カテゴリー: 税務・会計

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  • 相続放棄をすると相続税の計算で何が変わるか|基礎控除・生命保険金の非課税・2割加算・配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例

    相続放棄をすると相続税の計算で何が変わるか|基礎控除・生命保険金の非課税・2割加算・配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例

    相続放棄をしても、相続税の基礎控除などの計算に使う「法定相続人の数」は、放棄がなかったものとして数えます。 そのため、放棄によって基礎控除が増えたり減ったりすることはありません。

    一方で、放棄した人自身は、生命保険金・死亡退職金の非課税、借入金などの債務控除、相次相続控除を使えなくなります。また、子の全員が放棄して兄弟姉妹が新たに相続人になった場合、その兄弟姉妹が財産を取得すると相続税額の2割加算の対象になります。配偶者の税額軽減は、放棄した配偶者でも遺贈などで取得した財産があれば使えます。

    著名人の相続で相続放棄が報じられたこともあり、放棄の影響に関心を持つ方が増えています。この記事では、相続放棄が相続税の計算のどこに、どう影響するのかを項目ごとに整理します。

    相続放棄の基本:法律上の効果

    相続放棄は、家庭裁判所に申述して行う手続です。原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に行う必要があります(民法915条1項)。

    放棄をした人は、その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。プラスの財産もマイナスの財産も引き継がず、放棄した人の子が代わりに相続する代襲相続も生じません。

    その結果、相続人の顔ぶれが変わることがあります。たとえば子の全員が放棄すると、次の順位である親などの直系尊属が、直系尊属もいなければ兄弟姉妹が相続人になります(民法889条1項)。

    ここで注意したいのは、放棄をしても相続税と無関係になるとは限らないことです。死亡保険金のように、放棄した人が受け取れる財産があるからです。

    放棄した人が受け取る生命保険金・死亡退職金

    被相続人が保険料を負担していた生命保険の死亡保険金は、受取人固有の財産であり、相続放棄をしても受け取ることができます。ただし、相続税の計算では相続または遺贈により取得したものとみなされます(相続税法3条1項1号)。放棄した人は相続人ではないため、遺贈により取得したものとして扱われます。

    このとき、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は、相続人が受け取った保険金にだけ適用されます。国税庁は、ここでいう相続人に相続を放棄した人は含まれないとしています(タックスアンサーNo.4114)。死亡退職金の非課税枠も同様です(No.4117)。

    つまり、

    • 非課税枠の金額の計算(法定相続人の数)には、放棄した人も数に入る
    • 非課税枠を使える人からは、放棄した人は外れる

    という二つの面があります。放棄した人が保険金の受取人になっている場合、その人の受取分には非課税枠が使われず、全額が課税対象になります。生命保険の契約の形と受取人の決め方が与える影響は、関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で詳しく扱っています。

    項目別に見る、相続放棄の影響

    相続税の計算の主な項目について、放棄がどう影響するかをAEGISで一覧にまとめました。

    項目放棄の影響根拠
    基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)法定相続人の数は放棄がなかったものとして数える相続税法15条2項、No.4152
    生命保険金・死亡退職金の非課税枠枠の計算は放棄がなかったものとした人数。放棄した人の受取分には非課税なし相続税法12条1項6号・7号、No.4114、No.4117
    相続税の総額の計算放棄がなかったものとした相続分で按分して計算No.4152
    債務控除放棄した人は差し引けない。ただし現実に負担した葬式費用は遺贈で取得した財産から差し引いてよい相続税法基本通達13-1
    相続税額の2割加算放棄で相続人になった兄弟姉妹など、一親等の血族・配偶者以外は対象。放棄した代襲相続人(孫)も対象相続税法18条、No.4157、質疑応答事例
    配偶者の税額軽減配偶者が放棄しても、遺贈などで取得した財産があれば適用あり相続税法基本通達19の2-3
    未成年者控除・障害者控除放棄がなかったものとした場合の相続人であれば対象になり得るNo.4164、No.4167
    相次相続控除放棄した人には適用なしNo.4168

    以下、ポイントを補足します。

    基礎控除と相続税の総額は「放棄がなかったもの」で計算する

    基礎控除の計算に使う法定相続人の数は、相続の放棄があっても、その放棄がなかったものとした場合の相続人の数です(相続税法15条2項)。また、相続税の総額を計算するときも、各法定相続人が法定相続分で取得したと仮定して計算します(No.4152)。

    この仕組みにより、放棄によって相続人の人数が変わっても、相続税の総額そのものは基本的に変わりません。変わるのは、実際に財産を取得した人ごとの税額の割り振りと、各人が使える控除・加算です。

    債務控除は使えないが、葬式費用は例外がある

    借入金などの債務を遺産から差し引く債務控除は、相続人と包括受遺者が対象です(No.4126)。放棄した人は相続人ではないため、債務控除は使えません。ただし、放棄した人が現実に被相続人の葬式費用を負担した場合は、その人が遺贈により取得した財産(たとえば生命保険金)の価額から差し引いて差し支えないとされています(相続税法基本通達13-1)。

    放棄で兄弟姉妹が相続人になると2割加算がかかる

    相続税額の2割加算は、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫を含む)と配偶者以外の人が財産を取得した場合に適用されます(相続税法18条、No.4157)。子が全員放棄して兄弟姉妹が相続人になると、兄弟姉妹が取得した財産にかかる相続税は2割増しになります。

    また、孫が代襲相続人の地位にありながら放棄し、遺贈で財産を受け取った場合は、放棄によって「代襲して相続人となった」とはいえなくなるため、2割加算の対象になるとされています(国税庁 質疑応答事例)。

    配偶者の税額軽減は、放棄しても使える場合がある

    配偶者の税額軽減は、配偶者が実際に取得した財産を基に計算します。配偶者が相続を放棄した場合でも、遺贈により取得した財産(死亡保険金など)があれば、軽減の規定が適用されます(相続税法基本通達19の2-3)。

    生前贈与加算と相続時精算課税

    放棄をしても、相続時精算課税を選択して贈与を受けていた財産は、相続税の計算に取り込まれます(相続税法21条の16)。また、相続や遺贈で財産を取得した人が被相続人から一定期間内に贈与を受けていた場合の生前贈与加算は、放棄した人でも生命保険金など遺贈により取得したものとみなされる財産を受け取っていれば、対象になり得ます(相続税法19条)。

    小規模宅地等の特例への影響

    放棄は、小規模宅地等の特例にも二つの面で関わります。

    一つは、放棄によって新たに相続人になった親族が、自宅の敷地などを取得する場合です。特例は「被相続人の親族」が相続または遺贈で取得することが前提で、放棄した結果として相続人になった兄弟姉妹なども親族に当たります。そのうえで、同居していたか、申告期限まで住み続けて保有するかなど、通常の取得者要件を満たすかどうかで判断します。

    もう一つは、いわゆる「家なき子」の要件の判定です。家なき子の要件の一つに「被相続人の家に住んでいた相続人がいないこと」がありますが、ここでいう相続人は、相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人です(租税特別措置法施行令40条の2第14項、No.4124)。同居していた相続人が放棄しても、それによって家なき子の要件を満たすようになるわけではありません。

    申告期限と手続で確認したいこと

    放棄によって新たに相続人になった人は、自分が相続人になったことを後から知ることになります。相続税の申告期限は「自己のために相続の開始があったことを知った日」の翌日から10か月以内とされ(相続税法27条1項、相続税法基本通達27-4)、いつが起算日になるかは事実関係によって確認が必要です。

    また、遺産分割で「何も取得しない」ことと、家庭裁判所での相続放棄は、法律上の効果が異なります。分割協議で取得しないことにしただけでは相続人の地位は残り、被相続人の債権者は、各相続人に対して法定相続分に応じて権利を行使できるとされています(民法902条の2)。借入金を引き継ぎたくないという目的であれば、家庭裁判所での手続が必要かを早めに確認します。

    相続人が全員放棄した場合に財産がどうなるかは、関連記事「相続人がいない場合、財産はどうなるか」で解説しています。また、著作権や印税収入のように放棄の判断が難しい財産については、関連記事「著作権・印税収入がある人の相続と相続放棄」で取り上げています。

    AEGISの視点

    相続放棄は、借入金などの負債から家族を守るための大切な選択肢です。ただ、「放棄すれば相続とは関係なくなる」と考えて手続を進めると、生命保険金に非課税枠が使えない、後順位の親族に相続権が移って2割加算がかかる、といった影響に後から気づくことがあります。

    AEGISは、相続放棄を一人の判断ではなく、家族全体の相続税と財産の流れを変える選択だと考えています。誰かが放棄すれば、相続人の構成、各人の税額、不動産や会社の株式の行き先、さらに次の相続の形まで変わります。放棄を検討するときは、放棄した場合としなかった場合の両方で、家族全体の手取りと負担を比べることが判断の出発点になります。

    そもそも放棄を検討せざるを得ない状況をつくらないために、生前に財産と負債の全体像を整理し、遺言や民事信託(いわゆる家族信託)で引き継ぎ方を決めておくことも有効です。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    相続対策と事業承継の全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で整理しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったものとみなされますが、相続税の基礎控除や相続税の総額の計算では、放棄がなかったものとした相続人の数・相続分を使います。
    • 放棄した人が受け取る死亡保険金・死亡退職金は遺贈により取得したものとみなされ、非課税枠は使えません。
    • 放棄した人は債務控除と相次相続控除を使えません。ただし、現実に負担した葬式費用は差し引くことが認められています。
    • 放棄によって兄弟姉妹が相続人になると、その人が取得した財産には2割加算がかかります。
    • 配偶者の税額軽減は、放棄した配偶者でも遺贈などで取得した財産があれば適用されます。具体的な税額は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続人の一人が放棄すると、基礎控除は減りますか?

    減りません。基礎控除の計算に使う法定相続人の数は、相続の放棄があっても、その放棄がなかったものとした場合の人数で数えます(相続税法15条2項)。

    Q. 相続放棄をしても、生命保険金は受け取れますか?税金はどうなりますか?

    受け取れます。ただし相続税の計算では遺贈により取得したものとみなされ、相続人ではないため、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は使えません。受け取った保険金の全額が課税対象になります。

    Q. 子が全員放棄して、私(被相続人の兄)が相続人になりました。何か注意点はありますか?

    兄弟姉妹が財産を取得すると、相続税額の2割加算の対象になります。また、申告期限の起算日、取得する財産に小規模宅地等の特例を使えるかなど、新たに相続人になった立場で確認することがあります。

    Q. 配偶者が相続を放棄すると、配偶者の税額軽減は使えなくなりますか?

    配偶者が相続を放棄しても、遺贈により取得した財産(死亡保険金など)があれば、配偶者の税額軽減の規定は適用されます(相続税法基本通達19の2-3)。

    Q. 遺産分割で何も受け取らないことにすれば、相続放棄と同じですか?

    同じではありません。分割協議で取得しないことにしても相続人の地位は残り、被相続人の債権者は法定相続分に応じて権利を行使できるとされています。負債を引き継がないことが目的であれば、家庭裁判所での相続放棄の手続が必要かを確認します。

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    • 家族信託と遺言:家族信託と遺言を活用し、資産管理と承継の体制を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『第10版 Q&A事業承継をめぐる非上場株式の評価と相続対策』デロイトトーマツ税理士法人 編、清文社、P.4、P.9、P.11
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.74、P.111、P.114
  • 制度改正の情報はどう追い、いつ相談するか|大綱・法律・通達の読み分けと確認のタイミング

    制度改正の情報はどう追い、いつ相談するか|大綱・法律・通達の読み分けと確認のタイミング

    「事業承継税制の期限が延びるらしい」「不動産の評価が変わるらしい」——改正の情報は、ニュース、金融機関の案内、知人の話など、さまざまな経路で耳に入ります。ところが、その情報がどの段階のもので、いつから、誰に適用されるのかが分からないまま、判断を迫られることも少なくありません。

    結論から言えば、改正情報に接したときは、「どの段階の情報か」「いつから・誰に適用されるか」「自分の計画のどこに触れるか」の3点を確かめてから、専門家に相談するのが効率的です。この記事では、改正情報の段階ごとの読み方、確認したい項目、信頼できる情報源、相談のタイミングを整理します。

    改正が承継計画に与える影響の全体像については、親記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で解説しています。

    改正情報には「段階」がある

    税制改正の情報は、一度に確定するわけではありません。令和8年度の税制改正を例にとると、次のような段階を経ています。

    段階時期の目安情報の性格令和8年度改正の例(財務省の掲載情報)
    1. 税制改正の大綱前年12月頃政府の方針。内容の骨格が示される令和7年12月26日 閣議決定
    2. 法律案の提出1〜2月頃条文の形になる令和8年2月20日 国会提出
    3. 法律の成立・公布3月末頃が多い法律として確定令和8年3月31日 成立・公布(令和8年法律第12号)
    4. 政令・省令法律と前後して要件・手続の細目が定まる財務省ウェブサイトに順次掲載
    5. 通達・FAQ・解説春以降に順次国税庁が解釈や取扱いを示す財産評価基本通達の改正など

    大綱の段階の情報は、方向性としては重要ですが、細かな要件はその後の法令や通達で定まります。大綱の要約だけを根拠に行動を決めないことが、改正情報との付き合い方の基本です。

    財産評価は「通達」で変わることが多い

    相続税・贈与税では、財産の評価が税額を大きく左右します。相続税法は財産を「取得の時における時価」で評価すると定めていますが、具体的な評価方法の多くは国税庁の財産評価基本通達に委ねられています。

    国税庁が公表している財産評価基本通達の一部改正通達の一覧を見ると、令和8年に入ってからも3月25日付、5月25日付と改正が行われています。5月25日付の改正は、立木の標準価額表を最近の立木価格の実態に即して改めるもので、令和8年1月1日以後の相続等に適用するとされています。このように、税制改正大綱とは別のタイミングで、評価のルールが更新されることがあります。

    また、令和8年度大綱では貸付用不動産の評価の見直しが示されましたが、その具体的な定めは通達で行うとされています。その後、国税庁が通達案を公表し、計算方法や経過措置まで具体化されましたが、2026年10月9日時点で最終通達は出ておらず、経過措置の基準となる通達制定日も決まっていません(AEGISは、意見公募の締切(2026年10月18日)を踏まえ、10月下旬から11月上旬になる可能性が高いとみています)。評価に関わる改正は、大綱を見た後も、通達の公表まで追いかける必要があると考えておきましょう。

    改正情報を見つけたときに確認したい6つの項目

    改正のニュースに接したら、次の6項目をメモしておくと、自分への影響を判断しやすくなり、専門家への相談もスムーズになります。

    確認項目確認すること
    1. 情報の段階大綱か、成立した法律か、通達か
    2. 対象誰の(個人・法人・相続人等)、どの財産・取引が対象か
    3. 適用時期いつ以後の相続・贈与・取引から適用されるか
    4. 経過措置改正前からの取引や保有資産に例外があるか
    5. 情報源と基準日一次情報か、どの時点の法令に基づく情報か
    6. 自分の計画との接点期限・評価・計算・手続のどこに触れるか

    「基準日」の違いに注意する

    改正の時期をまたいで情報を集めると、資料によって記載が食い違って見えることがあります。たとえば、令和7年12月時点の法令に基づいて作られた実務書では、法人版事業承継税制の特例承継計画について改正前の提出期限が記載され、大綱で1年6月延長する旨が示された、という注記が添えられています。一方、中小企業庁は提出期限を令和9年(2027年)9月30日としています。

    どちらかが誤っているのではなく、前提としている時点が違うのです。国税庁のタックスアンサーも、各ページに「令和8年4月1日現在法令等」のように基準日を示しています。情報を比べるときは、まず基準日をそろえて読むことが大切です。

