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  • 相続税で差し引ける債務と葬式費用の範囲|借入金・未払いの税金・入院費・葬儀の費用はどこまで控除できるか

    相続税で差し引ける債務と葬式費用の範囲|借入金・未払いの税金・入院費・葬儀の費用はどこまで控除できるか

    相続税の計算では、亡くなった方(被相続人)が相続開始の時点で負っていた確実な債務と、葬式費用を、遺産の額から差し引くことができます。これを「債務控除」といいます。

    差し引けるかどうかの分かれ目は、おおむね次の3点です。

    • 亡くなった方自身の債務か(相続人が相続後に負担する手続費用は対象外)
    • 相続開始の時点で存在し、確実といえるか(時効が完成した債務や、単なる保証は原則として対象外)
    • 葬式そのものに伴う費用か(香典返し・墓地や墓石・法要の費用は対象外)

    借入金のように分かりやすいものだけでなく、未払いの入院費や施設利用料、亡くなった年の固定資産税・住民税、準確定申告で納める所得税なども対象になり得ます。一方で、細かな支出ほど申告から漏れやすいのも実情です。この記事では、控除できるもの・できないものを整理し、資料のそろえ方と、申告後に漏れに気づいた場合の考え方までをまとめます。

    債務控除とは:相続税は「差し引いた後の財産」にかかる

    相続税は、相続や遺贈で取得した財産の価額から、被相続人の債務と葬式費用のうちその人が負担した部分を差し引いた金額をもとに計算します(相続税法13条)。借入金を引き継いだ人は、その分だけ実際に受け取る財産の価値が小さくなるため、その負担を課税価格に反映させる仕組みです。

    債務控除ができるのは、原則として相続人と包括受遺者(遺言で遺産の全部や一定割合を受け取る人)で、実際にその債務や葬式費用を負担した人です。相続や遺贈で財産を取得したときに日本に住所がないなど、一定の場合には差し引ける債務の範囲が限られ、葬式費用は差し引けません(国税庁 タックスアンサーNo.4126)。

    誰がいくら負担したかが決まっていない段階では、法定相続分や包括遺贈の割合に応じて負担したものとして扱われます(相続税法基本通達13-3)。遺産分割の中で「どの債務を誰が引き継ぐか」を決めると、その結果が各人の相続税額にも反映されます。

    差し引ける債務の条件

    相続開始の時点で存在し、「確実」であること

    差し引ける債務は、相続開始の際に現に存在する被相続人の債務で、確実と認められるものに限られます(相続税法13条・14条)。

    • 書面による証拠が必ずしも必要というわけではありません。ただし、金額が確定していない債務は、相続開始時の状況から確実と認められる範囲の金額に限られます(相続税法基本通達14-1)。
    • 相続開始の時点ですでに消滅時効が完成している債務は、確実な債務にあたらないものとして扱われます(同14-4)。
    • 保証債務は原則として差し引けません。主たる債務者が弁済できない状態で、保証人が支払わなければならず、しかも求償しても返ってくる見込みがない部分に限って差し引けます。連帯債務は、自分の負担部分が明らかであればその金額を差し引けます(同14-3)。

    主な債務の扱い

    項目扱いの目安確認したい資料
    金融機関からの借入金相続開始日の残高を差し引ける(団体信用生命保険などの保険金で完済され、相続人が引き継がない部分は除く)残高証明書、返済予定表、団体信用生命保険の加入状況が分かる資料
    未払いの入院費・医療費亡くなった時点で未払いの分は差し引ける請求書・領収書(診療期間が分かるもの)
    施設利用料・公共料金・クレジットカード亡くなった方名義の契約で、未払いの分は差し引ける請求書、利用明細、引落し記録
    準確定申告で納める所得税差し引ける準確定申告書の控え
    固定資産税・住民税亡くなった方に課されたもので、未納の部分は差し引ける納税通知書、納付記録
    事業の未払金・預り敷金確実なものは差し引ける帳簿、賃貸借契約書
    生前に買った墓石・仏壇の未払代金差し引けない(非課税財産に関する債務)—
    保証債務原則差し引けない(例外あり)保証契約書、主たる債務者の状況
    相続人の責任で生じた延滞税・加算税差し引けない—

    ※AEGISが整理した目安です。個別の可否は、契約内容や事実関係によって異なります。

    税金の債務:所得税・固定資産税・住民税

    税金は、亡くなった後に納付することになったものでも債務として差し引けるのが特徴です。

    準確定申告で納める所得税

    年の途中で亡くなった方に申告すべき所得があった場合、相続人は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に、その年1月1日から亡くなった日までの所得について申告と納税をします(準確定申告。国税庁 タックスアンサーNo.2022)。この所得税は、亡くなった時点ではまだ確定していませんが、債務として差し引くことができます(相続税法14条2項、同法施行令3条)。

    ただし、相続人の責任で生じた延滞税や加算税は差し引けません(同施行令3条ただし書)。準確定申告の期限管理は、相続税の計算にもつながるということです。

    固定資産税

    固定資産税は、毎年1月1日(賦課期日)の所有者に、その年度分が課されます(地方税法359条)。そのため、亡くなった方が1月1日時点の所有者であれば、亡くなった年度の固定資産税は亡くなった方に課された税金です。相続開始の時点で納期が来ていない分を含め、未納の部分は債務控除の対象として確認します。国税庁の「相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集」でも、納税通知書が相続開始日に届いていなくても、亡くなった年分の未納の固定資産税・住民税は債務控除の対象として第13表に記入する例が示されています。

    なお、亡くなった方以外の人が所有する不動産に課された固定資産税は、亡くなった方の債務ではないため差し引けません。

    住民税

    個人の住民税も、1月1日が賦課期日です(地方税法318条)。亡くなった年の1月1日に住所があった方には、前年の所得に対する住民税が課されており、相続開始時点で未納の部分は差し引けます。一方、翌年の1月1日には亡くなった方は存在しないため、亡くなった年の所得に対する住民税は課されず、差し引く対象もありません。

    医療費・施設利用料:所得税の医療費控除との関係

    亡くなった後に病院から請求された入院費は、診療を受けた時点で亡くなった方に支払義務が生じていたものであれば、相続開始時に未払いだった債務として差し引けます。介護施設の利用料や、亡くなった方名義で契約していた公共料金・通信料なども同じ考え方です。

    注意したいのは、所得税の医療費控除との関係です。医療費控除は実際に支払った年に適用されるため、亡くなった後に支払った医療費は、亡くなった方の準確定申告の医療費控除には含められません。ただし、診療を受けた時点で亡くなった方と生計を一にしていた相続人が支払った場合は、その相続人の医療費控除の対象になるとされています(国税庁 質疑応答事例「死亡した父親の医療費」)。相続税と所得税で、同じ支出の扱いを別々に確認する必要があります。

    差し引ける葬式費用・差し引けない費用

    葬式費用は債務ではありませんが、相続税の計算では差し引くことが認められています(相続税法13条1項2号)。国税庁が示している範囲は次のとおりです(タックスアンサーNo.4129、相続税法基本通達13-4・13-5)。

    差し引けるもの差し引けないもの
    通夜・告別式など葬式の費用香典返しの費用
    火葬・埋葬・納骨の費用墓石・墓地の購入費、墓地の借入料
    遺体や遺骨の運搬・回送の費用初七日・四十九日など法要(法会)の費用
    読経料などお寺へのお礼医学上・裁判上の特別な処置の費用
    葬式の前後の出費で通常葬式に伴うもの—

    実務で迷いやすいのは次のような点です。

    • お布施など領収書が出ない支出:支払った日、相手、金額、名目をメモに残し、申告の根拠として保管します。
    • 葬儀と法要を同じ日に行った場合:法要の費用は葬式費用に含まれないため、見積書や請求書で葬儀分と法要分を区分しておくと説明しやすくなります。
    • 会社が負担した社葬の費用:相続人が負担したものではないため、相続税の葬式費用にはなりません。

    相続を放棄した人・遺贈を受けた人の場合

    相続を放棄した人は相続人ではないため、原則として債務控除はできません。ただし、放棄した人が現実に葬式費用を負担した場合には、遺贈によって取得した財産(たとえば相続税の計算上、遺贈により取得したものとみなされる生命保険金)の価額から、その負担額を差し引いても差し支えないとされています(相続税法基本通達13-1)。

    遺言で特定の財産だけを受け取る人(特定受遺者)で相続人でない人は、原則として債務控除の対象外です。誰がどの費用を負担するかは、遺産分割や遺言の内容とあわせて決めておくことが大切です。

    相続後の手続費用は「債務」ではない

    相続開始後に生じる次のような費用は、亡くなった方の債務ではないため差し引けません。

    • 遺言執行の費用や、相続財産の管理のための費用(相続税法基本通達13-2)
    • 相続登記の登録免許税や司法書士報酬
    • 相続税申告を依頼した税理士の報酬

    これらは「遺産から支払うかどうか」と「相続税で差し引けるかどうか」が別の問題です。遺産から支払ったとしても、相続税の計算上は控除されません。

    申告後に漏れに気づいたら

    債務控除の漏れは、申告後に気づくことが少なくありません。後から届いた入院費の請求、年度途中に届く固定資産税の納税通知書、準確定申告で確定した所得税などが典型です。

    相続税を払いすぎていた場合は、法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求によって税額の見直しを求めることができます(国税通則法23条1項)。反対に、差し引けないものを差し引いていた場合は、修正申告が必要になります。

    詳しい期限と手続は、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で、申告書を家族が確認するときの見方は「依頼した相続税申告書のセルフチェック」で解説しています。

    AEGISの視点

    債務控除は、相続税の計算の中では地味な項目です。しかし、AEGISは債務控除を「亡くなった方の生活と事業の最後の記録」と捉えています。入院費や施設の利用料、公共料金、税金の未納分、事業の未払金は、亡くなる直前まで何にお金がかかっていたかを示しています。これを丁寧に拾うことは、税額の正確さだけでなく、ご家族が相続の全体像を理解することにもつながります。

    また、債務を誰が引き継ぐかは、遺産分割と一体で考えるべき論点です。借入金のある賃貸不動産を引き継ぐ人と、その借入金を負担する人がずれると、収益とキャッシュフローの関係が崩れます。納税資金の計画も、差し引ける債務の見込みによって変わります。

    相続税の概算の段階から、財産の一覧と並べて「債務の一覧」を作っておくこと。AEGISは、これが申告の正確さと家族の納得の両方を支える基礎になると考えています。相続税の概算に必要な情報の全体像は、親記事「相続税の概算に必要な情報とは」で整理しています。資産税務や承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    債務や葬式費用の計上漏れを含め、申告済みの相続税を見直したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税では、被相続人が相続開始時に負っていた確実な債務と、葬式費用を遺産から差し引けます。
    • 準確定申告の所得税、亡くなった方に課された固定資産税・住民税の未納分、未払いの入院費や施設利用料も対象になり得ます。
    • 香典返し、墓地・墓石の購入費、法要の費用、相続後の手続費用は差し引けません。
    • 保証債務は原則として差し引けず、時効が完成した債務も対象外です。
    • 申告後に漏れに気づいた場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます。
    • 具体的な可否は、契約内容や事実関係によって異なります。

    よくある質問

    Q. 亡くなった後に届いた入院費の請求書は、相続税で差し引けますか?

    診療を受けた時点で亡くなった方に支払義務が生じていた入院費であれば、相続開始時に未払いだった債務として差し引けます。請求書は診療期間が分かる形で保管しておきましょう。なお、所得税の医療費控除は別の問題で、亡くなった後に支払った分は準確定申告の医療費控除には含められません。

    Q. 亡くなった年の固定資産税は、全額差し引けますか?

    亡くなった方がその年の1月1日時点の所有者であれば、その年度の固定資産税は亡くなった方に課された税金です。相続開始時点で納めていなかった部分は、納期が来ていない分も含めて債務控除の対象として確認します。すでに納めた分は預金が減っているため、二重に差し引かないよう注意が必要です。

    Q. 四十九日の法要や香典返しの費用は差し引けますか?

    どちらも差し引けません。国税庁は、香典返しの費用と、初七日などの法事の費用を葬式費用に含めないとしています。一方、通夜や告別式、火葬、読経料などのお礼は差し引けます。

    Q. 墓石を生前に注文して、代金が未払いのまま亡くなりました。差し引けますか?

    差し引けません。墓所や墓石などは相続税がかからない財産であり、その取得のための未払代金も債務控除の対象から外されています(相続税法13条3項、相続税法基本通達13-6)。

    Q. 相続税の申告後に、借入金の計上漏れに気づきました。どうすればよいですか?

    相続税を払いすぎている状態ですので、法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求によって見直しを求めることができます。債務の存在と金額を示す資料(契約書、残高証明書など)をそろえたうえで、申告を担当した税理士に相談するのが一般的な進め方です。

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.105-107
    • 『第10版 Q&A事業承継をめぐる非上場株式の評価と相続対策』デロイトトーマツ税理士法人 編、清文社、2020年、P.58
  • 防衛特別法人税は中小企業にどう影響するか|計算の仕組み・基礎控除500万円・申告の流れと資金計画

    防衛特別法人税は中小企業にどう影響するか|計算の仕組み・基礎控除500万円・申告の流れと資金計画

    防衛特別法人税は、令和8年(2026年)4月1日以後に開始する事業年度から、法人税を納める法人に課される新しい税です。税額は、(基準法人税額 − 基礎控除額500万円)× 4% で計算されます(国税庁、根拠法13条・14条)。基準法人税額が基礎控除額以下であれば、税額は生じません。

    結論から言えば、基礎控除が500万円あるため、基準法人税額(後述)が年500万円以下の会社(1年決算の場合)では税額は生じません。中小企業の多くはこの範囲に収まると考えられますが、注意したいのは、税額がゼロでも申告は必要とされていることです。また、利益水準が高い会社や、今後の成長で利益が増える会社では、納税予測や資金計画に織り込んでおく必要があります。

    この記事では、防衛特別法人税の仕組みを確認し、所得水準ごとの影響の目安、申告の流れ、内部留保や配当方針への影響を整理します。

    防衛特別法人税とは

    防衛特別法人税は、「我が国の防衛力の抜本的な強化等のために必要な財源の確保に関する特別措置法」(以下「根拠法」)に基づいて創設された税で、各事業年度の所得に対する法人税を課される法人が納税義務者になります(国税庁「防衛特別法人税が創設されました」)。

    性格としては、法人税額を基準に一定割合を上乗せする付加税です。会社の所得に直接税率をかけるのではなく、まず通常の方法で計算した法人税額を出し、その金額をもとに計算します。

    なお、個人についても、令和9年分以後の所得税について、基準所得税額に1%の税率で課する防衛特別所得税が創設され、あわせて復興特別所得税の税率が1.1%に引き下げられます(所得税法等の一部を改正する法律〔令和8年法律第12号〕、令和8年3月31日公布。財務省・国税庁)。オーナー経営者にとっては、会社側と個人側の両方で動きがある点も押さえておきたいところです。

    計算の仕組み

    国税庁の案内に基づき、計算の流れを整理すると次のとおりです。

    手順内容
    1. 基準法人税額を求める所得税額控除・外国税額控除など、法律で定められた一定の税額控除を適用しないで計算した法人税額(根拠法10条)
    2. 基礎控除額を差し引く基準法人税額から500万円を控除(事業年度が1年に満たない場合は、500万円×その事業年度の月数÷12)
    3. 税率をかける残額(課税標準法人税額)に4%をかける

