個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ|対象資産・要件・小規模宅地等の特例との選び方

木工の作業場で年配の職人が若い職人に鉋がけを教える様子

個人で営む事業の土地・建物・設備を後継者に引き継ぐとき、一定の要件を満たせば、その事業用資産にかかる贈与税・相続税の全額の納税を猶予し、後継者の死亡などにより免除する制度があります。これが「個人版事業承継税制」(個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除)です。

ただし、この制度は「申告のときに選べばよい」ものではありません。事前の計画提出、都道府県知事の認定、青色申告の継続といった手続きが前提で、承継後も長く事業を続けることが求められます。また、事業用の宅地については、相続税の「小規模宅地等の特例」とどちらを使うかという選択の問題もあります。

この記事では、個人事業の後継者が制度を使えるかどうかを判断するために、対象資産・期限・要件・小規模宅地等の特例との関係・猶予が打ち切られる場面を順に整理します。

個人版事業承継税制とは

個人版事業承継税制は、青色申告をしている個人事業者の後継者として、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下「円滑化法」)の認定を受けた人が、先代事業者から事業用資産を贈与または相続等で取得した場合に、その資産にかかる贈与税・相続税の納税を猶予する制度です(国税庁「個人版事業承継税制のあらまし」)。

会社の株式を引き継ぐ「法人版事業承継税制」と対になる制度ですが、引き継ぐ対象が株式ではなく、個人が所有する土地・建物・減価償却資産そのものである点が大きく異なります。法人なら株式を移せば会社の資産はまとめて移りますが、個人事業では資産を一つずつ後継者に移す必要があるため、制度もそれを前提に組み立てられています。

会社の株式の承継で同様の制度を使うかどうかは、関連記事「法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断」で整理しています。

制度の期限:いつまでに何をするか

まず確認したいのは期限です。国税庁のパンフレット(令和8年7月)では、次のように示されています。

  • 対象となる贈与・相続等の期間:平成31年1月1日から令和10年12月31日まで
  • 個人事業承継計画の提出期限:令和10年9月30日まで(提出先は先代事業者の主たる事務所がある都道府県)

個人事業承継計画の提出期限は、令和8年度税制改正の大綱で「2年6月延長する」とされ、これを反映したものです。なお、贈与・相続等の期間(令和10年12月31日まで)が延長されたわけではない点に注意が必要です。

個人事業承継計画には、後継者の氏名や承継までの事業計画などを記載し、認定経営革新等支援機関(税理士、金融機関など)の所見を付けて提出します。パンフレットでは、贈与や相続の後であっても、円滑化法の認定申請のときまでは計画を提出できるとされています。

そのうえで、承継が起きた後には都道府県知事の円滑化法の認定を受けます。申請期限は、贈与の場合は贈与を受けた年の翌年1月15日まで、相続の場合は相続開始後8か月以内です。相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)より早く到来するため、相続が起きてから準備を始めると時間的な余裕はほとんどありません。

対象になる事業用資産

猶予の対象となる「特定事業用資産」は、先代事業者の事業の用に供されていた資産で、贈与や相続の日の属する年の前年分の、事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものです。

区分対象の範囲
宅地等400㎡まで
建物床面積800㎡まで
上記以外の減価償却資産固定資産税の課税対象とされているもの、自動車税・軽自動車税で営業用の標準税率が適用されるもの、一定の無形固定資産や生物など

いくつかの点を押さえておきましょう。

  • 事業所得の事業が対象です。前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に載っていることが前提のため、不動産所得となる賃貸業は対象になりません。
  • 先代事業者と生計を一にする親族が所有する資産も対象になり得ます。たとえば、配偶者名義の土地の上に先代事業者が建物を建てて事業をしている場合の土地などです。この場合、最初の承継から1年以内の承継に限られます。
  • 在庫や預金、売掛金などは対象外です。対象は土地・建物・減価償却資産に限られます。
  • 事業ごとに資産の全部を引き継ぐことが前提です。贈与の場合、その事業に係る特定事業用資産の全てを贈与する必要があり、一部だけを渡すと適用を受けられません。

なお、法人版と異なり後継者の数に上限はなく、複数の事業を営んでいる場合に事業ごとに異なる後継者が引き継ぐことも想定されています。

後継者と先代事業者の主な要件

要件は贈与と相続で一部異なります。代表的なものは次のとおりです。

後継者(贈与の場合) – 贈与の日に18歳以上であること – 円滑化法の認定を受けていること – 贈与の直前に、その事業(同種・類似の業務や、事業に必要な知識・技能を習得するための学校での修学を含む)に従事していたこと – 贈与から1か月以内に開業届を出し、2か月以内に青色申告の承認申請をすること