    信頼できる情報源をどう使い分けるか

    改正情報は、可能な限り公的な一次情報で確認します。主な情報源と使い方は次のとおりです。

    • 財務省「税制改正」のページ:大綱、成立した法律、政令・省令、改正の解説などが年度ごとにまとめられています。「何が改正されたか」の全体像を確認するのに適しています。
    • 国税庁 タックスアンサー:制度の概要を、基準日付きで平易に説明しています。現行の制度を確認する出発点として使えます。
    • 国税庁 法令解釈通達:財産評価基本通達などの本文と、一部改正通達の一覧が掲載されています。評価に関わる改正の確定内容を確認できます。
    • 中小企業庁のページ:事業承継税制の手続(特例承継計画など)や期限を確認できます。

    金融機関や専門家のレポート、書籍は、論点を知り、自分への影響を考えるうえで役立ちます。ただし、税率・金額・期限・要件といった重要な事実は、最終的に一次情報で確認する習慣を持っておくと安心です。

    いつ専門家に相談するか

    改正情報のすべてについて、すぐに相談する必要はありません。AEGISでは、次の4つの場面を相談のタイミングの目安と考えています。

    相談の場面目安となる時期相談の目的
    大綱の公表後12月〜翌年1月頃自分の計画に関係しそうな項目の当たりをつける
    期限や適用開始の前期限から逆算して余裕をもって行動が必要かどうか、何をいつまでにするかを決める
    計画の定期見直し決算確定後など年1回改正の経過措置も含め、前提を更新する
    相続などの発生時発生後できるだけ早く適用される制度を確定し、手続を進める

    特に注意したいのは、期限や適用開始日が決まっている改正です。たとえば、令和8年度大綱で示された貸付用不動産の評価の見直しは、令和9年1月1日以後の相続等に適用するとされています。また、法人版事業承継税制の特例措置を検討するなら、特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)から逆算して準備する必要があります。

    相続が発生した場合、相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。発生後に慌てて制度を調べるのではなく、平時に「自分に関係する制度」を把握しておくことが、結果として選択肢を広げます。

    相談のときに持参したい資料

    相談の質を高めるには、次のような資料を準備しておくと効果的です。

    • 保有財産の一覧(種類、所在、取得時期、名義、おおよその評価や時価)
    • 会社の決算書・株主構成(事業オーナーの場合)
    • 現在の承継計画や検討中の対策のメモ
    • 気になった改正情報の出所(記事・案内文など)と、上記6項目のメモ
    • 家族構成と、承継についての家族の意向

    事業承継計画を整えておくことも、改正情報との照合を容易にします。計画に含める項目は、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 見出しだけで判断しない:「非課税が終わる」「評価が上がる」といった見出しは、対象や適用時期を省略していることがあります。6項目に沿って確認します。
    • 改正前提の取引を急がない:大綱の段階で取引を実行すると、その後の法令・通達で要件が具体化した際に、想定と異なる結果になることがあります。
    • 終了・縮小する制度にも目を向ける:令和8年度大綱では、教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置について、令和8年3月31日までとされている信託等可能期間を延長せずに終了するとされました(同日までに拠出された金銭等には引き続き適用)。新設や延長だけでなく、終了する制度も計画に影響します。
    • 改正のたびに計画全体を作り直さない:影響する部分を特定し、その部分を更新すれば十分な場合がほとんどです。

    AEGISの視点

    改正情報は、追いかけ始めると際限がありません。毎年の大綱、法律、政省令、通達、各種の解説——すべてを読み込もうとすると、本業や家族との時間を圧迫します。

    AEGISは、オーナーにとって大切なのは「すべての改正を知ること」ではなく、「自分の計画の前提を知っていること」だと考えています。保有財産の構成、所有の形、承継の時間軸、家族の意向といった前提が整理されていれば、改正のニュースに接したときに「これは自分の前提のどこに触れるか」を短時間で判断でき、必要なときにだけ専門家と深く検討すればよくなります。

    改正情報の確認は、税金のためだけに行うものではありません。期限の延長は意思決定の時間を、評価の見直しは資産の持ち方を、手続の変更は家族の段取りを見直す契機になります。改正を、事業・資産・不動産・税務・所有・承継の全体像を定期的に点検する機会として生かしていただきたいと考えています。

    不動産に関する制度変更の点検項目は、関連記事「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で解説しています。

    承継や資産税務に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 改正情報は、大綱→法律→政令・省令→通達と段階を踏んで確定します。大綱だけで行動を決めないことが基本です。
    • 財産評価のルールは通達で定められることが多く、大綱とは別のタイミングで改正されることもあります。
    • 改正情報に接したら、段階・対象・適用時期・経過措置・情報源と基準日・自分の計画との接点の6項目を確認します。
    • 重要な事実は、財務省・国税庁・中小企業庁などの一次情報で確認します。
    • 相談は、大綱公表後、期限や適用開始の前、計画の定期見直し、相続発生時の4つの場面を目安にします。

    具体的な影響や対応は、個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 税制改正大綱の内容は、そのまま実施されるのですか?

    大綱は政府の方針であり、その後、法律案として国会に提出され、成立・公布を経て確定します。細かな要件は政令・省令や通達で定まるため、大綱の段階の情報だけで最終的な取扱いを判断するのは避けたほうが安全です。

    Q. 改正がいつから適用されるかは、どこで確認できますか?

    大綱や成立した法律、改正通達には、適用時期が記載されています。たとえば、財産評価基本通達の改正通達には「いつ以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用する」といった形で示されます。国税庁や財務省のウェブサイトで、一次情報を確認するのが確実です。

    Q. 書籍やネット記事の情報が、公的な情報と食い違っているのはなぜですか?

    多くの場合、前提としている法令の時点(基準日)が違うためです。改正をまたぐ時期には、改正前の情報と改正後の情報が混在します。情報を比べるときは、まず基準日を確認してください。

    Q. 改正情報のたびに専門家に相談すべきですか?

    すべての改正について相談する必要はありません。自分の計画の前提に触れる可能性がある改正、期限や適用開始日が迫っている改正、相続の発生など、判断や行動が必要な場面に絞って相談するのが効率的です。

    Q. 相談するときは何を準備すればよいですか?

    保有財産の一覧、会社の決算書や株主構成、現在の承継計画のメモ、気になった改正情報の出所、家族構成と家族の意向などです。改正情報については、段階・対象・適用時期などのメモがあると、相談がより具体的になります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • インボイス経過措置の縮小と取引の見直し|免税事業者からの仕入れの控除割合の推移と、発注者が確認したいこと

    インボイス経過措置の縮小と取引の見直し|免税事業者からの仕入れの控除割合の推移と、発注者が確認したいこと

    インボイス発行事業者として登録していない事業者(免税事業者など)から仕入れや外注をしている会社にとって、令和8年(2026年)10月は、消費税の負担が一段階重くなる節目です。

    インボイス制度では、登録していない事業者からの仕入れは原則として仕入税額控除ができません。ただし、制度開始から一定期間は、仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置が設けられています。この控除割合が、令和8年度税制改正により、令和8年10月1日から70%に下がり、その後50%、30%と段階的に縮小されることになりました。あわせて、一の取引先からの仕入れについて年1億円を超える部分には経過措置が使えなくなります。

    この記事では、発注者(仕入れる側)の立場から、控除割合の推移、自社への影響の測り方、取引条件を見直すときに注意したい法律上のポイントを整理します。売り手として登録するかどうかの判断は、関連記事「インボイス登録は創業時にすべきか」で扱っています。

    経過措置とは:登録していない事業者からの仕入れの「緩和期間」

    インボイス制度(適格請求書等保存方式)は令和5年10月1日に始まりました。制度の下では、一定の事項を記載した帳簿と、インボイス(適格請求書)などの請求書等を保存することが、仕入税額控除の要件です。

    登録していない事業者はインボイスを交付できないため、その事業者からの仕入れは原則として仕入税額控除の対象になりません。そこで、急激な変化を和らげるために、一定期間は仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置が設けられています。経過措置を使うには、区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等と、経過措置の適用を受ける旨を記載した帳簿を保存する必要があります。

    控除割合はどう推移するのか

    国税庁によると、令和8年度税制改正による見直し後の控除割合は次のとおりです(所得税法等の一部を改正する法律〔平成28年法律第15号〕附則52条・53条)。

    課税仕入れを行った期間控除できる割合
    令和5年10月1日〜令和8年9月30日仕入税額相当額の80%
    令和8年10月1日〜令和10年9月30日70%
    令和10年10月1日〜令和12年9月30日50%
    令和12年10月1日〜令和13年9月30日30%
    令和13年10月1日以後経過措置の終了(原則として控除なし)

    改正前は、令和8年10月から令和11年9月までが50%で、その後は経過措置がなくなる予定でした。改正により経過措置の期間は延びましたが、令和8年10月1日に控除割合が下がることに変わりはありません。

    一の取引先あたり年1億円の上限

    もう一つの見直しが上限額です。令和6年10月1日以後に開始する課税期間から、一の免税事業者等からの課税仕入れの合計額(税込み)が年または事業年度で10億円を超える場合、超えた部分には経過措置が使えないとされていました。令和8年10月1日以後に開始する課税期間からは、この上限が1億円に引き下げられます。

    一つの取引先に多額の外注や仕入れを集中させている会社では、上限を超えた部分は控除がゼロになります。取引先ごとの年間の取引額を把握しておく必要があります。

    自社への影響をどう測るか

    まず確認したい:自社の消費税の計算方法

    影響の大きさは、自社がどの方法で消費税を計算しているかによって変わります。簡易課税制度を選択している場合や、いわゆる2割特例(令和8年9月30日までの日を含む課税期間が対象。同附則51条の2)の適用を受けている場合は、仕入税額控除にインボイスの保存は不要とされており、取引先が登録しているかどうかで納税額は変わりません。影響を直接受けるのは、実際の仕入れに基づいて計算する一般課税(本則課税)の事業者です。

    影響額のイメージ

    単純化した例で考えてみます。登録していない外注先に、消費税相当額10万円を含む代金を支払っている取引があるとします(実際の計算は国税・地方税の区分や端数処理によって異なります)。

    期間控除できる額控除できない額(自社のコスト増)
    〜令和8年9月8万円2万円
    令和8年10月〜令和10年9月7万円3万円
    令和10年10月〜令和12年9月5万円5万円
    令和12年10月〜令和13年9月3万円7万円
    令和13年10月〜0円10万円

    ※説明のための単純化した例です。

    控除できない部分は、自社にとっては消費税の納税額の増加、つまり実質的なコストになります。取引先ごとの年間取引額に当てはめると、どの取引先との関係から見直すべきかが見えてきます。

    見落としやすい取引先

    登録していない事業者は、外注先や個人の専門家だけではありません。たとえば次のような取引も確認の対象です。

    • 個人の家主から借りている事務所・店舗・駐車場の賃料
    • オーナー個人やその家族が所有し、会社に貸している不動産の賃料
    • 小規模な下請先、個人の講師・デザイナー・エンジニアへの報酬

    特に、オーナー個人が会社に不動産を貸している場合、個人の側が免税事業者であれば、会社の側では経過措置の縮小に伴って控除できない消費税が増えていきます。個人と会社のどちらで不動産を持つか、賃料をどう設定するかは、こうした消費税の論点も含めて見直す価値があります。

    取引条件を見直すときに注意したいこと

    価格の引下げは「協議」が前提

    控除できない消費税が増えるからといって、一方的に取引価格を引き下げたり、取引を打ち切ったりすることには注意が必要です。公正取引委員会などが公表している「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」では、取引上優越した地位にある事業者が、免税事業者が負担している仕入れの消費税も払えないような低い価格を一方的に設定することなどは、独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となるおそれがあるとされています。

    下請取引にあたる場合は、下請法(令和8年1月1日施行の改正後の法律名は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」)の規制も関係します。具体的には、次のような対応は避けるべきです。

    • 十分な協議をせずに一方的に価格を引き下げる
    • 正当な理由なく、発注した物品の受領を拒んだり返品したりする
    • 協賛金などの名目で別途の負担を求める
    • 登録しなければ取引を打ち切ると一方的に通告する

    登録を促すこと自体は問題ではない

    同じQ&Aでは、課税事業者が取引先の免税事業者に対して、課税事業者(インボイス発行事業者)になるよう要請すること自体は、独占禁止法上問題となるものではないとされています。問題になるのは、要請にあわせて、応じなければ価格を一方的に引き下げる、取引を停止するなどと示唆する場合です。

    取引先に登録を検討してもらう際には、取引先にとっての負担(消費税の納税、事務の手間)も理解したうえで、価格の扱いを含めて話し合う姿勢が欠かせません。インボイス発行事業者である個人事業者で、登録がなければ免税事業者となる課税期間については、令和9年・令和10年分の消費税について、仕入税額を売上税額の7割とみなし、納付税額を売上税額の3割とすることができる負担軽減措置(3割特例)が設けられています(同附則51条の3)。こうした情報を共有することも、建設的な話し合いの材料になります。

    発注者が進めたい実務の手順

    1. 取引先の登録状況を一覧にする:国税庁の公表サイトで登録番号を確認し、登録していない取引先を洗い出します。
    2. 取引先ごとの年間取引額を集計する:1億円の上限に近い取引先がないかも確認します。
    3. 期間ごとの影響額を試算する:令和8年10月以降の控除割合の推移を当てはめ、数年分のコスト増を見込みます。
    4. 見直しの方針を決める:価格の協議、登録の要請、取引の継続を、取引先との関係や代替可能性とあわせて判断します。
    5. 会計処理と帳簿の設定を確認する:控除割合の切替日は課税期間の途中にくることがあります。会計ソフトの税区分や帳簿の記載が新しい割合に対応しているかを確認します。

    影響額は、資金繰りの見通しにも反映させておきたいところです。毎月の資金計画の作り方は、関連記事「資金繰り表の作り方」で解説しています。

    AEGISの視点

    経過措置の縮小は、一見すると経理の細かな論点に見えます。しかし、発注者にとっては「誰と、どの条件で取引を続けるか」という経営の判断につながるテーマです。

    AEGISは、この見直しを、取引先との関係を「税の負担の押し付け合い」にしないことが大切だと考えています。小規模な外注先や個人の専門家は、事業の品質を支える存在であることも多く、税負担だけを理由に関係を損なえば、長い目で見て自社の損失になりかねません。影響額を数字で把握したうえで、価格・登録・取引の継続を取引先と率直に話し合うことが、結果として双方の納得につながります。

    また、オーナー個人と会社の間の不動産の賃貸借のように、グループ内の取引にも経過措置の縮小は影響します。消費税だけでなく、所得税・法人税、所有の形まで含めて点検する機会と捉えると、制度改正を自社の資産と取引の構造を見直すきっかけにできます。税負担とキャッシュフローの両立という全体の考え方は、関連記事「税負担とキャッシュフローをどう両立させるか」で整理しています。

    改正情報を自社の判断に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも紹介しています。

    まとめ

    • 登録していない事業者からの仕入れに係る経過措置は、令和8年10月1日から70%、令和10年10月から50%、令和12年10月から30%へと縮小され、令和13年9月30日で終了します。
    • 令和8年10月1日以後に開始する課税期間からは、一の取引先からの仕入れが年1億円を超える部分に経過措置が使えません。
    • 影響を直接受けるのは一般課税の事業者です。取引先ごとの年間取引額から影響額を試算することが出発点です。
    • 価格の見直しは協議が前提で、一方的な引下げや取引停止の示唆は独占禁止法・下請法上の問題となるおそれがあります。
    • 登録の要請自体は問題ではありませんが、取引先の負担も踏まえた話し合いが求められます。

