カテゴリー: 法改正・制度改正

変更内容と施行時期、影響する方、検討すべき対応を整理します。

  • 公益法人のガバナンス改正で理事会はどう変わったか|外部理事・外部監事、理事と監事の親族関係、情報開示の拡充とオーナー一族の関わり方

    公益法人のガバナンス改正で理事会はどう変わったか|外部理事・外部監事、理事と監事の親族関係、情報開示の拡充とオーナー一族の関わり方

    令和6年に成立した公益法人認定法の改正(令和7年4月1日施行)で、公益社団法人・公益財団法人の運営体制に新しいルールが加わりました。財務規律が柔軟になった一方で、その裏側として「自律的なガバナンスの充実」と「透明性の向上」が求められるようになっています。

    結論として、公益法人に求められるようになった主な事項は次のとおりです。

    • 外部理事を1人以上置くこと(収益と費用・損失がいずれも3,000万円未満の小規模法人を除く)
    • 外部監事を1人以上置くこと(小規模法人の適用除外はなし)
    • 理事と監事の間に、親族関係などの特別利害関係がないこと
    • 会計監査人の設置が必要な法人の範囲の拡大(収益・費用損失は100億円以上、負債は50億円以上のいずれか)
    • 財産目録などの行政庁での公表、役員ごとの報酬額や2,000万円を超える報酬の理由など、情報開示の拡充

    オーナーやその家族が設立・運営に関わる公益財団法人では、「親子で理事と監事を務める」「設立者が理事長として長く運営する」といった体制が見直しの対象になりえます。この記事では、改正の内容と、一族が関与する法人で確認したい点を整理します。

    なぜガバナンスの規律が強化されたのか

    改正の柱は、①財務規律の柔軟化・明確化、②行政手続の簡素化・合理化、③自律的なガバナンスの充実と透明性の向上、の3つです。収支相償の見直しなどで法人の裁量が広がった分、法人が自ら規律を保ち、外部に説明できる体制を持つことが求められるようになりました。

    改正法では、公益法人の一般的な責務として、公益目的事業の質の向上を図るため、運営体制の充実と、財務情報の開示など運営の透明性の向上に努めることが明記されました(公益法人認定法3条の2)。これ自体は努力義務ですが、以下の具体的なルールの背景になっています。

    財務規律の改正については、関連記事「公益法人の財務規律をオーナー目線で読む」で解説しています。

    改正前と改正後の比較

    内閣府の説明資料と認定法の条文をもとに、AEGISで主な変更点を整理すると次のとおりです。

    項目改正前改正後(令和7年4月1日施行)
    理事・監事の親族等の割合各理事・各監事で、特別利害関係者が3分の1を超えないこと同左(継続)
    外部理事定めなし1人以上(小規模法人は適用除外)
    外部監事定めなし1人以上(適用除外なし)
    理事と監事の関係定めなし理事と監事の間に特別利害関係がないこと
    会計監査人の設置収益・費用損失1,000億円以上または負債50億円以上収益・費用損失100億円以上または負債50億円以上
    財産目録等請求があれば行政庁・法人で閲覧行政庁で公表(範囲も拡大)
    役員報酬の開示報酬規程と総額理事・監事等ごとの総額、2,000万円超の報酬の額と必要性を追加
    事業報告一般法人法上の記載事項公益目的事業の実施状況、運営体制充実の取組を追加

    外部理事・外部監事

    外部理事の要件

    外部理事は、理事会の運営が内輪の者だけで行われ、法人が私物化されることを防ぐために導入されました(認定法5条15号)。次のすべてを満たす人が外部理事に当たります。

    • その法人や子法人の業務執行理事・使用人でない
    • 就任前10年間、その法人や子法人の業務執行理事・使用人でなかった
    • 公益社団法人では社員でない(社員が法人なら、その役員・使用人でない)
    • 公益財団法人では設立者でない(設立者が法人なら、その法人や子法人の役員・使用人でない)

    ここで重要なのは、代表理事は業務執行理事に当たるため、外部理事にはなれないという点です。外部理事として選任した人が、のちに代表理事や業務執行理事として業務を執行すると、外部理事の要件を欠くことになります。

    適用除外は、最終事業年度の収益の額と費用・損失の額がいずれも3,000万円未満の法人です(認定法施行令7条)。事業の拡大で基準を超えると見込まれる場合は、あらかじめ外部理事を選任しておくことが望まれます。

    外部監事の要件

    外部監事は、就任前10年間その法人や子法人の理事・使用人でなかった人などで、社団では社員、財団では設立者に関する要件も同様に定められています(認定法5条16号)。外部理事と異なり、小規模法人の適用除外はありません。監事が2人以上いる場合は、そのうち1人以上が外部監事であれば足ります。

    経過措置

    外部理事・外部監事の規定は、改正法の施行日に在任していたすべての理事(監事)の任期が満了する日の翌日から適用されます。すでに改選期を迎えた法人では、適用が始まっている可能性があります。準備を進めても人材の確保が間に合わない場合の行政庁の対応についてはガイドラインで考え方が示されていますが、早めの対応が望まれます。

    理事と監事の特別利害関係の排除

    改正前から、各理事について、特別利害関係にある理事の合計数が理事総数の3分の1を超えないこと(監事も同様)が求められていました(認定法5条10号)。改正で、これに加えて各理事が監事と特別利害関係を有しないことが求められるようになりました(同条12号)。

    特別利害関係には、配偶者、三親等以内の親族、事実婚の関係、使用人、生計を一にする人などが含まれます。したがって、親子や夫婦が理事と監事に同時に就くことはできません。オーナーが理事長、その子が監事といった体制をとっている法人では、改選期に合わせて見直しが必要です。

    会計監査人の設置範囲の拡大

    会計監査人を置くことが必要な法人の基準が、最終事業年度の収益の額100億円以上、費用・損失の額100億円以上、負債の額50億円以上のいずれかに該当する場合へと引き下げられました(認定法5条13号、同法施行令6条)。会計監査人を設置すると、キャッシュ・フロー計算書の作成など、会計面の対応も変わります。オーナー家の財団で規模の大きいものは該当の有無を確認しておきたいところです。

    情報開示の拡充

    財産目録等の公表

    令和7年4月1日以降、行政庁に提出された財産目録等に当たる書類は、行政庁で公表されるようになりました。事業計画や事業報告の時点だけでなく、事業の変更時などに提出された書類も含まれます。

    役員報酬・海外送金

    事業報告時の開示として、理事・監事等ごとの報酬等の総額、報酬が2,000万円を超える役員についてその額と必要性、海外送金の有無とテロ資金供与などのリスク軽減策の有無が加わりました(令和6年度事業の事業報告から)。

    関連当事者との取引

    新しい公益法人会計基準では、注記の対象となる「関連当事者」の範囲が、特別の利益を与えてはならない法人関係者に合わせて広げられました。たとえば、法人の役員・評議員とその近親者が議決権の過半数を持つ会社も関連当事者に含まれます。オーナー一族の会社と財団の間に取引(賃貸借、業務委託、寄附の受入れなど)がある場合、一定の重要性を持つものは財務諸表への注記が必要になります。

    事業報告の記載事項

    令和8年4月以降に提出する事業報告(令和7年度分)から、公益目的事業の実施状況と、運営体制の充実を図るための取組の記載が必要になりました。内閣府の資料では、外部理事・監事にどのような人を選んだか、外部役員の役割を果たせるようどう情報提供したか、評議員の選任方法を工夫しているかといった記載例が示されています。

    オーナー一族が関与する財団で確認したいこと

    自社株や個人資産を拠出して公益財団法人を設立した場合、設立者や一族が理事・評議員として運営に関わることは自然なことです。改正後は、その関わり方を次の観点で点検しておくことをおすすめします。AEGISの整理は次のとおりです。

    確認項目確認の視点
    理事の構成一族と使用人などの特別利害関係者が理事総数の3分の1を超えていないか。外部理事が1人以上いるか
    監事の構成理事の親族等が監事になっていないか。外部監事が1人以上いるか
    代表理事外部理事を代表理事・業務執行理事にしていないか
    評議員会理事の選任・解任を担う評議員が、一族の影響だけで決まる仕組みになっていないか
    一族の会社との取引賃貸借・業務委託などの取引が関連当事者取引として把握され、条件の合理性を説明できるか
    役員報酬支給基準が定められ、個別の報酬額が開示されても説明できる水準か
    自社株の議決権財団が保有する自社株の議決権行使の方針が、理事会で説明可能な形になっているか

    財団が保有する株式の扱いや、非上場株式を寄附するときの論点は、関連記事「非上場株式を財団に寄附する前に決めること」で整理しています。

    なお、これらは公益認定の基準や公益法人の義務です。公益認定を受けていない一般財団法人には直接は適用されませんが、将来公益認定を申請する場合には満たす必要があります。認定申請の流れは、関連記事「公益認定を申請するときの流れと基準」で解説しています。

    AEGISの視点

    オーナーが設立した財団の運営では、「設立者の想いを守ること」と「法人として独立して運営されること」の両立が常にテーマになります。今回の改正は、後者を制度として求めるものです。

    AEGISは、外部理事・外部監事の導入を「一族の関与を減らすための規制」としてだけ捉える必要はないと考えています。財団が長く続くかどうかは、設立者の世代が退いた後も、理念を理解した人が適切に意思決定できるかどうかにかかっています。外部の視点を持つ役員は、助成先の選考や資産運用、自社株の議決権行使といった判断の説明力を高め、結果として設立者の想いを次の世代につなぐ支えになります。

    改正への対応を機に、理事会・評議員会・監事の役割分担、一族が担う役割と外部に委ねる役割、情報開示の方針を一度言葉にしておくことをおすすめします。財団の設計全体の考え方は、Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    財団に関する税務や承継の論点は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 令和7年4月施行の改正で、公益法人には外部理事・外部監事の設置、理事と監事の間の特別利害関係の排除、会計監査人の設置範囲の拡大が求められるようになりました。
    • 外部理事は小規模法人(収益と費用・損失がいずれも3,000万円未満)が適用除外ですが、外部監事に適用除外はありません。
    • 財産目録等の公表、役員ごとの報酬額や2,000万円超の報酬の理由、関連当事者取引の範囲拡大など、情報開示も拡充されています。
    • オーナー一族が関与する財団では、親子で理事と監事を務める体制や、一族の会社との取引の説明可能性を点検することが大切です。

    よくある質問

    Q. 設立者であるオーナーは、公益財団法人の外部理事になれますか?

    なれません。公益財団法人の外部理事には、設立者でないことが求められます。設立者が法人の場合も、その法人や子法人の役員・使用人は外部理事になれません。設立者が理事として関与すること自体は可能ですが、別に外部理事を選任する必要があります。

    Q. 親が理事長、子が監事という体制は続けられますか?

    理事と監事の間に特別利害関係がないことが求められるため、親子が理事と監事に同時に就くことはできません。施行日に在任していた理事・監事については経過措置があり、改選期に合わせて体制を見直すことになります。

    Q. 小規模な財団でも外部監事は必要ですか?

    必要です。外部理事には収益と費用・損失がいずれも3,000万円未満の法人の適用除外がありますが、外部監事には適用除外がありません。

    Q. 外部理事に代表理事をお願いすることはできますか?

    できません。代表理事は業務執行理事に当たり、外部理事は業務執行理事でないことが要件だからです。外部理事が業務執行理事となった場合は外部理事の要件を欠くため、他に要件を満たす理事がいなければ認定基準を満たさなくなります。

    Q. 公益認定を受けていない一般財団法人にも、これらのルールは適用されますか?

    外部理事・外部監事や理事と監事の特別利害関係の排除は、公益認定の基準として定められたものなので、一般財団法人には直接は適用されません。ただし、一般社団・財団法人法には、監事が理事や使用人を兼ねられないことなどの規律があり、将来公益認定を目指す場合は改正後の基準を満たす必要があります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    • 内閣府大臣官房公益法人行政担当室「新公益法人制度 ~『自律的なガバナンスの充実、透明性の向上』編~」
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府大臣官房公益法人行政担当室「新公益法人制度 説明資料」(R8.4.15版)
      確認日:2026-10-10
    • e-Gov法令検索「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」(3条の2、5条10号〜16号)
      https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000049/20260401_506AC0000000030
      確認日:2026-10-10
    • e-Gov法令検索「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律施行令」(6条、7条)
      https://laws.e-gov.go.jp/law/419CO0000000276/20260401_507CO0000000234
      確認日:2026-10-10

    書籍

    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会、P.153-161
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版、P.11-16
  • 株式の配当を社会貢献に回す公益信託|株式配当活用型の契約の組み立て、受託者と信託管理人、みなし譲渡非課税と議決権

    株式の配当を社会貢献に回す公益信託|株式配当活用型の契約の組み立て、受託者と信託管理人、みなし譲渡非課税と議決権

    保有している株式の配当を、毎年、奨学金や地域の活動への助成に充てる仕組みはつくれるのか。財団法人を設立しなくても、2026年(令和8年)4月1日に施行された新しい公益信託制度を使えば、その選択肢があります。

    内閣府は、令和8年5月に「公益信託における信託契約イメージ(株式配当活用型公益信託)」を公表しました。上場株式と金銭を信託し、株式の配当金などで奨学金を給付する公益信託を想定した契約の例です。

    結論として押さえておきたいのは次の4点です。

    • 株式を信託財産にでき、配当を公益事務(奨学金の給付など)に充てる設計が可能です。
    • 個人が値上がりした株式を拠出すると、原則としてみなし譲渡所得が課税されますが、国税庁長官の承認(承認特例など)を受ければ非課税にできます。
    • 公益信託の信託財産として、他の会社の議決権の過半数を有する株式は保有できないのが原則で、自社株を使う場合は経営権との関係を先に整理する必要があります。
    • 信託した財産は委託者に戻らず、終了時の残余財産も公益目的の先に帰属します。

    この記事では、内閣府の契約イメージに沿って、株式配当活用型の公益信託をどう組み立てるかを整理します。

    株式配当活用型公益信託とは

    公益信託は、委託者が契約や遺言で受託者に財産を託し、受託者がその財産を使って公益事務を行う仕組みです。特定の受益者がいないため、受託者を監督する信託管理人を置くことが必須とされ、行政庁の認可を受けて効力が生じます。

    株式配当活用型は、その中でも次のような形を想定したものです(内閣府の契約イメージの想定ケース)。

    • 委託者が、上場株式と金銭を受託者に信託する
    • 株式は売却せずに保有し、配当金は預金などで運用する
    • 配当金と金銭を、奨学金の給付などの公益事務に充てる
    • 奨学生の選考のため、合議制の機関として「選考委員会」を置く
    • 当初と同じ株式の追加信託や、第三者からの金銭の寄附も受け入れられる

    元本である株式を取り崩さず、その果実である配当を毎年の活動資金にするという点で、「基金」を持つ財団に近い発想を、法人をつくらずに実現する方法といえます。公益信託と財団の違い全般については、親記事「公益信託の新制度と財団の違い」で解説しています。

    新しい制度で株式の信託が現実的になった

    旧制度の公益信託は、主務官庁の許可制のもとで、信託財産は事実上金銭に限られ、受託者も信託銀行などが中心でした。新しい公益信託法(令和6年法律第30号)では、次の点が変わりました。

    • 信託財産として、金銭のほか株式や不動産なども受け入れられるようになった
    • 受託者として、信託会社のほか公益法人、NPO法人などが想定されるようになった
    • 主務官庁の許可から、行政庁(内閣総理大臣または都道府県知事)の認可に一本化された
    • 令和6年度税制改正により、認可を受けた公益信託には、公益法人とおおむね同等の税制優遇が適用されるようになった

    なお、旧制度で設定された公益信託は、施行日から2年間の移行期間内(令和10年3月31日まで)に移行認可を申請することで、新制度の公益信託となることができます。

    契約の組み立て:何をどこに書くか

    内閣府の契約イメージは、条項ごとに「必要的記載事項(定めがないと認可されないもの)」「相対的記載事項(予定がある場合に定めが必要なもの)」「任意的記載事項」を区別しています。株式配当活用型で特に検討したい項目を、AEGISで整理すると次のとおりです。

