カテゴリー: 法改正・制度改正

変更内容と施行時期、影響する方、検討すべき対応を整理します。

  • インボイス経過措置の縮小と取引の見直し|免税事業者からの仕入れの控除割合の推移と、発注者が確認したいこと

    インボイス経過措置の縮小と取引の見直し|免税事業者からの仕入れの控除割合の推移と、発注者が確認したいこと

    インボイス発行事業者として登録していない事業者(免税事業者など)から仕入れや外注をしている会社にとって、令和8年(2026年)10月は、消費税の負担が一段階重くなる節目です。

    インボイス制度では、登録していない事業者からの仕入れは原則として仕入税額控除ができません。ただし、制度開始から一定期間は、仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置が設けられています。この控除割合が、令和8年度税制改正により、令和8年10月1日から70%に下がり、その後50%、30%と段階的に縮小されることになりました。あわせて、一の取引先からの仕入れについて年1億円を超える部分には経過措置が使えなくなります。

    この記事では、発注者(仕入れる側)の立場から、控除割合の推移、自社への影響の測り方、取引条件を見直すときに注意したい法律上のポイントを整理します。売り手として登録するかどうかの判断は、関連記事「インボイス登録は創業時にすべきか」で扱っています。

    経過措置とは:登録していない事業者からの仕入れの「緩和期間」

    インボイス制度(適格請求書等保存方式)は令和5年10月1日に始まりました。制度の下では、一定の事項を記載した帳簿と、インボイス(適格請求書)などの請求書等を保存することが、仕入税額控除の要件です。

    登録していない事業者はインボイスを交付できないため、その事業者からの仕入れは原則として仕入税額控除の対象になりません。そこで、急激な変化を和らげるために、一定期間は仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置が設けられています。経過措置を使うには、区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等と、経過措置の適用を受ける旨を記載した帳簿を保存する必要があります。

    控除割合はどう推移するのか

    国税庁によると、令和8年度税制改正による見直し後の控除割合は次のとおりです(所得税法等の一部を改正する法律〔平成28年法律第15号〕附則52条・53条)。

    課税仕入れを行った期間控除できる割合
    令和5年10月1日〜令和8年9月30日仕入税額相当額の80%
    令和8年10月1日〜令和10年9月30日70%
    令和10年10月1日〜令和12年9月30日50%
    令和12年10月1日〜令和13年9月30日30%
    令和13年10月1日以後経過措置の終了(原則として控除なし)

    改正前は、令和8年10月から令和11年9月までが50%で、その後は経過措置がなくなる予定でした。改正により経過措置の期間は延びましたが、令和8年10月1日に控除割合が下がることに変わりはありません。

    一の取引先あたり年1億円の上限

    もう一つの見直しが上限額です。令和6年10月1日以後に開始する課税期間から、一の免税事業者等からの課税仕入れの合計額(税込み)が年または事業年度で10億円を超える場合、超えた部分には経過措置が使えないとされていました。令和8年10月1日以後に開始する課税期間からは、この上限が1億円に引き下げられます。

    一つの取引先に多額の外注や仕入れを集中させている会社では、上限を超えた部分は控除がゼロになります。取引先ごとの年間の取引額を把握しておく必要があります。

    自社への影響をどう測るか

    まず確認したい:自社の消費税の計算方法

    影響の大きさは、自社がどの方法で消費税を計算しているかによって変わります。簡易課税制度を選択している場合や、いわゆる2割特例(令和8年9月30日までの日を含む課税期間が対象。同附則51条の2)の適用を受けている場合は、仕入税額控除にインボイスの保存は不要とされており、取引先が登録しているかどうかで納税額は変わりません。影響を直接受けるのは、実際の仕入れに基づいて計算する一般課税(本則課税)の事業者です。

    影響額のイメージ

    単純化した例で考えてみます。登録していない外注先に、消費税相当額10万円を含む代金を支払っている取引があるとします(実際の計算は国税・地方税の区分や端数処理によって異なります)。

    期間控除できる額控除できない額(自社のコスト増)
    〜令和8年9月8万円2万円
    令和8年10月〜令和10年9月7万円3万円
    令和10年10月〜令和12年9月5万円5万円
    令和12年10月〜令和13年9月3万円7万円
    令和13年10月〜0円10万円

    ※説明のための単純化した例です。

    控除できない部分は、自社にとっては消費税の納税額の増加、つまり実質的なコストになります。取引先ごとの年間取引額に当てはめると、どの取引先との関係から見直すべきかが見えてきます。

    見落としやすい取引先

    登録していない事業者は、外注先や個人の専門家だけではありません。たとえば次のような取引も確認の対象です。

    • 個人の家主から借りている事務所・店舗・駐車場の賃料
    • オーナー個人やその家族が所有し、会社に貸している不動産の賃料
    • 小規模な下請先、個人の講師・デザイナー・エンジニアへの報酬

    特に、オーナー個人が会社に不動産を貸している場合、個人の側が免税事業者であれば、会社の側では経過措置の縮小に伴って控除できない消費税が増えていきます。個人と会社のどちらで不動産を持つか、賃料をどう設定するかは、こうした消費税の論点も含めて見直す価値があります。

    取引条件を見直すときに注意したいこと

    価格の引下げは「協議」が前提

    控除できない消費税が増えるからといって、一方的に取引価格を引き下げたり、取引を打ち切ったりすることには注意が必要です。公正取引委員会などが公表している「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」では、取引上優越した地位にある事業者が、免税事業者が負担している仕入れの消費税も払えないような低い価格を一方的に設定することなどは、独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となるおそれがあるとされています。

    下請取引にあたる場合は、下請法(令和8年1月1日施行の改正後の法律名は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」)の規制も関係します。具体的には、次のような対応は避けるべきです。

    • 十分な協議をせずに一方的に価格を引き下げる
    • 正当な理由なく、発注した物品の受領を拒んだり返品したりする
    • 協賛金などの名目で別途の負担を求める
    • 登録しなければ取引を打ち切ると一方的に通告する

    登録を促すこと自体は問題ではない

    同じQ&Aでは、課税事業者が取引先の免税事業者に対して、課税事業者(インボイス発行事業者)になるよう要請すること自体は、独占禁止法上問題となるものではないとされています。問題になるのは、要請にあわせて、応じなければ価格を一方的に引き下げる、取引を停止するなどと示唆する場合です。

    取引先に登録を検討してもらう際には、取引先にとっての負担(消費税の納税、事務の手間)も理解したうえで、価格の扱いを含めて話し合う姿勢が欠かせません。インボイス発行事業者である個人事業者で、登録がなければ免税事業者となる課税期間については、令和9年・令和10年分の消費税について、仕入税額を売上税額の7割とみなし、納付税額を売上税額の3割とすることができる負担軽減措置(3割特例)が設けられています(同附則51条の3)。こうした情報を共有することも、建設的な話し合いの材料になります。

    発注者が進めたい実務の手順

    1. 取引先の登録状況を一覧にする:国税庁の公表サイトで登録番号を確認し、登録していない取引先を洗い出します。
    2. 取引先ごとの年間取引額を集計する:1億円の上限に近い取引先がないかも確認します。
    3. 期間ごとの影響額を試算する:令和8年10月以降の控除割合の推移を当てはめ、数年分のコスト増を見込みます。
    4. 見直しの方針を決める:価格の協議、登録の要請、取引の継続を、取引先との関係や代替可能性とあわせて判断します。
    5. 会計処理と帳簿の設定を確認する:控除割合の切替日は課税期間の途中にくることがあります。会計ソフトの税区分や帳簿の記載が新しい割合に対応しているかを確認します。

    影響額は、資金繰りの見通しにも反映させておきたいところです。毎月の資金計画の作り方は、関連記事「資金繰り表の作り方」で解説しています。

    AEGISの視点

    経過措置の縮小は、一見すると経理の細かな論点に見えます。しかし、発注者にとっては「誰と、どの条件で取引を続けるか」という経営の判断につながるテーマです。

    AEGISは、この見直しを、取引先との関係を「税の負担の押し付け合い」にしないことが大切だと考えています。小規模な外注先や個人の専門家は、事業の品質を支える存在であることも多く、税負担だけを理由に関係を損なえば、長い目で見て自社の損失になりかねません。影響額を数字で把握したうえで、価格・登録・取引の継続を取引先と率直に話し合うことが、結果として双方の納得につながります。

    また、オーナー個人と会社の間の不動産の賃貸借のように、グループ内の取引にも経過措置の縮小は影響します。消費税だけでなく、所得税・法人税、所有の形まで含めて点検する機会と捉えると、制度改正を自社の資産と取引の構造を見直すきっかけにできます。税負担とキャッシュフローの両立という全体の考え方は、関連記事「税負担とキャッシュフローをどう両立させるか」で整理しています。

    改正情報を自社の判断に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも紹介しています。

    まとめ

    • 登録していない事業者からの仕入れに係る経過措置は、令和8年10月1日から70%、令和10年10月から50%、令和12年10月から30%へと縮小され、令和13年9月30日で終了します。
    • 令和8年10月1日以後に開始する課税期間からは、一の取引先からの仕入れが年1億円を超える部分に経過措置が使えません。
    • 影響を直接受けるのは一般課税の事業者です。取引先ごとの年間取引額から影響額を試算することが出発点です。
    • 価格の見直しは協議が前提で、一方的な引下げや取引停止の示唆は独占禁止法・下請法上の問題となるおそれがあります。
    • 登録の要請自体は問題ではありませんが、取引先の負担も踏まえた話し合いが求められます。

    よくある質問

    Q. 令和8年10月1日をまたぐ課税期間では、控除割合はどうなりますか?

    控除割合は、課税仕入れを行った日がどの期間に属するかで判定します。そのため、一つの課税期間の中で、9月30日までの仕入れは80%、10月1日以後の仕入れは70%と、割合が切り替わることになります。会計ソフトの税区分の設定を確認しておくことが大切です。

    Q. 簡易課税を選択している場合も影響はありますか?

    簡易課税制度では、仕入税額は売上に係る消費税額にみなし仕入率を掛けて計算するため、仕入先がインボイス発行事業者かどうかで納税額は変わりません。ただし、将来、一般課税に移る可能性がある場合は、その時点の取引先の状況を確認しておく必要があります。

    Q. 経過措置を使うには、どのような書類が必要ですか?

    区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等を保存し、帳簿に経過措置の適用を受ける旨を記載する必要があります。登録していない取引先からの請求書でも、必要な事項が記載されているかを確認しておきましょう。

    Q. 取引先にインボイス登録をお願いしても問題ありませんか?

    公正取引委員会などのQ&Aでは、登録を要請すること自体は独占禁止法上の問題にはならないとされています。ただし、登録しなければ取引を打ち切る、価格を一方的に引き下げるなどと示唆することは問題となるおそれがあります。取引先の負担も踏まえて話し合うことが大切です。

    Q. 登録していない取引先との価格は、どのように見直せばよいですか?

    取引先が負担している仕入れの消費税なども考慮しながら、双方が協議して決めることが前提です。自社の影響額を期間ごとに試算し、根拠を示して話し合うと、合意に至りやすくなります。個別の取引で判断に迷う場合は、取引の実態に即して確認することをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 1 主な国税 6 消費税(P.35-48)
  • 退職金とiDeCoを受け取る順番が変わった|退職所得控除の重複調整の仕組みと、役員退職金・小規模企業共済を含む受取時期の考え方

    退職金とiDeCoを受け取る順番が変わった|退職所得控除の重複調整の仕組みと、役員退職金・小規模企業共済を含む受取時期の考え方

    退職金とiDeCo(個人型確定拠出年金)の一時金は、どちらも「退職所得」として課税され、勤続年数などに応じた退職所得控除を差し引くことができます。ただし、両方を受け取る場合、控除が二重に使われないよう、一定の期間内であれば重複部分を調整するルールがあります。

    このルールが改正され、令和8年(2026年)1月1日以後に支払を受けるiDeCoなど確定拠出年金の一時金については、「先にiDeCoの一時金を受け取り、後で退職金を受け取る」場合の調整の対象期間が、前年以前4年内から前年以前9年内へと延びました。これまで知られていた「iDeCoを先に受け取り、5年以上空けて退職金を受け取る」という順番の考え方は、そのままでは通用しなくなっています。

    この記事では、受け取る個人の立場から、退職所得の課税の仕組み、重複調整の考え方、役員退職金や小規模企業共済も含めた受取順序の検討の視点を整理します。会社側の役員退職金の支給設計は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で扱っています。

    退職所得の基本:なぜ「控除の使い方」が重要なのか

    国税庁によると、退職所得の金額は、原則として次の式で計算します。

    (退職手当等の収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得の金額

    退職所得控除額は、勤続年数に応じて次のように計算します。

    勤続年数退職所得控除額
    20年以下40万円 × 勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
    20年超800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

    ※障害者になったことが直接の原因で退職した場合は、上記に100万円が加算されます。

    退職所得は他の所得と分けて課税され、さらに控除後の金額の2分の1だけが課税の対象になるため、給与などと比べて税負担が軽くなるように設計されています。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る退職金(特定役員退職手当等)には2分の1の計算がなく、役員以外で勤続5年以下の人が受け取る退職金も、控除後300万円を超える部分には2分の1の計算が適用されません。

    退職所得控除は勤続年数が長いほど大きくなる一方、一生に何度でも満額使えるものではありません。同じ期間に対応する控除が重複しないよう調整されるため、複数の退職給付を受け取る人ほど、受け取る時期と順番が税負担に影響します。

    iDeCo・小規模企業共済の受け取り方と課税

    退職所得として扱われるのは、会社から受け取る退職金だけではありません。

    • iDeCoなど確定拠出年金:老齢給付金を一時金で受け取ると退職所得、年金で受け取ると公的年金等の雑所得として扱われます。受給開始の時期は、加入期間などに応じて60歳から75歳までの間で選びます。
    • 小規模企業共済:共済金を一括で受け取ると退職所得、分割で受け取ると公的年金等の雑所得として扱われます。一括と分割の併用もできます。

    事業オーナーの場合、会社からの役員退職金、iDeCoの一時金、小規模企業共済の共済金というように、退職所得に当たる受け取りが三つ重なることも珍しくありません。

    重複調整の仕組みと、今回の改正

    国税庁の情報に基づくと、受け取る順番によって、調整の対象となる期間は次のように整理できます。

    受け取る順番調整の対象となる期間改正による変化
    退職金を先、退職金を後(転職など)前年以前4年内に受けた退職手当等変更なし
    退職金を先、iDeCo等の一時金を後前年以前19年内に受けた退職手当等変更なし
    iDeCo等の一時金を先、退職金を後前年以前9年内に受けたiDeCo等の一時金(令和8年1月1日以後に支払を受けたものに限る)4年内から9年内へ
    同じ年に両方を受け取る同一年の退職所得として合算し、勤続期間の重複を調整変更なし

    ※国税庁 タックスアンサー No.2732・No.2735、所得税法施行令69条・70条をもとにAEGISが整理したものです。前年以前9年内に令和8年1月1日以後のiDeCo等の一時金を受けている場合は、令和8年1月1日以後に受けた他の退職手当等も前年以前9年内まで調整の対象になります。

    調整の対象となる場合、今回受け取る退職金の勤続期間と、前に受け取った退職給付の勤続期間(iDeCoの場合は加入期間など)が重なる部分について、その年数に応じた控除額を差し引きます。つまり、期間が重なっている分だけ、後から受け取る側の退職所得控除が小さくなる仕組みです。

    「5年空ければよい」が通用しなくなった理由

    改正前は、iDeCoの一時金を先に受け取り、その翌年から数えて5年目以降に退職金を受け取れば、前年以前4年内の調整に当たらず、それぞれの退職所得控除を重複なく使える場合がありました。改正後は、令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金について、調整の対象期間が9年内に延びたため、同じ効果を得るにはおおむね10年以上の間隔が必要になります。

    一方、令和7年以前にiDeCo等の一時金をすでに受け取った人は、改正後の9年ルールの対象にはなりません。自分がどちらに当たるかは、一時金を実際に受け取った日で判断することになります。

