カテゴリー: 不動産

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  • 土地を貸す以外の活用方法とは|相続税対策の転換期に考えたい、「貸す」から「事業に活かす」土地活用

    土地を貸す以外の活用方法とは|相続税対策の転換期に考えたい、「貸す」から「事業に活かす」土地活用

    土地活用と聞くと、アパートやマンションを建てて貸す、あるいは駐車場として貸す、という方法を思い浮かべる方が多いと思います。とくに相続税対策としては、賃貸アパートや賃貸マンションの建築・取得が、長く有力な選択肢の一つとされてきました。

    しかし、その前提はいま大きく変わろうとしています。結論から言えば、貸付用不動産の相続税評価の見直しによって、「賃貸不動産を持つこと自体が相続税対策になる」という従来の発想は見直しを迫られています。これからの土地活用では、土地を「貸す資産」としてだけでなく、地域の需要に応える「事業を生み出す資産」として捉え直すことが、重要な選択肢になります。この記事では、制度の変化と、土地を事業に活かす考え方、そのときに確認したいことを解説します。

    不動産の相続税対策は、大きな転換期を迎えている

    これまで不動産を使った相続税対策が有効とされてきた背景には、不動産の市場価格と相続税評価額との間に差が生じることがあります。土地は路線価などを基に、建物は固定資産税評価額を基に評価され、さらに賃貸している不動産は借家人の権利の分だけ評価が下がります。その結果、購入価格や建築費と比べて、相続税評価額が大きく下がることがありました。

    これに対し、令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)で「相続税等の財産評価の適正化」が掲げられ、国税庁は法令解釈通達「貸付用不動産の評価について(案)」を公表して意見公募を行っています。通達案の主な内容は次のとおりです。

    • 課税時期前5年以内に、対価を伴う取引で取得・新築された貸付用不動産(アパート・賃貸マンション・貸しビルなどの貸家とその敷地)は、路線価や固定資産税評価額を基礎とする従来の方法ではなく、原則として課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価する
    • 取得価額が取得時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、取得価額を基に計算した金額の100分の80で評価することもできる
    • 不動産小口化商品の対象となっている貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず、通常の取引価額に相当する金額で評価する
    • 令和9年(2027年)1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産の評価に適用する

    本記事の確認時点(2026年10月)では、最終的な通達はまだ出ていません。ただし、この見直しが予定どおり実施されれば、相続税評価額の圧縮を主な目的として賃貸不動産を取得・建築する手法は、従来ほどの効果を期待できなくなる可能性があります。

    もっとも、すべての賃貸不動産が新しい評価方法の対象になるわけではありません。通達案では、5年を超えて保有している貸付用不動産や、土地だけを貸している土地(貸宅地)は対象外とされ、以前から持っている土地や相続した土地に、通達制定日までに建てた(建築中を含む)建物についての経過措置も示されています。また、貸付事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例が、一律に廃止されるわけでもありません。

    重要なのは、個別の制度の細部よりも、「賃貸不動産を持つこと自体が相続税対策になる」という従来の発想を見直す必要があるということです。見直しの詳しい内容は、関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で整理しています。

    これからは「貸す」だけでなく「事業に活かす」視点が重要になる

    不動産を所有する目的は、相続税評価額を引き下げることだけではありません。本来、不動産は、そこに住む人、働く人、集まる人に価値を提供することで、継続的な収益を生み出す資産です。

    これからの土地活用では、単に建物を建てて貸すのではなく、その土地の立地や地域特性に合った事業を組み合わせ、不動産そのものの収益力を高めることが、これまで以上に重要になると考えられます。

    土地活用の方法は、建物の所有者と運営者の組み合わせで、おおむね次の型に整理できます。

    型建物を持つ人運営する人オーナーの収入オーナー側の役割
    ① 土地のまま貸す(建物なし)または借地人借地人・利用者地代・駐車場収入土地の管理
    ② 建物を建てて入居者に貸すオーナーオーナー(管理は委託可)家賃賃貸経営
    ③ 建物を建てて事業者に貸すオーナー入居する事業者家賃(事業者から)事業者の選定と契約
    ④ 事業を自ら営むオーナー(またはオーナーの会社)オーナー個人(またはオーナーの会社)事業収益事業の経営
    ⑤ 売却・交換する(手放す)—売却代金—

    「貸す以外」の活用とは、主に③や④を指します。とくに④は、土地が生み出す価値を、家賃ではなく事業の収益として受け取る形です。地域に必要とされる事業が育てば、土地は賃貸住宅の供給競争とは別の需要を取り込み、地域の中で長く役割を果たす場所になります。

    なお、①の中でも、借地借家法の事業用定期借地権等を使い、事業者に土地を一定期間貸して事業者が建物を建てて運営する方法があります。専ら事業の用に供する建物(居住用を除く)の所有を目的とし、存続期間を10年以上50年未満として公正証書で設定するもので、期間の満了で土地が戻ることを前提にできます。

    地域の需要から、その土地に合う事業を考える

    事業と組み合わせた活用は、建物を貸すこと自体ではなく、その場所で必要とされる事業を起点に考えます。

    たとえば、子育て世帯の多い地域であれば教育・運動関連の事業、高齢化が進む地域であれば生活支援に関わる事業、交通利便性の高い地域であれば地域住民の利用を見込めるサービス事業、といったように、地域の需要から逆算して土地の使い方を決めるという発想です。

    事業の選定にあたっては、次のような点を総合的に検討します。

    • 地域の人口動態:人口と世帯構成が、これからどう変わっていくか
    • 競合の状況:同じ種類の施設やサービスが周辺にどれだけあるか
    • 利用者の需要:何人の利用者が、いくらの単価で、どのくらいの頻度で利用するか
    • 必要な初期投資:建物・内装・設備・開業準備・運転資金の総額と調達方法
    • 運営体制:誰が事業を担い、人材をどう確保するか

    賃貸住宅であれば周辺の家賃相場が判断の手がかりになりますが、事業の場合は需要を要素に分解して確かめることが、計画の精度を高めます。事業化の具体的な検討の進め方は、関連記事「土地活用を事業化するときの検討事項」で詳しく解説しています。

    事業型不動産活用は、税務面でも扱いが異なる可能性がある

    不動産を単に賃貸する場合と、オーナー自身や同族会社が実際に事業を営む場合では、相続税上の取扱いが異なることがあります。代表的なものが、小規模宅地等の特例です。国税庁によれば、次のように区分されています。

    区分主な対象限度面積減額割合
    特定事業用宅地等被相続人等の事業(不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業及び準事業を除く)に使われていた宅地等400㎡80%
    特定同族会社事業用宅地等被相続人及びその親族等が発行済株式等の50%超を有する一定の法人の事業(不動産貸付業等を除く)に使われていた宅地等400㎡80%
    貸付事業用宅地等被相続人等の不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業及び準事業に使われていた宅地等200㎡50%

    一定の要件を満たす特定事業用宅地等や特定同族会社事業用宅地等では400㎡まで80%の評価減が認められる一方、貸付事業用宅地等では200㎡まで50%の評価減となります。この違いは、不動産の事業活用を検討するうえで重要なポイントです。

    ただし、次の点には注意が必要です。

    • 建物を事業者に貸すだけでは、特定事業用宅地等に該当するわけではありません。第三者の事業者に貸す場合は、オーナーにとっては不動産貸付業であり、貸付事業用宅地等の区分になります。
    • 同族会社が事業を営む場合も、さまざまな要件があります。株式の保有割合、会社の事業の実態、土地の利用関係(会社から相当の対価を受けて貸しているかなど)、申告期限までその法人の役員である親族が取得し保有を続けることなどを満たす必要があります。
    • 相続開始前3年以内に新たに事業や貸付事業に使い始めた宅地等は、特定事業用宅地等・貸付事業用宅地等とも、一定の場合を除き対象外とされています。
    • 冒頭の評価の見直しとの関係では、誰が事業を営むかによって扱いが変わり得ます。この点は次の項目で詳しく説明します。

    事業を行えば必ず相続税が軽減される、というものではありません。事業としての収益性と、税務上の適用要件を、それぞれ検証することが不可欠です。特例の区分は、事業として成り立つ活用を選んだ結果として決まるものと考えるのが健全です。

    評価の見直しで、「誰が事業を営むか」がより重要になる

    事業型の土地活用では、これまで、オーナーが土地と建物を持ち、オーナー一族の会社(同族会社)に貸して事業を営む形がよく検討されてきました。土地は特定同族会社事業用宅地等として小規模宅地等の特例の対象となり得るうえ、所有と運営を分けやすいためです。

    しかし、貸付用不動産の評価見直しの通達案では、対象を「借家権の目的となっている家屋」とその敷地としています。オーナーが建てた建物を同族会社に貸せば、その建物はオーナーにとって貸家にあたり、取得・新築から5年以内であれば、原則として通常の取引価額に相当する金額で評価されることになります。特例の要件そのものは通達案で変わっていませんが、同族会社を通じて事業を営む形では、これまで想定されてきた効果が得られなくなる可能性があります。最終通達や今後の実務の取扱いによっては、さらに慎重な判断が求められる場面も考えられます。

    そこで改めて重要になるのが、オーナー個人が自ら事業を営むという形です。オーナー自身が事業に使う建物は、借家権の目的となる家屋ではないため、通達案で評価見直しの対象として掲げられていません。また、その敷地は、要件を満たせば特定事業用宅地等として400㎡まで80%の減額の対象となり得ます。ただし、どの形をとる場合でも、評価の差だけを目的にした計画は避けるべきことに変わりはありません。

    一方で、個人で営む事業には、会社とは異なる弱点があります。オーナーが亡くなると、事業用の預金口座は相続の手続が終わるまで動かしにくくなり、屋号や取引先との契約、事業用の土地・建物を誰が引き継ぐかが決まるまで、事業が止まってしまうおそれがあります。特定事業用宅地等の特例を受けるには、相続税の申告期限までに親族が事業を引き継ぎ、続けていることなどが求められるため、相続が起きても事業を途切れさせない仕組みを、事業を始める段階から用意しておくことが欠かせません。

    AEGISでは、こうした個人で営む事業の承継に備えて、商号の登記、事業用資金の管理を後継者に託す民事信託(いわゆる家族信託)、事業用不動産の承継先を定める遺言などを組み合わせ、事業を次の世代へつなぐための事業承継の仕組みを整えています。どの形で事業を営み、土地と事業をどうつなぐかは、土地の条件やご家族の状況によって最適な答えが変わります。事業型の土地活用を検討される段階から、承継の設計まで含めてご相談いただけます。

    事業と組み合わせるときに確認したいこと

    事業型の活用を長く続けるために、計画の早い段階で次の点を確認します。

    法規制:その事業の建物を、その土地に建てられるか

    用途地域によって、建てられる建物の用途や規模が制限されます。都市計画法上の市街化調整区域は「市街化を抑制すべき区域」とされ、建物を伴う開発は原則として厳しく制限されますが、周辺の住民の日常生活に必要な施設など一定の条件のもとで開発が認められる場合があります(都市計画法34条)。具体的な可否は都道府県等の許可基準や条例によります。事業の種類によっては、施設の基準や事業の許認可も必要です。

    運営:誰が事業を担うか

    ③のように外部の事業者に貸すのか、④のようにオーナー自身(またはオーナーの会社)で運営するのか、あるいは事業の運営を担う会社と協力するのかによって、オーナーの役割と収益の受け取り方が変わります。自ら運営する場合は、人材の確保と運営の仕組みづくりが中心的な論点になります。オーナー個人で営むか同族会社で営むかによって、評価や承継の扱いも変わります。

    出口:計画を見直すときの道筋を用意しておく

    事業用の建物は特定の用途に合わせた造りになりやすいため、転用しやすい間取りや設備にしておく、契約期間や中途解約の条件を整えておくなど、計画を見直すときの道筋を最初から用意しておくと、安心して事業に踏み出せます。

    承継:土地と事業を、それぞれ誰が引き継ぐか

    土地を引き継ぐ家族と、事業を担う人が同じとは限りません。オーナー個人で事業を営む場合は、事業を引き継ぐ家族が、事業用の土地・建物と事業用の資金、屋号や取引先との契約をまとめて引き継げるよう、遺言や民事信託で道筋をつけておくことが大切です。土地を持つ人と事業を運営する会社を分ける設計も選択肢の一つですが、前の項目で見たとおり評価見直しの影響を受け得るため、個人で営む形と比べて検討します。所有と運営を分ける設計の考え方は、関連記事「土地所有者と事業運営会社を分ける設計」で解説しています。

    AEGISが考える、新しい不動産活用

    AEGISグループでは、不動産を単なる賃貸収入の源泉として捉えるのではなく、地域の需要に応える事業を生み出すための経営資源として考えています。

    その実行を担うのが、アイジスソーシャルインパクト株式会社(AEGIS SOCIAL IMPACT)です。土地の立地、エリア特性、地域の人口構成、周辺の競合状況などを分析し、その場所に適した事業モデルを検討します。さらに、AEGISグループの税務・不動産・資産承継に関する専門性を組み合わせることで、事業収益だけでなく、オーナーの資産形成や将来の承継までを見据えた設計を目指します。オーナー個人で事業を営む場合には、商号の登記、事業用資金の民事信託、事業用不動産の遺言を組み合わせた事業承継の仕組みまで、一体で設計することができます。

    不動産の相続税対策が転換期を迎える今だからこそ、土地を「貸す資産」から「事業を生み出す資産」へと捉え直すことが、一つの重要な選択肢になるとAEGISは考えています。賃貸・事業・売却を含めた選択肢全体の比べ方は、関連記事「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」で整理しています。

    ▶ アイジスソーシャルインパクトの事業型土地活用について詳しく見る

    まとめ

    • 令和8年度税制改正の大綱を受けた通達案では、取得・新築から5年以内の貸付用不動産を、原則として通常の取引価額に相当する金額で評価する方向が示されています(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定)。
    • 実施されれば、相続税評価額の圧縮を主な目的とした賃貸不動産の取得・建築は、従来ほどの効果を期待できなくなる可能性があります。ただし、すべての賃貸不動産が対象になるわけではなく、小規模宅地等の特例が一律に廃止されるわけでもありません。
    • これからの土地活用では、立地や地域特性に合った事業を組み合わせ、不動産そのものの収益力を高める視点が重要になります。
    • 事業に使う宅地等は、要件を満たせば小規模宅地等の特例で400㎡まで80%の減額の対象となり得ますが、事業の収益性と税務上の要件はそれぞれ検証が必要です。
    • 評価の見直しにより、同族会社に建物を貸して事業を営む形では想定していた効果が得られない可能性があり、オーナー個人が事業を営む形が改めて重要になります。その場合は、相続が起きても事業を途切れさせない承継の仕組みを、あらかじめ用意しておくことが欠かせません。
    • 具体的な方法は、土地の条件とオーナー・家族の状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. これから賃貸アパートを建てても、相続税対策にはならないのですか?