    ポイントは2つあります。

    • 基準法人税額は、すべての税額控除を適用する前の金額ではありません。適用しないで計算するのは、法人税法の所得税額控除・外国税額控除・分配時調整外国税相当額の控除・仮装経理に基づく過大申告の更正に伴う控除と、租税特別措置法の一部の控除(外国子会社合算税制等に係る外国法人税等の控除、産業競争力基盤強化商品〔半導体を除く〕の生産に係る税額控除など)に限られます(根拠法10条)。賃上げ促進税制などそれ以外の税額控除は、適用した後の法人税額が基準法人税額になります。
    • 基礎控除の500万円は「所得」ではなく「法人税額」から差し引くものです。所得金額に置き換えると、かなり大きな利益水準に相当します。

    中小企業への影響の目安

    資本金1億円以下の普通法人の法人税率は、所得のうち年800万円以下の部分が15%、800万円を超える部分が23.2%とされています(国税庁 No.5759。15%は租税特別措置法による軽減税率で、現行法では令和9年3月31日までに開始する事業年度が対象です〔同法42条の3の2〕。所得が年10億円を超える事業年度などには別の税率が適用されます)。この前提で、所得水準ごとの防衛特別法人税の目安をAEGISで試算すると次のとおりです。

    年間の所得金額法人税額(概算)防衛特別法人税(概算)
    1,000万円約166万円0円
    2,000万円約398万円0円
    3,000万円約630万円約5万円
    5,000万円約1,094万円約24万円
    1億円約2,254万円約70万円

    ※1年決算、資本金1億円以下の普通法人で軽減税率の適用対象、税額控除がなく、法人税額=基準法人税額と仮定した概算です。実際の税額は、会社の区分や税額控除の有無、事業年度の月数などによって異なります。地方法人税や法人住民税・事業税などは含めていません。

    この前提では、法人税額が500万円に達するのは所得がおよそ2,400万円を超えるあたりからです。それを超えると、超えた部分の所得に対して、おおむね0.9%強(23.2%×4%)の負担が上乗せされるイメージになります。

    つまり、多くの中小企業にとって、防衛特別法人税そのものの金額は大きくありません。一方で、利益が数千万円から数億円規模の会社では、毎期数十万円から数百万円単位の負担となり得るため、納税予測に組み込む必要があります。

    申告・納付の流れ

    国税庁の案内では、申告・納付について次のように示されています。

    • 申告書の様式:法人税の申告書と一体の様式とされ、防衛特別法人税の記載欄は別の用紙(別葉)になっています。
    • 税額ゼロでも申告が必要:防衛特別法人税額が0円であっても申告は必要です。基礎控除以下の会社でも、申告書の提出を忘れないようにする必要があります。
    • 申告期限:各課税事業年度終了の日の翌日から2か月以内に、納税地の所轄税務署長に提出します。法人税の申告期限の延長を受けている場合は、その延長された期限になります(根拠法25条)。
    • 中間申告:令和9年(2027年)4月1日以後に開始する事業年度から、法人税の中間申告書を提出すべき法人は、防衛特別法人税についても中間申告が必要になります。
    • グループ通算制度:通算法人の場合、基礎控除額は各法人の基準法人税額に応じて配分する仕組みが設けられています。

    最初の対象となる事業年度と申告期限は、決算期によって異なります。1年決算の会社を例に整理すると、次のとおりです。

    決算期最初の対象事業年度初回の申告期限(原則)
    3月決算令和8年4月1日〜令和9年3月31日令和9年5月31日
    6月決算令和8年7月1日〜令和9年6月30日令和9年8月31日
    9月決算令和8年10月1日〜令和9年9月30日令和9年11月30日
    12月決算令和9年1月1日〜令和9年12月31日令和10年2月29日

    ※事業年度終了の日の翌日から2か月以内という原則に基づく目安です。期限が土日祝日に当たる場合の取扱いや、法人税の申告期限の延長を受けている場合の延長後の期限は、個別に確認してください。

    すでに令和8年4月以後に事業年度が始まっている会社では、今期の決算から対象になります。自社の事業年度の開始日を確認し、決算・申告の手順に防衛特別法人税の申告書の作成を組み込んでおくことが大切です。

    資金計画・内部留保・配当方針への影響

    納税予測と資金繰りへの織り込み

    税額が生じる会社では、決算前の納税予測と資金繰り表に、防衛特別法人税を新しい項目として加える必要があります。中間申告が始まる事業年度以降は、期中の納税のタイミングも変わります。利益が基礎控除の境目付近にある会社は、「今期は税額が生じるか」を決算前に確認しておくと安心です。

    役員報酬と会社の利益のバランス

    オーナー企業では、利益を役員報酬として個人に払うか、会社に残すかを検討する場面があります。防衛特別法人税は、会社に残した利益にかかる税負担をわずかに引き上げる要素です。ただし、その影響は所得水準によっては小さく、個人側の所得税・住民税や社会保険料、個人側の改正の動きもあわせて考える必要があります。税率の差だけで報酬水準を決めないことが大切です。

    内部留保と配当方針

    会社に利益を蓄えて将来の投資や借入れの返済に備える方針自体は、防衛特別法人税によって大きく変わるものではありません。一方で、利益水準が高く、内部留保が厚い会社では、配当や役員退職金の時期、設備投資の計画などを含めて、会社と個人の資金配分を見直す機会にもなります。

    資産管理会社や小規模な法人

    不動産を保有する資産管理会社など、所得が大きくない法人では、多くの場合税額は生じません。ただし、申告書の提出は必要とされているため、申告漏れが起きないよう決算・申告の手順に組み込むことがポイントです。

    実務上注意したいポイント

    • 最初の対象事業年度を確認する:令和8年4月1日以後に開始する事業年度が対象です。決算期によって初回の申告時期が異なります。
    • 基準法人税額の範囲を確認する:所得税額控除・外国税額控除など法律で定める一定の控除は適用しないで計算するため、これらの控除を受けている会社は、実際の法人税額より基準法人税額が大きくなることがあります。賃上げ促進税制などその他の税額控除は適用後の金額で計算するため、両者を区別して確認します。
    • 損金にはならない:防衛特別法人税は、法人税と同様に所得の金額の計算上、損金の額に算入されません(根拠法43条による法人税法38条1項の読替え)。
    • ゼロ申告を忘れない:税額が生じなくても申告は必要です。
    • 中間申告の開始時期に備える:令和9年4月1日以後開始の事業年度から、中間申告の対象になる会社があります。
    • 地方税への波及は別途確認する:本記事では国税としての防衛特別法人税を扱っています。住民税・事業税など地方税との関係は、個別に確認してください。

    AEGISの視点

    防衛特別法人税は、多くの中小企業にとって、金額としてのインパクトは限定的です。それでもAEGISがこの改正を取り上げるのは、新しい税が加わるときこそ、税負担とキャッシュフローの全体を見直すよい機会だと考えているからです。

    法人税、地方税、社会保険料、個人の所得税・住民税、そして配当や退職金にかかる税金は、それぞれ別々に議論されがちです。しかしオーナーにとって大切なのは、会社と個人を合わせて、いつ、どれだけの資金が手元に残るかです。新しい税を一つの項目として決算予測と資金繰りに組み込み、利益水準の変化に応じて役員報酬・内部留保・配当の配分を点検する——その習慣が、制度が変わっても揺らがない経営の基盤になるとAEGISは考えています。

    税負担とキャッシュフローの考え方は、Pillar記事「税負担とキャッシュフローをどう両立させるか」で、会社と個人の資金配分は「役員報酬・配当・内部留保の考え方」で、納税を織り込んだ資金計画は「資金繰り表の作り方」で解説しています。制度改正全体の考え方は「税制改正は自分の承継計画に関係するか」をご覧ください。

    まとめ

    • 防衛特別法人税は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から、法人税を課される法人に課されます。
    • 税額は(基準法人税額−基礎控除額500万円)×4%で計算し、基準法人税額は所得税額控除・外国税額控除など法律で定める一定の税額控除を適用しないで計算した法人税額です(すべての税額控除を戻すわけではありません)。
    • 基準法人税額が500万円以下(1年決算の場合)の会社では税額は生じませんが、税額がゼロでも申告は必要です。
    • 申告期限は事業年度終了の日の翌日から2か月以内で、令和9年4月1日以後開始の事業年度から中間申告の対象になる会社があります。
    • 利益水準が高い会社では、納税予測・資金繰り・役員報酬・内部留保・配当の配分に織り込むことが大切です。

    よくある質問

    Q. いつの決算から関係しますか?

    令和8年4月1日以後に開始する事業年度からです。3月決算の会社であれば令和9年3月期、12月決算の会社であれば令和9年12月期が最初の対象になります。

    Q. 赤字や少額の利益の会社でも申告は必要ですか?

    国税庁の案内では、防衛特別法人税額が0円であっても申告は必要とされています。法人税の申告書と一体の様式になっているため、法人税の申告とあわせて忘れずに提出することが大切です。

    Q. 中小企業でも税額が生じるのはどのくらいの利益からですか?

    税額控除がない資本金1億円以下の普通法人で、軽減税率の適用対象となる会社を前提にすると、法人税額が500万円を超えるのは、年間の所得がおよそ2,400万円を超えるあたりからです。実際には会社の区分や税額控除の有無によって変わるため、自社の数字で確認してください。

    Q. 賃上げ税制などで法人税が少なくなっている場合はどうなりますか?

    賃上げ促進税制の税額控除は、基準法人税額の計算で適用しないこととされている控除には含まれていません(根拠法10条)。そのため、賃上げ促進税制を適用した後の法人税額が基準法人税額となり、控除で法人税が少なくなれば、防衛特別法人税の計算の基礎も小さくなります。一方、所得税額控除や外国税額控除などは適用しないで計算するため、これらの控除を受けている会社では、実際に納める法人税より基準法人税額が大きくなることがあります。

    Q. 防衛特別法人税のために、役員報酬を増やしたほうがよいですか?

    防衛特別法人税だけを理由に役員報酬を変えることはおすすめしません。役員報酬を増やすと個人の所得税・住民税や社会保険料が増える一方、会社の資金は減ります。会社と個人を合わせた手取りと、会社の将来の資金需要を見たうえで判断することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.14、P.17-19
  • 不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項|保有不動産と承継計画の何を見直すか

    不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項|保有不動産と承継計画の何を見直すか

    不動産は、多くのオーナーにとって財産の中で大きな割合を占めます。そのため、不動産の相続税評価に関する制度が変わると、相続税の見込み額だけでなく、誰に何を渡すか、納税資金をどう確保するか、どの形で保有するかといった承継計画の前提にまで影響が及ぶことがあります。

    結論から言えば、制度変更があったときは、「評価額がいくら変わるか」を計算する前に、「自分の不動産のうち、どれが対象になり得るか」を取得時期・取得方法・保有形態の3つの軸で仕分けることから始めるのが確実です。この記事では、近年の制度変更の例を踏まえ、保有不動産と承継計画の点検事項を整理します。

    不動産の相続税評価はどのように決まり、なぜ変わるのか

    相続税法は、相続や贈与で取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めています。この時価の具体的な算定方法は、国税庁の財産評価基本通達で定められており、土地であれば路線価方式や倍率方式、建物であれば固定資産税評価額を基にした方法などが用いられます。

    不動産の評価が変わる要因は、大きく3つあります。

    変わる要因内容頻度の目安
    評価の基準となる価格の更新路線価や評価倍率などが毎年公表される毎年
    通達の改正評価方法そのものが見直される不定期(必要に応じて)
    税制改正特例の要件、加算期間、評価の考え方などが変わる毎年度の改正で項目ごと

    このうち、承継計画の前提を大きく揺るがしやすいのは、評価方法そのものの見直しです。近年は、相続税評価額と市場で取引される価格との差(乖離)に着目した見直しが続いています。

    近年の制度変更の例

    例1:居住用の区分所有財産(分譲マンション)の評価

    国税庁は、令和5年9月28日付で「居住用の区分所有財産の評価について」という通達を定めました。近年の取引実態等を踏まえ、分譲マンションの一室について、築年数、総階数、所在階、敷地持分の狭小度を反映した「評価乖離率」を基に補正を行う仕組みです。令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した財産に適用されています。

    なお、地階を除く階数が2以下の建物や、居住用の専有部分が3室以下ですべてを所有者やその親族が居住用に使っているものなどは、対象外とされています。

    例2:貸付用不動産の評価の見直し(令和8年度税制改正の大綱・国税庁の通達案)

    令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)では、「相続税等の財産評価の適正化」として、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえ、次の見直しを行うとされました。

    • 被相続人等が課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築をした一定の貸付用不動産は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する(課税上の弊害がない限り、取得価額を基に地価の変動等を考慮して計算した価額の100分の80に相当する金額によって評価することができる)
    • 不動産特定共同事業契約や、信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する
    • 令和9年1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価に適用する(ただし、1つ目の見直しは、改正を通達に定める日までに、被相続人等が5年前から所有している土地に新築をした家屋〔建築中のものを含む〕には適用しない)

    具体的な取扱いは通達で定められます。国税庁が公表した通達案「貸付用不動産の評価について」では、大綱の内容が次のように具体化されています(2026年10月9日時点では意見公募中で、最終通達は出ていません)。

    • 対象は、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築された貸付用不動産(借家権の目的となっている家屋とその敷地)。取得の時期は原則として引渡しの時で判定する
    • 取得価額が取得時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費」の100分の80で評価できる
    • 収用・交換・一定の買換えで取得したものや、5年以内に取得したものではない建物の増改築部分などは対象外
    • 経過措置として、通達制定日までに、その日前5年以内に取得したものではない土地や、5年以内に相続等で取得した土地に新築した家屋(建築中を含む)は対象外。通達制定日はまだ決まっていない(AEGISは、意見公募の締切(2026年10月18日)を踏まえ、10月下旬から11月上旬になる可能性が高いとみています)
    • 「特定小口化商品」は、元本等相当額の90%などを使う簡便な方法がある

    例3:生前贈与の加算期間の延長

    不動産を生前に贈与する計画にも、制度変更は影響します。令和5年度の改正により、暦年課税の贈与を相続財産に加算する期間は相続開始前3年から7年へと段階的に延びており、国税庁によれば、令和13年1月1日以後の相続では相続開始前7年以内の贈与が加算の対象となります。

    制度変更があったときの点検事項

    制度変更の情報に接したら、保有不動産を次の観点で点検します。AEGISでは、評価の前に「仕分け」を行うことを重視しています。

    点検1:取得時期と取得方法

    • 不動産ごとに、いつ、どのような方法で取得したか(購入、新築、相続、贈与など)を一覧にします。
    • 貸付用不動産の評価の見直しのように、「課税時期前5年以内」「対価を伴う取引」といった条件が付く改正では、取得時期と取得方法がそのまま対象かどうかの判断材料になります。
    • 自分が所有している土地に建物を新築した場合など、取得の経緯によって扱いが分かれる可能性がある点にも注意が必要です。

    点検2:保有形態

    • 個人で直接保有しているか、共有か、不動産小口化商品(不動産特定共同事業契約に基づくものなど)や信託受益権の形で保有しているかを確認します。
    • 大綱と通達案では、不動産特定共同事業契約などに基づく貸付用不動産は、取得時期にかかわらず見直しの対象になるとされています。保有している商品の契約形態を、契約書や事業者の説明資料で確認しておきましょう。
    • 資産管理会社など法人を通じて保有している場合に、制度変更がどのように影響するかは、改正の内容に即して個別に確認する必要があります。

    点検3:評価額と時価の関係

    • 不動産ごとに、相続税評価額の目安と、実際に売却した場合の価格の目安を並べてみます。
    • 両者の差が大きい不動産ほど、評価方法の見直しの影響を受けやすい傾向があります。
    • 相続税評価額と売却価格がなぜ異なるのかについては、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格の違い」で解説しています。

