投稿者: AEGIS

  • 次世代教育をどう進めるか|子や孫に家業と家の財産を「何歳から、何を、どう」伝えるか

    次世代教育をどう進めるか|子や孫に家業と家の財産を「何歳から、何を、どう」伝えるか

    家業や家の財産についての次世代教育は、「後継者を育てること」と「財産を受け継ぐ家族を育てること」を分けて考えるのが出発点です。会社を継ぐのは一人でも、株式や不動産、金融資産は、将来、複数の子や孫に受け継がれていく可能性があるからです。

    この記事の結論は次のとおりです。

    • 伝える内容は、年代に応じてお金の感覚 → 家業の理解 → 株主としての責任 → 相続の仕組みの順に深めていくと無理がありません。
    • 家業を継ぐかどうかの話と、財産を受け継ぐ家族としての教育は切り離して進めます。継がない選択をした子にも、株主や相続人としての学びは必要です。
    • 家族会議への参加は、見学 → 報告を聞く → 意見を言う → 議題を持つと段階的に広げ、家業以外の場での経験も大切にします。

    なぜ次世代教育が必要なのか

    「継ぐのが当たり前」ではなくなった

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」は、事業承継に占める親族内承継の割合が大きく落ち込んでいることを指摘し、その背景として、事業の将来性への不安や、家業にとらわれない職業選択など、子ども側の多様な価値観の影響を挙げています。子どもが家業を継ぐかどうかは、親が決めることではなく、子ども自身が選ぶことになっています。

    だからこそ、選ぶための材料を早くから渡しておくことが大切です。家業のことも、家の財産のことも何も知らされないまま成人した子どもは、「継ぐか、継がないか」を判断する手がかりを持てません。

    後継者の育成には時間がかかる

    同じガイドラインは、後継者候補が経営者になるために必要だと思う準備期間について、5年以上との回答が約5割を占めるという調査結果を紹介し、後継者教育には十分な期間を準備する必要があるとしています。経営に必要な知識や経験は短期間では身に付かないため、逆算すると、子どもが社会に出る前後から準備が始まることになります。

    継がない子も、いずれ「株主」や「相続人」になる

    後継者に株式を集中させる設計をしても、他の子には遺留分があり、相続の結果として株式の一部や財産が後継者以外の子に移ることは珍しくありません。会社に関わらない子が株主になったとき、配当や会社の情報の受け止め方を知らなければ、行き違いが生まれやすくなります。次世代教育は、後継者だけでなく家族全員を対象にすることに意味があります。

    年代別に「何を、どう」伝えるか

    AEGISでは、次世代に伝える内容を4つのテーマに分け、年代に応じて深めていくことをおすすめしています。下の表は一つの目安です。家族の状況や子どもの性格に合わせて調整してください。

    年代の目安お金の感覚家業の理解株主としての責任相続の仕組み
    小学生までお小遣いのやりくり、働くことと対価親の仕事場を見る、会社の商品やサービスに触れる——
    中学・高校生貯蓄と投資の基本、家計の考え方会社の歴史、創業の経緯、地域や取引先とのつながり会社は誰のものか、株主・経営者・従業員の違い家族のつながりと、財産が受け継がれていくこと
    18歳から20代前半自分名義の財産の管理、契約の責任決算書の読み方の入口、インターンや職場体験株主の権利と責任、配当と議決権、株式の譲渡制限遺言・遺留分・相続税の基本的な仕組み
    20代後半以降資産全体の見方、借入れと保証の意味家業での勤務または他社での経験を踏まえた理解家族の株主としての方針への参加家族の財産の全体像と、自分に関わる承継の見通し

    小学生まで:働くことの意味を体験で伝える

    この時期は、制度や数字を教えるよりも、親が何のために働いているのかを体験として伝えることが中心です。休日に仕事場を見せる、会社の商品を一緒に使ってみる、といった小さな機会の積み重ねが、家業への関心の土台になります。

    中学・高校生:家族と会社の歴史を物語として伝える

    創業の経緯や、会社が苦しかった時期をどう乗り越えたかといった歴史は、子どもにとって家族の物語でもあります。財産の金額よりも、その財産や会社がどのような努力の上にあるのかを伝えることが、後に財産を受け継ぐときの姿勢につながります。

    18歳から:一人の大人として法律上の責任が生まれる

    民法では18歳で成年となります(民法第4条)。未成年の間は、子どもの財産は親権者が管理し、財産に関する法律行為も親権者が子を代表して行います(民法第824条)。18歳を過ぎれば、子ども自身が契約の当事者となり、株主であれば自ら議決権を行使する立場になります。

    税金の面でも、たとえば贈与税の相続時精算課税は、原則として贈与を受けた年の1月1日に18歳以上の子や孫などが対象です(国税庁 タックスアンサーNo.4103)。成年は、家の財産について「知らされる側」から「自分で判断する側」に変わる節目だといえます。

    子どもの名義の財産は、本人が知っていることが前提

    相続対策として子どもや孫の名義で預金や株式を持たせている家族もあります。しかし、贈与は、あげる側の意思表示と、もらう側の受諾によって成立する契約です(民法第549条)。本人が財産の存在を知らず、実際の管理も親が続けているような場合には、その財産が本当に子どものものなのかが、後に相続の場面で問題になることがあります。子どもが成長した段階で、名義の財産について説明し、管理を引き継いでいくことは、次世代教育の一部でもあります。

    株主としての責任は「権利」と「約束」をセットで伝える

    非上場の同族会社の株式は、上場株式のように自由に売ることができないのが一般的です。多くの会社では定款で株式の譲渡に会社の承認を必要としており、相続人に株式の売渡しを求める定め(会社法第174条)を置く会社もあります。次世代に株式の話をするときは、配当を受け取る、議決権を行使するといった権利だけでなく、次の点もあわせて伝えておくと、後の行き違いを防ぎやすくなります。

    • 会社の株式を家族の外に出さないために、どのようなルールがあるのか
    • 家族として議決権をどう行使してきたのか、その考え方は何か
    • 配当や会社からの情報提供について、家族の中でどのような方針があるのか

    家業以外の道を選ぶ子への接し方

    家業を継がない選択をした子に対して、親が落胆を隠せないこともあるでしょう。しかし、本人が自分で選んだ道でなければ、たとえ家業に入っても困難な場面で踏ん張る力が生まれにくいものです。後継者の育成に関する専門書でも、後継者が自らの人生の選択として事業を継ぐと決めることの重要性が指摘されています。

    継がない子との関係で意識したいのは次の点です。

    • 選択を尊重したうえで、家族としての関わり方を話し合う:会社に関わらなくても、株主や相続人として家族の一員であることは変わりません。
    • 家業の情報を閉ざさない:継がないと決めた子を家族会議から外すと、将来株主になったときに会社の状況を知る機会がなくなります。
    • 他の分野での挑戦を応援する:家業以外で起業したい、学びたいという子を一族としてどう支援するかを考える家族もあります。考え方は関連記事「家業を継がず起業する子をどう支援するか」や「一族の資金で次世代の起業や学びを支援する仕組み」で取り上げています。

    家族会議への参加を段階的に広げる

    家族会議は、次世代教育の最も実践的な場です。いきなり大人と同じ立場で参加させるのではなく、段階を踏むと無理がありません。

    1. 見学:行事や近況共有の回に参加し、家族が集まって話し合う雰囲気に触れる。
    2. 報告を聞く:会社の業績や家の財産の状況についての説明を聞き、分からないことを質問する。
    3. 意見を言う:テーマを決めて、次世代としての意見を発表する機会を設ける。
    4. 議題を持つ・進行する:次世代が自ら議題を提案したり、会議の進行役を務めたりする。

    家族会議を継続して運営する方法は、関連記事「家族会議(ファミリーミーティング)の続け方」で詳しく解説しています。

    外部での経験をどう積ませるか

    後継者候補の育成については、事業承継ガイドラインも、社内での教育と社外での教育を組み合わせることを示しています。社内では、各部門をひととおり経験することで現場の知見や従業員との信頼関係が得られます。社外では、取引先や同業他社での勤務を通じて自社を客観的に見る力が養われ、後継者向けの講座や教育機関で経営を体系的に学ぶこともできます。

    AEGISでは、外部での経験を考えるときに、次の3点を意識することをおすすめしています。

    • 「家業の子」として扱われない環境を選ぶ:取引先での勤務は学びが多い一方、特別扱いされやすい面もあります。評価が率直に返ってくる環境で働く経験は貴重です。
    • 戻る時期を決めすぎない:外部での経験の期間をあらかじめ固定しすぎると、本人が経験から得たものを十分に生かせないことがあります。節目ごとに家族で話し合う方が現実的です。
    • 経営の数字と人の両方を学ぶ:決算書を読む力と、人を動かす経験の両方が、将来の経営に必要になります。

    AEGISの視点

    次世代教育というと、後継者をどう育てるかに目が向きがちです。しかしAEGISは、次世代教育の本当の目的は、家族の誰もが、受け継ぐ財産と会社に対して責任ある判断ができるようになることだと考えています。会社を継ぐ子も、継がない子も、いずれ株主や相続人として家族の重要な判断に関わります。

    また、次世代教育は、税金や法律の手続とも深く関わっています。子ども名義の財産の扱い、株式の贈与の時期、成年後の財産管理の引継ぎなどは、教育の進み具合と切り離して考えることはできません。財産を移す計画だけが先に進み、受け取る側の準備が追い付いていない状態は、家族にとっても会社にとってもリスクになります。財産を移す時間軸と、次世代が育つ時間軸をそろえて考えることを、AEGISは大切にしています。

    家族全体のルールの中で次世代教育をどう位置付けるかは、関連記事「ファミリーガバナンスとは何か」で解説しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 次世代教育は、後継者の育成と、財産を受け継ぐ家族全員の教育を分けて考えることが出発点です。
    • 年代に応じて、お金の感覚、家業の理解、株主としての責任、相続の仕組みの順に深めていきます。
    • 18歳の成年は、家の財産について自分で判断する側に変わる節目です。子ども名義の財産は、本人が知り、管理を引き継いでいくことが前提になります。
    • 家業を継がない子にも、株主や相続人としての学びと、家族会議への参加の機会を用意します。
    • 外部での経験は、自社を客観的に見る力を養います。進め方は家族と子どもの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 家の財産のことは、何歳から子どもに話せばよいですか?

    金額や内訳を伝える時期は家族によって異なりますが、財産や会社が家族の努力の上にあることは、中学・高校生の頃から物語として伝えられます。具体的な財産の内容や相続の仕組みは、民法上の成年である18歳以降、本人の成熟度を見ながら段階的に伝えるのが一つの目安です。

    Q. 子どもが家業を継がないと言った場合、教育は必要ありませんか?

    必要です。会社を継がなくても、相続などで株式や財産の一部を受け継ぐ可能性があります。株主としての権利と責任、配当や議決権の意味、家族の財産の全体像を知っておくことは、継がない子にとっても家族にとっても大切です。

    Q. 子ども名義の預金や株式があることを、本人に伝えるべきですか?

    成長に応じて伝えることをおすすめします。贈与は、もらう側が受け入れることで成立します。本人が知らず、管理も親が続けている財産は、後に相続の場面で誰の財産なのかが問題になることがあります。伝える時期や方法は、税理士などの専門家と相談しながら決めると安心です。

    Q. 後継者候補には、家業以外の会社で働く経験が必要ですか?

    必須ではありませんが、事業承継ガイドラインでも、他社での勤務経験は経営手法や会社のあり方について多様な経験を積み、自社を客観的に見直す力になると示されています。社内での経験と組み合わせ、本人の資質や会社の実情に合った形を選ぶことが大切です。

    Q. 孫の世代にも同じように教育すべきですか?

    孫の世代では、親(子世代)の考え方を尊重しながら進めることが大切です。祖父母が直接伝えるよりも、家族会議の行事や近況共有の場に参加してもらい、家族の歴史や価値観に触れる機会をつくる方法が取り組みやすいでしょう。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を支援します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入とご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、2025年1月、P.25-26、P.43-44、P.285-286
    • 『ファミリービジネス白書 2018年版 ―100年経営とガバナンス―』ファミリービジネス白書企画編集委員会 編、後藤俊夫 監修、白桃書房、2018年5月、P.128-131
    • 『専門家のための事業承継入門』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、2018年12月(第3刷 2020年1月)、P.29-60
  • 家族会議(ファミリーミーティング)の続け方|議題・頻度・進行役・記録をどう決め、一度きりで終わらせないか

    家族会議(ファミリーミーティング)の続け方|議題・頻度・進行役・記録をどう決め、一度きりで終わらせないか

    家族会議を続けるコツは、「話し合いの中身」より先に「続けるための型」を決めてしまうことです。具体的には、①開く時期と議題をあらかじめ年間で決める、②参加する家族の範囲を段階的に広げる、③進行役と記録係を決める、④その場で結論を出さないルールを持つ、⑤家族会議で決められることと、会社の機関で決めることを分けておく——の5つです。

    事業承継や相続の準備として家族会議を開く方は増えています。中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」も、後継者を誰にするかは親族にとって強い関心事であるとして、早期に家族会議・親族会議を開き、親族との対話を図ることが極めて重要だとしています。ところが実際には、「一度集まって話はしたが、その後は開かれていない」という家族が少なくありません。

    この記事では、家族憲章の有無にかかわらず、家族会議を継続的に運営していくための実務を整理します。

    家族会議が続かない理由

    最初に、家族会議が途切れてしまう典型的な理由を見ておきます。

    • 議題がない:最初の会議で大きな話をした後、「次に何を話せばよいか」が決まっておらず、自然消滅してしまう。
    • 親の独演会になる:オーナーが方針を伝える場になり、子世代が意見を言いにくい。参加する意味を感じられなくなる。
    • もめるのが怖い:一度意見がぶつかると、次に集まること自体が気まずくなる。
    • 記録がない:何を話し、何に合意したのかが残っておらず、次の会議で同じ話を繰り返す。
    • 会社の会議と混ざる:家族会議で決めたつもりのことが、会社として正式に決まっていない。

    いずれも、話し合いの内容の問題ではなく、運営の型がないことから生じています。裏返せば、型を整えれば多くは防げます。

    家族会議の位置付けを決める:株主総会・取締役会との違い

    家族会議を続けるうえで最初に確認しておきたいのが、家族会議は法律上の機関ではないという点です。同族会社では、同じ顔ぶれが家族会議にも株主総会にも取締役会にも出席することがあるため、三つの場が混同されがちです。

    項目家族会議株主総会取締役会
    根拠家族の任意の取決め会社法会社法(設置は定款による)
    参加者家族が決めた範囲株主取締役(監査役も出席)
    主に扱うこと情報共有、家族としての方針、次世代の育成、財産の状況役員の選任・解任、定款変更、配当などの法定事項業務執行の決定、取締役の職務の監督、代表取締役の選定
    決めたことの効力家族間の合意にとどまる会社の意思決定として効力がある会社の意思決定として効力がある
    記録任意(残すことが望ましい)議事録の作成が必要(会社法第318条)議事録の作成と出席取締役・監査役の署名等が必要(会社法第369条)

    家族会議で「来年から長男を取締役にしよう」と話がまとまっても、それだけで役員が決まるわけではありません。役員の選任は株主総会の決議によります(会社法第329条)。家族会議は、会社の正式な手続に入る前に家族としての考え方をそろえる場であり、会社の意思決定そのものではない——この区別を最初に家族で共有しておくと、後の混乱を防げます。