    契約で決めること主な内容株式型で考えたいポイント
    目的と公益事務何のために、どの地域で、どのような事務を行うか配当水準で継続できる規模の事務にする
    信託財産の受入れ当初信託財産、追加信託、第三者からの寄附どの株式を何株、金銭をいくら入れるか
    株式・金銭の管理と運用振替口座での管理、金銭の運用方法、増資への対応原則として株式を売却しないのか、買換えを認めるのか
    議決権・株主権の行使誰が、どの手続で行使するか信託管理人の同意、内部規程、助言の受け方
    基金みなし譲渡非課税(承認特例)用の区分管理基金規程と基金明細書の作成体制
    合議制の機関選考委員会の構成・権限委託者や受託者の親族等の比率
    信託報酬受託者・信託管理人の報酬基準配当収入とのバランス
    終了事由と残余財産目的達成・不達成のほか、株式に関する事由連続無配や株価下落時の扱い

    契約イメージでは、終了事由として通常の目的達成・不達成に加え、「一定期間連続して無配当となった場合」や「株価が一定額を下回った場合」といった株式特有の事由を加える例が示されています。配当に依存する仕組みである以上、配当が出なくなったときにどうするかを最初に決めておくことが重要です。

    受託者と信託管理人の役割

    受託者

    受託者は信託財産の名義人となり、株式の管理、配当の受領、奨学金の給付などの公益信託事務を行います。行政庁は、受託者が公益信託事務を適正に処理するために必要な経理的基礎と技術的能力を持っているかを審査します。受託者には善管注意義務、忠実義務、分別管理義務などが課され、受託者が法人の場合は理事等も一定の場合に責任を負います。

    契約イメージでは、受託者として一般社団法人を想定しています。委託者自身が設立した法人を受託者にする設計も考えられますが、後述するみなし譲渡非課税の承認特例では、寄附者が受託者の理事等やその親族等でないことが要件の一つになっている点に注意が必要です。

    信託管理人

    信託管理人は、委託者・受託者から独立した立場で受託者を監督します。委託者や受託者の親族等は信託管理人になれません。事業計画や財務諸表の承認、受託者の選任・解任への関与、利益相反行為の承認などの権限を持ちます。

    株式配当活用型の契約イメージでは、議決権の行使、増資への払込み、基金への組入れなど、株式に関わる重要な判断の多くに信託管理人の同意を要する形になっています。誰に信託管理人を依頼するかは、仕組み全体の信頼性を左右します。

    現物拠出のみなし譲渡所得の非課税

    個人が株式などの現物を公益信託に拠出すると、原則として、取得時から拠出時までの値上がり益に所得税が課税されます(みなし譲渡所得)。ただし、一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けると、この所得税は非課税になります(租税特別措置法40条1項後段)。制度には「一般特例」と「承認特例」があり、株式配当活用型の契約イメージは承認特例の利用を前提にしています。

    承認特例の主な要件は次のとおりです(内閣府の契約イメージ・手引き)。

    • 寄附者が、受託者・信託管理人(法人の場合はその理事等を含む)やその親族等に該当しないこと
    • 寄附財産を、行政庁の証明を受けた「基金」で、他の経理と区分して管理すること
    • 寄附の受入れと基金での管理について、合議制の機関の決定または信託管理人の同意があること
    • 基金明細書を、毎信託事務年度終了後3か月以内に行政庁へ提出し、5年間保存すること

    手続面では、承認申請書を寄附の日から4か月以内または寄附した年分の確定申告期限のいずれか早い日までに、所轄税務署長を経由して国税庁長官に提出します(国税庁 No.3108)。承認特例では、株式などの場合、申請から3か月以内に承認・不承認の判断がなければ承認があったものとみなされる仕組みがあります。

    注意したいのは、承認後の管理です。承認特例を受けた株式を売却する場合は、売却による収入金額の全部で買換えを行う必要があり、合議制の機関の決定または信託管理人の同意も必要です。公益信託の認可が取り消された場合などには、非課税承認が取り消され、寄附者または受託者に課税されることがあります。また、承認特例には財務省令で定める要件もあるため、自社株のような非上場株式を拠出する場合は、要件の当てはめを個別に確認する必要があります。

    財団などへの寄附を含む措置法40条の制度全体は、関連記事「財団に土地や株式を寄附したときの譲渡所得の非課税」で整理しています。

    寄附金控除・信託財産の非課税

    認可を受けた公益信託では、個人が拠出した場合の寄附金控除(所得控除)、法人が拠出した場合の別枠の損金算入、信託財産に生じる所得の非課税(利子・配当などの源泉所得税を含む)といった税制優遇があります。配当を受け取るたびに源泉所得税が差し引かれないことは、配当を原資とする仕組みにとって実務上の意味があります。具体的な控除額は、寄附者の所得や寄附額によって異なります。

    議決権と自社株の扱い

    過半数の議決権を持つ株式は保有できない

    公益信託法8条12号は、信託財産に他の団体の意思決定に関与することができる株式などが属しないことを認可の基準としています。公益信託認可等ガイドラインでは、議決権の過半数を有する株式を信託財産として保有することはできないとされ、無議決権株式は規制の対象外と整理されています。株式を通じて営利企業の事業を実質的に支配することを防ぐための規律です。

    議決権は「公益信託の目的」に沿って行使する

    信託財産に属する株式の議決権は、株主である受託者が行使します。受託者は信託の本旨に従う義務があるため、議決権も公益信託の目的を踏まえて行使する必要があります。契約イメージの解説では、受託者が信託行為や内部規程に基づいて行使する方法、委託者や外部の助言をもとに受託者が判断する方法、議決権行使を委託する方法が挙げられ、信託行為で手続を定めることが適切とされています。

    自社株を公益信託に入れる場合、オーナー一族の経営権を維持するための手段として議決権を使う設計は、制度の趣旨と合いません。議決権の過半数に届かない範囲であっても、受託者がどのような方針で議決権を行使するかを、契約や内部規程で明確にしておくことが大切です。財団が保有する自社株の議決権の考え方は、関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」も参考になります。

    配当の変動にどう備えるか

    配当は会社の業績や配当方針によって変動します。公益信託には、中期的(5年)な収支の均衡、公益事務の割合(費用ベースで70%以上)、使途の定まっていない財産の保有制限といった財務の規律もあります。配当が多い年に使い切れない、少ない年に給付が足りないということが起きないよう、次の点を設計段階で考えておきます。

    • 配当の過去の推移と、減配・無配の可能性
    • 毎年の給付額を固定するのか、配当に連動させるのか
    • 金銭をあわせて信託し、配当の変動を吸収する余地を持たせるか
    • 連続無配や株価下落を終了事由にする場合、その水準をどう決めるか

    株式の配当を原資とする活動資金の考え方は、関連記事「株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか」でも整理しています。

    AEGISの視点

    株式の配当を社会貢献に回す仕組みは、オーナーにとって「資産を手放さずに貢献し続ける」方法に見えるかもしれません。しかし公益信託では、信託した株式は委託者の手を離れ、受託者が公益目的のために管理し、残余財産も委託者や相続人には戻りません。AEGISは、この「手放す」という性質を受け入れられるかどうかが、最初の判断になると考えています。

    そのうえで、株式配当活用型の公益信託は、財団法人を設立・運営するほどの規模や体制は必要ないが、長く続く支援をしたいという方にとって、有力な器になりえます。特に、上場株式や一部の自社株を使い、議決権の過半数とは切り離して社会貢献の原資にする場合、事業承継と社会貢献を一つの設計として考える余地が生まれます。

    検討の順番としては、①何を支援したいのか、②どの株式をどれだけ手放せるのか、③経営権や家族への配分との関係、④受託者と信託管理人を誰に依頼するか、⑤税務上の承認手続、の順に整理すると、判断がぶれにくくなります。財団関連の税務や承継の論点は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 新しい公益信託制度(2026年4月施行)では、株式を信託し、その配当を奨学金などの公益事務に充てる「株式配当活用型」の設計が可能です。
    • 内閣府の契約イメージでは、株式の管理、議決権行使、基金、選考委員会、株式特有の終了事由などの定め方が示されています。
    • 個人が株式を拠出する場合、承認特例などで国税庁長官の承認を受ければ、みなし譲渡所得を非課税にできます。承認後の売却には買換えなどの要件があります。
    • 議決権の過半数を有する株式は信託財産にできず、議決権は公益信託の目的に沿って行使する必要があります。
    • 信託した財産は委託者に戻らないため、手放せる株式の範囲と経営権・家族への配分を先に整理することが大切です。

    よくある質問

    Q. 非上場の自社株を公益信託に入れることはできますか?

    新制度では株式を信託財産にできます。ただし、議決権の過半数を有する株式は保有できず、議決権は公益信託の目的に沿って行使する必要があります。また、みなし譲渡所得の非課税を受けるには要件を満たして承認を受ける必要があり、非上場株式の場合は配当の安定性や評価も含めて個別に検討が必要です。

    Q. 委託者が受託者や信託管理人になることはできますか?

    信託管理人は委託者・受託者から独立している必要があり、委託者やその親族等はなれません。受託者については、承認特例を使う場合、寄附者が受託者(法人の場合はその理事等を含む)やその親族等でないことが要件の一つです。

    Q. 配当が出なくなったら、公益信託はどうなりますか?

    契約で定めた終了事由によります。内閣府の契約イメージでは、一定期間連続して無配となった場合などを終了事由に加える例が示されています。終了すると清算手続に入り、残余財産は契約で定めた公益目的の帰属先に移ります。

    Q. 株式を売却して別の銘柄に買い換えることはできますか?

    契約で株式の売却や取得について定めることは可能です。ただし、承認特例を受けた株式を売却する場合は、売却収入の全額で買換えを行い、合議制の機関の決定または信託管理人の同意を得る必要があります。

    Q. 遺言で株式配当活用型の公益信託を設定できますか?

    公益信託は契約のほか遺言によって設定することもできます。遺言による場合は、受託者の引受けや認可の手続を相続開始後に進めることになるため、受託者候補との事前の調整が重要になります。

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    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団の活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・運営・税務・実行後の管理を整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れる場合の承継方法を比較します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    • 内閣府「公益信託における信託契約イメージ(株式配当活用型公益信託)」(令和8年5月公表)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府公益法人行政担当室「新しい公益信託制度について」(令和8年5月版)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府公益認定等委員会・公益法人行政担当室「公益信託認可等に関する運用について(公益信託認可等ガイドライン)」(令和7年12月)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府/都道府県「公益信託に対する個人からの現物資産拠出のみなし譲渡所得税非課税承認~証明申請等の手引き~」(令和8年6月15日現在)
      https://www.koeki-info.go.jp/
      確認日:2026-10-10
    • e-Gov法令検索「公益信託に関する法律」(8条)
      https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000030/20260401_000000000000000
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁 タックスアンサー No.3108「国や地方公共団体又は公益を目的とする事業を行う法人等に財産を寄附したとき」(令和8年4月1日現在法令等)
      https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3108.htm
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁「公益信託に財産を拠出した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」
      https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0025012-037.pdf
      確認日:2026-10-10(内閣府の手引きに記載のURL)

    書籍

    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会、P.302-307(旧制度の公益信託と見直しの経緯)
  • 極めて高い所得に対する課税の強化で何が変わるか|令和9年分からの基準所得金額・特別控除額・税率と、株式・不動産の大型売却の考え方

    極めて高い所得に対する課税の強化で何が変わるか|令和9年分からの基準所得金額・特別控除額・税率と、株式・不動産の大型売却の考え方

    所得が非常に高い人の税負担率が、かえって下がってしまう――いわゆる「1億円の壁」への対応として、令和5年度税制改正で「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」(法令上の名称は「特定の基準所得金額の課税の特例」)が設けられ、令和7年分から適用されています。

    令和8年度税制改正では、この措置が強化されました。結論は次のとおりです。

    • 特別控除額が3億3,000万円から1億6,500万円に引き下げられる
    • 税率が22.5%から30%に引き上げられる
    • 改正後の内容は令和9年(2027年)分以後の所得税に適用され、令和8年分以前は従前どおり

    この措置で追加の負担が生じるのは、株式や土地建物の売却益など、税率が一律の分離課税の所得が大きい年です。会社の株式や大型の不動産を売却する予定があるオーナーは、売却の年や分け方によって税負担が変わり得るため、仕組みを理解したうえで計画を立てることが大切です。

    制度の仕組み

    なぜこの措置があるのか

    日本の所得税は、給与や事業所得などに累進税率(最高45%)を適用する一方、上場株式等の譲渡益や配当、土地建物の譲渡益などは、所得の額にかかわらず一律の税率(所得税15%など)で分離課税されます。所得が非常に高い人ほど、こうした分離課税の所得の割合が大きくなるため、所得税の負担率が下がる傾向があります。令和8年度改正の解説(『改正税法のすべて(令和8年版)』)でも、所得が1億円を超えるような層で負担率が下がる「一億円の壁」が指摘されてきたことが、この措置の背景として説明されています。

    計算の流れ

    この措置は、通常の方法で計算した所得税とは別に、「最低限これだけは負担してもらう」という水準を計算し、通常の所得税がそれを下回る場合に、差額を追加で納める仕組みです。

    1. 基準所得金額を計算する(分離課税の所得も含めたその年の所得の合計)
    2. 基準所得金額から特別控除額を差し引き、税率を掛ける
    3. 2の金額が、通常の方法で計算した基準所得税額を上回る場合、その差額を所得税に加算する

    算式にすると、「(基準所得金額-特別控除額)×税率-基準所得税額」がプラスになった部分が追加の負担です。

    基準所得金額に含まれるもの・含まれないもの

    国税庁の説明では、基準所得金額は合計所得金額と似ていますが、次の点が異なります。

    • 含まれる:総所得金額、退職所得金額、山林所得金額、上場株式等の配当所得(申告分離課税を選んだもの)、土地建物等の長期・短期譲渡所得、一般株式等・上場株式等の譲渡所得等、先物取引に係る雑所得等
    • 確定申告不要制度を使わなかったものとして計算:申告不要を選べる配当や源泉徴収口座の譲渡益も含めて計算します
    • 特別控除の後の金額で計算:土地建物の譲渡では、居住用財産の3,000万円特別控除などの適用後の金額を使います
    • 損失の繰越控除の後の金額で計算
    • 含まれない:NISAなどの非課税となる所得や、源泉分離課税の対象となる所得

    なお、令和8年度改正では、暗号資産の譲渡に係る申告分離課税の創設に伴い、一定の暗号資産の譲渡所得等も基準所得金額に加えられています(施行は関係法律の施行日の属する年の翌年1月1日)。

    改正前と改正後の比較

    項目改正前(令和7年分・令和8年分)改正後(令和9年分以後)
    特別控除額3億3,000万円1億6,500万円
    税率22.5%30%
    計算式(基準所得金額-3億3,000万円)×22.5%-基準所得税額(基準所得金額-1億6,500万円)×30%-基準所得税額
    対象となる人の目安-改正の解説では、過去の課税実績に当てはめると、平均的には約6億円以上の所得がある人が対象になると見込まれている
    増収見込額(平年度)現行制度部分 1,130億円改正による増収 2,870億円(合計4,000億円)

    ※租税特別措置法第41条の19、令和8年度税制改正の大綱、『改正税法のすべて(令和8年版)』の解説をもとにAEGISが作成。

    確保された税収は、いわゆる教育無償化やガソリン・軽油の当分の間税率の廃止に係る財源に充てられるとされています。

    どのくらいの所得から影響が出るか

    影響が出る所得の水準は、所得の内訳によって大きく変わります。給与や事業所得が中心で、累進税率による所得税をすでに多く納めている人は、基準所得税額が大きいため、追加の負担は生じにくくなります。影響が大きいのは、その年の所得の大半が株式や土地建物の譲渡益である場合です。

    AEGISの単純な試算として、その年の所得が上場株式等や非上場株式の譲渡益(所得税15%)だけで、復興特別所得税を含めた基準所得税額を15.315%と置いた場合の、この措置による追加の所得税の目安は次のとおりです。

    譲渡益(基準所得金額)通常の所得税(15.315%)改正前の追加額改正後の追加額
    3億円約4,595万円なしなし
    5億円約7,658万円なし約2,393万円
    10億円約1億5,315万円なし約9,735万円
    20億円約3億630万円約6,945万円約2億4,420万円

    ※AEGISによる概算です。追加額に対する復興特別所得税、令和8年度改正で創設された防衛特別所得税、住民税、他の所得や控除は考慮していません。実際の税額は個別の計算が必要です。

    この前提では、改正前は約10億円を超えるあたりから追加の負担が生じていたのに対し、改正後は約3億4,000万円前後から追加の負担が生じる計算になります。株式や不動産の売却で数億円の譲渡益が見込まれる場合は、この措置の影響を前提に試算することが必要になります。

