相続税の納税資金をどう準備するか|生命保険・不動産売却・自社株の買取り・延納・物納を比較する

書類と電卓を前に話し合う家族3人

相続税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に、金銭で一括して納めるのが原則です(国税庁 No.4205)。財産の大半が自社株式や不動産であるオーナーの家庭では、相続税額そのものよりも、「期限までに現金を用意できるか」が最大の課題になることが少なくありません。

結論から言えば、納税資金の準備は「生前に用意する手段」と「相続後に使う手段」を組み合わせ、延納・物納は最後の受け皿として位置付けるのが基本です。延納や物納は要件が厳しく、計画の中心に置くと、相続が起きてから選択肢がなくなるおそれがあります。

この記事では、主な納税手段の要件と特徴を比較し、どの順番で検討すればよいかを整理します。

まず「足りない額」と「いつ足りないか」を把握する

納税資金の検討は、手段選びの前に、次の2点を確認することから始まります。

  1. 相続税の見込額:財産の評価と特例の適用を前提にした概算額
  2. 申告期限までに現金化できる財産の額:預貯金、上場有価証券、相続人が受け取る死亡保険金など

この差額が「不足額」です。不足額は、相続人ごとにも確認が必要です。たとえば、後継者が自社株式を多く相続すると、後継者個人の納税額は大きくなる一方で、手元の現金は少ないということが起こります。相続税は相続人ごとに納めるものであるため、家族全体では足りていても、特定の相続人が払えないという状況に注意が必要です。

主な納税手段の比較

手段準備の時期主な特徴主な留意点
預貯金・金融資産生前最も確実。換金の手間が少ない資産全体に占める割合が小さいことが多い
生命保険(死亡保険金)生前相続後すぐに現金化でき、受取人を指定できる非課税枠は相続人が受け取る場合に限られる。保険料負担が続く
不動産の売却生前・相続後大きな金額をつくれる期限内に売れるとは限らない。譲渡所得税がかかる
相続した非上場株式の発行会社への譲渡(いわゆる金庫株)相続後換金しにくい自社株式を現金化できる会社の資金と分配可能額の範囲が必要。議決権の比率が変わる
延納(分割払い)相続後(申請)金銭で一括納付が難しい場合に分割できる要件・担保・利子税がある
物納相続後(申請)延納でも難しい場合に財産で納める要件が厳しく、利用はごく限られている
法人版事業承継税制(納税猶予)生前の計画と相続後の手続自社株式に係る相続税の納税を猶予適用要件・継続要件があり、取消し時の負担がある

※各手段の要件は個別に確認が必要です。表はAEGISが整理したものです。

以下、それぞれの手段のポイントを見ていきます。

生前に準備する手段

生命保険

被相続人が保険料を負担し、相続人が受け取る死亡保険金は、相続税の対象となる一方で、「500万円×法定相続人の数」までは非課税となります(国税庁 No.4114)。相続後、比較的短い期間で現金を受け取れることが、納税資金として大きな利点です。

また、受取人を指定できるため、納税資金が必要な相続人(たとえば自社株式を相続する後継者)に現金を届けることができます。ただし、相続人以外の人が受け取る死亡保険金には非課税の適用がないなど、契約の形によって課税関係が変わります。保険の設計については関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で詳しく解説しています。

不動産の生前売却・組替え

不動産が多く現預金が少ない場合は、生前に一部の不動産を売却したり、換金しやすい資産に組み替えたりすることが考えられます。生前であれば、売却の時期や価格を落ち着いて選ぶことができます。一方、売却後の現金は相続税評価上の減額がないため、相続税額そのものは増えることがある点も踏まえて判断します。

会社からの退職金

オーナー経営者に会社から支払われる死亡退職金は、相続人が受け取る場合に一定額まで非課税の扱いがあり、納税資金として活用されることがあります(国税庁 No.4117)。支給には会社の資金と規程の整備が必要です。

