退職金とiDeCoを受け取る順番が変わった|退職所得控除の重複調整の仕組みと、役員退職金・小規模企業共済を含む受取時期の考え方

卓上カレンダーと資料を前に考える女性

退職金とiDeCo(個人型確定拠出年金)の一時金は、どちらも「退職所得」として課税され、勤続年数などに応じた退職所得控除を差し引くことができます。ただし、両方を受け取る場合、控除が二重に使われないよう、一定の期間内であれば重複部分を調整するルールがあります。

このルールが改正され、令和8年(2026年)1月1日以後に支払を受けるiDeCoなど確定拠出年金の一時金については、「先にiDeCoの一時金を受け取り、後で退職金を受け取る」場合の調整の対象期間が、前年以前4年内から前年以前9年内へと延びました。これまで知られていた「iDeCoを先に受け取り、5年以上空けて退職金を受け取る」という順番の考え方は、そのままでは通用しなくなっています。

この記事では、受け取る個人の立場から、退職所得の課税の仕組み、重複調整の考え方、役員退職金や小規模企業共済も含めた受取順序の検討の視点を整理します。会社側の役員退職金の支給設計は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で扱っています。

退職所得の基本:なぜ「控除の使い方」が重要なのか

国税庁によると、退職所得の金額は、原則として次の式で計算します。

(退職手当等の収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得の金額

退職所得控除額は、勤続年数に応じて次のように計算します。

勤続年数退職所得控除額
20年以下40万円 × 勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
20年超800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

※障害者になったことが直接の原因で退職した場合は、上記に100万円が加算されます。

退職所得は他の所得と分けて課税され、さらに控除後の金額の2分の1だけが課税の対象になるため、給与などと比べて税負担が軽くなるように設計されています。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る退職金(特定役員退職手当等)には2分の1の計算がなく、役員以外で勤続5年以下の人が受け取る退職金も、控除後300万円を超える部分には2分の1の計算が適用されません。

退職所得控除は勤続年数が長いほど大きくなる一方、一生に何度でも満額使えるものではありません。同じ期間に対応する控除が重複しないよう調整されるため、複数の退職給付を受け取る人ほど、受け取る時期と順番が税負担に影響します。

iDeCo・小規模企業共済の受け取り方と課税

退職所得として扱われるのは、会社から受け取る退職金だけではありません。

  • iDeCoなど確定拠出年金:老齢給付金を一時金で受け取ると退職所得、年金で受け取ると公的年金等の雑所得として扱われます。受給開始の時期は、加入期間などに応じて60歳から75歳までの間で選びます。
  • 小規模企業共済:共済金を一括で受け取ると退職所得、分割で受け取ると公的年金等の雑所得として扱われます。一括と分割の併用もできます。

事業オーナーの場合、会社からの役員退職金、iDeCoの一時金、小規模企業共済の共済金というように、退職所得に当たる受け取りが三つ重なることも珍しくありません。

重複調整の仕組みと、今回の改正

国税庁の情報に基づくと、受け取る順番によって、調整の対象となる期間は次のように整理できます。

受け取る順番調整の対象となる期間改正による変化
退職金を先、退職金を後(転職など)前年以前4年内に受けた退職手当等変更なし
退職金を先、iDeCo等の一時金を後前年以前19年内に受けた退職手当等変更なし
iDeCo等の一時金を先、退職金を後前年以前9年内に受けたiDeCo等の一時金(令和8年1月1日以後に支払を受けたものに限る)4年内から9年内へ
同じ年に両方を受け取る同一年の退職所得として合算し、勤続期間の重複を調整変更なし

※国税庁 タックスアンサー No.2732・No.2735、所得税法施行令69条・70条をもとにAEGISが整理したものです。前年以前9年内に令和8年1月1日以後のiDeCo等の一時金を受けている場合は、令和8年1月1日以後に受けた他の退職手当等も前年以前9年内まで調整の対象になります。

調整の対象となる場合、今回受け取る退職金の勤続期間と、前に受け取った退職給付の勤続期間(iDeCoの場合は加入期間など)が重なる部分について、その年数に応じた控除額を差し引きます。つまり、期間が重なっている分だけ、後から受け取る側の退職所得控除が小さくなる仕組みです。

