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  • 持株会社(ホールディングス)をつくる目的|承継・株価・グループ経営への影響と、つくる前に確認したいこと

    持株会社(ホールディングス)をつくる目的|承継・株価・グループ経営への影響と、つくる前に確認したいこと

    持株会社(ホールディングス)とは、他の会社の株式を保有し、その会社を支配・管理することを主な役割とする会社です。中小企業でも、事業承継の準備として「ホールディングス化」が提案されることが増えています。

    結論からいえば、持株会社は「株主を一本化する」「グループの経営と所有を分けて整理する」「後継者への承継の器を用意する」といった目的があってはじめて効果を発揮する仕組みです。株価が下がるかどうかだけで判断すると、つくった後に評価が思ったように下がらない、維持コストが増える、組織が複雑になる、といったことが起こり得ます。

    この記事では、持株会社をつくる目的を整理したうえで、つくり方ごとの手続と課税、自社株の評価への影響、後継者の取得資金への影響を順に見ていきます。

    持株会社をつくる目的を整理する

    持株会社の目的は、大きく次の4つに分けられます。どれを主な目的にするかで、つくり方も、その後の運営も変わります。

    目的期待すること確認したいこと
    1. 株主の一本化事業会社の株主を持株会社1社にまとめ、意思決定を安定させる持株会社自体の株主構成をどう設計するか
    2. グループ経営の整理複数の事業会社を兄弟会社として並べ、管理・資金配分を一元化する管理コストと、各社の独立性のバランス
    3. 承継の器後継者が持株会社の株式を持つ形で、グループ全体を承継する後継者が持株会社の株式を取得する方法と資金
    4. 資産と事業の分離不動産や余剰資金を持株会社側に置き、事業会社を身軽にする移転時の課税、各社の株価への影響

    「株価対策になると聞いた」という理由だけで設立を急ぐ前に、まずこの表のどれに当てはまるのか、目的を言葉にしておくことが大切です。不動産を中心とした資産管理会社の設立判断との違いは、関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で解説しています。

    持株会社のつくり方と課税

    持株会社のつくり方には、主に次の4つがあります。

    1. 株式移転(持株会社を新しく設立する)

    株式移転とは、既存の事業会社の株主が持つ株式をすべて新設する会社に移し、その対価として新設会社の株式を受け取る手続です。会社法上、事業会社では株主総会の特別決議による承認が必要です(会社法804条1項、309条2項12号)。

    • 株主(個人)の課税:株式移転により新設会社の株式だけを受け取る場合、所得税法上、旧株の譲渡はなかったものとして扱われ、その時点で譲渡所得課税は生じません(所得税法57条の4第2項)。
    • 会社の課税:完全支配関係や支配関係が継続する見込みであるなど、税制適格要件を満たせば、事業会社の資産を時価評価する必要はありません。
    • 資金:新たな資金は不要ですが、オーナーが持株会社の株式を持つ形になるだけで、オーナーの手元に現金は入りません。

    2. 株式交換(既存の会社を親会社にする)

    すでにある会社(たとえばオーナーの資産管理会社)を親会社とし、事業会社をその100%子会社にする方法です。これも原則として株主総会の特別決議が必要です。親会社が事業会社の株式の3分の2以上を直接保有している場合には、少数株主に金銭を交付しても税制適格要件のうち金銭等不交付要件の対象とならない取扱いがあり、少数株主の整理と組み合わせて使われることもあります。

    3. 株式の買取り(持株会社が株式を買う)

    オーナーが設立した持株会社が、オーナーや他の株主から事業会社株式を買い取る方法です。売り手であるオーナーには株式の譲渡所得が生じ、持株会社は買取資金(多くは金融機関からの借入れ)が必要になります。その代わり、オーナーは現金を受け取ることができ、他の家族への財産の配分や納税資金に充てる余地が生まれます。

    4. 会社分割・現物出資(事業を子会社に出す)

    既存の会社の事業を新しい子会社に分割で移し、元の会社を持株会社にする方法です。事業や従業員、契約を移すため、許認可や債権者保護手続などの確認事項が多くなります。

    自社株の評価への影響

    持株会社をつくると、オーナーや後継者が持つ株式は「事業会社の株式」から「持株会社の株式」に置き換わります。相続税・贈与税の計算では、持株会社の株式を財産評価基本通達に従って評価することになり、ここに思わぬ落とし穴があります。

    株式等保有特定会社

    財産評価基本通達では、会社の総資産(相続税評価額ベース)のうち株式等の価額の合計額の割合が50%以上の会社を「株式等保有特定会社」とし、原則として純資産価額方式(またはS1+S2方式)で評価します(財産評価基本通達189(2)、189-3)。持株会社は資産の大部分が子会社株式であることが多いため、この区分に該当しやすく、事業会社の株式を直接持っていた頃に使えた類似業種比準方式が使えなくなる場合があります。

    開業後3年未満の会社

    新しく設立した持株会社は、開業後3年未満の会社として、原則として純資産価額方式で評価されます(財産評価基本通達189(4)、189-4)。設立直後に相続が起きると、評価が想定より高くなることがあります。

    評価差額に対する法人税額等相当額

    純資産価額方式では、資産の含み益(評価差額)に対する法人税額等に相当する金額として38%を控除できます(財産評価基本通達186-2)。この38%は、令和8年4月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した取引相場のない株式等の評価から適用され、それ以前の取得分は従来の37%です。ただし、株式移転・株式交換などにより著しく低い価額で受け入れた株式については、受入れ時の差額部分をこの控除の対象から外す定めがあります(同通達186-2(2))。株式移転で設立した持株会社では、子会社株式の受入価額の決まり方によって、この定めが影響することがあります。

    株式等保有特定会社の判定や、判定で確認すべきことは、関連記事「土地保有特定会社・株式等保有特定会社とは」で詳しく解説しています。

    後継者の取得資金と、グループ内のお金の流れ

    持株会社が事業会社株式を買い取る方法(つくり方3)は、オーナーの財産を「株式」から「現金」に変え、後継者が持株会社の株式を取得するときの価額を抑える効果が期待される一方、持株会社の借入れが残ります。その返済原資は、事業会社からの配当や経営指導料などになります。

    • 配当:持株会社が100%子会社から受ける配当は、受取配当等の益金不算入の制度により、原則として持株会社で課税されません(法人税法23条1項)。
    • 経営指導料など:持株会社が実際に提供する役務に見合った金額でなければ、税務上問題になり得ます。
    • 返済期間:事業会社の利益水準から見て、無理のない返済計画かを確認します。

    後継者が持株会社の株式を取得する方法(贈与・売買・相続)は、事業会社株式の場合と同じように比較が必要です。後継者に議決権を集める考え方は、関連記事「自社株を後継者に集約する方法」も参考になります。

    つくり方ごとの比較

    比較の観点株式移転株式交換株式の買取り会社分割
    親会社新設既存の会社既存または新設の会社元の会社が親会社になる
    オーナーの手元資金入らない入らない(原則)入る(譲渡所得課税あり)入らない
    親会社の資金負担なしなし(原則)買取資金が必要なし
    主な手続特別決議、登記特別決議、登記株式の譲渡承認など特別決議、債権者保護、労働契約の承継
    評価上の注意開業後3年未満、株式等保有特定会社株式等保有特定会社借入金を含めた純資産、株式等保有特定会社事業を移した子会社の評価区分

    実務上注意したいポイント

    • 持株会社の株主構成を先に決める:持株会社をつくっても、その株主が分散していては目的を果たせません。誰が、どの割合で持株会社の株式を持つのかを先に設計します。
    • 維持コストを見積もる:会社が1社増えれば、決算・申告・登記・役員会の運営などの手間と費用が増えます。
    • 事業承継税制との関係:法人版事業承継税制の利用を検討している場合、持株会社をつくることが要件にどう影響するかを事前に確認する必要があります。
    • 金融機関への説明:既存の借入れの契約や保証の扱いに影響することがあります。
    • 「つくれば下がる」と考えない:評価が下がるかどうかは、子会社の利益・純資産、持株会社の資産構成、設立からの年数によって異なります。

    AEGISの視点

    持株会社は、オーナー企業にとって「承継の器」になり得る仕組みです。しかしAEGISは、持株会社をつくること自体を目的にしないことが大切だと考えています。

    まず問うべきは、「10年後、誰がグループ全体の意思決定を担い、誰がどの財産を引き継いでいるか」です。その姿から逆算して、持株会社が必要か、必要ならどのつくり方が合うかを考えます。たとえば、後継者以外の家族に現金で財産を渡したいなら株式の買取りが候補になり、オーナーの手元資金が不要で株主を一本化したいだけなら株式移転が候補になります。

    また、持株会社は一度つくると簡単には元に戻せません。株価・資金・経営体制・家族への配分という4つの面で、設立前と設立後の姿を並べて比べることが、後悔しない判断につながります。グループの会社が増えすぎた場合の整理の順番は、関連記事「グループ会社を合併や株式交換で整理する」で解説しています。

    持株会社と自社株の評価・承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 持株会社は、株主の一本化、グループ経営の整理、承継の器、資産と事業の分離などの目的があってはじめて効果を発揮します。
    • つくり方には、株式移転・株式交換・株式の買取り・会社分割などがあり、オーナーの手元資金や親会社の資金負担、手続が異なります。
    • 持株会社の株式は、株式等保有特定会社や開業後3年未満の会社として純資産価額方式で評価されることがあり、「つくれば株価が下がる」とは限りません。
    • 買取り方式では、持株会社の借入れの返済原資を事業会社からの配当などで確保する計画が必要です。
    • 具体的な効果や適否は、会社と家族の個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 持株会社をつくると、必ず株価は下がりますか?

