カテゴリー: 不動産

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  • 会社売却の前に整理したいオーナー個人所有の事業用不動産|工場・本社の土地を「売る・貸す・残す」のどれにするか

    会社売却の前に整理したいオーナー個人所有の事業用不動産|工場・本社の土地を「売る・貸す・残す」のどれにするか

    中小企業では、会社の工場や本社が建っている土地を、社長個人が所有していることが珍しくありません。会社を売却するとき、この土地をどうするかは、売却価格や交渉の行方、さらには売却後のオーナーの収入や相続まで左右する論点です。

    結論から言えば、売却の前に「現在の権利関係と契約の実態」を確認したうえで、①会社または買い手に売る、②売却後も貸し続ける、③期限を決めて貸し、将来は別の使い方をする、のどれを望むかを、オーナー自身の資金計画と承継の方針から決めておくことが大切です。方針が決まっていないまま交渉に入ると、買い手の資金事情や意向に合わせるしかなくなり、望まない形で手放すことにもなりかねません。

    この記事では、売り手のオーナーの立場から、個人所有の事業用不動産を整理する手順と判断の軸を解説します。

    なぜ売却前の整理が必要なのか

    オーナーと会社の間の不動産の関係は、長年「身内の取引」として続いてきたものです。そのため、次のような状態になっていることがよくあります。

    • 土地の賃貸借契約書がない、または内容が簡単すぎる
    • 地代が近隣の相場と比べて安すぎる、または高すぎる
    • 借地権が会社にあるのかどうか、当事者が意識していない
    • 土地が会社の借入れの担保に入っている
    • 増改築の記録や建築確認の書類が残っていない

    会社の外部の買い手にとって、これらはすべて「買った後に事業の拠点を使い続けられるか」という不安材料になります。株式譲渡で会社を売る場合、会社と一緒にオーナー個人の土地が移るわけではありません。売却後は、オーナーと「買い手の傘下に入った会社」という、他人どうしの関係が残るからです。

    中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、譲り渡し側の経営者に関連する資産・負債などの整理は、最終契約で取り扱う事項の一つとされています。経営者個人の名義で登記された土地など、会社の事業に使われている個人の財産は、買い手への売却や引継ぎによって整理する必要があり、最終契約の後に整理すると合意内容に大きな変更が生じて争いに発展するおそれがあるため、可能な限り最終契約の前に行うことが望ましいとされています。売却の準備全体の流れは、M&AのPillar記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で整理しています。

    まず確認したい現状

    方針を考える前に、次の項目を一覧にしておくと、選択肢ごとの論点が見えやすくなります。

    確認項目確認すること選択に影響する点
    所有関係土地・建物それぞれの所有者、共有や区分所有の有無、家族名義の部分誰の同意が必要か、何を一体で扱えるか
    契約賃貸借契約書の有無、契約日、期間、更新、解約の定め売却後に契約を見直すか結び直すか
    地代・賃料金額、近隣相場との比較、支払の実績売却後の適正な水準、税務上の問題の有無
    借地権の扱い権利金の授受、相当の地代か、無償返還の届出の有無土地の価値、会社の株価、売却価格の考え方
    担保・書類担保設定、登記、境界、建築確認・増改築の記録買い手の調査や金融機関の審査で問題にならないか

    とくに借地権の扱いは重要です。法人が個人の土地に建物を建てて使っている場合、権利金を払っていないと、借地権の価値が会社に移ったとみなされる課税関係が生じ得ます。その対応として、土地の価額のおおむね年6%の「相当の地代」を支払う方法や、将来土地を無償で返すことを約して「土地の無償返還に関する届出書」を提出する方法があります(国税庁 個別通達「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」)。仕組みの詳細は関連記事「土地の無償返還に関する届出と相当の地代」で解説しています。

    借地権が会社にあるのか、ないのかによって、オーナーの土地の価値も会社の価値も変わります。売却の交渉が始まってから気づくのではなく、事前に整理しておくことが望まれます。

    三つの選択肢を比べる

    オーナー側の希望は、大きく次の三つに分かれます。

    比較の視点①売る(会社または買い手へ)②貸し続ける③期限を決めて貸す
    オーナーの資金売却時にまとまった資金を得る毎年の地代・賃料収入が続く当面は収入、将来は売却・転用の選択肢
    主な税金譲渡所得への課税毎年の不動産所得への課税期間中は不動産所得、将来の処分時に改めて検討
    買い手から見て取得資金が増えるが拠点は安定投資額は抑えられるが賃料が続く一定期間後の移転が前提になる
    相続から見て現金化で分けやすく納税資金になる貸地・貸家として承継、借り手との関係も承継期限後の使い方次第
    主な注意点価格の妥当性、買い手の資金調達契約の結び直し、借り手の信用期限・明渡しの合意、契約の種類

    どれが正解ということはなく、オーナーの希望と買い手の方針が一致したところで決まるのが実際です。買い手が「不動産は持たない」方針なら①は成り立ちにくく、反対に「拠点は自社で持つ」方針なら②は受け入れられにくくなります。オーナーが相続対策として現金化を強く望んでも、買い手が不動産の取得資金を調達できずに交渉がまとまらないこともあります。

    ①売る場合

    誰が買うか:対象会社が買う方法と、買い手(親会社など)が買う方法があります。対象会社に十分な資金がない場合は、買い手が資金を提供したうえで会社が買う形や、株式の取得と同時に買い手が土地を買う形がとられます。買い手側から見た不動産の置き場所の考え方は、関連記事「買収した会社の不動産をどう持つか」で解説しています。

    税金:個人が土地や建物を売った利益は譲渡所得として、他の所得と分けて課税されます。売った年の1月1日現在で所有期間が5年を超える長期譲渡所得の場合、税率は所得税15%・住民税5%で、このほかに復興特別所得税がかかります(国税庁 タックスアンサーNo.3208)。所有期間が5年以下の短期譲渡所得の場合は、所得税30%・住民税9%と税率が高くなります(国税庁 タックスアンサーNo.3211)。

    価格:オーナーと会社の取引は、近隣相場や鑑定などで説明できる時価で行うことが前提です。個人が法人に時価の2分の1未満の価額で資産を譲渡した場合、時価で譲渡したものとみなして課税される取扱いがあります(国税庁 タックスアンサーNo.3105)。反対に高すぎる価格も、会社とオーナーの双方で課税上の問題になり得ます。また、会社とその代表者との取引は利益相反の取引として、会社の機関決定と記録が必要です。

    株式の価格との関係:会社が土地を買う場合、その資金が会社から出ていくため、買い手が支払う株式の対価にも影響します。土地の代金と株式の対価の配分は、税負担の違いも含めて一体で試算する必要があります。

    買い手の資金調達:買い手が金融機関から借り入れて土地を買う場合、金融機関が独自に不動産を審査します。建築確認や増改築の記録が不十分だと、融資の判断に時間がかかり、取引全体が遅れることもあります。

    ②貸し続ける場合

    契約を結び直す:売却後は、他人どうしの関係として通用する契約が必要です。期間、更新、賃料改定、解約、原状回復などを、買い手とも相談して整えます。古い契約は、締結時期によって適用される借地の法律の規定が異なることがあるため、既存の契約を生かすか結び直すかは、専門家とともに確認します。

    賃料を相場に合わせる:身内の取引として安く(または高く)設定していた地代は、売却を機に近隣の相場に合わせて見直すのが通常です。借地権を生じさせない前提で無償返還の届出をしている場合は、契約書の内容がその前提と矛盾しないかも確認します。

    収入としての安定性:売却後の地代・賃料は、オーナーにとって引退後の安定収入になり得ます。一方で、借り手は買い手グループの会社になるため、その信用力、将来の拠点移転の可能性、賃料改定の交渉相手が変わることも織り込んでおく必要があります。

    ③期限を決めて貸す場合

    将来、その土地を売却したり別の用途に使ったりする予定がある場合は、一定期間の賃貸の後に明け渡してもらうことを前提に条件を決めます。普通の借地・借家の契約では、借り手の権利が強く保護され、貸し手から更新を拒むには正当な事由が必要とされるのが原則です(借地借家法6条・28条)。期限を確実にしたい場合は、更新のない定期借地(事業用の建物所有を目的とする事業用定期借地権等は存続期間10年以上50年未満で、公正証書による契約が必要〔同法23条〕)や定期建物賃貸借(書面による契約が必要〔同法38条〕)などの契約の種類を検討し、株式譲渡の契約でも明渡しの時期を合意しておくことが考えられます。

    売却後の相続・承継への影響

    不動産をどの形で持つかは、オーナーの相続にも影響します。

    • 小規模宅地等の特例の区分が変わり得る:被相続人とその親族が株式の50%超を持つ同族会社の事業に使われている宅地は、要件を満たせば「特定同族会社事業用宅地等」として400㎡まで評価額を80%減額できます。会社を売却して同族会社でなくなれば、この区分は使えなくなり、要件を満たせば「貸付事業用宅地等」(200㎡まで50%減額)として扱われる可能性があるにとどまります(国税庁 タックスアンサーNo.4124)。
    • 現金化すると分けやすくなる:土地を売って現金にすれば、遺産を分けやすく、納税資金にもなります。一方で、評価額が下がる効果は失われます。
    • 貸し続けると「借り手との関係」も承継する:相続人は、地代収入とともに、買い手グループの会社との契約関係や管理の手間も引き継ぎます。

    売却で得た資金や手元に残した不動産を、売却後にどう管理し次の世代に引き継ぐかは、関連記事「会社売却後の資産をどう守り、どう使うか」で扱っています。

    実務上注意したいポイント

    • 方針は交渉前に決める:売る・貸す・期限付きのどれを望むか、譲れない条件は何かを、売却の打診を始める前に整理しておきます。
    • 家族名義・共有の部分を確認する:土地の一部が配偶者や子の名義、または共有になっている場合、その人の意向と同意が必要です。
    • 担保と保証を同時に整理する:土地が会社の借入れの担保に入っている場合、売却後に担保をどう外すかは、経営者保証の解除とあわせて交渉する事項です。
    • 株式の契約と不動産の契約をそろえる:不動産の売買や賃貸の条件は、株式譲渡の契約と同時に決め、内容に食い違いがないようにします。
    • 具体的な課税関係は個別に確認する:所有期間、取得費、借地権の有無、会社の状況によって結論が変わります。

    AEGISの視点

    オーナー個人の事業用不動産は、会社売却の場面では「付随的な論点」として後回しにされがちです。しかしAEGISは、この不動産を「売却後のオーナーの暮らしと承継を支える、手元に残る可能性のある最大の資産」と考えています。

    株式を売れば、会社との縁は契約上いったん切れます。一方で不動産は、売るか貸すかによって、まとまった資金にも、長く続く収入にも、次の世代に引き継ぐ財産にもなります。だからこそ、買い手の都合で決めるのではなく、売却後の資金計画、相続人の構成、管理の負担まで含めて、オーナー自身が先に方針を持つことが大切です。

    また、同じ土地でも、会社の事業用として貸すのか、将来ほかの用途に転用するのかで、価値の引き出し方は変わります。立地や需要によっては、賃貸以外の活用や組換えが合理的なこともあります。会社の売却を、個人の不動産の役割を見直す機会として捉えることが、売却後の選択肢を広げることにつながります。

    不動産や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 会社が使う土地を社長個人が持っている場合、売却後はオーナーと買い手傘下の会社という他人どうしの関係が残るため、事前の整理が必要です。
    • 所有関係、契約、地代の水準、借地権の扱い、担保と書類を一覧にして現状を確認します。
    • 選択肢は、会社または買い手に売る、売却後も貸し続ける、期限を決めて貸す、の三つが基本で、オーナーの希望と買い手の方針が一致したところで決まります。
    • 売る場合は譲渡所得の課税と時価での取引、貸す場合は契約の結び直しと相場に合った賃料が論点です。
    • 売却後は小規模宅地等の特例の区分が変わり得るなど、相続への影響もあわせて確認することが大切です。

    よくある質問

    Q. 契約書がないまま会社に土地を貸してきました。売却前に作るべきですか?

    作成しておくことが望まれます。売却後も貸し続ける場合、買い手は拠点を使い続けられる根拠となる契約を求めるのが通常です。契約を作る際は、借地権の扱い(権利金、相当の地代、無償返還の届出)と矛盾しない内容にすることが重要です。

    Q. 土地を会社に売る場合、価格はどう決めればよいですか?

    近隣の取引相場や不動産鑑定などで説明できる時価が基本です。時価より大幅に低い価格や高い価格で取引すると、オーナーと会社の双方で課税上の問題が生じ得ます。会社とその代表者との取引になるため、取締役会(取締役会を置かない会社では株主総会)の承認手続きと記録も必要です(会社法356条1項・365条)。

    Q. 買い手が土地を買ってくれない場合、売却をあきらめるしかないのでしょうか?

    そうとは限りません。売却後も賃貸を続ける、一定期間は貸して将来は別の使い方をする、などの選択肢があります。オーナーにとって地代収入が続くことが望ましい場合もあるため、交渉の前に自分の希望と譲れる範囲を整理しておくことが大切です。

    Q. 会社を売った後も土地を貸し続けると、相続税の評価はどうなりますか?

    会社が同族会社でなくなるため、小規模宅地等の特例のうち「特定同族会社事業用宅地等」の区分は使えなくなります。要件を満たせば「貸付事業用宅地等」として扱われる可能性がありますが、限度面積や減額割合は異なります。貸地としての評価も含め、売却の前後で試算しておくとよいでしょう。

    Q. 土地が会社の借入れの担保に入っています。どうすればよいですか?

    売却後もその担保を残すのか、買い手が借り換えるなどして外すのかを、金融機関や買い手と調整する必要があります。経営者保証の解除とあわせて交渉する事項になるため、売却の条件として早い段階で整理しておくことが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。
    • 不動産の最適活用:立地・敷地・建物・周辺需要・投資負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用を比較します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第10章(印刷 p.159-178)
    • 『企業買収の実務プロセス』木俣貴光 著、中央経済社、2010年、第10章(印刷 p.256-258)
  • 老人ホームに入った親の自宅と小規模宅地等の特例|要介護認定・施設の種類・入居後の使い方で決まる適用の可否

    老人ホームに入った親の自宅と小規模宅地等の特例|要介護認定・施設の種類・入居後の使い方で決まる適用の可否

    親が老人ホームに入居し、そのまま施設で亡くなった場合でも、一定の条件を満たせば、実家の敷地に小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等・330㎡まで80%減額)を使える可能性があります。

    条件は大きく3つです。①親が相続開始の直前に要介護認定・要支援認定などを受けていたこと、②入居していたのが法令で定められた施設・住まいであること、③入居後に実家を貸したり、事業に使ったり、新しく別の人が住んだりしていないこと。そのうえで、実家の敷地を「誰が取得するか」についての通常の要件も満たす必要があります。

    高齢の親が施設で暮らすことは今では珍しくありません。それだけに、この論点は相続税の申告で確認が欠かせないものの一つです。この記事では、施設に入居していた親の自宅について、特例が使えるかどうかを分ける点と、申告後に見直したい視点を整理します。

    なぜ老人ホームへの入居が問題になるのか

    小規模宅地等の特例は、相続開始の直前に被相続人(亡くなった方)や同じ生計の親族の居住の用や事業の用に使われていた宅地等について、一定の面積まで評価額を減額する制度です(租税特別措置法69条の4)。自宅の敷地であれば、要件を満たすと330㎡まで80%減額されます。

    ここでのポイントは「相続開始の直前」の利用状況で判定するという点です。親が施設に移って実家が空き家になっていれば、形式的には、亡くなった時点で実家に住んでいなかったことになります。

    ただ、介護が必要になって施設に入ることは、本人の意思で生活の拠点を移したとは言い切れません。そこで平成25年度の税制改正などで手当てがされ、一定の事由で施設に入居した場合には、入居する直前まで住んでいた家の敷地を、亡くなる直前の居住用の宅地等と同じように扱う仕組みが設けられています(租税特別措置法施行令40条の2第2項・第3項)。

    特例の対象になるための3つの条件

    国税庁の案内(タックスアンサーNo.4124)と施行令の規定をもとに、条件を整理します。

    条件1:相続開始の直前に要介護認定等を受けていたこと

    対象となるのは、次のいずれかの認定を受けていた方です。

    • 介護保険法の要介護認定または要支援認定
    • 介護保険法施行規則に定める一定の方(いわゆる事業対象者として国税庁が示している区分)
    • 障害者総合支援法の障害支援区分の認定

