投稿者: AEGIS

  • 会社売却を考えるなら何年前から準備するか|「売れる会社」より先に「渡せる会社」を整える

    会社売却を考えるなら何年前から準備するか|「売れる会社」より先に「渡せる会社」を整える

    「いずれは会社を売ることになるかもしれない」——後継者が見つからない、子どもに継ぐ意思がない、あるいは事業をさらに伸ばせる相手に託したい。理由はさまざまですが、こうした考えが頭をよぎった時点で、実は準備はもう始められます。

    結論から言えば、会社売却(M&A)の準備は、相手探しを始める数年前から、段階的に進めるのが現実的です。M&Aの手続きそのものは一定の期間で進みますが、買い手から確認される事項の多くは、短期間では整えられないものだからです。この記事では、売却を「するかどうか」が決まっていない段階から、何を、どの順番で整えておけばよいかを解説します。

    会社売却の準備とは何をすることか

    会社売却の準備というと、「会社の価値を高めること(いわゆる磨き上げ)」を思い浮かべる方が多いかもしれません。もちろんそれも重要ですが、準備の中心はもう一つあります。それは、会社を第三者に引き渡せる状態にしておくことです。

    中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月改訂)でも、譲り渡し側が事前に取り組む事項として、株式の整理・集約や、事業用資産等の整理・集約(経営者個人の資産と会社の資産の区分など)が挙げられています。つまり、価値を上げる取組みと同じくらい、「誰が会社を持っているのか」「何が会社のもので、何が個人のものか」をはっきりさせることが求められているのです。

    AEGISでは、会社売却の準備を次の2つに分けて考えることをおすすめしています。

    準備の種類目的主な内容
    渡せる状態にする準備取引そのものを成立させる株式の整理、会社と個人の資産・取引の区分、契約関係の確認
    評価される状態にする準備条件(価格・付随条件)を納得できるものにする社長依存の解消、数字の信頼性、事業の強みの見える化

    前者が欠けていると、条件がどれだけ良くても取引が進みません。後者が欠けていると、取引は成立しても、価格や条件の面で譲歩を重ねることになりがちです。

    なぜ「数年前」からの準備が必要なのか

    M&Aの手続き自体は短期集中で進む

    M&Aは一般に、相手先の選定、初期的な交渉、基本合意、買い手による調査(デュー・ディリジェンス、以下DD)、最終契約、クロージング(株式や事業の引渡しと対価の支払い)という流れで進みます。中小M&Aガイドラインでも、意思決定から仲介者・FAの選定、バリュエーション、マッチング、交渉、基本合意、DD、最終契約、クロージング、そしてクロージング後(ポストM&A)までの流れが示されています。

    このうちDDは、数週間から数か月程度の短い期間に、大量の資料提出や質問への回答が集中するのが一般的です。その段階で初めて株主名簿の不備や契約書の欠落に気付いても、整える時間はほとんどありません。

    整えるのに時間がかかるものがある

    一方で、買い手が確認する事項の中には、整えるのに年単位の時間を要するものがあります。

    • 社長への依存:営業、技術、取引先との関係、社内の意思決定が社長に集中している場合、それを幹部社員に移していくには時間がかかります。
    • 株式の分散:親族や元役員、取引先などに株式が分散している場合、譲渡の同意を得たり、買い集めたりするには、相手との関係づくりも含めて時間が必要です。
    • 会社と個人の境界:オーナー個人が所有する土地の上に会社の建物がある、会社とオーナーの間に貸付金や借入金がある、といった関係を整理するには、税務上の検討を含めて段階的に進める必要があります。
    • 数字の信頼性:過去数期分の決算や税務申告は、売却直前に作り直すことはできません。日々の経理の積み重ねがそのまま評価の材料になります。

    時間の余裕は交渉力そのもの

    もう一つの理由は、時間の制約がある売り手は交渉で不利になりやすいことです。経営者の健康問題や借入金の返済期限など、「急いで売らなければならない事情」があると、条件面で譲らざるを得ない場面が増えます。準備に時間をかけることは、相手を選び、条件を比べる余地を確保することでもあります。

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」は、事業承継全般について、経営者がおおむね60歳頃には準備に着手することが望ましいとしています。第三者への売却も事業承継の一つの形であり、この考え方はM&Aにもそのまま当てはまります。

    売却の数年前から整えたい5つのこと

    AEGISでは、会社売却の準備を次の5つの領域で整理しています。いずれも、売却するかどうかが決まっていなくても、会社の経営や承継にとってプラスになるものです。

    1. 社長依存:社長がいなくても会社は回るか

    売却後、売り手の社長は一定の引継期間を経て会社を離れるのが一般的です。買い手が最も気にするのは、社長が抜けた後も売上や組織が維持できるかどうかです。

    • 主要な取引先との窓口は、社長以外にもいるか
    • 見積りや価格決定、採用などの権限は、どこまで幹部に委ねられているか
    • 技術や製品開発の中心が社長一人に集中していないか
    • いわゆる「右腕」となる人材がいるか、その人は売却後も残りそうか

    社長が年に一度しか対応しない業務まで含めると、引継ぎには相応の期間が必要です。権限の移譲は、売却の話が具体化する前から少しずつ進めておくのが理想です。

    2. 株式:誰が、何株、どのような経緯で持っているか

    株式譲渡によるM&Aでは、原則として発行済株式のすべてを買い手に渡すことが前提になります。そのため、次の点を早めに確認しておく必要があります。

    • 株主名簿が作成・更新されているか、実際の株主と一致しているか
    • 設立以来の株主の変遷(相続、売買、贈与など)を書類で説明できるか
    • いわゆる名義株(名義上の株主と実際の出資者が異なる株式)がないか
    • 連絡の取れない株主や、売却に反対しそうな株主がいないか
    • 株券を発行する会社かどうか、発行している場合に株券の所在は明らかか

    相続で取得した株式の帰属が親族間で確定していない、といった問題が売却の検討をきっかけに表面化することもあります。株式の整理は、相続対策や事業承継の観点からも早く着手したい項目です。

    3. 会社と個人の資産:境界線を引けているか

    中小企業では、会社とオーナー個人の資産や取引が混在していることが珍しくありません。売却の際には、何を会社とともに渡し、何を個人の手元に残すのかを明確にする必要があります。

    • 会社が使う土地・建物をオーナー個人が所有していないか(その場合、売却後に売るのか、貸し続けるのか)
    • 会社名義の車両、保険、社宅などに、私的な利用が含まれていないか
    • オーナーと会社の間の貸付金・借入金に、契約書や返済条件があるか
    • 本業との関係が薄い関連会社や資産が、会社の中に含まれていないか

    とくに不動産は、オーナーの相続対策や引退後の生活設計とも深く関わります。「売却後も賃料収入として持ち続けたい」のか、「この機会に現金化したい」のかによって、準備の方向が大きく変わります。

    4. 数字:会社の実態を説明できるか

    買い手は、決算書の数字をそのまま受け取るのではなく、資産の実際の価値や、一時的な要因を除いた本来の収益力を確かめようとします。

    • 回収の見込みが低い売掛金や、長く動いていない在庫がないか
    • 役員や従業員の退職金について、必要な引当てや規程が整っているか
    • 社長個人の経費や、関係者との取引が損益に含まれていないか
    • 税務申告に過去の指摘事項や、未処理の論点が残っていないか
    • 将来3〜5年程度の事業計画を、根拠とともに示せるか

    数字の信頼性は、価格だけでなく、買い手が安心して交渉を続けられるかどうかにも影響します。

    5. 契約と組織:引き継がれる約束事は整っているか

    会社が結んでいる契約や、組織の運営ルールも確認の対象になります。

    • 主要な取引先との契約に、株主が変わった場合の通知・承諾・解除などの定め(チェンジ・オブ・コントロール条項)がないか
    • 事業に必要な許認可が、売却後も維持できるか
    • 就業規則や労働時間の管理、残業代の支払いなどが法令に沿って運用されているか
    • 取締役会・株主総会の議事録など、会社の意思決定の記録が残っているか

    会計・契約・組織の準備については、関連記事「M&Aの前に整えたい会計・契約・組織」で詳しく解説しています。

    準備のタイムライン:逆算で考える

    5つの領域を、売却の時期から逆算して並べると、次のようなイメージになります。

    時期の目安主な取組み
    売却を意識し始めた段階(数年前)方針の整理(売却も選択肢に入れるか)、株式と会社・個人の資産の現状把握、社長依存の洗い出し
    準備期(売却の1〜3年前)権限移譲と幹部の育成、株式の整理・集約、会社と個人の資産・取引の整理、経理と契約書類の整備、事業計画の作成
    実行期(相手探し〜クロージング)相手先の選定、基本合意、DDへの対応、最終契約、引継ぎ
    売却後引継期間の対応、受け取った資金や手元に残した不動産の管理、相続・資産承継の再設計

    ※上記は考え方を示すための例です。実際に必要な期間は、会社の規模や業種、株主構成、オーナーの状況によって大きく異なります。

    ここで大切なのは、「売却後」までを計画に含めることです。売却で得た資金や、個人に残した不動産をどう管理し、次の世代にどう引き継ぐかによって、売却の方法やタイミングの最適解が変わることがあるからです。

    実務上注意したいポイント

    方法によって、オーナーの手取りと買い手の負担が変わる

    会社売却には、株式を譲渡する方法と、事業を譲渡する方法などがあります。株式譲渡では対価はオーナー(株主)個人が受け取り、事業譲渡では会社が受け取ります。どちらを選ぶかで、税金のかかり方や、引き継がれる権利義務の範囲が変わります。

    たとえば、個人が非上場株式を譲渡して得た利益は、他の所得と分けて課税される申告分離課税の対象で、税率は所得税15%・住民税5%です(国税庁 タックスアンサーNo.1463。平成25年から令和29年までの各年分は、別途、基準所得税額の2.1%の復興特別所得税がかかります。令和9年分以後は、復興特別所得税が1.1%に引き下げられ、新たに防衛特別所得税〔同1%〕が併せて課されますが、合計の負担率は変わりません〔国税庁 No.1522〕)。ただし、どの方法が適しているかは、税金だけでなく、買い手の意向や引き継ぐリスクの範囲、オーナーが会社に残したい資産によって変わります。詳しくは関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」をご覧ください。

    支援者の立場を確認する

    M&Aの支援者には、売り手と買い手の双方と契約する「仲介者」と、どちらか一方とだけ契約する「ファイナンシャル・アドバイザー(FA)」があります。中小M&Aガイドラインでも、両者の違いと、仲介者に生じ得る利益相反について整理されています。どちらが良い・悪いではなく、誰の立場で助言しているのかを理解したうえで相談することが大切です。

    秘密の管理と、社内の協力者

    売却の検討は、早い段階で社内外に知られると、従業員や取引先の不安を招くことがあります。一方で、DDの段階では経理担当者などの協力が欠かせません。誰に、いつ、どこまで伝えるかも、準備の一部として考えておきたいポイントです。

    経営者保証の扱い

    会社の借入れにオーナーが個人保証をしている場合、売却後にその保証をどう外すかは重要な論点です。中小M&Aガイドラインでも、経営者保証の取扱いについて留意点が示されています。借入れと保証の状況は、早い段階で一覧にしておきましょう。

    AEGISの視点

    会社売却は、オーナーにとって「会社を手放す」決断であると同時に、「会社の外に移った資産を、どう持ち、どう次へつなぐか」を設計し直す出発点でもあります。

    売却の準備を進めると、会社の中に、事業に直接使われていない不動産や金融資産、関連会社の株式などが含まれていることに気付くことがあります。これらを売却の対象に含めるのか、事前に個人や資産管理会社へ移すのかによって、売却の方法や税負担、そして売却後の家族の資産構造が大きく変わります。会社の価値を高めることと、オーナー家の資産全体を整えることは、別々の作業ではありません。

    AEGISは、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として捉え、会社売却をその中に位置付けて考えることを重視しています。売却するかどうかを決める前に、「もし売るとしたら、何を渡し、何を残したいか」を書き出してみること。それが、遠回りに見えて最も確実な準備の第一歩です。

    なお、承継の方法そのものに迷っている場合は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」や「親族内承継・従業員承継・M&Aの比較」も参考になります。

    売却に伴う税務や、売却後の資産構造に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 会社売却の準備には、「渡せる状態にする準備」と「評価される状態にする準備」の2つがあります。
    • M&Aの手続きは短期集中で進む一方、社長依存・株式・会社と個人の資産・数字・契約の整理には年単位の時間がかかることがあります。
    • 売却の時期から逆算し、数年前から段階的に準備を進めるのが現実的です。
    • 売却の方法によって、オーナーの手取りや引き継がれるリスクの範囲が変わります。
    • 売却後の資金や不動産の持ち方まで含めて計画することが、納得のいく売却につながります。

    具体的に何を、どの順で整えるべきかは、会社の状況やオーナーの意向などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 売却するかどうか決めていなくても、準備を始める意味はありますか?

    あります。社長依存の解消、株式の整理、会社と個人の資産の区分、経理や契約書類の整備は、売却だけでなく、親族や社内への承継、さらには日々の経営にとっても役立つ取組みです。売却を選ばなかった場合にも無駄になりにくい準備から始めるのが現実的です。

    Q. 会社売却の手続きには、どのくらいの期間がかかりますか?

    相手先の探索から基本合意、DD、最終契約、クロージングまでの期間は、案件によって大きく異なります。ただ、手続きが始まってから整えられることは限られるため、手続きの期間とは別に、事前の準備期間を確保しておくことが重要です。

    Q. 業績が良いうちに売るべきでしょうか?

    一般に、買い手は将来の収益力や事業の継続性を重視するため、業績が安定している時期のほうが選択肢は広がりやすいと考えられます。ただし、売却の時期は業績だけでなく、オーナーの年齢や健康、家族の意向、後継候補の有無などを総合して判断するものです。

    Q. 会社が使っている土地を個人で持っています。売却前に何をすべきですか?

    まず、売却後もその土地を持ち続けて会社に貸すのか、買い手や会社に売却するのかという方針を考えることが出発点です。現在の賃貸借の契約内容や賃料の水準、借地権の扱いなども確認が必要になります。この判断はオーナーの相続対策や引退後の収入とも関係するため、売却の条件と切り離さずに検討することが望まれます。

    Q. 仲介者とFAは、どちらに相談すべきですか?

    中小M&Aガイドラインでは、仲介者は売り手・買い手の双方と、FAはどちらか一方と契約して支援する者と整理されています。それぞれに特徴があるため、どちらを選ぶかよりも、支援者がどの立場で、どのような報酬体系で関与するのかを確認し、納得したうえで相談することが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産設計までを整理します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 海外在住の相続人がいる場合の準備|課税の範囲・手続書類・納税管理人を整理する

    海外在住の相続人がいる場合の準備|課税の範囲・手続書類・納税管理人を整理する

    子どもが海外で働いている、海外の大学を出てそのまま現地で暮らしている、配偶者の母国に家族で移り住んだ——家族の暮らし方が多様になるにつれ、相続人の中に海外在住の方がいるケースは珍しくなくなりました。

    結論から言えば、海外在住の相続人がいる場合、国内だけの相続と比べて①相続税の課税の範囲、②手続に使う書類、③申告・納税の段取りの3つが変わります。いずれも相続が起きてから調べ始めると時間が足りなくなりやすい論点です。この記事では、それぞれのポイントと、生前に整えておきたい準備を整理します。

    国内だけの相続と何が変わるのか

    まず、変わる点の全体像を確認しておきましょう。

    論点国内だけの相続海外在住の相続人がいる場合に加わる論点
    課税の範囲原則として国内外の財産すべて相続人の住所・国籍・過去の居住期間、被相続人の状況によって範囲が変わる
    債務・葬式費用の控除原則どおり控除相続人の区分によっては控除できる範囲が限られる
    遺産分割協議の書類印鑑証明書、住民票など署名証明(サイン証明)、在留証明など在外公館等の証明で代替
    申告・納税相続人が自ら申告・納付日本に住所等がない相続人は納税管理人を定めて届け出る
    所得税通常は被相続人の準確定申告のみ一定の場合、有価証券等の含み益に所得税がかかる(国外転出時課税)
    居住国の税制考慮不要相続人が住む国でも課税関係が生じることがある

