医療法人の事業承継と出資持分の整理|出資の評価・払戻請求への備え・持分なし医療法人への移行をどう考えるか

高層ビルを望む会議卓に置かれた、明るい色と濃い色の木製キューブ2つ

持分のある医療法人を次の世代に引き継ぐときは、「誰が法人を運営するか(社員・理事長)」と「誰が出資持分という財産を持つか」を分けて整理することが出発点です。

医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が法人の中に積み上がりやすく、出資持分の評価が知らないうちに大きくなっていることがあります。その結果、理事長の相続で多額の相続税がかかる、親族の出資者が退社する際に高額の払戻しを求められる、といった事態が承継の障害になり得ます。

選択肢は大きく、①持分を残したまま計画的に後継者へ移す、②出資者全員が持分を放棄して「持分の定めのない医療法人」へ移行する、の2つです。②には、厚生労働大臣の認定を受けて移行する「認定医療法人」の制度があり、税務上の特例と組み合わせて使えます。この認定を受けられる期限は、2026年10月時点で令和11年(2029年)12月31日までとされています。

この記事では、出資持分が承継で問題になる理由、持分を残す場合と移行する場合の考え方、判断の順番を整理します。

持分のある医療法人とは

医療法人には社団と財団があり、社団たる医療法人には「持分の定めのあるもの」と「持分の定めのないもの」があります。持分の定めのある社団医療法人では、出資者が出資額に応じた財産的な権利(出資持分)を持ち、定款の定めにより、退社時の払戻しや解散時の残余財産の分配を受けられる仕組みになっているのが一般的です。

平成19年4月以降は、持分の定めのある社団医療法人を新たに設立することはできなくなりました。それ以前に設立された法人は、当分の間「経過措置医療法人」として存続が認められています。厚生労働省の公表資料によると、令和8年3月31日現在、医療法人59,893法人のうち、持分のある社団医療法人は35,104法人で、なお多数を占めています。

承継を考えるうえで押さえたい医療法人の特徴は次の3つです。

  • 剰余金の配当ができない(医療法第54条)。利益は内部に留保され、純資産が増えていきます。
  • 社員総会の議決権は社員1人につき1個(医療法第46条の3の3)。出資の多寡と議決権は結びついていません。
  • 出資者と社員は必ずしも一致しない。出資持分を持たない社員や、社員でない出資者が存在し得ます。

このため、医療法人の承継では「出資持分を誰に移すか」と「社員総会・理事会を誰が担うか」を、それぞれ確認する必要があります。

出資持分が承継の障害になる3つの場面

出資持分が問題になるのは、主に次の3つの場面です。AEGISでは、承継の検討に入る前に、この3つのどこに自院のリスクがあるかを確認することをおすすめしています。

場面何が起きるか確認すること
理事長などの相続出資持分が相続財産となり、評価額に応じて相続税がかかる出資持分の相続税評価額、納税資金、後継者以外の相続人への配分
出資者の退社定款の定めに従い、退社した出資者が払戻しを請求できる定款の払戻条項の文言、払戻しに応じた場合の資金繰り
持分の分散相続のたびに出資者が増え、法人運営と無関係な出資者が生じる出資者名簿と社員名簿、親族間の関係

相続税:出資持分は「取引相場のない株式」に準じて評価される

持分の定めのある社団医療法人の出資は、相続税の計算上、取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。国税庁の質疑応答事例では、類似業種比準方式を用いる場合の業種目は「その他の産業」、会社規模の区分は「小売・サービス業」によるとされています。

医療法人は配当ができず、出資と議決権も結びついていないため、出資者は原則としてすべて同じ評価方式(原則的評価方式)で評価されることになります。少数の出資者だから低い評価で済む、とは限らない点に注意が必要です。

内部留保が厚い医療法人ほど純資産価額が大きくなり、評価額も高くなる傾向があります。最近の決算書をもとに、一度試算しておくことが判断の起点になります。

払戻請求:定款の文言で金額が大きく変わる

出資者が退社した場合の払戻しは、法律に明文の規定がなく、各医療法人の定款に従います。古い定款例に沿って「出資額に応じて払戻しを請求できる」と定めている法人では、払戻額が当初の出資額にとどまらず、法人の財産の評価額に出資割合を乗じた額として算定される可能性があります。内部留保が大きい法人では、払戻しに応じることで資金繰りや診療の継続に影響が出かねません。

払戻しを受けた側にも課税が生じます。所得税法では、法人からの退社による持分の払戻しで、出資に対応する金額を超えて受け取った部分は配当とみなされます(所得税法第25条)。払戻しの問題は、法人と出資者の双方の税負担まで含めて考える必要があります。