    注意したいのは判定の時期です。認定を受けていたかどうかは、入居した時点ではなく、相続開始の直前で判定します(措置法通達69の4-7の3)。入居時には自立していた方が、施設で暮らすうちに認定を受けた場合も対象になり得ます。

    また国税庁の質疑応答事例では、施設に入っていた方が要介護認定の申請中に亡くなり、亡くなった後に認定が出たケースについて、認定の効力が申請日にさかのぼることから、認定を受けていた方として扱って差し支えないとしています。申請の記録や認定通知は、申告の際に確認すべき資料になります。

    条件2:法令で定める施設・住まいに入居していたこと

    対象となる施設・住まいは、法令で列挙されています。国税庁No.4124の案内によると、要介護認定等を受けていた方については次のとおりです。

    • 認知症対応型老人共同生活援助事業が行われる住居(いわゆるグループホーム)、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホーム
    • 介護老人保健施設、介護医療院
    • サービス付き高齢者向け住宅

    障害支援区分の認定を受けていた方については、障害者支援施設(施設入所支援が行われるもの)や共同生活援助を行う住居が対象です。

    裏を返すと、名称が「ホーム」であっても、法令上の届出・登録の対象となっていない住まいや、一般の賃貸住宅・親族の家に移った場合は、この取扱いの対象にならない可能性があります。入居先が上のどれに当たるのかは、契約書や施設の届出・登録の状況で確認するのが確実です。

    条件3:入居後に実家を別の用途に使っていないこと

    入居後の実家の使い方も重要です。次の場合は、特例の対象から外れます(施行令40条の2第3項)。

    • 実家を事業の用(賃貸を含む)に使った場合
    • 実家に新たに、被相続人等(被相続人と同じ生計の親族)以外の人が住んだ場合

    一方、入居の直前に被相続人と生計を一にしていて、その家に引き続き住んでいる親族は、ここでいう「被相続人等」に含めて扱われます。入居前から同居していた子がそのまま住み続けている場合は、入居後に生計が別になっても、それだけで対象外にはなりません。

    国税庁の質疑応答事例では、特別養護老人ホームに入所し、一度も戻らずに亡くなるまで実家が空き家だったケースについて、実家の敷地は居住用の宅地等に当たるとされています。空き家のまま維持していたことは、この条件との関係では問題になりません。

    入居後の実家の状況と判定の目安を、AEGISで一覧にまとめると次のとおりです。

    入居後の実家の状況居住用の宅地等として扱われるか確認したいこと
    空き家のまま管理していた扱われる(他の条件を満たす場合)入居先・認定の確認
    入居前から同居していた生計一の親族が住み続けた扱われる入居直前の生計の状況
    入居後に、別に暮らしていた子の家族が新たに住んだ扱われない住み始めた時期と生計の状況
    入居後に第三者へ賃貸した扱われない(居住用としては対象外)貸付事業用宅地等の要件は別途検討
    一部だけを賃貸した賃貸部分は対象外となり得る利用区分ごとの面積

    ※個別の事実関係によって結論が変わることがあります。

    取得する人の要件は通常どおり

    上の3つの条件は、「この敷地は被相続人の居住の用に供されていた宅地等として扱うか」という入口の話です。特定居住用宅地等として80%減額を受けるには、さらに誰が取得するかの要件を満たす必要があります。

    • 配偶者が取得する場合:取得者ごとの要件はありません。
    • その家に住んでいた親族(入居前から同居し、住み続けている子など)が取得する場合:相続開始の直前から申告期限まで引き続き住み、申告期限まで保有することが必要です。
    • それ以外の親族が取得する場合:いわゆる「家なき子」の要件として、配偶者がいないこと、被相続人の家に住んでいた相続人(相続の放棄があった場合は放棄がなかったものとした相続人)がいないこと、取得者が相続開始前3年以内に自分や配偶者・三親等内の親族などが所有する家に住んでいないこと、取得者が今住んでいる家を過去に所有していたことがないこと、申告期限まで保有することなど、国税庁No.4124に列挙された要件をすべて満たすことが必要です。

    施設入居で実家が空き家になり、配偶者もすでに亡くなっている場合、別居の子が取得するときは「家なき子」の要件に当てはまるかが論点になります。子が持ち家に住んでいれば、この要件は満たしません。

    取得者の違いによって特例の使い方がどう変わるかは、関連記事「小規模宅地等の特例は誰が取得するかで変わる」で詳しく整理しています。

    判断が分かれやすい場面

    実務では、次のような場面で判断が難しくなります。

    • 入居後に実家を建て替えた:同居していた親族が老朽化した家を建て替えて住み続けた場合など、取扱いについて解説が示されている場面もありますが、建て替えの時期や住み始めた人によって結論が変わり得ます。個別の確認が必要です。
    • 二世帯住宅の一部が空いた:親の居住部分を入居後に貸した場合、その部分は居住用としては対象外になり得ます。二世帯住宅の敷地の扱いそのものは、関連記事「二世帯住宅の敷地と小規模宅地等の特例」で取り上げます。

    • 入居先が条件2の施設に当たるか不明:住宅型の施設などで、法令上の位置付けがはっきりしない場合があります。契約書と、自治体への届出・登録の有無を確認します。

    • 認定の記録が残っていない:相続人が介護保険の手続を把握していないこともあります。認定の有無と時期は、自治体や施設に確認できる場合があります。

    申告後に見直したい視点

    すでに申告を終えている場合も、特例の判断を点検する意味はあります。たとえば、施設に入居していたことを理由に特例を使わずに申告していたものの、実際には条件を満たしていた、というケースです。

    AEGISでは、申告後の点検を次の順で行うことをおすすめしています。

    点検の順番確認すること確認資料の例
    1. 施設入居先が法令で定める施設・住まいに当たるか入居契約書、施設の重要事項説明書
    2. 認定相続開始の直前に要介護認定等を受けていたか(申請中の場合は認定の時期)介護保険被保険者証、認定通知
    3. 入居後の実家賃貸・事業利用・新たな居住者がいなかったか公共料金の記録、賃貸借契約の有無
    4. 取得者配偶者・住み続けた親族・家なき子のいずれの要件を満たすか遺産分割協議書、住民票、登記事項証明書
    5. 面積・選択他の宅地との選択や限度面積の計算は適切か申告書の明細

    当初の申告で税額が過大だった場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます(国税通則法23条1項)。一方で、要件を満たしていなかったのに特例を使っていた場合は、修正申告が必要になることもあります。見直しは「増える方向」と「減る方向」の両面で行うことが大切です。更正の請求の期限や手続の流れは、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    なお、相続税の申告期限までに遺産分割がまとまらない場合、その土地には原則として特例を使えません。申告期限から3年以内に分割されれば、その時点で特例を受ける手続をとることができます(国税庁No.4208)。

    入居前後にご家族ができる準備

    相続が起きてから資料を探すのは大変です。親が施設に入る段階で、次の点を家族で共有しておくと、判断がしやすくなります。

    • 入居先の種類と契約書の保管場所
    • 要介護認定等の申請・認定の記録
    • 実家を空き家のまま維持するのか、貸すのか、家族が住むのか(貸す・住む場合は特例への影響を事前に確認する)
    • 実家を将来誰が引き継ぐのか(遺言の要否を含めて)

    とくに、空き家になった実家を「管理が大変だから」と貸し出すかどうかは、相続税の面では大きな分かれ目です。賃料収入、管理の手間、建物の傷み、将来の売却の可能性とあわせて判断したい事項です。

    AEGISの視点

    老人ホームと小規模宅地等の特例の論点は、条文の要件を当てはめれば答えが出るように見えます。しかし実際には、親が施設に入ってから亡くなるまでの数年間に、家族が実家をどう扱ったかで結論が決まります。その時期は、介護や見舞い、施設とのやりとりで家族が最も忙しい時期でもあります。

    AEGISは、この論点を「相続が起きた後の申告の技術」ではなく、入居の時点から始まる実家の管理と承継の設計として考えています。実家を空き家のまま維持するコスト、貸した場合の収入と特例を失う影響、将来その家に住む家族がいるのか、売却するならいつか。これらは相続税だけでなく、家族の生活と資産全体の判断です。

    申告を終えた後も、判断の前提になった事実を確かめ直すことで、見落としに気づくことがあります。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    不動産を相続する前に全体として確認したいことは、親記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で整理しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 老人ホームに入居していた親の自宅でも、条件を満たせば小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)を使える可能性があります。
    • 条件は、①相続開始の直前に要介護認定等を受けていたこと、②法令で定める施設・住まいに入居していたこと、③入居後に実家を事業用に使ったり、新たに別の人が住んだりしていないこと、の3つです。
    • 要介護認定等は入居時ではなく相続開始の直前で判定します。
    • 入口の条件に加えて、配偶者・住み続けた親族・家なき子など、取得者の要件を満たす必要があります。
    • 申告後も、施設・認定・入居後の利用・取得者の順で点検すると、見落としや誤りに気づきやすくなります。具体的な適用可否は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 親が老人ホームに入るときは要介護認定を受けていませんでした。特例は使えませんか?

    使える可能性があります。要介護認定等を受けていたかどうかは、入居時ではなく相続開始の直前で判定します(措置法通達69の4-7の3)。施設で暮らすうちに認定を受け、その後に亡くなった場合は、他の条件を満たせば対象になり得ます。

    Q. サービス付き高齢者向け住宅に住んでいた場合も対象になりますか?

    サービス付き高齢者向け住宅は、国税庁の案内で対象となる住まいに含まれています。ただし、要介護認定等を受けていたことなど他の条件も必要です。入居先が法令上どの施設・住まいに当たるかは、契約書や登録の状況で確認してください。

    Q. 親の入居後、空き家の実家を管理のために貸していました。特例は使えますか?

    入居後に実家を賃貸など事業の用に使った場合は、居住用の宅地等としての特例の対象から外れます。貸付事業用宅地等(200㎡まで50%減額)として別の要件を満たすかどうかは検討の余地がありますが、要件は別に確認が必要です。

    Q. 入居前から同居していた子が、そのまま実家に住み続けています。問題はありませんか?

    入居の直前に親と生計を一にしていて、その家に引き続き住んでいる親族は、入居後の「新たな居住者」には当たりません。その子が実家の敷地を取得し、申告期限まで住み続けて保有すれば、特定居住用宅地等として特例を使える可能性があります。

    Q. すでに申告を済ませましたが、施設に入っていたため特例を使いませんでした。今からでも見直せますか?

    法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求を検討できます。施設の種類、要介護認定等の状況、入居後の実家の使い方、取得者の要件を資料で確認したうえで判断します。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.76-79、P.83-84
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.103-104
  • 買収した会社の不動産をどう持つか|事業会社・不動産保有会社・オーナー個人の比較と移し方の課税

    買収した会社の不動産をどう持つか|事業会社・不動産保有会社・オーナー個人の比較と移し方の課税

    会社を買収すると、株式と一緒に、その会社が持つ本社・工場・店舗などの不動産も手に入ります。買収後にこの不動産をどこに置くかについて、AEGISの結論は「原則は事業会社に残し、移す理由がはっきりしている場合にだけ移す」です。

    不動産を別の会社や個人に移せば、グループの資産管理を整理しやすくなる面があります。その一方で、移すたびに法人税・消費税・流通税などの負担が生じ、借入れの条件や事業の安定性にも影響します。「何のために移すのか」と「移すコストに見合うか」を、買収の前後で一度に検討しておくことが大切です。

    この記事では、買い手の立場から、事業会社に残す・グループの不動産保有会社に移す・オーナー個人が持つという3つの置き場所を比較し、移し方ごとの課税と、資金調達との関係を整理します。

    買収後に不動産の置き場所が問題になる理由

    株式を買って会社を取得する場合、対象会社が持っている不動産は、対象会社の資産のまま買い手グループに入ります。そのため、買収直後は何もしなくても「事業会社が不動産を持っている」状態が続きます。

    それでも置き場所が問題になるのは、主に次のような事情があるからです。

    • グループの方針と合わない:不動産は親会社や専用の会社に集めて管理する、という方針の買い手もあれば、事業に必要なものは事業会社に持たせるという方針の買い手もあります。
    • 事業と関係の薄い不動産が含まれている:本業とは別に賃貸用の物件を持っている会社を買った場合、事業の評価とは切り離して扱いたいことがあります。
    • 買収資金の調達や返済に使いたい:不動産を担保にする、売却して資金化するなど、資金の手当てと不動産の扱いが結びつくことがあります。
    • 将来の再編や再売却を見据えたい:事業を将来さらに売却する可能性があるなら、不動産を一緒に売るのか、手元に残すのかを考えておく必要があります。

    なお、買収前の調査で確認すべき不動産のリスク(権利関係・担保・土壌や建物の状態など)は、関連記事「会社を買う前に確認したいリスク」で扱っています。本記事は、調査を終えて取得した後の「持ち方」に焦点を当てます。

    3つの置き場所を比較する

    買収後の不動産の置き場所は、大きく次の3つに分けられます。

    比較の視点①事業会社に残す②グループの不動産保有会社に移す③オーナー個人が持つ
    移転のコスト生じない法人税・消費税(建物)・流通税などが生じ得る法人税・消費税(建物)・流通税に加え、価格設定の論点が生じやすい
    事業の安定性不動産と事業が一体で安定しやすいグループ内の賃貸借で使用を確保する個人との賃貸借になり、相続などの影響を受けやすい
    資金調達事業と不動産を一体で評価してもらいやすい不動産保有会社で担保・借入れを集約しやすい個人の借入れ・保証が必要になりやすい
    事業の再売却不動産ごと売る前提になりやすい事業だけを売り、不動産を残す選択がしやすい事業だけを売り、賃貸を続ける形になりやすい
    管理の手間事業会社の中で完結会社間の契約・賃料設定・記帳が必要会社と個人の間の契約・確定申告が必要

    ※AEGISが整理した比較の目安です。実際の有利不利は、不動産の含み益、借入れの状況、グループの構成によって変わります。

    ①事業会社に残す

    最もシンプルなのは、買収した会社にそのまま不動産を持たせ続ける方法です。移転のコストがかからず、事業に必要な拠点を自社で確保できるため、事業の安定性という点では最も分かりやすい形です。

    一方で、事業会社の貸借対照表が大きくなり、不動産の価値の変動や維持費が事業の収益と混ざって見えにくくなることがあります。事業と関係の薄い賃貸物件まで抱えている場合は、事業の実力が分かりにくくなる点にも注意が必要です。

    ②グループの不動産保有会社に移す

    親会社や、不動産を専門に持つグループ会社に不動産を移し、事業会社がそれを借りる形です。不動産をまとめて管理でき、グループ内で賃料を通じて資金を集める仕組みをつくりやすくなります。将来、事業会社だけを売却する場合にも、不動産を手元に残すという選択がとりやすくなります。

    ただし、移すときに後述する課税や手続きが生じ、移した後は会社間の賃貸借契約、賃料の水準、修繕の負担などを継続して管理する必要があります。賃料が事業会社の収益を圧迫しすぎると、事業会社の資金繰りや金融機関の評価に影響することもあります。

    ③オーナー個人が持つ

    買い手がオーナー企業の場合、オーナー個人で不動産を持ち、会社に貸すという発想が出てくることがあります。会社から個人へ賃料として資金を移せる、将来の相続や承継の設計に組み込みやすい、といった考え方です。

    ただ、法人から個人への移転は、取引価格が適正でなければ、会社側・個人側の双方で思わぬ課税が生じるおそれがあります。個人で借入れや保証を負うことにもなり、オーナーの相続が起きれば事業に不可欠な拠点の所有者が変わります。事業の安定性を優先するなら、慎重に考えたい選択肢です。

    不動産を移す方法と課税

    置き場所を変える場合、実務で検討される主な方法は「売買」と「会社分割」です。

    売買で移す

    最も分かりやすいのは、事業会社が不動産を時価で売り、移転先が買い取る方法です。

    • 法人税:事業会社では、時価と帳簿価額の差額が譲渡損益になります。古くから持っている土地は含み益が大きく、売却益に法人税がかかることがあります。
    • グループ内の取引の特例:買い手グループの会社どうしが完全な支配関係(100%の資本関係)にある場合、土地などの一定の資産を移したときの譲渡損益を、譲渡した会社でいったん繰り延べる「グループ法人税制」の仕組みがあります(法人税法61条の11)。ただし、譲渡直前の帳簿価額が1,000万円未満の資産は対象外とされるなど対象資産や、その後の取扱いには要件があるため、個別の確認が必要です。オーナー個人への売却は、この仕組みの対象になりません。
    • 消費税:土地の譲渡は消費税が非課税ですが、建物の譲渡は課税されます(国税庁 No.6201)。土地と建物の価額の区分は、税負担と移転先の資金負担の両方に影響します。
    • 流通税:移転先では、所有権移転の登記に伴う登録免許税や、不動産取得税の負担が生じます。