    以下、順に見ていきます。

    論点1:相続税の課税の範囲はどう決まるか

    相続税の納税義務者は、相続人等の住所、日本国籍の有無、過去の日本での居住期間、そして被相続人の状況などによって区分され、区分ごとに課税される財産の範囲が異なります。国税庁の説明(令和8年4月1日現在法令等)に沿って、海外在住の相続人に関係する部分を整理すると次のとおりです。

    • 原則:相続のときに日本に住所がない相続人は、日本国内にある財産だけが課税対象となります。
    • 例外(国内外すべての財産が課税対象):
    • 相続人が日本国籍を持ち、相続開始前10年以内のいずれかの時に日本に住所があった場合
    • 相続人が日本国籍を持ち、相続開始前10年以内に日本に住所がなかった場合でも、被相続人が「外国人被相続人」または「非居住被相続人」に当たらない場合
    • 相続人が日本国籍を持たない場合でも、被相続人が「外国人被相続人」「非居住被相続人」「非居住外国人」に当たらない場合

    ここでいう「外国人被相続人」は、相続開始の時に在留資格を有し日本に住所があった被相続人を、「非居住被相続人」は、相続開始の時に日本に住所がなかった被相続人のうち一定の人を指します。

    実務上のポイントは、被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合、相続人が海外に住んでいても、原則として国内外の財産すべてが課税対象になるということです。「海外に住んでいるから日本の相続税は関係ない」とは限らない点に注意が必要です。

    財産が「国内」か「国外」かの判定

    課税の範囲が国内財産に限られる相続人にとっては、財産がどこにあるかの判定が重要になります。国税庁によれば、たとえば次のように判定します。

    財産の種類所在の判定
    不動産・動産その所在地
    預貯金受け入れをした営業所の所在地
    保険金保険会社等の本店等の所在地
    株式・社債発行法人の本店等の所在地

    債務・葬式費用の控除にも違いがある

    国税庁によれば、相続のときに日本に住所がない相続人のうち一定の要件に当たらない人は、控除できる債務の範囲が限られ、葬式費用も控除できません。債務を誰が引き継ぐかを考える際には、相続人の区分も合わせて確認しておく必要があります。

    論点2:遺産分割協議と相続手続の書類

    日本の相続手続では、遺産分割協議書に相続人全員が署名・実印を押し、印鑑証明書を添付するのが一般的です。しかし、海外に住む日本人は日本に住民登録がないことが多く、印鑑証明書や住民票を取得できない場合があります。その代わりに使われるのが、在外公館(大使館・総領事館)が発行する証明です。

    署名証明(サイン証明)

    外務省によれば、署名(及び拇印)証明は、申請者の署名が領事の面前でなされたことを証明するもので、日本の印鑑証明に相当します。不動産登記や遺産分割協議などの日本国内の手続に使われます。

    • 領事の面前で署名する必要があるため、本人が在外公館に出向いて申請する必要があり、代理申請や郵便による申請はできません。
    • 証明の形式には、遺産分割協議書などの私文書と証明書を綴り合わせて割り印する形式と、署名そのものを単独で証明する形式があります。どちらが必要かは、提出先(法務局、金融機関など)に事前に確認しておくと安心です。

    在留証明

    外務省によれば、在留証明は、外国に住所を有する日本人について、その住所(生活の本拠)の所在を証明するもので、不動産登記などに使われます。原則として、日本国籍を有し、現地にすでに3か月以上滞在して現に居住していること、日本に住民登録がないことなどが要件です。

    相続人が日本国籍を持たない場合

    相続人が外国籍の場合は、在外公館の証明を使えないため、居住国の公証人の認証を受けた宣誓供述書などで、署名や住所を証明する方法がとられることがあります。必要な書類は国や提出先によって異なるため、早めに確認が必要です。

    不動産の相続登記

    令和6年4月1日から、相続登記の申請が義務化されています。法務省によれば、相続により不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請する必要があり、正当な理由のない違反には10万円以下の過料が科されることがあります。施行日前に発生した相続も対象です。海外在住の相続人がいると書類の取得に時間がかかるため、遺産分割協議と登記の段取りは早めに組んでおきましょう。

    論点3:申告・納税の段取り

    申告期限と提出先

    相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。申告書は、原則として被相続人の死亡時の住所地を所轄する税務署に提出します。海外在住の相続人がいても、この期限は変わりません。書類のやり取りに国際郵便や在外公館での手続が加わる分、国内だけの相続よりも時間的な余裕が小さくなると考えておきましょう。なお、日本に住んでいる相続人が、申告期限までの間に納税管理人の届出をしないまま海外に転居して日本に住所・居所がなくなる場合は、その日が申告期限となります(相続税法27条1項)。

    納税管理人

    国税庁によれば、日本に住所がない相続人が相続税の課税対象となる財産を取得した場合は、納税管理人を定め、納税地の所轄税務署長に「納税管理人届出書」を提出する必要があります。納税管理人は、日本国内で申告書の提出や納税、税務署からの書類の受け取りなどを本人に代わって行う人です。

    誰に依頼するか(国内に住む親族か、専門家か)、費用や連絡方法をどうするかは、相続が起きてから決めるのでは慌ただしくなります。生前に家族で話し合っておくことが望まれます。

    国外転出時課税(相続により非居住者が有価証券等を取得する場合)

    被相続人が一定の有価証券等を保有していて、それを海外に住む相続人が相続する場合には、所得税の論点も生じます。国税庁によれば、国外転出時課税の対象となるのは、対象となる有価証券等の価額の合計額が1億円以上で、過去10年以内に国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超える人です。相続の場面では、こうした要件に当たる被相続人の対象資産を、非居住者である相続人等が相続により取得した場合、その時に譲渡等があったものとみなして、含み益に所得税が課税されます(一定の要件を満たす場合には課税の取消し等の手続もあります)。

    上場株式や自社株式を多く保有するオーナーで、海外在住の子に株式を承継させる可能性がある場合は、相続税だけでなくこの所得税の負担も見込んでおく必要があります。

    居住国の税制も確認する

    相続人が住む国でも、相続や財産の取得に対して課税される場合があります。日本の相続税では、国外にある財産について現地で相続税に相当する税が課された場合に、一定の限度額の範囲でその税額を日本の相続税額から控除する仕組みがあります(相続税法20条の2)。ただし、この控除の対象は国外にある財産に限られ、居住国の側でどのような調整があるかは国によって異なります。日本と居住国の双方で課税される可能性があるときは、居住国の専門家とも連携して確認することが大切です。

    生前に整えておきたい準備

    海外在住の相続人がいる場合に、生前に進めておきたい準備をまとめます。

    1. 相続人の状況を把握する:国籍、現在の住所、日本を離れた時期(過去10年の居住状況)、在留資格や永住の予定などを整理します。課税の範囲の判断に直結します。
    2. 財産と債務の一覧を作る:国内財産・国外財産の別、所在地、名義を整理します。概算の進め方は、関連記事「相続税の概算に必要な情報とは」で解説しています。

    3. 遺言を検討する:遺言があれば、遺産分割協議に関わる書類のやり取りを減らせる場合があります。誰が何を取得するかを明確にしておくことは、海外在住の相続人の負担軽減にもつながります。遺言と民事信託(いわゆる家族信託)の使い分けは、関連記事「遺言と家族信託の使い分け」で解説しています。

    4. 納税管理人と連絡体制を決めておく:誰が納税管理人になるか、書類の受け渡しや連絡をどう行うかを決めておきます。

    5. 納税資金と送金の段取りを考える:海外在住の相続人が日本の口座を持っていない場合など、納税資金の移動に時間がかかることがあります。
    6. 海外に財産がある場合は現地の手続も確認する:被相続人が海外に財産を持っている場合、その国の相続手続(裁判所の関与が必要な国もあります)が必要になることがあります。

    実務上注意したいポイント

    • 「海外在住だから日本の相続税は関係ない」と決めつけない:被相続人と相続人の状況によって、国内外の財産すべてが課税対象になることがあります。
    • 在外公館での手続には時間がかかる:署名証明は本人の出頭が必要です。相続人が在外公館から遠い地域に住んでいる場合、移動や予約に時間を要することがあります。
    • 書類の要件は提出先ごとに異なる:法務局、金融機関、税務署で求められる書類や形式が異なる場合があります。
    • 情報の基準日を確認する:国際相続の課税関係は、過去に何度か改正されています。古い書籍や記事の情報をそのまま当てはめず、最新の一次情報で確認しましょう。

    AEGISの視点

    海外在住の相続人がいる相続では、税金の計算そのものよりも、「離れて暮らす家族が、限られた時間の中で合意し、手続を完了できるか」が大きな課題になります。書類一つ取り寄せるにも、時差や距離、言語の壁が立ちはだかるからです。

    AEGISは、こうしたケースこそ、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として整理しておく価値が大きいと考えています。たとえば、日本の不動産を海外在住の子が相続した場合、その不動産を誰が管理し、将来売却するのか保有し続けるのか。自社株式を承継する場合、海外から議決権をどう行使し、会社の意思決定にどう関わるのか。相続税の範囲や手続書類の問題は、こうした「所有と管理の設計」と切り離せません。

    家族がどこに住んでいても、何を、誰に、どのような形で残したいのかを言葉にし、家族と共有しておくこと。それが、国境をまたぐ相続を円滑に進めるための最も確実な準備だと考えています。相続対策と事業承継を一体で考える視点は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    資産税務や承継に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 海外在住の相続人がいると、相続税の課税の範囲、手続書類、申告・納税の段取りの3つが変わります。
    • 被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合、相続人が海外に住んでいても、原則として国内外の財産すべてが課税対象になります。
    • 遺産分割協議などでは、印鑑証明書や住民票に代えて、在外公館の署名証明(本人出頭が必要)や在留証明などを使います。
    • 日本に住所がない相続人は、納税管理人を定めて届け出る必要があります。
    • 有価証券等を多く保有する場合は、国外転出時課税による所得税の負担も確認が必要です。

    具体的な課税関係や必要書類は、相続人と被相続人の状況、居住国などによって異なります。

    よくある質問

    Q. 海外に住んでいる子も、日本の相続税を払う必要がありますか?

    被相続人や相続人の状況によります。国税庁によれば、相続のときに日本に住所がない相続人は原則として国内財産のみが課税対象ですが、日本国籍を持ち相続開始前10年以内に日本に住所があった場合や、被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合などは、国内外の財産すべてが課税対象になります。

    Q. 海外在住の相続人は、印鑑証明書の代わりに何を用意すればよいですか?

    日本国籍の方であれば、在外公館で署名証明(サイン証明)を取得するのが一般的です。外務省によれば、署名証明は領事の面前で署名する必要があるため、本人が在外公館に出向いて申請する必要があり、代理や郵送では申請できません。

    Q. 納税管理人とは何ですか?誰がなれますか?

    日本に住所がない納税者に代わって、申告書の提出や納税、税務署からの書類の受け取りなどを行う人です。相続税の課税対象となる財産を取得した海外在住の相続人は、納税管理人を定めて届け出る必要があります。国内に住む親族や専門家に依頼するのが一般的です。

    Q. 海外在住の相続人がいると、申告期限は延びますか?

    相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内で、相続人が海外にいても原則として変わりません。書類の取得に時間がかかるため、早めに準備を始めることが大切です。

    Q. 生前にできる最も効果的な準備は何ですか?

    相続人の居住状況と財産の全体像を把握したうえで、遺言を作成し、納税管理人や連絡体制を家族と話し合っておくことです。誰が何を取得するかが明確であれば、海外在住の相続人が関わる手続の負担を減らすことができます。

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  • 会社を買う前に確認したいリスク|財務・税務・契約・事業運営の4つの視点で見る買収前の調査

    会社を買う前に確認したいリスク|財務・税務・契約・事業運営の4つの視点で見る買収前の調査

    事業の拡大や新しい分野への進出、人材や拠点の確保のために、他の会社を買収する(M&Aで譲り受ける)オーナーが増えています。一方で、買収は「買った後」に初めて見えてくる問題が少なくない取引でもあります。

    結論から言えば、会社を買う前には、財務・税務・契約(法務)・事業運営の4つの視点で対象会社を調べ、見つかったリスクを価格・取引方法・契約条件のいずれかに必ず反映させることが重要です。この記事では、買い手として何を確認すべきか、そして確認した結果をどう判断に結び付けるかを解説します。

    買収前の調査(デュー・ディリジェンス)とは

    調査の目的

    買収前に対象会社の実態を調べることを、デュー・ディリジェンス(以下DD)といいます。DDには大きく2つの目的があります。

    1. リスクを見つけ、評価する:買収してよいか、いくらなら、どのような条件なら買えるかを判断する
    2. 買収後の経営を準備する:対象会社の実態を知り、統合や改善の計画に活かす

    中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月改訂)でも、DDは譲り受け側が対象企業のリスクを精査するために主体的に行うものと位置付けられており、財務・法務のほか、ビジネス、税務、人事労務などの分野が挙げられています。

    買い手がリスクを負う取引である

    株式を取得して会社を買う場合、会社の資産だけでなく、帳簿に表れない債務や過去の問題も含めて、会社をまるごと引き受けることになります。売り手は売却後に会社を離れるため、問題が後から見つかった場合、その影響を受けるのは主に買い手です。

    また、買収価格の大きさとリスクの大きさは比例しない点にも注意が必要です。小規模な案件でも、未払いの残業代や税務上の問題、土壌汚染などが見つかれば、買収価格を上回る負担が生じることもあります。案件の規模にかかわらず、最低限の調査は欠かせません。

    視点1:財務――数字の実態を確かめる

    資産・負債の実態

    決算書の貸借対照表は、すべてが時価で表示されているわけではありません。買い手は、主な資産・負債を実態に合わせて見直します。

    • 売掛金:回収が遅れているもの、取引先の信用に不安があるもの
    • 在庫:長期間動いていないもの、陳腐化しているもの
    • 固定資産:不動産の時価、事業に使っていない資産、設備の老朽化
    • 負債:退職給付・役員退職慰労金の引当不足、保証債務、係争中の案件などの簿外債務・偶発債務

    本来の収益力

    過去の損益から、一時的な損益や、オーナー経営に特有の費用(オーナー個人の車両・保険・交際費、関係会社との特殊な取引条件など)を除き、買収後も期待できる「正常な収益力」を見極めます。買収後に役員報酬や取引条件が変わる場合は、その影響も織り込みます。

    資金の流れと事業計画

    • 運転資金の水準と、その調達方法(長期借入金で運転資金を賄っていないか)
    • 今後必要な設備投資の規模
    • 売り手が示す事業計画の前提(売上の伸び、利益率)に無理がないか

    財務の調査は、単に誤りを探すだけでなく、買収後の事業計画の土台を確かめる作業でもあります。

    視点2:税務――過去の申告を引き継ぐ覚悟

    株式取得では税務リスクも引き継ぐ

    株式を取得して会社を買う場合、対象会社が過去に行った税務処理に誤りがあれば、買収後の税務調査で追徴課税を受けるのは対象会社、つまり買い手の子会社です。加算税や延滞税が加わることもあります。そのため、過去数期分の申告内容を確認することが重要です。