    よくある質問

    Q. 令和8年10月1日をまたぐ課税期間では、控除割合はどうなりますか?

    控除割合は、課税仕入れを行った日がどの期間に属するかで判定します。そのため、一つの課税期間の中で、9月30日までの仕入れは80%、10月1日以後の仕入れは70%と、割合が切り替わることになります。会計ソフトの税区分の設定を確認しておくことが大切です。

    Q. 簡易課税を選択している場合も影響はありますか?

    簡易課税制度では、仕入税額は売上に係る消費税額にみなし仕入率を掛けて計算するため、仕入先がインボイス発行事業者かどうかで納税額は変わりません。ただし、将来、一般課税に移る可能性がある場合は、その時点の取引先の状況を確認しておく必要があります。

    Q. 経過措置を使うには、どのような書類が必要ですか?

    区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等を保存し、帳簿に経過措置の適用を受ける旨を記載する必要があります。登録していない取引先からの請求書でも、必要な事項が記載されているかを確認しておきましょう。

    Q. 取引先にインボイス登録をお願いしても問題ありませんか?

    公正取引委員会などのQ&Aでは、登録を要請すること自体は独占禁止法上の問題にはならないとされています。ただし、登録しなければ取引を打ち切る、価格を一方的に引き下げるなどと示唆することは問題となるおそれがあります。取引先の負担も踏まえて話し合うことが大切です。

    Q. 登録していない取引先との価格は、どのように見直せばよいですか?

    取引先が負担している仕入れの消費税なども考慮しながら、双方が協議して決めることが前提です。自社の影響額を期間ごとに試算し、根拠を示して話し合うと、合意に至りやすくなります。個別の取引で判断に迷う場合は、取引の実態に即して確認することをおすすめします。

    関連するAEGISのソリューション

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 1 主な国税 6 消費税(P.35-48)
  • 退職金とiDeCoを受け取る順番が変わった|退職所得控除の重複調整の仕組みと、役員退職金・小規模企業共済を含む受取時期の考え方

    退職金とiDeCoを受け取る順番が変わった|退職所得控除の重複調整の仕組みと、役員退職金・小規模企業共済を含む受取時期の考え方

    退職金とiDeCo(個人型確定拠出年金)の一時金は、どちらも「退職所得」として課税され、勤続年数などに応じた退職所得控除を差し引くことができます。ただし、両方を受け取る場合、控除が二重に使われないよう、一定の期間内であれば重複部分を調整するルールがあります。

    このルールが改正され、令和8年(2026年)1月1日以後に支払を受けるiDeCoなど確定拠出年金の一時金については、「先にiDeCoの一時金を受け取り、後で退職金を受け取る」場合の調整の対象期間が、前年以前4年内から前年以前9年内へと延びました。これまで知られていた「iDeCoを先に受け取り、5年以上空けて退職金を受け取る」という順番の考え方は、そのままでは通用しなくなっています。

    この記事では、受け取る個人の立場から、退職所得の課税の仕組み、重複調整の考え方、役員退職金や小規模企業共済も含めた受取順序の検討の視点を整理します。会社側の役員退職金の支給設計は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で扱っています。

    退職所得の基本:なぜ「控除の使い方」が重要なのか

    国税庁によると、退職所得の金額は、原則として次の式で計算します。

    (退職手当等の収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得の金額

    退職所得控除額は、勤続年数に応じて次のように計算します。

    勤続年数退職所得控除額
    20年以下40万円 × 勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
    20年超800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

    ※障害者になったことが直接の原因で退職した場合は、上記に100万円が加算されます。

    退職所得は他の所得と分けて課税され、さらに控除後の金額の2分の1だけが課税の対象になるため、給与などと比べて税負担が軽くなるように設計されています。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る退職金(特定役員退職手当等)には2分の1の計算がなく、役員以外で勤続5年以下の人が受け取る退職金も、控除後300万円を超える部分には2分の1の計算が適用されません。

    退職所得控除は勤続年数が長いほど大きくなる一方、一生に何度でも満額使えるものではありません。同じ期間に対応する控除が重複しないよう調整されるため、複数の退職給付を受け取る人ほど、受け取る時期と順番が税負担に影響します。

    iDeCo・小規模企業共済の受け取り方と課税

    退職所得として扱われるのは、会社から受け取る退職金だけではありません。

    • iDeCoなど確定拠出年金:老齢給付金を一時金で受け取ると退職所得、年金で受け取ると公的年金等の雑所得として扱われます。受給開始の時期は、加入期間などに応じて60歳から75歳までの間で選びます。
    • 小規模企業共済:共済金を一括で受け取ると退職所得、分割で受け取ると公的年金等の雑所得として扱われます。一括と分割の併用もできます。

    事業オーナーの場合、会社からの役員退職金、iDeCoの一時金、小規模企業共済の共済金というように、退職所得に当たる受け取りが三つ重なることも珍しくありません。

    重複調整の仕組みと、今回の改正

    国税庁の情報に基づくと、受け取る順番によって、調整の対象となる期間は次のように整理できます。

    受け取る順番調整の対象となる期間改正による変化
    退職金を先、退職金を後(転職など)前年以前4年内に受けた退職手当等変更なし
    退職金を先、iDeCo等の一時金を後前年以前19年内に受けた退職手当等変更なし
    iDeCo等の一時金を先、退職金を後前年以前9年内に受けたiDeCo等の一時金(令和8年1月1日以後に支払を受けたものに限る)4年内から9年内へ
    同じ年に両方を受け取る同一年の退職所得として合算し、勤続期間の重複を調整変更なし

    ※国税庁 タックスアンサー No.2732・No.2735、所得税法施行令69条・70条をもとにAEGISが整理したものです。前年以前9年内に令和8年1月1日以後のiDeCo等の一時金を受けている場合は、令和8年1月1日以後に受けた他の退職手当等も前年以前9年内まで調整の対象になります。

    調整の対象となる場合、今回受け取る退職金の勤続期間と、前に受け取った退職給付の勤続期間(iDeCoの場合は加入期間など)が重なる部分について、その年数に応じた控除額を差し引きます。つまり、期間が重なっている分だけ、後から受け取る側の退職所得控除が小さくなる仕組みです。

    「5年空ければよい」が通用しなくなった理由

    改正前は、iDeCoの一時金を先に受け取り、その翌年から数えて5年目以降に退職金を受け取れば、前年以前4年内の調整に当たらず、それぞれの退職所得控除を重複なく使える場合がありました。改正後は、令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金について、調整の対象期間が9年内に延びたため、同じ効果を得るにはおおむね10年以上の間隔が必要になります。

    一方、令和7年以前にiDeCo等の一時金をすでに受け取った人は、改正後の9年ルールの対象にはなりません。自分がどちらに当たるかは、一時金を実際に受け取った日で判断することになります。

    数字で見るイメージ

    たとえば、ある会社に38年勤めた人の退職所得控除額は、800万円+70万円×(38年−20年)=2,060万円です。この人がiDeCoに20年加入していれば、iDeCoの一時金だけで計算した退職所得控除額は、800万円(40万円×20年)です。

    同じ年に両方を受け取り、iDeCoの加入期間20年が会社の勤続期間38年にすべて含まれる場合は、両方の収入金額を合計し、最も長い期間(38年)で計算した2,060万円が退職所得控除額になります(所得税法施行令69条1項3号、国税庁 No.2735)。重複する20年分の控除を別に上乗せすることはできません。

    別の年に受け取る場合は計算の仕方が異なります。前の受取りが調整の対象期間内にあるときは、後で受け取る側の勤続年数で計算した控除額から、重複している期間の年数(1年未満切捨て)で計算した控除額相当額を差し引きます(同令70条、国税庁 No.2732)。ただし、先に受け取った金額がその受取りについての退職所得控除額に満たない場合は、受取額に応じて重複期間を短くみなす調整があります(同条2項)。そのため、別の年に受け取る場合の控除額は、受取りの順番・受取年・各期間の始まりと終わり・受取額によって変わり、上の例の数字だけでは決まりません。調整の対象とならない間隔を空けて受け取れれば、それぞれの控除を使える可能性があります。

    ※説明のための単純化した例です。実際の控除額は、勤続期間・加入期間の重なり方や受取額によって異なります。

    受取順序を考えるときの視点

    1. まず「受け取れる時期」の制約を確認する

    受取順序は自由に選べるわけではありません。役員退職金は会社での退任の時期や株主総会の決議に、iDeCoは60歳から75歳までという受給開始の範囲に、小規模企業共済は共済金を請求できる事由に、それぞれ左右されます。最初に、各制度でいつ受け取れるのかを一覧にすることが出発点です。

    2. 一時金だけでなく「年金で受け取る」選択肢も比べる

    iDeCoや小規模企業共済は、年金(分割)で受け取ることもできます。この場合は退職所得控除ではなく公的年金等控除の対象になり、退職金との重複調整の問題は生じません。ただし、公的年金や、退任後も役員報酬を受け取る場合の給与所得と合算して課税されるため、毎年の所得税・住民税や社会保険料への影響も見る必要があります。なお、令和8年度税制改正の大綱では、給与等と公的年金等の両方の収入がある人について、給与所得控除額と公的年金等控除額の合計額が280万円を超える場合に公的年金等控除額を調整する見直しが、令和9年分以後の所得税について示されています。

    3. 小規模企業共済の一括受取りも同じ視点で見る

    小規模企業共済の一括受取りも退職手当等とみなされる一時金(所得税法31条、同法施行令72条3項3号)として退職所得に当たり、重複調整の対象となる「退職手当等」に含まれます。役員退職金やiDeCoの一時金との時期の関係を、あわせて確認しておきたいところです。どの受け取りが調整の対象となるかは、受け取る時期と金額によって変わるため、個別に計算して確認することが大切です。

    4. 税負担だけで決めない

    受け取りを遅らせれば、その間の運用の成果は市場の動きに左右されます。生活資金の必要な時期、事業承継のスケジュール、相続の準備との関係も含めて考える必要があります。所得の種類ごとの課税の全体像は、関連記事「高所得者の所得税・住民税の全体像」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    • 受け取る前に「退職所得の受給に関する申告書」を提出する:提出しない場合、支払額に対して20.42%の税率で源泉徴収され、確定申告で精算することになります。
    • 前に受け取った退職給付の源泉徴収票を保管しておく:重複調整には、前の受取額や勤続期間の情報が必要です。
    • 事業承継・会社売却と時期が重なる場合は全体で設計する:役員退職金の支給時期は、株式の承継や売却の時期と結び付いていることが多く、個人の受取順序だけで決められない場合があります。会社売却と退職金の組み合わせは、関連記事「会社売却と役員退職金の組み合わせ」で扱っています。

    • 税制は今後も見直される可能性がある:退職所得の課税のあり方は議論が続いているテーマです。計画を立てた後も、改正の動向を確認する必要があります。

    AEGISの視点

    退職金やiDeCo、小規模企業共済は、それぞれ別の制度として案内されることが多く、受け取る側も「制度ごと」に考えがちです。しかし税金の計算では、これらは退職所得控除という一つの枠を、時期を通じて分け合う関係にあります。

    AEGISは、事業オーナーの引退期の資金計画を、「会社から受け取るもの」と「自分で積み立ててきたもの」を一つの時間軸に並べる設計として考えることが大切だと考えています。役員退職金の時期は事業承継の計画と、iDeCoや共済の受取時期は老後の生活資金や運用の方針と、さらに残る資産は相続の準備と結び付いています。今回の改正は、その時間軸の上で、受け取りの間隔に対する考え方を変えるものです。

    順番だけを最適化しようとすると、承継のタイミングや家族の生活資金といった、より大きな判断とずれてしまうことがあります。まず全体のスケジュールを描き、そのうえで税負担の違いを確かめる——この順序を大切にしたいと考えています。改正情報を自分の計画に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも整理しています。

    承継と個人の資産に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 退職金、iDeCoの一時金、小規模企業共済の一括受取りは、いずれも退職所得として扱われます。
    • 複数の退職給付を受け取る場合、一定期間内であれば退職所得控除の重複が調整されます。
    • 令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金を先に受け取り、後で退職金を受け取る場合、調整の対象期間は前年以前4年内から9年内に延びました。
    • 退職金を先に受け取り、後でiDeCo等の一時金を受け取る場合は、前年以前19年内が調整の対象です。
    • 受取順序は、各制度の受給時期の制約、年金受取りの選択肢、事業承継や生活資金の計画とあわせて検討することが大切です。

    よくある質問

    Q. iDeCoの一時金を先に受け取れば、退職金の税金は有利になりますか?

    一概には言えません。令和8年1月1日以後に支払を受けるiDeCo等の一時金については、その後9年以内に退職金を受け取ると、退職所得控除の重複が調整されます。調整の対象とならない間隔を空けられるかどうか、受取額や勤続期間の重なり方によって結果は変わります。

    Q. 令和7年にiDeCoの一時金を受け取りました。改正の影響はありますか?

    改正後の9年内の調整は、令和8年1月1日以後に支払を受けたiDeCo等の一時金に限られています。令和7年以前に受け取った一時金については、従来どおり前年以前4年内かどうかで調整の有無を判断することになります。具体的な取扱いは、受け取った日と退職金の支払時期を確認して判断してください。

    Q. iDeCoを年金で受け取れば、退職金との調整は必要ありませんか?

    年金で受け取る場合は公的年金等の雑所得となり、退職所得控除の重複調整の対象にはなりません。ただし、公的年金や給与所得などと合算して毎年課税されるため、税負担や社会保険料への影響を比べたうえで選ぶことが大切です。

    Q. 小規模企業共済の共済金も、受取順序に関係しますか?

    小規模企業共済の共済金を一括で受け取ると退職所得として扱われます。役員退職金やiDeCoの一時金と受け取る時期が近い場合は、退職所得控除の調整の有無を含めて確認しておく必要があります。分割で受け取る場合は公的年金等の雑所得になります。

    Q. 役員を退任した後も報酬を受け取る場合、何に注意すればよいですか?

    退任後の報酬の額や勤務の実態によっては、退職金が退職所得として認められるかどうかが問題になることがあります。また、年金で受け取る給付がある場合は給与所得との合算も考える必要があります。会社側の支給設計とあわせて検討することをおすすめします。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税の予測・資金繰りをつなげて、経営の管理を支援します。
    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、承継の計画づくりを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のための 所得税重要ポイント実務ガイド 〜令和2年3月申告用〜』天池&パートナーズ税理士事務所 編、税務研究会出版局、2019年、2-12 退職所得(P.179-183)
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 1 主な国税 1 所得税(P.11、P.16)
  • 電子帳簿保存と電子申告への対応|中小企業・個人事業主が「義務」と「選択」を分けて整える方法

    電子帳簿保存と電子申告への対応|中小企業・個人事業主が「義務」と「選択」を分けて整える方法

    電子帳簿保存法への対応で、中小企業や個人事業主が必ず行わなければならないのは「電子取引データの保存」です。メールやWebサイト、クラウドサービスなどで受け取った請求書・領収書などのデータは、紙に印刷して終わりにせず、データのまま保存する必要があります。

    一方、会計ソフトで作った帳簿を電子データで保存する「電子帳簿等保存」や、紙の書類をスキャンして保存する「スキャナ保存」は、要件を満たせば選べる任意の制度です。また、法人税等の電子申告(e-Tax)が義務になっているのは、主に資本金1億円を超える法人などであり、多くの中小企業にとって電子申告は選択の問題です。

    この記事では、「義務」と「選択」を分けたうえで、最低限やるべきこと、やると得なこと、令和9年(2027年)からの見直しまでを整理します。

    電子帳簿保存法の三つの区分

    電子帳簿保存法(電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律)は、帳簿や書類の保存方法について、紙に代えて電子データで保存する方法を定めた法律です。保存の区分は、次の三つに分かれます。