    売買であれば、移転先は代金を用意しなければなりません。不動産保有会社が金融機関から借り入れて購入する場合には、後述する資金調達の論点とセットで考える必要があります。

    会社分割で移す

    会社法上の会社分割(既存の会社に承継させる吸収分割、新設する会社に承継させる新設分割。会社法2条29号・30号)を使って、不動産を別会社に移す方法もあります。会社分割は、権利義務を包括的に承継させる手続きで、分割の対価として承継会社の株式を交付する方法をとれば、売買のような代金の準備が不要になります。

    ここで注意したいのは、会社分割は「事業」に関する権利義務を移す仕組みだという点です。第三者に貸している賃貸物件のように、それ自体が一つの事業として成り立っているものは分割の対象として整理しやすい一方、自社で使っている本社や工場だけを切り出す場合は、それだけで「事業」と言えるかが問題になり得ます。

    税務上は、一定の要件(税制適格要件。法人税法2条12号の11)を満たす会社分割であれば帳簿価額で引き継ぐことができますが、要件を満たさない場合は時価で移したものとして課税されます。また、不動産取得税は、分割の対価として承継会社の株式以外の資産を交付しないことに加え、分割する事業の主要な資産・負債の移転、事業の継続、従業者のおおむね8割以上の引継ぎといった要件を満たす分割による取得であれば、課されないこととされています(地方税法73条の7第2号、同法施行令37条の14)。分割の後に株式を手放す予定があるかどうかなど、分割後の資本関係の継続も要件に関わるため、買収後の再編計画として事前に全体像を描いておくことが欠かせません。

    会社分割には、債権者を保護するための手続きや、従業員の労働契約の承継に関する手続きも伴います。手間と期間がかかるため、単に「代金が要らないから」という理由だけで選ぶのは避けたいところです。

    方法ごとの比較

    比較の視点売買会社分割
    移転先の資金代金の準備が必要株式を対価とすれば不要
    課税の基本時価で譲渡損益(グループ法人税制の対象となる場合あり)要件を満たせば帳簿価額、満たさなければ時価
    手続きの負担売買契約・登記・取締役会等の承認分割計画等の作成、債権者保護手続、労働契約の承継手続、登記
    向いている場面移す不動産が限られ、資金の手当てがつく場合賃貸事業など、事業単位で切り出せる場合

    ※具体的な課税関係は、資本関係、不動産の含み益、分割後の株主構成などで変わります。

    資金調達との関係

    買収後の不動産の持ち方は、資金調達の設計と切り離せません。

    • 買収資金の借入れの担保:買収資金を借り入れる際、対象会社の不動産が担保として期待されることがあります。不動産を別会社に移す予定がある場合は、担保の設定先や順序を金融機関と事前にすり合わせておく必要があります。
    • 既存の借入れの条件:対象会社がすでに借入れをしている場合、担保に入っている不動産を移すには金融機関の同意が必要です。契約によっては、資産の処分や株主の変更が期限の利益の喪失につながる条項があるため、買収前の調査の段階で確認しておきます。
    • 売却して資金化する選択:不動産をグループ外に売り、その後も借り続ける方法(いわゆるセール・アンド・リースバック)で資金を回収する考え方もあります。資金は得られますが、長期にわたり賃料を払い続けることになり、事業拠点の自由度も下がります。

    どの方法を選んでも、最終的には事業会社が賃料や返済を無理なく負担できるかが判断の基準になります。不動産の持ち方を変えた後の数年間の資金繰りを試算し、事業会社の手元資金が細らないかを確かめておきましょう。

    新たな賃貸借関係をつくるときの注意

    不動産を移すと、事業会社と所有者の間に新しい賃貸借関係が生まれます。とくに、土地だけを移し、建物は事業会社に残すといった形をとると、借地権の扱いが問題になります。

    法人が他人の土地に建物を所有する場合、権利金の授受や地代の水準によっては、借地権の価値が移転したとみなされて課税される場合があります。通常の権利金を払わない場合の対応として、相当の地代を支払う方法や、土地の無償返還に関する届出を提出する方法があります。詳しい仕組みは関連記事「土地の無償返還に関する届出と相当の地代」で解説しています。

    建物ごと移す場合も、賃料の水準を近隣の相場や不動産の収益性から説明できるようにし、契約書と支払いの実績を残しておくことが基本です。所有と運営を分けることの意味と注意点は、関連記事「土地所有者と事業運営会社を分ける設計とは」も参考になります。

    売り手のオーナー個人が持つ不動産が絡む場合

    中小企業の買収では、対象会社が使っている土地を売り手のオーナー個人が持っていることも珍しくありません。この場合、買い手は「土地を一緒に買うか」「借り続けるか」「一定期間後に移転するか」を交渉で決めることになります。

    土地も買う場合は、誰が買うか(対象会社か、買い手の親会社などか)を決める必要があり、ここで本記事の論点がそのまま現れます。対象会社に買わせるなら事業と一体で持つ形に、親会社などが買うならグループで不動産を集約する形になります。売り手側から見た整理の仕方は、関連記事「会社売却の前に整理したいオーナー個人所有の事業用不動産」で扱っています。

    実務上注意したいポイント

    • 買収の前に方針を決める:取得後に方針を考え始めると、借入れの担保設定や従業員への説明をやり直すことになりがちです。基本合意から最終契約までの間に、取得後の持ち方の方針を固めておくのが理想です。
    • 「移さない」も立派な選択肢:移転には税負担と手間がかかります。移す目的が抽象的なままなら、まずは事業会社に残し、必要が生じた段階で改めて検討する方が合理的な場合も多くあります。
    • 会社分割の後の売却に注意:分割で不動産や事業を切り分けた後に、一方の会社を売却する計画がある場合、税制適格要件との関係で想定外の課税が生じるおそれがあります。分割と売却の順序は、専門家と慎重に検討してください。
    • 許認可・契約への影響:不動産を移すことで、営業許可の対象となる施設の使用権原や、取引先との契約上の拠点の扱いが変わることがあります。
    • 固定資産税の負担者と精算:年の途中で所有者が変わる場合の固定資産税の精算方法も、契約で取り決めておきます。

    AEGISの視点

    買収後の不動産の持ち方は、税金の損得だけで決めると判断を誤りやすいテーマです。不動産を親会社や個人に移せば賃料で資金を集められる、という発想はよく聞かれますが、その裏側では、事業会社が毎月の賃料を払い続け、移転時には含み益への課税と流通税を負担することになります。

    AEGISは、この問題を「事業をどう育てるか」と「不動産をどう保有するか」を、一つの時間軸に並べて考える設計だと捉えています。事業をこの先も自ら育てるのか、いずれ再び売却する可能性があるのか。不動産は事業のための拠点なのか、それ自体が収益と資産形成を担うものなのか。この問いに答えられれば、置き場所はおのずと絞られます。

    不動産の取得・保有の形を税引後の手残りと将来の承継まで含めて考える視点は、M&Aで取得した不動産にもそのまま当てはまります。会社の売却や買収の準備をいつから始めるべきかという全体像は、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    組織再編や不動産の保有形態に関する税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 株式で会社を買収すると、対象会社の不動産はそのまま事業会社の資産として残ります。
    • 置き場所は、①事業会社に残す、②グループの不動産保有会社に移す、③オーナー個人が持つ、の3つに大別できます。
    • 移す方法には売買と会社分割があり、売買では時価での譲渡損益・消費税(建物)・流通税が、会社分割では税制適格要件や債権者保護手続などが論点になります。
    • 不動産の持ち方は、買収資金の借入れや既存の借入れの担保と一体で検討する必要があります。
    • 移す目的がはっきりしない場合は、事業会社に残すことも合理的な選択です。具体的な判断は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 買収した会社の不動産は、親会社に移した方が有利ですか?

    一概には言えません。親会社に集約すると管理や将来の事業売却がしやすくなる面がありますが、移す時点で売却益への課税や流通税がかかり、事業会社は以後賃料を負担することになります。移転の目的と、そのコストを比べて判断することが大切です。

    Q. 100%子会社から親会社へ土地を売る場合、売却益に税金はかかりますか?

    完全な支配関係にある法人間で土地などの一定の資産を譲渡した場合、譲渡損益を譲渡した会社でいったん繰り延べるグループ法人税制の仕組みがあります。ただし、その後に資産をグループ外に売却した場合などには繰り延べた損益が実現するなど、要件と取扱いが定められています。適用の可否は個別に確認してください。

    Q. 会社分割を使えば、税金をかけずに不動産だけを移せますか?

    会社分割は「事業」に関する権利義務を移す仕組みのため、自社で使っている不動産だけを切り出す場合には、要件の面で慎重な検討が必要です。税制適格要件を満たさなければ時価で移したものとして課税されます。また、債権者保護手続や労働契約の承継手続も必要になります。

    Q. 売り手のオーナー個人が持っている工場の土地は、買い取るべきですか?

    買い取る、借り続ける、一定期間後に移転するなどの選択肢があり、売り手の希望と買い手の方針・資金によって決まります。買い取る場合は、対象会社に買わせるか、親会社などが買うかで、その後の不動産の持ち方が変わります。

    Q. 不動産を売却して借り続ける方法は、どんなときに検討されますか?

    買収資金の回収や、財務体質の改善を急ぎたいときに検討されることがあります。ただし、長期の賃料負担が続き、拠点の改修や移転の自由度も下がります。事業会社の数年先の資金繰りを試算したうえで判断することが重要です。

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    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、取得後の管理までをつなぎます。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、P.59-73、P.159-163
    • 『目的&ケース別 M&A・組織再編成の税務ストラクチャー徹底比較』蝋山竜利・中島礼子・小林誠 著、中央経済社、P.9、P.20
  • 代償分割で遺産を分けるときの代償金と税金|代償金の決め方、各相続人の相続税、不動産で支払うときの譲渡所得

    代償分割で遺産を分けるときの代償金と税金|代償金の決め方、各相続人の相続税、不動産で支払うときの譲渡所得

    代償分割とは、ある相続人が不動産などの遺産を現物で取得し、その代わりに他の相続人へ金銭などを支払う遺産分割の方法です。実家や事業用の土地のように、分けにくく、売りたくない財産を一人に集めるときに使われます。

    税金の面で押さえたい結論は3つです。第一に、相続税は代償金を払った人は取得した財産から代償金を差し引き、受け取った人は代償金を加えて計算します。第二に、代償金を不動産の「時価」で決めた場合は、相続税評価額との差を調整する計算方法が認められています。第三に、代償金の代わりに自分の不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得の課税が生じます。

    この記事では、代償金の決め方から、相続税・所得税の扱い、資金の準備と書類の作り方まで、代償分割を選ぶときに確認したい点を整理します。

    代償分割とは:他の分け方との違い

    遺産の分け方には、主に次の3つがあります。

    分け方内容向いている場面注意点
    現物分割財産をそのまま分ける財産の種類や数が多い価値の差が埋まりにくい
    換価分割売却して代金を分ける誰も使う予定のない不動産売却の手間・譲渡所得税・売り時の問題
    代償分割一人が取得し、他の人に代償金を払う住み続けたい・事業で使う不動産代償金の資金と金額の合意

    代償分割は、不動産を手放さずに相続人間の公平を図れる点が大きな利点です。その反面、代償金を払う人に資金がなければ成立しないこと、代償金の額をどう決めるかで意見が分かれやすいことが課題になります。

    国税庁は、代償分割を「共同相続人などのうちの1人または数人に相続財産を現物で取得させ、その現物を取得した人が他の共同相続人などに対して債務を負担するもの」と説明しています(タックスアンサーNo.4173、相続税法基本通達11の2-9(注))。代償金を払う人は、遺産を現物で取得した相続人であることが前提です。

    代償金の額はどう決めるか

    金額は相続人の合意で決められる

    代償金の額に、法律で決められた基準はありません。遺産分割は相続人全員の合意で行うものなので、法定相続分どおりでなくても、全員が納得すればその金額で成立します。

    ただし、合意の出発点として「その不動産をいくらとみるか」は避けて通れません。ここで問題になるのが、時価(実際に売買される価格)と相続税評価額の違いです。土地の相続税評価額は路線価などで計算され、一般に時価より低くなることが多いとされます。

    • 相続税評価額を基準にすると、代償金は低くなり、受け取る側が不満を持ちやすい
    • 時価を基準にすると、代償金は高くなり、払う側の資金負担が重くなる

    実務では、不動産会社の査定や不動産鑑定などで時価の目安を把握し、それを基に話し合うことが多くあります。評価額と時価がずれる理由は、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格はなぜ違うのか」で解説しています。

    時価で決めると、相続税の計算でずれが生じる

    代償金を時価で決めたのに、相続税は評価額で計算すると、払った人と受け取った人の課税価格のバランスが崩れることがあります。この点について、相続税の計算では調整の方法が用意されています(次章)。

    代償分割をしたときの相続税の計算

    基本の計算

    代償分割があった場合の各人の相続税の課税価格は、次のように計算します(相続税法基本通達11の2-9、国税庁No.4173)。

    • 代償金を払った人:取得した財産の価額 - 支払った代償財産の価額
    • 代償金を受け取った人:取得した財産の価額 + 受け取った代償財産の価額

    小規模宅地等の特例などを使う財産は、特例で減額した後の価額を基に計算します(国税庁No.4152)。

    時価を基に代償金を決めた場合の調整

    代償財産の価額は、原則として代償債務の額(相続開始の時における金額)です。ただし、代償分割の対象となった財産が特定され、代償金がその財産の代償分割の時の時価を基に決められている場合は、次の算式で代償財産の価額を計算します(相続税法基本通達11の2-10)。

    代償財産の価額 = 代償金の額 × (その財産の相続開始時の相続税評価額 ÷ その財産の代償分割時の時価)

    また、相続人全員の協議に基づいて、この算式に準じた方法や他の合理的な方法で計算して申告した場合は、その申告した額が認められます。

    AEGISで仮の数字を置いて、調整の有無による違いを比べると次のとおりです。

    前提:遺産は土地のみ(相続税評価額6,000万円、代償分割時の時価8,000万円)。相続人は兄弟2人。兄が土地を取得し、弟に時価の半分の4,000万円を代償金として支払う。

    項目調整しない場合調整する場合
    代償財産の価額4,000万円4,000万円 × 6,000万円 ÷ 8,000万円 = 3,000万円
    兄(払った人)の課税価格6,000万円 - 4,000万円 = 2,000万円6,000万円 - 3,000万円 = 3,000万円
    弟(受け取った人)の課税価格4,000万円3,000万円
    課税価格の合計6,000万円6,000万円

    ※説明のための仮定の数字です。小規模宅地等の特例などは考慮していません。

    課税価格の合計は変わらないため、相続税の総額は同じです。変わるのは各人の負担の割り振りです。時価で半分ずつ分けたのであれば、相続税も半分ずつ負担する形に近づけるのが自然でしょう。調整しないと、代償金を受け取った弟の負担が重くなります。

    配偶者が代償金を払う場合

    配偶者が不動産を取得して他の相続人に代償金を払う場合、配偶者の税額軽減の計算でも、配偶者が負担する代償債務は配偶者の課税価格相当額の計算の基礎から差し引くことが示されています(相続税法基本通達19の2-6)。配偶者の取得分が減るため、軽減額にも影響します。二次相続を含めた配偶者の取得の考え方とあわせて検討します。

    代償金を不動産など現物で支払う場合

    代償金を現金ではなく、払う人がもともと持っていた不動産や株式で渡すこともあります。この場合は所得税に注意が必要です。

    • 渡した人:代償債務の履行として資産を移転したことになり、その時の価額で資産を譲渡したものとして譲渡所得が課税されます(所得税基本通達33-1の5、国税庁No.4173)。
    • 受け取った人:その時の価額でその資産を取得したことになります(所得税基本通達38-7(2))。

    渡す資産に含み益があれば、代償分割のために所得税・住民税が生じます。現金の代わりに不動産を渡すことは、資金がなくても成立させやすい反面、思わぬ税負担につながる点に注意が必要です。

    なお、相続した遺産そのもの(たとえば相続した土地の一部)を他の相続人に渡すのであれば、それは現物分割にあたります。どの財産を、どの立場で渡すのかを分割協議書で明確にしておくことが大切です。