    また、家族会議の場で会社の未公表の情報をどこまで共有するかも、あらかじめ決めておきたい点です。会社で働いていない家族株主にとって、会社の状況を知る機会は貴重ですが、従業員や取引先に関わる情報の扱いには配慮が必要です。

    年間の議題カレンダーをつくる

    「議題がない」問題を防ぐ最も確実な方法は、1年分の議題を先に決めておくことです。毎回ゼロから議題を考えるのではなく、季節ごとに定番の議題を置き、そこに臨時の議題を加えていきます。たとえば、年2回の定例会を基本にする場合、次のような組み立てが考えられます。

    時期定番の議題ねらい
    決算の確定後会社の業績と今後の方針の共有、配当の考え方の説明、家族が持つ株式や不動産の状況株主である家族に、会社と財産の現状を知ってもらう
    年の後半家族の近況、次世代の学びや進路の共有、家族としての社会貢献や行事会社に関わらない家族も含めて、関係を温める
    年末(定例会の最後に)財産一覧の更新、遺言・保険・民事信託(いわゆる家族信託)などの見直しの要否の確認、翌年の議題の決定備えを点検し、次につなげる
    臨時代表者の交代、相続の発生、大きな投資や売却、家族の結婚・独立など大きな変化を家族で早めに共有する

    頻度は家族の状況によって異なります。毎月集まる必要はありませんが、年1回では間が空きすぎて前回の内容を忘れてしまうことが多いため、年2回程度の定例会と、必要に応じた臨時会の組み合わせが現実的です。日程は前年のうちに決めておくと、遠方に住む家族も予定を合わせやすくなります。

    参加する家族の範囲を段階的に広げる

    最初から親族全員を集めると、話がまとまらないだけでなく、家族の中で温度差が表面化しやすくなります。参加範囲は、段階的に広げていくのが無理のない進め方です。

    1. 第1段階:親世代と後継者候補 まず現オーナーと後継者候補で、家族会議の目的と進め方をすり合わせます。
    2. 第2段階:子世代全員 会社に関わっているかどうかにかかわらず、子世代のきょうだい全員に参加してもらいます。株式や財産を将来相続する可能性がある以上、当事者だからです。
    3. 第3段階:配偶者 子世代の配偶者の参加は、家族の考え方が分かれやすい点です。生活を共にする配偶者の理解が得られないと、家族の判断に影響が出ることもあります。一方で、財産の詳細を共有する範囲は慎重に考えたいところです。議題によって参加を分ける方法もあります。
    4. 第4段階:孫世代 孫世代は、まずは行事や近況共有の回に参加してもらい、年齢に応じて会社や財産の話にも加わってもらいます。次世代への伝え方は、関連記事「次世代教育をどう進めるか」でも解説しています。

    誰を参加者とするかは、家族ごとに答えが異なります。大切なのは、参加の範囲と理由を家族の中で説明できるようにしておくことです。

    進行役と記録係を決める

    進行役は「親以外」が基本

    家族会議が親の独演会になるのを防ぐには、オーナー自身が進行役を務めないことが効果的です。子世代が持ち回りで進行役を務める方法は、次世代に場を任せる練習にもなります。

    外部の進行役を使うとき

    意見の対立が予想される議題や、家族だけでは話しにくい相続の話を扱うときは、家族以外の進行役を入れることも選択肢です。外部の進行役には、税務・法務の論点を理解していることに加え、特定の家族の代理人ではなく、家族全体に対して中立であることが求められます。会社の顧問を務める専門家に依頼する場合は、会社と家族、あるいは家族の間で利害が分かれる議題では立場が難しくなることもあるため、役割の範囲を事前に確認しておくと安心です。

    感情的な対立をどう扱うか

    家族会議では、意見の違いが感情のぶつかり合いに発展することがあります。対立をなくすことはできませんが、こじらせない工夫はできます。

    • その場で決めない:重要な事項は、会議では意見を出し合うだけにして、結論は次回以降に持ち越すルールにします。持ち帰って考える時間が、感情を落ち着かせます。
    • 「事実」と「気持ち」を分けて話す:会社の数字や財産の状況などの事実と、それに対する一人ひとりの受け止め方を分けて扱います。
    • 発言の機会をそろえる:一人ずつ順番に話す時間を設け、声の大きい人だけで議論が進まないようにします。
    • 個別に話を聞く:会議の場では言いにくいことがある家族には、会議の前後に個別に話を聞く機会をつくります。
    • 対立が深いテーマは切り分ける:相続の取り分のように対立が深いテーマは、家族会議の議題から外し、専門家を交えた別の場で扱うことも検討します。

    家族会議の目的は、全員の意見を一つにすることではなく、違いがあることを互いに理解したうえで、家族として続けていける関係を保つことです。

    記録の残し方

    家族会議の記録は、法律上の義務ではありません。しかし、記録がないと、合意したことが曖昧になり、時間がたってから「そんな話は聞いていない」という行き違いが起こります。記録には、次の項目を残しておくと十分です。

    • 日時・場所・参加者
    • 共有した情報(資料があれば添付)
    • 出た意見の要旨(発言者を特定しすぎない書き方も選択肢です)
    • 家族として合意したこと
    • 次回に持ち越したこと
    • 会社の手続や法的な手続が必要な事項と、その担当者

    最後の項目が特に重要です。家族会議で合意した内容のうち、株主総会や取締役会の決議、遺言の作成・変更、契約の締結などが必要なものは、「手続が必要」と明記し、誰がいつまでに進めるかを記録します。家族会議の記録と会社の議事録は、保管場所も分けておくと混同を防げます。記録の保管と共有は、ファミリーオフィスや家族の中の事務局役が担うと継続しやすくなります。

    AEGISの視点

    家族会議の相談を受けると、多くの方が「何を話すか」に関心を向けます。しかしAEGISは、家族会議が続くかどうかを分けるのは、話す内容よりも、続けるための型があるかどうかだと考えています。議題、日程、参加者、進行役、記録の5つが決まっていれば、話しにくいテーマにも少しずつ近づいていけます。

    また、家族会議は家族の側の場であり、会社や法律の手続とは別に存在します。家族会議で合意した方針を、取締役会や株主総会、遺言や契約といった正式な手続に落とし込んで初めて、その合意は実際に守られるものになります。AEGISは、家族会議の記録を起点に、会社の手続、税務、遺言などの手当てを一つの流れとしてつなげていくことを大切にしています。家族会議の位置付けをファミリーガバナンスの全体像の中で確認したい方は、関連記事「ファミリーガバナンスとは何か」をご覧ください。家族の価値観を文書にまとめる段階に進む場合は「ファミリー憲章のつくり方」が参考になります。遺言の内容を家族会議でどこまで共有するかは、「遺言の内容を家族に伝えるか、伏せるか」で取り上げています。

    まとめ

    • 家族会議を続けるには、話し合いの中身より先に、議題・日程・参加者・進行役・記録の「型」を決めることが有効です。
    • 家族会議は法律上の機関ではなく、役員の選任などの会社の意思決定は株主総会や取締役会で行う必要があります。
    • 年2回程度の定例会と臨時会を組み合わせ、年間の議題カレンダーを先に決めておくと途切れにくくなります。
    • 参加者の範囲は段階的に広げ、進行役はオーナー以外が務めるのが基本です。
    • 重要な事項はその場で決めず、合意事項のうち会社や法律の手続が必要なものは、記録に担当者と期限を残します。

    よくある質問

    Q. 家族会議はどのくらいの頻度で開けばよいですか?

    家族の状況によりますが、年2回程度の定例会に、代表者の交代や相続など大きな変化があったときの臨時会を組み合わせる形が現実的です。年1回だと間が空き、前回の内容が引き継がれにくくなります。日程は前年のうちに決めておくと、参加しやすくなります。

    Q. 家族会議で決めたことに法的な効力はありますか?

    家族会議は法律上の機関ではないため、そこでの合意は家族間の合意にとどまります。役員の選任や定款の変更などは株主総会、業務執行の決定は取締役会など、会社の正式な手続で決める必要があります。財産の行き先についても、遺言や契約などの手続が必要です。

    Q. 家族会議に配偶者は参加させるべきですか?

    家族ごとに考え方が分かれる点です。配偶者の理解があることで家族の判断が安定する面がある一方、財産の詳細を共有する範囲は慎重に考えたいところです。行事や近況共有の回には参加してもらい、財産の詳細を扱う回は参加者を限るなど、議題によって分ける方法もあります。

    Q. 家族だけでは話がまとまらない場合はどうすればよいですか?

    重要な事項はその場で決めず、意見を出し合った後に持ち帰るルールにすることが第一です。それでも対立が深い場合は、家族全体に対して中立な立場の外部の進行役を入れたり、対立の深いテーマを別の場で扱ったりすることを検討します。

    Q. 家族会議の議事録は必要ですか?

    法律上の義務はありませんが、残すことを強くおすすめします。日時・参加者・共有した情報・合意したこと・持ち越したこと・必要な手続と担当者を記録しておけば、後の行き違いを防ぎ、次回の議題づくりにも役立ちます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を支援します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入とご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、2025年1月、P.55-60、P.82-93、P.214-215
    • 『ファミリービジネス白書 2018年版 ―100年経営とガバナンス―』ファミリービジネス白書企画編集委員会 編、後藤俊夫 監修、白桃書房、2018年5月、P.16-17、P.129-135
  • 個人事業(家業)を子に継ぐ前の家族会議|事業用資産の名義・屋号・取引先・借入れを、家族でどう決めるか

    個人事業(家業)を子に継ぐ前の家族会議|事業用資産の名義・屋号・取引先・借入れを、家族でどう決めるか

    個人で営む家業を子に継ぐときは、会社の株式を渡すように「一つのもの」を移せば済むわけではありません。店舗や設備、屋号、取引先との契約、借入れを、一つずつ誰にどう引き継ぐかを決めていく作業になります。しかも、その多くは親の個人の財産や家計と混ざっています。

    だからこそ、税制や遺言を検討する前に、家族で話し合っておきたいことがあります。結論としては、①誰が継ぎ、継がない子には何を渡すか、②親の配偶者の生活をどう守るか、③どこまでを「事業」として渡し、どこからを「家計」として残すか、④いつ、どの方法で引き継ぐかの四つです。この記事では、家族会議の前の準備から、項目ごとの引継ぎ方、会議の進め方までを順に整理します。

    会社の承継と何が違うのか

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、個人事業主の経営権の本質は、経営者が自分の名で事業を行い、取引先や顧客との契約関係を持ち、事業用資産を自ら所有していることにあるとされています。そのため、開業届や廃業届を出すだけでは承継は完了せず、契約関係や所有関係を実際に引き継ぐことが欠かせません。

    同ガイドラインが引用する調査では、個人事業主の後継者は先代の子が75.3%を占め、親族内の承継が約9割に達しています。一方で、個人事業者の事業承継は、先代の死去や体調悪化といった突発的な事情で行われたケースが約6割を占めるとされています。家族のなかで引き継がれることが多いのに、話し合いの機会がないまま「その時」を迎えてしまう家業が少なくないのです。

    家族会議の前に用意したい「事業の棚卸し」

    話し合いを実りあるものにするには、まず親(現経営者)が、事業に関わる財産と契約を一覧にしておくことが出発点です。

    項目確認すること引き継ぐときに必要になること
    土地・建物名義、店舗兼住宅かどうか、借地・借家か贈与・売買・相続による名義変更、または賃貸借
    設備・車両・在庫種類と帳簿上の価額、リースかどうか個別の譲渡や名義変更、リース契約の切替え
    屋号・顧客屋号の使用歴、商号登記の有無、顧客名簿屋号を使い続けるかの判断、顧客への案内
    取引先・賃貸借の契約仕入先・販売先・家主との契約内容相手方の承諾を得て契約を引き継ぐか、結び直す
    許認可・登録営業許可などの名義と期限後継者による取り直しや承継の手続
    借入れ・保証借入先・残高・担保・保証人金融機関との協議(債務の引受け、担保・保証の見直し)
    預金口座屋号付き口座を含む事業用口座屋号付きでも個人名義の口座のため、後継者名義で開設し直す

    ※AEGISが論点を整理するために作成した表です。業種によって必要な項目は異なります。

    同ガイドラインが引用する調査では、一定規模以上の個人事業主が所有する事業用資産の6割超を土地・建物が占めるとされています。店舗兼住宅のように、事業と生活の両方に使われている不動産が多いことも、個人事業ならではの難しさです。

    家族会議で決める四つのこと

    1. 継ぐ子と継がない子

    最初に確認したいのは、後継者となる子本人の意思です。親の思い込みで話を進めると、後継者が覚悟を持てないまま引き継ぐことになりかねません。同時に、継がない子の考えも聞いておきます。

    個人事業では、事業用資産が分散すると事業の継続に直接影響します。土地や建物、設備が相続人の共有になると、後継者は設備の更新や業態の転換を自由に行いにくくなります。事業用資産を後継者に集める以上、継がない子には何を渡すのか(金融資産、自宅、生命保険など)を、あわせて話し合う必要があります。

    2. 親の配偶者の生活

    家業を夫婦で営んできた場合、事業の収入がそのまま夫婦の生活費になっていることが多いでしょう。事業を子に渡した後、親世代の生活費はどこから出るのか、店舗兼住宅に住み続けられるのか、事業を手伝ってきた配偶者の処遇はどうなるのかを具体的に確認します。親の配偶者が今後も事業に関わる場合は、子の事業で働く家族として、給与の扱いも含めて整理しておくとよいでしょう。

    3. 事業用資産と家計の線引き

    個人事業では、事業用の預金と家計の預金、店舗部分と住居部分、事業用の車と家族の車が混ざっていることがよくあります。何を「事業」として後継者に渡し、何を「家計」として親の手元に残すのかを線引きすることで、継がない子への配分も考えやすくなります。帳簿や青色申告決算書に載っている資産をもとに整理すると、話が具体的になります。

    4. 引継ぎの時期と方法

    引継ぎの方法は、大きく「親が元気なうちに事業を渡す」か、「相続で引き継ぐ」かに分かれます。

    比べる点生前に事業を引き継ぐ相続で引き継ぐ
    親の関わり方引継ぎ後も助言役として後継者を支えられる引継ぎの時点で親はいない
    契約・許認可親が同席して取引先や金融機関に説明できる相続人が手続を進め、取引先の不安が生じやすい
    税金贈与なら贈与税、売買なら親に譲渡所得の課税など、方法により異なる相続税(小規模宅地等の特例などの検討)
    家族の合意生前に合意を形にしやすい遺言がなければ遺産分割協議が必要

    ※AEGISが論点を整理するために作成した表です。税負担の比較は個別事情によって異なります。

    生前に引き継ぐ場合でも、すべてを一度に渡す必要はありません。まず経営(取引先対応や仕入れの判断)を任せ、資産の名義は段階的に移す方法もあります。

    項目別:名義・屋号・取引先・借入れの引継ぎ方

    事業用資産の名義

    生前に事業用資産を子に移す方法には、贈与、売買、親が所有したまま子に貸す方法があります。贈与であれば子に贈与税、売買であれば親に譲渡所得の課税が生じうるなど、方法ごとに税金が異なります。在庫などの棚卸資産を贈与した場合には、贈与の時の価額が親の事業所得の収入金額に算入される点にも注意が必要です(所得税法40条1項)。

    屋号

    個人事業の屋号は、多くの場合、登記されていない呼び名として使われています。商人は自分の商号を登記することもできます(商法11条2項)。

    注意したいのは、生前に営業を譲り受けた子が親の商号を引き続き使う場合、親の営業によって生じた債務について、子も弁済する責任を負うことがある点です(商法17条1項)。譲渡後遅滞なく、責任を負わない旨を登記するか、取引先に通知することで、この責任を避ける方法も定められています(同条2項)。屋号を使い続けるかどうかは、のれんの価値とあわせて家族で決めておきたい項目です。