相続後に使う手段

相続した不動産の売却

相続後に不動産を売却して納税資金をつくる場合、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すれば、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります(国税庁 No.3267)。ただし、相続税の納期限までに売却が終わらないことも多いため、延納と組み合わせて計画することもあります。

相続した非上場株式の発行会社への譲渡

自社株式は換金しにくい財産です。相続人がこれを発行会社に買い取ってもらう方法は、一般に「金庫株」と呼ばれます。

通常、株式を発行会社に譲渡すると、対価のうち資本金等の額を超える部分は配当(みなし配当)として課税されます。しかし、相続や遺贈で財産を取得し、納付すべき相続税額がある個人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに、相続した非上場株式を発行会社に譲渡した場合には、みなし配当課税を行わず、全額を株式の譲渡所得とする特例があります(国税庁 No.1477)。この場合、上記の取得費加算の特例も検討できます。適用には、譲渡の時までに所定の届出書を発行会社に提出する必要があります。

ただし、次の点に注意が必要です。

  • 会社の資金:買取りは会社の分配可能額の範囲内に限られ(会社法461条)、運転資金を圧迫すると事業に影響します。
  • 議決権の比率:会社が取得した自己株式には議決権がないため(会社法308条2項)、後継者が株式を会社に譲渡すると、他の株主の比率が相対的に上がります。後継者の議決権が下がりすぎないかの確認が欠かせません。
  • 会社の手続:特定の株主からの取得には、株主総会の特別決議などの手続が必要です(会社法156条・160条・309条2項2号)。

延納

延納は、相続税を金銭で一括納付することが困難な場合に、分割して納める制度です。主な要件は次のとおりです(国税庁 No.4211)。

  • 相続税額が10万円を超えること
  • 金銭で納付することが困難であり、その困難な金額の範囲内であること
  • 延納税額と利子税に相当する担保を提供すること(延納税額が100万円以下で延納期間が3年以下の場合は不要)
  • 納期限(期限内申告の場合は申告期限)までに延納申請書と担保提供関係書類を提出すること

延納できる期間と利子税の割合は、相続財産に占める不動産等の割合によって異なり、不動産等の割合が大きいほど長い期間が認められます。利子税の負担が生じるほか、手元の現金を一定額残したうえでの「困難な金額」が対象となるため、申請すれば希望どおりに分割できるわけではありません。

物納

物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に、相続財産そのもので納める制度です。物納に充てられる財産には順位があり、第1順位が不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等、第2順位が非上場株式等、第3順位が動産とされています。また、担保権が設定された不動産、境界が明らかでない土地、譲渡制限株式など、管理や処分に不適格な財産は物納できません(国税庁 No.4214)。

国税庁の公表によると、令和7年度の相続税の物納申請は48件にとどまっています(国税庁「物納処理状況等」)。物納は「最後の受け皿」と考え、計画の前提にしないことが現実的です。

検討の順番

AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

  1. 相続税の概算と、相続人ごとの不足額を把握する
  2. 生前に現金化しやすい形を整える:金融資産の確保、生命保険の受取人と金額の見直し、売却候補の不動産の選定と整備
  3. 自社株式の扱いを決める:後継者に集める株式と、相続後に会社へ譲渡する余地のある株式を分け、会社の資金計画と議決権への影響を確認する
  4. 相続後の手段を想定しておく:不動産売却のスケジュール、延納の要件を満たせるか、物納の候補財産が適格か
  5. 定期的に見直す:株価や不動産の評価、家族の状況が変われば不足額も変わります

実務上注意したいポイント

  • 納期限に間に合わないと延滞税がかかります。延納・物納の申請も納期限までが原則です。
  • 遺産分割がまとまらないと、手段が限られます。分割が決まらない財産は売却しにくく、物納でも権利の帰属に争いがある財産は不適格とされます。
  • 相続人は互いに連帯して納付する責任を負うことがあります。特定の相続人が納税できないと、他の相続人に影響が及ぶ可能性があります。
  • 納税資金のために株式が分散しないよう注意します。換金のために社外の第三者へ株式を売却すると、経営の安定に影響することがあります。