    区分対象義務か任意か中小企業・個人事業主の判断の目安
    電子帳簿等保存会計ソフト等で最初から電子的に作成した帳簿・決算書類など任意会計ソフトを使っていれば検討しやすい。要件を満たせば紙での保存が不要に
    スキャナ保存取引先から紙で受け取った請求書・領収書など任意紙の量が多く、保管場所や検索に負担がある場合に検討
    電子取引データ保存メール・Web・クラウド等で授受した取引情報義務(所得税・法人税の保存義務者)すべての事業者が対応する。まずここから

    ※AEGISが電子帳簿保存法、国税庁の情報、書籍の記載をもとに整理。

    法人の帳簿書類の保存期間は、原則として確定申告書の提出期限の翌日から7年間で、欠損金が生じた事業年度などは10年間です(国税庁 タックスアンサーNo.5930)。電子データで保存する場合も、この期間を通じて要件を満たした状態を保つ必要があります。

    義務:電子取引データの保存

    対象となる取引

    電子帳簿保存法7条は、所得税と法人税の保存義務者が電子取引を行った場合には、その取引情報に係る電磁的記録(電子データ)を保存しなければならないと定めています。たとえば、次のような取引が対象です。

    • メールに添付されたPDFの請求書・領収書を受け取った
    • ネット通販やWebサイトで購入し、領収書をダウンロードした
    • クラウドの請求書サービスや受発注システムで取引情報を授受した

    自社が送った請求書のデータ(控え)も対象になります。

    保存の要件:真実性と可視性

    電子取引データの保存には、大きく分けて二つの要件があります(電子帳簿保存法施行規則4条)。

    ① 改ざんを防ぐための措置(真実性の確保)

    次のいずれかの措置をとります。

    • タイムスタンプが付されたデータを受け取る
    • 受け取った後、速やかに(または一定の期間内に)タイムスタンプを付す
    • 訂正・削除の履歴が残る、または訂正・削除ができないシステムで授受・保存する
    • 正当な理由がない訂正・削除の防止に関する事務処理規程を定め、それに沿って運用する

    中小企業や個人事業主にとって、最も取り組みやすいのは事務処理規程による方法です。規程を定めるだけでなく、そのとおりに運用し、規程を備え付けておくことが求められます。

    ② 確認できる状態にする措置(可視性の確保)

    • ディスプレイやプリンタ等を備え付け、データを速やかに出力できるようにしておく
    • システムの概要書などを備え付ける(自社開発のシステムを使う場合など)
    • 取引年月日・取引金額・取引先で検索できるようにする(検索要件)

    検索要件が不要になる場合

    検索要件は、ファイル名に日付・金額・取引先を入れて規則的に保存するなどの方法でも満たせますが、次のいずれかに該当し、税務調査等の際にデータの提示・提出の求め(ダウンロードの求め)に応じられるようにしていれば、検索要件の全部が不要になります(同規則4条1項)。

    • 基準期間(個人は前々年、法人は原則として前々事業年度)の売上高が5,000万円以下の事業者である
    • データを出力した書面を、取引年月日その他の日付と取引先ごとに整理された状態で提示・提出できるようにしている

    要件を満たせない場合の「猶予措置」

    保存要件に従って保存できなかったことについて、所轄税務署長が相当の理由があると認め、かつ、税務調査等の際にデータのダウンロードの求めと、データを出力した書面の提示・提出の求めの両方に応じられるようにしている場合は、改ざん防止や検索の要件を満たさずにデータを保存することが認められています(同規則4条3項)。

    令和5年12月31日までの電子取引に設けられていた「宥恕措置」(出力した書面の保存で足りるとする経過措置)は、すでに廃止されています。現在の猶予措置では、データそのものを保存しておくことが前提である点に注意が必要です。

    選択:電子帳簿等保存とスキャナ保存

    電子帳簿等保存と「優良な電子帳簿」

    会計ソフトで作成した仕訳帳や総勘定元帳などは、一定の要件を満たせば、紙に出力せずデータのまま保存できます。さらに、訂正・削除の履歴の保存、帳簿間の相互関連性、日付・金額・取引先による検索機能の確保などの要件を満たす「優良な電子帳簿」として、あらかじめ届出書を提出しておくと、その帳簿に記録された事項に関して過少申告があった場合の過少申告加算税が5%軽減されます(電子帳簿保存法8条4項、国税庁「電子帳簿保存法の概要」)。

    個人事業主の場合は、優良な電子帳簿による保存が青色申告特別控除の金額にも関わります。詳しくは関連記事「個人事業主の青色申告と記帳」で解説しています。

    スキャナ保存

    紙で受け取った請求書や領収書は、スキャナやスマートフォンで読み取り、一定の要件を満たして保存すれば、原本を廃棄できるようになります。令和5年度の税制改正(令和6年1月1日以後に適用)では、解像度等の情報の保存要件や入力者等の情報の確認要件が廃止され、帳簿との相互関連性の確保が必要な書類が契約書・請求書・領収書などの「重要書類」に限定されるなど、要件が緩和されています。ただし、読み取りの解像度や階調などの要件自体は残っており、入力の期限やタイムスタンプ等の要件もあります。

    紙の量が少ない事業者にとっては、無理にスキャナ保存を導入せず、紙で保存する方が合理的な場合もあります。

    不正があった場合の重加算税の加重

    スキャナ保存したデータや電子取引データに関して、隠蔽・仮装があり重加算税が課される場合には、通常の重加算税に、その部分の税額の10%が加算されます(電子帳簿保存法8条5項)。データは改ざんの痕跡が残りにくい一方で、不正が判明したときの負担は重くなる仕組みです。

    電子申告(e-Tax)の義務と選択

    法人税法75条の4は、事業年度開始の時の資本金の額が1億円を超える法人や通算法人などの「特定法人」について、法人税の申告をe-Taxで行わなければならないと定めています。この義務化は、令和2年(2020年)4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。

    資本金1億円以下の中小法人や個人事業主にとって、e-Taxは現時点では選択です。ただし、e-Taxには次のような利点があります。

    • 申告書の提出や受付の確認がオンラインで完結する
    • ダイレクト納付などの電子納税と組み合わせられる
    • 税務調査等で求められた資料を、e-Taxでデータ提出できる場面がある
    • 個人事業主の青色申告特別控除では、e-Taxによる申告が控除額の要件に関わる

    会社設立時に、会計ソフト・電子保存・e-Taxを一体で整えておくと、後から仕組みを変える手間を減らせます。創業期の会計・税務の整え方は、関連記事「創業初年度の会計・税務・資金管理」で整理しています。

    令和9年(2027年)からの見直し

    令和7年度の税制改正では、請求書等の電子取引データを自動で保存し、帳簿に自動で連携する仕組みに対応した制度が設けられました。電子帳簿保存法8条5項が改正され、国税庁長官が定める基準に適合するシステム等を使い、一定の要件を満たして保存されている電子取引データについては、上記の重加算税の10%加重の対象から除かれます。e-Govでは、この改正後の規定が令和9年1月1日施行の未施行版として掲載されています。

    あわせて、個人事業主については、こうした仕組みを使って電子取引データを保存している場合などに、令和9年分以後の青色申告特別控除の額に関わる見直しも行われています(前掲の関連記事「個人事業主の青色申告と記帳」参照)。

    対応の優先順位

    優先度取り組み対象
    1(必須)電子取引データをデータのまま保存し、事務処理規程を定めるすべての事業者
    2(必須)保存場所・ファイル名のルールを決め、検索できる状態にする(または検索要件不要の条件を確認)すべての事業者
    3(推奨)会計ソフトを電子帳簿等保存の要件に合わせ、優良な電子帳簿の届出を検討する会計ソフトを使う事業者
    4(推奨)e-Taxと電子納税を導入する義務のない中小法人・個人事業主
    5(選択)紙の書類のスキャナ保存を導入する紙の量が多い事業者

    ※AEGISが整理した目安です。業種や取引の形によって優先度は変わります。

    実務上注意したいポイント

    • 「印刷したから大丈夫」は通用しない:電子取引データは、データそのものの保存が前提です。
    • 社内ルールは「誰が・どこに・どう名付けて保存するか」まで決める:担当者ごとに保存方法がばらばらだと、検索や提示ができません。
    • 経費精算・個人カードの利用分も対象になり得る:役員や従業員が受け取った領収書データの扱いも決めておきます。
    • クラウドサービスの解約に注意:サービスを解約するとデータが閲覧できなくなる場合があります。保存期間を通じて確認できる状態を保ちます。
    • 最新の要件は国税庁の一問一答で確認する:要件は改正で変わってきました。

    AEGISの視点

    電子帳簿保存法への対応は、「税務署に言われたからやる作業」と捉えられがちです。しかしAEGISは、これを「会社のお金の記録を、誰が見ても追える状態にする仕組みづくり」と考えています。

    取引データが決まった場所に、決まったルールで保存されていれば、月次の数字を早く正確に把握でき、資金繰りや納税の予測にもつながります。オーナーが急に不在になったときや、事業を後継者や第三者に引き継ぐときにも、記録が整っている会社ほど説明がしやすく、引継ぎが円滑です。

    制度改正は、事業者にとって負担に感じられることが少なくありません。それでも、改正を「自分の会社の仕組みを見直す機会」として捉え直すことはできます。改正情報を自分ごととして点検する考え方は、親記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で整理しています。

    まとめ

    • 電子帳簿保存法の対応で必須なのは、電子取引データをデータのまま保存することです。
    • 保存には、改ざん防止の措置(事務処理規程など)と、確認・検索できる状態の確保が必要です。売上高5,000万円以下などの場合は、ダウンロードの求めに応じることを条件に検索要件が不要になります。
    • 要件を満たせない相当の理由がある場合の猶予措置も、データの保存とダウンロード・出力書面の提示が前提です。
    • 電子帳簿等保存・スキャナ保存は任意ですが、優良な電子帳簿には過少申告加算税の軽減があります。
    • e-Taxの義務は資本金1億円超の法人などが対象です。令和9年からは電子取引データの保存に関する見直しも予定されています。

    よくある質問

    Q. 小規模な会社でも、電子取引データの保存は必要ですか?

    必要です。電子取引データの保存は、所得税・法人税の保存義務者であれば規模にかかわらず対象です。ただし、基準期間の売上高が5,000万円以下で、税務調査等の際のダウンロードの求めに応じられるようにしていれば、検索要件は不要です。改ざん防止の措置は、事務処理規程を定める方法で対応できます。

    Q. メールで受け取ったPDFの請求書を印刷して保存していれば足りますか?

    足りません。令和5年12月31日までの取引に認められていた宥恕措置は廃止されており、現在はデータそのものを保存する必要があります。保存要件を満たせない相当の理由がある場合の猶予措置でも、データの保存と、ダウンロードの求め及び出力書面の提示・提出に応じられることが条件です。

    Q. 紙で受け取った領収書もスキャンしなければなりませんか?

    スキャナ保存は任意です。紙で受け取った書類は、紙のまま保存しても問題ありません。紙の量が多く、保管や検索に負担がある場合に、要件を確認したうえで導入を検討するとよいでしょう。

    Q. 中小企業も法人税の電子申告が義務ですか?

    法人税法で電子申告が義務とされているのは、事業年度開始の時の資本金の額が1億円を超える法人や通算法人などです。資本金1億円以下の中小法人は義務ではありませんが、e-Taxを使うと提出や納付の手続を効率化できます。

    Q. 電子帳簿保存法に対応した会計ソフトを使えば、それだけで十分ですか?

    ソフトが要件に対応していても、保存のルールや運用が伴わなければ要件を満たせません。誰が、どのデータを、どこに保存するかを決め、事務処理規程を整え、実際にそのとおり運用することが必要です。ソフトの機能と社内の運用を合わせて点検しましょう。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.96-109
  • 会社売却と役員退職金の組み合わせ|株式の対価と退職金の配分を、オーナー・会社・買い手の三方から考える

    会社売却と役員退職金の組み合わせ|株式の対価と退職金の配分を、オーナー・会社・買い手の三方から考える

    会社を株式譲渡で売却するとき、「売却代金の一部を役員退職金として受け取るとよい」と耳にすることがあります。結論から言えば、オーナーが株式の100%を持つ場合、退職金を払うと会社の価値がその分だけ下がるため、受け取る総額そのものはほとんど変わりません。変わるのは、個人の税金、会社の法人税、買い手の投資額という「受け取り方の結果」です。

    そして、この組み合わせが合理的に機能するのは、退職金が税務上適正な金額であること、会社に支払う資金があること、オーナーが実際に退任すること、他の株主との公平が保たれること、支払が確実であること、という条件がそろった場合に限られます。

    この記事では、株式の対価と退職金の配分を、オーナー個人・対象会社・買い手の三つの立場から整理します。親族内承継などで退職金をいつ・いくら支給するかという一般的な論点は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で扱っています。

    なぜ「株式の対価」と「退職金」の組み合わせが論点になるのか

    株式譲渡では、売却代金は株主であるオーナー個人に支払われます。一方、役員退職金は、対象会社がオーナーに支払うものです。

    ここで押さえたいのは、退職金の支払いは会社の財産を減らすという点です。会社の手元資金から退職金が出ていけば、その分だけ会社の純資産は小さくなり、買い手が支払う株式の価格も下がるのが通常です。買い手から見れば「会社の価値」の中から退職金が先に払われ、残りを株式の対価として受け取る、という構図になります。

    つまり、組み合わせとは「パイを大きくする方法」ではなく、同じパイを、株式の対価と退職金という二つの受け取り口にどう分けるかの問題です。それでも検討される理由は、受け取り口によって課税の仕組みが異なり、会社側の税金にも影響するからです。

    立場株式の対価だけで受け取る場合一部を退職金として受け取る場合
    オーナー個人全額が株式の譲渡所得として課税退職所得と株式の譲渡所得に分かれて課税
    対象会社会社の資金・純資産は変わらない資金が流出するが、適正額なら損金になる
    買い手株式の取得額が大きくなる株式の取得額が小さくなる
    他の株主持株割合どおりに対価を受け取る退職金を受けない株主の取り分が減る

    オーナー個人の税金:退職所得と株式の譲渡所得

    株式の譲渡所得

    個人が非上場株式を譲渡した利益は、他の所得と分けて課税される申告分離課税の対象です。税率は所得税15%・住民税5%で、このほかに復興特別所得税がかかります(令和9年分以後は、復興特別所得税の一部が防衛特別所得税に置き換わりますが、合計の負担率は変わりません)。譲渡所得の金額は、譲渡価額から取得費や譲渡のための費用を差し引いて計算します(国税庁 タックスアンサーNo.1463)。株式の取得費が小さいオーナー企業では、売却代金の大部分が課税対象になりやすいのが特徴です。

    退職所得

    役員退職金は退職所得として、他の所得と分けて税額を計算します。退職所得の金額は「(収入金額-退職所得控除額)× 1/2」で、退職所得控除額は勤続20年以下なら1年につき40万円(最低80万円)、20年超なら800万円に20年を超える1年につき70万円を加えた額です(国税庁 タックスアンサーNo.1420)。

    税率は累進税率ですが、控除後の金額の2分の1だけが課税対象になるため、勤続年数が長く退職金が過大でない範囲では、受け取る金額に対する実質的な負担が株式の譲渡所得の税率を下回る部分が生じ得ます。反対に、退職金を大きくすると累進税率の高い部分が増え、株式で受け取るより負担が重くなる部分も出てきます。

    たとえば、勤続35年のオーナーが退職金1億円を受け取る場合(説明のための単純な例です)、退職所得控除額は800万円+70万円×15年=1,850万円、課税対象となる退職所得は(1億円-1,850万円)×1/2=4,075万円です。同じ1億円を株式の対価として受け取れば、取得費などを除いた額がそのまま20%の課税対象になります。どちらが有利かは、金額の配分と勤続年数によって変わるため、配分を変えながら税引後の手取りを試算することが出発点です。