    通達案が予定どおり実施されると、取得・新築から5年以内の貸付用不動産は、原則として通常の取引価額に相当する金額で評価されるため、評価額を下げる効果は従来より小さくなる可能性があります。ただし、5年を超えて保有した後の評価や、経過措置の対象になるケースなどもあり、影響は個別に異なります。相続税評価だけで判断せず、賃貸事業としての収支や、事業型の活用との比較もあわせて検討することが大切です。

    Q. アパート経営以外で、土地を収益化する方法はありますか?

    あります。店舗・医療・福祉・教育などの事業者に建物を貸す方法、事業用定期借地権等で事業者に土地を貸す方法、地域の需要に応える事業をオーナー自ら営む方法などがあります。どの方法が合うかは、土地の条件と地域の需要、オーナーが担える役割によって異なります。

    Q. 土地を事業に使うと、相続税で有利になりますか?

    小規模宅地等の特例では、事業(不動産貸付業等を除く)に使われていた宅地等は400㎡まで80%、不動産貸付業等に使われていた宅地等は200㎡まで50%の減額が、一定の要件のもとで認められます。ただし、建物を事業者に貸すだけでは事業用の区分にはならないこと、同族会社の場合の株式保有割合や事業の実態、申告期限までの継続・保有の要件、相続開始前3年以内に新たに事業に使い始めた宅地等の扱いなどがあり、適用の可否は個別に確認が必要です。

    Q. 自分で事業を運営する自信がない場合はどうすればよいですか?

    事業者に建物や土地を貸す方法のほか、事業の運営を担う会社と協力する方法もあります。土地を持つ側と事業を運営する側の役割を分けて設計すれば、オーナーが担える範囲から事業型の活用を始めることもできます。

    Q. 同族会社ではなく、オーナー個人で事業を営むと何が違いますか?

    オーナー自身が事業に使う建物は、借家権の目的となる家屋ではないため、通達案で評価見直しの対象として掲げられていません。敷地も、要件を満たせば特定事業用宅地等の対象となり得ます。一方、個人の事業は、オーナーが亡くなると口座が動かしにくくなるなど、事業が止まりやすい面があります。商号の登記、事業用資金の民事信託、事業用不動産の遺言などで、事業を途切れさせない仕組みをあわせて用意しておくことが大切です。

    Q. 市街化調整区域の土地でも、事業に使えますか?

    市街化調整区域では建物を伴う開発が厳しく制限されますが、周辺住民の日常生活に必要な施設など、一定の条件のもとで認められる場合があります。可否は自治体の基準によるため、早い段階で確認することをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える|評価と時価の差、分けやすさ、納税資金、承継後の運営から選ぶ

    不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える|評価と時価の差、分けやすさ、納税資金、承継後の運営から選ぶ

    相続を見据えて不動産をどうするかは、「残す」「売る」「組み替える」のどれが正解かではなく、物件ごとに役割を決める作業です。判断の軸は、相続税評価額と市場価格の差、家族で分けやすいか、納税資金をどう用意するか、引き継いだ人が運営し続けられるか、の4つに整理できます。

    そのうえで、時期の問題があります。国税庁は2026年9月に、課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する通達案を公表しました(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定、意見募集中で最終通達は未発遣)。相続の直前に賃貸物件を買い足す「組み替え」は、これまでと同じ前提では考えにくくなっています。

    この記事では、相続前の現状把握を終えた方が、次に「どう動くか」を選ぶための考え方を整理します。

    「残す・売る・組み替える」は物件ごとに選ぶ

    相続財産に占める不動産の比重は大きく、国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」(令和7年12月)では、相続財産の金額のうち土地が7兆4,074億円、家屋が1兆1,901億円で、合計24兆5,415億円に対し土地だけで約3割(30.2%)を占めています。不動産の扱いが相続全体の結果を左右しやすいのはこのためです。

    不動産の選択肢は、大きく次の3つです。

    • 残す:現状のまま保有し、誰が引き継ぐかを決めておく
    • 売る:相続前に売却して現金化する、または相続後に売却して納税や分割に充てる
    • 組み替える:売却と購入を組み合わせる(買い替え)、保有の主体を個人から法人に移す(法人化)、分けやすい資産に置き換える

    ここで大切なのは、すべての不動産に同じ答えを出す必要はないということです。収益力の高い物件は残し、収益が低く分けにくい物件は売る、という判断は自然です。まずは物件ごとに「この不動産は家族にとってどんな役割を持つのか」を言葉にしておくと、選択の理由が説明しやすくなります。

    現状の確認事項(評価・収益性・共有・納税資金)については、関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で整理しています。

    判断の4つの軸

    AEGISでは、物件ごとの判断を次の4つの軸で整理することをおすすめしています。

    判断の軸確かめること「残す」に向く状態「売る・組み替える」を検討したい状態
    1. 評価と時価の差相続税評価額と、実際に売れる価格の関係時価が評価額を十分に上回る評価額が時価に近い、または時価を上回る
    2. 分けやすさ相続人の数、物件の数、分割できる形か相続人ごとに引き継ぐ物件を割り当てられる1棟を複数人で共有するしかない
    3. 納税資金相続税の見込み額と、手元の金融資産金融資産や保険で納税できる見込みがある納税のために売却が避けられない
    4. 承継後の運営管理の手間、修繕、借入れ、後継者の意向引き継ぐ人が運営を続けられる管理できる人がいない、大規模修繕が迫る

    それぞれの軸を順に見ていきます。

    1. 評価と時価の差

    相続税の土地評価の基準となる路線価は、国税庁によれば地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(「令和8年分の路線価等について」)。一般的な土地では、相続税評価額は市場価格より低くなりやすいといえます。賃貸している土地や建物は、借家人の権利を考慮してさらに評価が下がります。

    一方で、形状が悪い土地、道路づけに問題がある土地、需要の弱い地域の土地などでは、評価額が実際に売れる価格を上回ることもあります。このような不動産を「相続税評価額が低いから」と残しても、家族にとっては評価額以上の価値を持たないことになります。

    • 時価が評価額を大きく上回る物件:残すことで相続税の計算上は有利に働きやすい
    • 評価額と時価が近い、または逆転している物件:相続前の売却や組み替えを比較する価値がある

    評価額が時価を上回る土地の扱いは、関連記事「時価が評価額を下回る土地は鑑定で申告できるか」で詳しく解説しています。

    2. 分けやすさ

    相続人が複数いるのに、大きな不動産が1つしかない場合、選択肢は「共有で相続する」「1人が相続して他の相続人に代償金を払う」「売却して代金を分ける」のいずれかになりがちです。

    共有は、その場では公平に見えても、将来の売却・建替え・大規模修繕のたびに共有者全員の調整が必要になります。共有者に次の相続が起きれば、関係者はさらに増えます。相続前の段階で、

    • 物件を分けられる形にしておく(区分できる建物、分筆できる土地など)
    • 相続人の数に合わせて、物件の数や種類を調整する
    • 代償金を払う人の資金の当てを確認しておく

    といった準備をしておくと、相続後の選択肢が広がります。

    3. 納税資金

    相続税の申告と納付の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 タックスアンサーNo.4205)。不動産が中心の財産構成では、この期限までに現金を用意できるかが重要な論点になります。

    相続後に不動産を売って納税する場合、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却すれば、支払った相続税の一部を譲渡所得の取得費に加算できる特例があります(租税特別措置法第39条、国税庁 タックスアンサーNo.3267)。売却益にかかる所得税・住民税を抑える効果があるため、「相続後に売る」という選択肢を検討するときの前提になります。ただし、売却が10か月の納付期限に間に合わない場合は、延納などの手当てが別に必要です。

    取得費加算の要件と計算は、関連記事「相続した不動産を売ったときの取得費加算」で、納税資金の準備方法の比較は「相続税の納税資金をどう準備するか」で解説しています。

    4. 承継後の運営のしやすさ

    賃貸不動産は、引き継いだ後も入居者対応、修繕、借入れの返済、確定申告が続きます。相続税の計算だけで「残す」を選ぶと、運営の負担を引き継ぐ人に集中させることになりかねません。

    • 引き継ぐ予定の人は、賃貸経営を続ける意思と時間があるか
    • 築年数から見て、近い将来に大規模修繕や建替えが必要か
    • 借入れの残高と返済期間は、賃料収入とのバランスがとれているか
    • 管理会社との契約内容を、引き継ぐ人が理解しているか

    運営を続けられる人がいない物件は、相続の前後どちらで売るかを含めて検討しておく必要があります。

    「売る」を選ぶとき:相続前か、相続後か

    売ると決めた場合でも、「相続前に本人が売る」か「相続後に相続人が売る」かで、税金と手続きが変わります。

    相続前に売る場合は、売却益に所得税・住民税がかかり、手元に残った現金が相続財産になります。現金は不動産より相続税評価額が高くなる(時価がそのまま評価額になる)ため、相続税の計算上は不利に働くことがあります。一方で、売り急ぐ必要がなく、本人の意思で売却条件を決められる、分けやすい財産に変わる、といった利点があります。

    相続後に売る場合は、相続税は不動産の評価額で計算されたうえで、売却時に取得費加算の特例を使える可能性があります。ただし、相続人どうしで売却の時期や価格に合意できないと、売却そのものが進まないおそれがあります。また、相続税の納付期限までに売却できるとは限りません。

    どちらが有利かは、相続税率、売却益の大きさ、相続人の関係、売却の難易度によって変わります。概算で両方の手取りを比べてから判断することが大切です。

    「組み替える」を選ぶとき:3つの型と注意点

    組み替えには、主に次の3つの型があります。

    組み替えの型ねらい主な注意点
    買い替え収益性の低い物件を、収益性や流通性の高い物件に替える売却時の譲渡所得課税、取得費用、借入れの増加、令和9年以後の評価見直し(通達案)
    法人化保有の主体を資産管理会社に移し、所得の分散や承継のしやすさを図る個人から法人への譲渡時の課税、登録免許税・不動産取得税、会社の株式の評価と承継
    現金化・分けやすい資産への置き換え分割と納税をしやすくする相続税評価額が上がる場合がある、運用先の選択

    買い替えと、令和9年以後の評価見直し

    これまで、相続前に賃貸用の不動産を購入すると、購入価格と相続税評価額の差によって相続税が軽くなる効果が注目されてきました。しかし、国税庁が2026年9月18日に意見募集を始めた「貸付用不動産の評価について(案)」では、次の考え方が示されています。

    • 課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産は、課税時期の「通常の取引価額」に相当する金額で評価する
    • ただし、取得価額がその時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は取得価額に地価変動率を乗じた金額、建物は取得価額から償却費相当額を控除した金額の、それぞれ80%で評価できる
    • 不動産小口化商品についても、別に評価方法を定める
    • 令和9年1月1日以後の相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用する

    案の段階であり、意見募集は2026年10月18日まで、最終的な通達はまだ定められていません。それでも、「相続直前に買えば評価が大きく下がる」という前提は、今後は成り立ちにくいと考えておくのが現実的です。買い替えを検討する場合は、評価の効果よりも、収益性、修繕負担、売却のしやすさといった物件そのものの力で判断する姿勢が一層重要になります。

    制度の内容は関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で、購入による対策の損得は「相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか」で解説しています。

    法人化

    資産管理会社に不動産を移すと、賃料収入が会社に入るため、役員報酬などを通じて家族に所得を分けることができます。また、相続の対象が不動産そのものではなく会社の株式になるため、分け方の設計の幅が広がることもあります。

    一方で、個人から会社に不動産を売る時点で、売却益への課税や移転のコストが発生します。会社の株式の評価や、会社をどう運営していくかという新たな論点も生まれます。法人化は相続のためだけに行うものではなく、長く保有する前提の物件で、所得と運営の両面から意味があるかを確かめて判断したい選択肢です。

    実務上注意したいポイント

    • 物件ごとの一覧を作る:評価額の目安、市場価格の目安、賃料収入、借入残高、築年数、引き継ぐ予定の人を1枚にまとめると、4つの軸で比べやすくなります。
    • 評価額だけで判断しない:相続税が下がっても、収益が低い、分けにくい、売れない物件では、家族の負担が残ります。
    • 相続直前の駆け込みを避ける:評価の見直し(通達案)に加え、評価通達の定めによらない評価が行われる場合もあります(最高裁令和4年4月19日判決)。行動の目的と経緯を説明できるようにしておくことが大切です。
    • 家族と方針を共有する:売る・残すの判断は、相続人の生活や意向と結びつきます。本人の判断の理由を、遺言やメモで残しておくと、相続後の対立を避けやすくなります。
    • 具体的な税額は個別に試算する:売却益、相続税率、特例の適用の可否で結論が変わります。

    AEGISの視点

    不動産の相続対策というと、「評価額をいくら下げられるか」に関心が集まりがちです。しかしAEGISは、相続前の不動産の見直しを「家族が引き継いだ後も、無理なく持ち続けられるポートフォリオに整える作業」と考えています。

    評価額を下げることは、手段の一つにすぎません。評価が下がっても、収益が低く、分けにくく、運営できる人のいない不動産を残せば、相続税は軽くなっても家族の負担は重くなります。逆に、評価額がやや高くても、収益力があり、引き継ぐ人が決まっている不動産は、家族にとって大切な財産であり続けます。

    令和9年以後の貸付用不動産の評価見直し(通達案)は、評価の差だけに頼る対策の見直しを促すものです。AEGISは、この変化を「不動産そのものの力で判断する」という本来の姿に立ち返る機会と捉えています。税(Tax)、所有の形(Ownership)、承継(Succession)を一枚の表で並べ、物件ごとに役割を決めること。それが、残す・売る・組み替えるを選ぶための出発点です。

    相続対策と事業承継を一体で考える全体像は、関連記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    不動産の評価や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続前の不動産は、「残す・売る・組み替える」を物件ごとに選びます。
    • 判断の軸は、評価と時価の差、分けやすさ、納税資金、承継後の運営のしやすさの4つです。
    • 売る場合は、相続前と相続後で税金と手続きが変わります。相続後の売却では取得費加算の特例が使える可能性があります。
    • 組み替えには、買い替え・法人化・現金化の型があり、それぞれ固有の注意点があります。
    • 課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産の評価見直し(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定・通達案)により、相続直前の購入による対策の効果は小さくなる見込みです。
    • 具体的な判断は、個別の試算と家族の意向の確認を踏まえて行うことが大切です。

    よくある質問

    Q. 相続税評価額が低い不動産は、残した方がよいのですか?

    一般的には、時価が評価額を大きく上回る不動産を残すと、相続税の計算上は有利に働きやすいといえます。ただし、収益が低い、分けにくい、管理できる人がいないといった事情があれば、家族の負担が残ります。評価だけでなく、分けやすさ・納税資金・運営のしやすさをあわせて判断することが大切です。

    Q. 不動産は相続前に売るのと、相続後に売るのとでは、どちらが有利ですか?

    一概には決まりません。相続前に売ると財産が現金になり、相続税の計算上は評価額が高くなることがあります。相続後に売ると、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの売却であれば取得費加算の特例を使える可能性がありますが、相続人の合意や納付期限との関係に注意が必要です。両方の手取りを試算して比べることをおすすめします。

    Q. 令和9年からの評価見直しは、すでに持っている賃貸物件にも関係しますか?

    国税庁の通達案では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産が対象とされています。長く保有している物件は、原則として対象外と考えられます。ただし、案の段階であり、増改築や建築中の扱いなどの細部を含め、最終的な通達の内容を確認する必要があります。

    Q. 共有で相続するのは避けるべきですか?

    共有がすべて悪いわけではありませんが、売却・建替え・大規模修繕のたびに共有者全員の調整が必要になり、次の相続で関係者が増えるおそれがあります。相続前に、物件を分けられる形にしておく、相続人ごとに引き継ぐ物件を割り当てる、といった準備を検討しておくと安心です。

    Q. 法人化すれば相続税は必ず軽くなりますか?

    必ず軽くなるとはいえません。個人から会社に不動産を移す時点で譲渡の課税や移転のコストが生じ、相続の対象は会社の株式に変わります。法人化は、所得の分散や運営のしやすさを含めて、長期の保有を前提に意味があるかを確かめて判断する選択肢です。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の紹介・仲介から取得後の管理までをつなげて考えます。
    • 不動産戦略と資産形成:物件選びの前に、投資規模・保有形態・融資・税務・出口を設計します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『相続税贈与税土地評価実務の教科書』岡部弘幸 著、比佐善宣 監修、現代書林(2020年)第6章「相続不動産の実務」
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局(2018年)第6章「納税資金問題と事業承継・相続対策」
  • 介護事業所の承継と休廃業|事業譲渡・株式譲渡・廃業を、指定・職員・利用者・施設の不動産から比べる

    介護事業所の承継と休廃業|事業譲渡・株式譲渡・廃業を、指定・職員・利用者・施設の不動産から比べる

    介護事業を続けられなくなったときの選択肢は、大きく分けて「会社ごと引き継ぐ(株式譲渡)」「事業所単位で引き継ぐ(事業譲渡など)」「休止・廃止する」の3つです。

    介護事業の承継がほかの業種と違うのは、事業が介護保険の指定の上に成り立ち、人員基準を満たす職員と、日々サービスを利用している方の生活が結びついている点です。廃業は「店を閉める」ことでは終わらず、利用者が別の事業者へ移れるよう調整する責任も伴います。

    そのため結論から言えば、介護事業では「続けるか、やめるか」を決める前に、引き継げる可能性を早めに確かめておくことが、利用者・職員・経営者自身にとって最も選択肢の多い進め方です。この記事では、指定・職員・利用者・施設の不動産という4つの軸から、承継と休廃業を比べます。