    数字で見るイメージ

    たとえば、ある会社に38年勤めた人の退職所得控除額は、800万円+70万円×(38年−20年)=2,060万円です。この人がiDeCoに20年加入していれば、iDeCoの一時金だけで計算した退職所得控除額は、800万円(40万円×20年)です。

    同じ年に両方を受け取り、iDeCoの加入期間20年が会社の勤続期間38年にすべて含まれる場合は、両方の収入金額を合計し、最も長い期間(38年)で計算した2,060万円が退職所得控除額になります(所得税法施行令69条1項3号、国税庁 No.2735)。重複する20年分の控除を別に上乗せすることはできません。

    別の年に受け取る場合は計算の仕方が異なります。前の受取りが調整の対象期間内にあるときは、後で受け取る側の勤続年数で計算した控除額から、重複している期間の年数(1年未満切捨て)で計算した控除額相当額を差し引きます(同令70条、国税庁 No.2732)。ただし、先に受け取った金額がその受取りについての退職所得控除額に満たない場合は、受取額に応じて重複期間を短くみなす調整があります(同条2項)。そのため、別の年に受け取る場合の控除額は、受取りの順番・受取年・各期間の始まりと終わり・受取額によって変わり、上の例の数字だけでは決まりません。調整の対象とならない間隔を空けて受け取れれば、それぞれの控除を使える可能性があります。

    ※説明のための単純化した例です。実際の控除額は、勤続期間・加入期間の重なり方や受取額によって異なります。

    受取順序を考えるときの視点

    1. まず「受け取れる時期」の制約を確認する

    受取順序は自由に選べるわけではありません。役員退職金は会社での退任の時期や株主総会の決議に、iDeCoは60歳から75歳までという受給開始の範囲に、小規模企業共済は共済金を請求できる事由に、それぞれ左右されます。最初に、各制度でいつ受け取れるのかを一覧にすることが出発点です。

    2. 一時金だけでなく「年金で受け取る」選択肢も比べる

    iDeCoや小規模企業共済は、年金(分割)で受け取ることもできます。この場合は退職所得控除ではなく公的年金等控除の対象になり、退職金との重複調整の問題は生じません。ただし、公的年金や、退任後も役員報酬を受け取る場合の給与所得と合算して課税されるため、毎年の所得税・住民税や社会保険料への影響も見る必要があります。なお、令和8年度税制改正の大綱では、給与等と公的年金等の両方の収入がある人について、給与所得控除額と公的年金等控除額の合計額が280万円を超える場合に公的年金等控除額を調整する見直しが、令和9年分以後の所得税について示されています。

    3. 小規模企業共済の一括受取りも同じ視点で見る

    小規模企業共済の一括受取りも退職手当等とみなされる一時金(所得税法31条、同法施行令72条3項3号)として退職所得に当たり、重複調整の対象となる「退職手当等」に含まれます。役員退職金やiDeCoの一時金との時期の関係を、あわせて確認しておきたいところです。どの受け取りが調整の対象となるかは、受け取る時期と金額によって変わるため、個別に計算して確認することが大切です。

    4. 税負担だけで決めない

    受け取りを遅らせれば、その間の運用の成果は市場の動きに左右されます。生活資金の必要な時期、事業承継のスケジュール、相続の準備との関係も含めて考える必要があります。所得の種類ごとの課税の全体像は、関連記事「高所得者の所得税・住民税の全体像」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    • 受け取る前に「退職所得の受給に関する申告書」を提出する:提出しない場合、支払額に対して20.42%の税率で源泉徴収され、確定申告で精算することになります。
    • 前に受け取った退職給付の源泉徴収票を保管しておく:重複調整には、前の受取額や勤続期間の情報が必要です。
    • 事業承継・会社売却と時期が重なる場合は全体で設計する:役員退職金の支給時期は、株式の承継や売却の時期と結び付いていることが多く、個人の受取順序だけで決められない場合があります。会社売却と退職金の組み合わせは、関連記事「会社売却と役員退職金の組み合わせ」で扱っています。

    • 税制は今後も見直される可能性がある:退職所得の課税のあり方は議論が続いているテーマです。計画を立てた後も、改正の動向を確認する必要があります。

    AEGISの視点

    退職金やiDeCo、小規模企業共済は、それぞれ別の制度として案内されることが多く、受け取る側も「制度ごと」に考えがちです。しかし税金の計算では、これらは退職所得控除という一つの枠を、時期を通じて分け合う関係にあります。

    AEGISは、事業オーナーの引退期の資金計画を、「会社から受け取るもの」と「自分で積み立ててきたもの」を一つの時間軸に並べる設計として考えることが大切だと考えています。役員退職金の時期は事業承継の計画と、iDeCoや共済の受取時期は老後の生活資金や運用の方針と、さらに残る資産は相続の準備と結び付いています。今回の改正は、その時間軸の上で、受け取りの間隔に対する考え方を変えるものです。

    順番だけを最適化しようとすると、承継のタイミングや家族の生活資金といった、より大きな判断とずれてしまうことがあります。まず全体のスケジュールを描き、そのうえで税負担の違いを確かめる——この順序を大切にしたいと考えています。改正情報を自分の計画に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも整理しています。

    承継と個人の資産に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 退職金、iDeCoの一時金、小規模企業共済の一括受取りは、いずれも退職所得として扱われます。
    • 複数の退職給付を受け取る場合、一定期間内であれば退職所得控除の重複が調整されます。
    • 令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金を先に受け取り、後で退職金を受け取る場合、調整の対象期間は前年以前4年内から9年内に延びました。
    • 退職金を先に受け取り、後でiDeCo等の一時金を受け取る場合は、前年以前19年内が調整の対象です。
    • 受取順序は、各制度の受給時期の制約、年金受取りの選択肢、事業承継や生活資金の計画とあわせて検討することが大切です。

    よくある質問

    Q. iDeCoの一時金を先に受け取れば、退職金の税金は有利になりますか?

    一概には言えません。令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金については、その後9年以内に退職金を受け取ると、退職所得控除の重複が調整されます。調整の対象とならない間隔を空けられるかどうか、受取額や勤続期間の重なり方によって結果は変わります。

    Q. 令和7年にiDeCoの一時金を受け取りました。改正の影響はありますか?

    改正後の9年内の調整は、令和8年1月1日以後に支払を受けたiDeCo等の一時金に限られています。令和7年以前に受け取った一時金については、従来どおり前年以前4年内かどうかで調整の有無を判断することになります。具体的な取扱いは、受け取った日と退職金の支払時期を確認して判断してください。

    Q. iDeCoを年金で受け取れば、退職金との調整は必要ありませんか?

    年金で受け取る場合は公的年金等の雑所得となり、退職所得控除の重複調整の対象にはなりません。ただし、公的年金や給与所得などと合算して毎年課税されるため、税負担や社会保険料への影響を比べたうえで選ぶことが大切です。

    Q. 小規模企業共済の共済金も、受取順序に関係しますか?

    小規模企業共済の共済金を一括で受け取ると退職所得として扱われます。役員退職金やiDeCoの一時金と受け取る時期が近い場合は、退職所得控除の調整の有無を含めて確認しておく必要があります。分割で受け取る場合は公的年金等の雑所得になります。

    Q. 役員を退任した後も報酬を受け取る場合、何に注意すればよいですか?

    退任後の報酬の額や勤務の実態によっては、退職金が退職所得として認められるかどうかが問題になることがあります。また、年金で受け取る給付がある場合は給与所得との合算も考える必要があります。会社側の支給設計とあわせて検討することをおすすめします。

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    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、承継の計画づくりを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のための 所得税重要ポイント実務ガイド 〜令和2年3月申告用〜』天池&パートナーズ税理士事務所 編、税務研究会出版局、2019年、2-12 退職所得(P.179-183)
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 1 主な国税 1 所得税(P.11、P.16)
  • 電子帳簿保存と電子申告への対応|中小企業・個人事業主が「義務」と「選択」を分けて整える方法

    電子帳簿保存と電子申告への対応|中小企業・個人事業主が「義務」と「選択」を分けて整える方法

    電子帳簿保存法への対応で、中小企業や個人事業主が必ず行わなければならないのは「電子取引データの保存」です。メールやWebサイト、クラウドサービスなどで受け取った請求書・領収書などのデータは、紙に印刷して終わりにせず、データのまま保存する必要があります。

    一方、会計ソフトで作った帳簿を電子データで保存する「電子帳簿等保存」や、紙の書類をスキャンして保存する「スキャナ保存」は、要件を満たせば選べる任意の制度です。また、法人税等の電子申告(e-Tax)が義務になっているのは、主に資本金1億円を超える法人などであり、多くの中小企業にとって電子申告は選択の問題です。

    この記事では、「義務」と「選択」を分けたうえで、最低限やるべきこと、やると得なこと、令和9年(2027年)からの見直しまでを整理します。

    電子帳簿保存法の三つの区分

    電子帳簿保存法(電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律)は、帳簿や書類の保存方法について、紙に代えて電子データで保存する方法を定めた法律です。保存の区分は、次の三つに分かれます。

    区分対象義務か任意か中小企業・個人事業主の判断の目安
    電子帳簿等保存会計ソフト等で最初から電子的に作成した帳簿・決算書類など任意会計ソフトを使っていれば検討しやすい。要件を満たせば紙での保存が不要に
    スキャナ保存取引先から紙で受け取った請求書・領収書など任意紙の量が多く、保管場所や検索に負担がある場合に検討
    電子取引データ保存メール・Web・クラウド等で授受した取引情報義務(所得税・法人税の保存義務者)すべての事業者が対応する。まずここから

    ※AEGISが電子帳簿保存法、国税庁の情報、書籍の記載をもとに整理。

    法人の帳簿書類の保存期間は、原則として確定申告書の提出期限の翌日から7年間で、欠損金が生じた事業年度などは10年間です(国税庁 タックスアンサーNo.5930)。電子データで保存する場合も、この期間を通じて要件を満たした状態を保つ必要があります。

    義務:電子取引データの保存

    対象となる取引

    電子帳簿保存法7条は、所得税と法人税の保存義務者が電子取引を行った場合には、その取引情報に係る電磁的記録(電子データ)を保存しなければならないと定めています。たとえば、次のような取引が対象です。

    • メールに添付されたPDFの請求書・領収書を受け取った
    • ネット通販やWebサイトで購入し、領収書をダウンロードした
    • クラウドの請求書サービスや受発注システムで取引情報を授受した

    自社が送った請求書のデータ(控え)も対象になります。

    保存の要件:真実性と可視性

    電子取引データの保存には、大きく分けて二つの要件があります(電子帳簿保存法施行規則4条)。

    ① 改ざんを防ぐための措置(真実性の確保)

    次のいずれかの措置をとります。

    • タイムスタンプが付されたデータを受け取る
    • 受け取った後、速やかに(または一定の期間内に)タイムスタンプを付す
    • 訂正・削除の履歴が残る、または訂正・削除ができないシステムで授受・保存する
    • 正当な理由がない訂正・削除の防止に関する事務処理規程を定め、それに沿って運用する

    中小企業や個人事業主にとって、最も取り組みやすいのは事務処理規程による方法です。規程を定めるだけでなく、そのとおりに運用し、規程を備え付けておくことが求められます。

    ② 確認できる状態にする措置(可視性の確保)

    • ディスプレイやプリンタ等を備え付け、データを速やかに出力できるようにしておく
    • システムの概要書などを備え付ける(自社開発のシステムを使う場合など)
    • 取引年月日・取引金額・取引先で検索できるようにする(検索要件)

    検索要件が不要になる場合

    検索要件は、ファイル名に日付・金額・取引先を入れて規則的に保存するなどの方法でも満たせますが、次のいずれかに該当し、税務調査等の際にデータの提示・提出の求め(ダウンロードの求め)に応じられるようにしていれば、検索要件の全部が不要になります(同規則4条1項)。

    • 基準期間(個人は前々年、法人は原則として前々事業年度)の売上高が5,000万円以下の事業者である
    • データを出力した書面を、取引年月日その他の日付と取引先ごとに整理された状態で提示・提出できるようにしている

    要件を満たせない場合の「猶予措置」

    保存要件に従って保存できなかったことについて、所轄税務署長が相当の理由があると認め、かつ、税務調査等の際にデータのダウンロードの求めと、データを出力した書面の提示・提出の求めの両方に応じられるようにしている場合は、改ざん防止や検索の要件を満たさずにデータを保存することが認められています(同規則4条3項)。

    令和5年12月31日までの電子取引に設けられていた「宥恕措置」(出力した書面の保存で足りるとする経過措置)は、すでに廃止されています。現在の猶予措置では、データそのものを保存しておくことが前提である点に注意が必要です。

    選択:電子帳簿等保存とスキャナ保存

    電子帳簿等保存と「優良な電子帳簿」

    会計ソフトで作成した仕訳帳や総勘定元帳などは、一定の要件を満たせば、紙に出力せずデータのまま保存できます。さらに、訂正・削除の履歴の保存、帳簿間の相互関連性、日付・金額・取引先による検索機能の確保などの要件を満たす「優良な電子帳簿」として、あらかじめ届出書を提出しておくと、その帳簿に記録された事項に関して過少申告があった場合の過少申告加算税が5%軽減されます(電子帳簿保存法8条4項、国税庁「電子帳簿保存法の概要」)。

    個人事業主の場合は、優良な電子帳簿による保存が青色申告特別控除の金額にも関わります。詳しくは関連記事「個人事業主の青色申告と記帳」で解説しています。

    スキャナ保存

    紙で受け取った請求書や領収書は、スキャナやスマートフォンで読み取り、一定の要件を満たして保存すれば、原本を廃棄できるようになります。令和5年度の税制改正(令和6年1月1日以後に適用)では、解像度等の情報の保存要件や入力者等の情報の確認要件が廃止され、帳簿との相互関連性の確保が必要な書類が契約書・請求書・領収書などの「重要書類」に限定されるなど、要件が緩和されています。ただし、読み取りの解像度や階調などの要件自体は残っており、入力の期限やタイムスタンプ等の要件もあります。

    紙の量が少ない事業者にとっては、無理にスキャナ保存を導入せず、紙で保存する方が合理的な場合もあります。

    不正があった場合の重加算税の加重

    スキャナ保存したデータや電子取引データに関して、隠蔽・仮装があり重加算税が課される場合には、通常の重加算税に、その部分の税額の10%が加算されます(電子帳簿保存法8条5項)。データは改ざんの痕跡が残りにくい一方で、不正が判明したときの負担は重くなる仕組みです。

    電子申告(e-Tax)の義務と選択

    法人税法75条の4は、事業年度開始の時の資本金の額が1億円を超える法人や通算法人などの「特定法人」について、法人税の申告をe-Taxで行わなければならないと定めています。この義務化は、令和2年(2020年)4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。

    資本金1億円以下の中小法人や個人事業主にとって、e-Taxは現時点では選択です。ただし、e-Taxには次のような利点があります。

    • 申告書の提出や受付の確認がオンラインで完結する
    • ダイレクト納付などの電子納税と組み合わせられる
    • 税務調査等で求められた資料を、e-Taxでデータ提出できる場面がある
    • 個人事業主の青色申告特別控除では、e-Taxによる申告が控除額の要件に関わる

    会社設立時に、会計ソフト・電子保存・e-Taxを一体で整えておくと、後から仕組みを変える手間を減らせます。創業期の会計・税務の整え方は、関連記事「創業初年度の会計・税務・資金管理」で整理しています。

    令和9年(2027年)からの見直し

    令和7年度の税制改正では、請求書等の電子取引データを自動で保存し、帳簿に自動で連携する仕組みに対応した制度が設けられました。電子帳簿保存法8条5項が改正され、国税庁長官が定める基準に適合するシステム等を使い、一定の要件を満たして保存されている電子取引データについては、上記の重加算税の10%加重の対象から除かれます。e-Govでは、この改正後の規定が令和9年1月1日施行の未施行版として掲載されています。

    あわせて、個人事業主については、こうした仕組みを使って電子取引データを保存している場合などに、令和9年分以後の青色申告特別控除の額に関わる見直しも行われています(前掲の関連記事「個人事業主の青色申告と記帳」参照)。