    取引先・賃貸借の契約

    取引先との契約や店舗の賃貸借契約は、親が当事者です。契約上の地位を子に移すには、契約の相手方の承諾が必要です(民法539条の2)。家主や主要な仕入先には、引継ぎの方針が固まった段階で、親子そろって説明に行くのが望ましいでしょう。

    借入れと保証

    事業の借入れは親個人の債務です。子が債務を引き継ぐ場合、親を債務から外す形(免責的債務引受)では、金融機関の関与や承諾が必要になります(民法472条)。担保に入っている自宅や、親族が保証人になっている借入れがあれば、その扱いも含めて早めに金融機関と相談します。

    許認可

    個人事業では、事業の名義人が替われば、営業許可などを後継者が取り直す必要がある場合があります。業種によって手続や期間が異なるため、事業承継の準備段階で所管の窓口に確認しておくことが大切です。

    税制や遺言は「家族の合意の後」に

    家族の方針が固まったら、それを実現する手段として税制や遺言を検討します。

    • 小規模宅地等の特例:事業に使っていた土地を相続する場合、事業を相続税の申告期限までに引き継ぎ、申告期限まで営んでいることなどが要件になります(国税庁タックスアンサーNo.4124)。
    • 個人版事業承継税制:一定の事業用資産を相続や贈与で引き継ぐ場合の納税猶予の制度です。平成31年1月1日から令和10年12月31日までの相続等が対象で、令和10年9月30日までに「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出し確認を受けることなどが要件です(国税庁タックスアンサーNo.4153)。制度の選び方は関連記事「個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ」で解説しています。
    • 遺言:事業用資産を後継者に集めるには、遺言で意思を明確にすることが基本です。継がない子の遺留分への配慮も欠かせません。遺言の書き方は関連記事「個人事業主が遺言で備えること」で扱っています。

    親が亡くなった後の申告や事業の引継ぎの期限は、関連記事「個人事業主が亡くなったときの申告と事業の引継ぎ」で整理しています。

    家族会議の進め方

    家族会議は、一度で結論を出そうとしないことが大切です。次のような流れで、数回に分けて進めると話がまとまりやすくなります。

    1. 共有の回:親が事業の棚卸しの結果と、事業への想いを家族に伝える
    2. 意向を聞く回:後継者候補、継がない子、親の配偶者のそれぞれの考えを聞く
    3. 方針を決める回:四つの論点について方針を決め、残る課題を確認する
    4. 実行を確認する回:遺言や契約の切替えなど、決めたことの進み具合を確認する

    話し合った内容は簡単なメモでも記録に残し、参加者で共有します。意見が対立しそうなときや、親子だけでは感情的になりやすいときは、事情を理解した第三者に同席してもらう方法もあります。家族会議を続けていくための工夫は、関連記事「家族会議(ファミリーミーティング)の続け方」で扱っています。

    AEGISの視点

    個人事業の承継というと、税金の特例や手続の話から入りがちです。しかし、AEGISが多くの家業を見てきて感じるのは、つまずきの多くは手続ではなく、家族の間の「言わずにいたこと」から生まれるということです。継がない子が「店も家も兄のものになるのか」と感じていたり、親の配偶者が自分の生活の見通しを持てずにいたりすると、手続が整っていても、相続のときに不満が表に出ます。

    AEGISは、家業の承継を「事業」「家計」「家族」の三つを同時に引き継ぐことと考えています。事業の棚卸しで「事業」と「家計」の線を引き、家族会議で「家族」それぞれの立場を確認し、そのうえで税制・遺言・契約を組み合わせる。この順番を守ることで、制度は家族の合意を支える道具として機能します。相続の場面で家族がもめないための備えは、関連記事「個人事業主の親の相続で家族がもめないために」でも扱う予定です。

    事業用資産の評価や相続税の試算を含めた資産税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。事業承継の全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    まとめ

    • 個人事業の承継は、事業用資産・屋号・契約・借入れ・許認可を一つずつ引き継ぐ作業で、開業届と廃業届だけでは完了しません。
    • 家族会議の前に、親が事業に関わる財産と契約を棚卸しし、事業と家計が混ざっている部分を明らかにしておきます。
    • 家族で決めたいのは、継ぐ子と継がない子への配分、親の配偶者の生活、事業と家計の線引き、引継ぎの時期と方法の四つです。
    • 屋号を引き続き使う場合の債務の責任、契約の引継ぎに必要な相手方の承諾、借入れの扱いなど、項目ごとの注意点を押さえます。
    • 税制や遺言は、家族の合意を実現する手段として、合意の後に検討します。

    よくある質問

    Q. 個人事業を子に継ぐとき、開業届と廃業届を出せば足りますか?

    届出は必要ですが、それだけでは承継は完了しません。事業用資産の名義、取引先や家主との契約、借入れ、許認可などを、一つずつ後継者に引き継ぐ必要があります。事前に棚卸しをして、どの項目にどんな手続が必要かを確認しておくことが大切です。

    Q. 屋号はそのまま子が使ってもよいのですか?

    使うこと自体は可能です。ただし、生前に営業を譲り受けた子が親の商号を引き続き使う場合、親の営業上の債務について子も弁済責任を負うことがあります。責任を負わない旨を登記したり取引先に通知したりする方法も定められているため、借入れや未払いの状況とあわせて検討します。

    Q. 店舗兼住宅は、子に引き継ぐべきですか?

    事業を続けるうえで店舗部分が欠かせない一方、住居部分には親世代が住み続けることも多く、一律には決められません。子に名義を移す、親が持ったまま子に貸す、相続時に引き継ぐなどの選択肢を、親の配偶者の住まいや継がない子への配分、相続税の特例の要件とあわせて比べます。

    Q. 継がない子が不公平だと感じないようにするには?

    事業用資産を後継者に集める理由を親が自分の言葉で説明し、継がない子に何を渡すのかを具体的に示すことが大切です。金融資産や生命保険、自宅などで配分を考え、遺言にその考えを残しておくと、相続のときの誤解を減らせます。遺留分への配慮も欠かせません。

    Q. 家族会議には誰が参加すればよいですか?

    現経営者である親、後継者候補、継がない子、親の配偶者が基本です。後継者の配偶者は、価値観を共有する回には参加してもらい、財産の配分を決める回は相続人を中心にするなど、回ごとに参加範囲を分ける方法もあります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房(2025年)、P.51-58
    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社(2014年)、P.22
  • 医師・士業の家族の承継|資格を持たない子は親の診療所や事務所を継げるのか、家族に残せる選択肢を比べる

    医師・士業の家族の承継|資格を持たない子は親の診療所や事務所を継げるのか、家族に残せる選択肢を比べる

    医師や税理士などの親を持つ子が、その資格を持っていない場合、親の診療所や事務所をそのまま継ぐことはできません。診療や税務代理といった資格が必要な業務そのものは、資格者にしか担えないからです。

    しかし、それで家族の選択肢がなくなるわけではありません。結論としては、「事業を担う人」と「財産を持つ人」を分けて考えることで、道が開けます。事業は資格を持つ第三者に引き継ぎ、診療所や事務所の不動産は家族が持って貸す。医療法人や士業法人の出資・持分は、法人の仕組みに沿って整理する。あるいは、計画的に廃業する。この記事では、資格を持たない子がいる家族が比べたい選択肢と、判断の軸を整理します。

    なぜ「資格」が承継の壁になるのか

    まず、医師と士業それぞれで、資格がどのように求められているかを確認します。

    医師の場合、個人の診療所は、医師が開設するときは開設後に届け出れば足りますが、医師でない人が開設するには都道府県知事等の許可が必要です(医療法7条1項、8条)。医療法人では、理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選ぶこととされ、医師等でない理事から選ぶには都道府県知事の認可が必要です(医療法46条の6第1項)。

    士業の場合、たとえば税理士法人の社員は税理士でなければなりません(税理士法48条の4第1項)。税理士が亡くなると登録が抹消され(同法26条1項2号)、税理士法人の社員であれば法人から脱退することになります(同法48条の17第1号)。また、個人の事務所が顧客と結ぶ顧問契約は、一般に委任の性質を持ち、委任は当事者の死亡によって終了します(民法653条1号)。資格者本人が亡くなれば、顧客との関係もそこで途切れるのが原則です。

    こうした事情から、医師・士業の事業は後継者を見つけにくい分野でもあります。帝国データバンクの2025年の調査では、業種中分類別の後継者不在率で「医療業」が59.0%、「専門サービス」が58.6%と、いずれも上位5業種に入っています(2025年11月公表)。

    家族が比べたい五つの選択肢

    資格を持たない子がいる家族の選択肢は、大きく次の五つに整理できます。

    選択肢事業を担う人家族に残るもの向いているケース主な注意点
    1. 第三者の資格者に引き継ぐ外部の医師・士業譲渡の対価地域に必要とされ、患者や顧客が多い引継ぎ先探しに時間がかかる。対価の税金
    2. 事業は譲り、不動産は家族が持って貸す外部の医師・士業不動産と賃料収入立地のよい自宅兼診療所・事務所を持つ賃料・期間の設計、相続税の特例の要件
    3. 医療法人・士業法人の出資や持分を整理する法人に残る資格者出資の対価や払戻し法人化しており、他の資格者がいる法人の類型・定款・税金で扱いが変わる
    4. 子や孫が資格を取るまでつなぐ一時的な院長・所長将来の承継の可能性子や孫が資格取得を目指しているつなぐ人との条件設定、長期化のリスク
    5. 計画的に廃業するなし残った資産引継ぎ先が見つからない、事業規模が小さい患者・顧客・職員への配慮、残る資産の整理

    ※AEGISが論点を整理するために作成した表です。実際には複数の選択肢を組み合わせることもあります。

    1. 第三者の資格者に引き継ぐ

    もっとも事業の価値を生かせるのが、外部の医師や士業に事業を引き継ぐ方法です。個人の診療所であれば、診療所の設備や患者、職員を引き継いでもらう形になり、引き継ぐ医師があらためて開設の手続を行います。具体的な手続や建物・土地の扱いは、関連記事「個人開業医の診療所を引き継ぐ方法」で解説しています。

    士業の事務所では、顧客との顧問契約が資格者本人との信頼関係に基づいているため、親が元気なうちに後継の資格者を顧客に紹介し、一定期間一緒に担当するなどの段階的な引継ぎが欠かせません。顧問契約は親の死亡で終了するのが原則のため、亡くなった後に引継ぎ先を探すのでは、顧客が離れてしまう可能性が高くなります。

    譲渡の対価を受け取る場合、譲渡する資産の種類によって課税関係が異なります。個人事業を第三者に譲るときの税金や手続は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」で扱っています。

    2. 事業は譲り、不動産は家族が持って貸す

    自宅と一体になった診療所や、駅前の事務所ビルなど、立地のよい不動産を持っている場合は、事業は資格者に譲り、不動産は家族が持ったまま引継ぎ先に貸すという形が考えられます。家族には安定した賃料収入が残り、引継ぎ先にとっても、患者や顧客に知られた場所で事業を続けられる利点があります。

    このとき検討したいのが、相続税の小規模宅地等の特例との関係です。親が自ら診療所や事務所として使っていた土地を相続する場合、「特定事業用宅地等」として扱われるには、親族が親の事業を相続税の申告期限までに引き継ぎ、申告期限まで営んでいることなどが要件になります(国税庁タックスアンサーNo.4124)。資格を持たない子は事業を引き継げないため、この要件を満たすことは難しくなります。

    親の生前から第三者に貸していれば「貸付事業用宅地等」として検討の対象になりますが、相続開始前3年以内に新たに貸付けを始めた宅地等は、一定の場合を除いて対象外とされています(同)。どの時点で、誰に、どの条件で貸すかによって、相続税の扱いが変わりうるため、引継ぎの時期とあわせて試算しておくことが大切です。

    3. 医療法人・士業法人の出資や持分を整理する

    親が医療法人や士業法人を経営している場合は、法人の仕組みに沿った整理が必要です。

    医療法人では、法人の類型によって扱いが大きく異なります。出資持分のある医療法人であれば、出資持分は親の相続財産になり、相続した子が持分の払戻しを求めることも考えられます。払戻しが法人の資金繰りを圧迫すれば、医療の継続にも影響します。後継者に医師がいない場合、専門書では、外部から医師を招くための医療機関としての価値の向上や、理事長個人名義の資産の整理などが論点として挙げられています。出資持分の評価や持分なし医療法人への移行は、関連記事「医療法人の事業承継と出資持分の整理」で解説しています。

    士業法人では、資格を持たない子が社員の地位を引き継ぐことはできません。親が亡くなって法人から脱退すれば、持分は法人の定款や法律の定めに沿って精算されることになります。法人にほかの資格者の社員がいるかどうか、精算の資金を法人が用意できるかが、事業の継続にとって重要です。

    4. 子や孫が資格を取るまでつなぐ

    子や孫が医師や士業を目指して学んでいる場合は、外部の資格者に一定期間、院長や所長として事業を担ってもらい、将来の承継につなぐ方法もあります。ただし、つなぐ期間は想定より長くなりがちで、その間に事業の中心が外部の資格者に移っていくこともあります。つなぐ人の処遇、期間、将来の引継ぎ方を、あらかじめ書面で決めておくことが欠かせません。また、子や孫の進路を家族の期待で縛らない配慮も大切です。

    5. 計画的に廃業する

    引継ぎ先が見つからない場合や、事業の規模が小さい場合は、計画的な廃業も立派な選択肢です。患者には紹介先の医療機関を、顧客には後任の専門家を案内し、職員の再就職にも配慮しながら、時間をかけて事業を閉じます。廃業後に残る不動産は、売却や賃貸、相続などで家族の資産として生かすことを考えます。

    選択肢を比べるときの判断軸

    五つの選択肢を比べるとき、AEGISは次の四つの軸で考えることをおすすめしています。

    1. 地域・顧客への責任:患者や顧客、職員にとって、事業が続くことにどれだけの意味があるか
    2. 事業の価値が残る時間:資格者本人の力に依存する事業ほど、引継ぎが遅れるほど価値が下がる
    3. 家族に残す財産の形:対価(現金)、不動産と賃料、法人の持分のどれで残すのが家族に合っているか
    4. 相続のときの公平さと税金:子どもが複数いる場合の配分、相続税と納税資金の見通し

    とくに医師・士業の事業は、資格者本人の力や信頼に支えられているため、②の「時間」が他の事業以上に重要です。元気なうちに選択肢を比べ始めることが、家族に残せるものを大きくします。

    医師・士業の親が、今から家族と話しておきたいこと

    資格を持たない子がいる場合、親が一人で悩んだまま時間が過ぎてしまうことがよくあります。子の側も、「継げなくて申し訳ない」と感じていたり、親の事業や財産について聞きにくかったりします。家族で次のような点を話しておくと、選択肢を比べる土台ができます。

    • 親はいつ頃まで現役を続けたいか、引退後はどう暮らしたいか
    • 子は将来、事業や不動産とどのように関わりたいか(関わりたくない、も含めて)
    • 診療所や事務所の不動産を、家族として残したいか
    • 患者・顧客・職員に対して、親が果たしたい責任は何か

    医師・士業として独立するときの形の選び方は、関連記事「医師・士業が独立開業するときの形の選び方」でも扱っています。開業の段階から承継や廃業の出口を見通しておくことの大切さは、承継を考える段階でも同じです。

