個人事業を第三者に譲る方法|譲渡する資産・契約・のれんの税金と、譲った後の手続き

工場で作業着の従業員と話すスーツ姿の経営者

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長年営んできた店や事務所を、身内ではない第三者に引き継いでもらう。後継者のいない個人事業主にとって、これは廃業に代わる現実的な選択肢です。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、個人事業主は事業を譲り渡す側に含まれるものとして扱われています。

ただし、個人事業には会社の「株式」がありません。会社であれば株式を売ることで事業をまるごと渡せますが、個人事業では設備、在庫、契約、顧客との関係、従業員、屋号といった事業の構成要素を一つひとつ相手に移すことになります。そのため、何を譲るかの整理、契約や許認可の引継ぎ、譲渡代金の税金、譲った後の廃業手続きまでを、あらかじめ見通しておくことが大切です。

この記事では、個人事業を第三者に譲るときの全体像を、引き継ぐもの・税金・手続きの順に整理します。

個人事業の譲渡とは

個人事業の譲渡は、事業主個人が、事業に使っている資産や契約上の立場などをまとめて相手に売る取引です。会社が事業を売る「事業譲渡」と似ていますが、売り手が個人であり、代金も事業主個人が受け取る点が異なります。

会社の売却では株式譲渡が選ばれることが多く、その場合は会社と従業員・取引先との関係は原則としてそのまま続きます。株式譲渡と事業譲渡の違いは関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で解説していますが、個人事業の譲渡では選択肢が事業の譲渡に限られるため、「何を、どの条件で移すか」を個別に決める作業が中心になります。

譲り受ける側は、同業の個人事業主、近隣で事業を広げたい会社、独立を目指す従業員などさまざまです。譲り受け側が会社であれば、個人事業を会社が引き継ぐ形になります。

何を譲るのか:譲渡対象を整理する

最初に、事業を構成するものを洗い出し、譲るもの・残すもの・相手と別に契約するものに分けます。AEGISでは、次のような一覧で整理することをおすすめしています。

区分具体例移し方・確認したいこと
設備・備品内装、厨房機器、機械、車両、パソコン時価の目安を確認し、個別に譲渡価額を決める
在庫商品、材料譲渡日時点で棚卸しを行い、価額を確定する
不動産自己所有の店舗・事務所・土地売却するか、所有したまま貸すかを選ぶ
賃借物件テナントとして借りている店舗貸主の承諾、契約の結び直し、敷金の扱い
取引契約仕入先、販売先、外注先との契約相手方の同意を得て契約上の地位を移す、または結び直す
顧客との関係顧客名簿、会員、予約個人情報の取扱いに注意し、引継ぎの方法を決める
従業員雇用している従業員本人の同意を得て新しい雇用主と契約する
屋号・ブランド店名、ロゴ、ウェブサイト、電話番号使用を認めるか、商標登録の有無、債務との関係
許認可飲食店営業、各種の登録・許可多くは譲り受け側が新たに取得する必要がある
のれん立地、顧客基盤、ノウハウ、信用個別資産の合計を超える対価として評価する

ここで大切なのは、「残すもの」も意識的に決めることです。たとえば、店舗の土地建物を自分で所有している場合、建物ごと売る方法のほかに、所有したまま譲り受け側に貸し、賃料収入を得る方法もあります。売掛金や借入金は、譲渡の対象に含めず、事業主が自分で回収・返済する形をとることも多くあります。どこまでを譲渡対象にするかは、相手と個別に決めます。

契約・許認可・従業員を引き継ぐときの注意

個人事業の譲渡では、契約関係が自動的には移りません。相手方の協力が必要になる場面が多いため、スケジュールに余裕を持たせることが大切です。

賃貸借契約

テナントとして借りている店舗を譲り受け側が使い続ける場合、借主の立場を移すには原則として貸主の承諾が必要です(民法612条1項)。貸主によっては、新しい借主と契約を結び直し、敷金を一度返還して改めて差し入れてもらう扱いを求めることもあれば、敷金をそのまま引き継ぐ扱いを認めることもあります。どちらになるかで譲渡代金の計算も変わるため、早めに貸主の意向を確認しておきましょう。

取引先・顧客

仕入先や販売先との契約は、相手方の同意を得て契約上の地位を移すか、譲り受け側と新たに契約を結んでもらう必要があります。顧客名簿などのデータは譲渡の対象にできても、顧客が引き続き利用してくれるかどうかは別問題です。特に、事業主個人の技術や人柄に顧客がついている業種では、一定期間、前の事業主が一緒に顧客に紹介したり、業務を手伝ったりする引継期間を設けることが、事業価値を保つうえで重要になります。

許認可

事業に必要な許可や登録の多くは、事業主個人に与えられたものです。事業を譲っても許認可が自動的に移るとは限らず、譲り受け側が改めて申請する必要がある場合が多くあります。取得までに時間がかかる許認可がある業種では、譲渡日を許認可の取得時期に合わせて決める必要があります。業種ごとの扱いは、所管の行政機関で確認してください。