    必ず下がるわけではありません。持株会社は株式等保有特定会社に該当しやすく、設立直後は開業後3年未満の会社として純資産価額方式で評価されるのが原則です。子会社の利益や純資産の状況、持株会社の資産構成によって結果は変わるため、設立前に試算することが大切です。

    Q. 株式移転で持株会社をつくると、オーナーに税金はかかりますか?

    株式移転により新設される持株会社の株式だけを受け取る場合は、所得税法の特例により、その時点で譲渡所得の課税は生じません。ただし、金銭などを受け取る場合は扱いが異なるため、対価の内容を確認する必要があります。

    Q. 持株会社と資産管理会社は何が違いますか?

    明確な法律上の区別はありません。一般に、事業会社の株式を持ってグループを統括する会社を持株会社、不動産や金融資産を持って管理する会社を資産管理会社と呼ぶことが多く、1社が両方の役割を担うこともあります。目的によって、評価や運営上の注意点が変わります。

    Q. 持株会社が事業会社の株式を買い取る資金は、どう返済するのですか?

    多くの場合、事業会社からの配当を返済原資にします。100%子会社からの配当は、受取配当等の益金不算入の制度により原則として持株会社では課税されません。返済期間と事業会社の利益水準から、無理のない計画かを確認します。

    Q. 持株会社をつくった後、事業会社を売却することはできますか?

    持株会社が事業会社株式を売却することは可能です。その場合、売却益は持株会社に生じ、オーナー個人が直接売却する場合とは課税関係も手元に残る資金の流れも変わります。将来の売却の可能性があるなら、持株会社をつくる前に比較しておくことが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式の承継まで確認します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『サクサクわかる!株主対策の税務』佐藤信祐 著、清文社、2021年、第16章(P.116-125)、第18章(P.132-137)
    • 『組織再編・資本等取引をめぐる税務の基礎(第6版)』牧口晴一・齋藤孝一 著、中央経済社、2024年、第7編(P.630-645)
    • 『新版〔目的別〕組織再編の最適スキーム 法務・会計・税務』貝沼彩・北山雅一・清水博崇・齊藤修一 著、清文社、2020年、第3章3-3(P.169-171)
  • 資産管理会社の解散・清算を考えるとき|手続の流れ、残余財産とみなし配当、不動産の扱い、休眠との比較

    資産管理会社の解散・清算を考えるとき|手続の流れ、残余財産とみなし配当、不動産の扱い、休眠との比較

    資産管理会社は、つくるときよりも閉じるときのほうが論点が見えにくいものです。保有していた不動産を売り終えた、引き継ぐ家族がいない、会社を維持する手間に見合わなくなった。こうした理由で、会社をたたむことを考える場面があります。

    結論から言えば、資産管理会社を閉じるときは、「会社の財産をどう処分するか」と「株主が何をどの形で受け取るか」を、手続より先に決めておくことが重要です。解散・清算では、会社側で財産の処分に伴う課税が生じ、株主側では受け取った残余財産の一部がみなし配当として配当所得になることがあります。不動産をそのまま株主に分配する場合は、会社が時価で手放したものとして扱われる点にも注意が必要です。

    この記事では、解散・清算の手続の流れ、会社と株主それぞれの税務、不動産の扱い、休眠させる場合との比較を、承継の視点を交えて整理します。

    資産管理会社を閉じる選択肢

    会社を「使わなくなった」ときの選択肢は、解散・清算だけではありません。

    選択肢概要主な検討ポイント
    解散・清算会社を解散し、財産を換価・弁済して残りを株主に分配し、法人格を消滅させる会社側の譲渡益課税、株主側のみなし配当、手続の期間と費用
    休眠事業を止めたまま会社を残す申告や地方税の負担、登記の放置によるみなし解散
    存続して承継株式を次世代に移し、会社を使い続ける株式の評価、議決権の集約、管理の担い手
    他の会社との統合合併などで別の会社にまとめる組織再編の税務、繰越欠損金の扱い

    ※AEGISが比較のために作成した整理です。どの選択肢が適するかは、会社の財産・負債・株主構成によって異なります。

    会社の株式を次世代に引き継いで使い続ける選択肢は、関連記事「資産管理会社の株式と経営権の承継」で扱っています。この記事では、主に解散・清算を中心に見ていきます。

    解散・清算の手続の流れ

    株式会社は、株主総会の特別決議によって解散できます(会社法471条3号・309条2項11号)。解散すると、会社は清算の目的の範囲でのみ存続し、清算人が財産の整理を進めます。一般的な流れ(いわゆる通常清算)は次のとおりです。

    段階主な内容
    1. 解散の決議株主総会で解散と清算人の選任を決議する
    2. 解散・清算人の登記法務局へ解散と清算人選任の登記を申請する(登録免許税は解散3万円、清算人選任9千円)
    3. 財産の調査清算人が財産目録と貸借対照表を作成し、株主総会の承認を受ける
    4. 債権者への公告・催告官報で債権の申出を求める公告をし、知れている債権者には個別に催告する(申出期間は2か月以上)
    5. 換価と弁済不動産などの財産を売却・回収し、債務を弁済する
    6. 残余財産の分配残った財産を株主に分配する
    7. 決算報告・結了登記決算報告を株主総会で承認し、清算結了の登記をする(登録免許税2,000円)

    法務局の記載例でも示されているとおり、債権者の申出期間があるため、清算人の就任から2か月以内に清算が終わることはありません。実際には、不動産の売却や税務申告の時期を含めて、少なくとも数か月の期間を見込んでおくことが現実的です。

    会社に債務が多く、財産で弁済しきれないおそれがある場合は、裁判所の監督の下で行う特別清算などの手続が問題になります。この記事では、資産超過の会社の通常清算を前提にしています。

    会社側の税務:清算中も「通常どおり」課税される

    事業年度が区切られる

    事業年度の途中で解散すると、事業年度開始の日から解散の日までが一つの事業年度となり、その後は清算中の事業年度として申告が続きます。申告期限は、解散の日までの事業年度や清算中の事業年度は原則として事業年度終了の日の翌日から2か月以内ですが、残余財産が確定した日の属する事業年度は、確定の日の翌日から1か月以内(その期間内に残余財産の最後の分配を行う場合は、その前日まで)と短くなります(法人税法14条・74条)。解散の時期によって、申告の回数と時期が変わる点に注意が必要です。

    財産を処分すれば譲渡益に課税される

    平成22年度の税制改正以降、清算中の事業年度の所得も、通常の事業年度と同じように計算します。そのため、清算の過程で不動産を売却すれば、帳簿価額と売却価額との差額(譲渡益)に法人税等がかかります。長く保有した土地など、含み益の大きい財産を持つ資産管理会社では、この負担が清算の判断に大きく影響します。

    なお、財産で債務を弁済しきれない場合には、期限切れとなった欠損金を損金に算入できる特例もあります。適用の可否は財産と債務の状況によって異なります。

    株主側の税務:残余財産の分配とみなし配当

    清算の最後に、株主は残余財産の分配を受けます。個人株主の場合、受け取った金額のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として配当所得になります(所得税法25条1項4号)。残りの部分は、株式の譲渡があったものとして、取得費との差額が譲渡損益として扱われます。

    受け取った残余財産の内訳個人株主での扱い(概要)
    資本金等の額に対応する部分株式の譲渡収入として、取得費との差額を譲渡損益として扱う
    それを超える部分(会社に蓄積された利益など)みなし配当として配当所得

    非上場株式の配当は、原則として総合課税の対象となり、支払時に20.42%(所得税及び復興特別所得税)の源泉徴収が行われます。配当所得は他の所得と合算して税率が決まるため、会社に長年蓄積された利益を一度に受け取ると、その年の個人の所得税負担が大きくなることがあります。高所得のオーナーほど、この影響を事前に試算しておくことが大切です。

    不動産をどう処分するか:売却か、現物で受け取るか

    資産管理会社の財産の中心が不動産である場合、清算の進め方は大きく二つに分かれます。

    進め方会社側株主側向いている場面
    会社が売却して現金で分配売却益に法人税等現金を受け取り、みなし配当等を計算不動産を手放す方針が決まっている
    不動産を株主に現物で分配時価で譲渡したものとして譲渡益に法人税等不動産を時価で受け取ったものとして、みなし配当等を計算家族が不動産を持ち続けたい

    ここで見落とされやすいのが、現物で分配しても会社の課税はなくならないことです。完全支配関係にある内国法人の間であれば、一定の要件のもとで帳簿価額のまま資産を移転できる「適格現物分配」という制度がありますが、分配を受ける者に個人が含まれる場合は対象になりません。個人株主に不動産を分配すると、会社は時価で譲渡したものとして課税され、株主は時価を基にみなし配当等を計算することになります。

    さらに、不動産を個人で受け取ると、所有権移転の登記費用や不動産取得税などの負担も生じ得ます。現物分配を選ぶ場合は、会社での譲渡益課税、個人でのみなし配当、移転の費用を合わせて、売却した場合と比較することが欠かせません。

    不動産を個人と法人のどちらで持つかという比較は、関連記事「個人保有の不動産を法人へ移す前の比較」の視点を逆向きに当てはめると整理しやすくなります。

    休眠させる場合との比較

    解散・清算の手間と税負担を考え、会社を休眠させて残す選択もあります。ただし、休眠は「何もしなくてよい状態」ではありません。

    • 事業を止めても法人は存続するため、税務申告や地方税の取扱いを確認する必要があります
    • 法務省によれば、最後の登記から12年を経過した株式会社は「休眠会社」として整理作業の対象となり、官報公告から2か月以内に登記や届出をしないと、みなし解散の登記がされます
    • みなし解散の後も3年以内であれば、株主総会の特別決議で会社を継続できますが、登記を怠った代表者には100万円以下の過料が科される可能性があります

