医師や税理士などの親を持つ子が、その資格を持っていない場合、親の診療所や事務所をそのまま継ぐことはできません。診療や税務代理といった資格が必要な業務そのものは、資格者にしか担えないからです。
しかし、それで家族の選択肢がなくなるわけではありません。結論としては、「事業を担う人」と「財産を持つ人」を分けて考えることで、道が開けます。事業は資格を持つ第三者に引き継ぎ、診療所や事務所の不動産は家族が持って貸す。医療法人や士業法人の出資・持分は、法人の仕組みに沿って整理する。あるいは、計画的に廃業する。この記事では、資格を持たない子がいる家族が比べたい選択肢と、判断の軸を整理します。
なぜ「資格」が承継の壁になるのか
まず、医師と士業それぞれで、資格がどのように求められているかを確認します。
医師の場合、個人の診療所は、医師が開設するときは開設後に届け出れば足りますが、医師でない人が開設するには都道府県知事等の許可が必要です(医療法7条1項、8条)。医療法人では、理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選ぶこととされ、医師等でない理事から選ぶには都道府県知事の認可が必要です(医療法46条の6第1項)。
士業の場合、たとえば税理士法人の社員は税理士でなければなりません(税理士法48条の4第1項)。税理士が亡くなると登録が抹消され(同法26条1項2号)、税理士法人の社員であれば法人から脱退することになります(同法48条の17第1号)。また、個人の事務所が顧客と結ぶ顧問契約は、一般に委任の性質を持ち、委任は当事者の死亡によって終了します(民法653条1号)。資格者本人が亡くなれば、顧客との関係もそこで途切れるのが原則です。
こうした事情から、医師・士業の事業は後継者を見つけにくい分野でもあります。帝国データバンクの2025年の調査では、業種中分類別の後継者不在率で「医療業」が59.0%、「専門サービス」が58.6%と、いずれも上位5業種に入っています(2025年11月公表)。
家族が比べたい五つの選択肢
資格を持たない子がいる家族の選択肢は、大きく次の五つに整理できます。
| 選択肢 | 事業を担う人 | 家族に残るもの | 向いているケース | 主な注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 1. 第三者の資格者に引き継ぐ | 外部の医師・士業 | 譲渡の対価 | 地域に必要とされ、患者や顧客が多い | 引継ぎ先探しに時間がかかる。対価の税金 |
| 2. 事業は譲り、不動産は家族が持って貸す | 外部の医師・士業 | 不動産と賃料収入 | 立地のよい自宅兼診療所・事務所を持つ | 賃料・期間の設計、相続税の特例の要件 |
| 3. 医療法人・士業法人の出資や持分を整理する | 法人に残る資格者 | 出資の対価や払戻し | 法人化しており、他の資格者がいる | 法人の類型・定款・税金で扱いが変わる |
| 4. 子や孫が資格を取るまでつなぐ | 一時的な院長・所長 | 将来の承継の可能性 | 子や孫が資格取得を目指している | つなぐ人との条件設定、長期化のリスク |
| 5. 計画的に廃業する | なし | 残った資産 | 引継ぎ先が見つからない、事業規模が小さい | 患者・顧客・職員への配慮、残る資産の整理 |
※AEGISが論点を整理するために作成した表です。実際には複数の選択肢を組み合わせることもあります。
1. 第三者の資格者に引き継ぐ
もっとも事業の価値を生かせるのが、外部の医師や士業に事業を引き継ぐ方法です。個人の診療所であれば、診療所の設備や患者、職員を引き継いでもらう形になり、引き継ぐ医師があらためて開設の手続を行います。具体的な手続や建物・土地の扱いは、関連記事「個人開業医の診療所を引き継ぐ方法」で解説しています。
士業の事務所では、顧客との顧問契約が資格者本人との信頼関係に基づいているため、親が元気なうちに後継の資格者を顧客に紹介し、一定期間一緒に担当するなどの段階的な引継ぎが欠かせません。顧問契約は親の死亡で終了するのが原則のため、亡くなった後に引継ぎ先を探すのでは、顧客が離れてしまう可能性が高くなります。
譲渡の対価を受け取る場合、譲渡する資産の種類によって課税関係が異なります。個人事業を第三者に譲るときの税金や手続は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」で扱っています。
2. 事業は譲り、不動産は家族が持って貸す
自宅と一体になった診療所や、駅前の事務所ビルなど、立地のよい不動産を持っている場合は、事業は資格者に譲り、不動産は家族が持ったまま引継ぎ先に貸すという形が考えられます。家族には安定した賃料収入が残り、引継ぎ先にとっても、患者や顧客に知られた場所で事業を続けられる利点があります。
このとき検討したいのが、相続税の小規模宅地等の特例との関係です。親が自ら診療所や事務所として使っていた土地を相続する場合、「特定事業用宅地等」として扱われるには、親族が親の事業を相続税の申告期限までに引き継ぎ、申告期限まで営んでいることなどが要件になります(国税庁タックスアンサーNo.4124)。資格を持たない子は事業を引き継げないため、この要件を満たすことは難しくなります。