    AEGISの視点

    資格を持たない子がいる医師・士業の家族は、「継がせられない」ことに意識が向きがちです。しかし、AEGISは、資格が必要なのは「業務」であって、「家族が事業とともに築いてきた財産や信頼」まで途切れるわけではないと考えています。

    事業の担い手と財産の持ち手を分ければ、事業は地域に必要とされる形で資格者に引き継ぎ、不動産や対価、法人の持分は家族の資産として次の世代に渡すことができます。その際には、事業の譲渡、不動産の所有と賃貸、相続税の特例、家族の間の配分を一体で設計する必要があります。どれか一つだけを先に決めると、他の選択肢を狭めてしまうことがあるからです。

    もう一つ大切なのは、子が親の事業を継がないことを、家族の失敗として捉えないことです。親が長年築いた事業を、地域のために次の資格者へつなぎ、家族には別の形で財産を残す。その道筋を家族で共有できれば、親にとっても子にとっても納得のいく承継になります。事業・不動産・相続を一体で考えるAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    親族以外への承継が広がっている動向は関連記事「『脱ファミリー』が進む事業承継」で、事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    まとめ

    • 診療や税務代理など資格が必要な業務は、資格を持たない子が担うことはできません。診療所の開設、医療法人の理事長、士業法人の社員には、法律で資格が求められています。
    • 「事業を担う人」と「財産を持つ人」を分けることで、第三者の資格者への承継、不動産を家族が持って貸す形、法人の出資や持分の整理、子や孫が資格を取るまでつなぐ形、計画的な廃業といった選択肢が見えてきます。
    • 不動産を家族が持つ場合は、小規模宅地等の特例の要件(事業の引継ぎ、貸付けの開始時期など)によって相続税の扱いが変わりうるため、時期とあわせて試算します。
    • 資格者本人の力に依存する事業ほど、引継ぎが遅れるほど価値が下がりやすく、元気なうちに比べ始めることが大切です。

    よくある質問

    Q. 医師でない子が、親の診療所の開設者になることはできますか?

    医師でない人が診療所を開設するには、都道府県知事等の許可が必要とされています。実務上は、医師である第三者に診療所を引き継いでもらう、または医療法人の形で医師を管理者として迎えるなどの方法が検討されます。具体的な可否は所管の窓口で確認が必要です。

    Q. 医療法人の理事長は、医師でなければなりませんか?

    医療法では、理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選出するとされています。ただし、都道府県知事の認可を受けた場合は、医師等でない理事から選出することもできます。認可の基準は個別に確認が必要です。

    Q. 税理士の親が亡くなった場合、顧問先はどうなりますか?

    税理士の登録は死亡により抹消され、顧問契約は一般に委任の性質を持つため、当事者の死亡で終了するのが原則です。顧問先は別の税理士を探すことになるため、親が元気なうちに後継の税理士を顧問先に紹介し、段階的に引き継いでおくことが大切です。

    Q. 診療所の土地を家族が相続した場合、小規模宅地等の特例は使えますか?

    親が自ら診療所として使っていた土地は、親族が事業を引き継ぎ申告期限まで営むことなどが特定事業用宅地等の要件になるため、資格を持たない子が相続する場合は適用が難しくなります。生前から第三者に貸していた場合は貸付事業用宅地等として検討の対象になりますが、貸付けの開始時期などの要件があるため、個別の確認が必要です。

    Q. 子が将来、医師になるかもしれない場合はどうすればよいですか?

    外部の医師に一定期間院長を務めてもらい、将来の承継につなぐ方法があります。その場合は、院長の処遇や期間、将来の引継ぎ方を事前に書面で決めておくことが重要です。子の進路が変わる可能性も踏まえ、第三者への承継など別の選択肢も並行して検討しておくと安心です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『Q&A各種法人の事業承継の実務 ―社団・財団法人、NPO法人、医療法人、社会福祉法人、学校法人、宗教法人―』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版(2020年)、P.89-111、P.124

    その他参考資料

    • 株式会社帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日発表)
      確認日:2026-10-17
  • 同族会社の取締役会に社外の目を入れる|社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードの違いと選び方

    同族会社の取締役会に社外の目を入れる|社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードの違いと選び方

    非上場の同族会社には、原則として社外取締役を置く義務はありません。それでも、家族だけで構成された取締役会に社外の目を入れることには、経営の監督、異なる視点からの助言、後継者の育成、家族間の緩衝材という、法律上の義務とは別の価値があります。

    この記事の結論は次のとおりです。

    • 社外の目を入れる方法には、社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードの4つがあり、会社法上の地位、権限、責任、報酬の扱いがそれぞれ異なります。
    • 会社法上の社外取締役には、オーナーの配偶者や二親等内の親族でないことなどの要件があり、家族は社外取締役になれません。
    • 選ぶ順番は「誰を入れるか」より先に、「何のために入れるか」を決めることです。目的によって、適した方法も人選も変わります。

    家族だけの取締役会で起きやすいこと

    同族会社の取締役会では、オーナー、配偶者、後継者の子といった家族が取締役を務めていることが少なくありません。意思決定が速く、長期的な視点で経営できるのは同族経営の強みです。一方で、次のようなことも起こりやすくなります。

    • 経営者を交代させる仕組みが働きにくい:大株主と経営者が同じ人物であるため、業績が悪化しても経営者の責任を問う人がいません。
    • 家族の事情が経営に持ち込まれる:親子やきょうだいの関係が、そのまま取締役会での発言のしやすさに影響します。
    • 後継者が率直な評価を受けにくい:家族の中では遠慮もあり、後継者が経営者としての力量について客観的な意見を聞く機会が限られます。
    • 外部への説明力が弱くなる:金融機関や従業員、取引先に対して、意思決定の過程を説明しにくくなります。

    ファミリービジネスの研究でも、取締役会の構成や人選、家族の雇用と報酬は、家族の側のルールと会社の仕組みが重なり合う論点とされています。社外の目を入れることは、この重なりを整理する手段の一つです。

    会社法の基本:同族会社に設置義務はあるのか

    取締役会や社外取締役を置く義務

    株式会社には、1人以上の取締役を置く必要があります(会社法第326条第1項)。取締役会は、公開会社などを除き、定款で定めた場合に置く任意の機関です(同法第327条第1項)。取締役会を置く場合、取締役は3人以上必要で(同法第331条第5項)、原則として監査役も置かなければなりません(同法第327条第2項。公開会社でない会計参与設置会社を除く)。

    社外取締役の設置が義務付けられているのは、公開会社かつ大会社である監査役会設置会社のうち、有価証券報告書の提出義務がある会社などに限られます(同法第327条の2)。すべての株式に譲渡制限がある非上場の同族会社であれば、通常は社外取締役を置く義務はありません。つまり、同族会社が社外の目を入れるかどうかは、会社と家族が自ら選ぶことです。

    「社外取締役」には要件がある

    会社法上の社外取締役は、単に外部から招いた取締役という意味ではありません。主な要件として、次のようなものが定められています(会社法第2条第15号)。

    • その会社や子会社の業務を執行する取締役や使用人でなく、就任前10年間もそうでなかったこと
    • 親会社等(自然人であるものに限る)や、その会社の取締役・重要な使用人などの配偶者または二親等内の親族でないこと など

    同族会社で重要なのは後者です。オーナーの配偶者、子、きょうだいといった家族は、社外取締役の要件を満たしません。たとえ会社の業務に関わっていない家族であっても、「社外」とは扱われない点に注意が必要です。

    社外の目を入れる4つの方法の違い

    社外の目を入れる方法は、社外取締役だけではありません。AEGISでは、次の4つを目的に応じて使い分けることをおすすめしています。

    項目社外取締役監査役顧問アドバイザリーボード
    会社法上の地位役員(取締役)役員(監査役)なし(契約による)なし(任意の助言機関)
    取締役会での議決権ありなし(出席して意見を述べる)なしなし
    主な役割経営の監督、重要な意思決定への参加取締役の職務執行の監査(定款で会計に限定できる場合あり)専門分野についての助言複数の外部有識者による経営全般への助言
    選任・解任株主総会の決議(会社法第329条、第339条)株主総会の決議(同上)会社との契約会社が任意に設置
    会社に対する責任任務を怠ったときの損害賠償責任(会社法第423条)同左契約上の責任契約上の責任
    報酬の決め方定款または株主総会の決議(会社法第361条)定款または株主総会の決議(会社法第387条)契約で定める契約で定める
    向いている場面経営の監督を本格的に強めたい、後継者の経営を支える体制をつくりたい会計や業務の適正さを外部の目で確かめたい特定の分野で継続的な助言がほしいまず気軽に外部の意見を取り入れたい

    監査役は「会計に限定」できる場合がある

    公開会社でない株式会社(監査役会設置会社と会計監査人設置会社を除く)は、定款で監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定できます(会社法第389条第1項)。中小の同族会社では、この会計限定の監査役が置かれていることも多く、その場合、業務全般の監督という役割は期待しにくくなります。社外の目を入れる目的が経営の監督にあるなら、監査の範囲がどうなっているかを定款で確認しておく必要があります。

    顧問・アドバイザリーボードは「経営に従事」しない範囲で

    顧問やアドバイザリーボードは、会社法上の役員ではないため、選任の手続が簡単で、役割も柔軟に決められます。その反面、取締役会で議決権を持たないため、助言にとどまります。

    税務の面では注意点があります。法人税法上の役員には、会社法上の取締役や監査役だけでなく、相談役や顧問などで、その法人内での地位や職務などからみて実質的に法人の経営に従事していると認められる人も含まれるとされています(国税庁 タックスアンサーNo.5200)。役員に対する給与は、定期同額給与など一定の要件を満たすものでなければ損金に算入されません(同No.5211)。顧問として招いた人が実際には経営の意思決定に深く関わっている場合、その報酬の税務上の扱いが変わる可能性があるため、役割と報酬の決め方を事前に整理しておくことが大切です。

    選び方:目的から逆算する

    目的を一つに絞る

    「社外の目」に期待することは、会社と家族によって異なります。たとえば、次のような目的があります。

    • 後継者の経営判断を、経験のある経営者の目で見てほしい
    • 家族間で意見が割れたときに、中立的な立場から意見を述べてほしい
    • 金融機関や従業員に対して、意思決定の透明性を示したい
    • 財務や法務、特定の業界についての専門的な助言がほしい

    目的が「監督」にあるなら社外取締役、「専門的な助言」にあるなら顧問、「幅広い意見を聞きたい」ならアドバイザリーボードというように、目的によって適した方法が変わります。

    人選で確認したいこと

    • 独立性:オーナーや家族と個人的に親しすぎる人では、率直な意見が出にくくなります。会社の取引先や、会社から多額の報酬を受けている専門家も、利害関係の有無を確認します。
    • 経験と専門性:自社の課題に照らして、どのような経験を持つ人が必要かを明確にします。
    • 時間を割けるか:取締役会への出席や事前の資料の読み込みに、十分な時間を割ける人であることが前提です。
    • 家族との相性:家族の価値観や会社の歴史に敬意を払いつつ、言うべきことを言える人が理想です。

    任期・情報提供・責任の範囲を決めておく

    公開会社でない株式会社では、定款で取締役や監査役の任期を最長10年まで伸ばすことができます(会社法第332条第2項、第336条第2項)。ただし、社外の人を迎える場合は、任期を短めに設定し、定期的に役割を見直せるようにしておく方が、会社と本人の双方にとって無理がありません。

    また、社外取締役が実際に役割を果たすには、取締役会の前に十分な資料が届くことが欠かせません。情報が届かない状態では、監督も助言もできないからです。

    責任の範囲についても、事前に確認しておきます。会社は、業務を執行しない取締役や監査役との間で、損害賠償責任の上限を定める責任限定契約を結べる旨を定款で定めることができます(会社法第427条第1項)。役員等の賠償責任に備える保険契約(同法第430条の3)とあわせて、社外の人が安心して引き受けられる環境を整えることも、人選の一部と考えるとよいでしょう。

    始め方:小さく始めて、段階的に広げる

    いきなり社外取締役を迎えることに抵抗がある場合は、段階的に進める方法があります。

    1. アドバイザリーボードや顧問から始める:年に数回、外部の有識者に経営の状況を説明し、意見を聞く場を設けます。
    2. 取締役会の運営を整える:議題と資料を事前に配り、議事録を残すなど、外部の人が参加できる取締役会の運営に整えます。取締役会の議事録の作成は、取締役会設置会社では法律上の義務でもあります(会社法第369条第3項)。
    3. 社外取締役を迎える:運営が整い、信頼できる人が見つかった段階で、株主総会で社外取締役を選任します。

    後継者への承継を控えた時期は、社外の目を入れる好機でもあります。先代と後継者の間に立つ第三者がいることで、権限の移行が円滑になることがあるからです。先代と後継者の関係については関連記事「先代が経営から退かないとき」で、家族以外の人に経営を任せる場合の考え方は「家族以外の経営者を迎えるとき」で取り上げています。

    AEGISの視点

    同族会社のオーナーから「社外取締役を入れるべきでしょうか」と相談を受けることがあります。AEGISは、この問いには「何のために」を決めないまま答えられないと考えています。法律上の義務がない以上、社外の目を入れるかどうかも、どの形で入れるかも、会社と家族が自ら選ぶことです。目的が定まっていない社外取締役は、形だけの存在になりやすく、かえって「外の人を入れても変わらない」という失望を生むことがあります。

    また、社外の目は、会社の側だけでなく、家族の側のルールとも結び付いています。誰を取締役にするか、家族が会社で働くときの処遇をどうするかは、家族会議や家族憲章で話し合う論点でもあります。家族の側で方針を整理し、その方針を会社の取締役会で実行し、社外の目がそれを確かめる——という役割分担ができると、ファミリーガバナンスは実際に機能し始めます。家族の側のルールとの関係は、関連記事「ファミリーガバナンスとは何か」で整理しています。

    まとめ

    • 非上場の同族会社には、原則として社外取締役の設置義務はなく、社外の目を入れるかどうかは会社と家族が選ぶことです。
    • 会社法上の社外取締役には要件があり、オーナーの配偶者や二親等内の親族などの家族は社外取締役になれません。
    • 社外取締役・監査役・顧問・アドバイザリーボードは、地位、権限、責任、報酬の扱いが異なり、目的に応じて使い分けます。
    • 顧問であっても実質的に経営に従事していると、税務上は役員とされる可能性があるため、役割と報酬を事前に整理します。
    • 具体的な機関設計や人選は、会社の規模や家族の状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. 非上場の同族会社でも、社外取締役を置かなければなりませんか?