    休眠は、将来また会社を使う予定がある場合の一時的な選択肢としては考えられます。一方、使う見込みがないまま残すと、管理の負担と、株式の承継という課題が先送りされることになります。

    承継の視点で考えておきたいこと

    資産管理会社を清算すると、オーナーの財産は「会社の株式」から「現金や不動産」へと形を変えます。この変化は、相続の準備にも影響します。

    • 財産の性質が変わる:株式として評価されていた財産が、現金や不動産として個人の財産になります。相続税の評価や遺産の分け方も変わります。
    • 役員退職金の検討:会社を閉じる前に、長年会社の業務を担った役員に退職金を支払うかどうかも論点です。考え方は関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で扱っています。

    • 清算のタイミング:オーナーの相続が近い時期に清算を進めると、手続の途中で相続が起きる可能性もあります。清算に要する期間を見込み、余裕を持って判断することが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 株主名簿と資本金等の額を確認する:みなし配当の計算には、株主ごとの持株数と、会社の資本金等の額が必要です。古い会社ほど、記録の確認に時間がかかります。
    • オーナーとの貸し借りを整理する:オーナーから会社への貸付金や、会社からオーナーへの貸付金は、清算の過程で弁済・回収する必要があります。
    • 賃貸借契約や借地関係を整理する:入居者との契約や、オーナー個人の土地を会社が借りている関係は、解散前に処理の方針を決めておきます。
    • 複数年で試算する:会社の譲渡益課税、個人のみなし配当、翌年以降の個人の不動産所得まで含めて、数年単位で比較します。

    AEGISの視点

    資産管理会社の相談は、設立の段階に集中しがちです。しかしAEGISは、会社をつくるときに「どう閉じるか」まで想定しておくことが、資産管理会社の設計の一部だと考えています。

    会社を閉じる局面では、会社に蓄積された利益が個人に戻り、不動産の所有者が変わり、家族が受け取る財産の形が変わります。これは税金の問題であると同時に、家族の財産をどう引き継ぐかという承継の問題です。清算するか、休眠させるか、株式のまま引き継ぐかは、オーナー個人の財産全体と家族の意向を見たうえで判断したいところです。

    資産管理会社をいつ、どのような軸で検討するかは、Pillar記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で整理しています。

    資産税務や承継に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 資産管理会社を閉じる選択肢には、解散・清算、休眠、存続して承継、他の会社との統合があります。
    • 解散・清算は、解散決議と登記、財産の調査、債権者への公告・催告(2か月以上)、換価と弁済、残余財産の分配、結了登記の順に進みます。
    • 清算中も会社の所得は通常どおり計算され、不動産を売却すれば譲渡益に課税されます。
    • 個人株主が受け取る残余財産のうち、資本金等の額を超える部分はみなし配当として配当所得になります。
    • 不動産を現物で分配しても会社の譲渡益課税はなくならないため、売却する場合と合わせて比較が必要です。
    • 具体的な取扱いは、会社の財産・負債・株主構成など個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 資産管理会社の解散から清算結了まで、どのくらいの期間がかかりますか?

    債権者への公告の期間が2か月以上必要なため、清算人の就任から2か月以内に清算が終わることはありません。不動産の売却や債務の弁済、税務申告の時期によって、少なくとも数か月を見込んでおくことが現実的です。

    Q. 残余財産を受け取ると、必ず税金がかかりますか?

    個人株主の場合、受け取った額のうち資本金等の額を超える部分はみなし配当として配当所得になります。会社に利益が蓄積されていれば、多くの場合に課税が生じます。株式の取得費との関係で譲渡損益も生じるため、事前に試算しておくことをおすすめします。

    Q. 会社の不動産を、売らずに家族が受け取ることはできますか?

    残余財産として不動産を株主に分配することは可能です。ただし、個人株主への分配は会社が時価で譲渡したものとして扱われ、会社に譲渡益課税が生じます。株主側でもみなし配当等の計算が必要で、登記費用や不動産取得税などもかかり得ます。

    Q. 解散せずに休眠させておけば、費用はかかりませんか?

    休眠中も法人は存続するため、税務申告や地方税の取扱いを確認する必要があります。また、最後の登記から12年を経過すると、休眠会社として整理作業の対象となり、みなし解散の登記がされることがあります。

    Q. オーナーが亡くなった後に、相続人が会社を清算することもできますか?

    株式を相続した相続人が株主として解散を決議し、清算を進めることは可能です。ただし、相続税の申告・納税と清算の手続が重なり、判断の時間も限られます。会社をどうするかは、オーナー自身が元気なうちに方針を決めておくことが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式の承継まで確認します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『組織再編税制大全』佐藤信祐 著、清文社(2023年)、第11章「解散及び清算」P.755-768
    • 『現物分配制度の実務詳解―法務・税務・会計上の取扱いと活用法』勝間田学ほか 著、中央経済社(2012年)、第Ⅰ部第4章「清算」P.76-89、第Ⅱ部第2章「現物分配の定義と適格要件」P.100-113
  • 法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断|期限が迫る今、確認したい要件・継続リスク・代替手段

    法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断|期限が迫る今、確認したい要件・継続リスク・代替手段

    法人版事業承継税制(特例措置)は、後継者が自社株式を贈与や相続で取得したときの贈与税・相続税の納税を猶予し、一定の場合に免除する制度です。この特例措置を使うには、令和9年(2027年)9月30日までに「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります(中小企業庁)。

    期限が近づくと、「とりあえず計画だけ出しておくべきか」「そもそも自社は使うべきか」という相談が増えます。結論から言えば、判断の中心は税額の大小だけではありません。「猶予を受けた後も、何年にもわたって制度の要件を守り続ける経営を選ぶか」という問いです。

    この記事では、制度のしくみを確認したうえで、使う場合に引き受けることになる継続要件とリスク、使わない場合の代替手段を比べ、オーナーが判断するための軸を整理します。

    法人版事業承継税制(特例措置)とは

    事業承継税制には、平成21年度に創設された「一般措置」と、平成30年度税制改正で期間を区切って設けられた「特例措置」があります。中小企業庁の説明によると、特例措置には次のような特徴があります。

    • 納税猶予の対象となる株式数の上限が撤廃され、猶予割合が100%に拡大されている
    • 親族外を含むすべての株主から、代表者である後継者(最大3人)への贈与・相続が対象になる
    • 雇用が8割を下回った場合でも、一定の手続(認定経営革新等支援機関の指導など)を経れば猶予が継続できる
    • 経営環境の悪化など事業の継続が困難な一定の事由が生じた場合、5年経過後の売却・廃業時の価額などに基づいて猶予税額を再計算し、差額が免除される仕組みがある

    特例措置の対象は、平成30年1月1日から令和9年12月31日までの贈与・相続等で取得した株式です。特例承継計画の提出期限は、令和8年度税制改正の大綱で1年6月延長され、令和9年9月30日とされています。贈与・相続の期間そのものは延長されていない点に注意が必要です。

    「計画の提出」と「制度の適用」は別の段階

    特例承継計画は、後継者の氏名や承継までの経営の見通しなどを記載し、認定経営革新等支援機関(税理士、金融機関など)の所見を付けて提出する書類です。計画を提出しただけで、贈与や相続の際に必ず制度を使わなければならないわけではありません。一方、計画を提出していなければ、期限後に特例措置を選ぶ余地はなくなります。

    そのため実務では、「使うかどうかはまだ決められないが、選択肢を残すために計画を出す」という判断もあり得ます。ただし、計画の作成には後継者の特定や経営の見通しの整理が必要で、形式だけ整えればよいものではありません。

    制度のしくみ:猶予は「免除」ではない

    制度の大まかな流れは次のとおりです。

    1. 特例承継計画を都道府県に提出する
    2. 先代経営者から後継者へ株式を贈与する(または相続が発生する)
    3. 都道府県の認定を受け、贈与税・相続税の申告とあわせて納税猶予の手続を行う
    4. 認定の有効期間(申告期限の翌日から5年)中は、年1回、都道府県に年次報告書を、税務署に継続届出書を提出する
    5. その後も、税務署に3年に一度、継続届出書を提出する
    6. 先代経営者や後継者の死亡などの一定の事由が生じたときに、猶予税額が免除される

    贈与で制度を使った場合、先代経営者が亡くなると猶予されていた贈与税は免除されますが、その株式は相続で取得したものとみなされて相続税の対象になります。このとき、要件を満たせば相続税の納税猶予に切り替えることができます。

    ここで押さえておきたいのは、猶予は税金がなくなることではなく、「条件付きで支払いを先送りしている状態」だという点です。条件が崩れれば、猶予されていた税額に利子税を加えて納めることになります。

    使う場合に引き受けること:継続要件と猶予が打ち切られる場面

    制度を使うかどうかを考えるときは、適用時の要件よりも、適用後に何ができなくなるかを先に確認することが大切です。

    猶予が打ち切られる主な場面

    租税特別措置法では、次のような場合に猶予期限が確定し、猶予税額の全部または一部を利子税とあわせて納めることになります。範囲は、申告期限の翌日から5年間(認定の有効期間に相当する期間)中か、その経過後かによって異なります。