    点検4:承継計画上の役割

    • その不動産を「誰に」「どの方法で」渡す計画になっているかを確認します。
    • 評価額が変われば、相続人間の配分のバランスが変わることがあります。不動産を後継者に、金融資産を他の家族に、といった配分を考えている場合は特に注意が必要です。
    • 生前贈与を予定している場合は、加算期間の延長も含めて、贈与のタイミングと方法を見直します。

    点検5:納税資金と収益性

    • 評価額が上がる見込みなら、相続税の見込み額と、それを支払う資金(金融資産、不動産収入、売却の可能性)を改めて確認します。
    • 同時に、その不動産の収益性(賃料収入、空室、修繕費、借入金の返済)を確認します。評価の変化をきっかけに、保有を続けるべきか、組み替えるべきかを考える機会にもなります。

    点検の結果は、次のような一覧にまとめると全体が見えやすくなります。

    不動産取得時期・方法保有形態評価の目安時価の目安承継の予定収益・納税資金のメモ
    自宅昭和○年 新築個人単独——配偶者居住用
    賃貸マンション令和○年 購入個人単独——長男借入残あり
    小口化商品令和○年 購入契約に基づく持分——未定換金性を確認

    ※上表は記入例のイメージです。実際の項目は保有資産に応じて調整してください。

    実務上注意したいポイント

    評価の有利・不利だけで判断しない

    不動産の取得や保有は、評価額の差だけで判断すべきものではありません。賃貸経営としての収益性、修繕や管理の負担、売却のしやすさ、家族の意向など、多くの要素が関わります。評価方法の見直しは、こうした要素を改めて点検するきっかけと捉えるのが健全です。

    特例の要件も合わせて確認する

    不動産の相続では、小規模宅地等の特例が大きな影響を持つことがあります。国税庁によれば、特定居住用宅地等は330㎡まで80%、特定事業用宅地等は400㎡まで80%、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%を減額できるとされていますが、区分ごとに要件があり、適用には申告が必要です。評価方法の見直しと特例の要件は、セットで確認しておきましょう。

    確定した情報で最終判断する

    大綱の段階では、細部が通達で定まる前です。売買や贈与など取り消しにくい行動は、確定した情報を一次情報で確認してから判断することをおすすめします。改正情報の追い方は、関連記事「制度改正の情報をどう追い、いつ相談するか」で解説しています。

    AEGISの視点

    不動産の評価に関する制度変更が続く背景には、「相続税評価額と実際の価値の差」をどう扱うかという問題意識があります。評価額の低さを主な理由として不動産を取得する考え方は、その前提自体が見直しの対象になり得る、ということです。

    AEGISは、不動産を「評価額で選ぶもの」ではなく、「所有の目的と、事業・家族・承継の中での役割で選ぶもの」と考えています。賃貸不動産であれば、安定した収益を生み、管理できる体制があり、将来誰がどのように引き継ぐかが描けているか。自宅であれば、家族の暮らしをどう守るか。そうした役割が明確な不動産は、評価の方法が変わっても、計画全体が揺らぐことは少なくなります。

    制度変更は、保有不動産の一つひとつに「なぜ持っているのか」を問い直す機会です。取得時期・保有形態・評価と時価・承継上の役割・収益性を一枚に並べることで、税務だけでなく、所有と承継の設計を見直すことができます。不動産の購入・保有・売却を一体で考える視点は、関連記事「不動産の購入・保有・売却を一体で考える」で解説しています。

    税制改正が承継計画に与える影響の全体像は、親記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で整理しています。

    不動産の評価や資産税務に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 不動産の相続税評価は、路線価等の更新、通達の改正、税制改正によって変わります。
    • 近年は、分譲マンションの評価の見直し(令和6年1月1日以後)や、令和8年度大綱で示された貸付用不動産の評価の見直し(令和9年1月1日以後の相続等)など、評価額と市場価格の乖離に着目した見直しが続いています。
    • 制度変更時は、まず取得時期・取得方法・保有形態で対象になり得る不動産を仕分けます。
    • そのうえで、評価と時価の関係、承継計画上の役割、納税資金と収益性を点検します。
    • 細部は通達で定まります。取り消しにくい行動は、確定した一次情報を確認してから判断します。

    個々の不動産への影響は、取得の経緯や保有形態など個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 貸付用不動産の評価の見直しは、いつから適用されますか?

    令和8年度税制改正の大綱では、令和9年1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価に適用するとされています。国税庁の通達案でも、令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した財産の評価に適用するとされています。2026年10月9日時点で最終通達は出ていないため、発遣後に確認が必要です。

    Q. 以前から持っている賃貸不動産も対象になりますか?

    大綱と通達案では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築した貸付用不動産が対象とされています。それより前から持っている物件は、原則として対象になりません。一方、不動産特定共同事業契約などに基づく貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず対象とされています。保有している不動産がどちらに当たるかは、取得時期や契約形態によって異なります。

    Q. 分譲マンションの評価はどう変わりましたか?

    令和6年1月1日以後の相続等で取得した居住用の区分所有財産については、築年数や所在階などを反映した評価乖離率を基に補正する方法が導入されました。階数が2以下の建物や、親族の居住用で3室以下のものなど、対象外となるケースもあります。

    Q. 評価方法が変わったら、すぐに不動産を売却したほうがよいですか?

    評価方法の変更だけを理由に売却を急ぐことはおすすめしません。売却には譲渡所得税や取引費用がかかり、収益源を手放すことにもなります。収益性、管理負担、承継の予定、納税資金などを総合的に点検したうえで判断することが重要です。

    Q. 制度変更の点検は、どのくらいの頻度で行えばよいですか?

    税制改正の大綱や通達の改正が公表されたとき、そして少なくとも年に一度、承継計画を見直すタイミングで点検するのが目安です。不動産の取得や売却、家族の状況の変化があったときにも見直すことをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 生前贈与の加算期間7年への延長で何が変わるか|経過措置・100万円控除と贈与計画の見直し方

    生前贈与の加算期間7年への延長で何が変わるか|経過措置・100万円控除と贈与計画の見直し方

    令和5年度の税制改正により、暦年課税で贈与した財産を相続財産に加え戻す期間(生前贈与加算の期間)は、相続開始前3年から7年へ段階的に延びます。延長の影響が実際に表れ始めるのは、令和9年(2027年)1月1日以後に開始する相続からです。

    ポイントは、「7年前までさかのぼる」のが一律ではないことです。令和9年から令和12年までに開始する相続では、加算の対象は令和6年(2024年)1月1日以後の贈与に限られ、相続開始前7年以内が丸ごと対象になるのは令和13年(2031年)1月1日以後の相続からです。また、延長された部分の贈与には総額100万円まで加算しないという控除が設けられています。

    この記事では、延長の仕組みを具体的な日付と数字で確認し、これから「いつ・誰に」贈与するかをどう見直せばよいかを整理します。暦年課税・相続時精算課税・相続の使い分けそのものは、関連記事「生前贈与と相続をどう使い分けるか」で解説しています。

    生前贈与加算とは

    生前贈与加算とは、相続や遺贈によって財産を取得した人が、被相続人から一定期間内に暦年課税による贈与を受けていた場合、その贈与財産の価額を相続税の課税価格に加える仕組みです(相続税法19条、国税庁 No.4161)。

    押さえておきたい基本は次の3点です。

    • 加算される金額は贈与した時の価額です。相続時に値上がり・値下がりしていても、贈与時の価額で加算されます。
    • 基礎控除110万円以下の贈与も加算の対象です。贈与税がかからなかった贈与でも、期間内であれば加え戻されます。
    • 加算された贈与について納めた贈与税は、相続税から差し引かれます(贈与税額控除)。ただし延滞税・加算税などの附帯税は差し引けません。

    つまり、生前贈与加算は「贈与をなかったことにする」制度ではなく、「相続の直前に行った贈与は、相続税の計算では相続財産と同じように扱う」という制度です。この「直前」の範囲が3年から7年に広がるのが今回の改正です。

    加算期間はどう延びるのか

    国税庁は、相続が開始した時期(亡くなった日)ごとに、加算の対象となる贈与の期間を次のように示しています(国税庁 No.4161、令和8年4月1日現在法令等)。

    相続が開始した時期加算の対象となる贈与の期間
    令和8年(2026年)12月31日まで相続開始前3年以内
    令和9年(2027年)1月1日〜令和12年(2030年)12月31日令和6年(2024年)1月1日から死亡の日まで
    令和13年(2031年)1月1日以後相続開始前7年以内

    この表を「亡くなった日」から読むと、加算期間が少しずつ長くなっていく様子が分かります。AEGISで具体的な日付に置き換えると、次のようになります。

    亡くなった日(例)加算の対象となる贈与の始まり加算期間の長さ(目安)
    2026年10月1日2023年10月1日以後3年
    2027年1月1日2024年1月1日以後3年
    2028年7月1日2024年1月1日以後約4年6か月
    2030年12月31日2024年1月1日以後約7年
    2033年4月1日2026年4月1日以後7年

    ※日付の起算の細部(「以内」の数え方)は個別に確認が必要です。上表は仕組みを理解するための目安です。

    ここから分かるのは、令和5年12月31日以前に行った暦年贈与は、延長の影響を受けないということです。延長の対象として新たに加算の網にかかるのは、令和6年1月1日以後に行われた贈与です。

    延長部分の「100万円控除」

    延長によって新たに加算の対象となった部分には、緩和措置があります。国税庁 No.4161 によると、令和9年1月2日以後に開始する相続では、加算対象期間内の贈与のうち相続開始前3年以内に取得した財産以外の財産(延長された4年分に当たる部分)については、その贈与時の価額の合計額から総額100万円までは加算しないこととされています。

    「毎年100万円」ではなく「延長部分の合計から総額で100万円」である点に注意が必要です。具体例で確認してみます。

    例:父が子に、2024年から2030年まで毎年1月に110万円ずつ(計7回)暦年課税で贈与し、2030年12月に父が亡くなった。子は相続で財産を取得した。

    区分該当する贈与贈与額の合計加算額
    相続開始前3年以内2028年・2029年・2030年の贈与330万円330万円(全額)
    延長部分(3年超〜2024年1月1日以後)2024年〜2027年の贈与440万円340万円(440万円−100万円)
    合計7回770万円670万円

    ※説明のための単純化した例です。いずれも基礎控除以下の贈与で贈与税は納めていないため、贈与税額控除はありません。

    改正前のルール(3年以内)であれば加算は330万円でしたが、この例では670万円になります。基礎控除の範囲内で続けてきた贈与であっても、亡くなる時期によっては相続税の計算上、大部分が相続財産に戻ることがあるわけです。

    加算の対象にならない人・財産

    相続や遺贈で財産を取得しない人

    加算の対象は、相続や遺贈で財産を取得した人です(国税庁 No.4161では、相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人も含めています)。たとえば、相続で財産を取得しない孫や子の配偶者が受けた暦年贈与は、原則として加算の対象になりません。ただし、遺言で財産を遺贈したり、死亡保険金の受取人になったりして財産を取得すると、加算の対象になり得ます。贈与を受けた人が「相続で何かを受け取るかどうか」は、遺言や保険の設計とセットで確認する必要があります。

    非課税特例などの適用を受けた部分

    国税庁 No.4161 では、次の部分は加算の対象から除かれています。

    • 贈与税の配偶者控除の適用を受けた(または受けるとした)部分
    • 直系尊属から贈与を受けた住宅取得等資金のうち、非課税の適用を受けた部分
    • 直系尊属から一括贈与を受けた教育資金・結婚子育て資金のうち、非課税の適用を受けた部分

    ただし、教育資金や結婚子育て資金の一括贈与は、贈与者が亡くなった時点で使い切っていない残額(管理残額)について、時期や受贈者の年齢などに応じて相続税の対象となる別のルールがあります。生前贈与加算とは別の仕組みとして確認が必要です。

    相続時精算課税の贈与

    相続時精算課税を選択した贈与は、生前贈与加算とは別の仕組みで、期間に関係なく相続財産に加算されます。ただし、令和6年1月1日以後の贈与については、年110万円の基礎控除を差し引いた残額が加算の対象とされています(国税庁 No.4103)。基礎控除の範囲内の贈与は加算されない点で、暦年課税の延長部分とは扱いが異なります。

    何が変わるのか:贈与計画への4つの影響

    延長がもたらす変化を、オーナーの贈与計画の視点から整理すると次のとおりです。

    1. 「晩年にまとめて贈与する」効果が薄れる:加算期間が長くなるため、相続の数年前に始めた暦年贈与は、相続税の計算上、相続財産に戻る可能性が高くなります。
    2. 早く始めた贈与ほど、加算の外に出やすい:令和13年以後の相続では、相続開始前7年より前の贈与は加算されません。贈与を「長い時間をかけて行う」ほど、効果が出やすい制度に変わったと言えます。
    3. 「誰に」贈るかの比重が増す:相続や遺贈で財産を取得しない人への贈与は加算の対象外です。一方で、受贈者の範囲を広げることは、家族間の公平や遺留分、2割加算の有無などとも関係します。
    4. 暦年課税と相続時精算課税の比較が変わる:精算課税の年110万円の基礎控除部分は加算されないため、贈与者の年齢や健康状態によっては、精算課税を検討する場面が増えています。ただし精算課税は、一度選択すると同じ贈与者からの贈与について暦年課税に戻れません(国税庁 No.4103)。

    贈与計画を見直す手順

    延長への対応は、「贈与をやめる」か「続ける」かの二択ではありません。AEGISでは、次の順番で確認することをおすすめしています。

    手順確認すること見るポイント
    1. 記録の棚卸し令和6年1月1日以後の暦年贈与の一覧贈与日・贈与者・受贈者・財産・贈与時の価額・申告の有無
    2. 期間の見通し贈与者の年齢と、加算期間に入る贈与の範囲何年後に加算の外に出るか
    3. 受贈者の整理受贈者が相続や遺贈で財産を取得する見込み遺言・死亡保険金の受取人との関係
    4. 方式の比較暦年課税を続けるか、精算課税を選ぶか撤回できないこと、財産の値上がり見込み
    5. 財産の選び方現金・不動産・自社株式のどれを渡すか加算は贈与時の価額で行われること

    とくに手順1は、相続が起きてから困らないための基本です。生前贈与加算は相続人自身が申告で計算に入れる必要があり、贈与の記録がないと、加算漏れや、反対に加算不要な贈与を加えてしまうことにつながります。

    実務上注意したいポイント

    • 贈与の実態を残す:贈与契約書、振込記録、受贈者自身による口座管理など、「あげた・もらった」の実態を残すことが前提です。実態のない贈与は、加算の問題以前に、名義預金として相続財産と判断されるおそれがあります。
    • 加算期間と100万円控除の区分を記録しておく:3年以内の贈与と延長部分の贈与では扱いが異なるため、年ごとの贈与額を一覧で残しておくと申告時に計算しやすくなります。
    • 贈与税を納めた贈与は贈与税額控除を忘れない:基礎控除を超えて贈与税を納めている場合、加算された分に対応する贈与税は相続税から差し引かれます。
    • 教育資金などの一括贈与は別に確認する:管理残額の扱いには独自のルールがあり、受贈者の年齢や贈与の時期で結論が変わります。
    • 個別事情で結論が変わる:どの方法が適しているかは、財産構成・家族構成・贈与者の年齢などによって異なります。

    AEGISの視点

    生前贈与加算の延長は、「贈与で相続税を減らす」という発想そのものを見直すきっかけだとAEGISは考えています。

    加算期間が7年に延びると、贈与の効果は「どれだけ贈与したか」よりも「いつから、誰に、どの財産を、どのような記録とともに渡してきたか」に左右されるようになります。これは、贈与を単発の対策ではなく、家族の資産をどう引き継ぐかという長期の設計の一部として扱う必要が高まったということです。

    たとえば、事業オーナーや不動産オーナーであれば、現金の暦年贈与だけでなく、自社株式や収益不動産をどの時期に、どの方式で移すかが、相続税の計算にも、会社や不動産の経営にも影響します。贈与の計画は、遺言、保険、納税資金、家族間の公平とあわせて一枚の上で見直すことが大切です。

    制度改正を自分の承継計画にどう当てはめるかの全体像は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で、不動産を含む点検の進め方は「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で解説しています。

    資産承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 暦年課税の生前贈与加算の期間は、相続開始前3年から7年へ段階的に延びます。
    • 延長の影響は令和9年1月1日以後の相続から表れ、令和12年までの相続では令和6年1月1日以後の贈与が対象、令和13年以後の相続では相続開始前7年以内が対象です。
    • 延長された部分の贈与は、合計額から総額100万円まで加算されません。
    • 相続や遺贈で財産を取得しない人への贈与や、一定の非課税特例の適用部分は加算の対象外です。
    • 贈与の記録を棚卸しし、期間・受贈者・方式・財産の順に計画を見直すことが出発点です。具体的な判断は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 令和5年以前に行った贈与も、7年分さかのぼって加算されますか?