    株式・不動産の大型売却で考えたいこと

    売却の年をどう考えるか

    この措置は暦年ごとに計算されます。そのため、同じ年に複数の大きな譲渡が重なると、基準所得金額が膨らみ、追加の負担が大きくなります。たとえば、会社の株式の売却と、オーナー個人が持つ不動産の売却が同じ年に重なる計画であれば、どちらかの時期をずらせないかを検討する余地があります。

    また、改正後の内容は令和9年分から適用されるため、令和8年中に売却が完了するか、令和9年以後になるかで計算方法が異なります。ただし、売却の時期は、買い手の事情、価格、事業の状況など税金以外の要素で決まることが多く、税負担だけを理由に取引を急いだり遅らせたりすることは、かえって不利になることもあります。

    分割して売却する場合の注意点

    株式や不動産を複数年に分けて売却すれば、各年の基準所得金額は小さくなります。一方で、次の点に注意が必要です。

    • 分割すると、買い手にとって支配権の取得が段階的になり、価格や条件に影響することがある
    • 残りの部分の価格が将来下がるリスクを負う
    • 実態として一つの取引であるのに、形式だけ分けたと見られる契約は、税務上の説明が難しくなる

    分けることに経済的な合理性があるかを、取引条件とあわせて検討することが前提です。

    退職金や所有形態との関係

    会社の売却では、株式の対価と役員退職金を組み合わせる方法が検討されることがあります。ただし、退職所得金額も基準所得金額に含まれるため、退職金に振り替えれば必ずこの措置の影響を避けられるわけではありません。退職金の適正額や会社側の損金算入の要件も含めて、総合的に判断します。株式の対価と退職金の配分の考え方は、関連記事「会社売却と役員退職金の組み合わせ」で整理しています。

    不動産を個人で持つか、資産管理会社などの法人で持つかによっても、売却時の課税関係は変わります。法人が売却すれば、この措置ではなく法人税の対象になりますが、その後に利益を個人に配る段階での課税や、法人に移す段階の課税も考える必要があり、単純な比較はできません。

    申告で気をつけること

    国税庁の案内では、この措置の適用がある場合は確定申告不要制度を利用できず、すべての所得を記載した申告書を作成する必要があるとされています。また、基準所得金額が大きくなることで、合計所得金額を要件とする各種控除の適用に影響が出る場合もあります。売却の年は、申告の準備と納税資金の確保を早めに進めておくことが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 改正後の内容は令和9年分以後:令和8年分までは特別控除額3億3,000万円・税率22.5%で計算します。
    • 住民税は対象外:この措置は所得税の特例です。
    • 特別控除後の金額で計算:居住用財産の特別控除など、譲渡所得の特別控除を適用した後の金額が基準になります。
    • NISAの所得は含まれない:非課税口座内の譲渡益や配当は基準所得金額に含まれません。
    • 納税資金の確保:追加の負担は確定申告で納めるため、源泉徴収や特定口座の税額だけでは足りないことがあります。
    • 具体的な税額は個別計算:他の所得や控除、税額控除の有無によって結果は大きく変わります。

    AEGISの視点

    この改正は、「一部の超高所得者だけの話」と受け止められがちです。しかしAEGISは、事業や資産を一度に現金化する年には、普段は高所得ではないオーナーも対象になり得る点に注目しています。長年育てた会社の株式や、先代から受け継いだ土地を売る年は、一生に一度の高所得の年になることがあるからです。

    だからこそ、売却の計画では「売却価格」だけでなく、税引後にいくら残るか、それをどう使い、誰に引き継ぐかまでを一つの流れとして考えることが大切です。売却の時期や分け方を検討するときも、税負担の差だけでなく、買い手との関係、価格の変動リスク、売却後の資産の持ち方、そして将来の相続まで含めて判断する――その積み重ねが、オーナーとご家族にとって納得のいく出口につながるとAEGISは考えています。

    高所得者の所得税の全体像は関連記事「高所得者の所得税・住民税の全体像」で、不動産売却の税引後手取りの考え方は「不動産を売却したとき、税引後にいくら残るか」で解説しています。改正情報を自分の計画に引き寄せる考え方は「税制改正は自分の承継計画に関係するか」をご覧ください。

    資産税務や承継に関わる論点についてのAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置は、分離課税の所得を含めた基準所得金額から一定額を差し引いて税率を掛けた額が、通常の所得税を上回る場合に差額を追加で課税する仕組みです。
    • 令和8年度改正により、令和9年分以後は特別控除額が1億6,500万円、税率が30%になります。
    • 所得の大半が株式や土地建物の譲渡益である場合、改正後は単純計算で約3億4,000万円前後から追加の負担が生じ得ます。
    • 大型売却の年や分け方、退職金や所有形態の選択は、税負担だけでなく取引条件や将来の承継まで含めて判断します。
    • 退職所得も基準所得金額に含まれ、申告不要制度は使えないなど、申告面の注意点もあります。

    よくある質問

    Q. 改正後の内容はいつから適用されますか?

    令和9年(2027年)分以後の所得税に適用されます。令和8年分以前の所得税は、改正前の特別控除額3億3,000万円・税率22.5%で計算します。

    Q. 給与所得が高い人も対象になりますか?

    基準所得金額には給与所得も含まれますが、給与所得には累進税率が適用されるため、通常の所得税(基準所得税額)がすでに大きくなっています。そのため、所得の大半が給与である場合は、追加の負担は生じにくいと考えられます。影響が大きいのは、株式や土地建物の譲渡益など、一律の税率で課税される所得が大きい年です。

    Q. 不動産を売って3,000万円の特別控除を使った場合はどうなりますか?

    国税庁の説明では、土地建物等の譲渡所得は、特別控除に関する規定を適用した後の金額で基準所得金額を計算します。居住用財産の3,000万円特別控除などを適用した後の譲渡所得が基準になります。

    Q. 住民税にも追加の負担がありますか?

    この措置は所得税の特例であり、住民税に同様の仕組みはありません。ただし、株式や土地建物の譲渡益には通常どおり住民税がかかります。

    Q. 売却を令和8年中に済ませたほうがよいですか?

    令和8年分までは改正前の計算方法が適用されるため、計算上の負担が軽くなる場合はあります。しかし、売却の時期は価格、買い手の条件、事業の状況など、税金以外の要素の影響が大きいものです。税負担の差を試算したうえで、取引全体として有利かどうかを判断することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】(第4版)』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、第I部第1章
    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第2部第8章
  • 飲食料品の消費税率引下げで事業者は何に備えるか|価格表示・レジ・請求書・テイクアウト・申告と資金繰りの準備

    飲食料品の消費税率引下げで事業者は何に備えるか|価格表示・レジ・請求書・テイクアウト・申告と資金繰りの準備

    令和8年(2026年)9月15日、飲食料品の消費税率を令和9年(2027年)4月1日から令和11年(2029年)3月31日までの2年間、臨時的に1%(国税0.78%・地方消費税0.22%相当)に引き下げることを柱とする大綱が決定されました。国税庁も特設サイトで事業者向けのQ&Aやリーフレットを公表しています。

    ただし、この記事を作成した2026年10月10日時点で、引下げを定める法律の成立は確認できていません。国税庁のQ&Aも「法案が国会で可決・成立した場合」の内容として示されています。以下は大綱と国税庁資料に基づく「予定されている内容」であり、今後の国会審議で変わる可能性があります。

    そのうえで、事業者が今から準備しておきたいことを先に挙げると、次の5つです。

    1. 自社の売上がどの税率に当たるかを品目・提供方法ごとに洗い出す(飲食料品1%、外食・酒類10%など)
    2. レジ・受発注・請求書のシステムが1%の税率と、8%・1%の混在に対応できるかを確認する
    3. 価格表示(総額表示)をいつ、どう切り替えるかを決める
    4. 納付税額と還付の見通しを試算し、簡易課税・免税事業者の特例を使うかを判断する
    5. 資金繰り(中間申告、還付の時期、価格改定による売上の変化)を織り込む

    何が変わる予定か

    大綱によれば、引下げの対象は現在8%の軽減税率が適用されている飲食料品です。対象範囲そのものは変えず、税率だけを臨時的に下げる設計です。

    区分現在令和9年4月1日〜令和11年3月31日(予定)
    飲食料品(酒類を除く。テイクアウト・宅配を含む)8%1%
    外食(店内飲食)10%10%(変更なし)
    ケータリング・出張料理(有料老人ホーム等での提供を含む)10%10%(変更なし)
    酒類10%10%(変更なし)
    新聞(週2回以上発行・定期購読)8%8%(変更なし)
    医薬品・医薬部外品等10%10%(変更なし)

    ※大綱(令和8年9月15日)と国税庁「飲食料品に係る2年間の消費税率引下げに関するQ&A」(令和8年9月)をもとにAEGISが整理。法律の成立により確定します。

    あわせて、大綱では「就業者負担軽減支援金」という所得に応じた給付制度の導入も示されています。消費税率の引下げは、令和11年度の支援金の本格導入までの「つなぎ」と位置付けられています。

    価格表示:総額表示の義務は続く

    消費者に対する価格表示では、税込価格を表示する「総額表示」が義務付けられています。大綱では、引下げ期間中も税抜価格だけの表示や「+税」だけの表示は引き続き認められないとしています。

    一方で、夜間の値札の貼替えが間に合わない、商品パッケージに価格が印字されているといった事情に配慮し、総額表示にすぐ対応することが困難な事情がある場合に限り、誤認を防ぐ措置を講じたうえで、次の期間は本来とは異なる税率での税込価格を表示できる特例が示されています。

    • 令和9年4月1日〜5月31日、令和11年2月1日〜3月31日:8%に基づく税込価格の表示
    • 令和9年2月1日〜3月31日、令和11年4月1日〜5月31日:1%に基づく税込価格の表示

    つまり、切替えの前後に一定の猶予はあるものの、「どの時点で、どの売場・どのチャネルの表示を切り替えるか」の計画は必要です。店頭、チラシ、ECサイト、メニュー表、自動販売機など、価格が表示されている場所をすべて洗い出しておきます。

    レジ・請求書:1%と8%・10%の混在に備える

    レジと受発注システム

    税率が変わるのは飲食料品だけなので、同じ店舗の中で1%と10%(酒類や日用品)が混在します。レジの商品マスタの税率設定、税率ごとの集計、レシートの表示を変更できるかを、早めにシステム会社に確認します。大綱では、レジの改修やスマートレジへの移行を行う中小企業等への支援も示されています。

    国税庁のQ&Aでは、4月1日の0時から1時までの販売を、継続して適用している売上計上の基準により3月31日の売上げとして計上している場合は、8%を適用して差し支えないとされています。営業時間が日付をまたぐ店舗は、自社の計上基準を確認しておきましょう。

    請求書・インボイス

    1%の対象品目は軽減税率の対象品目のままなので、適格請求書(インボイス)には「軽減税率の対象品目である旨」を記載し、適用税率は1%、消費税額等は1%で計算します。8%の取引(3月31日以前の取引など)と1%の取引が同じ請求書に混在する場合は、請求書を分けるか、同じ請求書の中で区分して記載します。

    インボイス制度の経過措置の見直しとあわせて取引先との関係を見直す場合は、関連記事「インボイス経過措置の縮小と取引の見直し」も参考になります。

    経過措置:定期供給契約と通信販売

    契約変更が難しい取引に配慮して、次の取引は1%ではなく従来どおり8%とする経過措置が示されています。

    • 令和9年1月1日前に締結した定期供給契約に基づき、4月1日前に対価を受け取っている4月1日以後の飲食料品の譲渡(受け取った部分に限る)
    • 令和9年1月1日前に販売条件を提示し、4月1日前に申込みを受けた通信販売による4月1日以後の飲食料品の譲渡

    この経過措置は選択制ではありません。1%を前提とした契約や販売条件であることが確認できる場合などは、1%が適用されます。定期便や予約販売を扱う事業者は、令和9年1月前後の契約・販売条件の示し方を検討しておく必要があります。

    テイクアウトと店内飲食:税率差が9ポイントに広がる

    現在も、テイクアウトは8%、店内飲食は10%と税率が異なります。引下げ期間中は、これが1%と10%になり、差が大きく広がります。

    飲食店では、次の点を検討しておきたいところです。

    • 価格の設定方法:テイクアウトと店内飲食で税込価格を変えるのか、本体価格を調整して税込価格をそろえるのか
    • 意思確認のオペレーション:注文時に持ち帰りか店内かを確認する手順と、レシートの区分
    • 販売チャネルの見直し:テイクアウト・デリバリーの比重をどうするか

    大綱では、外食と中食・内食の税率差による影響を見極めたうえで、テイクアウト等の多角化の支援を講ずることも示されています。

    申告と納付税額:業態によって影響が逆になる

    消費税の納付税額は、原則として「売上げに係る消費税額-仕入れに係る消費税額」で計算します(一般課税)。税率が下がるのが売上げ側か仕入れ側かによって、影響は業態ごとに大きく異なります。

    業態の例売上げの税率主な仕入れの税率納付税額の方向性(一般課税の場合)
    食品スーパー・食料品店飲食料品1%食品1%、包材・光熱費・家賃等10%売上税額が大きく減り、還付になる可能性がある
    飲食店(店内飲食中心)10%食材1%、その他10%食材の仕入税額が減り、納付税額が増える方向
    食品メーカー・卸売飲食料品1%原材料1%、設備・資材等10%還付になる可能性がある
    農林漁業者農産物等1%資材・燃料等10%還付になる可能性がある(簡易課税・免税事業者では回収できない仕入税額が問題に)

    ※AEGISが方向性を整理したものです。実際の税額は取引の構成によって異なります。

    簡易課税・免税事業者の特例

    簡易課税制度を選んでいる事業者は、現行の仕組みのままだと、売上税額が少なくても一定の納付税額が生じ、還付も受けられません。そこで大綱では、次の特例が示されています。

    • 簡易課税の計算の特例:1%の飲食料品の売上げに対応する仕入控除税額を、業種区分にかかわらず、その売上税額と同額とする(2割特例・3割特例も同様)
    • 簡易課税をやめる特例:令和9年4月1日を含む課税期間中に不適用届出書を出せば、その課税期間から一般課税に移れる。簡易課税の2年間継続適用の要件は適用しない
    • 課税事業者になる特例:飲食料品の譲渡を行う免税事業者は、令和9年4月1日を含む課税期間中に課税事業者選択届出書を出せば、その課税期間から課税事業者になれる(その後原則2年間は課税事業者として申告が必要)

    還付を受けるために一般課税や課税事業者を選ぶと、帳簿・インボイスの管理負担が増え、一定期間は戻れないこともあります。「還付額」と「事務負担・継続期間」を比べて判断することが大切です。

    中間申告の特例

    消費税の中間申告は、原則として前年の納付税額をもとに計算するため、引下げで納付税額が減る事業者は中間納付が過大になります。大綱では、令和9年4月1日以後に開始する中間申告対象期間について、直前の課税期間の飲食料品の取引に1%を適用したものとして計算した税額で、仮決算による中間申告ができる特例が示されています(令和11年4月以後は逆に8%に戻した計算ができる特例)。

    資金繰りへの影響

    引下げは、事業者の資金の流れにも影響します。

    • 還付の時期:還付は申告をしてから受け取るため、還付になる事業者でも、それまでの期間は資金が先に出ていきます。課税期間の短縮の手続は現行制度どおり使えるとされています。
    • 価格改定:税込価格を下げれば売上高(税込)は減ります。本体価格を据え置くのか、税込価格を据え置くのかで、粗利と資金の残り方が変わります。
    • 在庫:3月31日以前に仕入れた飲食料品は、4月1日以後に販売しても仕入れの税率は8%です。仕入れと販売の税率がずれる時期の利益と納税を試算しておきます。
    • 終了時の戻り:令和11年4月には税率が戻る予定です。2年後の価格改定とシステム変更も、最初の計画に含めておきます。

    月次の資金繰り表に、中間申告・確定申告の時期と金額の見込みを入れておくと、税率の変更が資金に与える影響を早く把握できます。作り方は関連記事「資金繰り表の作り方」で解説しています。

    準備のスケジュール

    時期(予定)主な準備
    〜令和8年12月対象品目と税率の洗い出し、システム会社への確認、定期便・通販の販売条件の見直し、納付・還付の試算
    令和9年1月経過措置の基準日(1月1日)を踏まえた契約・販売条件の提示
    令和9年2〜3月価格表示の切替計画の実行、インボイス登録や届出の要否の最終判断
    令和9年4月1日引下げ開始(予定)。レジ・請求書の税率切替え
    令和9年4月以後中間申告の特例の要否判断、価格・販売チャネルの検証
    令和11年3月31日引下げ終了(予定)。4月からの税率の戻りへの対応