    主な着眼点

    • 税務調査の履歴:過去の調査の時期、指摘事項、その後の対応
    • 申告調整の妥当性:申告書上の加算・減算の処理が適切か
    • オーナー関連の取引:役員給与の水準や支給方法、オーナー一族や関係会社との取引価格、会社資産の私的利用。これらは寄附金や役員給与として課税上の問題になりやすい論点です
    • 法人税以外の税目:消費税、源泉所得税、印紙税など。源泉所得税の処理漏れなどは、課税所得が少ない会社でも生じ得ます
    • 繰越欠損金:利用できる見込みがあるか、買収や買収後の組織再編によって利用が制限されないか(たとえば、50%超の株式取得などで支配関係が生じた後に一定の事由が生じると、欠損金の繰越しが認められなくなる規定があります〔法人税法57条の2〕)
    • グループ会社の数と目的:事業規模に比べて会社の数が多い場合、その設立理由や決算期の違いに、税務上のリスクが潜んでいないか

    取引の方法と税務リスク

    事業譲渡で事業だけを取得する場合、売り手の会社の税務リスクは原則として売り手に残ります。ただし、取引の相手や条件によっては、売り手側の税金の負担が買い手側に及ぶ規定もあるため(たとえば、売り手と特殊な関係にある者が事業を譲り受けて同一・類似の事業を営む場合の第二次納税義務〔国税徴収法38条〕)、「事業譲渡なら税務リスクはない」とは言い切れません。取引の方法による違いは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で解説しています。

    視点3:契約(法務)――引き継ぐ約束事を確かめる

    株式の権利

    株式を取得する場合、まず確認すべきは、取得しようとする株式そのものに問題がないかです。

    • 株主名簿と実際の株主が一致しているか
    • 設立以来の株式の移動(相続・売買・贈与)が、書類で裏付けられているか
    • 名義株や、相続で帰属が決まっていない株式がないか
    • 株券を発行する会社である場合、株券の発行・交付の状況
    • 種類株式や新株予約権が発行されていないか

    株式の権利に疑いがあると、買収後に株主の地位をめぐる争いが生じるおそれがあります。

    重要な契約

    • チェンジ・オブ・コントロール条項:株主の変更を理由に、取引先が契約を解除できる、あるいは事前の承諾を求める定めがないか
    • 借入契約:財務内容に関する制限条項(コベナンツ)や、株主変更に関する定め
    • 競業避止・独占条項:買収後の事業展開を縛る定めがないか
    • リース・業務委託・ライセンス契約:期間、更新、解除の条件

    不動産・許認可・知的財産

    • 不動産の使用権原:事業に使う土地・建物が、会社所有か、借地か、賃借か。売り手のオーナー個人が所有している場合、買収後も同じ条件で使い続けられるか
    • 担保・登記:不動産に担保が設定されていないか
    • 許認可:買収後も維持できるか、手続きが必要か
    • 知的財産:商標・特許が会社名義か、第三者の権利を侵害していないか

    訴訟・紛争・環境

    現在の訴訟だけでなく、将来紛争に発展しそうな事案(労働紛争、製品の不具合、知的財産の侵害など)も把握します。工場などを持つ会社では、土壌汚染や廃棄物処理など環境面のリスクも重要な確認事項です。

    視点4:事業運営――買った後に回るか

    社長とキーパーソンへの依存

    中小企業では、売上や技術、取引先との関係が社長個人に集中していることが少なくありません。社長が引退した後も事業が維持できるか、実務を担う幹部や技術者が残るかは、買収の成否を左右する重要な論点です。引継期間をどの程度設けるか、キーパーソンの処遇をどうするかも検討します。

    人と労務

    • 従業員の人数・年齢構成・勤続年数、熟練者の技術が継承されているか
    • 労働時間の管理、残業代の支払い、就業規則の運用が適正か
    • 労使関係や過去の労働紛争の有無

    未払いの残業代などは、そのまま簿外の負債になります。また、従業員の意欲の低下や離職は、買収後の業績に直結する最大のリスクの一つです。

    事業と取引先

    • 売上が特定の取引先に集中していないか
    • 市場の動向、競合との関係、事業の強み
    • 設備の老朽化や、先送りされている投資がないか
    • 情報システムを買収後も使い続けられるか

    統合の見通し

    買収後、対象会社をどのように経営し、自社とどう連携させるか(統合の方針)は、DDの段階から考え始めることが重要です。DDで得た情報は、買収後の計画づくりにそのまま活かせます。

    見つかったリスクをどう判断に反映するか

    DDの価値は、リスクを見つけることそのものではなく、見つけたリスクを判断に反映させることにあります。AEGISでは、リスクの性質に応じて次のように整理することをおすすめしています。

    リスクの性質主な対応例
    金額を見積もれる価格に反映する回収困難な売掛金、引当不足の退職金、未払残業代
    特定の資産・事業に限定できる取引の方法や対象範囲を変える問題のある事業や資産を対象から外す、事業譲渡に切り替える
    クロージングまでに解消できる解消を取引実行の前提条件にする名義株の整理、許認可の手続き、契約相手の承諾取得
    発生するかどうか不確実最終契約の表明保証・補償で手当てする将来の税務調査、潜在的な紛争
    事業の前提を揺るがす買収を見送る主要取引先の喪失が確実、重大な法令違反

    ※上記は考え方を整理するための例です。実際の対応は、リスクの内容や交渉の状況によって異なります。

    表明保証・補償の限界

    最終契約では、売り手が対象会社の状況について一定の事項が真実であることを表明し、違反があった場合に補償する「表明保証」の条項を設けるのが一般的です。中小M&Aガイドラインでも、最終契約で規定される事項として表明保証や補償が挙げられています。

    ただし、補償には上限や期間が設けられることが多く、また、売り手に十分な資力がなければ、実際には補償を受けられないこともあります。契約で手当てしたから安心、ではなく、契約で手当てできないリスクがどれだけ残るかを考えておく必要があります。

    実務上注意したいポイント

    • 調査の範囲を最初に決める:案件の規模や業種に応じて、どの分野をどこまで調べるかを決めます。財務・税務・法務は、規模にかかわらず確認しておきたい分野です。
    • 売り手の説明だけに頼らない:中小企業では意思決定の記録が少なく、担当者の記憶に頼った回答になりがちです。決算書の数値の動きや契約書など、客観的な資料で裏付けを取ることが大切です。
    • 売り手の準備状況も見る:資料がすぐに出てくる会社は、管理の水準も一定以上であることが多いものです。売り手側の準備については、関連記事「M&Aの前に整えたい会計・契約・組織」が参考になります。

    • 高すぎる買い物をしない:シナジー(相乗効果)を楽観的に見積もりすぎると、価格が投資を回収できる範囲を超えてしまいます。リスクを織り込んだうえで、自社にとっての上限を決めておくことが重要です。

    AEGISの視点

    会社を買うことは、他の誰かが築いてきた事業と、それに関わる人・資産・約束事を、まとめて引き継ぐことです。言い換えれば、買収とは「承継を引き受ける」意思決定です。

    AEGISがとくに重視しているのは、対象会社の事業だけでなく、その事業を支える不動産や資産の「持ち方」です。たとえば、対象会社の事業所の土地を売り手のオーナー個人が所有している場合、買収後も賃借を続けるのか、取得するのか、取得するなら事業会社で持つのか別の会社で持つのかによって、資金負担、税務、将来の事業再編のしやすさが変わります。事業の運営と不動産の所有をどう組み合わせるかは、買収の段階で設計しておくべき論点です。

    また、買い手自身の事業承継も見落とせません。買収によって会社やグループの規模が大きくなれば、自社株の評価や、次の世代への引継ぎ方にも影響します。買収の判断は、自社とオーナー家の将来像の中に位置付けて行うことが大切だとAEGISは考えています。

    M&Aの準備と全体像については、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で、売り手側の視点から解説しています。

    まとめ

    • 会社を買う前には、財務・税務・契約(法務)・事業運営の4つの視点で対象会社を調べることが重要です。
    • 株式を取得する場合、簿外債務や過去の税務リスクも含めて会社ごと引き継ぐため、規模にかかわらず最低限の調査が欠かせません。
    • 見つかったリスクは、価格・取引方法・前提条件・表明保証と補償・見送りのいずれかに必ず反映させます。
    • 表明保証や補償には限界があるため、契約で手当てできないリスクの大きさも考えておく必要があります。
    • 事業だけでなく、不動産の持ち方や自社の承継まで含めて判断することが、買収を成功に近づけます。

    どのリスクをどこまで調べるべきかは、対象会社の業種や規模、取引の方法などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 小規模な会社の買収でも、DDは必要ですか?

    必要です。買収価格が小さくても、未払いの残業代や税務上の問題などが見つかれば、価格を上回る負担が生じることがあります。費用や期間との兼ね合いで調査の範囲を絞ることはあっても、財務・税務・法務の基本的な確認は省略しないことが望まれます。

    Q. 株式を買う場合と事業を買う場合で、確認すべきことは変わりますか?

    変わります。株式を買う場合は会社全体を引き継ぐため、過去の税務処理や簿外債務を含めて幅広く調べる必要があります。事業を買う場合は、引き継ぐ資産・負債・契約・従業員の範囲を個別に確認し、移転の手続きや許認可の取り直しが可能かを中心に見ていくことになります。

    Q. 表明保証があれば、DDを簡略化してもよいですか?

    表明保証は、問題が見つかったときに売り手に補償を求めるための仕組みですが、補償には上限や期間が設けられることが多く、売り手に支払能力がない場合には実効性がありません。表明保証はDDを補うものであり、代わりになるものではないと考えるのが安全です。

    Q. 売り手のオーナーが所有する不動産を会社が使っている場合、何に注意すべきですか?

    買収後も同じ条件で使い続けられるかが最大のポイントです。賃貸借契約の有無と内容、賃料の水準、契約期間、借地権の扱いなどを確認し、買収と同時に取得するのか、賃借を続けるのかを決めておく必要があります。取得する場合は、資金負担や税務、どの会社で所有するかもあわせて検討します。

    Q. 買収後に問題が見つかった場合はどうなりますか?

    最終契約の表明保証や補償の条項に基づいて、売り手に損害の補填を求めることになるのが一般的です。ただし、請求できる範囲や期間、金額の上限は契約の定め次第です。そのため、契約の段階で、どのような事項を保証の対象とし、どのような場合に補償を受けられるかを明確にしておくことが重要です。

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  • 株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント|会社・オーナー・買い手それぞれから見た違い

    株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント|会社・オーナー・買い手それぞれから見た違い

    会社を第三者に引き継ぐ方法として、よく比較されるのが「株式譲渡」と「事業譲渡」です。どちらも会社の事業を相手に渡すという点では同じですが、誰が売り手になり、誰が対価を受け取り、何が相手に引き継がれるかがまったく異なります。

    結論から言えば、株式譲渡は「会社をまるごと渡す」方法、事業譲渡は「会社の中から事業を切り出して渡す」方法です。中小企業のM&Aでは株式譲渡が選ばれることが多い一方、引き継ぐリスクを限定したい場合や、一部の事業・資産を手元に残したい場合には、事業譲渡が検討されます。この記事では、会社・オーナー・買い手の3つの立場から、両者の違いを整理します。

    株式譲渡と事業譲渡とは

    株式譲渡:株主が会社の株式を売る

    株式譲渡は、会社の株主(多くの場合はオーナー)が、保有する株式を買い手に売却する方法です。会社そのものは何も変わらず、株主が入れ替わるだけです。会社の資産・負債・契約・従業員との雇用関係は、原則としてそのまま会社に残り、買い手は株主として会社を支配することになります。

    事業譲渡:会社が事業を売る

    事業譲渡は、会社が営んでいる事業の全部または一部を、買い手に売却する方法です。売り手は株主ではなく会社自身で、対価も会社に支払われます。引き継ぐ資産・負債・契約・従業員は、売り手と買い手の合意で個別に決め、それぞれについて移転の手続きが必要になります。

    なお、事業を切り出す方法としては会社分割もありますが、この記事では基本となる株式譲渡と事業譲渡に絞って比較します。

    3つの立場から見た違い

    両者の違いを、会社・オーナー・買い手の立場ごとにまとめると、次のようになります。

    立場観点株式譲渡事業譲渡
    会社売り手は誰か株主(会社は当事者ではない)会社
    会社売却後の会社買い手の子会社として存続売り手の会社として存続(残った事業・資産とともに)
    会社従業員・契約原則そのまま継続個別に移転(従業員の同意、取引先との再契約等が必要)
    オーナー対価の受取りオーナー個人が直接受け取る会社が受け取る(個人に移すには配当・清算等が必要)
    オーナー税金個人の株式譲渡益に課税会社の譲渡益に法人税等、個人に分配する段階でも課税
    オーナー手元に残せるもの原則として会社ごと渡す(残したい資産は事前に整理)譲渡しない資産・事業を会社に残せる
    買い手引き継ぐリスク簿外債務・過去の税務リスク等も含めて引き継ぐ引き継ぐ資産・負債を選べる
    買い手手続きの負担比較的簡便資産・契約・許認可ごとの移転手続きが必要
    買い手取得時の税金株式の取得自体に消費税はかからない土地・有価証券以外の資産等は消費税の課税対象。不動産の移転には流通税もかかる

    ※一般的な比較です。具体的な取扱いは、取引の内容や当事者の状況によって異なります。

    以下、それぞれの立場から主な論点を見ていきます。

    会社から見た違い

    株主の同意の取り方

    株式譲渡では、株式を持つ一人ひとりが売るかどうかを決めます。買い手は通常、発行済株式のすべての取得を望むため、株式が親族や元役員などに分散している場合は、M&Aの前に主要株主のもとに株式を集めておく必要があります。売却に応じない株主や所在の分からない株主がいると、取引が難しくなることがあります。

    一方、事業譲渡は会社の行為なので、事業の全部や重要な一部を譲渡する場合には、原則として株主総会の特別決議による承認が必要とされます(会社法467条1項・309条2項。譲渡する資産が総資産額の5分の1以下の場合などの例外があります)。一部の株主が反対していても、決議で承認が得られれば手続きを進められる点は、株式譲渡との大きな違いです。

    従業員と取引先

    株式譲渡では、会社と従業員の雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡では、従業員が買い手の会社に移るために、原則として従業員一人ひとりの同意が必要です(民法625条1項)。勤務条件や社風が変わることに不安を感じ、移籍を望まない従業員が出る可能性もあります。

    取引先との契約も、株式譲渡では会社が当事者のまま続きます(ただし、株主の変更に関する定め=チェンジ・オブ・コントロール条項がある場合は確認が必要です)。事業譲渡では、契約上の地位を移すことに相手方の承諾が必要になるのが一般的で、実務上は契約を結び直すケースが多くなります。

    許認可

    事業に必要な許認可は、株式譲渡であれば会社が保有したまま維持できる場合が多いのに対し、事業譲渡では買い手側で新たに取得し直す必要がある場合があります。取得に時間がかかる許認可がある事業では、スケジュールに大きく影響します。

    オーナーから見た違い

    対価を受け取るのは誰か

    株式譲渡では、売却代金は株主であるオーナー個人が直接受け取ります。事業譲渡では、代金を受け取るのは会社です。オーナーが個人として資金を受け取るには、会社から配当を受けるか、会社を清算して残った財産の分配を受けるなどの手続きが必要になります。

    税金のかかり方

    株式譲渡の場合、個人が非上場株式を譲渡して得た利益は、他の所得と分けて課税される申告分離課税の対象です。税率は所得税15%・住民税5%の合計20%で、平成25年から令和29年までの各年分は、これに加えて基準所得税額の2.1%の復興特別所得税がかかります(国税庁 タックスアンサーNo.1463)(令和9年分以後は、復興特別所得税が基準所得税額の1.1%に引き下げられ、新たに防衛特別所得税〔同1%〕が併せて課されます。合計の負担率は変わりません〔国税庁 タックスアンサーNo.1522・No.1000〕)。

    事業譲渡の場合、まず会社に事業の譲渡益が生じ、法人税等の対象になります。その後、会社に入った資金をオーナー個人に移す段階で、配当などとして改めて個人に課税されます。会社段階と個人段階の二段階で課税されるため、オーナーが最終的に個人で受け取る金額という観点では、株式譲渡のほうが有利になるケースが多いとされています。

