ネット銀行やネット証券、暗号資産、スマートフォンで管理する各種サービス——こうしたデジタル資産は、紙の通帳や郵送物が残らないため、本人が亡くなると家族が存在に気付けないことがあります。気付かれないまま相続税の申告期限を過ぎれば申告漏れとなり、暗号資産のように本人しか管理方法を知らない財産は、存在が分かっても手が届かないこともあります。
結論から言えば、デジタル資産への備えは、「何があるか」を家族が分かる一覧と、「どうすれば手続ができるか」の手掛かりを、パスワードそのものとは分けて残しておくことが基本です。
この記事では、デジタル資産の相続で起こりやすい問題と、生前にできる具体的な準備を整理します。
デジタル資産とは
この記事では、インターネット上で口座や契約を管理し、紙の通帳や証書が手元に残りにくい財産や契約を「デジタル資産」と呼びます。大きく分けると、次の3つです。
- 金融資産:ネット銀行の預金、ネット証券の株式・投資信託、暗号資産、電子マネーの残高など
- 継続的な契約:動画・音楽などのサブスクリプション、クラウドサービス、各種の会員サービスなど
- データ・アカウント:写真や文書のデータ、メールやSNSのアカウントなど
相続税の対象になるのは、主に1の金融資産です。相続税は、現金・預貯金・有価証券など金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものにかかり(国税庁 No.4105)、ネット上の口座であるかどうかで扱いは変わりません。暗号資産も、相続や贈与で取得した場合は相続税・贈与税の対象になります(国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」)。
デジタル資産の相続で起こりやすい問題
| 種類 | 家族が困りやすいこと | 残しておきたい手掛かり |
|---|---|---|
| ネット銀行・ネット証券 | 郵送物がなく、口座の存在に気付けない | 金融機関名、支店名・口座の種類、登録メールアドレス |
| 暗号資産 | 交換業者の口座か、自分で管理するウォレットかが分からない。管理方法が分からず手が届かない | 利用している交換業者名、自己管理の有無と保管場所の手掛かり |
| 電子マネー・ポイント | 残高があっても気付かない、手続の可否が分からない | サービス名、残高の目安 |
| サブスク・会員契約 | 解約されず、引落しが続く | サービス名、支払方法(どのカード・口座か) |
| データ・アカウント | 大切な写真や仕事のデータを取り出せない | 残したいデータの保存先、家族に引き継ぎたいかどうか |
※AEGISが整理したものです。
気付かれない財産は申告漏れになる
ネット証券などは、定期的な取引報告が郵送されず、電子交付だけの場合があります。家族が口座の存在を知らなければ、相続税の申告から漏れてしまいます。申告後に見つかれば修正申告が必要になり、加算税や延滞税がかかることもあります。相続税の申告と納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。
上場株式などは、証券保管振替機構に対して相続人が登録情報の開示を請求し、口座を開設している証券会社等を調べる方法があります。ただし、手続には時間がかかり、すべての財産が対象になるわけではありません。生前に一覧を残しておく方が、家族の負担ははるかに小さくなります。
暗号資産は「存在」と「管理方法」の両方が必要
暗号資産を国内の暗号資産交換業者の口座で保有している場合は、相続人が交換業者に相続手続を申し出ることになります。国内で暗号資産と法定通貨の交換サービスを提供する事業者は、金融庁の登録が必要とされています(金融庁)。
一方、本人が自分でウォレットを管理している場合は、その管理に必要な情報が失われると、相続人であっても資産を動かせなくなるおそれがあります。「どこにあるか」に加え、「どう管理していたか」の手掛かりを残すことが特に重要です。
暗号資産の評価と、相続後に売却したときの税金
相続税の計算では、暗号資産は課税時期(亡くなった日)の取引価格で評価します。国税庁のFAQでは、価格等公表者が公表する課税時期の最終の売買価格や、暗号資産交換業者が公表する取引価格をもとに評価する考え方が示されています。
