会社売却と役員退職金の組み合わせ|株式の対価と退職金の配分を、オーナー・会社・買い手の三方から考える

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会社を株式譲渡で売却するとき、「売却代金の一部を役員退職金として受け取るとよい」と耳にすることがあります。結論から言えば、オーナーが株式の100%を持つ場合、退職金を払うと会社の価値がその分だけ下がるため、受け取る総額そのものはほとんど変わりません。変わるのは、個人の税金、会社の法人税、買い手の投資額という「受け取り方の結果」です。

そして、この組み合わせが合理的に機能するのは、退職金が税務上適正な金額であること、会社に支払う資金があること、オーナーが実際に退任すること、他の株主との公平が保たれること、支払が確実であること、という条件がそろった場合に限られます。

この記事では、株式の対価と退職金の配分を、オーナー個人・対象会社・買い手の三つの立場から整理します。親族内承継などで退職金をいつ・いくら支給するかという一般的な論点は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で扱っています。

なぜ「株式の対価」と「退職金」の組み合わせが論点になるのか

株式譲渡では、売却代金は株主であるオーナー個人に支払われます。一方、役員退職金は、対象会社がオーナーに支払うものです。

ここで押さえたいのは、退職金の支払いは会社の財産を減らすという点です。会社の手元資金から退職金が出ていけば、その分だけ会社の純資産は小さくなり、買い手が支払う株式の価格も下がるのが通常です。買い手から見れば「会社の価値」の中から退職金が先に払われ、残りを株式の対価として受け取る、という構図になります。

つまり、組み合わせとは「パイを大きくする方法」ではなく、同じパイを、株式の対価と退職金という二つの受け取り口にどう分けるかの問題です。それでも検討される理由は、受け取り口によって課税の仕組みが異なり、会社側の税金にも影響するからです。

立場株式の対価だけで受け取る場合一部を退職金として受け取る場合
オーナー個人全額が株式の譲渡所得として課税退職所得と株式の譲渡所得に分かれて課税
対象会社会社の資金・純資産は変わらない資金が流出するが、適正額なら損金になる
買い手株式の取得額が大きくなる株式の取得額が小さくなる
他の株主持株割合どおりに対価を受け取る退職金を受けない株主の取り分が減る

オーナー個人の税金:退職所得と株式の譲渡所得

株式の譲渡所得

個人が非上場株式を譲渡した利益は、他の所得と分けて課税される申告分離課税の対象です。税率は所得税15%・住民税5%で、このほかに復興特別所得税がかかります(令和9年分以後は、復興特別所得税の一部が防衛特別所得税に置き換わりますが、合計の負担率は変わりません)。譲渡所得の金額は、譲渡価額から取得費や譲渡のための費用を差し引いて計算します(国税庁 タックスアンサーNo.1463)。株式の取得費が小さいオーナー企業では、売却代金の大部分が課税対象になりやすいのが特徴です。

退職所得

役員退職金は退職所得として、他の所得と分けて税額を計算します。退職所得の金額は「(収入金額-退職所得控除額)× 1/2」で、退職所得控除額は勤続20年以下なら1年につき40万円(最低80万円)、20年超なら800万円に20年を超える1年につき70万円を加えた額です(国税庁 タックスアンサーNo.1420)。

税率は累進税率ですが、控除後の金額の2分の1だけが課税対象になるため、勤続年数が長く退職金が過大でない範囲では、受け取る金額に対する実質的な負担が株式の譲渡所得の税率を下回る部分が生じ得ます。反対に、退職金を大きくすると累進税率の高い部分が増え、株式で受け取るより負担が重くなる部分も出てきます。

たとえば、勤続35年のオーナーが退職金1億円を受け取る場合(説明のための単純な例です)、退職所得控除額は800万円+70万円×15年=1,850万円、課税対象となる退職所得は(1億円-1,850万円)×1/2=4,075万円です。同じ1億円を株式の対価として受け取れば、取得費などを除いた額がそのまま20%の課税対象になります。どちらが有利かは、金額の配分と勤続年数によって変わるため、配分を変えながら税引後の手取りを試算することが出発点です。

個人側で注意したい例外

  • 役員としての勤続年数が5年以下の場合:「特定役員退職手当等」として、2分の1の計算が適用されません(No.1420)。売却前に親族を役員に就けて退職金を払う、といった設計では特に注意が必要です。
  • 「退職所得の受給に関する申告書」を提出しない場合:支払額の20.42%が源泉徴収され、確定申告で精算することになります(No.1420)。

対象会社の側:損金になるかが分かれ目

役員退職金は、会社の側では原則として損金になります。ただし、不相当に高額な部分の金額は損金に算入されません(法人税法34条2項、国税庁 タックスアンサーNo.5211)。実務では、退任時の報酬月額・役員としての在任年数・功績倍率を掛け合わせる考え方や、同業で規模の近い会社の支給水準との比較で、金額の妥当性が検討されてきました。裁判例でも判断は分かれており、「この倍率なら必ず認められる」という基準はありません。