    個人側で注意したい例外

    • 役員としての勤続年数が5年以下の場合:「特定役員退職手当等」として、2分の1の計算が適用されません(No.1420)。売却前に親族を役員に就けて退職金を払う、といった設計では特に注意が必要です。
    • 「退職所得の受給に関する申告書」を提出しない場合:支払額の20.42%が源泉徴収され、確定申告で精算することになります(No.1420)。

    対象会社の側:損金になるかが分かれ目

    役員退職金は、会社の側では原則として損金になります。ただし、不相当に高額な部分の金額は損金に算入されません(法人税法34条2項、国税庁 タックスアンサーNo.5211)。実務では、退任時の報酬月額・役員としての在任年数・功績倍率を掛け合わせる考え方や、同業で規模の近い会社の支給水準との比較で、金額の妥当性が検討されてきました。裁判例でも判断は分かれており、「この倍率なら必ず認められる」という基準はありません。

    M&Aの場面でこの点が重要になるのは、退職金が過大と判断された場合の負担が、売却後の会社と売り手の双方に及ぶからです。損金にならなかった部分について対象会社に追加の税金が生じれば、買い手は株式譲渡契約の表明保証や補償の条項に基づいて、売り手に補填を求める可能性があります。表明保証と補償の仕組みは、関連記事「表明保証と売主の責任」で扱います。

    また、損金になった退職金は、会社のその事業年度の所得を減らします。損金に算入する時期は、原則として株主総会の決議等で金額が具体的に確定した事業年度で、実際に支払った事業年度に損金経理をした場合はその年度とすることも認められています(法人税基本通達9-2-28)。

    買い手の側:投資額と「節税効果」の帰属

    買い手にとって、退職金との組み合わせには次のような意味があります。

    • 株式の取得額が小さくなる:会社に余剰資金がある場合、それを退職金に充てた分だけ株式の対価が下がり、買い手の資金負担が軽くなります。
    • 会社の資金繰りは確認が必要:退職金の支払い後も、会社が事業を続けるのに十分な資金を持っているかが問われます。資金が足りず借入れで退職金を払うような設計は、買い手の理解を得にくくなります。
    • 会社の法人税が減る効果は、誰のものか:退職金が損金になり、会社に課税所得があれば法人税の負担が軽くなります。株式の価格を「退職金の額だけ」下げるのか、「税負担の軽減分を考慮した額」で下げるのかは、交渉で決まります。オーナー側は、この効果が価格にどう反映されているかを確認しておきたいところです。

    買い手は、金額が過大でないか、退任の実態があるかを、買収前の調査の中で確認するのが通常です。根拠のある金額と手続きを示せることが、交渉を円滑にします。

    組み合わせが成り立つための5つの確認事項

    確認事項確認したいこと満たさない場合に起こり得ること
    1. 金額の適正さ在任年数・報酬・功績から説明できるか、規程はあるか過大部分が損金にならず、補償を求められる可能性
    2. 支払う資金支払い後も会社の資金繰りに無理がないか買い手の合意が得られない、会社の財務が不安定になる
    3. 退任の実態売却後も実質的に経営に関与し続けないか退職給与と認められない可能性
    4. 他の株主との公平退職金を受けない株主の理解が得られるか株主間の対立、取引の遅れ
    5. 支払の確実性クロージングと同時か、後払いならその保全策は後払い分が回収できないリスク

    他の株主がいる場合

    株主がオーナー1人であれば、退職金と株式の対価の配分は「受け取り方の違い」にすぎません。しかし、役員でない株主や、役員でも退職金を受け取らない株主がいる場合は事情が異なります。退職金の分だけ株式の価格が下がるため、退職金を受け取らない株主の手取りは減るからです。

    兄弟や親族が株主に分かれている会社では、株式の対価と各人の退職金を合計した「一人ひとりの手取り」を並べて示し、全員が納得できる配分になっているかを確認することが欠かせません。退職金の額を株主間の調整のために恣意的に動かすことはできない点にも注意が必要です。

    売却後も会社に残る場合

    役員退職金は、役員を退任することが前提です。売却後も一定期間、会長や取締役として残る場合、その時点で退職金を受け取ると、退職給与として認められるかが問題になります。

    法人税基本通達9-2-32では、分掌変更等で役員としての地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したのと同様の事情がある場合に退職給与として扱えるとし、常勤から非常勤への変更、取締役から監査役への変更、報酬のおおむね50%以上の減少などを例示しています。ただし、代表権がある人や経営上主要な地位にある人は除かれており、形式だけ整えても実態が伴わなければ認められません。また、未払金として計上しただけの金額は、原則として退職給与に含まれないとされています。

    売却後の残り方と、その間の報酬・退職金の扱いは、関連記事「M&A後に売り手オーナーが担う役割と条件」で詳しく整理しています。

    支払の時期

    退職金は、株式の代金決済と同じタイミング(クロージング時)か、その直後に支払う形が一般的です。一方、オーナーが売却後もしばらく役員として残る場合には、退職時まで支給を先送りする設計も考えられます。

    しかし、後払いにすると、その間に会社や買い手の経営が悪化した場合に支払われないリスクが残ります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、役員退職慰労金のクロージング後払いは、譲渡対価の分割払いなどと並んで、最終契約で留意すべき事項の一つとして取り上げられています。ガイドラインは、引継ぎのためにクロージング後も一定期間残る場合のインセンティブとして活用されることがある一方、その後の事業や買い手の状況によっては支払われない(不履行となる)リスクがあると指摘しています。後払いとする場合は、金額と支給時期を契約で明確にし、先送りの期間をできるだけ短くするなど、リスクを小さくする工夫が必要です。

    配分を決めるまでの進め方

    1. 退職金の上限の目安を把握する:役員退職慰労金規程の有無、在任年数、報酬の推移を確認し、説明できる金額の範囲を税理士とともに確かめます。
    2. 支払う資金を確認する:会社の現預金と、支払い後の資金繰りを確認します。保険の解約金を原資にする場合は、解約の時期も含めて検討します。
    3. 配分を変えて手取りを試算する:株式の対価と退職金の配分をいくつか置き、個人の税引後手取り、会社の税負担、他の株主の手取りを並べます。
    4. 買い手と条件をすり合わせる:価格の決め方(退職金をどう差し引くか)、支払時期、退任後の関与を交渉の早い段階で共有します。
    5. 契約と手続きに落とし込む:株主総会の決議、議事録、株式譲渡契約での定めを整えます。

    AEGISの視点

    役員退職金との組み合わせは、M&Aの手取りを増やす「技術」として語られることが多いテーマです。しかし実際には、個人の税額の差は配分次第で小さくなることも逆転することもあり、むしろ大きく効いてくるのは、会社の損金の可否、他の株主との関係、退任の実態、支払いの確実性といった、取引全体の設計に関わる要素です。

    AEGISは、退職金を「長年経営を担ってきたことへの対価を、株式の対価とは別の筋道で正しく受け取る仕組み」と考えています。在任期間と功績に見合った金額を、規程と手続きに基づいて支給するのであれば、オーナー・会社・買い手のいずれにとっても説明のつく形になります。反対に、手取りを増やすためだけに金額を膨らませれば、売却後の補償や家族・株主間の対立という形で、かえって手元に残るものを減らしかねません。

    また、退職金と株式の対価は、売却後の資金の使い道とも結び付いています。受け取る時期や形が変われば、納税の時期や、その後の資産設計も変わります。売却の準備全体の流れは、M&AのPillar記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で整理しています。

    株式の譲渡と事業の譲渡で、オーナーの受け取り方がどう変わるかは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」もあわせてご覧ください。

    M&Aや承継に伴う税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 役員退職金を支払うと会社の価値が下がり、株式の価格もその分下がるのが通常です。オーナーが100%株主なら、受け取る総額はほとんど変わりません。
    • 違いが生じるのは、個人の税金(退職所得と株式の譲渡所得)、会社の法人税(退職金の損金算入)、買い手の投資額です。
    • 退職金の不相当に高額な部分は損金になりません。過大と判断されれば、売却後に補償を求められる可能性があります。
    • 他の株主がいる場合、退職金を受け取らない株主の手取りが減るため、全員の手取りを並べた確認が欠かせません。
    • 売却後も残る場合の退任の実態、後払いとする場合の支払の確実性にも注意が必要です。具体的な判断は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 退職金と組み合わせれば、必ず手取りは増えますか?

    必ず増えるとは限りません。退職所得は2分の1課税の仕組みがある一方で累進税率が適用されるため、退職金の額が大きくなると、株式の譲渡所得として受け取るより負担が重くなる部分も生じます。勤続年数や配分によって結果が変わるため、配分をいくつか置いて税引後の手取りを試算することが大切です。

    Q. 退職金の額は、買い手と自由に決めてよいのですか?

    株式の対価との配分は交渉で決まりますが、退職金の額そのものは、税務上不相当に高額でないことが前提です。在任年数、報酬、功績、同業他社の水準などから説明できる範囲に収める必要があります。役員退職慰労金規程があれば、その基準に沿って算定するのが基本です。

    Q. 会社に退職金を払うだけの資金がない場合はどうなりますか?

    支払い後に会社の資金繰りが成り立たない場合、退職金との組み合わせは現実的ではありません。買い手が資金を提供する方法も考えられますが、買い手の合意が前提となり、条件も複雑になります。まずは会社の手元資金の範囲で、無理のない金額を検討するのが基本です。

    Q. 売却後に顧問として残る予定です。退職金は受け取れますか?

    取締役を退任し、顧問として関与の度合いが大きく下がるのであれば、退職金を受け取ることは一般的です。ただし、肩書が変わっても重要な経営判断に関わり続けるなど、実質的に退任していないと見られる状況では、退職給与として認められない可能性があります。残る期間の役割と報酬を、売却の契約段階で明確にしておくことが重要です。

    Q. 株主が複数いる場合、退職金を受け取るのは社長だけでもよいのですか?

    退職金は役員として退任する人に支給されるものなので、役員でない株主には支給されません。その結果、退職金の分だけ株式の価格が下がると、他の株主の取り分が減ります。株主全員の手取りを並べ、事前に説明と合意を得ておくことが、取引を円滑に進めるうえで欠かせません。

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    • M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第8章(印刷 p.123-143)
    • 『新版 サクサクわかる!M&Aの税務』佐藤信祐 著、清文社、2024年、第2章第1節(印刷 p.118-120)
  • 海外在住の相続人がいる場合の準備|課税の範囲・手続書類・納税管理人を整理する

    海外在住の相続人がいる場合の準備|課税の範囲・手続書類・納税管理人を整理する

    子どもが海外で働いている、海外の大学を出てそのまま現地で暮らしている、配偶者の母国に家族で移り住んだ——家族の暮らし方が多様になるにつれ、相続人の中に海外在住の方がいるケースは珍しくなくなりました。

    結論から言えば、海外在住の相続人がいる場合、国内だけの相続と比べて①相続税の課税の範囲、②手続に使う書類、③申告・納税の段取りの3つが変わります。いずれも相続が起きてから調べ始めると時間が足りなくなりやすい論点です。この記事では、それぞれのポイントと、生前に整えておきたい準備を整理します。

    国内だけの相続と何が変わるのか

    まず、変わる点の全体像を確認しておきましょう。

    論点国内だけの相続海外在住の相続人がいる場合に加わる論点
    課税の範囲原則として国内外の財産すべて相続人の住所・国籍・過去の居住期間、被相続人の状況によって範囲が変わる
    債務・葬式費用の控除原則どおり控除相続人の区分によっては控除できる範囲が限られる
    遺産分割協議の書類印鑑証明書、住民票など署名証明(サイン証明)、在留証明など在外公館等の証明で代替
    申告・納税相続人が自ら申告・納付日本に住所等がない相続人は納税管理人を定めて届け出る
    所得税通常は被相続人の準確定申告のみ一定の場合、有価証券等の含み益に所得税がかかる(国外転出時課税)
    居住国の税制考慮不要相続人が住む国でも課税関係が生じることがある

    以下、順に見ていきます。

    論点1:相続税の課税の範囲はどう決まるか

    相続税の納税義務者は、相続人等の住所、日本国籍の有無、過去の日本での居住期間、そして被相続人の状況などによって区分され、区分ごとに課税される財産の範囲が異なります。国税庁の説明(令和8年4月1日現在法令等)に沿って、海外在住の相続人に関係する部分を整理すると次のとおりです。

    • 原則:相続のときに日本に住所がない相続人は、日本国内にある財産だけが課税対象となります。
    • 例外(国内外すべての財産が課税対象):
    • 相続人が日本国籍を持ち、相続開始前10年以内のいずれかの時に日本に住所があった場合
    • 相続人が日本国籍を持ち、相続開始前10年以内に日本に住所がなかった場合でも、被相続人が「外国人被相続人」または「非居住被相続人」に当たらない場合
    • 相続人が日本国籍を持たない場合でも、被相続人が「外国人被相続人」「非居住被相続人」「非居住外国人」に当たらない場合

    ここでいう「外国人被相続人」は、相続開始の時に在留資格を有し日本に住所があった被相続人を、「非居住被相続人」は、相続開始の時に日本に住所がなかった被相続人のうち一定の人を指します。

    実務上のポイントは、被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合、相続人が海外に住んでいても、原則として国内外の財産すべてが課税対象になるということです。「海外に住んでいるから日本の相続税は関係ない」とは限らない点に注意が必要です。

    財産が「国内」か「国外」かの判定

    課税の範囲が国内財産に限られる相続人にとっては、財産がどこにあるかの判定が重要になります。国税庁によれば、たとえば次のように判定します。

    財産の種類所在の判定
    不動産・動産その所在地
    預貯金受け入れをした営業所の所在地
    保険金保険会社等の本店等の所在地
    株式・社債発行法人の本店等の所在地

    債務・葬式費用の控除にも違いがある

    国税庁によれば、相続のときに日本に住所がない相続人のうち一定の要件に当たらない人は、控除できる債務の範囲が限られ、葬式費用も控除できません。債務を誰が引き継ぐかを考える際には、相続人の区分も合わせて確認しておく必要があります。

    論点2:遺産分割協議と相続手続の書類

    日本の相続手続では、遺産分割協議書に相続人全員が署名・実印を押し、印鑑証明書を添付するのが一般的です。しかし、海外に住む日本人は日本に住民登録がないことが多く、印鑑証明書や住民票を取得できない場合があります。その代わりに使われるのが、在外公館(大使館・総領事館)が発行する証明です。

    署名証明(サイン証明)

    外務省によれば、署名(及び拇印)証明は、申請者の署名が領事の面前でなされたことを証明するもので、日本の印鑑証明に相当します。不動産登記や遺産分割協議などの日本国内の手続に使われます。

    • 領事の面前で署名する必要があるため、本人が在外公館に出向いて申請する必要があり、代理申請や郵便による申請はできません。
    • 証明の形式には、遺産分割協議書などの私文書と証明書を綴り合わせて割り印する形式と、署名そのものを単独で証明する形式があります。どちらが必要かは、提出先(法務局、金融機関など)に事前に確認しておくと安心です。

    在留証明

    外務省によれば、在留証明は、外国に住所を有する日本人について、その住所(生活の本拠)の所在を証明するもので、不動産登記などに使われます。原則として、日本国籍を有し、現地にすでに3か月以上滞在して現に居住していること、日本に住民登録がないことなどが要件です。

    相続人が日本国籍を持たない場合

    相続人が外国籍の場合は、在外公館の証明を使えないため、居住国の公証人の認証を受けた宣誓供述書などで、署名や住所を証明する方法がとられることがあります。必要な書類は国や提出先によって異なるため、早めに確認が必要です。