    取得した不動産を後で売るときの注意

    代償金を払って不動産を取得した人が、その不動産を後で売る場合、次の点を押さえておきます。

    • 払った代償金は、その不動産の取得費に含まれません(所得税基本通達38-7(1))。相続で取得した資産は被相続人が引き続き所有していたものとみなされ、取得費も引き継ぐのが原則(所得税法60条1項)のため、代償金を多く払っていても、譲渡所得の計算では差し引けません。
    • 相続税の申告期限から3年以内に売る場合の相続税額の取得費加算の特例は、代償金を払った人については、払った代償金を考慮した算式で加算額を計算します(租税特別措置法通達39-7)。

    「いずれ売るかもしれない」不動産を代償分割で取得する場合は、売却時の手取りまで試算しておくと判断を誤りにくくなります。

    代償金の資金と書類の準備

    資金をどう用意するか

    代償金を払う人に十分な資金がない場合、次のような方法が検討されます。

    • 自己資金で支払う
    • 金融機関からの借入れで支払う(取得した不動産を担保にする場合を含む)
    • 分割払いとし、支払期限や回数を決める
    • 生命保険金を充てる(被相続人が保険料を負担し、代償金を払う人を受取人とする契約)

    生命保険金は、受取人固有の財産として受け取るものなので、代償金の原資として使いやすい資金です。生前の保険契約の設計については、関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で扱っています。また、相続税そのものの納税資金の準備は関連記事「相続税の納税資金をどう準備するか」で比較しています。

    一方、代償金を払う人以外の家族が資金を出して代わりに払う場合などは、その資金の移動が贈与と判断されないかの確認が必要です。

    遺産分割協議書に書くこと

    代償分割は、遺産分割協議書の書き方で税務上の扱いが左右されることがあります。少なくとも次の点を明確にします。

    • 誰がどの財産を現物で取得するか
    • その取得の代償として、誰に、いくらを支払うか(代償分割である旨)
    • 支払の期限と方法(分割払いの場合は回数・各回の金額)
    • 時価を基に代償金を決めた場合は、その前提となった価額

    遺産分割とは別の合意として後から金銭のやりとりをすると、代償金ではなく相続人間の贈与とみられるおそれがあります。分割の内容は、協議書の中で一体として定めておくのが基本です。

    AEGISの視点

    代償分割は、「不動産を守る人」と「お金で受け取る人」の間で、家族が折り合いをつけるための方法です。金額の合意だけに目が向きがちですが、AEGISは代償分割を資金・税金・将来の不動産の扱いを一体で決める設計だと考えています。

    代償金を払う人には、借入れの返済や、取得した不動産の維持費が続きます。受け取る人にとっては、相続税の負担が代償金の額に見合っているかが関心事になります。さらに、取得した不動産を将来売るのか、次の世代に引き継ぐのかによって、代償金の決め方の納得感も変わります。

    だからこそ、代償分割を選ぶときは、時価の把握、相続税の調整計算、資金計画、売却時の取得費までを一度に並べて検討することをおすすめします。共有のまま相続して後から解消する方法との比較は、関連記事「共有名義の不動産を解消する方法」で整理しています。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    相続対策を会社と個人の財産を通じてどう設計するかの全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 代償分割は、一人が遺産を現物で取得し、他の相続人に代償金などを支払う遺産分割の方法です。
    • 代償金の額は相続人の合意で決められますが、時価と相続税評価額のどちらを基準にするかで金額が大きく変わります。
    • 相続税は、払った人は代償金を差し引き、受け取った人は加えて計算します。時価を基に決めた場合は、評価額との比率で代償財産の価額を調整する方法があります。
    • 代償金の代わりに自分の不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得が課税されます。払った代償金は、取得した不動産の取得費には含まれません。
    • 資金の準備と遺産分割協議書の書き方まで含めて検討することが大切です。具体的な取扱いは個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 代償金は法定相続分どおりに払わなければいけませんか?

    その必要はありません。遺産分割は相続人全員の合意で決めるものなので、法定相続分と異なる金額でも、全員が納得すればその内容で分割できます。

    Q. 代償金を時価で決めました。相続税の申告では何に気をつければよいですか?

    時価を基に代償金を決めた場合は、代償金の額に「相続税評価額÷時価」の割合を掛けて代償財産の価額を計算する方法があります(相続税法基本通達11の2-10)。調整しないと、代償金を受け取った人の課税価格が相対的に大きくなるため、相続人全員で計算方法を確認しておくことが大切です。

    Q. 代償金を払うお金がありません。借入れで払っても問題ありませんか?

    借入れで代償金を支払うことを妨げる規定は見当たりません。ただし、返済計画と取得した不動産の収益・維持費を踏まえて無理がないかを確認する必要があります。他の家族が資金を出す場合は、贈与と判断されないかにも注意します。

    Q. 代償金の代わりに自分名義の土地を渡すと、税金はかかりますか?

    渡した人には、その時の価額で土地を譲渡したものとして譲渡所得が課税されます。受け取った人は、その時の価額で土地を取得したことになります。含み益の大きい資産を渡すときは、事前に税負担を試算しておくことが大切です。

    Q. 代償金を払って取得した土地を売るとき、代償金は経費になりますか?

    払った代償金は、譲渡所得の計算上、その土地の取得費には含まれません。相続税額の取得費加算の特例を使う場合も、代償金を考慮した算式で加算額を計算します。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、P.289-293
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.75、P.92-93
  • マンション標準管理規約の改正で所有者に何が変わるか|令和7年改正の要点と、賃貸中・相続した所有者が確認したいこと

    マンション標準管理規約の改正で所有者に何が変わるか|令和7年改正の要点と、賃貸中・相続した所有者が確認したいこと

    国土交通省は、令和7年(2025年)10月17日に「マンション標準管理規約」を改正しました。同じ年の5月に区分所有法などのマンション関係法が改正され、その中核となる改正区分所有法が令和8年(2026年)4月1日に施行されたことに対応するものです。

    結論から言えば、区分所有者が押さえておきたいのは次の3点です。

    • 標準管理規約は「ひな型」であり、自分のマンションの規約は自動的には変わらない
    • ただし、改正区分所有法に反する規約の定めは、施行日から効力を失っている
    • 総会の決め方や、連絡が取れない所有者・海外に住む所有者の扱いが変わり、賃貸中や相続した所有者ほど影響を受けやすい

    この記事では、令和7年改正の主な内容を整理したうえで、自分のマンションで確認したいことと、賃貸に出している所有者・相続でマンションを取得した所有者への影響を解説します。区分所有法そのものの改正内容(建替え・再生の決議要件など)は、関連記事「区分所有法の改正でマンション所有者に何が変わるか」で扱っています。

    標準管理規約とは何か

    マンションの管理規約は、建物や敷地の管理・使用について区分所有者の間で定めるルールです。区分所有法では、規約の設定・変更・廃止は集会(総会)の決議によるとされています(建物の区分所有等に関する法律31条)。

    標準管理規約は、国土交通省が各マンションの管理規約づくりの参考として示しているモデル(ひな型)です。単棟型、団地型、複合用途型(店舗と住宅が併存するもの)の3種類があり、それぞれにコメント(解説)が付いています。

    標準管理規約が改正されても、各マンションの管理規約が自動的に書き換わるわけではありません。自分のマンションの規約を変えるには、総会で規約変更の決議をする必要があります。

    なぜ今回の改正が重要なのか

    今回の改正が重要なのは、区分所有法の改正と連動しているためです。改正区分所有法の附則では、施行の際に効力を有する規約の定めのうち、改正後の法律に抵触するものは、施行日から効力を失うとされています(改正法附則2条3項)。

    例えば、総会の定足数や決議要件について、改正前の法律に合わせて定めていた規約の条文は、改正後の法律に抵触する可能性が高いとされています。そのまま放置すると、規約に書かれている内容と実際に適用されるルールが食い違い、総会運営の混乱や誤解の原因になります。国土交通省も、各マンションで管理規約を見直す必要があるとしています。

    令和7年改正の主な内容

    国土交通省の改正の概要は、大きく三つのグループに整理されています。主な項目は次のとおりです。

    グループ主な改正項目(標準管理規約の条項)区分所有者にとっての意味
    総会の手続き・決議決議要件の見直し(47条:出席者の多数決による特別決議、定足数の見直し、共用部分の変更や再生の決議要件の緩和など)欠席すると、出席者だけで物事が決まりやすくなる
    招集通知に議案の要領を記載(43条)通知で議案の中身を事前に確認できる
    所在等不明区分所有者を決議の母数から除く手続き(67条の3・新設)連絡が取れない所有者がいても決議が進められる
    権利・資金・財産の管理国内管理人の制度を活用する手続き(31条の3・新設)海外に住む所有者は、国内の代理人を届け出る
    専有部分の保存行為の実施を請求できる旨の明確化(23条など)共用部分の工事に関連して、専有部分の工事を求められる場合がある
    修繕積立金の使途の見直し(28条)新しい再生手法の調査・設計、積立金の運用費用、改良工事にも使えることを明確化
    所有者不明・管理不全の専有部分の管理制度の活用(67条の4・67条の5・新設)放置された住戸への対応手段が整う
    共用部分に関する損害賠償請求を理事長が一元的に行使(24条の2・新設)共用部分の不具合への請求をまとめて進めやすくなる
    管理組合の運営など役員の職務代行、欠格条項、本人確認、防災・防火管理者、喫煙ルールなど役員の担い手不足やなりすましへの対応

    ※国土交通省「令和7年マンション標準管理規約改正の概要」をもとにAEGISが整理。項目の詳細は国土交通省の新旧対照表等で確認できます。

    総会の決議:出席者で決まる仕組みへ

    改正区分所有法では、普通決議は出席した区分所有者とその議決権の各過半数で決めるとされ(39条)、規約の変更などの特別決議も、一定の定足数を満たしたうえで出席者の4分の3以上で決めることになりました(31条など)。書面や代理人による議決権の行使は、出席として数えられます(39条2項)。

    標準管理規約もこれに合わせて改められました。これまでは「欠席しても、反対したのと同じ効果になる」場面がありましたが、改正後は欠席者が決議の母数から外れます。総会に関心を持たない所有者が多いマンションでも決議ができるようになった反面、欠席すれば自分の意見が反映されないまま決まることになります。

    連絡が取れない所有者を母数から除く

    相続登記がされないまま所有者が分からない住戸や、所在が分からない所有者がいると、決議に必要な賛成が集まらないことがありました。改正区分所有法では、裁判所の手続きにより、こうした所在等不明区分所有者を集会の決議から除外できる仕組みが設けられ(38条の2)、標準管理規約にもその手続きの規定が置かれました。

    海外に住む所有者と国内管理人

    区分所有者が国内に住所や居所を持たない場合に、専有部分と共用部分の管理に関する事務を行わせるため、国内に住む人を国内管理人として選任できる制度が設けられました(区分所有法6条の2)。国内管理人は、保存行為、総会の招集通知の受領、議決権の行使、管理費などの支払いといった権限を持ちます。

    標準管理規約では、国内管理人を選任した場合にその旨や氏名・住所を理事長に届け出る手続きが定められています。また、コメントでは、規約で国内管理人の選任を義務づける場合の規定例も示されています。

    修繕積立金の使途

    修繕積立金の使い道について、新たな再生手法(建物の更新・売却・取壊しなど)の調査・設計段階の支出、積立金の管理・運用に要する費用、建物や設備の性能を新築時より向上させる改良工事にも充てられることが明確にされました。積立金の水準そのものを考えるときは、関連記事「マンションの管理費・修繕積立金が上がるとき」も参考にしてください。

    管理会社が管理者になる方式への対応

    役員の担い手不足を背景に、管理会社が区分所有法上の管理者に選任される「管理業者管理者方式」をとるマンションもあります。国土交通省は、理事会を置かずにこの方式をとる場合のモデルとして、標準管理規約の「書き換え表」も公表しています。管理会社に広い権限が集まる方式のため、管理者の業務の公正さをどう担保するかが規約上の重要な論点になります。

    自分のマンションで確認したいこと

    規約の見直しが済んでいるか

    国土交通省の資料では、規約改正のための総会の招集手続きを令和8年3月31日までに始めたか、4月1日以降に始めたかで、手続きが異なるとされています。4月1日以降に招集する場合は、改正区分所有法の定足数・決議要件によることになります。また、招集通知は原則として会日の1週間前までに、会議の目的と議案の要領を示して発することとされ(区分所有法35条1項)、規約で短縮することはできなくなりました。

    区分所有者としては、次の点を確認しておくと安心です。

    • 管理組合が、改正区分所有法に合わせた規約変更を済ませたか、または予定しているか
    • 総会の定足数・決議要件の条文が、改正後のルールと食い違っていないか
    • 修繕積立金の使途、国内管理人の届出、所在等不明区分所有者の手続きなどの規定が整っているか

    賃貸に出している所有者への影響

    自分は住まずに賃貸に出している所有者は、総会に出席する機会が少なく、管理組合の情報が届きにくい立場にあります。

    • 総会への関与:出席者の多数決で決まる場面が増えるため、議決権行使書や委任状を確実に提出することが、これまで以上に大切になります。
    • 通知の受け取り先:区分所有法では、所有者が管理者に通知を受ける場所を伝えていない場合、招集通知は専有部分の所在地にあてればよいとされています(35条3項)。賃貸中の住戸に通知が届いても自分の手元に来ないことがないよう、通知先を管理組合に届けておきます。
    • 入居者のルール:占有者(入居者)は、建物の使用方法について、区分所有者が規約や総会決議に基づいて負う義務と同じ義務を負います(区分所有法46条2項)。喫煙ルールなど使用方法に関する規定が変わった場合は、入居者への周知も必要になります。
    • 海外赴任・海外移住:国内に住所がなくなる場合は、国内管理人の選任と届出を検討します。

    相続でマンションを取得した所有者への影響

    相続で取得したマンションは、手続きが後回しになりやすく、「連絡の取れない所有者」になってしまうリスクがあります。

    • 相続登記と管理組合への届出:相続登記は義務化されています。あわせて、管理組合に新しい所有者として届け出て、管理費等の引落口座や通知先を変更します。相続登記の義務化は関連記事「相続登記と住所等変更登記の義務化への対応」で解説しています。

    • 遺産分割が終わるまでの対応:相続人が複数で共有になっている間は、議決権を行使する人を決めておく必要があります。区分所有法では、専有部分が共有の場合、招集通知は議決権を行使すべき者(定めがなければ共有者の一人)にすれば足りるとされています(35条2項)。

    • 管理費の滞納を引き継がない:管理費等の滞納分は、区分所有権を引き継いだ人にも請求できるとされています(区分所有法8条)。相続や購入の前後で、滞納の有無を確認しておきます。

    実務上注意したいポイント

    • 標準管理規約は義務ではない:各マンションの実情に合わせて取捨選択されるため、自分のマンションの規約を直接確認することが基本です。
    • 総会資料と議事録を保管する:規約変更の決議内容は、売却や相続のときに買主や相続人が確認する資料にもなります。
    • 使用細則も確認する:喫煙や防災などは、規約本体ではなく使用細則で定められることがあります。

    AEGISの視点

    標準管理規約の改正は、管理組合の役員だけの話と受け止められがちです。しかし今回の改正の中心にあるのは、「関心を持たない所有者、連絡の取れない所有者がいても、マンションの管理が止まらないようにする」という考え方です。裏を返せば、関与しない所有者の意見は反映されにくくなる、ということでもあります。

    AEGISは、マンションの区分所有権を「建物の一部を持つ権利であると同時に、管理組合という共同体に参加する権利」と考えています。賃貸に出している所有者や、相続で取得した所有者ほど、この参加の側面が弱くなりがちです。通知先の届出、議決権の行使、相続後の手続きといった小さな管理が、資産価値と承継のしやすさを左右します。

    制度の改正を「自分ごと」として点検する考え方は、関連記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で整理しています。マンション管理のルール変更も、保有不動産の点検項目の一つとして位置づけておきたいところです。

    まとめ

    • 国土交通省は、令和7年10月17日にマンション標準管理規約を改正しました。改正区分所有法(令和8年4月1日施行)への対応が中心です。
    • 標準管理規約はひな型ですが、改正区分所有法に抵触する各マンションの規約の定めは、施行日から効力を失っています。
    • 総会の決議は出席者の多数決が基本になり、所在等不明区分所有者の除外、国内管理人、修繕積立金の使途などの規定が整えられました。
    • 賃貸中の所有者は通知先の届出と議決権の行使、相続した所有者は相続登記と管理組合への届出を早めに行うことが大切です。
    • 具体的な影響は、各マンションの規約と管理組合の対応状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. 標準管理規約が改正されたら、自分のマンションの規約も自動的に変わりますか?