M&Aの場面でこの点が重要になるのは、退職金が過大と判断された場合の負担が、売却後の会社と売り手の双方に及ぶからです。損金にならなかった部分について対象会社に追加の税金が生じれば、買い手は株式譲渡契約の表明保証や補償の条項に基づいて、売り手に補填を求める可能性があります。表明保証と補償の仕組みは、関連記事「表明保証と売主の責任」で扱います。

また、損金になった退職金は、会社のその事業年度の所得を減らします。損金に算入する時期は、原則として株主総会の決議等で金額が具体的に確定した事業年度で、実際に支払った事業年度に損金経理をした場合はその年度とすることも認められています(法人税基本通達9-2-28)。

買い手の側:投資額と「節税効果」の帰属

買い手にとって、退職金との組み合わせには次のような意味があります。

  • 株式の取得額が小さくなる:会社に余剰資金がある場合、それを退職金に充てた分だけ株式の対価が下がり、買い手の資金負担が軽くなります。
  • 会社の資金繰りは確認が必要:退職金の支払い後も、会社が事業を続けるのに十分な資金を持っているかが問われます。資金が足りず借入れで退職金を払うような設計は、買い手の理解を得にくくなります。
  • 会社の法人税が減る効果は、誰のものか:退職金が損金になり、会社に課税所得があれば法人税の負担が軽くなります。株式の価格を「退職金の額だけ」下げるのか、「税負担の軽減分を考慮した額」で下げるのかは、交渉で決まります。オーナー側は、この効果が価格にどう反映されているかを確認しておきたいところです。

買い手は、金額が過大でないか、退任の実態があるかを、買収前の調査の中で確認するのが通常です。根拠のある金額と手続きを示せることが、交渉を円滑にします。

組み合わせが成り立つための5つの確認事項

確認事項確認したいこと満たさない場合に起こり得ること
1. 金額の適正さ在任年数・報酬・功績から説明できるか、規程はあるか過大部分が損金にならず、補償を求められる可能性
2. 支払う資金支払い後も会社の資金繰りに無理がないか買い手の合意が得られない、会社の財務が不安定になる
3. 退任の実態売却後も実質的に経営に関与し続けないか退職給与と認められない可能性
4. 他の株主との公平退職金を受けない株主の理解が得られるか株主間の対立、取引の遅れ
5. 支払の確実性クロージングと同時か、後払いならその保全策は後払い分が回収できないリスク

他の株主がいる場合

株主がオーナー1人であれば、退職金と株式の対価の配分は「受け取り方の違い」にすぎません。しかし、役員でない株主や、役員でも退職金を受け取らない株主がいる場合は事情が異なります。退職金の分だけ株式の価格が下がるため、退職金を受け取らない株主の手取りは減るからです。

兄弟や親族が株主に分かれている会社では、株式の対価と各人の退職金を合計した「一人ひとりの手取り」を並べて示し、全員が納得できる配分になっているかを確認することが欠かせません。退職金の額を株主間の調整のために恣意的に動かすことはできない点にも注意が必要です。

売却後も会社に残る場合

役員退職金は、役員を退任することが前提です。売却後も一定期間、会長や取締役として残る場合、その時点で退職金を受け取ると、退職給与として認められるかが問題になります。

法人税基本通達9-2-32では、分掌変更等で役員としての地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したのと同様の事情がある場合に退職給与として扱えるとし、常勤から非常勤への変更、取締役から監査役への変更、報酬のおおむね50%以上の減少などを例示しています。ただし、代表権がある人や経営上主要な地位にある人は除かれており、形式だけ整えても実態が伴わなければ認められません。また、未払金として計上しただけの金額は、原則として退職給与に含まれないとされています。

売却後の残り方と、その間の報酬・退職金の扱いは、関連記事「M&A後に売り手オーナーが担う役割と条件」で詳しく整理しています。

支払の時期

退職金は、株式の代金決済と同じタイミング(クロージング時)か、その直後に支払う形が一般的です。一方、オーナーが売却後もしばらく役員として残る場合には、退職時まで支給を先送りする設計も考えられます。

しかし、後払いにすると、その間に会社や買い手の経営が悪化した場合に支払われないリスクが残ります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、役員退職慰労金のクロージング後払いは、譲渡対価の分割払いなどと並んで、最終契約で留意すべき事項の一つとして取り上げられています。ガイドラインは、引継ぎのためにクロージング後も一定期間残る場合のインセンティブとして活用されることがある一方、その後の事業や買い手の状況によっては支払われない(不履行となる)リスクがあると指摘しています。後払いとする場合は、金額と支給時期を契約で明確にし、先送りの期間をできるだけ短くするなど、リスクを小さくする工夫が必要です。