後継者(相続の場合) – 円滑化法の認定を受けていること – 相続開始の直前に、その事業に従事していたこと(先代事業者が60歳未満で亡くなった場合を除く) – 相続税の申告期限までに青色申告の承認を受けていること

先代事業者 – 贈与・相続の年、その前年、前々年の確定申告書を青色申告書で提出していること – 贈与の場合は、廃業届を提出していること(または提出見込みであること)

ここで重要なのが青色申告の種類です。対象となる青色申告は、正規の簿記の原則による記帳に基づくもの(55万円、電子申告等の場合は65万円の青色申告特別控除の適用に係るもの)に限られます。簡易な記帳による10万円控除の青色申告では要件を満たしません。日々の記帳の仕方が、数年後の承継に影響するということです。

また、資産の大半が有価証券や自ら使っていない不動産、預金などで占められる事業(資産保有型事業)や、運用収入が大半を占める事業(資産運用型事業)、性風俗関連特殊営業は対象外です。

小規模宅地等の特例とどちらを使うか

個人事業の承継で最も悩ましいのが、相続税の小規模宅地等の特例との関係です。

小規模宅地等の特例では、亡くなった方が事業に使っていた宅地(特定事業用宅地等)について、400㎡まで評価額を80%減額できます。一方、個人版事業承継税制は、宅地等400㎡までの相続税の全額を猶予します。

両者の関係は次のように整理されています(国税庁パンフレット、措置法通達70の6の10-17)。

小規模宅地等の特例で選んだ宅地個人版事業承継税制への影響
特定事業用宅地等その被相続人から取得した特定事業用資産について、個人版事業承継税制は使えない
特定同族会社事業用宅地等個人版の宅地等の限度面積が「400㎡-その面積」になる
貸付事業用宅地等一定の算式で限度面積が調整される
特定居住用宅地等(自宅の敷地)個人版の宅地等の限度面積は400㎡のまま

つまり、自宅の敷地に小規模宅地等の特例を使い、事業用の土地・建物・設備に個人版事業承継税制を使う組み合わせは可能ですが、事業用の宅地に小規模宅地等の特例を使うと、建物や設備も含めて個人版事業承継税制は使えなくなります。

どちらを選ぶかは、次のような観点で比較します。

比較の観点小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)個人版事業承継税制
効果宅地の評価額を80%減額(税額が確定的に減る)対象資産の相続税を全額猶予(条件を満たし続ければ免除)
対象宅地等のみ宅地等・建物・減価償却資産
事前手続不要個人事業承継計画の提出、円滑化法の認定
承継後の負担申告期限まで事業継続・保有長期の事業継続、3年ごとの継続届出、担保提供
打ち切られた場合—猶予税額と利子税の納付

建物や設備の評価額が小さく、宅地が中心であれば、手続きが簡便で効果が確定する小規模宅地等の特例が合理的な場合が多いと考えられます。反対に、工場の建物や大型の機械設備など、宅地以外の事業用資産の評価額が大きい場合には、個人版事業承継税制の検討余地が広がります。いずれも具体的な試算と、後継者が長く事業を続けられるかの見通しを合わせて判断することになります。

猶予が打ち切られる場面と、続ける間の負担

納税猶予は、承継後の状況によって打ち切られることがあります。国税庁のパンフレットでは、主に次のような場合が示されています。

  • 猶予税額の全額を納付する場合:事業を廃止した場合(やむを得ない理由がある場合を除く)、資産保有型事業等に該当した場合、事業所得の総収入金額がゼロになった場合、青色申告の承認が取り消された場合など
  • 一部を納付する場合:特定事業用資産を事業の用に供さなくなった場合など(その部分に対応する税額)

また、猶予を受けている間は、3年ごとに継続届出書を税務署に提出する必要があり、提出しないと猶予税額の全額と利子税を納めることになります。猶予を受けるときには、猶予税額と利子税に見合う担保の提供も求められます。

一方、後継者が亡くなった場合や、一定期間経過後に次の後継者へ資産を一括して贈与した場合、重い障害や要介護状態などやむを得ない理由で事業を続けられなくなった場合などには、猶予税額の全部または一部が免除される仕組みも用意されています。

