事業承継で経営権と株式をどう設計するか|社長交代と株式移転の時期は同じでなくてよいのか

高層ビルを望む役員室で、年配の経営者が若い男性に鍵を手渡す様子

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「社長の座は息子に譲ったが、株式はまだ自分が持っている」——中小企業の事業承継では、こうした状態がよく見られます。

結論から言えば、経営を任せる時期と株式を移す時期は、同じである必要はありません。むしろ、両者をあえてずらし、段階的に移していく設計は合理的な選択肢の一つです。

ただし、その「ずれ」の期間に誰が最終的な決定権を持ち、何が起きたらどうするかを決めておかないと、後継者の経営は不安定になり、相続のときに思わぬ問題が表面化します。

この記事では、経営権と株式の関係を整理したうえで、時期の組み合わせ方と、設計の際に確認しておきたい論点を解説します。

「経営権」と「株式」は何が違うのか

事業承継の文脈で使われる「経営権」という言葉には、実は二つの意味が混ざっています。

区分中身誰が決めるか
経営の地位代表取締役として業務を執行し、日々の経営判断を行う立場取締役会や株主総会で選ばれる
支配の権限株主総会で議決権を行使し、役員の選任・解任や重要事項を決める力株式(議決権)の保有割合で決まる

会社の重要事項は株主総会で決まります。役員の選任などの普通決議は原則として出席株主の議決権の過半数、定款変更などの特別決議は原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です(会社法309条・341条)。つまり、社長であっても株主総会で過半数を握っていなければ、最終的には株主の意向で交代させられる可能性があるということです。

中小企業では、オーナーが「社長」と「大株主」を兼ねているため、この二つの違いを意識する機会はあまりありません。しかし、事業承継ではこの二つを別々のタイミングで渡すことが多いため、違いを理解しておくことが設計の出発点になります。

社長交代と株式移転の組み合わせ方

経営の地位と株式を移す順番には、大きく4つのパターンがあります。

パターン内容向いている場面注意点
同時に移す代表者交代と同時に、株式の大半を後継者へ移す後継者の経験が十分で、株価や納税資金の見通しが立っている一度に移すと税負担や資金負担が大きくなりやすい
経営を先に移す先に社長を交代し、株式は数年かけて移す後継者に経営経験を積ませたい、株式の移転を分散したい移行期間中の決定権の所在をあいまいにしない
株式を先に移す現経営者が社長を続けながら、株式を先に後継者へ移す株価が低い時期を活用したい、相続に備えて所有を早く固めたい株主となった後継者と社長との意思の調整が必要
段階的に並行して移す役職・権限と株式を、節目ごとに少しずつ移す承継期間を長く取れる場合各段階の目標を事前に決めておかないと停滞しやすい

どのパターンが正しいということはありません。後継者の経験、株価の水準と今後の見通し、家族構成、現経営者の年齢や健康状態によって、適した組み合わせは変わります。

「ずれ」の期間に起きること

経営と株式の移転をずらす場合、問題になりやすいのは移行期間の過ごし方です。

株式の譲渡時期を決めないまま社長を交代した場合

中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、社長交代の際に株式の譲渡時期などを具体的に取り決めなかったことが、後のトラブルにつながった事例が紹介されています。社長を譲った側は「いずれ渡すつもり」、受けた側は「いずれもらえるはず」と考えていても、その「いずれ」が言葉になっていなければ、状況が変わったときに認識の違いが表面化します。

現経営者に相続が発生した場合

株式を移し終える前に現経営者が亡くなると、株式は相続財産となります。相続人が複数いれば、遺産分割が終わるまで株式は相続人全員の共有の状態になり、議決権の行使も共有者間の調整が必要になります。共有株式の権利を行使するには、原則として共有者の中から権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければなりません(会社法106条)。遺言がなければ、後継者が株式を確実に取得できるとは限りません。

株価が上がり続けた場合

後継者が経営を担い、業績を伸ばすほど、株式の評価額は上がるのが一般的です。株式の移転を後回しにすると、後継者は「自分が上げた株価」に見合う税負担や買取資金を負うことになりかねません。

現経営者の判断能力が低下した場合

株式を現経営者が持ち続けている間に、健康上の理由で判断能力が低下すると、株主総会での議決権行使そのものが難しくなることがあります。経営は後継者が担っているのに、重要事項を決められないという状態が生じ得ます。

設計で確認したい6つの論点

経営と株式の設計にあたっては、次の論点を一つずつ確認していくと全体像がつかみやすくなります。

1. 時間軸:いつ、何を渡すか

代表者交代、会長職などへの移行、株式移転の開始と完了——それぞれの目標時期を、現経営者の引退時期から逆算して置きます。事業承継ガイドラインでも、引退時期を定めてから後継者育成に必要な期間を逆算する考え方が示されています。

2. 議決権の目標:後継者がどこまで持つか

後継者が安定して経営するために、どの時点でどの程度の議決権を持つべきかを決めます。過半数を確保すれば役員の選任などを単独で決められ、3分の2以上を確保すれば定款変更などの特別決議も単独で可決できる、という区切りが一つの目安になります。

3. 移転の方法:贈与・売買・相続をどう組み合わせるか

株式を移す方法には、生前の贈与、後継者や会社への売却、遺言による相続・遺贈などがあります。それぞれ、税負担、後継者の資金負担、他の家族との関係への影響が異なります。株式の評価方法によって移転時の金額が変わるため、評価の考え方も併せて確認しておきます(関連記事:非上場株式の評価方法をどう検討するか)。

