店舗や事務所の区画を貸すときは、賃料の水準そのものより、「そのテナントの事業がこの場所で続くか」を見極めることが、安定した賃貸経営の鍵になります。
住居の賃貸は、入居者の生活の場を提供するもので、需要も賃料も比較的安定しています。これに対して店舗・事務所は、テナントの事業の成否が家賃の支払いと退去に直結します。賃料は立地や景気の影響を受けやすく、内装や原状回復の負担も大きくなりがちです。
この記事では、既存の店舗・事務所区画を貸すオーナーを想定し、賃料動向の調べ方、テナントの信用確認、保証金と原状回復の決め方、税務の注意点、そして空室が続くときの用途転換を整理します。事業者のために建物を新たに建てて貸す「建て貸し」の契約条項については、関連記事「事業者に建物を貸す土地活用の契約で確認したいこと」をご覧ください。
店舗・事務所の賃料はいま、どう動いているか
公的データで大きな流れをつかむ
店舗・事務所の賃料は、個別性が強く、住宅のように地域別の成約賃料が網羅的に公表されているわけではありません。そこでまず、公的なデータで地域の大きな流れをつかむことから始めます。
国土交通省の「令和8年地価公示」(令和8年1月1日時点)では、全国の商業地の変動率は+4.3%で、5年連続の上昇となりました。三大都市圏では+7.8%(東京圏+9.3%、大阪圏+7.3%、名古屋圏+3.3%)、地方圏では+1.6%です。国土交通省は商業地の特徴として、主要都市で店舗・ホテルなどの需要が堅調であること、オフィスについても空室率の低下傾向や賃料の上昇傾向により収益性が向上していることを挙げています。また、同年7月1日時点の「令和8年都道府県地価調査」でも、全国の商業地は+2.9%と上昇が続いています。
地価は、その土地から得られる収益への期待を反映するため、商業地の地価が上がっている地域では、店舗・事務所の需要も底堅いと考える手がかりになります。ただし、地価の上昇がそのまま既存区画の賃料に反映されるわけではありません。地価公示の数字は地域全体の平均であり、同じ市区町村の中でも、駅前の路面店と、駅から離れた2階以上の区画では、需要も賃料もまったく異なります。
自分の区画の相場を確かめる
自分の区画の賃料水準を確かめるには、次のような情報を組み合わせます。
| 情報 | 分かること | 読むときの注意 |
|---|---|---|
| 地価公示・都道府県地価調査(国土交通省) | 地域・用途別の地価の動き、需要の背景 | 地価の動きであり、賃料そのものではない |
| 近隣の募集事例(仲介会社・募集サイト) | 同じエリア・同じ規模の募集賃料、共益費、保証金 | 募集賃料は成約賃料より高めに出やすい。フリーレントなどの条件も確認 |
| 仲介・管理会社が持つ成約事例 | 実際に決まった賃料と条件 | 件数が少なく、業種や階数による差が大きい |
| 民間の調査機関による店舗・オフィス賃料の調査 | 主要都市・主要エリアの賃料水準や空室率の推移 | 対象エリアが限られ、郊外や地方の小規模区画には当てはまりにくい |
| 自分の区画の過去の募集・成約の記録 | 募集から成約までの期間、問合せの業種 | 最も具体的な情報。記録を残しておくことが大切 |
比べるときは、坪あたり・㎡あたりの単価、共益費の有無、消費税の扱い、保証金の月数、フリーレントの期間をそろえて比較することがポイントです。月額の賃料だけを比べると、実質的な条件の違いを見落とすことがあります。
テナントの信用をどう確かめるか
法人テナントで確認したい書類
店舗・事務所のテナントの多くは法人や個人事業主です。入居の申込みを受けたときは、少なくとも次のような書類で、事業の実態と支払能力を確かめます。
- 登記事項証明書(法人の場合)
- 直近数期分の決算書(個人事業主の場合は確定申告書の控え)
- 会社案内や事業計画書(その区画で行う事業の内容、出店の目的)
- 代表者や連帯保証人の本人確認書類・収入を示す資料
あわせて、保証会社の利用の可否、連帯保証人を付けるかどうかを検討します。
書類だけでは分からないこと
書類に加えて、次の点もテナント選びの判断材料になります。
| 確認したい点 | 見るべきポイント | 理由 |
|---|---|---|
| 業種と区画の相性 | 臭い・音・振動・営業時間、排気や給排水の設備 | 他のテナントや近隣住民とのトラブル、設備の改修負担を避ける |
| 内装投資の規模 | 内装・設備にどれだけ投資する予定か | 投資が大きいほど長く営業する動機があるが、退去時の原状回復の負担も大きくなる |
| 出店の経験 | 他の店舗の営業状況、同業種での実績 | 新規事業か既存事業の多店舗展開かで、事業継続のリスクが異なる |
