事業承継は何から始めるべきか|後継者・株式・税金・経営体制を整理する順番

高層ビルを望む会議室で、年配の経営者と若い男性を中心に5人が会議卓を囲み話し合う様子

「そろそろ事業承継を考えなければ」と思ったとき、多くのオーナーが最初に手を付けるのは、後継者を誰にするかという問いか、相続税がいくらかかるかという試算のどちらかです。どちらも重要ですが、いずれか一つから始めると、他の論点が後回しになり、あとで組み直しが必要になることがあります。

結論から言えば、事業承継は「誰に継ぐか」を決める前に、「何を継ぐのか」を棚卸しすることから始めるのが、遠回りに見えて最も確実です。この記事では、後継者・株式・税金・経営体制という4つの論点を、どの順番で、どの深さまで整理すればよいかを解説します。

事業承継とは何を引き継ぐことか

事業承継というと「社長が交代すること」をイメージしがちですが、実際に引き継ぐものはもっと広範囲です。

中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、事業承継の構成要素を次の3つに整理しています。

構成要素主な内容
人(経営)の承継経営権・代表者の地位、経営者としての役割
資産の承継自社株式、事業用資産、債権・債務など
知的資産の承継人材、技術・ノウハウ、顧客との関係、経営理念など、貸借対照表に表れない資産

AEGISでは、オーナーの意思決定という観点から、これをさらに次の4つの視点で捉え直すことをおすすめしています。

  • 経営:誰が会社を率い、意思決定するのか
  • 所有:誰が株式(議決権)を持ち、会社を支配するのか
  • 財産:会社の財産とオーナー個人の財産をどう区分し、どう次世代へ移すのか
  • 家族:後継者以外の家族の意向や公平感をどう扱うのか

この4つは互いに影響し合います。たとえば「経営は長男に任せたい」という判断(経営)は、「株式を長男に集中させる」という判断(所有)を必要とし、それは「他の相続人に何を渡すか」(財産・家族)という問題を生みます。どれか一つだけを先に確定させると、他の視点で無理が生じるのはこのためです。

なぜ「早く始める」ことが重要なのか

事業承継ガイドラインは、経営者がおおむね60歳頃には事業承継の準備に着手することが望ましいとしています。また、後継者の育成を含めた準備には、3年以上を要するケースが半数を超え、10年以上かかるケースも少なくないことが示されています。

早く始めるべき理由は、単に時間がかかるからだけではありません。

  • 選択肢が多いうちに判断できる:株式の移転方法(贈与・売買・相続など)や時期は、時間があるほど比較・分散ができます。
  • 後継者の育成に時間を充てられる:経営者としての経験は、短期間では身に付きません。
  • 不測の事態に備えられる:健康上の問題などで承継が突然始まると、準備不足のまま相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)を迎えることになります。

「まだ元気だから」「後継者が決まっていないから」は、準備を先送りする理由にはなりません。後継者が未定でも進められる準備は数多くあります(関連記事:後継者が決まる前にできる準備)。

最初に整理すべきこと:4つの視点の「現状把握」

事業承継の第一歩は、現状を正確に知ることです。事業承継ガイドラインも、準備の必要性を認識したあとのステップとして「経営状況・経営課題等の把握(見える化)」を挙げています。

AEGISでは、4つの視点ごとに次の項目を確認することから始めます。

経営:会社は「社長がいなくても」回るか

  • 業績の推移と、今後数年の見通し
  • 社長個人に依存している業務・判断・取引先との関係
  • 幹部社員の役割分担と、意思決定の仕組み

社長しか知らないこと、社長しか決められないことが多いほど、承継には時間がかかります。

所有:株式は今、誰が何株持っているか

  • 株主名簿と実際の株主が一致しているか
  • 親族や元役員などに株式が分散していないか
  • 定款に株式の譲渡制限や相続人等に対する売渡請求の定めがあるか

会社の重要事項は株主総会で決まります。役員の選任などの普通決議は原則として出席株主の議決権の過半数、定款変更などの特別決議は原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です(会社法309条・341条)。後継者が安定して経営するには、どの程度の議決権を確保できるかを早い段階で把握しておく必要があります。

財産:会社と個人の境界はどうなっているか

  • 自社株式のおおよその評価額
  • オーナー個人の財産のうち、自社株式・不動産・金融資産の割合
  • 会社が使っている不動産をオーナー個人が所有していないか
  • オーナーから会社への貸付金、会社借入れに対する経営者保証

中小企業では、会社の事業と個人の財産が密接につながっていることが少なくありません。この境界が曖昧なままだと、株式だけを移しても事業が回らない、あるいは相続のときに想定外の論点が出てくることがあります。

家族:誰が、何を望んでいるか

  • 後継者候補本人に、継ぐ意思があるか
  • 後継者以外の家族が、会社や財産についてどう考えているか
  • 配偶者や子の生活資金をどう確保するか

家族の意向は、税金や株価よりも数値化しにくい一方で、承継の成否を最も大きく左右する要素の一つです。

整理する順番:「方針」→「方法」→「税金」

現状が見えたら、次は判断の順番です。AEGISでは、次の順で整理することをおすすめしています。

  1. 方針を決める:事業を継続するか、誰に(親族・社内・社外)引き継ぐ方向か、いつ頃を目安にするか
  2. 経営と所有の設計を決める:経営をいつ、誰に任せるか。株式をいつ、どの方法で、誰に移すか
  3. 財産全体の配分を考える:後継者以外の家族に何を渡すか、納税資金をどう確保するか
  4. 税金を最適化する:上記の方針の範囲内で、税負担を抑える方法を検討する