    ただし、これは「売却代金をすべて個人で受け取りたい」場合の比較です。会社に資金を残したまま、次の事業や資産運用に使うのであれば、比較の前提が変わります。

    役員退職金との組み合わせ

    株式譲渡に伴ってオーナーが役員を退任する場合、会社から役員退職金を受け取ることも検討されます。退職金は退職所得として、収入金額から退職所得控除額を差し引いた額の2分の1が課税対象となり、他の所得と分けて税額を計算するのが原則です(国税庁 タックスアンサーNo.1420)。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の場合(特定役員退職手当等)には2分の1の計算が適用されないなどの例外があります。

    会社にとっても、適正な範囲の退職金は損金になるため、買い手との間で「株式の価格」と「退職金」の配分を調整することがあります。もっとも、退職金の額が不相当に高額と判断されると、その部分は会社側で損金に算入できないリスクがあり(法人税法34条2項)、他の株主がいる場合には株主間の公平も問題になります。金額の妥当性は慎重な検討が必要です。

    手元に何を残すか

    事業譲渡の大きな特徴は、譲渡しない資産や事業を会社に残せることです。たとえば、本業は事業譲渡で買い手に引き継ぎ、会社には賃貸用の不動産を残して、資産管理会社として次の世代に引き継ぐ、という設計も考えられます。

    株式譲渡でも、会社が持つ不動産などを売却前にオーナー個人や別会社に移すことで、手元に残すことは可能です。ただし、移す際の税負担や、買い手との価格調整が必要になります。

    売却後のオーナーの立場

    株式譲渡では、一定の引継期間を経て、オーナーは会社から離れるのが一般的です。事業譲渡では、事業を手放しても会社は残るため、残った会社を清算するのか、資産管理会社として続けるのかを決める必要があります。

    買い手から見た違い

    引き継ぐリスクの範囲

    株式譲渡では、会社の権利義務をすべて引き継ぐため、帳簿に載っていない債務(簿外債務)や、将来の訴訟、過去の税務処理の誤りといったリスクも、会社とともに引き継ぐことになります。買い手はDD(デュー・ディリジェンス)で調査し、最終契約の表明保証や補償でリスクを手当てしますが、売り手に十分な資力がなければ、補償を受けられないこともあります。

    事業譲渡では、引き継ぐ資産・負債を選べるため、偶発的な債務のリスクを抑えやすくなります。ただし、取引の形態によっては、売り手側の税金の負担が及ぶ規定もあるため(たとえば、親族や同族会社など売り手と特殊な関係にある者が事業を譲り受け、同一・類似の事業を営む場合の第二次納税義務〔国税徴収法38条〕)、事業譲渡なら一切リスクがないとは言えません。

    税務上のメリット

    事業譲渡で事業を取得した場合、買い手は取得した資産を時価で計上でき、資産の価値を超えて支払った部分を税務上ののれん(資産調整勘定)として、原則5年(60か月)にわたり均等に損金に算入できる場合があります(法人税法62条の8)。株式譲渡では、取得した株式は資産として計上され、のれん相当額の償却による税務上のメリットは通常ありません。

    一方、事業譲渡では、土地や有価証券以外の資産(建物、機械、のれんなど)の譲渡は消費税の課税対象となり(国税庁 タックスアンサーNo.6201:土地の譲渡や株式等の譲渡は非課税)、不動産を取得する場合には不動産取得税や登録免許税もかかります。株式の譲渡は消費税が非課税で、不動産の名義も変わらないため、これらの流通税は生じません。

    実務上注意したいポイント

    「どちらが有利か」は立場によって逆になる

    オーナーにとって手取りが多くなりやすい株式譲渡は、買い手にとっては引き継ぐリスクが大きく、税務上ののれんのメリットも得にくい方法です。反対に、買い手にとってメリットの大きい事業譲渡は、オーナーにとって二段階課税となりやすい方法です。方法の選択は、どちらか一方の損得ではなく、価格を含めた条件全体の交渉の中で決まっていくものです。

    方法の選択は、準備の内容を変える

    株式譲渡を前提にするなら、株式の整理・集約や、会社全体の会計・契約・労務の点検が重要になります。事業譲渡を前提にするなら、譲渡する資産・契約・従業員の範囲と、残る会社の将来像を早めに考える必要があります。売り手としての準備については、関連記事「M&Aの前に整えたい会計・契約・組織」で解説しています。

    数値での比較は前提条件をそろえて

    税負担の比較は、会社の純資産や含み益、オーナーの株式の取得費、退職金の有無、売却代金を個人と会社のどちらに残したいかといった前提によって結論が変わります。一つの前提だけで「株式譲渡が得」「事業譲渡が得」と決めつけず、複数の前提で試算して比べることが大切です。

    AEGISの視点

    株式譲渡と事業譲渡の比較は、税金の比較として語られがちです。しかしAEGISは、この選択を「売却後、オーナー家に何を、どの形で残すか」を決める所有設計の問題と捉えています。

    たとえば、会社が本業とは別に賃貸不動産を持っている場合、株式譲渡ではその不動産をどうするかが論点になり、事業譲渡では不動産を会社に残して資産管理会社として活かす道が開けます。どちらが望ましいかは、オーナーの引退後の収入、家族への承継、相続税の見通し、さらには社会貢献への関心まで含めて考えなければ判断できません。

    売却の方法は、M&Aの最後に技術的に決めるものではなく、オーナー家の資産全体の設計図の中で位置付けて選ぶもの。それがAEGISの考え方です。売却の準備の全体像は、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で、買い手が確認するリスクは「会社を買う前に確認したいリスク」で解説しています。

    売却に伴う税務や、売却後に残る資産の構造に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 株式譲渡は株主が株式を売る方法、事業譲渡は会社が事業を売る方法です。
    • 株式譲渡ではオーナー個人が対価を受け取り、株式譲渡益は申告分離課税(所得税15%・住民税5%、別途復興特別所得税)の対象です。
    • 事業譲渡では会社が対価を受け取り、個人に移す段階でも課税されるため、二段階課税になりやすい点に注意が必要です。
    • 買い手にとって、株式譲渡は引き継ぐリスクが広く、事業譲渡はリスクを限定しやすい一方、消費税や流通税、移転手続きの負担があります。
    • どちらが適しているかは、税金だけでなく、売却後にオーナー家に何を残すかを含めて判断することが重要です。

    具体的にどの方法が適しているかは、会社の資産構成や株主構成、オーナーの意向などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 中小企業のM&Aでは、どちらの方法が多いのですか?

    一般に、手続きが比較的簡便で、オーナーが直接対価を受け取れる株式譲渡が選ばれることが多いとされています。ただし、引き継ぐリスクを限定したい場合や、一部の事業だけを譲渡したい場合、残したい資産がある場合などには、事業譲渡や会社分割が検討されます。

    Q. 株式譲渡なら、オーナーの税金は20%で済むのですか?

    個人の非上場株式の譲渡益は、所得税15%・住民税5%の申告分離課税で、これに加えて復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)がかかります(国税庁 No.1463)。令和9年分以後は、復興特別所得税が基準所得税額の1.1%(令和8年分までは2.1%)に引き下げられ、あわせて防衛特別所得税(同1%)が課されます(財務省「令和8年度税制改正の解説」)。税額は譲渡益(譲渡価額から取得費や譲渡費用を差し引いた金額)に対して計算されます。売却の方法や退職金との組み合わせによって全体の手取りは変わるため、個別に試算することが大切です。

    Q. 事業譲渡をした後の会社はどうなりますか?

    会社は残ります。残った資産や負債の内容、オーナー家の意向に応じて、会社を解散・清算するか、残った不動産などを管理する会社として存続させるかを選ぶことになります。存続させる場合は、その会社の株式を次の世代にどう引き継ぐかも検討が必要です。

    Q. 従業員を守りたい場合は、どちらが適していますか?

    株式譲渡では雇用契約がそのまま続くため、従業員にとっての変化は比較的小さいと考えられます。事業譲渡では、従業員が移籍するために個別の同意が必要で、条件の変化に不安を感じる人が出ることもあります。ただし、どちらの方法でも、売却後の処遇について買い手と十分に話し合っておくことが重要です。

    Q. 買い手から事業譲渡を求められた場合、どう考えればよいですか?

    買い手がリスクを限定したい、税務上のメリットを得たいといった理由で事業譲渡を希望することがあります。その場合、オーナー側では二段階課税による手取りの減少や、残る会社の扱いを踏まえて、価格を含めた条件全体で比較することが大切です。方法の違いによる損得を、価格の調整で埋められるかどうかが交渉のポイントになります。

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  • 事業承継で経営権と株式をどう設計するか|社長交代と株式移転の時期は同じでなくてよいのか

    事業承継で経営権と株式をどう設計するか|社長交代と株式移転の時期は同じでなくてよいのか

    「社長の座は息子に譲ったが、株式はまだ自分が持っている」——中小企業の事業承継では、こうした状態がよく見られます。

    結論から言えば、経営を任せる時期と株式を移す時期は、同じである必要はありません。むしろ、両者をあえてずらし、段階的に移していく設計は合理的な選択肢の一つです。

    ただし、その「ずれ」の期間に誰が最終的な決定権を持ち、何が起きたらどうするかを決めておかないと、後継者の経営は不安定になり、相続のときに思わぬ問題が表面化します。

    この記事では、経営権と株式の関係を整理したうえで、時期の組み合わせ方と、設計の際に確認しておきたい論点を解説します。

    「経営権」と「株式」は何が違うのか

    事業承継の文脈で使われる「経営権」という言葉には、実は二つの意味が混ざっています。

    区分中身誰が決めるか
    経営の地位代表取締役として業務を執行し、日々の経営判断を行う立場取締役会や株主総会で選ばれる
    支配の権限株主総会で議決権を行使し、役員の選任・解任や重要事項を決める力株式(議決権)の保有割合で決まる

    会社の重要事項は株主総会で決まります。役員の選任などの普通決議は原則として出席株主の議決権の過半数、定款変更などの特別決議は原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です(会社法309条・341条)。つまり、社長であっても株主総会で過半数を握っていなければ、最終的には株主の意向で交代させられる可能性があるということです。

    中小企業では、オーナーが「社長」と「大株主」を兼ねているため、この二つの違いを意識する機会はあまりありません。しかし、事業承継ではこの二つを別々のタイミングで渡すことが多いため、違いを理解しておくことが設計の出発点になります。

    社長交代と株式移転の組み合わせ方

    経営の地位と株式を移す順番には、大きく4つのパターンがあります。

    パターン内容向いている場面注意点
    同時に移す代表者交代と同時に、株式の大半を後継者へ移す後継者の経験が十分で、株価や納税資金の見通しが立っている一度に移すと税負担や資金負担が大きくなりやすい
    経営を先に移す先に社長を交代し、株式は数年かけて移す後継者に経営経験を積ませたい、株式の移転を分散したい移行期間中の決定権の所在をあいまいにしない
    株式を先に移す現経営者が社長を続けながら、株式を先に後継者へ移す株価が低い時期を活用したい、相続に備えて所有を早く固めたい株主となった後継者と社長との意思の調整が必要
    段階的に並行して移す役職・権限と株式を、節目ごとに少しずつ移す承継期間を長く取れる場合各段階の目標を事前に決めておかないと停滞しやすい

    どのパターンが正しいということはありません。後継者の経験、株価の水準と今後の見通し、家族構成、現経営者の年齢や健康状態によって、適した組み合わせは変わります。

    「ずれ」の期間に起きること

    経営と株式の移転をずらす場合、問題になりやすいのは移行期間の過ごし方です。

    株式の譲渡時期を決めないまま社長を交代した場合

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、社長交代の際に株式の譲渡時期などを具体的に取り決めなかったことが、後のトラブルにつながった事例が紹介されています。社長を譲った側は「いずれ渡すつもり」、受けた側は「いずれもらえるはず」と考えていても、その「いずれ」が言葉になっていなければ、状況が変わったときに認識の違いが表面化します。

    現経営者に相続が発生した場合

    株式を移し終える前に現経営者が亡くなると、株式は相続財産となります。相続人が複数いれば、遺産分割が終わるまで株式は相続人全員の共有の状態になり、議決権の行使も共有者間の調整が必要になります。共有株式の権利を行使するには、原則として共有者の中から権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければなりません(会社法106条)。遺言がなければ、後継者が株式を確実に取得できるとは限りません。

    株価が上がり続けた場合

    後継者が経営を担い、業績を伸ばすほど、株式の評価額は上がるのが一般的です。株式の移転を後回しにすると、後継者は「自分が上げた株価」に見合う税負担や買取資金を負うことになりかねません。

    現経営者の判断能力が低下した場合

    株式を現経営者が持ち続けている間に、健康上の理由で判断能力が低下すると、株主総会での議決権行使そのものが難しくなることがあります。経営は後継者が担っているのに、重要事項を決められないという状態が生じ得ます。

    設計で確認したい6つの論点

    経営と株式の設計にあたっては、次の論点を一つずつ確認していくと全体像がつかみやすくなります。

    1. 時間軸:いつ、何を渡すか

    代表者交代、会長職などへの移行、株式移転の開始と完了——それぞれの目標時期を、現経営者の引退時期から逆算して置きます。事業承継ガイドラインでも、引退時期を定めてから後継者育成に必要な期間を逆算する考え方が示されています。

    2. 議決権の目標:後継者がどこまで持つか

    後継者が安定して経営するために、どの時点でどの程度の議決権を持つべきかを決めます。過半数を確保すれば役員の選任などを単独で決められ、3分の2以上を確保すれば定款変更などの特別決議も単独で可決できる、という区切りが一つの目安になります。

    3. 移転の方法:贈与・売買・相続をどう組み合わせるか

    株式を移す方法には、生前の贈与、後継者や会社への売却、遺言による相続・遺贈などがあります。それぞれ、税負担、後継者の資金負担、他の家族との関係への影響が異なります。株式の評価方法によって移転時の金額が変わるため、評価の考え方も併せて確認しておきます(関連記事:非上場株式の評価方法をどう検討するか)。

    4. 移行期間の決定権:誰が最終判断をするか

    経営を先に移す場合、現経営者が大株主であり続ける期間の役割分担を決めておきます。日常の経営判断は後継者に任せ、現経営者は株主として何を確認・承認するのか。口約束ではなく、書面で整理しておくことが望まれます。議決権と配当を分けて設計する種類株式などの仕組みが検討されることもあります(関連記事:議決権と配当を分けて設計できるか)。

    5. 他の家族への配慮:株式以外に何を渡すか

    株式を後継者に集める場合、後継者以外の家族には株式以外の財産をどう配分するかを考える必要があります。オーナーの財産の多くが自社株式である場合は、他の相続人の遺留分との関係も検討が必要です。

    6. 制度と期限:使える制度を確認する

    非上場株式の贈与税・相続税の納税を猶予・免除する「法人版事業承継税制(特例措置)」を検討する場合、令和9年(2027年)9月30日までに「特例承継計画」を都道府県へ提出する必要があり、対象は平成30年(2018年)1月1日から令和9年(2027年)12月31日までの贈与・相続等とされています(中小企業庁)。この制度を視野に入れるかどうかで、株式移転の時期の設計も変わってきます。

    実務上注意したいポイント

    • 「いずれ」を日付に置き換える:株式の移転時期は、目標年だけでも書面に残しておくことで、移行期間の認識違いを防げます。
    • 遺言で「万が一」に備える:株式の移転が完了するまでの間に相続が起きた場合に備え、株式を誰に承継させるかを遺言で明確にしておくことが検討に値します。
    • 定款を確認する:株式の譲渡制限や、相続人等に対する売渡請求の定めなど、定款の内容によって承継の進め方が変わることがあります。
    • 後継者の負担を見積もる:株式を売買で移す場合は後継者の資金調達、贈与や相続で移す場合は納税資金を、早い段階で見積もっておきます。