    不動産の相続登記

    令和6年4月1日から、相続登記の申請が義務化されています。法務省によれば、相続により不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請する必要があり、正当な理由のない違反には10万円以下の過料が科されることがあります。施行日前に発生した相続も対象です。海外在住の相続人がいると書類の取得に時間がかかるため、遺産分割協議と登記の段取りは早めに組んでおきましょう。

    論点3:申告・納税の段取り

    申告期限と提出先

    相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。申告書は、原則として被相続人の死亡時の住所地を所轄する税務署に提出します。海外在住の相続人がいても、この期限は変わりません。書類のやり取りに国際郵便や在外公館での手続が加わる分、国内だけの相続よりも時間的な余裕が小さくなると考えておきましょう。なお、日本に住んでいる相続人が、申告期限までの間に納税管理人の届出をしないまま海外に転居して日本に住所・居所がなくなる場合は、その日が申告期限となります(相続税法27条1項)。

    納税管理人

    国税庁によれば、日本に住所がない相続人が相続税の課税対象となる財産を取得した場合は、納税管理人を定め、納税地の所轄税務署長に「納税管理人届出書」を提出する必要があります。納税管理人は、日本国内で申告書の提出や納税、税務署からの書類の受け取りなどを本人に代わって行う人です。

    誰に依頼するか(国内に住む親族か、専門家か)、費用や連絡方法をどうするかは、相続が起きてから決めるのでは慌ただしくなります。生前に家族で話し合っておくことが望まれます。

    国外転出時課税(相続により非居住者が有価証券等を取得する場合)

    被相続人が一定の有価証券等を保有していて、それを海外に住む相続人が相続する場合には、所得税の論点も生じます。国税庁によれば、国外転出時課税の対象となるのは、対象となる有価証券等の価額の合計額が1億円以上で、過去10年以内に国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超える人です。相続の場面では、こうした要件に当たる被相続人の対象資産を、非居住者である相続人等が相続により取得した場合、その時に譲渡等があったものとみなして、含み益に所得税が課税されます(一定の要件を満たす場合には課税の取消し等の手続もあります)。

    上場株式や自社株式を多く保有するオーナーで、海外在住の子に株式を承継させる可能性がある場合は、相続税だけでなくこの所得税の負担も見込んでおく必要があります。

    居住国の税制も確認する

    相続人が住む国でも、相続や財産の取得に対して課税される場合があります。日本の相続税では、国外にある財産について現地で相続税に相当する税が課された場合に、一定の限度額の範囲でその税額を日本の相続税額から控除する仕組みがあります(相続税法20条の2)。ただし、この控除の対象は国外にある財産に限られ、居住国の側でどのような調整があるかは国によって異なります。日本と居住国の双方で課税される可能性があるときは、居住国の専門家とも連携して確認することが大切です。

    生前に整えておきたい準備

    海外在住の相続人がいる場合に、生前に進めておきたい準備をまとめます。

    1. 相続人の状況を把握する:国籍、現在の住所、日本を離れた時期(過去10年の居住状況)、在留資格や永住の予定などを整理します。課税の範囲の判断に直結します。
    2. 財産と債務の一覧を作る:国内財産・国外財産の別、所在地、名義を整理します。概算の進め方は、関連記事「相続税の概算に必要な情報とは」で解説しています。

    3. 遺言を検討する:遺言があれば、遺産分割協議に関わる書類のやり取りを減らせる場合があります。誰が何を取得するかを明確にしておくことは、海外在住の相続人の負担軽減にもつながります。遺言と民事信託(いわゆる家族信託)の使い分けは、関連記事「遺言と家族信託の使い分け」で解説しています。

    4. 納税管理人と連絡体制を決めておく:誰が納税管理人になるか、書類の受け渡しや連絡をどう行うかを決めておきます。

    5. 納税資金と送金の段取りを考える:海外在住の相続人が日本の口座を持っていない場合など、納税資金の移動に時間がかかることがあります。
    6. 海外に財産がある場合は現地の手続も確認する:被相続人が海外に財産を持っている場合、その国の相続手続(裁判所の関与が必要な国もあります)が必要になることがあります。

    実務上注意したいポイント

    • 「海外在住だから日本の相続税は関係ない」と決めつけない:被相続人と相続人の状況によって、国内外の財産すべてが課税対象になることがあります。
    • 在外公館での手続には時間がかかる:署名証明は本人の出頭が必要です。相続人が在外公館から遠い地域に住んでいる場合、移動や予約に時間を要することがあります。
    • 書類の要件は提出先ごとに異なる:法務局、金融機関、税務署で求められる書類や形式が異なる場合があります。
    • 情報の基準日を確認する:国際相続の課税関係は、過去に何度か改正されています。古い書籍や記事の情報をそのまま当てはめず、最新の一次情報で確認しましょう。

    AEGISの視点

    海外在住の相続人がいる相続では、税金の計算そのものよりも、「離れて暮らす家族が、限られた時間の中で合意し、手続を完了できるか」が大きな課題になります。書類一つ取り寄せるにも、時差や距離、言語の壁が立ちはだかるからです。

    AEGISは、こうしたケースこそ、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として整理しておく価値が大きいと考えています。たとえば、日本の不動産を海外在住の子が相続した場合、その不動産を誰が管理し、将来売却するのか保有し続けるのか。自社株式を承継する場合、海外から議決権をどう行使し、会社の意思決定にどう関わるのか。相続税の範囲や手続書類の問題は、こうした「所有と管理の設計」と切り離せません。

    家族がどこに住んでいても、何を、誰に、どのような形で残したいのかを言葉にし、家族と共有しておくこと。それが、国境をまたぐ相続を円滑に進めるための最も確実な準備だと考えています。相続対策と事業承継を一体で考える視点は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    資産税務や承継に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 海外在住の相続人がいると、相続税の課税の範囲、手続書類、申告・納税の段取りの3つが変わります。
    • 被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合、相続人が海外に住んでいても、原則として国内外の財産すべてが課税対象になります。
    • 遺産分割協議などでは、印鑑証明書や住民票に代えて、在外公館の署名証明(本人出頭が必要)や在留証明などを使います。
    • 日本に住所がない相続人は、納税管理人を定めて届け出る必要があります。
    • 有価証券等を多く保有する場合は、国外転出時課税による所得税の負担も確認が必要です。

    具体的な課税関係や必要書類は、相続人と被相続人の状況、居住国などによって異なります。

    よくある質問

    Q. 海外に住んでいる子も、日本の相続税を払う必要がありますか?

    被相続人や相続人の状況によります。国税庁によれば、相続のときに日本に住所がない相続人は原則として国内財産のみが課税対象ですが、日本国籍を持ち相続開始前10年以内に日本に住所があった場合や、被相続人が日本に住む日本国籍の方である場合などは、国内外の財産すべてが課税対象になります。

    Q. 海外在住の相続人は、印鑑証明書の代わりに何を用意すればよいですか?

    日本国籍の方であれば、在外公館で署名証明(サイン証明)を取得するのが一般的です。外務省によれば、署名証明は領事の面前で署名する必要があるため、本人が在外公館に出向いて申請する必要があり、代理や郵送では申請できません。

    Q. 納税管理人とは何ですか?誰がなれますか?

    日本に住所がない納税者に代わって、申告書の提出や納税、税務署からの書類の受け取りなどを行う人です。相続税の課税対象となる財産を取得した海外在住の相続人は、納税管理人を定めて届け出る必要があります。国内に住む親族や専門家に依頼するのが一般的です。

    Q. 海外在住の相続人がいると、申告期限は延びますか?

    相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内で、相続人が海外にいても原則として変わりません。書類の取得に時間がかかるため、早めに準備を始めることが大切です。

    Q. 生前にできる最も効果的な準備は何ですか?

    相続人の居住状況と財産の全体像を把握したうえで、遺言を作成し、納税管理人や連絡体制を家族と話し合っておくことです。誰が何を取得するかが明確であれば、海外在住の相続人が関わる手続の負担を減らすことができます。

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  • 会社を買う前に確認したいリスク|財務・税務・契約・事業運営の4つの視点で見る買収前の調査

    会社を買う前に確認したいリスク|財務・税務・契約・事業運営の4つの視点で見る買収前の調査

    事業の拡大や新しい分野への進出、人材や拠点の確保のために、他の会社を買収する(M&Aで譲り受ける)オーナーが増えています。一方で、買収は「買った後」に初めて見えてくる問題が少なくない取引でもあります。

    結論から言えば、会社を買う前には、財務・税務・契約(法務)・事業運営の4つの視点で対象会社を調べ、見つかったリスクを価格・取引方法・契約条件のいずれかに必ず反映させることが重要です。この記事では、買い手として何を確認すべきか、そして確認した結果をどう判断に結び付けるかを解説します。

    買収前の調査(デュー・ディリジェンス)とは

    調査の目的

    買収前に対象会社の実態を調べることを、デュー・ディリジェンス(以下DD)といいます。DDには大きく2つの目的があります。

    1. リスクを見つけ、評価する:買収してよいか、いくらなら、どのような条件なら買えるかを判断する
    2. 買収後の経営を準備する:対象会社の実態を知り、統合や改善の計画に活かす

    中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月改訂)でも、DDは譲り受け側が対象企業のリスクを精査するために主体的に行うものと位置付けられており、財務・法務のほか、ビジネス、税務、人事労務などの分野が挙げられています。

    買い手がリスクを負う取引である

    株式を取得して会社を買う場合、会社の資産だけでなく、帳簿に表れない債務や過去の問題も含めて、会社をまるごと引き受けることになります。売り手は売却後に会社を離れるため、問題が後から見つかった場合、その影響を受けるのは主に買い手です。

    また、買収価格の大きさとリスクの大きさは比例しない点にも注意が必要です。小規模な案件でも、未払いの残業代や税務上の問題、土壌汚染などが見つかれば、買収価格を上回る負担が生じることもあります。案件の規模にかかわらず、最低限の調査は欠かせません。

    視点1:財務――数字の実態を確かめる

    資産・負債の実態

    決算書の貸借対照表は、すべてが時価で表示されているわけではありません。買い手は、主な資産・負債を実態に合わせて見直します。

    • 売掛金:回収が遅れているもの、取引先の信用に不安があるもの
    • 在庫:長期間動いていないもの、陳腐化しているもの
    • 固定資産:不動産の時価、事業に使っていない資産、設備の老朽化
    • 負債:退職給付・役員退職慰労金の引当不足、保証債務、係争中の案件などの簿外債務・偶発債務

    本来の収益力

    過去の損益から、一時的な損益や、オーナー経営に特有の費用(オーナー個人の車両・保険・交際費、関係会社との特殊な取引条件など)を除き、買収後も期待できる「正常な収益力」を見極めます。買収後に役員報酬や取引条件が変わる場合は、その影響も織り込みます。

    資金の流れと事業計画

    • 運転資金の水準と、その調達方法(長期借入金で運転資金を賄っていないか)
    • 今後必要な設備投資の規模
    • 売り手が示す事業計画の前提(売上の伸び、利益率)に無理がないか

    財務の調査は、単に誤りを探すだけでなく、買収後の事業計画の土台を確かめる作業でもあります。

    視点2:税務――過去の申告を引き継ぐ覚悟

    株式取得では税務リスクも引き継ぐ

    株式を取得して会社を買う場合、対象会社が過去に行った税務処理に誤りがあれば、買収後の税務調査で追徴課税を受けるのは対象会社、つまり買い手の子会社です。加算税や延滞税が加わることもあります。そのため、過去数期分の申告内容を確認することが重要です。

    主な着眼点

    • 税務調査の履歴:過去の調査の時期、指摘事項、その後の対応
    • 申告調整の妥当性:申告書上の加算・減算の処理が適切か
    • オーナー関連の取引:役員給与の水準や支給方法、オーナー一族や関係会社との取引価格、会社資産の私的利用。これらは寄附金や役員給与として課税上の問題になりやすい論点です
    • 法人税以外の税目:消費税、源泉所得税、印紙税など。源泉所得税の処理漏れなどは、課税所得が少ない会社でも生じ得ます
    • 繰越欠損金:利用できる見込みがあるか、買収や買収後の組織再編によって利用が制限されないか(たとえば、50%超の株式取得などで支配関係が生じた後に一定の事由が生じると、欠損金の繰越しが認められなくなる規定があります〔法人税法57条の2〕)
    • グループ会社の数と目的:事業規模に比べて会社の数が多い場合、その設立理由や決算期の違いに、税務上のリスクが潜んでいないか

    取引の方法と税務リスク

    事業譲渡で事業だけを取得する場合、売り手の会社の税務リスクは原則として売り手に残ります。ただし、取引の相手や条件によっては、売り手側の税金の負担が買い手側に及ぶ規定もあるため(たとえば、売り手と特殊な関係にある者が事業を譲り受けて同一・類似の事業を営む場合の第二次納税義務〔国税徴収法38条〕)、「事業譲渡なら税務リスクはない」とは言い切れません。取引の方法による違いは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で解説しています。

    視点3:契約(法務)――引き継ぐ約束事を確かめる

    株式の権利

    株式を取得する場合、まず確認すべきは、取得しようとする株式そのものに問題がないかです。

    • 株主名簿と実際の株主が一致しているか
    • 設立以来の株式の移動(相続・売買・贈与)が、書類で裏付けられているか
    • 名義株や、相続で帰属が決まっていない株式がないか
    • 株券を発行する会社である場合、株券の発行・交付の状況
    • 種類株式や新株予約権が発行されていないか

    株式の権利に疑いがあると、買収後に株主の地位をめぐる争いが生じるおそれがあります。

    重要な契約

    • チェンジ・オブ・コントロール条項:株主の変更を理由に、取引先が契約を解除できる、あるいは事前の承諾を求める定めがないか
    • 借入契約:財務内容に関する制限条項(コベナンツ)や、株主変更に関する定め
    • 競業避止・独占条項:買収後の事業展開を縛る定めがないか
    • リース・業務委託・ライセンス契約:期間、更新、解除の条件

    不動産・許認可・知的財産

    • 不動産の使用権原:事業に使う土地・建物が、会社所有か、借地か、賃借か。売り手のオーナー個人が所有している場合、買収後も同じ条件で使い続けられるか
    • 担保・登記:不動産に担保が設定されていないか
    • 許認可:買収後も維持できるか、手続きが必要か
    • 知的財産:商標・特許が会社名義か、第三者の権利を侵害していないか

    訴訟・紛争・環境

    現在の訴訟だけでなく、将来紛争に発展しそうな事案(労働紛争、製品の不具合、知的財産の侵害など)も把握します。工場などを持つ会社では、土壌汚染や廃棄物処理など環境面のリスクも重要な確認事項です。

    視点4:事業運営――買った後に回るか

    社長とキーパーソンへの依存

    中小企業では、売上や技術、取引先との関係が社長個人に集中していることが少なくありません。社長が引退した後も事業が維持できるか、実務を担う幹部や技術者が残るかは、買収の成否を左右する重要な論点です。引継期間をどの程度設けるか、キーパーソンの処遇をどうするかも検討します。

    人と労務

    • 従業員の人数・年齢構成・勤続年数、熟練者の技術が継承されているか
    • 労働時間の管理、残業代の支払い、就業規則の運用が適正か
    • 労使関係や過去の労働紛争の有無

    未払いの残業代などは、そのまま簿外の負債になります。また、従業員の意欲の低下や離職は、買収後の業績に直結する最大のリスクの一つです。

    事業と取引先

    • 売上が特定の取引先に集中していないか
    • 市場の動向、競合との関係、事業の強み
    • 設備の老朽化や、先送りされている投資がないか
    • 情報システムを買収後も使い続けられるか

    統合の見通し

    買収後、対象会社をどのように経営し、自社とどう連携させるか(統合の方針)は、DDの段階から考え始めることが重要です。DDで得た情報は、買収後の計画づくりにそのまま活かせます。

