カテゴリー: 自社株・資本設計

株価の考え方と株主構成、議決権、配当等を解説します。目的に合う評価と権利設計を考えるための情報です。

  • 中小企業の譲渡価格はどう決まるか|純資産・年買法・DCF・類似会社比較の考え方と、相続税評価との違い

    中小企業の譲渡価格はどう決まるか|純資産・年買法・DCF・類似会社比較の考え方と、相続税評価との違い

    会社を売るときの価格は、一つの計算式で自動的に決まるものではありません。

    結論から言えば、中小企業のM&Aでは、①いくつかの評価方法で「価格の目安となる幅」をつくり、②買い手の調査(デュー・ディリジェンス)で見つかった事実を反映し、③交渉で当事者が合意した金額が譲渡価格になります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、算出された金額がそのまま譲渡額になるわけではなく、最終的に当事者が合意した金額が譲渡額になると説明しています。

    この記事では、中小M&Aで使われる主な評価方法の考え方と、相続税の評価との違い、価格交渉で見られるポイントを整理します。

    価格の考え方は3つのアプローチに分かれる

    会社の価値の測り方は、大きく3つのアプローチに分けられます。

    アプローチ何に着目するか主な方法中小M&Aでの使われ方
    コスト(ネットアセット)アプローチ貸借対照表の純資産簿価純資産法、時価純資産法よく使われる。ガイドラインは時価純資産法で算定されるケースが多いとしている
    マーケットアプローチ似た上場会社の株価や倍率類似会社比較法(マルチプル法)EV/EBITDA倍率法が多く用いられる
    インカムアプローチ将来生み出すキャッシュフローDCF法、収益還元法事業計画が整っている会社で使われる

    どの方法にも長所と短所があり、評価する人の立場(売り手か買い手か)によって重視する方法も変わります。実務では複数の方法で試算し、幅をもって考えるのが一般的です。

    純資産法:会社の「いまの財産」から考える

    簿価純資産法

    貸借対照表の純資産の額をそのまま株式の価値とみる方法です。分かりやすく、費用もかかりません。一方、土地の含み益や、帳簿に載っていない資産・負債がある場合は、実態を表さないことがあります。

    時価純資産法(修正簿価純資産法)

    資産と負債を時価で評価し直し、帳簿に載っていない資産・負債も加味して純資産を計算する方法です。ガイドラインは、簿外の資産・負債の例として保険の解約返戻金や退職給付債務を挙げています。中小M&Aでは、全項目ではなく、不動産や有価証券など影響の大きい項目だけを時価にする「修正簿価純資産法」もよく使われます。

    時価に直すときによく調整される項目は、次のとおりです。

    • 土地・建物:帳簿価額と時価の差(含み益・含み損)
    • 有価証券・保険積立金:時価や解約返戻金の額
    • 在庫・売掛金:実在性と回収可能性。滞留在庫や回収見込みの低い債権の減額
    • 退職給付債務:従業員が退職したときに会社が負担する見込額
    • 簿外の債務:未払いの残業代、保証債務など

    年買法:純資産に「数年分の利益」を上乗せする

    中小M&Aでよく使われるのが、時価純資産(または簿価純資産)に数年分の利益を加える方法で、「年買法」「年倍法」などと呼ばれます。上乗せ部分は、会社の収益力に対する対価、いわゆる「のれん(営業権)」にあたります。

    ガイドラインの参考資料は、加算する利益の種類(税引後利益や経常利益など)と年数(通常1年〜3年)は事例ごとに異なり、交渉で決まるケースが多いとしています。

    年買法で注意したい点は二つあります。

    • 何年分を上乗せするか:利益が今後も続く根拠(取引先の安定性、技術や許認可、人材)が強いほど、年数は長く評価されやすくなります。逆に、オーナー個人の人脈に依存している利益は、承継後に続く保証がないため短く見られがちです
    • 利益の「正常化」:決算書の利益をそのまま使うのではなく、オーナーの役員報酬や私的な経費、オーナー個人の不動産に支払っている賃料など、M&A後に変わる項目を調整した「実力の利益(正常収益力)」で考えます

    また、年買法は黒字であれば必ずのれんが乗る計算になりますが、借入金が多い会社では、将来のキャッシュフローから見た価値が時価純資産を下回ることもあります。年買法の結果だけで「この金額で売れる」と考えないことが大切です。

    類似会社比較法(マルチプル法):上場会社の倍率を借りる

    似た事業を行う上場会社の株価と財務指標から倍率を求め、対象会社に当てはめる方法です。ガイドラインは、中小M&AではEV/EBITDA倍率法が多く用いられるとし、次の算式を示しています。

    株式価値 = EBITDA × EV/EBITDA倍率 - 純有利子負債(有利子負債-現預金)

    EBITDAは簡易的に「営業利益+減価償却費」で計算されることが多く、償却前利益とも呼ばれます。ガイドラインは、中小企業の株式は上場株式に比べて流動性が低いことを考慮し、30%程度割り引くケースもあるとしています。

    比較的客観性の高い方法ですが、規模や事業内容が大きく異なる上場会社を比較対象にすると、結果がゆがみます。

    DCF法:将来のキャッシュフローから考える

    事業計画をもとに将来のキャッシュフローを予測し、リスクを反映した割引率で現在の価値に引き直す方法です。会社の将来性を直接反映できる一方、予測や割引率の置き方で結果が大きく変わります。事業計画が整っていない中小企業では、過去の実績から簡便に計算する方法がとられることもあります。

    「企業価値」と「株式価値」は違う

    価格の話で混同されやすいのが、企業価値と株式価値(株主価値)の違いです。

    • 企業価値(EV):事業が生み出す価値に、余剰資金などの事業外資産を加えたもの
    • 株式価値:企業価値から、借入金などの有利子負債を差し引いたもの

    株式を譲渡する場合、売り手のオーナーが受け取るのは株式価値です。同じ事業価値でも、借入金が多い会社は株式価値が小さくなります。仲介会社の報酬が何を基準に計算されるかも、この違いと関係します。

    数字で見る試算のイメージ(例示)

    次の数字は、考え方を示すための仮のものです。

    項目金額
    簿価純資産8,000万円
    土地の含み益・保険の解約返戻金+3,500万円
    退職給付債務・滞留在庫の減額-1,500万円
    時価純資産1億円
    正常収益力(営業利益を役員報酬等で調整後)2,500万円
    年買法(時価純資産+正常収益力×2年分)1億5,000万円
    EBITDA(正常収益力+減価償却費500万円)3,000万円
    企業価値(EBITDA×倍率5倍と仮定)1億5,000万円
    純有利子負債(借入6,000万円-現預金4,000万円)2,000万円
    マルチプル法による株式価値1億3,000万円

    この例では、目安の幅はおおむね1億円〜1億5,000万円です。ここから、買い手の調査結果や条件交渉によって最終的な価格が決まります。

    相続税評価とは目的も方法も違う

    自社株の価値というと、相続税や贈与税の計算に使う評価額を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、相続税評価はM&Aの価格とは目的も方法も異なります。

    比較の軸M&Aの譲渡価格相続税評価(財産評価基本通達)
    目的当事者が売買する価格を決める課税の公平のため、画一的に評価する
    決め方評価方法で目安をつくり、交渉で合意定められた方式で計算
    主な方法時価純資産・年買法・マルチプル・DCF類似業種比準方式・純資産価額方式(会社規模で使い分け)、少数株主は配当還元方式
    将来の収益のれんとして評価に反映原則として直接は反映しない
    純資産の計算時価で評価し直す相続税評価額で評価し、評価差額に対する法人税額等相当額(38%)を控除

    国税庁のタックスアンサー(No.4638)によると、取引相場のない株式は、株主の区分と会社の規模に応じて原則的評価方式または配当還元方式で評価します。相続税評価の方法は、関連記事「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

    なお、取引相場のない株式の相続税評価については、国税庁の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」で2026年4月から評価方法の在り方が議論されています。2026年10月時点では議論の段階で、決定事項ではありません。議論の方向性は、関連記事「非上場株式の評価見直しの議論で何が変わりうるか」で整理しています。

    価格交渉で買い手が見るポイント

    買い手が見る点価格への影響の例
    正常収益力オーナー関連の経費を調整した後の利益が、評価の土台になる
    簿外債務・偶発債務未払残業代、税務上の問題、訴訟の可能性は減額や補償条項につながる
    オーナー依存度取引先や技術がオーナー個人に結びついていると、のれんが低く見られやすい
    取引先の集中売上が特定の取引先に偏っていると、リスクとして評価される
    株主の整理名義株や連絡のとれない株主がいると、取引の前提が崩れる
    事業用不動産オーナー個人所有の本社・工場をどう扱うかで価格と条件が変わる
    経営者保証・借入保証の解除や借入の引継ぎ条件が、実質的な手取りを左右する

    価格は、支払い方の条件とも一体です。役員退職金との組み合わせ、分割払い、一定の業績達成で追加の対価を払う条項(アーンアウト)、表明保証の範囲などによって、同じ「価格」でも売り手の手取りとリスクは大きく変わります。株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶかでも、受け取る人と税金が変わります。取引形態の違いは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 評価書の数字は「交渉の出発点」:仲介会社などが示す評価額は目安です。ガイドラインは、仲介者は確定的なバリュエーションは行えず、必要に応じて士業等専門家の意見を求めることができる旨の説明を求めています
    • 手取りで考える:個人株主が株式を譲渡した場合、譲渡益には株式の譲渡所得として所得税・住民税がかかります。仲介手数料などの費用も差し引いて、手元に残る金額で比べます。手数料の仕組みは関連記事「M&A仲介を使う前に確認したいこと」で解説しています

    • 準備で価格は変わる:正常収益力の説明資料、株主の整理、不動産の所有関係の整理は、売却の数年前から進めておくほど価格と条件に反映されやすくなります

    AEGISの視点

    AEGISは、譲渡価格を「会社の値段」であると同時に、オーナー家の資産を組み替える価格だと考えています。売却で受け取る金額は、税金と費用を差し引いた後、オーナー家の生活、次の世代への承継、場合によっては社会への還元に使われます。

    そのため、価格の検討は「いくらで売れるか」だけでなく、「株式・不動産・退職金をどう組み合わせると、手取りとリスクのバランスがよいか」まで広げて考えることが大切です。また、相続税評価とM&Aの価格は別物ですが、売却をせずに親族へ承継する場合との比較では、両方を並べてみることで判断の材料が増えます。

    会社売却の準備をいつから始めるかの全体像は、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で整理しています。

    自社株の評価や資本設計の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 中小企業の譲渡価格は、評価方法で目安の幅をつくり、調査と交渉を経て当事者が合意した金額で決まります。
    • 中小M&Aでは、簿価純資産法・時価純資産法、純資産に数年分の利益を加える方法、EV/EBITDA倍率法がよく使われます。
    • 株式の売り手が受け取るのは、企業価値から有利子負債を差し引いた株式価値です。
    • 相続税評価は課税のための画一的な評価で、M&Aの価格とは目的も方法も異なります。
    • 価格は支払い方や条件と一体で、手取りとリスクで比べることが大切です。

    よくある質問

    Q. 会社の売却価格は、純資産の額が下限になりますか?

    必ずしもそうではありません。時価純資産が売り手の希望の出発点になることは多いものの、将来の収益力が低い会社や借入金が多い会社では、買い手が純資産を下回る価格を提示することもあります。

    Q. 「利益の何年分」は、何年が一般的ですか?

    中小M&Aガイドラインの参考資料は、加算する利益の年数は通常1年〜3年で、事例ごとに異なり交渉で決まることが多いとしています。利益の持続性や、オーナーへの依存度によって評価は変わります。

    Q. 赤字の会社でも値段はつきますか?

    つく場合があります。時価純資産に価値がある場合や、買い手が自社の事業と組み合わせることで収益が見込める場合です。ガイドラインも、債務超過だからといって廃業しか選択肢がないとは限らないとしています。

    Q. 相続税評価額で売れば、税務上の問題はありませんか?

    M&Aの価格と相続税評価は目的が違います。第三者との取引であれば、当事者が合意した価格が基本になります。一方、親族や役員、オーナーが支配する会社との取引では、税務上の時価との差によって別の課税が生じることがあるため、個別の確認が必要です。

    Q. 価格を上げるために、売却前にできることはありますか?

    正常収益力を説明できる資料を整えること、株主や事業用不動産の所有関係を整理すること、オーナー個人に依存している取引や業務を組織に移すことなどが挙げられます。いずれも時間がかかるため、売却を考え始めた段階から取り組むことが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    • 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)および参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁 タックスアンサー No.4638「取引相場のない株式の評価」(令和8年4月1日現在法令等)
      https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4638.htm
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」資料(第1回:2026年4月20日、第6回)
      確認日:2026-10-10

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.16-26
    • 『企業買収の実務プロセス』木俣貴光著、中央経済社、2010年(2012年第9刷)、P.79-111
  • 株式の配当を社会貢献に回す公益信託|株式配当活用型の契約の組み立て、受託者と信託管理人、みなし譲渡非課税と議決権

    株式の配当を社会貢献に回す公益信託|株式配当活用型の契約の組み立て、受託者と信託管理人、みなし譲渡非課税と議決権

    保有している株式の配当を、毎年、奨学金や地域の活動への助成に充てる仕組みはつくれるのか。財団法人を設立しなくても、2026年(令和8年)4月1日に施行された新しい公益信託制度を使えば、その選択肢があります。

    内閣府は、令和8年5月に「公益信託における信託契約イメージ(株式配当活用型公益信託)」を公表しました。上場株式と金銭を信託し、株式の配当金などで奨学金を給付する公益信託を想定した契約の例です。

    結論として押さえておきたいのは次の4点です。

    • 株式を信託財産にでき、配当を公益事務(奨学金の給付など)に充てる設計が可能です。
    • 個人が値上がりした株式を拠出すると、原則としてみなし譲渡所得が課税されますが、国税庁長官の承認(承認特例など)を受ければ非課税にできます。
    • 公益信託の信託財産として、他の会社の議決権の過半数を有する株式は保有できないのが原則で、自社株を使う場合は経営権との関係を先に整理する必要があります。
    • 信託した財産は委託者に戻らず、終了時の残余財産も公益目的の先に帰属します。

    この記事では、内閣府の契約イメージに沿って、株式配当活用型の公益信託をどう組み立てるかを整理します。

    株式配当活用型公益信託とは

    公益信託は、委託者が契約や遺言で受託者に財産を託し、受託者がその財産を使って公益事務を行う仕組みです。特定の受益者がいないため、受託者を監督する信託管理人を置くことが必須とされ、行政庁の認可を受けて効力が生じます。

    株式配当活用型は、その中でも次のような形を想定したものです(内閣府の契約イメージの想定ケース)。

    • 委託者が、上場株式と金銭を受託者に信託する
    • 株式は売却せずに保有し、配当金は預金などで運用する
    • 配当金と金銭を、奨学金の給付などの公益事務に充てる
    • 奨学生の選考のため、合議制の機関として「選考委員会」を置く
    • 当初と同じ株式の追加信託や、第三者からの金銭の寄附も受け入れられる

    元本である株式を取り崩さず、その果実である配当を毎年の活動資金にするという点で、「基金」を持つ財団に近い発想を、法人をつくらずに実現する方法といえます。公益信託と財団の違い全般については、親記事「公益信託の新制度と財団の違い」で解説しています。

    新しい制度で株式の信託が現実的になった

    旧制度の公益信託は、主務官庁の許可制のもとで、信託財産は事実上金銭に限られ、受託者も信託銀行などが中心でした。新しい公益信託法(令和6年法律第30号)では、次の点が変わりました。

    • 信託財産として、金銭のほか株式や不動産なども受け入れられるようになった
    • 受託者として、信託会社のほか公益法人、NPO法人などが想定されるようになった
    • 主務官庁の許可から、行政庁(内閣総理大臣または都道府県知事)の認可に一本化された
    • 令和6年度税制改正により、認可を受けた公益信託には、公益法人とおおむね同等の税制優遇が適用されるようになった

