する可能性がある場合には予納金が必要になることがあります(裁判所「相続財産清算人の選任」)。つまり、誰かが申し立てなければ手続は始まらず、財産も債務も宙に浮いたままになる可能性があるということです。賃貸住宅の明渡しや、未払いの医療費・税金の支払、不動産の管理など、周囲の人が困る場面も生じます。

    特別縁故者への財産分与

    相続人がいない場合でも、次のような人は、家庭裁判所に財産の分与を請求できます(民法958条の2、裁判所「特別縁故者に対する相続財産分与」)。

    • 被相続人と生計を同じくしていた人(内縁のパートナーなど)
    • 被相続人の療養看護に努めた人
    • その他、被相続人と特別の縁故があった人

    ただし、分与するかどうか、どの財産をどれだけ分与するかは、家庭裁判所が「相当と認めるとき」に判断します。本人が生前に「この人に財産を残したい」と考えていたとしても、その意思が反映される保証はありません。請求の期限も、相続人捜索の公告期間の満了後3か月以内と限られています。

    特別縁故者が受け取った財産と相続税

    特別縁故者が分与を受けた財産は、被相続人から遺贈により取得したものとみなされ、分与を受けた時の時価で相続税の対象になります(相続税法4条1項)。申告期限は、分与があったことを知った日の翌日から10か月以内です(相続税法29条)。

    相続人がいない場合の基礎控除額は3,000万円(法定相続人の数が0人)となります(PwC『完全ガイド』第2章、相続税法基本通達15-1)。また、被相続人の配偶者・父母・子など一親等の血族以外の人が財産を取得した場合は、相続税額が2割加算されます(国税庁 No.4157)。特別縁故者として財産を受け取る人の多くは、この2割加算の対象になると考えられます。

    相続人がいない人が生前にできる備え

    相続人がいない場合の手続は、財産を「本人の意思とは無関係に」清算する仕組みです。自分の意思を反映させるには、生前の準備が欠かせません。

    備えの方法できること注意点
    遺言(遺贈)財産を渡したい人や団体を指定できる方式の要件を満たす必要がある。遺言執行者を定めておくと実行が円滑
    遺贈寄附公益法人・NPO・自治体などに財産を遺す受け取れる財産の種類(不動産など)を事前に確認する
    死後事務委任契約葬儀・納骨・医療費の精算・契約の解約などを第三者に託す遺言では定められない事務を補う。公正証書での作成が望ましいとされる
    任意後見・財産管理契約判断能力や体力が低下したときの財産管理を託す死亡によって終了するため、死後の事務とは別に準備が必要
    民事信託(いわゆる家族信託)生前から財産の管理を託し、死後の帰属先も定められる受託者となる人・法人の確保が前提

    遺言で財産の行き先を決める

    相続人がいない人にとって、遺言は財産の行き先を決める中心的な手段です。遺言で財産を受け取る人(受遺者)を決めておけば、その部分は清算の手続を経ずに受遺者へ渡すことができます。財産全体を受け取る人を指定する方法(包括遺贈)と、特定の財産ごとに指定する方法(特定遺贈)があり、どちらを選ぶかで受遺者の負う責任や手続が変わります。包括遺贈を受けた人は、相続人と同一の権利義務を有するとされています(民法964条・990条)。遺言を確実に実行してもらうため、遺言執行者を定めておくことも重要です。

    遺言の保管については、法務局で自筆証書遺言を保管する制度があり、保管された遺言書は家庭裁判所の検認が不要となるほか、死亡後に指定した人へ遺言書が保管されている旨を通知する仕組みもあります(法務省「自筆証書遺言書保管制度」)。遺言の方式の選び方は「公正証書遺言・自筆証書遺言・法務局保管の比較」で解説しています。

    遺贈寄附と税務上の注意

    社会に役立ててほしいという思いがある場合は、遺言で公益法人などに財産を遺す遺贈寄附も選択肢です。ただし、法人に対して不動産や株式などを遺贈すると、その時の時価で譲渡があったものとみなされ、被相続人の所得として課税される場合があります(所得税法59条1項)。寄附先の受入れ条件とあわせて、事前に確認しておくことが大切です。遺贈寄附の方法は「遺贈寄附とは何か、遺言で財産の一部を社会に遺す方法」で解説しています。