    AEGISの視点

    事業承継の相談では、「いつ社長を譲るか」と「株式をどう移すか」が、別々の場で、別々の人と話されていることが少なくありません。前者は経営の問題として、後者は税金の問題として扱われるからです。

    AEGISは、経営の地位と株式を「一つの時間軸の上で、意図的にずらして設計するもの」と考えています。ずれがあること自体は問題ではありません。問題になるのは、ずれが「結果としてそうなっている」だけで、その期間の役割や、想定外の事態が起きたときの手当てが決まっていない状態です。

    さらに、株式の移し方は、会社が使う不動産を誰が持つか、オーナー個人の金融資産を家族にどう配分するか、事業を通じて社会に何を残すかといった問いとも結びついています。株式だけを切り出して最適化するのではなく、経営・所有・財産・家族を同じ一枚の上に並べたうえで、株式の移転時期を決めることが、後継者にとっても家族にとっても納得しやすい承継につながるとAEGISは考えています。

    たとえば、議決権のある株式は後継者に、議決権のない配当優先株式は財団に寄附するという設計をとれば、経営権を後継者に集めたまま、会社の利益の一部を配当を通じて社会に還元できます。自ら財団を設立する代わりに、運営体制を備えた既存の財団(AEGISが設立したアイジスレガシー財団など)に基金を設ける形であれば、後継者に財団運営の実務を背負わせることもありません。種類株式の手続や寄附に伴う税務の確認は必要ですが、経営と所有を分けて考えるからこそ選べる承継の形の一つです。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で、経営と株式の移行を年ごとに整理する方法は「事業承継計画に含める項目とは」で解説しています。

    株式の評価や承継に伴う資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 「経営権」には、代表者として経営する地位と、株主として会社を支配する権限の二つの意味があります。
    • 社長交代と株式移転の時期は同じである必要はなく、段階的にずらす設計も合理的な選択肢です。
    • ずらす場合は、移行期間の決定権、相続や判断能力低下への備え、株価上昇の影響を事前に検討することが重要です。
    • 時間軸、議決権の目標、移転の方法、移行期間の決定権、家族への配慮、制度と期限の6つの論点で整理すると全体像がつかみやすくなります。
    • 具体的な設計は、会社の状況や家族構成などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 社長を交代したら、株式もすぐに渡さなければなりませんか?

    その必要はありません。代表者の交代と株式の移転は別の手続きであり、時期をずらすことができます。ただし、株式を移す時期や方法について、現経営者と後継者の間で具体的に合意しておかないと、後に認識の違いが生じることがあります。

    Q. 後継者には、どのくらいの議決権を持たせるべきですか?

    一つの目安は、役員の選任などの普通決議を単独で可決できる過半数と、定款変更などの特別決議を単独で可決できる3分の2以上です。最終的にどこまで集めるかは、他の株主の状況や家族への配慮も踏まえて決めることになります。

    Q. 株式を先に後継者へ渡し、自分は社長を続けることはできますか?

    可能です。株価が低い時期に株式を移しておきたい場合などに検討されます。ただし、株主となった後継者が議決権を持つことになるため、経営方針について事前に十分にすり合わせておくことが前提になります。

    Q. 株式を移し終える前に自分が亡くなったらどうなりますか?

    株式は相続財産となり、遺言がなければ相続人の間で遺産分割を行うことになります。分割が終わるまでは株式が相続人の共有状態となり、議決権の行使にも調整が必要です。移転の途中で相続が起きた場合に備え、遺言の作成を検討しておくことが望まれます。

    Q. 事業承継税制を使う予定がなくても、計画は必要ですか?

    必要です。事業承継税制は株式移転の税負担に関わる制度の一つにすぎません。制度の利用の有無にかかわらず、経営と株式をいつ、どの順番で移すかを整理しておくことが、承継を円滑に進める基礎になります。

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    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。
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    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分と、社会貢献の形を一つの設計として検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 生命保険を相続対策に使うときの考え方|非課税枠・契約の形・受取人の決め方が遺産分割と納税に与える影響

    生命保険を相続対策に使うときの考え方|非課税枠・契約の形・受取人の決め方が遺産分割と納税に与える影響

    生命保険は、相続対策の中でも取り入れやすい手段の一つです。相続人が受け取る死亡保険金には 「500万円×法定相続人の数」の非課税枠 があり、受取人を指定して、必要な人に現金を届けることもできます。

    ただし、生命保険の効果は「非課税枠」だけで決まるものではありません。誰が保険料を負担し、誰に保険をかけ、誰が受け取るかという契約の形によって、かかる税金の種類が変わります。また、受取人の指定は遺産分割や遺留分の問題とも深く関わります。

    この記事では、生命保険を相続対策に使うときに押さえておきたい税務と法務の要点を、オーナーの判断の視点から整理します。

    死亡保険金の非課税枠

    被相続人が保険料を負担していた生命保険の死亡保険金は、民法上の遺産ではありませんが、相続税法上は相続によって取得したものとみなされ、相続税の対象になります。そのうえで、相続人が受け取った死亡保険金については、次の金額までが非課税とされています(国税庁 No.4114)。

    非課税限度額=500万円×法定相続人の数

    非課税枠を考えるときのポイントは次のとおりです。

    • 相続人以外の人が受け取った死亡保険金には、非課税の適用がありません。たとえば、孫(代襲相続人でない場合)を受取人にすると、非課税枠は使えません。
    • 法定相続人の数は、相続を放棄した人も含めて数えます。ただし、放棄した人は相続人ではなくなるため、その人自身が受け取った保険金には非課税の適用がありません(相続税法12条1項6号、相続税法基本通達12-7)。
    • 養子は、実子がいる場合は1人、実子がいない場合は2人までが法定相続人の数に含まれます。
    • 非課税枠は、相続人全員の受取額の合計に対する枠で、各人の受取額の割合に応じて配分されます。

    契約の形で変わる税金の種類

    生命保険の課税関係は、保険料の負担者・被保険者・受取人の組合せで決まります(国税庁 No.1750)。

    被保険者保険料の負担者受取人かかる税金相続対策としての主な使い方
    親親子(相続人)相続税非課税枠の活用、納税資金・分割資金の確保
    親子子所得税(一時所得)子が自ら保険料を負担し、受取時の税負担を所得税で考える
    親配偶者子贈与税一般的には避けたい形(受取時に贈与税がかかる)

    ※国税庁 No.1750 をもとにAEGISが整理。

    注意したいのは、契約書上の「契約者」ではなく、実際に保険料を負担した人で判定される点です。たとえば、子が契約者でも、親が保険料を払っていれば親が負担者とみなされます。子が保険料を負担する形をとる場合は、保険料に充てる資金の贈与の事実や、子の口座からの支払いなどを明確にしておく必要があります。

    また、贈与税がかかる形(負担者・被保険者・受取人がすべて異なる形)は、受取時に税負担が大きくなりやすいため、意図せずこの形になっていないか、既存の契約を一度点検しておくと安心です。

    受取人の決め方と遺産分割

    保険金は「受取人固有の財産」

    受取人が指定された死亡保険金は、保険契約に基づいて受取人が直接取得するものであり、遺産分割の対象となる遺産とは区別されます。つまり、遺産分割の話し合いを待たずに、受取人が保険金を受け取ることができるのが原則です。この性質は、相続直後の資金が必要な場面で大きな意味を持ちます。

    代償分割の資金として使う

    自社株式や自宅など、分けにくい財産を特定の相続人が取得する場合、その相続人が他の相続人に代わりの金銭を支払う「代償分割」という分け方があります。代償分割では、代償金を支払った人の課税価格は取得した財産からその代償金を差し引いた額、受け取った人の課税価格は代償金を加えた額で計算されます(国税庁 No.4173)。

    このとき、代償金を支払う側(たとえば後継者)を死亡保険金の受取人にしておくと、受け取った保険金を代償金の原資にできます。逆に、後継者以外の家族を受取人にすると、その保険金は遺産分割の外で渡る財産になり、後継者が別途代償金を用意しなければならない状況も起こりえます。受取人の指定は、遺産の分け方とセットで考える必要があります。

    遺留分・特別受益との関係

    死亡保険金は遺産とは区別されるため、原則として遺留分の計算の基礎となる財産や、相続人間の公平を調整する特別受益には含まれないと考えられています。ただし、最高裁判所は、保険金の額や遺産総額に対する割合、各相続人の生活実態などから、相続人間の不公平が著しいと評価すべき特段の事情がある場合には、特別受益に準じて扱う余地があるとの判断を示しています(平成16年の決定)。

    そのため、「保険にすれば遺留分の対象にならない」と考えて、遺産の大部分を保険金の形で特定の相続人に集中させることには注意が必要です。保険金の額は、遺産全体の中でバランスを見ながら決めることが大切です。

    契約中の保険も相続税の対象になる

    保険料を負担していた人が亡くなっても、被保険者が別の人(たとえば配偶者や子)であれば、死亡保険金は支払われません。この場合、亡くなった人が保険料を負担していた「生命保険契約に関する権利」が相続税の対象になります。

    この権利は、原則として相続開始の時に解約した場合に支払われる解約返戻金の額などをもとに評価されます(財産評価基本通達214)。死亡保険金と違い、非課税枠はありません。契約を誰が引き継ぐかは遺産分割で決める必要があり、見落とされやすい財産の一つです。

    目的から保険の役割を整理する

    相続対策として保険を考えるときは、「いくら入るか」より先に、「何のための資金か」を決めると設計がぶれにくくなります。目的ごとに、受取人や金額の考え方は次のように変わります。

    目的受取人の考え方金額の考え方確認したいこと
    相続税の納税資金納税額が大きく、現金が不足する相続人相続人ごとの不足額相続税の概算と、申告期限までに換金できる財産
    代償分割の資金分けにくい財産を取得し、代償金を支払う相続人他の相続人に支払う代償金の見込額遺言や分割の方針と整合しているか
    配偶者の生活資金配偶者当面の生活費や住まいの費用二次相続まで見通した配分か
    事業の継続資金会社(会社契約の場合)借入金の返済や運転資金の見込額個人の保険と役割が重複していないか

    ※AEGISが整理したものです。

    複数の目的を一つの保険で兼ねると、受取人を誰にするかで目的どうしがぶつかることがあります。目的ごとに契約を分けるか、少なくとも「この保険は何のためか」を家族と共有しておくと、相続後の混乱を防ぎやすくなります。

    実務上注意したいポイント

    • 受取人の見直しを定期的に行う:家族構成の変化(結婚・離婚・死亡)や事業承継の方針変更があっても、受取人がそのままになっていることがあります。
    • 保険金の額は「何のための資金か」から決める:納税資金、代償金、配偶者の生活資金など、目的ごとに必要額を見積もります。非課税枠を埋めることだけを目的にしないことが大切です。
    • 既存の契約を棚卸しする:長年の間に加入した保険は、契約者・被保険者・受取人・保険料の負担者がばらばらになっていることがあります。夫婦や親子の契約を一覧にして、どの保険が相続税・所得税・贈与税のいずれの対象になるのか、契約中の保険の権利が誰の財産になるのかを確認しておくと、相続後の申告漏れや思わぬ課税を防ぐことができます。
    • 保険料の負担が続けられるかを確認する:払込みが続けられず途中で解約すれば、想定した保障は得られません。
    • 商品の仕組みと税制の変更に注意する:課税の取扱いは改正されることがあり、当初の想定どおりの効果が得られない可能性もあります。税の効果を前面に出した商品の検討では、特に慎重な確認が必要です。

    AEGISの視点

    生命保険は、相続税の非課税枠ばかりが注目されがちですが、AEGISは生命保険の本当の価値を、「必要な人に、必要なときに、遺産分割の外で現金を届けられること」にあると考えています。

    自社株式や不動産が財産の中心にあるオーナーの相続では、財産の分けにくさと現金の不足が同時に起こります。後継者が株式を引き継ぎ、他の家族には現金で報いる——その設計を実現する手段として、生命保険は大きな役割を果たします。一方で、受取人の指定を誤ると、保険が家族間の不公平を広げる道具にもなりえます。

    保険は、遺言や遺産分割の方針、納税資金の計画と一体で設計して初めて効果を発揮します。保険証券を家族全員分並べ、「誰の、何のための保険か」を一覧で確認するところから始めることをおすすめします。

    納税資金の手段全体の比較は関連記事「相続税の納税資金をどう準備するか」で、配偶者への配分の考え方は「二次相続まで見通した遺産の分け方」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続人が受け取る死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠がありますが、相続人以外の受取人や相続を放棄した人には適用がありません。
    • 保険料の負担者・被保険者・受取人の組合せで、相続税・所得税・贈与税のどれがかかるかが決まります。判定は実際の保険料負担者で行われます。
    • 死亡保険金は受取人固有の財産で、遺産分割を待たずに受け取れるため、代償分割の資金や納税資金として役立ちます。
    • 遺留分・特別受益との関係では、保険金が過大な場合に例外的に考慮される余地があるため、遺産全体のバランスが大切です。
    • 被保険者が存命の契約は「生命保険契約に関する権利」として相続税の対象となり、非課税枠はありません。

    よくある質問

    Q. 非課税枠を使うには、誰を受取人にすればよいですか?

    非課税枠は、相続人が受け取った死亡保険金に適用されます。配偶者や子など相続人を受取人にすることが前提です。そのうえで、納税資金や代償金が必要な人、生活資金が必要な人など、目的に合わせて受取人と金額を決めるのが基本です。

    Q. 相続を放棄しても、死亡保険金は受け取れますか?

    受取人として指定されていれば、相続を放棄しても死亡保険金を受け取ることができます。ただし、相続を放棄した人は相続人ではなくなるため、その人が受け取った保険金には非課税の適用がありません。

    Q. 死亡保険金は遺留分の計算に含まれますか?

    死亡保険金は受取人固有の財産であり、原則として遺留分の計算の基礎となる財産には含まれないと考えられています。ただし、保険金の額が遺産全体に比べて著しく大きいなど特段の事情がある場合には、特別受益に準じて考慮される余地があるとした最高裁判所の判断があります。

    Q. 子が契約者になって保険料を払う形は有効ですか?

    子が実際に保険料を負担していれば、受け取る死亡保険金は子の一時所得となり、相続税の対象とはなりません。ただし、保険料の原資を親から贈与する場合は、贈与の事実と子による支払いを明確にしておく必要があります。どの形が有利かは、家族の所得や財産の状況によって異なります。

    Q. 法人で加入している保険は、相続対策と関係がありますか?

    会社が保険料を負担する保険は、役員の死亡退職金の原資などとして使われることがあります。会社から相続人に支払われる死亡退職金は、個人の死亡保険金とは別の扱いになります。個人の保険と会社の保険をあわせて全体で設計することが大切です。

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行までを一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第6章(印刷 p.636-647)
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第2章 Q10(印刷 p.233-238)
  • 相続税を払いすぎていたときの更正の請求|期限・要件・手続の流れと、見直しを検討するときの考え方

    相続税を払いすぎていたときの更正の請求|期限・要件・手続の流れと、見直しを検討するときの考え方

    相続税の申告を終えた後に、「土地の評価がもっと低くなるはずだった」「使えるはずの特例を適用していなかった」と気づくことがあります。このように、申告した税額が過大だった場合に、税務署長に税額の減額を求める手続が「更正の請求」です。

    結論から言えば、相続税の更正の請求は、原則として法定申告期限から5年以内に行うことができます。また、申告後に遺産分割がまとまったなど一定の事由が生じた場合には、その事由を知った日の翌日から4か月以内に行える特則もあります(国税庁)。

    ただし、請求すれば必ず税金が戻るわけではありません。税務署は請求の内容を調査したうえで判断します。この記事では、更正の請求の期限・要件・手続の流れと、見直しを検討するときに押さえておきたい考え方を整理します。

