会社員・医師など給与所得者が資産管理会社をつくる前に|勤務先の規定・家族役員・社会保険・役員報酬・借入れの5つの確認点

若い夫婦と子どもが専門家と相談する様子

勤務先から給与を受けている会社員や勤務医でも、資産管理会社を設立すること自体は可能です。高い給与所得に不動産収入などが上乗せされ、所得税の累進税率が重くなってきた方が、法人化を検討するのは自然な流れといえます。

ただし、給与所得者の場合は、自ら事業を営むオーナーとは前提が違います。本業の勤務先には就業規則があり、社会保険にはすでに加入しており、借入れの審査では「勤務先からの給与」が信用の土台になっています。こうした事情を確認しないまま会社をつくると、税金以外のところで思わぬ制約にぶつかることがあります。

この記事では、給与所得者が資産管理会社をつくる前に確認したい論点を、勤務先の規定・家族役員・社会保険・役員報酬と確定申告・法人での借入れの5つに絞って整理します。

給与所得者にとって、資産管理会社で変わるもの・変わらないもの

最初に押さえておきたいのは、資産管理会社に移せるのは「資産から生じる所得」であり、本業の給与は移せないという点です。勤務先から受ける給与は、会社をつくっても引き続き本人の給与所得として課税されます。

資産管理会社が検討される主な理由は、次のように整理できます。

  • 税率構造の違い:所得税は課税所得が増えるほど税率が上がる超過累進税率で、最高税率は45%です(国税庁 No.2260)。一方、中小法人の法人税は、所得のうち年800万円以下の部分と超える部分で税率が分かれる仕組みです(国税庁 No.5759)。
  • 所得の行き先を分けられる:不動産収入などを会社に帰属させれば、その所得は本人の給与所得に上乗せされなくなります。
  • 家族への配分と財産の蓄積先:会社から家族に役員報酬を支払ったり、利益を会社に留めたりすることで、本人個人に財産が積み上がるスピードを調整できます。

一方で、給与所得者ならではの「失うもの」もあります。たとえば、個人で保有する賃貸不動産の不動産所得が赤字になった場合、その損失は原則として給与所得などと損益通算できます(土地を取得するための借入金の利子に相当する部分は除かれます。国税庁 No.2250)。会社で保有すると、会社の赤字は会社の中にとどまり、本人の給与所得とは通算できません。購入初期に赤字が出やすい物件を個人で持つか会社で持つかは、この点も含めて比べる必要があります。損益通算の考え方は、関連記事「高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいこと」で詳しく扱っています。

比べる項目個人で保有する場合資産管理会社で保有する場合
資産からの所得給与所得と合算され、累進税率で課税会社の所得として法人税等で課税
赤字が出た場合原則として給与所得と損益通算できる(例外あり)会社の中で処理され、本人の給与とは通算できない
家族への配分贈与などの方法に限られる職務の実態に応じた役員報酬などで配分できる
本人の手続確定申告で不動産所得を申告会社の決算・申告に加え、本人の申告内容も変わり得る
勤務先との関係一般に不動産賃貸の規模・態様が論点役員就任や報酬受領が副業・兼業の規定に触れないかが論点
承継不動産そのものを相続・贈与会社の株式を相続・贈与

※上記は一般的な整理です。具体的な有利・不利は、所得の水準、物件の収支、家族構成によって変わります。

資産管理会社の設立を検討すべきタイミングや比較の軸の全体像は、関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で解説しています。本記事は、そのうち給与所得者に固有の論点に絞っています。

確認点1:勤務先の就業規則と副業・兼業の扱い

最初に確認したいのは、勤務先の就業規則や服務規程です。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、労働時間以外の時間をどう使うかは基本的には労働者の自由であるとしたうえで、会社が副業・兼業を制限できる場合として、次のようなケースを挙げています。

  • 本業への労務提供に支障がある場合
  • 業務上の秘密が漏れる場合
  • 競業により勤務先の利益が害される場合
  • 勤務先の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合

ガイドラインは、雇用されて働く形だけでなく、起業や役員への就任など、労働基準法が適用されない形の副業・兼業も視野に入れています。また、会社が副業・兼業について届出制を設けることが望ましいとしています。

資産管理会社の場合、確認したいのは次のような点です。

  • 役員就任の扱い:就業規則で、他社の役員に就くことが届出制か許可制か、あるいは制限されているか
  • 株主になるだけの場合:出資して株主になるだけなのか、役員として業務を執行するのかで、規程上の扱いが異なることがあります
  • 競業の可能性:勤務先が不動産・金融関連の業種である場合、会社の事業目的や取引先が勤務先と重ならないか
  • 公的な勤務先の場合:公務員は、営利企業の役員を兼ねることや報酬を得て他の事業に従事することが法律で制限され、承認・許可が必要とされています(国家公務員法103条・104条、地方公務員法38条)。公的な医療機関に勤務する場合も、法令や勤務先の規程に基づく別の制限があるため、個別に確認が必要です