    死後の事務を託す

    遺言で定められるのは、主に財産の行き先に関することです。葬儀や納骨、病院や施設の費用の精算、住居の明渡し、デジタルデータの消去や各種契約の解約などは、死後事務委任契約で第三者に託しておく必要があります。財産管理などの委任契約は、特約がなければ本人の死亡によって終了するため、死後の事務は別途契約しておく必要があります(『税理士のためのポケットブック 2026』Chapter 9)。詳しくは「死後事務委任契約とは」で解説しています。

    AEGISの視点

    相続人がいない人の相続は、「財産が国に入ってしまう」という結果だけが注目されがちです。しかしAEGISは、より大きな問題は本人の意思が届かないまま、手続が誰の主導でも始まらない状態が生じることだと考えています。清算人の選任は利害関係人などが申し立てなければ始まらず、その間、自宅や賃貸不動産、会社の株式などは管理する人のいない状態になりかねません。

    とくに、不動産や事業を持つ人の場合、その影響は家族の外にも及びます。入居者や取引先、従業員がいる財産こそ、誰に、どのように引き継ぐかを早めに決めておく意味があります。財産の一覧を作り、受け取ってほしい人や団体を決め、遺言・死後事務委任・任意後見を組み合わせて「生前から亡くなった後まで」を切れ目なく設計する。そのうえで、社会貢献につなげたい財産があれば、寄附先の受入れ条件や税務を確認しておく。こうした準備は、本人の思いを形にするだけでなく、周囲の人の負担を減らすことにもつながります。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続人がいない場合、相続財産は法人となり、家庭裁判所が選任する相続財産清算人が清算を行います。残った財産は最終的に国庫に帰属します。
    • 相続人捜索の公告(6か月以上)や債権者への公告(2か月以上)を経るため、手続には時間がかかります。申立てをする人がいなければ手続は始まりません。
    • 特別縁故者への分与は家庭裁判所の判断によるもので、本人の意思どおりになるとは限りません。分与を受けた財産は遺贈とみなされ、相続税の対象になります。
    • 自分の意思で財産の行き先を決めるには、遺言(遺言執行者の指定を含む)、遺贈寄附、死後事務委任契約、任意後見などを組み合わせて備えることが大切です。具体的な方法は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続人がいない場合、財産はすぐに国のものになりますか?

    すぐにはなりません。相続財産清算人が選任され、相続人の捜索や債権者への支払、特別縁故者への分与の手続を経たうえで、処分されなかった財産が国庫に帰属します。公告の期間だけでも合計で数か月以上かかります。

    Q. 内縁の妻(夫)は財産を受け取れますか?

    内縁のパートナーは法律上の相続人ではありません。相続人がいない場合は、特別縁故者として家庭裁判所に財産分与を請求できる可能性がありますが、分与されるかどうかは裁判所の判断によります。確実に財産を渡したい場合は、遺言で遺贈しておくことが重要です。

    Q. 特別縁故者として財産を受け取った場合、相続税はかかりますか?

    分与を受けた財産は遺贈により取得したものとみなされ、相続税の対象になります。申告期限は、分与があったことを知った日の翌日から10か月以内です。一親等の血族や配偶者以外の人が取得するため、相続税額の2割加算の対象になると考えられます。

    Q. 兄弟姉妹が全員相続放棄した場合も、相続人がいない状態になりますか?

    はい。相続放棄をした人は初めから相続人とならなかったものとみなされるため、順位の相続人全員が放棄し、ほかに相続人がいなければ、相続人がいない状態になります。

    Q. 遺言があれば、相続財産清算人の手続は不要になりますか?

    財産全体の受け取り手を遺言で指定し、遺言執行者を定めておけば、清算人による手続を経ずに遺言を実行できる場合が多くなります。一部の財産だけを指定した遺言では、残りの財産について清算の手続が必要になることがあります。遺言の内容は、財産全体を見渡して設計することが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。
    • 家族信託と遺言:家族信託と遺言を活用し、資産管理と承継の体制を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.71、109
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、P.126-127
  • デジタル資産の相続に備える|ネット口座・暗号資産・サブスク契約を家族が把握できるようにする方法