    介護事業者の休廃業はなぜ増えているのか

    東京商工リサーチの「2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査」(2026年1月公表)によると、2025年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の休廃業・解散は653件で、4年連続で過去最多を更新しました。内訳は訪問介護が465件と突出し、通所・短期入所が95件、有料老人ホームが23件と続きます。同じ年の倒産も176件と過去最多でした。

    同調査は、背景として慢性的な人手不足、他産業に比べた処遇改善の遅れ、大手の参入による競合、物価高による運営コストの上昇を挙げ、赤字が膨らむ前に早めに休廃業を選ぶ事業者が増えていると分析しています。

    こうした数字は、介護事業の経営者にとって「自分だけの問題ではない」ことを示しています。同時に、利用者や職員を抱えたまま事業を閉じる事例が増えていることも意味します。引き継ぐ側から見れば、人材と利用者を一体で受け入れられる事業所には一定の需要があるとも言えます。

    介護事業の承継で押さえたい4つの特徴

    1. 指定は「事業者」と「事業所」に結びついている

    介護保険の居宅サービスの指定は、事業を行う者の申請により、サービスの種類と事業所ごとに行われます(介護保険法70条1項)。指定は6年ごとに更新を受ける必要があります(同法70条の2第1項)。

    つまり、指定は「建物」や「看板」ではなく、誰が(どの事業者が)、どこで(どの事業所で)、何のサービスを行うかに対して与えられています。承継の方法によって、指定をそのまま使えるのか、引き継ぐ側で改めて手続が必要になるのかが変わります。

    2. 職員は「人員基準」を満たすための経営資源

    介護事業では、管理者や各サービスの専門職など、人員基準を満たす職員がいなければ事業を続けられません。引継ぎの対象として最も価値があるのは、設備よりも働き続けてくれる職員であることが少なくありません。

    3. 利用者の生活がかかっている

    利用者にとって事業所は生活の一部です。事業者が変わる場合や事業を閉じる場合は、本人・家族・ケアマネジャーへの説明と調整に時間がかかります。

    4. 施設の土地・建物がオーナー個人の財産であることが多い

    小規模な事業者では、事業所の建物や敷地を経営者個人やその家族が所有し、会社に貸しているケースがよくあります。事業の行き先と、不動産の行き先を別々に考える必要があります。

    3つの選択肢を比べる

    次の表は、AEGISが整理した比較の視点です。

    比較の軸株式譲渡(会社ごと)事業譲渡(事業所単位)休止・廃止
    指定法人が変わらないため原則そのまま。役員・管理者などの変更は届出引き継ぐ側で指定を受ける手続が必要になるのが一般的。空白期間を作らない調整が要る休止・廃止の1か月前までに届出
    職員雇用契約はそのまま続く一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す雇用の終了。再就職への配慮が必要
    利用者契約関係は続く(説明は必要)新しい事業者との契約に切り替える他の事業所への移行を調整する
    施設の不動産会社所有なら会社とともに移る。個人所有なら賃貸を続けるか売却するか譲渡対象に含めるか、賃貸で使ってもらうかを決める用途転換・売却・賃貸の検討
    借入・保証会社の借入は残る。経営者保証の扱いを交渉引き継がない負債は売り手側に残る資産の処分で返済。不足すれば保証の問題
    売り手の手取り株主が株式の対価を受け取る会社(個人事業なら事業主)が対価を受け取る清算後の残余財産のみ

    株式譲渡:指定と雇用を維持しやすい

    会社の株式を譲る方法では、事業者である法人そのものは変わりません。そのため指定や雇用契約、利用者との契約は原則として続きます。ただし、指定事業者は事業所の名称や所在地などに変更があったときは、10日以内に届け出る必要があります(介護保険法75条1項)。役員や管理者が交代する場合の届出事項は、所轄の自治体に確認しておきましょう。

    一方で、会社の過去の運営や債務も丸ごと引き継がれるため、買い手は介護報酬の請求内容や人員配置の記録、労務管理などを詳しく調べます。記録が整っていない会社ほど、価格や条件が厳しくなりがちです。

    事業譲渡:事業所ごとに切り出せるが、手続が多い

    複数の事業所のうち一部だけを譲る、あるいは個人事業として運営している事業所を譲る場合は、事業譲渡が中心になります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、個人事業主のM&Aでは事業譲渡を用いるのが通常であり、許認可の取得などの作業が必要になると説明しています。

    介護保険の指定は事業者に対して与えられるため、事業譲渡で事業者が変わる場合には、引き継ぐ側が改めて指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。指定日と譲渡日がずれるとサービス提供に空白が生じるため、早い段階で指定権者(都道府県・市町村)に相談し、スケジュールを合わせることが欠かせません。合併や会社分割による場合の扱いも含め、手続の詳細は自治体やサービスの種類によって異なるため、個別に確認が必要です。

    職員については、事業譲渡では雇用契約が自動的には移らず、一人ひとりの同意を得て引き継ぐ側と契約を結び直します。条件が大きく変わると転籍を望まない職員が出て、人員基準を満たせなくなるおそれもあります。

    休止・廃止:届出と利用者の移行が必須

    事業を廃止または休止する場合は、その日の1か月前までに届け出る必要があります(介護保険法75条2項)。さらに、届出をした事業者は、引き続きサービスを希望する利用者が必要なサービスを継続して受けられるよう、居宅介護支援事業者などとの連絡調整その他の便宜を提供しなければなりません(同法74条5項)。

    廃業を選ぶ場合も、「誰かに利用者と職員を引き継いでもらえないか」を同時に探ることで、地域のサービスを途切れさせずに済む可能性があります。

    施設の土地・建物をどうするか

    介護事業の承継では、施設の不動産が判断を左右することがあります。

    • 会社が所有している場合:株式譲渡なら会社とともに移ります。事業譲渡なら、不動産を譲渡対象に含めるか、売り手側に残して賃貸するかを決めます。
    • オーナー個人が所有し、会社に貸している場合:承継後も賃貸を続けるのか、買い手に売却するのかで、オーナーの手取りと将来の相続が変わります。賃料水準や契約期間は、買い手にとっても事業の採算を左右する条件です。
    • 補助金を受けて整備した施設の場合:用途の変更や処分に制限がかかることがあります。補助の条件を事前に確認しておきましょう。

    施設を福祉事業者に貸す場面の考え方は、関連記事「介護・保育施設に土地を貸すときの考え方」で整理しています。

    判断の順番:いつ、何を始めるか

    時期の目安やること
    2〜3年前事業所ごとの収支、職員の年齢構成と資格、利用者数の推移を一覧にする。施設の所有関係と借入・保証を確認する
    1〜2年前親族・職員への承継の可能性を確かめる。難しければ第三者への引継ぎを支援機関に相談する
    半年〜1年前引き継ぐ側と条件を詰める。指定の手続とスケジュールを自治体に相談する
    1か月前まで休止・廃止の場合は届出。利用者・家族・ケアマネジャーへの説明と移行の調整

    後継者が見つからない場合に、清算・第三者への引継ぎ・一部譲渡を手取りや人・資産の行き先で比べる考え方は、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」でも解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 秘密保持と職員への説明の順番:譲渡の検討が早い段階で広まると、職員の離職を招くことがあります。説明の時期と内容は、引き継ぐ側と相談して決めます。
    • 記録の整備:人員配置、加算の算定根拠、請求の記録が整っていることは、価格以前に「引き継げるかどうか」を左右します。
    • 価格は人と利用者で決まる:介護事業の価値は、設備よりも人員と利用者の安定性に左右されます。価格の考え方は関連記事「中小企業の譲渡価格はどう決まるか」で整理しています。

    • 相談先の活用:事業承継・引継ぎ支援センターや、よろず支援拠点などの公的窓口も利用できます。厚生労働省も、小規模な介護事業者の協働化・大規模化に関する資料や相談窓口を公表しています。

    AEGISの視点

    介護事業の承継では、「事業」「人」「利用者」「不動産」「会社の株式」がそれぞれ別の手続と別の相手を持っています。経営者が疲弊していると、これらをまとめて「もう閉じるしかない」と判断しがちです。

    AEGISは、まずこれらを分けて並べることが出発点だと考えています。事業所は他の事業者に引き継いでもらい、施設の土地・建物はオーナー家が持ち続けて賃料を受け取る。あるいは会社ごと譲り、不動産も合わせて売却して老後と相続の資金を確保する。分けて考えることで、利用者と職員を守りながら、オーナー家の資産と承継も設計できる選択肢が見えてきます。

    承継の検討は、経営の判断であると同時に、施設という不動産と、その先の相続の判断でもあります。事業承継をどこから始めるかの全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    事業用不動産の所有や承継にかかわる税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 介護事業を続けられないときの選択肢は、株式譲渡・事業譲渡などによる承継と、休止・廃止の3つに整理できます。
    • 介護保険の指定はサービスの種類と事業所ごとに与えられ、承継の方法によって指定の扱いが変わります。
    • 事業譲渡では、職員の同意と引き継ぐ側での指定手続が必要になるのが一般的です。
    • 休止・廃止は1か月前までの届出と、利用者が継続してサービスを受けられるための調整が求められます。
    • 施設の土地・建物は、事業の行き先とは別に、売る・貸す・残すを判断します。
    • 具体的な手続や可否は、サービスの種類や自治体、個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 介護事業所を譲り受ける側は、新たに指定を受ける必要がありますか?

    会社ごと引き継ぐ株式譲渡では、事業者である法人が変わらないため、指定は原則として続きます。事業譲渡などで事業者が変わる場合は、引き継ぐ側が指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。サービスの種類や自治体によって扱いが異なるため、計画の早い段階で指定権者に相談してください。

    Q. 廃業するとき、利用者にはいつまでに伝えればよいですか?

    事業の休止・廃止は、その日の1か月前までに届け出る必要があります。利用者が別の事業所へ移るには、ケアマネジャーとの調整を含めて時間がかかるため、届出よりも前に説明と移行の準備を始めるのが現実的です。

    Q. 赤字の事業所でも引き継いでもらえますか?

    可能性はあります。引き継ぐ側は、職員や利用者、地域での実績を評価することがあり、赤字であっても自社の運営に組み込めば採算が合うと考える場合もあります。ただし価格や条件は厳しくなりやすいため、判断が遅れるほど選択肢は狭まります。

    Q. 施設の建物は私個人の所有です。事業を譲っても建物は手元に残せますか?

    残せます。事業だけを譲り、建物は引き継いだ事業者に賃貸する形も選択肢です。その場合、賃料・契約期間・修繕の負担を明確にしておくことが、オーナー家の収入と将来の相続の両面で重要です。

    Q. 職員を全員引き継いでもらうことはできますか?

    株式譲渡であれば雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡では、職員一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す必要があります。労働条件の変化を丁寧に説明し、引き継ぐ側と雇用の継続について合意しておくことが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比べながら承継計画を検討します。
    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金・契約・金融機関対応などを確認します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.59-73、P.192-199

    その他参考資料

    • 東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』の休廃業・解散653件 苦境の『訪問介護』が押し上げ、過去最多を更新 ~2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査~」(TSRデータインサイト、2026年1月23日)
      https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202326_1527.html
      確認日:2026-10-10
  • 会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し|法人税の課税、配当・役員報酬・退職金・清算の比較、株価への影響

    会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し|法人税の課税、配当・役員報酬・退職金・清算の比較、株価への影響

    資産管理会社で持っている物件を売ると、税金はどうなり、売却代金はどうすれば個人の手元に移せるのか。個人で売る場合と比べて、考えることが一段多いのが法人保有の物件の売却です。

    結論から言えば、ポイントは次の3つです。

    • 会社の課税:売却益は会社の他の損益と合算され、法人税等の対象になります。個人のような長期・短期の区分や分離課税はありません。
    • お金の取り出し:売却代金は会社のものです。個人に移すには、役員報酬・役員退職金・配当・会社の清算・会社への貸付金の返済などの方法があり、それぞれ課税のされ方が違います。
    • 株価への影響:物件が現金に変わることで、自社株の相続税評価額が上がることがあります。

    この記事では、売却から資金の取り出し、株式の承継までを一つの流れとして整理します。

    会社が物件を売ったときの課税

    売却益は「会社の所得」に合算される

    会社が不動産を売ったときの売却益は、売却価額から、帳簿価額(土地は取得価額、建物は減価償却後の未償却残高)と譲渡費用を差し引いた金額です。この売却益は、賃料収入などの他の損益と合算され、その事業年度の所得として法人税等の対象になります。

    個人の売却と比べると、主に次の違いがあります。

    項目個人で売る場合会社で売る場合
    課税の方式他の所得と分離して課税(分離課税)会社の他の損益と合算して課税
    所有期間による区分長期・短期で税率が違う区分なし
    損失が出た場合原則として他の所得と相殺できない他の損益と相殺でき、繰越欠損金にもなり得る
    売却代金の行き先個人の手元に入る会社に入る(個人に移すには別の手続と課税)

    ※国税庁 No.3202・No.2250などをもとにAEGISが整理しました。

    法人税の税率

    法人税の税率は、資本金1億円以下の中小法人などでは、年800万円以下の所得部分に軽減税率(15%。所得が年10億円を超える事業年度は17%)が適用され、それを超える部分は23.2%です(国税庁 No.5759、令和7年4月1日現在法令等)。実際の負担は、法人住民税や法人事業税などを合わせて考える必要があり、令和8年4月からは防衛特別法人税も創設されています。

    売却益が大きい年は、会社の所得が一時的に大きくなり、軽減税率の範囲を大きく超えることになります。また、法人の土地の譲渡益に対する追加課税(いわゆる土地重課)は、現在、適用が停止されています。

    会社が使える特例

    会社が事業用の資産を売って一定の資産に買い換える場合には、法人向けの「特定の資産の買換えの場合の課税の特例」があり、圧縮記帳によって売却益の課税を繰り延べられることがあります。個人の買換え特例と同じく、課税がなくなるわけではなく、買い換えた資産の帳簿価額が小さくなる仕組みです。個人の買換え特例の考え方は、関連記事「収益不動産を買い替えるときの課税の特例」で整理しています。

    売却代金を個人に移す方法を比べる

    売却で会社に入った資金は、そのままではオーナー個人のお金ではありません。個人に移す主な方法は次のとおりです。

    方法会社側個人側主な注意点
    役員報酬損金(定期同額給与などの要件あり)給与所得として総合課税売却した年だけ増額することは難しい。社会保険料も増える
    役員退職金原則として損金(不相当に高額な部分は除く)退職所得(原則、控除後の2分の1に課税)退任の実態が必要。役員勤続5年以下は2分の1計算なし
    配当損金にならない配当所得(源泉徴収のうえ総合課税、配当控除あり)法人税を払った後の利益から支払う
    会社の清算残った財産の処分益に法人税等残余財産のうち資本金等を超える部分はみなし配当会社がなくなり、承継の器も失う
    会社への貸付金の返済課税なし課税なし(元本の返済)オーナーが会社に貸し付けている残高の範囲に限られる

    ※国税庁 No.5211・No.1420・No.1330などをもとにAEGISが整理しました。

    役員報酬:売却の年だけ増やすことは難しい

    役員報酬は会社の損金になりますが、損金になるのは、毎月同額の「定期同額給与」、事前に税務署へ届け出た「事前確定届出給与」、一定の「業績連動給与」のいずれかに該当するものに限られます(No.5211)。物件が売れたからといって、事業年度の途中で役員報酬を引き上げても、原則として増額分は損金になりません。役員報酬は、売却代金を一度に移す手段というより、会社の毎年の利益を継続的に配分する手段と考えるのが現実的です。

    役員退職金:売却益と同じ年に損金が生じる

    役員退職金は、不相当に高額な部分を除いて会社の損金になり、個人の側では退職所得として、退職所得控除額を差し引いた後の2分の1が課税対象になります(No.1420)。物件の売却益が出る事業年度に役員退職金を支給すれば、会社では売却益と退職金の損金が同じ年に計上され、個人では他の所得と分けて比較的軽い負担で受け取れることになります。

    ただし、退職金には実際に退任している、または職務内容が大きく変わっている実態が必要です。また、役員としての勤続年数が5年以下の場合は「特定役員退職手当等」として2分の1の計算が適用されません(No.1420)。退職金の時期や金額の考え方は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で詳しく扱っています。