    更正の請求とは

    更正の請求とは、提出した申告書の税額等が、税法の規定に従っていなかったことや計算に誤りがあったことにより過大であった場合に、その減額(更正)を税務署長に求める手続です(国税通則法第23条、国税庁)。

    これに対し、税額が少なすぎたことに気づいた場合は「修正申告」を行います。更正の請求と修正申告は、方向が逆の手続です。

    更正の請求を受けた税務署長は、その請求に基づいて調査を行い、税額等を更正するか、更正をすべき理由がない旨を通知することとされています(国税通則法第23条第4項)。

    更正の請求ができる期限

    更正の請求の期限は、請求の理由によって異なります。

    区分主な場面期限
    通常の更正の請求土地の評価誤り、特例の適用誤り、計算誤りなど法定申告期限から5年以内
    後発的な事由による更正の請求(国税通則法)申告の前提となった事実が判決等で異なると確定した場合など事由が生じた日の翌日から2か月以内
    相続税法の特則(相続税法第32条)未分割だった財産の分割、相続人の異動、遺留分侵害額の請求に基づき支払う金銭の額の確定、遺言書の発見・遺贈の放棄など事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内

    ※国税庁「相続税及び贈与税の更正の請求手続」等をもとにAEGISが整理。後発的な事由の具体的な範囲は個別に確認が必要です。

    「法定申告期限から5年」の数え方

    相続税の法定申告期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月を経過する日です(国税庁 No.4205)。更正の請求の5年は、実際に申告書を提出した日からではなく、この法定申告期限から数えます。たとえば、期限より早く申告していても、期限が延びるわけではありません。相続の開始からおおよそ5年10か月が一つの目安になります。

    なお、この5年の期間は、法定申告期限が平成23年12月2日以後に到来する相続税について適用されています(国税庁)。

    遺産分割がまとまった場合の4か月

    申告期限までに遺産分割がまとまらず、法定相続分で申告した場合、その後に分割がまとまって税額が減るときは、分割を知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行います(国税庁 No.4208)。

    特に、申告期限までに分割されていない財産には、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が原則として適用されません。申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておき、期限から3年以内に分割がまとまれば、更正の請求によってこれらの特例を適用した税額に見直すことができます(国税庁 No.4158)。この4か月の期限は見落とされやすいため注意が必要です。

    払いすぎが生じやすい典型的な場面

    更正の請求の理由として多いのは、次のような場面です。

    • 土地の評価:土地の形状(不整形・間口が狭いなど)、道路との関係、利用状況による評価の減額要素が反映されていない
    • 特例・控除の適用:要件を満たしていた特例や控除が適用されていない
    • 財産の計上:相続財産ではない財産(家族名義で実際に家族のものだった財産など)が含まれていた、債務や葬式費用の控除が漏れていた
    • 非上場株式の評価:会社の規模の区分や評価方式の判定に誤りがあった

    一方で、申告後に財産の価値が下がったことは、それだけでは申告時点の評価の誤りにはなりません。相続税の評価は、原則として相続開始の時点で行うためです。

    手続の流れ

    更正の請求は、おおむね次の流れで進みます。

    1. 申告内容の確認:申告書と評価の根拠資料を確認し、過大となっている可能性がある箇所を特定します。
    2. 更正の請求書の作成:請求の内容と理由を記載し、理由の基礎となる事実を証明する書類(土地の測量図や現況の資料、評価の計算書など)を添付します(国税庁)。
    3. 提出:相続税の更正の請求は、e-Taxのほか、内容によっては書面で提出することもできます(国税庁)。
    4. 税務署による調査:税務署は、請求の内容が正しいかを調査します。書類の確認に加えて、質問や現地の確認が行われることもあります。
    5. 結果の通知:税額が更正されると通知があり、過大だった税額が還付されます。理由がないと判断されれば、その旨の通知があります。

    相続税は相続人ごとに申告・納税するため、更正の請求も、税額が過大となった相続人がそれぞれ行うのが基本です。複数の相続人に影響する場合は、家族で方針を共有して進めることが大切です。

    実務上注意したいポイント

    調査では、他の論点が確認されることもある

    更正の請求を受けた税務署は、請求の内容を調査します。その過程で、当初の申告の他の部分に誤り(たとえば財産の計上漏れ)が見つかれば、結果として税額が増えることもあり得ます。見直しは、減額できる点だけでなく、申告全体を点検する機会と考えることが大切です。

    事実を偽った請求には重いペナルティがある

    事実を隠したり偽ったりして、そのところに基づいて更正の請求書を提出していた場合には、重加算税の対象となることが法律に定められています(国税通則法第68条。令和7年1月1日以後に法定申告期限が到来する国税から適用)。根拠のない請求を勧める話には、慎重に対応する必要があります。

    還付の時期と金額

    更正が行われると、払いすぎていた税額が還付されます。還付金には、一定の場合に「還付加算金」が付くことがありますが、その計算の対象となる期間は法律で定められています。更正の請求に基づく更正の場合は、原則として、更正の請求があった日の翌日から3か月を経過する日と、更正があった日の翌日から1か月を経過する日のいずれか早い日の翌日からが計算の対象となります(国税通則法第58条第1項第2号)。還付の時期や金額は、調査の状況によって変わります。

    還付の手続きを依頼するときの留意点

    相続税の還付の手続きをする場合、その方の専門性やこれまでの実績、かかる時間や成功報酬の体系・料率などを確認してから依頼するようにしましょう。

    見直しを検討するかどうかの判断軸

    申告の見直しを検討するときは、次の4つの観点から整理すると、判断がしやすくなります。

    1. 根拠の具体性:どの財産の、どの評価や特例に誤りがあると考えられるのかが、資料で説明できるか
    2. 金額の見込み:見直しによって減る可能性がある税額は、どの程度か
    3. 期限の余裕:法定申告期限から5年、または特則の4か月の期限まで、資料の準備と検討に十分な期間があるか
    4. 費用と負担:現地の確認や測量、専門家への依頼の費用、調査への対応にかかる時間と家族の負担はどの程度か

    特に土地の評価は、申告時には把握できなかった現地の状況(がけ地、道路との高低差、利用上の制約など)が見直しの手掛かりになることがあります。一方で、財産の多くが預貯金や上場株式で、評価に判断の余地が小さい場合には、見直しの効果は限られます。財産の構成を踏まえて、見直しに見合う可能性があるかを見極めることが出発点です。

    AEGISの視点

    更正の請求は、「払いすぎた税金を取り戻す手続」として紹介されることが多いものです。もちろん、正しい税額に直すことは納税者の権利であり、根拠があれば積極的に検討すべきものです。

    ただしAEGISは、更正の請求を検討するときこそ、「還付の可能性」と「見直しの費用・時間・家族の負担」を冷静に比べることが大切だと考えています。土地の評価の見直しには、現地の確認や測量などの費用がかかることがあります。減額の見込みが小さければ、費用が上回ることもあります。また、相続人が複数いる場合には、誰がどの程度の還付を受けるかによって、家族の受け止め方も変わります。

    もう一つ大切なのは、見直しの結果を「次の相続」に生かすことです。土地の評価の考え方や特例の要件、財産の帰属の整理は、二次相続や事業承継の設計にもつながります。申告の見直しを、資産の全体を点検し直す機会として位置付けると、得られるものはより大きくなります。

    申告書を依頼先から受け取ったときに確認したい点は関連記事「依頼した相続税申告書のセルフチェック」で、還付をうたう営業への向き合い方は「相続税の還付をうたう営業を受けたら」で、土地評価の見直しの確認点は「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    土地や非上場株式の評価など、資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    申告済みの相続税について、更正の請求ができるかどうかを確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 更正の請求は、申告した相続税額が過大だった場合に、税務署長に減額を求める手続です。
    • 期限は原則として法定申告期限から5年以内です。遺産分割がまとまったなど相続税法の特則に当たる場合は、その事由を知った日の翌日から4か月以内に行います。
    • 請求書には、理由の基礎となる事実を証明する書類を添付します。税務署は調査したうえで、更正するか理由がない旨を通知します。
    • 申告後の値下がりは、それだけでは更正の理由になりません。見直しの過程で他の誤りが見つかる可能性もあります。
    • 還付の見込みと、費用・時間・家族の負担を比べたうえで、検討することが大切です。

    よくある質問

    Q. 相続税の更正の請求は、いつまでできますか?

    原則として、法定申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月を経過する日)から5年以内です。申告後に遺産分割がまとまった場合など、相続税法に定める一定の事由がある場合には、その事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内に行う特則があります。

    Q. 更正の請求をすると、必ず税務調査が行われますか?

    税務署は、更正の請求の内容が正しいかを調査したうえで判断します。調査の方法は、書類の確認だけの場合もあれば、質問や現地の確認が行われる場合もあります。請求の理由を裏付ける資料を、最初からそろえておくことが大切です。

    Q. 申告後に土地の価格が下がりました。更正の請求はできますか?

    相続税の評価は、原則として相続開始の時点で行います。申告後に価格が下がったことだけでは、申告時の評価が誤っていたことにはならないため、それだけを理由とする更正の請求は難しいと考えられます。申告時点の評価に誤りがなかったかどうかを確認することが出発点です。

    Q. 相続人の一人だけで更正の請求をすることはできますか?

    相続税は相続人ごとに申告・納税するため、更正の請求も、税額が過大となった人がそれぞれ行うのが基本です。ただし、財産の評価の見直しは他の相続人の税額にも影響することが多いため、家族で方針を共有して進めることが望まれます。

    Q. 見直しを依頼するときは、どのような点を確認すればよいですか?

    見直しの根拠(どの財産のどの評価や特例の誤りか)、費用の計算方法(成功報酬の対象や率)、税務署の調査があった場合の対応の範囲を確認します。還付の可能性だけでなく、費用や手間を含めて判断することが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用した制度などを確認し、見直しや還付の可能性を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行までを一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第2章(印刷 p.117-120)
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 3(印刷 p.70-83)、Chapter 18(印刷 p.201)
  • デジタル資産の相続に備える|ネット口座・暗号資産・サブスク契約を家族が把握できるようにする方法

    デジタル資産の相続に備える|ネット口座・暗号資産・サブスク契約を家族が把握できるようにする方法

    ネット銀行やネット証券、暗号資産、スマートフォンで管理する各種サービス——こうしたデジタル資産は、紙の通帳や郵送物が残らないため、本人が亡くなると家族が存在に気付けないことがあります。気付かれないまま相続税の申告期限を過ぎれば申告漏れとなり、暗号資産のように本人しか管理方法を知らない財産は、存在が分かっても手が届かないこともあります。

    結論から言えば、デジタル資産への備えは、「何があるか」を家族が分かる一覧と、「どうすれば手続ができるか」の手掛かりを、パスワードそのものとは分けて残しておくことが基本です。

    この記事では、デジタル資産の相続で起こりやすい問題と、生前にできる具体的な準備を整理します。

    デジタル資産とは

    この記事では、インターネット上で口座や契約を管理し、紙の通帳や証書が手元に残りにくい財産や契約を「デジタル資産」と呼びます。大きく分けると、次の3つです。

    1. 金融資産:ネット銀行の預金、ネット証券の株式・投資信託、暗号資産、電子マネーの残高など
    2. 継続的な契約:動画・音楽などのサブスクリプション、クラウドサービス、各種の会員サービスなど
    3. データ・アカウント:写真や文書のデータ、メールやSNSのアカウントなど

    相続税の対象になるのは、主に1の金融資産です。相続税は、現金・預貯金・有価証券など金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものにかかり(国税庁 No.4105)、ネット上の口座であるかどうかで扱いは変わりません。暗号資産も、相続や贈与で取得した場合は相続税・贈与税の対象になります(国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」)。

    デジタル資産の相続で起こりやすい問題

    種類家族が困りやすいこと残しておきたい手掛かり
    ネット銀行・ネット証券郵送物がなく、口座の存在に気付けない金融機関名、支店名・口座の種類、登録メールアドレス
    暗号資産交換業者の口座か、自分で管理するウォレットかが分からない。管理方法が分からず手が届かない利用している交換業者名、自己管理の有無と保管場所の手掛かり
    電子マネー・ポイント残高があっても気付かない、手続の可否が分からないサービス名、残高の目安
    サブスク・会員契約解約されず、引落しが続くサービス名、支払方法(どのカード・口座か)
    データ・アカウント大切な写真や仕事のデータを取り出せない残したいデータの保存先、家族に引き継ぎたいかどうか

    ※AEGISが整理したものです。

    気付かれない財産は申告漏れになる

    ネット証券などは、定期的な取引報告が郵送されず、電子交付だけの場合があります。家族が口座の存在を知らなければ、相続税の申告から漏れてしまいます。申告後に見つかれば修正申告が必要になり、加算税や延滞税がかかることもあります。相続税の申告と納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。

    上場株式などは、証券保管振替機構に対して相続人が登録情報の開示を請求し、口座を開設している証券会社等を調べる方法があります。ただし、手続には時間がかかり、すべての財産が対象になるわけではありません。生前に一覧を残しておく方が、家族の負担ははるかに小さくなります。

    暗号資産は「存在」と「管理方法」の両方が必要

    暗号資産を国内の暗号資産交換業者の口座で保有している場合は、相続人が交換業者に相続手続を申し出ることになります。国内で暗号資産と法定通貨の交換サービスを提供する事業者は、金融庁の登録が必要とされています(金融庁)。

    一方、本人が自分でウォレットを管理している場合は、その管理に必要な情報が失われると、相続人であっても資産を動かせなくなるおそれがあります。「どこにあるか」に加え、「どう管理していたか」の手掛かりを残すことが特に重要です。

    暗号資産の評価と、相続後に売却したときの税金

    相続税の計算では、暗号資産は課税時期(亡くなった日)の取引価格で評価します。国税庁のFAQでは、価格等公表者が公表する課税時期の最終の売買価格や、暗号資産交換業者が公表する取引価格をもとに評価する考え方が示されています。

    また、相続人が相続した暗号資産を後で売却した場合、その利益は所得税の対象になります。このときの取得価額は、被相続人が選択していた方法により評価した金額を引き継ぐ考え方がとられています(国税庁FAQ)。相続人が取引履歴を確認できるよう、利用していた交換業者や取引の記録の所在も分かるようにしておくと安心です。

    生前にできる準備

    1. デジタル資産の一覧をつくる

    まず、デジタル資産の一覧を作成します。一覧に書くのは、サービス名、金融機関・交換業者名、登録メールアドレス、おおよその残高、家族にどうしてほしいかです。

    • 金融資産:口座を閉じて相続財産として分けてほしい
    • サブスク・会員契約:解約してほしい
    • データ:残してほしいもの、消去してほしいもの

    複数の会社や不動産を保有している場合は、会社・不動産・金融資産の一覧とあわせて管理すると、家族が全体像をつかみやすくなります。

    2. ID・パスワードは一覧と分けて管理する

    一覧にパスワードまで書き込むと、一覧が第三者の目に触れたときの危険が大きくなります。おすすめしたいのは、次のように「何があるか」と「どう開けるか」を分ける方法です。

    • 一覧には、サービス名と、パスワードの保管場所(どこに、どのような形で保管しているか)だけを書く
    • パスワード自体は、信頼できる家族だけが取り出せる場所に保管する
    • スマートフォンやパソコンのロック解除の方法を、信頼できる家族と共有しておく

    なお、家族であっても、本人のIDとパスワードを使って本人になりすまして手続を行うことは、各サービスの利用規約上認められていないことがあります。パスワードは「存在の確認」や「データの取り出し」の手掛かりと考え、金融資産の相続手続は、各社の相続手続の窓口を通して行うのが基本です。