分散:出資者の把握が出発点

相続を重ねると、診療に関わっていない親族が出資者になっていることがあります。まずは出資者名簿と社員名簿を突き合わせ、「誰が、どれだけの出資持分を持ち、誰が社員か」を一覧にすることが、どの選択肢をとる場合にも最初の作業です。

持分を残したまま承継する場合の考え方

出資持分を残したまま後継者に引き継ぐ場合は、株式会社の自社株承継と同じように、評価額を見ながら移転の方法と時期を組み合わせていきます。

  • 生前に移す:後継者への贈与や譲渡で、計画的に出資持分を移します。評価額が下がる時期(大きな設備投資の後や、役員退職金の支給後など)を見ながら進めるのが一般的です。
  • 相続で移す:遺言で後継者に出資持分を集める設計です。他の相続人の遺留分との関係も確認が必要です。
  • 社員の交代と組み合わせる:出資持分の譲渡だけでは社員の地位は移りません。定款に従った社員の入社・退社の手続や、理事・理事長の選任をあわせて行います。

評価の仕組みは、自社株の評価と共通する部分が多くあります。原則的評価方式と配当還元方式の違いなどは、関連記事「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

ただし、持分を残す限り、相続税と払戻しのリスクは次の世代にも引き継がれます。後継者自身が将来同じ問題に直面することも見据えて判断する必要があります。

持分なし医療法人へ移行する場合の考え方

もう一つの選択肢は、出資者全員が出資持分を放棄し、定款を変更して「持分の定めのない医療法人」に移行する方法です。定款の変更には社員総会の決議と都道府県知事の認可が必要です(医療法第54条の9)。いったん移行すると、持分のある医療法人に戻ることはできません。

移行に伴う課税の基本

国税庁の文書回答事例(平成17年4月27日回答)では、個人の出資者が持分なしの医療法人への移行に伴って出資持分を放棄する場合、譲渡所得の課税は生じないと解されています。

一方、医療法人の側では、出資持分の放棄によって受ける経済的利益について、出資者の親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められるときは、法人を個人とみなして贈与税が課税される仕組みがあります(相続税法第66条第4項)。役員等の親族割合の制限などの要件を満たして「不当減少」に当たらない形で移行するか、次の認定医療法人制度を利用するかが、実務上の分かれ道になります。

認定医療法人制度と税制上の特例

認定医療法人制度は、持分なし医療法人への移行計画について厚生労働大臣の認定を受け、計画に沿って移行を進める仕組みです。厚生労働省の案内(令和8年9月15日更新)では、制度の期限は令和11年12月31日までとされています。税制上は、主に次の特例が設けられています(租税特別措置法第70条の7の9〜第70条の7の14)。

特例内容留意点
医療法人が受ける経済的利益への贈与税を課さない特例認定医療法人が移行期限までに持分なし医療法人へ移行する際、出資者の放棄による経済的利益に相続税法第66条第4項を適用しない移行後6年を経過する日までに認定が取り消されると、法人を個人とみなして贈与税が課される
相続税の納税猶予・免除相続で出資持分を取得した相続人について、申告期限に認定医療法人であれば、持分に対応する相続税の納税を移行期限まで猶予し、期限までに持分をすべて放棄すれば免除担保の提供が必要
相続税の税額控除相続開始から申告期限までに持分を放棄した場合、放棄に相当する相続税額を控除申告期限までに払戻しを受けた場合などは適用できない
贈与税の納税猶予・税額控除他の出資者の放棄により残った出資者が受ける経済的利益への贈与税について、猶予・控除を受けられる移行計画どおりに進めることが前提

すでに相続が発生している場合は、相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までに認定を受けている必要があるとされています。認定の申請から決定までには時間を要するため、制度の期限が近づくほど余裕がなくなる点に注意が必要です。

移行後に変わること

持分なし医療法人になると、出資持分という個人の財産はなくなり、相続税や払戻しの問題は生じなくなります。その代わり、法人の財産を出資者個人に戻す道は閉じられます。解散時の残余財産も、国・地方公共団体や他の医療法人など一定の者に帰属させることになります(医療法第44条第5項)。

医療法人の運営は、引き続き社員総会と理事会が担います。移行後の承継は、財産の移転ではなく、社員と理事・理事長の交代によって行うことになります。

判断の順番

AEGISでは、次の順番で検討を進めることをおすすめしています。

  1. 現状の把握:出資者・社員の一覧、定款の払戻条項、直近の決算書をそろえる
  2. 評価の試算:出資持分の相続税評価額と、払戻しを求められた場合の想定額を試算する
  3. 後継者と体制の確認:後継者となる医師がいるか、社員総会・理事会をどう構成するか
  4. 選択肢の比較:持分を残して移すか、移行するか。移行するなら、要件を満たして移行するか、認定医療法人制度を使うか
  5. 期限の逆算:認定の期限や、相続が起きた場合の申告期限から逆算して工程を組む