    なお、旧制度で設定された公益信託は、施行日から2年間の移行期間内(令和10年3月31日まで)に移行認可を申請することで、新制度の公益信託となることができます。

    契約の組み立て:何をどこに書くか

    内閣府の契約イメージは、条項ごとに「必要的記載事項(定めがないと認可されないもの)」「相対的記載事項(予定がある場合に定めが必要なもの)」「任意的記載事項」を区別しています。株式配当活用型で特に検討したい項目を、AEGISで整理すると次のとおりです。

    契約で決めること主な内容株式型で考えたいポイント
    目的と公益事務何のために、どの地域で、どのような事務を行うか配当水準で継続できる規模の事務にする
    信託財産の受入れ当初信託財産、追加信託、第三者からの寄附どの株式を何株、金銭をいくら入れるか
    株式・金銭の管理と運用振替口座での管理、金銭の運用方法、増資への対応原則として株式を売却しないのか、買換えを認めるのか
    議決権・株主権の行使誰が、どの手続で行使するか信託管理人の同意、内部規程、助言の受け方
    基金みなし譲渡非課税(承認特例)用の区分管理基金規程と基金明細書の作成体制
    合議制の機関選考委員会の構成・権限委託者や受託者の親族等の比率
    信託報酬受託者・信託管理人の報酬基準配当収入とのバランス
    終了事由と残余財産目的達成・不達成のほか、株式に関する事由連続無配や株価下落時の扱い

    契約イメージでは、終了事由として通常の目的達成・不達成に加え、「一定期間連続して無配当となった場合」や「株価が一定額を下回った場合」といった株式特有の事由を加える例が示されています。配当に依存する仕組みである以上、配当が出なくなったときにどうするかを最初に決めておくことが重要です。

    受託者と信託管理人の役割

    受託者

    受託者は信託財産の名義人となり、株式の管理、配当の受領、奨学金の給付などの公益信託事務を行います。行政庁は、受託者が公益信託事務を適正に処理するために必要な経理的基礎と技術的能力を持っているかを審査します。受託者には善管注意義務、忠実義務、分別管理義務などが課され、受託者が法人の場合は理事等も一定の場合に責任を負います。

    契約イメージでは、受託者として一般社団法人を想定しています。委託者自身が設立した法人を受託者にする設計も考えられますが、後述するみなし譲渡非課税の承認特例では、寄附者が受託者の理事等やその親族等でないことが要件の一つになっている点に注意が必要です。

    信託管理人

    信託管理人は、委託者・受託者から独立した立場で受託者を監督します。委託者や受託者の親族等は信託管理人になれません。事業計画や財務諸表の承認、受託者の選任・解任への関与、利益相反行為の承認などの権限を持ちます。

    株式配当活用型の契約イメージでは、議決権の行使、増資への払込み、基金への組入れなど、株式に関わる重要な判断の多くに信託管理人の同意を要する形になっています。誰に信託管理人を依頼するかは、仕組み全体の信頼性を左右します。

    現物拠出のみなし譲渡所得の非課税

    個人が株式などの現物を公益信託に拠出すると、原則として、取得時から拠出時までの値上がり益に所得税が課税されます(みなし譲渡所得)。ただし、一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けると、この所得税は非課税になります(租税特別措置法40条1項後段)。制度には「一般特例」と「承認特例」があり、株式配当活用型の契約イメージは承認特例の利用を前提にしています。

    承認特例の主な要件は次のとおりです(内閣府の契約イメージ・手引き)。

    • 寄附者が、受託者・信託管理人(法人の場合はその理事等を含む)やその親族等に該当しないこと
    • 寄附財産を、行政庁の証明を受けた「基金」で、他の経理と区分して管理すること
    • 寄附の受入れと基金での管理について、合議制の機関の決定または信託管理人の同意があること
    • 基金明細書を、毎信託事務年度終了後3か月以内に行政庁へ提出し、5年間保存すること

    手続面では、承認申請書を寄附の日から4か月以内または寄附した年分の確定申告期限のいずれか早い日までに、所轄税務署長を経由して国税庁長官に提出します(国税庁 No.3108)。承認特例では、株式などの場合、申請から3か月以内に承認・不承認の判断がなければ承認があったものとみなされる仕組みがあります。

    注意したいのは、承認後の管理です。承認特例を受けた株式を売却する場合は、売却による収入金額の全部で買換えを行う必要があり、合議制の機関の決定または信託管理人の同意も必要です。公益信託の認可が取り消された場合などには、非課税承認が取り消され、寄附者または受託者に課税されることがあります。また、承認特例には財務省令で定める要件もあるため、自社株のような非上場株式を拠出する場合は、要件の当てはめを個別に確認する必要があります。

    財団などへの寄附を含む措置法40条の制度全体は、関連記事「財団に土地や株式を寄附したときの譲渡所得の非課税」で整理しています。

    寄附金控除・信託財産の非課税

    認可を受けた公益信託では、個人が拠出した場合の寄附金控除(所得控除)、法人が拠出した場合の別枠の損金算入、信託財産に生じる所得の非課税(利子・配当などの源泉所得税を含む)といった税制優遇があります。配当を受け取るたびに源泉所得税が差し引かれないことは、配当を原資とする仕組みにとって実務上の意味があります。具体的な控除額は、寄附者の所得や寄附額によって異なります。

    議決権と自社株の扱い

    過半数の議決権を持つ株式は保有できない

    公益信託法8条12号は、信託財産に他の団体の意思決定に関与することができる株式などが属しないことを認可の基準としています。公益信託認可等ガイドラインでは、議決権の過半数を有する株式を信託財産として保有することはできないとされ、無議決権株式は規制の対象外と整理されています。株式を通じて営利企業の事業を実質的に支配することを防ぐための規律です。

    議決権は「公益信託の目的」に沿って行使する

    信託財産に属する株式の議決権は、株主である受託者が行使します。受託者は信託の本旨に従う義務があるため、議決権も公益信託の目的を踏まえて行使する必要があります。契約イメージの解説では、受託者が信託行為や内部規程に基づいて行使する方法、委託者や外部の助言をもとに受託者が判断する方法、議決権行使を委託する方法が挙げられ、信託行為で手続を定めることが適切とされています。

    自社株を公益信託に入れる場合、オーナー一族の経営権を維持するための手段として議決権を使う設計は、制度の趣旨と合いません。議決権の過半数に届かない範囲であっても、受託者がどのような方針で議決権を行使するかを、契約や内部規程で明確にしておくことが大切です。財団が保有する自社株の議決権の考え方は、関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」も参考になります。

    配当の変動にどう備えるか

    配当は会社の業績や配当方針によって変動します。公益信託には、中期的(5年)な収支の均衡、公益事務の割合(費用ベースで70%以上)、使途の定まっていない財産の保有制限といった財務の規律もあります。配当が多い年に使い切れない、少ない年に給付が足りないということが起きないよう、次の点を設計段階で考えておきます。

    • 配当の過去の推移と、減配・無配の可能性
    • 毎年の給付額を固定するのか、配当に連動させるのか
    • 金銭をあわせて信託し、配当の変動を吸収する余地を持たせるか
    • 連続無配や株価下落を終了事由にする場合、その水準をどう決めるか

    株式の配当を原資とする活動資金の考え方は、関連記事「株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか」でも整理しています。

    AEGISの視点

    株式の配当を社会貢献に回す仕組みは、オーナーにとって「資産を手放さずに貢献し続ける」方法に見えるかもしれません。しかし公益信託では、信託した株式は委託者の手を離れ、受託者が公益目的のために管理し、残余財産も委託者や相続人には戻りません。AEGISは、この「手放す」という性質を受け入れられるかどうかが、最初の判断になると考えています。

    そのうえで、株式配当活用型の公益信託は、財団法人を設立・運営するほどの規模や体制は必要ないが、長く続く支援をしたいという方にとって、有力な器になりえます。特に、上場株式や一部の自社株を使い、議決権の過半数とは切り離して社会貢献の原資にする場合、事業承継と社会貢献を一つの設計として考える余地が生まれます。

    検討の順番としては、①何を支援したいのか、②どの株式をどれだけ手放せるのか、③経営権や家族への配分との関係、④受託者と信託管理人を誰に依頼するか、⑤税務上の承認手続、の順に整理すると、判断がぶれにくくなります。財団関連の税務や承継の論点は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 新しい公益信託制度(2026年4月施行)では、株式を信託し、その配当を奨学金などの公益事務に充てる「株式配当活用型」の設計が可能です。
    • 内閣府の契約イメージでは、株式の管理、議決権行使、基金、選考委員会、株式特有の終了事由などの定め方が示されています。
    • 個人が株式を拠出する場合、承認特例などで国税庁長官の承認を受ければ、みなし譲渡所得を非課税にできます。承認後の売却には買換えなどの要件があります。
    • 議決権の過半数を有する株式は信託財産にできず、議決権は公益信託の目的に沿って行使する必要があります。
    • 信託した財産は委託者に戻らないため、手放せる株式の範囲と経営権・家族への配分を先に整理することが大切です。

    よくある質問

    Q. 非上場の自社株を公益信託に入れることはできますか?

    新制度では株式を信託財産にできます。ただし、議決権の過半数を有する株式は保有できず、議決権は公益信託の目的に沿って行使する必要があります。また、みなし譲渡所得の非課税を受けるには要件を満たして承認を受ける必要があり、非上場株式の場合は配当の安定性や評価も含めて個別に検討が必要です。

    Q. 委託者が受託者や信託管理人になることはできますか?

    信託管理人は委託者・受託者から独立している必要があり、委託者やその親族等はなれません。受託者については、承認特例を使う場合、寄附者が受託者(法人の場合はその理事等を含む)やその親族等でないことが要件の一つです。

    Q. 配当が出なくなったら、公益信託はどうなりますか?

    契約で定めた終了事由によります。内閣府の契約イメージでは、一定期間連続して無配となった場合などを終了事由に加える例が示されています。終了すると清算手続に入り、残余財産は契約で定めた公益目的の帰属先に移ります。

    Q. 株式を売却して別の銘柄に買い換えることはできますか?

    契約で株式の売却や取得について定めることは可能です。ただし、承認特例を受けた株式を売却する場合は、売却収入の全額で買換えを行い、合議制の機関の決定または信託管理人の同意を得る必要があります。

    Q. 遺言で株式配当活用型の公益信託を設定できますか?

    公益信託は契約のほか遺言によって設定することもできます。遺言による場合は、受託者の引受けや認可の手続を相続開始後に進めることになるため、受託者候補との事前の調整が重要になります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団の活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・運営・税務・実行後の管理を整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れる場合の承継方法を比較します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    • 内閣府「公益信託における信託契約イメージ(株式配当活用型公益信託)」(令和8年5月公表)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府公益法人行政担当室「新しい公益信託制度について」(令和8年5月版)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府公益認定等委員会・公益法人行政担当室「公益信託認可等に関する運用について(公益信託認可等ガイドライン)」(令和7年12月)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府/都道府県「公益信託に対する個人からの現物資産拠出のみなし譲渡所得税非課税承認~証明申請等の手引き~」(令和8年6月15日現在)
      https://www.koeki-info.go.jp/
      確認日:2026-10-10
    • e-Gov法令検索「公益信託に関する法律」(8条)
      https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000030/20260401_000000000000000
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁 タックスアンサー No.3108「国や地方公共団体又は公益を目的とする事業を行う法人等に財産を寄附したとき」(令和8年4月1日現在法令等)
      https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3108.htm
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁「公益信託に財産を拠出した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」
      https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0025012-037.pdf
      確認日:2026-10-10(内閣府の手引きに記載のURL)

    書籍

    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会、P.302-307(旧制度の公益信託と見直しの経緯)
  • 医療法人の事業承継と出資持分の整理|出資の評価・払戻請求への備え・持分なし医療法人への移行をどう考えるか

    医療法人の事業承継と出資持分の整理|出資の評価・払戻請求への備え・持分なし医療法人への移行をどう考えるか

    持分のある医療法人を次の世代に引き継ぐときは、「誰が法人を運営するか(社員・理事長)」と「誰が出資持分という財産を持つか」を分けて整理することが出発点です。

    医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が法人の中に積み上がりやすく、出資持分の評価が知らないうちに大きくなっていることがあります。その結果、理事長の相続で多額の相続税がかかる、親族の出資者が退社する際に高額の払戻しを求められる、といった事態が承継の障害になり得ます。

    選択肢は大きく、①持分を残したまま計画的に後継者へ移す、②出資者全員が持分を放棄して「持分の定めのない医療法人」へ移行する、の2つです。②には、厚生労働大臣の認定を受けて移行する「認定医療法人」の制度があり、税務上の特例と組み合わせて使えます。この認定を受けられる期限は、2026年10月時点で令和11年(2029年)12月31日までとされています。

    この記事では、出資持分が承継で問題になる理由、持分を残す場合と移行する場合の考え方、判断の順番を整理します。

    持分のある医療法人とは

    医療法人には社団と財団があり、社団たる医療法人には「持分の定めのあるもの」と「持分の定めのないもの」があります。持分の定めのある社団医療法人では、出資者が出資額に応じた財産的な権利(出資持分)を持ち、定款の定めにより、退社時の払戻しや解散時の残余財産の分配を受けられる仕組みになっているのが一般的です。

    平成19年4月以降は、持分の定めのある社団医療法人を新たに設立することはできなくなりました。それ以前に設立された法人は、当分の間「経過措置医療法人」として存続が認められています。厚生労働省の公表資料によると、令和8年3月31日現在、医療法人59,893法人のうち、持分のある社団医療法人は35,104法人で、なお多数を占めています。

    承継を考えるうえで押さえたい医療法人の特徴は次の3つです。

    • 剰余金の配当ができない(医療法第54条)。利益は内部に留保され、純資産が増えていきます。
    • 社員総会の議決権は社員1人につき1個(医療法第46条の3の3)。出資の多寡と議決権は結びついていません。
    • 出資者と社員は必ずしも一致しない。出資持分を持たない社員や、社員でない出資者が存在し得ます。

    このため、医療法人の承継では「出資持分を誰に移すか」と「社員総会・理事会を誰が担うか」を、それぞれ確認する必要があります。

    出資持分が承継の障害になる3つの場面

    出資持分が問題になるのは、主に次の3つの場面です。AEGISでは、承継の検討に入る前に、この3つのどこに自院のリスクがあるかを確認することをおすすめしています。

    場面何が起きるか確認すること
    理事長などの相続出資持分が相続財産となり、評価額に応じて相続税がかかる出資持分の相続税評価額、納税資金、後継者以外の相続人への配分
    出資者の退社定款の定めに従い、退社した出資者が払戻しを請求できる定款の払戻条項の文言、払戻しに応じた場合の資金繰り
    持分の分散相続のたびに出資者が増え、法人運営と無関係な出資者が生じる出資者名簿と社員名簿、親族間の関係

    相続税:出資持分は「取引相場のない株式」に準じて評価される

    持分の定めのある社団医療法人の出資は、相続税の計算上、取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。国税庁の質疑応答事例では、類似業種比準方式を用いる場合の業種目は「その他の産業」、会社規模の区分は「小売・サービス業」によるとされています。

    医療法人は配当ができず、出資と議決権も結びついていないため、出資者は原則としてすべて同じ評価方式(原則的評価方式)で評価されることになります。少数の出資者だから低い評価で済む、とは限らない点に注意が必要です。

    内部留保が厚い医療法人ほど純資産価額が大きくなり、評価額も高くなる傾向があります。最近の決算書をもとに、一度試算しておくことが判断の起点になります。

    払戻請求:定款の文言で金額が大きく変わる

    出資者が退社した場合の払戻しは、法律に明文の規定がなく、各医療法人の定款に従います。古い定款例に沿って「出資額に応じて払戻しを請求できる」と定めている法人では、払戻額が当初の出資額にとどまらず、法人の財産の評価額に出資割合を乗じた額として算定される可能性があります。内部留保が大きい法人では、払戻しに応じることで資金繰りや診療の継続に影響が出かねません。

