海外に移住する(日本に住所も居所もなくなる)ときに、1億円以上の有価証券等を持っていて、かつ出国前10年以内に日本に5年を超えて住んでいた方は、株式を売っていなくても、出国の時に売ったものとみなして含み益に所得税がかかります。これを「国外転出時課税」といいます。
ポイントは次の3つです。
- 対象は株式や投資信託などの有価証券等で、上場・非上場を問いません。オーナー経営者の場合、自社株だけで1億円を超えることもあります。
- 一定の手続をとれば、納めるべき所得税について最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
- 自分は日本に住んだままでも、海外に住む家族に株式等を贈与したり、相続で引き継がせたりする場合にも同じ仕組みが働きます。
制度の詳細は国税庁が公表している情報と法令で確認できますが、手続の期限が短く、出国前にしかできない準備が多いのが特徴です。この記事では、海外移住を検討する方が出国前に確認しておきたいことを整理します。
国外転出時課税とは
国外転出時課税は、平成27年度税制改正で創設され、平成27年7月1日以後の国外転出、贈与、相続・遺贈に適用されています(国税庁タックスアンサーNo.1478)。
背景には、含み益のある株式を持ったまま、株式の譲渡益に課税しない国へ移住してから売却すると、日本でも移住先でも課税されない状態が生じうるという問題がありました。そこで、日本を離れる時点までに生じた含み益について、日本で課税する仕組みが設けられています。
この制度は、次の3つの場面で働きます。
| 場面 | 何が起きたときか | 誰が申告するか | 申告の期限の目安 |
|---|---|---|---|
| 国外転出(出国) | 本人が日本に住所・居所を有しなくなるとき | 本人 | 納税管理人の届出をした場合は出国した年分の確定申告期限、しない場合は出国の時まで(準確定申告) |
| 国外転出(贈与) | 本人が国外に住む人に対象資産を贈与したとき | 贈与した本人 | 贈与した年分の確定申告期限 |
| 国外転出(相続) | 本人が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得したとき | 亡くなった本人の相続人 | 相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日まで(準確定申告) |
※国税庁タックスアンサーNo.1478・No.1467・No.1468をもとにAEGISが整理。個別の手続は最新の国税庁情報で確認してください。
対象になる人:2つの要件
国外転出時課税の対象になるのは、次の両方に当てはまる居住者です(所得税法60条の2第5項)。
- 国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円以上であること
- 国外転出の日前10年以内に、日本に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えていること
2つ目の期間の計算では、一定の在留資格(出入国管理及び難民認定法の別表第一の在留資格)で在留していた期間は含めないこととされています(所得税法施行令170条3項)。そのため、主に影響を受けるのは、長く日本に住んでいる方です。
1億円の判定は、対象資産の合計で行います。上場株式だけでなく、非上場株式、投資信託、匿名組合への出資なども合算します。オーナー経営者の場合、自社株の価額だけで1億円を超えていることに気づいていないケースもあるため、まず現在の株価の水準を確認することが出発点になります。
対象になる資産
対象資産は、次のとおりです(所得税法60条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。
- 有価証券(株式、投資信託など。上場・非上場を問いません)
- 匿名組合契約の出資の持分
- 未決済の信用取引・発行日取引
- 未決済のデリバティブ取引(先物取引、オプション取引など)
一方で、不動産や金地金、預金などは、この制度の対象資産ではありません。また、新株予約権のうち、株式を無償または有利な価額で取得できる権利を表示する一定のもの(国内源泉所得を生ずべきもの)は対象から除かれています。ストック・オプションを持つ方の扱いは、別の論点として確認が必要です。
課税の仕組み:「売ったもの」とみなされる
いつの価額で計算するか
国外転出時課税では、出国の時に対象資産を売った(決済した)ものとみなして、含み益を譲渡所得等として計算します。基準となる価額は、手続によって次のように変わります(所得税法60条の2第1項)。
- 出国した年分の確定申告書を提出する時までに納税管理人の届出をした場合など:国外転出の時の価額
- それ以外の場合:国外転出の予定日から起算して3か月前の日の価額(その日より後に取得したものは取得時の価額)
非上場株式の場合は、市場の価格がないため、所得税の考え方に沿った「時価」を算定する必要があります。株価の算定には時間がかかるため、出国の予定が決まったら早めに着手することが重要です。
申告の方法
国税庁の案内では、申告の方法は次のように分かれています。
- 出国の時までに納税管理人の届出をした場合:出国した年分の確定申告期限までに、他の所得とあわせて確定申告・納税をします。
- 納税管理人の届出をしないで出国する場合:出国の時までに、その年の1月1日から出国の時までの所得にこの制度による所得を含めて、準確定申告・納税をします。
納税管理人とは、日本に住所等を有しない納税者に代わって、申告書の提出や税金の納付などを行う人です。後で述べる納税猶予を受けるためにも、納税管理人の届出が前提になります。
納税猶予:最長10年、ただし担保が必要
国外転出時課税は、実際には売却していない株式に課税されるため、納税資金が大きな負担になります。そこで、一定の手続をとった場合には、国外転出の日から5年間(延長の届出をすれば最長10年間)、納税を猶予する特例があります(所得税法137条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。
主な要件は次のとおりです。
- 出国の時までに、所轄の税務署に納税管理人の届出をすること
- 確定申告書に納税猶予の適用を受ける旨を記載し、所定の明細書・計算書を添付すること
- 確定申告書の提出期限までに、猶予される所得税額と利子税額に相当する担保を提供すること