    • 後継者が代表者でなくなった場合(5年間の期間中に限ります。やむを得ない理由がある場合を除きます)
    • 猶予の対象となった株式を譲渡した場合(5年間の期間中は猶予税額の全部、経過後は一部の譲渡であれば譲渡した部分に対応する額)
    • 会社を解散した場合
    • 資本金や準備金を減少した場合(欠損の填補に充てる場合など一定の場合を除きます)、一定の組織再編(合併による消滅、株式交換等による完全子会社化など)を行った場合
    • 会社が、賃貸不動産・有価証券・現預金などの特定資産の割合が総資産の70%以上の会社(資産保有型会社)、または特定資産からの運用収入が総収入の75%以上の会社(資産運用型会社)に該当した場合(商品の販売などの事業を行い、親族外の従業員が5人以上いて、その事務所や店舗を所有・賃借しているなど、事業実態がある会社は除かれます)

    つまり、制度を使った会社では、将来のM&A、組織再編、資本の組み替え、不動産の持ち方の変更などが、猶予の打ち切りと直結しやすいということです。

    次の世代でも制度を使い続ける前提になる

    猶予が免除される典型的な場面は、後継者が亡くなったときや、後継者が次の後継者に株式を贈与し、その次の後継者も納税猶予を受けるときです。言い換えると、一度制度を使うと、その次の承継でも制度を使い続けることが、猶予税額を確定させない前提になりやすいということです。今の承継だけでなく、次の世代の承継の姿まで想像しておく必要があります。

    手続と管理の負担

    認定の有効期間中の毎年の報告、その後の継続届出、要件を満たしているかの定期的な確認が必要です。担当者の交代や顧問の変更があっても、この管理は途切れさせられません。

    使わない場合の代替手段

    制度を使わない場合でも、自社株式の承継には複数の方法があります。それぞれ、税負担だけでなく、資金や柔軟性の面で性格が異なります。

    方法主なしくみ向いている場面注意したいこと
    暦年課税による贈与年110万円の基礎控除を超える部分に贈与税株価が比較的低く、時間をかけて移せる相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算される(経過措置あり)
    相続時精算課税による贈与特別控除2,500万円と基礎控除110万円を超える部分に一律20%、相続時に贈与時の価額で精算株価の上昇が見込まれ、早めに移したい一度選ぶと暦年課税に戻れない
    売買(後継者が買い取る)売り手に株式の譲渡所得課税後継者に資金調達力がある、他の家族との公平を保ちたい後継者側の資金負担、価格の妥当性
    相続後に会社が株式を買い取る一定の要件のもと、みなし配当課税の特例相続人の納税資金を会社の資金で手当てしたい会社の資金余力、相続税の申告期限の翌日以後3年以内などの要件
    承継制度を使わず相続で承継相続税を通常どおり納付納税資金の準備ができている申告期限(死亡を知った日の翌日から10か月以内)までの資金確保
    株式の一部を財団に寄附(社会貢献を軸にした承継)議決権のない配当優先株式などを財団に寄附し、議決権のある株式は後継者に承継社会に還元したい意思があり、経営権は後継者に集めたい寄附した株式は戻らない。種類株式の手続、みなし譲渡課税など税務の個別確認

    ※税率・控除額・要件は本記事の制度基準日時点の国税庁の説明に基づいています。個別の適用可否は事情により異なります。

    このほか、株価の水準そのものや株主構成を見直す方法(役員退職金の支給時期、資本構成の整理など)を組み合わせることもあります。代替手段の多くは「すぐに税負担が軽くなる」ものではありませんが、承継後の経営判断を縛らないという大きな利点があります。

    社会貢献を軸にした承継という選択肢

    代替手段の一つとして、株式の一部を財団に寄附し、その配当を社会貢献に充てる方法もあります。たとえば、議決権のない配当優先株式(種類株式)を設けてその株式を財団に寄附し、議決権のある株式は後継者に承継する設計です。後継者は会社の意思決定に必要な議決権を確保したまま、承継する株式の範囲を整理でき、会社の利益の一部は配当を通じて助成や奨学として社会に還元されます。

    事業承継税制と比べると、代表者の継続、株式の保有、資産構成といった要件を何年も守り続ける仕組みではないため、将来の売却・再編・資本の組み替えを判断する自由度を保ちやすい点が特徴です。また、自ら財団を設立すると、理事会・評議員会の運営や事務局、会計・報告を一族で担い、後継者にも引き継ぐことになりますが、運営体制をすでに備えた財団の中に基金を設ける形であれば、その負担を後継者に負わせずに済みます。AEGISでは、この考え方を形にする器としてアイジスレガシー財団を設立しています。

    一方で、寄附した株式は家族の手元には戻りません。種類株式の導入には定款変更などの会社法上の手続が必要で、配当を続けられる会社の収益力も前提になります。寄附した個人のみなし譲渡課税とその非課税特例、財団側への課税の有無など、税務上の取扱いは寄附の時期、財団の認定・承認の状況、株式の内容によって異なるため、個別の確認が欠かせません。社会に還元したいという意思があってこそ成り立つ方法であり、税負担の軽減だけを目的に選ぶものではありません。財団の設計の考え方は、関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で整理しています。

    生前贈与と相続の使い分けについては、関連記事「生前贈与と相続をどう使い分けるか」で詳しく整理しています。

    判断のための5つの問い

    「使う・使わない」を考えるときは、次の5つの問いに順に答えていくと、自社の位置が見えやすくなります。

    1. 株式の評価額と、制度を使わない場合の税負担はどの程度か 評価額が大きく、通常の方法では納税資金の手当てが難しい場合ほど、制度の意味は大きくなります。逆に、評価額がそれほど大きくなければ、手続と管理の負担に見合わないこともあります。
    2. 後継者は決まっていて、代表者として長く経営を担う見込みか 後継者の意思や家族の合意が固まっていない段階で制度を前提にすると、後から身動きが取りにくくなります。
    3. 今後10年程度で、会社の売却・再編・資本の組み替えを考える可能性はあるか その可能性が高いほど、制度の縛りは重くなります。
    4. 会社の資産構成は、賃貸不動産や金融資産に偏っていないか、今後偏る予定はないか 不動産の取得や事業の縮小で資産構成が変わると、制度の前提が崩れるおそれがあります。
    5. 次の世代の承継まで、制度を使い続ける体制を想像できるか 孫の世代や社外の後継者への承継も視野に入れて考えます。
    判断の方向当てはまりやすい状況
    制度の活用を前向きに検討評価額が大きい/後継者が確定し長期の経営を担う/売却・再編の予定がない/事業用資産が中心
    慎重に比較・代替手段も検討評価額がそれほど大きくない/後継者が未確定/将来の売却や再編の可能性がある/賃貸不動産や金融資産が多い

    ※上表は考え方の整理のための例示です。実際の判断は、税額試算と会社・家族の個別事情によります。

    実務上注意したいポイント

    • 期限は計画の提出期限と、贈与・相続の期限の二つ:計画は令和9年9月30日まで、贈与・相続は令和9年12月31日までです。計画を出しても、期間内に贈与を実行しなければ特例措置の対象にはなりません。
    • 組織再編や資本の整理は適用前に検討する:持株会社の設立やグループ会社の整理などを考えているなら、制度を適用する前に方針を決めておく必要があります。
    • 他の家族との公平を確認する:株式を後継者に集中させる設計は、遺留分など家族間の調整を伴います。
    • 毎年の税制改正を確認する:延長や要件の見直しが続いている制度です。最新の情報は中小企業庁・国税庁の発表で確認してください。
    • 株式の評価方法の見直しにも注意する:国税庁は2026年4月から有識者会議で取引相場のない株式の評価方法の見直しを検討しています。通達改正の内容や適用時期は本記事の確認時点(2026年10月)では示されていないため、株式の評価額を前提にした判断は今後の改正に注意して見直してください。

    AEGISの視点

    事業承継税制の相談では、「使えば税金がゼロになるなら使うべきではないか」という問いから始まることが少なくありません。しかしAEGISは、この制度を「税負担の先送りと引き換えに、経営と所有の自由度を一定期間預ける仕組み」と捉えています。

    制度に合う会社では、非常に力のある仕組みです。後継者が覚悟を持って長く経営を担い、事業そのものを磨いていく会社であれば、猶予の条件は事業の方向とぶつかりにくいからです。反対に、将来の売却や再編、不動産を活用した事業の組み替えなど、選択肢を広く持っておきたい会社では、制度の縛りが判断の足かせになることがあります。

    大切なのは、税額の試算だけでなく、「10年後、20年後に会社をどうしていたいか」を先に言葉にすることです。そのうえで制度を使う・使わないを決めれば、どちらを選んでも、その理由を後継者や家族に説明できます。期限が迫っているからこそ、「とりあえず計画だけ」という判断であっても、その位置付けを家族と共有しておくことが望まれます。

    事業承継全体の進め方は「事業承継は何から始めるべきか」で、相続対策との一体設計は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、自社株の評価方法は「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

    自社株の評価や承継に伴う資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 法人版事業承継税制(特例措置)を使うには、令和9年9月30日までに特例承継計画を提出する必要があり、対象となる贈与・相続は令和9年12月31日までです。
    • 制度は納税の「猶予」であり、適用後も代表者の継続、株式の保有、資産構成などの条件を守り続ける必要があります。
    • 売却・再編・解散などで猶予が打ち切られることがあり、次の世代でも制度を使い続ける前提になりやすい点が重要です。
    • 暦年贈与、相続時精算課税、売買、相続後の自己株式取得などの代替手段は、税負担は軽くなりにくい一方で、経営判断の自由度を保てます。
    • 社会に還元したい意思があれば、議決権のない株式を財団に寄附し、議決権のある株式を後継者に承継する「社会貢献を軸にした承継」も選択肢になります。
    • 判断の中心は「将来、会社をどうしていたいか」です。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 特例承継計画を提出したら、必ず制度を使わなければなりませんか?