    ※法律の成立と、国税庁の最新のQ&A・様式を必ず確認してください。

    AEGISの視点

    税率の引下げは「税金が安くなる」ニュースとして受け止められがちです。しかし事業者にとっては、価格・システム・申告・資金繰りが同時に動く「経営のイベント」です。しかも2年後には元に戻る予定のため、切替えは実質的に2回あります。

    AEGISが特に重視しているのは、業態によって影響の向きが逆になるという点です。食料品を売る事業者は還付が生じる可能性がある一方、店内飲食が中心の飲食店は納付税額が増える方向に動きます。同業者のニュースや一般的な解説をそのまま自社に当てはめず、自社の売上と仕入れの税率構成から試算することが、判断の出発点になります。

    また、簡易課税や免税の特例を使うかどうかは、引下げ期間の2年間だけでなく、その後の申告方法や事務体制にまで影響します。税額の多寡だけで決めず、経理体制や取引先との関係を含めて判断することが大切だとAEGISは考えています。

    制度改正の情報を、大綱・法律・通達の段階ごとにどう読み分けるかは、関連記事「制度改正の情報はどう追い、いつ相談するか」で整理しています。改正情報を自社の計画に引き寄せて点検する考え方は「税制改正は自分の承継計画に関係するか」をご覧ください。

    まとめ

    • 大綱では、飲食料品の消費税率を令和9年4月1日から2年間、1%に引き下げる案が示されています。2026年10月10日時点で法律の成立は確認できていません。
    • 外食・酒類・ケータリングは10%のままで、テイクアウトと店内飲食の税率差は大きく広がります。
    • 総額表示の義務は続きます。切替前後の一定期間に限り、困難な事情がある場合の表示の特例が示されています。
    • 業態によって納付税額への影響は逆になります。簡易課税・免税事業者の特例、中間申告の特例を使うかを試算して判断します。
    • 価格改定・在庫・還付の時期・2年後の戻りを資金繰りに織り込み、準備のスケジュールを早めに立てることが大切です。

    よくある質問

    Q. 飲食料品の消費税率引下げは、もう決まったのですか?

    2026年9月15日に大綱が決定され、国税庁も特設サイトで事業者向けの資料を公表しています。ただし、この記事の作成時点(2026年10月10日)では法律の成立は確認できておらず、国税庁のQ&Aも法案の成立を前提とした内容として示されています。国会審議の結果を確認する必要があります。

    Q. 飲食店の店内飲食も1%になりますか?

    大綱と国税庁のQ&Aによれば、外食(店内飲食)は対象外で10%のままです。テイクアウトや宅配のように、現在8%の軽減税率が適用されている飲食料品の譲渡が1%の対象になります。

    Q. 免税事業者ですが、何か手続は必要ですか?

    免税事業者のままであれば、消費税の申告は不要です。ただし、仕入れにかかった消費税の還付を受けたい場合は課税事業者になる必要があります。大綱では、飲食料品の譲渡を行う免税事業者が、令和9年4月1日を含む課税期間中に届出をすれば、その課税期間から課税事業者になれる特例が示されています。その後原則2年間は課税事業者として申告が必要になる点も踏まえて判断します。

    Q. 簡易課税を選んでいる場合はどうなりますか?

    大綱では、1%の飲食料品の売上げに対応する仕入控除税額を、業種区分にかかわらず売上税額と同額とする特例が示されています。これにより、飲食料品の売上げ部分の納付税額は実質的に生じない計算になります。還付を受けたい場合は、一般課税に移る特例も示されています。

    Q. 3月中に仕入れて4月に売る商品の税率はどうなりますか?

    国税庁のQ&Aでは、3月31日以前の仕入れは、販売が4月1日以後であっても8%とされています。販売は1%になるため、切替時期の在庫については、仕入れと販売の税率差を踏まえて利益と納税を試算しておくと安心です。

    関連するAEGISのソリューション

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年(令和7年12月時点の法令に基づく)、Chapter 1 消費税

    その他参考資料

    • 自由民主党「飲食料品消費税率の臨時的な引き下げと就業者負担支援金導入に向けた大綱を決定」(2026年9月15日)
      https://www.jimin.jp/news/policy/214205.html
      確認日:2026-10-10
  • 相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか|評価差だけでなく借入れ・収益・売却・制度変更まで含めて試算する

    相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか|評価差だけでなく借入れ・収益・売却・制度変更まで含めて試算する

    結論からいうと、相続税評価額が購入価格より低い不動産を買っても、それだけで「得」になるとは限りません。相続税が下がる効果は、購入価格と評価額の差から生まれますが、その差は購入した瞬間から、物件の収益性、借入れの負担、将来の売却価格、そして制度の変更によって目減りしていきます。

    さらに、国税庁は2026年9月、課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する通達案を公表しました(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定、意見募集中で最終通達は未発遣)。相続の数年前に賃貸物件を買う対策は、前提そのものが変わろうとしています。

    この記事では、購入型の相続対策の損得を、評価の差だけでなく「家族の手元に最終的に何が残るか」で試算する考え方を整理します。

    なぜ「不動産を買うと相続税が下がる」といわれるのか

    相続税は、財産の「取得の時における時価」で計算するのが原則です(相続税法第22条)。国税庁は、その時価の具体的な評価方法を財産評価基本通達で定めています。

    現金は額面どおりに評価されますが、不動産は次のような仕組みで、購入価格より低く評価されることが多くなります。

    • 土地:路線価で評価します。路線価は地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(国税庁「令和8年分の路線価等について」)が、この記事を投稿する時点においては、都市部の路線価は時価の80%を大きく下回っています。
    • 建物:固定資産税評価額を基に評価します。一般に建築費や購入価格より低くなります。
    • 賃貸している場合:借家人の権利を考慮し、土地は「貸家建付地」、建物は「貸家」として、さらに評価が下がります(国税庁 タックスアンサーNo.4614)。

    たとえば現金1億円で賃貸物件を買うと、相続財産は「1億円の現金」から「評価額が1億円より低い不動産」に置き換わります。この差が、相続税の計算上の効果になります。

    評価差だけで判断すると見落とす4つのこと

    ここで注意したいのは、相続税の計算上の効果と、家族にとっての経済的な損得は別物だということです。評価差だけを見ていると、次の4つを見落とします。

    1. 時価が下がれば、効果は相殺される

    相続後に家族が実際に受け取るのは、評価額ではなく、その不動産の市場価値です。購入価格には仲介手数料や登記費用、不動産取得税などの取得費用がかかり、購入直後に売れば購入価格を下回ることが一般的です。建物は年数とともに価値が下がり、地域によっては土地の価格も下がります。

    相続税が数百万円軽くなっても、不動産の時価がそれ以上に下がれば、家族の手元に残る財産は減ってしまいます。

    2. 借入れは「負債が残る」ことでもある

    借入れで不動産を買うと、借入金は相続税の計算上、債務として差し引かれます。そのため「借入れで買うと効果が大きい」と説明されることがあります。しかし、借入れによる効果の本体は、あくまで不動産の評価が下がることにあり、借入れそのものが財産を増やすわけではありません。

    引き継いだ家族は、返済を続ける義務も引き継ぎます。金利が上がれば、返済額が増える可能性もあります。賃料収入で返済を賄えるかどうかが、損得を分ける大きな要素です。

    3. 収益が低い物件は、毎年の手取りを減らす

    賃貸物件は、賃料から管理費、修繕費、固定資産税、借入れの利息を差し引いた手取りで評価すべき資産です。空室が続く、修繕費がかさむといった物件は、相続税が軽くなっても毎年の資金を少しずつ失わせます。

    4. 売りたいときに売れるとは限らない

    相続後に納税や分割のために売却しようとしても、立地や築年数によっては買い手がつきにくく、想定より大きく値下げしなければならないことがあります。売却のしやすさ(流動性)は、購入時の利回り以上に重要な判断要素です。

    制度の変化:令和9年以後の評価見直しと「総則6項」

    貸付用不動産の評価見直し(通達案)

    国税庁が2026年9月18日に意見募集を始めた「貸付用不動産の評価について(案)」では、次の考え方が示されています。

    • 課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産は、課税時期の「通常の取引価額」に相当する金額で評価する
    • 取得価額がその時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費相当額」の、それぞれ80%で評価できる
    • 不動産特定共同事業などで小口化された不動産(いわゆる不動産小口化商品)は、別の方法で評価する
    • 令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用する

    背景として、国税庁は政府税制調査会の専門家会合(令和7年11月13日)で、相続開始前の駆け込み取得の事例では購入価格と通達評価額の乖離が中央値で3倍を超えていたことなどを示しています。

    案の段階であり、意見募集は2026年10月18日までで、最終的な通達はまだ定められていません。それでも、相続の5年以内に買った賃貸不動産は、評価が購入価格の8割程度まで戻る可能性があると考えておくのが現実的です。そうなると、評価差による効果は従来よりも大きく縮小します。

    制度の詳しい内容は、関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で解説しています。

    評価通達によらない評価(総則6項)

    財産評価基本通達には、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」は国税庁長官の指示を受けて評価する、という定めがあります(評価通達6項)。

    最高裁令和4年4月19日判決は、相続税の負担を減らすことを期待して借入れにより不動産を購入した事案で、評価通達による画一的な評価が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がある場合には、通達を上回る価額(この事案では鑑定評価額)で評価しても違法ではないと判断しました。この事案では、購入と借入れがなければ課税価格の合計が6億円を超えていたのに、申告では基礎控除によって相続税が0円とされていました。

    つまり、通達案の対象にならない場合でも、取得の経緯や目的によっては、通達どおりの評価が認められないことがあります。否認の判断枠組みについては、関連記事「評価を下げる対策が否認されるとき」で解説しています。

    損得を試算するときの考え方

    購入型の対策が本当に得かどうかは、次の項目を並べて試算すると見えてきます。

    試算の項目内容損得への影響
    A. 相続税の軽減額購入しない場合と購入した場合の相続税の差プラス
    B. 取得費用仲介手数料、登記費用、不動産取得税などマイナス
    C. 保有中の手取り賃料-管理費・修繕費・税金・利息プラスにもマイナスにもなる
    D. 時価の変動相続時点・売却時点の市場価値と購入価格の差プラスにもマイナスにもなる
    E. 売却時の税金とコスト譲渡所得課税、仲介手数料などマイナス
    F. 制度変更・否認のリスク評価見直し(通達案)、総則6項による評価Aを縮小・消失させる

    損得の判断は、「A+C+D」から「B+E」を差し引いた結果が、何もしなかった場合と比べてプラスかどうかで考えます。そのうえで、Fのリスクを踏まえて、Aがどの程度まで小さくなっても成り立つかを確かめます。

    ポイントは次のとおりです。

    • Aは最大値ではなく、縮んだ場合でも試算する:通達案が適用されると、5年以内取得の物件のAは大きく減ります。
    • Dは楽観せずに試算する:購入価格どおりに売れる前提を置かず、値下がりした場合も確認します。
    • Cは借入金利の上昇も想定する:返済額が増えても手取りがマイナスにならないかを確かめます。
    • 購入から相続までの期間を考える:期間が短いほど、評価見直しや否認のリスクが高まり、時価の下落を賃料収入で補う時間も短くなります。

    「相続対策として買ってよい不動産」の条件

    評価差による効果を前提にしない場合、相続対策として不動産を持つ意味があるのは、次のような場合です。

    • 相続税がなくても持ちたい物件である:収益性と立地から、投資として成り立つ
    • 引き継ぐ人と役割が決まっている:誰が相続し、どう運営するかが明確
    • 分けやすさや納税資金の計画と整合している:特定の相続人に偏らない、売却で納税資金を作れる
    • 購入の目的と経緯を説明できる:事業上・資産形成上の理由が記録に残っている

    相続対策は、不動産を「買う理由」ではなく、不動産を持つことの「副次的な効果」として位置づけるのが健全です。購入前に確認したいことは、関連記事「高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいこと」、所有地の活用を評価だけで判断しない考え方は「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」で解説しています。

    すでに購入した不動産がある場合

    過去に相続対策として不動産を購入している場合は、次の点を確認しておくとよいでしょう。

    • 取得時期が、相続等の時点から見て5年以内に入る可能性があるか(通達案の対象範囲)
    • 現在の収支と借入残高は健全か、売却した場合の手取りはいくらか
    • 購入の目的や経緯を示す資料(検討資料、事業計画、融資の稟議資料など)が残っているか

    また、すでに相続税の申告を終えている場合でも、不動産の評価に誤りがあったときは、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます(国税通則法第23条)。申告内容の点検については、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」を参照してください。

    AEGISの視点

    「不動産を買えば相続税が下がる」という説明は、計算の一部だけを切り取ったものです。AEGISは、購入型の相続対策を「相続税の計算」ではなく「家族の財産の総額と質」で評価すべきものと考えています。

    相続税が軽くなっても、不動産の時価が下がり、借入れの返済に追われ、売りたいときに売れなければ、家族の手元に残るものは減ります。逆に、収益力と流動性のある不動産を、引き継ぐ人と役割を決めて持つことは、相続税の効果がなくても家族にとって価値があります。

    令和9年以後の評価見直し(通達案)と、最高裁令和4年判決以降の実務は、評価差だけに頼る対策の時代が終わりつつあることを示しています。だからこそ、購入の判断を「税引後の手残り」と「承継後の運営」から行い、相続税の効果はその結果としてついてくるもの、と捉え直すことが大切だと考えています。

    相続対策と事業承継を一体で考える全体像は、関連記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で、相続前の不動産を残す・売る・組み替える判断は「不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える」で解説しています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    不動産の評価や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 不動産は購入価格より低く評価されることが多く、その差が相続税の計算上の効果になります。
    • しかし、時価の下落、取得・売却のコスト、借入れの負担、収益性、売却のしやすさによって、家族にとっての損得は変わります。
    • 課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産を通常の取引価額で評価する見直しが、令和9年1月1日以後の相続等に適用される予定です(通達案・最終通達は未発遣)。
    • 通達の対象外でも、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることがあります(最高裁令和4年4月19日判決)。
    • 損得は、相続税の軽減額・取得費用・保有中の手取り・時価の変動・売却時のコスト・制度変更のリスクを並べて試算します。
    • 具体的な効果は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 不動産を買えば、相続税は必ず安くなりますか?

