築古アパートを建て替えるか売るかは、「建替え後に残る手取り」と「いま売って残る手取り」を、同じ物差しで比べて決めるのが基本です。
建替えは、新しい建物で賃料と入居率を取り戻せる可能性がある一方、建築費の上昇、入居者の立退き、工事期間中の無収入、新たな借入れといった負担を伴います。売却は、管理の負担から解放される一方、入居者がいる「現況のまま」で売るか、立退き後に「更地」で売るかで、価格も手間も大きく変わります。
この記事では、既存の賃貸建物の更新判断に絞って、建替え・現況売却・更地売却・現状維持を比べる考え方を整理します。更地を含む土地全体の活用方法の比較は、親記事「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」で扱っています。
まず押さえたい4つの選択肢
築古アパートの選択肢は、大きく次の4つです。
| 選択肢 | 中身 | 主な負担・リスク | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| 現状維持(修繕で延命) | 必要な修繕を行い、当面は保有を続ける | 修繕費の増加、空室の増加、耐震面の不安 | 構造に大きな問題がなく、賃料と入居が保てている |
| 建替え | 入居者の退去後に解体し、新しい建物を建てる | 建築費、立退き、工事中の無収入、新たな借入れ | 立地の賃貸需要が強く、建替え後の賃料が見込める |
| 現況売却(オーナーチェンジ) | 入居者がいるまま収益物件として売る | 価格は収益性で決まり、築古では低くなりやすい | 立退きの負担を避けたい、早く手放したい |
| 更地売却 | 立退き・解体後に土地として売る | 立退きの期間と費用、解体費、売却までの時間 | 土地としての需要が強い(住宅用地・事業用地) |
どれが正解かは、立地の賃貸需要、建物の状態、入居者の状況、借入れの残り、そしてオーナーと家族の今後の方針によって変わります。
建替えを考える前に確かめたいこと
建築費はこの数年で大きく上がっている
国土交通省の建設工事費デフレーター(2020年度=100)では、住宅総合が2025年度(暫定)で122.6となっており、2020年度から2割以上上昇しています。
また、国土交通省の「建築工事費調査(令和7年分)」(令和8年9月30日公表)では、工事実施額を工事実施床面積で割ると、1平方メートルあたり木造で約25.9万円、非木造で約34.3万円になります。これはAEGISによる単純な割り算で、用途や地域、仕様を区別しない全体の平均ですが、「以前と同じ規模の建物を、以前と同じ予算で建て直す」ことは難しくなっていることが分かります。
建て替えても、同じ規模が建つとは限らない
古い建物の中には、建築された後の法改正や都市計画の変更によって、現在の基準に合わなくなっているものがあります。たとえば、容積率は前面道路の幅員によって制限されることがあり、敷地の接道状況も建替えの可否に影響します。建替え後に建てられる戸数が減れば、賃料収入も減るため、まず現行の法令で何戸の建物が建てられるかを設計者に確認することが出発点です。
建替え後の収支は「悲観的なケース」で確かめる
建替え後の収支は、次の要素で組み立てます。
- 新築時の賃料と入居率(周辺の新築・築浅物件の募集状況から見込む)
- 建築費、解体費、立退きにかかる費用、設計費などの総事業費
- 借入れの金額・金利・期間と、毎年の返済額
- 固定資産税、管理費、修繕積立の見込み
- 工事期間中(解体から入居まで)の無収入期間
建築会社が示す収支計画は、満室に近い入居率を前提にしていることがあります。入居率や賃料が想定を下回ったときにも返済が続けられるかを、悲観的なケースで確かめることが欠かせません。修繕の考え方と費用の税務上の扱いは、関連記事「賃貸物件の修繕計画と修繕費の税務」で整理しています。
立退きは「時間」と「関係」のコストが大きい
普通借家契約では、貸主からの退去要請に正当事由が必要
一般的な賃貸アパートの契約(普通借家契約)では、貸主が契約の更新を拒んだり、解約を申し入れたりするには、正当の事由が必要です。借地借家法28条では、正当事由の有無を、貸主と借主それぞれが建物を必要とする事情、賃貸借のこれまでの経過、建物の利用状況や現況、そして貸主が明渡しと引換えに財産上の給付(いわゆる立退料)を申し出たかどうかなどを考慮して判断するとしています。
つまり、建物が古いというだけで、入居者に退去を求められるとは限りません。実務では、入居者一人ひとりと話し合い、転居先の紹介や立退料の支払いなどの条件をまとめていくことになり、全員の退去までに年単位の時間がかかることもあります。