    配当:法人税の後に、もう一度課税される

    配当は会社の損金にならず、法人税等を負担した後の利益から支払います。非上場株式の配当は、支払時に源泉徴収されたうえで原則として総合課税となり、配当控除の対象になります(No.1330)。所得税・住民税の税率が高い方では、法人税と配当課税の二重の負担が重くなりやすいため、大きな売却益を一度に配当で移すと負担が大きくなることがあります。

    清算:会社をたたんで残余財産を受け取る

    物件を売り終えて会社を使う予定がなくなった場合は、会社を解散・清算して、残った財産を株主に分配する方法もあります。個人株主が受け取った残余財産のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として配当所得になり、残りの部分は株式の譲渡として扱われます。会社に長年蓄積した利益を一度に受け取ることになるため、その年の個人の税負担が大きくなりやすい点に注意が必要です。解散・清算の手続と税務は、関連記事「資産管理会社の解散・清算を考えるとき」で整理しています。

    会社への貸付金の返済

    オーナーが会社に資金を貸し付けている場合、その返済を受けるのは元本の回収であり、会社・個人とも課税は生じません。物件の取得時にオーナーが資金を出している資産管理会社は多いため、売却代金の使い道を考える前に、会社とオーナーの間の貸し借りの残高を確認しておくことが出発点になります。会社とオーナーの資金の整理については、関連記事「資産管理会社と事業会社の資金管理」も参考になります。

    売却が自社株の評価に与える影響

    資産管理会社の株式を家族に引き継ぐ予定がある場合は、売却が株価(相続税評価額)にどう影響するかも確認しておく必要があります。

    純資産価額:物件が現金に変わると評価が上がりやすい

    資産管理会社の株式は、会社の資産を相続税評価額で評価し直して計算する「純資産価額」の影響を強く受けます。賃貸している土地や建物は、路線価や固定資産税評価額を基に評価され、賃貸による減額も考慮されるため、一般に時価より低く評価されます。一方、物件を売って得た現金は、そのままの金額で評価されます。そのため、物件を売却して現金に変わると、純資産価額が上がることが多くなります。

    また、純資産価額の計算では、相続税評価額と帳簿価額の差(評価差額)から法人税額等に相当する金額(現行38%)を控除できます(財産評価基本通達185・186-2)。売却によって評価差額の構成も変わるため、売却前後で株価を試算しておくことが大切です。

    さらに、売却代金で別の不動産を取得した場合、取得後3年以内の土地や建物は、通常の取引価額で評価されます(財産評価基本通達185)。買い替えた直後に相続が起きると、評価が下がらない点にも注意が必要です。

    類似業種比準価額:売却益は利益から除かれる

    会社の規模によっては、同業種の上場会社と比べる「類似業種比準価額」も株価の計算に使われます。この計算で用いる1株当たりの利益金額からは、固定資産の売却益などの非経常的な利益が除かれます(財産評価基本通達183)。売却益で会社の利益が一時的に増えても、この要素がそのまま上がるわけではありません。

    会社の区分が変わることもある

    資産のうち土地等の割合が高い会社は「土地保有特定会社」として、原則として純資産価額で評価されます。物件を売って資産の構成が変わると、この判定も変わる可能性があります。判定の考え方は、関連記事「土地保有特定会社・株式等保有特定会社とは」で扱っています。

    売却の前に決めておきたい順番

    順番確認すること
    1. 売却後の会社の役割会社を続けて別の運用に使うか、清算するか
    2. 会社の課税の見込み売却益、他の損益、繰越欠損金、法人税等の概算
    3. 貸し借りの残高オーナーから会社への貸付金、会社からの借入れ
    4. 取り出す金額と方法退職金・配当・清算・報酬の組合せと個人の税負担
    5. 株式の承継売却前後の株価、株式を誰にいつ移すか
    6. 次の運用先会社で再投資するか、個人で使うか

    ※AEGISが売却前の整理のために作成した一覧です。

    個人で保有する物件を売る場合の手取りの考え方は、関連記事「不動産を売却したとき、税引後にいくら残るか」で整理しています。

    AEGISの視点

    資産管理会社で持つ物件の売却は、「会社の税金」と「個人の税金」の二段階で考える必要があります。多くの場合、会社の段階の売却益の税金だけに目が向きがちですが、オーナー一族の手元に最終的に何が残るかは、売却後のお金を会社に残すのか、個人に移すのか、移すならどの方法を使うのかで大きく変わります。

    AEGISは、法人保有物件の売却を、会社という「器」をこれからどう使うかを決める機会だと考えています。会社を続けるなら、売却代金は次の物件や他の資産に再投資され、株式の承継の設計が重要になります。会社を閉じるなら、清算の時期と個人の税負担、家族への分け方を一緒に設計する必要があります。役員退職金は売却益と同じ年に損金を生む有力な手段ですが、オーナーが本当に退任するのか、会社の経営を誰が引き継ぐのかという判断と切り離すことはできません。

    売却の契約を結ぶ前に、会社と個人、そして次の世代の株式までを一枚の表に並べて比較すること。それが、税負担と家族の資産の両方を守る近道です。資産管理会社の全体像は、親記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で整理しています。

    会社と個人にまたがる資産税務・承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 会社が物件を売ったときの売却益は、会社の他の損益と合算され、法人税等の対象になります。個人のような長期・短期の区分はありません。
    • 売却代金を個人に移す方法には、役員報酬・役員退職金・配当・清算・貸付金の返済があり、会社と個人の課税のされ方がそれぞれ異なります。
    • 役員報酬は事業年度の途中で増やしても原則として損金になりません。役員退職金は退任の実態が前提です。
    • 物件が現金に変わると、純資産価額が上がり、自社株の評価が高くなることがあります。買い替えた不動産は取得後3年以内は通常の取引価額で評価されます。
    • 売却前に、会社の役割、課税の見込み、資金の取り出し方、株式の承継を順番に整理することが大切です。具体的な判断は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 会社で持っている物件を売った場合も、所有期間5年超かどうかで税率が変わりますか?

    変わりません。個人の土地・建物の売却には所有期間による長期・短期の区分がありますが、会社の売却益は他の損益と合算して法人税等が課税され、所有期間による税率の区分はありません。

    Q. 物件が売れた年に、役員報酬を増やして利益を減らすことはできますか?

    事業年度の途中で役員報酬を引き上げても、定期同額給与などの要件を満たさない増額分は、原則として損金になりません。売却の年の利益を役員報酬で調整することは難しいと考えておく必要があります。

    Q. 売却益が出る年に役員退職金を支給するのは問題ありませんか?

    役員が実際に退任する、または職務内容が大きく変わるなど退職の実態があり、金額が不相当に高額でなければ、退職金は会社の損金になります。売却益と同じ年に支給すること自体は可能ですが、退任の実態や金額の根拠が問われるため、慎重な準備が必要です。

    Q. 売却代金を配当で受け取る場合と、会社を清算して受け取る場合では何が違いますか?

    配当は会社を続けたまま利益の一部を受け取る方法で、配当所得として課税されます。清算は会社をなくして残った財産をまとめて受け取る方法で、資本金等を超える部分はみなし配当として配当所得になります。清算では会社という承継の器もなくなるため、会社を今後どう使うかと合わせて判断します。

    Q. 物件を売却すると、自社株の評価は下がりますか?

    多くの場合、上がる方向に働きます。賃貸不動産は相続税評価額が時価より低くなりやすい一方、売却代金の現金は額面で評価されるためです。会社の株式を家族に引き継ぐ予定がある場合は、売却前後で株価を試算しておくことが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 資産管理会社:資産管理会社の設立と既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで確認します。
    • 不動産戦略と資産形成:物件選びの前に、投資規模・保有形態・融資・税務・出口を設計します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社、2014年、P.201-209
    • 『現物分配制度の実務詳解―法務・税務・会計上の取扱いと活用法』勝間田学・西村美智子・中島礼子・松下欣親・金井孝晃 著、中央経済社、2012年、P.76-86
  • 時価が評価額を下回る土地は鑑定で申告できるか|路線価が高すぎる土地の見極め方、鑑定評価による申告と更正の請求

    時価が評価額を下回る土地は鑑定で申告できるか|路線価が高すぎる土地の見極め方、鑑定評価による申告と更正の請求

    路線価などで評価した額が、実際に売れる価格(時価)を上回ってしまう土地は、不動産鑑定士による鑑定評価額で申告することが考えられます。相続税は財産の「時価」で課税するのが法律上の原則であり、財産評価基本通達による評価額は、その時価を求めるための方法だからです。

    ただし、鑑定評価額で申告すれば必ず認められるわけではありません。国税不服審判所の裁決では、納税者の鑑定評価が合理性を欠くとして採用されなかった例も少なくありません。まずは評価通達の範囲で減額要素を漏れなく反映し、それでも時価を上回る場合に、費用とリスクを見比べて鑑定を検討する、という順番が大切です。

    この記事では、評価額が時価を上回る土地への対応を、申告前と申告後の両面から整理します。

    なぜ評価額が時価を上回ることがあるのか

    相続税法第22条は、相続などで取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めています。国税庁の財産評価基本通達は、時価を「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」とし、その価額は通達の定めによって評価した価額によるとしています(評価通達1(2))。

    路線価は、地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(国税庁「令和8年分の路線価等について」)。標準的な土地であれば、評価額は時価より低くなるのが一般的です。違いが生じる仕組みは、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格はなぜ違うのか」で解説しています。

    しかし、評価通達は多くの土地を画一的に評価するための仕組みであり、個々の土地のすべての事情を織り込めるわけではありません。通達に定めのない減価要因を持つ土地や、補正率では価値の低さを十分に反映できない土地では、評価額が時価を上回ることがあります。

    評価額が時価を上回りやすい土地

    実務上、次のような土地で評価額が時価を上回りやすいとされています。

    土地の特徴時価が低くなる理由評価通達で反映できる範囲
    道路に接していない、接道が不十分な土地建物が建てられず、買い手が限られる無道路地の補正などで減額できるが、道路までの距離が短いと減額幅が小さい
    道路との高低差が大きい土地、崖状の土地造成に多額の費用がかかる利用価値の著しい低下(10%減)やがけ地補正などで一部反映
    需要の弱い別荘地・原野化した土地そもそも取引が少ない倍率方式では固定資産税評価額の水準に左右される
    広く、分割しても使いにくい土地開発の負担が大きい地積規模の大きな宅地の評価に該当しない場合は反映しにくい
    市街地の中の山林・傾斜地造成費が高く、宅地化しにくい造成費の控除で一部反映
    建築制限・利用制限のある土地(都市計画道路予定地、埋蔵文化財包蔵地など)利用が制約される一部は補正の定めあり、ないものは個別に検討

    このような土地では、「自分ならこの価格で買うか」と評価額を見直してみることが、時価との逆転に気づくきっかけになります。

    まず評価通達の範囲で下げきる

    鑑定を検討する前に確認したいのは、評価通達で認められている減額要素を見落としていないかです。無道路地としての補正、不整形地の補正、セットバック、がけ地、利用価値が著しく低下している宅地、地積規模の大きな宅地など、通達には多くの減額の定めがあります。

    鑑定を考えたものの、実際には通達上の減額要素が反映されていなかっただけ、というケースもあります。通達による評価を正しく行えば、鑑定と同じ程度まで評価額が下がることもあり、その場合は鑑定費用をかける必要はありません。土地の形状などの減額要素の点検は、親記事「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」で解説しています。

    鑑定評価による申告の考え方

    認められるための条件

    評価通達は法律ではなく、国税庁内部の取扱いを示すものです。法律が求めるのは時価による評価であるため、通達による評価額が時価を上回ることが明らかな場合には、時価を示す合理的な根拠に基づいて申告することが考えられます。

    ここで問題になるのは、「鑑定評価額が本当にその土地の時価を表しているか」を、納税者側が合理的に説明できるかです。国税不服審判所の裁決では、次のような理由で納税者の鑑定評価が採用されなかった例が見られます。

    • 画地条件の補正の計算や、減価の割合の根拠を示す資料に不十分な点がある
    • 不動産鑑定評価基準が求める手法(取引事例比較法や収益還元法など)を適切に関連づけていない
    • 鑑定評価額の決定の過程を、鑑定評価書から検証できない

    鑑定評価が認められるかどうかは、結論の金額だけでなく、評価の過程が不動産鑑定評価基準に沿って説明されているかによります。依頼する側も、鑑定評価書がその検証に耐える内容になっているかを確認しておくことが大切です。

    鑑定を検討する順番

    AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

    段階行うこと判断のポイント
    1. 気づく評価額と市場の相場感を比べる不動産会社の査定や、近隣の取引の状況を確認
    2. 通達で下げきる通達上の減額要素を漏れなく反映無道路地・高低差・形状・規模・利用制限などを点検
    3. 差を確かめる通達評価額と想定される時価の差を把握簡易な査定や机上の概算で、差の大きさを確認
    4. 費用対効果を見る税額の減少見込みと鑑定費用を比べる相続税率が高いほど、差が税額に与える影響は大きい
    5. リスクを理解する税務調査で認められない可能性を家族で共有認められなかった場合の追加の税負担も想定
    6. 依頼する相続税の土地評価に詳しい不動産鑑定士に依頼評価の過程が基準に沿って説明されているか確認

    鑑定評価額で申告する場合は、できる限り当初の申告から鑑定評価額を用いることが望ましいと考えられます。税務署からの問い合わせに備えて、鑑定評価書のほか、時価が低い理由を示す資料(役所調査の記録、現地の写真、査定書など)を整えておきます。

    売却した価格は時価の根拠になるか

    相続後に実際にその土地を売却した場合、その売却価格は時価を考える有力な材料になります。ただし、売り急いだことによる値下げや、相続から売却までの時間の経過、買主との特殊な関係などがあると、売却価格がそのまま相続の時点の時価とは認められないこともあります。売却価格を根拠にする場合も、取引の経緯を説明できるようにしておくことが大切です。

    申告後に気づいた場合:更正の請求

    すでに通達による評価額で申告を終えた後に、時価がそれを大きく下回ることに気づいた場合は、更正の請求を検討します。法定申告期限から5年以内であれば、税額が過大であったことを理由に更正の請求ができます(国税通則法第23条)。

    更正の請求では、納税者の側で、当初の評価が時価を上回っていたことを示す必要があります。鑑定評価書を添付するのが一般的ですが、当初申告の場合と同様に、評価の合理性が問われます。更正の請求の手続きと期限は、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    なお、相続の後に地価が下落したり災害で価値が下がったりした場合は、相続の時点の時価の問題とは別の論点です。そのような場合の考え方は、関連記事「申告後に相続財産の価値が下がったときにできること」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    • 時価が評価額より高い土地とのバランス:同じ相続で、評価額が時価より低い土地と高い土地が混在していることがあります。特定の土地だけ鑑定で下げる判断は、全体の説明として一貫しているかも確認します。
    • 遺産分割の基準との関係:遺産分割は時価を基準に話し合われることが多く、評価額と時価が逆転している土地を誰が引き継ぐかは、公平性の問題にもなります。
    • 鑑定費用と期間:鑑定には費用と時間がかかります。申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までのスケジュールに余裕を持って検討します。
    • 土地の活用・売却の判断にもつなげる:時価が低い土地は、相続後に持ち続けるか、売却や活用を検討するかの判断も必要になります。
    • 具体的な判断は個別に:鑑定評価が認められるかは、土地の事情と評価の内容によって異なります。

    AEGISの視点

    評価額が時価を上回る土地は、相続税の計算上だけでなく、家族にとっても「持ち続けるほど負担になりやすい財産」であることが多いものです。建物が建てられない、造成に費用がかかる、買い手がいない。こうした土地は、相続税を多く納めたうえに、その後の管理費や固定資産税の負担も続きます。

    AEGISは、こうした土地の評価の見直しを、税額の問題であると同時に、その土地を今後どうするかを決める機会と考えています。鑑定を検討する過程で把握した時価や利用上の制約は、相続後に売却するのか、活用するのか、別の相続人が引き継ぐのかを判断する材料にもなります。評価の議論で終わらせず、不動産の今後の方針までつなげることが大切です。

    不動産の評価や相続税の申告に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    申告済みの土地について、評価を見直せるかどうかを確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税は時価で課税するのが原則で、評価通達による評価額は時価を求めるための方法です。
    • 接道や高低差、規模、利用制限などの事情がある土地では、評価額が時価を上回ることがあります。
    • まず評価通達の範囲で減額要素を漏れなく反映し、それでも時価を上回る場合に鑑定評価を検討します。
    • 鑑定評価額による申告は、評価の過程が合理的に説明できる場合に認められる余地があり、不採用となった裁決例も多くあります。
    • 申告後に気づいた場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます。
    • 費用対効果とリスクを家族で共有したうえで判断することが大切です。