    変わりません。標準管理規約は国土交通省が示すひな型で、各マンションの規約を変えるには総会での決議が必要です。ただし、改正区分所有法に抵触する規約の定めは、令和8年4月1日から効力を失っているため、規約の見直しが必要とされています。

    Q. 総会を欠席すると、どのような扱いになりますか?

    改正後は、多くの決議が出席者の多数決で決まる仕組みになりました。欠席すると決議の母数に入らず、自分の意見が反映されないまま決まることになります。書面や代理人による議決権の行使は出席として扱われるため、出席できない場合は議決権行使書や委任状を提出しておくことが大切です。

    Q. 海外に転勤することになりました。マンションの管理はどうなりますか?

    国内に住所や居所がなくなる場合、国内に住む人を国内管理人として選任できます。国内管理人は、総会の招集通知の受領や議決権の行使、管理費等の支払いなどを行えます。管理規約で選任や届出が求められている場合もあるため、自分のマンションの規約を確認しておきましょう。

    Q. 相続したマンションの名義変更が済んでいません。何か問題はありますか?

    相続登記は義務化されており、手続きが遅れると、管理組合から連絡が取れない所有者として扱われるおそれもあります。相続登記とあわせて、管理組合への届出、管理費等の引落口座や通知先の変更を早めに行うことをおすすめします。

    Q. 修繕積立金の使い道が広がると、積立金が足りなくなりませんか?

    改正は、修繕積立金を充てられる支出の範囲を明確にしたもので、積立額そのものを定めるものではありません。使い道が広がる分、長期修繕計画と積立金の収支を定期的に見直し、総会で使途を確認することが一層大切になります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『Q&A マンション標準管理規約の改正(令和7年10月改正)』渡辺晋 著、公益財団法人マンション管理センター 発行、P.9-27、P.60-63、P.72、P.78、P.106-108
  • 資産管理会社に管理を任せるときの管理料|管理委託・サブリース・不動産所有の3方式と「説明できる実態」のつくり方

    資産管理会社に管理を任せるときの管理料|管理委託・サブリース・不動産所有の3方式と「説明できる実態」のつくり方

    個人で持つ賃貸不動産の管理を資産管理会社に任せ、会社に管理料を支払う。資産管理会社の使い方として、よく検討される形です。

    結論から言えば、管理料は「会社が実際に行っている業務の対価」として説明できる金額でなければなりません。「賃料の何%が相場か」という問いから入るのではなく、会社が何をしているか、それを記録で示せるかから逆算して決めるのが基本です。国税不服審判所の公表裁決事例には、業務の記録がないとして管理料の必要経費算入が認められなかった例もあれば、会社が自ら業務を行っていたとして全額が認められた例もあります。

    この記事では、資産管理会社に管理を任せる3つの方式(管理委託方式・サブリース方式・不動産所有方式)を比較したうえで、管理料の決め方と、業務の実態を記録として残す方法を整理します。

    資産管理会社に管理を任せる3つの方式

    個人オーナーと資産管理会社の関係は、大きく3つの方式に分けて考えると整理しやすくなります。

    方式お金の流れ会社の収益の源泉主な確認点
    管理委託方式入居者 → オーナー個人。オーナーが会社に管理料を支払う管理料(業務の対価)会社が実際に担う業務と、管理料の水準
    サブリース方式入居者 → 会社。会社がオーナーに借上賃料を支払う転貸賃料と借上賃料の差額借上賃料の水準と、空室リスクを会社が実際に負っているか
    不動産所有方式入居者 → 会社。会社が建物(場合により土地も)を所有賃料収入そのもの移転時の税金、土地の貸し借りの整理

    ※上記はAEGISが論点を整理するために作成した区分です。実際の契約形態は物件ごとに異なります。

    管理委託方式とサブリース方式は、不動産の所有者は個人のままで、会社が管理や賃貸の役割を担う形です。個人の不動産所得の一部を、業務の対価として会社に移すことになります。一方、不動産所有方式は、建物などを会社に移して、賃料収入そのものを会社に帰属させる形です。

    なぜ管理料が問題になりやすいのか

    管理委託方式やサブリース方式で論点になるのは、同族会社との取引では、金額を当事者が自由に決めやすいという点です。

    必要経費として認められるか

    個人の不動産所得の計算上、資産管理会社に支払った管理料が必要経費になるには、その費用が賃貸の業務と直接関係し、業務の遂行上必要であることが求められます。国税不服審判所の裁決事例でも、この「客観的にみて業務の遂行上必要か」という観点から判断されています。

    同族会社の行為計算の否認

    もう一つの論点が、同族会社の行為計算の否認です。同族会社の行為や計算をそのまま認めると、その株主等である個人やその特殊関係者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合、税務署長はその行為や計算にかかわらず所得を計算し直すことができる、という仕組みです(所得税法157条1項)。国税不服審判所の公表裁決事例の分類(所得税法157条)には、同族会社への不動産管理料が同業者の水準を大きく上回るとして超過部分が否認された事例や、同族会社に低い賃料で一括して貸し、会社が通常の賃料で転貸していた事例などが並んでいます。

    つまり、管理料には「業務があるか(実態)」と「金額が妥当か(水準)」という二つの問いがある、と整理できます。

    裁決事例から見える判断のポイント

    国税不服審判所が公表している不動産管理料の裁決事例からは、次のような傾向が読み取れます。いずれも個別の事実に基づく判断であり、結論がそのまま他の事案に当てはまるわけではありません。

    • 記録がなければ「業務がない」と判断され得る:賃料の一定割合を管理料として同族会社に支払っていたものの、実際の管理は外部の管理会社や借上会社が担っており、同族会社が業務を行った記録(業務日誌など)が確認できなかった事例では、適正な管理料は零円と判断されました(平成18年6月13日裁決)。
    • 会社が自ら業務を行っていれば認められる:同族会社が賃料の集金と督促、オーナーの指示を受けた賃貸借契約の締結、外部に再委託した点検業務の確認、修繕費の負担などを実際に行っていた事例では、支払った管理費の全額が必要経費と認められました(平成23年9月2日裁決)。
    • 金額は同業者との比較で検証される:同族会社への管理料が過大かどうかが争われた事例では、類似する同業者の管理料の割合などを基に適正額が検討されています。

    ここから言えるのは、管理料の妥当性は、会社の業務内容 → それを示す記録 → その業務に見合う水準の順に確かめられるということです。

    方式ごとに確認したいこと

    管理委託方式:外部の管理会社との「二重構造」に注意

    実務で多いのが、入居者募集や建物管理を外部の不動産管理会社に委託したまま、資産管理会社にも管理料を支払う形です。この場合、資産管理会社には何が残っているのかが問われます。

    • 外部の管理会社と資産管理会社の業務の分担を、書面で明確にする
    • 資産管理会社が担う業務(収支の管理、外部業者への発注と監督、修繕の判断、オーナーへの報告など)を具体的に書き出す
    • 外部の管理会社に支払う管理料と、資産管理会社に支払う管理料の合計が、業務全体に対して過大になっていないか確認する

    サブリース方式:会社が「借り手としてのリスク」を負っているか

    サブリース方式では、会社がオーナーから建物を一括で借り、入居者に転貸します。会社の収益は、転貸賃料と借上賃料の差額です。

    この方式で確認したいのは、借上賃料が実態に照らして低すぎないかと、会社が空室や賃料下落のリスクを実際に負っているかです。満室時の差額が大きくなる設計にしながら、空室時の負担はオーナーに戻るような契約では、会社が借り手として負うべきリスクの実態が乏しく見えます。裁決事例の分類にも、同族会社に著しく低い賃料で貸し、会社が通常の賃料で転貸していた事例が含まれています。

    不動産所有方式:移転時の負担と、土地の整理

    建物を会社に移す不動産所有方式では、管理料の水準という論点は小さくなる一方、移転時の税金や費用、建物だけを移す場合の借地権と地代の整理が中心になります。これらは関連記事「個人保有の不動産を法人へ移す前の比較」と「土地の無償返還に関する届出と相当の地代」で扱っています。

    管理料を決める手順

    AEGISでは、管理料を次の順番で検討することをおすすめしています。

    1. 業務の棚卸し:物件ごとに、入居者対応、賃料の管理、修繕、清掃・点検、会計、オーナーへの報告などの業務を一覧にする
    2. 担い手の確認:それぞれの業務を、外部の管理会社・資産管理会社・オーナー本人の誰が担うのかを決める
    3. 体制の確認:資産管理会社の業務を実際に行う人(役員・従業員)と、その時間を見積もる
    4. 水準の比較:同じ業務を外部に委託した場合の料金や、業務にかかる人件費・経費と比べる
    5. 契約書への反映:業務範囲、管理料の算定方法、支払時期、報告の方法を契約書に書く
    6. 記録の継続:業務の記録を日常的に残し、年に一度は業務内容と管理料の関係を見直す

    「賃料の何%」という決め方自体が問題なのではありません。問題になるのは、その割合の根拠を業務の内容で説明できないことです。

    業務の実態を示す記録の例

    業務残しておきたい記録の例
    賃料の管理入金の確認記録、滞納者への督促の記録、月次の収支表
    入居者・契約の対応契約書の作成・更新の記録、入居者からの連絡と対応の記録
    修繕・点検業者への発注書・見積書、点検報告書の確認記録、修繕の判断の経緯
    外部業者の管理外部の管理会社との打合せ記録、業務報告の受領と確認の記録
    オーナーへの報告定期的な収支報告書、修繕計画の提案書

    記録は、税務調査のためだけのものではありません。物件の状況や判断の経緯が残っていれば、オーナーが交代したときにも管理を引き継ぎやすくなります。

    実務上注意したいポイント

    • 決算前の調整に使わない:会社の利益を整えるために、期末に管理料を増減させる運用は、業務の対価としての説明を難しくします。裁決事例にも、同族会社が利益を確保できるよう年度末に精算する契約が経済的合理性を欠くとされた例があります。
    • 家族役員の報酬とあわせて考える:管理料で会社に移した収益は、多くの場合、家族役員の報酬として個人に戻ります。業務を担う人と報酬を受ける人が一致しているかは、関連記事「家族を資産管理会社の役員にするときの報酬」で確認できます。

    • 物件ごとに方式を選ぶ:すべての物件を同じ方式にする必要はありません。外部管理会社の関与の度合いや、将来の売却・承継の予定に応じて、物件ごとに考える方法もあります。

    • 相続税評価への影響も確認する:方式によって、土地・建物の評価や会社の株式の評価が変わることがあります。管理の方式を変える前に、承継への影響もあわせて確認します。

    AEGISの視点

    管理料の相談では、「何%までなら大丈夫か」という問いがよく出されます。しかしAEGISは、この問いの立て方自体を少し変えることが大切だと考えています。問うべきは「会社は、この物件のために何をしているのか」です。

    資産管理会社が実際に収支を管理し、修繕を判断し、外部業者を監督していれば、その会社は単なる所得の受け皿ではなく、不動産経営の実務を担う主体になります。業務の記録は管理料の根拠になるだけでなく、オーナーが高齢になったときや相続が起きたときに、家族が経営を引き継ぐための手引きにもなります。

    管理料を「税負担を調整する数字」としてではなく、「管理の仕組みをつくる対価」として設計すること。その考え方が、税務の説明力と、不動産経営の継続性の両方を高めるとAEGISは考えています。資産管理会社をいつ、どのような軸で検討するかは、Pillar記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で整理しています。

    不動産税務や承継に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 資産管理会社に管理を任せる方式には、管理委託方式・サブリース方式・不動産所有方式があり、論点がそれぞれ異なります。
    • 管理委託方式とサブリース方式では、「業務の実態があるか」と「金額が妥当か」の二つが問われます。
    • 裁決事例では、業務の記録がない場合に管理料が認められなかった例と、会社が自ら業務を行っていたとして全額が認められた例があります。
    • 管理料は、業務の棚卸しから始め、担い手・体制・水準を確かめ、契約書と日常の記録で裏付けることが基本です。
    • 具体的な取扱いは、物件や契約の内容など個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 資産管理会社に支払う管理料の相場は、賃料の何%ですか?

    一律の「適正な割合」が法令や通達で定められているわけではありません。裁決事例では、会社が実際に行っている業務の内容や、類似する同業者の管理料の水準などを基に判断されています。割合から決めるのではなく、業務の内容から説明できる金額にすることが大切です。

    Q. 外部の管理会社に管理を委託している物件でも、資産管理会社に管理料を払えますか?

    払うこと自体は可能ですが、外部の管理会社が担っていない業務を資産管理会社が実際に行っていることが前提です。業務の分担を書面で明確にし、資産管理会社の業務の記録を残しておかないと、管理料の根拠を説明しにくくなります。

    Q. 管理委託方式とサブリース方式は、どちらが有利ですか?

    一概には言えません。サブリース方式は会社に残る収益が大きくなりやすい一方、会社が空室や賃料下落のリスクを実際に負うことが前提になります。外部の管理会社の関与、物件の収益の安定性、将来の売却や承継の予定などをあわせて比較することをおすすめします。

    Q. 管理料が否認されると、どうなりますか?

    否認された部分は個人の不動産所得の必要経費として認められず、個人の所得が増えることになります。加算税や延滞税が生じる可能性もあります。会社側の処理との関係も含め、具体的な影響は個別事情によって異なります。

    Q. 管理料を払う代わりに、不動産そのものを会社に移したほうがよいですか?

    不動産所有方式は管理料の水準という論点が小さくなる一方、移転時の譲渡所得税や登録免許税・不動産取得税などの負担、土地の貸し借りの整理が必要になります。移転の負担と、移転後の効果を比べて判断することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社(2014年)、第4編「財産管理法人の不動産税務」P.215-217、P.230
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局(2018年)、第1章Ⅳ P.51-53
  • 相続土地国庫帰属制度で土地を手放すには|引き取られない土地の要件・負担金・相続放棄や売却との比較

    相続土地国庫帰属制度で土地を手放すには|引き取られない土地の要件・負担金・相続放棄や売却との比較

    相続土地国庫帰属制度とは、相続や遺贈によって取得した土地を、一定の要件を満たす場合に、負担金を納めて国に引き取ってもらう制度です。令和5年(2023年)4月27日に始まりました(法務省)。

    ただし、どのような土地でも引き取ってもらえるわけではありません。建物が残っている土地や境界がはっきりしない土地は申請の段階で却下され、崖や埋設物などがあって管理に過大な費用がかかる土地は審査で不承認となります。また、審査手数料に加えて、原則20万円の負担金を納める必要があります。

    この記事では、制度を使える人と使えない土地、費用と手続の流れを整理したうえで、相続放棄・売却・活用と比べて、どのような土地なら国庫帰属を選ぶ意味があるかを、オーナーの判断の視点から解説します。

    相続土地国庫帰属制度とは

    この制度は、所有者不明土地の発生を予防することを目的に設けられました。「遠方に住んでいて使う予定がない」「周囲に迷惑をかけないよう管理し続ける負担が大きい」といった理由で、相続した土地を手放したいというニーズが高まっていることが背景にあります(法務省)。

    それまで、相続した土地だけを手放す一般的な方法はほとんどありませんでした。相続放棄をすれば土地を受け継がずに済みますが、預貯金や自宅などほかの財産もすべて受け継げなくなります。売却や寄附は、買い手や受け手が見つからなければ成立しません。国庫帰属制度は、「ほかの財産は相続したうえで、特定の土地だけを国に引き渡す」ための選択肢として位置付けられます。

    申請できる人

    • 相続または遺贈(相続人に対する遺贈)によって土地の所有権を取得した人
    • 制度が始まる前(令和5年4月27日より前)に相続した土地も対象です
    • 共有の土地は、共有者全員で申請する必要があります。共有者全員で共同申請する場合は、相続以外の方法で持分を取得した共有者も加わることができます

    一方で、売買や生前贈与で取得した土地は対象外です(法務省Q&A)。親から生前に贈与を受けた土地を後から手放したいと考えても、この制度は使えません。この点は、生前の財産移転を検討する段階で知っておきたいポイントです。

    引き取ってもらえない土地:却下要件と不承認要件

    制度の利用で最も重要なのが、対象外となる土地の要件です。法務省は、申請の段階で直ちに却下となる土地と、審査の結果として不承認となる土地を分けて示しています(相続土地国庫帰属法2条3項・4条・5条)。

    申請の段階で却下される土地

    • 建物がある土地
    • 担保権や使用収益権(抵当権、賃借権など)が設定されている土地
    • 通路など、他人による利用が予定されている土地
    • 土壌汚染されている土地
    • 境界が明らかでない土地、所有権の存否や範囲について争いがある土地