従業員

従業員の雇用契約を譲り受け側に移すには、従業員一人ひとりの同意が必要です。勤務条件が変わる可能性もあるため、譲渡の方針が固まった段階で、丁寧に説明する場を設けることが望まれます。

屋号

店名などの屋号を譲り受け側が引き続き使う場合、商法の規定により、前の事業主の事業上の債務について譲り受け側も責任を負うことがあるとされています(商法17条1項。譲り受け側が会社の場合は会社法24条2項・22条)。譲渡後遅滞なく、譲り受け側が債務を引き受けない旨を登記するか、両者から債権者にその旨を通知した場合には、この責任は生じないとされています(商法17条2項)。そのため、屋号を引き継ぐかどうか、引き継ぐ場合に債務をどう扱うかは、譲り受け側にとっても重要な確認事項です。

譲渡代金の税金:資産ごとに所得の種類が変わる

個人事業の譲渡で受け取る代金は、まとめて一つの所得になるのではなく、譲った資産の種類ごとに所得の区分が変わります。主な区分は次のとおりです。

譲った資産所得の区分ポイント
商品・材料などの在庫(棚卸資産)事業所得通常の売上と同じく事業所得になる
機械・備品・車両などの事業用資産譲渡所得(総合課税)一部の少額の減価償却資産などは事業所得になる
土地・建物譲渡所得(分離課税)他の所得と分けて税額を計算する
のれん(営業権)譲渡所得(総合課税)とされることが多いが、事業所得・雑所得とされる場合もある権利としての実体があるかどうかが問われる

国税庁によれば、譲渡所得の対象となる資産には土地、借地権、建物、機械器具などが含まれ、事業者の棚卸資産の譲渡は事業所得または雑所得となります。土地・建物等は分離課税、それ以外の資産は総合課税とされています。

総合課税の譲渡所得は、譲渡価額から取得費と譲渡費用を差し引き、さらに特別控除(その年の短期・長期の譲渡益の合計に対して50万円)を差し引いて計算します。所有期間が5年を超える資産の譲渡(長期譲渡所得)は、その2分の1が課税の対象となり、他の所得と合算して税額を計算します。

のれんの扱いは個別に確認が必要

のれん(営業権)の対価は、一般には総合課税の譲渡所得として扱われることが多いとされています(国税庁の質疑応答事例でも、新聞販売権の譲渡に伴う代償金を営業権の譲渡対価として譲渡所得の収入金額とする取扱いが示されています)。ただし、事業主個人の技能や顧客との信頼関係に強く依存する事業では、譲り渡せる「資産」としての営業権が存在するとは言えないとして、譲渡所得ではなく雑所得と判断された裁決例もあります。士業の業務を承継させた際の対価について、こうした判断が示された例が知られています。国税庁の個別通達でも、税理士が業務を廃止して得意先を他の税理士に引き継いだ対価は、得意先のあっせんの対価として雑所得として取り扱うこととされています(昭和42年7月27日付)。

のれんの対価がどの所得になるかで、税負担は大きく変わります。のれんとして受け取る金額の根拠(何に対する対価なのか)を契約書で明確にし、引継期間の業務の対価と区別しておくことが大切です。具体的な扱いは事案ごとに異なるため、顧問税理士と事前に確認することをおすすめします。

消費税

消費税の課税事業者が事業用の資産を売却した場合、その売却は消費税の課税対象になります。設備やのれんの譲渡には原則として消費税がかかり、土地の譲渡は非課税です。そのため、譲渡代金を資産ごとに区分しておくことは、消費税の計算のうえでも欠かせません。

譲った後の手続き

事業を譲った後は、事業主として次のような手続きが必要になります。

  • 個人事業の廃業等届出書:事業を廃止した場合、その年分の確定申告期限までに、納税地の税務署に提出します(所得税法229条、国税庁 タックスアンサーNo.2090)。
  • 消費税・青色申告に関する届出:消費税の課税事業者であった場合や、青色申告をしていた場合は、関連する届出の要否を確認します。
  • 最後の確定申告:廃業した年は、事業所得と、事業用資産の譲渡による譲渡所得などをあわせて申告します。廃業後に生じる費用の扱いにも注意が必要です。
  • 従業員・社会保険・各種契約の整理:雇用保険・社会保険の手続き、電話・リース・保険などの契約の解約や名義変更を行います。