    通常は置く義務はありません。社外取締役の設置が義務付けられているのは、公開会社かつ大会社である監査役会設置会社のうち、有価証券報告書の提出義務がある会社などです。同族会社が社外取締役を置くかどうかは、経営の監督や後継者の育成などの目的に照らして、自ら判断することになります。

    Q. 経営に関わっていない妻や子を「社外取締役」にできますか?

    できません。会社法上の社外取締役の要件には、会社の取締役や重要な使用人などの配偶者または二親等内の親族でないことが含まれています。家族を取締役にすること自体は可能ですが、会社法上の「社外取締役」には当たりません。

    Q. 顧問とアドバイザリーボードはどう違いますか?

    どちらも会社法上の役員ではなく、契約や会社の任意の取決めで置く助言の仕組みです。一般に、顧問は特定の分野について個別に継続的な助言を受ける形、アドバイザリーボードは複数の外部有識者に経営全般について意見を求める会議体の形をとります。いずれも取締役会での議決権はありません。

    Q. 社外取締役の報酬はどのように決めればよいですか?

    取締役の報酬は、定款に定めがない場合、株主総会の決議で定めます。金額は、期待する役割や出席の頻度、本人の経験などを踏まえて決めます。税務上は役員給与として扱われるため、定期同額給与などの要件を満たす支給方法にしておくことが大切です。

    Q. 社外取締役が責任を問われるのが心配で、引き受けてもらえません。

    会社は、業務を執行しない取締役との間で損害賠償責任の上限を定める責任限定契約を結べる旨を定款で定めることができます。役員等の賠償責任に備える保険の活用もあわせて検討し、引き受ける人が安心できる環境を整えることが、人選を進めるうえでも役立ちます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を支援します。
    • 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税予測・資金繰りをつなぐ経営支援を行います。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、2025年1月、P.18-19、P.28、P.43-47
    • 『ファミリービジネス白書 2018年版 ―100年経営とガバナンス―』ファミリービジネス白書企画編集委員会 編、後藤俊夫 監修、白桃書房、2018年5月、P.7、P.132-135
    • 『非公開会社における少数株主対策の実務 会社法から税務上の留意点まで』永吉啓一郎 著、清文社、2020年12月、P.1-10
  • 高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいこと|損益通算・減価償却・借入れ・出口・名義の5つのチェック

    高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいこと|損益通算・減価償却・借入れ・出口・名義の5つのチェック

    給与や役員報酬が高い方のもとには、「不動産を買えば所得税が戻る」「将来の年金代わりになる」といった投資用不動産の提案が届くことがあります。不動産は長期の資産形成の手段として有力な選択肢の一つですが、税金の仕組みを部分的にだけ見て購入を決めると、想定と違う結果になることがあります。

    結論から言えば、高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいのは、①損益通算できる範囲、②減価償却が売却時に何をもたらすか、③借入れを何で返すか、④出口の税率と時期、⑤誰の名義で持つかの5つです。この記事では、高所得者の所得構成から見た購入前のチェックポイントを整理します。

    前提:高所得者の税負担の構造

    個人の所得税は、給与所得や不動産所得などを合算して税率を掛ける「総合課税」が基本です。所得税の税率は5%から45%までの7段階で、課税所得が4,000万円を超える部分には45%が適用されます(国税庁 No.2260)。これに住民税などが加わります。

    一方、不動産を売ったときの利益(譲渡所得)は、他の所得と分けて税率を掛ける「分離課税」です。売った年の1月1日時点の所有期間が5年を超えれば長期譲渡所得として所得税15%・住民税5%、5年以下なら短期譲渡所得として所得税30%・住民税9%が基本です(ほかに復興特別所得税。国税庁 No.3208・No.3211)。

    高所得者にとっての不動産投資の税務は、毎年の不動産所得は高い累進税率の中で計算され、売却益は別の税率で課税されるという、二つの異なる仕組みの組合せで成り立っています。この構造を押さえることが、すべてのチェックの出発点です。

    チェック1:損益通算できる範囲を確認する

    不動産所得が赤字になった場合、その赤字は給与所得などの黒字と差し引きできます。これを損益通算といいます。高所得者向けの提案で「税金が戻る」と説明されるのは、主にこの仕組みです。

    ただし、不動産所得の赤字のすべてが損益通算できるわけではありません。国税庁は、次のような部分は他の所得と損益通算できないとしています(国税庁 No.2250)。

    • 別荘など、生活に通常必要でない資産の貸付けに係る損失
    • 不動産所得の赤字のうち、土地を取得するために要した負債の利子に相当する部分
    • 国外中古建物から生じた損失のうち、簡便法などで計算した耐用年数による減価償却費に相当する部分(令和3年分以後。租税特別措置法41条の4の3)

    借入れで土地付きの物件を買う場合、利子のうち土地部分に対応する額は損益通算の対象から外れます。購入前のシミュレーションで、建物と土地の利子を区別しているかを確認することが大切です。

    チェック2:減価償却は「税の繰延べ」でもある

    建物や設備は、取得価額を耐用年数にわたって少しずつ経費にする減価償却の対象です。現金の支出を伴わない経費のため、帳簿上は赤字でも手元資金は減っていない、という状態が生まれます。

    ここで見落とされやすいのが、売却時の取扱いです。建物の取得費は、購入代金などから所有期間中の減価償却費相当額を差し引いて計算します(国税庁 No.3252)。つまり、保有中に経費として計上した減価償却費の分だけ、売却時の譲渡所得が大きくなるのです。

    局面減価償却の影響適用される税率のイメージ
    保有中不動産所得を減らす(赤字なら給与等と損益通算)総合課税の累進税率
    売却時建物の取得費が減り、譲渡所得が増える分離課税(長期・短期)

    高い累進税率の所得を減らし、売却時に分離課税の税率で課税されるという意味では、税負担の時期と率が変わる効果はあります。しかし、それは税金が「なくなる」ことではありません。売却時期が5年以内だと短期譲渡所得として高い税率がかかり、売却価格が下がっていれば、手元に残る資金は想定を下回ります。保有中の税の減少と売却時の税の増加を、一つの試算の中で通しで見ることが欠かせません。

    チェック3:借入れを何で返すかを確認する

    投資用不動産の多くは借入れを使って購入します。ここで確認したいのは、借入れの元本返済は経費にならないという点です。経費になるのは利子と減価償却費などであり、元本の返済は税引後の手取りから行うことになります。

    • 年数が経つと、利子が減って経費が少なくなる一方、元本返済は続きます。
    • 減価償却が終わる時期には経費が大きく減り、課税所得が増える一方で、手元資金は増えない状態が生じやすくなります。
    • 空室、賃料の下落、修繕費の増加、金利の上昇が重なると、返済のために給与収入を充てる必要が出てきます。

    購入前には、満室想定だけでなく、空室や修繕、金利上昇を織り込んだ場合に、返済原資を家賃収入だけでまかなえるかを確認します。「給与で補えば大丈夫」という前提は、収入が変化したときに崩れやすいものです。

    チェック4:出口の時期と方法を仮置きする

    出口とは、その不動産をいつ、どのように手放すか、あるいは誰に引き継ぐかということです。

    • 売却する場合:所有期間5年の境目、減価償却で下がった取得費、売却時の市場環境を踏まえて手取りを試算します。
    • 持ち続けて相続する場合:相続税の評価額と、相続人が管理を引き継げるかどうかを確認します。

    なお、令和8年度税制改正の大綱では、被相続人等が課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得または新築した一定の貸付用不動産について、通常の取引価額に相当する金額で評価する見直しが示されています(令和9年1月1日以後の相続等が対象。財務省)。購入して間もない時期の相続で評価額が大きく下がることを前提にした計画は、見直しが必要になる可能性があります。この見直しは2026年10月9日時点で通達案の段階にあり、通達案では、不動産特定共同事業等により小口化された貸付用不動産(特定小口化商品)についても通常の取引価額で評価する方針が示されています。また、取得価額が適正な場合は、取得価額を基に計算した額の80%で評価する方法も示されています。具体的な取扱いは、最終的な通達で確認が必要です。

    チェック5:誰の名義で持つかを決める

    不動産を誰の名義で持つかは、購入後に変えようとすると、売買や贈与として税金や登記費用がかかります。購入前に決めることが重要です。

    名義主な特徴確認したいこと
    本人(個人)手続きが簡単。不動産所得は本人の他の所得と合算本人の税率、損益通算の範囲、相続時の承継
    配偶者・家族所得を家族に分けられる場合がある購入資金の出どころ(贈与にならないか)、管理を誰がするか
    共有資金負担に応じて持分を分けられる将来の売却・相続で合意が必要になる
    法人(資産管理会社など)法人税率が適用され、役員報酬等で資金を配分できる設立・維持のコスト、借入れの条件、株式の承継

    名義の選び方は、税率の比較だけでなく、資金の出どころ、管理の担い手、将来の承継までを含めて判断する必要があります。

    購入前のチェックリスト

    項目確認すること
    所得構成現在の課税所得と税率、今後の収入の見通し
    損益通算土地部分の利子の扱い、国外中古建物の該当の有無
    減価償却建物と土地の価額の区分、耐用年数、売却時の取得費への影響
    返済原資空室・修繕・金利上昇を織り込んだ収支、元本返済の原資
    出口売却時期と税率、相続時の評価と承継者
    名義個人・家族・共有・法人のどれで持つか
    提案内容「税金が戻る」の前提、売却時の税金や修繕費の扱いが含まれているか

    実務上注意したいポイント

    • 「節税」を購入理由にしない:税負担の軽減は、保有期間全体で見ると時期がずれているだけの場合があります。物件そのものの収益力と資産価値が判断の中心です。
    • 提案書の前提を確認する:家賃の下落率、空室率、修繕費、売却価格の前提が楽観的になっていないかを確認します。
    • 家族の理解を得ておく:借入れや管理は、本人に万が一のことがあった場合に家族が引き継ぐことになります。

    AEGISの視点

    高所得者の不動産投資の相談で、AEGISが最初に確認するのは、物件ではなく「その人の所得と資産の全体像の中で、不動産にどのような役割を持たせたいか」です。毎年の手取りを増やしたいのか、将来の年金のように使いたいのか、家族に資産を残したいのかによって、選ぶべき物件も、名義も、借入れの組み方も変わります。

    不動産投資の税務は、保有中の損益通算だけを切り取ると魅力的に見えることがあります。しかし、購入・保有・売却・承継までを一本の線で試算すると、税引後に何が残るのかが初めて見えてきます。購入時に記録や名義を整えておけば、将来の売却や承継の選択肢も広がります。AEGISは、物件を選ぶ前に「取得と保有の形」を設計することが、長期の資産形成を安定させると考えています。

    不動産の判断の全体像は関連記事「不動産の購入・保有・売却を一体で考える」で、個人と法人の比較は「不動産は個人と法人のどちらで保有するか」で解説しています。

    税負担と手元資金の関係は「税負担とキャッシュフローをどう両立させるか」、マンションを相続対策として検討する場合の評価の仕組みは「居住用マンションの相続税評価はどう変わったか」もあわせてご覧ください。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    まとめ

    • 高所得者の不動産投資は、累進課税の不動産所得と、分離課税の譲渡所得という二つの仕組みの組合せで考える必要があります。
    • 不動産所得の赤字は損益通算できますが、土地取得のための負債の利子相当額などは対象外です。
    • 減価償却は保有中の所得を減らす一方、売却時の取得費を減らし、譲渡所得を増やします。
    • 元本返済は経費にならないため、空室や金利上昇を織り込んだ返済原資の確認が欠かせません。
    • 名義は購入前に、税率だけでなく資金の出どころ・管理・承継まで含めて決めます。具体的な効果は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 不動産所得が赤字になれば、必ず所得税が戻ってきますか?

    赤字のうち損益通算できる部分について、給与所得などから差し引くことができます。ただし、土地を取得するための借入金の利子に相当する部分などは損益通算できません。また、赤字が続くということは、物件の収支が厳しい可能性もあるため、税金だけでなく手元資金の動きを確認することが大切です。

    Q. 減価償却費を多く計上すると、売却時に不利になるのですか?

    建物の取得費は、購入代金などから減価償却費相当額を差し引いて計算するため、保有中に計上した減価償却費の分だけ売却時の譲渡所得は大きくなります。保有中の税負担と売却時の税負担を合わせて試算し、全体として判断することが必要です。

    Q. 5年以内に売却するとどうなりますか?

    売った年の1月1日時点の所有期間が5年以下の場合は短期譲渡所得となり、所得税30%・住民税9%が基本の税率です(ほかに復興特別所得税)。5年を超える長期譲渡所得の所得税15%・住民税5%と比べて税負担が重くなるため、出口の時期は購入前に仮置きしておくことが望まれます。

    Q. 妻の名義で購入すれば、家族全体の税金は減りますか?

    所得の低い家族の名義にすると、不動産所得にかかる税率が下がる場合があります。ただし、購入資金を本人が出していれば、その資金について贈与税の問題が生じることがあります。資金の出どころと、実際に誰が管理・運営するのかを整理したうえで判断する必要があります。

    Q. 相続対策として投資用マンションを買うのは有効ですか?

    相続税評価額と時価の差に着目した対策は、制度の見直しの対象になってきました。令和6年1月1日以後は居住用マンションの評価方法が見直され、令和8年度税制改正の大綱では、取得後5年以内の一定の貸付用不動産を通常の取引価額で評価する見直しも示されています。評価の差だけを目的にした購入は、慎重に検討することが必要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社、2014年、P.47-50
    • 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司 著、ソシム、2023年(2024年第5刷)、P.414-415、P.428-429
  • 共有名義の不動産を解消する方法|持分の買取り・現物分割・売却・共有物分割請求を比べる

    共有名義の不動産を解消する方法|持分の買取り・現物分割・売却・共有物分割請求を比べる

    相続のときに「ひとまず公平に」と兄弟で共有にした土地や建物が、年月を経て扱いにくい財産になっている。共有名義の不動産について、そうした相談は少なくありません。共有者の一人が亡くなって持分がさらに細かく分かれたり、連絡が取れない共有者が出てきたりすると、売ることも建て替えることも難しくなります。

    結論から言えば、共有の解消方法は、①話し合いで持分を一人に集める(買取り・贈与)、②土地を持分に応じて分ける(現物分割)、③全体を売って代金を分ける(換価)、④他の共有不動産と持分を交換する、⑤話し合いがまとまらない場合に裁判所の手続きを使う、の5つに整理できます。方法によって税金のかかり方も大きく異なります。

    この記事では、既に共有になっている不動産を対象に、それぞれの方法の特徴と課税関係を比べ、もめずに進めるための順番を解説します。

    共有のままでは何が困るのか

    民法では、共有物の扱いについて次のようなルールが定められています。

    • 変更:形状や効用の著しい変更を伴う変更(建替えや大規模な改造など)には、共有者全員の同意が必要です(民法251条)。
    • 管理:管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決めます。建物の賃貸借は3年、土地は5年を超えない短期のものであれば、管理として過半数で決められます(民法252条)。
    • 保存:建物の小修繕などの保存行為は、各共有者が単独で行えます。

    裏を返すと、長期の賃貸や建替え、全体の売却といった重要な判断には、全員の合意が必要になるということです。共有者の年齢が上がり、相続でさらに共有者が増えるほど、合意は難しくなります。共有の問題は、時間が経つほど解決のコストが上がる問題です。

    最初に確認したいこと:その共有は「遺産分割前」か

    共有の解消を考える前に、その不動産がどのような共有なのかを確認しておく必要があります。

    • 遺産分割前の共有(遺産共有):相続が発生したものの、遺産分割協議がまだ終わっていない状態です。原則として、遺産分割の手続きで誰が取得するかを決めることになり、共有物分割の手続きは使えません。ただし、相続開始から10年を経過したときは、一定の場合に共有物分割の手続きで扱えるようになりました(民法258条の2)。
    • 通常の共有:遺産分割で共有と決めた場合や、共同で購入した場合などです。この記事で扱う解消方法の多くは、こちらを前提としています。

    遺産分割前であれば、まずは遺産分割の中で、不動産を一人が取得して他の相続人に代償金を支払う方法(代償分割)や、売却して代金を分ける方法を検討するのが一般的です。共有にするかどうかを決める段階こそが、最も選択肢の多いタイミングです。

    共有を解消する5つの方法

    1. 持分の買取り・贈与で一人に集める

    他の共有者の持分を買い取る、または贈与を受けて、一人の単独所有にする方法です。共有者の一人が住んでいる自宅や、事業に使っている土地などで選ばれやすい方法です。

    • 売った共有者には、持分の譲渡益に対して譲渡所得の課税が生じます。
    • 親族間で時価より著しく低い価額で売買すると、買った側に、時価との差額について贈与税が課税されることがあります(相続税法7条)。
    • 贈与で集める場合は、受け取った側に贈与税がかかります。