    審査の結果、不承認となる土地

    • 一定の勾配・高さがある崖があって、管理に過分な費用・労力がかかる土地
    • 土地の管理・処分を妨げる工作物、車両、樹木などが地上にある土地
    • 除去しなければならない有体物が地下にある土地
    • 隣接する土地の所有者等との争訟によらなければ管理・処分ができない土地
    • その他、通常の管理・処分に過分な費用・労力がかかる土地

    要件を見ると分かるとおり、国が引き取るのは「更地で、境界が明らかで、権利関係が整理され、特別な管理を要しない土地」が基本です。裏返せば、申請の前に建物の解体、抵当権の抹消、境界の確認、残置物の撤去などを所有者側で済ませておく必要がある場合が少なくありません。

    費用:審査手数料と負担金

    費用金額・内容納めるタイミング
    審査手数料土地1筆あたり14,000円(収入印紙。却下・不承認でも返還されない)申請時
    負担金国有地となった後の10年分の標準的な管理費用を考慮して算定。原則20万円承認とあわせて届く負担金の額の通知を受けた日から30日以内
    申請前の準備費用建物の解体、境界の確認・測量、残置物の撤去、抵当権の抹消など(土地の状況による)申請前

    負担金は原則20万円ですが、市街化区域や用途地域内の一部の宅地、農用地区域などの一部の田畑、森林は、面積に応じて算定されます(法務省。算定方法は同法施行令5条で、土地の区分と面積の区分ごとに定められています)。隣接する同じ区分の2筆以上の土地は、一つの土地とみなして負担金を算定するよう申し出ることもできます(同施行令6条)。具体的な金額は、法務省が公表している算定方法で事前に確認しておくとよいでしょう。

    見落とされやすいのは、表の3行目の「申請前の準備費用」です。建物の解体費用は、構造や立地、地中の杭や埋設物の有無によって大きく変わります。境界標が見当たらない土地では、測量や隣地所有者との立会いが必要になることもあります。制度の手数料と負担金だけで比較すると、総額の見積りを誤るおそれがあります。

    手続の流れ

    1. 事前相談:土地の所在地を管轄する法務局・地方法務局で相談できます
    2. 承認申請:申請書と添付書類を提出し、審査手数料を納めます。申請書の作成を代行できる専門家は、弁護士・司法書士・行政書士とされています
    3. 審査:書面審査に加え、法務局の担当者による現地調査が行われることがあります。標準処理期間は8か月とされ、事案によってはそれを超えることもあります
    4. 承認・負担金の納付:承認とあわせて負担金の額が通知され、その通知を受けた日から30日以内に負担金を納めると、その時点で土地の所有権が国に移ります。期限までに納めないと承認の効力が失われます(同法10条・11条)

    なお、偽りその他不正の手段で承認を受けたことが判明した場合は、承認が取り消され、損害賠償責任を負う可能性があるとされています(法務省Q&A)。申請時に把握している土地の状況は、正確に伝えることが前提です。

    運用状況から見えること

    法務省の統計(令和8年8月31日現在)によると、制度開始からの申請件数は5,997件、そのうち国庫に帰属した件数は3,119件です。一方、却下は85件、不承認は100件、取下げは1,139件となっています。

    取下げの主な理由を見ると、「有効活用の見込みが生じた」が586件と最も多く、「却下・不承認であることが判明した」が405件と続きます。申請をきっかけに隣地所有者や自治体などとの話が進み、結果として国庫帰属以外の形で土地の行き先が決まるケースが少なくないことがうかがえます。

    申請件数を地目別に見ると、田・畑が2,335件、宅地が2,091件、山林が902件です。農地や山林など、売却が難しい土地の受け皿として使われている様子が読み取れます。

    相続放棄・売却・活用との比較

    使わない土地を相続したとき、国庫帰属は選択肢の一つにすぎません。AEGISでは、次のように整理して比較することをおすすめしています。

    選択肢向いている場面主な注意点
    活用する(貸す・事業に使う)立地や需要があり、収益化の見込みがある初期投資・管理体制・撤退時の扱い
    売却する(隣地所有者への売却を含む)買い手が見つかる、または隣地に需要がある価格の折り合い、測量・解体などの売却準備
    寄附する(自治体・団体など)受け手に具体的な利用目的がある受け手が限られ、成立は相手次第
    国庫帰属売却・活用が難しく、要件を満たす状態にできる相続・遺贈で取得した土地に限る。手数料・負担金・準備費用
    相続放棄財産全体として負債が多い、または相続したい財産がない土地だけを選んで放棄することはできない。期限あり

    相続放棄との違い

    相続放棄は、家庭裁判所への申述によって、被相続人の権利や義務を一切受け継がないことにする手続です。申述は、原則として自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければなりません(裁判所)。

    相続放棄は「財産全体を受け継ぐかどうか」の判断であり、特定の土地だけを放棄することはできません。これに対して国庫帰属は、相続した後に、土地を一筆ごとに手放すかどうかを判断できる制度です。期限も設けられていないため、相続後しばらく管理してみてから判断することもできます。

    売却・活用との順番

    国庫帰属は負担金を支払って手放す方法です。売却できれば対価を受け取れますし、活用できれば収益が生まれます。そのため一般的には、「活用・売却の可能性を確かめる → 難しければ寄附や国庫帰属を検討する」という順番で考えるのが自然です。統計で「有効活用の見込みが生じた」ことによる取下げが多いことも、この順番が実務的であることを示しています。

    実務上注意したいポイント

    • 相続登記を先に済ませる:国庫帰属を申請するにも、相続した土地の権利関係を明確にしておく必要があります。相続登記の申請は義務化されており、期限があります。
    • 共有のまま相続しない:共有の土地は共有者全員でなければ申請できません。遺産分割の段階で、手放す予定の土地を誰が取得するかを決めておくと、後の手続が進めやすくなります。
    • 境界と現況の確認を早めに行う:境界標の有無、越境物、残置物、地中の埋設物などは、売却する場合も国庫帰属を申請する場合も確認が必要です。
    • 固定資産税と管理責任は帰属まで続く:国庫に帰属するまでは所有者です。審査期間中も草刈りや安全確認などの管理は欠かせません。
    • 具体的な可否は法務局で確認する:要件への該当性は土地ごとに判断されます。申請前に法務局の相談を活用すると、準備の範囲を見極めやすくなります。

    AEGISの視点

    国庫帰属制度は、「相続した土地は持ち続けるしかない」という状況に出口を設けた点で、意義の大きい制度です。一方でAEGISは、この制度を「最後の出口」として位置付け、その手前で検討すべきことを先に整理することが大切だと考えています。

    使っていない土地にも、隣地の所有者にとっては価値がある、地域の事業者が駐車場や資材置き場として求めている、といった需要が隠れていることがあります。立地や面積によっては、賃貸以外の事業で活用できる場合もあります。また、負担金と準備費用を払って手放すことと、低い価格でも売却することのどちらが合理的かは、土地ごとの管理コストや将来の見通しによって変わります。

    さらに、この制度は相続・遺贈で取得した土地が対象です。将来、子どもが使わないと分かっている土地がある場合、生前贈与で渡すと国庫帰属を使えなくなる点も含めて、「誰に、どの財産を、どの方法で渡すか」を相続全体の設計の中で考える必要があります。遺言で手放す予定の土地の取得者を定めておくことも、相続人の負担を減らす一つの方法です。

    相続した実家が空き家になった場合の売却・賃貸・保有の比較は関連記事「相続した実家が空き家になったときの選択肢」で、相続登記の義務化への対応は「相続登記と住所等変更登記の義務化への対応」で解説しています。農地を相続した場合の考え方は「相続した農地・生産緑地をどうするか」も参考になります。制度改正を自分の承継計画にどう当てはめるかは、「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で全体像を整理しています。

    不動産の承継や評価にかかわる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 相続土地国庫帰属制度は、相続・遺贈で取得した土地を、要件を満たせば負担金を納めて国に引き取ってもらう制度です(令和5年4月27日開始)。
    • 建物がある土地、担保権が設定された土地、境界が不明な土地などは申請段階で却下され、崖や埋設物などがある土地は不承認となります。
    • 費用は審査手数料(1筆14,000円)と負担金(原則20万円、一部の土地は面積に応じて算定)に加え、解体や測量などの準備費用がかかることがあります。
    • 相続放棄は財産全体の判断、国庫帰属は土地ごとの判断です。活用・売却の可能性を確かめたうえで、出口の一つとして検討するのが現実的です。
    • 具体的な可否は土地ごとに異なるため、法務局での事前相談を活用することが望まれます。

    よくある質問

    Q. 相続してから何年も経っている土地でも申請できますか?

    申請できます。制度が始まった令和5年4月27日より前に相続した土地も対象とされています(法務省Q&A)。国庫帰属の申請には期限がないため、相続してから時間が経った土地でも検討できます。

    Q. 親から生前に贈与を受けた土地は対象になりますか?

    対象になりません。この制度を利用できるのは、相続または遺贈(相続人に対する遺贈)で土地を取得した人です。売買や生前贈与で取得した土地は対象外とされています。

    Q. 古い家が建ったままの土地でも申請できますか?

    建物がある土地は、申請の段階で却下される要件に当たります。原則として建物を解体してから申請することになります。解体を予定している場合の扱いは、申請予定の法務局に事前に相談しておくと安心です。

    Q. 兄弟で共有している土地はどうなりますか?

    共有の土地は、共有者全員で申請する必要があります。共有者のうち一人でも同意しない場合は申請できません。手放す可能性のある土地は、遺産分割の段階で単独の取得者を決めておくことも検討に値します。

    Q. 負担金はいつ、いくら払うのですか?

    負担金は原則20万円で、承認とあわせて届く負担金の額の通知を受けた日から30日以内に納めます。一部の宅地・農地と森林は面積に応じて算定されます。期限までに納めないと承認の効力が失われるため、資金をあらかじめ準備しておくことが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司 著、ソシム、2023年(2024年第5刷)、第4章 土地の調査・土壌汚染の調査(印刷 p.196-197、p.282)、第10章 建物解体(印刷 p.444-445)
  • 区分所有法の改正でマンション所有者に何が変わるか|決議要件の見直し・新しい再生手法と、所有者が備えたいこと

    区分所有法の改正でマンション所有者に何が変わるか|決議要件の見直し・新しい再生手法と、所有者が備えたいこと

    マンションのルールの土台である区分所有法が大きく改正され、令和8年(2026年)4月1日から施行されています。結論から言えば、今回の改正で変わったのは「管理組合が物事を決めやすくなった」ことと、「老朽化したマンションを建て替える以外の選択肢が増えた」ことです。

    決めやすくなるということは、裏を返せば、総会に参加しない所有者や連絡がつかない所有者の意思は、これまでより反映されにくくなるということでもあります。自宅として住んでいる方だけでなく、投資用に貸している方、親から相続したまま管理を任せきりにしている方こそ、影響を確認しておきたい改正です。

    この記事では、改正の要点を法務省の資料に沿って整理したうえで、所有者の立場ごとに何に備えるべきかを考えます。マンションの相続税評価については、関連記事「居住用マンションの相続税評価はどう変わったか」で扱っています。

    改正の概要:いつから、何が変わったのか

    今回の改正は、「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第47号)によるものです。令和7年5月30日に公布され、区分所有法などの改正部分は令和8年4月1日に施行されました(法務省)。

    改正の柱は大きく二つです。

    • 管理の円滑化:集会(管理組合の総会)の決議を出席者の多数決で行えるようにする、所在が分からない区分所有者を決議の母数から除く、管理されていない専有部分・共用部分に裁判所が管理人を選任する制度を設ける、海外に住む所有者のための国内管理人の仕組みを設ける、など
    • 再生の円滑化:建替え決議の要件を一定の場合に緩和する、一棟リノベーション・建物と敷地の一括売却・取壊しなどを多数決で行えるようにする、建替え時の賃借人への補償の仕組みを設ける、など

    あわせて、国土交通省は令和7年10月17日に「マンション標準管理規約」を改正し、改正法に合わせた規約のひな型を示しています。

    管理の決議はどう変わったか

    普通決議:出席者の過半数で決まる

    管理費の額や修繕の実施など、日常的な事項を決める普通決議は、改正前は「区分所有者全員の頭数と議決権の各過半数」が原則でした。改正後は、総会に出席した区分所有者の頭数と議決権の各過半数で決まるのが法律上の原則になりました(区分所有法39条1項)。ここでいう出席者には、当日出席した人だけでなく、議決権行使書や委任状を提出した人も含まれます。

    ただし、普通決議の要件はもともと規約で別の定めを置くことが認められており、多くの管理組合は規約で独自の要件を定めています。実際にどの要件で決まるかは、自分のマンションの規約を見る必要があります。

    特別決議:定足数を満たせば、出席者の4分の3で決まる

    規約の変更や、形状・効用の著しい変更を伴う共用部分の変更などの特別決議は、改正前は区分所有者全員を母数として頭数と議決権の各4分の3以上が必要でした。改正後は、区分所有者と議決権の各過半数が出席すること(定足数)を前提に、出席者の頭数と議決権の各4分の3以上で可決できるようになりました(共用部分の変更は区分所有法17条1項、規約の変更は31条1項)。定足数は規約で引き上げることができ、共用部分の変更の4分の3の割合は、規約で2分の1を超える範囲まで引き下げることもできます。

    さらに、共用部分の変更のうち、次の場合は、要件が3分の2以上に緩和されます(同法17条5項)。

    • 共用部分の設置や保存の瑕疵によって他人の権利などが侵害され、またはそのおそれがある場合に、その瑕疵の除去に必要な変更(耐震性・防火性の不足、外壁等の剥落のおそれ、給排水管等の腐食などが典型例として説明されています)
    • 高齢者や障害者の移動の円滑化(バリアフリー化)のために必要な変更

    既存の規約はどうなるか

    改正法の施行の際に効力を持っている規約のうち、改正後の区分所有法に抵触する定めは、施行日から効力を失うとされています(改正法附則9条2項)。施行前に招集手続が始まった総会には改正前の規定が適用されるなど、経過的な取扱いも定められています。規約の見直しが済んでいなくても、法律上は改正後の要件で決議できる場面があるということです。

    項目改正前の原則改正後の原則
    普通決議全区分所有者の頭数・議決権の各過半数出席者の頭数・議決権の各過半数(規約で別段の定め可)
    一般的な特別決議全区分所有者の頭数・議決権の各4分の3以上各過半数の出席(定足数)+出席者の各4分の3以上
    共用部分の変更(緩和事由あり)上記と同じ各3分の2以上
    建替え・建物敷地売却など建替えは全区分所有者の各5分の4以上全区分所有者を母数に各5分の4以上(一定の事由で4分の3)

    ※AEGISが法務省資料・専門書籍をもとに整理した概要です。正確な要件は条文と各マンションの規約で確認してください。

    所在等不明の区分所有者を決議の母数から除く仕組み

    相続後に登記が放置されて相続人が分からない、住所を調べても連絡がつかない——こうした区分所有者がいると、全員を母数とする決議では「反対」と同じ扱いになり、必要な決議が成立しにくくなっていました。

    改正後は、裁判所が所在等不明と認めた区分所有者を、すべての決議の母数から除外できる制度が設けられました(区分所有法38条の2。除外された区分所有者は集会での議決権を有しないとされます)。建替えのように全区分所有者を母数とする決議でも、除外された人は母数に入りません。

    所有者の側から見ると、これは「連絡がつかない状態を放置すると、自分の持分が意思決定から外される」ことを意味します。相続したマンションの登記や住所の変更を後回しにしていると、管理組合からの通知が届かず、知らないうちに除外の手続が進む可能性もあります。相続登記や住所等の変更登記の義務化への対応は、関連記事「相続登記と住所等変更登記の義務化への対応」で整理しています。

    建替え・再生の決議はどう変わったか

    建替え決議:原則5分の4、一定の事由があれば4分の3

    建替え決議は、改正後も区分所有者全員を母数として頭数と議決権の各5分の4以上が原則です。ただし、次のような客観的な事由がある場合は、4分の3以上に緩和されました(区分所有法62条。各事由の基準は法務大臣が定めます)。

    • 耐震性の不足
    • 火災に対する安全性の不足
    • 外壁等の剥落により周辺に危害を生ずるおそれ
    • 給排水管等の腐食などによる衛生上の問題
    • バリアフリー基準への不適合

    建て替えない再生も、多数決で選べるように

    改正前は、老朽化したマンションの再生は「建替え」が中心でした。改正後は、次の手法も建替えと同等の多数決(原則5分の4、一定の事由で4分の3)で行えるようになりました。

