海外在住の相続人がいる場合の準備|課税の範囲・手続書類・納税管理人を整理する

地球儀と家族写真が置かれた机。窓の外に港の街並み

執筆者:

カテゴリ:

,

子どもが海外で働いている、海外の大学を出てそのまま現地で暮らしている、配偶者の母国に家族で移り住んだ——家族の暮らし方が多様になるにつれ、相続人の中に海外在住の方がいるケースは珍しくなくなりました。

結論から言えば、海外在住の相続人がいる場合、国内だけの相続と比べて①相続税の課税の範囲、②手続に使う書類、③申告・納税の段取りの3つが変わります。いずれも相続が起きてから調べ始めると時間が足りなくなりやすい論点です。この記事では、それぞれのポイントと、生前に整えておきたい準備を整理します。

国内だけの相続と何が変わるのか

まず、変わる点の全体像を確認しておきましょう。

論点国内だけの相続海外在住の相続人がいる場合に加わる論点
課税の範囲原則として国内外の財産すべて相続人の住所・国籍・過去の居住期間、被相続人の状況によって範囲が変わる
債務・葬式費用の控除原則どおり控除相続人の区分によっては控除できる範囲が限られる
遺産分割協議の書類印鑑証明書、住民票など署名証明(サイン証明)、在留証明など在外公館等の証明で代替
申告・納税相続人が自ら申告・納付日本に住所等がない相続人は納税管理人を定めて届け出る
所得税通常は被相続人の準確定申告のみ一定の場合、有価証券等の含み益に所得税がかかる(国外転出時課税)
居住国の税制考慮不要相続人が住む国でも課税関係が生じることがある

以下、順に見ていきます。

論点1:相続税の課税の範囲はどう決まるか

相続税の納税義務者は、相続人等の住所、日本国籍の有無、過去の日本での居住期間、そして被相続人の状況などによって区分され、区分ごとに課税される財産の範囲が異なります。国税庁の説明(令和8年4月1日現在法令等)に沿って、海外在住の相続人に関係する部分を整理すると次のとおりです。

  • 原則:相続のときに日本に住所がない相続人は、日本国内にある財産だけが課税対象となります。
  • 例外(国内外すべての財産が課税対象):
  • 相続人が日本国籍を持ち、相続開始前10年以内のいずれかの時に日本に住所があった場合
  • 相続人が日本国籍を持ち、相続開始前10年以内に日本に住所がなかった場合でも、被相続人が「外国人被相続人」または「非居住被相続人」に当たらない場合
  • 相続人が日本国籍を持たない場合でも、被相続人が「外国人被相続人」「非居住被相続人」「非居住外国人」に当たらない場合

ここでいう「外国人被相続人」は、相続開始の時に在留資格を有し日本に住所があった被相続人を、「非居住被相続人」は、相続開始の時に日本に住所がなかった被相続人のうち一定の人を指します。

実務上のポイントは、被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合、相続人が海外に住んでいても、原則として国内外の財産すべてが課税対象になるということです。「海外に住んでいるから日本の相続税は関係ない」とは限らない点に注意が必要です。

財産が「国内」か「国外」かの判定

課税の範囲が国内財産に限られる相続人にとっては、財産がどこにあるかの判定が重要になります。国税庁によれば、たとえば次のように判定します。

財産の種類所在の判定
不動産・動産その所在地
預貯金受け入れをした営業所の所在地
保険金保険会社等の本店等の所在地
株式・社債発行法人の本店等の所在地

債務・葬式費用の控除にも違いがある

国税庁によれば、相続のときに日本に住所がない相続人のうち一定の要件に当たらない人は、控除できる債務の範囲が限られ、葬式費用も控除できません。債務を誰が引き継ぐかを考える際には、相続人の区分も合わせて確認しておく必要があります。

論点2:遺産分割協議と相続手続の書類

日本の相続手続では、遺産分割協議書に相続人全員が署名・実印を押し、印鑑証明書を添付するのが一般的です。しかし、海外に住む日本人は日本に住民登録がないことが多く、印鑑証明書や住民票を取得できない場合があります。その代わりに使われるのが、在外公館(大使館・総領事館)が発行する証明です。

署名証明(サイン証明)

外務省によれば、署名(及び拇印)証明は、申請者の署名が領事の面前でなされたことを証明するもので、日本の印鑑証明に相当します。不動産登記や遺産分割協議などの日本国内の手続に使われます。

  • 領事の面前で署名する必要があるため、本人が在外公館に出向いて申請する必要があり、代理申請や郵便による申請はできません。
  • 証明の形式には、遺産分割協議書などの私文書と証明書を綴り合わせて割り印する形式と、署名そのものを単独で証明する形式があります。どちらが必要かは、提出先(法務局、金融機関など)に事前に確認しておくと安心です。