    デジタル資産の相続に備える|ネット口座・暗号資産・サブスク契約を家族が把握できるようにする方法

    ネット銀行やネット証券、暗号資産、スマートフォンで管理する各種サービス——こうしたデジタル資産は、紙の通帳や郵送物が残らないため、本人が亡くなると家族が存在に気付けないことがあります。気付かれないまま相続税の申告期限を過ぎれば申告漏れとなり、暗号資産のように本人しか管理方法を知らない財産は、存在が分かっても手が届かないこともあります。

    結論から言えば、デジタル資産への備えは、「何があるか」を家族が分かる一覧と、「どうすれば手続ができるか」の手掛かりを、パスワードそのものとは分けて残しておくことが基本です。

    この記事では、デジタル資産の相続で起こりやすい問題と、生前にできる具体的な準備を整理します。

    デジタル資産とは

    この記事では、インターネット上で口座や契約を管理し、紙の通帳や証書が手元に残りにくい財産や契約を「デジタル資産」と呼びます。大きく分けると、次の3つです。

    1. 金融資産:ネット銀行の預金、ネット証券の株式・投資信託、暗号資産、電子マネーの残高など
    2. 継続的な契約:動画・音楽などのサブスクリプション、クラウドサービス、各種の会員サービスなど
    3. データ・アカウント:写真や文書のデータ、メールやSNSのアカウントなど

    相続税の対象になるのは、主に1の金融資産です。相続税は、現金・預貯金・有価証券など金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものにかかり(国税庁 No.4105)、ネット上の口座であるかどうかで扱いは変わりません。暗号資産も、相続や贈与で取得した場合は相続税・贈与税の対象になります(国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」)。

    デジタル資産の相続で起こりやすい問題

    種類家族が困りやすいこと残しておきたい手掛かり
    ネット銀行・ネット証券郵送物がなく、口座の存在に気付けない金融機関名、支店名・口座の種類、登録メールアドレス
    暗号資産交換業者の口座か、自分で管理するウォレットかが分からない。管理方法が分からず手が届かない利用している交換業者名、自己管理の有無と保管場所の手掛かり
    電子マネー・ポイント残高があっても気付かない、手続の可否が分からないサービス名、残高の目安
    サブスク・会員契約解約されず、引落しが続くサービス名、支払方法(どのカード・口座か)
    データ・アカウント大切な写真や仕事のデータを取り出せない残したいデータの保存先、家族に引き継ぎたいかどうか

    ※AEGISが整理したものです。

    気付かれない財産は申告漏れになる

    ネット証券などは、定期的な取引報告が郵送されず、電子交付だけの場合があります。家族が口座の存在を知らなければ、相続税の申告から漏れてしまいます。申告後に見つかれば修正申告が必要になり、加算税や延滞税がかかることもあります。相続税の申告と納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。

    上場株式などは、証券保管振替機構に対して相続人が登録情報の開示を請求し、口座を開設している証券会社等を調べる方法があります。ただし、手続には時間がかかり、すべての財産が対象になるわけではありません。生前に一覧を残しておく方が、家族の負担ははるかに小さくなります。

    暗号資産は「存在」と「管理方法」の両方が必要

    暗号資産を国内の暗号資産交換業者の口座で保有している場合は、相続人が交換業者に相続手続を申し出ることになります。国内で暗号資産と法定通貨の交換サービスを提供する事業者は、金融庁の登録が必要とされています(金融庁)。

    一方、本人が自分でウォレットを管理している場合は、その管理に必要な情報が失われると、相続人であっても資産を動かせなくなるおそれがあります。「どこにあるか」に加え、「どう管理していたか」の手掛かりを残すことが特に重要です。

    暗号資産の評価と、相続後に売却したときの税金

    相続税の計算では、暗号資産は課税時期(亡くなった日)の取引価格で評価します。国税庁のFAQでは、価格等公表者が公表する課税時期の最終の売買価格や、暗号資産交換業者が公表する取引価格をもとに評価する考え方が示されています。

    また、相続人が相続した暗号資産を後で売却した場合、その利益は所得税の対象になります。このときの取得価額は、被相続人が選択していた方法により評価した金額を引き継ぐ考え方がとられています(国税庁FAQ)。相続人が取引履歴を確認できるよう、利用していた交換業者や取引の記録の所在も分かるようにしておくと安心です。