    払戻しを受けた側にも課税が生じます。所得税法では、法人からの退社による持分の払戻しで、出資に対応する金額を超えて受け取った部分は配当とみなされます(所得税法第25条)。払戻しの問題は、法人と出資者の双方の税負担まで含めて考える必要があります。

    分散:出資者の把握が出発点

    相続を重ねると、診療に関わっていない親族が出資者になっていることがあります。まずは出資者名簿と社員名簿を突き合わせ、「誰が、どれだけの出資持分を持ち、誰が社員か」を一覧にすることが、どの選択肢をとる場合にも最初の作業です。

    持分を残したまま承継する場合の考え方

    出資持分を残したまま後継者に引き継ぐ場合は、株式会社の自社株承継と同じように、評価額を見ながら移転の方法と時期を組み合わせていきます。

    • 生前に移す:後継者への贈与や譲渡で、計画的に出資持分を移します。評価額が下がる時期(大きな設備投資の後や、役員退職金の支給後など)を見ながら進めるのが一般的です。
    • 相続で移す:遺言で後継者に出資持分を集める設計です。他の相続人の遺留分との関係も確認が必要です。
    • 社員の交代と組み合わせる:出資持分の譲渡だけでは社員の地位は移りません。定款に従った社員の入社・退社の手続や、理事・理事長の選任をあわせて行います。

    評価の仕組みは、自社株の評価と共通する部分が多くあります。原則的評価方式と配当還元方式の違いなどは、関連記事「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

    ただし、持分を残す限り、相続税と払戻しのリスクは次の世代にも引き継がれます。後継者自身が将来同じ問題に直面することも見据えて判断する必要があります。

    持分なし医療法人へ移行する場合の考え方

    もう一つの選択肢は、出資者全員が出資持分を放棄し、定款を変更して「持分の定めのない医療法人」に移行する方法です。定款の変更には社員総会の決議と都道府県知事の認可が必要です(医療法第54条の9)。いったん移行すると、持分のある医療法人に戻ることはできません。

    移行に伴う課税の基本

    国税庁の文書回答事例(平成17年4月27日回答)では、個人の出資者が持分なしの医療法人への移行に伴って出資持分を放棄する場合、譲渡所得の課税は生じないと解されています。

    一方、医療法人の側では、出資持分の放棄によって受ける経済的利益について、出資者の親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められるときは、法人を個人とみなして贈与税が課税される仕組みがあります(相続税法第66条第4項)。役員等の親族割合の制限などの要件を満たして「不当減少」に当たらない形で移行するか、次の認定医療法人制度を利用するかが、実務上の分かれ道になります。

    認定医療法人制度と税制上の特例

    認定医療法人制度は、持分なし医療法人への移行計画について厚生労働大臣の認定を受け、計画に沿って移行を進める仕組みです。厚生労働省の案内(令和8年9月15日更新)では、制度の期限は令和11年12月31日までとされています。税制上は、主に次の特例が設けられています(租税特別措置法第70条の7の9〜第70条の7の14)。

    特例内容留意点
    医療法人が受ける経済的利益への贈与税を課さない特例認定医療法人が移行期限までに持分なし医療法人へ移行する際、出資者の放棄による経済的利益に相続税法第66条第4項を適用しない移行後6年を経過する日までに認定が取り消されると、法人を個人とみなして贈与税が課される
    相続税の納税猶予・免除相続で出資持分を取得した相続人について、申告期限に認定医療法人であれば、持分に対応する相続税の納税を移行期限まで猶予し、期限までに持分をすべて放棄すれば免除担保の提供が必要
    相続税の税額控除相続開始から申告期限までに持分を放棄した場合、放棄に相当する相続税額を控除申告期限までに払戻しを受けた場合などは適用できない
    贈与税の納税猶予・税額控除他の出資者の放棄により残った出資者が受ける経済的利益への贈与税について、猶予・控除を受けられる移行計画どおりに進めることが前提

    すでに相続が発生している場合は、相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までに認定を受けている必要があるとされています。認定の申請から決定までには時間を要するため、制度の期限が近づくほど余裕がなくなる点に注意が必要です。

    移行後に変わること

    持分なし医療法人になると、出資持分という個人の財産はなくなり、相続税や払戻しの問題は生じなくなります。その代わり、法人の財産を出資者個人に戻す道は閉じられます。解散時の残余財産も、国・地方公共団体や他の医療法人など一定の者に帰属させることになります(医療法第44条第5項)。

    医療法人の運営は、引き続き社員総会と理事会が担います。移行後の承継は、財産の移転ではなく、社員と理事・理事長の交代によって行うことになります。

    判断の順番

    AEGISでは、次の順番で検討を進めることをおすすめしています。

    1. 現状の把握:出資者・社員の一覧、定款の払戻条項、直近の決算書をそろえる
    2. 評価の試算:出資持分の相続税評価額と、払戻しを求められた場合の想定額を試算する
    3. 後継者と体制の確認:後継者となる医師がいるか、社員総会・理事会をどう構成するか
    4. 選択肢の比較:持分を残して移すか、移行するか。移行するなら、要件を満たして移行するか、認定医療法人制度を使うか
    5. 期限の逆算:認定の期限や、相続が起きた場合の申告期限から逆算して工程を組む

    個人開設の診療所を引き継ぐ場合の手続は、関連記事「個人開業医の診療所を引き継ぐ方法」で、これから医院を法人化する場合の考え方は「個人の医院を医療法人にするとき」で扱っています。

    実務上注意したいポイント

    • 定款を最初に読む:払戻条項、社員の入社・退社の手続、残余財産の帰属先の定めは、法人ごとに異なります。
    • 出資者全員の合意が必要:持分なしへの移行は、出資者全員の放棄が前提です。親族関係が複雑な場合は、合意形成に最も時間がかかります。
    • 移行後の運営要件を確認する:認定医療法人の特例は、移行後も一定期間、運営に関する要件を満たし続けることが前提です。
    • 後継者がいない場合も早めに:医師の後継者がいない場合、第三者への承継や合併、解散も選択肢になります。どの道を選ぶ場合も、出資持分の整理は避けて通れません。
    • 個別事情で結論が変わる:特例の適用の可否や税額は、法人と家族の状況によって異なります。

    AEGISの視点

    医療法人の承継相談では、「持分なしに移行すべきか」という問いから始まることが少なくありません。しかしAEGISは、その前に「この医療法人を、誰の、何のための器として次の世代に残したいのか」を確認することが大切だと考えています。

    出資持分は、理事長家族にとっては大きな財産です。一方で、地域医療を担う法人にとっては、払戻しや相続のたびに経営の安定を揺るがしかねない要素でもあります。持分を残すことは家族の財産を守る選択であり、移行することは法人の永続性を優先する選択です。どちらが正しいかではなく、家族の資産全体(自宅や診療所の不動産、金融資産、退職金)と、法人の将来像をあわせて見たうえで、どこに線を引くかの問題です。

    また、医療法人の承継は、自社株の承継と比べて「経営権(社員・理事)」と「財産権(出資持分)」のずれが大きいのが特徴です。承継計画では、この二つを別々の欄に書き出し、それぞれ誰に、いつ移すのかを明確にしておくことが、親族間の行き違いを防ぐ第一歩になります。

    事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 持分のある医療法人の承継では、社員・理事長(経営)と出資持分(財産)を分けて整理します。
    • 出資持分は取引相場のない株式に準じて評価され、内部留保が厚いほど相続税や払戻しの負担が大きくなりやすくなります。
    • 持分を残して計画的に移すか、持分なし医療法人へ移行するかが大きな分かれ道です。
    • 認定医療法人制度の認定期限は、2026年10月時点で令和11年12月31日です。相続発生時は申告期限までの認定が必要とされます。
    • 具体的な評価額や特例の適用可否は、法人と家族の個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 持分のある医療法人の出資は、相続税でどのように評価されますか?

    取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。医療法人は配当ができず、出資と議決権が結びついていないため、出資者は原則として同じ評価方式で評価されます。内部留保が大きいほど評価額は高くなる傾向があるため、決算書をもとに試算しておくことをおすすめします。

    Q. 出資者が退社すると、出資額だけを返せばよいのですか?

    定款の定め方によります。出資額を限度とする定め(いわゆる出資額限度法人)であればその範囲になりますが、出資額に応じて払い戻す旨の定めの場合は、法人の財産の評価額をもとに算定される可能性があります。払戻しを受けた側では、出資を超える部分が配当とみなされて課税されます。

    Q. 認定医療法人の制度は、いつまで使えますか?

    厚生労働省の案内では、制度の期限は令和11年12月31日までとされ、その日までに移行計画の認定を受ける必要があります。税制上の特例も、この期間内に認定を受けた医療法人が対象です。期限直前は手続が混み合う可能性があるため、早めの検討が望まれます。

    Q. 理事長が亡くなった後からでも、納税猶予の特例は使えますか?

    相続税の申告期限において認定医療法人であれば、出資持分に対応する相続税の納税猶予を受けられる可能性があります。また、申告期限までに持分を放棄した場合の税額控除の特例もあります。いずれも申告期限までに認定を受けている必要があるとされるため、相続後すぐに検討を始めることが大切です。

    Q. 持分なし医療法人に移行すると、家族には何も残らないのですか?

    出資持分という財産はなくなりますが、理事長などの役員として受け取る報酬や退職金、医療法人に貸している個人所有の不動産などは、移行後も家族の財産として残り得ます。移行を検討する際は、法人の外にある家族の資産も含めて、全体のバランスを見ることが重要です。

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    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式などの評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和8年版 非上場株式の評価の仕方と記載例』松本好正 著、大蔵財務協会、P.469-489
    • 『Q&A医療機関の組織変更の実務と税務 第3版』税理士法人山田&パートナーズ 編、財経詳報社、P.29-44、P.209-234
    • 『Q&A各種法人の事業承継の実務』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版、P.113-120
  • 従業員承継(MBO)で後継者が株式を取得する方法|買取資金・持株会社・分割取得・種類株式・保証をどう組み合わせるか

    従業員承継(MBO)で後継者が株式を取得する方法|買取資金・持株会社・分割取得・種類株式・保証をどう組み合わせるか

    親族に後継者がいないとき、長く会社を支えてきた役員や従業員に経営を託す「従業員承継」は、有力な選択肢です。経営方針や社風を引き継ぎやすく、取引先や社員にも受け入れられやすいという利点があります。

    しかし、実行の段階で必ず突き当たるのが、「後継者に株式を買い取る資金がない」という問題です。業績のよい会社ほど株式の評価額は高くなり、役員や従業員が個人の貯蓄で買い取れる金額ではなくなります。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、資金力の問題は従業員承継の大きな課題とされ、種類株式や持株会社、従業員持株会を活用する方法の浸透などにより、実施しやすい環境が整いつつあるとされています。

    この記事では、役員・従業員が経営陣として株式を取得する方法(MBO:マネジメント・バイアウト)を中心に、資金の手当て、株式の持たせ方、価格と課税、借入と保証の引継ぎまで、実行の手段を整理します。承継方法そのものの比較は、関連記事「親族内承継・従業員承継・M&Aの比較」で扱っています。

    従業員承継で決めなければならない3つのこと

    従業員承継は、「経営を任せる」ことと「株式を渡す」ことを分けて考えると整理しやすくなります。実行にあたって決めるべきことは、次の3つです。

    1. 株式をどの方法で、いくらで、いつ移すか(所有の移転)
    2. その資金を誰が、どう用意するか(資金の手当て)
    3. 会社の借入と経営者保証を、誰がどう引き受けるか(債務の引継ぎ)

    この3つは互いに影響し合います。たとえば、借入で買取資金を手当てすれば、その返済は最終的に会社の利益から行うことになり、会社の借入や保証の扱いにも関わってきます。

    株式を取得する主な方法

    1. 後継者個人が買い取る

    もっとも単純なのは、後継者が金融機関から借り入れるなどして、個人でオーナーから株式を買い取る方法です。仕組みは分かりやすい一方で、後継者は役員報酬から個人の借入を返済することになり、所得税を差し引いた後の手取りで返済するため負担が重くなりがちです。株式の評価額が比較的小さい場合に向いています。

    2. 持株会社(買収目的会社)を通じて買い取る

    非上場会社のMBOで広く用いられるのが、後継者が出資して新しい会社(持株会社、買収目的会社)を設立し、その会社が金融機関から借り入れて対象会社の株式を買い取る方法です。

    • 後継者は持株会社に出資し、持株会社が対象会社の株式を取得する
    • 持株会社の借入は、対象会社からの配当などを原資に返済する
    • その後、持株会社と対象会社が合併し、対象会社の利益で借入を返済していく形をとることもある

    この方法では、後継者が用意する自己資金は買取総額の一部にとどまり、残りを借入や外部の出資で賄うことができます。借入の比率が高い形はLBO(レバレッジド・バイアウト)と呼ばれます。ただし、借入の返済は会社の将来のキャッシュフローに頼ることになるため、安定した収益が見込める事業であることが前提になります。

    3. 外部の出資者と組む

    持株会社への出資に、投資ファンドや、中小企業の自己資本の充実を目的とする投資育成会社などに加わってもらう方法もあります。資金の手当ては楽になりますが、出資者が株主として経営に関与することになり、配当方針や、将来出資者が株式を手放すときの条件(出口)を事前に確認しておく必要があります。

    4. 段階的に取得する

    一度にすべての株式を移すのではなく、数年かけて段階的に取得する方法もあります。まず役員として経営を担い、業績を上げながら株式を少しずつ取得していく形です。資金負担を分散できる一方で、業績が伸びれば株価も上がり、後半の取得価格が高くなることがあります。取得のペースと価格の決め方を、あらかじめオーナーと合意しておくことが大切です。

    5. 贈与を組み合わせる

    オーナーが一部の株式を後継者に贈与する方法もあります。法人版事業承継税制(特例措置)は、親族外の後継者も対象としており、要件を満たせば贈与税の納税猶予を受けることができます。ただし、贈与はオーナーが対価を受け取らない承継であり、オーナー家の財産や他の家族への配分との関係を整理する必要があります。制度の判断については、関連記事「法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断」を参照してください。

    資金の手当てに使える仕組み

    資金の出し手主な形確認したいこと
    後継者の自己資金持株会社への出資、株式の一部買取り後継者の生活に無理がない範囲か
    民間金融機関持株会社または後継者個人への融資返済原資となる会社の収益力、担保・保証の条件
    日本政策金融公庫事業承継向けの融資制度対象者・資金使途・限度額などの要件
    経営承継円滑化法の金融支援都道府県の認定を受けた場合の信用保険の特例や、代表者個人への融資の特例認定の要件と資金使途
    外部の出資者持株会社への出資経営への関与の程度、出口の条件
    オーナー代金の一部を後払いにする、一部を贈与する回収の確実性、オーナー家の財産設計

    日本政策金融公庫の事業承継向けの融資制度では、経営承継円滑化法に基づく認定を受けた中小企業者(代表者を含む)なども対象として示されています。経営承継円滑化法には、認定を受けた会社の代表者個人が、株式などの事業用資産を取得するための資金について融資を受けられるようにする特例も設けられています(経営承継円滑化法12条〜14条)。いずれも要件や資金使途の定めがあるため、利用を考える段階で各機関の最新の内容を確認してください。

    価格と課税の注意点

    従業員承継では、オーナーと後継者が「お互い納得できる価格」で合意することが出発点です。ただし、税務上は次の点に注意が必要です。

    • オーナー側の課税:個人が非上場株式を売却して利益が出た場合、譲渡所得として申告分離課税が適用され、税率は所得税・住民税をあわせて20%(ほかに復興特別所得税)です。
    • 個人間で低い価格で売買した場合:時価に比べて著しく低い価格で株式を譲り受けると、時価との差額は贈与を受けたものとみなされ、後継者に贈与税がかかることがあります。
    • 持株会社に低い価格で売却した場合:法人に対して時価の2分の1未満の価額で譲渡すると、オーナー側は時価で譲渡したものとみなされて課税されます。
    • 会社自身が買い取る場合:対象会社がオーナーから自己株式として買い取る形をとると、受け取る代金の一部がみなし配当として課税されることがあり、課税関係が大きく変わります。