譲渡代金の受取りと廃業の時期が年をまたぐ場合などは、どの年の所得になるかも確認しておきましょう。

実務上注意したいポイント

  • 譲渡代金の内訳を契約書で明確にする:設備、在庫、のれん、引継期間の業務の対価などを区分しておくと、所得区分や消費税の判断が明確になり、後の説明もしやすくなります。
  • 帳簿と資産の一覧を整える:設備の取得時期・取得価額・減価償却の状況が分からないと、譲渡所得の計算も買い手の判断も難しくなります。
  • 引継期間の条件を決める:前の事業主が残る期間、役割、報酬、競業を避ける範囲と期間を、契約で合意しておきます。
  • 相談先を早めに確保する:国が設置する事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的な相談窓口や、M&Aの支援機関、税理士を組み合わせて相談すると、相手探しと税務・契約の確認を並行して進められます。

AEGISの視点

個人事業の譲渡は、会社の売却に比べて規模が小さく、手続きも簡単だと思われがちです。しかしAEGISは、個人事業の譲渡こそ「事業」と「事業主個人の財産・生活」が切り離されていないことを前提に設計すべき取引だと考えています。

個人事業では、店舗の不動産、事業用の預金、事業の借入れ、家族の働き方が、事業主個人の財産や暮らしと一体になっています。どの資産を譲り、どれを残すかは、譲渡代金の額だけでなく、引退後の収入や、残る不動産を将来どう承継するかという相続の論点とも直結します。たとえば店舗を売らずに貸す選択は、毎年の賃料収入をもたらす一方で、不動産の管理と承継を引き受けることを意味します。

また、事業の価値の多くが事業主個人に結びついている場合、価値を引き継いでもらうには時間が必要です。後継者となる親族がいる場合には個人版事業承継税制という選択肢もあります(関連記事「個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ」)。第三者への譲渡と親族への承継、さらに廃業を、早い段階で並べて比べておくことが、最も納得のいく判断につながるとAEGISは考えています。万が一に備えた遺言の準備については関連記事「個人事業主が遺言で備えること」、会社売却の準備の全体像は「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

事業用資産の譲渡や、残す不動産の税務・承継に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 個人事業には株式がないため、第三者に譲る場合は、設備・在庫・契約・顧客との関係・従業員・屋号などを個別に移す「事業の譲渡」になります。
  • 賃貸借契約や取引契約は相手方の承諾・同意が必要で、許認可は譲り受け側が新たに取得する必要がある場合が多くあります。
  • 譲渡代金は、在庫は事業所得、事業用資産は総合課税の譲渡所得、土地・建物は分離課税の譲渡所得というように、資産ごとに所得区分が変わります。
  • のれん(営業権)の対価は、事業の実態によって所得区分の判断が分かれることがあるため、契約で対価の内容を明確にし、事前に確認することが大切です。
  • 事業を廃止した場合は、その年分の確定申告期限までに廃業等届出書を提出し、関連する届出と最後の確定申告を行います。

具体的な税務上の取扱いや手続きは、事業の内容や譲渡の条件などの個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 個人事業でもM&Aの支援を受けられますか?

受けられます。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、個人事業主は事業を譲り渡す側に含まれています。小規模な事業の場合は、公的な相談窓口である事業承継・引継ぎ支援センターや、インターネット上のマッチングの場を利用する方法もあります。手数料や支援の範囲は事前に確認しましょう。

Q. のれん代として受け取った金額には、どのくらい税金がかかりますか?

総合課税の譲渡所得とされる場合、特別控除(年間50万円)を差し引いた後、所有期間が5年を超えるものは2分の1が課税対象となり、他の所得と合算して累進税率で計算します。ただし、事業主個人への依存度が高い事業では、雑所得と判断された例もあります。税額は他の所得の状況によっても変わるため、個別に試算することが大切です。

Q. 店舗の建物と土地は売らなければいけませんか?

必ずしも売る必要はありません。所有したまま譲り受け側に貸す方法もあります。売却すれば一度にまとまった資金を得られ、貸せば賃料収入が続く一方で、管理や将来の相続の論点が残ります。引退後の生活資金と、不動産を誰に引き継ぐかを合わせて検討しましょう。

Q. 事業を譲った後、廃業の届出はいつまでに出せばよいですか?

国税庁の案内では、個人事業の廃業等届出書は、事業の廃止等の事実があった日の属する年分の確定申告期限までに、納税地の税務署に提出することとされています。消費税や青色申告に関する届出が必要になる場合もあるため、あわせて確認しましょう。

Q. 屋号をそのまま使ってもらっても問題はありませんか?

屋号を引き継ぐことはできますが、譲り受け側が屋号を続けて使う場合、商法の規定により前の事業主の事業上の債務について責任を負うことがあるとされています(商法17条。債務を引き受けない旨の登記や債権者への通知をすれば責任は生じません)。譲り受け側との間で債務の扱いを明確にし、必要な手続きを専門家と確認しておくことが大切です。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.14-24
  • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、P.192-199
  • 『M&A・組織再編成の税務詳解Q&A』佐藤信祐・松村有紀子・後藤柾哉 著、中央経済社、2020年、Q14-2

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。