親が亡くなった後、通帳を見て「思っていたより預金が少ない」「亡くなる前に大きな出金が続いている」と気付くことがあります。親と同居していた兄弟が預金を管理していたなら、なおさら疑問は膨らむでしょう。
ただ、引き出されたお金が、すべて「使い込み」だとは限りません。親の生活費や介護費用に使われていたこともあれば、親が自分の意思で贈与していたこともあります。この記事の結論は次のとおりです。
- まず、金融機関から取引履歴を取り寄せ、出金を時期・金額・方法ごとに一覧にすることが出発点です。そのうえで、親の当時の健康状態や支出の裏付けと照らし合わせます。
- 引き出されたお金は、①親のための支出、②親から子への贈与、③子が預かっているだけのお金、④親の承諾のない費消の4つに分けて考えます。性質によって、遺産分割での扱いも、相続税の扱いも変わります。
- 相続税の申告では、相続開始の時に残っている現金や名義を移しただけの預金、親が持っていた返還請求権などが課税の対象になります。申告後に判明した場合は、税額が増えるなら修正申告、減るなら更正の請求で正します。調査の通知を受ける前に自主的に修正申告をすれば、過少申告加算税はかかりません。
家族を疑うことは、誰にとってもつらいものです。事実を一つずつ確かめることは、引き出した側の兄弟にとっても、説明の機会を得ることにつながります。
まず事実を確かめる
取引履歴を取り寄せる
最初に行うのは、被相続人名義の口座の取引履歴(入出金の明細)を金融機関から取り寄せることです。通帳が手元にない、記帳されていない期間がある、という場合でも、金融機関所定の手続により、相続人であることを示す戸籍などを提出して取り寄せることができるのが一般的です。何年分まで遡れるか、手数料がかかるかは金融機関によって異なります。
取り寄せた履歴をもとに、次のような項目を一覧にしていきます。
| 確認する項目 | 見るポイント | 照らし合わせる資料 |
|---|---|---|
| 出金の日付・金額 | 定期的な生活費程度か、まとまった金額か | 通帳、取引履歴 |
| 出金の方法 | ATM・窓口・振込のどれか。振込なら振込先 | 取引履歴、振込依頼書の控え |
| 親の当時の状態 | 入院中・施設入所中・認知症の診断など、自分で引き出せた状況か | 診療記録、要介護認定、施設の記録 |
| 親のための支出 | 医療費・介護費用・施設費・生活費・税金 | 領収書、施設の請求書、家計簿 |
| 引き出したお金の行き先 | 親の現金として保管、別口座への入金、子の支出 | 他の口座の履歴、子の説明 |
引き出した兄弟の説明を聞く
一覧ができたら、預金を管理していた兄弟に、出金ごとの使い道を尋ねます。このとき、最初から「使い込んだ」と決めつけると、相手は身構えてしまいます。「この時期のこの出金は何に使ったのか、記録があれば見せてほしい」と、事実を確認する姿勢で臨むことが大切です。親の介護を一手に担っていた兄弟であれば、領収書を残す余裕がなかったという事情もありえます。
引き出されたお金の4つの性質
確認した事実をもとに、引き出されたお金を次の4つに分けて考えます。
| 性質 | 典型的な例 | 遺産分割での扱い | 相続税での扱い |
|---|---|---|---|
| ①親のための支出 | 医療費・介護費用・施設費・生活費の支払い | 親の財産の正当な使用であり、問題にならない | すでに使われているため、課税の対象にならない |
| ②親から子への贈与 | 親の意思で子の住宅資金や生活費を援助した | 生計の資本などに当たれば特別受益として持ち戻しの対象になりうる | 贈与税の対象。加算対象期間内なら相続税の計算に加算 |
| ③預かり・名義の移動 | 子が親の現金を保管している、子名義の口座に移しただけ | 実質的に親の財産であり、遺産に含めて分ける | 相続開始時の現金・預金として課税の対象 |
| ④親の承諾のない費消 | 親に無断で、子が自分の生活費や買い物に使った | 親が持っていた返還請求権などを、相続人がどう扱うかの問題になる | 親が持っていた返還請求権などが相続財産になる |
②贈与だった場合
親が自分の意思で子に援助していたのであれば、それは有効な贈与です。住宅資金や事業資金のように生計の資本としての贈与であれば、遺産分割で特別受益として持ち戻しの対象になる可能性があります(民法903条1項)。特別受益の詳しい扱いは、関連記事「生前に多くもらった兄弟がいるときの相続」で解説しています。
ただし、親が認知症などで判断能力を失っていた時期の「贈与」は、そもそも有効な贈与といえるかが問題になります。
③預かりだった場合
「親のために現金を手元に置いていた」「親の預金を自分の名義の口座に移して管理していた」という場合は、名義や保管場所が子であっても、実質的には親の財産です。遺産に含めて分けることになり、相続税の申告でも相続財産に含めます。名義預金の考え方は、関連記事「相続税の税務調査で指摘されやすい点」で解説しています。
④無断の費消だった場合
親の承諾なく、子が自分のために使っていた場合、親はその子に対して、利益の返還を求める権利(不当利得返還請求権、民法703条・704条)や、損害の賠償を求める権利(民法709条)を持っていたことになります。親が亡くなると、これらの権利は相続財産として相続人に引き継がれ、一般に、相続分に応じて各相続人に帰属すると考えられています。