ここでのポイントは、税金の最適化を最後に置くことです。税負担の軽減は重要ですが、税金を基準に経営や所有の設計を決めると、後継者の経営権が不安定になったり、家族間の公平が損なわれたりすることがあります。税金は「方針を実現するための手段の一つ」として位置付けるのが、長期的に見て合理的です。

なお、経営を任せる時期と株式を移す時期は、必ずしも同じである必要はありません。たとえば、代表者は早めに交代し、株式は段階的に移すといった設計も考えられます。

また、株式の引き継ぎ先は家族や社内・社外の後継者だけとは限りません。会社の経営と議決権は後継者に任せ、株式の一部(たとえば議決権のない配当優先株式)を財団に寄附して、配当を社会貢献に充てるという「社会貢献を軸にした承継」の形もあります。自ら財団を設立せず、運営体制を備えた既存の財団に基金を設ける形であれば、後継者に財団運営の負担を残さずに済みます(AEGISが設立したアイジスレガシー財団もその一つです)。事業承継税制との比較は関連記事「法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断」で、財団の設計は「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で整理しています。

実務上注意したいポイント

事業承継税制には期限がある

非上場株式の贈与税・相続税の納税を猶予・免除する「法人版事業承継税制(特例措置)」を利用するには、事前に「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります。中小企業庁によれば、提出期限は令和9年(2027年)9月30日まで、対象となるのは平成30年(2018年)1月1日から令和9年(2027年)12月31日までの贈与・相続等です。

制度の利用を検討する可能性があるなら、期限から逆算して早めに方針を整理しておくことが大切です。ただし、この制度は適用後も一定の要件を継続して満たす必要があり、利用が適しているかどうかは会社や家族の状況によって異なります。

経営者保証も承継の論点になる

会社の借入れに対する経営者保証は、後継者にとって事業承継の障害になり得ることが、事業承継ガイドラインでも指摘されています。金融機関向けには、事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則も設けられています。借入れの状況と保証の有無は、早い段階で確認しておきたい項目です。

計画は「完成させる」より「共有する」

事業承継の準備は、資料を作ること自体が目的ではありません。現経営者と後継者候補、家族、幹部社員が、同じ現状認識と方向性を共有できているかが重要です。事業承継計画の具体的な項目については、関連記事(事業承継計画に含める項目)で詳しく解説しています。

AEGISの視点

事業承継は、税務の問題として語られることが多いテーマです。しかしAEGISは、事業承継を「会社の所有と経営の形を、次の世代に合わせて設計し直す機会」と捉えています。

オーナーが築いてきたものは、会社だけではありません。会社が使う不動産、個人の金融資産、家族との関係、地域や社会とのつながり——それらはすべて、事業承継のときに同時に動きます。会社の株式だけを見て最適化しても、不動産の所有形態や家族の生活資金、あるいはオーナー自身の「事業を通じて社会に何を残したいか」という思いが置き去りになれば、承継は本当の意味で完了しません。

そのためAEGISでは、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として整理し、その上で個々の対策を位置付けることを重視しています。最初の一歩は、精緻な計算ではなく、オーナー自身の言葉で「何を、誰に、どのような形で残したいか」を書き出してみることです。

事業承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 事業承継で引き継ぐのは、経営・所有・財産・家族にまたがる「事業の全体」です。
  • 最初に行うべきは、後継者の決定や税金の試算ではなく、4つの視点での現状把握です。
  • 整理の順番は「方針 → 経営と所有の設計 → 財産全体の配分 → 税金の最適化」が基本です。
  • 準備には年単位の時間がかかります。60歳前後を一つの目安に、早めに着手することが望まれます。
  • 事業承継税制の特例措置を検討する場合は、特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)に注意が必要です。

具体的にどの対策が適しているかは、会社の状況や家族構成などの個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 後継者が決まっていなくても、事業承継の準備は始められますか?

始められます。株主構成や会社と個人の財産の関係の整理、社長に依存している業務の見える化、自社株式の評価額の把握などは、後継者が誰であっても必要になる準備です。むしろ、これらを進めることで後継者の選択肢が広がることもあります。

Q. 事業承継は何歳頃から準備すべきですか?

中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、おおむね60歳頃には準備に着手することが望ましいとされています。後継者の育成を含めると3年以上かかるケースが半数を超えるため、年齢にかかわらず「思い立ったとき」が着手のタイミングと考えるのが現実的です。

Q. まず相続税の試算から始めるべきではないのですか?

試算自体は早い段階で行う価値があります。ただし、試算結果だけを基準に対策を決めると、経営権や家族間の公平といった他の重要な要素が後回しになりがちです。試算は現状把握の一部として行い、対策の判断は方針を決めた後に行うのが望ましい順番です。

Q. 経営を譲るタイミングと株式を渡すタイミングは同じでなければなりませんか?

同じである必要はありません。代表者の交代と株式の移転を段階的に分けて設計することも可能です。ただし、後継者が経営判断を行うために必要な議決権を、どの時点でどの程度確保できるかは慎重に検討する必要があります。

Q. 事業承継税制は必ず使ったほうがよいのですか?

一概には言えません。納税の猶予・免除を受けられる一方で、適用後も一定期間にわたって要件を満たし続ける必要があり、会社の将来の選択肢(組織再編や売却など)に影響することもあります。制度の期限を意識しつつ、自社の方針に合うかどうかを確認したうえで判断することが重要です。制度を使わない場合の選択肢には、贈与や売買のほか、株式の一部を財団に寄附して経営権は後継者に残す、社会貢献を軸にした承継もあります。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

その他参考資料

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。