| 契約期間の希望 | 何年程度の営業を想定しているか | 定期借家との相性、賃料改定の時期の設計に関わる |
| 用途の法令上の制限 | その業種が建物の用途・地域の規制に合っているか | 用途変更の手続きや営業の許認可が必要な場合がある |
賃料が高いテナントが、必ずしも良いテナントとは限りません。事業計画に無理がある場合、早期退去や滞納につながり、結果として空室期間と原状回復の負担が増えることもあります。
保証金と原状回復の決め方
保証金
店舗・事務所では、住宅より多い月数の保証金(敷金)を預かるのが一般的です。保証金は、滞納や原状回復費用に備える担保の役割を持ちます。契約時には、返還の時期と方法、返還しない部分(償却)の有無、滞納や原状回復費用への充当の順番を明確にしておきます。
返還しない部分がある場合、所得税では、返還しないことが確定した時点などで不動産所得の収入になります。
原状回復
住宅の原状回復については、国土交通省のガイドラインがあり、通常の使用による損耗や経年変化は貸主が負担するという考え方が示されています。これに対して店舗・事務所は、テナントが大がかりな内装工事を行うことが多いため、契約でどこまで戻すかを具体的に決めておくことが重要です。
- スケルトン返し:床・壁・天井の内装を撤去し、躯体の状態に戻す
- 居抜き:前のテナントの内装や設備を残したまま、次のテナントに引き継ぐ
居抜きで次のテナントに引き継ぐ場合は、残す設備の所有者と、将来の撤去費用を誰が負担するかを、新旧のテナントとオーナーの間で取り決めておく必要があります。
消費税
店舗・事務所の家賃は、消費税の課税対象です(住宅の貸付けは原則として非課税)。また、事業用の建物の賃貸借契約の締結や更新に伴う保証金・権利金・敷金・更新料などのうち、返還しないものは課税の対象となり、契約終了時に返還されるものは課税の対象になりません(国税庁 No.6225)。
住宅のみを貸していたオーナーが店舗・事務所の賃貸を始めると、課税売上高によっては消費税の納税義務が生じることがあります。また、仕入税額控除のために適格請求書(インボイス)の交付を求めるテナントも多いため、登録の要否も含めて事前に確認しておきたいところです。
空室が続くときの用途転換
店舗・事務所の区画は、空室になると次のテナントが決まるまで時間がかかることがあります。国土交通省の建築着工統計(令和8年8月分)では、民間の非居住建築物のうち事務所は増加、店舗は減少となっており、用途によって需要の動きにも違いが見られます。空室が続く場合は、次のような選択肢を検討します。
- 賃料・条件の見直し:賃料の水準だけでなく、フリーレントの期間、保証金の月数、内装工事の負担区分、契約期間を見直す
- 業種の幅を広げる:飲食から物販・サービス業・クリニック・教室などへ、受け入れる業種の範囲を見直す
- 区画の分割・統合:需要に合わせて区画の大きさを変える
- 用途そのものの転換:店舗を事務所・住宅・福祉施設などに転換する
用途そのものを変える場合は、建築基準法上の用途変更の手続きや、建物の安全性に関する基準への適合が必要になることがあり、改修費の税務上の扱い(修繕費か資本的支出か)も論点になります。詳しくは関連記事「古い店舗・倉庫を改修して事業に使う」をご覧ください。
賃料の改定や将来の明渡しの自由度を確保したい場合は、定期借家契約で貸すことも選択肢になります。違いは関連記事「定期借家契約で貸すという選択」で整理しています。
実務上注意したいポイント
- 賃料の増減請求は事業用にも及ぶ:普通借家契約であれば、店舗・事務所の賃料にも借地借家法32条の借賃増減請求が及びます。景気の悪化時にテナントから減額を求められる可能性も考えておきます。
- 管理規約・建物のルールとの整合:区分所有建物の店舗区画の場合は、管理規約で認められる業種や営業時間を確認します。
- 相続税評価への影響:貸している区画は、相続税の計算上、貸家や貸家建付地として評価されますが、空室が長期化すると評価の減額が受けられない部分が生じることがあります。
- 記録を残す:募集の条件、問合せの業種、内見の反応、成約までの期間を記録しておくと、次の募集や賃料の見直しの判断材料になります。
AEGISの視点
店舗や事務所を貸すことは、テナントの事業と自分の資産を、契約期間のあいだ結び付けることだとAEGISは考えています。
住宅の賃貸では「賃料と空室率」が中心的な指標になりますが、店舗・事務所では、テナントの事業の継続性、内装投資と原状回復、業種と地域の相性、将来の用途転換の余地まで含めて考える必要があります。地価公示の数字が上がっていても、自分の区画にその需要が届いているとは限りません。逆に、地域の需要を読み解き、合う事業を選ぶことができれば、賃料だけでは測れない価値を生むこともあります。
