会社売却の前に整理したいオーナー個人所有の事業用不動産|工場・本社の土地を「売る・貸す・残す」のどれにするか

歴史ある石造りの建物とガラス張りの新しい建物が並ぶ本社の外観

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中小企業では、会社の工場や本社が建っている土地を、社長個人が所有していることが珍しくありません。会社を売却するとき、この土地をどうするかは、売却価格や交渉の行方、さらには売却後のオーナーの収入や相続まで左右する論点です。

結論から言えば、売却の前に「現在の権利関係と契約の実態」を確認したうえで、①会社または買い手に売る、②売却後も貸し続ける、③期限を決めて貸し、将来は別の使い方をする、のどれを望むかを、オーナー自身の資金計画と承継の方針から決めておくことが大切です。方針が決まっていないまま交渉に入ると、買い手の資金事情や意向に合わせるしかなくなり、望まない形で手放すことにもなりかねません。

この記事では、売り手のオーナーの立場から、個人所有の事業用不動産を整理する手順と判断の軸を解説します。

なぜ売却前の整理が必要なのか

オーナーと会社の間の不動産の関係は、長年「身内の取引」として続いてきたものです。そのため、次のような状態になっていることがよくあります。

  • 土地の賃貸借契約書がない、または内容が簡単すぎる
  • 地代が近隣の相場と比べて安すぎる、または高すぎる
  • 借地権が会社にあるのかどうか、当事者が意識していない
  • 土地が会社の借入れの担保に入っている
  • 増改築の記録や建築確認の書類が残っていない

会社の外部の買い手にとって、これらはすべて「買った後に事業の拠点を使い続けられるか」という不安材料になります。株式譲渡で会社を売る場合、会社と一緒にオーナー個人の土地が移るわけではありません。売却後は、オーナーと「買い手の傘下に入った会社」という、他人どうしの関係が残るからです。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、譲り渡し側の経営者に関連する資産・負債などの整理は、最終契約で取り扱う事項の一つとされています。経営者個人の名義で登記された土地など、会社の事業に使われている個人の財産は、買い手への売却や引継ぎによって整理する必要があり、最終契約の後に整理すると合意内容に大きな変更が生じて争いに発展するおそれがあるため、可能な限り最終契約の前に行うことが望ましいとされています。売却の準備全体の流れは、M&AのPillar記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で整理しています。

まず確認したい現状

方針を考える前に、次の項目を一覧にしておくと、選択肢ごとの論点が見えやすくなります。

確認項目確認すること選択に影響する点
所有関係土地・建物それぞれの所有者、共有や区分所有の有無、家族名義の部分誰の同意が必要か、何を一体で扱えるか
契約賃貸借契約書の有無、契約日、期間、更新、解約の定め売却後に契約を見直すか結び直すか
地代・賃料金額、近隣相場との比較、支払の実績売却後の適正な水準、税務上の問題の有無
借地権の扱い権利金の授受、相当の地代か、無償返還の届出の有無土地の価値、会社の株価、売却価格の考え方
担保・書類担保設定、登記、境界、建築確認・増改築の記録買い手の調査や金融機関の審査で問題にならないか

とくに借地権の扱いは重要です。法人が個人の土地に建物を建てて使っている場合、権利金を払っていないと、借地権の価値が会社に移ったとみなされる課税関係が生じ得ます。その対応として、土地の価額のおおむね年6%の「相当の地代」を支払う方法や、将来土地を無償で返すことを約して「土地の無償返還に関する届出書」を提出する方法があります(国税庁 個別通達「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」)。仕組みの詳細は関連記事「土地の無償返還に関する届出と相当の地代」で解説しています。

借地権が会社にあるのか、ないのかによって、オーナーの土地の価値も会社の価値も変わります。売却の交渉が始まってから気づくのではなく、事前に整理しておくことが望まれます。

三つの選択肢を比べる

オーナー側の希望は、大きく次の三つに分かれます。

比較の視点①売る(会社または買い手へ)②貸し続ける③期限を決めて貸す
オーナーの資金売却時にまとまった資金を得る毎年の地代・賃料収入が続く当面は収入、将来は売却・転用の選択肢
主な税金譲渡所得への課税毎年の不動産所得への課税期間中は不動産所得、将来の処分時に改めて検討
買い手から見て取得資金が増えるが拠点は安定投資額は抑えられるが賃料が続く一定期間後の移転が前提になる
相続から見て現金化で分けやすく納税資金になる貸地・貸家として承継、借り手との関係も承継期限後の使い方次第
主な注意点価格の妥当性、買い手の資金調達契約の結び直し、借り手の信用期限・明渡しの合意、契約の種類