    対応の優先順位

    優先度取り組み対象
    1(必須)電子取引データをデータのまま保存し、事務処理規程を定めるすべての事業者
    2(必須)保存場所・ファイル名のルールを決め、検索できる状態にする(または検索要件不要の条件を確認)すべての事業者
    3(推奨)会計ソフトを電子帳簿等保存の要件に合わせ、優良な電子帳簿の届出を検討する会計ソフトを使う事業者
    4(推奨)e-Taxと電子納税を導入する義務のない中小法人・個人事業主
    5(選択)紙の書類のスキャナ保存を導入する紙の量が多い事業者

    ※AEGISが整理した目安です。業種や取引の形によって優先度は変わります。

    実務上注意したいポイント

    • 「印刷したから大丈夫」は通用しない:電子取引データは、データそのものの保存が前提です。
    • 社内ルールは「誰が・どこに・どう名付けて保存するか」まで決める:担当者ごとに保存方法がばらばらだと、検索や提示ができません。
    • 経費精算・個人カードの利用分も対象になり得る:役員や従業員が受け取った領収書データの扱いも決めておきます。
    • クラウドサービスの解約に注意:サービスを解約するとデータが閲覧できなくなる場合があります。保存期間を通じて確認できる状態を保ちます。
    • 最新の要件は国税庁の一問一答で確認する:要件は改正で変わってきました。

    AEGISの視点

    電子帳簿保存法への対応は、「税務署に言われたからやる作業」と捉えられがちです。しかしAEGISは、これを「会社のお金の記録を、誰が見ても追える状態にする仕組みづくり」と考えています。

    取引データが決まった場所に、決まったルールで保存されていれば、月次の数字を早く正確に把握でき、資金繰りや納税の予測にもつながります。オーナーが急に不在になったときや、事業を後継者や第三者に引き継ぐときにも、記録が整っている会社ほど説明がしやすく、引継ぎが円滑です。

    制度改正は、事業者にとって負担に感じられることが少なくありません。それでも、改正を「自分の会社の仕組みを見直す機会」として捉え直すことはできます。改正情報を自分ごととして点検する考え方は、親記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で整理しています。

    まとめ

    • 電子帳簿保存法の対応で必須なのは、電子取引データをデータのまま保存することです。
    • 保存には、改ざん防止の措置(事務処理規程など)と、確認・検索できる状態の確保が必要です。売上高5,000万円以下などの場合は、ダウンロードの求めに応じることを条件に検索要件が不要になります。
    • 要件を満たせない相当の理由がある場合の猶予措置も、データの保存とダウンロード・出力書面の提示が前提です。
    • 電子帳簿等保存・スキャナ保存は任意ですが、優良な電子帳簿には過少申告加算税の軽減があります。
    • e-Taxの義務は資本金1億円超の法人などが対象です。令和9年からは電子取引データの保存に関する見直しも予定されています。

    よくある質問

    Q. 小規模な会社でも、電子取引データの保存は必要ですか?

    必要です。電子取引データの保存は、所得税・法人税の保存義務者であれば規模にかかわらず対象です。ただし、基準期間の売上高が5,000万円以下で、税務調査等の際のダウンロードの求めに応じられるようにしていれば、検索要件は不要です。改ざん防止の措置は、事務処理規程を定める方法で対応できます。

    Q. メールで受け取ったPDFの請求書を印刷して保存していれば足りますか?

    足りません。令和5年12月31日までの取引に認められていた宥恕措置は廃止されており、現在はデータそのものを保存する必要があります。保存要件を満たせない相当の理由がある場合の猶予措置でも、データの保存と、ダウンロードの求め及び出力書面の提示・提出に応じられることが条件です。

    Q. 紙で受け取った領収書もスキャンしなければなりませんか?

    スキャナ保存は任意です。紙で受け取った書類は、紙のまま保存しても問題ありません。紙の量が多く、保管や検索に負担がある場合に、要件を確認したうえで導入を検討するとよいでしょう。

    Q. 中小企業も法人税の電子申告が義務ですか?

    法人税法で電子申告が義務とされているのは、事業年度開始の時の資本金の額が1億円を超える法人や通算法人などです。資本金1億円以下の中小法人は義務ではありませんが、e-Taxを使うと提出や納付の手続を効率化できます。

    Q. 電子帳簿保存法に対応した会計ソフトを使えば、それだけで十分ですか?

    ソフトが要件に対応していても、保存のルールや運用が伴わなければ要件を満たせません。誰が、どのデータを、どこに保存するかを決め、事務処理規程を整え、実際にそのとおり運用することが必要です。ソフトの機能と社内の運用を合わせて点検しましょう。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.96-109
  • 災害で被害を受けた土地と相続税|特定非常災害の評価の特例・申告期限の延長・災害減免法をどう使い分けるか

    災害で被害を受けた土地と相続税|特定非常災害の評価の特例・申告期限の延長・災害減免法をどう使い分けるか

    地震や水害などで相続した土地や建物が被害を受けた場合、相続税には被害を評価や税額に反映させるための仕組みが用意されています。主なものは次の3つです。

    • 特定非常災害の評価の特例:大規模な災害として指定された災害の場合に、土地などを「災害の発生直後の価額」で評価できる
    • 申告期限の延長:災害で申告ができない場合に期限が延びる。特定非常災害では申告期限そのものが後ろにずれる特例もある
    • 災害減免法による軽減・免除:財産が一定以上の被害を受けた場合に、課税価格から被害額を差し引く、または税額を免除する

    どの制度が使えるかは、「相続と災害のどちらが先か」と「災害が申告期限の前か後か」という2つの時点でほぼ決まります。この記事では、時点ごとに使える制度を整理し、申告後に被災した場合の見直しまでを解説します。

    前提:相続税は「相続開始時の時価」で計算する

    相続税の財産評価は、原則として相続開始の時の時価によります。相続開始から申告期限までの約10か月の間に地価が下がっても、原則として評価は変わりません。この原則の例外として、災害については特別な手当てが設けられています。

    ここで押さえておきたいのは、災害による損失には2つの種類があることです。

    • 物理的な損失:地割れや液状化による陥没、建物の倒壊・流失など、財産そのものが傷んだことによる損失
    • 経済的な損失:周辺の道路やライフラインの被害、街並みの損壊などによって、土地の価格そのものが下がる損失

    災害減免法は主に前者を、特定非常災害の評価の特例は主に後者を手当てする仕組みと整理すると、全体が理解しやすくなります。

    時点別に見る、使える制度

    相続と災害の関係主に検討する制度申告・手続のポイント
    相続 → 災害(申告期限前)特定非常災害の評価の特例(指定された災害の場合)、災害減免法6条申告書に特例を受ける旨や被害の状況を記載。期限延長の対象になることが多い
    相続 → 災害(申告期限後)災害減免法4条(税額の免除)災害のやんだ日から2か月以内に免除承認申請書を提出
    災害 → 相続(同じ年の年末まで)特定非常災害発生日以後に取得した財産の評価(通達)指定された災害で、特定地域内の土地等が対象
    災害 → 相続(翌年以降)通常の評価(その年の路線価等に被害が反映)物理的な損失の有無を個別に確認

    ※AEGISが制度の関係を整理したものです。各制度の要件は以下で確認してください。

    特定非常災害の評価の特例

    どのような災害が対象か

    「特定非常災害」とは、特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律の規定により、特定非常災害として指定された非常災害です。すべての災害が対象になるわけではなく、大規模な災害について個別に指定されます。指定の状況は内閣府のホームページで公表されています(国税庁 タックスアンサーNo.8006)。

    相続の後に災害が起きた場合(租税特別措置法69条の6)

    特定非常災害の発生日より前に相続や遺贈で財産を取得し、相続税の申告期限が発生日以後である場合、特定地域内にある土地や借地権など(特定土地等)で、発生日に所有していたものは、相続開始時の時価ではなく「特定非常災害の発生直後の価額」で評価することができます(租税特別措置法69条の6)。

    「特定地域」とは、その災害で被災者生活再建支援法の適用を受ける地域(適用がない場合は財務大臣が指定する地域)をいいます。発生直後の価額は、国税局長が地域ごとに「調整率」を定めている場合、その年の路線価や評価倍率に調整率を掛けて計算できます。

    非上場株式でも、特定地域内にあった不動産などの資産が保有資産の10分の3以上を占める会社の株式(特定株式等)は、同様に発生直後の価額で評価できます。

    この特例は、申告書(期限後申告書・修正申告書を含む)や更正の請求書に適用を受ける旨を記載した場合に限り適用されます(同条3項)。

    災害の後に相続が起きた場合

    特定非常災害の発生日以後、その年の12月31日までに相続などで取得した特定地域内の土地等は、発生直後の価額に準じて評価することができます。地割れなどで土地の形状が変わった場合には、さらに原状回復費用に相当する額を差し引いて評価できます(国税庁「特定非常災害発生日以後に相続等により取得した財産の評価について」)。

    その年の路線価は1月1日時点の価格をもとに定められているため、年の途中で起きた災害の影響が反映されていません。この取扱いは、そのずれを埋めるためのものです。

    被災した家屋の評価

    被災した家屋で、被災後の現況に応じた固定資産税評価額がまだ付けられていないものは、災害直前の家屋の評価額から、条例に基づいて適用された固定資産税の軽減・免除の割合に相当する額を差し引いて評価することができます。被災後に修理をした場合は、その費用の一定割合を加えます(同通達)。

    申告期限の延長

    災害による期限の延長(国税通則法11条)

    災害などやむを得ない理由で期限までに申告や納付ができないときは、その理由がやんだ日から2か月以内に限り、期限が延長されます(国税通則法11条)。延長の方法には、国税庁長官が地域と期日を指定する地域指定と、税務署長への申請による個別指定などがあります(国税庁 タックスアンサーNo.8001)。

    地域指定は納税地で判断されるため、被災地に不動産を持っていても、相続人の納税地が指定地域の外にある場合は自動的には延長されません。その場合は個別指定の申請を検討します。

    特定非常災害の場合の申告期限の特例(租税特別措置法69条の8)

    同じ被相続人から財産を取得した人のうち一人でも69条の6の評価の特例を受けられる人がいる場合、相続税の申告期限が「特定日」より前であれば、申告期限は特定日まで延びます。特定日とは、その災害による国税通則法11条の延長後の期限と、特定非常災害発生日の翌日から10か月を経過する日の、いずれか遅い日です(租税特別措置法69条の8)。

    災害直後は、土地の状況の把握や調整率の公表を待つ必要があり、通常の申告期限では評価が難しいことへの手当てと考えられます。

    災害減免法による軽減・免除

    災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律(災害減免法)は、特定非常災害に限らず、災害一般に適用される制度です。

    対象となる被害の程度

    次のいずれかに該当する場合に適用されます(国税庁 タックスアンサーNo.8006)。

    • 課税価格の計算の基礎となった財産の価額(債務控除後)のうち、被害を受けた部分の価額(保険金や損害賠償金で補てんされた額を除く)の割合が10分の1以上
    • 動産等(動産・建物などの不動産〔土地等を除く〕・立木)の価額のうち、被害を受けた部分の割合が10分の1以上

    土地の地価下落そのものは、ここでいう被害には含まれにくい点に注意が必要です。土地については、地割れなど物理的な損失があった場合の原状回復費用の見積額が、被害額として扱われる考え方がとられています。

    申告期限の前に被災した場合(災害減免法6条)

    財産の価額から、被害を受けた部分の価額を差し引いて課税価格を計算します。申告書に、被害の状況や被害額を記載した計算明細書を添付して提出します。

    申告期限の後に被災した場合(災害減免法4条)

    すでに税額は確定していますが、災害のあった日以後に納付すべき相続税のうち、被害を受けた部分に対応する税額が免除されます。延滞税などの附帯税や、災害の時点ですでに滞納していた税額は対象外です。免除を受けるには、災害のやんだ日から2か月以内に、免除承認申請書を所轄の税務署長に提出します。

    延納中の相続税がある場合も、災害のあった日以後に納付すべき部分は免除の対象になり得ます。期限が短いため、被災後は早めに確認することが大切です。

    申告後に被災した場合の見直し

    すでに申告を終えていても、次のような場合は見直しの余地があります。

    • 申告期限前に申告書を提出し、その後・申告期限前に被災した:特定非常災害の評価の特例は、更正の請求書に記載して適用を受けることもできます(租税特別措置法69条の6第3項)。災害減免法6条の適用も含め、更正の請求による見直しを検討します。
    • 申告期限後に被災した:災害減免法4条の免除承認申請(2か月以内)が中心です。
    • 相続時精算課税で贈与を受けた土地・建物が被災した:令和6年1月1日以後の災害で一定の要件を満たす場合、相続税の課税価格に加算する価額から被害額を差し引ける措置があり、原則として災害発生日から3年を経過する日までに承認申請が必要です(国税庁 タックスアンサーNo.8006)。

    なお、相続した財産が災害で損害を受けた場合、所得税の雑損控除の対象になることもあります(国税庁 タックスアンサーNo.1110)。相続税と所得税の両面から確認しておきたいところです。

    申告後に財産の価値が下がった場合の考え方全般は、関連記事「申告後に相続財産の価値が下がったときにできること」で、更正の請求の期限と手続は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    AEGISの視点

    災害時の相続税の特例は、手続の期限が短く、要件も時点によって細かく分かれています。しかし、AEGISは、被災した不動産の相続で本当に大切なのは「評価をいくら下げられるか」より先に、「その不動産をこれからどうするか」だと考えています。

    被災した土地は、再建する、売却する、当面は更地として管理する、といった選択を迫られます。その判断には、保険金の受取り、建物の解体や修繕の費用、借入金の返済、相続税の納税資金と延納の可否、さらに相続人の生活の拠点がどこにあるかが関わります。評価の特例は、その判断を支える前提条件の一つにすぎません。

    また、被災直後に何より役立つのは記録です。被害の写真、自治体などが発行する被害の証明書類、修繕の見積書、保険の支払通知を、早い段階から整理しておくこと。これが、評価の特例・災害減免法・所得税の雑損控除のいずれにも共通する土台になります。

    制度変更や特例が保有不動産と承継計画のどこに影響するかを点検する考え方は、親記事「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で整理しています。相続税申告の土地評価全般の見直しは「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」も参考にしてください。資産税務や承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 災害時の相続税の扱いは、「相続と災害のどちらが先か」「災害が申告期限の前か後か」で使える制度が変わります。
    • 特定非常災害に指定された災害では、特定地域内の土地等を「発生直後の価額」(路線価等×調整率)で評価できる特例があります。
    • 特定非常災害では、申告期限が「発生日の翌日から10か月を経過する日」などまで延びる特例もあります。
    • 災害減免法は災害一般が対象で、被害割合が10分の1以上の場合に、申告期限前なら課税価格から被害額を差し引き、申告期限後なら税額が免除されます(申請は2か月以内)。
    • 申告後でも、更正の請求や免除の申請で見直せる場合があります。具体的な適用は、被害の内容と時点によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続した土地が水害に遭いました。どの災害でも評価の特例は使えますか?