空室が続く区画や、テナントの入替えを機に使い方を見直したい区画については、賃貸を続けるか、業種を変えるか、オーナー自身が事業を組み立てるか、売却するかを比べることになります。その全体の判断の順番は、Pillar記事「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」で解説しています。
まとめ
- 店舗・事務所の賃貸は、テナントの事業の継続性が家賃の支払いと退去に直結するため、賃料水準だけでなくテナントの事業そのものを見極めることが大切です。
- 賃料動向は、地価公示などの公的データで地域の流れをつかみ、近隣の募集・成約事例で自分の区画の水準を確かめます。比較するときは単価・共益費・消費税・保証金・フリーレントをそろえます。
- テナントの信用は、登記事項証明書や決算書などの書類に加え、業種と区画の相性、内装投資の規模、出店の経験などで確認します。
- 保証金の返還条件と原状回復の範囲(スケルトン返し・居抜き)は、契約で具体的に決めておきます。事務所・店舗の家賃や返還しない保証金は消費税の課税対象です。
- 空室が続く場合は、条件の見直し、業種の拡大、区画の変更、用途転換の順に選択肢を検討します。
よくある質問
Q. 店舗の賃料相場はどこで調べればよいですか?
地域の大きな流れは、国土交通省の地価公示や都道府県地価調査で確認できます。自分の区画の水準は、近隣の募集事例や、仲介・管理会社が持つ成約事例で確かめます。募集賃料は成約賃料より高めに出やすいため、共益費・保証金・フリーレントなどの条件をそろえて比較することが大切です。
Q. 法人テナントの審査では、何を確認すればよいですか?
登記事項証明書、直近数期分の決算書、会社案内や事業計画書、代表者や連帯保証人の本人確認書類などが基本です。あわせて、出店の目的、他店舗の状況、内装投資の規模、想定する営業期間を聞き、その区画での事業が続くかどうかを見極めます。
Q. 店舗の原状回復は、どこまでテナントに求められますか?
店舗・事務所では、契約で定めた範囲が基準になります。スケルトン返しとするのか、居抜きでの引継ぎを認めるのかを、契約時に具体的に決めておくことが重要です。住宅向けの国土交通省のガイドラインの考え方が、そのまま当てはまるとは限りません。
Q. 事務所や店舗の家賃には消費税がかかりますか?
事務所・店舗の家賃は消費税の課税対象です。事業用の建物の契約に伴う保証金や権利金などのうち、返還しないものも課税の対象になります。住宅の貸付けは原則として非課税です。課税売上高によってはオーナーに納税義務が生じるため、事前に確認しておきましょう。
Q. 空き店舗が埋まらない場合、何から見直せばよいですか?
まず、賃料・フリーレント・保証金・内装工事の負担区分・契約期間などの条件を見直し、次に受け入れる業種の範囲を広げることを検討します。それでも需要が見込めない場合は、区画の分割や統合、事務所・住宅・福祉施設などへの用途転換を、改修費や法令上の手続きとあわせて比較します。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国土交通省「令和8年地価公示の概要」(令和8年3月、価格時点:令和8年1月1日)
確認日:2026-10-10 - 国土交通省「令和8年都道府県地価調査の概要」(令和8年9月、価格時点:令和8年7月1日)
確認日:2026-10-10 - 国土交通省「建築着工統計調査報告(令和8年8月分)」(2026年9月30日公表)
https://www.mlit.go.jp/report/press/joho04_hh_001395.html
確認日:2026-10-10 - 国税庁 タックスアンサー No.6225「地代、家賃や権利金、敷金など」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6225.htm
確認日:2026-10-10 - e-Gov法令検索「借地借家法」(第32条・第38条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090/20260521_504AC0000000048
確認日:2026-10-10
書籍
- 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司 著、ソシム、P.424-427、P.451
- 『令和8年度版 マンション管理の知識』公益財団法人マンション管理センター 編著、(公財)マンション管理センター(発売:住宅新報出版)、P.386-388