    見つかったリスクをどう判断に反映するか

    DDの価値は、リスクを見つけることそのものではなく、見つけたリスクを判断に反映させることにあります。AEGISでは、リスクの性質に応じて次のように整理することをおすすめしています。

    リスクの性質主な対応例
    金額を見積もれる価格に反映する回収困難な売掛金、引当不足の退職金、未払残業代
    特定の資産・事業に限定できる取引の方法や対象範囲を変える問題のある事業や資産を対象から外す、事業譲渡に切り替える
    クロージングまでに解消できる解消を取引実行の前提条件にする名義株の整理、許認可の手続き、契約相手の承諾取得
    発生するかどうか不確実最終契約の表明保証・補償で手当てする将来の税務調査、潜在的な紛争
    事業の前提を揺るがす買収を見送る主要取引先の喪失が確実、重大な法令違反

    ※上記は考え方を整理するための例です。実際の対応は、リスクの内容や交渉の状況によって異なります。

    表明保証・補償の限界

    最終契約では、売り手が対象会社の状況について一定の事項が真実であることを表明し、違反があった場合に補償する「表明保証」の条項を設けるのが一般的です。中小M&Aガイドラインでも、最終契約で規定される事項として表明保証や補償が挙げられています。

    ただし、補償には上限や期間が設けられることが多く、また、売り手に十分な資力がなければ、実際には補償を受けられないこともあります。契約で手当てしたから安心、ではなく、契約で手当てできないリスクがどれだけ残るかを考えておく必要があります。

    実務上注意したいポイント

    • 調査の範囲を最初に決める:案件の規模や業種に応じて、どの分野をどこまで調べるかを決めます。財務・税務・法務は、規模にかかわらず確認しておきたい分野です。
    • 売り手の説明だけに頼らない:中小企業では意思決定の記録が少なく、担当者の記憶に頼った回答になりがちです。決算書の数値の動きや契約書など、客観的な資料で裏付けを取ることが大切です。
    • 売り手の準備状況も見る:資料がすぐに出てくる会社は、管理の水準も一定以上であることが多いものです。売り手側の準備については、関連記事「M&Aの前に整えたい会計・契約・組織」が参考になります。

    • 高すぎる買い物をしない:シナジー(相乗効果)を楽観的に見積もりすぎると、価格が投資を回収できる範囲を超えてしまいます。リスクを織り込んだうえで、自社にとっての上限を決めておくことが重要です。

    AEGISの視点

    会社を買うことは、他の誰かが築いてきた事業と、それに関わる人・資産・約束事を、まとめて引き継ぐことです。言い換えれば、買収とは「承継を引き受ける」意思決定です。

    AEGISがとくに重視しているのは、対象会社の事業だけでなく、その事業を支える不動産や資産の「持ち方」です。たとえば、対象会社の事業所の土地を売り手のオーナー個人が所有している場合、買収後も賃借を続けるのか、取得するのか、取得するなら事業会社で持つのか別の会社で持つのかによって、資金負担、税務、将来の事業再編のしやすさが変わります。事業の運営と不動産の所有をどう組み合わせるかは、買収の段階で設計しておくべき論点です。

    また、買い手自身の事業承継も見落とせません。買収によって会社やグループの規模が大きくなれば、自社株の評価や、次の世代への引継ぎ方にも影響します。買収の判断は、自社とオーナー家の将来像の中に位置付けて行うことが大切だとAEGISは考えています。

    M&Aの準備と全体像については、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で、売り手側の視点から解説しています。

    まとめ

    • 会社を買う前には、財務・税務・契約(法務)・事業運営の4つの視点で対象会社を調べることが重要です。
    • 株式を取得する場合、簿外債務や過去の税務リスクも含めて会社ごと引き継ぐため、規模にかかわらず最低限の調査が欠かせません。
    • 見つかったリスクは、価格・取引方法・前提条件・表明保証と補償・見送りのいずれかに必ず反映させます。
    • 表明保証や補償には限界があるため、契約で手当てできないリスクの大きさも考えておく必要があります。
    • 事業だけでなく、不動産の持ち方や自社の承継まで含めて判断することが、買収を成功に近づけます。

    どのリスクをどこまで調べるべきかは、対象会社の業種や規模、取引の方法などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 小規模な会社の買収でも、DDは必要ですか?

    必要です。買収価格が小さくても、未払いの残業代や税務上の問題などが見つかれば、価格を上回る負担が生じることがあります。費用や期間との兼ね合いで調査の範囲を絞ることはあっても、財務・税務・法務の基本的な確認は省略しないことが望まれます。

    Q. 株式を買う場合と事業を買う場合で、確認すべきことは変わりますか?

    変わります。株式を買う場合は会社全体を引き継ぐため、過去の税務処理や簿外債務を含めて幅広く調べる必要があります。事業を買う場合は、引き継ぐ資産・負債・契約・従業員の範囲を個別に確認し、移転の手続きや許認可の取り直しが可能かを中心に見ていくことになります。

    Q. 表明保証があれば、DDを簡略化してもよいですか?

    表明保証は、問題が見つかったときに売り手に補償を求めるための仕組みですが、補償には上限や期間が設けられることが多く、売り手に支払能力がない場合には実効性がありません。表明保証はDDを補うものであり、代わりになるものではないと考えるのが安全です。

    Q. 売り手のオーナーが所有する不動産を会社が使っている場合、何に注意すべきですか?

    買収後も同じ条件で使い続けられるかが最大のポイントです。賃貸借契約の有無と内容、賃料の水準、契約期間、借地権の扱いなどを確認し、買収と同時に取得するのか、賃借を続けるのかを決めておく必要があります。取得する場合は、資金負担や税務、どの会社で所有するかもあわせて検討します。

    Q. 買収後に問題が見つかった場合はどうなりますか?

    最終契約の表明保証や補償の条項に基づいて、売り手に損害の補填を求めることになるのが一般的です。ただし、請求できる範囲や期間、金額の上限は契約の定め次第です。そのため、契約の段階で、どのような事項を保証の対象とし、どのような場合に補償を受けられるかを明確にしておくことが重要です。

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  • 株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント|会社・オーナー・買い手それぞれから見た違い

    株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント|会社・オーナー・買い手それぞれから見た違い

    会社を第三者に引き継ぐ方法として、よく比較されるのが「株式譲渡」と「事業譲渡」です。どちらも会社の事業を相手に渡すという点では同じですが、誰が売り手になり、誰が対価を受け取り、何が相手に引き継がれるかがまったく異なります。

    結論から言えば、株式譲渡は「会社をまるごと渡す」方法、事業譲渡は「会社の中から事業を切り出して渡す」方法です。中小企業のM&Aでは株式譲渡が選ばれることが多い一方、引き継ぐリスクを限定したい場合や、一部の事業・資産を手元に残したい場合には、事業譲渡が検討されます。この記事では、会社・オーナー・買い手の3つの立場から、両者の違いを整理します。

    株式譲渡と事業譲渡とは

    株式譲渡:株主が会社の株式を売る

    株式譲渡は、会社の株主(多くの場合はオーナー)が、保有する株式を買い手に売却する方法です。会社そのものは何も変わらず、株主が入れ替わるだけです。会社の資産・負債・契約・従業員との雇用関係は、原則としてそのまま会社に残り、買い手は株主として会社を支配することになります。

    事業譲渡:会社が事業を売る

    事業譲渡は、会社が営んでいる事業の全部または一部を、買い手に売却する方法です。売り手は株主ではなく会社自身で、対価も会社に支払われます。引き継ぐ資産・負債・契約・従業員は、売り手と買い手の合意で個別に決め、それぞれについて移転の手続きが必要になります。

    なお、事業を切り出す方法としては会社分割もありますが、この記事では基本となる株式譲渡と事業譲渡に絞って比較します。

    3つの立場から見た違い

    両者の違いを、会社・オーナー・買い手の立場ごとにまとめると、次のようになります。

    立場観点株式譲渡事業譲渡
    会社売り手は誰か株主(会社は当事者ではない)会社
    会社売却後の会社買い手の子会社として存続売り手の会社として存続(残った事業・資産とともに)
    会社従業員・契約原則そのまま継続個別に移転(従業員の同意、取引先との再契約等が必要)
    オーナー対価の受取りオーナー個人が直接受け取る会社が受け取る(個人に移すには配当・清算等が必要)
    オーナー税金個人の株式譲渡益に課税会社の譲渡益に法人税等、個人に分配する段階でも課税
    オーナー手元に残せるもの原則として会社ごと渡す(残したい資産は事前に整理)譲渡しない資産・事業を会社に残せる
    買い手引き継ぐリスク簿外債務・過去の税務リスク等も含めて引き継ぐ引き継ぐ資産・負債を選べる
    買い手手続きの負担比較的簡便資産・契約・許認可ごとの移転手続きが必要
    買い手取得時の税金株式の取得自体に消費税はかからない土地・有価証券以外の資産等は消費税の課税対象。不動産の移転には流通税もかかる

    ※一般的な比較です。具体的な取扱いは、取引の内容や当事者の状況によって異なります。

    以下、それぞれの立場から主な論点を見ていきます。

    会社から見た違い

    株主の同意の取り方

    株式譲渡では、株式を持つ一人ひとりが売るかどうかを決めます。買い手は通常、発行済株式のすべての取得を望むため、株式が親族や元役員などに分散している場合は、M&Aの前に主要株主のもとに株式を集めておく必要があります。売却に応じない株主や所在の分からない株主がいると、取引が難しくなることがあります。

    一方、事業譲渡は会社の行為なので、事業の全部や重要な一部を譲渡する場合には、原則として株主総会の特別決議による承認が必要とされます(会社法467条1項・309条2項。譲渡する資産が総資産額の5分の1以下の場合などの例外があります)。一部の株主が反対していても、決議で承認が得られれば手続きを進められる点は、株式譲渡との大きな違いです。

    従業員と取引先

    株式譲渡では、会社と従業員の雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡では、従業員が買い手の会社に移るために、原則として従業員一人ひとりの同意が必要です(民法625条1項)。勤務条件や社風が変わることに不安を感じ、移籍を望まない従業員が出る可能性もあります。

    取引先との契約も、株式譲渡では会社が当事者のまま続きます(ただし、株主の変更に関する定め=チェンジ・オブ・コントロール条項がある場合は確認が必要です)。事業譲渡では、契約上の地位を移すことに相手方の承諾が必要になるのが一般的で、実務上は契約を結び直すケースが多くなります。

    許認可

    事業に必要な許認可は、株式譲渡であれば会社が保有したまま維持できる場合が多いのに対し、事業譲渡では買い手側で新たに取得し直す必要がある場合があります。取得に時間がかかる許認可がある事業では、スケジュールに大きく影響します。

    オーナーから見た違い

    対価を受け取るのは誰か

    株式譲渡では、売却代金は株主であるオーナー個人が直接受け取ります。事業譲渡では、代金を受け取るのは会社です。オーナーが個人として資金を受け取るには、会社から配当を受けるか、会社を清算して残った財産の分配を受けるなどの手続きが必要になります。

    税金のかかり方

    株式譲渡の場合、個人が非上場株式を譲渡して得た利益は、他の所得と分けて課税される申告分離課税の対象です。税率は所得税15%・住民税5%の合計20%で、平成25年から令和29年までの各年分は、これに加えて基準所得税額の2.1%の復興特別所得税がかかります(国税庁 タックスアンサーNo.1463)(令和9年分以後は、復興特別所得税が基準所得税額の1.1%に引き下げられ、新たに防衛特別所得税〔同1%〕が併せて課されます。合計の負担率は変わりません〔国税庁 タックスアンサーNo.1522・No.1000〕)。

    事業譲渡の場合、まず会社に事業の譲渡益が生じ、法人税等の対象になります。その後、会社に入った資金をオーナー個人に移す段階で、配当などとして改めて個人に課税されます。会社段階と個人段階の二段階で課税されるため、オーナーが最終的に個人で受け取る金額という観点では、株式譲渡のほうが有利になるケースが多いとされています。

    ただし、これは「売却代金をすべて個人で受け取りたい」場合の比較です。会社に資金を残したまま、次の事業や資産運用に使うのであれば、比較の前提が変わります。

    役員退職金との組み合わせ

    株式譲渡に伴ってオーナーが役員を退任する場合、会社から役員退職金を受け取ることも検討されます。退職金は退職所得として、収入金額から退職所得控除額を差し引いた額の2分の1が課税対象となり、他の所得と分けて税額を計算するのが原則です(国税庁 タックスアンサーNo.1420)。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の場合(特定役員退職手当等)には2分の1の計算が適用されないなどの例外があります。

    会社にとっても、適正な範囲の退職金は損金になるため、買い手との間で「株式の価格」と「退職金」の配分を調整することがあります。もっとも、退職金の額が不相当に高額と判断されると、その部分は会社側で損金に算入できないリスクがあり(法人税法34条2項)、他の株主がいる場合には株主間の公平も問題になります。金額の妥当性は慎重な検討が必要です。

    手元に何を残すか

    事業譲渡の大きな特徴は、譲渡しない資産や事業を会社に残せることです。たとえば、本業は事業譲渡で買い手に引き継ぎ、会社には賃貸用の不動産を残して、資産管理会社として次の世代に引き継ぐ、という設計も考えられます。

    株式譲渡でも、会社が持つ不動産などを売却前にオーナー個人や別会社に移すことで、手元に残すことは可能です。ただし、移す際の税負担や、買い手との価格調整が必要になります。

    売却後のオーナーの立場

    株式譲渡では、一定の引継期間を経て、オーナーは会社から離れるのが一般的です。事業譲渡では、事業を手放しても会社は残るため、残った会社を清算するのか、資産管理会社として続けるのかを決める必要があります。

    買い手から見た違い

    引き継ぐリスクの範囲

    株式譲渡では、会社の権利義務をすべて引き継ぐため、帳簿に載っていない債務(簿外債務)や、将来の訴訟、過去の税務処理の誤りといったリスクも、会社とともに引き継ぐことになります。買い手はDD(デュー・ディリジェンス)で調査し、最終契約の表明保証や補償でリスクを手当てしますが、売り手に十分な資力がなければ、補償を受けられないこともあります。

    事業譲渡では、引き継ぐ資産・負債を選べるため、偶発的な債務のリスクを抑えやすくなります。ただし、取引の形態によっては、売り手側の税金の負担が及ぶ規定もあるため(たとえば、親族や同族会社など売り手と特殊な関係にある者が事業を譲り受け、同一・類似の事業を営む場合の第二次納税義務〔国税徴収法38条〕)、事業譲渡なら一切リスクがないとは言えません。

    税務上のメリット

    事業譲渡で事業を取得した場合、買い手は取得した資産を時価で計上でき、資産の価値を超えて支払った部分を税務上ののれん(資産調整勘定)として、原則5年(60か月)にわたり均等に損金に算入できる場合があります(法人税法62条の8)。株式譲渡では、取得した株式は資産として計上され、のれん相当額の償却による税務上のメリットは通常ありません。

    一方、事業譲渡では、土地や有価証券以外の資産(建物、機械、のれんなど)の譲渡は消費税の課税対象となり(国税庁 タックスアンサーNo.6201:土地の譲渡や株式等の譲渡は非課税)、不動産を取得する場合には不動産取得税や登録免許税もかかります。株式の譲渡は消費税が非課税で、不動産の名義も変わらないため、これらの流通税は生じません。

    実務上注意したいポイント

    「どちらが有利か」は立場によって逆になる

    オーナーにとって手取りが多くなりやすい株式譲渡は、買い手にとっては引き継ぐリスクが大きく、税務上ののれんのメリットも得にくい方法です。反対に、買い手にとってメリットの大きい事業譲渡は、オーナーにとって二段階課税となりやすい方法です。方法の選択は、どちらか一方の損得ではなく、価格を含めた条件全体の交渉の中で決まっていくものです。