建替えを見据えるなら、早めに契約の形を整える
建替えの時期をある程度見通せる場合は、空いた部屋から順に、契約期間の満了で終了する定期建物賃貸借(定期借家契約)での募集に切り替える方法があります。定期借家契約は、書面で契約し、更新がないことを定めることで成立します(借地借家法38条)。一方で、定期借家の部屋は賃料が低くなりやすい、入居者が見つかりにくいといった面もあるため、空室期間とのバランスを考える必要があります。
立退料や取壊し費用が税務上どのように扱われるかは、建替えか売却かによって変わります。詳しくは関連記事「建物の取壊し費用や立退料は経費になるのか」で解説しています。
売却するなら「現況」か「更地」か
現況売却:収益性で値段が決まる
入居者がいるまま売る場合、買い手は家賃収入から価格を考えます。築古で修繕の必要が大きい物件や空室の多い物件は、買い手が将来の修繕費や立退きの負担を見込むため、価格が低くなりやすいのが一般的です。
現況売却では、次の点を事前に整えておくと、買い手の不安が小さくなります。
- 賃貸借契約書や更新の記録がそろっているか、実際の賃料・条件と契約書が一致しているか
- 賃料の滞納や減額の要望がないか
- 管理会社との管理委託契約やサブリース契約を、売却に合わせて解約・承継できるか
- 修繕の履歴や、建物の不具合の把握状況
更地売却:土地の需要があれば有力、ただし時間がかかる
立退きと解体を済ませて更地で売る場合、住宅用地や事業用地としての需要があれば、現況売却より高い価格が期待できることがあります。国土交通省の「令和8年地価公示の概要」では、全国の住宅地は5年連続で上昇していますが、地域による差は大きくなっています。土地としての需要が強い地域かどうかが、更地売却を選ぶかどうかの分かれ目です。
一方で、立退きの期間中は空室が増えて家賃収入が減り、解体費もかかります。売却までの時間が長くなることも見込んでおく必要があります。
売却時の税金
個人が土地や建物を売った場合、売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得となり、所得税15%・住民税5%(このほかに復興特別所得税)がかかります(国税庁タックスアンサーNo.3208)。売却のために借家人に支払った立退料や、建物を取り壊して土地を売るときの取壊し費用は、譲渡費用として差し引くことができます。
売却を比べるときは、売却価格ではなく、税金や費用を差し引いた後の手取りで比べることが重要です。税引後の手取りの考え方は、関連記事「不動産を売却したとき、税引後にいくら残るか」で整理しています。
相続と承継から見た違い
建替えか売却かは、相続税の評価や、次の世代が何を引き継ぐかにも影響します。
- 賃貸建物の敷地は評価が下がる:アパートの敷地は「貸家建付地」として、自用地の価額から借地権割合・借家権割合・賃貸割合に応じた金額を差し引いて評価します(国税庁タックスアンサーNo.4614)。立退きで空室が増えると賃貸割合が下がり、この減額は小さくなります。
- 借入れとセットで引き継ぐことになる:建替えで新たな借入れをすると、相続時には建物と借入金を一体で引き継ぎます。後継者が賃貸経営を続ける意思と力があるかどうかが重要です。
- 売却すれば分けやすくなる:売却して現金にすれば、相続人の間で分けやすくなりますが、相続税評価上の減額はなくなります。
相続税評価が下がることだけを理由に建替えを選ぶと、事業として成り立たない建物と借入れを次の世代に残すことになりかねません。評価と収益性の両方を見ることが大切です。
AEGISの視点
築古アパートの相談では、建築会社からの建替え提案と、不動産会社からの売却提案が別々に届き、それぞれの前提で比べられないまま判断を迫られることがよくあります。
AEGISは、この判断を「建物の問題」ではなく「この土地を、これから20年、30年、誰がどう持ち続けるかという問題」として捉えています。建替えを選ぶなら、建築費が上がった中でも返済が続けられる収支と、立退きを丁寧に進める時間が必要です。売却を選ぶなら、現況か更地か、いつ売るかで手取りが変わります。どちらも、借入れの残り、相続税の見込み、家族の意向と結びついています。
そのため、選択肢ごとに「税引後に手元に残るお金」「かかる時間と手間」「次の世代に引き継ぐもの」を一枚に並べて比べることが、判断の出発点になると考えています。資産税務・不動産税務の論点についてのAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。