    生前にできる準備

    1. デジタル資産の一覧をつくる

    まず、デジタル資産の一覧を作成します。一覧に書くのは、サービス名、金融機関・交換業者名、登録メールアドレス、おおよその残高、家族にどうしてほしいかです。

    • 金融資産:口座を閉じて相続財産として分けてほしい
    • サブスク・会員契約:解約してほしい
    • データ:残してほしいもの、消去してほしいもの

    複数の会社や不動産を保有している場合は、会社・不動産・金融資産の一覧とあわせて管理すると、家族が全体像をつかみやすくなります。

    2. ID・パスワードは一覧と分けて管理する

    一覧にパスワードまで書き込むと、一覧が第三者の目に触れたときの危険が大きくなります。おすすめしたいのは、次のように「何があるか」と「どう開けるか」を分ける方法です。

    • 一覧には、サービス名と、パスワードの保管場所(どこに、どのような形で保管しているか)だけを書く
    • パスワード自体は、信頼できる家族だけが取り出せる場所に保管する
    • スマートフォンやパソコンのロック解除の方法を、信頼できる家族と共有しておく

    なお、家族であっても、本人のIDとパスワードを使って本人になりすまして手続を行うことは、各サービスの利用規約上認められていないことがあります。パスワードは「存在の確認」や「データの取り出し」の手掛かりと考え、金融資産の相続手続は、各社の相続手続の窓口を通して行うのが基本です。

    3. 遺言と組み合わせる

    デジタル資産を誰に渡すかを決めておきたい場合は、遺言に記載する方法があります。法務局で自筆証書遺言を保管する制度では、遺言者が亡くなった後に、あらかじめ指定した人(最大3名)に遺言書が保管されていることを通知する仕組みも設けられています(法務省)。遺言には財産の帰属を、一覧には手続の手掛かりを、と役割を分けると整理しやすくなります。

    4. 定期的に見直す

    デジタル資産は、口座の開設や解約、サービスの乗り換えが手軽にできる分、一覧がすぐに古くなります。年に一度、たとえば確定申告や誕生日の時期などに、一覧を更新する習慣をつけておくと安心です。

    相続が起きた後に家族が確認したいこと

    一覧が残されていない場合でも、家族が手掛かりを集める方法はあります。

    • スマートフォンやパソコン、メール:金融機関や交換業者からの通知メール、インストールされているアプリ
    • 預金通帳やクレジットカードの明細:ネット口座への送金、サービスの利用料の引落し
    • 確定申告書などの税務書類:暗号資産や株式の取引による所得の申告の有無
    • 金融機関への照会:心当たりのある金融機関に、相続人として残高証明書の発行を依頼する

    いずれも時間がかかるため、相続税の申告期限から逆算して早めに着手することが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 少額の口座も一覧に入れる:残高が少なくても、相続手続が必要になることがあります。使っていない口座は、生前に解約して整理しておくことも検討に値します。
    • 支払方法をセットで記録する:サブスクの多くはクレジットカードや口座引落しで支払われています。カードや口座を止めるだけでは、契約が残ったままになることがあります。
    • 事業用のアカウントを分けて考える:オーナーが会社や個人事業のアカウントを個人名義で管理している場合、事業の継続に支障が出ることがあります。事業用の管理権限は、会社の担当者にも引き継げる体制にしておきます。
    • 評価と申告のために記録を残す:暗号資産やネット証券の取引の記録は、相続税の評価や相続後の所得税の計算に必要になります。

    AEGISの視点

    デジタル資産の備えは、パスワードの管理の問題と思われがちです。しかしAEGISは、これを「家族が財産の全体像にたどり着けるようにする、情報の承継」の問題と捉えています。

    相続対策では、財産の評価や分け方に目が向きがちですが、その前提は「何があるか」が家族に分かっていることです。デジタル資産は、その前提が崩れやすい財産です。一覧があれば、家族は申告期限の中で落ち着いて手続を進めることができ、申告漏れや資産の喪失を防ぐことができます。