    いいえ。延長によって新たに加算の対象となるのは、令和6年1月1日以後に行われた暦年課税の贈与です。令和8年12月31日までに開始する相続では従来どおり相続開始前3年以内の贈与が対象で、令和9年以後に開始する相続でも、令和12年までは令和6年1月1日以後の贈与に限られます。

    Q. 100万円の控除は、毎年100万円ずつ差し引けるのですか?

    いいえ。延長部分(相続開始前3年以内より前)の贈与の合計額から、総額で100万円まで加算しないという仕組みです。年ごとに100万円を差し引くものではありません。相続開始前3年以内の贈与には、この控除はありません。

    Q. 孫への贈与も加算の対象になりますか?

    孫が祖父母の相続で財産を取得しない場合は、原則として加算の対象になりません。ただし、遺言で孫に財産を遺贈した場合や、孫が死亡保険金の受取人になった場合などは、加算の対象となり得ます。

    Q. 暦年贈与はもう意味がないのでしょうか?

    そうとは限りません。加算されるのは加算期間内の贈与に限られ、期間より前の贈与は加算されません。また、相続で財産を取得しない人への贈与は加算の対象外です。贈与を早めに、計画的に行うことの意味はむしろ大きくなったと言えます。どの方法が適しているかは、贈与者の年齢や財産構成によって異なります。

    Q. 相続時精算課税に切り替えたほうがよいですか?

    精算課税の年110万円の基礎控除部分は加算されないため、検討の価値がある場面は増えています。一方で、いったん選択すると同じ贈与者からの贈与について暦年課税に戻れないことや、基礎控除を超える部分は期間に関係なく相続財産に加算されることなど、注意点もあります。財産の種類や値上がりの見込みを含めて比較することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.21
    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.59、P.457-465
  • 相続登記と住所等変更登記の義務化への対応|期限・過料・相続人申告登記・スマート変更登記の使い方

    相続登記と住所等変更登記の義務化への対応|期限・過料・相続人申告登記・スマート変更登記の使い方

    不動産の登記は、かつては「必要になったときにすればよい」ものでした。しかし所有者不明土地の問題を背景に法律が改正され、現在は次の2つが法律上の義務になっています(法務省)。

    • 相続登記:令和6年(2024年)4月1日から義務化。相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請。施行日前の相続で未登記のものは、原則として令和9年(2027年)3月31日までに申請が必要です(取得を知った日が施行日より後なら、その日から3年以内)。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になります。
    • 住所等変更登記:令和8年(2026年)4月1日から義務化。住所や氏名が変わった日から2年以内に申請。施行日前の変更も対象で、令和10年(2028年)3月末までに登記が必要です。正当な理由なく怠ると5万円以下の過料の対象になります。

    どちらの義務にも、負担を軽くするための簡易な方法(相続人申告登記、スマート変更登記)が用意されています。この記事では、2つの義務の内容を確認したうえで、「自分の場合は何を、いつまでにすればよいか」を状況別に整理します。

    2つの義務の全体像

    項目相続登記住所等変更登記
    開始時期令和6年4月1日令和8年4月1日
    義務の内容相続で取得した不動産の名義を相続人に変える登記された所有者の住所・氏名の変更を反映する
    期限取得を知った日から3年以内(法定相続分での登記や相続人申告登記の後に遺産分割が成立したときは、分割の日から3年以内に分割内容の登記)変更の日から2年以内
    施行日前の分令和9年3月31日まで令和10年3月末まで
    過料10万円以下5万円以下
    簡易な方法相続人申告登記スマート変更登記(検索用情報の申出)

    ※期限の細部や個別事情による扱いは、法務省・法務局の案内で確認してください。

    相続登記の義務

    誰が、何を、いつまでに

    相続によって土地や建物を取得した相続人は、自分が相続人であることを知り、かつその不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。相続人に対する遺贈で取得した場合も同様です。また、法定相続分での相続登記や相続人申告登記をした後に遺産分割が成立した場合は、遺産分割が成立した日から3年以内に、その内容に沿った登記を行う必要があります(不動産登記法76条の2・76条の3、法務省)。

    令和6年4月1日より前に開始した相続も対象です。施行日前の相続で登記が済んでいない不動産は、相続の開始と取得を知った日と施行日(令和6年4月1日)のいずれか遅い日から3年以内、つまり多くの場合は令和9年3月31日までの申請が求められています(民法等の一部を改正する法律〔令和3年法律第24号〕附則5条6項)。親や祖父母の名義のまま残っている不動産がある場合は、この期限が当面の目安になります。

    「正当な理由」があれば過料の対象にならない

    期限内に申請できなくても、正当な理由があれば過料の対象にはなりません。法務省は、例として次のような場合を挙げています。

    • 相続人が極めて多数で、戸籍謄本等の収集や相続人の把握に時間がかかる場合
    • 遺言の有効性や遺産の範囲が争われている場合
    • 申請義務を負う相続人自身に重い病気などの事情がある場合
    • 配偶者からの暴力等の被害者で、避難を余儀なくされている場合
    • 経済的に困窮しており、登記に必要な費用を負担する能力がない場合

    過料は、いきなり科されるものではありません。法務省の説明では、登記官が義務違反を把握した場合にまず申請を催告し、それでも正当な理由なく申請がないときに裁判所へ通知し、裁判所が過料を科するかどうかを判断する流れです。

    相続人申告登記という選択肢

    遺産分割がまとまらず、期限内に名義を確定できない場合に使えるのが相続人申告登記です。登記官に対し、「所有者について相続が開始したこと」と「自分がその相続人であること」を申し出ることで、相続登記の申請義務を果たしたことになります(法務省)。

    • 相続人が単独で申し出ることができ、他の相続人の協力は不要です
    • 添付するのは申出書と戸籍謄本等・住所証明情報などで、通常の相続登記に比べて戸籍等の収集の負担が軽くなっています
    • 登録免許税はかかりません。オンラインでも申し出ることができます

    ただし、相続人申告登記は「誰が所有者か」を確定させる登記ではありません。不動産の売却や担保の設定をするには、別途、相続登記が必要です。また、申告後に遺産分割が成立した場合は、分割の日から3年以内に分割内容に沿った登記を申請する必要があり、その段階では相続人申告登記で代えることはできません。

    住所等変更登記の義務

    誰が、何を、いつまでに

    不動産の所有権の登記名義人は、住所や氏名・名称に変更があった日から2年以内に変更登記を申請する必要があります。令和8年4月1日より前の変更も対象で、変更の日と施行日のいずれか遅い日から2年以内、つまり令和10年3月末までに登記が必要です(不動産登記法76条の5、同附則5条7項、法務省)。

    引越しや婚姻による氏の変更があっても登記を放置している例は少なくありません。法務省は、所有者不明土地の原因の約3分の1が住所等の変更登記がされていないことにあると説明しています。

    スマート変更登記

    この義務の負担を軽くするのがスマート変更登記です。所有者があらかじめ「検索用情報」(生年月日、メールアドレス、国籍、不動産の地番などの情報)を法務局に申し出ておくと、法務局が定期的(2年に1回程度)に住民基本台帳ネットワークへ照会し、住所や氏名の変更を確認したときは職権で変更登記を行います(法務省)。

    • 職権で登記をする前に意思確認の通知が届き、1か月以内に回答する仕組みです
    • スマート変更登記による変更登記には、登録免許税等の費用はかかりません
    • 検索用情報を申し出ておけば、住所等が変わるたびに自分で申請しなくても、義務違反に問われることはなくなるとされています
    • これから不動産を取得する人は申請書に記載して申し出ることができ、すでに所有している人も申し出ることができます

    法人が所有する不動産

    会社などの法人が所有する不動産では、登記に会社法人等番号が登記されていれば、商業・法人登記で本店の移転などをした際に、法務局が職権で不動産の住所等の変更登記を行う仕組みとされています。会社法人等番号が登記されていない不動産は、従来どおり申請が必要です(法務省)。なお、令和6年4月1日の時点で法人が所有権の登記名義人となっている不動産については、登記官が職権で会社法人等番号を登記できるとされています(同附則5条5項)。資産管理会社などで古くから保有している不動産は、番号が登記されているかを確認しておくと安心です。

    状況別:何を、いつまでにするか

    AEGISで、よくある状況ごとに対応を整理すると次のとおりです。

    状況当面の期限(目安)主な対応
    令和6年3月以前の相続。遺産分割は済んでいるが名義は親のまま令和9年3月31日分割内容に沿って相続登記を申請
    令和6年3月以前の相続。遺産分割がまとまっていない令和9年3月31日相続人申告登記で義務を果たしつつ、分割協議を進める
    令和6年4月以後の相続取得を知った日から3年遺産分割のうえ相続登記。間に合わなければ相続人申告登記
    祖父母など数代前の名義のまま令和9年3月31日(正当な理由に当たる場合あり)戸籍の収集と相続人の把握を早めに始める
    令和8年3月以前に引越し・改姓したが登記は旧住所のまま令和10年3月末住所等変更登記を申請し、あわせて検索用情報を申し出る
    法人所有不動産の本店移転・商号変更変更から2年(施行前の変更は令和10年3月末)会社法人等番号の登記の有無を確認
    これから不動産を取得する取得時登記申請時に検索用情報を申し出る

    ※期限は法務省の案内に基づく目安です。正当な理由の有無や期限の起算点は、個別の事情によって異なります。

    登記をしないことの、過料以外の不利益

    義務化で注目されるのは過料ですが、オーナーにとっては次のような実務上の不利益のほうが大きいことがあります。

    • 売却・担保設定ができない:名義が被相続人のままでは、売却や融資の担保に使うことができません。資金が必要になったときにすぐ動けなくなります。
    • 相続人が増えていく:登記をしないまま次の相続が起きると、権利を持つ人が増え、話し合いがより難しくなります。共有の解消や国への引渡しを検討する場面でも、名義の整理が前提になります。
    • 固定資産税の通知が届く相手:固定資産税は、原則として1月1日現在に固定資産課税台帳に所有者として登録されている人に課されます。名義の整理が遅れると、誰が税を負担し、誰が管理するのかが曖昧になりがちです。
    • 財産の把握が難しくなる:相続税の申告や遺産分割では、どの不動産を誰が持っているかを正確に把握する必要があります。古い名義のままの土地は見落とされやすくなります。

    費用の目安

    相続による所有権の移転登記には、登録免許税がかかります。税率は、相続による土地の所有権移転で不動産の価額の1,000分の4です(不動産の価額は原則として固定資産課税台帳の価格)。このほか、戸籍謄本等の取得費用や、司法書士に依頼する場合の報酬がかかります。

    一定の場合には登録免許税の免税措置も設けられています(相続登記の前に相続人が亡くなった場合の登記や、価額が一定額以下の土地の相続登記など)。現行法では令和9年3月31日までに受ける登記が対象とされているため(租税特別措置法84条の2の2)、利用を考える場合は最新の要件を確認してください。相続人申告登記とスマート変更登記には、登録免許税はかかりません(法務省)。

    実務上注意したいポイント

    • まず「名義の棚卸し」から:固定資産税の課税明細書や名寄帳、登記事項証明書で、名義が誰になっているか、住所が最新かを一覧にします。
    • 相続人申告登記は「時間を買う」手段:義務は果たせますが、名義は確定しません。売却や担保設定の予定があるなら、遺産分割と相続登記を急ぐ必要があります。
    • 遺産分割の期限とも連動させる:相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)までに分割がまとまれば、登記も同じ流れで進められます。
    • 住所変更は「ついで」に済ませる:相続登記や売却の際に、関係する不動産の住所等もまとめて確認し、検索用情報の申出までしておくと、その後の手間を減らせます。

    AEGISの視点

    登記の義務化は、手続の問題に見えて、実は「その不動産を、誰が、どう持ち続けるのか」を決めることを促す制度だとAEGISは考えています。

    名義が親のまま、住所が古いままの不動産は、多くの場合、遺産分割や所有形態の検討が先送りされてきた不動産でもあります。期限が来たからといって、とりあえず相続人全員の共有名義で登記してしまうと、次の世代で共有の問題をさらに複雑にすることがあります。

    義務を果たす手段(相続人申告登記・スマート変更登記)と、所有を決める手続(遺産分割・相続登記)を区別したうえで、期限までに「どこまで決めるか」を計画することが大切です。収益不動産であれば、管理会社や金融機関との契約、税務の手続とも足並みをそろえる必要があります。

    不動産を相続する前に整理しておきたい論点は「不動産を相続する前に確認したいこと」、賃貸物件を引き継いだ後の手続は「親から賃貸経営を引き継ぐときの実務」、使わない土地を手放す制度は「相続土地国庫帰属制度で土地を手放す」で解説しています。制度改正全体の点検の考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」をご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続登記は令和6年4月1日から義務化され、取得を知った日から3年以内の申請が必要です。施行日前の相続で未登記のものは令和9年3月31日までが目安です。
    • 住所等変更登記は令和8年4月1日から義務化され、変更から2年以内の申請が必要です。施行日前の変更は令和10年3月末までに登記が必要です。
    • 正当な理由なく怠ると、相続登記は10万円以下、住所等変更登記は5万円以下の過料の対象になります。
    • 相続人申告登記やスマート変更登記を使えば、負担を抑えて義務を果たせます。ただし相続人申告登記では名義は確定しません。
    • まず名義の棚卸しを行い、遺産分割・所有形態の検討とあわせて期限までの計画を立てることが大切です。

    よくある質問

    Q. 亡くなった親の名義のままの土地が何年も前からあります。今からでも過料になりますか?

    令和6年4月1日より前に開始した相続も義務の対象で、令和9年3月31日までの申請が目安とされています。過料は、登記官からの催告を経ても正当な理由なく申請しない場合に、裁判所が判断するものです。まずは期限までに相続登記、または相続人申告登記を行うことを検討してください。

    Q. 遺産分割の話し合いがまとまりません。どうすればよいですか?

    相続人申告登記を使えば、相続人の一人が単独で、相続登記の申請義務を果たすことができます。ただし名義は確定しないため、売却などはできません。また、その後に遺産分割が成立したときは、成立の日から3年以内に分割内容に沿った登記を申請する必要があります。

    Q. 引越しをしたのに、所有するマンションの登記の住所を変えていません。

    令和8年4月1日より前の住所変更も義務の対象で、令和10年3月末までに変更登記をする必要があります。あわせて検索用情報を申し出ておけば、その後の住所変更はスマート変更登記により法務局が職権で反映し、義務違反に問われることはなくなるとされています。