    よくある質問

    Q. 路線価で評価した額が売れる価格より高い場合、そのまま申告しなければなりませんか?

    必ずしもそうではありません。相続税は時価で課税するのが原則であり、評価通達による評価額が時価を上回ることを合理的に示せる場合は、不動産鑑定評価額などで申告することが考えられます。ただし、まずは評価通達で認められている減額要素が反映されているかを確認することが先です。

    Q. 鑑定評価額で申告すれば、必ず認められますか?

    必ず認められるわけではありません。取引事例の選び方や補正の計算、評価手法の適用に不適切な点があるとして、鑑定評価が採用されなかった裁決例があります。相続税の土地評価に詳しい不動産鑑定士に依頼し、評価の過程を説明できるようにしておくことが大切です。

    Q. 鑑定費用をかける価値があるかは、どう判断すればよいですか?

    通達評価額と想定される時価の差に、相続税の税率を掛けた額が、税額の減少の目安になります。この目安と鑑定費用を比べ、さらに認められなかった場合の追加の税負担の可能性も考えて判断します。差が小さい場合は、鑑定を行わない判断も合理的です。

    Q. 申告後に評価額が高すぎたと気づいた場合、どうすればよいですか?

    法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求ができます。鑑定評価書などで、当初の評価額が時価を上回っていたことを示す必要があります。期限が近い場合は、早めに検討を始めることをおすすめします。

    Q. 相続後に売った価格が評価額より低い場合、その価格で申告し直せますか?

    売却価格は時価を考える有力な材料になりますが、売り急ぎや相続からの時間の経過などがあると、そのまま相続の時点の時価とは認められないこともあります。売却の経緯を含めて、相続の時点の時価として説明できるかを確認する必要があります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 不動産の最適活用:立地・敷地・建物・周辺需要・投資負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用を比較します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『相続税・贈与税 土地評価実務テキスト』鎌倉靖二 著、税務研究会出版局(2014年)Ⅴ「財産評価基本通達に従った評価額が時価よりも高くなる場合とその対処法」、ワンポイントQ&A
    • 『税理士を悩ませる相続・贈与の土地評価Q&A 第2集』鎌倉靖二 著、ぎょうせい(2023年)15「時価」
    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2012年)CASE6・CASE11
  • 個人で買うか、資産管理会社で買うか|「次の1件」の購入名義を決める前に確認したい6つの項目

    個人で買うか、資産管理会社で買うか|「次の1件」の購入名義を決める前に確認したい6つの項目

    すでに個人で賃貸物件を持っている方や、資産管理会社を設立した方が次の物件を検討するとき、「今回は個人と会社のどちらで買うべきか」という問いに必ず突き当たります。「法人で買えば税負担を抑えられる」と聞くこともあるかもしれません。

    結論から言えば、購入名義は税率だけでは決まりません。税負担に加えて、融資の受けやすさ、管理の手間、売却したときの課税と資金の取り出し方、家族への引き継ぎ方まで並べて比べる必要があります。しかも名義は、あとから変えようとすると譲渡の課税や登記の費用がかかるため、購入前に決めることが最も負担の少ない選択になります。

    この記事は、個人保有と法人保有の考え方を比べた親記事を踏まえ、「次の1件」の名義を実際に決めるための確認項目をチェックリストとしてまとめたものです。

    先に整理しておきたい3つの前提

    チェックリストに入る前に、次の3点を整理しておくと、判断がぶれにくくなります。

    1. この物件の収益を、誰がいつ使うのか:毎年の生活費に充てるのか、再投資に回すのか、将来の家族のために蓄えるのか。
    2. すでに持っている資産と借入れの全体像:個人と会社それぞれの物件、借入残高、毎年の所得。
    3. 将来、誰に引き継ぎたいのか:配偶者、子、複数の子に分けるのか。

    この3点は、以下の6項目のすべてに関係します。

    チェック1:税負担は「毎年の税率」と「取り出すときの税」をセットで見る

    個人で物件を持つ場合、賃料から経費を差し引いた不動産所得は、給与所得などと合算して累進税率で課税されます。所得が高い方ほど、追加の不動産所得にかかる税率も高くなります。

    会社で持つ場合は、法人税等が課されます。法人税の税率は23.2%で、資本金1億円以下の中小法人などは所得のうち年800万円以下の部分に軽減税率が適用されます(法人税法第66条。租税特別措置法第42条の3の2により、令和9年3月31日までに開始する事業年度は15%。所得が年10億円を超える事業年度は17%)。このほか、地方法人税や住民税・事業税などもかかります。

    ただし、比べるべきは税率の差だけではありません。会社に残った利益を個人が使うには、役員報酬や配当として受け取る段階で、もう一度個人の税金がかかります。会社の利益を再投資や返済に回し、個人がすぐに使わないのであれば、法人保有の税率の差が生きやすくなります。反対に、収益の多くを個人の生活費に充てるのであれば、差は小さくなります。

    チェック2:融資は「誰の信用で借りるか」を確認する

    金融機関の審査の見方は、名義によって変わります。

    • 個人で借りる場合:給与などの収入、勤務先や勤続年数、既存の借入れと返済の負担割合など、個人の属性が重視されます。
    • 会社で借りる場合:会社の決算書(収益力・純資産・借入れの状況)が審査の中心になります。ただし、設立して間もない資産管理会社は決算の実績が乏しく、実際には代表者個人の収入や資産、連帯保証を前提に審査されることが少なくありません。

    確認したいのは、次の点です。

    • 今回の物件を会社で買う場合、金融機関は会社と個人のどちらの何を見るか
    • 代表者の連帯保証が求められるか
    • 個人で借りた場合に、将来の自宅購入など個人の借入れの枠にどう影響するか

    会社の決算書が融資にどう影響するかは、関連記事「資産管理会社の決算書が融資に与える影響」で詳しく整理しています。

    チェック3:管理の実態とコストを見積もる

    会社で物件を持つと、会社としての記帳・決算・法人税の申告、役員の任期管理や登記、決算を承認する手続きなどが毎年発生します。所得がなくても住民税の均等割はかかり、税理士などへの報酬も必要です。

    一方で、すでに資産管理会社がある場合は、物件を1件追加しても固定的なコストはあまり増えません。「会社を新たにつくってから買う」のか「既存の会社で買う」のかで、法人保有の負担感は大きく変わります。

    チェック4:売却時の課税と、売却代金の行き先

    物件を売却したときの課税の仕組みは、個人と会社で大きく異なります。

    個人の場合、土地・建物の譲渡所得は他の所得と分けて課税され(分離課税)、譲渡した年の1月1日現在で所有期間が5年を超えるかどうかで税率が変わります。所得税の税率は長期15%・短期30%で、このほか復興特別所得税と住民税がかかります(国税庁タックスアンサーNo.1440)。売却代金は、税金を納めた後、そのまま個人の資金になります。

    会社の場合、売却益は会社のその年の所得に含まれ、他の収益や費用と合わせて法人税等が計算されます。所有期間による税率の区分はありません。一方で、売却代金は会社のお金であり、個人が使うには役員報酬・配当・会社への貸付金の返済などの形で取り出す必要があります。取り出し方によって、個人側の課税が変わります。

    会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し方は、関連記事「会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し」で扱います。

    チェック5:家族への承継は「物件を渡す」か「株式を渡す」か

    承継の方法は、名義によって根本的に違います。

    個人で持つ場合は、物件そのものを相続や贈与で引き継ぎます。相続税の計算では、要件を満たせば貸付事業用宅地等として、200㎡までの部分について評価額を50%減額できる小規模宅地等の特例があります。ただし、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供した宅地等は、一定の場合を除いて対象外とされています(国税庁タックスアンサーNo.4124)。また、物件は分けにくいため、相続人が複数いると共有や分割の問題が起こりやすくなります。

    会社で持つ場合は、物件ではなく会社の株式を引き継ぎます。株式は数を分けて少しずつ贈与することができ、物件を動かさずに承継を進められる利点があります。株式の評価では、会社の資産を相続税評価額で評価し直して計算する方法(純資産価額)が使われることが多く、その際、会社が課税時期前3年以内に取得・新築した土地や建物は、通常の取引価額で評価することとされています(財産評価基本通達185)。購入直後の物件については、相続税評価額による評価の差が株価に反映されない点に注意が必要です。

    チェック6:あとから名義を変えるコストを知っておく

    「まず個人で買い、あとで会社に移せばよい」と考える方もいます。しかし、個人から会社へ物件を移すと、原則として個人に譲渡所得の課税が生じ、会社側では不動産取得税や登録免許税がかかります。借入れがある場合は、金融機関の承諾や借換えも必要です。

    個人保有の物件を法人へ移す前に比べるべき点は、関連記事「個人保有の不動産を法人へ移す前の比較」で整理しています。

    購入名義を決めるためのチェックリスト

    ここまでの項目を、購入前に埋める一枚にまとめると次のようになります。

    確認項目個人で買う場合に確認すること会社で買う場合に確認すること
    毎年の税負担給与等と合算した税率で、追加の所得にかかる税負担法人税等の負担と、その利益を個人が受け取るときの税負担
    収益の使い道生活費に充てるか、再投資するか会社に残して再投資・返済に回せるか
    融資個人の返済負担割合、今後の個人の借入れへの影響審査で見られるのは会社の決算か個人か、連帯保証の有無
    管理の手間確定申告、帳簿の管理記帳・決算・申告・登記、均等割と専門家報酬
    売却時所有期間5年の区分による分離課税、売却代金は個人へ会社の所得として課税、売却代金の取り出し方
    承継物件そのものの分け方、小規模宅地等の特例の要件株式の分け方と評価、取得後3年以内の物件の評価
    名義変更後で会社に移すときの譲渡課税と移転コスト会社の解散・清算まで見通した出口

    すべての欄を埋める必要はありません。空欄のまま残った項目こそ、専門家と一緒に確認すべき論点です。

    AEGISの視点

    購入名義の判断でよく見られるのは、「法人のほうが税率が低いから」という一点で決めてしまうケースです。しかし、名義は一度決めると、その物件の融資、管理、売却、承継のすべてに影響し続けます。

    AEGISは、購入名義を「その物件の収益とリスクを、誰のバランスシートに置くか」という設計の問題として考えています。個人に置けば個人の信用と相続財産に、会社に置けば会社の決算と株式の価値に結び付きます。どちらにも長所と制約があり、正解は家族の状況と資産全体の構成によって変わります。だからこそ、1件ごとに場当たり的に決めるのではなく、「個人で持つ物件」「会社で持つ物件」の役割分担を先に描き、その方針に沿って次の1件の名義を決めることをおすすめしています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    個人保有と法人保有の比較の考え方は、親記事「不動産は個人と法人のどちらで保有するか」で、資産管理会社の設立を検討するタイミングは関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で整理しています。会社員や医師の方は、関連記事「会社員・医師など給与所得者が資産管理会社をつくる前に」もあわせてご覧ください。不動産と資産管理会社に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 購入名義は税率だけでなく、融資・管理・売却・承継・名義変更のコストまで並べて決めます。
    • 法人保有の税率の差は、利益を会社に残して再投資や返済に回すほど生きやすく、個人がすぐ使う場合は小さくなります。
    • 設立間もない資産管理会社の融資は、代表者個人の信用と連帯保証が前提になることが少なくありません。
    • 承継は、個人保有なら物件そのもの、会社保有なら株式を引き継ぎます。それぞれ評価や特例の要件が異なります。
    • 名義は購入前に決めるのが最も負担が少なく、具体的な有利・不利は個別事情によって異なります。
    • 保有形態によってキャッシュフローと相続税評価は大きく変わるため、取得時はもちろん取得後も持ち方を点検し、移転コストを踏まえてもメリットが大きい場合は見直しを検討します。

    よくある質問

    Q. 法人で買えば、必ず税負担は軽くなりますか?

    必ずとは言えません。会社の利益に対する税率が個人より低くても、その利益を役員報酬や配当で受け取れば個人の税金がかかります。会社の維持費用もかかるため、収益の使い道と所得の水準によって結果は変わります。

    Q. 資産管理会社を設立したばかりでも、会社名義で融資を受けられますか?

    金融機関によっては可能ですが、決算の実績がないため、代表者個人の収入・資産や連帯保証を前提に審査されることが多いのが実情です。どの書類で何を見られるかを、事前に金融機関に確認しておくことをおすすめします。

    Q. 個人で持つ物件と会社で持つ物件を混在させてもよいですか?

    問題ありません。むしろ、自宅に近い物件や長く持ち続けたい物件は個人、収益を再投資に回す物件は会社というように、役割を分けて持つ考え方もあります。大切なのは、物件ごとの名義の理由を説明できることです。

    Q. 会社で物件を買えば、相続税の評価はすぐに下がりますか?

    会社が取得してから3年以内の土地や建物は、株式の評価の計算上、通常の取引価額で評価することとされています。購入直後に評価が下がることを前提にした判断は避けたほうがよいでしょう。

    Q. 名義を決める前に、最低限そろえておく資料は何ですか?

    個人と会社それぞれの所有物件と借入残高の一覧、直近の確定申告書と決算書、検討中の物件の収支見込み、家族構成と承継の希望です。これらがそろうと、チェックリストの多くの項目を具体的な数字で比べられます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 不動産の最適保有設計(POD):取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の紹介・仲介から取得後の管理までをつなぎます。
    • 資産管理会社:資産管理会社の設立と既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで確認します。
    • 不動産戦略と資産形成:物件選びの前に、投資規模・保有形態・融資・税務・出口を設計します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社、2014年、第4編「財産管理法人の不動産税務」
  • 賃貸管理会社・不動産会社を売るとき|管理受託契約とオーナーの同意、宅建業免許・管理業登録、資格者、評価のポイント

    賃貸管理会社・不動産会社を売るとき|管理受託契約とオーナーの同意、宅建業免許・管理業登録、資格者、評価のポイント

    賃貸管理会社や不動産会社を売るときに押さえたいのは、「免許・登録」「管理受託契約」「資格者」の3つが、会社と一緒に買い手へ移るかどうかです。この3つが確実に引き継げるかどうかが、売却の可否と価格を左右します。

    会社の株式を譲渡する方法(株式譲渡)であれば、会社そのものは変わらないため、宅地建物取引業(宅建業)の免許や賃貸住宅管理業の登録、オーナーとの管理受託契約は、原則としてそのまま会社に残ります。一方、事業だけを切り出して譲渡する方法(事業譲渡)や会社分割では、宅建業の免許は買い手側で別に必要になり、管理受託契約もオーナーの承諾を得て移す必要があります。

    この記事では、不動産会社の売却に特有の論点を、免許・登録、管理受託契約とオーナーの同意、資格者の確保、評価のポイントの順に整理します。会社売却の準備全般は、親記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    不動産会社の売却で何が問題になるか

    不動産会社の価値は、建物や設備よりも、免許・登録という「営業の資格」、オーナーとの契約という「収益の源泉」、取引士などの「人」に支えられています。

    引き継ぐものなぜ重要か売却時に起きやすい問題
    宅建業の免許仲介や売買を行うための前提事業譲渡では引き継げない、役員変更で届出が必要
    賃貸住宅管理業の登録200戸以上の管理受託に必要同上
    管理受託契約毎月の管理報酬という安定収益の源泉オーナーの解約、契約の地位の移転に承諾が必要
    専任の宅地建物取引士・業務管理者免許・登録の要件そのもの売却を機に退職すると要件を欠く
    預り金(家賃・敷金など)オーナーと入居者のお金分別管理の不備は買い手の大きな懸念

    宅建業の免許・管理業の登録はどうなるか

    株式譲渡なら、会社の免許・登録は原則そのまま

    株式譲渡では、株主が変わるだけで会社は同じです。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、株式譲渡は会社の資産・負債や契約、許認可などが原則として存続し、許認可の再取得が不要である点がメリットとされています。

    ただし、株主の交代にあわせて役員が変わる場合は注意が必要です。

    • 宅建業:免許の申請事項である役員の氏名や、事務所ごとの専任の宅地建物取引士の氏名に変更があった場合は、30日以内に変更の届出が必要です(宅地建物取引業法9条)。新たに役員になる人が、免許の基準に定める欠格事由に当たらないかも確認が必要です。
    • 賃貸住宅管理業:登録の申請事項(役員の氏名、営業所の所在地など)に変更があった場合は、30日以内に届け出なければなりません(賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律7条)。