    このように、「誰が買うか」「いくらで買うか」によって、税務上の時価の考え方と課税関係が変わります。価格は、税務上の評価と当事者間の合意の両面から検討する必要があります。

    株式の持たせ方を工夫する

    買取資金を抑えるために、株式の性質や持ち方を工夫することもあります。

    • 種類株式:議決権のある株式を後継者に、議決権を制限した株式や配当を優先する株式をオーナー家などに残すことで、後継者が少ない資金で経営権を確保する設計が考えられます。
    • 従業員持株会:一部の株式を従業員持株会に持たせ、後継者が取得すべき株式の量を減らす方法です。
    • オーナー家が一部を持ち続ける:配当を受け取る株主として残る形です。ただし、経営への関与の範囲や将来の買取りの約束を明確にしておかないと、後継者の経営の自由度や保証の解除に影響することがあります。

    議決権と配当を分ける設計は、関連記事「議決権と配当を分けて設計できるか」で詳しく解説しています。

    借入と経営者保証をどう引き継ぐか

    親族外の後継者は、親族内承継のように、保証に見合う個人財産をあわせて受け継ぐわけではありません。そのため、会社の借入に対する経営者保証を負うことへの抵抗感は、親族内承継より強くなりがちです。さらに持株会社で株式を買い取る場合は、その買収資金の借入も加わります。

    経営者保証に関するガイドラインと事業承継時の特則では、後継者の保証は前経営者の保証を当然に引き継がせるのではなく、必要性を改めて検討することとされています。会社とオーナー個人の間の貸し借りの整理、返済力の裏付け、情報開示の習慣づくりを承継前から進めることが、後継者の負担を軽くする近道です。詳しくは関連記事「経営者保証を外して事業承継する方法」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 親族株主の了解を早めに得る:事業承継ガイドラインでも、従業員承継では親族株主の理解と協力を得ることの重要性が指摘されています。
    • 債務の全体像を早めに開示する:借入、保証、役員借入金の状況を承継の最終段階で知らされると、後継者が承継を断念することがあります。
    • 少数株主の株式を整理しておく:持株会社で買い取る場合、散らばった株式の集約が必要になることがあります。強制的な手続よりも、事前の説明と合意による買取りが望まれます。
    • 他の役員・従業員との関係に配慮する:後継者が株主になることで、社内の関係が変わることがあります。

    AEGISの視点

    従業員承継の相談では、どうしても「いくらで、どう資金を集めるか」に目が向きます。しかしAEGISは、MBOを「会社の将来の利益で、会社の所有を次の経営者に移していく仕組み」と捉えています。持株会社や融資を使う方法でも、最終的に返済の原資となるのは会社が生み出すキャッシュフローです。つまり、価格を決めることは、「承継後の会社がどれだけの返済負担を背負うか」を決めることでもあります。

    だからこそ、オーナーにとって最も高い価格が、会社にとって最善とは限りません。オーナーが受け取る対価、後継者が負う借入と保証、会社に残る成長のための余力——この三つのバランスを、オーナーと後継者が同じ数字を見ながら話し合うことが大切です。代金の一部を役員退職金や配当、後払いなど別の形で受け取る設計も含めて、所有・資金・経営を一体で組み立てることが、従業員承継を成功させる鍵だとAEGISは考えています。

    事業承継全体の進め方は「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    株式の評価や承継に伴う資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 従業員承継(MBO)の最大の課題は、後継者に株式の買取資金がないことです。
    • 主な方法は、後継者個人による買取り、持株会社を通じた買取り、外部の出資者との共同、段階的な取得、贈与の組み合わせです。
    • 資金は、自己資金、民間金融機関や日本政策金融公庫の融資、経営承継円滑化法の金融支援、外部の出資などを組み合わせて手当てします。
    • 誰がいくらで買うかによって課税関係が変わるため、価格は税務上の評価と当事者間の合意の両面から検討します。
    • 借入と経営者保証の整理を承継前から進めることが、後継者の負担を軽くします。具体的な設計は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 従業員に株式を安く売ってあげてもよいのですか?

    当事者間で合意すれば売買は可能ですが、時価に比べて著しく低い価格で個人に売却すると、時価との差額が贈与とみなされ、後継者に贈与税がかかることがあります。持株会社に時価の2分の1未満で売却した場合には、オーナー側が時価で譲渡したものとみなされます。価格は税務上の評価を確認したうえで決めることが大切です。

    Q. 持株会社を使うと、何がよいのですか?

    後継者個人が借り入れて返済する場合と比べ、持株会社が借入を行い、対象会社からの配当などを返済の原資にできるため、後継者個人の負担を抑えやすくなります。一方で、会社の収益が返済の前提となるため、事業計画と返済計画の妥当性が重要です。

    Q. 後継者は会社の借入の保証人にならなければいけませんか?

    必ずしもそうではありません。経営者保証に関するガイドラインと事業承継時の特則では、後継者の保証は改めて必要性を検討することとされています。会社と個人の分離や財務基盤、情報開示の状況によって判断されるため、承継前から準備を進めることが大切です。

    Q. 株式を一度に買い取れない場合はどうすればよいですか?

    段階的に取得する、一部を贈与と組み合わせる、種類株式や従業員持株会を活用して取得する量を減らすなどの方法があります。段階的に取得する場合は、取得のペースと価格の決め方を、あらかじめオーナーと合意しておくことが望まれます。

    Q. 事業承継税制は従業員への承継にも使えますか?

    法人版事業承継税制(特例措置)は、親族外の後継者も対象としています。ただし、贈与や相続による取得が前提で、適用後も要件を満たし続ける必要があります。特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)にも注意が必要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買などの方法を比較しながら承継計画を検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、P.210-214(第5章Ⅰ)、P.18-19
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.177-178(第3章)、P.549-550、P.557-564(第5章第6節)

    その他参考資料

  • 土地保有特定会社・株式等保有特定会社とは|資産管理会社の株価が高くなりやすい理由と、判定で確認すべきこと

    土地保有特定会社・株式等保有特定会社とは|資産管理会社の株価が高くなりやすい理由と、判定で確認すべきこと

    資産管理会社の株式を評価すると、「思っていたより株価が高い」と感じることがあります。その大きな理由の一つが、特定の評価会社という区分です。

    土地保有特定会社・株式等保有特定会社とは、相続税・贈与税で非上場株式を評価するときに、総資産に占める土地等や株式等の割合が一定以上の会社を、一般の会社とは別に扱う区分です。財産評価基本通達189に定められています。これらに当たると、上場会社の株価と比べる「類似業種比準方式」を使えず、原則として会社の財産の価値を積み上げる「純資産価額方式」で評価されます。

    資産の大半が不動産や有価証券である資産管理会社は、まさにこの区分に当たりやすい会社です。この記事では、判定の基準、評価方法、判定を左右する要因を整理し、オーナーが何を確認すべきかを解説します。

    特定の評価会社とは

    非上場株式(取引相場のない株式)は、原則として、会社を規模に応じて大会社・中会社・小会社に区分し、類似業種比準方式、純資産価額方式、またはその併用で評価します(国税庁 No.4638)。評価方法の全体像は、関連記事「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

    ただし、資産の構成や営業の状況が一般の会社と大きく異なる会社に、上場会社との比較を前提とする方式をそのまま当てはめると、適正な評価にならないおそれがあります。そこで財産評価基本通達189は、次の6つを「特定の評価会社」として定め、それぞれに評価方法を設けています。

    1. 比準要素数1の会社
    2. 株式等保有特定会社
    3. 土地保有特定会社
    4. 開業後3年未満の会社等(比準要素数0の会社を含む)
    5. 開業前又は休業中の会社
    6. 清算中の会社

    複数に当たる場合は、番号が後のものが優先されるとされています。資産管理会社で特に問題になるのが、2と3です。設立して間もない資産管理会社であれば、4に当たることもあります。

    土地保有特定会社の判定基準

    土地保有特定会社は、会社の各資産を財産評価基本通達で評価した価額(相続税評価額)の合計のうち、土地等の価額の合計が占める割合(土地保有割合)で判定します。土地等には、土地のほか借地権など土地の上に存する権利も含まれます。

    判定の基準は、会社の規模によって異なります。

    会社の規模土地保有割合
    大会社70%以上
    中会社90%以上
    小会社のうち、総資産価額(帳簿価額)が卸売業20億円以上、それ以外の業種15億円以上70%以上
    小会社のうち、総資産価額(帳簿価額)が卸売業7,000万円以上、小売・サービス業4,000万円以上、それ以外の業種5,000万円以上(上の行に当たらないもの)90%以上
    上記以外の小会社該当しない

    ※財産評価基本通達189(3)をもとにAEGISが整理。会社規模は通達178の区分によります。

    ここで押さえておきたいのは、割合の計算は相続税評価額で行う一方、小会社の基準額は帳簿価額で判定するという点です。路線価が上がれば土地保有割合も上がりますし、帳簿上の総資産が基準額を下回る小規模な会社は、土地の割合が高くても土地保有特定会社には当たりません。

    また、判定の基礎となる土地等は、保有目的や期間を問わず会社が持つすべての土地等が対象とされています。販売用の土地(たな卸資産)も含まれます。

    株式等保有特定会社の判定基準

    株式等保有特定会社は、相続税評価額で計算した総資産のうち、株式等の価額の合計が占める割合が50%以上の会社です。土地保有特定会社と異なり、会社の規模にかかわらず一律の基準です。

    ここでいう株式等は、株式、出資および新株予約権付社債で、所有目的や所有期間を問いません。国税庁の質疑応答事例では、外国株式や株式制のゴルフ会員権、証券会社が商品として保有する株式は含まれる一方、証券投資信託の受益証券や匿名組合の出資は含まれないとされています。また、専門書籍の解説では、上場不動産投資信託(会社型)の投資口は含まれるとする整理が示されています。

    株式等保有特定会社になりやすいのは、次のような資産管理会社です。

    • オーナーが経営する事業会社の株式を保有している(いわゆる持株会社型)
    • 上場株式などの金融資産を会社で運用している
    • 不動産を売却して、その資金で有価証券を保有している

    当てはまると、どのように評価されるか

    区分同族株主等が取得する場合同族株主等以外が取得する場合
    土地保有特定会社純資産価額方式配当還元方式
    株式等保有特定会社純資産価額方式(納税者の選択によりS1+S2方式も可)配当還元方式
    開業後3年未満の会社等純資産価額方式配当還元方式

    ※財産評価基本通達189-3・189-4、国税庁 No.4638 をもとにAEGISが整理。

    S1+S2方式とは、会社が持つ株式等とその配当がなかったものとして、会社の規模に応じた原則的な方法で評価した部分(S1)と、株式等だけを純資産価額方式に準じて評価した部分(S2)を合計する方法です。事業の実態がある会社について、その部分に類似業種比準方式の考え方を反映させる趣旨と考えられます。

    純資産価額方式では、会社の資産と負債を相続税評価額に置き換えて1株あたりの価額を計算します。その際、次の点が評価額に影響します。

    • 評価差額に対する法人税額等相当額の控除:相続税評価額と帳簿価額の差(含み益)に一定割合を掛けた金額を差し引きます。国税庁の現行の財産評価基本通達186-2では、この割合は38%とされています(防衛特別法人税を含む税率の合計に相当する割合)。
    • 3年以内に取得した不動産:会社が課税時期前3年以内に取得・新築した土地等や家屋等は、路線価などではなく、課税時期の通常の取引価額に相当する金額で評価します(同185)。
    • 議決権割合50%以下の場合:株式の取得者とその同族関係者の議決権の合計が50%以下であれば、純資産価額の80%で評価します(同185)。

    法人税等の税率の変更が法人税額等相当額の割合にどう反映されているかは、関連記事「防衛特別法人税は中小企業にどう影響するか」もあわせてご覧ください。

    資産管理会社の株価が高くなりやすい理由

    一般の事業会社では、類似業種比準方式の比重が大きいと、会社の利益や配当の水準が株価に強く反映されます。これに対して特定の評価会社は、原則として純資産価額で評価されるため、会社が持つ財産の相続税評価額がほぼそのまま株価に表れます。

    資産管理会社は、もともと賃貸収入から生じた利益を会社に蓄積していく仕組みです。不動産や預金、有価証券が積み上がるほど純資産が増え、特定の評価会社に当たればそれがそのまま株価に反映されます。さらに、会社で不動産を取得した直後は、上記の3年ルールにより通常の取引価額で評価されるため、取得による評価の引下げ効果も限られます。

    なお、国税庁は2026年4月から有識者会議で取引相場のない株式の評価方法の見直しを検討しており、第6回会議の資料では、土地保有特定会社と株式等保有特定会社を「資産管理会社」に整理し、有価証券や賃貸不動産、現預金などの特定資産の割合(帳簿価額ベース)で判定して純資産価額方式で評価する案が論点として示されています。通達改正の内容や適用時期は本記事の確認時点(2026年10月)では示されていないため、今後の改正に注意が必要です。

    判定が変わる主な要因

    土地保有割合や株式等保有割合は、日々の資産の動きで変わります。判定に影響する要因を整理すると、次のとおりです。

    要因判定への影響の方向確認したいこと
    不動産の取得・売却土地保有割合が上下する取得後3年以内の評価、売却代金の使い道
    事業会社株式・有価証券の保有株式等保有割合が上がる持株会社としての役割、配当の流れ
    現預金の増減割合の分母が変わる納税資金・修繕資金としての必要額
    路線価・株価の変動相続税評価額ベースの割合が動く毎年の評価額の推移
    会社規模区分の変化判定基準(70%・90%)が変わる従業員数・取引金額・総資産(帳簿価額)
    設立からの年数・比準要素開業後3年未満等に該当するか設立日、配当・利益・純資産の状況

    ※AEGISが判定の考え方を整理したものです。

    判定を免れるための資産の組替えは否認され得る

    財産評価基本通達189は、課税時期前に合理的な理由もなく資産構成を変動させ、それが株式等保有特定会社や土地保有特定会社と判定されることを免れるためと認められる場合は、その変動はなかったものとして判定すると定めています。専門書籍では、直前に借入れをして総資産を膨らませるようなケースが例として挙げられています。

    評価の時点だけを意識した資産の動かし方は、かえって税務上のリスクを高めます。資産の構成を変える場合は、事業上・資産管理上の目的があることが前提です。

    オーナーが確認しておきたいこと

    • 毎期の判定を記録する:決算のたびに、相続税評価額ベースの土地保有割合・株式等保有割合と会社規模区分を試算し、推移を把握します。
    • 会社の役割を確認する:持株会社なのか、不動産賃貸会社なのか、金融資産の運用会社なのかで、どの特定会社に当たりやすいかが変わります。
    • 不動産の取得時期を把握する:3年以内に取得した不動産がある間は、評価額が高めに出る前提で計画します。
    • 株式の移転時期と組み合わせる:贈与や売買で株式を移す時期は、評価額の見通しとあわせて検討します。
    • 持合いの有無を確認する:グループ会社どうしで株式を持ち合っている場合は、評価の計算がさらに複雑になります。詳しくは関連記事「株式を持ち合うグループ会社の承継と評価」をご覧ください。

    AEGISの視点

    特定の評価会社に当たること自体は、悪いことではありません。会社の財産の実態に合った評価方法が適用されているとも言えます。問題は、オーナーが株価の水準を把握しないまま、資産を会社に積み上げ続けてしまうことです。

    AEGISは、資産管理会社の株価を「会社に何を、どれだけ持たせるか」という所有設計の結果として捉えています。土地保有特定会社になるかどうかを気にして資産を組み替えるより、会社が担う役割、蓄積した資金の使い道(修繕、借入返済、役員報酬や配当)、株式を誰にいつ移すかを先に決め、その結果として株価の推移を確認する順番が大切だと考えています。

    資産管理会社の株式と経営権を誰にどう引き継ぐかは「資産管理会社の株式と経営権の承継」で、そもそも資産管理会社をいつ設立すべきかは「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で解説しています。

    非上場株式の評価や資産構造の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 土地保有特定会社・株式等保有特定会社は、財産評価基本通達189に定める「特定の評価会社」の一部です。
    • 土地保有特定会社は、相続税評価額ベースの土地保有割合が大会社70%以上、中会社90%以上(小会社は帳簿価額の総資産と業種により70%・90%・非該当)の会社です。
    • 株式等保有特定会社は、会社規模にかかわらず株式等の割合が50%以上の会社です。
    • 当てはまると、同族株主等は原則として純資産価額方式で評価され、資産管理会社の株価は会社の財産の評価額をほぼそのまま反映します。
    • 合理的な理由のない資産の組替えは、判定上なかったものとされることがあります。具体的な判定と評価は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 賃貸マンションを持つ資産管理会社は、必ず土地保有特定会社になりますか?