    「発生直後の価額」で評価する特例は、特定非常災害として指定された災害に限られます。指定されていない災害でも、災害減免法による軽減・免除は、被害の割合などの要件を満たせば利用できます。まずは、その災害が特定非常災害に指定されているかを確認しましょう。

    Q. 被災して申告の準備ができません。申告期限はどうなりますか?

    災害で申告ができない場合は、国税通則法に基づき、地域指定または個別の申請によって期限が延長されます。特定非常災害で評価の特例を受けられる人がいる相続では、申告期限が「発生日の翌日から10か月を経過する日」などまで延びる特例もあります。ご自身の納税地が地域指定の対象かどうかを確認してください。

    Q. 土地の価格が下がっただけでも、災害減免法は使えますか?

    災害減免法は、財産そのものが受けた被害を対象とする制度です。土地については、地割れなど形状が変わったことによる物理的な損失が中心で、周辺の被害による地価の下落は、特定非常災害の評価の特例で手当てされる性質のものと整理されています。

    Q. 相続税を納め終わった後に被災しました。還付はありますか?

    災害減免法4条の免除は、災害のあった日以後に納付すべき税額が対象です。すでに納付を終えた税額は、原則として免除の対象になりません。延納中の場合は、残りの納付分が免除の対象になり得ますので、災害のやんだ日から2か月以内に申請を検討してください。

    Q. 被災した家屋は、どのように評価しますか?

    被災後の固定資産税評価額がまだ付けられていない場合、特定非常災害では、災害直前の評価額から固定資産税の軽減・免除の割合に相当する額を差し引いて評価する方法が示されています。全壊・流失などで価値がない場合も含め、被害の状況を示す資料を残しておくことが重要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和6年版 土地評価の実務』小野 徹 編、大蔵財務協会、2024年、P.487-510
    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、2013年、P.26-33
    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」要点 譲渡所得【第一編】』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.410-411
  • 一般財団法人と公益認定の違い|設立のしやすさ・税制・運営の負担をどう比べるか

    一般財団法人と公益認定の違い|設立のしやすさ・税制・運営の負担をどう比べるか

    財団の設立を考え始めると、早い段階で「一般財団法人のままでよいのか、公益認定を目指すべきか」という問いに出会います。

    結論から言えば、両者の違いは「行政庁の公益認定を受け、その基準を守り続ける代わりに、税制上の優遇と社会的な信頼を得るかどうか」にあります。公益財団法人は一般財団法人と別の法人をつくるのではなく、一般財団法人が公益認定を受けることで移行する仕組みです。

    どちらが優れているということはなく、財団で何をしたいのか、どの財産をどう寄附したいのか、どこまで運営の負担を引き受けられるのかによって、適した形が変わります。この記事では、両者の違いを項目ごとに整理し、判断の軸を示します。

    一般財団法人と公益財団法人の関係

    現在の制度では、法人をつくること(設立)と、公益性を認めること(公益認定)が分かれています。

    • 一般財団法人:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(一般法人法)に基づき、定款の作成、公証人による定款の認証、財産の拠出、設立の登記によって成立します。公益性の審査はありません。
    • 公益財団法人:一般財団法人のうち、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(認定法)に基づいて、行政庁(内閣府または都道府県)から公益認定を受けた法人です。認定を受けると、名称が「公益財団法人」に変わります。

    つまり、公益財団法人を目指す場合でも、まずは一般財団法人として設立し、その後に公益認定を申請するのが基本的な流れです。

    財団という器をどのように設計すればよいか、全体像は関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    項目別に見る主な違い

    両者の違いを、オーナーの意思決定に関わる項目ごとに整理すると、次のようになります。

    項目一般財団法人公益財団法人
    成立の方法定款認証・財産拠出・登記(準則主義)一般財団法人が行政庁の公益認定を受けて移行
    行政庁の監督なしあり(定期提出書類、報告徴求、立入検査など)
    事業内容法律上の制約は少ない(収益事業も可能)公益目的事業を主たる目的とすることが必要
    財務の基準一般法人法上の規律が中心中期的収支均衡、公益目的事業比率、使途不特定財産の保有制限など
    役員構成一般法人法上の機関設計(評議員・理事・監事)上記に加え、親族等や同一団体関係者の割合制限、外部理事・外部監事など
    情報開示一般法人法上の計算書類の公告等定期提出書類が行政庁により原則公表される
    法人税税務上の区分により異なる(非営利型法人は収益事業のみ課税、それ以外は全所得課税)収益事業のみ課税(公益目的事業は非課税)
    寄附者の税制優遇は限定的寄附金控除・税額控除、相続財産を寄附した場合の非課税特例などの対象

    以下、特に判断に影響の大きい項目を補足します。

    設立のしやすさ:一般財団法人の要件

    一般財団法人は、次のような要件を満たせば、行政庁の許可なく設立できます。

    • 設立者が定款を作成し、公証人の認証を受けること
    • 設立者が拠出する財産の価額の合計が300万円以上であること(一般法人法153条2項)
    • 評議員3人以上、理事3人以上、監事1人以上を置き、評議員会・理事会を設けること
    • 主たる事務所の所在地で設立の登記をすること

    なお、一般財団法人は、2事業年度連続して貸借対照表上の純資産額が300万円未満となった場合には解散することとされています(同法202条2項)。設立時だけでなく、存続中も一定の財産規模を保つ必要がある点に注意が必要です。

    公益認定を受けるための主な基準

    公益認定は、認定法に定める基準に適合すると認められた場合に行われます。主な考え方は次のとおりです。

    公益目的事業を主たる目的とすること

    公益目的事業とは、学術、技芸、慈善などの認定法に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいいます。特定の会社の従業員や会員だけを対象とする事業は、原則としてこの考え方に合いません。令和6年12月に全面的に見直された「公益認定等ガイドライン」では、公益目的事業かどうかを判断する考え方が明確化され、奨学金事業などが事業の例として追加されています。

    財務の基準を満たし続けること

    公益法人は、公益目的事業の収入を適正な費用に充て、財産をため込みすぎないことが求められます。令和7年4月1日施行の改正により、次のように見直されました。

    • 単年度で収支を合わせる考え方(いわゆる収支相償)から、5年間で収支の均衡を図る「中期的収支均衡」へ
    • 将来の公益目的事業を充実させるための「公益充実資金」を創設(積立てを費用とみなす)
    • 「遊休財産」を「使途不特定財産」に改称し、その保有上限を算定する際、災害などに備える「公益目的事業継続予備財産」を除外

    あわせて、費用全体に占める公益目的事業の費用の割合(公益目的事業比率)を毎事業年度50%以上とすることも求められます(認定法15条)。

    ガバナンスの基準を満たすこと

    役員構成についても基準があります。理事・監事それぞれについて、同一の親族等が占める割合や、他の同一の団体の関係者が占める割合に制限が設けられています。さらに改正により、次の基準が加わりました。

    • 外部理事:理事のうち1人以上を法人外部の人材とすること(最終事業年度の収益の額と費用・損失の額がいずれも3,000万円未満の法人は適用除外)
    • 外部監事:監事のうち1人以上を法人外部の人材とすること(小規模法人の適用除外はなし)
    • 理事と監事の特別利害関係の排除:理事と監事が配偶者や3親等以内の親族などの関係にないこと

    財団の場合、財産を拠出した設立者は「外部」の人材とは扱われない点も押さえておきたいところです。

    税制の違い:法人と寄附者の両面から

    法人の税金

    公益財団法人は、法人税法上の収益事業から生じた所得にのみ法人税が課され、公益目的事業は非課税です。一方、一般財団法人は、非営利性が徹底されているなど一定の要件を満たす「非営利型法人」であれば収益事業のみが課税対象となりますが、それ以外の一般財団法人は株式会社と同様にすべての所得が課税対象となります。

    寄附をする人の税金

    寄附者にとっての違いは、さらに大きくなります。

    • 寄附金控除・税額控除:公益社団法人・公益財団法人への寄附は、所得税の寄附金控除の対象となる特定寄附金に含まれます。また、一定の要件を満たす公益社団法人等への寄附は、所得控除に代えて税額控除(寄附金額から2,000円を差し引いた額の40%、所得税額の25%が上限)を選択できます(国税庁タックスアンサーNo.1266)。
    • 相続財産を寄附した場合:相続や遺贈で取得した財産を、相続税の申告期限までに公益財団法人などに寄附した場合、その財産を相続税の課税対象としない特例があります(国税庁タックスアンサーNo.4141)。公益認定を受けていない一般財団法人は、この特例の対象に含まれません。
    • 株式や不動産を寄附した場合のみなし譲渡:個人が法人に財産を寄附すると、原則として時価で譲渡したものとみなされ、値上がり益に所得税が課されます。公益法人等への寄附で国税庁長官の承認を受けた場合は非課税となる特例があり、国税庁によれば、一般的な要件による「一般特例」は公益財団法人のほか非営利性が徹底された一般財団法人なども対象となりますが、手続が迅速な「承認特例」は公益財団法人など一定の法人に限られます。

    また、一般財団法人に財産を寄附した結果、寄附者の親族等の相続税や贈与税の負担が不当に減少すると認められる場合には、法人を個人とみなして贈与税(遺贈の場合は相続税)が課される仕組みもあります(相続税法第66条第4項)。

    どちらを選ぶか:4つの判断軸

    AEGISでは、一般財団法人のままでいるか、公益認定を目指すかを、次の4つの軸で考えることをおすすめしています。

    判断軸一般財団法人が向く場合公益認定が向く場合
    1. 事業の性質対象が限定的、または収益事業の比重が大きい不特定多数の利益のための事業が中心
    2. 財源の集め方設立者・関係者の拠出で完結する広く外部からの寄附を受けたい
    3. 寄附する財産金銭中心で、税制の特例を前提としない株式・不動産など値上がり益のある財産や、相続財産を寄附したい
    4. 運営の負担事務局体制が小さく、行政への報告負担を避けたい外部役員の招へい、定期提出書類、情報開示に対応できる

    特に、自社株式などを寄附して財団の財源とする場合は、寄附の時期や受け手の法人の状態によって税制上の扱いが大きく変わります。この論点は関連記事「非上場株式を財団に寄附する際の検討事項」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    「まず一般、後で公益」の場合も設計は公益基準で

    いったん一般財団法人として設立し、活動実績を積んでから公益認定を申請するという進め方は現実的です。ただし、その場合でも、定款・役員構成・会計の仕組みは、最初から公益認定の基準を意識しておくと、後の移行がスムーズになります。公益認定申請の際には、認定法に適合させるための定款変更(評議員会の特別決議)が必要です。

    公益認定は「受けて終わり」ではない

    公益財団法人は、毎事業年度、事業計画書などは事業年度の開始日の前日までに、事業報告などは事業年度経過後3か月以内に行政庁に提出し(認定法22条1項)、財務やガバナンスの基準を満たし続ける必要があります。基準に適合しなくなった場合には、公益認定が取り消されることがあります。継続的な事務の担い手を、設立段階から想定しておくことが大切です。

    一般財団法人の自由度は「監督がない」ことの裏返し

    一般財団法人は事業の自由度が高い一方で、行政の監督や外部の目が入りにくい形でもあります。寄附者の想いを長く守るためには、法律上の義務がなくても、外部の有識者を役員に迎える、活動内容を公表するなど、自ら規律を設けることが望まれます。

    「自ら財団を持たない」という選択肢もある

    一般財団法人と公益財団法人のどちらにするかを比べる前に、そもそも自ら財団を設立する必要があるかを確かめておくことも大切です。どちらの形でも、評議員・理事・監事の選任、機関の運営、会計と報告を続ける体制が必要で、その運営は寄附者が退いた後、後継者や次の世代に引き継がれます。

    寄附の目的が助成や奨学であれば、運営体制を備えた既存の財団の中に、寄附者の名前や想いを冠した基金を設ける方法もあります。AEGISでは、この考え方を形にする器としてアイジスレガシー財団を設立しています。目的や事業を設計する自由度は自ら設立する場合より限られますが、設立と運営の負担を大きく軽くでき、後継者に財団運営の実務を背負わせずに済みます。比較の考え方は、Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で整理しています。

    AEGISの視点

    一般財団法人か公益財団法人かという選択は、税制上の有利・不利で語られることが多いテーマです。しかしAEGISは、この選択を「財団を、誰に対して説明責任を負う存在にするか」という設計の問いと捉えています。

    一般財団法人は、設立者の意思をそのまま形にしやすい器です。公益財団法人は、行政と社会に対して説明責任を負う代わりに、外部からの寄附や信頼を集めやすい器です。寄附者の想いを、寄附者の家族や会社の外に広げていきたいのであれば、公益認定の基準は「負担」ではなく、想いを社会と共有するための共通言語として機能します。

    財団の形は、事業承継や資産承継の計画とも連動します。会社の株式をどうするか、家族に何を残すか、社会に何を託すかを一つの全体像として整理したうえで、器を選ぶことが合理的だとAEGISは考えています。財団に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益財団法人は、一般財団法人が行政庁の公益認定を受けて移行した法人です。設立と公益認定は別の手続きです。
    • 一般財団法人は、拠出財産300万円以上などの要件を満たせば登記で設立でき、行政庁の監督を受けません。
    • 公益財団法人は、公益目的事業を主たる目的とし、財務・ガバナンス・情報開示の基準を満たし続ける必要があります。令和7年4月からは中期的収支均衡や外部理事・外部監事などの新しい基準が適用されています。
    • 寄附者側の税制(寄附金控除・税額控除、相続財産の寄附の特例、みなし譲渡の非課税特例の承認特例など)は、公益財団法人の方が利用できる範囲が広くなります。
    • どちらを選ぶかは、事業の性質・財源の集め方・寄附する財産・運営の負担の4つの軸で判断するのが合理的です。

    具体的な選択は、寄附する財産や活動内容などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 一般財団法人と公益財団法人では、名称以外に何が一番違いますか?

    最も大きな違いは、行政庁の公益認定と監督を受けるかどうかです。公益財団法人は、財務やガバナンスの基準を満たし続ける義務を負う代わりに、法人税や寄附者の税制で優遇を受けられます。

    Q. 公益認定の申請は、設立後どのくらいでできますか?

    一般財団法人として設立した後であれば、申請自体は可能です。ただし、認定にあたっては事業計画や財務の見込み、運営体制などが審査されるため、事業の実態や体制が整ってから申請するのが一般的です。具体的な審査期間は個別の状況によって異なります。

    Q. 公益財団法人になると、自由に事業ができなくなりますか?

    公益目的事業を主たる目的とする必要があり、財務の基準も守る必要があります。ただし、令和7年4月施行の改正により、収益事業等の内容の変更が認定事項から届出事項になるなど、手続の柔軟化も図られています。

    Q. 一般財団法人でも寄附の税制優遇は受けられますか?

    一般財団法人への寄附は、公益財団法人に比べて税制上の優遇が限定的です。ただし、株式や不動産を寄附した場合のみなし譲渡の非課税特例(租税特別措置法第40条)のうち一般特例は、非営利性が徹底された一般財団法人なども対象となり得ます。適用には国税庁長官の承認が必要で、要件の確認が欠かせません。

    Q. 公益認定を受けた後に、一般財団法人に戻ることはできますか?

    公益認定の取消しを受けた場合などには、一般財団法人として存続することになります。その際、定款の定めに従い、公益目的事業のために取得した財産の残額(公益目的取得財産残額)に相当する額を、取消しの日から1か月以内に類似の事業を目的とする他の公益法人や国・地方公共団体などに贈与する必要があるなど、財産面の影響が生じます。公益認定を受けるかどうかは、こうした点も踏まえて判断することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『Q&A各種法人の事業承継の実務』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版
  • 海外移住と国外転出時課税|株式に税金がかかるのはどんな場合か、納税猶予・帰国時の取消し・家族への相続まで

    海外移住と国外転出時課税|株式に税金がかかるのはどんな場合か、納税猶予・帰国時の取消し・家族への相続まで

    海外に移住する(日本に住所も居所もなくなる)ときに、1億円以上の有価証券等を持っていて、かつ出国前10年以内に日本に5年を超えて住んでいた方は、株式を売っていなくても、出国の時に売ったものとみなして含み益に所得税がかかります。これを「国外転出時課税」といいます。

    ポイントは次の3つです。

    • 対象は株式や投資信託などの有価証券等で、上場・非上場を問いません。オーナー経営者の場合、自社株だけで1億円を超えることもあります。
    • 一定の手続をとれば、納めるべき所得税について最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
    • 自分は日本に住んだままでも、海外に住む家族に株式等を贈与したり、相続で引き継がせたりする場合にも同じ仕組みが働きます。

    制度の詳細は国税庁が公表している情報と法令で確認できますが、手続の期限が短く、出国前にしかできない準備が多いのが特徴です。この記事では、海外移住を検討する方が出国前に確認しておきたいことを整理します。

