「後継者が決まらないから、事業承継の話はまだ先」——そう考えているオーナーは少なくありません。しかし、事業承継の準備の多くは、誰に継ぐかが決まっていなくても進められるものです。
むしろ、後継者が未定の期間こそ、承継先が親族であっても、社内の役員・従業員であっても、社外の第三者であっても共通して必要になる「土台づくり」に集中できる時期です。この記事では、後継者が決まる前に整えておきたい準備を6つに整理して解説します。
結論:後継者未定でも「継げる会社」にする準備はできる
後継者が決まる前にできる準備は、大きく言えば次の3つの方向に分けられます。
- 会社を知る:自社の強み、社長に依存している部分、財務や株主の状況を見える化する
- 会社を整える:経営体制や財務を磨き上げ、誰が引き継いでも経営できる状態に近づける
- 境界を整える:会社とオーナー個人の財産・債務・保証の関係を整理する
これらは、後継者候補にとって「引き継ぎたい」と思える会社にすることでもあり、結果として後継者の選択肢を広げることにもつながります。
中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」でも、事業承継に向けたステップとして、計画策定や承継の実行の前に「経営状況・経営課題等の把握(見える化)」と「事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)」を位置付けています。
準備1:社長に依存している部分を書き出す
中小企業では、取引先との関係、技術やノウハウ、重要な判断の多くが社長個人に集中していることがあります。こうした要素は、決算書には表れませんが、事業の価値そのものです。
まず取り組みたいのは、次のような項目を書き出すことです。
- 社長が直接担っている取引先・金融機関との関係
- 社長しか知らない業務の手順や判断基準
- 社長の承認がなければ動かない意思決定
- 会社の強みが「人」に依存しているのか、「仕組み」として組織に根付いているのか
ポイントは、特定の個人と一緒に去ってしまう強みと、仕組みとして会社に定着している強みを見分けることです。前者が多いほど、承継には時間がかかります。後継者が決まる前から、属人的な強みを少しずつ組織の仕組みへ移していくことが、承継をスムーズにします。
準備2:経営と財務を磨き上げる
「磨き上げ」とは、事業承継に向けて会社の価値や経営の安定性を高める取り組みです。事業承継ガイドラインでも、本業の競争力強化や経営体制の総点検などが例示されています。
後継者が未定の段階で特に意識したいのは、次の点です。
- 決算の透明性:会社の実態が決算書から読み取れる状態か。私的な支出と事業の支出が混在していないか
- 組織の役割分担:役員・幹部社員の職務や権限が明確か
- 事業の将来性:今後も収益を生む事業と、見直しが必要な事業を区別できているか
親族が継ぐ場合でも、社内の人材が継ぐ場合でも、社外へ引き継ぐ場合でも、「中身が分かり、仕組みで回る会社」は評価されやすく、引き継ぐ側の不安も小さくなります。
準備3:株主構成を把握し、分散を防ぐ
後継者が誰であれ、会社を安定して経営するには、一定の議決権を確保する必要があります。株主総会の普通決議(役員の選任など)は原則として出席株主の議決権の過半数、特別決議(定款変更など)は原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です(会社法309条・341条)。
後継者が決まる前に確認しておきたいのは、次のような点です。
- 株主名簿に記載された株主と、実際の出資者が一致しているか(いわゆる名義株の有無)
- 親族、元役員、取引先などに株式が分散していないか
- 定款に、株式の譲渡制限や、相続人等に対する売渡請求の定めがあるか
株式は、相続のたびに分散が進む傾向があります。分散した株式を後から集約するには、相手方との交渉や買取資金が必要になり、時間がかかります。後継者が決まってから集約を始めるのでは間に合わないことがあるため、早めに状況を把握しておくことが大切です。
準備4:会社と個人の財産・債務の関係を整理する
オーナー企業では、会社と個人の財産が入り組んでいることが珍しくありません。
| 確認したい関係 | 承継時に起こり得ること |
|---|---|
| 会社が使う土地・建物をオーナー個人が所有している | 株式とは別に不動産の承継先を決める必要がある |
| オーナーから会社への貸付金がある | 貸付金は相続財産となり、後継者以外の相続人が取得することもある |
| 会社の借入れにオーナーが経営者保証をしている | 後継者が保証を引き継ぐかどうかが論点になる |
経営者保証については、事業承継ガイドラインでも後継者にとって承継の障害になり得ることが指摘されており、金融機関向けには事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則も設けられています。保証の内容や解除の可能性は、金融機関との関係も含めて早めに確認しておきたい項目です。
準備5:自社株式の評価額と相続税のおおよその水準を知る
自社株式の評価額は、業績や会社の財産の状況によって変動します。評価額を知らないまま時間が経つと、業績が良いほど評価額が上がり、後から対策の選択肢が狭まることがあります。
後継者が決まる前の段階では、精緻な計算までは必要ありません。次の2点を把握しておくだけでも、判断の材料になります。
- 現時点での自社株式のおおよその評価額と、その主な要因
- オーナー個人に相続が発生した場合の相続税のおおよその水準と、納税資金の見通し
なお、相続税の申告・納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。万一に備えるという意味でも、現状の水準を知っておくことには意味があります。
準備6:承継の選択肢と「後継者に求める条件」を言葉にする
後継者が決まらない理由の一つは、オーナー自身が「どのような人に継いでほしいか」を整理しきれていないことにあります。
- 経営者としてどのような資質・経験を求めるか
- 経営を任せる人と、株式を持つ人は同じである必要があるか
- 親族、社内の役員・従業員、社外の第三者のうち、どの選択肢を排除しないか