本人が役員に就けない場合に、家族だけを役員にする設計も考えられます。ただし、実際の意思決定を本人が行い、家族は名義だけという状態では、会社の実態や家族への報酬の妥当性が問われかねません。

確認点2:家族を役員にするときは「職務の実態」を先に決める

給与所得者が資産管理会社をつくる場合、配偶者や親などの家族を役員にして、会社から報酬を支払う設計がよく検討されます。所得を家族に分けることで、家族全体の税負担を抑え、家族の手元に将来の納税資金を蓄える効果が期待されるからです。

ただし、役員報酬が会社の損金になるには、定期同額給与などの要件を満たす必要があり、職務の内容などに照らして不相当に高額な部分は損金に算入されません(国税庁 No.5211)。定期同額給与の額の改定は、原則として事業年度開始の日から3か月以内に行うことが求められます。

家族を役員にする前に、次の点を言葉にしておくことをおすすめします。

  • 誰が、どの業務(物件の管理、入居者や管理会社とのやり取り、資金管理、帳簿の確認など)を担うのか
  • 報酬の水準は、その業務の内容と量に見合っているか
  • 家族が他に勤務先を持つ場合、その勤務先の規定や、扶養の範囲などに影響しないか

家族役員の報酬設計は、関連記事「家族を資産管理会社の役員にするときの報酬」で詳しく扱います。

確認点3:社会保険は「二つ目の勤務先」として扱われる

見落とされやすいのが社会保険です。日本年金機構によれば、株式会社などの法人の事業所は、事業主のみの場合を含めて健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所とされています。つまり、資産管理会社も、役員に報酬を支払う形をとれば、社会保険の手続が必要になる可能性があります。

本人が勤務先で社会保険に加入したまま、資産管理会社からも役員報酬を受ける場合は、二つの事業所で被保険者となる形になり得ます。厚生労働省のガイドラインでは、複数の事業所で被保険者の要件を満たす場合、いずれかの保険者を選択し、各事業所の報酬に応じて保険料を按分する仕組みが示されています。資産管理会社からの報酬を増やすと、本業の勤務先にも影響が及ぶ手続が生じ得るということです。

設計の例社会保険で確認したいこと
本人も家族も報酬なし会社に利益が残る一方、個人への資金配分の手段が限られる
家族のみに報酬家族の加入の要否と、家族の他の勤務先・扶養への影響
本人にも報酬本業との二以上の事業所勤務の手続と、保険料負担の増減

社会保険の加入要件や手続は、役員の勤務の実態や報酬の額によって判断されます。設計の段階で、社会保険の取扱いを確認してから報酬額を決める順番が安全です。

確認点4:役員報酬と確定申告の関係を整理する

給与所得者は、通常は勤務先の年末調整で手続が完結しています。しかし資産管理会社をつくると、本人の申告が変わることがあります。国税庁 No.1900では、給与所得者でも確定申告が必要になる場合として、次のようなケースが示されています。

  • 給与の年間収入金額が2,000万円を超える場合
  • 2か所以上から給与を受けていて、年末調整されなかった給与の収入金額と、給与所得・退職所得以外の所得金額との合計額が20万円を超える場合
  • 同族会社の役員などで、その同族会社から貸付金の利子や資産の賃貸料などを受け取っている場合

最後の点は、資産管理会社と本人の間で、土地や建物を貸したり、お金を貸したりするケースで関係します。会社をつくったからといって、本人の申告の手間がなくなるわけではありません。

また、会社から本人に役員報酬を支払うと、その報酬は本業の給与と合わせて給与所得として課税されます。会社に移した所得を、報酬として本人に戻しすぎると、累進税率の負担が元に戻ることになります。会社に残す金額、家族に配分する金額、本人が受け取る金額のバランスを、数年単位で試算して決めることが大切です。高所得者の所得の種類ごとの税金のかかり方は、関連記事「高所得者の所得税・住民税の全体像」で整理しています。

確認点5:法人での借入れは「個人の信用」とセットで考える

給与所得者が不動産を取得するとき、融資の審査では勤務先や給与の安定性が重視されることが多いといわれます。設立したばかりの資産管理会社には事業の実績がないため、会社名義で借り入れる場合でも、本人の収入や資産、本人による保証が審査の前提となることが一般的です。

借入れについては、次の点を事前に確認しておきたいところです。

  • 会社名義の借入れに、本人が保証人となる場合の範囲と期間
  • 個人名義の借入れが残っている場合、会社での新たな借入れとの関係
  • 将来、転職や独立、勤務先の退職などで本人の収入が変わった場合の影響
  • 会社と本人の間でお金を貸し借りする場合の契約・利息・返済の取り決め