    価格の決め方が最も話し合いの焦点になります。不動産会社の査定や不動産鑑定士の評価など、第三者が見ても合理的な根拠を用意することが、もめないための近道です。

    2. 土地を持分に応じて分ける(現物分割)

    一筆の土地を分筆し、それぞれが単独で所有する土地に分ける方法です。

    国税庁の通達では、共有している土地について、その持分に応じた現物分割があったときは、その分割による土地の譲渡はなかったものとして取り扱うとされています(所得税基本通達33-1の7)。分割後の面積の比と持分割合が一致しなくても、分割後のそれぞれの土地の価額の比が持分割合におおむね等しければ、持分に応じた現物分割に該当するとされています。

    ただし、分割後の土地が狭くなりすぎたり、道路に接しない部分ができたりすると、価値が大きく下がります。建物が建っている場合や、マンションのような区分所有建物では、現物分割は現実的でないことが多いでしょう。

    3. 全体を売って代金を分ける(換価)

    共有者全員で不動産全体を売却し、代金を持分に応じて分ける方法です。

    • 共有者それぞれに、持分に応じた譲渡所得の課税が生じます。所有期間が売った年の1月1日現在で5年を超えるかどうかで、長期・短期の税率が分かれます(国税庁 No.3208・No.3211)。
    • 自宅として住んでいた共有者には、居住用財産の特例が使える場合がありますが、要件は共有者ごとに確認する必要があります。

    全体を売ると市場で最も高い価格が付きやすく、公平感も得やすい方法です。一方で、共有者のうち一人でも売却に反対すると実行できません。

    4. 持分を交換して単独所有にする

    兄弟でA土地とB土地をそれぞれ2分の1ずつ共有しているような場合、A土地の持分とB土地の持分を交換して、それぞれが単独で所有する形にする方法です。

    土地と土地のように同じ種類の資産の交換で、互いに1年以上所有していること、交換後も交換前と同じ用途に使うこと、価額の差が高い方の20%以内であることなどの要件を満たせば、固定資産の交換の特例により譲渡がなかったものとされます(国税庁 No.3502)。交換差金を受け取った場合は、その部分に課税があります。

    5. 話し合いがまとまらない場合:裁判所の手続き

    共有者の間で協議が調わないとき、または協議ができないときは、裁判所に共有物の分割を請求できます(民法258条)。裁判所は、次のいずれかの方法で分割を命じます。

    • 現物を分割する方法
    • ある共有者に債務を負担させて、他の共有者の持分を取得させる方法(いわゆる賠償分割)
    • これらの方法で分割できない場合や、分割で価格が著しく減少するおそれがある場合は、競売

    各共有者はいつでも分割を請求できますが、5年を超えない期間で分割しない旨の契約をすることもできます(民法256条)。

    また、令和5年4月1日施行の民法改正により、所在等不明共有者(他の共有者を知ることができない、またはその所在を知ることができない場合)がいるときは、裁判所の手続きを経て、その持分を取得したり、第三者に譲渡する権限を得たりできる制度が設けられました(民法262条の2・262条の3)。取得した共有者は、時価相当額を支払う必要があります。

    方法ごとの比較

    方法合意の要否主な税金向いている状況
    持分の買取り当事者の合意売主に譲渡所得。低額なら買主に贈与税一人が住む・使う不動産
    持分の贈与当事者の合意受贈者に贈与税親子間など、対価なしで集めたい場合
    現物分割全員の合意持分に応じた分割なら譲渡なしの扱い広い更地で、分けても価値が保てる土地
    全体の売却全員の合意各共有者に譲渡所得誰も使う予定がない不動産
    持分の交換当事者の合意要件を満たせば交換の特例複数の共有不動産がある場合
    共有物分割請求不要(裁判所が判断)分割の方法に応じて課税話し合いが成立しない場合

    (民法・国税庁の資料を基にAEGISが整理。税金は主なもので、個別の状況により異なります)

    もめずに進めるための順番

    1. 登記と持分の現状を確認する:登記事項証明書で共有者と持分を確認します。亡くなった共有者がいれば、その相続人を把握します。
    2. 各共有者の希望を聞く:住み続けたい、現金化したい、持ち続けたいなど、希望は人によって異なります。
    3. 不動産の価値と使い道を把握する:査定や評価、賃貸に出した場合の収益などを確認します。
    4. 方法ごとの税引後の手取りを試算する:同じ価格でも、方法によって各人の手取りが変わります。
    5. 合意した内容を書面にし、登記まで完了させる:口約束のまま放置すると、次の相続で再び共有の問題が生じます。

    実務上注意したいポイント

    • 持分だけを第三者に売ることもできるが、価格は下がりやすい:持分のみの売却は可能ですが、買い手は共有関係ごと引き受けるため、一般に価格は全体売却の按分額より低くなりがちです。
    • 相続税評価と時価を混同しない:共有の土地の相続税評価は、全体の評価額を持分で按分して求めます。親族間の売買価格をその評価額で決めると、時価との差が贈与と見られる可能性があります。
    • 共有者の判断能力にも目を向ける:共有者が高齢で判断能力が低下すると、売却や分割の手続きが進められなくなることがあります。

    AEGISの視点

    共有は、相続の時点では「公平」に見える分け方です。しかし実際には、決定を将来に先送りする仕組みになっていることが少なくありません。共有者が増え、世代が替わるほど、一人ひとりの持分は小さくなり、合意のハードルは上がっていきます。

    AEGISは、共有の解消を検討するとき、法的な手段や税金の比較だけでなく、「その不動産を誰が、どう使い、どう次の世代に渡すのか」から考えることを大切にしています。例えば、一人が不動産を引き継ぐ代わりに他の共有者に金融資産を渡す、売却して得た資金をそれぞれの生活設計に生かす、といった形で、不動産以外の財産と組み合わせると解決の幅が広がります。

    これから共有になりそうな不動産をお持ちの場合は、遺言や民事信託(いわゆる家族信託)で、共有を避ける形をあらかじめ設計しておくことも選択肢です。

    相続前の段階で共有を避ける考え方は関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で、不動産の判断の全体像は「不動産の購入・保有・売却を一体で考える」で解説しています。

    相続した実家を兄弟で共有している場合は「相続した実家が空き家になったときの選択肢」、不動産と金融資産を組み合わせて分ける考え方は「自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継」もあわせてご覧ください。

    共有不動産の評価や譲渡の税務については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 共有不動産は、長期の賃貸、建替え、全体の売却などに共有者全員の合意が必要になり、時間が経つほど解消が難しくなります。
    • 解消方法は、持分の買取り・贈与、現物分割、全体の売却、持分の交換、裁判所での共有物分割請求に整理できます。
    • 持分に応じた土地の現物分割は、所得税では譲渡がなかったものとして扱われます。持分の売買や全体の売却では譲渡所得が、低額譲渡や贈与では贈与税が問題になります。
    • 所在等不明共有者がいる場合には、裁判所の手続きで持分を取得する制度があります。
    • 具体的な方法と課税関係は、不動産の状況と共有者の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 共有者の一人が売却に反対しています。他の共有者だけで売ることはできますか?

    不動産全体の売却には、共有者全員の同意が必要です。反対している共有者がいる場合は、自分の持分だけを売る、反対している共有者に持分を買い取ってもらう、または裁判所に共有物分割を請求するといった方法を検討することになります。

    Q. 兄弟に持分を安く売った場合、税金の問題はありますか?

    時価より著しく低い価額で売買すると、買った側に時価との差額について贈与税が課税されることがあります。また、売った側は、受け取った代金を基に譲渡所得を計算します。親族間の売買では、価格の根拠を残しておくことが大切です。

    Q. 土地を分筆して分けると、税金はかかりませんか?

    持分に応じた現物分割であれば、所得税では譲渡がなかったものとして取り扱われます。ただし、分割後の土地の価額の比が持分割合とおおむね等しいことが前提です。差がある場合は、その部分について贈与や譲渡の問題が生じる可能性があります。分筆や登記の費用は別途かかります。

    Q. 共有者の一人と連絡が取れません。どうすればよいですか?

    まず戸籍や住民票などで所在を調べます。それでも他の共有者を知ることができない、または所在が分からない場合は、令和5年4月1日施行の民法改正で設けられた制度により、裁判所の手続きを経てその持分を取得する、または譲渡する権限を得ることが考えられます。持分を取得した共有者は、時価相当額を支払う必要があります。

    Q. 相続で共有になりそうな不動産があります。今からできることはありますか?

    遺言で取得する人を決めておく、生前に売却や組換えをして分けやすい財産にしておく、民事信託(いわゆる家族信託)で管理の権限を一人に集めておく、といった方法があります。どの方法が合うかは、不動産の性質と家族の状況によって異なります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 不動産の最適活用:立地・敷地・建物・周辺需要・投資負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用を比較します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】(第4版)』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.95、P.279-280
    • 『令和6年版 土地評価の実務』小野徹 編、大蔵財務協会、2024年、P.12
  • 相続した実家が空き家になったときの選択肢|売る・貸す・残すと空き家の3,000万円特別控除

    相続した実家が空き家になったときの選択肢|売る・貸す・残すと空き家の3,000万円特別控除

    親が亡くなり、誰も住まなくなった実家をどうするか。多くの家族にとって、これは相続手続きの中でも最も判断を先送りしやすいテーマです。思い出のある家を手放すことへのためらいもあれば、兄弟姉妹の意見がそろわないこともあります。

    ただし、空き家の問題は「時間が経つほど選択肢が減る」性質を持っています。結論から言えば、相続した実家については、相続開始からおおむね3年以内に「売る・貸す・残す」の方向性を決めることが重要です。売却する場合に使える「空き家の3,000万円特別控除」には期限と細かな要件があり、空き家のまま放置すれば固定資産税の負担が増えるおそれもあるからです。

    この記事では、親の自宅に絞って、3つの選択肢の比べ方と、特例の要件、保有を続ける場合の注意点を整理します。

    実家が空き家になると、何が起きるのか

    まず、空き家になった実家を相続した人が向き合うことを確認しておきます。

    • 維持費がかかり続ける:固定資産税・都市計画税、火災保険料、水道光熱の基本料金、庭木の手入れや草刈り、定期的な換気や点検の費用がかかります。遠方であれば交通費や時間も負担になります。
    • 管理の責任を負う:建物が傷んで瓦や外壁が落ちたり、雑草や害虫が近隣に迷惑をかけたりすれば、所有者として責任を問われることがあります。
    • 登記の義務がある:令和6年4月1日から相続登記が義務化され、不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に相続登記をする必要があります。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になり得ます(法務省)。
    • 分け方が決まらないと動けない:遺産分割が終わらないまま相続人全員の共有状態が続くと、売るにも貸すにも全員の合意が必要になります。

    空き家は、持っているだけで「費用」と「責任」が発生する財産です。この前提を家族で共有することが、話し合いの出発点になります。

    3つの選択肢を比べる

    相続した実家の行き先は、大きく「売る」「貸す」「残す(自分たちで使う・そのまま持つ)」の3つです。それぞれの特徴をAEGISの視点で整理すると、次のようになります。

    選択肢向いている状況主なメリット主な注意点
    売る誰も住む予定がない、遠方で管理が難しい、相続人で分けたい管理負担がなくなる。代金を分けやすい。要件を満たせば空き家の3,000万円特別控除を使える期限内に動く必要がある。建物の状態や立地によっては買い手が付きにくい
    貸す賃貸需要がある立地、建物の状態が良い、将来使う可能性がある家賃収入で維持費をまかなえる可能性がある。資産を手元に残せる修繕・設備更新の初期投資が必要。貸すと空き家の特例は使えなくなる。賃貸経営の手間と責任
    残す相続人が住む予定がある、当面は判断を保留したい思い出の家を残せる。将来の選択肢を残せる空き家のままでは維持費と管理責任が続く。放置すると住宅用地特例が外れるおそれ

    どれが正解かは、立地、建物の状態、相続人の住まいや生活設計によって変わります。ただし、「売る」を選ぶ可能性が少しでもあるなら、特例の期限を意識して早めに検討を始めることが大切です。

    「売る」場合:空き家の3,000万円特別控除

    特例の概要

    相続した実家を売って利益(譲渡所得)が出た場合、一定の要件を満たすと、譲渡所得から最高3,000万円を控除できます。正式には「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」といい、空き家の発生を抑える目的で設けられた制度です(国税庁 No.3306、国土交通省)。

    この特例は、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの譲渡が対象です。なお、令和6年1月1日以後の譲渡で、家屋と敷地を相続した相続人が3人以上いる場合は、控除額は1人あたり2,000万円までとなります(国税庁 No.3306)。

    主な要件

    国税庁の説明をもとに、主な要件をAEGISが整理すると次のとおりです。

    区分主な要件
    家屋昭和56年5月31日以前に建築されたこと。区分所有建物の登記がされている建物(マンションなど)でないこと。相続開始の直前に被相続人以外に住んでいた人がいないこと
    相続後の使い方相続の時から売却の時まで、事業・貸付け・居住の用に使われていないこと
    売却の時期相続開始の日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
    売却の方法家屋を耐震基準に適合させて売る、家屋を取り壊して敷地を売る、または(令和6年1月1日以後の譲渡で)売却後、翌年2月15日までに買主が耐震改修や取壊しを行う
    売却代金1億円以下であること
    その他親子や夫婦など特別な関係のある人への売却でないこと。同じ被相続人から相続した家屋等について既にこの特例を受けていないこと。相続財産の取得費加算の特例など他の特例を受けていないこと

    被相続人が老人ホーム等に入所していた場合でも、要介護認定を受けていたなど一定の要件を満たせば対象になり得ます。また、申告の際には、家屋が所在する市区町村から「被相続人居住用家屋等確認書」の交付を受けて添付する必要があります(国税庁 No.3306、国土交通省)。

    見落とされやすい3つの点

    1. 「貸した時点」で使えなくなる:相続後に一時的に貸したり、相続人が住んだりすると、要件を満たさなくなります。「とりあえず貸して様子を見る」は、特例を手放す判断になり得ます。
    2. 1億円の判定は相続人全体で見る:実家を兄弟で共有で相続し、別々に売る場合でも、1億円以下かどうかは各人の持分だけでなく、他の相続人の売却分も合わせて判定する仕組みになっています。
    3. 相続税の取得費加算の特例とはどちらか一方:相続税を納めた人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに相続財産を売ると、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります(国税庁 No.3267)。空き家の特例と併用はできないため、どちらが有利かを試算して選ぶ必要があります。

    「貸す」場合:収入と引き換えに引き受けるもの

    実家を貸すと、家賃収入は不動産所得として確定申告の対象になります。固定資産税や修繕費、減価償却費などを必要経費にできる一方、古い住宅を貸すには、水回りや設備の更新、耐震性の確認などに初期投資が必要になることが少なくありません。

    また、前述のとおり、貸した実家は空き家の特例の対象外になります。将来売る可能性があるなら、「数年貸してから売る」場合と「今売る」場合とで、税引後の手取りを比べてから判断することが大切です。貸すことは、資産を残す選択であると同時に、賃貸経営という事業を始める選択でもあります。