    計画を提出しても、贈与や相続の際に制度の適用を受けるかどうかは改めて選ぶことができます。一方で、期限までに計画を提出していなければ特例措置を選ぶことはできません。ただし計画には後継者や経営の見通しを記載する必要があるため、方針の整理は欠かせません。

    Q. 期限は延長されたと聞きましたが、贈与の期限も延びたのですか?

    令和8年度税制改正の大綱で延長されたのは特例承継計画の提出期限で、令和9年9月30日までとされています。特例措置の対象となる贈与・相続の期間は令和9年12月31日までのままです。今後の改正の有無は、中小企業庁や国税庁の最新情報で確認してください。

    Q. 制度を使った後に会社を売却することはできますか?

    売却そのものは可能ですが、猶予の対象となった株式を譲渡すると、原則として猶予されていた税額と利子税を納めることになります。5年経過後に、経営環境の悪化など事業の継続が困難な一定の事由が生じたうえで親族など特別の関係がある者以外に売却する場合などには、売却価額などに基づいて猶予税額を再計算し差額を免除する仕組みもありますが、将来の売却の可能性があるなら、制度を使う前に慎重に検討しておくことが大切です。

    Q. 親族ではない役員に承継する場合も使えますか?

    特例措置では、親族外の後継者も対象とされています。贈与で適用を受ける場合、後継者は贈与の時に18歳以上で代表権を有し、贈与の直前に役員であることなどが要件です(一般措置では贈与の日まで3年以上役員であることが必要です)。ただし、贈与による承継が前提になるため、オーナー側の財産や他の家族への配分との関係を整理する必要があります。役員・従業員への承継方法全体は、別の記事で比較しています。

    Q. 制度を使わない場合、まず何から考えればよいですか?

    まずは自社株式の評価額と、相続が起きた場合の税負担・納税資金の見通しを確認することです。そのうえで、暦年贈与や相続時精算課税、売買、相続後の自己株式取得などのどれを、どの時期に組み合わせるかを検討します。事業の成果の一部を社会に還元したいという考えがあれば、株式の一部を財団に寄附する方法もあわせて比較します。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比較しながら承継計画を検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『これだけ!組織再編&事業承継税制(第3版)』佐藤信祐・長谷川太郎 著、中央経済社、P.227-243
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.171-276(第3章)
  • 公益信託の新制度と財団の違い|法人をつくらずに社会貢献を続けるという選択肢

    公益信託の新制度と財団の違い|法人をつくらずに社会貢献を続けるという選択肢

    社会貢献のために財産を長く役立てたいと考えたとき、多くの方がまず思い浮かべるのは財団の設立です。しかし令和8年(2026年)4月から、もう一つの選択肢である公益信託が新しい制度に生まれ変わりました。

    結論から言えば、両者の違いは「法人という組織をつくって自ら活動するか」、それとも「信頼できる受託者に財産を託し、定めた目的のために使い続けてもらうか」にあります。財団は活動の自由度が高い一方、組織の運営を担い続ける必要があります。公益信託は組織をつくらずに済む一方、行える活動の範囲や受託者の選び方に制約があります。

    この記事では、新しい公益信託制度で何が変わったのかを確認したうえで、財団との違いと、どちらを選ぶかの判断軸を整理します。

    公益信託とは

    公益信託とは、財産を持つ人(委託者)が、信頼できる人や法人(受託者)に財産を託し、学術の振興や福祉の向上など、不特定かつ多数の者の利益の増進を目的とする事務(公益事務)のために、その財産を管理・活用してもらう仕組みです。

    内閣府の解説資料をもとに整理すると、新しい公益信託の主な特徴は次のとおりです。

    • 設定の方法:委託者と受託者の信託契約、または委託者の遺言によって設定します。
    • 行政庁の認可:行政庁の認可を受けなければ効力が生じません。
    • 信託管理人の必置:特定の受益者がいないため、受託者を監視・監督する「信託管理人」を必ず置きます。
    • 目的の限定:公益事務を行うことのみを目的とします。
    • 委託者に戻らない:委託者が公益信託から利益を受けることはなく、終了時の残余財産が委託者に戻ることもありません。

    つまり公益信託は、法人格を持たない「目的のための財産」を、受託者と信託管理人という二つの役割で守る仕組みと言えます。

    新しい制度で何が変わったのか

    公益信託の制度自体は古くからありましたが、旧制度の下では使いにくさが指摘されていました。主務官庁ごとに許可や監督の基準が異なり、受託者は事実上、信託銀行などの信託会社に限られ、信託できる財産も事実上金銭に限定されていました。活動内容も奨学金の給付や研究助成などの「お金を配る」活動が中心でした。

    従来の公益信託ニ関スル法律を改正した「公益信託に関する法律」(令和6年法律第30号)により、令和8年4月1日から新しい制度が施行されています。内閣府の資料によれば、主な変更点は次のとおりです。

    項目旧制度新制度
    成立の手続主務官庁の許可行政庁(内閣総理大臣または都道府県知事)の認可
    基準主務官庁ごとに不統一公益法人制度と整合した共通の基準
    受託者事実上、信託会社に限定信託会社のほか、公益法人・NPO法人などの法人や個人も想定
    信託できる財産事実上、金銭に限定金銭、株式、不動産など
    税制一定の証明・認定を受けたものに限り優遇認可を受けたすべての公益信託に税制優遇

    認可の審査では、受託者の経理的基礎と技術的能力(専用口座での分別管理や会計の体制、公益事務を適正に行う体制など)、信託管理人の能力、特別の利益を与えないこと、中期的な収支の均衡、費用に占める公益事務の費用の割合(公益事務割合)を70%以上とする基準、使途不特定財産の保有制限などの財務の基準が確認されます(公益信託に関する法律第8条。信託財産を寄附された金銭等に限る一定の公益信託は財務の基準の一部が除かれます)。公益法人の制度改革(令和7年4月施行)とそろえた考え方が取り入れられている点が特徴です。

    また、旧制度の公益信託は、令和10年3月31日までに移行の認可を申請しなければ、同日に旧制度の公益信託として終了するとされています。既存の公益信託に関わっている方は、移行の手続を確認しておく必要があります。

    内閣府の資料では、令和6年3月末時点の公益信託は535件とされています。公益財団法人と比べると利用はまだ限られていますが、新制度によって選択肢としての存在感が高まることが期待されています。

    財団と公益信託の違い

    財団(一般財団法人・公益財団法人)と新しい公益信託を、オーナーの意思決定に関わる項目ごとに比べると、次のようになります。公益財団法人と一般財団法人の違いは、関連記事「一般財団法人と公益認定の違い」で詳しく整理しています。

    比較の視点財団(公益財団法人)公益信託(新制度)
    器の性質法人格を持つ組織法人格のない信託財産
    設立・設定一般財団法人を設立し、公益認定を受ける信託契約または遺言で設定し、行政庁の認可を受ける
    運営の担い手評議員・理事・監事などの機関を自ら組織受託者が事務を担い、信託管理人が監督
    事務所・職員法人として運営体制を整える必要受託者の体制を活用でき、委託者が用意する必要は小さい
    活動の範囲公益目的事業を中心に、一定の範囲で収益事業等も可能公益事務を行うことのみが目的
    寄附の受け皿寄附金を広く受け入れて活動を拡大しやすい寄附の受入れも可能だが、受託者の体制による
    終了時の財産類似の目的の法人等に帰属類似の目的の公益信託・公益法人等に帰属

    比較から見えてくるのは、財団が「組織として活動を育てていく器」であるのに対し、公益信託は「目的を定めて財産を託す器」だということです。自ら事業を運営し、人を雇い、活動を広げていきたい場合は財団が向いています。一方、助成や奨学金のように「誰に、何のために、どれだけ渡すか」を定めて継続することが中心であれば、組織運営の負担が小さい公益信託が合う場合があります。

    公益信託の税制

    内閣府の資料によれば、令和6年度の税制改正により、新しい制度では公益信託の認可と税制優遇が連動し、認可を受けたすべての公益信託に次の措置が適用されます。

    • 個人の寄附:個人が公益信託に寄附したときは、所得税の寄附金控除を受けられます(所得税法第78条)。なお、公益社団法人等への寄附で選択できる税額控除(租税特別措置法第41条の18の3)の対象には、公益信託は掲げられていません。
    • 現物の寄附:個人が現物を寄附した際のみなし譲渡所得税は、国税庁長官の承認を受けたときは非課税になります(租税特別措置法第40条)。
    • 法人の寄附:法人が公益信託に寄附したときは、一般の寄附金とは別枠で損金算入が可能です(法人税法第37条第5項)。
    • 信託財産の所得:信託財産に生じる所得は非課税とされ、利子・配当等に係る源泉所得税も非課税です。

    また、相続や遺贈で取得した財産を、相続税の申告期限までに公益信託の信託財産とするために支出した場合には、その財産を相続税の課税対象としない特例があります(国税庁タックスアンサーNo.4141)。

    旧制度では、税制上の優遇を受けるには「特定公益信託」などとして別途の証明や認定を受ける必要がありました。新制度で認可と税制が一体になったことは、オーナーにとって分かりやすさの面でも大きな変化です。ただし、現物の寄附に係る承認の要件や手続の細部は、公益法人への寄附の場合と同様に個別の確認が欠かせません。