    必ずではありません。判定は総資産に占める土地等の割合で行い、建物や預金、その他の資産が多ければ割合は下がります。また、小会社で帳簿価額の総資産が業種ごとの基準額を下回る場合は、土地の割合にかかわらず該当しません。毎期の決算をもとに試算して確認することが大切です。

    Q. 事業会社の株式を資産管理会社に持たせると、どうなりますか?

    資産管理会社の総資産に占める株式等の割合が50%以上になると、株式等保有特定会社に当たり、原則として純資産価額方式で評価されます。納税者の選択により、S1+S2方式で評価することもできます。持株会社にする目的や配当の流れとあわせて検討する必要があります。

    Q. 判定を避けるために、相続の前に借入れをして資産を増やしてもよいですか?

    財産評価基本通達では、合理的な理由もなく資産構成を変動させ、それが特定の評価会社と判定されることを免れるためと認められる場合は、その変動はなかったものとして判定するとされています。評価だけを目的とした資産の組替えは避け、事業上の目的に沿って判断することが重要です。

    Q. 家族以外の役員などが株式を相続した場合も、純資産価額で評価されますか?

    同族株主等以外の株主が取得した株式は、土地保有特定会社や株式等保有特定会社であっても、配当還元方式で評価されます。ただし、誰が同族株主等に当たるかは議決権割合などで判定されるため、株主構成をもとに確認が必要です。

    Q. 純資産価額方式で計算するとき、含み益にかかる税金は考慮されますか?

    相続税評価額と帳簿価額の差額(評価差額)に対する法人税額等相当額を控除して計算します。国税庁の現行の財産評価基本通達186-2では、この割合は38%とされています。この割合は、令和8年4月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した株式等の評価から適用されます(会社の決算期ではなく取得の時=課税時期で判定します)。それより前に取得した場合は従来の割合(37%)で評価します。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 資産管理会社:資産管理会社の設立と既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで確認します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和8年版 非上場株式の評価の仕方と記載例』松本好正 著、一般財団法人大蔵財務協会、P.194-213
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、P.180-181
  • 資産管理会社の定款で決めておきたいこと|譲渡制限・売渡請求・役員任期・機関設計のチェックリスト

    資産管理会社の定款で決めておきたいこと|譲渡制限・売渡請求・役員任期・機関設計のチェックリスト

    定款とは、会社の目的や株式、機関(株主総会・取締役など)の基本ルールを定めた、会社の「憲法」にあたる文書です。

    資産管理会社の定款は、設立のときに一般的なひな形をもとに作り、その後は一度も読み返していない、ということが少なくありません。家族だけが株主で、オーナーが一人で意思決定しているうちは、それでも問題は表に出ません。しかし、株式が相続で家族に分かれたとき、オーナーが判断できなくなったとき、家族の意見が割れたときに、定款に何が書いてあるかが会社の動き方を決めます。

    この記事では、資産管理会社の設立時や見直しのときに確認したい定款の項目を、①株式の譲渡制限、②相続人等に対する売渡請求、③機関設計、④役員の任期、⑤株主総会の運営、⑥株主ごとの権利の設計の順に整理します。最後にチェックリストをまとめています。

    なぜ資産管理会社の定款を見直すのか

    資産管理会社の株式は、オーナーの相続財産の中で大きな割合を占めることがあります。会社の中身(不動産や預金)は動かなくても、株式という「会社そのもの」は、相続や贈与のたびに家族の間で移っていきます。

    株式の承継で何を引き継ぐかの全体像は、関連記事「資産管理会社の株式と経営権の承継」で解説しています。本記事はその中でも、ルールとしての定款に焦点を当てます。

    定款の見直しが特に必要になりやすいのは、次のような場面です。

    • オーナーから子へ、株式の贈与や遺言による承継を始めるとき
    • 配偶者や子を役員に加える、または役員から外すとき
    • 兄弟姉妹など複数の家族が株主になる見込みがあるとき
    • 古い会社で、旧商法時代の定款をそのまま使っているとき

    1. 株式の譲渡制限と承認機関

    譲渡制限は「誰が株主になるか」を管理する仕組み

    非公開会社の多くは、定款で「株式を譲渡により取得するには会社の承認を要する」と定めています(会社法第107条)。これにより、株主が株式を第三者に売ろうとしても、会社の承認がなければ、取得者は原則として会社との関係で株主として扱われません。

    ただし、譲渡制限は株式の売却そのものを禁止する制度ではありません。株主は承認を請求する際に、承認しない場合には会社または会社が指定する買取人が買い取るよう、あわせて請求できます。その請求があれば、会社が承認しないときは、会社自身または指定買取人がその株式を買い取らなければなりません(同第138条・第140条)。株主になる人を選べる代わりに、買取りの資金と手続きが必要になるという点を押さえておきたいところです。

    承認機関を誰にするか

    譲渡を承認するかどうかは、取締役会設置会社では取締役会、それ以外の会社では株主総会が決めるのが原則で、定款で別段の定めをすることもできます(同第139条)。

    承認請求を受けてから2週間以内(定款でこれより短い期間を定めた場合はその期間)に承認するかどうかを通知しないと、承認したものとみなされます(同第145条)。この期間を意識して、実務では承認機関を「代表取締役」とする定款も見られますが、専門書籍では、取締役会より下位の機関を承認機関とすることの有効性には学説上の争いがあると指摘されています。

    取締役会を置かない資産管理会社では、株主総会を承認機関としたうえで、次のような手当てをしておく方法が考えられます。

    • 株主総会の招集通知の期間を定款で短くしておく(非公開会社は原則1週間前まで、取締役会を置かない会社は定款でさらに短縮できます。同第299条)
    • 承認請求を会社所定の書面で行うよう定め、会社は請求があれば書面を交付する旨もあわせて定める

    2. 相続人等に対する売渡請求

    相続による株式の移転は、譲渡制限では止められない

    相続は「譲渡」ではないため、譲渡制限があっても、株式は相続人に当然に引き継がれます。そこで会社法は、相続その他の一般承継で譲渡制限株式を取得した者に対し、会社がその株式を売り渡すよう請求できる旨を、定款で定めることができるとしています(同第174条)。

    制度の主な流れは次のとおりです。

    • 請求のたびに、株主総会で請求する株式の数と相手方を決める(同第175条第1項)。この決議は特別決議です(同第309条第2項)
    • 請求の相手方となる相続人は、その株主総会で議決権を行使できない(同第175条第2項)
    • 会社が相続などがあったことを知った日から1年を経過すると、請求できない(同第176条第1項)
    • 価格は当事者の協議で決め、まとまらなければ、請求の日から20日以内に裁判所に価格決定を申し立てることができる(同第177条)

    なお、会社が買い取る形になるため、分配可能額の範囲内でしか取得できないという制約(財源規制)があります。

    オーナー自身の相続にも使われ得る

    この制度で注意したいのは、定款の定めは株主全員に適用されるという点です。専門書籍では、少数株主より先に支配株主(オーナー)に相続が起きた場合、後継者が相続した株式に対して、残りの株主の決議で売渡請求がされ得るリスクが指摘されています。売渡請求の決議では相続人側が議決権を行使できないため、少数株主だけで特別決議が成立してしまう構図になり得るからです。

    家族だけの資産管理会社でも、オーナーの兄弟姉妹や前の世代から引き継いだ親族が株主に残っている場合は、同じ構図が生じ得ます。売渡請求の定めを置くかどうかは、現在の株主構成と、誰に先に相続が起きるかを想定したうえで判断する必要があります。代わりの方法として、種類株式(取得条項付株式など)や、遺言・民事信託(いわゆる家族信託)による承継先の指定を組み合わせる考え方もあります。

    株式が遺産分割前に相続人の共有になったときに議決権がどう扱われるかは、関連記事「株式が相続人の共有になったときの議決権行使」をご覧ください。

    3. 機関設計:取締役会を置くか

    株式会社には、取締役を1人以上置かなければなりません。取締役会、監査役、会計参与などは、定款の定めによって置くことができる任意の機関です(同第326条)。

    資産管理会社では、意思決定を簡素にするため、取締役会を置かず、取締役1人〜数人と株主総会だけの構成にすることが一般的です。この場合、会社の重要な事項の多くは株主総会で決めることになり、株式(議決権)を持つ人が会社を動かす構造がより直接的になります。

    一方、家族の複数人が役員として関わり、日常の判断を役員の合議で行いたい場合は、取締役会の設置も選択肢です。ただし、取締役会を置くと、譲渡承認や招集手続などのルールも変わるため、定款全体を整合させる必要があります。

    4. 役員の任期

    取締役の任期は、原則として選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までです。非公開会社(監査等委員会設置会社などを除く)は、定款によって選任後10年以内まで伸ばすことができます(同第332条)。

    資産管理会社では、役員変更の手間を減らすために10年とすることが多いですが、長い任期には注意点もあります。

    • 役員はいつでも株主総会の決議で解任できますが、正当な理由がない解任の場合、会社は損害賠償を求められることがあります(同第339条)
    • 家族の関係が変わったときに、任期の長さが役員の入替えの負担になることがある
    • 任期が長いと、役員の構成を定期的に見直す機会がなくなりやすい

    承継を見据えると、後継者がいつ役員に就くかも定款・任期と一緒に考えたい論点です。たとえば、個人が持つ土地を同族会社の事業に使っている場合、相続した親族が相続税の申告期限に役員であることが、小規模宅地等の特例(特定同族会社事業用宅地等)の要件になります。詳しくは関連記事「小規模宅地等の特例は資産管理会社でどう変わるか」で解説しています。

    5. 株主総会の運営と決議要件

    定款の変更や売渡請求の決定などの重要事項は、株主総会の特別決議(議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上の賛成。定足数は定款で3分の1以上まで引き下げ可能)で行います(同第309条第2項)。役員の選任・解任は普通決議ですが、定足数を定款で引き下げる場合も3分の1を下回ることはできません(同第341条)。

    家族の株主が増えるほど、総会の開催や決議の成立が難しくなります。次の点を確認しておきます。

    • 定足数や決議要件を定款でどう定めているか
    • 招集の期間と方法(書面・メール等)
    • 株主総会の議事録を毎年きちんと残しているか

    6. 株主ごとの権利の設計

    非公開会社では、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権について、株主ごとに異なる取扱いを定款で定めることができます(同第109条第2項、いわゆる属人的な定め)。また、議決権のない株式や取得条項付株式などの種類株式を発行する方法もあります。

    たとえば、議決権は後継者に集め、配当を受ける権利は他の家族にも残す、といった設計が考えられます。具体的な方法の比較は、関連記事「議決権と配当を分けて設計できるか」で解説しています。

    定款チェックリスト

    項目確認すること見直しのきっかけ
    目的現在と将来の事業(賃貸・管理・売買など)が含まれているか事業内容の追加、物件の取得方針の変更
    株式の譲渡制限承認機関は誰か、承認請求の方式を定めているか株主が増える、取締役会の設置・廃止
    相続人等に対する売渡請求定めの有無と、オーナー自身の相続時の影響株式の承継開始、少数株主の存在
    機関設計取締役会・監査役の有無、取締役の人数家族役員の追加、意思決定の方法の変更
    役員の任期任期の年数と、次の改選時期後継者の役員就任、家族関係の変化
    株主総会招集期間・方法、定足数・決議要件株主の分散、遠方に住む株主の発生
    株主ごとの権利属人的な定め・種類株式の有無と内容議決権と財産権を分けたいとき
    事業年度決算期が資金計画・申告の負担と合っているか賃料の入金時期、繁忙期との関係

    ※AEGISが資産管理会社の定款確認のために整理したものです。

    定款を変更するには、株主総会の特別決議が必要です。登記事項に関わる変更であれば、変更登記も必要になります。定款を変えるだけでなく、実際の運営(総会の開催、議事録、株主名簿)が定款どおりに行われているかもあわせて確認することが大切です。

    AEGISの視点

    資産管理会社は、事業会社のように取引先や従業員がいない分、会社のルールが意識されにくい会社です。しかし、AEGISは、資産管理会社こそ定款が重要になると考えています。会社の中にある不動産や資金は、最終的には株式を通じて家族の誰かが支配するものだからです。

    定款は、オーナーが元気なうちに、家族の将来の関係を想定して書いておくことができる数少ない道具です。誰が株主になり、誰が役員を務め、意見が割れたときにどう決めるのか。こうした問いへの答えを、遺言やファミリーとしての話し合いと組み合わせて定款に落とし込んでおくことで、相続の後も会社が家族の資産を守る器として機能し続けると考えています。

    資産管理会社をいつ・何のために設立するかの全体像は、「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で解説しています。

    まとめ

    • 資産管理会社の定款は、株式の相続・分散、オーナーの判断能力の低下、家族間の対立に備えるためのルールです。
    • 譲渡制限では、承認機関と、2週間以内に通知しないと承認したとみなされる点に注意します。
    • 相続人等に対する売渡請求は、株式の分散を防ぐ一方で、オーナー自身の相続時に使われるリスクもあります。
    • 機関設計と役員の任期は、後継者がいつ役員に就くかとあわせて検討します。
    • 定款の変更は株主総会の特別決議で行い、実際の運営が定款どおりかも確認します。具体的な定め方は会社と家族の状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. 家族だけの資産管理会社でも、株式の譲渡制限は必要ですか?