遺産分割ではどう扱うか
相続開始前に引き出された場合
親の生前に引き出されたお金は、相続開始の時点で預金としては残っていません。③のように現金や別口座の形で残っていれば遺産として分けますが、④のように使われてしまったお金は、親が持っていた返還請求権などの問題になります。
実務では、相続人全員が合意すれば、引き出した人がその分をすでに受け取ったものとして遺産分割の中で調整することがあります。合意できない場合には、遺産分割とは別に、返還や賠償を求める訴訟などで決着をつけることになります。なお、これらの請求権には時効があります(不当利得返還請求権は民法166条、不法行為による損害賠償請求権は民法724条)。
相続開始後に引き出された場合
親が亡くなった後、遺産分割の前に、相続人の一人が無断で預金を引き出したときは、他の相続人全員の同意があれば、引き出された財産を遺産分割の時に遺産として存在するものとみなすことができます(民法906条の2)。この場合、引き出した本人の同意は必要ありません(同条2項)。
一方、葬儀費用や当面の生活費のために、各相続人が法律で認められた範囲で預金の払戻しを受けることは正当な権利の行使です(民法909条の2)。払い戻した分は、その相続人が一部分割で取得したものとみなされます。
話し合いが行き詰まったときの進め方は、関連記事「遺産分割の話し合いがまとまらないとき」で解説しています。
相続税の申告にどう反映するか
課税の対象になるもの
相続税は、現金や預貯金だけでなく、貸付金など金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものにかかります(国税庁 No.4105)。引き出されたお金の性質ごとに、申告では次のように扱います。
- ①親のための支出:相続開始時にはすでに使われているため、課税の対象になりません。ただし、税務調査で説明を求められることに備え、領収書などの記録は残しておきます。
- ②贈与:贈与を受けた年に贈与税の申告が必要だった可能性があります。また、加算対象期間内の贈与は、贈与税がかかったかどうかに関係なく相続税の計算に加算されます(国税庁 No.4161)。
- ③預かり・名義の移動:相続開始時の現金・預金として申告します。
- ④無断の費消:親が持っていた返還請求権などが相続財産になると考えられます。
使い道が分からないというだけで、ただちに相続財産に加えるわけではありません。しかし、親が自分で引き出せる状態になかったのに多額の出金があり、引き出した人がその使い道を説明できない場合などは、税務調査で、その人が管理していた財産として相続財産と認定されることがあります。
国税庁が公表した相続税の調査事例(令和6事務年度)には、相続開始前に引き出した多額の現金を相続人の自宅の金庫に保管し、関与税理士にも伝えずに申告から除外していた事例が紹介されています。この事例では重加算税が課されています。事実を隠すことは、家族の信頼だけでなく、税負担の面でも大きな代償を伴います。
申告後に判明したときは
相続税の申告をした後に、引き出されたお金の扱いが明らかになることもあります。
| 判明した内容 | 対応 | ポイント |
|---|---|---|
| 申告に含めるべき現金・預金・請求権があった | 修正申告(国税通則法19条) | 調査の通知を受ける前の自主的な修正申告であれば、過少申告加算税はかからない(同法65条6項)。延滞税は別途かかることがある |
| 遺産に含めていた出金が、実は親のための支出だった | 更正の請求(同法23条1項) | 法定申告期限から5年以内。支出を裏付ける資料が必要 |
| 生前の贈与が判明した | 修正申告・贈与税の期限後申告など | 加算対象期間内の贈与かどうか、贈与税の申告の要否を確認する |
申告後に財産や債務が見つかった場合の全体的な対応は、関連記事「申告後に家族の財産や債務が見つかったら」で扱います。
家族の関係を壊さないために
預金の引出しをめぐる争いは、親の財産を管理していた子と、そうでない子の間の「情報の差」から生まれることが多いものです。親が元気なうちに、次のような備えをしておくと、相続の場面での疑いを減らせます。
- 管理する側は記録を残す:親のお金を管理する人は、出金の目的と領収書を残し、定期的に他の家族にも共有する。
- 管理の取り決めを形にする:誰が、どの口座を、どの範囲で管理するのかを、財産管理の委任契約などで明確にする。
- 判断能力が低下したときの仕組みを用意する:任意後見や成年後見、民事信託(いわゆる家族信託)などを検討する。親が認知症になったときの預金の扱いは、関連記事「親が認知症で預金を引き出せないとき」で解説しています。
AEGISの視点
預金の引出しをめぐる相続のトラブルでは、「使い込んだ」「親のために使った」という主張がぶつかり、感情的な対立に陥りがちです。けれども、AEGISがまず大切にしているのは、取引履歴という客観的な記録から、事実を一つずつ積み上げることです。出金を性質ごとに分けていくと、争いの対象は意外に限られていることが少なくありません。