    「残す」場合:管理の負担と固定資産税

    住宅用地特例が外れるリスク

    住宅が建っている土地には、固定資産税の課税標準を軽減する「住宅用地特例」があり、住宅1戸あたり200㎡以下の部分(小規模住宅用地)では6分の1、それを超える部分(一般住宅用地)では3分の1に軽減されています(地方税法349条の3の2)。ところが、令和5年の空家等対策特別措置法の改正(令和5年12月13日施行)により、適切に管理されていない「管理不全空家」についても、市区町村長から勧告を受けると、その敷地は住宅用地特例の対象から外れることになりました。従来から、倒壊のおそれがあるなどの「特定空家」は勧告により特例が外れる仕組みでした(国土交通省)。

    市区町村の対応は、一般に指導、勧告、命令と段階的に進みます。特例が外れると、土地の固定資産税が大きく増える可能性があります。

    「残す」なら管理の体制を決める

    実家を残すと決めた場合は、次の点を家族で決めておくことが現実的です。

    • 誰が名義人となり、誰が管理の窓口になるか
    • 維持費を誰がどの割合で負担するか
    • 点検・清掃の頻度と、管理を外部に委託するかどうか
    • いつ、どのような状態になったら、売却や賃貸を改めて検討するか

    「残す」は判断の保留ではなく、管理を続けるという意思決定です。期限と見直しの条件を決めておくと、何年も放置される事態を防ぎやすくなります。

    判断の順番:相続開始から3年をどう使うか

    空き家の特例の期限から逆算すると、相続開始後の動き方は次のように整理できます。

    時期の目安主に行うこと
    相続開始〜数か月家財の整理、建物の状態と建築時期の確認、相続人の意向の確認
    〜10か月遺産分割の方向性、相続税申告(必要な場合)、誰が実家を取得するかの決定
    〜1年半売却価格の査定、賃貸需要の確認、空き家特例と取得費加算の比較試算
    〜3年目の年末売却する場合は特例の期限内に契約・引渡し、確認書の取得

    遺産分割で「誰が実家を取得するか」を決める段階で、売却の方針まで話し合っておくと、取得のしかた(単独で取得するか、共有で取得するか、売却代金を分けるか)も決めやすくなります。

    実務上注意したいポイント

    • 建築時期を最初に確認する:昭和56年6月1日以後に建築された家屋は、空き家の特例の対象外です。登記事項証明書や建築確認の書類で確認します。
    • 家財の処分も期限に含めて考える:家財の整理には想像以上に時間がかかります。特例の期限から逆算して着手時期を決めます。
    • 共有にするなら出口まで決める:兄弟で共有のまま保有すると、後の売却や管理で合意形成が難しくなりがちです。
    • 特例ありきで判断しない:特例が使えるかどうかは重要ですが、それだけで売却時期を決めると、価格や家族の合意を後回しにしてしまうことがあります。

    AEGISの視点

    相続した実家の問題は、税金の問題である前に、家族の時間と気持ちの整理の問題です。親の暮らした家を手放すことに、すぐに答えを出せないのは自然なことです。

    そのうえでAEGISは、実家を「家族の思い出」と「維持費と責任を伴う資産」の両面から見ることをおすすめしています。売る・貸す・残すのそれぞれについて、税引後の手取り、毎年の維持費、管理の手間、家族の合意のしやすさを一つの表に並べると、感情だけでも数字だけでもない判断がしやすくなります。

    また、実家の行き先は、相続全体の財産の分け方とも結びついています。実家を取得する人と金融資産を取得する人のバランス、相続税の納税資金、将来の二次相続まで含めて考えることで、家族にとって納得感のある結論に近づきます。

    相続全体の確認事項は関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で、不動産の判断の全体像は「不動産の購入・保有・売却を一体で考える」で解説しています。

    土地として活用や売却を比べる考え方は「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」、兄弟で共有になった場合の整理の方法は「共有名義の不動産を解消する方法」で扱っています。

    相続した不動産の税務や評価については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続した実家は、相続開始からおおむね3年以内に「売る・貸す・残す」の方向性を決めることが重要です。
    • 空き家の3,000万円特別控除は、令和9年12月31日までの譲渡が対象で、昭和56年5月31日以前の建築、相続後に貸したり住んだりしていないこと、売却代金1億円以下などの要件があります。相続人が3人以上の場合は1人2,000万円までです。
    • 相続税の取得費加算の特例とは併用できないため、比較して選びます。
    • 空き家のまま管理が不十分だと、勧告により固定資産税の住宅用地特例が外れるおそれがあります。
    • 具体的な特例の適用可否は、建物・相続人・売却条件などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 実家を相続しましたが、まだ相続登記をしていません。それでも売却できますか?

    売却するには、原則として相続登記を済ませ、相続人の名義にしてから買主に移転登記をする必要があります。また、令和6年4月1日から相続登記は義務化されており、取得を知った日から3年以内の申請が求められます。売却の予定があるかどうかにかかわらず、早めに手続きを進めることが望まれます。

    Q. マンションの実家でも空き家の3,000万円特別控除は使えますか?

    区分所有建物の登記がされている建物(一般的な分譲マンション)は、この特例の対象外とされています。マンションの場合は、相続税の取得費加算の特例など、他の制度が使えるかどうかを確認することになります。

    Q. 相続後に1年だけ親族が住んでいました。特例は使えますか?

    この特例には、相続の時から売却の時まで事業・貸付け・居住の用に使われていないことという要件があります。相続後に誰かが住んでいた場合は、原則として要件を満たさないことになります。具体的な事情によって判断が分かれる場合もあるため、売却前に確認することが大切です。

    Q. 建物を取り壊して更地で売るのと、建物付きで売るのはどちらがよいですか?

    更地にすると買い手の幅が広がることがある一方、解体費用がかかり、取壊し後は住宅用地特例が適用されなくなる点にも注意が必要です。令和6年1月1日以後の譲渡では、売却後に買主が翌年2月15日までに取壊しや耐震改修を行う場合も特例の対象になり得るため、売り方の選択肢は以前より広がっています。

    Q. 兄弟3人で実家を相続しました。控除額はどうなりますか?

    令和6年1月1日以後の譲渡で、家屋と敷地を相続した相続人が3人以上いる場合、控除額は1人あたり2,000万円までとされています。あわせて、売却代金1億円以下の要件は、各人の持分ではなく相続人全体の売却分を合わせて判定する点にも注意が必要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 不動産の最適活用:立地・敷地・建物・周辺需要・投資負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用を比較します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】(第4版)』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.269-286
    • 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司 著、ソシム、2023年(2024年第5刷)、P.414-415、P.444-445
  • 不動産の購入・保有・売却を一体で考える|所有形態・収益・承継までつなぐ判断の順番

    不動産の購入・保有・売却を一体で考える|所有形態・収益・承継までつなぐ判断の順番

    不動産を買うときは不動産会社や金融機関、持っている間は管理会社、確定申告は税理士、相続のときは司法書士や税理士——。不動産に関わる判断は、場面ごとに相談先が分かれるのが普通です。それぞれの専門家は自分の担当範囲では最善を尽くしますが、その結果として、購入時の判断が売却や相続の段階で足かせになることが少なくありません。

    結論から言えば、不動産は購入する時点で「誰が、何のために、いつまで持ち、どのように手放すか(または引き継ぐか)」を仮置きしておくことが、最も確実な備えになります。この記事では、不動産の「購入 → 保有 → 売却・承継」を一つの流れとして捉え、各段階で何を確認すべきかを整理します。

    なぜ不動産の判断は分断されやすいのか

    不動産は、金額が大きく、保有期間が長く、関わる制度が多い資産です。一つの物件をめぐって、次のような異なる「ものさし」が同時に存在します。

    • 市場の価格:実際に売買が成立する価格
    • 収益の価値:賃料などから生まれる収益力
    • 税務上の評価:相続税・贈与税や固定資産税を計算するための評価額
    • 金融機関の評価:融資の担保としての評価

    これらは目的が違うため、同じ不動産でも数字が一致しません。購入時には市場価格と収益だけを見て判断し、相続のときに初めて税務上の評価や納税資金の問題に気づく——こうした「時間差」が、判断の分断を生みます。

    さらに、不動産の判断には家族が関わります。購入時は本人の判断だけで決められても、相続後は複数の相続人の合意が必要になることがあります。時間の経過とともに、意思決定に関わる人が増えていくのも不動産の特徴です。

    不動産の一生を3つの局面で整理する

    AEGISでは、不動産に関わる判断を次の3つの局面に分け、それぞれの局面が次の局面にどうつながるかを意識することをおすすめしています。

    局面主な判断お金・税務の論点次の局面へのつながり
    購入目的、物件、所有する人(名義)、資金計画取得費用、借入れ、取得費の記録名義と持分が、保有中の収益の帰属と将来の相続財産を決める
    保有収益の管理、修繕、借入れの返済、評価の把握不動産所得、手元資金、相続税評価収益の蓄積先と評価額が、売却・承継の選択肢を左右する
    売却・承継売るか、持ち続けるか、誰に引き継ぐか譲渡所得、相続税、納税資金次の世代の「購入」の出発点になる

    この表のポイントは、右端の列です。各局面の判断は、その場で完結せず、必ず次の局面の前提条件になります。

    購入時に決めておきたいこと

    目的を言葉にする

    不動産を買う目的は、自宅、賃貸収入、事業用、資産の保全、将来の承継などさまざまです。目的によって、重視すべき指標も保有期間も変わります。たとえば賃貸収入が目的なら、実際に手元に残る資金(キャッシュフロー)が中心になり、事業用であれば事業との一体性が重要になります。

    目的が曖昧なまま購入すると、保有中や売却時に「何を基準に判断するか」が定まりません。

    誰の名義で持つかを決める

    購入時の最も重要な判断の一つが、所有する人(所有主体)です。

    • 個人で単独所有する
    • 夫婦や親子で共有する
    • 法人(資産管理会社や事業会社)が所有する

    名義は、賃料などの収益が誰に帰属するか、どの税金がかかるか、そして将来の相続で何が相続財産になるかを決めます。個人で持てば不動産そのものが相続財産になり、法人で持てば相続財産になるのはその法人の株式です。

    一度決めた名義を後から変えるには、売買や贈与などの手続きが必要になり、その時点で税金や費用が生じることがあります。個人と法人のどちらで持つかの比較は、関連記事「不動産は個人と法人のどちらで保有するか」で詳しく解説しています。

    出口を仮置きする

    購入時点で、将来の出口を仮に決めておきます。「10年程度で売却する」「子に引き継ぐ」「建替えを前提に長期保有する」などです。出口が仮置きされていれば、借入れの期間や修繕の方針、名義の選び方にも一貫性が生まれます。

    購入時の記録を残す

    売却時の税金(譲渡所得)は、売却価格から取得費や譲渡費用を差し引いて計算します。購入時の契約書や費用の領収書は、売却や相続のずっと後になって必要になる書類です。保有期間が長くなるほど、記録の散逸が問題になります。

    保有中に見ておきたいこと

    収益と手元資金は別物として管理する

    賃貸不動産では、帳簿上の利益と手元に残る資金は一致しません。借入金の元本返済は経費にならない一方で、建物の減価償却費は資金の支出を伴わない経費です。返済が進み、減価償却が少なくなる時期には、利益は出ているのに手元資金が減るということも起こります。

    保有中は、少なくとも次の点を定期的に確認しておきたいところです。

    • 空室率や賃料の推移
    • 修繕・設備更新の見込みと、その資金
    • 借入れの残高と返済計画
    • 税引き後に手元に残る資金

    相続税評価を把握しておく

    相続税や贈与税では、財産は取得の時の時価で評価するのが原則とされ(相続税法第22条)、国税庁は財産評価基本通達で具体的な評価方法を定めています。不動産の場合の基本は次のとおりです(国税庁 タックスアンサーNo.4602)。

    • 土地(宅地):路線価が定められている地域は路線価方式、それ以外の地域は固定資産税評価額に一定の倍率を乗じる倍率方式で評価
    • 建物(家屋):固定資産税評価額に1.0を乗じて評価(つまり固定資産税評価額と同じ)

    さらに、アパートなどを建てて貸している土地(貸家建付地)は、自用地としての価額から、借地権割合・借家権割合・賃貸割合を用いて計算した金額を差し引いて評価します(国税庁 No.4614)。同じ土地でも、使い方によって評価額が変わるということです。

    相続税評価額と実際に売れる価格がなぜ違うのかは、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格の違い」で解説しています。

    定期的に「持ち続ける理由」を確認する

    保有中は、物件の状態や周辺の環境、家族の状況が少しずつ変わります。年に一度、決算や確定申告の時期などに、「この不動産を持ち続ける理由は今も有効か」を確認することをおすすめします。持ち続ける理由が弱くなった不動産は、売却や組替えの候補になります。

    売却を考えるときに確認したいこと

    譲渡所得の基本

    個人が土地や建物を売却したときの所得(譲渡所得)は、他の所得と分けて税額を計算する分離課税です。売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えるものは長期譲渡所得、5年以下のものは短期譲渡所得に区分されます(国税庁 No.3202)。

    区分所有期間(売却した年の1月1日時点)税率(国税庁による)
    長期譲渡所得5年超所得税15%、住民税5%
    短期譲渡所得5年以下所得税30%、住民税9%

    ※このほか復興特別所得税がかかります。居住用財産の特例など、要件を満たす場合に適用できる特例もあります(国税庁 No.3208、No.3211)。

    所有期間の判定が「売却した日」ではなく「売却した年の1月1日」を基準にする点は、売却時期を考えるうえで見落としやすいポイントです。

    相続した不動産を売る場合

    相続した不動産を、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却した場合、一定の相続税額を取得費に加算できる特例があります(国税庁 No.3267)。相続税の納税資金のために不動産の売却を考える場合には、この期間を意識しておく必要があります。

    売る・持つ・組み替えるを比べる

    売却を検討するときは、「売った場合の手取り額」だけでなく、「持ち続けた場合に将来得られる収益と、相続時の評価・納税」もあわせて比べることが大切です。売却で得た資金を別の資産に組み替えれば、相続財産の構成も変わります。

    承継を見据えて確認したいこと

    不動産オーナーにとって、相続は避けて通れない局面です。相続が発生すると、次のような論点が一度に表面化します。

    • 期限:相続税の申告と納税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。
    • 評価:土地と建物の評価、貸している場合の減額、小規模宅地等の特例を適用できるかどうか。
    • 分割:誰がどの不動産を取得するか。分割が決まらないと、特例が使えない期間が生じることがあります。
    • 納税資金:不動産が財産の多くを占める場合、現金での納付が難しくなることがあります。
    • 登記:相続登記の申請は、令和6年4月1日から義務化されています(法務省)。

    相続前に何を確認しておくべきかは、関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で詳しく整理しています。

    実務上注意したいポイント

    税金を理由に買わない

    相続税評価額が市場価格より低くなることを理由に不動産を購入する考え方があります。しかし、税務上の評価だけを基準にすると、収益性や売却のしやすさ、修繕負担といった本来の判断軸が後回しになります。また、評価の方法自体が見直されることもあります。たとえば居住用の分譲マンションについては、令和6年1月1日以後の相続等から新しい評価方法が適用されています(国税庁 No.4667)。

    共有は「先送り」になりやすい

    相続で不動産を共有にすると、その時点では公平に見えても、売却や建替えなどの判断に複数の共有者の合意が必要になります。さらに次の相続で共有者が増えると、意思決定はより難しくなります。共有を選ぶ場合は、将来の出口まで共有者の間で話し合っておくことが大切です。

    書類と情報を一か所にまとめる

    契約書、登記事項証明書、固定資産税の課税明細書、賃貸借契約書、借入れの資料、修繕の履歴。これらが一か所にまとまっているだけで、売却や相続の局面での判断の速さと正確さが大きく変わります。