    方法の選択は、準備の内容を変える

    株式譲渡を前提にするなら、株式の整理・集約や、会社全体の会計・契約・労務の点検が重要になります。事業譲渡を前提にするなら、譲渡する資産・契約・従業員の範囲と、残る会社の将来像を早めに考える必要があります。売り手としての準備については、関連記事「M&Aの前に整えたい会計・契約・組織」で解説しています。

    数値での比較は前提条件をそろえて

    税負担の比較は、会社の純資産や含み益、オーナーの株式の取得費、退職金の有無、売却代金を個人と会社のどちらに残したいかといった前提によって結論が変わります。一つの前提だけで「株式譲渡が得」「事業譲渡が得」と決めつけず、複数の前提で試算して比べることが大切です。

    AEGISの視点

    株式譲渡と事業譲渡の比較は、税金の比較として語られがちです。しかしAEGISは、この選択を「売却後、オーナー家に何を、どの形で残すか」を決める所有設計の問題と捉えています。

    たとえば、会社が本業とは別に賃貸不動産を持っている場合、株式譲渡ではその不動産をどうするかが論点になり、事業譲渡では不動産を会社に残して資産管理会社として活かす道が開けます。どちらが望ましいかは、オーナーの引退後の収入、家族への承継、相続税の見通し、さらには社会貢献への関心まで含めて考えなければ判断できません。

    売却の方法は、M&Aの最後に技術的に決めるものではなく、オーナー家の資産全体の設計図の中で位置付けて選ぶもの。それがAEGISの考え方です。売却の準備の全体像は、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で、買い手が確認するリスクは「会社を買う前に確認したいリスク」で解説しています。

    売却に伴う税務や、売却後に残る資産の構造に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 株式譲渡は株主が株式を売る方法、事業譲渡は会社が事業を売る方法です。
    • 株式譲渡ではオーナー個人が対価を受け取り、株式譲渡益は申告分離課税(所得税15%・住民税5%、別途復興特別所得税)の対象です。
    • 事業譲渡では会社が対価を受け取り、個人に移す段階でも課税されるため、二段階課税になりやすい点に注意が必要です。
    • 買い手にとって、株式譲渡は引き継ぐリスクが広く、事業譲渡はリスクを限定しやすい一方、消費税や流通税、移転手続きの負担があります。
    • どちらが適しているかは、税金だけでなく、売却後にオーナー家に何を残すかを含めて判断することが重要です。

    具体的にどの方法が適しているかは、会社の資産構成や株主構成、オーナーの意向などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 中小企業のM&Aでは、どちらの方法が多いのですか?

    一般に、手続きが比較的簡便で、オーナーが直接対価を受け取れる株式譲渡が選ばれることが多いとされています。ただし、引き継ぐリスクを限定したい場合や、一部の事業だけを譲渡したい場合、残したい資産がある場合などには、事業譲渡や会社分割が検討されます。

    Q. 株式譲渡なら、オーナーの税金は20%で済むのですか?

    個人の非上場株式の譲渡益は、所得税15%・住民税5%の申告分離課税で、これに加えて復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)がかかります(国税庁 No.1463)。令和9年分以後は、復興特別所得税が基準所得税額の1.1%(令和8年分までは2.1%)に引き下げられ、あわせて防衛特別所得税(同1%)が課されます(財務省「令和8年度税制改正の解説」)。税額は譲渡益(譲渡価額から取得費や譲渡費用を差し引いた金額)に対して計算されます。売却の方法や退職金との組み合わせによって全体の手取りは変わるため、個別に試算することが大切です。

    Q. 事業譲渡をした後の会社はどうなりますか?

    会社は残ります。残った資産や負債の内容、オーナー家の意向に応じて、会社を解散・清算するか、残った不動産などを管理する会社として存続させるかを選ぶことになります。存続させる場合は、その会社の株式を次の世代にどう引き継ぐかも検討が必要です。

    Q. 従業員を守りたい場合は、どちらが適していますか?

    株式譲渡では雇用契約がそのまま続くため、従業員にとっての変化は比較的小さいと考えられます。事業譲渡では、従業員が移籍するために個別の同意が必要で、条件の変化に不安を感じる人が出ることもあります。ただし、どちらの方法でも、売却後の処遇について買い手と十分に話し合っておくことが重要です。

    Q. 買い手から事業譲渡を求められた場合、どう考えればよいですか?

    買い手がリスクを限定したい、税務上のメリットを得たいといった理由で事業譲渡を希望することがあります。その場合、オーナー側では二段階課税による手取りの減少や、残る会社の扱いを踏まえて、価格を含めた条件全体で比較することが大切です。方法の違いによる損得を、価格の調整で埋められるかどうかが交渉のポイントになります。

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  • 生命保険を相続対策に使うときの考え方|非課税枠・契約の形・受取人の決め方が遺産分割と納税に与える影響

    生命保険を相続対策に使うときの考え方|非課税枠・契約の形・受取人の決め方が遺産分割と納税に与える影響

    生命保険は、相続対策の中でも取り入れやすい手段の一つです。相続人が受け取る死亡保険金には 「500万円×法定相続人の数」の非課税枠 があり、受取人を指定して、必要な人に現金を届けることもできます。

    ただし、生命保険の効果は「非課税枠」だけで決まるものではありません。誰が保険料を負担し、誰に保険をかけ、誰が受け取るかという契約の形によって、かかる税金の種類が変わります。また、受取人の指定は遺産分割や遺留分の問題とも深く関わります。

    この記事では、生命保険を相続対策に使うときに押さえておきたい税務と法務の要点を、オーナーの判断の視点から整理します。

    死亡保険金の非課税枠

    被相続人が保険料を負担していた生命保険の死亡保険金は、民法上の遺産ではありませんが、相続税法上は相続によって取得したものとみなされ、相続税の対象になります。そのうえで、相続人が受け取った死亡保険金については、次の金額までが非課税とされています(国税庁 No.4114)。

    非課税限度額=500万円×法定相続人の数

    非課税枠を考えるときのポイントは次のとおりです。

    • 相続人以外の人が受け取った死亡保険金には、非課税の適用がありません。たとえば、孫(代襲相続人でない場合)を受取人にすると、非課税枠は使えません。
    • 法定相続人の数は、相続を放棄した人も含めて数えます。ただし、放棄した人は相続人ではなくなるため、その人自身が受け取った保険金には非課税の適用がありません(相続税法12条1項6号、相続税法基本通達12-7)。
    • 養子は、実子がいる場合は1人、実子がいない場合は2人までが法定相続人の数に含まれます。
    • 非課税枠は、相続人全員の受取額の合計に対する枠で、各人の受取額の割合に応じて配分されます。

    契約の形で変わる税金の種類

    生命保険の課税関係は、保険料の負担者・被保険者・受取人の組合せで決まります(国税庁 No.1750)。

    被保険者保険料の負担者受取人かかる税金相続対策としての主な使い方
    親親子(相続人)相続税非課税枠の活用、納税資金・分割資金の確保
    親子子所得税(一時所得)子が自ら保険料を負担し、受取時の税負担を所得税で考える
    親配偶者子贈与税一般的には避けたい形(受取時に贈与税がかかる)

    ※国税庁 No.1750 をもとにAEGISが整理。

    注意したいのは、契約書上の「契約者」ではなく、実際に保険料を負担した人で判定される点です。たとえば、子が契約者でも、親が保険料を払っていれば親が負担者とみなされます。子が保険料を負担する形をとる場合は、保険料に充てる資金の贈与の事実や、子の口座からの支払いなどを明確にしておく必要があります。

    また、贈与税がかかる形(負担者・被保険者・受取人がすべて異なる形)は、受取時に税負担が大きくなりやすいため、意図せずこの形になっていないか、既存の契約を一度点検しておくと安心です。

    受取人の決め方と遺産分割

    保険金は「受取人固有の財産」

    受取人が指定された死亡保険金は、保険契約に基づいて受取人が直接取得するものであり、遺産分割の対象となる遺産とは区別されます。つまり、遺産分割の話し合いを待たずに、受取人が保険金を受け取ることができるのが原則です。この性質は、相続直後の資金が必要な場面で大きな意味を持ちます。

    代償分割の資金として使う

    自社株式や自宅など、分けにくい財産を特定の相続人が取得する場合、その相続人が他の相続人に代わりの金銭を支払う「代償分割」という分け方があります。代償分割では、代償金を支払った人の課税価格は取得した財産からその代償金を差し引いた額、受け取った人の課税価格は代償金を加えた額で計算されます(国税庁 No.4173)。

    このとき、代償金を支払う側(たとえば後継者)を死亡保険金の受取人にしておくと、受け取った保険金を代償金の原資にできます。逆に、後継者以外の家族を受取人にすると、その保険金は遺産分割の外で渡る財産になり、後継者が別途代償金を用意しなければならない状況も起こりえます。受取人の指定は、遺産の分け方とセットで考える必要があります。

    遺留分・特別受益との関係

    死亡保険金は遺産とは区別されるため、原則として遺留分の計算の基礎となる財産や、相続人間の公平を調整する特別受益には含まれないと考えられています。ただし、最高裁判所は、保険金の額や遺産総額に対する割合、各相続人の生活実態などから、相続人間の不公平が著しいと評価すべき特段の事情がある場合には、特別受益に準じて扱う余地があるとの判断を示しています(平成16年の決定)。

    そのため、「保険にすれば遺留分の対象にならない」と考えて、遺産の大部分を保険金の形で特定の相続人に集中させることには注意が必要です。保険金の額は、遺産全体の中でバランスを見ながら決めることが大切です。

    契約中の保険も相続税の対象になる

    保険料を負担していた人が亡くなっても、被保険者が別の人(たとえば配偶者や子)であれば、死亡保険金は支払われません。この場合、亡くなった人が保険料を負担していた「生命保険契約に関する権利」が相続税の対象になります。

    この権利は、原則として相続開始の時に解約した場合に支払われる解約返戻金の額などをもとに評価されます(財産評価基本通達214)。死亡保険金と違い、非課税枠はありません。契約を誰が引き継ぐかは遺産分割で決める必要があり、見落とされやすい財産の一つです。

    目的から保険の役割を整理する

    相続対策として保険を考えるときは、「いくら入るか」より先に、「何のための資金か」を決めると設計がぶれにくくなります。目的ごとに、受取人や金額の考え方は次のように変わります。

    目的受取人の考え方金額の考え方確認したいこと
    相続税の納税資金納税額が大きく、現金が不足する相続人相続人ごとの不足額相続税の概算と、申告期限までに換金できる財産
    代償分割の資金分けにくい財産を取得し、代償金を支払う相続人他の相続人に支払う代償金の見込額遺言や分割の方針と整合しているか
    配偶者の生活資金配偶者当面の生活費や住まいの費用二次相続まで見通した配分か
    事業の継続資金会社(会社契約の場合)借入金の返済や運転資金の見込額個人の保険と役割が重複していないか

    ※AEGISが整理したものです。

    複数の目的を一つの保険で兼ねると、受取人を誰にするかで目的どうしがぶつかることがあります。目的ごとに契約を分けるか、少なくとも「この保険は何のためか」を家族と共有しておくと、相続後の混乱を防ぎやすくなります。

    実務上注意したいポイント

    • 受取人の見直しを定期的に行う:家族構成の変化(結婚・離婚・死亡)や事業承継の方針変更があっても、受取人がそのままになっていることがあります。
    • 保険金の額は「何のための資金か」から決める:納税資金、代償金、配偶者の生活資金など、目的ごとに必要額を見積もります。非課税枠を埋めることだけを目的にしないことが大切です。
    • 既存の契約を棚卸しする:長年の間に加入した保険は、契約者・被保険者・受取人・保険料の負担者がばらばらになっていることがあります。夫婦や親子の契約を一覧にして、どの保険が相続税・所得税・贈与税のいずれの対象になるのか、契約中の保険の権利が誰の財産になるのかを確認しておくと、相続後の申告漏れや思わぬ課税を防ぐことができます。
    • 保険料の負担が続けられるかを確認する:払込みが続けられず途中で解約すれば、想定した保障は得られません。
    • 商品の仕組みと税制の変更に注意する:課税の取扱いは改正されることがあり、当初の想定どおりの効果が得られない可能性もあります。税の効果を前面に出した商品の検討では、特に慎重な確認が必要です。

    AEGISの視点

    生命保険は、相続税の非課税枠ばかりが注目されがちですが、AEGISは生命保険の本当の価値を、「必要な人に、必要なときに、遺産分割の外で現金を届けられること」にあると考えています。

    自社株式や不動産が財産の中心にあるオーナーの相続では、財産の分けにくさと現金の不足が同時に起こります。後継者が株式を引き継ぎ、他の家族には現金で報いる——その設計を実現する手段として、生命保険は大きな役割を果たします。一方で、受取人の指定を誤ると、保険が家族間の不公平を広げる道具にもなりえます。

    保険は、遺言や遺産分割の方針、納税資金の計画と一体で設計して初めて効果を発揮します。保険証券を家族全員分並べ、「誰の、何のための保険か」を一覧で確認するところから始めることをおすすめします。

    納税資金の手段全体の比較は関連記事「相続税の納税資金をどう準備するか」で、配偶者への配分の考え方は「二次相続まで見通した遺産の分け方」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続人が受け取る死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠がありますが、相続人以外の受取人や相続を放棄した人には適用がありません。
    • 保険料の負担者・被保険者・受取人の組合せで、相続税・所得税・贈与税のどれがかかるかが決まります。判定は実際の保険料負担者で行われます。
    • 死亡保険金は受取人固有の財産で、遺産分割を待たずに受け取れるため、代償分割の資金や納税資金として役立ちます。
    • 遺留分・特別受益との関係では、保険金が過大な場合に例外的に考慮される余地があるため、遺産全体のバランスが大切です。
    • 被保険者が存命の契約は「生命保険契約に関する権利」として相続税の対象となり、非課税枠はありません。

    よくある質問

    Q. 非課税枠を使うには、誰を受取人にすればよいですか?

    非課税枠は、相続人が受け取った死亡保険金に適用されます。配偶者や子など相続人を受取人にすることが前提です。そのうえで、納税資金や代償金が必要な人、生活資金が必要な人など、目的に合わせて受取人と金額を決めるのが基本です。

    Q. 相続を放棄しても、死亡保険金は受け取れますか?

    受取人として指定されていれば、相続を放棄しても死亡保険金を受け取ることができます。ただし、相続を放棄した人は相続人ではなくなるため、その人が受け取った保険金には非課税の適用がありません。

    Q. 死亡保険金は遺留分の計算に含まれますか?

    死亡保険金は受取人固有の財産であり、原則として遺留分の計算の基礎となる財産には含まれないと考えられています。ただし、保険金の額が遺産全体に比べて著しく大きいなど特段の事情がある場合には、特別受益に準じて考慮される余地があるとした最高裁判所の判断があります。

    Q. 子が契約者になって保険料を払う形は有効ですか?

    子が実際に保険料を負担していれば、受け取る死亡保険金は子の一時所得となり、相続税の対象とはなりません。ただし、保険料の原資を親から贈与する場合は、贈与の事実と子による支払いを明確にしておく必要があります。どの形が有利かは、家族の所得や財産の状況によって異なります。

    Q. 法人で加入している保険は、相続対策と関係がありますか?

    会社が保険料を負担する保険は、役員の死亡退職金の原資などとして使われることがあります。会社から相続人に支払われる死亡退職金は、個人の死亡保険金とは別の扱いになります。個人の保険と会社の保険をあわせて全体で設計することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第6章(印刷 p.636-647)
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第2章 Q10(印刷 p.233-238)