    多くの非公開会社と同様に、定めておくのが一般的です。家族だけの会社でも、相続や離婚、資金の必要などをきっかけに、株式が家族以外の人に渡ろうとする場面はあり得ます。譲渡制限があれば、会社の承認なしに新しい株主が加わることを防ぐことができます。

    Q. 相続人等に対する売渡請求の定めは、入れておいたほうがよいですか?

    一概には言えません。株式の分散を防ぐ手段になる一方、オーナー自身の相続の際に、後継者が相続した株式に対して他の株主の決議で売渡請求がされ得るリスクがあります。現在の株主構成、誰に先に相続が起きる可能性が高いか、会社の分配可能額などを踏まえて判断します。

    Q. 取締役の任期は10年にしておけば安心ですか?

    役員変更の手続きは減りますが、任期途中で役員を交代させたいときに、正当な理由がない解任であれば損害賠償を求められることがあります。家族の状況や後継者の就任時期を考え、必ずしも最長にする必要はありません。

    Q. オーナーが認知症になった場合、定款で備えられることはありますか?

    オーナーが株主総会で議決権を行使できなくなると、会社の重要な意思決定が止まるおそれがあります。定款だけで解決できるわけではありませんが、役員の構成や株主総会の運営ルールを整えておくことに加え、任意後見や民事信託(いわゆる家族信託)による議決権の行使者の準備とあわせて検討することが重要です。

    Q. 定款を変更するには、どのような手続きが必要ですか?

    株主総会の特別決議が必要です。変更する内容が登記事項に関わる場合は、変更登記も必要になります。変更前に、現行の定款・株主名簿・登記事項が一致しているかを確認しておくと、手続きが円滑に進みます。

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    • 資産管理会社:資産管理会社の設立と既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで確認します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    • e-Gov法令検索「会社法」(平成17年法律第86号)第107条、第109条、第138条〜第140条、第145条、第174条〜第177条、第299条、第309条、第326条、第332条、第339条、第341条(施行日2026-08-12版)
      https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
      確認日:2026-10-09

    書籍

    • 『非公開会社における少数株主対策の実務 会社法から税務上の留意点まで』永吉啓一郎 著、清文社、P.62-79、P.138-149
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、P.200-202、P.228-229
  • 自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継|財産の「性質」から役割を決める設計の考え方

    自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継|財産の「性質」から役割を決める設計の考え方

    事業オーナーの財産は、多くの場合、自社株式・不動産・金融資産の3つで構成されています。承継の相談では「株式は後継者に」「不動産は長男に」「預金は均等に」というように、財産の種類ごとに行き先を決めていく方法がよく見られます。

    しかし、財産の種類ごとに個別に決めていくと、全体として「納税資金が足りない」「後継者以外の家族に渡すものがない」「共有になった不動産が動かせない」といった問題が後から見つかることがあります。

    結論から言えば、組み合わせの設計は財産の種類ではなく「性質」から出発し、それぞれの財産に「経営を続ける」「家族に分ける」「税金を納める」のどの役割を担わせるかを決めることが出発点です。この記事では、その考え方と設計の手順を整理します。

    3つの財産は、性質がまったく違う

    まず、自社株式・不動産・金融資産の性質を、承継の観点から比べてみます。

    性質自社株式(非上場)不動産金融資産(現預金・上場株式等)
    換金のしやすさ低い(買い手が限られる)中程度(時間がかかる)高い
    分けやすさ分けられるが、分けると議決権も分散する物理的・権利的に分けにくく、共有になりやすい分けやすい
    管理・支配の担い手必要(経営判断・議決権行使)必要(修繕・賃貸管理・売却判断)比較的少ない
    評価と時価のずれ評価方法によって大きく変わる相続税評価額と売却価格が異なることが多い小さい
    収益配当(会社の方針次第)賃料(賃貸用の場合)利息・配当

    この表から分かるのは、自社株式と不動産は「持つ人に役割を求める財産」であり、金融資産は「調整に使える財産」だということです。

    財産に「役割」を割り当てる

    性質の違いを踏まえると、承継の場面で財産が担う役割は次の3つに整理できます。

    1. 経営を続けるための財産

    自社株式と、会社が事業に使っている不動産(本社・工場・店舗の土地建物など)です。これらは、後継者が経営を安定して続けるために、後継者または後継者が支配する会社に集めることが基本になります。

    会社の重要事項は株主総会で決まるため、後継者が議決権をどの程度確保できるかが承継の安定性を左右します。また、会社が使う不動産を後継者以外の家族が相続すると、会社は家族から土地を借り続けることになり、賃料や将来の売却をめぐって調整が必要になる場合があります。

    2. 家族に分けるための財産

    後継者以外の家族の生活や、家族間のバランスを保つための財産です。分けやすく、管理の負担が少ない金融資産が中心になります。賃貸不動産も候補になりますが、複数人で共有すると売却や大規模修繕の判断がまとまりにくくなるため、1物件を1人が相続するなど、共有を避ける工夫が必要です。

    3. 税金を納めるための財産

    相続税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に、金銭で納めるのが原則です(国税庁 No.4205)。換金しやすい金融資産や、相続人が受け取る死亡保険金(「500万円×法定相続人の数」までは非課税、国税庁 No.4114)が、この役割を担います。不動産を売却して納税資金をつくる場合は、売却に時間がかかることを見込み、どの不動産を売るかを事前に決めておくことが大切です。

    組み合わせを考えるときの典型的な課題

    財産の大半が自社株式の場合

    後継者に株式を集めると、他の家族に渡す財産が不足し、後継者は換金できない株式に対して多額の相続税を負担することになります。この場合の選択肢として、たとえば次のような方向性が考えられます。

    • 生前に金融資産を計画的に蓄え、他の家族への配分と納税資金に充てる
    • 後継者が他の家族に金銭を支払う形で遺産を分ける(代償分割)ための資金を準備する
    • 法人版事業承継税制の利用を検討する(特例措置を使う場合の特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日、中小企業庁)
    • 株式の一部を会社や持株会社が買い取る形で、オーナー側に資金を確保する

    どの方法にも資金負担や要件、会社の財務への影響があるため、組み合わせて検討することになります。

    なお、自社株式の評価方法は、国税庁が2026年4月から有識者会議で見直しを検討しています。通達改正の内容や適用時期は本記事の確認時点(2026年10月)では示されていないため、評価額を前提にした配分や納税資金の計画は、今後の改正に注意して見直すことが大切です。

    不動産が多く、現預金が少ない場合

    不動産オーナーに多いのが、総資産に占める現預金の少なさです。相続税の納税資金だけでなく、不動産を相続しない家族とのバランスをとるための資金も不足しがちです。所有不動産を一覧にして、物件ごとの収益と相続税評価額、売却のしやすさを把握し、「持ち続ける不動産」「生前に売却・組み替える不動産」「相続後に売却する不動産」を区分しておくと、判断がしやすくなります。

    事業用・居住用の土地がある場合

    一定の要件を満たす事業用や居住用の宅地等は、相続税の計算で評価額を減額できる「小規模宅地等の特例」の対象になり得ます。減額の割合と限度面積は区分ごとに異なり、特定事業用宅地等・特定同族会社事業用宅地等は400㎡まで80%、特定居住用宅地等は330㎡まで80%、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%とされています(国税庁 No.4124)。

    この特例は、誰がその宅地を取得するか、取得した人が事業や居住を継続するかなどの要件によって適用の可否が変わります。また、相続時精算課税で贈与を受けた宅地等には適用できません。どの土地を誰に渡すかという配分の判断が、そのまま税額に影響する点に注意が必要です。

    所有の「器」を組み合わせる

    組み合わせの設計では、財産を誰に渡すかだけでなく、誰が(どの主体が)持つかも選択肢になります。

    所有の器向いている場面留意点
    個人で保有管理が簡単な財産、相続時の特例を使いたい土地相続時に分割・共有の問題が生じやすい
    資産管理会社賃貸不動産をまとめて管理し、収益を家族に配分したい場合設立・運営コスト、会社の株式の承継設計が必要
    持株会社事業会社の株式を集約し、所有と経営を整理したい場合株式の買取資金の調達、管理コストの増加

    たとえば賃貸不動産を資産管理会社に移せば、相続の対象は個々の不動産ではなく会社の株式になり、不動産を物理的に分けずに済む面があります。一方で、移転時には譲渡や登記の税金・費用がかかり、会社の株式を誰がどれだけ持つかという新しい設計課題が生まれます。器を変えることは目的ではなく、承継後の管理と意思決定をどう分担するかを実現する手段として検討することが大切です。

    組み合わせを設計する手順

    1. 財産を性質で棚卸しする:種類・評価額だけでなく、換金性、分けやすさ、管理の担い手の要否、収益、事業との関係を一覧にします。
    2. 相続税を概算し、納税資金の過不足を見る:現時点で相続が起きた場合の税額と、換金しやすい財産の額を比べます。
    3. 「経営」「分ける」「納める」の3つの役割に財産を割り当てる:まず経営を続けるための財産を後継者側に置き、残りで家族への配分と納税資金を組み立てます。
    4. 不足を埋める手段を検討する:生前の資金づくり、贈与、売却や組み替え、保険、所有の器の変更、制度の活用などを比較します。
    5. 配分案を家族と共有し、定期的に見直す:株価や不動産価値の変動、家族の状況に応じて更新します。

    生前贈与と相続のどちらで移すかは財産ごとに判断が分かれるため、関連記事(生前贈与と相続をどう使い分けるか)もあわせてご覧ください。財産や会社が多く、一覧にすること自体が難しい場合は、関連記事(複数の会社・資産にまたがる財産の整理)で整理の方法を解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 評価額の低さだけで財産を選ばない:相続税評価額が低い財産は税額の面では有利に見えますが、換金しにくかったり、分けにくかったりすることがあります。
    • 「均等」が「公平」とは限らない:同じ評価額でも、自社株式と預金では受け取る側にとっての価値や使い勝手がまったく違います。家族が納得できるかどうかは、金額だけでは決まりません。
    • 共有はできるだけ避ける:不動産や株式を複数人で共有すると、次の世代でさらに権利が細分化され、意思決定が難しくなります。
    • 会社との貸し借りを整理する:オーナーから会社への貸付金は相続財産になります。回収の見込みや、資本への振替などの整理を早めに検討します。

    AEGISの視点

    AEGISは、財産の組み合わせを「財産ごとに、次の世代で誰がその財産に責任を持つかを決めること」と考えています。

    自社株式には経営の責任が、不動産には管理と活用の責任が伴います。金融資産は、その責任を担わない家族への配分や、納税という一度きりの大きな支出を支える役割を持ちます。財産を評価額だけで並べると、この「責任の重さ」の違いが見えなくなります。

    また、不動産は持ち方を変えることで、承継のしやすさが大きく変わる財産でもあります。個人で持つか、会社で持つか、事業と組み合わせて活用するか——不動産の所有のあり方を事業承継と同じ時間軸で考えることが、財産全体の組み合わせを無理のないものにします。相続・事業承継の全体像は親記事(相続対策と事業承継を一体で考える)で解説しています。

    自社株式や事業用不動産の評価・承継に関わる税務の論点は、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 自社株式・不動産・金融資産は、換金性・分けやすさ・管理の担い手の要否が大きく異なります。
    • 組み合わせの設計は、財産に「経営を続ける」「家族に分ける」「税金を納める」の役割を割り当てることから始めます。
    • 自社株式と事業用不動産は後継者側に集めるのが基本で、金融資産が家族への配分と納税資金の調整役になります。
    • 小規模宅地等の特例など、誰がどの財産を取得するかで税額が変わる制度がある点に注意が必要です。
    • 所有の器(個人・資産管理会社・持株会社)の選択も、承継後の管理と意思決定から逆算して検討します。具体的な設計は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 自社株式は必ず後継者1人に集めるべきですか?

    経営の安定の観点からは、後継者が必要な議決権を確保できるようにすることが基本です。ただし、議決権のない株式の活用など、配当や財産的価値を他の家族にも配分する設計の余地もあります。会社の状況と家族の意向に応じて検討します。

    Q. 不動産を兄弟で共有して相続するのは避けるべきですか?

    共有自体が禁止されているわけではありませんが、売却や建替え、大規模修繕の判断に共有者の合意が必要になり、次の世代でさらに権利が細分化されるおそれがあります。物件ごとに取得者を分ける、資産管理会社にまとめるなど、共有を避ける方法を先に検討することをおすすめします。

    Q. 金融資産が少ない場合、納税資金はどう準備すればよいですか?

    生前からの資金の積み立て、生命保険の活用、売却する不動産の事前の選定、延納制度の検討などが考えられます。どの方法が適しているかは財産の構成や家族の状況によって異なるため、まず相続税の概算と納税資金の過不足を把握することが出発点です。

    Q. 会社が使っている土地は、会社に買い取ってもらうべきですか?

    選択肢の一つですが、譲渡に伴う所得税等の負担や会社の資金負担、小規模宅地等の特例が使えなくなる可能性などを比較する必要があります。オーナー個人が持ち続けて後継者が相続する方法と比べ、事業の継続性と税負担の両面から判断します。

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    • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 相続税の納税資金をどう準備するか|生命保険・不動産売却・自社株の買取り・延納・物納を比較する

    相続税の納税資金をどう準備するか|生命保険・不動産売却・自社株の買取り・延納・物納を比較する

    相続税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に、金銭で一括して納めるのが原則です(国税庁 No.4205)。財産の大半が自社株式や不動産であるオーナーの家庭では、相続税額そのものよりも、「期限までに現金を用意できるか」が最大の課題になることが少なくありません。

    結論から言えば、納税資金の準備は「生前に用意する手段」と「相続後に使う手段」を組み合わせ、延納・物納は最後の受け皿として位置付けるのが基本です。延納や物納は要件が厳しく、計画の中心に置くと、相続が起きてから選択肢がなくなるおそれがあります。

    この記事では、主な納税手段の要件と特徴を比較し、どの順番で検討すればよいかを整理します。

    まず「足りない額」と「いつ足りないか」を把握する

    納税資金の検討は、手段選びの前に、次の2点を確認することから始まります。

    1. 相続税の見込額:財産の評価と特例の適用を前提にした概算額
    2. 申告期限までに現金化できる財産の額:預貯金、上場有価証券、相続人が受け取る死亡保険金など

    この差額が「不足額」です。不足額は、相続人ごとにも確認が必要です。たとえば、後継者が自社株式を多く相続すると、後継者個人の納税額は大きくなる一方で、手元の現金は少ないということが起こります。相続税は相続人ごとに納めるものであるため、家族全体では足りていても、特定の相続人が払えないという状況に注意が必要です。

    主な納税手段の比較

    手段準備の時期主な特徴主な留意点
    預貯金・金融資産生前最も確実。換金の手間が少ない資産全体に占める割合が小さいことが多い
    生命保険(死亡保険金)生前相続後すぐに現金化でき、受取人を指定できる非課税枠は相続人が受け取る場合に限られる。保険料負担が続く
    不動産の売却生前・相続後大きな金額をつくれる期限内に売れるとは限らない。譲渡所得税がかかる
    相続した非上場株式の発行会社への譲渡(いわゆる金庫株)相続後換金しにくい自社株式を現金化できる会社の資金と分配可能額の範囲が必要。議決権の比率が変わる
    延納(分割払い)相続後(申請)金銭で一括納付が難しい場合に分割できる要件・担保・利子税がある
    物納相続後(申請)延納でも難しい場合に財産で納める要件が厳しく、利用はごく限られている
    法人版事業承継税制(納税猶予)生前の計画と相続後の手続自社株式に係る相続税の納税を猶予適用要件・継続要件があり、取消し時の負担がある

    ※各手段の要件は個別に確認が必要です。表はAEGISが整理したものです。

    以下、それぞれの手段のポイントを見ていきます。

    生前に準備する手段

    生命保険

    被相続人が保険料を負担し、相続人が受け取る死亡保険金は、相続税の対象となる一方で、「500万円×法定相続人の数」までは非課税となります(国税庁 No.4114)。相続後、比較的短い期間で現金を受け取れることが、納税資金として大きな利点です。

    また、受取人を指定できるため、納税資金が必要な相続人(たとえば自社株式を相続する後継者)に現金を届けることができます。ただし、相続人以外の人が受け取る死亡保険金には非課税の適用がないなど、契約の形によって課税関係が変わります。保険の設計については関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で詳しく解説しています。

    不動産の生前売却・組替え

    不動産が多く現預金が少ない場合は、生前に一部の不動産を売却したり、換金しやすい資産に組み替えたりすることが考えられます。生前であれば、売却の時期や価格を落ち着いて選ぶことができます。一方、売却後の現金は相続税評価上の減額がないため、相続税額そのものは増えることがある点も踏まえて判断します。

    会社からの退職金

    オーナー経営者に会社から支払われる死亡退職金は、相続人が受け取る場合に一定額まで非課税の扱いがあり、納税資金として活用されることがあります(国税庁 No.4117)。支給には会社の資金と規程の整備が必要です。

    相続後に使う手段

    相続した不動産の売却

    相続後に不動産を売却して納税資金をつくる場合、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すれば、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります(国税庁 No.3267)。ただし、相続税の納期限までに売却が終わらないことも多いため、延納と組み合わせて計画することもあります。

    相続した非上場株式の発行会社への譲渡

    自社株式は換金しにくい財産です。相続人がこれを発行会社に買い取ってもらう方法は、一般に「金庫株」と呼ばれます。

    通常、株式を発行会社に譲渡すると、対価のうち資本金等の額を超える部分は配当(みなし配当)として課税されます。しかし、相続や遺贈で財産を取得し、納付すべき相続税額がある個人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに、相続した非上場株式を発行会社に譲渡した場合には、みなし配当課税を行わず、全額を株式の譲渡所得とする特例があります(国税庁 No.1477)。この場合、上記の取得費加算の特例も検討できます。適用には、譲渡の時までに所定の届出書を発行会社に提出する必要があります。