AEGISの視点

納税資金の問題は、「相続税をいくら減らすか」とは別の、「いつ、誰が、どの財産で払うか」という資金計画の問題です。相続税額を下げる対策を重ねても、財産が換金しにくい形のままでは、相続後に不本意な売却を迫られることがあります。

AEGISは、納税資金を考えるときに、財産を「経営を続けるための財産」「家族に分けるための財産」「税金を納めるための財産」に分けて役割を決めることを重視しています。自社株式は経営を続けるための財産として後継者に、納税のための財産はあらかじめ現金や生命保険、売却しやすい不動産として用意する——この役割分担ができていれば、相続後の判断はずっと落ち着いたものになります。

また、会社による自己株式の取得は、オーナー家の納税資金の問題を会社の財務に移すことでもあります。会社の資金計画や金融機関との関係、議決権の構成まで含めて事前に設計しておくことが、事業と家族の両方を守ることにつながります。

財産の役割分担の考え方は関連記事「自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継」で、試算に必要な情報は「相続税の概算に必要な情報とは」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

自社株式の評価や納税資金を含む承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

まとめ

  • 相続税は申告期限までに金銭で一括納付するのが原則で、自社株式や不動産が多い家庭では納税資金の準備が重要な課題になります。
  • 生前の手段(金融資産・生命保険・不動産の整理)と相続後の手段(不動産売却・自社株式の発行会社への譲渡・延納・物納)を組み合わせて考えます。
  • 相続した非上場株式を一定期間内に発行会社へ譲渡する場合には、みなし配当課税を行わない特例がありますが、会社の資金と議決権への影響の確認が欠かせません。
  • 延納・物納は要件が厳しく、特に物納の利用は限られています。最後の受け皿として位置付けるのが現実的です。
  • 不足額は家族全体だけでなく、相続人ごとに確認することが大切です。

よくある質問

Q. 相続税を期限までに払えないと、どうなりますか?

納期限の翌日から納付の日までの期間に応じて延滞税がかかります。金銭で一括納付することが難しい場合は、納期限までに延納や物納を申請することができますが、いずれも要件を満たす必要があります。期限が迫ってから慌てないよう、生前に不足額を確認しておくことが大切です。

Q. 不動産があれば、物納で相続税を払えるのではないですか?

物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に限られ、担保権の設定がある不動産や境界が明らかでない土地などは物納に適さない財産とされます。実際の利用件数もごく少ないため、物納を前提とした計画は避けたほうがよいでしょう。

Q. 自社株式を会社に買い取ってもらうと、税金はどうなりますか?

一定の要件を満たす場合、相続した非上場株式を発行会社に譲渡したときの対価は、みなし配当ではなく株式の譲渡所得として課税されます。さらに、相続税の一部を取得費に加算できる特例を組み合わせられる場合があります。ただし、会社の分配可能額や資金繰り、議決権への影響を事前に確認する必要があります。

Q. 生命保険と預金では、納税資金としてどちらがよいですか?

相続人が受け取る死亡保険金には非課税枠があり、受取人を指定して特定の相続人に現金を届けられる点で、預金とは異なる利点があります。一方で保険料の負担や契約の見直しが必要です。どちらか一方ではなく、相続人ごとの不足額に合わせて組み合わせるのが現実的です。

Q. 納税資金の準備は、いつから始めればよいですか?

不動産の売却や会社の資金計画には時間がかかるため、相続税の概算ができた段階から始めるのが理想です。株価や不動産の評価は変わるため、一度試算して終わりではなく、定期的に不足額を見直すことが大切です。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第6章(印刷 p.624-697)
  • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、第二章(印刷 p.67-78)
  • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第1章 Q1・Q2(印刷 p.100-106)

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。