    3. 遺言と組み合わせる

    デジタル資産を誰に渡すかを決めておきたい場合は、遺言に記載する方法があります。法務局で自筆証書遺言を保管する制度では、遺言者が亡くなった後に、あらかじめ指定した人(最大3名)に遺言書が保管されていることを通知する仕組みも設けられています(法務省)。遺言には財産の帰属を、一覧には手続の手掛かりを、と役割を分けると整理しやすくなります。

    4. 定期的に見直す

    デジタル資産は、口座の開設や解約、サービスの乗り換えが手軽にできる分、一覧がすぐに古くなります。年に一度、たとえば確定申告や誕生日の時期などに、一覧を更新する習慣をつけておくと安心です。

    相続が起きた後に家族が確認したいこと

    一覧が残されていない場合でも、家族が手掛かりを集める方法はあります。

    • スマートフォンやパソコン、メール:金融機関や交換業者からの通知メール、インストールされているアプリ
    • 預金通帳やクレジットカードの明細:ネット口座への送金、サービスの利用料の引落し
    • 確定申告書などの税務書類:暗号資産や株式の取引による所得の申告の有無
    • 金融機関への照会:心当たりのある金融機関に、相続人として残高証明書の発行を依頼する

    いずれも時間がかかるため、相続税の申告期限から逆算して早めに着手することが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 少額の口座も一覧に入れる:残高が少なくても、相続手続が必要になることがあります。使っていない口座は、生前に解約して整理しておくことも検討に値します。
    • 支払方法をセットで記録する:サブスクの多くはクレジットカードや口座引落しで支払われています。カードや口座を止めるだけでは、契約が残ったままになることがあります。
    • 事業用のアカウントを分けて考える:オーナーが会社や個人事業のアカウントを個人名義で管理している場合、事業の継続に支障が出ることがあります。事業用の管理権限は、会社の担当者にも引き継げる体制にしておきます。
    • 評価と申告のために記録を残す:暗号資産やネット証券の取引の記録は、相続税の評価や相続後の所得税の計算に必要になります。

    AEGISの視点

    デジタル資産の備えは、パスワードの管理の問題と思われがちです。しかしAEGISは、これを「家族が財産の全体像にたどり着けるようにする、情報の承継」の問題と捉えています。

    相続対策では、財産の評価や分け方に目が向きがちですが、その前提は「何があるか」が家族に分かっていることです。デジタル資産は、その前提が崩れやすい財産です。一覧があれば、家族は申告期限の中で落ち着いて手続を進めることができ、申告漏れや資産の喪失を防ぐことができます。

    また、資産の規模が大きいほど、ネット証券や暗号資産、海外のサービスなど、管理する口座は増えていく傾向にあります。一覧づくりは、財産の全体を見直し、使っていない口座を整理するよい機会にもなります。

    財産全体の一覧の作り方は関連記事「複数の会社・資産にまたがる財産の整理」で、遺言の方式の選び方は「公正証書遺言・自筆証書遺言・法務局保管の比較」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    サブスク契約の解約など、亡くなった後の事務を誰に任せるかについては、関連記事「死後事務委任契約とは」もあわせてご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • ネット銀行・ネット証券・暗号資産などのデジタル資産も、相続税の対象です。郵送物がないため、家族が存在に気付けないことが最大の問題です。
    • 暗号資産は、亡くなった日の取引価格で評価します。自分でウォレットを管理している場合は、管理方法の手掛かりがなければ手が届かないおそれがあります。
    • 生前の準備は、デジタル資産の一覧をつくり、ID・パスワードは一覧と分けて管理することが基本です。
    • 金融資産の相続手続は、各社の相続手続の窓口を通して行います。財産の帰属は遺言で、手続の手掛かりは一覧で残すと整理しやすくなります。
    • 一覧は年に一度など、定期的に見直すことが大切です。

    よくある質問

    Q. ネット銀行の口座が見つからないまま申告してしまったら、どうなりますか?

    後から口座が見つかった場合は、修正申告をして不足する税額を納めることになります。状況に応じて加算税や延滞税がかかることがあります。口座の存在を家族が把握できるよう、生前に一覧を残しておくことが最も確実な対策です。

    Q. 暗号資産は、相続税の計算でどのように評価しますか?

    原則として、亡くなった日(課税時期)の取引価格で評価します。国税庁のFAQでは、価格等公表者が公表する最終の売買価格や、暗号資産交換業者が公表する取引価格をもとに評価する考え方が示されています。具体的な評価は、保有する暗号資産の種類や取引の状況によって確認が必要です。

    Q. パスワードを遺言に書いておけばよいですか?

    遺言は、財産を誰に渡すかを定めるものであり、パスワードの伝達には向きません。遺言は相続人などが内容を確認するため、パスワードを書くと情報管理の面で不安が残ります。パスワードは、一覧とも分けて、信頼できる家族だけが取り出せる形で保管する方法をおすすめします。

    Q. サブスク契約は、相続人が解約しなければなりませんか?

    契約が続いていれば料金の引落しが続くため、相続人が解約手続を行うのが一般的です。誰が手続を担うかを生前に決めておく方法として、亡くなった後の事務を第三者に任せる契約を結んでおくこともあります。一覧にサービス名と支払方法を書いておくだけでも、家族の負担は大きく変わります。

    Q. 家族にデジタル資産の内容を知られたくない場合はどうすればよいですか?

    一覧の内容をすべて生前に共有する必要はありません。一覧の保管場所だけを信頼できる家族や専門家に伝え、亡くなった後に確認してもらう方法もあります。プライバシーと家族の負担のバランスを考えながら、伝える範囲を決めておくとよいでしょう。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行までを一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、第一章(印刷 p.2-10)
  • 遺産分割が後から決まったときの相続税の手続|未分割申告・分割見込書・4か月以内の更正の請求

    遺産分割が後から決まったときの相続税の手続|未分割申告・分割見込書・4か月以内の更正の請求

    相続人どうしの話し合いがまとまらない、相続人の一人と連絡が取れない、評価の難しい財産があって分け方を決めきれない——遺産分割が相続税の申告期限に間に合わないことは、決して珍しくありません。

    結論から言えば、遺産分割がまとまっていなくても、相続税の申告と納税は期限どおりに行う必要があります。そのうえで、①未分割のまま申告するときは配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えないこと、②後から使えるようにするには申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を出しておくこと、③分割が決まったら、税額が減る人は分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を、税額が増える人は修正申告を行うこと、の3点が手続の骨格になります。

    この記事では、未分割申告から分割確定後の手続までを時系列で整理し、期限を逃しやすい場面と、分割を「やり直す」ときの注意点を解説します。

    未分割でも申告期限は延びない

    相続税の申告と納税の期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。遺産分割が終わっていないことは、この期限を延ばす理由にはなりません。

    申告期限までに分割されていない財産があるときは、各相続人が民法の法定相続分(または包括遺贈の割合)に従って財産を取得したものとして課税価格を計算し、申告します(相続税法55条、国税庁 No.4208)。実際には誰がどの財産を受け取るか決まっていなくても、計算上は「法定相続分で分けた」と仮定して税額を出すということです。

    この仮定には、次のような実務上の影響があります。

    • 各相続人がそれぞれ納税する:法定相続分に応じた税額を、各相続人が期限までに納める必要があります。遺産の預金を自由に引き出せない段階では、手元資金からの立替えが必要になることもあります。
    • 特例を前提にした税額にならない:後述のとおり、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、未分割の財産には原則として適用できません。そのため、分割後に比べて申告時の税額が大きくなりやすい点に注意が必要です。

    未分割のときに使えない2つの特例

    国税庁は、申告期限までに分割されていない財産について、次の2つの特例は適用できないと案内しています(No.4208)。

    特例内容の概略未分割の場合
    配偶者の税額の軽減配偶者が実際に取得した正味の遺産額が、1億6千万円と配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、配偶者に相続税がかからない仕組み(No.4158)申告期限までに分割されていない財産は、原則として計算の対象外
    小規模宅地等の特例被相続人等の事業用・居住用・貸付用の宅地等について、一定の面積まで評価額を減額する仕組み(特定居住用は330㎡まで80%減額など。No.4124)未分割の宅地等には適用できない

    どちらも、相続税額に大きく影響する特例です。とくに配偶者がいる相続では、未分割のままでは配偶者分の税額軽減が使えないため、いったんは相当の納税が必要になることがあります。

    後から特例を使うための「申告期限後3年以内の分割見込書」

    未分割の財産であっても、申告期限から3年以内に分割された場合には、分割後に修正申告や更正の請求を通じて、これらの特例を適用できます(No.4208、No.4158)。

    そのために欠かせないのが、当初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておくことです(No.4158)。分割が見込めない事情や、分割の見込みを記載する書類で、これを出しておくことが、後から特例を受けるための前提になります。

    3年以内に分割できない「やむを得ない事情」があるとき

    遺産分割をめぐる訴訟や、家庭裁判所での調停・審判が続いているなど、3年以内に分割できない事情がある場合もあります。このようなときは、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに、やむを得ない事情がある旨の承認申請書を税務署長に提出し、承認を受ける必要があります(相続税法施行令4条の2)。承認を受けた場合は、その事情がなくなった日の翌日から4か月以内に分割すれば、特例の対象とすることができます(No.4158)。

    やむを得ない事情として政令に定められているのは、訴えの提起、調停・審判の申立て、民法に基づく分割の禁止などです。単に話し合いが長引いているだけでは該当しない可能性があるため、3年の期限が近づいたら、状況を早めに整理しておくことが大切です。

    分割が決まったら:修正申告と更正の請求

    遺産分割が成立すると、各相続人の実際の取得財産に基づいて税額を計算し直します。当初の申告額との差に応じて、手続は次のように分かれます(No.4208、PwC『完全ガイド』第2章)。

    分割後の状況手続期限の目安
    当初の申告より税額が増える相続人がいる修正申告法律上の提出期限は定められていない(相続税法31条1項)。ただし放置すると税務署長による更正の対象となるため、速やかに
    当初の申告より税額が減る相続人がいる更正の請求分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内(相続税法32条1項1号、No.4208)
    当初は申告不要だったが、分割で申告が必要になった期限後申告速やかに(相続税法30条)

    更正の請求と修正申告では、期限の考え方が異なります。税額が減る人の更正の請求は「4か月以内に限り」できる手続で、この期間を過ぎると相続税法32条による更正の請求はできません(国税通則法23条による通常の更正の請求の期間内であれば認められる場合があることは、後述のとおりです)。一方、税額が増える人の修正申告は「提出することができる」とされ、法律上の期限はありません。ただし、他の相続人の更正の請求に基づいて税務署長が更正をした場合には、税額が増える相続人についても税務署長が更正(または決定)を行うこととされています(相続税法35条3項。原則として、更正の請求があった日から1年を経過した日と、国税通則法70条による更正の期間制限の日とのいずれか遅い日まで)。

    ポイントは、同じ分割でも、相続人ごとに「増える人」と「減る人」が出ることです。たとえば、配偶者が多くを取得する分割になれば、配偶者は特例の適用で税額が減る一方、他の相続人は取得額が増えて税額が増えることがあります。家族全体で手続をそろえて進めないと、一部の人だけが手続を終え、残りが期限を過ぎてしまうといったことが起こり得ます。

    期限は特例によって違うことがある

    分割後の更正の請求の期限は、原則として「分割を知った日の翌日から4か月以内」です。ただし、特例ごとに次のような違いがあり、注意が必要です。

    • 配偶者の税額軽減:国税庁の相続税法基本通達32-2は、分割後に配偶者の税額軽減を適用する更正の請求について、相続税法32条による更正の請求のほか国税通則法23条による更正の請求もできるとし、期限を「分割が行われた日から4か月を経過する日」と「申告期限から5年を経過する日」のいずれか遅い日としています。
    • 小規模宅地等の特例:租税特別措置法通達69の4-26は、申告期限後に分割された宅地等について特例を受けるための更正の請求は、分割の日の翌日から4か月以内に限られることを明らかにしています。国税不服審判所の令和3年6月22日裁決でも、この期間を過ぎた更正の請求は認められないと判断されました(『相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説(令和7年版)』で確認)。

    「申告から5年以内なら更正の請求ができる」という一般的な理解のまま、小規模宅地等の特例の手続を後回しにすると、適用の機会そのものを失うおそれがあります。分割成立の日を起点に、特例ごとの期限を一覧にしておくことをおすすめします。

    分割を「やり直す」ときの注意点

    いったん成立した遺産分割を、後になって相続人全員の合意でやり直したいという相談もあります。ここでは、税務上の扱いが分かれる点に注意が必要です。

    • 遺言と異なる遺産分割:遺言で特定の相続人に財産を与えるとされていても、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をした場合、国税庁は、受遺者が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当とし、受遺者から他の相続人への贈与税の対象にはならないと案内しています(No.4176)。
    • 成立した分割の再配分:相続税法基本通達19の2-8のただし書では、当初の分割により共同相続人に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合、その再配分により取得した財産は、配偶者の税額軽減の対象となる「分割」により取得したものとはならないとされています。つまり、やり直しによって財産が移った部分は、相続ではなく相続人間の贈与などとして課税される可能性があります。

    当初の分割の効力そのものに問題がある場合など、個別の事情によって判断が分かれることもあります。やり直しを検討するときは、実行する前に税務上の位置付けを確認することが欠かせません。

    未分割の期間中に確認しておきたいこと

    分割が長引くときほど、次の点を早めに確認しておくと、後の手続が円滑になります。

    • 納税資金の手当て:法定相続分による税額を各自が納める必要があります。延納などの納付方法も含めて検討します。
    • 財産の管理:賃貸不動産の賃料や預金の管理、会社の株式の議決権行使など、分割前でも運営が止まらない財産の扱いを決めておきます。
    • 二次相続への備え:分割前に相続人の一人が亡くなる場合もあります。配偶者が分割前に亡くなったときの税額軽減や小規模宅地等の特例の扱いについては、国税庁の通達に取扱いが定められています(相続税法基本通達19の2-5、措置法通達69の4-25)。
    • 期限の一覧化:申告期限、分割見込書の提出、3年の期限と承認申請の期限、分割成立後4か月の期限を、一つの表にまとめておきます。

    AEGISの視点

    未分割申告は、多くの場合「やむを得ず選ぶ手続」です。しかしAEGISは、未分割の期間を「分け方を決めるための時間」と同時に「期限を管理するための時間」として捉えることが大切だと考えています。

    未分割の相続では、話し合いの中身に意識が集中し、手続の期限が後回しになりがちです。けれども、分割見込書を出していなかった、3年の期限を過ぎてから承認申請を検討した、分割成立から4か月を過ぎて小規模宅地等の特例の更正の請求をしようとした——このような場面では、分け方の結論にかかわらず、家族全体の税負担が大きく変わってしまいます。

    また、分け方そのものも、税額だけで決めるものではありません。配偶者の今後の生活、二次相続の見通し、事業や不動産を誰が引き継ぐのか、納税資金をどう確保するのか。これらを同時に並べることで、合意に近づく分け方が見えてくることがあります。

    未分割で申告した相続について、分割後の手続や特例の適用に漏れがないかを確認したい場合は、申告書と分割協議書を並べて点検することから始めるのが現実的です。資産税務や承継に関するAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、払いすぎた相続税を取り戻す手続の全般は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。配偶者の取得割合をどう考えるかは「二次相続まで見通した遺産の分け方」もあわせてご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 遺産分割がまとまっていなくても、相続税の申告・納税の期限(10か月以内)は延びません。未分割の財産は法定相続分で取得したものとして計算します。
    • 未分割の財産には、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例が原則として適用できません。
    • 後から特例を使うためには、当初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、原則として申告期限から3年以内に分割することが必要です。3年以内に分割できないやむを得ない事情がある場合は、期限内に承認申請を行います。
    • 分割が決まったら、税額が増える人は修正申告、減る人は原則として4か月以内に更正の請求を行います。小規模宅地等の特例は、この4か月を過ぎると適用できなくなるおそれがあります。
    • 成立した分割のやり直しは、贈与などとして課税される可能性があります。具体的な取扱いは個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 遺産分割がまとまらないと、申告期限は延長されますか?