    国外転出時課税とは

    国外転出時課税は、平成27年度税制改正で創設され、平成27年7月1日以後の国外転出、贈与、相続・遺贈に適用されています(国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    背景には、含み益のある株式を持ったまま、株式の譲渡益に課税しない国へ移住してから売却すると、日本でも移住先でも課税されない状態が生じうるという問題がありました。そこで、日本を離れる時点までに生じた含み益について、日本で課税する仕組みが設けられています。

    この制度は、次の3つの場面で働きます。

    場面何が起きたときか誰が申告するか申告の期限の目安
    国外転出(出国)本人が日本に住所・居所を有しなくなるとき本人納税管理人の届出をした場合は出国した年分の確定申告期限、しない場合は出国の時まで(準確定申告)
    国外転出(贈与)本人が国外に住む人に対象資産を贈与したとき贈与した本人贈与した年分の確定申告期限
    国外転出(相続)本人が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得したとき亡くなった本人の相続人相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日まで(準確定申告)

    ※国税庁タックスアンサーNo.1478・No.1467・No.1468をもとにAEGISが整理。個別の手続は最新の国税庁情報で確認してください。

    対象になる人:2つの要件

    国外転出時課税の対象になるのは、次の両方に当てはまる居住者です(所得税法60条の2第5項)。

    1. 国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円以上であること
    2. 国外転出の日前10年以内に、日本に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えていること

    2つ目の期間の計算では、一定の在留資格(出入国管理及び難民認定法の別表第一の在留資格)で在留していた期間は含めないこととされています(所得税法施行令170条3項)。そのため、主に影響を受けるのは、長く日本に住んでいる方です。

    1億円の判定は、対象資産の合計で行います。上場株式だけでなく、非上場株式、投資信託、匿名組合への出資なども合算します。オーナー経営者の場合、自社株の価額だけで1億円を超えていることに気づいていないケースもあるため、まず現在の株価の水準を確認することが出発点になります。

    対象になる資産

    対象資産は、次のとおりです(所得税法60条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    • 有価証券(株式、投資信託など。上場・非上場を問いません)
    • 匿名組合契約の出資の持分
    • 未決済の信用取引・発行日取引
    • 未決済のデリバティブ取引(先物取引、オプション取引など)

    一方で、不動産や金地金、預金などは、この制度の対象資産ではありません。また、新株予約権のうち、株式を無償または有利な価額で取得できる権利を表示する一定のもの(国内源泉所得を生ずべきもの)は対象から除かれています。ストック・オプションを持つ方の扱いは、別の論点として確認が必要です。

    課税の仕組み:「売ったもの」とみなされる

    いつの価額で計算するか

    国外転出時課税では、出国の時に対象資産を売った(決済した)ものとみなして、含み益を譲渡所得等として計算します。基準となる価額は、手続によって次のように変わります(所得税法60条の2第1項)。

    • 出国した年分の確定申告書を提出する時までに納税管理人の届出をした場合など:国外転出の時の価額
    • それ以外の場合:国外転出の予定日から起算して3か月前の日の価額(その日より後に取得したものは取得時の価額)

    非上場株式の場合は、市場の価格がないため、所得税の考え方に沿った「時価」を算定する必要があります。株価の算定には時間がかかるため、出国の予定が決まったら早めに着手することが重要です。

    申告の方法

    国税庁の案内では、申告の方法は次のように分かれています。

    • 出国の時までに納税管理人の届出をした場合:出国した年分の確定申告期限までに、他の所得とあわせて確定申告・納税をします。
    • 納税管理人の届出をしないで出国する場合:出国の時までに、その年の1月1日から出国の時までの所得にこの制度による所得を含めて、準確定申告・納税をします。

    納税管理人とは、日本に住所等を有しない納税者に代わって、申告書の提出や税金の納付などを行う人です。後で述べる納税猶予を受けるためにも、納税管理人の届出が前提になります。

    納税猶予:最長10年、ただし担保が必要

    国外転出時課税は、実際には売却していない株式に課税されるため、納税資金が大きな負担になります。そこで、一定の手続をとった場合には、国外転出の日から5年間(延長の届出をすれば最長10年間)、納税を猶予する特例があります(所得税法137条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    主な要件は次のとおりです。

    • 出国の時までに、所轄の税務署に納税管理人の届出をすること
    • 確定申告書に納税猶予の適用を受ける旨を記載し、所定の明細書・計算書を添付すること
    • 確定申告書の提出期限までに、猶予される所得税額と利子税額に相当する担保を提供すること

    猶予期間中は、毎年12月31日時点で持っている対象資産について、継続して適用を受ける旨の届出書を翌年3月15日までに提出する必要があります。この届出を忘れると、猶予が打ち切られ、猶予されていた税額を納めることになります。また、猶予期間中に対象資産を売ったり贈与したりした場合は、その部分について猶予が終了します。猶予期間が終わって納付する場合には、利子税もかかります。

    担保の用意は実務上の大きな論点です。非上場株式を担保として提供する場合には、事前の準備が必要になることがあります。出国の直前に検討を始めると間に合わないことがあるため、時間に余裕を持って税務署や専門家と相談しておくことが望まれます。

    帰国したときの取消し

    国外転出時課税の申告をした方が、国外転出の日から5年以内(納税猶予の期限延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、その時まで引き続き持っている対象資産があるときは、その資産について課税がなかったものとして取り消すことができます。取り消すには、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をする必要があります(所得税法153条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    このほか、5年以内に対象資産を居住者に贈与した場合や、本人が亡くなって対象資産を取得した相続人等が全員居住者となった場合なども、一定の要件のもとで取消しの対象になります。

    「数年で戻るかもしれない」という移住の場合は、納税猶予と帰国時の取消しを組み合わせた見通しを立てておくことが、資金計画のうえで重要になります。

    国外の家族に贈与・相続で渡る場合

    贈与の場合

    1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が、国外に住む家族に対象資産を贈与すると、贈与した本人に、その資産を売ったものとみなした所得税がかかります(所得税法60条の3、国税庁タックスアンサーNo.1467)。受け取った家族には、別途、贈与税の課税関係が生じます。

    相続の場合

    1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得した場合も、亡くなった本人がその資産を売ったものとみなして所得税が課税されます(国税庁タックスアンサーNo.1468)。申告は相続人が準確定申告として行い、その期限は相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日までです。

    相続の場合の納税猶予では、対象資産を取得した国外に住む相続人等の全員が、準確定申告書の提出期限までに納税管理人の届出をすることなどが要件になります。遺産分割の内容によって、国外に住む相続人が対象資産を取得するかどうかが変わるため、遺言の内容や分割の方針と、この制度の関係を事前に確認しておくことが大切です。海外に住む相続人がいる場合の手続全般は、関連記事「海外在住の相続人がいる場合の準備」で解説しています。

    移住しても、日本の相続税・贈与税がすぐ外れるわけではない

    国外転出時課税は所得税の制度ですが、移住を考える際には相続税・贈与税の扱いもあわせて確認が必要です。たとえば、日本国籍を有する相続人は、国外に住んでいても、相続開始前10年以内に日本に住所があった場合のほか、その期間に日本に住所がなくても被相続人が外国人被相続人・非居住被相続人でない場合などは、国外の財産も含めて日本の相続税の対象になります(国税庁タックスアンサーNo.4138、相続税法1条の3)。「移住すれば日本の相続税がかからなくなる」とは限らない点に注意が必要です。海外に財産を持つ場合の相続準備は、関連記事「海外に財産がある人の相続準備」で整理しています。

    出国前に確認したいチェックリスト

    時期の目安確認すること
    移住を検討し始めたとき対象資産の合計が1億円以上か(自社株・投資信託を含む)、過去10年の国内居住期間
    出国の半年〜1年前非上場株式の価額の算定、税額の試算、納税猶予を使うかどうかと担保の候補
    出国の数か月前納税管理人の選任、会社の役員・株主としての関わり方、ストック・オプションの扱い
    出国の時まで納税管理人の届出(納税猶予を受ける場合は必須)、申告方法の確定
    出国後毎年の継続適用届出書の提出、帰国の可能性と取消しの期限管理
    家族への承継国外に住む家族への贈与・相続の予定、遺言・遺産分割の方針との整合

    実務上注意したいポイント

    • 「売っていないから税金はかからない」と考えない:課税されるのは含み益で、売却代金は手元にありません。納税資金や担保の準備が必要です。
    • 期限が短い:納税管理人の届出は出国の時まで、帰国時の取消しは帰国から4か月以内など、期限の短い手続が続きます。
    • ストック・オプションを持っている場合:国外転出時課税の対象資産から除かれる新株予約権がある一方、税制適格ストック・オプションの要件や、行使して取得した株式の扱いなど別の論点があります。関連記事「ストックオプションで人材を集める」もあわせてご覧ください。
    • 所得が大きくなる年の影響:みなし譲渡による所得が大きい年は、所得が非常に大きい人を対象とする課税の特例(租税特別措置法41条の19)など、他の制度との関係も確認しておきたいところです。
    • 移住先の税制も確認する:移住先の国が、日本で課税された含み益をどう扱うかは国によって異なります。

    AEGISの視点

    海外移住は、生活・事業・家族のあり方そのものを変える大きな決断です。国外転出時課税は、その決断に伴う「出口の税金」の一つにすぎませんが、手続の期限が出国の時点に集中しているため、準備が後手に回りやすい制度でもあります。

    AEGISは、この制度を「移住の可否を決める税金」ではなく、資産の持ち方と承継の順番を見直すきっかけと考えています。たとえば、自社株を誰がいつ持つのか、会社の経営にどこまで関わり続けるのか、家族のうち誰が国外に住む可能性があるのかによって、税金の発生する場面も、選ぶべき手続も変わります。移住の前に、事業承継や相続の計画と一緒に全体を並べて確認することが、後からの選択肢を狭めないための近道です。

    税制改正を自分の計画に引きつけて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で解説しています。

    まとめ

    • 国外転出時課税は、1億円以上の有価証券等を持ち、出国前10年以内に5年を超えて日本に住んでいた方が出国するときに、含み益に所得税がかかる制度です。
    • 対象資産は株式・投資信託などの有価証券等や未決済のデリバティブ取引等で、非上場株式も含まれます。
    • 納税管理人の届出や担保の提供などの手続をとれば、最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
    • 国外に住む家族への贈与や、相続で国外に住む相続人が対象資産を取得する場合にも同じ仕組みが働きます。
    • 具体的な税額や手続の可否は、資産の内容や家族の状況によって異なります。出国の予定が決まる前から準備を始めることが大切です。

    よくある質問

    Q. 持っている株式が1億円未満なら、国外転出時課税はかかりませんか?

    国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円未満であれば、国外転出時課税は適用されません。ただし、判定は上場株式だけでなく、非上場株式や投資信託なども合算して行います。自社株の評価額によっては1億円を超えることがあるため、事前に確認が必要です。

    Q. 不動産や預金を持ったまま移住した場合も課税されますか?

    不動産や預金は国外転出時課税の対象資産ではありません。ただし、移住後に日本の不動産を売却した場合や、日本で賃貸収入を得る場合などは、非居住者としての課税関係が生じます。また、相続税・贈与税の扱いは別途確認が必要です。

    Q. 納税猶予を受けると、税金は払わなくてよくなるのですか?

    納税猶予は、納める時期を先に延ばす仕組みであり、税金が免除されるわけではありません。猶予期間が終われば、猶予された税額と利子税を納める必要があります。期間内に帰国して取消しの手続をとった場合や、一定の事由に該当した場合には、課税が取り消されたり税額が減額されたりすることがあります。

    Q. 帰国したら、自動的に課税が取り消されますか?

    自動的には取り消されません。国外転出の日から5年以内(延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、引き続き対象資産を持っている場合に、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をすることで取り消すことができます。

    Q. 親が日本に住んだまま亡くなり、海外に住む子が株式を相続した場合はどうなりますか?

    親が1億円以上の対象資産を持つなどの要件に当てはまる場合、海外に住む子が対象資産を取得すると、親がその資産を売ったものとみなして所得税が課税され、相続人が準確定申告を行います。子には、別途日本の相続税の課税関係も生じます。遺産分割の内容によって課税の有無が変わることがあるため、遺言や分割の方針とあわせて確認が必要です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『世界の相続専門弁護士・税理士による 国際相続とエステート・プランニング』中田朋子・水谷猛雄・withersworldwide 著、税務経理協会、2017年、第2部第2章(P.193-201)、第2部第3章(P.234-235)
  • 公益認定を申請するときの流れと基準|公益目的事業の判断、令和6年改正後の認定基準、申請書類と審査

    公益認定を申請するときの流れと基準|公益目的事業の判断、令和6年改正後の認定基準、申請書類と審査

    公益認定とは、一般社団法人・一般財団法人が、行政庁から「公益目的事業を主たる目的とする法人」として認められ、公益社団法人・公益財団法人になるための手続です。

    申請の流れを一言でまとめると、定款を認定基準に合わせて変更し、事業と財務の見込みを示した申請書を行政庁に提出し、有識者による合議制の機関の審査(諮問・答申)を経て認定を受けるというものです。行政庁が定める標準的な処理期間は、申請書の提出の翌日から4か月とされています。

    基準は、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(認定法)5条に定められており、令和6年の法改正(令和7年4月施行)で財務に関する基準などが見直されました。この記事では、申請を具体的に考え始めた方に向けて、判断の中心となる公益目的事業の考え方、改正後の認定基準、申請書類と審査の流れを順に整理します。

    申請できる法人と申請先

    公益認定を申請できるのは、公益目的事業を行う一般社団法人・一般財団法人です(認定法4条)。新たに公益法人を目指す場合も、まず一般社団法人または一般財団法人を設立し、そのうえで申請する流れになります。

    申請先の行政庁は、内閣総理大臣または都道府県知事です(認定法3条)。事務所の所在や公益目的事業を行う区域などによって、いずれが行政庁になるかが決まります。国が行政庁となる場合は内閣府の公益認定等委員会が、都道府県の場合は各都道府県に置かれた合議制の機関が、認定の可否について審議します。

    申請から認定までの流れ

    内閣府の「申請の手引き〔公益認定編〕」などをもとに、申請から認定後までの流れを整理すると次のとおりです。

    段階主な内容確認したいこと
    1. 事業と体制の整理行う事業を公益目的事業と収益事業等に区分し、事業ごとの収支と人員体制を見通す各事業が公益目的事業に当たるか、財務の基準を満たせるか
    2. 定款の変更案の作成理事会の設置、役員構成、残余財産の帰属など、認定基準に合わせた定款の変更案を作る内閣府「公益認定のための『定款』について」との整合
    3. 法人内部の意思決定社員総会・評議員会の特別決議で定款変更を決め、理事会で申請を決議する公益認定を前提とした定款変更であることを明確にしておく
    4. 申請書の作成・提出申請書、別紙、財務の別表、定款、事業計画書・収支予算書などを提出(電子申請が推奨)書類間の数値の整合
    5. 審査行政庁が審査し、必要に応じて補正や追加資料を求める申請内容に変更が生じた場合は速やかに連絡
    6. 諮問・答申公益認定等委員会または都道府県の合議制の機関に諮問し、答申を受ける—
    7. 認定・通知認定または不認定の処分が通知される—
    8. 認定後の手続名称変更の登記、分かち決算、定期提出書類の準備認定日を境に会計と運営のルールが変わる

    ※AEGIS作成。実際の手順は行政庁の案内に従ってください。

    認定を受けると、名称中の「一般社団法人」「一般財団法人」は「公益社団法人」「公益財団法人」に変更する定款の変更をしたものとみなされます(認定法9条1項)。名称変更そのものについて社員総会等で決議する必要はありませんが、公益認定を受けたことを証する書面を添付して名称変更の登記を行う必要があります(同条2項)。

    最大の論点:公益目的事業に当たるか

    公益目的事業の定義

    公益目的事業とは、学術、技芸、慈善その他の公益に関する認定法の別表各号に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいいます(認定法2条4号)。別表には、学術・科学技術の振興、文化・芸術の振興、高齢者の福祉の増進など、23の号が掲げられています。

    判断は2段階で考えると整理しやすくなります。

    1. その事業が、別表のいずれかの号に掲げる種類の事業に当たるか
    2. その事業が、特定の人だけでなく、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与しているか