また、この問題は遺産分割と相続税の申告が、同じ事実の上に乗っているという点にも注意が必要です。遺産分割で「なかったことにしよう」と家族で合意しても、相続税の申告では、相続開始時に存在した財産や請求権を正しく反映しなければなりません。逆に、申告をきっかけに事実を整理することが、家族の話し合いの土台になることもあります。
疑いを放置したまま申告を終えるのではなく、事実と記録に基づいて分け方と申告をそろえておくこと――それが、家族の関係と将来の税務リスクの両方を守ることにつながるとAEGISは考えています。相続対策の全体像は、Pillar記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で整理しています。
まとめ
- 親の預金の引出しに疑問があれば、まず取引履歴を取り寄せ、出金を一覧にして親の当時の状態や支出の裏付けと照らし合わせる。
- 引き出されたお金は、親のための支出、贈与、預かり、無断の費消の4つに分けて考える。
- 相続開始前の無断の費消は、親が持っていた返還請求権などの問題となり、合意できなければ遺産分割とは別の手続で決着をつけることになる。相続開始後の無断の引出しは、他の相続人全員の同意で遺産とみなせる。
- 相続税の申告では、残っている現金・名義を移した預金・返還請求権などを反映する。申告後に判明したら、修正申告または更正の請求で正す。
- 親のお金を管理する人が記録を残し、家族で共有しておくことが、最大の予防策である。
よくある質問
Q. 親の口座の取引履歴は、相続人なら誰でも取り寄せられますか?
金融機関所定の手続により、相続人であることを示す戸籍などを提出して、被相続人名義の口座の取引履歴を取り寄せられるのが一般的です。遡れる期間、必要書類、手数料は金融機関によって異なるため、事前に確認してください。
Q. 引き出された預金が親の介護費用に使われていた場合も、相続税の対象になりますか?
親の医療費や介護費用、生活費などに使われたお金は、相続開始時にはすでに支出されているため、相続税の対象にはなりません。ただし、税務調査で多額の出金の使い道を尋ねられることがあるため、領収書や施設の請求書などの記録を残しておくことが大切です。
Q. 使い道の分からない出金は、すべて相続財産に含めて申告すべきですか?
使い道が分からないというだけで、存在しない財産を申告に含める必要はありません。ただし、親が自分で引き出せる状態ではなかった場合など、引き出した人が管理していた財産と判断される可能性があるときは、相続財産として扱うべきかを慎重に検討する必要があります。事実関係をできる限り確かめたうえで判断することが重要です。
Q. 申告後に兄弟の引出しが分かりました。どうすればよいですか?
申告に含めるべき現金や預金、返還請求権などがあったと分かった場合は、修正申告をします。税務署から調査の通知を受ける前に自主的に修正申告をすれば、過少申告加算税はかかりません。反対に、遺産に含めていたお金が親のための支出だったと分かった場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます。
Q. 兄弟が返還に応じない場合、どうすればよいですか?
相続人全員の話し合いで、遺産分割の中で調整することに合意できない場合は、遺産分割とは別に、返還や賠償を求める手続を検討することになります。請求権には時効があるため、早めに弁護士などの専門家に相談しておくと安心です。相続税の申告は、こうした争いの決着を待たずに期限内に行う必要がある点にも注意してください。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- e-Gov法令検索「民法」(第166条、第703条、第704条、第709条、第724条、第903条、第906条の2、第909条の2)
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089/20260624_508AC0000000045
確認日:2026-10-17 - e-Gov法令検索「国税通則法」(第19条、第23条、第65条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000066/20260624_508AC0000000046
確認日:2026-10-17 - 国税庁 タックスアンサー No.4105「相続税がかかる財産」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4105.htm
確認日:2026-10-17 - 国税庁 タックスアンサー No.4161「贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4161.htm
確認日:2026-10-17 - 国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」(国税庁、令和7年12月)
書籍
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