4. 移行期間の決定権:誰が最終判断をするか

経営を先に移す場合、現経営者が大株主であり続ける期間の役割分担を決めておきます。日常の経営判断は後継者に任せ、現経営者は株主として何を確認・承認するのか。口約束ではなく、書面で整理しておくことが望まれます。議決権と配当を分けて設計する種類株式などの仕組みが検討されることもあります(関連記事:議決権と配当を分けて設計できるか)。

5. 他の家族への配慮:株式以外に何を渡すか

株式を後継者に集める場合、後継者以外の家族には株式以外の財産をどう配分するかを考える必要があります。オーナーの財産の多くが自社株式である場合は、他の相続人の遺留分との関係も検討が必要です。

6. 制度と期限:使える制度を確認する

非上場株式の贈与税・相続税の納税を猶予・免除する「法人版事業承継税制(特例措置)」を検討する場合、令和9年(2027年)9月30日までに「特例承継計画」を都道府県へ提出する必要があり、対象は平成30年(2018年)1月1日から令和9年(2027年)12月31日までの贈与・相続等とされています(中小企業庁)。この制度を視野に入れるかどうかで、株式移転の時期の設計も変わってきます。

実務上注意したいポイント

  • 「いずれ」を日付に置き換える:株式の移転時期は、目標年だけでも書面に残しておくことで、移行期間の認識違いを防げます。
  • 遺言で「万が一」に備える:株式の移転が完了するまでの間に相続が起きた場合に備え、株式を誰に承継させるかを遺言で明確にしておくことが検討に値します。
  • 定款を確認する:株式の譲渡制限や、相続人等に対する売渡請求の定めなど、定款の内容によって承継の進め方が変わることがあります。
  • 後継者の負担を見積もる:株式を売買で移す場合は後継者の資金調達、贈与や相続で移す場合は納税資金を、早い段階で見積もっておきます。

AEGISの視点

事業承継の相談では、「いつ社長を譲るか」と「株式をどう移すか」が、別々の場で、別々の人と話されていることが少なくありません。前者は経営の問題として、後者は税金の問題として扱われるからです。

AEGISは、経営の地位と株式を「一つの時間軸の上で、意図的にずらして設計するもの」と考えています。ずれがあること自体は問題ではありません。問題になるのは、ずれが「結果としてそうなっている」だけで、その期間の役割や、想定外の事態が起きたときの手当てが決まっていない状態です。

さらに、株式の移し方は、会社が使う不動産を誰が持つか、オーナー個人の金融資産を家族にどう配分するか、事業を通じて社会に何を残すかといった問いとも結びついています。株式だけを切り出して最適化するのではなく、経営・所有・財産・家族を同じ一枚の上に並べたうえで、株式の移転時期を決めることが、後継者にとっても家族にとっても納得しやすい承継につながるとAEGISは考えています。

たとえば、議決権のある株式は後継者に、議決権のない配当優先株式は財団に寄附するという設計をとれば、経営権を後継者に集めたまま、会社の利益の一部を配当を通じて社会に還元できます。自ら財団を設立する代わりに、運営体制を備えた既存の財団(AEGISが設立したアイジスレガシー財団など)に基金を設ける形であれば、後継者に財団運営の実務を背負わせることもありません。種類株式の手続や寄附に伴う税務の確認は必要ですが、経営と所有を分けて考えるからこそ選べる承継の形の一つです。

事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で、経営と株式の移行を年ごとに整理する方法は「事業承継計画に含める項目とは」で解説しています。

株式の評価や承継に伴う資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 「経営権」には、代表者として経営する地位と、株主として会社を支配する権限の二つの意味があります。
  • 社長交代と株式移転の時期は同じである必要はなく、段階的にずらす設計も合理的な選択肢です。
  • ずらす場合は、移行期間の決定権、相続や判断能力低下への備え、株価上昇の影響を事前に検討することが重要です。
  • 時間軸、議決権の目標、移転の方法、移行期間の決定権、家族への配慮、制度と期限の6つの論点で整理すると全体像がつかみやすくなります。
  • 具体的な設計は、会社の状況や家族構成などの個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 社長を交代したら、株式もすぐに渡さなければなりませんか?

その必要はありません。代表者の交代と株式の移転は別の手続きであり、時期をずらすことができます。ただし、株式を移す時期や方法について、現経営者と後継者の間で具体的に合意しておかないと、後に認識の違いが生じることがあります。

Q. 後継者には、どのくらいの議決権を持たせるべきですか?

一つの目安は、役員の選任などの普通決議を単独で可決できる過半数と、定款変更などの特別決議を単独で可決できる3分の2以上です。最終的にどこまで集めるかは、他の株主の状況や家族への配慮も踏まえて決めることになります。

Q. 株式を先に後継者へ渡し、自分は社長を続けることはできますか?

可能です。株価が低い時期に株式を移しておきたい場合などに検討されます。ただし、株主となった後継者が議決権を持つことになるため、経営方針について事前に十分にすり合わせておくことが前提になります。

Q. 株式を移し終える前に自分が亡くなったらどうなりますか?

株式は相続財産となり、遺言がなければ相続人の間で遺産分割を行うことになります。分割が終わるまでは株式が相続人の共有状態となり、議決権の行使にも調整が必要です。移転の途中で相続が起きた場合に備え、遺言の作成を検討しておくことが望まれます。

Q. 事業承継税制を使う予定がなくても、計画は必要ですか?

必要です。事業承継税制は株式移転の税負担に関わる制度の一つにすぎません。制度の利用の有無にかかわらず、経営と株式をいつ、どの順番で移すかを整理しておくことが、承継を円滑に進める基礎になります。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。