「5年空ければよい」が通用しなくなった理由

改正前は、iDeCoの一時金を先に受け取り、その翌年から数えて5年目以降に退職金を受け取れば、前年以前4年内の調整に当たらず、それぞれの退職所得控除を重複なく使える場合がありました。改正後は、令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金について、調整の対象期間が9年内に延びたため、同じ効果を得るにはおおむね10年以上の間隔が必要になります。

一方、令和7年以前にiDeCo等の一時金をすでに受け取った人は、改正後の9年ルールの対象にはなりません。自分がどちらに当たるかは、一時金を実際に受け取った日で判断することになります。

数字で見るイメージ

たとえば、ある会社に38年勤めた人の退職所得控除額は、800万円+70万円×(38年−20年)=2,060万円です。この人がiDeCoに20年加入していれば、iDeCoの一時金だけで計算した退職所得控除額は、800万円(40万円×20年)です。

同じ年に両方を受け取り、iDeCoの加入期間20年が会社の勤続期間38年にすべて含まれる場合は、両方の収入金額を合計し、最も長い期間(38年)で計算した2,060万円が退職所得控除額になります(所得税法施行令69条1項3号、国税庁 No.2735)。重複する20年分の控除を別に上乗せすることはできません。

別の年に受け取る場合は計算の仕方が異なります。前の受取りが調整の対象期間内にあるときは、後で受け取る側の勤続年数で計算した控除額から、重複している期間の年数(1年未満切捨て)で計算した控除額相当額を差し引きます(同令70条、国税庁 No.2732)。ただし、先に受け取った金額がその受取りについての退職所得控除額に満たない場合は、受取額に応じて重複期間を短くみなす調整があります(同条2項)。そのため、別の年に受け取る場合の控除額は、受取りの順番・受取年・各期間の始まりと終わり・受取額によって変わり、上の例の数字だけでは決まりません。調整の対象とならない間隔を空けて受け取れれば、それぞれの控除を使える可能性があります。

※説明のための単純化した例です。実際の控除額は、勤続期間・加入期間の重なり方や受取額によって異なります。

受取順序を考えるときの視点

1. まず「受け取れる時期」の制約を確認する

受取順序は自由に選べるわけではありません。役員退職金は会社での退任の時期や株主総会の決議に、iDeCoは60歳から75歳までという受給開始の範囲に、小規模企業共済は共済金を請求できる事由に、それぞれ左右されます。最初に、各制度でいつ受け取れるのかを一覧にすることが出発点です。

2. 一時金だけでなく「年金で受け取る」選択肢も比べる

iDeCoや小規模企業共済は、年金(分割)で受け取ることもできます。この場合は退職所得控除ではなく公的年金等控除の対象になり、退職金との重複調整の問題は生じません。ただし、公的年金や、退任後も役員報酬を受け取る場合の給与所得と合算して課税されるため、毎年の所得税・住民税や社会保険料への影響も見る必要があります。なお、令和8年度税制改正の大綱では、給与等と公的年金等の両方の収入がある人について、給与所得控除額と公的年金等控除額の合計額が280万円を超える場合に公的年金等控除額を調整する見直しが、令和9年分以後の所得税について示されています。

3. 小規模企業共済の一括受取りも同じ視点で見る

小規模企業共済の一括受取りも退職手当等とみなされる一時金(所得税法31条、同法施行令72条3項3号)として退職所得に当たり、重複調整の対象となる「退職手当等」に含まれます。役員退職金やiDeCoの一時金との時期の関係を、あわせて確認しておきたいところです。どの受け取りが調整の対象となるかは、受け取る時期と金額によって変わるため、個別に計算して確認することが大切です。

4. 税負担だけで決めない

受け取りを遅らせれば、その間の運用の成果は市場の動きに左右されます。生活資金の必要な時期、事業承継のスケジュール、相続の準備との関係も含めて考える必要があります。所得の種類ごとの課税の全体像は、関連記事「高所得者の所得税・住民税の全体像」で整理しています。