    また、資産の規模が大きいほど、ネット証券や暗号資産、海外のサービスなど、管理する口座は増えていく傾向にあります。一覧づくりは、財産の全体を見直し、使っていない口座を整理するよい機会にもなります。

    財産全体の一覧の作り方は関連記事「複数の会社・資産にまたがる財産の整理」で、遺言の方式の選び方は「公正証書遺言・自筆証書遺言・法務局保管の比較」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    サブスク契約の解約など、亡くなった後の事務を誰に任せるかについては、関連記事「死後事務委任契約とは」もあわせてご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • ネット銀行・ネット証券・暗号資産などのデジタル資産も、相続税の対象です。郵送物がないため、家族が存在に気付けないことが最大の問題です。
    • 暗号資産は、亡くなった日の取引価格で評価します。自分でウォレットを管理している場合は、管理方法の手掛かりがなければ手が届かないおそれがあります。
    • 生前の準備は、デジタル資産の一覧をつくり、ID・パスワードは一覧と分けて管理することが基本です。
    • 金融資産の相続手続は、各社の相続手続の窓口を通して行います。財産の帰属は遺言で、手続の手掛かりは一覧で残すと整理しやすくなります。
    • 一覧は年に一度など、定期的に見直すことが大切です。

    よくある質問

    Q. ネット銀行の口座が見つからないまま申告してしまったら、どうなりますか?

    後から口座が見つかった場合は、修正申告をして不足する税額を納めることになります。状況に応じて加算税や延滞税がかかることがあります。口座の存在を家族が把握できるよう、生前に一覧を残しておくことが最も確実な対策です。

    Q. 暗号資産は、相続税の計算でどのように評価しますか?

    原則として、亡くなった日(課税時期)の取引価格で評価します。国税庁のFAQでは、価格等公表者が公表する最終の売買価格や、暗号資産交換業者が公表する取引価格をもとに評価する考え方が示されています。具体的な評価は、保有する暗号資産の種類や取引の状況によって確認が必要です。

    Q. パスワードを遺言に書いておけばよいですか?

    遺言は、財産を誰に渡すかを定めるものであり、パスワードの伝達には向きません。遺言は相続人などが内容を確認するため、パスワードを書くと情報管理の面で不安が残ります。パスワードは、一覧とも分けて、信頼できる家族だけが取り出せる形で保管する方法をおすすめします。

    Q. サブスク契約は、相続人が解約しなければなりませんか?

    契約が続いていれば料金の引落しが続くため、相続人が解約手続を行うのが一般的です。誰が手続を担うかを生前に決めておく方法として、亡くなった後の事務を第三者に任せる契約を結んでおくこともあります。一覧にサービス名と支払方法を書いておくだけでも、家族の負担は大きく変わります。

    Q. 家族にデジタル資産の内容を知られたくない場合はどうすればよいですか?

    一覧の内容をすべて生前に共有する必要はありません。一覧の保管場所だけを信頼できる家族や専門家に伝え、亡くなった後に確認してもらう方法もあります。プライバシーと家族の負担のバランスを考えながら、伝える範囲を決めておくとよいでしょう。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行までを一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、第一章(印刷 p.2-10)
  • 遺贈寄附とは何か|遺言で財産の一部を社会に遺す方法と、家族への配慮

    遺贈寄附とは何か|遺言で財産の一部を社会に遺す方法と、家族への配慮

    遺贈寄附とは、遺言によって、亡くなった後に財産の一部(または全部)を公益法人・NPO法人・学校法人・自治体などに寄附することです。

    生前の寄附と違い、手元の資金を減らさずに「最後に社会へ何を遺すか」を決められる点が特徴です。一方で、遺言の書き方、寄附する財産の種類、受け取る団体の選び方によって、税金や手続の負担が大きく変わります。家族がいる場合は、家族の生活や遺留分への配慮も欠かせません。