    多くの申請で検討の中心となるのは2です。会員だけが利益を受ける事業や、特定の企業・個人の利益につながる事業は、公益目的事業と認められにくくなります。

    事業の類型ごとのチェックポイント

    申請書では、事業を検査・検定、資格付与、講座・セミナー、助成(応募型)、施設の貸与などの類型に当てはめ、類型ごとの「チェックポイント」に沿って公益性を説明します。たとえば奨学金や研究助成のような助成事業であれば、応募の機会が広く開かれているか、選考が公正に行われる仕組みがあるか、といった点を説明することになります。

    チェックポイントは、不特定多数の者の利益の増進に寄与するかどうかを事実認定するための留意点です。チェックポイントに機械的に当てはまらない事業でも、事業の目的・内容・受益者の範囲を具体的に示すことで、公益性を説明できる余地があります。

    認定基準:令和6年改正後の全体像

    認定法5条は、21の号で認定基準を定めています。オーナーが財団・社団を設計する視点で分類すると、次のように整理できます。

    分類主な基準根拠(認定法5条)
    事業の内容公益目的事業を主たる目的とすること/投機的な取引など社会的信用を損なう事業を行わないこと/収益事業等が公益目的事業に支障を及ぼさないこと1号・5号・7号
    財務公益目的事業について中期的な収支の均衡が図られる見込みであること/公益目的事業比率が50%以上となる見込みであること/使途不特定財産額が制限を超えない見込みであること/経理的基礎・技術的能力があること2号・6号・8号・9号
    ガバナンス理事・監事のそれぞれについて、親族等の特別利害関係者の合計が3分の1を超えないこと/他の同一団体の関係者が3分の1を超えないこと/外部理事・外部監事を置くこと(理事は一定規模以上の法人)/一定規模以上の法人は会計監査人を置くこと/役員報酬が不当に高額でないこと10号〜16号
    利益供与の禁止社員・役員などの関係者に特別の利益を与えないこと/営利事業者などに寄附その他の特別の利益を与えないこと3号・4号
    財産他の団体の意思決定に関与できる株式などを保有しないこと(実質的に支配するおそれがない場合を除く)/不可欠特定財産の定款への定め/認定取消し時・清算時の財産の帰属先の定款への定め18号〜21号

    ※AEGIS作成。各号の正確な要件は認定法・同施行令・公益認定等ガイドラインで確認が必要です。

    令和6年改正で変わった主な点

    令和6年の認定法改正(令和7年4月1日施行)では、主に次の点が見直されました。

    • 収支相償から中期的収支均衡へ:公益目的事業の収入がその実施に要する費用を超えないことを求める考え方が、一定期間で収支の均衡を図る考え方に改められました。将来の公益目的事業に充てるために積み立てる「公益充実資金」も設けられています。
    • 遊休財産額から使途不特定財産額へ:保有できる財産の上限に関する基準の名称と内容が見直されました。
    • 外部理事・外部監事:法人やその子法人の業務執行者でなかった者を役員に含めることが求められるようになりました。

    申請書の財務の別表も、この改正に合わせて「中期的収支均衡」「公益目的事業比率」「使途不特定財産額」の3つの計算表で構成されています。改正後の財務規律については、関連記事「公益法人の財務規律をオーナー目線で読む」で詳しく解説しています。

    欠格事由

    認定基準とは別に、認定法6条は、公益認定を受けられない欠格事由を定めています。役員に一定の法令違反歴がある場合、過去に公益認定を取り消されてから一定期間を経過していない場合、税の滞納処分を受けている場合、暴力団員等が事業活動を支配している場合などです。役員の候補者を選ぶ段階で確認しておきたい事項です。

    申請書類の構成

    内閣府の手引きや申請書の様式によると、申請書類は大きく次のように構成されています。

    • 申請書(かがみ文書)
    • 別紙1:法人の基本情報
    • 別紙2:法人の事業(公益目的事業の種類・内容、収益事業等の内容など)
    • 財務の別表:中期的収支均衡、公益目的事業比率、使途不特定財産額の計算
    • 別添:法人の組織、株式等の保有状況、経理的基礎の説明、役員等名簿、確認書
    • 添付書類:定款、事業計画書・収支予算書、財産目録・貸借対照表、役員等の報酬等の支給基準、許認可等を証する書類(必要な場合)など

    書類の数は多いものの、中心にあるのは「どのような事業を、どのような体制と資金で、継続して行うのか」という一貫した説明です。事業計画書、収支予算書、財務の別表の数値が相互に整合していることが、審査を円滑に進めるうえで重要になります。

    AEGISの視点

    オーナーが公益財団法人を設立し、自社株や不動産を拠出して社会貢献を続けたいと考える場合、公益認定の基準は「家族の財団」から「社会の財団」へ移るための条件といえます。親族等が理事・監事のそれぞれ3分の1を超えないこと、外部の役員を迎えること、関係者に特別の利益を与えないことは、いずれもオーナー家の影響力に一定の歯止めをかけるものです。

    とくに自社株を拠出する場合は、他の団体の意思決定に関与できる株式の保有を原則として制限する基準や、配当収入と中期的収支均衡の関係を、申請前に検討しておく必要があります。株式の議決権をどう行使するかという方針も、申請段階から説明できるよう整理しておくことが望まれます。議決権の考え方は、関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」で解説しています。

    AEGISは、公益認定の申請書を「審査を通すための書類」ではなく、財団が今後何十年も守っていく事業と体制の設計図として作るべきだと考えています。申請の段階で描いた事業と財務の見通しは、認定後の定期提出書類や立入検査でも確認され続けるからです。

    一方で、こうした基準を満たし続ける体制を一族で整え、次の世代にも引き継いでいくことが重いと感じる場合は、自ら財団を設立せず、運営体制を備えた既存の財団の中に基金を設ける方法もあります。AEGISでは、そのための器としてアイジスレガシー財団を設立しています。どの方法を選ぶかは、目的の独自性と、運営を担い続けられる人がいるかどうかで判断するのが現実的です。

    一般財団法人のまま運営する場合との違いは、親記事「一般財団法人と公益認定の違い」で、財団全体の設計は Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    財団関連の税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益認定は、一般社団法人・一般財団法人が行政庁に申請し、公益認定等委員会または都道府県の合議制の機関への諮問・答申を経て受けるものです。標準処理期間は申請の翌日から4か月とされています。
    • 最大の論点は、各事業が認定法別表の事業に当たり、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する「公益目的事業」かどうかです。
    • 認定基準は認定法5条の21号で、令和6年改正(令和7年4月施行)により中期的収支均衡、使途不特定財産額、外部理事・外部監事などが導入されました。
    • 申請前に、定款を認定基準に合わせて変更し、社員総会・評議員会の特別決議と理事会の決議を経ておく必要があります。
    • 認定後は名称変更の登記、分かち決算、定期提出書類など、運営のルールが切り替わります。

    よくある質問

    Q. 公益認定の審査にはどのくらいの期間がかかりますか?

    内閣府は、公益認定の標準処理期間を、申請書が提出された日の翌日から4か月としています。ただし、これは申請後の審査の目安であり、事業の整理や定款変更、書類の準備にはこれとは別に相当の期間を見込む必要があります。

    Q. 設立したばかりの一般財団法人でも申請できますか?

    申請自体は可能です。ただし、事業計画書や収支予算書で、公益目的事業を継続して行うための経理的基礎や技術的能力があることを示す必要があります。実績が乏しい場合は、事業の内容と資金計画を具体的に説明できるかが重要になります。

    Q. 理事の多くが家族のままでも公益認定を受けられますか?

    認定基準では、各理事について、その理事と配偶者・三親等以内の親族などの特別利害関係にある理事の合計が理事総数の3分の1を超えないことが求められます。監事についても同様です。家族中心の役員構成のままでは基準を満たさないため、役員の構成を見直す必要があります。

    Q. 自社株を保有している財団は公益認定を受けられますか?

    認定基準では、他の団体の意思決定に関与できる株式などを保有しないことが原則とされ、その保有によって他の団体の事業活動を実質的に支配するおそれがない場合は例外とされています。保有する株式の割合や議決権の扱いによって判断が分かれるため、申請前に確認が必要です。

    Q. 公益認定を受けた後、名称変更の手続は必要ですか?

    名称を公益社団法人・公益財団法人に変える定款変更は、認定を受けたことにより行ったものとみなされます。一方で、登記上の名称は変更の登記が必要で、公益認定を受けたことを証する書面を添付して申請します。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版、はじめに、第2章 P.254-258
    • 『公益認定の判断基準と実務』出口正之 著、全国公益法人協会、第Ⅲ部 P.217-232
  • マンション標準管理規約の改正で所有者に何が変わるか|令和7年改正の要点と、賃貸中・相続した所有者が確認したいこと

    マンション標準管理規約の改正で所有者に何が変わるか|令和7年改正の要点と、賃貸中・相続した所有者が確認したいこと

    国土交通省は、令和7年(2025年)10月17日に「マンション標準管理規約」を改正しました。同じ年の5月に区分所有法などのマンション関係法が改正され、その中核となる改正区分所有法が令和8年(2026年)4月1日に施行されたことに対応するものです。

    結論から言えば、区分所有者が押さえておきたいのは次の3点です。

    • 標準管理規約は「ひな型」であり、自分のマンションの規約は自動的には変わらない
    • ただし、改正区分所有法に反する規約の定めは、施行日から効力を失っている
    • 総会の決め方や、連絡が取れない所有者・海外に住む所有者の扱いが変わり、賃貸中や相続した所有者ほど影響を受けやすい

    この記事では、令和7年改正の主な内容を整理したうえで、自分のマンションで確認したいことと、賃貸に出している所有者・相続でマンションを取得した所有者への影響を解説します。区分所有法そのものの改正内容(建替え・再生の決議要件など)は、関連記事「区分所有法の改正でマンション所有者に何が変わるか」で扱っています。

    標準管理規約とは何か

    マンションの管理規約は、建物や敷地の管理・使用について区分所有者の間で定めるルールです。区分所有法では、規約の設定・変更・廃止は集会(総会)の決議によるとされています(建物の区分所有等に関する法律31条)。

    標準管理規約は、国土交通省が各マンションの管理規約づくりの参考として示しているモデル(ひな型)です。単棟型、団地型、複合用途型(店舗と住宅が併存するもの)の3種類があり、それぞれにコメント(解説)が付いています。

    標準管理規約が改正されても、各マンションの管理規約が自動的に書き換わるわけではありません。自分のマンションの規約を変えるには、総会で規約変更の決議をする必要があります。

    なぜ今回の改正が重要なのか

    今回の改正が重要なのは、区分所有法の改正と連動しているためです。改正区分所有法の附則では、施行の際に効力を有する規約の定めのうち、改正後の法律に抵触するものは、施行日から効力を失うとされています(改正法附則2条3項)。

    例えば、総会の定足数や決議要件について、改正前の法律に合わせて定めていた規約の条文は、改正後の法律に抵触する可能性が高いとされています。そのまま放置すると、規約に書かれている内容と実際に適用されるルールが食い違い、総会運営の混乱や誤解の原因になります。国土交通省も、各マンションで管理規約を見直す必要があるとしています。

    令和7年改正の主な内容

    国土交通省の改正の概要は、大きく三つのグループに整理されています。主な項目は次のとおりです。

    グループ主な改正項目(標準管理規約の条項)区分所有者にとっての意味
    総会の手続き・決議決議要件の見直し(47条:出席者の多数決による特別決議、定足数の見直し、共用部分の変更や再生の決議要件の緩和など)欠席すると、出席者だけで物事が決まりやすくなる
    招集通知に議案の要領を記載(43条)通知で議案の中身を事前に確認できる
    所在等不明区分所有者を決議の母数から除く手続き(67条の3・新設)連絡が取れない所有者がいても決議が進められる
    権利・資金・財産の管理国内管理人の制度を活用する手続き(31条の3・新設)海外に住む所有者は、国内の代理人を届け出る
    専有部分の保存行為の実施を請求できる旨の明確化(23条など)共用部分の工事に関連して、専有部分の工事を求められる場合がある
    修繕積立金の使途の見直し(28条)新しい再生手法の調査・設計、積立金の運用費用、改良工事にも使えることを明確化
    所有者不明・管理不全の専有部分の管理制度の活用(67条の4・67条の5・新設)放置された住戸への対応手段が整う
    共用部分に関する損害賠償請求を理事長が一元的に行使(24条の2・新設)共用部分の不具合への請求をまとめて進めやすくなる
    管理組合の運営など役員の職務代行、欠格条項、本人確認、防災・防火管理者、喫煙ルールなど役員の担い手不足やなりすましへの対応

    ※国土交通省「令和7年マンション標準管理規約改正の概要」をもとにAEGISが整理。項目の詳細は国土交通省の新旧対照表等で確認できます。

    総会の決議:出席者で決まる仕組みへ

    改正区分所有法では、普通決議は出席した区分所有者とその議決権の各過半数で決めるとされ(39条)、規約の変更などの特別決議も、一定の定足数を満たしたうえで出席者の4分の3以上で決めることになりました(31条など)。書面や代理人による議決権の行使は、出席として数えられます(39条2項)。

    標準管理規約もこれに合わせて改められました。これまでは「欠席しても、反対したのと同じ効果になる」場面がありましたが、改正後は欠席者が決議の母数から外れます。総会に関心を持たない所有者が多いマンションでも決議ができるようになった反面、欠席すれば自分の意見が反映されないまま決まることになります。

    連絡が取れない所有者を母数から除く

    相続登記がされないまま所有者が分からない住戸や、所在が分からない所有者がいると、決議に必要な賛成が集まらないことがありました。改正区分所有法では、裁判所の手続きにより、こうした所在等不明区分所有者を集会の決議から除外できる仕組みが設けられ(38条の2)、標準管理規約にもその手続きの規定が置かれました。

    海外に住む所有者と国内管理人

    区分所有者が国内に住所や居所を持たない場合に、専有部分と共用部分の管理に関する事務を行わせるため、国内に住む人を国内管理人として選任できる制度が設けられました(区分所有法6条の2)。国内管理人は、保存行為、総会の招集通知の受領、議決権の行使、管理費などの支払いといった権限を持ちます。

    標準管理規約では、国内管理人を選任した場合にその旨や氏名・住所を理事長に届け出る手続きが定められています。また、コメントでは、規約で国内管理人の選任を義務づける場合の規定例も示されています。

    修繕積立金の使途

    修繕積立金の使い道について、新たな再生手法(建物の更新・売却・取壊しなど)の調査・設計段階の支出、積立金の管理・運用に要する費用、建物や設備の性能を新築時より向上させる改良工事にも充てられることが明確にされました。積立金の水準そのものを考えるときは、関連記事「マンションの管理費・修繕積立金が上がるとき」も参考にしてください。

    管理会社が管理者になる方式への対応

    役員の担い手不足を背景に、管理会社が区分所有法上の管理者に選任される「管理業者管理者方式」をとるマンションもあります。国土交通省は、理事会を置かずにこの方式をとる場合のモデルとして、標準管理規約の「書き換え表」も公表しています。管理会社に広い権限が集まる方式のため、管理者の業務の公正さをどう担保するかが規約上の重要な論点になります。

    自分のマンションで確認したいこと

    規約の見直しが済んでいるか

    国土交通省の資料では、規約改正のための総会の招集手続きを令和8年3月31日までに始めたか、4月1日以降に始めたかで、手続きが異なるとされています。4月1日以降に招集する場合は、改正区分所有法の定足数・決議要件によることになります。また、招集通知は原則として会日の1週間前までに、会議の目的と議案の要領を示して発することとされ(区分所有法35条1項)、規約で短縮することはできなくなりました。

    区分所有者としては、次の点を確認しておくと安心です。

    • 管理組合が、改正区分所有法に合わせた規約変更を済ませたか、または予定しているか
    • 総会の定足数・決議要件の条文が、改正後のルールと食い違っていないか
    • 修繕積立金の使途、国内管理人の届出、所在等不明区分所有者の手続きなどの規定が整っているか