どれが正解ということはなく、オーナーの希望と買い手の方針が一致したところで決まるのが実際です。買い手が「不動産は持たない」方針なら①は成り立ちにくく、反対に「拠点は自社で持つ」方針なら②は受け入れられにくくなります。オーナーが相続対策として現金化を強く望んでも、買い手が不動産の取得資金を調達できずに交渉がまとまらないこともあります。

①売る場合

誰が買うか:対象会社が買う方法と、買い手(親会社など)が買う方法があります。対象会社に十分な資金がない場合は、買い手が資金を提供したうえで会社が買う形や、株式の取得と同時に買い手が土地を買う形がとられます。買い手側から見た不動産の置き場所の考え方は、関連記事「買収した会社の不動産をどう持つか」で解説しています。

税金:個人が土地や建物を売った利益は譲渡所得として、他の所得と分けて課税されます。売った年の1月1日現在で所有期間が5年を超える長期譲渡所得の場合、税率は所得税15%・住民税5%で、このほかに復興特別所得税がかかります(国税庁 タックスアンサーNo.3208)。所有期間が5年以下の短期譲渡所得の場合は、所得税30%・住民税9%と税率が高くなります(国税庁 タックスアンサーNo.3211)。

価格:オーナーと会社の取引は、近隣相場や鑑定などで説明できる時価で行うことが前提です。個人が法人に時価の2分の1未満の価額で資産を譲渡した場合、時価で譲渡したものとみなして課税される取扱いがあります(国税庁 タックスアンサーNo.3105)。反対に高すぎる価格も、会社とオーナーの双方で課税上の問題になり得ます。また、会社とその代表者との取引は利益相反の取引として、会社の機関決定と記録が必要です。

株式の価格との関係:会社が土地を買う場合、その資金が会社から出ていくため、買い手が支払う株式の対価にも影響します。土地の代金と株式の対価の配分は、税負担の違いも含めて一体で試算する必要があります。

買い手の資金調達:買い手が金融機関から借り入れて土地を買う場合、金融機関が独自に不動産を審査します。建築確認や増改築の記録が不十分だと、融資の判断に時間がかかり、取引全体が遅れることもあります。

②貸し続ける場合

契約を結び直す:売却後は、他人どうしの関係として通用する契約が必要です。期間、更新、賃料改定、解約、原状回復などを、買い手とも相談して整えます。古い契約は、締結時期によって適用される借地の法律の規定が異なることがあるため、既存の契約を生かすか結び直すかは、専門家とともに確認します。

賃料を相場に合わせる:身内の取引として安く(または高く)設定していた地代は、売却を機に近隣の相場に合わせて見直すのが通常です。借地権を生じさせない前提で無償返還の届出をしている場合は、契約書の内容がその前提と矛盾しないかも確認します。

収入としての安定性:売却後の地代・賃料は、オーナーにとって引退後の安定収入になり得ます。一方で、借り手は買い手グループの会社になるため、その信用力、将来の拠点移転の可能性、賃料改定の交渉相手が変わることも織り込んでおく必要があります。

③期限を決めて貸す場合

将来、その土地を売却したり別の用途に使ったりする予定がある場合は、一定期間の賃貸の後に明け渡してもらうことを前提に条件を決めます。普通の借地・借家の契約では、借り手の権利が強く保護され、貸し手から更新を拒むには正当な事由が必要とされるのが原則です(借地借家法6条・28条)。期限を確実にしたい場合は、更新のない定期借地(事業用の建物所有を目的とする事業用定期借地権等は存続期間10年以上50年未満で、公正証書による契約が必要〔同法23条〕)や定期建物賃貸借(書面による契約が必要〔同法38条〕)などの契約の種類を検討し、株式譲渡の契約でも明渡しの時期を合意しておくことが考えられます。

売却後の相続・承継への影響

不動産をどの形で持つかは、オーナーの相続にも影響します。

  • 小規模宅地等の特例の区分が変わり得る:被相続人とその親族が株式の50%超を持つ同族会社の事業に使われている宅地は、要件を満たせば「特定同族会社事業用宅地等」として400㎡まで評価額を80%減額できます。会社を売却して同族会社でなくなれば、この区分は使えなくなり、要件を満たせば「貸付事業用宅地等」(200㎡まで50%減額)として扱われる可能性があるにとどまります(国税庁 タックスアンサーNo.4124)。
  • 現金化すると分けやすくなる:土地を売って現金にすれば、遺産を分けやすく、納税資金にもなります。一方で、評価額が下がる効果は失われます。
  • 貸し続けると「借り手との関係」も承継する:相続人は、地代収入とともに、買い手グループの会社との契約関係や管理の手間も引き継ぎます。