事業承継ガイドラインでも、後継者がいない場合の選択肢としてM&Aなどの社外への引継ぎが示されています。最初から選択肢を狭めず、それぞれの可能性を並べて比較できる状態にしておくことが、後の判断を楽にします。
実務上注意したいポイント
- 準備を「後継者探し」と同一視しない:上記の準備は、後継者が誰になっても無駄になりません。
- 税金の対策だけを先行させない:株価を下げる対策などを先に実行すると、承継方針が決まった後に組み直しが必要になることがあります。
- 期限のある制度を意識する:法人版事業承継税制(特例措置)を利用するには、令和9年(2027年)9月30日までに特例承継計画を都道府県に提出する必要があります(中小企業庁)。利用の可能性があるなら、後継者の目処とあわせて早めに検討しておきたいところです。
- 万一の事態に備える:オーナーが急に経営できなくなった場合に、誰が会社の意思決定を担い、株式の議決権をどう行使するのかも、後継者が未定の段階から考えておくべき論点です。
AEGISの視点
後継者が決まらない期間を、AEGISは「所有と経営の形を、白紙から考え直せる貴重な時間」と捉えています。
後継者が決まると、多くの場合「その人に株式も経営もすべて渡す」前提で話が進みます。しかし本来、会社を率いる人と、会社を所有する主体は、同じである必要はありません。経営は社内の人材に任せ、株式は家族が保有し続ける。あるいは、会社の不動産は資産管理会社が持ち、事業会社は身軽にする。事業を通じて得た価値の一部を、財団などを通じて社会に還元していく——こうした設計は、後継者が決まってからでは選びにくく、時間のある今だからこそ検討できるものです。
どの形が適しているかは、事業の性質や家族の状況によって大きく異なります。大切なのは、後継者が決まるのを待つのではなく、どのような人が現れても引き継げる会社と所有の形を、オーナー自身が先に描いておくことです。
事業承継の全体像や整理の順番については、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。
まとめ
- 事業承継の準備の多くは、後継者が決まる前から進められます。
- 「会社を知る」「会社を整える」「会社と個人の境界を整える」の3方向で準備するのが基本です。
- 株主構成の整理や経営者保証の確認は、時間がかかるため早めの着手が重要です。
- 後継者に求める条件や承継の選択肢を言葉にしておくことが、後継者選びを前に進めます。
- 準備の内容や優先順位は、会社と家族の状況によって異なります。
よくある質問
Q. 後継者がいない場合、廃業するしかないのでしょうか?
そうとは限りません。親族以外にも、社内の役員・従業員や、M&Aによる社外への引継ぎといった選択肢があります。事業承継ガイドラインでも、後継者がいない場合の選択肢としてM&A等が示されています。どの選択肢が現実的かを比較するためにも、会社の見える化や磨き上げを先に進めておくことが有効です。
Q. 後継者が決まる前に、自社株式を贈与しておいたほうがよいですか?
承継先が決まっていない段階で株式を移すと、後から経営権の集中が難しくなるおそれがあります。まずは評価額と株主構成を把握し、方針が定まった段階で移転の方法や時期を検討するのが一般的な順番です。具体的な判断は個別事情によって異なります。
Q. 分散している株式は、どのように集約すればよいですか?
株主との合意による買取り、会社による自己株式の取得、定款の定めに基づく相続人等への売渡請求などの方法が考えられます。ただし、それぞれ手続きや税務上の取扱い、買取資金の確保といった論点があるため、株主構成と会社の状況を踏まえて検討する必要があります。
Q. 会社が使っている不動産をオーナー個人が持っている場合、何に注意すべきですか?
株式を後継者に渡しても、不動産が別の相続人に渡ると、会社が事業用不動産を使い続けられるかが不安定になることがあります。不動産の所有者を誰にするか、会社との賃貸借の条件をどうするかを、株式の承継とあわせて考えておくことが大切です。
Q. 準備は何から手を付けるのが現実的ですか?
まずは、株主名簿と定款、直近の決算書、オーナー個人の主な財産と保証の一覧をそろえることから始めるのが現実的です。資料がそろうと、どこに課題があるかが見えやすくなります。
関連するAEGISのソリューション
この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。
- 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。
- 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分と、社会貢献の形を一つの設計として検討します。
- 事業オーナーの方へ:会社と株式、ご家族の承継を一つの計画として整理する、AEGISの支援の流れをまとめています。
参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(令和4年3月改訂)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf
確認日:2026-10-07 - 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)について」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
確認日:2026-10-07 - 国税庁 タックスアンサー No.4205「相続税の申告と納税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
確認日:2026-10-07 - e-Gov法令検索「会社法」(施行日2026-08-12版)
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
確認日:2026-10-09
その他参考資料
- 一般社団法人全国銀行協会「経営者保証に関するガイドライン」
https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/
確認日:2026-10-07