    • 建物更新(一棟リノベーション):建物の骨格を残しながら、全体を大規模に改修する
    • 建物敷地売却:建物と敷地を一括して売却する
    • 建物取壊し敷地売却:建物を取り壊したうえで敷地を売却する
    • 取壊し:建物を取り壊す

    敷地を売却する決議では、頭数と議決権に加えて、敷地利用権の持分の価格の割合も多数決の基準に組み込まれます。また、政令で指定された大規模な災害で被災した場合は、被災区分所有法の特例により、建替えや建物更新、敷地売却、取壊しなどの決議要件が「3分の2」に緩和される仕組みも設けられています。

    賃借人がいる場合:補償金と賃貸借の終了

    建替え決議がされた場合に、賃借人に金銭の補償をすることを前提として、専有部分の賃貸借を終了させる制度が設けられました。賃貸借の終了を請求した日から6か月を経過すると賃貸借は終了し、その専有部分の区分所有者は、賃借人に対し、賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金を支払わなければなりません。賃借人は、補償金の提供を受けるまでは明渡しを拒むことができるとされています(区分所有法64条の2)。

    投資用に区分所有マンションを貸している方にとっては、補償金の支払義務は貸している区分所有者自身にあるため、建替え等が決まったときに、賃借人との関係をどう整理するか、補償の負担や時期をどう見込むかが、新たに考えるべき論点になります。

    管理されていない部屋・共用部分と、海外に住む所有者

    改正法では、マンションに特化した財産管理の制度も設けられました。

    • 所有者不明専有部分管理制度:所在等不明の区分所有者の専有部分について、裁判所が選任する管理人に管理させる制度。管理人が保存・利用・改良の範囲を超える行為(売却など)をするには、裁判所の許可が必要です(区分所有法46条の2・46条の3)
    • 管理不全専有部分管理制度・管理不全共用部分管理制度:ごみの放置や配管の腐食の放置、外壁の剥落の危険など、管理されていない状態の専有部分・共用部分を、裁判所が選任する管理人に管理させる制度

    また、区分所有者が国内に住所等を有しない場合(または有しないこととなる場合)に備えて、国内管理人を選任できる仕組みが設けられました。国内管理人は、保存行為や、総会の招集通知の受領、議決権の行使、管理費等の支払いなどを行うことができます。規約で国内管理人の選任を義務付けることも可能です。

    さらに、区分所有建物の管理について、区分所有者が相互に協力しなければならないという責務も明記されました(区分所有法5条の2)。

    所有者の立場別に見る影響

    同じ改正でも、マンションとの関わり方によって備えるべきことは異なります。

    所有者の立場主な影響確認したいこと
    自宅として居住修繕・規約変更が決まりやすくなる。建替え以外の再生も選択肢に長期修繕計画、修繕積立金の水準、総会資料
    投資用に賃貸総会を欠席すると意思が反映されにくい。建替え時は賃借人への補償が論点に管理会社任せの範囲、議決権行使の方法、賃貸借契約
    相続したまま保有登記・住所が古いと通知が届かず、所在等不明として扱われるおそれ相続登記、住所変更、管理費の引落し口座
    海外に居住国内管理人の選任を規約で求められる可能性規約の改正状況、代理人の確保

    ※AEGISによる整理です。実際の影響はマンションの規約・築年数・管理状況によって異なります。

    投資用マンションの管理を管理会社に委ねている場合でも、総会での議決権行使は所有者自身の判断です。管理委託の範囲や契約の確認点は、関連記事「賃貸管理を委託するときの契約の確認点」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 総会資料を「読むだけ」にしない:出席者多数決では、議決権行使書を出さないことがそのまま「判断を他の人に委ねる」ことになります。議案の要領は招集通知に示されるので、毎年の資料に目を通し、意思表示をする習慣をつけておきたいところです。
    • 規約の改正状況を確認する:改正法に抵触する規約は効力を失いますが、どの定めが残り、どこが改正されたかはマンションごとに異なります。
    • 「再生」の議論が始まったら早めに情報を集める:建替え・一棟リノベーション・敷地売却のどれを選ぶかで、所有者の負担や受け取る対価、退去の時期は大きく変わります。
    • 税金は再生の手法ごとに考え方が異なる:建物と敷地を売却する場合は譲渡所得の課税が問題になり得るなど、手法によって税務上の扱いが変わります。具体的な取扱いは個別に確認が必要です。

    AEGISの視点

    区分所有マンションは、所有権を持っていても、建物の将来を自分一人では決められない資産です。今回の改正は、その「決められなさ」を和らげるものですが、同時に、関与しない所有者の意思が反映されにくくなるという側面を持っています。

    AEGISは、マンションを保有するオーナーにとって大切なのは、改正の条文を覚えることよりも、「このマンションの将来の意思決定に、誰が、どのように関与するのか」を家族の中で決めておくことだと考えています。高齢の親が保有している場合、相続で子が複数で引き継ぐ場合、海外に住む家族が取得する場合——いずれも、総会の通知を誰が受け取り、誰が判断するのかが曖昧になりやすい場面です。

    また、老朽化が進んだマンションでは、「持ち続ける」「再生に参加する」「早めに手放す」の比較が現実的な課題になります。評価・収益・管理の負担・承継をあわせて考えることで、制度の変化を受け身ではなく、判断の機会として生かせます。改正情報を自分の資産に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも整理しています。

    不動産の保有と承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 改正区分所有法は令和8年4月1日に施行され、管理と再生の両面で決議要件が見直されました。
    • 普通決議・特別決議は出席者を基準とする多数決が原則となり、所在等不明の区分所有者を母数から除く制度もできました。
    • 建替え決議は一定の事由があれば4分の3に緩和され、一棟リノベーションや敷地売却なども多数決で選べるようになりました。
    • 賃借人への補償、国内管理人、管理不全の部屋への管理人制度など、投資用・相続したマンションの所有者に関わる仕組みも加わりました。
    • 決めやすくなった分、所有者が意思表示をしないことの影響は大きくなります。規約・総会資料・登記と連絡先を点検しておくことが出発点です。

    よくある質問

    Q. 改正法は、改正前に建てられたマンションにも適用されますか?

    適用されます。改正後の規定は施行前に生じた事項にも原則として適用され、改正後の法律に抵触する既存の規約の定めは施行日から効力を失うとされています。ただし、施行前に招集手続が始まった総会など、経過的に改正前の規定が適用される場面もあります。

    Q. 総会を欠席して委任状も出さなかった場合、どう扱われますか?

    改正後の出席者多数決では、欠席して議決権も行使しなかった人は、決議の母数(出席者)に含まれません。結果として、出席した人や議決権行使書・委任状を提出した人の判断で物事が決まることになります。賛否を示したい場合は、議決権行使書などで意思表示をしておくことが大切です。

    Q. 建替え決議は、改正後は4分の3で決まるのですか?

    原則は改正後も5分の4です。耐震性の不足や外壁等の剥落のおそれ、給排水管等の腐食、バリアフリー基準への不適合など、法律が定める客観的な事由がある場合に限り、4分の3に緩和されます。

    Q. 投資用マンションの賃借人は、建替えが決まったらすぐに退去しなければなりませんか?

    改正法では、建替え決議がされた場合に、補償金の支払いを前提として賃貸借を終了させる制度が設けられました。請求の日から6か月で賃貸借は終了し、補償金は貸している区分所有者が支払うこととされています(区分所有法64条の2)。賃借人は補償金の提供を受けるまで明渡しを拒むことができるとされています。手続や期間の詳細は、実際に建替え等が具体化した段階で、契約内容とあわせて確認する必要があります。

    Q. 海外に住んでいる家族がマンションを相続した場合、何に注意すればよいですか?

    改正法では、国内に住所等を有しない区分所有者のために国内管理人を選任できる仕組みが設けられ、規約で選任を義務付けることもできます。総会の通知を確実に受け取り、議決権を行使できる体制を、相続の段階から考えておくことが望まれます。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

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    • 『Q&A マンション標準管理規約の改正 ―区分所有法改正と社会状況の変化に対応する標準管理規約の見直し―(令和7年10月改正)』渡辺晋 著、公益財団法人マンション管理センター 発行/大成出版社 発売、2026年、第1編(P.9-18)
    • 『マンション総会運営マニュアル ―管理組合の意思決定プロセスはこれでクリアに―』東京弁護士会 弁護士業務改革委員会 マンション部会 編、新日本法規出版、2026年、第1章(P.14-21)
  • 不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項|保有不動産と承継計画の何を見直すか

    不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項|保有不動産と承継計画の何を見直すか

    不動産は、多くのオーナーにとって財産の中で大きな割合を占めます。そのため、不動産の相続税評価に関する制度が変わると、相続税の見込み額だけでなく、誰に何を渡すか、納税資金をどう確保するか、どの形で保有するかといった承継計画の前提にまで影響が及ぶことがあります。

    結論から言えば、制度変更があったときは、「評価額がいくら変わるか」を計算する前に、「自分の不動産のうち、どれが対象になり得るか」を取得時期・取得方法・保有形態の3つの軸で仕分けることから始めるのが確実です。この記事では、近年の制度変更の例を踏まえ、保有不動産と承継計画の点検事項を整理します。

    不動産の相続税評価はどのように決まり、なぜ変わるのか

    相続税法は、相続や贈与で取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めています。この時価の具体的な算定方法は、国税庁の財産評価基本通達で定められており、土地であれば路線価方式や倍率方式、建物であれば固定資産税評価額を基にした方法などが用いられます。

    不動産の評価が変わる要因は、大きく3つあります。

    変わる要因内容頻度の目安
    評価の基準となる価格の更新路線価や評価倍率などが毎年公表される毎年
    通達の改正評価方法そのものが見直される不定期(必要に応じて)
    税制改正特例の要件、加算期間、評価の考え方などが変わる毎年度の改正で項目ごと

    このうち、承継計画の前提を大きく揺るがしやすいのは、評価方法そのものの見直しです。近年は、相続税評価額と市場で取引される価格との差(乖離)に着目した見直しが続いています。

    近年の制度変更の例

    例1:居住用の区分所有財産(分譲マンション)の評価

    国税庁は、令和5年9月28日付で「居住用の区分所有財産の評価について」という通達を定めました。近年の取引実態等を踏まえ、分譲マンションの一室について、築年数、総階数、所在階、敷地持分の狭小度を反映した「評価乖離率」を基に補正を行う仕組みです。令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した財産に適用されています。

    なお、地階を除く階数が2以下の建物や、居住用の専有部分が3室以下ですべてを所有者やその親族が居住用に使っているものなどは、対象外とされています。

    例2:貸付用不動産の評価の見直し(令和8年度税制改正の大綱・国税庁の通達案)

    令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)では、「相続税等の財産評価の適正化」として、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえ、次の見直しを行うとされました。

    • 被相続人等が課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築をした一定の貸付用不動産は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する(課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の100分の80に相当する金額によって評価することができる)
    • 不動産特定共同事業契約や、信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する
    • 令和9年1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価に適用する(ただし、1つ目の見直しは、改正を通達に定める日までに、被相続人等が5年前から所有している土地に新築をした家屋〔建築中のものを含む〕には適用しない)

    具体的な取扱いは通達で定められます。国税庁が公表した通達案「貸付用不動産の評価について」では、大綱の内容が次のように具体化されています(2026年10月9日時点では意見公募中で、最終通達は出ていません)。

    • 対象は、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築された貸付用不動産(借家権の目的となっている家屋とその敷地)。取得の時期は原則として引渡しの時で判定する
    • 取得価額が取得時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費」の100分の80で評価できる
    • 収用・交換・一定の買換えで取得したものや、5年以内に取得したものではない建物の増改築部分などは対象外
    • 経過措置として、通達制定日までに、その日前5年以内に取得したものではない土地や、5年以内に相続等で取得した土地に新築した家屋(建築中を含む)は対象外。通達制定日はまだ決まっていない(AEGISは、意見公募の締切(2026年10月18日)を踏まえ、10月下旬から11月上旬になる可能性が高いとみています)
    • 「特定小口化商品」は、元本等相当額の90%などを使う簡便な方法がある

    例3:生前贈与の加算期間の延長

    不動産を生前に贈与する計画にも、制度変更は影響します。令和5年度の改正により、暦年課税の贈与を相続財産に加算する期間は相続開始前3年から7年へと段階的に延びており、国税庁によれば、令和13年1月1日以後の相続では相続開始前7年以内の贈与が加算の対象となります。

    制度変更があったときの点検事項

    制度変更の情報に接したら、保有不動産を次の観点で点検します。AEGISでは、評価の前に「仕分け」を行うことを重視しています。

    点検1:取得時期と取得方法

    • 不動産ごとに、いつ、どのような方法で取得したか(購入、新築、相続、贈与など)を一覧にします。
    • 貸付用不動産の評価の見直しのように、「課税時期前5年以内」「対価を伴う取引」といった条件が付く改正では、取得時期と取得方法がそのまま対象かどうかの判断材料になります。
    • 自分が所有している土地に建物を新築した場合など、取得の経緯によって扱いが分かれる可能性がある点にも注意が必要です。

    点検2:保有形態

    • 個人で直接保有しているか、共有か、不動産小口化商品(不動産特定共同事業契約に基づくものなど)や信託受益権の形で保有しているかを確認します。
    • 大綱と通達案では、不動産特定共同事業契約などに基づく貸付用不動産は、取得時期にかかわらず見直しの対象になるとされています。保有している商品の契約形態を、契約書や事業者の説明資料で確認しておきましょう。
    • 資産管理会社など法人を通じて保有している場合に、制度変更がどのように影響するかは、改正の内容に即して個別に確認する必要があります。

    点検3:評価額と時価の関係

    • 不動産ごとに、相続税評価額の目安と、実際に売却した場合の価格の目安を並べてみます。
    • 両者の差が大きい不動産ほど、評価方法の見直しの影響を受けやすい傾向があります。
    • 相続税評価額と売却価格がなぜ異なるのかについては、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格の違い」で解説しています。

    点検4:承継計画上の役割

    • その不動産を「誰に」「どの方法で」渡す計画になっているかを確認します。
    • 評価額が変われば、相続人間の配分のバランスが変わることがあります。不動産を後継者に、金融資産を他の家族に、といった配分を考えている場合は特に注意が必要です。
    • 生前贈与を予定している場合は、加算期間の延長も含めて、贈与のタイミングと方法を見直します。

    点検5:納税資金と収益性

    • 評価額が上がる見込みなら、相続税の見込み額と、それを支払う資金(金融資産、不動産収入、売却の可能性)を改めて確認します。
    • 同時に、その不動産の収益性(賃料収入、空室、修繕費、借入金の返済)を確認します。評価の変化をきっかけに、保有を続けるべきか、組み替えるべきかを考える機会にもなります。

    点検の結果は、次のような一覧にまとめると全体が見えやすくなります。

    不動産取得時期・方法保有形態評価の目安時価の目安承継の予定収益・納税資金のメモ
    自宅昭和○年 新築個人単独——配偶者居住用
    賃貸マンション令和○年 購入個人単独——長男借入残あり
    小口化商品令和○年 購入契約に基づく持分——未定換金性を確認

    ※上表は記入例のイメージです。実際の項目は保有資産に応じて調整してください。

    実務上注意したいポイント

    評価の有利・不利だけで判断しない

    不動産の取得や保有は、評価額の差だけで判断すべきものではありません。賃貸経営としての収益性、修繕や管理の負担、売却のしやすさ、家族の意向など、多くの要素が関わります。評価方法の見直しは、こうした要素を改めて点検するきっかけと捉えるのが健全です。

    特例の要件も合わせて確認する

    不動産の相続では、小規模宅地等の特例が大きな影響を持つことがあります。国税庁によれば、特定居住用宅地等は330㎡まで80%、特定事業用宅地等は400㎡まで80%、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%を減額できるとされていますが、区分ごとに要件があり、適用には申告が必要です。評価方法の見直しと特例の要件は、セットで確認しておきましょう。

    確定した情報で最終判断する

    大綱の段階では、細部が通達で定まる前です。売買や贈与など取り消しにくい行動は、確定した情報を一次情報で確認してから判断することをおすすめします。改正情報の追い方は、関連記事「制度改正の情報をどう追い、いつ相談するか」で解説しています。

    AEGISの視点

    不動産の評価に関する制度変更が続く背景には、「相続税評価額と実際の価値の差」をどう扱うかという問題意識があります。評価額の低さを主な理由として不動産を取得する考え方は、その前提自体が見直しの対象になり得る、ということです。

    AEGISは、不動産を「評価額で選ぶもの」ではなく、「所有の目的と、事業・家族・承継の中での役割で選ぶもの」と考えています。賃貸不動産であれば、安定した収益を生み、管理できる体制があり、将来誰がどのように引き継ぐかが描けているか。自宅であれば、家族の暮らしをどう守るか。そうした役割が明確な不動産は、評価の方法が変わっても、計画全体が揺らぐことは少なくなります。

    制度変更は、保有不動産の一つひとつに「なぜ持っているのか」を問い直す機会です。取得時期・保有形態・評価と時価・承継上の役割・収益性を一枚に並べることで、税務だけでなく、所有と承継の設計を見直すことができます。不動産の購入・保有・売却を一体で考える視点は、関連記事「不動産の購入・保有・売却を一体で考える」で解説しています。

    税制改正が承継計画に与える影響の全体像は、親記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で整理しています。

    不動産の評価や資産税務に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 不動産の相続税評価は、路線価等の更新、通達の改正、税制改正によって変わります。
    • 近年は、分譲マンションの評価の見直し(令和6年1月1日以後)や、令和8年度大綱で示された貸付用不動産の評価の見直し(令和9年1月1日以後の相続等)など、評価額と市場価格の乖離に着目した見直しが続いています。
    • 制度変更時は、まず取得時期・取得方法・保有形態で対象になり得る不動産を仕分けます。
    • そのうえで、評価と時価の関係、承継計画上の役割、納税資金と収益性を点検します。
    • 細部は通達で定まります。取り消しにくい行動は、確定した一次情報を確認してから判断します。

    個々の不動産への影響は、取得の経緯や保有形態など個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 貸付用不動産の評価の見直しは、いつから適用されますか?