    事業譲渡・会社分割では、免許は買い手側で必要になる

    宅地建物取引業法にも賃貸住宅管理業法にも、免許や登録を事業の譲受人や合併・分割の相手先へ引き継ぐ規定は設けられていません。合併で会社が消滅した場合は、その旨の届出が必要になります(宅地建物取引業法11条、賃貸住宅管理業法9条)。

    そのため、事業譲渡や会社分割で不動産事業を切り出す場合は、事業を受け入れる会社が自ら免許・登録を持っているか、新たに取得する必要があります。許認可の再取得には時間がかかり、その間は営業できないため、スキームの選択は免許・登録の扱いを起点に考えることが大切です。

    それでも事業譲渡が選ばれるのは、たとえば次のような場合です。

    • 仲介部門と管理部門のうち、一方だけを売りたい場合
    • 買い手が、売り手の会社の過去の取引から生じるかもしれない債務(簿外債務・偶発債務)を引き継ぎたくない場合
    • 買い手がすでに免許・登録を持つ同業の不動産会社で、管理物件だけを自社に取り込みたい場合

    いずれの場合も、オーナーの承諾の取得や従業員の転籍の同意など、株式譲渡より手続きが多くなる点を見込んでおく必要があります。株式譲渡と事業譲渡の違いは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で整理しています。

    管理受託契約とオーナーの同意

    株式譲渡でも、オーナーの理解が欠かせない

    株式譲渡では、管理受託契約の当事者(管理会社)は変わらないため、法律上はオーナーの承諾なく契約は続きます。しかし、次の点には注意が必要です。

    • チェンジ・オブ・コントロール条項:契約に「株主や経営権が変わった場合は通知する」「相手方の承諾が必要」「解除できる」といった定めがないかを確認します。
    • 解約の自由度:管理受託契約は、一定の予告期間を置けば中途解約できる定めになっていることが多く、オーナーが経営者の交代に不安を感じれば、解約されるおそれがあります。
    • 担当者との関係:オーナーとの関係が、売り手の社長個人や特定の担当者に強く依存している場合、その人が抜けると契約の継続が揺らぎます。

    事業譲渡では、契約ごとにオーナーの承諾が必要

    事業譲渡で管理受託契約を買い手に移す場合、契約上の地位の移転には、契約の相手方であるオーナーの承諾が必要です(民法539条の2)。管理物件が多ければ、オーナー一人ひとりから承諾を得る手間と時間がかかり、承諾が得られない契約は移せません。サブリース(借上げ)方式の契約がある場合も、同様にオーナーとの調整が必要です。

    オーナーへの説明の時期と内容は、秘密保持とのバランスを取りながら、売り手と買い手で事前に段取りを決めておくことが大切です。

    資格者と管理体制の確保

    専任の宅地建物取引士と業務管理者

    宅建業者は、事務所ごとに、業務に従事する人の5人に1人以上の割合で専任の宅地建物取引士を置く必要があり、この要件を欠いた場合は2週間以内に必要な措置を取らなければなりません(宅地建物取引業法31条の3)。賃貸住宅管理業者は、営業所ごとに業務管理者を選任する必要があり、業務管理者が欠けると、新たに選任するまでその営業所では管理受託契約を結べません(賃貸住宅管理業法12条)。

    売却を機に取引士や業務管理者が退職すると、免許・登録の要件を満たせなくなるおそれがあります。売り手の社長自身が取引士である場合は、退任後の後任をどう確保するかも、売却条件の重要な論点です。

    預り金の分別管理

    賃貸住宅管理業者は、管理業務で受け取った家賃・敷金・共益費などを、自社の財産と分けて管理しなければなりません(賃貸住宅管理業法16条)。買い手の調査(デュー・デリジェンス)では、預り金の残高と通帳・帳簿の一致、オーナーへの送金の遅れがないかが必ず確認されます。分別管理に不備があると、それだけで取引が止まることもあるため、売却を考え始めた段階で点検しておきたい項目です。

    評価のポイント

    不動産会社の譲渡価格は、一般に、純資産を時価に直した金額に、将来の収益力を反映した「のれん」を加えて考える方法や、将来のキャッシュフローから考える方法などで検討されます。不動産会社に特有の評価のポイントは次のとおりです。

    • 管理戸数と管理報酬の安定性:管理戸数、管理報酬率、過去数年の解約率、オーナーの集中度(特定のオーナーに依存していないか)
    • 仲介・売買の収益の変動:仲介手数料や自社売買の利益は、市況によって大きく変動します。過去の実績が今後も続くかを、買い手は慎重に見ます。
    • 販売用不動産の評価:自社で保有する販売用不動産は、時価への見直しの対象となり、含み損があれば価格に影響します。
    • 人への依存度:社長や特定の担当者が抜けた後も、オーナーや取引先との関係が続く体制かどうか。

    譲渡価格の決まり方の全体像は、関連記事「中小企業の譲渡価格はどう決まるか」で整理しています。

    売却前に整えておきたいこと

    • 免許・登録の内容(役員、事務所、専任の取引士、業務管理者)と、届出が最新の状態か
    • 管理受託契約書の有無と、契約ごとの解約条項・チェンジ・オブ・コントロール条項
    • 管理物件の一覧(戸数、管理報酬、契約期間、オーナーの属性)
    • 預り金の分別管理と、オーナーへの送金の記録
    • 取引士・業務管理者の在籍状況と、売却後の継続意向
    • 社長個人が所有する事務所や物件と、会社との賃貸借関係

    売却後に、売り手が表明した事実と異なる点が見つかった場合の責任の範囲は、契約の表明保証条項で定めます。詳しくは関連記事「表明保証と売主の責任」で解説しています。

    AEGISの視点

    不動産会社、とりわけ賃貸管理会社の価値の中心は、オーナーとの間で長年積み重ねてきた「信頼の契約」にあります。株式を譲渡すれば法律上の契約は残りますが、オーナーが新しい経営者を信頼できなければ、契約は解約という形で静かに失われていきます。

    AEGISは、不動産会社の売却を「会社を売る」ことにとどめず、オーナーの大切な資産の管理を、誰に、どのような形で引き継ぐかという視点で考えることが大切だと考えています。免許・登録の要件や預り金の管理を整えることは、買い手の調査に備えるためだけでなく、管理を任せてくれているオーナーへの責任を果たすことでもあります。

    また、売却で得た資金の使い方や、社長個人が所有する不動産の扱い、売却後の生活と相続まで含めて設計すると、「渡せる会社」としての準備が整い、売り手にとっても納得のいく売却につながると考えています。

    まとめ

    • 不動産会社の売却では、免許・登録、管理受託契約、資格者の3つが会社と一緒に移るかどうかが要になります。
    • 株式譲渡なら、会社の免許・登録や管理受託契約は原則としてそのまま残りますが、役員の変更などの届出は必要です。
    • 事業譲渡や会社分割では、宅建業の免許・管理業の登録は買い手側で必要になり、管理受託契約の移転にはオーナーの承諾が必要です。
    • 専任の宅地建物取引士や業務管理者の継続と、預り金の分別管理は、売却前に必ず確認したい項目です。
    • 評価では、管理戸数と解約率、仲介収益の変動、人への依存度などが見られます。具体的な判断は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 会社を売ると、宅建業の免許は取り直しになりますか?

    株式譲渡であれば、会社が同じなので免許は原則としてそのまま使えます。ただし、役員や専任の宅地建物取引士が変わった場合は、30日以内に変更の届出が必要です。事業譲渡や会社分割で事業を移す場合は、受け入れる会社が自ら免許を持っているか、新たに取得する必要があります。

    Q. 管理を受託している物件のオーナーの同意は必要ですか?

    事業譲渡で管理受託契約を買い手に移す場合は、契約上の地位の移転にオーナーの承諾が必要です。株式譲渡では、法律上は承諾がなくても契約は続きますが、契約にチェンジ・オブ・コントロール条項がある場合や、オーナーが解約を選ぶ可能性を考えると、事前の説明と信頼の確保が欠かせません。

    Q. 社長が唯一の宅地建物取引士の場合、売却できますか?

    売却は可能ですが、社長が退任すると専任の取引士の要件を欠くおそれがあります。売却後も一定期間は社長が残る、後任の取引士を事前に確保する、といった対応を売却条件の中で決めておく必要があります。

    Q. 管理戸数が少ない会社でも買い手は見つかりますか?

    管理戸数だけで決まるわけではありません。地域での信頼、オーナーとの関係の安定性、仲介や修繕の受注力なども評価されます。ただし、管理報酬の安定性は評価の重要な要素であるため、解約率やオーナーの集中度を整理しておくことが大切です。

    Q. 売却前に預り金の管理で確認すべきことは何ですか?

    家賃・敷金などの預り金が自社の財産と分けて管理されているか、帳簿と通帳の残高が一致しているか、オーナーへの送金が遅れていないかを確認します。不備がある場合は、売却の交渉を始める前に整えておくことが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

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    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
    • 不動産管理と実行管理:賃料・空室・修繕・返済・会計・税務をつないで、収益不動産の管理を支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 渡部潔著『中小企業M&AのFA業務マニュアル』中央経済社、P.18-21、P.59、P.67-69、P.192-193、P.201、P.242-244
    • 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司著、ソシム、P.016-021
  • 相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか|評価差だけでなく借入れ・収益・売却・制度変更まで含めて試算する

    相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか|評価差だけでなく借入れ・収益・売却・制度変更まで含めて試算する

    結論からいうと、相続税評価額が購入価格より低い不動産を買っても、それだけで「得」になるとは限りません。相続税が下がる効果は、購入価格と評価額の差から生まれますが、その差は購入した瞬間から、物件の収益性、借入れの負担、将来の売却価格、そして制度の変更によって目減りしていきます。

    さらに、国税庁は2026年9月、課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する通達案を公表しました(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定、意見募集中で最終通達は未発遣)。相続の数年前に賃貸物件を買う対策は、前提そのものが変わろうとしています。

    この記事では、購入型の相続対策の損得を、評価の差だけでなく「家族の手元に最終的に何が残るか」で試算する考え方を整理します。

    なぜ「不動産を買うと相続税が下がる」といわれるのか

    相続税は、財産の「取得の時における時価」で計算するのが原則です(相続税法第22条)。国税庁は、その時価の具体的な評価方法を財産評価基本通達で定めています。

    現金は額面どおりに評価されますが、不動産は次のような仕組みで、購入価格より低く評価されることが多くなります。

    • 土地:路線価で評価します。路線価は地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(国税庁「令和8年分の路線価等について」)が、この記事を投稿する時点においては、都市部の路線価は時価の80%を大きく下回っています。
    • 建物:固定資産税評価額を基に評価します。一般に建築費や購入価格より低くなります。
    • 賃貸している場合:借家人の権利を考慮し、土地は「貸家建付地」、建物は「貸家」として、さらに評価が下がります(国税庁 タックスアンサーNo.4614)。

    たとえば現金1億円で賃貸物件を買うと、相続財産は「1億円の現金」から「評価額が1億円より低い不動産」に置き換わります。この差が、相続税の計算上の効果になります。

    評価差だけで判断すると見落とす4つのこと

    ここで注意したいのは、相続税の計算上の効果と、家族にとっての経済的な損得は別物だということです。評価差だけを見ていると、次の4つを見落とします。

    1. 時価が下がれば、効果は相殺される

    相続後に家族が実際に受け取るのは、評価額ではなく、その不動産の市場価値です。購入価格には仲介手数料や登記費用、不動産取得税などの取得費用がかかり、購入直後に売れば購入価格を下回ることが一般的です。建物は年数とともに価値が下がり、地域によっては土地の価格も下がります。

    相続税が数百万円軽くなっても、不動産の時価がそれ以上に下がれば、家族の手元に残る財産は減ってしまいます。

    2. 借入れは「負債が残る」ことでもある

    借入れで不動産を買うと、借入金は相続税の計算上、債務として差し引かれます。そのため「借入れで買うと効果が大きい」と説明されることがあります。しかし、借入れによる効果の本体は、あくまで不動産の評価が下がることにあり、借入れそのものが財産を増やすわけではありません。

    引き継いだ家族は、返済を続ける義務も引き継ぎます。金利が上がれば、返済額が増える可能性もあります。賃料収入で返済を賄えるかどうかが、損得を分ける大きな要素です。

    3. 収益が低い物件は、毎年の手取りを減らす

    賃貸物件は、賃料から管理費、修繕費、固定資産税、借入れの利息を差し引いた手取りで評価すべき資産です。空室が続く、修繕費がかさむといった物件は、相続税が軽くなっても毎年の資金を少しずつ失わせます。

    4. 売りたいときに売れるとは限らない

    相続後に納税や分割のために売却しようとしても、立地や築年数によっては買い手がつきにくく、想定より大きく値下げしなければならないことがあります。売却のしやすさ(流動性)は、購入時の利回り以上に重要な判断要素です。

    制度の変化:令和9年以後の評価見直しと「総則6項」

    貸付用不動産の評価見直し(通達案)

    国税庁が2026年9月18日に意見募集を始めた「貸付用不動産の評価について(案)」では、次の考え方が示されています。

    • 課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産は、課税時期の「通常の取引価額」に相当する金額で評価する
    • 取得価額がその時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費相当額」の、それぞれ80%で評価できる
    • 不動産特定共同事業などで小口化された不動産(いわゆる不動産小口化商品)は、別の方法で評価する
    • 令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用する

    背景として、国税庁は政府税制調査会の専門家会合(令和7年11月13日)で、相続開始前の駆け込み取得の事例では購入価格と通達評価額の乖離が中央値で3倍を超えていたことなどを示しています。

    案の段階であり、意見募集は2026年10月18日までで、最終的な通達はまだ定められていません。それでも、相続の5年以内に買った賃貸不動産は、評価が購入価格の8割程度まで戻る可能性があると考えておくのが現実的です。そうなると、評価差による効果は従来よりも大きく縮小します。

    制度の詳しい内容は、関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で解説しています。

    評価通達によらない評価(総則6項)

    財産評価基本通達には、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」は国税庁長官の指示を受けて評価する、という定めがあります(評価通達6項)。

    最高裁令和4年4月19日判決は、相続税の負担を減らすことを期待して借入れにより不動産を購入した事案で、評価通達による画一的な評価が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がある場合には、通達を上回る価額(この事案では鑑定評価額)で評価しても違法ではないと判断しました。この事案では、購入と借入れがなければ課税価格の合計が6億円を超えていたのに、申告では基礎控除によって相続税が0円とされていました。

    つまり、通達案の対象にならない場合でも、取得の経緯や目的によっては、通達どおりの評価が認められないことがあります。否認の判断枠組みについては、関連記事「評価を下げる対策が否認されるとき」で解説しています。

    損得を試算するときの考え方

    購入型の対策が本当に得かどうかは、次の項目を並べて試算すると見えてきます。

    試算の項目内容損得への影響
    A. 相続税の軽減額購入しない場合と購入した場合の相続税の差プラス
    B. 取得費用仲介手数料、登記費用、不動産取得税などマイナス
    C. 保有中の手取り賃料-管理費・修繕費・税金・利息プラスにもマイナスにもなる
    D. 時価の変動相続時点・売却時点の市場価値と購入価格の差プラスにもマイナスにもなる
    E. 売却時の税金とコスト譲渡所得課税、仲介手数料などマイナス
    F. 制度変更・否認のリスク評価見直し(通達案)、総則6項による評価Aを縮小・消失させる

    損得の判断は、「A+C+D」から「B+E」を差し引いた結果が、何もしなかった場合と比べてプラスかどうかで考えます。そのうえで、Fのリスクを踏まえて、Aがどの程度まで小さくなっても成り立つかを確かめます。

    ポイントは次のとおりです。

    • Aは最大値ではなく、縮んだ場合でも試算する:通達案が適用されると、5年以内取得の物件のAは大きく減ります。
    • Dは楽観せずに試算する:購入価格どおりに売れる前提を置かず、値下がりした場合も確認します。
    • Cは借入金利の上昇も想定する:返済額が増えても手取りがマイナスにならないかを確かめます。
    • 購入から相続までの期間を考える:期間が短いほど、評価見直しや否認のリスクが高まり、時価の下落を賃料収入で補う時間も短くなります。

