相続放棄をしても、相続税の基礎控除などの計算に使う「法定相続人の数」は、放棄がなかったものとして数えます。 そのため、放棄によって基礎控除が増えたり減ったりすることはありません。
一方で、放棄した人自身は、生命保険金・死亡退職金の非課税、借入金などの債務控除、相次相続控除を使えなくなります。また、子の全員が放棄して兄弟姉妹が新たに相続人になった場合、その兄弟姉妹が財産を取得すると相続税額の2割加算の対象になります。配偶者の税額軽減は、放棄した配偶者でも遺贈などで取得した財産があれば使えます。
著名人の相続で相続放棄が報じられたこともあり、放棄の影響に関心を持つ方が増えています。この記事では、相続放棄が相続税の計算のどこに、どう影響するのかを項目ごとに整理します。
相続放棄の基本:法律上の効果
相続放棄は、家庭裁判所に申述して行う手続です。原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に行う必要があります(民法915条1項)。
放棄をした人は、その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。プラスの財産もマイナスの財産も引き継がず、放棄した人の子が代わりに相続する代襲相続も生じません。
その結果、相続人の顔ぶれが変わることがあります。たとえば子の全員が放棄すると、次の順位である親などの直系尊属が、直系尊属もいなければ兄弟姉妹が相続人になります(民法889条1項)。
ここで注意したいのは、放棄をしても相続税と無関係になるとは限らないことです。死亡保険金のように、放棄した人が受け取れる財産があるからです。
放棄した人が受け取る生命保険金・死亡退職金
被相続人が保険料を負担していた生命保険の死亡保険金は、受取人固有の財産であり、相続放棄をしても受け取ることができます。ただし、相続税の計算では相続または遺贈により取得したものとみなされます(相続税法3条1項1号)。放棄した人は相続人ではないため、遺贈により取得したものとして扱われます。
このとき、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は、相続人が受け取った保険金にだけ適用されます。国税庁は、ここでいう相続人に相続を放棄した人は含まれないとしています(タックスアンサーNo.4114)。死亡退職金の非課税枠も同様です(No.4117)。
つまり、
- 非課税枠の金額の計算(法定相続人の数)には、放棄した人も数に入る
- 非課税枠を使える人からは、放棄した人は外れる
という二つの面があります。放棄した人が保険金の受取人になっている場合、その人の受取分には非課税枠が使われず、全額が課税対象になります。生命保険の契約の形と受取人の決め方が与える影響は、関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で詳しく扱っています。
項目別に見る、相続放棄の影響
相続税の計算の主な項目について、放棄がどう影響するかをAEGISで一覧にまとめました。
| 項目 | 放棄の影響 | 根拠 |
|---|---|---|
| 基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数) | 法定相続人の数は放棄がなかったものとして数える | 相続税法15条2項、No.4152 |
| 生命保険金・死亡退職金の非課税枠 | 枠の計算は放棄がなかったものとした人数。放棄した人の受取分には非課税なし | 相続税法12条1項6号・7号、No.4114、No.4117 |
| 相続税の総額の計算 | 放棄がなかったものとした相続分で按分して計算 | No.4152 |
| 債務控除 | 放棄した人は差し引けない。ただし現実に負担した葬式費用は遺贈で取得した財産から差し引いてよい | 相続税法基本通達13-1 |
| 相続税額の2割加算 | 放棄で相続人になった兄弟姉妹など、一親等の血族・配偶者以外は対象。放棄した代襲相続人(孫)も対象 | 相続税法18条、No.4157、質疑応答事例 |
| 配偶者の税額軽減 | 配偶者が放棄しても、遺贈などで取得した財産があれば適用あり | 相続税法基本通達19の2-3 |
| 未成年者控除・障害者控除 | 放棄がなかったものとした場合の相続人であれば対象になり得る | No.4164、No.4167 |
| 相次相続控除 | 放棄した人には適用なし | No.4168 |
以下、ポイントを補足します。
基礎控除と相続税の総額は「放棄がなかったもの」で計算する
基礎控除の計算に使う法定相続人の数は、相続の放棄があっても、その放棄がなかったものとした場合の相続人の数です(相続税法15条2項)。また、相続税の総額を計算するときも、各法定相続人が法定相続分で取得したと仮定して計算します(No.4152)。
この仕組みにより、放棄によって相続人の人数が変わっても、相続税の総額そのものは基本的に変わりません。変わるのは、実際に財産を取得した人ごとの税額の割り振りと、各人が使える控除・加算です。
債務控除は使えないが、葬式費用は例外がある