    Q. 会社名義の不動産も住所変更登記の義務がありますか?

    あります。ただし、不動産の登記に会社法人等番号が登記されていれば、本店移転などの商業登記の内容をもとに、法務局が職権で変更登記を行う仕組みとされています。番号が登記されていない場合は申請が必要なため、保有不動産の登記事項証明書で確認しておくとよいでしょう。

    Q. 相続登記の費用はどのくらいかかりますか?

    主な費用は登録免許税で、相続による土地の所有権移転は不動産の価額(原則として固定資産課税台帳の価格)の1,000分の4です。ほかに戸籍謄本等の取得費用や、専門家に依頼する場合の報酬がかかります。一定の免税措置もありますが、適用期限や要件があるため、最新の情報を確認してください。

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    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.52-53、P.67
  • 表明保証と売主の責任|会社を売った後に損害賠償を求められないための契約と準備

    表明保証と売主の責任|会社を売った後に損害賠償を求められないための契約と準備

    会社を売却して代金を受け取った後に、買い手から「聞いていなかった未払残業代が見つかった」「過去の申告について追徴課税を受けた」として、損害の補償を求められる——。こうした売却後のトラブルの多くは、株式譲渡契約の表明保証と補償の条項をめぐって起こります。

    結論から言えば、売主が売却後の請求リスクを抑えるために大切なのは、①会社の実情を買い手に正確に開示すること、②表明保証の範囲と、責任の上限・期間・対象を契約で明確に区切ること、③それでも残るリスクに備えて受取額の使い方を考えておくことの3つです。この記事では、表明保証と補償の仕組み、売主として確認したい条項、表明保証保険、そして補償をめぐる税務上の論点までを整理します。

    表明保証とは

    表明保証とは、契約の一方の当事者が、相手方に対して、ある時点において一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証するものです。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、このように説明されています。

    会社の売却(株式譲渡)では、主に売主が買い手に対して、たとえば次のようなことを表明保証します。

    • 売主が株式を適法に保有しており、株式に担保などの負担がないこと
    • 開示した決算書が適正に作成されていること
    • 開示した債務以外に、簿外の債務や未払いの賃金がないこと
    • 税金の申告と納付を適正に行ってきたこと
    • 重要な契約や許認可に問題がないこと、訴訟がないこと

    そして、表明保証した内容が事実と違っていたことで買い手に損害が生じた場合に、売主がその損害を補う約束が補償条項です。買い手は売却前の調査(デュー・ディリジェンス、DD)で会社を調べますが、限られた時間ですべてを調べ尽くすことはできません。調べきれなかったリスクを売主に負担してもらうための仕組みが、表明保証と補償だといえます。

    売主が表明保証する主な事項と、責任につながりやすい論点

    表明保証の対象は多岐にわたりますが、中小企業の売却で売主の責任につながりやすい論点を、AEGISでは次のように整理しています。

    区分表明保証の主な内容売主の責任につながりやすい論点
    売主・株式株式の保有、株主構成、潜在株式がないこと名義株、株券発行会社なのに株券が発行されていない、過去の株式移動の記録の不備
    財務決算書の適正性、簿外債務がないこと引当金の未計上、保証債務、リース・未払金の漏れ
    税務申告・納付の適正性役員給与・交際費等の処理、消費税、源泉所得税、将来の税務調査での追徴
    労務法令の遵守、未払賃金がないこと未払残業代、みなし残業の運用、社会保険の加入漏れ
    契約・許認可重要な契約・許認可の有効性株主が変わると解除できる条項、許認可の要件違反
    法令・紛争法令違反・訴訟がないことクレームや紛争の予兆、行政からの指導
    情報開示開示資料が真実かつ正確であること開示漏れ、口頭説明と資料の食い違い

    ※一般的な整理です。実際の対象と表現は、取引ごとに契約で定めます。

    中でも労務は、売却後に問題が見つかりやすい分野だといわれます。未払残業代のように、金額が大きくなりやすく、過去にさかのぼって請求されうる債務は、売主にとって大きなリスクになります。

    責任の範囲を決める条項

    表明保証の違反があった場合に、売主がどこまで責任を負うかは、契約の定め方で大きく変わります。売主として確認したい主な条項は次のとおりです。

    補償の期間

    補償を請求できる期間を定める条項です。期間が長いほど、売主は長く不安を抱えることになります。実務では、すべての事項を同じ期間にするのではなく、事項の性質によって期間を分ける例があります。たとえば、株式の帰属のように取引の根幹に関わる事項は長め、一般的な事項は短め、税務については更正の期間を意識して定める、といった形です。期間の定めがないと、いつまで責任を負うのかが不明確になるため、必ず明記してもらうことが大切です。

    補償の上限(キャップ)

    補償額の上限を定める条項です。買い手は譲渡代金の全額を上限にしたいと考えがちですが、売主は代金から税金や手数料を差し引いた後の金額しか手元に残りません。上限は、譲渡代金の一定割合や一定額など、交渉で決まります。

    補償の下限(フロア)

    少額の損害についてまで補償を請求されないよう、一定額に満たない損害は対象外とする条項です。1件あたりの損害額が一定額に満たなければ免責する方式や、損害の合計が一定額を超えた場合に補償する方式などがあります。

    「知る限り」「重要な点において」という限定

    表明保証に「売主の知る限り」という限定を付けると、売主が知らなかった事実については責任を負わない形になります。また「重要な点において」という限定を付けると、軽微な不一致は違反にならない形になります。こうした限定をどこまで入れられるかは、売主の責任の重さを左右します。

    開示した事項の例外

    DDの過程で買い手に開示した事項や、契約の別紙に列挙した事項を、表明保証の対象から除く定め方があります。リスクを「隠す」のではなく「開示して例外にする」ことが、売主にとって最も確実な防御になります。

    代金の一部の留保

    補償の支払いを確実にするため、譲渡代金の一部を一定期間、金融機関などに預ける(エスクロー)、あるいは代金の一部を後払いにする、といった方法がとられることもあります。売主にとっては、代金の一部をすぐに使えないことになるため、対象とする損害と期間を限定するよう交渉することが考えられます。

    中小M&Aガイドラインの考え方

    中小M&Aガイドライン(第3版)では、DDや表明保証をめぐり当事者間でトラブルに発展しうるリスクとその対応策を解説し、仲介者・FAに求める対応が追記されました。売主の立場から押さえておきたいのは、次のような考え方です。

    • 表明保証の内容は、DDの結果を踏まえて検討されるべきものであること
    • DDを経ずに、定型的に期間や上限のない表明保証を設けることには慎重であるべきこと
    • 期間や責任の上限が設定されていない場合や、適用場面が明確でない場合には、売主が過大な責任を負い争いにつながるおそれがあることを、仲介者・FAが説明すべきとされていること

    DDは買い手のための調査と思われがちですが、十分なDDが行われないと、その分だけ表明保証で売主が負うリスクが重くなるという関係にあります。DDに協力し、指摘された事項を価格や契約条件の中で整理しておくことは、売主自身を守ることにもつながります。

    表明保証保険とは

    表明保証保険は、売主が一定の事項を真実・正確であると表明保証していたにもかかわらず違反があった場合に、それによる損害を填補する保険です。ガイドラインの用語集でも、このように説明されています。

    保険を利用すると、表明保証違反による損害を保険で補う形になり、売主が直接補償を負担する範囲を小さくできる場合があります。売主にとっては売却後の不安を和らげ、買い手にとっては売主の支払能力に左右されずに補償を受けられるという意味があります。一方で、保険料の負担をどちらが持つか、どのような事項が補償の対象外となるか、売主の故意による違反をどう扱うかなどは、保険契約ごとに定められます。利用を検討する場合は、保険の補償範囲と株式譲渡契約の条項がかみ合っているかを、専門家と確認することが大切です。

    補償を受け取った・支払った場合の税務上の論点

    表明保証違反によって売主が買い手にお金を支払った場合、その性質によって税務上の扱いが変わりうる点にも注意が必要です。

    専門書籍では、買い手が受け取る金額が譲渡対価の調整として扱われる場合には、買い手側では株式の取得価額の減額となり、損害賠償として扱われる場合には、買い手側で収益が計上されるという整理が示されています。また、補償金が売主から買い手ではなく、売却された会社に支払われる場合には、その会社で収益が計上されるとされています。

    個人の売主の側では、売却時に株式の譲渡所得として申告分離課税(所得税15%・住民税5%、別途復興特別所得税)で課税を受けた後に、代金の一部を返すことになります。所得税には、申告した税額が多すぎた場合に法定申告期限から原則5年以内に減額を求める「更正の請求」の仕組みがありますが、補償の支払いを理由に過去の譲渡所得を減額できるかどうかは、その支払いの性質や契約の定め方によって判断が分かれうるとされています。

    このため、補償条項を設ける段階で、支払いを「譲渡価額の調整」として定めるのか、支払先を誰にするのかを、税務の観点からも確認しておくことが望まれます。具体的な取扱いは事案ごとに異なるため、税理士に確認してください。

    売主が今からできる準備

    表明保証の責任を軽くする最善の方法は、契約交渉の技術よりも、売却前に会社の実情を整え、説明できる状態にしておくことです。

    • 労務の点検:勤怠と賃金計算の運用、みなし残業の設計、社会保険の加入状況を確認し、問題があれば売却前に是正する
    • 税務の点検:過去の申告で判断が分かれそうな処理を洗い出し、必要に応じて修正しておく
    • 株式と契約の整理:株主名簿、株券の発行状況、過去の株式移動の記録、重要な契約の条項を確認する
    • 開示の姿勢:気になる事項は早めに開示し、価格や契約条件の中で手当てする

    売却前に整えたい会計・契約・組織の具体的な内容は関連記事「M&Aの前に整えたい会計・契約・組織」で、買い手がどのような視点で調査するかは「会社を買う前に確認したいリスク」で解説しています。

    AEGISの視点

    会社の売却では、譲渡価格に注目が集まります。しかしAEGISは、売主にとっての本当の受取額は「譲渡代金 −(税金・手数料)− 売却後に返す可能性のある金額」だと考えています。表明保証と補償の条項は、この最後の項目の大きさと期間を決めるものです。

    たとえば、補償の期間中は、受け取った代金の一部を返す可能性が残ります。その期間に、受取額のほとんどを不動産の購入や家族への贈与に充ててしまうと、万が一の請求に応じられなくなるおそれがあります。売却後の資産設計を考えるときは、補償の上限と期間を踏まえて、一定の資金を流動性の高い形で手元に置いておくといった配慮が必要です。売却後の資産の守り方は関連記事「会社売却後の資産をどう守り、どう使うか」で解説しています。

    また、表明保証は売主の責任を定めるものですが、売主の経営者保証の解除のように、買い手に果たしてもらうべき約束もあります。契約交渉は、売主と買い手の双方が負う義務を一つの契約の中でバランスさせる作業です。支援機関の選び方を含めた売却の進め方は「M&A仲介を使う前に確認したいこと」で、売却準備の全体像は「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    売却に伴う税務や、売却後に残る資産の構造に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 表明保証は、売主が会社や株式について一定の事項が真実かつ正確であると表明し保証するもので、違反による買い手の損害を補う約束が補償条項です。
    • 売主の責任の大きさは、補償の期間、上限、下限、「知る限り」などの限定、開示事項の例外、代金の留保の定め方で大きく変わります。
    • 中小M&Aガイドライン(第3版)では、DDを経ずに期間や上限のない表明保証を定型的に設けることには慎重であるべきとされています。
    • 表明保証保険を利用すると、売主が直接負う補償の範囲を小さくできる場合がありますが、補償範囲と契約条項の整合を確認する必要があります。
    • 補償の支払いは、その性質によって税務上の扱いが異なりうるため、契約段階で税務の観点からも確認することが大切です。

    具体的な条項の内容や税務上の取扱いは、取引の内容や当事者の状況などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 表明保証は、売主が必ず応じなければならないものですか?

    株式譲渡契約では、売主の表明保証はほぼ必ず求められます。ただし、その範囲、期間、上限、限定の付け方は交渉で決まります。応じるかどうかではなく、「どこまで、どの条件で応じるか」を、DDの結果を踏まえて調整するものと考えるのが現実的です。

    Q. 補償の期間や上限には、決まった相場がありますか?

    法律で決まった基準はなく、取引の規模や会社の状況、DDの範囲によって交渉で決まります。事項の性質ごとに期間を分けたり、上限を譲渡代金の一定割合としたりする例があります。期間や上限の定めがない契約は売主の負担が過大になるおそれがあるため、必ず定めを置くよう求めましょう。

    Q. DDで買い手が見落とした問題も、売主が責任を負うのですか?

    契約の定め方によります。表明保証の対象となる事項について事実と違っていれば、買い手が見落としていたかどうかにかかわらず、補償を求められる可能性があります。売主の側から問題を開示し、表明保証の例外として契約に記載しておくことが、最も確実な備えになります。

    Q. 表明保証保険は、売主と買い手のどちらが加入するものですか?

    取引によって異なり、保険料の負担も交渉で決まります。中小M&Aガイドライン(第3版)の用語集でも、売主用と買主用の表明保証保険があると説明されており、購入にあたっては一般にDDの結果をまとめた報告書などを保険会社に提出し、引受審査を受ける必要があるとされています。いずれの場合も、保険で補われる範囲と、売主が直接負う責任の範囲を契約上はっきりさせておくことが大切です。

    Q. 補償金を支払った場合、売却時に納めた税金は戻りますか?

    支払いの性質や契約の定め方によって扱いが異なりうるため、一律には言えません。譲渡価額の調整として整理できるかどうかが論点になりますが、更正の請求が認められない可能性も指摘されています。補償条項を設ける段階で、税理士に確認しておくことをおすすめします。

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    • M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、P.275-285
    • 『企業買収の実務プロセス』木俣貴光 著、中央経済社、2010年、P.249-253、P.261-267
    • 『新版 サクサクわかる!M&Aの税務』佐藤信祐 著、清文社、2024年、P.44-45
  • 個人事業を第三者に譲る方法|譲渡する資産・契約・のれんの税金と、譲った後の手続き

    個人事業を第三者に譲る方法|譲渡する資産・契約・のれんの税金と、譲った後の手続き

    長年営んできた店や事務所を、身内ではない第三者に引き継いでもらう。後継者のいない個人事業主にとって、これは廃業に代わる現実的な選択肢です。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、個人事業主は事業を譲り渡す側に含まれるものとして扱われています。

    ただし、個人事業には会社の「株式」がありません。会社であれば株式を売ることで事業をまるごと渡せますが、個人事業では設備、在庫、契約、顧客との関係、従業員、屋号といった事業の構成要素を一つひとつ相手に移すことになります。そのため、何を譲るかの整理、契約や許認可の引継ぎ、譲渡代金の税金、譲った後の廃業手続きまでを、あらかじめ見通しておくことが大切です。

    この記事では、個人事業を第三者に譲るときの全体像を、引き継ぐもの・税金・手続きの順に整理します。

    個人事業の譲渡とは

    個人事業の譲渡は、事業主個人が、事業に使っている資産や契約上の立場などをまとめて相手に売る取引です。会社が事業を売る「事業譲渡」と似ていますが、売り手が個人であり、代金も事業主個人が受け取る点が異なります。

    会社の売却では株式譲渡が選ばれることが多く、その場合は会社と従業員・取引先との関係は原則としてそのまま続きます。株式譲渡と事業譲渡の違いは関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で解説していますが、個人事業の譲渡では選択肢が事業の譲渡に限られるため、「何を、どの条件で移すか」を個別に決める作業が中心になります。