まとめ
- 築古アパートの選択肢は、現状維持・建替え・現況売却・更地売却の4つです。
- 建築費はこの数年で大きく上昇しており、建替え後の収支は悲観的なケースで確かめる必要があります。
- 普通借家契約では、貸主からの退去要請に正当事由が必要で、立退きには時間がかかります。
- 売却は、現況か更地かで価格と手間が変わり、税引後の手取りで比べることが重要です。
- 相続税評価、借入れ、家族の意向を含めて判断します。具体的な結論は個別の事情によって異なります。
よくある質問
Q. 築何年になったら建替えを考えるべきですか?
築年数だけで決まるものではありません。建物の構造と劣化の状況、耐震性、修繕費の見込み、空室の状況、立地の賃貸需要をあわせて判断します。修繕で十分に延命でき、入居が保てているなら、急いで建て替える必要がない場合もあります。
Q. 入居者に立ち退いてもらうには、立退料が必ず必要ですか?
法律で立退料の支払いが一律に義務付けられているわけではありません。ただし、普通借家契約では、貸主からの更新拒絶や解約申入れには正当事由が必要で、立退料の申出はその判断の考慮要素の一つとされています(借地借家法28条)。実務では、入居者と話し合いで条件をまとめるのが一般的です。
Q. 入居者がいるまま売ると、どのくらい安くなりますか?
一律の目安はありません。現況売却の価格は、家賃収入、空室の状況、修繕の必要性、買い手が見込む立退きの負担などで決まります。更地としての価格と、現況での価格の両方を査定してもらい、立退きと解体にかかる費用と時間を差し引いて比べることが大切です。
Q. 建て替えると相続税は下がりますか?
賃貸建物の敷地は貸家建付地として評価が下がり、建物も固定資産税評価額を基に評価されるため、相続税評価額は下がることがあります。ただし、建築費や借入れの負担、建替え後の空室リスクを考えると、評価が下がることだけで判断するのは危険です。
Q. 建替えと売却で迷う場合、まず何から始めればよいですか?
現在の収支と借入れの残り、建物の状態、入居者の契約状況を整理し、現行法令で建てられる建物の規模を確認します。そのうえで、建替え・現況売却・更地売却のそれぞれについて、税引後の手取りと必要な期間を試算して並べると、判断の材料がそろいます。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国土交通省「建築工事費調査(令和7年分)の調査結果について」(令和8年9月30日)
https://www.mlit.go.jp/report/press/joho04_hh_001396.html
確認日:2026-10-10 - 国土交通省「建設工事費デフレーター」(2020年度基準、年度別、2026年6月30日付け)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/jouhouka/sosei_jouhouka_tk4_000112.html
確認日:2026-10-10 - 国土交通省「令和8年地価公示の概要」(令和8年3月、価格時点:令和8年1月1日)
確認日:2026-10-10 - e-Gov法令検索「借地借家法」(第28条、第38条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090/20260521_504AC0000000048
確認日:2026-10-10 - 国税庁 タックスアンサー No.3208「長期譲渡所得の税額の計算」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3208.htm
確認日:2026-10-10 - 国税庁 タックスアンサー No.4614「貸家建付地の評価」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4614.htm
確認日:2026-10-10 - 国税庁 タックスアンサー No.4602「土地家屋の評価」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4602.htm
確認日:2026-10-10
書籍
- 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司著、ソシム、P.422-423、P.426-429
- 『改訂版 税理士が知っておきたい!土地評価に関する建築基準法・都市計画法コンパクトブック』結城敏勝・越田圭著、第一法規、P.6-9