    延長されません。申告期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。期限までに分割されていない財産は、法定相続分で取得したものとして計算して申告・納税し、分割が決まった後に修正申告や更正の請求で精算します。

    Q. 「申告期限後3年以内の分割見込書」を出し忘れた場合はどうなりますか?

    国税庁は、未分割の財産について後から配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を受けるために、この見込書を申告書等に添付するよう案内しています。出し忘れに気づいた場合の対応は状況によって異なるため、できるだけ早く、申告を担当した税理士や税務署に確認することをおすすめします。

    Q. 分割が決まって相続税が減る場合、いつまでに手続すればよいですか?

    原則として、分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行います(相続税法32条1項1号)。なお、税額が増える相続人の修正申告には法律上の期限はありませんが、他の相続人の更正の請求に基づく更正が行われると、税務署長による更正の対象となります。配偶者の税額軽減については、通達上、申告期限から5年以内であればそれより後でも認められる場合がありますが、小規模宅地等の特例については4か月以内に限られるとされています。分割成立の日を起点に、早めに手続を進めることが大切です。

    Q. 相続人の一人が分割に応じないまま3年が過ぎそうです。どうすればよいですか?

    遺産分割の調停・審判の申立てや訴えの提起など、政令で定めるやむを得ない事情がある場合は、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請を行うことで、事情がなくなった後4か月以内の分割まで特例の対象とすることができます。単に協議が長引いているだけでは認められない可能性があるため、法的手続の要否も含めて早めに検討します。

    Q. 一度まとまった遺産分割を、家族全員の合意でやり直しても問題ありませんか?

    民法上は合意による再分割が問題になる場面がありますが、税務上は、当初の分割で取得した財産を再配分した部分が、相続ではなく贈与などとして課税される可能性があります。やり直しを検討する場合は、実行前に税務上の扱いを確認してください。

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    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.93-94、112-113、117-120
    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、2025年、P.151-156
  • 一般財団法人と公益認定の違い|設立のしやすさ・税制・運営の負担をどう比べるか

    一般財団法人と公益認定の違い|設立のしやすさ・税制・運営の負担をどう比べるか

    財団の設立を考え始めると、早い段階で「一般財団法人のままでよいのか、公益認定を目指すべきか」という問いに出会います。

    結論から言えば、両者の違いは「行政庁の公益認定を受け、その基準を守り続ける代わりに、税制上の優遇と社会的な信頼を得るかどうか」にあります。公益財団法人は一般財団法人と別の法人をつくるのではなく、一般財団法人が公益認定を受けることで移行する仕組みです。

    どちらが優れているということはなく、財団で何をしたいのか、どの財産をどう寄附したいのか、どこまで運営の負担を引き受けられるのかによって、適した形が変わります。この記事では、両者の違いを項目ごとに整理し、判断の軸を示します。

    一般財団法人と公益財団法人の関係

    現在の制度では、法人をつくること(設立)と、公益性を認めること(公益認定)が分かれています。

    • 一般財団法人:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(一般法人法)に基づき、定款の作成、公証人による定款の認証、財産の拠出、設立の登記によって成立します。公益性の審査はありません。
    • 公益財団法人:一般財団法人のうち、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(認定法)に基づいて、行政庁(内閣府または都道府県)から公益認定を受けた法人です。認定を受けると、名称が「公益財団法人」に変わります。

    つまり、公益財団法人を目指す場合でも、まずは一般財団法人として設立し、その後に公益認定を申請するのが基本的な流れです。

    財団という器をどのように設計すればよいか、全体像は関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    項目別に見る主な違い

    両者の違いを、オーナーの意思決定に関わる項目ごとに整理すると、次のようになります。

    項目一般財団法人公益財団法人
    成立の方法定款認証・財産拠出・登記(準則主義)一般財団法人が行政庁の公益認定を受けて移行
    行政庁の監督なしあり(定期提出書類、報告徴求、立入検査など)
    事業内容法律上の制約は少ない(収益事業も可能)公益目的事業を主たる目的とすることが必要
    財務の基準一般法人法上の規律が中心中期的収支均衡、公益目的事業比率、使途不特定財産の保有制限など
    役員構成一般法人法上の機関設計(評議員・理事・監事)上記に加え、親族等や同一団体関係者の割合制限、外部理事・外部監事など
    情報開示一般法人法上の計算書類の公告等定期提出書類が行政庁により原則公表される
    法人税税務上の区分により異なる(非営利型法人は収益事業のみ課税、それ以外は全所得課税)収益事業のみ課税(公益目的事業は非課税)
    寄附者の税制優遇は限定的寄附金控除・税額控除、相続財産を寄附した場合の非課税特例などの対象

    以下、特に判断に影響の大きい項目を補足します。

    設立のしやすさ:一般財団法人の要件

    一般財団法人は、次のような要件を満たせば、行政庁の許可なく設立できます。

    • 設立者が定款を作成し、公証人の認証を受けること
    • 設立者が拠出する財産の価額の合計が300万円以上であること(一般法人法153条2項)
    • 評議員3人以上、理事3人以上、監事1人以上を置き、評議員会・理事会を設けること
    • 主たる事務所の所在地で設立の登記をすること

    なお、一般財団法人は、2事業年度連続して貸借対照表上の純資産額が300万円未満となった場合には解散することとされています(同法202条2項)。設立時だけでなく、存続中も一定の財産規模を保つ必要がある点に注意が必要です。

    公益認定を受けるための主な基準

    公益認定は、認定法に定める基準に適合すると認められた場合に行われます。主な考え方は次のとおりです。

    公益目的事業を主たる目的とすること

    公益目的事業とは、学術、技芸、慈善などの認定法に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいいます。特定の会社の従業員や会員だけを対象とする事業は、原則としてこの考え方に合いません。令和6年12月に全面的に見直された「公益認定等ガイドライン」では、公益目的事業かどうかを判断する考え方が明確化され、奨学金事業などが事業の例として追加されています。

    財務の基準を満たし続けること

    公益法人は、公益目的事業の収入を適正な費用に充て、財産をため込みすぎないことが求められます。令和7年4月1日施行の改正により、次のように見直されました。

    • 単年度で収支を合わせる考え方(いわゆる収支相償)から、5年間で収支の均衡を図る「中期的収支均衡」へ
    • 将来の公益目的事業を充実させるための「公益充実資金」を創設(積立てを費用とみなす)
    • 「遊休財産」を「使途不特定財産」に改称し、その保有上限を算定する際、災害などに備える「公益目的事業継続予備財産」を除外

    あわせて、費用全体に占める公益目的事業の費用の割合(公益目的事業比率)を毎事業年度50%以上とすることも求められます(認定法15条)。

    ガバナンスの基準を満たすこと

    役員構成についても基準があります。理事・監事それぞれについて、同一の親族等が占める割合や、他の同一の団体の関係者が占める割合に制限が設けられています。さらに改正により、次の基準が加わりました。

    • 外部理事:理事のうち1人以上を法人外部の人材とすること(最終事業年度の収益の額と費用・損失の額がいずれも3,000万円未満の法人は適用除外)
    • 外部監事:監事のうち1人以上を法人外部の人材とすること(小規模法人の適用除外はなし)
    • 理事と監事の特別利害関係の排除:理事と監事が配偶者や3親等以内の親族などの関係にないこと

    財団の場合、財産を拠出した設立者は「外部」の人材とは扱われない点も押さえておきたいところです。

    税制の違い:法人と寄附者の両面から

    法人の税金

    公益財団法人は、法人税法上の収益事業から生じた所得にのみ法人税が課され、公益目的事業は非課税です。一方、一般財団法人は、非営利性が徹底されているなど一定の要件を満たす「非営利型法人」であれば収益事業のみが課税対象となりますが、それ以外の一般財団法人は株式会社と同様にすべての所得が課税対象となります。

    寄附をする人の税金

    寄附者にとっての違いは、さらに大きくなります。

    • 寄附金控除・税額控除:公益社団法人・公益財団法人への寄附は、所得税の寄附金控除の対象となる特定寄附金に含まれます。また、一定の要件を満たす公益社団法人等への寄附は、所得控除に代えて税額控除(寄附金額から2,000円を差し引いた額の40%、所得税額の25%が上限)を選択できます(国税庁タックスアンサーNo.1266)。
    • 相続財産を寄附した場合:相続や遺贈で取得した財産を、相続税の申告期限までに公益財団法人などに寄附した場合、その財産を相続税の課税対象としない特例があります(国税庁タックスアンサーNo.4141)。公益認定を受けていない一般財団法人は、この特例の対象に含まれません。
    • 株式や不動産を寄附した場合のみなし譲渡:個人が法人に財産を寄附すると、原則として時価で譲渡したものとみなされ、値上がり益に所得税が課されます。公益法人等への寄附で国税庁長官の承認を受けた場合は非課税となる特例があり、国税庁によれば、一般的な要件による「一般特例」は公益財団法人のほか非営利性が徹底された一般財団法人なども対象となりますが、手続が迅速な「承認特例」は公益財団法人など一定の法人に限られます。

    また、一般財団法人に財産を寄附した結果、寄附者の親族等の相続税や贈与税の負担が不当に減少すると認められる場合には、法人を個人とみなして贈与税(遺贈の場合は相続税)が課される仕組みもあります(相続税法第66条第4項)。

    どちらを選ぶか:4つの判断軸

    AEGISでは、一般財団法人のままでいるか、公益認定を目指すかを、次の4つの軸で考えることをおすすめしています。

    判断軸一般財団法人が向く場合公益認定が向く場合
    1. 事業の性質対象が限定的、または収益事業の比重が大きい不特定多数の利益のための事業が中心
    2. 財源の集め方設立者・関係者の拠出で完結する広く外部からの寄附を受けたい
    3. 寄附する財産金銭中心で、税制の特例を前提としない株式・不動産など値上がり益のある財産や、相続財産を寄附したい
    4. 運営の負担事務局体制が小さく、行政への報告負担を避けたい外部役員の招へい、定期提出書類、情報開示に対応できる

    特に、自社株式などを寄附して財団の財源とする場合は、寄附の時期や受け手の法人の状態によって税制上の扱いが大きく変わります。この論点は関連記事「非上場株式を財団に寄附する際の検討事項」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    「まず一般、後で公益」の場合も設計は公益基準で

    いったん一般財団法人として設立し、活動実績を積んでから公益認定を申請するという進め方は現実的です。ただし、その場合でも、定款・役員構成・会計の仕組みは、最初から公益認定の基準を意識しておくと、後の移行がスムーズになります。公益認定申請の際には、認定法に適合させるための定款変更(評議員会の特別決議)が必要です。

    公益認定は「受けて終わり」ではない

    公益財団法人は、毎事業年度、事業計画書などは事業年度の開始日の前日までに、事業報告などは事業年度経過後3か月以内に行政庁に提出し(認定法22条1項)、財務やガバナンスの基準を満たし続ける必要があります。基準に適合しなくなった場合には、公益認定が取り消されることがあります。継続的な事務の担い手を、設立段階から想定しておくことが大切です。

    一般財団法人の自由度は「監督がない」ことの裏返し

    一般財団法人は事業の自由度が高い一方で、行政の監督や外部の目が入りにくい形でもあります。寄附者の想いを長く守るためには、法律上の義務がなくても、外部の有識者を役員に迎える、活動内容を公表するなど、自ら規律を設けることが望まれます。

    「自ら財団を持たない」という選択肢もある

    一般財団法人と公益財団法人のどちらにするかを比べる前に、そもそも自ら財団を設立する必要があるかを確かめておくことも大切です。どちらの形でも、評議員・理事・監事の選任、機関の運営、会計と報告を続ける体制が必要で、その運営は寄附者が退いた後、後継者や次の世代に引き継がれます。

    寄附の目的が助成や奨学であれば、運営体制を備えた既存の財団の中に、寄附者の名前や想いを冠した基金を設ける方法もあります。AEGISでは、この考え方を形にする器としてアイジスレガシー財団を設立しています。目的や事業を設計する自由度は自ら設立する場合より限られますが、設立と運営の負担を大きく軽くでき、後継者に財団運営の実務を背負わせずに済みます。比較の考え方は、Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で整理しています。

    AEGISの視点

    一般財団法人か公益財団法人かという選択は、税制上の有利・不利で語られることが多いテーマです。しかしAEGISは、この選択を「財団を、誰に対して説明責任を負う存在にするか」という設計の問いと捉えています。

    一般財団法人は、設立者の意思をそのまま形にしやすい器です。公益財団法人は、行政と社会に対して説明責任を負う代わりに、外部からの寄附や信頼を集めやすい器です。寄附者の想いを、寄附者の家族や会社の外に広げていきたいのであれば、公益認定の基準は「負担」ではなく、想いを社会と共有するための共通言語として機能します。

    財団の形は、事業承継や資産承継の計画とも連動します。会社の株式をどうするか、家族に何を残すか、社会に何を託すかを一つの全体像として整理したうえで、器を選ぶことが合理的だとAEGISは考えています。財団に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益財団法人は、一般財団法人が行政庁の公益認定を受けて移行した法人です。設立と公益認定は別の手続きです。
    • 一般財団法人は、拠出財産300万円以上などの要件を満たせば登記で設立でき、行政庁の監督を受けません。
    • 公益財団法人は、公益目的事業を主たる目的とし、財務・ガバナンス・情報開示の基準を満たし続ける必要があります。令和7年4月からは中期的収支均衡や外部理事・外部監事などの新しい基準が適用されています。
    • 寄附者側の税制(寄附金控除・税額控除、相続財産の寄附の特例、みなし譲渡の非課税特例の承認特例など)は、公益財団法人の方が利用できる範囲が広くなります。
    • どちらを選ぶかは、事業の性質・財源の集め方・寄附する財産・運営の負担の4つの軸で判断するのが合理的です。

    具体的な選択は、寄附する財産や活動内容などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 一般財団法人と公益財団法人では、名称以外に何が一番違いますか?

    最も大きな違いは、行政庁の公益認定と監督を受けるかどうかです。公益財団法人は、財務やガバナンスの基準を満たし続ける義務を負う代わりに、法人税や寄附者の税制で優遇を受けられます。

    Q. 公益認定の申請は、設立後どのくらいでできますか?

    一般財団法人として設立した後であれば、申請自体は可能です。ただし、認定にあたっては事業計画や財務の見込み、運営体制などが審査されるため、事業の実態や体制が整ってから申請するのが一般的です。具体的な審査期間は個別の状況によって異なります。

    Q. 公益財団法人になると、自由に事業ができなくなりますか?

    公益目的事業を主たる目的とする必要があり、財務の基準も守る必要があります。ただし、令和7年4月施行の改正により、収益事業等の内容の変更が認定事項から届出事項になるなど、手続の柔軟化も図られています。

    Q. 一般財団法人でも寄附の税制優遇は受けられますか?

    一般財団法人への寄附は、公益財団法人に比べて税制上の優遇が限定的です。ただし、株式や不動産を寄附した場合のみなし譲渡の非課税特例(租税特別措置法第40条)のうち一般特例は、非営利性が徹底された一般財団法人なども対象となり得ます。適用には国税庁長官の承認が必要で、要件の確認が欠かせません。

    Q. 公益認定を受けた後に、一般財団法人に戻ることはできますか?

    公益認定の取消しを受けた場合などには、一般財団法人として存続することになります。その際、定款の定めに従い、公益目的事業のために取得した財産の残額(公益目的取得財産残額)に相当する額を、取消しの日から1か月以内に類似の事業を目的とする他の公益法人や国・地方公共団体などに贈与する必要があるなど、財産面の影響が生じます。公益認定を受けるかどうかは、こうした点も踏まえて判断することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『Q&A各種法人の事業承継の実務』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版