借入金などの債務を遺産から差し引く債務控除は、相続人と包括受遺者が対象です(No.4126)。放棄した人は相続人ではないため、債務控除は使えません。ただし、放棄した人が現実に被相続人の葬式費用を負担した場合は、その人が遺贈により取得した財産(たとえば生命保険金)の価額から差し引いて差し支えないとされています(相続税法基本通達13-1)。
放棄で兄弟姉妹が相続人になると2割加算がかかる
相続税額の2割加算は、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫を含む)と配偶者以外の人が財産を取得した場合に適用されます(相続税法18条、No.4157)。子が全員放棄して兄弟姉妹が相続人になると、兄弟姉妹が取得した財産にかかる相続税は2割増しになります。
また、孫が代襲相続人の地位にありながら放棄し、遺贈で財産を受け取った場合は、放棄によって「代襲して相続人となった」とはいえなくなるため、2割加算の対象になるとされています(国税庁 質疑応答事例)。
配偶者の税額軽減は、放棄しても使える場合がある
配偶者の税額軽減は、配偶者が実際に取得した財産を基に計算します。配偶者が相続を放棄した場合でも、遺贈により取得した財産(死亡保険金など)があれば、軽減の規定が適用されます(相続税法基本通達19の2-3)。
生前贈与加算と相続時精算課税
放棄をしても、相続時精算課税を選択して贈与を受けていた財産は、相続税の計算に取り込まれます(相続税法21条の16)。また、相続や遺贈で財産を取得した人が被相続人から一定期間内に贈与を受けていた場合の生前贈与加算は、放棄した人でも生命保険金など遺贈により取得したものとみなされる財産を受け取っていれば、対象になり得ます(相続税法19条)。
小規模宅地等の特例への影響
放棄は、小規模宅地等の特例にも二つの面で関わります。
一つは、放棄によって新たに相続人になった親族が、自宅の敷地などを取得する場合です。特例は「被相続人の親族」が相続または遺贈で取得することが前提で、放棄した結果として相続人になった兄弟姉妹なども親族に当たります。そのうえで、同居していたか、申告期限まで住み続けて保有するかなど、通常の取得者要件を満たすかどうかで判断します。
もう一つは、いわゆる「家なき子」の要件の判定です。家なき子の要件の一つに「被相続人の家に住んでいた相続人がいないこと」がありますが、ここでいう相続人は、相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人です(租税特別措置法施行令40条の2第14項、No.4124)。同居していた相続人が放棄しても、それによって家なき子の要件を満たすようになるわけではありません。
申告期限と手続で確認したいこと
放棄によって新たに相続人になった人は、自分が相続人になったことを後から知ることになります。相続税の申告期限は「自己のために相続の開始があったことを知った日」の翌日から10か月以内とされ(相続税法27条1項、相続税法基本通達27-4)、いつが起算日になるかは事実関係によって確認が必要です。
また、遺産分割で「何も取得しない」ことと、家庭裁判所での相続放棄は、法律上の効果が異なります。分割協議で取得しないことにしただけでは相続人の地位は残り、被相続人の債権者は、各相続人に対して法定相続分に応じて権利を行使できるとされています(民法902条の2)。借入金を引き継ぎたくないという目的であれば、家庭裁判所での手続が必要かを早めに確認します。
相続人が全員放棄した場合に財産がどうなるかは、関連記事「相続人がいない場合、財産はどうなるか」で解説しています。また、著作権や印税収入のように放棄の判断が難しい財産については、関連記事「著作権・印税収入がある人の相続と相続放棄」で取り上げています。
AEGISの視点
相続放棄は、借入金などの負債から家族を守るための大切な選択肢です。ただ、「放棄すれば相続とは関係なくなる」と考えて手続を進めると、生命保険金に非課税枠が使えない、後順位の親族に相続権が移って2割加算がかかる、といった影響に後から気づくことがあります。
AEGISは、相続放棄を一人の判断ではなく、家族全体の相続税と財産の流れを変える選択だと考えています。誰かが放棄すれば、相続人の構成、各人の税額、不動産や会社の株式の行き先、さらに次の相続の形まで変わります。放棄を検討するときは、放棄した場合としなかった場合の両方で、家族全体の手取りと負担を比べることが判断の出発点になります。
そもそも放棄を検討せざるを得ない状況をつくらないために、生前に財産と負債の全体像を整理し、遺言や民事信託(いわゆる家族信託)で引き継ぎ方を決めておくことも有効です。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。
相続対策と事業承継の全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で整理しています。
相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。
まとめ
- 相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったものとみなされますが、相続税の基礎控除や相続税の総額の計算では、放棄がなかったものとした相続人の数・相続分を使います。