    AEGISの視点

    不動産の相談は、「この物件を買うべきか」「いつ売るべきか」「相続税はいくらか」といった個別の問いとして持ち込まれることがほとんどです。しかしAEGISは、不動産を「所有の形を設計する対象」として捉えています。

    同じ不動産でも、誰が、どのような形で持つかによって、収益の行き先、税負担、管理のしやすさ、次の世代への引き継ぎ方が大きく変わります。個人で持つのか、法人で持つのか、家族の誰が関与するのか——その選択は、税務だけでなく、収益・管理・承継のすべてに影響します。AEGISでは、所有形態を税務だけでなく収益・管理・承継まで含めて設計する考え方を「Property Ownership Design(不動産所有設計)」と呼び、不動産の判断を事業や金融資産を含めた財産全体の中に位置付けることを重視しています。

    税金は、オーナーが決めた方針を実現するための手段の一つです。まず「この不動産で何を実現したいのか」を言葉にし、その上で所有形態や売却・承継の時期を組み立てる。この順番を守ることが、長い保有期間を通じて判断をぶらさない最良の方法だと考えています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    不動産税務・資産税務に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 不動産の判断は、購入・保有・売却・承継の局面ごとに分断されやすく、購入時の判断が後の局面の前提条件になります。
    • 購入時には、目的、所有する人(名義)、資金計画、出口の仮置き、記録の保存を意識することが大切です。
    • 保有中は、収益と手元資金を分けて管理し、相続税評価(路線価方式・倍率方式、建物は固定資産税評価額)を把握しておきます。
    • 個人の譲渡所得は、売却した年の1月1日時点で所有期間5年超かどうかで長期・短期に分かれ、税率が異なります。
    • 相続では、10か月の申告期限、評価、分割、納税資金、相続登記の義務化が一度に論点になります。
    • 具体的な判断は、物件の内容や家族構成などの個別事情によって異なります。
    • 保有形態によってキャッシュフローと相続税評価は大きく変わるため、取得時はもちろん取得後も持ち方を点検し、移転コストを踏まえてもメリットが大きい場合は見直しを検討します。

    よくある質問

    Q. 不動産を買う前に、何を一番に決めるべきですか?

    購入の目的と、誰の名義で持つかです。目的が決まれば重視すべき指標や保有期間が定まり、名義が決まれば収益の帰属や将来の相続財産が決まります。物件選びや資金計画は、この2つを前提に考えると判断がぶれにくくなります。

    Q. 相続税評価額が低い不動産を買えば、相続対策になりますか?

    評価額が市場価格より低くなるケースはありますが、それだけで判断するのは避けたほうがよいと考えます。収益性や売却のしやすさ、修繕負担、家族の意向などを含めて検討する必要があります。評価方法そのものが見直されることもあり、たとえば居住用の分譲マンションは令和6年1月1日以後の相続等から新しい評価方法が適用されています。

    Q. 不動産を売るとき、所有期間はどのように数えますか?

    個人の土地・建物の譲渡では、売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えるかどうかで、長期譲渡所得と短期譲渡所得に区分されます。実際の売却日ではなく、その年の1月1日が基準になる点に注意が必要です。

    Q. 相続した不動産を売って相続税を払うことはできますか?

    可能です。その場合、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却すれば、一定の相続税額を取得費に加算できる特例があります。ただし、相続税の納付期限は申告期限と同じく10か月以内のため、売却に時間がかかる場合の資金手当てもあわせて検討が必要です。

    Q. 購入・保有・売却を一体で考えるには、どこから始めればよいですか?

    まず、現在持っている不動産の一覧を作ることから始めるのが現実的です。物件ごとに、名義、取得時期と取得費、借入れの残高、賃料などの収益、固定資産税評価額を並べるだけでも、どの物件が収益を生み、どの物件が相続や売却の局面で論点になりそうかが見えてきます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 不動産の相続税評価額と売却価格はなぜ違うのか|路線価・固定資産税評価額・時価の関係

    不動産の相続税評価額と売却価格はなぜ違うのか|路線価・固定資産税評価額・時価の関係

    相続税の試算で示された不動産の評価額と、不動産会社から提示された査定価格を見比べて、「なぜこんなに違うのか」と感じたことはないでしょうか。どちらかが間違っているわけではありません。二つの数字は、そもそも異なる目的のために、異なる方法で求められた価格です。

    結論から言えば、相続税評価額は「多くの納税者が同じ基準で申告できるように、標準化された方法で求める課税のための価格」であり、売却価格は「その物件を、その時点で、特定の買い手がいくらで買うか」という個別の価格です。この記事では、不動産をめぐる主な価格の関係を整理し、評価額と売却価格に差が生まれる理由、そして令和6年1月から適用されている居住用マンションの評価の見直しについて解説します。

    不動産をめぐる主な価格

    不動産には、目的に応じていくつもの「価格」があります。相続や売却の判断に関わる主なものを整理します。

    価格目的求め方・水準の目安根拠
    売却価格(取引価格)実際の売買売り手と買い手の合意で決まる。周辺の取引事例や収益力などを基に査定される個々の取引
    路線価相続税・贈与税の土地評価毎年1月1日を評価時点として、地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に設定国税庁
    固定資産税評価額固定資産税などの課税宅地は地価公示価格等の7割を目途に評価。土地・家屋は3年ごとに評価替え総務省
    相続税評価額相続税・贈与税の課税土地は路線価方式または倍率方式、建物は固定資産税評価額×1.0国税庁

    相続税の土地評価では、路線価が定められている地域では路線価に土地の形状などに応じた補正をして面積を乗じ、路線価が定められていない地域では固定資産税評価額に地域ごとの倍率を乗じて評価します。建物は固定資産税評価額がそのまま相続税評価額になります(国税庁 No.4602)。

    つまり、相続税評価額は、もともと市場価格より低めの水準に設定された基準(路線価や固定資産税評価額)を出発点にしているのです。

    相続税評価の原則は「時価」

    ここで一つ疑問が生まれます。相続税法では、相続や贈与で取得した財産の価額は、取得の時における時価によるとされています(相続税法第22条)。それなのに、なぜ市場価格より低い水準の評価が使われるのでしょうか。

    国税庁は、土地の時価を納税者自身が把握するのは必ずしも容易ではないことから、申告の便宜と課税の公平の観点で、毎年、路線価と評価倍率を定めて公開していると説明しています。路線価が地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途にしているのは、1年間の地価の変動なども考慮したうえでの設定です(国税庁「令和8年分の路線価等について」)。

    言い換えれば、相続税評価額は「その物件の本当の時価」をピンポイントで求めるものではなく、全国の土地を同じ基準で、安定的に評価するための仕組みです。

    評価額と売却価格に差が生まれる5つの理由

    相続税評価額と売却価格の差は、主に次の5つの理由から生まれます。

    1. 評価の水準がもともと異なる

    前述のとおり、路線価は地価公示価格等の80%程度、固定資産税評価額(宅地)は7割程度を目途に定められています。市場で地価公示価格程度の取引が成立する地域であれば、それだけで評価額と市場価格の間には一定の差があることになります。

    2. 評価の時点がずれている

    路線価は毎年1月1日が評価時点であり、固定資産税の土地・家屋の評価は3年ごとに見直され、それ以外の年度は原則として据え置かれます(総務省)。一方、売却価格は売買の時点の市場で決まります。地価が上昇・下落している局面では、この時点のずれが差を大きくします。

    3. 標準化された評価では個別性を拾いきれない

    路線価は、その道路に面する標準的な宅地を前提にした価格です。相続税評価では、奥行きや間口、形状などに応じた補正を行いますが、眺望、日当たり、周辺の人気、建物の使い勝手といった個別の魅力や欠点まですべてを反映するものではありません。人気の高い立地では売却価格が評価額を大きく上回り、反対に需要の乏しい土地では、売却価格が評価額に届かないこともあります。

    4. 建物の評価の考え方が違う

    相続税評価では、建物は固定資産税評価額で評価されます。一方、売買の現場では、建物の状態や修繕の履歴、間取り、賃貸物件であれば賃料収入などによって価格が判断されます。特に賃貸物件の売買では、物件が生み出す収益から価格を考える方法が用いられることが多く、評価額とは異なる尺度で値付けされます。

    5. 貸している不動産の評価のしかた

    アパートなど自分で建てて貸している建物の敷地(貸家建付地)は、自用地としての価額から、借地権割合・借家権割合・賃貸割合を用いて計算した額を差し引いて評価されます(国税庁 No.4614)。相続税評価では「貸していること」が減額の要因になる一方、市場では満室で安定した賃料を生む物件は収益物件として評価され、必ずしも価格が下がるわけではありません。ここでも二つの価格は別の方向を向くことがあります。

    居住用マンションの評価の見直し(令和6年1月1日以後)

    評価額と市場価格の差が特に大きくなりやすかったのが、分譲マンションです。マンションは一室あたりの敷地の持分が小さく、建物の固定資産税評価額も市場での取引価格に比べて低くなりやすいため、相続税評価額が市場価格を大きく下回るケースが見られました。

    こうした状況を受け、国税庁は「居住用の区分所有財産の評価について」(法令解釈通達)を定め、令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した居住用の区分所有財産(いわゆる分譲マンション)について、新しい評価方法を適用しています(国税庁 No.4667)。

    新しい評価方法の考え方

    新しい方法では、従来の方法で求めた建物(区分所有権)と敷地(敷地利用権)の価額に、それぞれ「区分所有補正率」を乗じて評価します。区分所有補正率は、築年数、総階数、所在階、敷地持分の狭さ(敷地持分狭小度)の4つの要素から算出される「評価乖離率」と、その逆数である「評価水準」をもとに決まります。

    評価水準区分所有補正率の扱い
    0.6未満評価乖離率×0.6を乗じる(評価額が引き上げられる)
    0.6以上1以下補正なし
    1超評価乖離率を乗じる(評価額が引き下げられる)

    (国税庁 No.4667 を基にAEGISが整理)

    つまり、相続税評価額が市場価格の水準と比べて低すぎるマンションは、一定の水準まで評価額が引き上げられることになりました。

    対象にならないもの

    次のようなものは、この評価方法の対象外とされています(国税庁 No.4667)。

    • 構造上、主として居住の用途に供されていないもの
    • 区分建物の登記がされていないもの
    • 地階を除く階数が2以下のもの
    • 居住用の専有部分が3以下で、その全てを区分所有者またはその親族の居住用に供しているもの
    • 事業用のたな卸商品等に該当するもの

    この見直しは、「評価額と市場価格の差」が制度の側から是正されることがある、という事例でもあります。評価額の低さを前提に資産の組み方を決めていた場合は、制度の変更によって前提が変わり得ることを意識しておく必要があります。

    場面ごとに、どの価格を見るか

    評価額と売却価格はどちらも正しい数字ですが、使う場面が異なります。判断の場面ごとに、どの価格を中心に見るべきかを整理します。

    場面中心に見る価格理由
    相続税の申告・試算相続税評価額課税価格の計算に用いるため
    納税資金のための売却売却価格(手取り額)実際に手元に入る資金が問題になるため
    遺産分割の話し合い相続人間で合意した基準(評価額か時価か)どちらの価格を使うかで、相続人間の公平感が変わるため
    持ち続けるか売るかの判断売却価格と、持ち続けた場合の収益資産としての実質的な価値を比べるため

    特に遺産分割では、ある相続人が評価額の低い不動産を取得し、別の相続人が現金を取得すると、評価額の上では公平でも、実際の価値では不公平に感じられることがあります。分割の基準をどの価格に置くかを、話し合いの最初に確認しておくことが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 評価額の低さだけで不動産を選ばない:評価額が市場価格より低いことは事実でも、その不動産が収益を生み、売りたいときに売れるかどうかは別の問題です。
    • 評価額が市場価格を上回ることもある:形状や接道の条件が悪い土地や、需要の乏しい地域の土地などでは、評価額のほうが高くなることもあり得ます。その場合の取扱いは個別に検討が必要です。
    • 制度の変更を前提に点検する:マンションの評価の見直しのように、評価の方法は変わることがあります。制度が変わったときに保有不動産と承継計画の何を見直すべきかは、関連記事「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で整理しています。

    AEGISの視点

    不動産の価格の話になると、「評価額を下げれば相続税が下がる」という一点に関心が集まりがちです。しかしAEGISは、評価額と売却価格の差を、「相続税の計算上の価値」と「家族にとっての実質的な価値」のずれとして捉えることが大切だと考えています。

    相続税の計算上は有利な不動産でも、売れにくく、収益も乏しく、相続人の誰も使わないのであれば、家族にとっての実質的な価値は小さいかもしれません。反対に、評価額はそれなりに高くても、安定した収益を生み、いつでも売却できる不動産は、納税資金や相続人の生活を支える力を持っています。

    AEGISでは、不動産を見るときに、相続税評価額・売却価格・収益力という複数の物差しを並べ、その不動産を誰がどのような形で持ち続けるのかという所有の設計とあわせて判断することを重視しています。相続の前にどのような確認をしておくべきかは関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で、購入から承継までの全体像は「不動産の購入・保有・売却を一体で考える」で解説しています。

    不動産の評価や資産税務に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税評価額と売却価格は、目的も求め方も異なる価格であり、一致しないのが普通です。
    • 路線価は地価公示価格等を基にした価格の80%程度、固定資産税評価額(宅地)は7割を目途に定められており、相続税評価はこれらを出発点にしています。
    • 差が生まれる主な理由は、評価の水準、評価の時点、標準化された評価と個別性、建物の評価の考え方、貸している不動産の評価のしかたです。
    • 令和6年1月1日以後に取得した居住用の分譲マンションには、評価額と市場価格の差を補正する新しい評価方法が適用されています。
    • 相続税の計算には評価額を、売却や保有の判断には売却価格や収益力を、場面に応じて使い分けることが大切です。
    • 具体的な評価額や売却価格は、物件ごとの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 路線価は、実際に売れる価格の何割くらいですか?

    国税庁は、路線価を地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定めているとしています。ただし、実際の売却価格は個別の需給で決まるため、地域や物件によって路線価との関係は大きく異なります。一律に「売却価格の8割」と考えることはできません。

    Q. 固定資産税評価額と相続税評価額は同じですか?

    建物については、相続税評価額は固定資産税評価額に1.0を乗じた額とされているため、同じになります。土地については、路線価地域では路線価を基に評価するため、固定資産税評価額とは異なります。路線価が定められていない地域では、固定資産税評価額に地域ごとの倍率を乗じて評価します。

    Q. マンションの評価の見直しは、いつから適用されていますか?

    令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した居住用の区分所有財産(いわゆる分譲マンション)から適用されています。評価水準が0.6未満の場合は評価額が引き上げられ、1を超える場合は引き下げられ、その間であれば補正は行われません。

    Q. 相続税評価額が売却価格より高い場合はどうなりますか?

    形状や接道の条件、需要の状況などにより、相続税評価額が実際に売れる価格を上回ることもあり得ます。相続税の評価は時価が原則であるため、そのような場合の取扱いは、物件の状況や根拠資料に応じて個別に検討する必要があります。

    Q. 遺産分割では、評価額と売却価格のどちらを使えばよいですか?

    法律で一律に決まっているわけではなく、相続人間で合意した基準を用いるのが一般的です。評価額を基準にすると、不動産を取得する人と現金を取得する人との間で実質的な不公平感が生じることがあるため、話し合いの初めに基準となる価格を確認しておくことをおすすめします。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
    • 不動産の最適活用:立地や建物、周辺需要から、賃貸・売却・組換え・事業活用を比較し、判断に必要な条件を整理します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報