在留証明

外務省によれば、在留証明は、外国に住所を有する日本人について、その住所(生活の本拠)の所在を証明するもので、不動産登記などに使われます。原則として、日本国籍を有し、現地にすでに3か月以上滞在して現に居住していること、日本に住民登録がないことなどが要件です。

相続人が日本国籍を持たない場合

相続人が外国籍の場合は、在外公館の証明を使えないため、居住国の公証人の認証を受けた宣誓供述書などで、署名や住所を証明する方法がとられることがあります。必要な書類は国や提出先によって異なるため、早めに確認が必要です。

不動産の相続登記

令和6年4月1日から、相続登記の申請が義務化されています。法務省によれば、相続により不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請する必要があり、正当な理由のない違反には10万円以下の過料が科されることがあります。施行日前に発生した相続も対象です。海外在住の相続人がいると書類の取得に時間がかかるため、遺産分割協議と登記の段取りは早めに組んでおきましょう。

論点3:申告・納税の段取り

申告期限と提出先

相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。申告書は、原則として被相続人の死亡時の住所地を所轄する税務署に提出します。海外在住の相続人がいても、この期限は変わりません。書類のやり取りに国際郵便や在外公館での手続が加わる分、国内だけの相続よりも時間的な余裕が小さくなると考えておきましょう。なお、日本に住んでいる相続人が、申告期限までの間に納税管理人の届出をしないまま海外に転居して日本に住所・居所がなくなる場合は、その日が申告期限となります(相続税法27条1項)。

納税管理人

国税庁によれば、日本に住所がない相続人が相続税の課税対象となる財産を取得した場合は、納税管理人を定め、納税地の所轄税務署長に「納税管理人届出書」を提出する必要があります。納税管理人は、日本国内で申告書の提出や納税、税務署からの書類の受け取りなどを本人に代わって行う人です。

誰に依頼するか(国内に住む親族か、専門家か)、費用や連絡方法をどうするかは、相続が起きてから決めるのでは慌ただしくなります。生前に家族で話し合っておくことが望まれます。

国外転出時課税(相続により非居住者が有価証券等を取得する場合)

被相続人が一定の有価証券等を保有していて、それを海外に住む相続人が相続する場合には、所得税の論点も生じます。国税庁によれば、国外転出時課税の対象となるのは、対象となる有価証券等の価額の合計額が1億円以上で、過去10年以内に国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超える人です。相続の場面では、こうした要件に当たる被相続人の対象資産を、非居住者である相続人等が相続により取得した場合、その時に譲渡等があったものとみなして、含み益に所得税が課税されます(一定の要件を満たす場合には課税の取消し等の手続もあります)。

上場株式や自社株式を多く保有するオーナーで、海外在住の子に株式を承継させる可能性がある場合は、相続税だけでなくこの所得税の負担も見込んでおく必要があります。

居住国の税制も確認する

相続人が住む国でも、相続や財産の取得に対して課税される場合があります。日本の相続税では、国外にある財産について現地で相続税に相当する税が課された場合に、一定の限度額の範囲でその税額を日本の相続税額から控除する仕組みがあります(相続税法20条の2)。ただし、この控除の対象は国外にある財産に限られ、居住国の側でどのような調整があるかは国によって異なります。日本と居住国の双方で課税される可能性があるときは、居住国の専門家とも連携して確認することが大切です。

生前に整えておきたい準備

海外在住の相続人がいる場合に、生前に進めておきたい準備をまとめます。

  1. 相続人の状況を把握する:国籍、現在の住所、日本を離れた時期(過去10年の居住状況)、在留資格や永住の予定などを整理します。課税の範囲の判断に直結します。
  2. 財産と債務の一覧を作る:国内財産・国外財産の別、所在地、名義を整理します。概算の進め方は、関連記事「相続税の概算に必要な情報とは」で解説しています。

  3. 遺言を検討する:遺言があれば、遺産分割協議に関わる書類のやり取りを減らせる場合があります。誰が何を取得するかを明確にしておくことは、海外在住の相続人の負担軽減にもつながります。遺言と民事信託(いわゆる家族信託)の使い分けは、関連記事「遺言と家族信託の使い分け」で解説しています。

  4. 納税管理人と連絡体制を決めておく:誰が納税管理人になるか、書類の受け渡しや連絡をどう行うかを決めておきます。

  5. 納税資金と送金の段取りを考える:海外在住の相続人が日本の口座を持っていない場合など、納税資金の移動に時間がかかることがあります。
  6. 海外に財産がある場合は現地の手続も確認する:被相続人が海外に財産を持っている場合、その国の相続手続(裁判所の関与が必要な国もあります)が必要になることがあります。