猶予期間中は、毎年12月31日時点で持っている対象資産について、継続して適用を受ける旨の届出書を翌年3月15日までに提出する必要があります。この届出を忘れると、猶予が打ち切られ、猶予されていた税額を納めることになります。また、猶予期間中に対象資産を売ったり贈与したりした場合は、その部分について猶予が終了します。猶予期間が終わって納付する場合には、利子税もかかります。
担保の用意は実務上の大きな論点です。非上場株式を担保として提供する場合には、事前の準備が必要になることがあります。出国の直前に検討を始めると間に合わないことがあるため、時間に余裕を持って税務署や専門家と相談しておくことが望まれます。
帰国したときの取消し
国外転出時課税の申告をした方が、国外転出の日から5年以内(納税猶予の期限延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、その時まで引き続き持っている対象資産があるときは、その資産について課税がなかったものとして取り消すことができます。取り消すには、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をする必要があります(所得税法153条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。
このほか、5年以内に対象資産を居住者に贈与した場合や、本人が亡くなって対象資産を取得した相続人等が全員居住者となった場合なども、一定の要件のもとで取消しの対象になります。
「数年で戻るかもしれない」という移住の場合は、納税猶予と帰国時の取消しを組み合わせた見通しを立てておくことが、資金計画のうえで重要になります。
国外の家族に贈与・相続で渡る場合
贈与の場合
1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が、国外に住む家族に対象資産を贈与すると、贈与した本人に、その資産を売ったものとみなした所得税がかかります(所得税法60条の3、国税庁タックスアンサーNo.1467)。受け取った家族には、別途、贈与税の課税関係が生じます。
相続の場合
1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得した場合も、亡くなった本人がその資産を売ったものとみなして所得税が課税されます(国税庁タックスアンサーNo.1468)。申告は相続人が準確定申告として行い、その期限は相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日までです。
相続の場合の納税猶予では、対象資産を取得した国外に住む相続人等の全員が、準確定申告書の提出期限までに納税管理人の届出をすることなどが要件になります。遺産分割の内容によって、国外に住む相続人が対象資産を取得するかどうかが変わるため、遺言の内容や分割の方針と、この制度の関係を事前に確認しておくことが大切です。海外に住む相続人がいる場合の手続全般は、関連記事「海外在住の相続人がいる場合の準備」で解説しています。
移住しても、日本の相続税・贈与税がすぐ外れるわけではない
国外転出時課税は所得税の制度ですが、移住を考える際には相続税・贈与税の扱いもあわせて確認が必要です。たとえば、日本国籍を有する相続人は、国外に住んでいても、相続開始前10年以内に日本に住所があった場合のほか、その期間に日本に住所がなくても被相続人が外国人被相続人・非居住被相続人でない場合などは、国外の財産も含めて日本の相続税の対象になります(国税庁タックスアンサーNo.4138、相続税法1条の3)。「移住すれば日本の相続税がかからなくなる」とは限らない点に注意が必要です。海外に財産を持つ場合の相続準備は、関連記事「海外に財産がある人の相続準備」で整理しています。
出国前に確認したいチェックリスト
| 時期の目安 | 確認すること |
|---|---|
| 移住を検討し始めたとき | 対象資産の合計が1億円以上か(自社株・投資信託を含む)、過去10年の国内居住期間 |
| 出国の半年〜1年前 | 非上場株式の価額の算定、税額の試算、納税猶予を使うかどうかと担保の候補 |
| 出国の数か月前 | 納税管理人の選任、会社の役員・株主としての関わり方、ストック・オプションの扱い |
| 出国の時まで | 納税管理人の届出(納税猶予を受ける場合は必須)、申告方法の確定 |
| 出国後 | 毎年の継続適用届出書の提出、帰国の可能性と取消しの期限管理 |
| 家族への承継 | 国外に住む家族への贈与・相続の予定、遺言・遺産分割の方針との整合 |
実務上注意したいポイント
- 「売っていないから税金はかからない」と考えない:課税されるのは含み益で、売却代金は手元にありません。納税資金や担保の準備が必要です。
- 期限が短い:納税管理人の届出は出国の時まで、帰国時の取消しは帰国から4か月以内など、期限の短い手続が続きます。
- ストック・オプションを持っている場合:国外転出時課税の対象資産から除かれる新株予約権がある一方、税制適格ストック・オプションの要件や、行使して取得した株式の扱いなど別の論点があります。関連記事「ストックオプションで人材を集める」もあわせてご覧ください。
- 所得が大きくなる年の影響:みなし譲渡による所得が大きい年は、所得が非常に大きい人を対象とする課税の特例(租税特別措置法41条の19)など、他の制度との関係も確認しておきたいところです。
- 移住先の税制も確認する:移住先の国が、日本で課税された含み益をどう扱うかは国によって異なります。
AEGISの視点
海外移住は、生活・事業・家族のあり方そのものを変える大きな決断です。国外転出時課税は、その決断に伴う「出口の税金」の一つにすぎませんが、手続の期限が出国の時点に集中しているため、準備が後手に回りやすい制度でもあります。
AEGISは、この制度を「移住の可否を決める税金」ではなく、資産の持ち方と承継の順番を見直すきっかけと考えています。たとえば、自社株を誰がいつ持つのか、会社の経営にどこまで関わり続けるのか、家族のうち誰が国外に住む可能性があるのかによって、税金の発生する場面も、選ぶべき手続も変わります。移住の前に、事業承継や相続の計画と一緒に全体を並べて確認することが、後からの選択肢を狭めないための近道です。
税制改正を自分の計画に引きつけて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で解説しています。
まとめ