    賃貸に出している所有者への影響

    自分は住まずに賃貸に出している所有者は、総会に出席する機会が少なく、管理組合の情報が届きにくい立場にあります。

    • 総会への関与:出席者の多数決で決まる場面が増えるため、議決権行使書や委任状を確実に提出することが、これまで以上に大切になります。
    • 通知の受け取り先:区分所有法では、所有者が管理者に通知を受ける場所を伝えていない場合、招集通知は専有部分の所在地にあてればよいとされています(35条3項)。賃貸中の住戸に通知が届いても自分の手元に来ないことがないよう、通知先を管理組合に届けておきます。
    • 入居者のルール:占有者(入居者)は、建物の使用方法について、区分所有者が規約や総会決議に基づいて負う義務と同じ義務を負います(区分所有法46条2項)。喫煙ルールなど使用方法に関する規定が変わった場合は、入居者への周知も必要になります。
    • 海外赴任・海外移住:国内に住所がなくなる場合は、国内管理人の選任と届出を検討します。

    相続でマンションを取得した所有者への影響

    相続で取得したマンションは、手続きが後回しになりやすく、「連絡の取れない所有者」になってしまうリスクがあります。

    • 相続登記と管理組合への届出:相続登記は義務化されています。あわせて、管理組合に新しい所有者として届け出て、管理費等の引落口座や通知先を変更します。相続登記の義務化は関連記事「相続登記と住所等変更登記の義務化への対応」で解説しています。

    • 遺産分割が終わるまでの対応:相続人が複数で共有になっている間は、議決権を行使する人を決めておく必要があります。区分所有法では、専有部分が共有の場合、招集通知は議決権を行使すべき者(定めがなければ共有者の一人)にすれば足りるとされています(35条2項)。

    • 管理費の滞納を引き継がない:管理費等の滞納分は、区分所有権を引き継いだ人にも請求できるとされています(区分所有法8条)。相続や購入の前後で、滞納の有無を確認しておきます。

    実務上注意したいポイント

    • 標準管理規約は義務ではない:各マンションの実情に合わせて取捨選択されるため、自分のマンションの規約を直接確認することが基本です。
    • 総会資料と議事録を保管する:規約変更の決議内容は、売却や相続のときに買主や相続人が確認する資料にもなります。
    • 使用細則も確認する:喫煙や防災などは、規約本体ではなく使用細則で定められることがあります。

    AEGISの視点

    標準管理規約の改正は、管理組合の役員だけの話と受け止められがちです。しかし今回の改正の中心にあるのは、「関心を持たない所有者、連絡の取れない所有者がいても、マンションの管理が止まらないようにする」という考え方です。裏を返せば、関与しない所有者の意見は反映されにくくなる、ということでもあります。

    AEGISは、マンションの区分所有権を「建物の一部を持つ権利であると同時に、管理組合という共同体に参加する権利」と考えています。賃貸に出している所有者や、相続で取得した所有者ほど、この参加の側面が弱くなりがちです。通知先の届出、議決権の行使、相続後の手続きといった小さな管理が、資産価値と承継のしやすさを左右します。

    制度の改正を「自分ごと」として点検する考え方は、関連記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で整理しています。マンション管理のルール変更も、保有不動産の点検項目の一つとして位置づけておきたいところです。

    まとめ

    • 国土交通省は、令和7年10月17日にマンション標準管理規約を改正しました。改正区分所有法(令和8年4月1日施行)への対応が中心です。
    • 標準管理規約はひな型ですが、改正区分所有法に抵触する各マンションの規約の定めは、施行日から効力を失っています。
    • 総会の決議は出席者の多数決が基本になり、所在等不明区分所有者の除外、国内管理人、修繕積立金の使途などの規定が整えられました。
    • 賃貸中の所有者は通知先の届出と議決権の行使、相続した所有者は相続登記と管理組合への届出を早めに行うことが大切です。
    • 具体的な影響は、各マンションの規約と管理組合の対応状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. 標準管理規約が改正されたら、自分のマンションの規約も自動的に変わりますか?

    変わりません。標準管理規約は国土交通省が示すひな型で、各マンションの規約を変えるには総会での決議が必要です。ただし、改正区分所有法に抵触する規約の定めは、令和8年4月1日から効力を失っているため、規約の見直しが必要とされています。

    Q. 総会を欠席すると、どのような扱いになりますか?

    改正後は、多くの決議が出席者の多数決で決まる仕組みになりました。欠席すると決議の母数に入らず、自分の意見が反映されないまま決まることになります。書面や代理人による議決権の行使は出席として扱われるため、出席できない場合は議決権行使書や委任状を提出しておくことが大切です。

    Q. 海外に転勤することになりました。マンションの管理はどうなりますか?

    国内に住所や居所がなくなる場合、国内に住む人を国内管理人として選任できます。国内管理人は、総会の招集通知の受領や議決権の行使、管理費等の支払いなどを行えます。管理規約で選任や届出が求められている場合もあるため、自分のマンションの規約を確認しておきましょう。

    Q. 相続したマンションの名義変更が済んでいません。何か問題はありますか?

    相続登記は義務化されており、手続きが遅れると、管理組合から連絡が取れない所有者として扱われるおそれもあります。相続登記とあわせて、管理組合への届出、管理費等の引落口座や通知先の変更を早めに行うことをおすすめします。

    Q. 修繕積立金の使い道が広がると、積立金が足りなくなりませんか?

    改正は、修繕積立金を充てられる支出の範囲を明確にしたもので、積立額そのものを定めるものではありません。使い道が広がる分、長期修繕計画と積立金の収支を定期的に見直し、総会で使途を確認することが一層大切になります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『Q&A マンション標準管理規約の改正(令和7年10月改正)』渡辺晋 著、公益財団法人マンション管理センター 発行、P.9-27、P.60-63、P.72、P.78、P.106-108
  • 株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか|配当の変動に備え、活動を続けるための資金設計

    株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか|配当の変動に備え、活動を続けるための資金設計

    株式を寄附して財団をつくると、多くの場合、その株式の配当が財団の主な収入源になります。設立時には「毎年これくらいの配当があれば、この規模の助成ができる」という見通しを立てますが、会社の業績や配当方針は、10年、20年のうちに必ず変わります。

    結論から言えば、株式寄附を前提とする財団の資金設計で大切なのは、「配当がいくらあるか」ではなく、「配当が想定を下回った年にも、活動と法人運営を続けられるか」という視点です。そのためには、収入を一つに頼らないこと、固定費を把握すること、そして制度が認める積立ての仕組みを活用して年ごとの変動をならすことが必要になります。

    この記事では、財団の収入と支出の構造を整理したうえで、配当の変動にどう備えるかを、令和7年4月施行の公益法人制度改革の内容も踏まえて解説します。

    財団のお金の流れを整理する

    財団の資金設計は、収入と支出を次のように分けて考えると見通しやすくなります。

    収入の4つの源泉

    源泉主な内容特徴
    財産から生まれる果実寄附された株式の配当、預金・債券の利息、不動産の賃料元本を維持しながら毎年得られるが、金利や業績で変動する
    継続的な寄附設立者・家族・会社・一般の方からの寄附、会費外部からの支援を広げられるが、毎年の確実性は低い
    事業収入講座の受講料、施設の利用料など公益目的事業の対価公益目的事業では、対価は事業に必要な費用の範囲が基本となる
    収益事業の利益公益目的事業以外の事業(不動産賃貸など)からの利益財源を補えるが、法人税の課税対象となり、本来の目的とのバランスが必要

    支出の3つの層

    層主な内容考え方
    公益目的事業費助成金、奨学金、自主事業の費用財団の存在意義そのもの。規模は収入に応じて調整し得る
    法人運営費事務局の人件費、事務所費、役員会・評議員会の運営、会計・監査、行政への提出書類の作成活動の規模にかかわらず毎年発生する固定費
    将来への備え将来の事業拡充や、収入が減った年のための積立て変動をならし、活動を途切れさせないための原資

    株式寄附型の財団で見落とされやすいのは、2番目の法人運営費です。助成の規模を小さくしても、評議員会・理事会の開催、決算と監査、行政庁への定期提出書類などの事務は毎年必要です。配当が減った年に最初に圧迫されるのは、この固定費の部分です。

    財団の全体設計については、関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で整理しています。

    配当収入に頼る財団が抱えるリスク

    株式の配当を主な財源とする財団には、次のようなリスクがあります。

    • 業績連動による変動:配当を業績に連動させる会社では、業績が落ちた年に配当が大きく減ることがあります。
    • 無配のリスク:会社が大規模な投資や業績悪化で無配になると、財団の収入がほぼ途絶えることがあります。
    • 会社と財団の利害の対立:会社にとっては内部留保や成長投資が合理的でも、財団にとっては配当が必要という場面が生じ得ます。
    • 税制上の要件との関係:株式を寄附して譲渡所得等の非課税の承認を受けた場合、その株式から生じる配当の全部が継続して公益目的事業に充てられることが重要な判断材料になります。配当が毎年定期的に生じない株式は、公益目的事業の用に直接供されているとは扱われない可能性があります。

    株式の寄附そのものに伴う議決権・配当・運営体制の論点は、関連記事「非上場株式を財団に寄附する際の検討事項」で詳しく解説しています。

    公益財団法人の財務規律:令和7年4月からの考え方

    公益財団法人の場合、資金設計は公益認定の財務基準と切り離せません。令和6年改正(令和7年4月1日施行)により、財務規律は次のように見直されました。資金の変動に備えるうえで、いずれも重要な仕組みです。

    中期的収支均衡

    改正前は、公益目的事業の収入がその費用を上回らないよう、単年度ごとに収支を合わせる考え方(いわゆる収支相償)が運用されていました。改正後は、公益目的事業の収入と適正な費用について、5年間で均衡が図られるようにする「中期的収支均衡」の考え方に改められ(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律14条、同法施行規則15条)、過去に生じた赤字も通算して判定されることになりました。

    配当が多い年に収入が費用を上回っても、その後の年度で公益目的事業に充てていけば、中期的に均衡させることができます。単年度の配当の増減に、事業の規模を毎年合わせる必要性は小さくなったと言えます。

    公益充実資金

    将来の公益目的事業を充実させるために積み立てる資金として、「公益充実資金」が創設されました。従来の特定費用準備資金と資産取得資金を統合したもので、積立額は中期的収支均衡の判定上、費用とみなされます。

    たとえば、数年後に奨学金の対象を広げる計画や、拠点となる施設を取得する計画がある場合、その目的に沿って計画的に積み立てることができます。

    また、公益認定等ガイドラインでは、既存の事業を続けるための将来の収支変動への備えや、保有する株式の配当が減少傾向にあり今後も続く可能性が高いなど、将来の収入減少が合理的に見込まれる場合の積立ても可能とされています。株式寄附型の財団では、配当の見通しを根拠とともに説明できるかが鍵になります。ただし、繰越金や予備費のような単なる備えは対象になりません。

    使途不特定財産と公益目的事業継続予備財産

    公益法人は、使い道が定まっていない財産(使途不特定財産)を過大に保有することが制限されています。保有の上限は、原則として過去5年間の公益目的事業費の平均額(1年分相当)とされています。

    そのうえで改正により、災害その他の予見しがたい事由が生じても公益目的事業を継続するために必要な財産を「公益目的事業継続予備財産」として、この上限の計算から除外できるようになりました。保有する場合は、その額と理由を自ら公表する必要があります。対象は自然災害や感染症のまん延、国際情勢の急変など予見しがたい事態への備えであり、通常の配当の増減には中期的収支均衡や公益充実資金で対応するのが基本です。それでも、こうした事態で配当収入が途絶えても事業を続けるための資金を、必要性と限度額を説明したうえで持てるようになった点は、株式寄附型の財団にとって意味のある変更です。

    区分経理と情報開示

    公益法人には、公益目的事業・収益事業等・法人運営の3つに区分して経理することが原則として求められるようになり、定期提出書類も原則として公表されることになりました。資金の流れを「事業」と「運営」に分けて説明できるように設計しておくことが、これまで以上に重要になっています。

    一般財団法人と公益財団法人で求められる基準の違いは、関連記事「一般財団法人と公益認定の違い」で解説しています。

    配当の変動に備える資金設計の考え方

    AEGISでは、株式寄附型の財団の資金設計を、次の4つの層で考えることをおすすめしています。

    層目的具体的な設計
    1. 運営費の確保法人として存続し続ける法人運営費の数年分を、配当以外の安定した資産(預金など)で確保する
    2. 中核事業の維持毎年必ず続けたい活動を守る配当が想定の下限でも続けられる規模を「中核事業」として定める
    3. 変動の吸収配当の増減をならす中期的収支均衡の範囲で、多い年の収入を後の年度の事業に充てる。減収が合理的に見込まれる場合は公益充実資金で備え、災害など予見しがたい事態には公益目的事業継続予備財産を検討
    4. 将来の拡充活動を育てる配当が想定を上回った年に、目的を定めて公益充実資金として積み立てる

    この設計のポイントは、「配当の想定」を一つの数字で置かないことです。過去の配当実績や会社の配当方針から、楽観・標準・悲観の幅で収入を見積もり、悲観的な想定でも層1と層2が守られるかを確認しておくと、寄附後の運営が安定しやすくなります。

    財源を一つに頼らない

    株式の配当だけに頼らず、次のような組み合わせを検討することも有効です。

    • 寄附する財産の一部を金銭や配当の安定した資産にする
    • 設立者や家族による継続的な寄附を、計画的に組み込む
    • 公益財団法人として、外部からの寄附を受けやすい体制を整える

    公益社団法人・公益財団法人への個人の寄附は、所得税の寄附金控除の対象となるほか、一定の要件を満たす法人への寄附では、所得控除に代えて税額控除を選ぶこともできます(国税庁タックスアンサーNo.1266)。外部からの寄附を広げることは、財源の分散であると同時に、財団の活動を社会と共有することでもあります。

    一般財団法人の場合の注意点

    公益認定を受けていない一般財団法人には、公益法人のような財務規律は課されません。その一方で、2事業年度連続して純資産額が300万円未満となった場合には解散することとされています。また、財団は評議員会の決議によって自由に解散できる法人ではありません。赤字が続いても簡単には畳めない以上、資金が尽きる前に手を打つ設計が必要です。

    実務上注意したいポイント

    • 寄附前に5年分の資金計画を作る:寄附の規模を決める前に、配当の想定幅と、支出の3つの層を並べた資金計画を作成します。
    • 会社の配当方針を文書で共有する:会社の経営陣・後継者と、配当についての基本的な考え方を確認しておきます。財団が株主として配当の決定にどう関わるかも整理しておきたい点です。
    • 配当の受け取り後の管理方法を決める:株式の寄附について非課税の承認を受ける場合、承認の種類によっては、寄附財産を一定の基金に組み入れて管理することが要件となるなど、管理方法が税制と結びつきます。国税庁の通達では、基金に組み入れた株式の配当金は全額を基金に組み入れ、定められた事業に充てる必要があるものの、受領後直ちに充てる必要はないとされています。受け取った配当をいつ、どのように公益目的事業に充てるかの手順を、あらかじめ決めておくことが大切です。
    • 事務局の担い手を確保する:資金があっても、事務を担う人がいなければ財団は動きません。外部の専門家への委託を含め、法人運営費として見込んでおきます。

    AEGISの視点

    財団の運営資金というと、「どれだけ大きな財産を寄附するか」に目が向きがちです。しかしAEGISは、財団の資金設計を「寄附者がいなくなった後も、財団が自分の足で立ち続けられるようにする設計」と捉えています。

    株式の配当は、会社が事業を通じて生み出した価値の一部が、財団を経由して社会に流れていく経路です。その経路が太く安定していることは理想ですが、会社にも好不調の波があります。会社の判断を財団の都合で縛らず、財団の活動を会社の業績で途切れさせない——その両立を可能にするのが、収入の分散と、制度が認める積立ての仕組みを組み合わせた資金設計です。

    会社・財団・家族のいずれかに無理を強いる設計は、長くは続きません。事業と資産と承継を一つの全体像で捉え、その中で財団の資金の流れを位置付けることが大切だとAEGISは考えています。財団や寄附に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 株式寄附型の財団では、配当が主な財源になる一方、会社の業績や配当方針によって収入が大きく変動します。
    • 財団の支出は「公益目的事業費・法人運営費・将来への備え」の3層で捉え、特に毎年必要な法人運営費を把握しておくことが重要です。
    • 公益財団法人では、令和7年4月から、5年間で収支の均衡を図る中期的収支均衡、公益充実資金、公益目的事業継続予備財産などの仕組みが導入され、変動をならす設計がしやすくなりました。
    • 運営費の確保、中核事業の維持、変動の吸収、将来の拡充の4層で資金を設計し、配当の想定を幅で見積もることが有効です。
    • 一般財団法人は財務規律の制約が少ない反面、純資産が一定額を下回ると解散する仕組みがあり、資金の枯渇に注意が必要です。

    具体的な資金計画は、寄附する財産、会社の配当方針、財団の活動内容などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 配当が多すぎて使い切れない年は、どうすればよいですか?