実務上注意したいポイント

  • 「海外在住だから日本の相続税は関係ない」と決めつけない:被相続人と相続人の状況によって、国内外の財産すべてが課税対象になることがあります。
  • 在外公館での手続には時間がかかる:署名証明は本人の出頭が必要です。相続人が在外公館から遠い地域に住んでいる場合、移動や予約に時間を要することがあります。
  • 書類の要件は提出先ごとに異なる:法務局、金融機関、税務署で求められる書類や形式が異なる場合があります。
  • 情報の基準日を確認する:国際相続の課税関係は、過去に何度か改正されています。古い書籍や記事の情報をそのまま当てはめず、最新の一次情報で確認しましょう。

AEGISの視点

海外在住の相続人がいる相続では、税金の計算そのものよりも、「離れて暮らす家族が、限られた時間の中で合意し、手続を完了できるか」が大きな課題になります。書類一つ取り寄せるにも、時差や距離、言語の壁が立ちはだかるからです。

AEGISは、こうしたケースこそ、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として整理しておく価値が大きいと考えています。たとえば、日本の不動産を海外在住の子が相続した場合、その不動産を誰が管理し、将来売却するのか保有し続けるのか。自社株式を承継する場合、海外から議決権をどう行使し、会社の意思決定にどう関わるのか。相続税の範囲や手続書類の問題は、こうした「所有と管理の設計」と切り離せません。

家族がどこに住んでいても、何を、誰に、どのような形で残したいのかを言葉にし、家族と共有しておくこと。それが、国境をまたぐ相続を円滑に進めるための最も確実な準備だと考えています。相続対策と事業承継を一体で考える視点は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

資産税務や承継に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

まとめ

  • 海外在住の相続人がいると、相続税の課税の範囲、手続書類、申告・納税の段取りの3つが変わります。
  • 被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合、相続人が海外に住んでいても、原則として国内外の財産すべてが課税対象になります。
  • 遺産分割協議などでは、印鑑証明書や住民票に代えて、在外公館の署名証明(本人出頭が必要)や在留証明などを使います。
  • 日本に住所がない相続人は、納税管理人を定めて届け出る必要があります。
  • 有価証券等を多く保有する場合は、国外転出時課税による所得税の負担も確認が必要です。

具体的な課税関係や必要書類は、相続人と被相続人の状況、居住国などによって異なります。

よくある質問

Q. 海外に住んでいる子も、日本の相続税を払う必要がありますか?

被相続人や相続人の状況によります。国税庁によれば、相続のときに日本に住所がない相続人は原則として国内財産のみが課税対象ですが、日本国籍を持ち相続開始前10年以内に日本に住所があった場合や、被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合などは、国内外の財産すべてが課税対象になります。

Q. 海外在住の相続人は、印鑑証明書の代わりに何を用意すればよいですか?

日本国籍の方であれば、在外公館で署名証明(サイン証明)を取得するのが一般的です。外務省によれば、署名証明は領事の面前で署名する必要があるため、本人が在外公館に出向いて申請する必要があり、代理や郵送では申請できません。

Q. 納税管理人とは何ですか?誰がなれますか?

日本に住所がない納税者に代わって、申告書の提出や納税、税務署からの書類の受け取りなどを行う人です。相続税の課税対象となる財産を取得した海外在住の相続人は、納税管理人を定めて届け出る必要があります。国内に住む親族や専門家に依頼するのが一般的です。

Q. 海外在住の相続人がいると、申告期限は延びますか?

相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内で、相続人が海外にいても原則として変わりません。書類の取得に時間がかかるため、早めに準備を始めることが大切です。

Q. 生前にできる最も効果的な準備は何ですか?

相続人の居住状況と財産の全体像を把握したうえで、遺言を作成し、納税管理人や連絡体制を家族と話し合っておくことです。誰が何を取得するかが明確であれば、海外在住の相続人が関わる手続の負担を減らすことができます。

関連するAEGISのソリューション

この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

  • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
  • 不動産オーナーの方へ:3つの独自分析で承継の負担と資金を確認し、不動産ごとの方針を決める支援の流れをまとめています。
  • 事業オーナーの方へ:会社と株式、ご家族の承継を一つの計画として整理する、AEGISの支援の流れをまとめています。
  • 事業創造型土地活用:土地に合う事業を検討し、開業・運営と相続への備えを一体で設計します。
  • 高所得者の方へ:所得と資産の両面から、税負担と資産形成を整理する支援をまとめています。

参考資料・出典

公的資料・一次情報

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。