また、相続人が相続した暗号資産を後で売却した場合、その利益は所得税の対象になります。このときの取得価額は、被相続人が選択していた方法により評価した金額を引き継ぐ考え方がとられています(国税庁FAQ)。相続人が取引履歴を確認できるよう、利用していた交換業者や取引の記録の所在も分かるようにしておくと安心です。
生前にできる準備
1. デジタル資産の一覧をつくる
まず、デジタル資産の一覧を作成します。一覧に書くのは、サービス名、金融機関・交換業者名、登録メールアドレス、おおよその残高、家族にどうしてほしいかです。
- 金融資産:口座を閉じて相続財産として分けてほしい
- サブスク・会員契約:解約してほしい
- データ:残してほしいもの、消去してほしいもの
複数の会社や不動産を保有している場合は、会社・不動産・金融資産の一覧とあわせて管理すると、家族が全体像をつかみやすくなります。
2. ID・パスワードは一覧と分けて管理する
一覧にパスワードまで書き込むと、一覧が第三者の目に触れたときの危険が大きくなります。おすすめしたいのは、次のように「何があるか」と「どう開けるか」を分ける方法です。
- 一覧には、サービス名と、パスワードの保管場所(どこに、どのような形で保管しているか)だけを書く
- パスワード自体は、信頼できる家族だけが取り出せる場所に保管する
- スマートフォンやパソコンのロック解除の方法を、信頼できる家族と共有しておく
なお、家族であっても、本人のIDとパスワードを使って本人になりすまして手続を行うことは、各サービスの利用規約上認められていないことがあります。パスワードは「存在の確認」や「データの取り出し」の手掛かりと考え、金融資産の相続手続は、各社の相続手続の窓口を通して行うのが基本です。
3. 遺言と組み合わせる
デジタル資産を誰に渡すかを決めておきたい場合は、遺言に記載する方法があります。法務局で自筆証書遺言を保管する制度では、遺言者が亡くなった後に、あらかじめ指定した人(最大3名)に遺言書が保管されていることを通知する仕組みも設けられています(法務省)。遺言には財産の帰属を、一覧には手続の手掛かりを、と役割を分けると整理しやすくなります。
4. 定期的に見直す
デジタル資産は、口座の開設や解約、サービスの乗り換えが手軽にできる分、一覧がすぐに古くなります。年に一度、たとえば確定申告や誕生日の時期などに、一覧を更新する習慣をつけておくと安心です。
相続が起きた後に家族が確認したいこと
一覧が残されていない場合でも、家族が手掛かりを集める方法はあります。
- スマートフォンやパソコン、メール:金融機関や交換業者からの通知メール、インストールされているアプリ
- 預金通帳やクレジットカードの明細:ネット口座への送金、サービスの利用料の引落し
- 確定申告書などの税務書類:暗号資産や株式の取引による所得の申告の有無
- 金融機関への照会:心当たりのある金融機関に、相続人として残高証明書の発行を依頼する
いずれも時間がかかるため、相続税の申告期限から逆算して早めに着手することが大切です。
実務上注意したいポイント
- 少額の口座も一覧に入れる:残高が少なくても、相続手続が必要になることがあります。使っていない口座は、生前に解約して整理しておくことも検討に値します。
- 支払方法をセットで記録する:サブスクの多くはクレジットカードや口座引落しで支払われています。カードや口座を止めるだけでは、契約が残ったままになることがあります。
- 事業用のアカウントを分けて考える:オーナーが会社や個人事業のアカウントを個人名義で管理している場合、事業の継続に支障が出ることがあります。事業用の管理権限は、会社の担当者にも引き継げる体制にしておきます。
- 評価と申告のために記録を残す:暗号資産やネット証券の取引の記録は、相続税の評価や相続後の所得税の計算に必要になります。
AEGISの視点
デジタル資産の備えは、パスワードの管理の問題と思われがちです。しかしAEGISは、これを「家族が財産の全体像にたどり着けるようにする、情報の承継」の問題と捉えています。
相続対策では、財産の評価や分け方に目が向きがちですが、その前提は「何があるか」が家族に分かっていることです。デジタル資産は、その前提が崩れやすい財産です。一覧があれば、家族は申告期限の中で落ち着いて手続を進めることができ、申告漏れや資産の喪失を防ぐことができます。
また、資産の規模が大きいほど、ネット証券や暗号資産、海外のサービスなど、管理する口座は増えていく傾向にあります。一覧づくりは、財産の全体を見直し、使っていない口座を整理するよい機会にもなります。