個人開設の診療所を引き継ぐ場合の手続は、関連記事「個人開業医の診療所を引き継ぐ方法」で、これから医院を法人化する場合の考え方は「個人の医院を医療法人にするとき」で扱っています。

実務上注意したいポイント

  • 定款を最初に読む:払戻条項、社員の入社・退社の手続、残余財産の帰属先の定めは、法人ごとに異なります。
  • 出資者全員の合意が必要:持分なしへの移行は、出資者全員の放棄が前提です。親族関係が複雑な場合は、合意形成に最も時間がかかります。
  • 移行後の運営要件を確認する:認定医療法人の特例は、移行後も一定期間、運営に関する要件を満たし続けることが前提です。
  • 後継者がいない場合も早めに:医師の後継者がいない場合、第三者への承継や合併、解散も選択肢になります。どの道を選ぶ場合も、出資持分の整理は避けて通れません。
  • 個別事情で結論が変わる:特例の適用の可否や税額は、法人と家族の状況によって異なります。

AEGISの視点

医療法人の承継相談では、「持分なしに移行すべきか」という問いから始まることが少なくありません。しかしAEGISは、その前に「この医療法人を、誰の、何のための器として次の世代に残したいのか」を確認することが大切だと考えています。

出資持分は、理事長家族にとっては大きな財産です。一方で、地域医療を担う法人にとっては、払戻しや相続のたびに経営の安定を揺るがしかねない要素でもあります。持分を残すことは家族の財産を守る選択であり、移行することは法人の永続性を優先する選択です。どちらが正しいかではなく、家族の資産全体(自宅や診療所の不動産、金融資産、退職金)と、法人の将来像をあわせて見たうえで、どこに線を引くかの問題です。

また、医療法人の承継は、自社株の承継と比べて「経営権(社員・理事)」と「財産権(出資持分)」のずれが大きいのが特徴です。承継計画では、この二つを別々の欄に書き出し、それぞれ誰に、いつ移すのかを明確にしておくことが、親族間の行き違いを防ぐ第一歩になります。

事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 持分のある医療法人の承継では、社員・理事長(経営)と出資持分(財産)を分けて整理します。
  • 出資持分は取引相場のない株式に準じて評価され、内部留保が厚いほど相続税や払戻しの負担が大きくなりやすくなります。
  • 持分を残して計画的に移すか、持分なし医療法人へ移行するかが大きな分かれ道です。
  • 認定医療法人制度の認定期限は、2026年10月時点で令和11年12月31日です。相続発生時は申告期限までの認定が必要とされます。
  • 具体的な評価額や特例の適用可否は、法人と家族の個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 持分のある医療法人の出資は、相続税でどのように評価されますか?

取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。医療法人は配当ができず、出資と議決権が結びついていないため、出資者は原則として同じ評価方式で評価されます。内部留保が大きいほど評価額は高くなる傾向があるため、決算書をもとに試算しておくことをおすすめします。

Q. 出資者が退社すると、出資額だけを返せばよいのですか?

定款の定め方によります。出資額を限度とする定め(いわゆる出資額限度法人)であればその範囲になりますが、出資額に応じて払い戻す旨の定めの場合は、法人の財産の評価額をもとに算定される可能性があります。払戻しを受けた側では、出資を超える部分が配当とみなされて課税されます。

Q. 認定医療法人の制度は、いつまで使えますか?

厚生労働省の案内では、制度の期限は令和11年12月31日までとされ、その日までに移行計画の認定を受ける必要があります。税制上の特例も、この期間内に認定を受けた医療法人が対象です。期限直前は手続が混み合う可能性があるため、早めの検討が望まれます。

Q. 理事長が亡くなった後からでも、納税猶予の特例は使えますか?

相続税の申告期限において認定医療法人であれば、出資持分に対応する相続税の納税猶予を受けられる可能性があります。また、申告期限までに持分を放棄した場合の税額控除の特例もあります。いずれも申告期限までに認定を受けている必要があるとされるため、相続後すぐに検討を始めることが大切です。

Q. 持分なし医療法人に移行すると、家族には何も残らないのですか?

出資持分という財産はなくなりますが、理事長などの役員として受け取る報酬や退職金、医療法人に貸している個人所有の不動産などは、移行後も家族の財産として残り得ます。移行を検討する際は、法人の外にある家族の資産も含めて、全体のバランスを見ることが重要です。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『令和8年版 非上場株式の評価の仕方と記載例』松本好正 著、大蔵財務協会、P.469-489
  • 『Q&A医療機関の組織変更の実務と税務 第3版』税理士法人山田&パートナーズ 編、財経詳報社、P.29-44、P.209-234
  • 『Q&A各種法人の事業承継の実務』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版、P.113-120

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。