- 国外転出時課税は、1億円以上の有価証券等を持ち、出国前10年以内に5年を超えて日本に住んでいた方が出国するときに、含み益に所得税がかかる制度です。
- 対象資産は株式・投資信託などの有価証券等や未決済のデリバティブ取引等で、非上場株式も含まれます。
- 納税管理人の届出や担保の提供などの手続をとれば、最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
- 国外に住む家族への贈与や、相続で国外に住む相続人が対象資産を取得する場合にも同じ仕組みが働きます。
- 具体的な税額や手続の可否は、資産の内容や家族の状況によって異なります。出国の予定が決まる前から準備を始めることが大切です。
よくある質問
Q. 持っている株式が1億円未満なら、国外転出時課税はかかりませんか?
国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円未満であれば、国外転出時課税は適用されません。ただし、判定は上場株式だけでなく、非上場株式や投資信託なども合算して行います。自社株の評価額によっては1億円を超えることがあるため、事前に確認が必要です。
Q. 不動産や預金を持ったまま移住した場合も課税されますか?
不動産や預金は国外転出時課税の対象資産ではありません。ただし、移住後に日本の不動産を売却した場合や、日本で賃貸収入を得る場合などは、非居住者としての課税関係が生じます。また、相続税・贈与税の扱いは別途確認が必要です。
Q. 納税猶予を受けると、税金は払わなくてよくなるのですか?
納税猶予は、納める時期を先に延ばす仕組みであり、税金が免除されるわけではありません。猶予期間が終われば、猶予された税額と利子税を納める必要があります。期間内に帰国して取消しの手続をとった場合や、一定の事由に該当した場合には、課税が取り消されたり税額が減額されたりすることがあります。
Q. 帰国したら、自動的に課税が取り消されますか?
自動的には取り消されません。国外転出の日から5年以内(延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、引き続き対象資産を持っている場合に、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をすることで取り消すことができます。
Q. 親が日本に住んだまま亡くなり、海外に住む子が株式を相続した場合はどうなりますか?
親が1億円以上の対象資産を持つなどの要件に当てはまる場合、海外に住む子が対象資産を取得すると、親がその資産を売ったものとみなして所得税が課税され、相続人が準確定申告を行います。子には、別途日本の相続税の課税関係も生じます。遺産分割の内容によって課税の有無が変わることがあるため、遺言や分割の方針とあわせて確認が必要です。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国税庁 タックスアンサー No.1478「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1478.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 タックスアンサー No.1467「贈与により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例(国外転出(贈与)時課税)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1467.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 タックスアンサー No.1468「相続又は遺贈により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例(国外転出(相続)時課税)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1468.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 タックスアンサー No.4138「相続人が外国に居住しているとき」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4138.htm
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「相続税法」(第1条の3)
https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073/20260401_506AC0000000008
確認日:2026-10-09 - 国税庁「所得税基本通達 法第60条の2《国外転出をする場合の譲渡所得等の特例》関係」
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/12/03-2.htm
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「所得税法」(第60条の2、第60条の3、第137条の2、第153条の2)
https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033/20261001_507AC0000000070
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「所得税法施行令」(第170条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000096/20260522_508CO0000000093
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「租税特別措置法」(第41条の19)
https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026/20261001_508AC0000000012
確認日:2026-10-09
書籍
- 『世界の相続専門弁護士・税理士による 国際相続とエステート・プランニング』中田朋子・水谷猛雄・withersworldwide 著、税務経理協会、2017年、第2部第2章(P.193-201)、第2部第3章(P.234-235)