    ただし、次の点に注意が必要です。

    • 会社の資金:買取りは会社の分配可能額の範囲内に限られ(会社法461条)、運転資金を圧迫すると事業に影響します。
    • 議決権の比率:会社が取得した自己株式には議決権がないため(会社法308条2項)、後継者が株式を会社に譲渡すると、他の株主の比率が相対的に上がります。後継者の議決権が下がりすぎないかの確認が欠かせません。
    • 会社の手続:特定の株主からの取得には、株主総会の特別決議などの手続が必要です(会社法156条・160条・309条2項2号)。

    延納

    延納は、相続税を金銭で一括納付することが困難な場合に、分割して納める制度です。主な要件は次のとおりです(国税庁 No.4211)。

    • 相続税額が10万円を超えること
    • 金銭で納付することが困難であり、その困難な金額の範囲内であること
    • 延納税額と利子税に相当する担保を提供すること(延納税額が100万円以下で延納期間が3年以下の場合は不要)
    • 納期限(期限内申告の場合は申告期限)までに延納申請書と担保提供関係書類を提出すること

    延納できる期間と利子税の割合は、相続財産に占める不動産等の割合によって異なり、不動産等の割合が大きいほど長い期間が認められます。利子税の負担が生じるほか、手元の現金を一定額残したうえでの「困難な金額」が対象となるため、申請すれば希望どおりに分割できるわけではありません。

    物納

    物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に、相続財産そのもので納める制度です。物納に充てられる財産には順位があり、第1順位が不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等、第2順位が非上場株式等、第3順位が動産とされています。また、担保権が設定された不動産、境界が明らかでない土地、譲渡制限株式など、管理や処分に不適格な財産は物納できません(国税庁 No.4214)。

    国税庁の公表によると、令和7年度の相続税の物納申請は48件にとどまっています(国税庁「物納処理状況等」)。物納は「最後の受け皿」と考え、計画の前提にしないことが現実的です。

    検討の順番

    AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

    1. 相続税の概算と、相続人ごとの不足額を把握する
    2. 生前に現金化しやすい形を整える:金融資産の確保、生命保険の受取人と金額の見直し、売却候補の不動産の選定と整備
    3. 自社株式の扱いを決める:後継者に集める株式と、相続後に会社へ譲渡する余地のある株式を分け、会社の資金計画と議決権への影響を確認する
    4. 相続後の手段を想定しておく:不動産売却のスケジュール、延納の要件を満たせるか、物納の候補財産が適格か
    5. 定期的に見直す:株価や不動産の評価、家族の状況が変われば不足額も変わります

    実務上注意したいポイント

    • 納期限に間に合わないと延滞税がかかります。延納・物納の申請も納期限までが原則です。
    • 遺産分割がまとまらないと、手段が限られます。分割が決まらない財産は売却しにくく、物納でも権利の帰属に争いがある財産は不適格とされます。
    • 相続人は互いに連帯して納付する責任を負うことがあります。特定の相続人が納税できないと、他の相続人に影響が及ぶ可能性があります。
    • 納税資金のために株式が分散しないよう注意します。換金のために社外の第三者へ株式を売却すると、経営の安定に影響することがあります。

    AEGISの視点

    納税資金の問題は、「相続税をいくら減らすか」とは別の、「いつ、誰が、どの財産で払うか」という資金計画の問題です。相続税額を下げる対策を重ねても、財産が換金しにくい形のままでは、相続後に不本意な売却を迫られることがあります。

    AEGISは、納税資金を考えるときに、財産を「経営を続けるための財産」「家族に分けるための財産」「税金を納めるための財産」に分けて役割を決めることを重視しています。自社株式は経営を続けるための財産として後継者に、納税のための財産はあらかじめ現金や生命保険、売却しやすい不動産として用意する——この役割分担ができていれば、相続後の判断はずっと落ち着いたものになります。

    また、会社による自己株式の取得は、オーナー家の納税資金の問題を会社の財務に移すことでもあります。会社の資金計画や金融機関との関係、議決権の構成まで含めて事前に設計しておくことが、事業と家族の両方を守ることにつながります。

    財産の役割分担の考え方は関連記事「自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継」で、試算に必要な情報は「相続税の概算に必要な情報とは」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    自社株式の評価や納税資金を含む承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税は申告期限までに金銭で一括納付するのが原則で、自社株式や不動産が多い家庭では納税資金の準備が重要な課題になります。
    • 生前の手段(金融資産・生命保険・不動産の整理)と相続後の手段(不動産売却・自社株式の発行会社への譲渡・延納・物納)を組み合わせて考えます。
    • 相続した非上場株式を一定期間内に発行会社へ譲渡する場合には、みなし配当課税を行わない特例がありますが、会社の資金と議決権への影響の確認が欠かせません。
    • 延納・物納は要件が厳しく、特に物納の利用は限られています。最後の受け皿として位置付けるのが現実的です。
    • 不足額は家族全体だけでなく、相続人ごとに確認することが大切です。

    よくある質問

    Q. 相続税を期限までに払えないと、どうなりますか?

    納期限の翌日から納付の日までの期間に応じて延滞税がかかります。金銭で一括納付することが難しい場合は、納期限までに延納や物納を申請することができますが、いずれも要件を満たす必要があります。期限が迫ってから慌てないよう、生前に不足額を確認しておくことが大切です。

    Q. 不動産があれば、物納で相続税を払えるのではないですか?

    物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に限られ、担保権の設定がある不動産や境界が明らかでない土地などは物納に適さない財産とされます。実際の利用件数もごく少ないため、物納を前提とした計画は避けたほうがよいでしょう。

    Q. 自社株式を会社に買い取ってもらうと、税金はどうなりますか?

    一定の要件を満たす場合、相続した非上場株式を発行会社に譲渡したときの対価は、みなし配当ではなく株式の譲渡所得として課税されます。さらに、相続税の一部を取得費に加算できる特例を組み合わせられる場合があります。ただし、会社の分配可能額や資金繰り、議決権への影響を事前に確認する必要があります。

    Q. 生命保険と預金では、納税資金としてどちらがよいですか?

    相続人が受け取る死亡保険金には非課税枠があり、受取人を指定して特定の相続人に現金を届けられる点で、預金とは異なる利点があります。一方で保険料の負担や契約の見直しが必要です。どちらか一方ではなく、相続人ごとの不足額に合わせて組み合わせるのが現実的です。

    Q. 納税資金の準備は、いつから始めればよいですか?

    不動産の売却や会社の資金計画には時間がかかるため、相続税の概算ができた段階から始めるのが理想です。株価や不動産の評価は変わるため、一度試算して終わりではなく、定期的に不足額を見直すことが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行までを一体で検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第6章(印刷 p.624-697)
    • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、第二章(印刷 p.67-78)
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第1章 Q1・Q2(印刷 p.100-106)
  • 資産管理会社の株式と経営権の承継|会社の中身だけでなく「会社そのもの」をどう引き継ぐか

    資産管理会社の株式と経営権の承継|会社の中身だけでなく「会社そのもの」をどう引き継ぐか

    資産管理会社をつくるとき、多くのオーナーは「どの不動産を会社に入れるか」「会社でどう収益を受けるか」に関心を向けます。しかし、会社をつくった瞬間から、オーナーが次の世代に引き継ぐ財産は、個々の不動産から会社の株式と、会社を動かす権限(経営権)へと置き換わっています。

    資産管理会社の承継で問われるのは、会社が持つ不動産をどう評価するかだけではありません。誰が株式を持ち、誰が議決権を行使し、誰が役員として物件の管理や借入れの判断を担うのか——「会社そのもの」をどう引き継ぐかが本当の論点です。

    この記事では、資産管理会社の承継を「株式(財産)」「議決権(支配)」「役員と実務(経営)」の3つに分けて、確認すべきポイントを整理します。

    資産管理会社の承継で引き継ぐもの

    資産管理会社の承継で次の世代に渡すものを分解すると、次のようになります。

    引き継ぐもの内容主な論点
    株式(財産)会社の財産価値に対する持分株式の評価額、贈与・相続の税負担、納税資金
    議決権(支配)株主総会で会社の重要事項を決める権利株式の分散、議決権の集約、家族間の意見対立
    役員の地位(経営)代表者・取締役として会社を運営する立場誰が代表者になるか、交代の時期
    管理の実務物件管理、入居者対応、金融機関・管理会社との関係、会計情報の引継ぎ、担い手の確保
    オーナーとの関係会社への貸付金、会社に貸している土地、保証貸付金の相続、土地の貸し借りの継続

    ※上記はAEGISが論点整理のために作成した分類です。

    事業会社の事業承継と同じく、資産管理会社でも「株式を渡すこと」と「経営を任せること」は別の問題です。株式だけを移しても、物件の管理や借入れの判断を担える人がいなければ、会社は機能しません。

    株式(財産):資産管理会社の株式はどう評価されるか

    取引相場のない株式としての評価

    資産管理会社の株式は、通常、上場していない「取引相場のない株式」として、相続税・贈与税の計算上評価されます。国税庁によれば、取引相場のない株式は、株式を取得した人の立場や会社の規模に応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式などにより評価します(国税庁 No.4638)。

    なお、国税庁は2026年4月から有識者会議で取引相場のない株式の評価方法の見直しを検討しており、資産管理会社については純資産価額方式で評価することを前提に、その判定方法(土地保有特定会社と株式等保有特定会社の整理統合など)が論点とされています。通達改正の内容や適用時期は本記事の確認時点(2026年10月)では示されていないため、今後の改正に注意が必要です。

    「特定の評価会社」に該当しやすい

    資産管理会社は、総資産の多くを土地や株式で保有していることが多いため、相続税の評価上、「特定の評価会社」に該当する場合があります。財産評価基本通達では、次のような会社が定められています。

    区分判定の基準(総資産価額に占める割合)
    株式等保有特定会社株式・出資・新株予約権付社債の価額の合計額の割合が50%以上
    土地保有特定会社(大会社など)土地等の価額の合計額の割合が70%以上
    土地保有特定会社(中会社など)土地等の価額の合計額の割合が90%以上

    ※土地保有特定会社の判定では、小会社であっても総資産価額が一定以上の会社は、大会社・中会社と同じ基準で判定されます(財産評価基本通達189)。

    特定の評価会社に該当すると、原則として純資産価額方式により評価されるなど、一般の会社とは異なる方法で評価されます。純資産価額方式は、会社が持つ資産を相続税評価額で評価し直し、負債などを差し引いて株価を求める方法です。つまり、会社が持つ不動産の価値や、会社に蓄積された利益が、そのまま株価に反映されやすいということです。

    評価のために資産構成を動かすことには注意

    評価会社の判定に関しては、課税時期の前に合理的な理由もなく資産構成を変動させ、それが特定の評価会社と判定されることを免れるためと認められる場合には、その変動はなかったものとして判定する取扱いがあります(財産評価基本通達189なお書。株式等保有特定会社・土地保有特定会社の判定が対象)。株価を下げることだけを目的にした資産の組替えは、期待した結果にならない可能性があります。

    オーナーとの土地の貸し借りも株価に影響する

    資産管理会社がオーナー個人の土地を借りて建物を所有している場合、会社が持つ借地権を株式の評価上どう扱うかについて、地代の授受の状況や「土地の無償返還に関する届出書」の有無に応じた取扱いがあります。たとえば、相当の地代を支払っている場合や、無償返還の届出をしたうえで地代を支払っている(賃貸借の)場合で、オーナーが会社の同族関係者であるときは、オーナーの土地(貸宅地)が自用地価額の80%で評価される一方、土地の自用地としての価額の20%相当額を借地権の価額として、会社の株式評価上の純資産価額に算入するとされています(国税庁の昭和43年・昭和60年の通達)。土地をオーナー個人に残して建物だけを会社に移したケースでは、オーナー個人の土地の評価と、会社の株式の評価をセットで確認する必要があります。この論点は、関連記事「個人保有の不動産を法人へ移す前の比較」でも解説しています。

    非上場株式の評価方法の全体像は、関連記事「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

    議決権(支配):株式の分散をどう防ぐか

    資産管理会社でも議決権の集約は重要

    株式会社の重要事項は、株主総会で決まります。役員の選任などの普通決議は原則として出席株主の議決権の過半数、定款変更などの特別決議は原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です(会社法309条・341条)。

    資産管理会社の場合、株主総会や取締役会で決めることには、物件の売却・購入、建替え、多額の借入れ、役員報酬、配当などがあります。相続によって株式が複数の相続人に分かれると、これらの判断がまとまらず、物件の修繕や売却が進まなくなることがあります。不動産の共有を避けるために会社をつくったのに、今度は株式の「共有」状態で同じ問題が起こる——資産管理会社の承継で最も避けたい事態の一つです。

    分散を防ぐための主な手段

    議決権の分散を防ぐ手段としては、次のようなものが検討されます。

    • 生前に後継者へ株式を移転する:贈与や売買により、後継者が議決権の過半数(または3分の2以上)を確保できるようにする
    • 遺言で承継先を定める:株式を誰に相続させるかを明確にしておく
    • 定款を整える:株式の譲渡制限や、相続人等に対する売渡請求の定めを置く
    • 種類株式などを活用する:議決権と財産権を分けて設計する(議決権のない株式を後継者以外に渡す など)
    • 株主間の取り決めを結ぶ:家族間で議決権の行使や株式の譲渡について合意しておく

    どの手段にも、税負担、他の相続人の遺留分、手続きの負担などの論点があり、組み合わせて検討するのが一般的です。議決権と配当を分けて設計する考え方は、関連記事「議決権と配当を分けて設計できるか」で解説しています。

    設立時の株主構成が出発点

    資産管理会社の承継で見落とされがちなのは、設立時にどの株主構成でスタートしたかが、その後の承継の難易度を大きく左右することです。オーナーが全株を持つ形で設立すれば、会社に蓄積された財産はオーナーの株式の価値として相続財産に反映されます。後継者が設立時から株式を持つ形にすれば、その後の財産の増加は後継者の株式に帰属します。

    ただし、どちらが適しているかは、オーナー自身の生活資金、家族間の公平、会社の意思決定の安定性などによって異なります。家族内で意見の対立が生じても会社の運営が止まらないよう、議決権の配分や行使の方法をあらかじめ検討しておくことが重要です。

    役員と実務(経営):誰が会社を動かすか

    代表者の交代と株式の移転は別に設計できる

    事業会社と同様に、代表者を交代する時期と株式を移転する時期は、必ずしも同じである必要はありません。たとえば、後継者を早めに取締役に就任させて実務に関わらせ、株式は段階的に移していく設計も考えられます。

    管理実務の「見える化」

    資産管理会社では、オーナーが一人で物件の情報や関係者とのやり取りを抱えていることが少なくありません。承継に備えて、次のような情報を一覧にしておくことが大切です。

    • 保有物件ごとの所在地、取得時期、借入金、担保、賃貸借契約、管理会社
    • 修繕の履歴と今後の修繕計画
    • 金融機関、税理士、管理会社など関係者の連絡先と担当範囲
    • 会社とオーナー個人の間の貸付金・借入金、土地の賃貸借契約、届出書類の控え
    • 会社の定款、株主名簿、議事録

    これらが整理されていないと、株式を承継しても、後継者が会社を運営できない状態に陥ることがあります。

    オーナー個人との関係も引き継ぐ

    オーナーが会社に資金を貸し付けている場合、その貸付金はオーナーの相続財産になり得ます。また、オーナー個人の土地を会社が借りている場合は、土地を相続する人と会社の株式を相続する人が異なると、地代や土地の利用をめぐって利害が対立する可能性があります。土地を相続する人と、株式を相続する人の組み合わせも、承継の設計の一部として考えておく必要があります。