    譲り受ける側は、同業の個人事業主、近隣で事業を広げたい会社、独立を目指す従業員などさまざまです。譲り受け側が会社であれば、個人事業を会社が引き継ぐ形になります。

    何を譲るのか:譲渡対象を整理する

    最初に、事業を構成するものを洗い出し、譲るもの・残すもの・相手と別に契約するものに分けます。AEGISでは、次のような一覧で整理することをおすすめしています。

    区分具体例移し方・確認したいこと
    設備・備品内装、厨房機器、機械、車両、パソコン時価の目安を確認し、個別に譲渡価額を決める
    在庫商品、材料譲渡日時点で棚卸しを行い、価額を確定する
    不動産自己所有の店舗・事務所・土地売却するか、所有したまま貸すかを選ぶ
    賃借物件テナントとして借りている店舗貸主の承諾、契約の結び直し、敷金の扱い
    取引契約仕入先、販売先、外注先との契約相手方の同意を得て契約上の地位を移す、または結び直す
    顧客との関係顧客名簿、会員、予約個人情報の取扱いに注意し、引継ぎの方法を決める
    従業員雇用している従業員本人の同意を得て新しい雇用主と契約する
    屋号・ブランド店名、ロゴ、ウェブサイト、電話番号使用を認めるか、商標登録の有無、債務との関係
    許認可飲食店営業、各種の登録・許可多くは譲り受け側が新たに取得する必要がある
    のれん立地、顧客基盤、ノウハウ、信用個別資産の合計を超える対価として評価する

    ここで大切なのは、「残すもの」も意識的に決めることです。たとえば、店舗の土地建物を自分で所有している場合、建物ごと売る方法のほかに、所有したまま譲り受け側に貸し、賃料収入を得る方法もあります。売掛金や借入金は、譲渡の対象に含めず、事業主が自分で回収・返済する形をとることも多くあります。どこまでを譲渡対象にするかは、相手と個別に決めます。

    契約・許認可・従業員を引き継ぐときの注意

    個人事業の譲渡では、契約関係が自動的には移りません。相手方の協力が必要になる場面が多いため、スケジュールに余裕を持たせることが大切です。

    賃貸借契約

    テナントとして借りている店舗を譲り受け側が使い続ける場合、借主の立場を移すには原則として貸主の承諾が必要です(民法612条1項)。貸主によっては、新しい借主と契約を結び直し、敷金を一度返還して改めて差し入れてもらう扱いを求めることもあれば、敷金をそのまま引き継ぐ扱いを認めることもあります。どちらになるかで譲渡代金の計算も変わるため、早めに貸主の意向を確認しておきましょう。

    取引先・顧客

    仕入先や販売先との契約は、相手方の同意を得て契約上の地位を移すか、譲り受け側と新たに契約を結んでもらう必要があります。顧客名簿などのデータは譲渡の対象にできても、顧客が引き続き利用してくれるかどうかは別問題です。特に、事業主個人の技術や人柄に顧客がついている業種では、一定期間、前の事業主が一緒に顧客に紹介したり、業務を手伝ったりする引継期間を設けることが、事業価値を保つうえで重要になります。

    許認可

    事業に必要な許可や登録の多くは、事業主個人に与えられたものです。事業を譲っても許認可が自動的に移るとは限らず、譲り受け側が改めて申請する必要がある場合が多くあります。取得までに時間がかかる許認可がある業種では、譲渡日を許認可の取得時期に合わせて決める必要があります。業種ごとの扱いは、所管の行政機関で確認してください。

    従業員

    従業員の雇用契約を譲り受け側に移すには、従業員一人ひとりの同意が必要です。勤務条件が変わる可能性もあるため、譲渡の方針が固まった段階で、丁寧に説明する場を設けることが望まれます。

    屋号

    店名などの屋号を譲り受け側が引き続き使う場合、商法の規定により、前の事業主の事業上の債務について譲り受け側も責任を負うことがあるとされています(商法17条1項。譲り受け側が会社の場合は会社法24条2項・22条)。譲渡後遅滞なく、譲り受け側が債務を引き受けない旨を登記するか、両者から債権者にその旨を通知した場合には、この責任は生じないとされています(商法17条2項)。そのため、屋号を引き継ぐかどうか、引き継ぐ場合に債務をどう扱うかは、譲り受け側にとっても重要な確認事項です。

    譲渡代金の税金:資産ごとに所得の種類が変わる

    個人事業の譲渡で受け取る代金は、まとめて一つの所得になるのではなく、譲った資産の種類ごとに所得の区分が変わります。主な区分は次のとおりです。

    譲った資産所得の区分ポイント
    商品・材料などの在庫(棚卸資産)事業所得通常の売上と同じく事業所得になる
    機械・備品・車両などの事業用資産譲渡所得(総合課税)一部の少額の減価償却資産などは事業所得になる
    土地・建物譲渡所得(分離課税)他の所得と分けて税額を計算する
    のれん(営業権)譲渡所得(総合課税)とされることが多いが、事業所得・雑所得とされる場合もある権利としての実体があるかどうかが問われる

    国税庁によれば、譲渡所得の対象となる資産には土地、借地権、建物、機械器具などが含まれ、事業者の棚卸資産の譲渡は事業所得または雑所得となります。土地・建物等は分離課税、それ以外の資産は総合課税とされています。

    総合課税の譲渡所得は、譲渡価額から取得費と譲渡費用を差し引き、さらに特別控除(その年の短期・長期の譲渡益の合計に対して50万円)を差し引いて計算します。所有期間が5年を超える資産の譲渡(長期譲渡所得)は、その2分の1が課税の対象となり、他の所得と合算して税額を計算します。

    のれんの扱いは個別に確認が必要

    のれん(営業権)の対価は、一般には総合課税の譲渡所得として扱われることが多いとされています(国税庁の質疑応答事例でも、新聞販売権の譲渡に伴う代償金を営業権の譲渡対価として譲渡所得の収入金額とする取扱いが示されています)。ただし、事業主個人の技能や顧客との信頼関係に強く依存する事業では、譲り渡せる「資産」としての営業権が存在するとは言えないとして、譲渡所得ではなく雑所得と判断された裁決例もあります。士業の業務を承継させた際の対価について、こうした判断が示された例が知られています。国税庁の個別通達でも、税理士が業務を廃止して得意先を他の税理士に引き継いだ対価は、得意先のあっせんの対価として雑所得として取り扱うこととされています(昭和42年7月27日付)。

    のれんの対価がどの所得になるかで、税負担は大きく変わります。のれんとして受け取る金額の根拠(何に対する対価なのか)を契約書で明確にし、引継期間の業務の対価と区別しておくことが大切です。具体的な扱いは事案ごとに異なるため、顧問税理士と事前に確認することをおすすめします。

    消費税

    消費税の課税事業者が事業用の資産を売却した場合、その売却は消費税の課税対象になります。設備やのれんの譲渡には原則として消費税がかかり、土地の譲渡は非課税です。そのため、譲渡代金を資産ごとに区分しておくことは、消費税の計算のうえでも欠かせません。

    譲った後の手続き

    事業を譲った後は、事業主として次のような手続きが必要になります。

    • 個人事業の廃業等届出書:事業を廃止した場合、その年分の確定申告期限までに、納税地の税務署に提出します(所得税法229条、国税庁 タックスアンサーNo.2090)。
    • 消費税・青色申告に関する届出:消費税の課税事業者であった場合や、青色申告をしていた場合は、関連する届出の要否を確認します。
    • 最後の確定申告:廃業した年は、事業所得と、事業用資産の譲渡による譲渡所得などをあわせて申告します。廃業後に生じる費用の扱いにも注意が必要です。
    • 従業員・社会保険・各種契約の整理:雇用保険・社会保険の手続き、電話・リース・保険などの契約の解約や名義変更を行います。

    譲渡代金の受取りと廃業の時期が年をまたぐ場合などは、どの年の所得になるかも確認しておきましょう。

    実務上注意したいポイント

    • 譲渡代金の内訳を契約書で明確にする:設備、在庫、のれん、引継期間の業務の対価などを区分しておくと、所得区分や消費税の判断が明確になり、後の説明もしやすくなります。
    • 帳簿と資産の一覧を整える:設備の取得時期・取得価額・減価償却の状況が分からないと、譲渡所得の計算も買い手の判断も難しくなります。
    • 引継期間の条件を決める:前の事業主が残る期間、役割、報酬、競業を避ける範囲と期間を、契約で合意しておきます。
    • 相談先を早めに確保する:国が設置する事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的な相談窓口や、M&Aの支援機関、税理士を組み合わせて相談すると、相手探しと税務・契約の確認を並行して進められます。

    AEGISの視点

    個人事業の譲渡は、会社の売却に比べて規模が小さく、手続きも簡単だと思われがちです。しかしAEGISは、個人事業の譲渡こそ「事業」と「事業主個人の財産・生活」が切り離されていないことを前提に設計すべき取引だと考えています。

    個人事業では、店舗の不動産、事業用の預金、事業の借入れ、家族の働き方が、事業主個人の財産や暮らしと一体になっています。どの資産を譲り、どれを残すかは、譲渡代金の額だけでなく、引退後の収入や、残る不動産を将来どう承継するかという相続の論点とも直結します。たとえば店舗を売らずに貸す選択は、毎年の賃料収入をもたらす一方で、不動産の管理と承継を引き受けることを意味します。

    また、事業の価値の多くが事業主個人に結びついている場合、価値を引き継いでもらうには時間が必要です。後継者となる親族がいる場合には個人版事業承継税制という選択肢もあります(関連記事「個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ」)。第三者への譲渡と親族への承継、さらに廃業を、早い段階で並べて比べておくことが、最も納得のいく判断につながるとAEGISは考えています。万が一に備えた遺言の準備については関連記事「個人事業主が遺言で備えること」、会社売却の準備の全体像は「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    事業用資産の譲渡や、残す不動産の税務・承継に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 個人事業には株式がないため、第三者に譲る場合は、設備・在庫・契約・顧客との関係・従業員・屋号などを個別に移す「事業の譲渡」になります。
    • 賃貸借契約や取引契約は相手方の承諾・同意が必要で、許認可は譲り受け側が新たに取得する必要がある場合が多くあります。
    • 譲渡代金は、在庫は事業所得、事業用資産は総合課税の譲渡所得、土地・建物は分離課税の譲渡所得というように、資産ごとに所得区分が変わります。
    • のれん(営業権)の対価は、事業の実態によって所得区分の判断が分かれることがあるため、契約で対価の内容を明確にし、事前に確認することが大切です。
    • 事業を廃止した場合は、その年分の確定申告期限までに廃業等届出書を提出し、関連する届出と最後の確定申告を行います。

    具体的な税務上の取扱いや手続きは、事業の内容や譲渡の条件などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 個人事業でもM&Aの支援を受けられますか?

    受けられます。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、個人事業主は事業を譲り渡す側に含まれています。小規模な事業の場合は、公的な相談窓口である事業承継・引継ぎ支援センターや、インターネット上のマッチングの場を利用する方法もあります。手数料や支援の範囲は事前に確認しましょう。

    Q. のれん代として受け取った金額には、どのくらい税金がかかりますか?

    総合課税の譲渡所得とされる場合、特別控除(年間50万円)を差し引いた後、所有期間が5年を超えるものは2分の1が課税対象となり、他の所得と合算して累進税率で計算します。ただし、事業主個人への依存度が高い事業では、雑所得と判断された例もあります。税額は他の所得の状況によっても変わるため、個別に試算することが大切です。

    Q. 店舗の建物と土地は売らなければいけませんか?

    必ずしも売る必要はありません。所有したまま譲り受け側に貸す方法もあります。売却すれば一度にまとまった資金を得られ、貸せば賃料収入が続く一方で、管理や将来の相続の論点が残ります。引退後の生活資金と、不動産を誰に引き継ぐかを合わせて検討しましょう。

    Q. 事業を譲った後、廃業の届出はいつまでに出せばよいですか?

    国税庁の案内では、個人事業の廃業等届出書は、事業の廃止等の事実があった日の属する年分の確定申告期限までに、納税地の税務署に提出することとされています。消費税や青色申告に関する届出が必要になる場合もあるため、あわせて確認しましょう。

    Q. 屋号をそのまま使ってもらっても問題はありませんか?

    屋号を引き継ぐことはできますが、譲り受け側が屋号を続けて使う場合、商法の規定により前の事業主の事業上の債務について責任を負うことがあるとされています(商法17条。債務を引き受けない旨の登記や債権者への通知をすれば責任は生じません)。譲り受け側との間で債務の扱いを明確にし、必要な手続きを専門家と確認しておくことが大切です。

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    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け次世代へ引き継ぐ準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • M&A:事業の売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.14-24
    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、P.192-199
    • 『M&A・組織再編成の税務詳解Q&A』佐藤信祐・松村有紀子・後藤柾哉 著、中央経済社、2020年、Q14-2

  • 会社分割で事業を切り分けて引き継ぐ|分社型・分割型の違い、手続、適格要件と課税、分割後の株価まで

    会社分割で事業を切り分けて引き継ぐ|分社型・分割型の違い、手続、適格要件と課税、分割後の株価まで

    会社分割とは、会社が営む事業に関する権利義務の全部または一部を、他の会社(既存の会社または新しく設立する会社)に包括的に引き継がせる、会社法上の手続です。

    複数の事業を持つ会社では、「この事業は長男に、あの事業は次男に」「本業は買い手に譲り、不動産は家族に残す」といった形で、事業を切り分けて引き継ぎたいという場面があります。会社分割は、こうした切り分けを、契約や従業員を個別に移し替えることなく行える点に特徴があります。

    結論からいえば、会社分割は「グループ内での切り分け」や「親族への承継」では税制適格になりやすく、「切り分けた後に第三者へ売る」場面では非適格になりやすいという性質があります。どの順番で、どの形の分割を使うかによって、税負担も株価も大きく変わります。この記事では、その判断の材料を整理します。

    会社分割の4つの形

    会社分割は、受け皿となる会社が既存か新設か、分割の対価となる株式を誰が持つかによって、次の4つに分けられます。

    • 吸収分割/新設分割:事業を既存の会社に引き継がせるのが吸収分割、分割により新しく設立する会社に引き継がせるのが新設分割です(会社法2条29号・30号)。
    • 分社型分割/分割型分割:対価の株式を分割した会社自身が持つのが分社型分割(子会社をつくる形)、対価の株式を分割した会社の株主に交付するのが分割型分割(兄弟会社をつくる形)です(法人税法2条12号の9・12号の10)。
    形分割後の関係主な使い道
    新設分社型分割元の会社の下に100%子会社ができる持株会社化、事業ごとの子会社化、子会社株式の売却
    新設分割型分割同じ株主が持つ兄弟会社ができる事業ごとに別々の後継者へ承継、不動産と事業の分離
    吸収分社型分割既存の会社へ事業を移し、その株式を元の会社が持つグループ内の事業の付け替え
    吸収分割型分割既存の会社へ事業を移し、その株式を株主が持つ兄弟会社間の事業の付け替え

    会社法上の手続

    会社分割の手続は、合併とほぼ同じ骨格を持っています。

    1. 分割契約の締結(吸収分割)または分割計画の作成(新設分割)
    2. 株主総会の特別決議による承認(会社法783条1項、804条1項、309条2項12号)。ただし、移す資産の帳簿価額が分割する会社の総資産額の5分の1以下の場合など、株主総会を省略できる簡易分割の定めがあります(会社法784条2項、805条)。
    3. 事前開示・事後開示
    4. 債権者保護手続:官報公告と知れている債権者への個別催告を行い、異議を述べる機会を与えます(会社法789条、799条、810条)。分社型分割では、分割後も分割した会社に請求できる債権者は対象外とされるため、債務を移さない場合などには手続が不要になることがあります。分割型分割では原則として必要です。
    5. 労働契約の承継手続:「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」に基づき、対象となる労働者への通知などを行います(同法2条)。会社分割では、個々の労働者の同意がなくても労働契約が承継されるため、その代わりに通知や異議申出の手続が定められています。
    6. 登記