    「相続対策として買ってよい不動産」の条件

    評価差による効果を前提にしない場合、相続対策として不動産を持つ意味があるのは、次のような場合です。

    • 相続税がなくても持ちたい物件である:収益性と立地から、投資として成り立つ
    • 引き継ぐ人と役割が決まっている:誰が相続し、どう運営するかが明確
    • 分けやすさや納税資金の計画と整合している:特定の相続人に偏らない、売却で納税資金を作れる
    • 購入の目的と経緯を説明できる:事業上・資産形成上の理由が記録に残っている

    相続対策は、不動産を「買う理由」ではなく、不動産を持つことの「副次的な効果」として位置づけるのが健全です。購入前に確認したいことは、関連記事「高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいこと」、所有地の活用を評価だけで判断しない考え方は「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」で解説しています。

    すでに購入した不動産がある場合

    過去に相続対策として不動産を購入している場合は、次の点を確認しておくとよいでしょう。

    • 取得時期が、相続等の時点から見て5年以内に入る可能性があるか(通達案の対象範囲)
    • 現在の収支と借入残高は健全か、売却した場合の手取りはいくらか
    • 購入の目的や経緯を示す資料(検討資料、事業計画、融資の稟議資料など)が残っているか

    また、すでに相続税の申告を終えている場合でも、不動産の評価に誤りがあったときは、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます(国税通則法第23条)。申告内容の点検については、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」を参照してください。

    AEGISの視点

    「不動産を買えば相続税が下がる」という説明は、計算の一部だけを切り取ったものです。AEGISは、購入型の相続対策を「相続税の計算」ではなく「家族の財産の総額と質」で評価すべきものと考えています。

    相続税が軽くなっても、不動産の時価が下がり、借入れの返済に追われ、売りたいときに売れなければ、家族の手元に残るものは減ります。逆に、収益力と流動性のある不動産を、引き継ぐ人と役割を決めて持つことは、相続税の効果がなくても家族にとって価値があります。

    令和9年以後の評価見直し(通達案)と、最高裁令和4年判決以降の実務は、評価差だけに頼る対策の時代が終わりつつあることを示しています。だからこそ、購入の判断を「税引後の手残り」と「承継後の運営」から行い、相続税の効果はその結果としてついてくるもの、と捉え直すことが大切だと考えています。

    相続対策と事業承継を一体で考える全体像は、関連記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で、相続前の不動産を残す・売る・組み替える判断は「不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える」で解説しています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    不動産の評価や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 不動産は購入価格より低く評価されることが多く、その差が相続税の計算上の効果になります。
    • しかし、時価の下落、取得・売却のコスト、借入れの負担、収益性、売却のしやすさによって、家族にとっての損得は変わります。
    • 課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産を通常の取引価額で評価する見直しが、令和9年1月1日以後の相続等に適用される予定です(通達案・最終通達は未発遣)。
    • 通達の対象外でも、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることがあります(最高裁令和4年4月19日判決)。
    • 損得は、相続税の軽減額・取得費用・保有中の手取り・時価の変動・売却時のコスト・制度変更のリスクを並べて試算します。
    • 具体的な効果は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 不動産を買えば、相続税は必ず安くなりますか?

    相続税の計算上は、現金より不動産の評価額が低くなることが多いため、税額が下がる場合はあります。ただし、令和9年1月1日以後の相続等では、5年以内に取得した貸付用不動産の評価が見直される予定(通達案)であり、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることもあります。また、税額が下がっても、家族の財産全体が増えるとは限りません。

    Q. 借入れで不動産を買うと、効果が大きくなるのですか?

    借入金は債務として差し引かれますが、効果の中心は不動産の評価が下がることにあります。借入れで買う場合は、返済の義務を家族が引き継ぎ、金利上昇の影響も受けます。最高裁令和4年判決の事案も借入れによる購入でした。賃料で返済を賄えるかを含めて判断することが大切です。

    Q. 令和9年より前に相続が起きれば、今の評価方法のままですか?

    国税庁の通達案では、令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産の評価に適用するとされています。それより前の相続等には、現行の評価方法が適用されると考えられますが、最終的な通達の内容を確認する必要があります。なお、現行の評価方法の下でも、評価通達6項による評価が行われる可能性はあります。

    Q. 不動産小口化商品も同じように扱われますか?

    通達案では、不動産特定共同事業などにより小口化された貸付用不動産について、取得時期にかかわらず通常の取引価額で評価する別の定めが置かれています。元本等相当額や鑑定評価額などを基にした評価方法も示されています。最終的な通達の内容を確認したうえで判断してください。

    Q. 相続対策として不動産を買うなら、何を基準に選べばよいですか?

    相続税の効果がなくても持ちたいと思える収益性と立地があるか、引き継ぐ人と運営の方法が決まっているか、売却しやすいか、購入の目的を説明できるか、が基準になります。評価差は結果としての効果と位置づけ、税引後の手残りで判断することをおすすめします。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の紹介・仲介から取得後の管理までをつなげて考えます。
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    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局(2018年)第1章「事業承継・相続対策総論」
    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント[第3集]』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2018年)CASE3
  • 相続した賃貸物件の評価を見直すときの確認点|賃貸割合と一時的な空室、一括借上げ、複数棟、駐車場

    相続した賃貸物件の評価を見直すときの確認点|賃貸割合と一時的な空室、一括借上げ、複数棟、駐車場

    相続した賃貸アパートやマンションの相続税評価を見直すときは、「どの部分が、相続の時点で貸していると扱えるか」と「どの範囲を1つの土地として評価するか」の2点を中心に確認します。

    賃貸物件の敷地は「貸家建付地」として、自分で使っている土地より低く評価されます。その減額の大きさを決めるのが「賃貸割合」です。相続の時点でたまたま空室があった部分を、一時的な空室として賃貸中と扱えるかどうかで、評価額が変わります。また、複数の建物や駐車場がある敷地では、評価の単位の分け方によっても結果が変わります。

    この記事では、賃貸物件特有の評価の論点を、申告後に見直すときの確認の順番に沿って整理します。土地の形状などによる一般的な減額要素は、親記事「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」で扱っています。

    貸家建付地と貸家の評価の基本

    国税庁のタックスアンサー(No.4614)によれば、貸家建付地とは、所有する土地に建てたアパートやビルを他人に貸している場合の、その敷地をいいます。評価は次の算式によります。

    貸家建付地の価額 = 自用地としての価額 -(自用地としての価額 × 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)

    借地権割合と借家権割合は、国税庁の路線価図・評価倍率表で確認します。建物(貸家)も、固定資産税評価額を基にした価額から、借家権割合と賃貸割合に応じた分を差し引いて評価します(財産評価基本通達93)。

    この減額が認められるのは、借家人が建物とその敷地をある程度支配しており、所有者が自由に使えず、売るときも借家人付きの価格になるからです。逆にいえば、相続の時点で実際に貸していない部分には、原則として減額は及びません。国税庁の質疑応答事例でも、借家人が退去して空き家となっている家屋の敷地は、たとえ賃貸用に建てた建物であっても、自用地として評価するとされています。

    確認点1:賃貸割合と「一時的な空室」

    賃貸割合の計算

    賃貸割合は、アパートなどの各独立部分(壁や扉で区切られ、独立して貸せる部屋)の床面積の合計のうち、相続の時点で賃貸されている部分の床面積の割合です。20室のうち4室が空室なら、各室の広さが同じであれば賃貸割合は80%になり、その分だけ減額が小さくなります。

    一時的な空室として扱える場合

    ただし、継続的に賃貸されてきた部屋が、相続の時点でたまたま空いていただけと認められる場合は、賃貸されているものとして扱って差し支えないとされています。国税庁は、その判断の目安として次の事実関係を挙げています(No.4614、質疑応答事例「貸家建付地等の評価における一時的な空室の範囲」)。

    確認する事実見直しのときに確かめたい資料
    相続の前から継続的に賃貸されてきたか過去の賃貸借契約書、入居者の履歴
    退去後、速やかに入居者の募集をしたか管理会社への募集依頼の記録、募集広告
    空室の間、他の用途に使っていないか物置・自己使用などがないことの確認
    空室の期間が、例えば1か月程度など一時的か退去日と次の入居日の記録
    相続後の賃貸が一時的なものではないか相続後の入居状況、賃貸借契約書

    国税庁の質疑応答事例では、学生向けアパートで卒業による退去が重なり、相続の時点で半分ほどが空室だったものの、新入居者を募集し月末には満室になっていたケースで、空室部分を賃貸中に含めて計算して差し支えないとしています。

    「1か月程度」は目安であり、総合判断

    「1か月程度」という期間は例示であり、これを超えたら直ちに認められないというものではありません。国税不服審判所の裁決では、20室中4室が2か月から1年11か月空いていた賃貸マンションについて、速やかな修繕と募集、定期的な補修、周辺に競合物件が多い事情などを総合して一時的な空室と認め、賃貸割合を100%とした例があります(平成20年6月12日裁決)。

    一方で、空室が長期間続き、相続後も貸付けの用に供されずに売却された事案では、一時的な空室とは認められなかった例もあります(平成21年3月25日裁決)。

    結論を分けるのは、空室の期間の長さそのものより、「賃貸を続ける意思と行動が、記録で確認できるか」です。申告の見直しでは、当初の申告で空室を一律に除外していないか、逆に長期の空室を根拠なく賃貸中としていないか、の両面を確認します。

    確認点2:一括借上げ(サブリース)の扱い

    建物を管理会社などに一括で貸し、その会社が入居者に転貸する一括借上げ(サブリース)の場合、所有者から見た借家人は一括借上げをした会社です。建物全体を一括で貸しているため、各部屋に入居者がいるかどうかにかかわらず、建物全体が賃貸されていると考えられ、賃貸割合は高くなる傾向があります。

    見直しでは、次の点を確認します。

    • 相続の時点で一括借上げの契約が有効に続いていたか(契約期間、更新、解約の有無)
    • 契約の対象がどの建物・どの部屋か(建物の一部だけが対象になっていないか)
    • 契約の相手方と実際の運営の実態が一致しているか

    一括借上げの契約内容の読み方は、関連記事「賃貸管理を委託するときの契約の確認点」で解説しています。

    確認点3:複数棟の評価単位

    土地は「1画地」ごとに評価します。国税庁の質疑応答事例「宅地の評価単位」では、貸家建付地を評価する場合において貸家が数棟あるときは、原則として各棟の敷地ごとに1画地とするとされていますが、借地権が同一の契約により締結されている場合には、複数棟の借地権を一体で評価するのが原則です。

    評価単位の分け方は、間口・奥行・形状による補正や、地積規模の大きな宅地の評価の適用判定に影響します。そのため、次のような点で当初の申告と異なる判断があり得ます。

    • 一括借上げで複数棟を1通の契約で貸している場合:多くの場合一体評価が認められますが、国税不服審判所の裁決には、5棟の共同住宅が1通の契約で一括借上げされていても、各棟の敷地ごとに1画地として評価するのが相当とした例があります(平成26年4月25日裁決)。契約が1つであることだけで、敷地全体を1単位とできるわけではありません。
    • 遺産分割で複数の相続人が分けて取得した場合:取得者ごとに分けて評価するのが原則ですが、分割後の土地が通常の用途に使えないなど著しく不合理な分割の場合は、分割前の単位で評価します(質疑応答事例「宅地の評価単位」)。
    • 通路・植栽・ゴミ置場など共用部分:どの棟の敷地に含めるかを、現地の利用状況で確認します。

    確認点4:敷地内の駐車場

    アパートの敷地内にある駐車場の扱いは、利用者によって変わります。

    • 入居者専用の駐車場で、建物の敷地と一体として利用されている場合:建物の敷地と合わせて貸家建付地として評価する考え方があります。
    • 外部の人にも貸している駐車場:駐車場部分は借家人の権利が及ばないため、原則として自用地としての評価に近くなります。実務では、建物と駐車場を1つの評価単位としたうえで、土地の面積を基準に賃貸割合を調整して、駐車場部分を自用地として扱う方法がとられることもあります。
    • 塀などで区切られ、別に貸している駐車場:別の評価単位として扱うのが一般的です。

    駐車場の扱いは現地の状況による判断が大きく、裁決でも判断が分かれています。駐車場経営そのものの税金と評価は、関連記事「駐車場経営の税金と相続」で解説しています。

    見直しの進め方

    賃貸物件の評価を見直すときは、次の順番で確認すると効率的です。

    順番確認すること主な資料
    1相続の時点の入居状況(部屋ごと)レントロール、賃貸借契約書
    2空室の部屋ごとの退去日・募集・再入居の記録管理会社の記録、募集広告
    3一括借上げ契約の有無と内容一括借上げ契約書
    4建物の棟数と、敷地の区分・共用部分登記事項証明書、配置図、現地写真
    5駐車場の利用者と区画、契約形態駐車場契約書、区画図
    6当初申告の評価明細書との突き合わせ土地及び土地の上に存する権利の評価明細書

    見直しの結果、当初の申告で評価額が過大だったと判明した場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます(国税通則法第23条)。反対に、評価が過少だった場合は修正申告が必要になります。更正の請求の手続きは、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 相続後の記録を残す:一時的な空室の判断では、相続後の入居状況も考慮されます。相続後すぐの募集・入居の記録を残しておくことが大切です。
    • 「満室扱い」は根拠とセットで:賃貸割合を100%とする場合は、空室ごとに一時的といえる事情を説明できるようにしておきます。
    • 小規模宅地等の特例との関係:賃貸物件の敷地は、貸付事業用宅地等として小規模宅地等の特例の対象になる場合があります。評価を見直すときは、特例の適用面積や選択の見直しもあわせて検討します。
    • 個別の判断が多い:評価単位や駐車場の扱いは事実関係で結論が変わります。具体的な適用は個別事情によって異なります。

    AEGISの視点

    賃貸物件の評価は、計算式そのものは単純です。しかし、賃貸割合や評価単位の判断は、相続の時点の「賃貸経営の実態」をどう記録し、説明できるかにかかっています。

    AEGISは、賃貸物件の評価の見直しを、申告書の数字の点検にとどまらず、相続前後の賃貸経営の記録を読み解く作業と考えています。退去後すぐに募集していたか、修繕を続けていたか、管理会社とどのような契約を結んでいたか。こうした日々の運営の積み重ねが、評価の結論を支える根拠になります。

    裏を返せば、オーナーが生前から入居状況・募集・修繕の記録を整えておくことは、相続後の家族を助けることにもつながります。不動産管理の質と相続税の評価は、別々のテーマに見えて、実は一つながりのものです。

    不動産の評価や相続税の申告に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    申告済みの賃貸物件の評価について、見直しの余地を確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 賃貸物件の敷地は貸家建付地として、借地権割合・借家権割合・賃貸割合に応じて減額して評価します。
    • 相続の時点で空室だった部屋も、継続的な賃貸と速やかな募集など一定の事実関係から一時的な空室と認められれば、賃貸中として扱えます。「1か月程度」は例示です。
    • 一括借上げでは借家人が借上げ会社となり、賃貸割合は高くなる傾向がありますが、契約の有効性と範囲の確認が必要です。
    • 複数棟の貸家は、原則として各棟の敷地ごとに評価単位を分けます。一括借上げの契約が1通でも同様と判断された裁決例があります。
    • 駐車場は、入居者専用か外部貸しかなどで扱いが変わります。
    • 評価が過大だった場合は、法定申告期限から5年以内に更正の請求ができます。

    よくある質問

    Q. 相続のときに空室があった部屋は、必ず自用として評価されるのですか?

    必ずではありません。継続的に賃貸されてきた部屋で、退去後すぐに募集を行い、他の用途に使わず、相続後も賃貸が続いているなど、一時的な空室と認められる事情があれば、賃貸中として扱って差し支えないとされています。

    Q. 空室の期間が1か月を超えていると、一時的な空室とは認められませんか?

    国税庁が示す「1か月程度」は例示です。国税不服審判所の裁決には、最長1年11か月の空室を含めて、募集や修繕の状況、周辺の競合状況などを総合して一時的な空室と認めた例があります。ただし、長期の空室が続き相続後も貸されていない場合は認められなかった例もあり、事実関係によって判断されます。