最後の点は、会社と個人の資金の境界にかかわる論点です。考え方は、関連記事「資産管理会社と事業会社の資金管理」で整理しています。

実務上注意したいポイント

  • 設立の順番:すでに個人で保有する不動産を会社へ移す場合は、移転時の譲渡所得課税や登録免許税・不動産取得税などがかかります。新たに取得する物件から会社で持つのか、既存の物件も移すのかを、先に決めておきます。
  • 土地の貸し借り:本人が土地を持ち、会社が建物を持つ形では、個人と法人の間の土地の貸し借りに借地権の課税の問題が生じます。法人が関わる貸し借りでは、個人間のような使用貸借の考え方がそのままは通用しない点に注意が必要です。
  • 会社の実態:管理の業務を誰がどう担っているか、会社の帳簿や契約が整っているかは、報酬や取引の妥当性を説明する土台になります。
  • 維持の負担:会社には、決算・申告や登記などの維持費用が毎年かかります。所得の規模に対して負担が見合うかを確認します。

AEGISの視点

給与所得者の資産管理会社は、「税率の差」から語られることがほとんどです。しかしAEGISは、給与所得者にとっての本当の論点は、本業のキャリアと、資産の保有形態と、家族の役割をどう両立させるかにあると考えています。

勤務先の規定や社会保険は、税金の計算には現れませんが、一度設計した会社の形を後から変えるのは簡単ではありません。役員構成や報酬の設計を変えると、手続や家族の働き方にも影響が及びます。さらに、資産管理会社の株式は将来、相続や贈与の対象になります。いま誰が株主になり、誰が役員を務めるかは、10年後・20年後の承継の形にもつながります。

そのため、資産管理会社をつくるかどうかを決める前に、①本業で今後どのような働き方をしていくか、②家族の誰がどこまで関わるか、③不動産をどの規模まで持つか、の3点を先に話し合っておくことをおすすめします。会社は、その答えを実現するための器として設計するのが順番だと考えています。

まとめ

  • 給与所得者でも資産管理会社はつくれますが、会社に移せるのは資産から生じる所得で、本業の給与は移せません。
  • 個人保有なら不動産所得の赤字を給与所得と損益通算できる場合がありますが、会社で保有するとその効果はなくなります。
  • 勤務先の副業・兼業の規定(役員就任・競業など)を最初に確認します。
  • 家族を役員にする場合は、職務の実態と報酬水準の妥当性を先に決めます。
  • 役員報酬を支払うと、社会保険の手続や本人の確定申告にも影響が生じ得ます。
  • 法人での借入れは、本人の信用や保証とセットで考える必要があります。具体的な判断は個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 会社員が資産管理会社の役員になると、副業禁止の規定に違反しますか?

一概には言えません。勤務先の就業規則で、他社の役員就任をどう扱っているか(届出制・許可制・制限など)によって異なります。厚生労働省のガイドラインでは、副業・兼業は原則として自由とされつつ、本業への支障や競業、秘密の漏洩などがある場合は制限できるとされています。まずは勤務先の規程を確認することが出発点です。

Q. 自分は役員にならず、配偶者だけを役員にすれば問題ありませんか?

勤務先の規定上の問題は小さくなる可能性がありますが、配偶者が実際に会社の業務を担っていることが前提です。意思決定を本人が行い、配偶者は名義だけという状態では、役員報酬の妥当性や会社の実態が問われるおそれがあります。

Q. 資産管理会社から役員報酬を受け取ると、社会保険はどうなりますか?

法人の事業所は社会保険の強制適用事業所とされているため、役員報酬の支払いに伴って加入の要否を確認する必要があります。本業の勤務先と合わせて二つの事業所で被保険者となる場合は、保険者の選択や保険料の按分などの手続が生じ得ます。報酬額を決める前に確認しておくことをおすすめします。

Q. 勤務医が資産管理会社をつくる場合に、特に注意することはありますか?

基本的な論点は会社員と同じですが、勤務先が公的な医療機関である場合は、兼業に関する法令や規程による制限がないかを個別に確認する必要があります。また、勤務医は給与水準が高く、会社から本人に報酬を戻すと累進税率の負担が大きくなりやすいため、会社に残す金額と家族への配分のバランスが重要になります。

Q. 不動産を購入してから会社をつくるのと、会社をつくってから購入するのとでは、どちらがよいですか?

すでに個人で取得した不動産を会社へ移すと、移転時に譲渡所得の課税や登録免許税・不動産取得税などがかかります。今後取得する物件を会社で持つ方針であれば、取得前に会社の設計を済ませておくほうが、移転の負担を避けやすくなります。ただし、購入初期の赤字を給与所得と通算したい場合など、個人で持つ理由がある物件もあるため、物件ごとに比べることが大切です。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、第Ⅰ部第2章 P.85-87、P.92-93
  • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社、第4編 P.218、P.229-230

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。