親の生前から第三者に貸していれば「貸付事業用宅地等」として検討の対象になりますが、相続開始前3年以内に新たに貸付けを始めた宅地等は、一定の場合を除いて対象外とされています(同)。どの時点で、誰に、どの条件で貸すかによって、相続税の扱いが変わりうるため、引継ぎの時期とあわせて試算しておくことが大切です。
3. 医療法人・士業法人の出資や持分を整理する
親が医療法人や士業法人を経営している場合は、法人の仕組みに沿った整理が必要です。
医療法人では、法人の類型によって扱いが大きく異なります。出資持分のある医療法人であれば、出資持分は親の相続財産になり、相続した子が持分の払戻しを求めることも考えられます。払戻しが法人の資金繰りを圧迫すれば、医療の継続にも影響します。後継者に医師がいない場合、専門書では、外部から医師を招くための医療機関としての価値の向上や、理事長個人名義の資産の整理などが論点として挙げられています。出資持分の評価や持分なし医療法人への移行は、関連記事「医療法人の事業承継と出資持分の整理」で解説しています。
士業法人では、資格を持たない子が社員の地位を引き継ぐことはできません。親が亡くなって法人から脱退すれば、持分は法人の定款や法律の定めに沿って精算されることになります。法人にほかの資格者の社員がいるかどうか、精算の資金を法人が用意できるかが、事業の継続にとって重要です。
4. 子や孫が資格を取るまでつなぐ
子や孫が医師や士業を目指して学んでいる場合は、外部の資格者に一定期間、院長や所長として事業を担ってもらい、将来の承継につなぐ方法もあります。ただし、つなぐ期間は想定より長くなりがちで、その間に事業の中心が外部の資格者に移っていくこともあります。つなぐ人の処遇、期間、将来の引継ぎ方を、あらかじめ書面で決めておくことが欠かせません。また、子や孫の進路を家族の期待で縛らない配慮も大切です。
5. 計画的に廃業する
引継ぎ先が見つからない場合や、事業の規模が小さい場合は、計画的な廃業も立派な選択肢です。患者には紹介先の医療機関を、顧客には後任の専門家を案内し、職員の再就職にも配慮しながら、時間をかけて事業を閉じます。廃業後に残る不動産は、売却や賃貸、相続などで家族の資産として生かすことを考えます。
選択肢を比べるときの判断軸
五つの選択肢を比べるとき、AEGISは次の四つの軸で考えることをおすすめしています。
- 地域・顧客への責任:患者や顧客、職員にとって、事業が続くことにどれだけの意味があるか
- 事業の価値が残る時間:資格者本人の力に依存する事業ほど、引継ぎが遅れるほど価値が下がる
- 家族に残す財産の形:対価(現金)、不動産と賃料、法人の持分のどれで残すのが家族に合っているか
- 相続のときの公平さと税金:子どもが複数いる場合の配分、相続税と納税資金の見通し
とくに医師・士業の事業は、資格者本人の力や信頼に支えられているため、②の「時間」が他の事業以上に重要です。元気なうちに選択肢を比べ始めることが、家族に残せるものを大きくします。
医師・士業の親が、今から家族と話しておきたいこと
資格を持たない子がいる場合、親が一人で悩んだまま時間が過ぎてしまうことがよくあります。子の側も、「継げなくて申し訳ない」と感じていたり、親の事業や財産について聞きにくかったりします。家族で次のような点を話しておくと、選択肢を比べる土台ができます。
- 親はいつ頃まで現役を続けたいか、引退後はどう暮らしたいか
- 子は将来、事業や不動産とどのように関わりたいか(関わりたくない、も含めて)
- 診療所や事務所の不動産を、家族として残したいか
- 患者・顧客・職員に対して、親が果たしたい責任は何か
医師・士業として独立するときの形の選び方は、関連記事「医師・士業が独立開業するときの形の選び方」でも扱っています。開業の段階から承継や廃業の出口を見通しておくことの大切さは、承継を考える段階でも同じです。
AEGISの視点
資格を持たない子がいる医師・士業の家族は、「継がせられない」ことに意識が向きがちです。しかし、AEGISは、資格が必要なのは「業務」であって、「家族が事業とともに築いてきた財産や信頼」まで途切れるわけではないと考えています。
事業の担い手と財産の持ち手を分ければ、事業は地域に必要とされる形で資格者に引き継ぎ、不動産や対価、法人の持分は家族の資産として次の世代に渡すことができます。その際には、事業の譲渡、不動産の所有と賃貸、相続税の特例、家族の間の配分を一体で設計する必要があります。どれか一つだけを先に決めると、他の選択肢を狭めてしまうことがあるからです。
もう一つ大切なのは、子が親の事業を継がないことを、家族の失敗として捉えないことです。親が長年築いた事業を、地域のために次の資格者へつなぎ、家族には別の形で財産を残す。その道筋を家族で共有できれば、親にとっても子にとっても納得のいく承継になります。事業・不動産・相続を一体で考えるAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。