    相続税の計算上は、現金より不動産の評価額が低くなることが多いため、税額が下がる場合はあります。ただし、令和9年1月1日以後の相続等では、5年以内に取得した貸付用不動産の評価が見直される予定(通達案)であり、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることもあります。また、税額が下がっても、家族の財産全体が増えるとは限りません。

    Q. 借入れで不動産を買うと、効果が大きくなるのですか?

    借入金は債務として差し引かれますが、効果の中心は不動産の評価が下がることにあります。借入れで買う場合は、返済の義務を家族が引き継ぎ、金利上昇の影響も受けます。最高裁令和4年判決の事案も借入れによる購入でした。賃料で返済を賄えるかを含めて判断することが大切です。

    Q. 令和9年より前に相続が起きれば、今の評価方法のままですか?

    国税庁の通達案では、令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産の評価に適用するとされています。それより前の相続等には、現行の評価方法が適用されると考えられますが、最終的な通達の内容を確認する必要があります。なお、現行の評価方法の下でも、評価通達6項による評価が行われる可能性はあります。

    Q. 不動産小口化商品も同じように扱われますか?

    通達案では、不動産特定共同事業などにより小口化された貸付用不動産について、取得時期にかかわらず通常の取引価額で評価する別の定めが置かれています。元本等相当額や鑑定評価額などを基にした評価方法も示されています。最終的な通達の内容を確認したうえで判断してください。

    Q. 相続対策として不動産を買うなら、何を基準に選べばよいですか?

    相続税の効果がなくても持ちたいと思える収益性と立地があるか、引き継ぐ人と運営の方法が決まっているか、売却しやすいか、購入の目的を説明できるか、が基準になります。評価差は結果としての効果と位置づけ、税引後の手残りで判断することをおすすめします。

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    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の紹介・仲介から取得後の管理までをつなげて考えます。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局(2018年)第1章「事業承継・相続対策総論」
    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント[第3集]』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2018年)CASE3
  • 医療法人の事業承継と出資持分の整理|出資の評価・払戻請求への備え・持分なし医療法人への移行をどう考えるか

    医療法人の事業承継と出資持分の整理|出資の評価・払戻請求への備え・持分なし医療法人への移行をどう考えるか

    持分のある医療法人を次の世代に引き継ぐときは、「誰が法人を運営するか(社員・理事長)」と「誰が出資持分という財産を持つか」を分けて整理することが出発点です。

    医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が法人の中に積み上がりやすく、出資持分の評価が知らないうちに大きくなっていることがあります。その結果、理事長の相続で多額の相続税がかかる、親族の出資者が退社する際に高額の払戻しを求められる、といった事態が承継の障害になり得ます。

    選択肢は大きく、①持分を残したまま計画的に後継者へ移す、②出資者全員が持分を放棄して「持分の定めのない医療法人」へ移行する、の2つです。②には、厚生労働大臣の認定を受けて移行する「認定医療法人」の制度があり、税務上の特例と組み合わせて使えます。この認定を受けられる期限は、2026年10月時点で令和11年(2029年)12月31日までとされています。

    この記事では、出資持分が承継で問題になる理由、持分を残す場合と移行する場合の考え方、判断の順番を整理します。

    持分のある医療法人とは

    医療法人には社団と財団があり、社団たる医療法人には「持分の定めのあるもの」と「持分の定めのないもの」があります。持分の定めのある社団医療法人では、出資者が出資額に応じた財産的な権利(出資持分)を持ち、定款の定めにより、退社時の払戻しや解散時の残余財産の分配を受けられる仕組みになっているのが一般的です。

    平成19年4月以降は、持分の定めのある社団医療法人を新たに設立することはできなくなりました。それ以前に設立された法人は、当分の間「経過措置医療法人」として存続が認められています。厚生労働省の公表資料によると、令和8年3月31日現在、医療法人59,893法人のうち、持分のある社団医療法人は35,104法人で、なお多数を占めています。

    承継を考えるうえで押さえたい医療法人の特徴は次の3つです。

    • 剰余金の配当ができない(医療法第54条)。利益は内部に留保され、純資産が増えていきます。
    • 社員総会の議決権は社員1人につき1個(医療法第46条の3の3)。出資の多寡と議決権は結びついていません。
    • 出資者と社員は必ずしも一致しない。出資持分を持たない社員や、社員でない出資者が存在し得ます。

    このため、医療法人の承継では「出資持分を誰に移すか」と「社員総会・理事会を誰が担うか」を、それぞれ確認する必要があります。

    出資持分が承継の障害になる3つの場面

    出資持分が問題になるのは、主に次の3つの場面です。AEGISでは、承継の検討に入る前に、この3つのどこに自院のリスクがあるかを確認することをおすすめしています。

    場面何が起きるか確認すること
    理事長などの相続出資持分が相続財産となり、評価額に応じて相続税がかかる出資持分の相続税評価額、納税資金、後継者以外の相続人への配分
    出資者の退社定款の定めに従い、退社した出資者が払戻しを請求できる定款の払戻条項の文言、払戻しに応じた場合の資金繰り
    持分の分散相続のたびに出資者が増え、法人運営と無関係な出資者が生じる出資者名簿と社員名簿、親族間の関係

    相続税:出資持分は「取引相場のない株式」に準じて評価される

    持分の定めのある社団医療法人の出資は、相続税の計算上、取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。国税庁の質疑応答事例では、類似業種比準方式を用いる場合の業種目は「その他の産業」、会社規模の区分は「小売・サービス業」によるとされています。

    医療法人は配当ができず、出資と議決権も結びついていないため、出資者は原則としてすべて同じ評価方式(原則的評価方式)で評価されることになります。少数の出資者だから低い評価で済む、とは限らない点に注意が必要です。

    内部留保が厚い医療法人ほど純資産価額が大きくなり、評価額も高くなる傾向があります。最近の決算書をもとに、一度試算しておくことが判断の起点になります。

    払戻請求:定款の文言で金額が大きく変わる

    出資者が退社した場合の払戻しは、法律に明文の規定がなく、各医療法人の定款に従います。古い定款例に沿って「出資額に応じて払戻しを請求できる」と定めている法人では、払戻額が当初の出資額にとどまらず、法人の財産の評価額に出資割合を乗じた額として算定される可能性があります。内部留保が大きい法人では、払戻しに応じることで資金繰りや診療の継続に影響が出かねません。

    払戻しを受けた側にも課税が生じます。所得税法では、法人からの退社による持分の払戻しで、出資に対応する金額を超えて受け取った部分は配当とみなされます(所得税法第25条)。払戻しの問題は、法人と出資者の双方の税負担まで含めて考える必要があります。

    分散:出資者の把握が出発点

    相続を重ねると、診療に関わっていない親族が出資者になっていることがあります。まずは出資者名簿と社員名簿を突き合わせ、「誰が、どれだけの出資持分を持ち、誰が社員か」を一覧にすることが、どの選択肢をとる場合にも最初の作業です。

    持分を残したまま承継する場合の考え方

    出資持分を残したまま後継者に引き継ぐ場合は、株式会社の自社株承継と同じように、評価額を見ながら移転の方法と時期を組み合わせていきます。

    • 生前に移す:後継者への贈与や譲渡で、計画的に出資持分を移します。評価額が下がる時期(大きな設備投資の後や、役員退職金の支給後など)を見ながら進めるのが一般的です。
    • 相続で移す:遺言で後継者に出資持分を集める設計です。他の相続人の遺留分との関係も確認が必要です。
    • 社員の交代と組み合わせる:出資持分の譲渡だけでは社員の地位は移りません。定款に従った社員の入社・退社の手続や、理事・理事長の選任をあわせて行います。

    評価の仕組みは、自社株の評価と共通する部分が多くあります。原則的評価方式と配当還元方式の違いなどは、関連記事「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

    ただし、持分を残す限り、相続税と払戻しのリスクは次の世代にも引き継がれます。後継者自身が将来同じ問題に直面することも見据えて判断する必要があります。

    持分なし医療法人へ移行する場合の考え方

    もう一つの選択肢は、出資者全員が出資持分を放棄し、定款を変更して「持分の定めのない医療法人」に移行する方法です。定款の変更には社員総会の決議と都道府県知事の認可が必要です(医療法第54条の9)。いったん移行すると、持分のある医療法人に戻ることはできません。

    移行に伴う課税の基本

    国税庁の文書回答事例(平成17年4月27日回答)では、個人の出資者が持分なしの医療法人への移行に伴って出資持分を放棄する場合、譲渡所得の課税は生じないと解されています。

    一方、医療法人の側では、出資持分の放棄によって受ける経済的利益について、出資者の親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められるときは、法人を個人とみなして贈与税が課税される仕組みがあります(相続税法第66条第4項)。役員等の親族割合の制限などの要件を満たして「不当減少」に当たらない形で移行するか、次の認定医療法人制度を利用するかが、実務上の分かれ道になります。

    認定医療法人制度と税制上の特例

    認定医療法人制度は、持分なし医療法人への移行計画について厚生労働大臣の認定を受け、計画に沿って移行を進める仕組みです。厚生労働省の案内(令和8年9月15日更新)では、制度の期限は令和11年12月31日までとされています。税制上は、主に次の特例が設けられています(租税特別措置法第70条の7の9〜第70条の7の14)。

    特例内容留意点
    医療法人が受ける経済的利益への贈与税を課さない特例認定医療法人が移行期限までに持分なし医療法人へ移行する際、出資者の放棄による経済的利益に相続税法第66条第4項を適用しない移行後6年を経過する日までに認定が取り消されると、法人を個人とみなして贈与税が課される
    相続税の納税猶予・免除相続で出資持分を取得した相続人について、申告期限に認定医療法人であれば、持分に対応する相続税の納税を移行期限まで猶予し、期限までに持分をすべて放棄すれば免除担保の提供が必要
    相続税の税額控除相続開始から申告期限までに持分を放棄した場合、放棄に相当する相続税額を控除申告期限までに払戻しを受けた場合などは適用できない
    贈与税の納税猶予・税額控除他の出資者の放棄により残った出資者が受ける経済的利益への贈与税について、猶予・控除を受けられる移行計画どおりに進めることが前提

    すでに相続が発生している場合は、相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までに認定を受けている必要があるとされています。認定の申請から決定までには時間を要するため、制度の期限が近づくほど余裕がなくなる点に注意が必要です。

    移行後に変わること

    持分なし医療法人になると、出資持分という個人の財産はなくなり、相続税や払戻しの問題は生じなくなります。その代わり、法人の財産を出資者個人に戻す道は閉じられます。解散時の残余財産も、国・地方公共団体や他の医療法人など一定の者に帰属させることになります(医療法第44条第5項)。

    医療法人の運営は、引き続き社員総会と理事会が担います。移行後の承継は、財産の移転ではなく、社員と理事・理事長の交代によって行うことになります。

    判断の順番

    AEGISでは、次の順番で検討を進めることをおすすめしています。

    1. 現状の把握:出資者・社員の一覧、定款の払戻条項、直近の決算書をそろえる
    2. 評価の試算:出資持分の相続税評価額と、払戻しを求められた場合の想定額を試算する
    3. 後継者と体制の確認:後継者となる医師がいるか、社員総会・理事会をどう構成するか
    4. 選択肢の比較:持分を残して移すか、移行するか。移行するなら、要件を満たして移行するか、認定医療法人制度を使うか
    5. 期限の逆算:認定の期限や、相続が起きた場合の申告期限から逆算して工程を組む

    個人開設の診療所を引き継ぐ場合の手続は、関連記事「個人開業医の診療所を引き継ぐ方法」で、これから医院を法人化する場合の考え方は「個人の医院を医療法人にするとき」で扱っています。

    実務上注意したいポイント

    • 定款を最初に読む:払戻条項、社員の入社・退社の手続、残余財産の帰属先の定めは、法人ごとに異なります。
    • 出資者全員の合意が必要:持分なしへの移行は、出資者全員の放棄が前提です。親族関係が複雑な場合は、合意形成に最も時間がかかります。
    • 移行後の運営要件を確認する:認定医療法人の特例は、移行後も一定期間、運営に関する要件を満たし続けることが前提です。
    • 後継者がいない場合も早めに:医師の後継者がいない場合、第三者への承継や合併、解散も選択肢になります。どの道を選ぶ場合も、出資持分の整理は避けて通れません。
    • 個別事情で結論が変わる:特例の適用の可否や税額は、法人と家族の状況によって異なります。

    AEGISの視点

    医療法人の承継相談では、「持分なしに移行すべきか」という問いから始まることが少なくありません。しかしAEGISは、その前に「この医療法人を、誰の、何のための器として次の世代に残したいのか」を確認することが大切だと考えています。

    出資持分は、理事長家族にとっては大きな財産です。一方で、地域医療を担う法人にとっては、払戻しや相続のたびに経営の安定を揺るがしかねない要素でもあります。持分を残すことは家族の財産を守る選択であり、移行することは法人の永続性を優先する選択です。どちらが正しいかではなく、家族の資産全体(自宅や診療所の不動産、金融資産、退職金)と、法人の将来像をあわせて見たうえで、どこに線を引くかの問題です。

    また、医療法人の承継は、自社株の承継と比べて「経営権(社員・理事)」と「財産権(出資持分)」のずれが大きいのが特徴です。承継計画では、この二つを別々の欄に書き出し、それぞれ誰に、いつ移すのかを明確にしておくことが、親族間の行き違いを防ぐ第一歩になります。

    事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 持分のある医療法人の承継では、社員・理事長(経営)と出資持分(財産)を分けて整理します。
    • 出資持分は取引相場のない株式に準じて評価され、内部留保が厚いほど相続税や払戻しの負担が大きくなりやすくなります。
    • 持分を残して計画的に移すか、持分なし医療法人へ移行するかが大きな分かれ道です。
    • 認定医療法人制度の認定期限は、2026年10月時点で令和11年12月31日です。相続発生時は申告期限までの認定が必要とされます。
    • 具体的な評価額や特例の適用可否は、法人と家族の個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 持分のある医療法人の出資は、相続税でどのように評価されますか?

    取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。医療法人は配当ができず、出資と議決権が結びついていないため、出資者は原則として同じ評価方式で評価されます。内部留保が大きいほど評価額は高くなる傾向があるため、決算書をもとに試算しておくことをおすすめします。

    Q. 出資者が退社すると、出資額だけを返せばよいのですか?

    定款の定め方によります。出資額を限度とする定め(いわゆる出資額限度法人)であればその範囲になりますが、出資額に応じて払い戻す旨の定めの場合は、法人の財産の評価額をもとに算定される可能性があります。払戻しを受けた側では、出資を超える部分が配当とみなされて課税されます。

    Q. 認定医療法人の制度は、いつまで使えますか?

    厚生労働省の案内では、制度の期限は令和11年12月31日までとされ、その日までに移行計画の認定を受ける必要があります。税制上の特例も、この期間内に認定を受けた医療法人が対象です。期限直前は手続が混み合う可能性があるため、早めの検討が望まれます。

    Q. 理事長が亡くなった後からでも、納税猶予の特例は使えますか?

    相続税の申告期限において認定医療法人であれば、出資持分に対応する相続税の納税猶予を受けられる可能性があります。また、申告期限までに持分を放棄した場合の税額控除の特例もあります。いずれも申告期限までに認定を受けている必要があるとされるため、相続後すぐに検討を始めることが大切です。

    Q. 持分なし医療法人に移行すると、家族には何も残らないのですか?

    出資持分という財産はなくなりますが、理事長などの役員として受け取る報酬や退職金、医療法人に貸している個人所有の不動産などは、移行後も家族の財産として残り得ます。移行を検討する際は、法人の外にある家族の資産も含めて、全体のバランスを見ることが重要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式などの評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和8年版 非上場株式の評価の仕方と記載例』松本好正 著、大蔵財務協会、P.469-489
    • 『Q&A医療機関の組織変更の実務と税務 第3版』税理士法人山田&パートナーズ 編、財経詳報社、P.29-44、P.209-234
    • 『Q&A各種法人の事業承継の実務』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版、P.113-120
  • 公益法人の財務規律をオーナー目線で読む|中期的収支均衡・公益充実資金・使途不特定財産と配当収入の関係

    公益法人の財務規律をオーナー目線で読む|中期的収支均衡・公益充実資金・使途不特定財産と配当収入の関係

    公益財団法人の財務規律とは、公益のために集めたお金が、公益目的事業に適切に使われ続けているかを確かめるためのルールです。令和7年4月1日施行の制度改正により、単年度で収支を合わせる考え方から、5年間で収支の均衡を図る「中期的収支均衡」へと改められ、将来の事業のための「公益充実資金」や、不測の事態に備える「公益目的事業継続予備財産」も設けられました。

    結論から言えば、改正後の財務規律は、配当のように年ごとに増減する収入を持つ財団にとって、以前より資金計画を立てやすい仕組みになっています。ただし、柔軟になった分だけ「なぜ積み立てるのか」「なぜ持っているのか」を法人自身が説明する責任が重くなりました。

    この記事では、自社株を寄附して財団を設立したオーナーや、財団の理事・評議員を務める方が、財務規律を「自分の財団の数字」として読めるよう、仕組みと確認のポイントを整理します。

    公益法人の財務規律とは

    公益法人(公益社団法人・公益財団法人)は、税制上の優遇を受け、広く社会から支援を受けて活動します。そのため、財産や収入が公益目的事業に使われず内部に貯まり続けたり、本来の目的以外の事業ばかりが大きくなったりしないよう、財務に関する基準が設けられています。

    オーナー目線で押さえておきたい財務規律は、大きく次の4つです。

    規律何を見ているか財団の設立者・理事にとっての意味
    中期的収支均衡公益目的事業の収入を、その事業の費用に充てているか(5年間で判定)配当が多い年の収入を、後の年度の事業に回す余地がある
    公益目的事業比率法人全体の活動のうち、公益目的事業がどれだけの割合を占めるか収益事業や法人運営の費用が膨らみすぎないようにする
    使途不特定財産の保有制限使い道の決まっていない財産を持ちすぎていないか「とりあえず貯めておく」資金には上限がある
    区分経理と情報開示公益目的事業・収益事業等・法人運営を分けて経理し、公表しているか財団の数字は外部から見られることを前提に設計する

    内閣府の説明資料では、原則としてすべての公益法人で区分経理を行うこと、また令和7年4月1日以降に行政庁へ提出された財産目録等に当たる書類は行政庁で公表されることが示されています。財務規律は、行政庁のためだけのルールではなく、寄附者や社会に対して財団の運営を説明する共通言語になったと言えます。

    公益財団法人と一般財団法人の基準の違いそのものは、関連記事「一般財団法人と公益認定の違い」で整理しています。

    中期的収支均衡:5年間で収支を合わせる仕組み

    改正前との違い

    改正前は、公益目的事業の収入がその実施に必要な適正な費用を超えてはならないという、いわゆる「収支相償」の考え方がとられていました。運用上は、ある年度に黒字が出ると、その後2年程度で同程度の赤字にして解消することが求められ、過去の赤字は考慮されませんでした。