    この記事では、遺贈寄附の基本的な仕組みと、遺言で寄附を実現するために確認したいことを、税務と家族の両面から整理します。

    遺贈寄附とは:社会に財産を遺す3つのルート

    「亡くなった後の財産を社会に役立てる」方法は、大きく次の3つに分けられます。本人が遺言で決めるのか、家族に託すのかによって、確実性と税務の扱いが異なります。

    ルート誰が寄附を決めるか実現の確実性主な税務の論点
    遺言による寄附(遺贈)本人(遺言で指定)遺言が有効で、受け手が受け入れれば実現現物の場合は本人のみなし譲渡と非課税の特例
    相続人による相続財産の寄附相続人(本人の希望を受けて)相続人の判断に委ねられる相続税の非課税の特例(申告期限までの寄附)
    遺言による公益信託の設定本人(遺言で信託を設定)受託者の引受けと行政庁の認可が必要公益信託の税制

    本記事では、このうち中心となる遺言による寄附と、それを補う相続人による相続財産の寄附を扱います。信託を使う方法は、関連記事「公益信託の新制度と財団の違い」で比較しています。

    財団の設立まで含めた社会貢献の全体像は、関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    特定遺贈と包括遺贈の違い

    民法は、遺言者が遺言によって、財産の全部または一部を「包括」または「特定」の名義で処分できると定めています。遺贈寄附でも、どちらの形で書くかが最初の分かれ目です。

    • 特定遺贈:「〇〇銀行の預金のうち1,000万円を〇〇財団に遺贈する」のように、対象の財産を特定する方法です。受け手は指定された財産だけを受け取ります。
    • 包括遺贈:「財産の3分の1を〇〇法人に遺贈する」のように、割合で指定する方法です。民法上、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を持つとされるため、借入金などの債務も割合に応じて引き継ぎ、遺産分割の協議にも加わることになります。

    受け手の団体から見ると、包括遺贈は債務の引継ぎや遺産分割への参加という負担を伴います。そのため、金銭による特定遺贈を基本とし、不動産などは換価してから寄附する形(いわゆる清算型の遺贈)を指定する例が多く見られます。不動産や非上場株式の現物は受け入れていない団体もあるため、書く前に受け手の方針を確認しておくことが大切です。

    なお、受遺者は遺言者の死亡後いつでも遺贈を放棄できるとされています。受け手が受け取れない財産を指定すると、本人の想いが実現しないまま終わることもあります。

    遺贈寄附にかかる税金

    遺贈寄附の税務は、「どの財産を」「誰が寄附するか」によって変わります。ここでは、オーナーが特に押さえておきたい3つの論点を整理します。

    1. 相続税:寄附した部分は家族の課税対象から外れる

    遺贈によって財産を受け取った法人は、原則として相続税の納税義務者にはなりません(相続税法第1条の3は、納税義務者を個人として定めています)。遺贈寄附した財産は家族が取得しないため、その分は家族の相続税の課税対象に含まれない、というのが基本的な考え方です。

    ただし、受け手が一般財団法人などの持分の定めのない法人で、寄附によって寄附者の親族等の相続税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合には、その法人を個人とみなして相続税が課される仕組みがあります(相続税法第66条第4項)。家族が役員を占める法人に遺贈する場合は、特に注意が必要です。

    2. 所得税:不動産・株式の遺贈には「みなし譲渡」がある

    含み益のある不動産や株式を法人に遺贈すると、亡くなった本人がその財産を時価で譲渡したものとみなされ、値上がり益に所得税がかかるのが原則です(国税庁タックスアンサーNo.3105)。この所得税は、相続人が本人に代わって行う準確定申告で納めることになり、実質的には家族の負担になります。

    公益法人等への遺贈で一定の要件を満たし、国税庁長官の承認を受けた場合には、この所得税を非課税とする特例があります(租税特別措置法第40条)。国税庁によれば、遺贈の場合の承認申請は遺贈をした人の相続人と包括受遺者が行い、期限は原則として寄附の日から4か月以内(その前に準確定申告の期限が来る場合はその期限まで)です。

    承認の要件には、寄附財産が原則として2年以内に受け手の公益目的事業に直接使われることなどが含まれます。たとえば、賃貸用の建物を遺贈して受け手がそのまま賃貸し、賃料を活動に充てる形は、「直接使われた」とは扱われないとする解説もあります。現物の遺贈は、受け手がその財産を何に使うかまで決めておく必要があるということです。金銭の遺贈であれば、みなし譲渡の問題は生じません。