- 放棄した人が受け取る死亡保険金・死亡退職金は遺贈により取得したものとみなされ、非課税枠は使えません。
- 放棄した人は債務控除と相次相続控除を使えません。ただし、現実に負担した葬式費用は差し引くことが認められています。
- 放棄によって兄弟姉妹が相続人になると、その人が取得した財産には2割加算がかかります。
- 配偶者の税額軽減は、放棄した配偶者でも遺贈などで取得した財産があれば適用されます。具体的な税額は個別の事情によって異なります。
よくある質問
Q. 相続人の一人が放棄すると、基礎控除は減りますか?
減りません。基礎控除の計算に使う法定相続人の数は、相続の放棄があっても、その放棄がなかったものとした場合の人数で数えます(相続税法15条2項)。
Q. 相続放棄をしても、生命保険金は受け取れますか?税金はどうなりますか?
受け取れます。ただし相続税の計算では遺贈により取得したものとみなされ、相続人ではないため、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は使えません。受け取った保険金の全額が課税対象になります。
Q. 子が全員放棄して、私(被相続人の兄)が相続人になりました。何か注意点はありますか?
兄弟姉妹が財産を取得すると、相続税額の2割加算の対象になります。また、申告期限の起算日、取得する財産に小規模宅地等の特例を使えるかなど、新たに相続人になった立場で確認することがあります。
Q. 配偶者が相続を放棄すると、配偶者の税額軽減は使えなくなりますか?
配偶者が相続を放棄しても、遺贈により取得した財産(死亡保険金など)があれば、配偶者の税額軽減の規定は適用されます(相続税法基本通達19の2-3)。
Q. 遺産分割で何も受け取らないことにすれば、相続放棄と同じですか?
同じではありません。分割協議で取得しないことにしても相続人の地位は残り、被相続人の債権者は法定相続分に応じて権利を行使できるとされています。負債を引き継がないことが目的であれば、家庭裁判所での相続放棄の手続が必要かを確認します。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国税庁 タックスアンサー No.4114「相続税の課税対象になる死亡保険金」、No.4117「相続税の課税対象になる死亡退職金」、No.4126「相続財産から控除できる債務」、No.4152「相続税の計算」、No.4157「相続税額の2割加算」、No.4164「未成年者の税額控除」、No.4167「障害者の税額控除」、No.4168「相次相続控除」、No.4124「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」(いずれも令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4117.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4126.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4152.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4157.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4164.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4167.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4168.htm
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 質疑応答事例「相続を放棄した代襲相続人に遺贈財産がある場合の相続税の2割加算」(令和7年8月1日現在の法令・通達等)
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/sozoku/07/01.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 相続税法基本通達 第13条《債務控除》関係(13-1)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/02/03.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 相続税法基本通達 第19条の2《配偶者に対する相続税額の軽減》関係(19の2-3)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/02/06.htm
確認日:2026-10-09 - 国税庁 相続税法基本通達 第27条《相続税の申告書》関係(27-4)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/04/01.htm
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「相続税法」(施行日2026-04-01版。3条・12条・15条・18条・19条・21条の16・27条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073/20260401_506AC0000000008
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「民法」(施行日2026-06-24版。889条・902条の2・915条・939条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089/20260624_508AC0000000045
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「租税特別措置法施行令」(施行日2026-07-31版。40条の2第14項)
https://laws.e-gov.go.jp/law/332CO0000000043/20260731_508CO0000000098
確認日:2026-10-09
書籍
- 『第10版 Q&A事業承継をめぐる非上場株式の評価と相続対策』デロイトトーマツ税理士法人 編、清文社、P.4、P.9、P.11
- 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.74、P.111、P.114