    どちらを選ぶか:4つの判断軸

    財団と公益信託のどちらが適しているかは、次の4つの軸で考えると整理しやすくなります。

    1. 活動の形:自ら事業を運営したいか(財団向き)、助成・奨学金のように資金を届けることが中心か(公益信託も選択肢)。
    2. 運営の担い手:理事・評議員を集めて組織を運営し続けられるか。家族や後継者に運営を担ってもらう前提があるか。
    3. 規模と期間:財産の規模が組織を維持する費用に見合うか。一定期間で財産を使い切る計画か、長く続ける計画か。
    4. 家族の関わり方:家族が理事などとして関わり続けたいか、受託者と信託管理人に任せて距離を置きたいか。

    たとえば、「亡くなった後に、母校の学生に奨学金を出し続けたい」という想いであれば、遺言で公益信託を設定する方法は、組織をつくらずに想いを形にする有力な候補になります。一方、「地域で子どもの居場所を運営し、職員を雇って活動を広げたい」という想いであれば、財団の方が適しているでしょう。

    公益信託を検討するときの確認事項

    公益信託を選ぶ場合は、次の点を早い段階で確認しておくことが大切です。

    • 受託者を誰にするか:認可の審査では、受託者の経理的基礎と技術的能力が問われます。受託者の範囲は広がりましたが、長期にわたり適正に事務を行える体制があるかを見極める必要があります。
    • 信託管理人を誰にするか:受託者を監督する役割であり、公益信託の存続期間を通じて安定的に監督できる仕組みが求められます。
    • 報酬と費用:受託者などへの報酬は、不当に高額とならない支払基準を定める必要があります。信託財産の規模に対して費用が過大にならないかを試算しておきます。
    • 遺言で設定する場合:本人の死亡後に受託者の引受けと行政庁の認可が必要になります。生前に受託者候補と内容をすり合わせておかないと、想いが実現しないおそれがあります。
    • 財産は戻らない:設定後は委託者に財産が戻ることはなく、終了時も類似の目的の公益信託や公益法人等に帰属します。家族の生活資金や遺留分を先に確保しておくことが前提です。

    遺言で社会に財産を遺す方法全般については、関連記事「遺贈寄附とは何か」で整理しています。

    AEGISの視点

    これまで、まとまった財産で社会貢献を続けたいオーナーにとって、現実的な選択肢はほぼ財団に限られていました。新しい公益信託制度は、そこに「組織をつくらない」という選択肢を加えたものです。

    AEGISは、器の選択を「どちらが有利か」ではなく、「想いを続けるために、誰が、どのような負担を引き受けるか」の問題として考えています。財団は、理事や評議員を担う人がいて初めて続きます。公益信託は、受託者と信託管理人に恵まれて初めて続きます。どちらにしても、器を選ぶ前に「10年後、20年後に誰がこの活動を支えているか」を描くことが出発点です。

    また、両者は排他的ではありません。まず公益信託で助成から始め、活動の広がりに応じて財団の設立を検討する。財団の活動の一部を、目的を限定した公益信託で支える。事業承継や相続の設計と重ねながら、こうした組み合わせを考えられることも、新制度がもたらした可能性だとAEGISは考えています。

    財団という器の全体像は、関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。売却資金などの大口資金を社会貢献に生かす方法は「会社売却で得た資金を社会貢献に生かす方法」で比較しています。

    寄附税制や財産評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益信託は、委託者が受託者に財産を託し、公益事務のために管理・活用してもらう仕組みで、信託管理人が受託者を監督します。
    • 令和8年4月1日から新制度が施行され、行政庁の認可制への移行、受託者や信託できる財産の範囲の拡大、公益法人制度と整合した基準の導入が行われました。
    • 認可を受けた公益信託には、寄附金控除、現物寄附のみなし譲渡の非課税(国税庁長官の承認が必要)、法人寄附の別枠損金算入などの税制が適用されます。
    • 財団は「組織として活動を育てる器」、公益信託は「目的を定めて財産を託す器」であり、活動の形・担い手・規模・家族の関わり方から選びます。
    • 具体的な適用可否や手続は、個別の事情と最新の制度によって異なります。

    よくある質問

    Q. 公益信託は、どのくらいの財産から設定できますか?

    法令上、一律の最低額が定められているわけではありません。ただし、受託者や信託管理人への報酬、事務の費用がかかるため、財産の規模に対して費用が過大にならないかを試算することが大切です。受託者候補と早めに相談し、運営の見通しを確認しておくと安心です。

    Q. 個人が受託者になることはできますか?

    内閣府の資料では、信託会社のほか、公益法人やNPO法人などの法人、個人も受託者として想定されています。ただし、認可の審査では経理的基礎と技術的能力が問われ、欠格事由も定められています。長期にわたる事務を担えるかという観点で、慎重に選ぶ必要があります。

    Q. 公益信託で、不動産や自社株を信託できますか?

    新制度では、金銭に加えて株式や不動産なども信託できるとされています。ただし、その財産を公益事務にどう活用するのか、受託者が適切に管理できるのかが問われます。現物の寄附に係るみなし譲渡の非課税には国税庁長官の承認が必要で、要件を個別に確認する必要があります。

    Q. 既存の財団を、公益信託に切り替えることはできますか?

    財団は法人であり、公益信託は信託であるため、仕組みが異なります。財団の財産を公益信託に移すような組み替えは、財団の目的・残余財産の定め・税務への影響を慎重に確認する必要があります。現実には、既存の財団を維持しつつ、新たな目的に公益信託を併用する方法の方が検討しやすいでしょう。

    Q. 旧制度で設定された公益信託はどうなりますか?

    旧制度の公益信託は、新制度の施行日から2年間の移行期間内に移行の認可を受けることで、新制度の公益信託として続けることができます。令和10年3月31日までに移行の認可を申請しない場合は、同日に旧制度の公益信託として終了するとされています。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団の活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・財団の運営・税務・実行後の管理を整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れた承継の形を比較・検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
  • 家族を資産管理会社の役員にするときの報酬|職務の実態・金額の決め方・社会保険と扶養への影響

    家族を資産管理会社の役員にするときの報酬|職務の実態・金額の決め方・社会保険と扶養への影響

    資産管理会社をつくると、配偶者や子を役員にして報酬を支払う設計がよく検討されます。不動産から生じる収益を家族に分けることで、家族全体の税負担を抑え、家族それぞれの手元に資金を蓄えられるからです。

    ただし、家族への役員報酬は「家族だから払える」ものではなく、「その人が会社のために担っている職務の対価」として説明できる必要があります。役員報酬のうち職務の内容などに照らして不相当に高額な部分は、会社の損金に算入されません。また、報酬を受け取った家族の社会保険の扶養や、オーナー本人の配偶者控除にも影響が及びます。

    この記事では、家族を資産管理会社の役員にするときに、職務の実態をどう整え、金額をどう決め、社会保険や扶養への影響をどう確認するかを整理します。

    役員報酬が損金になるための前提

    まず、法人税の基本的な仕組みを確認しておきます。国税庁によれば、役員に支給する給与のうち会社の損金に算入されるのは、主に次の3つの類型です。

    類型概要資産管理会社での使われ方
    定期同額給与1か月以下の一定期間ごとに、同額を支給する給与毎月の役員報酬として最も一般的
    事前確定届出給与あらかじめ時期と金額を定め、届け出たとおりに支給する給与役員賞与を支給する場合
    業績連動給与利益などの指標に連動する給与で、一定の要件を満たすもの同族会社は、同族会社以外の法人との間にその法人による完全支配関係があるものに限り対象となり、同族会社の資産管理会社では使える場面が限られる

    さらに、これらの類型に当てはまる給与であっても、不相当に高額な部分の金額は損金に算入されません。家族役員の報酬で問われるのは、主にこの「不相当に高額かどうか」です。

    なお、役員報酬・配当・内部留保の全体的な考え方は、関連記事「役員報酬・配当・内部留保の考え方」で扱っています。

    「不相当に高額」はどう判断されるか

    役員報酬が過大かどうかは、大きく二つの基準で判定されます(法人税法34条2項、法人税法施行令70条1号)。いずれか多い金額が「不相当に高額な部分」として損金に算入されません。

    • 形式基準:定款や株主総会の決議で定めた役員報酬の限度額(または算定方法)を超えていないか
    • 実質基準:その役員の職務の内容、会社の収益や使用人に対する給与の支給状況、同種・同規模の法人の役員報酬の状況などに照らして、職務の対価として相当な額を超えていないか

    資産管理会社の家族役員で特に重要なのは、実質基準です。たとえば、物件の管理を外部の管理会社にほぼ任せていて、家族役員の業務が月に数回の書類確認にとどまる場合、常勤の役員と同じ水準の報酬を支払えば、職務の内容との釣り合いを説明することは難しくなります。

    専門書でも、同業他社の水準を把握しておくことに加え、その会社自身が、役員の職務内容や貢献を具体的に示せるようにしておくことが重要だと指摘されています。会社の内情を最もよく知っているのは会社自身だからです。

    役員でない家族への給与にも注意

    家族を役員にせず、従業員として給与を支払う場合も同じ問題があります。役員の親族、役員と事実上婚姻関係と同様の関係にある者、役員から生計の支援を受けている者(特殊関係使用人)に支払う給与のうち、不相当に高額な部分は損金に算入されない仕組みがあり(法人税法36条、法人税法施行令72条)、国税庁の法人税基本通達では、その範囲に関わる「生計の支援を受けているもの」などの解釈が示されています。役員か従業員かにかかわらず、家族への報酬・給与には算定の根拠が求められると考えておくのが安全です。