    3. 相続人が相続財産を寄附する場合の特例

    遺言がなくても、相続人が本人の希望を受けて、相続した財産を寄附することができます。相続や遺贈で取得した財産を、相続税の申告期限までに国・地方公共団体や公益財団法人などの一定の法人に寄附した場合、または公益信託の信託財産とするために支出した場合には、その財産を相続税の課税対象としない特例があります(租税特別措置法第70条、国税庁タックスアンサーNo.4141)。

    この特例には、次のような条件があります。

    • 寄附先は、公益社団法人・公益財団法人、社会福祉法人、認定NPO法人など一定の法人に限られ、公益認定を受けていない一般財団法人は含まれません
    • 寄附を受けた法人が、2年以内に対象法人でなくなったり、財産を公益目的の事業に使っていなかったりする場合は適用されません
    • 寄附した人や親族が、寄附先を通じて特別の利益を受けている場合は適用されません
    • 相続税の申告書に、寄附した財産の明細書など一定の書類を添付する必要があります

    この特例は、寄附の時点ですでに設立されている法人が対象とされています。「相続後に家族で財団を設立して寄附する」という形では使えない点に注意が必要です。また、相続人の判断に委ねる方法であるため、本人の想いを確実に実現したい場合は、遺言で指定しておくほうが確実です。

    受け手をどう選ぶか

    遺贈寄附の受け手を選ぶときは、想いに合う活動をしているかに加え、次の点を確認しておくと安心です。

    • 法人の種類:公益財団法人、認定NPO法人、学校法人、地方公共団体など。法人の種類によって、税の特例の対象になるかどうかが変わります。
    • 遺贈の受入方針:金銭のみか、不動産や有価証券も受け入れるか。換価の手間を受け手が担えるか。
    • 使途の指定:特定の事業や地域に使ってほしい場合、その指定を受け入れてもらえるか。基金や冠の名称を付けられるか。
    • 継続性:遺言を書いてから実際に寄附が行われるまで、何年も空くことがあります。受け手の活動が続いていくか、定期的に見直すことが大切です。

    可能であれば、遺言を書く段階で受け手と事前に相談し、受入れの可否や手続の流れを確認しておくと、死後の行き違いを減らせます。

    家族への配慮と遺留分

    遺贈寄附は、本人の財産を本人の意思で処分するものです。ただし、家族がいる場合には、遺留分に配慮する必要があります。

    民法では、兄弟姉妹以外の相続人に遺留分が認められており、その割合は、直系尊属のみが相続人の場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1とされています(これに各自の法定相続分を掛けた割合が、各相続人の遺留分になります)。兄弟姉妹には遺留分がありません。

    遺留分を侵害する遺贈があった場合、遺留分を持つ相続人は、受遺者に対して遺留分侵害額に相当する金銭を請求できます。この請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する遺贈があったことを知った時から1年、または相続開始の時から10年を経過すると行使できなくなります。

    寄附を受けた団体が家族から請求を受けるのは、本人が最も望まない展開でしょう。寄附の割合を決める際は、家族の生活に必要な財産と遺留分を先に確保し、その外側で寄附額を決めるのが基本です。遺言の中に、寄附を選んだ理由や家族への想いを書き添えておく(付言事項)ことも、家族の理解を得るうえで役立ちます。

    遺言の形式と執行の準備

    遺贈寄附は遺言があって初めて実現するため、遺言が確実に見つかり、確実に執行されることが重要です。

    • 遺言の形式:公正証書遺言のほか、自筆証書遺言を法務局で保管する制度もあります。保管制度では、遺言者の死亡後に、遺言者があらかじめ指定した人へ保管の事実を通知する仕組みも設けられています。
    • 遺言執行者の指定:遺言では、遺言を実行する遺言執行者を指定できます。寄附先への連絡、財産の換価、引渡しまでを担う人を決めておくと、家族の負担を軽くできます。
    • 財産の特定:口座や不動産の表示を正確に書き、財産の内容が変わったときは遺言を見直します。