    公益財団法人の場合、令和7年4月からは5年間で収支の均衡を図る考え方になったため、多い年の収入を後の年度の公益目的事業に充てていくことができます。将来の具体的な事業計画がある場合は、公益充実資金として積み立てる方法もあります。一方で、株式寄附について非課税の承認を受けている場合は、配当を公益目的事業に充てることが求められるため、承認の条件もあわせて確認が必要です。

    Q. 会社が無配になった場合、財団はどうなりますか?

    配当以外の収入や積み立てた資金で、法人運営と中核の事業を続けることになります。無配が続くと、助成の縮小や、場合によっては財団の存続にも影響します。また、非課税の承認を受けて寄附された株式の場合は、承認の取消しにつながる可能性もあるため、早めに専門家と状況を確認することが望まれます。

    Q. 財団の運営には、毎年どのくらいの費用がかかりますか?

    活動の規模や事務局体制によって大きく異なります。少なくとも、評議員会・理事会の運営、決算・会計処理、公益財団法人であれば行政庁への定期提出書類の作成などの費用が毎年発生します。寄附の規模を決める前に、これらの固定費を見積もっておくことが重要です。なお、自ら財団を設立せず、運営体制を備えた既存の財団の中に基金を設ける場合は、こうした機関運営や会計の負担は受け手の財団が担い、寄附者は財団が定める事務運営費を負担する形になります(たとえばアイジスレガシー財団の冠基金では、所定の事務運営費を寄附者が負担します)。

    Q. 設立者が毎年寄附を続けることは問題ありませんか?

    継続的な寄附自体は、財源を安定させる有効な方法です。ただし、寄附を通じて設立者や家族が財団を私的に支配する関係にならないよう、運営体制を整えておく必要があります。寄附の方法や財産の種類によって税務上の扱いも異なるため、事前の確認が望まれます。

    Q. 財団が収益事業を行って財源を補うことはできますか?

    可能です。ただし、収益事業から生じた所得には法人税が課されます。公益財団法人の場合は、公益目的事業が主たる目的であることや、費用全体に占める公益目的事業の費用の割合(公益目的事業比率)を50%以上とする基準などとの関係にも配慮が必要です。収益事業はあくまで公益目的事業を支える手段として位置付けることが大切です。

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    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会
  • 公益信託の新制度と財団の違い|法人をつくらずに社会貢献を続けるという選択肢

    公益信託の新制度と財団の違い|法人をつくらずに社会貢献を続けるという選択肢

    社会貢献のために財産を長く役立てたいと考えたとき、多くの方がまず思い浮かべるのは財団の設立です。しかし令和8年(2026年)4月から、もう一つの選択肢である公益信託が新しい制度に生まれ変わりました。

    結論から言えば、両者の違いは「法人という組織をつくって自ら活動するか」、それとも「信頼できる受託者に財産を託し、定めた目的のために使い続けてもらうか」にあります。財団は活動の自由度が高い一方、組織の運営を担い続ける必要があります。公益信託は組織をつくらずに済む一方、行える活動の範囲や受託者の選び方に制約があります。

    この記事では、新しい公益信託制度で何が変わったのかを確認したうえで、財団との違いと、どちらを選ぶかの判断軸を整理します。

    公益信託とは

    公益信託とは、財産を持つ人(委託者)が、信頼できる人や法人(受託者)に財産を託し、学術の振興や福祉の向上など、不特定かつ多数の者の利益の増進を目的とする事務(公益事務)のために、その財産を管理・活用してもらう仕組みです。

    内閣府の解説資料をもとに整理すると、新しい公益信託の主な特徴は次のとおりです。

    • 設定の方法:委託者と受託者の信託契約、または委託者の遺言によって設定します。
    • 行政庁の認可:行政庁の認可を受けなければ効力が生じません。
    • 信託管理人の必置:特定の受益者がいないため、受託者を監視・監督する「信託管理人」を必ず置きます。
    • 目的の限定:公益事務を行うことのみを目的とします。
    • 委託者に戻らない:委託者が公益信託から利益を受けることはなく、終了時の残余財産が委託者に戻ることもありません。

    つまり公益信託は、法人格を持たない「目的のための財産」を、受託者と信託管理人という二つの役割で守る仕組みと言えます。

    新しい制度で何が変わったのか

    公益信託の制度自体は古くからありましたが、旧制度の下では使いにくさが指摘されていました。主務官庁ごとに許可や監督の基準が異なり、受託者は事実上、信託銀行などの信託会社に限られ、信託できる財産も事実上金銭に限定されていました。活動内容も奨学金の給付や研究助成などの「お金を配る」活動が中心でした。

    従来の公益信託ニ関スル法律を改正した「公益信託に関する法律」(令和6年法律第30号)により、令和8年4月1日から新しい制度が施行されています。内閣府の資料によれば、主な変更点は次のとおりです。

    項目旧制度新制度
    成立の手続主務官庁の許可行政庁(内閣総理大臣または都道府県知事)の認可
    基準主務官庁ごとに不統一公益法人制度と整合した共通の基準
    受託者事実上、信託会社に限定信託会社のほか、公益法人・NPO法人などの法人や個人も想定
    信託できる財産事実上、金銭に限定金銭、株式、不動産など
    税制一定の証明・認定を受けたものに限り優遇認可を受けたすべての公益信託に税制優遇

    認可の審査では、受託者の経理的基礎と技術的能力(専用口座での分別管理や会計の体制、公益事務を適正に行う体制など)、信託管理人の能力、特別の利益を与えないこと、中期的な収支の均衡、費用に占める公益事務の費用の割合(公益事務割合)を70%以上とする基準、使途不特定財産の保有制限などの財務の基準が確認されます(公益信託に関する法律第8条。信託財産を寄附された金銭等に限る一定の公益信託は財務の基準の一部が除かれます)。公益法人の制度改革(令和7年4月施行)とそろえた考え方が取り入れられている点が特徴です。

    また、旧制度の公益信託は、令和10年3月31日までに移行の認可を申請しなければ、同日に旧制度の公益信託として終了するとされています。既存の公益信託に関わっている方は、移行の手続を確認しておく必要があります。

    内閣府の資料では、令和6年3月末時点の公益信託は535件とされています。公益財団法人と比べると利用はまだ限られていますが、新制度によって選択肢としての存在感が高まることが期待されています。

    財団と公益信託の違い

    財団(一般財団法人・公益財団法人)と新しい公益信託を、オーナーの意思決定に関わる項目ごとに比べると、次のようになります。公益財団法人と一般財団法人の違いは、関連記事「一般財団法人と公益認定の違い」で詳しく整理しています。

    比較の視点財団(公益財団法人)公益信託(新制度)
    器の性質法人格を持つ組織法人格のない信託財産
    設立・設定一般財団法人を設立し、公益認定を受ける信託契約または遺言で設定し、行政庁の認可を受ける
    運営の担い手評議員・理事・監事などの機関を自ら組織受託者が事務を担い、信託管理人が監督
    事務所・職員法人として運営体制を整える必要受託者の体制を活用でき、委託者が用意する必要は小さい
    活動の範囲公益目的事業を中心に、一定の範囲で収益事業等も可能公益事務を行うことのみが目的
    寄附の受け皿寄附金を広く受け入れて活動を拡大しやすい寄附の受入れも可能だが、受託者の体制による
    終了時の財産類似の目的の法人等に帰属類似の目的の公益信託・公益法人等に帰属

    比較から見えてくるのは、財団が「組織として活動を育てていく器」であるのに対し、公益信託は「目的を定めて財産を託す器」だということです。自ら事業を運営し、人を雇い、活動を広げていきたい場合は財団が向いています。一方、助成や奨学金のように「誰に、何のために、どれだけ渡すか」を定めて継続することが中心であれば、組織運営の負担が小さい公益信託が合う場合があります。

    公益信託の税制

    内閣府の資料によれば、令和6年度の税制改正により、新しい制度では公益信託の認可と税制優遇が連動し、認可を受けたすべての公益信託に次の措置が適用されます。

    • 個人の寄附:個人が公益信託に寄附したときは、所得税の寄附金控除を受けられます(所得税法第78条)。なお、公益社団法人等への寄附で選択できる税額控除(租税特別措置法第41条の18の3)の対象には、公益信託は掲げられていません。
    • 現物の寄附:個人が現物を寄附した際のみなし譲渡所得税は、国税庁長官の承認を受けたときは非課税になります(租税特別措置法第40条)。
    • 法人の寄附:法人が公益信託に寄附したときは、一般の寄附金とは別枠で損金算入が可能です(法人税法第37条第5項)。
    • 信託財産の所得:信託財産に生じる所得は非課税とされ、利子・配当等に係る源泉所得税も非課税です。

    また、相続や遺贈で取得した財産を、相続税の申告期限までに公益信託の信託財産とするために支出した場合には、その財産を相続税の課税対象としない特例があります(国税庁タックスアンサーNo.4141)。

    旧制度では、税制上の優遇を受けるには「特定公益信託」などとして別途の証明や認定を受ける必要がありました。新制度で認可と税制が一体になったことは、オーナーにとって分かりやすさの面でも大きな変化です。ただし、現物の寄附に係る承認の要件や手続の細部は、公益法人への寄附の場合と同様に個別の確認が欠かせません。

    どちらを選ぶか:4つの判断軸

    財団と公益信託のどちらが適しているかは、次の4つの軸で考えると整理しやすくなります。

    1. 活動の形:自ら事業を運営したいか(財団向き)、助成・奨学金のように資金を届けることが中心か(公益信託も選択肢)。
    2. 運営の担い手:理事・評議員を集めて組織を運営し続けられるか。家族や後継者に運営を担ってもらう前提があるか。
    3. 規模と期間:財産の規模が組織を維持する費用に見合うか。一定期間で財産を使い切る計画か、長く続ける計画か。
    4. 家族の関わり方:家族が理事などとして関わり続けたいか、受託者と信託管理人に任せて距離を置きたいか。

    たとえば、「亡くなった後に、母校の学生に奨学金を出し続けたい」という想いであれば、遺言で公益信託を設定する方法は、組織をつくらずに想いを形にする有力な候補になります。一方、「地域で子どもの居場所を運営し、職員を雇って活動を広げたい」という想いであれば、財団の方が適しているでしょう。

    公益信託を検討するときの確認事項

    公益信託を選ぶ場合は、次の点を早い段階で確認しておくことが大切です。

    • 受託者を誰にするか:認可の審査では、受託者の経理的基礎と技術的能力が問われます。受託者の範囲は広がりましたが、長期にわたり適正に事務を行える体制があるかを見極める必要があります。
    • 信託管理人を誰にするか:受託者を監督する役割であり、公益信託の存続期間を通じて安定的に監督できる仕組みが求められます。
    • 報酬と費用:受託者などへの報酬は、不当に高額とならない支払基準を定める必要があります。信託財産の規模に対して費用が過大にならないかを試算しておきます。
    • 遺言で設定する場合:本人の死亡後に受託者の引受けと行政庁の認可が必要になります。生前に受託者候補と内容をすり合わせておかないと、想いが実現しないおそれがあります。
    • 財産は戻らない:設定後は委託者に財産が戻ることはなく、終了時も類似の目的の公益信託や公益法人等に帰属します。家族の生活資金や遺留分を先に確保しておくことが前提です。

    遺言で社会に財産を遺す方法全般については、関連記事「遺贈寄附とは何か」で整理しています。

    AEGISの視点

    これまで、まとまった財産で社会貢献を続けたいオーナーにとって、現実的な選択肢はほぼ財団に限られていました。新しい公益信託制度は、そこに「組織をつくらない」という選択肢を加えたものです。

    AEGISは、器の選択を「どちらが有利か」ではなく、「想いを続けるために、誰が、どのような負担を引き受けるか」の問題として考えています。財団は、理事や評議員を担う人がいて初めて続きます。公益信託は、受託者と信託管理人に恵まれて初めて続きます。どちらにしても、器を選ぶ前に「10年後、20年後に誰がこの活動を支えているか」を描くことが出発点です。

    また、両者は排他的ではありません。まず公益信託で助成から始め、活動の広がりに応じて財団の設立を検討する。財団の活動の一部を、目的を限定した公益信託で支える。事業承継や相続の設計と重ねながら、こうした組み合わせを考えられることも、新制度がもたらした可能性だとAEGISは考えています。

    財団という器の全体像は、関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。売却資金などの大口資金を社会貢献に生かす方法は「会社売却で得た資金を社会貢献に生かす方法」で比較しています。

    寄附税制や財産評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益信託は、委託者が受託者に財産を託し、公益事務のために管理・活用してもらう仕組みで、信託管理人が受託者を監督します。
    • 令和8年4月1日から新制度が施行され、行政庁の認可制への移行、受託者や信託できる財産の範囲の拡大、公益法人制度と整合した基準の導入が行われました。
    • 認可を受けた公益信託には、寄附金控除、現物寄附のみなし譲渡の非課税(国税庁長官の承認が必要)、法人寄附の別枠損金算入などの税制が適用されます。
    • 財団は「組織として活動を育てる器」、公益信託は「目的を定めて財産を託す器」であり、活動の形・担い手・規模・家族の関わり方から選びます。
    • 具体的な適用可否や手続は、個別の事情と最新の制度によって異なります。

    よくある質問

    Q. 公益信託は、どのくらいの財産から設定できますか?

    法令上、一律の最低額が定められているわけではありません。ただし、受託者や信託管理人への報酬、事務の費用がかかるため、財産の規模に対して費用が過大にならないかを試算することが大切です。受託者候補と早めに相談し、運営の見通しを確認しておくと安心です。

    Q. 個人が受託者になることはできますか?

    内閣府の資料では、信託会社のほか、公益法人やNPO法人などの法人、個人も受託者として想定されています。ただし、認可の審査では経理的基礎と技術的能力が問われ、欠格事由も定められています。長期にわたる事務を担えるかという観点で、慎重に選ぶ必要があります。

    Q. 公益信託で、不動産や自社株を信託できますか?

    新制度では、金銭に加えて株式や不動産なども信託できるとされています。ただし、その財産を公益事務にどう活用するのか、受託者が適切に管理できるのかが問われます。現物の寄附に係るみなし譲渡の非課税には国税庁長官の承認が必要で、要件を個別に確認する必要があります。

    Q. 既存の財団を、公益信託に切り替えることはできますか?

    財団は法人であり、公益信託は信託であるため、仕組みが異なります。財団の財産を公益信託に移すような組み替えは、財団の目的・残余財産の定め・税務への影響を慎重に確認する必要があります。現実には、既存の財団を維持しつつ、新たな目的に公益信託を併用する方法の方が検討しやすいでしょう。

    Q. 旧制度で設定された公益信託はどうなりますか?

    旧制度の公益信託は、新制度の施行日から2年間の移行期間内に移行の認可を受けることで、新制度の公益信託として続けることができます。令和10年3月31日までに移行の認可を申請しない場合は、同日に旧制度の公益信託として終了するとされています。

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    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団の活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・財団の運営・税務・実行後の管理を整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れた承継の形を比較・検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版