    改正後は、公益目的事業の収入を適正な費用に充てることで、5年間で収支の均衡が図られるようにする考え方に改められました。判定は公益目的事業の全体で行い、過去に生じた赤字も通算できます。

    計算の流れを読む

    中期的収支均衡の計算は、行政庁が示す定期提出書類の様式(別表)に沿って行います。細かな計算は会計の専門家の領域ですが、流れをつかんでおくと財団の数字の意味が分かるようになります。

    1. その年度の収支を比べる:公益目的事業会計の収益(公益充実資金の取崩額や、収益事業等の利益のうち繰り入れる部分を含む)と、公益目的事業の費用(公益充実資金への積立額を含む)を比べ、黒字(年度剰余額)か赤字(年度欠損額)かを求めます。
    2. 過去の黒字・赤字と通算する:黒字が出た年度は、過去4年度以内に生じた赤字と通算できます。赤字が出た年度は、過去の黒字を古いものから解消していきます。
    3. 残った黒字を解消する:通算後も残った黒字は、公益目的事業に使う財産の取得・改良に充てるなどの方法で解消することができます。
    4. 5年を超えて残っていないかを確かめる:発生から5年を経過しても解消されない黒字が残っている場合は、中期的収支均衡が図られていないと判断されます。

    ここで押さえておきたいのは、黒字が出ること自体が問題なのではなく、黒字が5年の間に公益目的事業へ回されているかが問われるという点です。

    なお、改正前の収支相償のもとで残っていた剰余金は、旧制度のルールに沿って解消を進める必要があるとされています。改正前から活動している財団では、移行時の残高の扱いを確認しておきましょう。

    収益事業等を行う財団の場合

    収益事業等を行う公益法人では、原則としてその利益の50%を公益目的事業の収入として計算に含めます。公益目的事業の財源が不足するために50%を超えて繰り入れる場合は、資金の出入りをもとにした別の算定方法(特例算定)が用意されています。どちらの方法をとるかで、後述する公益充実資金の扱いも変わります。

    公益充実資金:将来の事業のために積み立てる

    何が変わったのか

    公益充実資金は、改正前の「特定費用準備資金」と「資産取得資金」のうち公益目的事業に関するものを統合して創設された積立金です。将来の公益目的事業を発展・拡充させるための費用や、事業に使う資産の取得に備えて積み立てます。

    オーナーにとって重要な変化は次の3点です。

    • 積立額が、中期的収支均衡の計算上は費用とみなされる:配当が多い年に、将来の事業のために計画的に積み立てることで、収支の均衡を図りやすくなりました。
    • 複数の目的を一つの資金として管理できる:事業ごと・資産ごとに細かく分けて管理する必要がなくなり、透明性の確保を前提に、目的の変更(ある事業から別の事業へ、事業の実施から資産の取得へ等)も可能とされています。
    • これから始める事業も対象にできる:具体的な実施の見込みがあれば、公益認定を受けていない新規事業のための積立ても対象に含められるとされています。

    さらに公益認定等ガイドラインでは、既存の事業を続けるための将来の収支変動への備えや、保有する株式の配当が減少傾向にあり今後も続く可能性が高いなど、将来の収入減少が合理的に見込まれる場合の積立ても可能とされています。一方、繰越金や予備費のような「将来の単なる備え」は対象になりません。

    注意したい点

    公益充実資金は、他の財産と区分して管理する必要があります(銀行口座まで分けることは必須ではないとされています)。また、収益事業等の利益を50%超繰り入れる特例算定の場合には、費用とみなせる積立額に上限が設けられています。いずれにしても、何のために、いつまでに、いくら必要かという計画が積立ての前提になります。

    使途不特定財産と公益目的事業継続予備財産

    使途不特定財産の保有制限

    使途不特定財産とは、現に使われておらず、今後も使われる見込みのない財産のことで、改正前の「遊休財産」から名称が改められました。公益法人がこうした財産を過大に貯め込むことがないよう、保有額には上限があります。

    上限は、原則として過去5年間の公益目的事業費の平均額(1年分相当)とされ、事業が拡大している場合などには当該事業年度または前事業年度の公益目的事業費を基礎にすることもできます。単年度の数字だけで上限を決めると、事業費が一時的に減ったときに上限も急に下がってしまうため、5年平均が原則とされています。

    公益目的事業継続予備財産

    改正で新たに設けられたのが、公益目的事業継続予備財産です。災害や感染症の流行など予見しがたい事態が起きても公益目的事業を続けるために必要な財産を、使途不特定財産の計算から除くことができます。

    予備財産として扱うには、次の3つを満たす必要があります。

    • 法人の事業内容や資産・収支の状況、想定される事態などからみて、保有する合理的な必要性があること
    • 必要な額が算定されていること
    • 予備財産の額が必要額を超えないこと

    そして、予備財産を保有する理由や額などを、翌事業年度の開始後速やかに、法人自ら公表する必要があります(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律16条3項。内閣府の説明資料では、毎事業年度の経過後3か月以内とされています)。一律の上限はない一方で、説明できない過大な蓄財は認められません。

    配当収入に頼る財団への影響

    自社株の寄附によって設立された財団は、収入の多くを株式の配当に頼ることが少なくありません。財務規律は、配当の増減と次のように関わります。

    場面改正後の財務規律との関係財団として検討したいこと
    増配・特別配当があった年黒字が出ても、5年の間に公益目的事業に充てれば均衡を図れる一時的な収入を、公益充実資金の目的に沿って積み立てるか、翌年度以降の事業拡充に回すかを決める
    減配・無配の年過去4年度以内の赤字は将来の黒字と通算できる中核となる事業をどの水準で続けるか、予備財産や積立金をどう使うかを決める
    配当が数年続けて減った使途不特定財産の上限は5年平均の事業費が基礎のため、急には下がらない事業規模の見直しの時期と、会社との対話の進め方を決める
    施設取得など大きな計画がある公益充実資金として積み立て、取得時に取り崩す計画の内容・時期・金額を具体化し、理事会で承認しておく

    改正前の考え方では、配当が多い年ほど「その年のうちに使い切る」圧力が働き、反対に配当が減ると事業を急に縮めざるを得ない、という悩みがありました。改正後は、5年という時間軸の中で収入の波をならすことが制度上も想定されています。

    一方で、会社の配当方針が大きく変わる場合や、無配が長く続く場合には、財務規律の工夫だけで財団の活動を支えることはできません。配当の変動に備えた資金設計の具体的な考え方は、関連記事「株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか」で解説しています。

    設立者・理事が財務書類で確認したいこと

    財団の決算や事業計画の説明を受ける際は、次の点を確認すると、財務規律の状況がつかみやすくなります。

    • 中期的収支均衡の計算表:年度ごとの黒字・赤字と、発生から何年目の黒字が残っているか
    • 公益充実資金の明細:積立ての目的、所要額、実施時期、当年度の積立額・取崩額
    • 使途不特定財産の額と上限:上限の算定に5年平均を使っているか、例外を使っている場合はその理由
    • 予備財産の説明:想定している事態、必要額の算定方法、公表の内容
    • 3つの会計区分ごとの活動計算書:法人運営の費用や収益事業等の規模が、公益目的事業と比べて過大になっていないか
    • 公益目的事業比率:法人全体の費用に占める公益目的事業の割合が、基準(50%以上)を十分に上回っているか

    数字の細部を理事全員が計算できる必要はありません。大切なのは、「この数字は、財団の目的と計画から見て説明がつくか」を問う視点です。

    実務上注意したいポイント

    • 会社の決算と財団の予算の時期を合わせて考える:配当は会社の決算後に確定するため、財団の予算編成の時点では見込みになります。配当の見込みに幅を持たせ、どの水準なら何を実施するかを事前に決めておくと、年度途中の判断がぶれにくくなります。
    • 積立ての「目的」を具体的に書く:公益充実資金は柔軟になりましたが、目的と計画が曖昧なまま積み立てると、外部から見て説明しにくい財産になります。
    • 予備財産は「持てる」より「説明できる」かで考える:一律の上限がない分、必要額の根拠と、事業環境が変わったときの見直しを毎年説明できるかが問われます。
    • 一般財団法人には同じ規律はかからない:公益認定を受けていない一般財団法人には、これらの財務規律は課されません。ただし、将来公益認定を目指す場合は、最初から公益法人の基準に沿った経理をしておくと移行がスムーズです。
    • 会計基準の移行にも注意する:令和6年の公益法人会計基準は令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用され、3年間の移行期間を経て、令和10年4月1日以後に開始する事業年度からはすべての公益法人に適用されます(それまでは従前の会計基準によることもできます)。財務規律の計算と会計の区分は連動するため、顧問の会計専門家と移行の時期を確認しておきましょう。

    AEGISの視点

    財務規律の改正は、制度の言葉で語られるため、オーナーにとっては「財団の事務局と会計の専門家が対応すること」と受け止められがちです。しかしAEGISは、財務規律を「寄附者の想いを、時間をかけて社会に届けるためのルール」として読むことをおすすめしています。

    自社株を寄附した財団にとって、最大の不確実性は配当です。会社の業績や配当方針は、財団がコントロールできるものではありません。中期的収支均衡や公益充実資金は、その不確実性を5年という時間軸で受け止めるための道具であり、使い方次第で財団の活動を安定させることも、逆に説明のつかない積立てを生むこともあります。

    だからこそ、財務規律の数字は、会社の配当方針、財団の事業計画、そして寄附者が財団に託した目的と、同じテーブルで読まれるべきだとAEGISは考えています。財務規律を守ることそのものが目的なのではなく、財務規律を通じて「財団がなぜこの規模で、この活動をしているのか」を説明できる状態をつくることが、財団を長く続ける力になります。

    財団全体の設計の考え方は、Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で、財団が保有する株式の議決権の扱いは関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」で解説しています。

    財団や公益法人に関わる資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益法人の財務規律は、令和7年4月1日施行の改正で、単年度の「収支相償」から5年間で判定する「中期的収支均衡」に改められました。
    • 過去4年度以内の赤字との通算や、将来の事業のための公益充実資金の積立て(計算上は費用とみなされる)により、配当の増減を時間軸でならしやすくなりました。
    • 使途不特定財産の上限は原則として過去5年平均の公益目的事業費とされ、災害等に備える公益目的事業継続予備財産は、要件を満たし公表すれば計算から除けます。
    • 柔軟化の裏側で、積立てや保有の理由を法人自身が説明する責任が重くなっています。
    • 財務規律の数字は、会社の配当方針・財団の事業計画・寄附者の目的とあわせて読むことが大切です。具体的な判定は、財団の状況と最新の行政庁の手引きに沿って確認してください。

    よくある質問

    Q. 中期的収支均衡では、黒字が出てはいけないのですか?

    黒字が出ること自体は問題ではありません。過去4年度以内の赤字と通算したうえで、残った黒字を公益目的事業に使う財産の取得や、その後の事業の拡大などで解消していけば、中期的収支均衡を図ることができます。発生から5年を経過しても解消されない黒字が残っている場合に、均衡が図られていないと判断されます。

    Q. 公益充実資金は、どのような目的でも積み立てられますか?

    将来の公益目的事業の発展・拡充のための費用や、公益目的事業に使う資産の取得等が対象です。保有株式の配当の減少傾向が続く可能性が高いなど、将来の収入減少が合理的に見込まれる場合の積立ても可能とされていますが、繰越金や予備費のような単なる備えは対象になりません。複数の目的を一つの資金として管理でき、目的の変更も透明性の確保を前提に可能とされていますが、何のためにいつまでにいくら必要かという計画が前提になります。収益事業等の利益を50%超繰り入れる場合には、費用とみなせる積立額に上限があります。

    Q. 配当が多すぎる年は、寄附を受けた株式を手放すべきですか?

    配当が多い年があること自体は、改正後の財務規律のもとでは時間軸の中で吸収しやすくなっています。株式の売却は、議決権や会社の経営、税制上の取扱いにも影響するため、財務規律だけを理由に判断するのは適切ではありません。まずは積立てや事業計画で対応できるかを検討し、そのうえで会社や寄附者側と方針を話し合うことが望まれます。

    Q. 公益目的事業継続予備財産は、いくらまで持てますか?

    一律の上限は設けられていません。法人の事業内容や資産・収支の状況、想定される事態から必要額を合理的に算定し、その範囲で保有できます。その代わり、保有する理由(必要性)、限度額とその算定根拠、保有額を、翌事業年度の開始後速やかに(内閣府の説明資料では毎事業年度の経過後3か月以内に)法人自ら公表する必要があります。

    Q. 一般財団法人にも、これらの財務規律は適用されますか?

    公益認定を受けていない一般財団法人には、中期的収支均衡や使途不特定財産の保有制限といった公益法人の財務規律は課されません。ただし、将来公益認定を受けることを考えている場合は、早い段階から公益法人の基準を意識した経理と資金計画をしておくことが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・財団運営・税務・実行後の管理を整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れた承継方法の適合性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
    • 『公益認定の判断基準と実務』出口正之 著、全国公益法人協会
  • 生前贈与と相続をどう使い分けるか|暦年課税・相続時精算課税・相続を財産ごとに選ぶ考え方

    生前贈与と相続をどう使い分けるか|暦年課税・相続時精算課税・相続を財産ごとに選ぶ考え方

    「毎年110万円ずつ子どもに贈与しておけば相続税対策になる」——長く語られてきたこの考え方は、令和5年度の税制改正によって前提が変わりつつあります。相続前の贈与を相続財産に加え戻す期間が3年から7年へと段階的に延び、もう一つの贈与の方式である相続時精算課税には、年110万円の基礎控除が新しく設けられました。

    結論から言えば、生前贈与と相続の使い分けは「どちらが得か」ではなく、「どの財産を、いつ、誰に、どの方式で移すか」を財産ごとに決める作業です。この記事では、3つのルート(暦年課税による贈与、相続時精算課税による贈与、相続)の違いを一次情報で確認したうえで、財産の性質に応じた選び方を整理します。

    財産を移す3つのルート

    次世代に財産を移す方法は、税金の面から見ると次の3つに分かれます。

    1. 暦年課税による贈与:1年ごとに、もらった財産の合計から基礎控除を差し引いて贈与税を計算する方式。特に手続きをしなければ、贈与はこの方式になります。
    2. 相続時精算課税による贈与:贈与時には軽い税負担で財産を移し、贈与者が亡くなったときに、贈与財産を相続財産に加えて相続税で精算する方式。受贈者が届出をして選択します。
    3. 相続(遺言による遺贈を含む):亡くなったときに財産が移り、相続税がかかる方式。

    この3つは、どれか一つを選ぶものではありません。贈与者ごと、受贈者ごと、財産ごとに組み合わせることができます。

    暦年課税のしくみと令和5年度改正のポイント

    基本のしくみ

    暦年課税では、1月1日から12月31日までの1年間にもらった財産の合計額から、基礎控除110万円を差し引いた残りに贈与税がかかります。税率は累進で、直系尊属(父母・祖父母など)からその年の1月1日に18歳以上の人への贈与には「特例税率」、それ以外には「一般税率」が適用されます。最高税率の55%は、特例税率では課税価格4,500万円超、一般税率では3,000万円超の部分にかかります(国税庁 No.4408)。

    生前贈与加算の期間が7年に延びる

    暦年課税で贈与した財産でも、贈与者が亡くなる前の一定期間内のものは、相続税の計算で相続財産に加え戻されます(生前贈与加算)。加算の対象になるのは、相続や遺贈、相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人が受けた贈与です。加算される金額は贈与時の価額で、基礎控除110万円以下の贈与も対象になります。すでに払った贈与税は相続税から差し引かれます(国税庁 No.4161)。

    令和5年度の税制改正により、この加算期間は次のように段階的に延びます(国税庁 No.4161、令和8年4月1日現在法令等)。

    相続が開始する時期加算の対象となる贈与の期間
    令和8年(2026年)12月31日まで相続開始前3年以内
    令和9年(2027年)1月1日〜令和12年(2030年)12月31日令和6年(2024年)1月1日から死亡の日まで
    令和13年(2031年)1月1日以後相続開始前7年以内

    さらに、令和9年以後に相続が開始する場合、延長された期間(相続開始前3年以内より前)に受けた贈与については、その合計額から総額100万円までは加算しないこととされています。

    つまり、令和6年1月1日以後の暦年課税による贈与は、贈与者がその後7年以内に亡くなれば、相続財産に加え戻される可能性があるということです。「毎年110万円の非課税贈与」は、長い時間をかけて行うほど効果が出る方法に変わったと言えます。