    なお、分割する会社が、引き継がれない債務の債権者を害することを知って分割した場合、その債権者は承継した会社に対して債務の履行を請求できるとする規定もあります(会社法759条4項ほか)。財務状態の悪い会社で「良い事業だけを移す」ような分割には、法的な制約がある点に注意が必要です。

    税制適格要件と課税

    適格分割になれば簿価で移る

    法人税法上、会社分割は原則として資産・負債を時価で移転したものとして扱い、分割した会社で含み損益が課税されます(法人税法62条1項)。ただし、税制適格要件を満たす「適格分割」であれば、帳簿価額で移転したものとして扱われ、その時点では課税されません。

    適格要件は、分割前後の資本関係によって3つの類型があります(法人税法2条12号の11、法人税法施行令4条の3)。

    類型主な要件
    完全支配関係(100%)のある会社間対価として株式以外の資産を交付しないこと、分割型分割では株式を持株割合に応じて交付すること、分割後も完全支配関係が続く見込みであること
    支配関係(50%超)のある会社間上記に加え、分割事業の主要な資産・負債の移転、分割事業の従業者のおおむね80%以上の引継ぎ、分割事業の継続の見込み
    共同で事業を行うための分割上記に加え、事業関連性、事業規模または特定役員の引継ぎ、株式の継続保有などの要件

    オーナーの株主構成で判定する場合、オーナー個人と親族の持分を合わせて完全支配関係・支配関係を判断します。

    「分割後に売る」と非適格になりやすい

    適格要件には「分割後も関係が続く見込み」が含まれます。そのため、分割した直後に、切り出した会社の株式を第三者に売却することが予定されている場合は、完全支配関係や支配関係の継続が見込まれず、非適格分割になりやすくなります。非適格分割では、分割した会社で移転資産の含み益に課税され、分割型分割の場合には株主にみなし配当が生じることもあります(法人税法24条1項2号)。

    M&Aで一部の事業だけを渡す場合は、「切り出した会社を売る」のか「残した会社を売る」のか、あるいは分割ではなく事業譲渡にするのかで、税負担が大きく変わります。株式譲渡と事業譲渡の比較は、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で解説しています。

    流通税

    不動産を移す分割では、登録免許税がかかります。不動産取得税については、分割事業の主要な資産・負債の移転、事業の継続、従業者のおおむね80%以上の引継ぎなどの要件を満たす分割による取得は非課税とされています(地方税法73条の7第2号、同法施行令37条の14)。要件を満たさない場合は課税されるため、不動産の多い会社では事前の確認が欠かせません。

    許認可・契約の引継ぎ

    会社分割は包括承継のため、取引先との契約や雇用契約は原則として承継会社に引き継がれます。ただし、契約に「会社分割などの組織再編があれば相手方が解除できる」といった条項(いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項など)がある場合は、相手方との調整が必要です。

    許認可は、業法ごとに扱いが異なります。

    • 分割により当然に承継されるもの
    • 事前に行政庁の認可などを受けることで承継できるもの(たとえば建設業法17条の2は、分割により建設業の全部を承継させる場合の事前認可の制度を定めています)
    • 承継できず、新たな取得が必要なもの

    許認可が承継できない事業を切り出すと、新しい会社で許認可を取り直すまで事業ができないことがあります。どの事業を「移す側」にし、どの事業を「残す側」にするかは、許認可の扱いから逆算して決めることが現実的です。

    分割後の株価への影響

    会社分割の後は、元の会社と新しい会社の株式をそれぞれ評価することになります。相続税・贈与税の評価では、次の点に注意が必要です。

    • 新設会社は開業後3年未満の会社として、原則として純資産価額方式で評価されます(財産評価基本通達189(4))。
    • 不動産だけを残した会社は、総資産に占める土地等の割合が高くなり、土地保有特定会社に該当する可能性があります(同通達189(3))。
    • 分社型分割で子会社株式を持つことになった会社は、総資産に占める株式等の割合によって株式等保有特定会社に該当する可能性があります(同通達189(2))。

    分割は株価を「下げる」ための手段ではなく、事業ごとの価値を「見えるようにする」手続だと考えた方が、判断を誤りにくくなります。

    実務上注意したいポイント

    • 分割の目的と、分割後の株主構成を先に決める:誰がどの会社の株式を持つのかが決まらないと、分社型か分割型かも決まりません。
    • スケジュールに余裕を持つ:債権者保護手続には1か月以上の異議申述期間が必要です。官報掲載や労働者への通知の期限から逆算します。
    • 不動産の扱いを決める:会社分割で事業と不動産を分ける場合、分割後に事業会社が不動産会社から借りる条件(賃料・期間)も同時に決めておきます。会社売却前のオーナー個人所有の不動産の整理は「会社売却の前に整理したいオーナー個人所有の事業用不動産」も参考になります。

    • 金融機関・取引先への説明:借入れや保証をどちらの会社に残すかは、債権者保護手続とあわせて金融機関と調整が必要です。

    AEGISの視点

    会社分割は、事業を「切る」手続であると同時に、家族や関係者との関係を「分ける」手続でもあります。

    AEGISは、会社分割を検討するとき、税制適格になるかどうかより先に、「分けた後のそれぞれの会社が、単独で続いていけるか」を確かめることが大切だと考えています。不動産だけを持つ会社は安定しているように見えても、修繕や借入れの返済を誰が担うのかが曖昧なままでは続きません。事業だけを持つ会社は、賃料負担が増えて利益が圧迫されることもあります。

    また、兄弟それぞれに会社を渡す分割型分割は、相続のときの公平性の議論を先取りするものでもあります。分割の前に、各社の価値と将来の見通しを家族で共有しておくことが、後の争いを防ぐ一番の準備になります。売却を視野に入れるなら、いつから何を準備すべきかの全体像は親記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で、グループ全体の整理の順番は「グループ会社を合併や株式交換で整理する」で解説しています。

    会社分割と承継・評価の論点は、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 会社分割は、事業に関する権利義務を包括的に他の会社へ引き継がせる手続で、分社型・分割型、吸収・新設の組合せで4つの形があります。
    • 手続には、株主総会の特別決議、債権者保護手続、労働契約の承継手続、登記などが必要です。
    • 適格分割なら簿価で移転しますが、分割後に第三者へ売却する予定があると、関係継続の見込みがなく非適格になりやすくなります。
    • 許認可は業法ごとに承継の可否が異なり、どちらの会社に事業を残すかの判断材料になります。
    • 分割後は各社の評価区分(開業後3年未満、土地保有特定会社、株式等保有特定会社)が変わり得ます。具体的な適否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 会社分割と事業譲渡は何が違いますか?

    会社分割は権利義務を包括的に引き継ぐため、契約や雇用を個別に移し替える必要が原則としてありません。事業譲渡は個々の資産・契約を選んで移すため、取引先や従業員の個別の同意が必要になります。一方、事業譲渡は簿外債務を引き継ぎにくいという面があり、目的によって使い分けます。

    Q. 兄弟それぞれに別の事業を承継させるには、どの分割を使いますか?

    一般的には新設分割型分割で兄弟会社をつくり、その後、各会社の株式をそれぞれの後継者に移す方法が検討されます。分割の時点で株主が持株割合に応じて株式を受け取り、その後の贈与や売買で整理します。分割後の株式の移転の予定が適格要件に影響することがあるため、順番の設計が重要です。

    Q. 分割で切り出した会社の株式を売却するとどうなりますか?

    分割後に支配関係が続かない見込みとなるため、非適格分割となる可能性が高くなります。その場合、分割した会社で移転資産の含み益に課税されます。売却を予定している場合は、事業譲渡や、残す側の会社を売る設計なども含めて比較します。

    Q. 会社分割で従業員を移すには、本人の同意が必要ですか?

    会社分割では、分割契約・分割計画に定めた労働契約は、原則として本人の同意なく承継会社に引き継がれます。その代わり、労働契約承継法に基づく通知や、一定の場合の異議申出の手続が定められています。

    Q. 会社分割の手続には、どのくらいの期間がかかりますか?

    債権者保護手続には1か月以上の異議申述期間が必要で、準備や官報掲載の期間を含めると数か月を見込むのが一般的です。許認可の承継に行政庁の手続が必要な場合は、さらに期間を要することがあります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理までを検討します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『これだけ!組織再編&事業承継税制(第3版)』佐藤信祐・長谷川太郎 著、中央経済社、2022年、第1編第2章(P.75-112)
    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第1部第5章(P.59-73)
  • 管理不全空家に指定されると何が変わるか|特定空家との違い、指導・勧告の流れと固定資産税への影響、遠方の空き家の管理

    管理不全空家に指定されると何が変わるか|特定空家との違い、指導・勧告の流れと固定資産税への影響、遠方の空き家の管理

    空き家を放置したときの不利益は、「倒壊しそうな危険な空き家」だけの話ではなくなりました。令和5年の空家法の改正(令和5年12月13日施行)で、そのまま放置すれば危険な状態になるおそれがある空き家を「管理不全空家等」として、市区町村が指導・勧告できる仕組みが加わったためです。

    結論を先に言えば、管理不全空家として勧告を受けると、その敷地は固定資産税の住宅用地特例の対象から外れます。住宅が建っていることで軽減されていた土地の税負担が、軽減のない状態に戻るということです。

    この記事では、管理不全空家と特定空家の違い、行政の措置の流れ、固定資産税への影響を整理したうえで、実家などが遠方にある場合に、どのように管理の体制を整えればよいかを考えます。相続した実家を「売る・貸す・残す」のどれにするかという判断は、関連記事「相続した実家が空き家になったときの選択肢」で扱っています。

    空家法の改正で何が加わったのか

    国土交通省の資料によると、空き家の数は1998年の182万戸から2018年には349万戸へと増え、2030年には470万戸に達すると見込まれています。こうした状況を受け、「空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律」(令和5年法律第50号)が令和5年6月14日に公布され、同年12月13日に施行されました。

    改正は、大きく三つの方向で対策を強めています。

    • 活用の拡大:空家等活用促進区域の制度、空家等管理活用支援法人の指定
    • 管理の確保:管理不全空家等に対する指導・勧告、勧告による住宅用地特例の解除
    • 特定空家等の除却等:緊急時の代執行、略式代執行の費用の強制徴収、財産管理人の選任請求

    あわせて、所有者の責務として、従来の「適切な管理に努める」ことに加え、国や自治体の施策に協力するよう努めることが定められました。

    管理不全空家と特定空家はどう違うのか

    空き家に対する行政の措置は、空き家の状態に応じて二段階に分かれています。

    区分どのような状態か行政の主な措置住宅用地特例
    管理不全空家等適切な管理が行われておらず、そのまま放置すれば特定空家等に該当するおそれがある指導 → 勧告勧告を受けると対象外
    特定空家等倒壊等の保安上の危険、衛生上の有害、景観の著しい阻害、生活環境の保全上不適切のいずれかの状態助言・指導 → 勧告 → 命令 → 代執行勧告を受けると対象外

    ※AEGISが国土交通省の資料・専門書籍をもとに整理したものです。

    特定空家等は、すでに周囲に危険や害を及ぼすおそれが大きい状態です。これに対して管理不全空家等は、「このままでは特定空家等になってしまう」段階を捉えるものです。改正前は、状態がかなり悪化してからでなければ税制上の不利益につながりませんでしたが、改正後は、その手前の段階でも勧告と特例の解除があり得るようになりました。

    国土交通省は「管理不全空家等及び特定空家等に対する措置に関する適切な実施を図るために必要な指針(ガイドライン)」を定め、判断の参考となる基準を示しています。たとえば、屋根や外壁などの多くの部位が損傷している場合には、そのまま放置すれば周辺に被害が及ぶおそれが予見される、といった考え方です。実際の判断は、建物と敷地の状況を見て市区町村が個別に行います。

    行政の措置はどのように進むのか

    管理不全空家等:指導から勧告へ

    管理不全空家等に対しては、市区町村長が、国の定める管理の指針に沿って、所有者に必要な措置をとるよう指導します。指導をしても状態が改善されず、そのまま放置すれば特定空家等に該当することとなるおそれが大きいと認めるときに、勧告が行われます。

    ガイドラインでは、勧告に際して、敷地が固定資産税等の住宅用地特例の対象から除外されることを所有者に示すこととされています。つまり、勧告は「税負担が変わる」ことを伴う重い措置です。

    特定空家等:命令・代執行まで

    特定空家等になると、助言・指導、勧告に続いて、命令、そして市区町村が所有者に代わって除却などを行う代執行へと進む可能性があります。改正により、緊急に除却等が必要な場合には、命令などの事前の手続を経ずに代執行ができる制度も設けられました。なお、特定空家等に対する命令に違反した場合は、50万円以下の過料の対象になります(空家法30条1項)。代執行に要した費用は所有者の負担であり、所有者が分からないまま行う略式代執行の場合も、国税の滞納処分の例により強制的に徴収できるようになっています。

    相続放棄された空き家や所有者不明の空き家

    相続放棄された空き家や所有者が分からない空き家については、市区町村長が裁判所に財産管理人の選任を請求できるようになりました。相続人の誰もが関わらない空き家も、最終的には何らかの形で管理や処分の対象になるということです。相続した土地を国に引き取ってもらう制度については、関連記事「相続土地国庫帰属制度で土地を手放すには」で整理しています。

    固定資産税への影響:住宅用地特例が外れる

    住宅が建っている土地(住宅用地)には、固定資産税の課税標準を軽減する特例があります。総務省の資料によると、住宅1戸あたり200㎡以下の部分(小規模住宅用地)は評価額の6分の1、200㎡を超える部分(一般住宅用地)は3分の1が課税標準の基準になります(地方税法349条の3の2)。都市計画税にも同様の特例があり、小規模住宅用地は3分の1、一般住宅用地は3分の2とされています(同法702条の3)。

    管理不全空家等や特定空家等として勧告を受けた空き家の敷地は、この特例の対象から外れます(地方税法349条の3の2第1項。空家法13条2項・22条2項の勧告が対象)。軽減がなくなるため、土地にかかる固定資産税の負担が大きく増える可能性があります。実際にどの程度増えるかは、土地の評価額や負担調整の状況によって異なるため、納税通知書の課税明細などで確認する必要があります。

    固定資産税は、毎年1月1日(賦課期日。地方税法359条)時点の状況をもとに課税されます。専門書籍でも、特定空家等について、勧告を受けて賦課期日までに必要な措置が講じられない場合に特例の対象から除外される旨が説明されています。勧告を受けた場合は、いつまでに、何をすれば状態が改善したと認められるのかを、市区町村に早めに確認することが大切です。ガイドラインでは、状態が改善され管理不全空家等でなくなったと認められた場合には、勧告を撤回する扱いが示されています。

    遠方の空き家をどう管理するか

    管理不全空家と判断されないためには、結局のところ、定期的に状態を確認し、傷みを早めに手当てする体制があるかどうかが分かれ目になります。ところが、相続した実家が遠方にある場合、所有者自身が頻繁に通うのは現実的ではありません。

    管理の方法は、大きく次の三つに分けて考えると整理しやすくなります。

    管理の方法向いている場合注意したいこと
    所有者・家族が通う比較的近い、帰省の機会が多い訪問の頻度が落ちやすい。点検項目を決めておく
    近隣の親族・知人に依頼実家の近くに信頼できる人がいる依頼の範囲と謝礼、緊急時の連絡方法を明確に
    管理サービス等に委託遠方で通えない、建物が大きい委託する作業の範囲、報告の方法、費用