    遺言と民事信託(いわゆる家族信託)をどう組み合わせるかは、関連記事「遺言と家族信託の使い分け」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    • 金額より先に「割合」と「順番」を決める:家族の生活資金・納税資金・遺留分を確保した後に、寄附に回す部分を決めます。
    • 現物は「使い道」とセットで考える:不動産や株式は、みなし譲渡と非課税の特例の要件を踏まえ、換価して寄附するか現物で寄附するかを決めます。
    • 納税資金を確認する:遺贈寄附で家族の相続税は減りますが、準確定申告の所得税が生じる場合は、その資金をどこから出すかも確認します。
    • 相続人がいない場合は特に早めに:子や兄弟姉妹がいない場合、遺言がなければ財産が最終的に国庫に帰属することもあります。この点は関連記事「相続人がいない場合、財産はどうなるか」で扱っています。

    AEGISの視点

    遺贈寄附は「財産が残ったら寄附する」ものと考えられがちです。しかしAEGISは、遺贈寄附を相続設計の一部として、最初から「何を、誰に、どれだけ遺すか」の中に位置付けるものと考えています。

    家族に渡す財産、会社や事業に残す財産、社会に遺す財産。この3つを同じ一枚の上に並べると、遺留分や納税資金とのぶつかり方、現物で遺すか換価して遺すかといった判断が具体的になります。逆に、寄附だけを切り離して遺言に書き込むと、家族の手続や税負担が想定外に重くなることもあります。

    もう一つ大切なのは、寄附の理由を言葉にすることです。なぜその団体なのか、なぜその割合なのか。その説明が家族に届いていれば、遺贈寄附は家族にとっても誇りになり得ます。財産を遺す行為を、想いを引き継ぐ行為に変えることが、遺贈寄附の本当の価値だとAEGISは考えています。

    遺贈寄附に伴う財産評価やみなし譲渡、相続税の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 遺贈寄附とは、遺言によって亡くなった後に財産の一部を公益法人・NPO法人などに寄附することです。
    • 受け手の負担を考え、金銭による特定遺贈や、換価してから寄附する形が多く使われます。包括遺贈では受け手が債務も引き継ぎます。
    • 不動産や株式を法人に遺贈すると本人にみなし譲渡課税が生じ得ますが、国税庁長官の承認を受けた場合の非課税の特例があります(申請は原則4か月以内)。
    • 相続人が相続税の申告期限までに一定の法人へ相続財産を寄附した場合の非課税の特例もありますが、対象法人や2年以内の使用などの条件があります。
    • 家族がいる場合は、遺留分と家族の生活資金を先に確保し、寄附の理由を伝えておくことが大切です。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 遺贈寄附は、少額でもできますか?

    できます。遺言で特定の金額を指定する方法であれば、財産の規模にかかわらず利用できます。受け手の団体によっては最低額や受入れの条件を設けている場合もあるため、事前に確認しておくと安心です。

    Q. 遺言を書いた後に、寄附先を変えることはできますか?

    遺言は、本人がいつでも新しい遺言を作ることで変更や撤回ができます。受け手の活動内容や本人の考えが変わることもあるため、数年ごとに内容を見直すことが望まれます。

    Q. 自宅などの不動産をそのまま寄附できますか?

    受け手が不動産の受入れに応じれば可能ですが、受け入れていない団体も少なくありません。また、法人への遺贈はみなし譲渡の対象となり、非課税の特例を受けるには、受け手がその不動産を公益目的の事業に直接使うことなどの要件があります。換価して金銭で寄附する方法とあわせて比較することをおすすめします。

    Q. 遺言がなくても、家族が代わりに寄附すれば同じ効果がありますか?

    相続人が相続税の申告期限までに一定の法人へ寄附すれば、その財産を相続税の対象外とする特例があります。ただし、寄附するかどうかは相続人の判断になり、寄附先も既存の一定の法人に限られます。本人の想いを確実に実現したい場合は、遺言で指定しておく方が確実です。

    Q. 寄附先の団体が遺留分の請求を受けることはありますか?

    あります。遺贈が相続人の遺留分を侵害している場合、遺留分を持つ相続人は受遺者である団体に金銭の支払いを請求できます。寄附の割合を決める前に遺留分を計算し、家族と話し合っておくことが、団体と家族の双方を守ることにつながります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 家族信託と遺言:家族信託と遺言を活用し、資産の管理と承継の体制を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『令和2年版 租税特別措置法第40条関係通達逐条解説』大野隆太 編、大蔵財務協会