配分を決めるまでの進め方

  1. 退職金の上限の目安を把握する:役員退職慰労金規程の有無、在任年数、報酬の推移を確認し、説明できる金額の範囲を税理士とともに確かめます。
  2. 支払う資金を確認する:会社の現預金と、支払い後の資金繰りを確認します。保険の解約金を原資にする場合は、解約の時期も含めて検討します。
  3. 配分を変えて手取りを試算する:株式の対価と退職金の配分をいくつか置き、個人の税引後手取り、会社の税負担、他の株主の手取りを並べます。
  4. 買い手と条件をすり合わせる:価格の決め方(退職金をどう差し引くか)、支払時期、退任後の関与を交渉の早い段階で共有します。
  5. 契約と手続きに落とし込む:株主総会の決議、議事録、株式譲渡契約での定めを整えます。

AEGISの視点

役員退職金との組み合わせは、M&Aの手取りを増やす「技術」として語られることが多いテーマです。しかし実際には、個人の税額の差は配分次第で小さくなることも逆転することもあり、むしろ大きく効いてくるのは、会社の損金の可否、他の株主との関係、退任の実態、支払いの確実性といった、取引全体の設計に関わる要素です。

AEGISは、退職金を「長年経営を担ってきたことへの対価を、株式の対価とは別の筋道で正しく受け取る仕組み」と考えています。在任期間と功績に見合った金額を、規程と手続きに基づいて支給するのであれば、オーナー・会社・買い手のいずれにとっても説明のつく形になります。反対に、手取りを増やすためだけに金額を膨らませれば、売却後の補償や家族・株主間の対立という形で、かえって手元に残るものを減らしかねません。

また、退職金と株式の対価は、売却後の資金の使い道とも結び付いています。受け取る時期や形が変われば、納税の時期や、その後の資産設計も変わります。売却の準備全体の流れは、M&AのPillar記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で整理しています。

株式の譲渡と事業の譲渡で、オーナーの受け取り方がどう変わるかは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」もあわせてご覧ください。

M&Aや承継に伴う税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 役員退職金を支払うと会社の価値が下がり、株式の価格もその分下がるのが通常です。オーナーが100%株主なら、受け取る総額はほとんど変わりません。
  • 違いが生じるのは、個人の税金(退職所得と株式の譲渡所得)、会社の法人税(退職金の損金算入)、買い手の投資額です。
  • 退職金の不相当に高額な部分は損金になりません。過大と判断されれば、売却後に補償を求められる可能性があります。
  • 他の株主がいる場合、退職金を受け取らない株主の手取りが減るため、全員の手取りを並べた確認が欠かせません。
  • 売却後も残る場合の退任の実態、後払いとする場合の支払の確実性にも注意が必要です。具体的な判断は個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 退職金と組み合わせれば、必ず手取りは増えますか?

必ず増えるとは限りません。退職所得は2分の1課税の仕組みがある一方で累進税率が適用されるため、退職金の額が大きくなると、株式の譲渡所得として受け取るより負担が重くなる部分も生じます。勤続年数や配分によって結果が変わるため、配分をいくつか置いて税引後の手取りを試算することが大切です。

Q. 退職金の額は、買い手と自由に決めてよいのですか?

株式の対価との配分は交渉で決まりますが、退職金の額そのものは、税務上不相当に高額でないことが前提です。在任年数、報酬、功績、同業他社の水準などから説明できる範囲に収める必要があります。役員退職慰労金規程があれば、その基準に沿って算定するのが基本です。

Q. 会社に退職金を払うだけの資金がない場合はどうなりますか?

支払い後に会社の資金繰りが成り立たない場合、退職金との組み合わせは現実的ではありません。買い手が資金を提供する方法も考えられますが、買い手の合意が前提となり、条件も複雑になります。まずは会社の手元資金の範囲で、無理のない金額を検討するのが基本です。

Q. 売却後に顧問として残る予定です。退職金は受け取れますか?

取締役を退任し、顧問として関与の度合いが大きく下がるのであれば、退職金を受け取ることは一般的です。ただし、肩書が変わっても重要な経営判断に関わり続けるなど、実質的に退任していないと見られる状況では、退職給与として認められない可能性があります。残る期間の役割と報酬を、売却の契約段階で明確にしておくことが重要です。

Q. 株主が複数いる場合、退職金を受け取るのは社長だけでもよいのですか?

退職金は役員として退任する人に支給されるものなので、役員でない株主には支給されません。その結果、退職金の分だけ株式の価格が下がると、他の株主の取り分が減ります。株主全員の手取りを並べ、事前に説明と合意を得ておくことが、取引を円滑に進めるうえで欠かせません。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

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  • 『新版 サクサクわかる!M&Aの税務』佐藤信祐 著、清文社、2024年、第2章第1節(印刷 p.118-120)

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。