    ※AEGISによる整理です。複数の方法を組み合わせることも考えられます。

    どの方法をとる場合でも、次の点は決めておきたいところです。

    • 点検の頻度と項目:通風・換気、雨漏り、屋根や外壁の傷み、窓や扉の施錠、庭木や雑草、郵便物の滞留など。国土交通省も所有者向けに空き家管理のチェックリストを公表しています
    • 連絡先の明示:近隣の方や市区町村から連絡を受けられる窓口を決めておく。所有者と連絡がつかないこと自体が、状態の悪化につながりやすいためです
    • 費用の負担と記録:共有で相続した場合は、誰がどの費用を負担するかを決め、支出と点検の記録を残す
    • 保険と設備:火災保険が空き家の状態でも有効か、電気・水道を止めるか残すか

    管理には毎年の費用と手間がかかります。固定資産税、保険料、点検や草木の手入れの費用を一覧にしてみると、「残す」ことの実際のコストが見えてきます。その金額を前提に、活用や売却と比べることが、空き家の問題を先送りしないための出発点です。

    実務上注意したいポイント

    • 登記と連絡先を整える:相続登記がされていないと、市区町村からの通知が相続人に届きにくくなります。相続登記・住所変更登記の義務化への対応は、関連記事「相続登記と住所等変更登記の義務化への対応」で解説しています。

    • 指導の段階で動く:指導は勧告の前段階です。指導を受けた時点で、修繕・清掃・活用・売却などの方針を決めれば、勧告による特例の解除を避けられる可能性があります。

    • 建物を壊せば解決するとは限らない:取り壊すと住宅用地ではなくなるため、住宅用地特例は適用されなくなります。解体費用と、その後の土地の使い道をあわせて考える必要があります。
    • 売却の特例の期限も確認する:相続した空き家の売却には期限付きの特例があり、管理を続けるうちに期限を過ぎることがあります。

    AEGISの視点

    空き家の問題は、しばしば「気持ちの整理がつくまで、とりあえず残しておく」という判断から始まります。その判断自体は自然なものです。ただ、今回の改正で、「とりあえず」の期間にも管理の責任と税負担のリスクがあることがはっきりしました。

    AEGISは、空き家を「判断を保留している資産」ではなく、「管理の方針を決めて保有している資産」に変えることが大切だと考えています。誰が、どの頻度で、いくらの費用をかけて管理するのか。その費用を、活用や売却によって得られる収入・手取りと比べたとき、残す理由は何か。こうした問いを家族で共有できれば、空き家は「困りごと」から「選べる資産」になります。

    空き家は、相続人の間で共有になっていることも多く、管理の負担が特定の一人に偏ると、家族関係の問題にも発展しかねません。管理の体制を決めることは、承継の設計の一部でもあります。制度の変化を自分の資産の点検につなげる考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも整理しています。

    不動産の保有と承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 令和5年の空家法改正で、放置すれば特定空家等になるおそれのある「管理不全空家等」が新設されました。
    • 管理不全空家等には指導・勧告が、特定空家等には命令・代執行まで含む措置が行われます。
    • いずれも勧告を受けると、敷地が固定資産税の住宅用地特例(小規模住宅用地6分の1、一般住宅用地3分の1)の対象から外れます。
    • 遠方の空き家は、点検の頻度・項目、連絡先、費用の負担を決めた管理の体制づくりが鍵になります。
    • 管理にかかる費用を見える化し、活用や売却と比べることで、空き家を「保留」から「選択」に変えられます。

    よくある質問

    Q. 管理不全空家に指定されると、すぐに固定資産税が上がるのですか?

    指導の段階では住宅用地特例は外れません。指導をしても改善されず、勧告を受けた場合に、敷地が特例の対象から外れます。固定資産税は1月1日時点の状況で課税されるため、勧告を受けた時期と改善の時期によって、どの年度から影響が出るかが変わります。具体的には市区町村に確認してください。

    Q. 特定空家と管理不全空家は、何が違うのですか?

    特定空家等は、倒壊等の危険や衛生上の有害など、すでに周囲への悪影響が大きい状態の空き家です。管理不全空家等は、そのまま放置すれば特定空家等になるおそれがある、その手前の段階の空き家です。特定空家等には命令や代執行まで行われる可能性がある点も異なります。

    Q. 勧告を受けた後に修繕すれば、特例は元に戻りますか?

    国土交通省のガイドラインでは、状態が改善され管理不全空家等でなくなったと認められた場合に、勧告を撤回する扱いが示されています。撤回後の課税の扱いは賦課期日との関係で決まるため、改善の内容と時期を市区町村と相談しながら進めることが大切です。

    Q. 遠方に住んでいて、実家の管理に通えません。どうすればよいですか?

    近隣の親族や知人に依頼する、管理サービスに委託するなどの方法があります。どの方法でも、点検の頻度と項目、緊急時の連絡先、費用の負担を決めておくことが重要です。あわせて、管理の費用を前提に、活用や売却も含めて保有の方針を見直すことをおすすめします。

    Q. 空き家を取り壊せば、管理の問題はなくなりますか?

    建物の管理の負担はなくなりますが、取り壊した土地は住宅用地ではなくなるため、住宅用地特例は適用されなくなります。解体費用もかかります。取り壊す場合は、その後に土地をどう使うか、売却するかまで含めて検討する必要があります。

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    • 不動産管理と実行管理:賃料・空室・修繕・返済・会計・税務をつなげて、保有する不動産の管理を支援します。
    • 不動産の最適活用:立地・建物・周辺の需要・投資の負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用といった選択肢を比較して検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 2 主な地方税(P.68)
  • 親族内承継・従業員承継・M&Aの比較|自社に合う承継方法を選ぶための判断基準

    親族内承継・従業員承継・M&Aの比較|自社に合う承継方法を選ぶための判断基準

    事業承継の方法は、大きく親族内承継、従業員承継、社外への引継ぎ(M&A)の3つに分けられます。

    「子どもが継がないなら会社を売るしかない」「従業員に継がせたいが、株式を買い取るお金がない」——承継方法を考えるとき、多くのオーナーはこうした二者択一の発想に陥りがちです。しかし実際には、それぞれの方法に異なる強みと課題があり、組み合わせて設計できる余地もあります。

    結論から言えば、承継方法は「誰が会社を率いるか(経営)」と「誰が会社を持つか(所有)」を分けて考えたうえで、自社の状況に合う組み合わせを選ぶことが大切です。この記事では、3つの方法の特徴を比較し、選ぶための判断基準を整理します。

    3つの承継方法とは

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、事業承継の類型を次の3つに整理しています。

    承継方法引き継ぐ相手主な特徴
    親族内承継現経営者の子をはじめとした親族関係者に受け入れられやすく、早期に後継者を決めれば準備期間を長く取れる。相続や贈与により、所有と経営を一体で引き継ぎやすい
    従業員承継親族以外の役員・従業員能力のある人材を見極めて承継でき、社内で長く働いてきた人であれば経営方針の一貫性を保ちやすい
    社外への引継ぎ(M&A)株式譲渡や事業譲渡などにより社外の第三者親族や社内に適任者がいなくても広く候補を求められ、現経営者は売却による対価を得られる

    ガイドラインでは、かつては親族内承継が中心だったものの、近年は親族内承継の割合が減り、従業員承継やM&Aの割合が増える傾向にあることも示されています。ガイドラインが紹介する2015年の中小企業庁の調査では、在任期間の長い経営者層では9割以上が親族内承継だったのに対し、直近5年間では親族内承継の割合が約35%まで減少し、親族外承継が65%以上に達したとされています。親族に後継者がいることは、もはや前提ではなくなりつつあります。

    5つの観点で比較する

    3つの方法の違いを、オーナーの意思決定に関わる5つの観点で比較します。

    観点親族内承継従業員承継M&A
    後継者の確保候補が限られる。本人の意思と適性が前提候補は社内に限られる。経営者としての経験は別途必要候補を社外に広く求められる。相手が見つかるかは会社の魅力次第
    株式の移転と資金贈与や相続で移すことが多く、納税資金が論点後継者が株式を買い取る資金の調達が最大の課題になりやすい買い手が対価を支払う。オーナーは売却代金を得る
    家族への影響後継者以外の家族との公平性、遺留分が論点親族株主の理解が必要家族に残る財産は株式から金融資産に変わる
    経営者保証後継者が保証を引き継ぐことへの抵抗が課題になり得る保証を引き継ぐ負担が、後継者の決断を左右しやすい買い手の信用力などにより解除や移行が交渉される
    経営の継続性理念や関係者との関係を引き継ぎやすい方針の一貫性を保ちやすい経営方針が変わる可能性がある。従業員の処遇などを交渉で確認

    この表から分かるのは、どの方法にも「乗り越えるべき課題」があり、その課題の種類が異なるということです。親族内承継では家族と税金、従業員承継では資金と保証、M&Aでは相手探しと会社の磨き上げが、それぞれ中心的な論点になります。

    承継方法を選ぶための判断基準

    自社に合う方法を考えるときは、次の問いを順に確認していくと整理しやすくなります。

    1. 承継の目的は何か

    会社を家業として一族で継いでいきたいのか、事業と従業員の雇用が続くことを最優先にしたいのか、オーナー自身や家族の資産を確保したいのか。目的によって、適した方法は変わります。

    2. 経営を担える人は誰か

    親族に意思と適性のある人がいるか、社内に経営を任せられる役員・従業員がいるか。いない場合や、育成に時間が足りない場合は、社外への引継ぎが現実的な選択肢になります。後継者が決まっていない段階でもできる準備はあります(関連記事:後継者が決まる前にできる準備)。

    3. 株式を誰が持つか

    経営を担う人と株式を持つ人は、必ずしも同じでなくてもかまいません。たとえば、経営は従業員出身の後継者に任せ、株式は当面オーナー家が持ち続けるという形もあり得ます。ただしその場合は、経営者と株主の役割分担や、将来の株式の行き先を決めておく必要があります(関連記事:事業承継で経営権と株式をどう設計するか)。

    4. 株式の移転に必要な資金を誰が、どう用意するか

    親族内承継なら贈与税・相続税の納税資金、従業員承継なら後継者の買取資金が論点です。従業員承継では、後継者が出資する会社を設立し、金融機関の融資や投資ファンドの出資を組み合わせて株式を取得する方法(いわゆるMBO)が検討されることもあります。この場合、投資ファンドが株主となるため、経営の自由度や将来の株式の買戻しについて事前に確認しておく必要があります。

    5. どれだけの時間が残されているか

    後継者の育成には年単位の時間がかかります。M&Aでも、会社の価値を高め、相手を探し、条件を交渉するには十分な時間的余裕が必要とされています。残された時間は、選べる方法の幅を左右します。

    M&Aを選ぶ場合に知っておきたいこと

    社外への引継ぎを検討する場合、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)が参考になります。このガイドラインは、後継者不在の中小企業が第三者に事業を引き継ぐことを念頭に、経営者向けと支援機関向けの内容で構成されています。

    ガイドラインでは、中小M&Aの一般的な流れとして、意思決定、仲介者・FA(ファイナンシャル・アドバイザー)の選定、企業価値の評価(バリュエーション)、相手探し(マッチング)、交渉、基本合意、デューデリジェンス(買い手による調査)、最終契約、クロージング、M&A後の取組みといった段階が示されています。

    また、仲介者やFAの手数料の考え方、経営者保証を買い手側にどう引き継ぐか、あるいは解除するかといった、売り手の経営者が事前に理解しておきたい論点も整理されています。M&Aは一度進めると後戻りが難しい手続きであるため、支援機関に依頼する前に、こうした全体像を把握しておくことが望まれます。

    売却を視野に入れた準備をいつから、何から始めるかについては、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    • 一つの方法に早く決めすぎない:親族への承継を前提に準備しつつ、社外への引継ぎの可能性も残しておくなど、複数の選択肢を並行して検討する期間があってもかまいません。
    • 会社の「磨き上げ」はどの方法でも役立つ:業務の属人性を減らし、財務を整え、会社と個人の資産の境界を明確にすることは、親族・従業員・第三者のいずれに引き継ぐ場合でも、承継のしやすさを高めます。
    • 経営者保証を早めに確認する:保証の扱いは、どの方法でも後継者や買い手の判断に影響します。借入れと保証の状況を早い段階で整理しておきます。
    • 家族の理解を先に得る:M&Aや従業員承継を選ぶ場合でも、株式を持つ家族や、将来の相続人の理解は欠かせません。

    AEGISの視点

    承継方法の比較は、「誰に継がせるか」という問いとして語られることが多いテーマです。しかしAEGISは、承継方法の選択を「経営・所有・財産を、それぞれ誰に、どの形で引き継ぐかの組み合わせを選ぶこと」と捉えています。

    経営は社内の後継者に、株式は家族に、会社が使う不動産は資産管理の主体に——というように、引き継ぐものを分けて考えると、3つの方法の間にも多くの中間形が見えてきます。また、M&Aによって株式が売却代金という金融資産に変わる場合、その資産を家族の将来や社会への還元にどう活かすかという、新しい問いが始まります。

    どの方法を選ぶにしても、大切なのは、オーナー自身が「事業を通じて何を残したいのか」を言葉にし、それに照らして方法を選ぶことです。税金や価格は重要な判断材料ですが、それだけで方法を決めると、事業や家族にとって大切なものを見落とすことがあるとAEGISは考えています。

    事業承継をどこから始めればよいか、全体像は関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    承継に関わる株式評価や資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 事業承継の方法は、親族内承継、従業員承継、社外への引継ぎ(M&A)の3つに大きく分けられます。
    • 近年は親族内承継の割合が減り、従業員承継やM&Aが増える傾向にあります。
    • 親族内承継は家族と税金、従業員承継は資金と保証、M&Aは相手探しと会社の磨き上げが、それぞれ中心的な課題になります。
    • 承継の目的、経営を担える人、株式を持つ人、資金、残された時間の5つの問いで整理すると、自社に合う方法が見えやすくなります。
    • 経営と所有を分けて考えると、3つの方法の中間的な組み合わせも選択肢になります。
    • 具体的な方法の選択は、会社と家族の個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 親族に後継者候補がいる場合は、親族内承継を選ぶべきですか?

    必ずしもそうとは限りません。候補者本人の意思と適性、会社の将来性、家族の意向などを確認したうえで判断することが大切です。親族内承継を前提にしつつも、他の方法と比較しておくことで、より納得感のある選択ができます。

    Q. 従業員に継がせたいのですが、株式を買い取る資金がないと言われました。どうすればよいですか?

    後継者が出資する会社を通じて、金融機関の融資や投資ファンドの出資を組み合わせて株式を取得する方法などが検討されます。また、経営は従業員に任せ、株式は当面オーナー家が持ち続けるという形も考えられます。いずれも、会社の収益力や将来の株式の行き先を含めた設計が必要です。

    Q. M&Aで会社を売ると、従業員はどうなりますか?

    雇用の継続や処遇は、買い手との交渉で決まる事項です。売り手のオーナーとしては、従業員の雇用や処遇について希望する条件を早い段階で整理し、交渉の中で確認していくことが重要です。

    Q. M&Aを検討するなら、まず何をすればよいですか?

    中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」で手続きの全体像と、仲介者・FAの手数料や経営者保証などの論点を把握しておくことが第一歩になります。そのうえで、自社の強みや課題、会社と個人の資産の関係を整理しておくと、支援機関との相談が具体的になります。

    Q. 承継方法は途中で変更できますか?

    準備の段階であれば、状況の変化に応じて見直すことは可能です。ただし、後継者の育成や株式の移転、M&Aの交渉などは、進むほど後戻りが難しくなります。方針を変える可能性がある場合は、早めに関係者と共有しておくことが望まれます。

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