    実務上注意したいポイント

    事業承継税制の対象になるとは限らない

    非上場株式の贈与税・相続税の納税を猶予・免除する法人版事業承継税制(特例措置)は、特例承継計画の提出期限が令和9年(2027年)9月30日とされています(中小企業庁)。ただし、この制度には対象となる会社の要件があり、現預金などの「特定資産」が帳簿価額で総資産の70%以上を占める資産保有型会社や、特定資産の運用収入が総収入金額の75%以上を占める資産運用型会社は、3年以上継続して商品の販売等の業務を行い、親族外の常時使用従業員が5人以上いて、その従業員が勤務する事務所等を所有または賃借しているといった事業実態の要件を満たさない限り、対象となりません(租税特別措置法70条の7・70条の7の5、同法施行令40条の8・40条の8の5)。資産管理会社の株式について制度の利用を考える場合は、要件に該当するかを個別に確認する必要があります。

    子どもごとに会社を分けるという選択肢

    後継者が複数いる場合、物件を複数の資産管理会社に分け、それぞれの会社を別々の子に承継させる方法が検討されることもあります。一方で、会社の数が増えるほど維持の手間は増え、どの会社が何を持っているのかが分かりにくくなります。複数の会社がある場合には、機能を整理して集約する選択肢もあります。

    株価の上昇を前提に計画する

    資産管理会社は、収益が会社に蓄積されるほど株価が上がりやすい構造です。株式の移転を先送りにすると、移転時の税負担が大きくなる可能性があります。会社に利益を残すのか、報酬や配当として個人に移すのかという配分とあわせて、株式移転の時期を考えることが大切です。

    AEGISの視点

    資産管理会社は「つくること」よりも「引き継ぐこと」のほうが難しい——AEGISはそう考えています。

    会社をつくることで、不動産の共有や細分化を避け、管理を一元化することができます。しかしその効果は、株式と議決権が次の世代にうまく引き継がれて初めて実現します。株式が分散し、意思決定ができなくなれば、会社は不動産を守る器ではなく、家族の対立の舞台になってしまいます。

    そのためAEGISでは、資産管理会社を「家族が共有する財産を、ルールに基づいて運営するための仕組み」として捉え、株式の評価と税負担だけでなく、誰が会社を支配し、誰が実務を担い、家族がどのように関わるのかを一体で設計することを重視しています。会社の定款や株主構成は、いわば家族の財産に関する「ルールブック」です。そのルールを、オーナーの意思が明確なうちに整えておくことが、資産管理会社の承継の出発点です。

    資産管理会社の設立から承継までの全体像は、関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で、自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継の考え方は「自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継」で解説しています。

    株式の評価や承継に関わる資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 資産管理会社を設立すると、次の世代に引き継ぐのは不動産ではなく、会社の株式・議決権・役員の地位・管理の実務です。
    • 資産管理会社は土地保有特定会社や株式等保有特定会社に該当しやすく、会社の資産や蓄積された利益が株価に反映されやすい構造です。
    • 株式が相続人に分散すると、物件の売却や借入れなどの意思決定が難しくなります。生前の移転、遺言、定款、種類株式などを組み合わせて議決権の集約を検討します。
    • 代表者の交代と株式の移転は別々に設計でき、管理実務の情報を一覧にしておくことが承継の前提になります。
    • 土地を相続する人と株式を相続する人の組み合わせ、オーナーの貸付金の扱いも、承継の設計に含める必要があります。

    具体的な評価額や承継の方法は、会社の資産構成や家族構成などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 資産管理会社の株式は、どのように評価されますか?

    相続税・贈与税の計算上は、通常、取引相場のない株式として評価されます。資産管理会社は土地や株式の保有割合が高いことが多く、土地保有特定会社や株式等保有特定会社に該当すると、原則として純資産価額方式により評価されるなど、一般の会社とは異なる方法になります。

    Q. 土地保有特定会社とは何ですか?

    財産評価基本通達で定められた特定の評価会社の一つで、総資産価額に占める土地等の価額の割合が一定以上の会社をいいます。大会社などでは70%以上、中会社などでは90%以上が基準とされ、小会社でも総資産価額が一定以上であれば判定の対象となります。

    Q. 資産管理会社の株式を、複数の子どもに均等に相続させてもよいですか?

    可能ですが、株式が分散すると、物件の売却や借入れ、役員の選任などの意思決定が難しくなることがあります。均等に分ける場合には、議決権のない株式の活用や株主間の取り決めなど、意思決定の方法をあわせて設計しておくことが望まれます。

    Q. 後継者に役員を任せれば、株式はまだ移さなくてもよいですか?

    代表者の交代と株式の移転は別々に設計できます。ただし、株式をオーナーが持ち続けると、会社に利益が蓄積されるほど株価が上がり、将来の移転時の税負担が大きくなる可能性があります。経営の移行と株式の移転の時期を、それぞれ計画的に決めることが大切です。

    Q. 資産管理会社でも事業承継税制は使えますか?

    一概には言えません。法人版事業承継税制には対象となる会社の要件があり、資産の保有や運用が中心の会社は、一定の場合に対象とならない仕組みがあります。制度の利用を検討する場合は、特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)も踏まえ、要件を個別に確認する必要があります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しを、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで含めて検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和8年版 非上場株式の評価の仕方と記載例』松本好正 著、一般財団法人大蔵財務協会、P.194-205
  • 事業承継で経営権と株式をどう設計するか|社長交代と株式移転の時期は同じでなくてよいのか

    事業承継で経営権と株式をどう設計するか|社長交代と株式移転の時期は同じでなくてよいのか

    「社長の座は息子に譲ったが、株式はまだ自分が持っている」——中小企業の事業承継では、こうした状態がよく見られます。

    結論から言えば、経営を任せる時期と株式を移す時期は、同じである必要はありません。むしろ、両者をあえてずらし、段階的に移していく設計は合理的な選択肢の一つです。

    ただし、その「ずれ」の期間に誰が最終的な決定権を持ち、何が起きたらどうするかを決めておかないと、後継者の経営は不安定になり、相続のときに思わぬ問題が表面化します。

    この記事では、経営権と株式の関係を整理したうえで、時期の組み合わせ方と、設計の際に確認しておきたい論点を解説します。

    「経営権」と「株式」は何が違うのか

    事業承継の文脈で使われる「経営権」という言葉には、実は二つの意味が混ざっています。

    区分中身誰が決めるか
    経営の地位代表取締役として業務を執行し、日々の経営判断を行う立場取締役会や株主総会で選ばれる
    支配の権限株主総会で議決権を行使し、役員の選任・解任や重要事項を決める力株式(議決権)の保有割合で決まる

    会社の重要事項は株主総会で決まります。役員の選任などの普通決議は原則として出席株主の議決権の過半数、定款変更などの特別決議は原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です(会社法309条・341条)。つまり、社長であっても株主総会で過半数を握っていなければ、最終的には株主の意向で交代させられる可能性があるということです。

    中小企業では、オーナーが「社長」と「大株主」を兼ねているため、この二つの違いを意識する機会はあまりありません。しかし、事業承継ではこの二つを別々のタイミングで渡すことが多いため、違いを理解しておくことが設計の出発点になります。

    社長交代と株式移転の組み合わせ方

    経営の地位と株式を移す順番には、大きく4つのパターンがあります。

    パターン内容向いている場面注意点
    同時に移す代表者交代と同時に、株式の大半を後継者へ移す後継者の経験が十分で、株価や納税資金の見通しが立っている一度に移すと税負担や資金負担が大きくなりやすい
    経営を先に移す先に社長を交代し、株式は数年かけて移す後継者に経営経験を積ませたい、株式の移転を分散したい移行期間中の決定権の所在をあいまいにしない
    株式を先に移す現経営者が社長を続けながら、株式を先に後継者へ移す株価が低い時期を活用したい、相続に備えて所有を早く固めたい株主となった後継者と社長との意思の調整が必要
    段階的に並行して移す役職・権限と株式を、節目ごとに少しずつ移す承継期間を長く取れる場合各段階の目標を事前に決めておかないと停滞しやすい

    どのパターンが正しいということはありません。後継者の経験、株価の水準と今後の見通し、家族構成、現経営者の年齢や健康状態によって、適した組み合わせは変わります。

    「ずれ」の期間に起きること

    経営と株式の移転をずらす場合、問題になりやすいのは移行期間の過ごし方です。

    株式の譲渡時期を決めないまま社長を交代した場合

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、社長交代の際に株式の譲渡時期などを具体的に取り決めなかったことが、後のトラブルにつながった事例が紹介されています。社長を譲った側は「いずれ渡すつもり」、受けた側は「いずれもらえるはず」と考えていても、その「いずれ」が言葉になっていなければ、状況が変わったときに認識の違いが表面化します。

    現経営者に相続が発生した場合

    株式を移し終える前に現経営者が亡くなると、株式は相続財産となります。相続人が複数いれば、遺産分割が終わるまで株式は相続人全員の共有の状態になり、議決権の行使も共有者間の調整が必要になります。共有株式の権利を行使するには、原則として共有者の中から権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければなりません(会社法106条)。遺言がなければ、後継者が株式を確実に取得できるとは限りません。

    株価が上がり続けた場合

    後継者が経営を担い、業績を伸ばすほど、株式の評価額は上がるのが一般的です。株式の移転を後回しにすると、後継者は「自分が上げた株価」に見合う税負担や買取資金を負うことになりかねません。

    現経営者の判断能力が低下した場合

    株式を現経営者が持ち続けている間に、健康上の理由で判断能力が低下すると、株主総会での議決権行使そのものが難しくなることがあります。経営は後継者が担っているのに、重要事項を決められないという状態が生じ得ます。

    設計で確認したい6つの論点

    経営と株式の設計にあたっては、次の論点を一つずつ確認していくと全体像がつかみやすくなります。

    1. 時間軸:いつ、何を渡すか

    代表者交代、会長職などへの移行、株式移転の開始と完了——それぞれの目標時期を、現経営者の引退時期から逆算して置きます。事業承継ガイドラインでも、引退時期を定めてから後継者育成に必要な期間を逆算する考え方が示されています。

    2. 議決権の目標:後継者がどこまで持つか

    後継者が安定して経営するために、どの時点でどの程度の議決権を持つべきかを決めます。過半数を確保すれば役員の選任などを単独で決められ、3分の2以上を確保すれば定款変更などの特別決議も単独で可決できる、という区切りが一つの目安になります。

    3. 移転の方法:贈与・売買・相続をどう組み合わせるか

    株式を移す方法には、生前の贈与、後継者や会社への売却、遺言による相続・遺贈などがあります。それぞれ、税負担、後継者の資金負担、他の家族との関係への影響が異なります。株式の評価方法によって移転時の金額が変わるため、評価の考え方も併せて確認しておきます(関連記事:非上場株式の評価方法をどう検討するか)。

    4. 移行期間の決定権:誰が最終判断をするか

    経営を先に移す場合、現経営者が大株主であり続ける期間の役割分担を決めておきます。日常の経営判断は後継者に任せ、現経営者は株主として何を確認・承認するのか。口約束ではなく、書面で整理しておくことが望まれます。議決権と配当を分けて設計する種類株式などの仕組みが検討されることもあります(関連記事:議決権と配当を分けて設計できるか)。

    5. 他の家族への配慮:株式以外に何を渡すか

    株式を後継者に集める場合、後継者以外の家族には株式以外の財産をどう配分するかを考える必要があります。オーナーの財産の多くが自社株式である場合は、他の相続人の遺留分との関係も検討が必要です。

    6. 制度と期限:使える制度を確認する

    非上場株式の贈与税・相続税の納税を猶予・免除する「法人版事業承継税制(特例措置)」を検討する場合、令和9年(2027年)9月30日までに「特例承継計画」を都道府県へ提出する必要があり、対象は平成30年(2018年)1月1日から令和9年(2027年)12月31日までの贈与・相続等とされています(中小企業庁)。この制度を視野に入れるかどうかで、株式移転の時期の設計も変わってきます。

    実務上注意したいポイント

    • 「いずれ」を日付に置き換える:株式の移転時期は、目標年だけでも書面に残しておくことで、移行期間の認識違いを防げます。
    • 遺言で「万が一」に備える:株式の移転が完了するまでの間に相続が起きた場合に備え、株式を誰に承継させるかを遺言で明確にしておくことが検討に値します。
    • 定款を確認する:株式の譲渡制限や、相続人等に対する売渡請求の定めなど、定款の内容によって承継の進め方が変わることがあります。
    • 後継者の負担を見積もる:株式を売買で移す場合は後継者の資金調達、贈与や相続で移す場合は納税資金を、早い段階で見積もっておきます。

    AEGISの視点

    事業承継の相談では、「いつ社長を譲るか」と「株式をどう移すか」が、別々の場で、別々の人と話されていることが少なくありません。前者は経営の問題として、後者は税金の問題として扱われるからです。

    AEGISは、経営の地位と株式を「一つの時間軸の上で、意図的にずらして設計するもの」と考えています。ずれがあること自体は問題ではありません。問題になるのは、ずれが「結果としてそうなっている」だけで、その期間の役割や、想定外の事態が起きたときの手当てが決まっていない状態です。

    さらに、株式の移し方は、会社が使う不動産を誰が持つか、オーナー個人の金融資産を家族にどう配分するか、事業を通じて社会に何を残すかといった問いとも結びついています。株式だけを切り出して最適化するのではなく、経営・所有・財産・家族を同じ一枚の上に並べたうえで、株式の移転時期を決めることが、後継者にとっても家族にとっても納得しやすい承継につながるとAEGISは考えています。

    たとえば、議決権のある株式は後継者に、議決権のない配当優先株式は財団に寄附するという設計をとれば、経営権を後継者に集めたまま、会社の利益の一部を配当を通じて社会に還元できます。自ら財団を設立する代わりに、運営体制を備えた既存の財団(AEGISが設立したアイジスレガシー財団など)に基金を設ける形であれば、後継者に財団運営の実務を背負わせることもありません。種類株式の手続や寄附に伴う税務の確認は必要ですが、経営と所有を分けて考えるからこそ選べる承継の形の一つです。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で、経営と株式の移行を年ごとに整理する方法は「事業承継計画に含める項目とは」で解説しています。

    株式の評価や承継に伴う資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 「経営権」には、代表者として経営する地位と、株主として会社を支配する権限の二つの意味があります。
    • 社長交代と株式移転の時期は同じである必要はなく、段階的にずらす設計も合理的な選択肢です。
    • ずらす場合は、移行期間の決定権、相続や判断能力低下への備え、株価上昇の影響を事前に検討することが重要です。
    • 時間軸、議決権の目標、移転の方法、移行期間の決定権、家族への配慮、制度と期限の6つの論点で整理すると全体像がつかみやすくなります。
    • 具体的な設計は、会社の状況や家族構成などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 社長を交代したら、株式もすぐに渡さなければなりませんか?

    その必要はありません。代表者の交代と株式の移転は別の手続きであり、時期をずらすことができます。ただし、株式を移す時期や方法について、現経営者と後継者の間で具体的に合意しておかないと、後に認識の違いが生じることがあります。

    Q. 後継者には、どのくらいの議決権を持たせるべきですか?

    一つの目安は、役員の選任などの普通決議を単独で可決できる過半数と、定款変更などの特別決議を単独で可決できる3分の2以上です。最終的にどこまで集めるかは、他の株主の状況や家族への配慮も踏まえて決めることになります。

    Q. 株式を先に後継者へ渡し、自分は社長を続けることはできますか?

    可能です。株価が低い時期に株式を移しておきたい場合などに検討されます。ただし、株主となった後継者が議決権を持つことになるため、経営方針について事前に十分にすり合わせておくことが前提になります。

    Q. 株式を移し終える前に自分が亡くなったらどうなりますか?

    株式は相続財産となり、遺言がなければ相続人の間で遺産分割を行うことになります。分割が終わるまでは株式が相続人の共有状態となり、議決権の行使にも調整が必要です。移転の途中で相続が起きた場合に備え、遺言の作成を検討しておくことが望まれます。

    Q. 事業承継税制を使う予定がなくても、計画は必要ですか?

    必要です。事業承継税制は株式移転の税負担に関わる制度の一つにすぎません。制度の利用の有無にかかわらず、経営と株式をいつ、どの順番で移すかを整理しておくことが、承継を円滑に進める基礎になります。

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    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分と、社会貢献の形を一つの設計として検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報