    なお、贈与税の配偶者控除の対象部分や、直系尊属からの住宅取得等資金・教育資金・結婚子育て資金の非課税特例の適用を受けた金額は、加算の対象から除かれています(国税庁 No.4161)。ただし、教育資金の一括贈与の非課税は令和8年3月31日まで、結婚・子育て資金の一括贈与の非課税は令和9年3月31日までに信託等をした場合が対象とされています(租税特別措置法70条の2の2・70条の2の3)。

    加算の対象にならない人がいる

    生前贈与加算は、相続や遺贈などで財産を取得した人が対象です。たとえば、祖父母から孫への贈与で、孫が祖父母の相続で財産を取得しない場合は、原則として加算の対象になりません。ただし、遺言で孫に財産を遺贈したり、孫を死亡保険金の受取人にしたりすると、加算の対象になり得ます。また、代襲相続人でない孫などが相続や遺贈で財産を取得すると、相続税額が2割加算されます(国税庁 No.4157)。

    相続時精算課税のしくみと令和5年度改正のポイント

    基本のしくみ

    相続時精算課税は、次のような仕組みです(国税庁 No.4103、令和8年4月1日現在法令等)。

    • 対象者:贈与者は贈与をした年の1月1日において60歳以上の父母・祖父母など、受贈者はその年の1月1日において18歳以上の、贈与者の直系卑属(子・孫など)。
    • 手続き:贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに、「相続時精算課税選択届出書」を提出します。
    • 贈与税の計算:1年間の贈与額から、基礎控除110万円を差し引き、さらに特別控除(累計で2,500万円まで)を差し引いた残額に、一律20%の税率をかけます。
    • 相続時の精算:贈与者が亡くなったとき、贈与財産を贈与時の価額で相続財産に加え、相続税を計算します。払った贈与税は相続税から差し引かれ、引ききれない分は還付を受けられます。
    • 取りやめ不可:一度選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税に戻すことはできません。

    令和6年1月1日以後の基礎控除110万円

    令和5年度改正の大きな変更点は、令和6年1月1日以後の贈与について、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が設けられたことです。そして、相続時に加算されるのは、基礎控除を差し引いた後の金額です。暦年課税の110万円が加算期間内であれば相続財産に戻るのとは、この点が大きく異なります。

    なお、同じ年に2人以上の特定贈与者(相続時精算課税を選んだ贈与者)から贈与を受けた場合、基礎控除110万円はそれぞれの贈与額に応じて按分します(国税庁 No.4103)。

    また、同じ改正で、相続時精算課税で贈与を受けた土地・建物が災害で一定以上の被害を受けた場合に、相続時に加算する価額から被害相当額を差し引ける特例も設けられています。令和6年1月1日以後に被害を受けた場合が対象で、原則として災害が発生した日から3年を経過する日までに承認申請書を提出し、税務署長の承認を受ける必要があります(租税特別措置法70条の3の3、国税庁 No.8006)。

    精算課税で注意したいこと

    • 価額は贈与時で固定される:将来値上がりする財産なら有利に働く一方、値下がりしても贈与時の価額で相続税が計算されます。
    • 小規模宅地等の特例が使えない:相続時精算課税で贈与を受けた宅地等には、相続時に小規模宅地等の特例を適用できません(国税庁 No.4124)。自宅や事業用の土地を精算課税で贈与すると、相続で取得した場合よりも評価が高くなることがあります。
    • 相続財産から切り離す効果はない:基礎控除部分を除き、贈与した財産は最終的に相続税の計算に含まれます。

    3つのルートの比較

    項目暦年課税の贈与相続時精算課税の贈与相続
    年間の非課税枠基礎控除110万円(受贈者ごと)基礎控除110万円(令和6年以後)+特別控除2,500万円(累計)—
    税率累進(最高55%)一律20%相続税の累進税率
    相続時の扱い加算期間内の贈与は加算(110万円以下も含む)基礎控除後の金額をすべて加算—
    加算・課税される価額贈与時の価額贈与時の価額相続時の価額
    対象者の制限なし60歳以上→18歳以上の直系卑属—
    小規模宅地等の特例—贈与した宅地等には適用不可要件を満たせば適用可
    選択の取りやめ—不可—

    財産の性質ごとの考え方

    3つのルートの違いを踏まえると、財産の性質によって向き不向きが見えてきます。以下は一般的な考え方であり、実際の判断は全体の配分や税額の試算によって変わります。

    • 将来の値上がりが見込まれる財産(成長している会社の株式など):贈与時の価額で固定できる相続時精算課税が検討対象になります。ただし、会社の業績が下がった場合にも価額は戻らない点に注意が必要です。
    • 自社株式:税額だけでなく、誰に議決権を集めるかが最優先です。後継者に段階的に移すのか、まとめて移すのか、法人版事業承継税制の利用を検討するのかによって、選ぶ方式が変わります。
    • 自宅や事業用の土地:相続時に小規模宅地等の特例を使える可能性がある場合は、贈与より相続で移すほうが有利になることがあります。
    • 収益を生む不動産:贈与後の賃料収入は受贈者のものになるため、贈与者の財産の増加を抑え、受贈者の納税資金づくりにつながる面があります。一方、建物だけを贈与するか土地も含めるか、管理を誰が担うかなど、検討事項は多くなります。
    • 現預金:分割しやすく、暦年課税で長期・少額に分けて移すのに向いています。加算期間の延長を踏まえ、早めに始めることが前提になります。

    実務上注意したいポイント

    贈与は「あげた」「もらった」の実態が必要

    贈与は、あげる人ともらう人の合意によって成り立ちます。親が子の名義で預金をしていても、子がその存在を知らず、通帳や印鑑も親が管理しているような場合は、贈与があったと認められず、親の相続財産として扱われることがあります。贈与契約書の作成や、受贈者自身による管理など、贈与の実態を残しておくことが大切です。

    家族間の公平と遺留分

    特定の子に多くの贈与をすると、他の相続人との公平が問題になることがあります。民法には遺留分の制度があり、一定の生前贈与は遺留分の計算に含まれます。相続人に対する贈与は原則として相続開始前10年間のもの(婚姻・養子縁組のため又は生計の資本としての贈与に限る)、相続人以外の人への贈与は原則として相続開始前1年間のものが対象で、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与は、それより前のものも含まれます(民法1044条)。税金の面だけでなく、家族全体の配分の中で贈与を位置付ける必要があります。

    方式の選択は受贈者ごと・贈与者ごと

    相続時精算課税は、受贈者が贈与者ごとに選択します。たとえば「父からは相続時精算課税、祖父母からは暦年課税」といった組み合わせも可能です。一方で、一度選ぶと取りやめられないため、将来の贈与計画全体を見通してから選ぶことが重要です。

    AEGISの視点

    生前贈与の議論は、「年110万円」「税率20%」といった数字から始まりがちです。しかしAEGISは、贈与を「財産の持ち主が変わることで、管理・収益・意思決定の担い手が変わる行為」と捉えています。

    たとえば収益不動産を子に贈与すれば、税負担が変わるだけでなく、修繕や入居者対応を誰が判断するのか、賃料収入を誰がどう使うのかも変わります。自社株式を贈与すれば、株主総会で誰が議決権を行使するのかが変わります。贈与の方式を選ぶ前に、「この財産は、誰が持ち、誰が管理するのが望ましいか」を決めておくことで、税制改正があっても揺らがない承継計画になります。

    令和5年度改正は、短期間の駆け込み的な贈与の効果を小さくし、長い時間軸での計画を求める方向の改正だと言えます。相続・事業承継の全体像は親記事(相続対策と事業承継を一体で考える)で、財産の組み合わせ方は関連記事(自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継)で解説しています。

    贈与の方式を比べる前提として、現時点の相続税の規模感をつかんでおくことも重要です(関連記事:相続税の概算に必要な情報)。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 生前贈与と相続の使い分けは、財産ごとに「いつ、誰に、どの方式で」を決める作業です。
    • 暦年課税の生前贈与加算は、令和9年1月以降段階的に延び、令和13年1月1日以後の相続では相続開始前7年以内の贈与が対象になります(延長部分は総額100万円まで加算しない措置あり)。
    • 相続時精算課税には令和6年1月1日以後、年110万円の基礎控除が設けられ、基礎控除部分は相続財産に加算されません。
    • 精算課税は贈与時の価額で固定され、贈与した宅地等には小規模宅地等の特例が使えないなど、財産によって向き不向きがあります。
    • 具体的な選択は、財産の構成や家族の状況などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 今から暦年課税で贈与を始めても意味はありますか?

    意味はあります。ただし、令和6年1月1日以後の贈与は、贈与者がその後7年以内(経過措置期間中は異なります)に亡くなると相続財産に加え戻される可能性があります。効果を得るには、長い期間をかけて計画的に行うこと、また受贈者が相続や遺贈で財産を取得するかどうかも含めて検討することが必要です。

    Q. 相続時精算課税の基礎控除110万円だけを使うことはできますか?

    できます。相続時精算課税を選択した後は、年110万円以下の贈与であれば贈与税はかからず、その部分は相続時にも加算されません。ただし、一度選択するとその贈与者からの贈与は暦年課税に戻せないため、将来大きな贈与をする可能性も含めて判断する必要があります。

    Q. 暦年課税と相続時精算課税は、どちらが有利ですか?

    一概には言えません。贈与者の年齢や健康状態、財産の種類と将来の値動き、受贈者が相続で財産を取得するかどうか、小規模宅地等の特例の適用可能性などによって結論が変わります。財産ごと・贈与者ごとに比較することが大切です。

    Q. 孫への贈与は相続対策として有効ですか?

    孫が祖父母の相続で財産を取得しなければ、暦年課税による贈与は原則として生前贈与加算の対象になりません。ただし、遺言で孫に遺贈したり、死亡保険金の受取人を孫にしたりすると加算の対象になり得るほか、相続税額の2割加算の対象になる場合もあります。

    Q. 自社株式は贈与と相続のどちらで渡すべきですか?

    税額だけで決めず、後継者がいつ、どの程度の議決権を持つべきかから逆算することをおすすめします。株価の見通し、後継者の準備状況、他の家族への配分、法人版事業承継税制の利用の可否などを合わせて検討します。

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  • 税制改正は自分の承継計画に関係するか|改正情報を「自分ごと」として点検する考え方

    税制改正は自分の承継計画に関係するか|改正情報を「自分ごと」として点検する考え方

    毎年12月頃になると「税制改正大綱」のニュースが流れ、相続税や贈与税、事業承継税制に関する見出しも目にします。しかし、その改正が自社や家族の承継計画にどのような影響を与えるのかは、ニュースを読むだけではなかなか判断できません。

    結論から言えば、税制改正は「何が変わったか」よりも「自分の計画のどの前提に触れるか」で読むことが大切です。承継計画は、財産の評価額、制度の期限、税額の計算方法、手続の段取りといった、いくつもの前提の上に組み立てられています。改正がそのどれに触れるのかを仕分けできれば、「関係がある改正」と「当面は関係が薄い改正」を落ち着いて見分けられるようになります。

    この記事では、税制改正を自分ごととして点検するための考え方と手順を、令和8年度税制改正の大綱に盛り込まれた資産課税の項目を具体例として解説します。

    税制改正はどのように決まり、いつ効力を持つのか

    まず押さえておきたいのは、ニュースで報じられる「大綱」の段階では、まだ改正は確定していないということです。税制改正は、おおむね次のような段階を経て効力を持ちます。

    段階主な内容令和8年度改正の例
    税制改正の大綱政府として改正の方針と内容を決定令和7年12月26日 閣議決定
    法律案の提出・成立国会で審議され、成立・公布される所得税法等の一部を改正する法律案:令和8年2月20日提出、3月31日成立・公布(令和8年法律第12号)
    政令・省令法律の細目(要件や手続など)を定める財務省が順次公表
    通達・FAQ等国税庁が法令の解釈や取扱いを示す財産評価基本通達の改正など

    ※上表の日付は財務省ウェブサイトの掲載情報によります。

    相続税・贈与税で特に注意したいのが、財産の評価です。相続税法は、相続等で取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めていますが、具体的な評価方法の多くは国税庁の「財産評価基本通達」に委ねられています。そのため、評価に関するルールは、法律の改正だけでなく、通達の改正によっても変わります。改正情報を追うときは、「法律で決まるもの」と「通達で決まるもの」があることを意識しておくと、情報の確度を判断しやすくなります。

    改正が承継計画に影響する4つの経路

    AEGISでは、税制改正が承継計画に影響する経路を、次の4つに分けて考えています。

    経路何が変わるか承継計画への影響の例
    1. 期限制度の適用期限、計画や届出の提出期限「いつまでに何をするか」という時間軸が変わる
    2. 評価財産の評価方法・評価額同じ財産を持っていても、税額の見込みが変わる
    3. 計算加算期間、控除額、税率などの計算の仕組み贈与と相続の使い分けの前提が変わる
    4. 手続申告・届出・書類の要件準備すべき資料や段取りが変わる

    改正のニュースを見たら、まず「これは4つのうちどれに当たるか」を考えてみてください。それだけで、確認すべきことが具体的になります。

    さらに忘れてはならないのは、税制改正は税金以外の判断にも波及することです。たとえば評価方法が変われば、不動産を個人で持つか法人で持つか、どの財産を誰に渡すかといった所有と分配の設計にも影響することがあります。税額の増減だけを見て終わりにしないことが重要です。

    具体例:令和8年度税制改正の大綱に盛り込まれた資産課税の項目

    ここでは、令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)のうち、資産・事業の承継に関係しやすい項目を、上の4つの経路で整理します。

    項目大綱の内容(要旨)経路
    非上場株式等の納税猶予の特例(法人版事業承継税制の特例措置)特例承継計画の提出期限を1年6月延長期限
    個人の事業用資産の納税猶予(個人版事業承継税制)個人事業承継計画の提出期限を2年6月延長期限
    教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置令和8年3月31日までとされている信託等可能期間を延長せずに終了(同日までに拠出された金銭等には引き続き適用)期限・計算
    相続税等の財産評価の適正化被相続人等が課税時期前5年以内に取得・新築した一定の貸付用不動産などについて、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価(令和9年1月1日以後の相続等から)評価

    ※上表は大綱の記載を要約したものです。正確な要件・適用関係は原文と、その後の法令・通達でご確認ください。

    期限が変わる改正:事業承継税制

    法人版事業承継税制の特例措置について、中小企業庁は特例承継計画の提出期限を令和9年(2027年)9月30日としています。大綱の「1年6月延長」と整合する期限です。期限が延びたことで、検討の時間は確保されました。一方で、期限が延びても制度の要件や適用後の継続要件が軽くなったわけではありません。「時間ができたので後回しにする」のではなく、「時間ができたので方針を固める」と受け止めるのが望ましいでしょう。

    評価が変わる改正:貸付用不動産

    大綱では、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえ、評価を見直す方針が示されました。これを受けて国税庁が公表した通達案「貸付用不動産の評価について」では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築された貸付用不動産(貸家とその敷地)は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価するとされています。取得価額がその取得時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費」の100分の80で評価することもできます。また、不動産特定共同事業契約や分割された信託受益権などの「特定小口化商品」の目的となっている貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず同様に評価するとされています。

    この見直しは、令和9年1月1日以後の相続・遺贈・贈与により取得した財産の評価に適用するとされています。通達案には、収用や一定の買換えなどで取得したものを対象外とする定めや、通達制定日までに以前から持っている土地に新築した建物(建築中を含む)を対象外とする経過措置も設けられています。2026年10月9日時点では意見公募中で最終通達は出ておらず、経過措置の基準となる通達制定日もまだ決まっていません(AEGISは、意見公募の締切(2026年10月18日)を踏まえ、10月下旬から11月上旬になる可能性が高いとみています)。賃貸不動産を保有している、または取得を検討しているオーナーにとっては、「評価」の経路で計画の前提に直接触れる改正といえます。不動産に関する点検の詳細は、関連記事「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で解説しています。

    過去の改正が「今」効いてくることもある

    改正の影響は、公表された年だけに表れるわけではありません。たとえば、令和5年度の改正により、相続開始前に受けた暦年課税の贈与を相続財産に加算する期間は、3年から7年へと段階的に延びています。国税庁によれば、令和9年1月1日以後の相続から加算対象期間が延び始め、令和13年1月1日以後の相続では相続開始前7年以内が対象になります。また、令和6年1月1日以後の贈与からは、相続時精算課税に年110万円の基礎控除が設けられています。