財産全体の一覧の作り方は関連記事「複数の会社・資産にまたがる財産の整理」で、遺言の方式の選び方は「公正証書遺言・自筆証書遺言・法務局保管の比較」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。
サブスク契約の解約など、亡くなった後の事務を誰に任せるかについては、関連記事「死後事務委任契約とは」もあわせてご覧ください。
相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。
まとめ
- ネット銀行・ネット証券・暗号資産などのデジタル資産も、相続税の対象です。郵送物がないため、家族が存在に気付けないことが最大の問題です。
- 暗号資産は、亡くなった日の取引価格で評価します。自分でウォレットを管理している場合は、管理方法の手掛かりがなければ手が届かないおそれがあります。
- 生前の準備は、デジタル資産の一覧をつくり、ID・パスワードは一覧と分けて管理することが基本です。
- 金融資産の相続手続は、各社の相続手続の窓口を通して行います。財産の帰属は遺言で、手続の手掛かりは一覧で残すと整理しやすくなります。
- 一覧は年に一度など、定期的に見直すことが大切です。
よくある質問
Q. ネット銀行の口座が見つからないまま申告してしまったら、どうなりますか?
後から口座が見つかった場合は、修正申告をして不足する税額を納めることになります。状況に応じて加算税や延滞税がかかることがあります。口座の存在を家族が把握できるよう、生前に一覧を残しておくことが最も確実な対策です。
Q. 暗号資産は、相続税の計算でどのように評価しますか?
原則として、亡くなった日(課税時期)の取引価格で評価します。国税庁のFAQでは、価格等公表者が公表する最終の売買価格や、暗号資産交換業者が公表する取引価格をもとに評価する考え方が示されています。具体的な評価は、保有する暗号資産の種類や取引の状況によって確認が必要です。
Q. パスワードを遺言に書いておけばよいですか?
遺言は、財産を誰に渡すかを定めるものであり、パスワードの伝達には向きません。遺言は相続人などが内容を確認するため、パスワードを書くと情報管理の面で不安が残ります。パスワードは、一覧とも分けて、信頼できる家族だけが取り出せる形で保管する方法をおすすめします。
Q. サブスク契約は、相続人が解約しなければなりませんか?
契約が続いていれば料金の引落しが続くため、相続人が解約手続を行うのが一般的です。誰が手続を担うかを生前に決めておく方法として、亡くなった後の事務を第三者に任せる契約を結んでおくこともあります。一覧にサービス名と支払方法を書いておくだけでも、家族の負担は大きく変わります。
Q. 家族にデジタル資産の内容を知られたくない場合はどうすればよいですか?
一覧の内容をすべて生前に共有する必要はありません。一覧の保管場所だけを信頼できる家族や専門家に伝え、亡くなった後に確認してもらう方法もあります。プライバシーと家族の負担のバランスを考えながら、伝える範囲を決めておくとよいでしょう。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国税庁 タックスアンサー No.4105「相続税がかかる財産」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4105.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 タックスアンサー No.4205「相続税の申告と納税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱い及び計算書について(令和7年12月)」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/shotoku/kakuteishinkokukankei/kasoutuka/index.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/virtual_currency_faq_03.pdf
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