    また、取締役に就任していなくても、会社の経営に実質的に従事している人は、税務上は役員として扱われることがあります(法人税基本通達9-2-1では、相談役や顧問などで実質的に経営に従事している者が例示されています)。肩書きではなく、実際の関わり方で判断される点に注意が必要です。

    職務の実態をどう整え、どう記録するか

    家族役員の報酬の根拠は、「誰が、何を、どのくらい担っているか」です。AEGISでは、報酬を決める前に、職務を次のように書き出すことをおすすめしています。

    家族役員の例担う職務の例残しておきたい記録の例
    配偶者(常勤に近い関与)賃料の入金確認と督促、入居者対応、修繕業者への発注、月次の収支管理業務日誌、入金管理表、発注書、月次報告書
    子(他に勤務先あり)年に数回の取締役会での意思決定、物件の現地確認、資金計画の検討取締役会議事録、現地確認の報告、検討資料
    高齢の親(引継ぎ期間)長年の管理の知見の引継ぎ、主要な取引先との関係の維持引継ぎの記録、面談記録

    ※上記は職務と記録の考え方を示す例です。報酬の水準は、職務の量と内容、会社の収益などを踏まえて個別に検討します。

    ポイントは、職務の量に応じて報酬に差をつけることです。家族全員に同じ額を支払う設計は、職務の違いを説明しにくくなります。また、資産管理会社が受け取る管理料と、家族役員の報酬はつながっています。管理料の根拠となる業務を、実際に家族役員が担っているかも確認したいところです。管理料の考え方は、関連記事「資産管理会社に管理を任せるときの管理料」で扱っています。

    定期同額給与の運用で気をつけたいこと

    毎月の役員報酬を定期同額給与として支払う場合、事業年度の途中で金額を自由に変えることはできません。国税庁によれば、改定が認められるのは、主に次の場合です。

    • 事業年度開始の日から3か月以内の改定
    • 役員の職制上の地位の変更や職務内容の重大な変更などによる改定(臨時改定事由)
    • 経営状況が著しく悪化したことなどによる減額(業績悪化改定事由)

    資産管理会社では、「今年は利益が多く出たので、期末に家族の報酬を上げる」といった運用は、損金算入の要件から外れるおそれがあります。報酬額は、期首に1年間の収支見込みを立てたうえで決め、株主総会などの決議を記録に残すことが基本です。

    社会保険への影響

    見落とされやすいのが社会保険です。日本年金機構によれば、株式会社などの法人の事業所は、事業主のみの場合を含めて健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所です。資産管理会社も、役員に報酬を支払う形をとれば、社会保険の手続が必要になる可能性があります。役員が被保険者になるかどうかは、勤務の実態や報酬の内容によって判断されます。

    家族が、オーナー本人や他の家族の健康保険の被扶養者になっている場合は、特に注意が必要です。日本年金機構の案内では、被扶養者として認定される収入の基準は、原則として年間収入130万円未満(60歳以上または一定の障害のある方は180万円未満)で、同居の場合は被保険者の収入の半分未満、別居の場合は被保険者からの仕送り額未満であることなどとされています。19歳以上23歳未満の人(被保険者の配偶者を除く)については、令和7年10月1日以降の認定から150万円未満の基準が示されています。また、令和8年4月1日以降は、一定の条件を満たす場合に、労働契約の内容から見込まれる年間収入で判定する取扱いも示されています。

    確認したいこと影響の例
    家族が被扶養者になっているか役員報酬により基準を超えると、扶養から外れ、自ら保険料を負担する可能性
    配偶者が国民年金の第3号被保険者か被扶養配偶者でなくなると、第3号被保険者の資格にも影響
    家族に他の勤務先があるか勤務先での加入状況と、資産管理会社での加入の要否の整理

    ※社会保険の取扱いは、勤務の実態や報酬の額によって判断されます。設計の段階で確認してから報酬額を決める順番が安全です。

    所得税の扶養・配偶者控除への影響

    オーナー本人の所得税にも影響があります。国税庁によれば、令和8年分以降、配偶者控除の対象となる配偶者は、年間の合計所得金額が62万円以下(給与のみの場合は給与収入136万円以下)であることなどが要件です。また、控除を受けるオーナー本人の合計所得金額が1,000万円を超える場合は、配偶者控除は適用されません。

    配偶者に役員報酬を支払えば、配偶者の所得が増える一方で、オーナー本人の配偶者控除などが使えなくなる場合があります。家族全体で見たときに、手取りと負担がどう変わるかを、社会保険とあわせて試算することが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 名目だけの役員にしない:登記上は役員でも、会社の業務にまったく関与していない場合、報酬の根拠を説明することは困難です。
    • 報酬は本人が受け取り、本人が管理する:家族役員の報酬が実際には本人の口座に入らない、あるいは本人が自由に使えない状態では、報酬としての実態が疑われかねません。
    • 定款・株主総会での限度額を確認する:形式基準との関係で、役員報酬の総額の限度額を定めている場合は、その範囲内であるかを確認します。
    • 将来の退職金も視野に入れる:長く会社の業務を担う家族役員には、将来の退職金も検討対象になります。在任期間や職務の記録は、その根拠にもなります。
    • 勤務先の規定を確認する:家族が会社員などの場合、勤務先の兼業規定との関係も確認します。給与所得者が資産管理会社をつくる場合の論点は、関連記事「会社員・医師など給与所得者が資産管理会社をつくる前に」で整理しています。

    AEGISの視点

    家族への役員報酬は、資産管理会社の効果を説明するときによく挙げられる要素です。しかしAEGISは、これを「所得を分ける手段」としてではなく、「家族が資産の管理に参加する仕組み」として設計することが大切だと考えています。

    家族が実際に賃料の管理や修繕の判断に関わり、その職務に見合った報酬を受け取る。そうした積み重ねは、報酬の根拠を明確にするだけでなく、オーナーが一線を退いたときに家族が資産を引き継ぎ、管理を続けていくための準備にもなります。反対に、名目だけの役員に報酬を払い続けると、税務の説明が難しくなるうえ、いざというときに資産の状況を理解している家族がいないという事態にもなりかねません。

    報酬額は、税負担だけでなく、家族の社会保険や扶養、将来の承継まで含めて決めるもの。そのためにも、まず職務を書き出すところから始めることをおすすめします。資産管理会社をいつ、どのような軸で検討するかは、Pillar記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で整理しています。

    まとめ

    • 家族への役員報酬は、その人が担う職務の対価として説明できることが前提です。
    • 役員報酬は定期同額給与などの類型に当てはまる必要があり、職務の内容などに照らして不相当に高額な部分は損金に算入されません。
    • 役員でない家族への給与や、肩書きのない実質的な経営者への支払にも、同様の考え方が及ぶことがあります。
    • 職務の内容を書き出し、職務の量に応じて報酬に差をつけ、日常の記録を残すことが基本です。
    • 報酬により、家族の社会保険の被扶養者の資格や、オーナー本人の配偶者控除に影響が出ることがあります。
    • 具体的な取扱いは、職務の実態や家族の状況など個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 家族役員の報酬は、いくらまでなら問題ありませんか?

    一律の上限はありません。役員の職務の内容、会社の収益、使用人の給与の状況、同種・同規模の法人の役員報酬の水準などに照らして、職務の対価として相当かどうかで判断されます。金額から決めるのではなく、職務の内容から説明できる額にすることが大切です。

    Q. 業務をしていない家族に、少額の役員報酬を払うことはできますか?

    少額であっても、職務の実態がなければ報酬の根拠は説明しにくくなります。年に数回の取締役会での意思決定など、役員としての職務を実際に担っているかを確認し、その内容に見合った額にすることが基本です。

    Q. 期の途中で家族役員の報酬を増やすことはできますか?

    定期同額給与の改定は、原則として事業年度開始の日から3か月以内に行う必要があります。職務内容の重大な変更などの臨時改定事由がない限り、期の途中で増額すると、増額分が損金に算入されないおそれがあります。

    Q. 配偶者に役員報酬を払うと、扶養から外れますか?

    健康保険の被扶養者の基準は、原則として年間収入130万円未満(60歳以上または一定の障害のある方は180万円未満)などとされています。役員報酬によって基準を超えると、被扶養者から外れる可能性があります。所得税の配偶者控除の要件も別にあるため、両方を確認することが大切です。

    Q. 子どもが学生でも、役員にして報酬を払えますか?

    役員に就任すること自体は可能ですが、学業と両立しながら担える職務の内容と量を具体的に示せるかが問われます。報酬額によっては、親の扶養控除や健康保険の被扶養者の資格にも影響するため、慎重な検討が必要です。

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    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式の承継まで確認します。
    • 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税予測・資金繰りをつなぎ、経営の管理を支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『新版 税務調査事例からみる役員給与実務Q&A』安部和彦 著、清文社(2016年)、第2章 Q2-7(P.32-35)、Q2-46・Q2-47(P.178-184)、Q2-59(P.224-227)
  • 会社売却で得た資金を社会貢献に生かす方法|寄附・基金・公益信託・財団をどう比べるか

    会社売却で得た資金を社会貢献に生かす方法|寄附・基金・公益信託・財団をどう比べるか

    会社を売却し、まとまった資金を手にしたオーナーから、「この資金の一部を社会のために使いたい」という相談を受けることが増えています。長年の事業を支えてくれた地域や業界、次の世代に何かを還元したいという想いは、とても自然なものです。