    数年前に決まった改正が、これからの贈与や相続のタイミングに影響することもあります。承継計画を見直すときは、「今年の改正」だけでなく「経過措置の途中にある改正」も確認対象に含めておく必要があります。

    改正を「自分ごと」として点検する5つのステップ

    では、実際に改正情報に接したとき、何から確認すればよいでしょうか。AEGISでは次の順番をおすすめしています。

    1. 自分の前提を書き出しておく:保有財産の一覧(種類・取得時期・所有者)、承継計画の時間軸、検討中の制度や対策を、普段から一枚にまとめておきます。前提が見えていないと、改正との照合ができません。
    2. 改正を4つの経路で仕分ける:期限・評価・計算・手続のどれに当たるかを判断し、自分の前提のどこに触れるかを確認します。
    3. 対象と適用時期を確認する:「誰の、どの財産・取引が対象か」「いつ以後の相続・贈与から適用されるか」「経過措置はあるか」を、一次情報で確認します。
    4. 税額だけでなく方針への影響を考える:影響が出る場合、税額の増減だけでなく、所有の形、分配のバランス、納税資金、事業の継続性に波及しないかを検討します。
    5. 確定した内容で計画を更新する:大綱の段階では内容が変わる可能性もあります。法令や通達で確定した内容を確認したうえで、計画を更新します。

    改正情報の具体的な追い方や、専門家に相談するタイミングについては、関連記事「制度改正の情報をどう追い、いつ相談するか」で詳しく解説しています。

    実務上注意したいポイント

    大綱は「方針」であり、確定ではない

    大綱は政府の方針を示すもので、細かな要件は法律・政令・省令・通達で定まります。大綱の要約記事だけを根拠に、急いで売買や贈与を実行するのは避けたほうが安全です。

    情報源の「基準日」を確認する

    書籍や解説記事には、それぞれ前提とする法令の時点があります。たとえば、令和7年12月時点の法令に基づいて作られた実務書では、特例承継計画の提出期限が改正前の日付で記載され、大綱で延長が示された旨が注記として添えられている例もあります。古い情報が誤っているのではなく、基準日が違うのです。国税庁のタックスアンサーにも「令和8年4月1日現在法令等」のように基準日が示されています。

    「駆け込み」を目的にしない

    適用開始日が示されると、その前に対策を済ませようとする動きが出がちです。しかし、評価の見直しの背景には、評価額と実際の価値との乖離への問題意識があります。改正の趣旨を踏まえずに取引を急ぐと、税務上だけでなく、資産の収益性や流動性の面でも無理が生じることがあります。

    AEGISの視点

    税制改正の情報に接したとき、多くの方は「得をするか、損をするか」を最初に考えます。しかしAEGISは、税制改正を「自分たちの承継計画の前提を点検する、年に一度の機会」と捉えています。

    承継計画は、作った瞬間から少しずつ前提がずれていきます。財産の評価は毎年変わり、家族の状況も変わり、制度も改正されます。改正のニュースは、そのずれに気づくきっかけとして使うのが最も有益です。期限が延びた、評価が変わった、という事実そのものより、「それによって自分たちの計画のどこを見直す必要があるか」を考えることに価値があります。

    そのためにも、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として把握しておくことが欠かせません。全体像が手元にあれば、改正が一つ発表されても、慌てずに「関係がある部分」だけを確認できます。税金は方針を実現するための手段の一つであり、改正によって方針そのものを揺るがせる必要はない——その前提に立つことが、改正に振り回されない承継設計の土台になると考えています。

    事業承継をどこから始めるかは関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で、会社と個人の財産を一体で考える視点は「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    承継や資産税務、不動産評価に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 税制改正は「何が変わったか」より「自分の計画のどの前提に触れるか」で読むことが大切です。
    • 改正が承継計画に影響する経路は、期限・評価・計算・手続の4つに整理できます。
    • 令和8年度税制改正の大綱では、事業承継税制の計画提出期限の延長、教育資金の一括贈与の非課税措置の終了、貸付用不動産の評価の見直しなどが示されました。
    • 過去の改正の経過措置が、これからの贈与や相続に影響することもあります。
    • 大綱は確定ではありません。法令・通達で確定した内容を一次情報で確認してから計画を更新します。

    具体的な影響の有無や対応は、財産の内容や家族の状況など個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 税制改正大綱が出たら、すぐに対策を始めるべきですか?

    まずは影響の有無を確認する段階です。大綱は政府の方針であり、細かな要件は法律や政令・省令、通達で定まります。影響がありそうな項目について適用時期と対象を確認し、確定した内容を踏まえて計画を見直すのが基本的な順番です。期限が近い制度については、確定を待ちながら準備を並行して進めることもあります。

    Q. 相続税の評価方法は、法律で決まっているのですか?

    相続税法は、財産の価額を取得の時の時価によると定めていますが、具体的な評価方法の多くは国税庁の財産評価基本通達で定められています。そのため、評価のルールは通達の改正によって変わることがあります。令和8年度大綱で示された貸付用不動産の評価の見直しも、国税庁が通達案を公表し、通達で定める形で進められています。

    Q. 事業承継税制の期限が延びたなら、急いで検討しなくてもよいですか?

    期限が延びたことで検討の時間は確保されましたが、制度を使うかどうかの判断や、後継者・株式・財産の設計には時間がかかります。中小企業庁によれば、特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日です。期限から逆算し、方針の整理を早めに進めておくことが望まれます。

    Q. 自分に関係する改正かどうか、どうすれば分かりますか?

    保有財産の一覧や承継計画など、自分の「前提」を書き出しておくことが出発点です。そのうえで、改正が期限・評価・計算・手続のどれに当たり、自分の前提のどこに触れるかを照らし合わせます。前提が整理されていれば、関係する改正を絞り込みやすくなります。

    Q. 過去の改正も確認する必要がありますか?

    あります。生前贈与の加算期間の延長のように、経過措置によって段階的に影響が表れる改正があるためです。承継計画を見直すときは、その年の改正だけでなく、経過措置の途中にある改正も確認対象に含めることをおすすめします。

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    制度改正の情報はどう追い、いつ相談するか|大綱・法律・通達の読み分けと確認のタイミング

    「事業承継税制の期限が延びるらしい」「不動産の評価が変わるらしい」——改正の情報は、ニュース、金融機関の案内、知人の話など、さまざまな経路で耳に入ります。ところが、その情報がどの段階のもので、いつから、誰に適用されるのかが分からないまま、判断を迫られることも少なくありません。

    結論から言えば、改正情報に接したときは、「どの段階の情報か」「いつから・誰に適用されるか」「自分の計画のどこに触れるか」の3点を確かめてから、専門家に相談するのが効率的です。この記事では、改正情報の段階ごとの読み方、確認したい項目、信頼できる情報源、相談のタイミングを整理します。

    改正が承継計画に与える影響の全体像については、親記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で解説しています。

    改正情報には「段階」がある

    税制改正の情報は、一度に確定するわけではありません。令和8年度の税制改正を例にとると、次のような段階を経ています。

    段階時期の目安情報の性格令和8年度改正の例(財務省の掲載情報)
    1. 税制改正の大綱前年12月頃政府の方針。内容の骨格が示される令和7年12月26日 閣議決定
    2. 法律案の提出1〜2月頃条文の形になる令和8年2月20日 国会提出
    3. 法律の成立・公布3月末頃が多い法律として確定令和8年3月31日 成立・公布(令和8年法律第12号)
    4. 政令・省令法律と前後して要件・手続の細目が定まる財務省ウェブサイトに順次掲載
    5. 通達・FAQ・解説春以降に順次国税庁が解釈や取扱いを示す財産評価基本通達の改正など

    大綱の段階の情報は、方向性としては重要ですが、細かな要件はその後の法令や通達で定まります。大綱の要約だけを根拠に行動を決めないことが、改正情報との付き合い方の基本です。

    財産評価は「通達」で変わることが多い

    相続税・贈与税では、財産の評価が税額を大きく左右します。相続税法は財産を「取得の時における時価」で評価すると定めていますが、具体的な評価方法の多くは国税庁の財産評価基本通達に委ねられています。

    国税庁が公表している財産評価基本通達の一部改正通達の一覧を見ると、令和8年に入ってからも3月25日付、5月25日付と改正が行われています。5月25日付の改正は、立木の標準価額表を最近の立木価格の実態に即して改めるもので、令和8年1月1日以後の相続等に適用するとされています。このように、税制改正大綱とは別のタイミングで、評価のルールが更新されることがあります。

    また、令和8年度大綱では貸付用不動産の評価の見直しが示されましたが、その具体的な定めは通達で行うとされています。その後、国税庁が通達案を公表し、計算方法や経過措置まで具体化されましたが、2026年10月9日時点で最終通達は出ておらず、経過措置の基準となる通達制定日も決まっていません(AEGISは、意見公募の締切(2026年10月18日)を踏まえ、10月下旬から11月上旬になる可能性が高いとみています)。評価に関わる改正は、大綱を見た後も、通達の公表まで追いかける必要があると考えておきましょう。

    改正情報を見つけたときに確認したい6つの項目

    改正のニュースに接したら、次の6項目をメモしておくと、自分への影響を判断しやすくなり、専門家への相談もスムーズになります。

    確認項目確認すること
    1. 情報の段階大綱か、成立した法律か、通達か
    2. 対象誰の(個人・法人・相続人等)、どの財産・取引が対象か
    3. 適用時期いつ以後の相続・贈与・取引から適用されるか
    4. 経過措置改正前からの取引や保有資産に例外があるか
    5. 情報源と基準日一次情報か、どの時点の法令に基づく情報か
    6. 自分の計画との接点期限・評価・計算・手続のどこに触れるか

    「基準日」の違いに注意する

    改正の時期をまたいで情報を集めると、資料によって記載が食い違って見えることがあります。たとえば、令和7年12月時点の法令に基づいて作られた実務書では、法人版事業承継税制の特例承継計画について改正前の提出期限が記載され、大綱で1年6月延長する旨が示された、という注記が添えられています。一方、中小企業庁は提出期限を令和9年(2027年)9月30日としています。

    どちらかが誤っているのではなく、前提としている時点が違うのです。国税庁のタックスアンサーも、各ページに「令和8年4月1日現在法令等」のように基準日を示しています。情報を比べるときは、まず基準日をそろえて読むことが大切です。

    信頼できる情報源をどう使い分けるか

    改正情報は、可能な限り公的な一次情報で確認します。主な情報源と使い方は次のとおりです。

    • 財務省「税制改正」のページ:大綱、成立した法律、政令・省令、改正の解説などが年度ごとにまとめられています。「何が改正されたか」の全体像を確認するのに適しています。
    • 国税庁 タックスアンサー:制度の概要を、基準日付きで平易に説明しています。現行の制度を確認する出発点として使えます。
    • 国税庁 法令解釈通達:財産評価基本通達などの本文と、一部改正通達の一覧が掲載されています。評価に関わる改正の確定内容を確認できます。
    • 中小企業庁のページ:事業承継税制の手続(特例承継計画など)や期限を確認できます。

    金融機関や専門家のレポート、書籍は、論点を知り、自分への影響を考えるうえで役立ちます。ただし、税率・金額・期限・要件といった重要な事実は、最終的に一次情報で確認する習慣を持っておくと安心です。

    いつ専門家に相談するか

    改正情報のすべてについて、すぐに相談する必要はありません。AEGISでは、次の4つの場面を相談のタイミングの目安と考えています。

    相談の場面目安となる時期相談の目的
    大綱の公表後12月〜翌年1月頃自分の計画に関係しそうな項目の当たりをつける
    期限や適用開始の前期限から逆算して余裕をもって行動が必要かどうか、何をいつまでにするかを決める
    計画の定期見直し決算確定後など年1回改正の経過措置も含め、前提を更新する
    相続などの発生時発生後できるだけ早く適用される制度を確定し、手続を進める

    特に注意したいのは、期限や適用開始日が決まっている改正です。たとえば、令和8年度大綱で示された貸付用不動産の評価の見直しは、令和9年1月1日以後の相続等に適用するとされています。また、法人版事業承継税制の特例措置を検討するなら、特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)から逆算して準備する必要があります。

    相続が発生した場合、相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。発生後に慌てて制度を調べるのではなく、平時に「自分に関係する制度」を把握しておくことが、結果として選択肢を広げます。

    相談のときに持参したい資料

    相談の質を高めるには、次のような資料を準備しておくと効果的です。

    • 保有財産の一覧(種類、所在、取得時期、名義、おおよその評価や時価)
    • 会社の決算書・株主構成(事業オーナーの場合)
    • 現在の承継計画や検討中の対策のメモ
    • 気になった改正情報の出所(記事・案内文など)と、上記6項目のメモ
    • 家族構成と、承継についての家族の意向

    事業承継計画を整えておくことも、改正情報との照合を容易にします。計画に含める項目は、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 見出しだけで判断しない:「非課税が終わる」「評価が上がる」といった見出しは、対象や適用時期を省略していることがあります。6項目に沿って確認します。
    • 改正前提の取引を急がない:大綱の段階で取引を実行すると、その後の法令・通達で要件が具体化した際に、想定と異なる結果になることがあります。
    • 終了・縮小する制度にも目を向ける:令和8年度大綱では、教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置について、令和8年3月31日までとされている信託等可能期間を延長せずに終了するとされました(同日までに拠出された金銭等には引き続き適用)。新設や延長だけでなく、終了する制度も計画に影響します。
    • 改正のたびに計画全体を作り直さない:影響する部分を特定し、その部分を更新すれば十分な場合がほとんどです。

    AEGISの視点

    改正情報は、追いかけ始めると際限がありません。毎年の大綱、法律、政省令、通達、各種の解説——すべてを読み込もうとすると、本業や家族との時間を圧迫します。

    AEGISは、オーナーにとって大切なのは「すべての改正を知ること」ではなく、「自分の計画の前提を知っていること」だと考えています。保有財産の構成、所有の形、承継の時間軸、家族の意向といった前提が整理されていれば、改正のニュースに接したときに「これは自分の前提のどこに触れるか」を短時間で判断でき、必要なときにだけ専門家と深く検討すればよくなります。

    改正情報の確認は、税金のためだけに行うものではありません。期限の延長は意思決定の時間を、評価の見直しは資産の持ち方を、手続の変更は家族の段取りを見直す契機になります。改正を、事業・資産・不動産・税務・所有・承継の全体像を定期的に点検する機会として生かしていただきたいと考えています。

    不動産に関する制度変更の点検項目は、関連記事「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で解説しています。

    承継や資産税務に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 改正情報は、大綱→法律→政令・省令→通達と段階を踏んで確定します。大綱だけで行動を決めないことが基本です。
    • 財産評価のルールは通達で定められることが多く、大綱とは別のタイミングで改正されることもあります。
    • 改正情報に接したら、段階・対象・適用時期・経過措置・情報源と基準日・自分の計画との接点の6項目を確認します。
    • 重要な事実は、財務省・国税庁・中小企業庁などの一次情報で確認します。
    • 相談は、大綱公表後、期限や適用開始の前、計画の定期見直し、相続発生時の4つの場面を目安にします。

    具体的な影響や対応は、個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 税制改正大綱の内容は、そのまま実施されるのですか?

    大綱は政府の方針であり、その後、法律案として国会に提出され、成立・公布を経て確定します。細かな要件は政令・省令や通達で定まるため、大綱の段階の情報だけで最終的な取扱いを判断するのは避けたほうが安全です。

    Q. 改正がいつから適用されるかは、どこで確認できますか?

    大綱や成立した法律、改正通達には、適用時期が記載されています。たとえば、財産評価基本通達の改正通達には「いつ以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用する」といった形で示されます。国税庁や財務省のウェブサイトで、一次情報を確認するのが確実です。

    Q. 書籍やネット記事の情報が、公的な情報と食い違っているのはなぜですか?

    多くの場合、前提としている法令の時点(基準日)が違うためです。改正をまたぐ時期には、改正前の情報と改正後の情報が混在します。情報を比べるときは、まず基準日を確認してください。

    Q. 改正情報のたびに専門家に相談すべきですか?

    すべての改正について相談する必要はありません。自分の計画の前提に触れる可能性がある改正、期限や適用開始日が迫っている改正、相続の発生など、判断や行動が必要な場面に絞って相談するのが効率的です。

    Q. 相談するときは何を準備すればよいですか?

    保有財産の一覧、会社の決算書や株主構成、現在の承継計画のメモ、気になった改正情報の出所、家族構成と家族の意向などです。改正情報については、段階・対象・適用時期などのメモがあると、相談がより具体的になります。

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