実務上注意したいポイント

  • 期限は「計画」と「認定」の二段階:計画の提出期限(令和10年9月30日)と、贈与・相続の期限(令和10年12月31日)は別のものです。承継の予定時期から逆算して準備します。
  • 青色申告の種類を今から確認する:先代事業者が前々年から正規の簿記による青色申告をしていることが要件です。10万円控除の青色申告であれば、早めに記帳方法を見直す必要があります。
  • 貸借対照表に載っていない資産は対象外:事業に使っている資産が帳簿に計上されているか、名義と実態が一致しているかを確認します。
  • 許認可や契約は税制とは別に引き継ぐ:個人事業の承継では、先代が廃業し、後継者が新たに開業する形になります。許認可や取引契約、借入金の扱いは、税制とは別に一つずつ確認が必要です。
  • 遺言で資産の行き先を決めておく:相続で承継する場合、遺産分割がまとまらなければ認定や申告に間に合わないおそれがあります。

個人事業主が遺言で何を備えておくべきかは、関連記事「個人事業主が遺言で備えること」で扱っています。

AEGISの視点

個人版事業承継税制は、使えれば税負担の面で大きな効果がある制度です。しかし、AEGISはこの制度を「税金を猶予する仕組み」である以上に、「後継者が長く事業を続けることを国と約束する仕組み」だと考えています。猶予を受けた後、事業をやめる、事業の形を変える、資産を手放すといった選択には、猶予税額の納付という重みが伴います。

そのため、制度を使うかどうかの判断は、税額の比較から始めるのではなく、後継者がこの事業をどのくらいの期間、どのような形で続けたいのかを確認するところから始めるべきだと考えます。将来、法人化や事業の譲渡、事業内容の転換を考えているのであれば、その可能性も含めて小規模宅地等の特例や生前の贈与など他の選択肢と比べる必要があります。

また、個人事業の承継は、資産の移転だけでは完結しません。屋号、取引先との契約、許認可、従業員との雇用関係、事業用の借入れと担保、そして後継者以外の家族への配慮——これらを一つずつ引き継ぐ段取りを組むことが、税制の適用以上に事業の継続を左右します。第三者への承継も視野に入れる場合は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」も参考になります。

事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

事業用資産の評価や相続税の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 個人版事業承継税制は、個人事業の土地・建物・減価償却資産にかかる贈与税・相続税の全額を猶予し、一定の場合に免除する制度です。
  • 対象となる贈与・相続等は令和10年12月31日まで、個人事業承継計画の提出期限は令和10年9月30日までです(令和8年度税制改正の大綱で計画提出期限を延長)。
  • 宅地等は400㎡まで、建物は床面積800㎡までなどの範囲があり、正規の簿記による青色申告が前提です。
  • 事業用宅地に小規模宅地等の特例を使うと、個人版事業承継税制は使えません。自宅の敷地への小規模宅地等の特例とは併用が可能です。
  • 承継後も事業の継続や3年ごとの届出が求められ、事業の廃止などで猶予が打ち切られることがあります。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 不動産賃貸業を営んでいる場合も使えますか?

使えません。この制度は事業所得に係る青色申告の事業を対象としており、特定事業用資産は前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものに限られます。賃貸業の所得は不動産所得となるため、対象外です。

Q. 個人事業承継計画を出さずに相続が起きたら、もう使えませんか?

国税庁のパンフレットでは、贈与や相続の後であっても、円滑化法の認定申請のときまでは個人事業承継計画を提出できるとされています(提出期限は令和10年9月30日)。ただし、相続の場合の認定申請は相続開始後8か月以内であり、その間に後継者の要件や青色申告の承認なども整える必要があるため、事前に準備しておくことが現実的です。

Q. 後継者が複数いる場合はどうなりますか?

法人版事業承継税制と異なり、後継者の人数に上限はありません。複数の事業を営んでいる場合に事業ごとに異なる後継者が引き継ぐことも想定されています。なお、宅地等400㎡・建物800㎡の面積は、各後継者が取得した面積の合計で判定します。

Q. 承継後に法人化(法人成り)したいときはどうなりますか?

最初の贈与税(または相続税)の申告期限の翌日から5年を経過した後に、特例の対象となった事業用資産の全てを現物出資して会社を設立する場合には、移転の日から1か月以内に申請して税務署長の承認を受けることで、取得した株式等について猶予が継続する扱いがあります(租税特別措置法70条の6の8第6項)。法人化の予定がある場合は、時期と方法によって扱いが変わるため、承継前に確認しておくことが重要です。

Q. 猶予を受けた税金は、最終的に払わなくてよいのですか?

後継者が亡くなった場合などには猶予税額が免除されます。一方、事業の廃止や青色申告の承認取消しなどで猶予が打ち切られた場合は、猶予税額と利子税を納付することになります。「最終的に免除されるかどうか」は、承継後の事業の続け方によって決まります。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.1085-1090、P.1233-1234
  • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.29-31

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。