売却で得た資金や手元に残した不動産を、売却後にどう管理し次の世代に引き継ぐかは、関連記事「会社売却後の資産をどう守り、どう使うか」で扱っています。

実務上注意したいポイント

  • 方針は交渉前に決める:売る・貸す・期限付きのどれを望むか、譲れない条件は何かを、売却の打診を始める前に整理しておきます。
  • 家族名義・共有の部分を確認する:土地の一部が配偶者や子の名義、または共有になっている場合、その人の意向と同意が必要です。
  • 担保と保証を同時に整理する:土地が会社の借入れの担保に入っている場合、売却後に担保をどう外すかは、経営者保証の解除とあわせて交渉する事項です。
  • 株式の契約と不動産の契約をそろえる:不動産の売買や賃貸の条件は、株式譲渡の契約と同時に決め、内容に食い違いがないようにします。
  • 具体的な課税関係は個別に確認する:所有期間、取得費、借地権の有無、会社の状況によって結論が変わります。

AEGISの視点

オーナー個人の事業用不動産は、会社売却の場面では「付随的な論点」として後回しにされがちです。しかしAEGISは、この不動産を「売却後のオーナーの暮らしと承継を支える、手元に残る可能性のある最大の資産」と考えています。

株式を売れば、会社との縁は契約上いったん切れます。一方で不動産は、売るか貸すかによって、まとまった資金にも、長く続く収入にも、次の世代に引き継ぐ財産にもなります。だからこそ、買い手の都合で決めるのではなく、売却後の資金計画、相続人の構成、管理の負担まで含めて、オーナー自身が先に方針を持つことが大切です。

また、同じ土地でも、会社の事業用として貸すのか、将来ほかの用途に転用するのかで、価値の引き出し方は変わります。立地や需要によっては、賃貸以外の活用や組換えが合理的なこともあります。会社の売却を、個人の不動産の役割を見直す機会として捉えることが、売却後の選択肢を広げることにつながります。

不動産や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 会社が使う土地を社長個人が持っている場合、売却後はオーナーと買い手傘下の会社という他人どうしの関係が残るため、事前の整理が必要です。
  • 所有関係、契約、地代の水準、借地権の扱い、担保と書類を一覧にして現状を確認します。
  • 選択肢は、会社または買い手に売る、売却後も貸し続ける、期限を決めて貸す、の三つが基本で、オーナーの希望と買い手の方針が一致したところで決まります。
  • 売る場合は譲渡所得の課税と時価での取引、貸す場合は契約の結び直しと相場に合った賃料が論点です。
  • 売却後は小規模宅地等の特例の区分が変わり得るなど、相続への影響もあわせて確認することが大切です。

よくある質問

Q. 契約書がないまま会社に土地を貸してきました。売却前に作るべきですか?

作成しておくことが望まれます。売却後も貸し続ける場合、買い手は拠点を使い続けられる根拠となる契約を求めるのが通常です。契約を作る際は、借地権の扱い(権利金、相当の地代、無償返還の届出)と矛盾しない内容にすることが重要です。

Q. 土地を会社に売る場合、価格はどう決めればよいですか?

近隣の取引相場や不動産鑑定などで説明できる時価が基本です。時価より大幅に低い価格や高い価格で取引すると、オーナーと会社の双方で課税上の問題が生じ得ます。会社とその代表者との取引になるため、取締役会(取締役会を置かない会社では株主総会)の承認手続きと記録も必要です(会社法356条1項・365条)。

Q. 買い手が土地を買ってくれない場合、売却をあきらめるしかないのでしょうか?

そうとは限りません。売却後も賃貸を続ける、一定期間は貸して将来は別の使い方をする、などの選択肢があります。オーナーにとって地代収入が続くことが望ましい場合もあるため、交渉の前に自分の希望と譲れる範囲を整理しておくことが大切です。

Q. 会社を売った後も土地を貸し続けると、相続税の評価はどうなりますか?

会社が同族会社でなくなるため、小規模宅地等の特例のうち「特定同族会社事業用宅地等」の区分は使えなくなります。要件を満たせば「貸付事業用宅地等」として扱われる可能性がありますが、限度面積や減額割合は異なります。貸地としての評価も含め、売却の前後で試算しておくとよいでしょう。

Q. 土地が会社の借入れの担保に入っています。どうすればよいですか?

売却後もその担保を残すのか、買い手が借り換えるなどして外すのかを、金融機関や買い手と調整する必要があります。経営者保証の解除とあわせて交渉する事項になるため、売却の条件として早い段階で整理しておくことが望まれます。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第10章(印刷 p.159-178)
  • 『企業買収の実務プロセス』木俣貴光 著、中央経済社、2010年、第10章(印刷 p.256-258)

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。