親族以外への承継が広がっている動向は関連記事「『脱ファミリー』が進む事業承継」で、事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。
まとめ
- 診療や税務代理など資格が必要な業務は、資格を持たない子が担うことはできません。診療所の開設、医療法人の理事長、士業法人の社員には、法律で資格が求められています。
- 「事業を担う人」と「財産を持つ人」を分けることで、第三者の資格者への承継、不動産を家族が持って貸す形、法人の出資や持分の整理、子や孫が資格を取るまでつなぐ形、計画的な廃業といった選択肢が見えてきます。
- 不動産を家族が持つ場合は、小規模宅地等の特例の要件(事業の引継ぎ、貸付けの開始時期など)によって相続税の扱いが変わりうるため、時期とあわせて試算します。
- 資格者本人の力に依存する事業ほど、引継ぎが遅れるほど価値が下がりやすく、元気なうちに比べ始めることが大切です。
よくある質問
Q. 医師でない子が、親の診療所の開設者になることはできますか?
医師でない人が診療所を開設するには、都道府県知事等の許可が必要とされています。実務上は、医師である第三者に診療所を引き継いでもらう、または医療法人の形で医師を管理者として迎えるなどの方法が検討されます。具体的な可否は所管の窓口で確認が必要です。
Q. 医療法人の理事長は、医師でなければなりませんか?
医療法では、理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選出するとされています。ただし、都道府県知事の認可を受けた場合は、医師等でない理事から選出することもできます。認可の基準は個別に確認が必要です。
Q. 税理士の親が亡くなった場合、顧問先はどうなりますか?
税理士の登録は死亡により抹消され、顧問契約は一般に委任の性質を持つため、当事者の死亡で終了するのが原則です。顧問先は別の税理士を探すことになるため、親が元気なうちに後継の税理士を顧問先に紹介し、段階的に引き継いでおくことが大切です。
Q. 診療所の土地を家族が相続した場合、小規模宅地等の特例は使えますか?
親が自ら診療所として使っていた土地は、親族が事業を引き継ぎ申告期限まで営むことなどが特定事業用宅地等の要件になるため、資格を持たない子が相続する場合は適用が難しくなります。生前から第三者に貸していた場合は貸付事業用宅地等として検討の対象になりますが、貸付けの開始時期などの要件があるため、個別の確認が必要です。
Q. 子が将来、医師になるかもしれない場合はどうすればよいですか?
外部の医師に一定期間院長を務めてもらい、将来の承継につなぐ方法があります。その場合は、院長の処遇や期間、将来の引継ぎ方を事前に書面で決めておくことが重要です。子の進路が変わる可能性も踏まえ、第三者への承継など別の選択肢も並行して検討しておくと安心です。
関連するAEGISのソリューション
この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。
- 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
- M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。
- 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。
参考資料・出典
公的資料・一次情報
- e-Gov法令検索「医療法」(第7条、第8条、第46条の6)
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205/20261001_507AC0000000087
確認日:2026-10-17 - e-Gov法令検索「税理士法」(第26条、第48条の4、第48条の17)
https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC1000000237/20251001_505AC0000000053
確認日:2026-10-17 - e-Gov法令検索「民法」(第653条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089/20260624_508AC0000000045
確認日:2026-10-17 - 国税庁 タックスアンサー No.4124「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm
確認日:2026-10-17
書籍
- 『Q&A各種法人の事業承継の実務 ―社団・財団法人、NPO法人、医療法人、社会福祉法人、学校法人、宗教法人―』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版(2020年)、P.89-111、P.124
その他参考資料
- 株式会社帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日発表)
確認日:2026-10-17