実務上注意したいポイント

  • 受け取る前に「退職所得の受給に関する申告書」を提出する:提出しない場合、支払額に対して20.42%の税率で源泉徴収され、確定申告で精算することになります。
  • 前に受け取った退職給付の源泉徴収票を保管しておく:重複調整には、前の受取額や勤続期間の情報が必要です。
  • 事業承継・会社売却と時期が重なる場合は全体で設計する:役員退職金の支給時期は、株式の承継や売却の時期と結び付いていることが多く、個人の受取順序だけで決められない場合があります。会社売却と退職金の組み合わせは、関連記事「会社売却と役員退職金の組み合わせ」で扱っています。

  • 税制は今後も見直される可能性がある:退職所得の課税のあり方は議論が続いているテーマです。計画を立てた後も、改正の動向を確認する必要があります。

AEGISの視点

退職金やiDeCo、小規模企業共済は、それぞれ別の制度として案内されることが多く、受け取る側も「制度ごと」に考えがちです。しかし税金の計算では、これらは退職所得控除という一つの枠を、時期を通じて分け合う関係にあります。

AEGISは、事業オーナーの引退期の資金計画を、「会社から受け取るもの」と「自分で積み立ててきたもの」を一つの時間軸に並べる設計として考えることが大切だと考えています。役員退職金の時期は事業承継の計画と、iDeCoや共済の受取時期は老後の生活資金や運用の方針と、さらに残る資産は相続の準備と結び付いています。今回の改正は、その時間軸の上で、受け取りの間隔に対する考え方を変えるものです。

順番だけを最適化しようとすると、承継のタイミングや家族の生活資金といった、より大きな判断とずれてしまうことがあります。まず全体のスケジュールを描き、そのうえで税負担の違いを確かめる——この順序を大切にしたいと考えています。改正情報を自分の計画に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも整理しています。

承継と個人の資産に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 退職金、iDeCoの一時金、小規模企業共済の一括受取りは、いずれも退職所得として扱われます。
  • 複数の退職給付を受け取る場合、一定期間内であれば退職所得控除の重複が調整されます。
  • 令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金を先に受け取り、後で退職金を受け取る場合、調整の対象期間は前年以前4年内から9年内に延びました。
  • 退職金を先に受け取り、後でiDeCo等の一時金を受け取る場合は、前年以前19年内が調整の対象です。
  • 受取順序は、各制度の受給時期の制約、年金受取りの選択肢、事業承継や生活資金の計画とあわせて検討することが大切です。

よくある質問

Q. iDeCoの一時金を先に受け取れば、退職金の税金は有利になりますか?

一概には言えません。令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金については、その後9年以内に退職金を受け取ると、退職所得控除の重複が調整されます。調整の対象とならない間隔を空けられるかどうか、受取額や勤続期間の重なり方によって結果は変わります。

Q. 令和7年にiDeCoの一時金を受け取りました。改正の影響はありますか?

改正後の9年内の調整は、令和8年1月1日以後に支払を受けたiDeCo等の一時金に限られています。令和7年以前に受け取った一時金については、従来どおり前年以前4年内かどうかで調整の有無を判断することになります。具体的な取扱いは、受け取った日と退職金の支払時期を確認して判断してください。

Q. iDeCoを年金で受け取れば、退職金との調整は必要ありませんか?

年金で受け取る場合は公的年金等の雑所得となり、退職所得控除の重複調整の対象にはなりません。ただし、公的年金や給与所得などと合算して毎年課税されるため、税負担や社会保険料への影響を比べたうえで選ぶことが大切です。

Q. 小規模企業共済の共済金も、受取順序に関係しますか?

小規模企業共済の共済金を一括で受け取ると退職所得として扱われます。役員退職金やiDeCoの一時金と受け取る時期が近い場合は、退職所得控除の調整の有無を含めて確認しておく必要があります。分割で受け取る場合は公的年金等の雑所得になります。

Q. 役員を退任した後も報酬を受け取る場合、何に注意すればよいですか?

退任後の報酬の額や勤務の実態によっては、退職金が退職所得として認められるかどうかが問題になることがあります。また、年金で受け取る給付がある場合は給与所得との合算も考える必要があります。会社側の支給設計とあわせて検討することをおすすめします。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『税理士のための 所得税重要ポイント実務ガイド 〜令和2年3月申告用〜』天池&パートナーズ税理士事務所 編、税務研究会出版局、2019年、2-12 退職所得(P.179-183)
  • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 1 主な国税 1 所得税(P.11、P.16)

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。