    令和8年度税制改正の大綱では、令和9年1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価に適用するとされています。国税庁の通達案でも、令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した財産の評価に適用するとされています。2026年10月9日時点で最終通達は出ていないため、発遣後に確認が必要です。

    Q. 以前から持っている賃貸不動産も対象になりますか?

    大綱と通達案では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築した貸付用不動産が対象とされています。それより前から持っている物件は、原則として対象になりません。一方、不動産特定共同事業契約などに基づく貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず対象とされています。保有している不動産がどちらに当たるかは、取得時期や契約形態によって異なります。

    Q. 分譲マンションの評価はどう変わりましたか?

    令和6年1月1日以後の相続等で取得した居住用の区分所有財産については、築年数や所在階などを反映した評価乖離率を基に補正する方法が導入されました。階数が2以下の建物や、親族の居住用で3室以下のものなど、対象外となるケースもあります。

    Q. 評価方法が変わったら、すぐに不動産を売却したほうがよいですか?

    評価方法の変更だけを理由に売却を急ぐことはおすすめしません。売却には譲渡所得税や取引費用がかかり、収益源を手放すことにもなります。収益性、管理負担、承継の予定、納税資金などを総合的に点検したうえで判断することが重要です。

    Q. 制度変更の点検は、どのくらいの頻度で行えばよいですか?

    税制改正の大綱や通達の改正が公表されたとき、そして少なくとも年に一度、承継計画を見直すタイミングで点検するのが目安です。不動産の取得や売却、家族の状況の変化があったときにも見直すことをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 相続登記と住所等変更登記の義務化への対応|期限・過料・相続人申告登記・スマート変更登記の使い方

    相続登記と住所等変更登記の義務化への対応|期限・過料・相続人申告登記・スマート変更登記の使い方

    不動産の登記は、かつては「必要になったときにすればよい」ものでした。しかし所有者不明土地の問題を背景に法律が改正され、現在は次の2つが法律上の義務になっています(法務省)。

    • 相続登記:令和6年(2024年)4月1日から義務化。相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請。施行日前の相続で未登記のものは、原則として令和9年(2027年)3月31日までに申請が必要です(取得を知った日が施行日より後なら、その日から3年以内)。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になります。
    • 住所等変更登記:令和8年(2026年)4月1日から義務化。住所や氏名が変わった日から2年以内に申請。施行日前の変更も対象で、令和10年(2028年)3月末までに登記が必要です。正当な理由なく怠ると5万円以下の過料の対象になります。

    どちらの義務にも、負担を軽くするための簡易な方法(相続人申告登記、スマート変更登記)が用意されています。この記事では、2つの義務の内容を確認したうえで、「自分の場合は何を、いつまでにすればよいか」を状況別に整理します。

    2つの義務の全体像

    項目相続登記住所等変更登記
    開始時期令和6年4月1日令和8年4月1日
    義務の内容相続で取得した不動産の名義を相続人に変える登記された所有者の住所・氏名の変更を反映する
    期限取得を知った日から3年以内(法定相続分での登記や相続人申告登記の後に遺産分割が成立したときは、分割の日から3年以内に分割内容の登記)変更の日から2年以内
    施行日前の分令和9年3月31日まで令和10年3月末まで
    過料10万円以下5万円以下
    簡易な方法相続人申告登記スマート変更登記(検索用情報の申出)

    ※期限の細部や個別事情による扱いは、法務省・法務局の案内で確認してください。

    相続登記の義務

    誰が、何を、いつまでに

    相続によって土地や建物を取得した相続人は、自分が相続人であることを知り、かつその不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。相続人に対する遺贈で取得した場合も同様です。また、法定相続分での相続登記や相続人申告登記をした後に遺産分割が成立した場合は、遺産分割が成立した日から3年以内に、その内容に沿った登記を行う必要があります(不動産登記法76条の2・76条の3、法務省)。

    令和6年4月1日より前に開始した相続も対象です。施行日前の相続で登記が済んでいない不動産は、相続の開始と取得を知った日と施行日(令和6年4月1日)のいずれか遅い日から3年以内、つまり多くの場合は令和9年3月31日までの申請が求められています(民法等の一部を改正する法律〔令和3年法律第24号〕附則5条6項)。親や祖父母の名義のまま残っている不動産がある場合は、この期限が当面の目安になります。

    「正当な理由」があれば過料の対象にならない

    期限内に申請できなくても、正当な理由があれば過料の対象にはなりません。法務省は、例として次のような場合を挙げています。

    • 相続人が極めて多数で、戸籍謄本等の収集や相続人の把握に時間がかかる場合
    • 遺言の有効性や遺産の範囲が争われている場合
    • 申請義務を負う相続人自身に重い病気などの事情がある場合
    • 配偶者からの暴力等の被害者で、避難を余儀なくされている場合
    • 経済的に困窮しており、登記に必要な費用を負担する能力がない場合

    過料は、いきなり科されるものではありません。法務省の説明では、登記官が義務違反を把握した場合にまず申請を催告し、それでも正当な理由なく申請がないときに裁判所へ通知し、裁判所が過料を科するかどうかを判断する流れです。

    相続人申告登記という選択肢

    遺産分割がまとまらず、期限内に名義を確定できない場合に使えるのが相続人申告登記です。登記官に対し、「所有者について相続が開始したこと」と「自分がその相続人であること」を申し出ることで、相続登記の申請義務を果たしたことになります(法務省)。

    • 相続人が単独で申し出ることができ、他の相続人の協力は不要です
    • 添付するのは申出書と戸籍謄本等・住所証明情報などで、通常の相続登記に比べて戸籍等の収集の負担が軽くなっています
    • 登録免許税はかかりません。オンラインでも申し出ることができます

    ただし、相続人申告登記は「誰が所有者か」を確定させる登記ではありません。不動産の売却や担保の設定をするには、別途、相続登記が必要です。また、申告後に遺産分割が成立した場合は、分割の日から3年以内に分割内容に沿った登記を申請する必要があり、その段階では相続人申告登記で代えることはできません。

    住所等変更登記の義務

    誰が、何を、いつまでに

    不動産の所有権の登記名義人は、住所や氏名・名称に変更があった日から2年以内に変更登記を申請する必要があります。令和8年4月1日より前の変更も対象で、変更の日と施行日のいずれか遅い日から2年以内、つまり令和10年3月末までに登記が必要です(不動産登記法76条の5、同附則5条7項、法務省)。

    引越しや婚姻による氏の変更があっても登記を放置している例は少なくありません。法務省は、所有者不明土地の原因の約3分の1が住所等の変更登記がされていないことにあると説明しています。

    スマート変更登記

    この義務の負担を軽くするのがスマート変更登記です。所有者があらかじめ「検索用情報」(生年月日、メールアドレス、国籍、不動産の地番などの情報)を法務局に申し出ておくと、法務局が定期的(2年に1回程度)に住民基本台帳ネットワークへ照会し、住所や氏名の変更を確認したときは職権で変更登記を行います(法務省)。

    • 職権で登記をする前に意思確認の通知が届き、1か月以内に回答する仕組みです
    • スマート変更登記による変更登記には、登録免許税等の費用はかかりません
    • 検索用情報を申し出ておけば、住所等が変わるたびに自分で申請しなくても、義務違反に問われることはなくなるとされています
    • これから不動産を取得する人は申請書に記載して申し出ることができ、すでに所有している人も申し出ることができます

    法人が所有する不動産

    会社などの法人が所有する不動産では、登記に会社法人等番号が登記されていれば、商業・法人登記で本店の移転などをした際に、法務局が職権で不動産の住所等の変更登記を行う仕組みとされています。会社法人等番号が登記されていない不動産は、従来どおり申請が必要です(法務省)。なお、令和6年4月1日の時点で法人が所有権の登記名義人となっている不動産については、登記官が職権で会社法人等番号を登記できるとされています(同附則5条5項)。資産管理会社などで古くから保有している不動産は、番号が登記されているかを確認しておくと安心です。

    状況別:何を、いつまでにするか

    AEGISで、よくある状況ごとに対応を整理すると次のとおりです。

    状況当面の期限(目安)主な対応
    令和6年3月以前の相続。遺産分割は済んでいるが名義は親のまま令和9年3月31日分割内容に沿って相続登記を申請
    令和6年3月以前の相続。遺産分割がまとまっていない令和9年3月31日相続人申告登記で義務を果たしつつ、分割協議を進める
    令和6年4月以後の相続取得を知った日から3年遺産分割のうえ相続登記。間に合わなければ相続人申告登記
    祖父母など数代前の名義のまま令和9年3月31日(正当な理由に当たる場合あり)戸籍の収集と相続人の把握を早めに始める
    令和8年3月以前に引越し・改姓したが登記は旧住所のまま令和10年3月末住所等変更登記を申請し、あわせて検索用情報を申し出る
    法人所有不動産の本店移転・商号変更変更から2年(施行前の変更は令和10年3月末)会社法人等番号の登記の有無を確認
    これから不動産を取得する取得時登記申請時に検索用情報を申し出る

    ※期限は法務省の案内に基づく目安です。正当な理由の有無や期限の起算点は、個別の事情によって異なります。

    登記をしないことの、過料以外の不利益

    義務化で注目されるのは過料ですが、オーナーにとっては次のような実務上の不利益のほうが大きいことがあります。

    • 売却・担保設定ができない:名義が被相続人のままでは、売却や融資の担保に使うことができません。資金が必要になったときにすぐ動けなくなります。
    • 相続人が増えていく:登記をしないまま次の相続が起きると、権利を持つ人が増え、話し合いがより難しくなります。共有の解消や国への引渡しを検討する場面でも、名義の整理が前提になります。
    • 固定資産税の通知が届く相手:固定資産税は、原則として1月1日現在に固定資産課税台帳に所有者として登録されている人に課されます。名義の整理が遅れると、誰が税を負担し、誰が管理するのかが曖昧になりがちです。
    • 財産の把握が難しくなる:相続税の申告や遺産分割では、どの不動産を誰が持っているかを正確に把握する必要があります。古い名義のままの土地は見落とされやすくなります。

    費用の目安

    相続による所有権の移転登記には、登録免許税がかかります。税率は、相続による土地の所有権移転で不動産の価額の1,000分の4です(不動産の価額は原則として固定資産課税台帳の価格)。このほか、戸籍謄本等の取得費用や、司法書士に依頼する場合の報酬がかかります。

    一定の場合には登録免許税の免税措置も設けられています(相続登記の前に相続人が亡くなった場合の登記や、価額が一定額以下の土地の相続登記など)。現行法では令和9年3月31日までに受ける登記が対象とされているため(租税特別措置法84条の2の2)、利用を考える場合は最新の要件を確認してください。相続人申告登記とスマート変更登記には、登録免許税はかかりません(法務省)。

    実務上注意したいポイント

    • まず「名義の棚卸し」から:固定資産税の課税明細書や名寄帳、登記事項証明書で、名義が誰になっているか、住所が最新かを一覧にします。
    • 相続人申告登記は「時間を買う」手段:義務は果たせますが、名義は確定しません。売却や担保設定の予定があるなら、遺産分割と相続登記を急ぐ必要があります。
    • 遺産分割の期限とも連動させる:相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)までに分割がまとまれば、登記も同じ流れで進められます。
    • 住所変更は「ついで」に済ませる:相続登記や売却の際に、関係する不動産の住所等もまとめて確認し、検索用情報の申出までしておくと、その後の手間を減らせます。

    AEGISの視点

    登記の義務化は、手続の問題に見えて、実は「その不動産を、誰が、どう持ち続けるのか」を決めることを促す制度だとAEGISは考えています。

    名義が親のまま、住所が古いままの不動産は、多くの場合、遺産分割や所有形態の検討が先送りされてきた不動産でもあります。期限が来たからといって、とりあえず相続人全員の共有名義で登記してしまうと、次の世代で共有の問題をさらに複雑にすることがあります。

    義務を果たす手段(相続人申告登記・スマート変更登記)と、所有を決める手続(遺産分割・相続登記)を区別したうえで、期限までに「どこまで決めるか」を計画することが大切です。収益不動産であれば、管理会社や金融機関との契約、税務の手続とも足並みをそろえる必要があります。

    不動産を相続する前に整理しておきたい論点は「不動産を相続する前に確認したいこと」、賃貸物件を引き継いだ後の手続は「親から賃貸経営を引き継ぐときの実務」、使わない土地を手放す制度は「相続土地国庫帰属制度で土地を手放す」で解説しています。制度改正全体の点検の考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」をご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続登記は令和6年4月1日から義務化され、取得を知った日から3年以内の申請が必要です。施行日前の相続で未登記のものは令和9年3月31日までが目安です。
    • 住所等変更登記は令和8年4月1日から義務化され、変更から2年以内の申請が必要です。施行日前の変更は令和10年3月末までに登記が必要です。
    • 正当な理由なく怠ると、相続登記は10万円以下、住所等変更登記は5万円以下の過料の対象になります。
    • 相続人申告登記やスマート変更登記を使えば、負担を抑えて義務を果たせます。ただし相続人申告登記では名義は確定しません。
    • まず名義の棚卸しを行い、遺産分割・所有形態の検討とあわせて期限までの計画を立てることが大切です。

    よくある質問

    Q. 亡くなった親の名義のままの土地が何年も前からあります。今からでも過料になりますか?

    令和6年4月1日より前に開始した相続も義務の対象で、令和9年3月31日までの申請が目安とされています。過料は、登記官からの催告を経ても正当な理由なく申請しない場合に、裁判所が判断するものです。まずは期限までに相続登記、または相続人申告登記を行うことを検討してください。

    Q. 遺産分割の話し合いがまとまりません。どうすればよいですか?

    相続人申告登記を使えば、相続人の一人が単独で、相続登記の申請義務を果たすことができます。ただし名義は確定しないため、売却などはできません。また、その後に遺産分割が成立したときは、成立の日から3年以内に分割内容に沿った登記を申請する必要があります。

    Q. 引越しをしたのに、所有するマンションの登記の住所を変えていません。

    令和8年4月1日より前の住所変更も義務の対象で、令和10年3月末までに変更登記をする必要があります。あわせて検索用情報を申し出ておけば、その後の住所変更はスマート変更登記により法務局が職権で反映し、義務違反に問われることはなくなるとされています。

    Q. 会社名義の不動産も住所変更登記の義務がありますか?

    あります。ただし、不動産の登記に会社法人等番号が登記されていれば、本店移転などの商業登記の内容をもとに、法務局が職権で変更登記を行う仕組みとされています。番号が登記されていない場合は申請が必要なため、保有不動産の登記事項証明書で確認しておくとよいでしょう。

    Q. 相続登記の費用はどのくらいかかりますか?

    主な費用は登録免許税で、相続による土地の所有権移転は不動産の価額(原則として固定資産課税台帳の価格)の1,000分の4です。ほかに戸籍謄本等の取得費用や、専門家に依頼する場合の報酬がかかります。一定の免税措置もありますが、適用期限や要件があるため、最新の情報を確認してください。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.52-53、P.67