    Q. 一括借上げ(サブリース)の物件は、空室があっても賃貸割合100%になりますか?

    一括借上げ契約により建物全体を借上げ会社に貸している場合、所有者から見た借家人は借上げ会社であり、建物全体が賃貸されていると考えられます。ただし、相続の時点で契約が有効に続いていたか、対象の範囲はどこかなどを契約書で確認する必要があります。

    Q. 同じ敷地に2棟のアパートがあります。評価単位は1つですか、2つですか?

    貸家建付地を評価する場合、貸家が数棟あるときは、原則として各棟の敷地ごとに1画地として評価します。2棟をまとめて1つの契約で一括借上げしている場合でも、各棟ごとに分けるのが相当とした裁決例があります。

    Q. 評価の誤りに気づいた場合、いつまでに手続きをすればよいですか?

    評価が過大で税額を多く納めていた場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます。期限が近い場合は、早めに資料を集めて検討することをおすすめします。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2012年)CASE18・CASE19
    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント[第3集]』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2018年)CASE2
    • 『税理士を悩ませる相続・贈与の土地評価Q&A 第2集』鎌倉靖二 著、ぎょうせい(2023年)1「評価単位、地目判定」
  • 定期借地で土地を貸すときの考え方|一般定期借地と事業用定期借地の違いと、土地が戻るまでの設計

    定期借地で土地を貸すときの考え方|一般定期借地と事業用定期借地の違いと、土地が戻るまでの設計

    定期借地とは、契約で定めた期間が満了すると更新されずに終了し、土地が地主に戻ることを前提とした借地です。普通の借地では、期間が満了しても正当な理由がなければ契約が続くことが多く、「一度貸すと戻ってこない」と言われてきました。定期借地は、この不安を制度として解消する仕組みです。

    ただし、「戻ってくる」ことが決まっているからこそ、いつ、どのような状態で戻るのか、その間に家族の誰が地主になっているのかを、契約の段階から設計しておく必要があります。

    この記事では、一般定期借地と事業用定期借地の違いを整理したうえで、地代・一時金・返還時の取り決め、相続税の評価、承継までを含めて、定期借地で土地を貸すときの考え方を解説します。

    定期借地とは:普通借地との違い

    借地借家法では、建物の所有を目的とする借地権の存続期間を原則30年としたうえで、期間満了時には更新を前提とする仕組み(普通借地)を置いています。これに対して、平成4年8月に施行された借地借家法で、更新のない借地として次の3つの類型が設けられました。

    類型存続期間建物の用途契約の方式期間満了時
    普通借地30年以上制限なし定めなし更新が原則(地主の更新拒絶には正当事由が必要)
    一般定期借地50年以上制限なし(住宅も可)公正証書等の書面(電磁的記録も可)更新なしで終了
    事業用定期借地10年以上50年未満専ら事業用(居住用を除く)公正証書更新なしで終了
    建物譲渡特約付借地30年以上制限なし定めなし地主が建物を相当の対価で買い取り、借地権が消滅

    ※借地借家法第3条・第22条〜第24条をもとにAEGISが整理。

    この記事では、土地活用の提案で特に多い一般定期借地と事業用定期借地を中心に扱います。

    一般定期借地と事業用定期借地の違い

    用途:住宅を建てられるかどうか

    最も大きな違いは、借地人が建てる建物の用途です。一般定期借地には用途の制限がなく、戸建住宅やマンションの敷地としても使われます。一方、事業用定期借地は、専ら事業の用に供する建物(居住の用に供するものを除く)の所有を目的とするものに限られます。店舗、事務所、物流施設などが典型です。

    入居者が生活の場として暮らす施設が「居住の用」に当たるかどうかは、施設の類型によって整理が分かれうる論点です。用途の判断に迷う場合は、契約前に専門家とともに確認しておくことが大切です。

    期間:50年以上か、10年以上50年未満か

    一般定期借地は50年以上の期間を定める必要があります。事業用定期借地は10年以上50年未満で、30年以上50年未満の場合は「更新しない」「建物の買取りを請求しない」等の特約を定める形、10年以上30年未満の場合は法律上当然に更新等の規定が適用されない形になっています。

    地主の側から見ると、一般定期借地は「孫の代まで土地が戻らない」長さであり、事業用定期借地は「自分か子の代で土地が戻る」長さになりえます。期間の違いは、そのまま承継の設計の違いになります。

    契約の方式:公正証書が必要かどうか

    一般定期借地の特約は、公正証書による等の書面(電磁的記録を含む)で定める必要があります。事業用定期借地は、契約そのものを公正証書で行わなければなりません。方式を欠くと定期借地として扱われないおそれがあるため、契約書の作成段階から方式を確認しておきましょう。

    契約で決めておきたい5つのこと

    定期借地は「期間が来れば戻る」制度ですが、戻るまでの数十年間に何が起きるかは契約の書き方で大きく変わります。地主として、少なくとも次の5点は契約前に確認しておきたいところです。

    1. 期間と、土地が戻る年

    契約期間から、土地が戻る年を具体的に書き出します。そのとき自分は何歳か、地主はすでに子や孫に替わっているか、戻った土地をどう使いたいかを考えると、期間の長さが自分の家族にとって妥当かどうかが見えてきます。

    2. 地代の水準と改定の方法

    長期の契約では、地代を固定するか、一定期間ごとに見直すかが重要です。固定資産税などの負担が増えたときに地代が追いつかないと、手取りが年々減っていきます。改定の時期、改定の基準(公租公課の変動、物価の指標など)を契約に定めておくと、後の話し合いの土台になります。

    3. 一時金:権利金・保証金の性格

    定期借地では、設定時に権利金や保証金などの一時金が授受されることがあります。

    • 権利金:返還しない一時金です。税務上は、受け取った額(保証金などを特に有利な条件で預かったことによる経済的利益を含みます)が土地の価額の2分の1を超えると、借地権の設定が資産の譲渡とみなされ、譲渡所得として扱われます(所得税法施行令79条・80条)。
    • 保証金:契約終了時に返還する預り金です。地主はその間、資金を手元に置けますが、数十年後に返還する債務を負っていることになります。
    • 前払賃料(前払地代):契約期間の賃料の一部または全部を、設定時に一括して前払いする方式です。国税庁の文書回答(平成17年)では、一定の書式例に準拠した契約書で前払賃料を契約期間の賃料に均等に充てることを定め、実態も契約どおりである場合、地主は「前受収益」として計上し、各年の賃料相当額を収入に算入する取扱いが示されています。返還を要しないため、保証金とは性格が異なります。

    保証金は、運用の仕方によって所得税の扱いが変わります。業務用の資金に充てた場合や、それ以外の用途に使った場合には、利息に相当する経済的利益を不動産所得の収入に算入する取扱いがあるのに対し、預貯金などの金融資産で運用している場合はその計算を要しないとされています。保証金を建物の建築資金や借入れの返済に充てるかどうかは、税務と返還資金の両面から考えたいポイントです。

    4. 建物の扱いと、返還時の状態

    一般定期借地や30年以上の事業用定期借地では、契約の更新や建物の再築による期間の延長をせず、借地人が建物の買取りを請求しない旨を定めることができます。そのうえで実務上は、期間満了時に借地人が建物を取り壊して更地で返還することを契約に明記するのが一般的です。

    ここで見落とされやすいのが、解体の費用を誰が、どう確保するかです。数十年後に借地人の経営状態が悪化していれば、解体されないまま建物が残るおそれもあります。保証金を解体費用の担保として位置付ける、返還前の一定期間に協議を始める旨を定めるなど、出口の実行を担保する工夫を検討しましょう。地中の基礎や埋設物、土壌の状態をどこまで戻すかも、事業用地では特に確認したい点です。

    5. 中途解約・譲渡・転貸・担保

    借地人の事業が途中で立ち行かなくなった場合の扱いも重要です。

    • 借地人からの中途解約を認めるか、認める場合の予告期間と違約金
    • 借地権の譲渡や転貸を認める条件(地主の承諾の要否)
    • 借地人が建物に担保を設定する場合の取扱い
    • 地代の滞納が続いた場合の解除の条件

    事業用定期借地では、借地人が撤退した後に別の事業者へ借地権を引き継げるかどうかで、地主の収入の安定性が大きく変わります。

    税金:保有中と相続時にどう影響するか

    相続税評価:底地は「自分で使う土地」より低く評価される

    定期借地権が設定されている土地(底地)は、相続税の評価上、自分で使っている土地(自用地)としての価額から、定期借地権等の価額を控除して評価するのが原則です(国税庁 No.4613)。定期借地権等の価額は、設定時に借地人に帰属する経済的利益(権利金や保証金による利益、地代の水準など)と、残存期間を基に計算します(国税庁 No.4611)。

    ただし、この原則で計算した額より、自用地の価額から次の割合を控除した額の方が低い場合は、低い方で評価します。

    課税時期における残存期間自用地の価額から控除する割合
    5年以下5%
    5年超10年以下10%
    10年超15年以下15%
    15年超20%

    ※国税庁 No.4613 をもとにAEGISが作成。

    また、一般定期借地の底地については、課税上弊害がない限り、借地権割合の地域区分に応じた「底地割合」(55%〜75%)を用いる個別の評価方法が設けられています(国税庁 No.4612)。ただし、借地人が地主の親族や、地主が役員となっている同族会社などである場合は「課税上弊害がある」とされ、この方法は使えません。家族や自分の会社に定期借地で貸す場合は、特に注意が必要です。

    評価の考え方から分かるとおり、残存期間が短くなるほど底地の評価は自用地に近づきます。土地が戻る時期に近づくにつれて相続税の評価は上がっていくため、相続の時期によって負担が変わる点を押さえておきましょう。

    小規模宅地等の特例

    貸し付けている土地は、要件を満たせば貸付事業用宅地等として、200㎡までの部分について50%を減額する小規模宅地等の特例の対象となりえます。ただし、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は、原則として対象外とされています。ただし、相続開始の日まで3年を超えて事業的規模の貸付け(特定貸付事業)を続けていた場合は、新たに貸し始めた土地でも対象になります(国税庁 No.4124)。

    評価が下がることと、財産としての価値や分けやすさは別の問題です。土地活用を相続税評価だけで判断しない考え方は、関連記事「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」で解説しています。

    土地が戻るまでを、時間軸で設計する

    定期借地の検討では、契約の締結時だけでなく、契約期間全体を時間軸に並べて考えることをおすすめします。

    時期地主側で考えること
    設定時期間・用途・地代・一時金・返還条件を決める。土地が戻る年と、その時点の地主を想定する
    契約期間中地代の改定、保証金の管理、借地人の経営状況の確認。地主の相続が起きた場合の承継者と分け方
    満了の数年前借地人と返還の段取りを協議。解体・整地の時期と費用負担、戻った土地の使い道を検討
    返還後更地としての売却、別の活用、自己利用などを選ぶ。相続税評価は自用地に戻る

    この表を作ってみると、多くの場合、契約期間中に地主の相続が少なくとも一度は起きることに気付きます。底地を誰が引き継ぐか、保証金の返還債務を誰が負うか、地代収入を誰が受け取るかを、遺言や遺産分割の方針とあわせて考えておくことが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 方式を守る:事業用定期借地は公正証書、一般定期借地は書面での特約が必要です。方式を欠くと普通借地と扱われるおそれがあります。
    • 保証金を「使い切らない」:返還時期が数十年先でも、返還の原資を計画しておくことが必要です。
    • 解体費の担保を考える:更地返還の約束だけでは、借地人の経営悪化に備えられないことがあります。
    • 家族・同族会社に貸す場合は評価方法に注意:一般定期借地の底地の個別評価は使えない場合があります。
    • 借地人の事業の継続性を見る:事業用定期借地では、地代は借地人の事業の成否に左右されます。

    具体的な契約内容や税務上の扱いは、土地の条件、借地人、契約の内容によって異なります。

    AEGISの視点

    定期借地は、土地を手放さずに長期の安定収入を得られる一方で、数十年間、土地の使い道を借地人に委ねる選択でもあります。AEGISは、定期借地を検討するとき、「地代はいくらか」より先に、「この土地は、いつ、誰の手に、どのような状態で戻るのか」を考えることが大切だと考えています。

    一般定期借地を選べば、土地が戻るのは孫の代になるかもしれません。事業用定期借地であれば、自分の世代か子の世代で土地が戻り、その時点の周辺環境に合わせて改めて活用を考えられます。どちらがよいかは、地代の多寡だけでなく、家族の承継の計画、ほかの財産との組み合わせ、相続税の納税資金によって変わります。

    また、定期借地は「貸す」選択肢の一つにすぎません。同じ土地で、建物を建てて事業者に貸す、自ら事業を営む、売却するといった選択肢と並べて比べたうえで選ぶことが、後悔の少ない判断につながると考えています。建物を建てて事業者に一括で貸す場合の契約の考え方は「事業者に建物を貸す土地活用の契約で確認したいこと」で、介護・保育施設の事業者から提案を受けた場合の確認点は「介護・保育施設に土地を貸すときの考え方」で整理しています。

    土地を貸す・活用する・売却するという大きな選択肢の比較は、Pillar記事「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」で解説しています。

    底地の評価や一時金の税務など、資産税の観点からの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 定期借地は、期間満了により更新なく終了し、土地が地主に戻ることを前提とした借地です。
    • 一般定期借地は50年以上・用途の制限なし・書面での特約、事業用定期借地は10年以上50年未満・居住用を除く事業用・公正証書での契約が必要です。
    • 地代の改定、権利金と保証金の性格、更地返還と解体費の担保、中途解約や譲渡の条件を契約で確認しておくことが大切です。
    • 底地の相続税評価は自用地より低くなりますが、残存期間が短くなるほど自用地に近づきます。家族や同族会社に貸す場合は評価方法に注意が必要です。
    • 契約期間中に地主の相続が起きることを前提に、土地が戻るまでを時間軸で設計しておくことが重要です。

    よくある質問

    Q. 一般定期借地と事業用定期借地は、地主にとってどちらが有利ですか?

    一概には言えません。一般定期借地は期間が50年以上と長く、住宅用にも貸せますが、土地が戻るのはかなり先になります。事業用定期借地は期間を10年以上50年未満で設定でき、比較的早く土地が戻りますが、借り手は事業者に限られ、地代は借地人の事業の成否に左右されます。土地が戻った後の使い道や、家族の承継の計画とあわせて選ぶことが大切です。

    Q. 定期借地で貸した土地は、本当に期間満了で戻ってきますか?

    定期借地は、法律上、期間満了で更新なく終了する仕組みです。ただし、契約の方式を欠いていると定期借地と認められないおそれがあります。また、実際に更地で戻るかどうかは、借地人が建物を取り壊して返還する義務を果たせるかにもかかっています。解体費用の担保や、満了前の協議の段取りを契約で定めておくことをおすすめします。

    Q. 保証金を受け取ったら、自由に使ってよいのですか?

    保証金は契約終了時に返還する預り金です。使い道に法律上の制限はありませんが、数十年後に返還する債務であることに変わりはありません。また、建物の建築資金など業務用の資金に充てるか、預貯金などで運用するかによって、所得税の扱いが変わる場合があります。返還の原資と税務の両面から使い道を考えることが大切です。

    Q. 定期借地にしている土地は、相続税の評価が下がりますか?

    定期借地権が設定された底地は、原則として自用地の価額から定期借地権等の価額を控除して評価され、自分で使っている土地より低くなります。一般定期借地の底地には、課税上弊害がない限り底地割合を用いる評価方法もあります。ただし、残存期間が短くなるほど評価は自用地に近づき、借地人が親族や同族会社である場合などは特例的な評価方法が使えないことがあります。

    Q. 自分の会社に定期借地で土地を貸すことはできますか?

    契約としては可能です。ただし、一般定期借地の底地の個別評価は、借地人が地主の親族や、地主が役員となっている法人などである場合には「課税上弊害がある」として使えません。また、親族や同族会社との間の土地の貸借には、地代の水準などをめぐって別の税務上の論点が生じることがあります。会社に貸す場合は、評価と法人税・所得税の扱いをあわせて確認することをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『二訂版 実務家必携 実務借地権課税』中野欣治 編、大蔵財務協会、P.1-3、P.189-199、P.210-215
    • 『〔机上調査→現地調査→役所調査→評価〕4STEPで身につく〈入門〉土地評価の実務』風岡範哉・田中泰男 著、清文社、P.343-345