    結論から言えば、売却資金を社会貢献に生かす方法は、①公益法人などへの直接の寄附、②公益法人などに基金を設ける寄附、③公益信託、④財団の設立の4つに整理できます。どれが適しているかは、「自分がどこまで関わり続けたいか」「どのくらいの期間・規模で続けたいか」「運営の手間と費用をどこまで引き受けられるか」によって決まります。税制はその次に比べるものです。

    この記事では、売却後の「現金」を前提に、4つの方法の違いと、売却の年に確認しておきたい税務の考え方を整理します。株式のまま財団に寄附する方法は、関連記事「非上場株式を財団に寄附する前に決めること」で扱っています。

    まず、売却後の資金の性格を確認する

    社会貢献の方法を考える前に、手元に残る資金がどのようなものかを確認しておきます。

    個人が非上場株式を売却した場合、その譲渡益は他の所得と分けて税金を計算する申告分離課税の対象となり、税率は所得税15%・住民税5%の合計20%に、復興特別所得税(所得税額の2.1%)が加わります(国税庁タックスアンサーNo.1463)。令和9年分以後は、復興特別所得税が基準所得税額の1.1%(令和8年分までは2.1%)に引き下げられ、あわせて防衛特別所得税(同1%)が課されます(財務省「令和8年度税制改正の解説」)。税金は売却した年の翌年の確定申告で納めるため、売却代金を受け取った時点では、まだ納税前の資金が含まれていることに注意が必要です。

    さらに、売却契約によっては、代金の一部が一定期間預けられたり(エスクロー)、業績に応じて後から支払われたり(アーンアウト)、表明保証に基づく補償の可能性が残ったりします。社会貢献に回す金額は、税金・費用・補償リスクを差し引いた「確定した手取り」から逆算するのが基本です。

    会社売却の準備から売却後の資産管理までの全体像は、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    4つの方法を比べる

    売却資金を社会貢献に生かす4つの方法を、オーナーの意思決定に関わる項目ごとに比べると、次のようになります。

    比較の視点①直接の寄附②基金型の寄附③公益信託④財団の設立
    仕組み既存の公益法人・認定NPO法人などに寄附既存の公益法人などに、目的や名称を定めた基金を設けて寄附受託者に財産を託し、行政庁の認可を受けて公益事務を行う一般財団法人を設立し、必要に応じて公益認定を受ける
    立ち上げの手間小さい小さい〜中程度中程度(受託者・信託管理人の選定と認可)大きい(設立・機関設計・公益認定)
    寄附者の関与寄附した時点でほぼ終わる使途の希望を伝える程度設定時に目的を定め、運営は受託者に委ねる理事・評議員などとして関わり続けられる
    継続性寄附先の活動に依存基金の存続期間に依存信託の目的と財産が続く限り法人として長期に存続し得る
    運営費用ほぼなし管理費が差し引かれる場合あり受託者・信託管理人への報酬人件費・事務所・会計監査など
    向いているケース特定の団体の活動を応援したい名前や目的を残しつつ手間は抑えたい助成・奨学金を長く続けたい自ら事業を運営し、活動を育てたい

    ①直接の寄附:最も簡単で、税制も分かりやすい

    既存の公益法人や認定NPO法人などへの寄附は、最も手間が少ない方法です。寄附先の活動内容や財務を確認したうえで、寄附の目的(使途)を指定できる場合もあります。一方、寄附した後の活動に寄附者が関わることは基本的にありません。

    ②基金型の寄附:名前と目的を残し、運営は任せる

    公益財団法人などの中には、寄附者の名前を冠した基金を設けたり、寄附者の希望を聞きながら助成先を選んだりする仕組みを持つところがあります。海外で「ドナー・アドバイズド・ファンド」と呼ばれる形に近いものです。法的には公益法人への寄附であり、助成先の最終的な決定権は受け手の法人にあります。基金の運営方針や管理費、存続期間は受け手によって異なるため、契約や覚書で確認することが大切です。

    AEGISも、寄附者の名前や想いを冠した基金を設ける器としてアイジスレガシー財団を設立しています。自ら財団を設立する場合と比べて、理事会の運営や事務局を自ら抱える必要がなく、後継者に運営の負担を残さない点が特徴です。基金を設ける基準や事務運営費、寄附金控除などの税務上の扱いは受け手の法人ごとに異なるため、あわせて確認が必要です。

    ③公益信託:組織をつくらずに長く続ける

    令和8年4月から新しい公益信託制度が始まり、受託者の範囲や信託できる財産が広がりました。財団のような組織をつくらずに、奨学金や研究助成などを長く続けたい場合の有力な選択肢です。詳しくは関連記事「公益信託の新制度と財団の違い」で比較しています。

    ④財団の設立:自ら活動を育てる

    売却資金で財団を設立すれば、目的や活動を自ら設計し、理事などとして関わり続けることができます。事業を経営してきた経験を、社会課題の解決に生かしたいオーナーにとっては、最も想いを形にしやすい方法です。ただし、組織を運営する人と費用が長期にわたって必要になります。設計の考え方は、関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    税制のポイント:現金で寄附する場合

    売却後の現金を寄附する場合、株式や不動産と違って、寄附した時点での「みなし譲渡」の問題は生じません。主な論点は、寄附した個人の所得税の扱いです。

    寄附金控除と税額控除

    公益社団法人・公益財団法人や認定NPO法人などへの寄附は、所得税の寄附金控除(所得控除)の対象となります。控除額は、その年の特定寄附金の合計額と、総所得金額等の40%相当額のいずれか低い金額から2,000円を差し引いた額です(国税庁タックスアンサーNo.1150)。

    また、行政庁から一定の証明を受けた公益社団法人等への寄附については、所得控除に代えて、税額控除を選ぶこともできます。税額控除の額は、寄附金の額(総所得金額等の40%が限度)から2,000円を差し引いた額の40%で、所得税額の25%が上限です(国税庁タックスアンサーNo.1266)。所得控除は税率の高い人ほど効果が大きく、税額控除は税率にかかわらず一定の割合で税額が減る、という性格の違いがあります。どちらを選ぶかの考え方は、関連記事「寄附金控除と税額控除の使い分け」で扱います。

    売却の年は「上限の計算の基礎」が大きくなる

    寄附金控除の上限の基準となる「総所得金額等」には、申告分離課税の所得の金額も含まれるとされています(国税庁「税務用語の意味」)。つまり、株式の譲渡益が生じた年は、寄附金控除の上限の計算の基礎が大きくなります。

    ただし、控除によって実際にどれだけ税負担が軽くなるかは、その年の所得の構成や、控除がどの所得から差し引かれるかによって変わります。所得控除は、まず給与所得などの総所得金額から差し引き、引ききれない部分を非上場株式の譲渡所得などから差し引く順序とされています(所得税法第87条第2項、租税特別措置法第37条の10第6項)。また、令和7年分以後は、基準所得金額が3億3,000万円を超える場合に所得税が加算される特例(租税特別措置法第41条の19、国税庁タックスアンサーNo.2270)があり、大きな売却益が生じた年はこの影響も含めて考える必要があります。「売却の年に寄附すれば必ず有利」とは言い切れないため、寄附の時期と金額は、売却の年と翌年以降に分けて試算してから決めることをおすすめします。住民税についても、自治体の条例で指定された寄附金には税額控除の仕組みがあります(内閣府 公益法人information)。

    財団を設立する場合の注意

    自ら設立した一般財団法人への拠出は、その財団が公益認定を受けていない段階では、寄附金控除の対象となる特定寄附金には当たらないのが一般的です。また、持分の定めのない法人への財産の移転によって親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合には、法人に贈与税等が課される仕組みもあります(相続税法第66条第4項)。財団を設立する場合は、公益認定を目指すのか、拠出をどの順番で行うのかまで含めて設計する必要があります。

    公益信託に寄附する場合

    内閣府によれば、新しい制度で認可を受けた公益信託に個人が寄附したときは、所得税の寄附金控除を受けられます。法人が寄附した場合も、一般の寄附金とは別枠で損金算入が可能とされています。

    時間軸で考える:一度に寄附しない選択

    売却直後に大きな金額を一度に寄附する必要はありません。むしろ、次のように時間軸で分けて考えると、判断の質が上がります。

    1. 売却直後:納税資金・生活資金・家族への配分・補償リスクへの備えを確保する。
    2. 1〜3年目:直接の寄附や基金型の寄附で、関わりたい分野や団体を試す。活動の現場を知る。
    3. 方針が固まった段階:公益信託や財団の設立など、長く続く器を検討する。
    4. 相続まで見据えて:残りの資金を、遺言による寄附(遺贈寄附)として位置付ける。

    遺言で社会に財産を遺す方法は、関連記事「遺贈寄附とは何か」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 寄附先の確認:法人の種類(公益法人、認定NPO法人など)によって税制の扱いが変わります。寄附の前に、受領証の発行や税額控除の証明の有無を確認します。
    • 家族との合意:売却資金は、相続財産の大きな部分を占めることがあります。寄附の規模は、家族への配分や遺留分との関係も踏まえて決めます。
    • ガバナンス:財団を設立する場合、家族だけで運営すると税務上の要件や公益認定の基準に抵触するおそれがあります。外部の理事や評議員を迎える前提で設計します。
    • 公表の仕方:寄附の事実や金額をどこまで公表するかは、本人と家族の考え方によります。基金の名称などを決める前に、家族の意向も確認しておきます。

    AEGISの視点

    会社の売却は、オーナーにとって「事業を手放す」出来事であると同時に、「資産の形が変わる」出来事です。事業という形で社会と関わってきた財産が、現金という自由度の高い形に変わる。AEGISは、この転換点こそ、社会との関わり方を改めて設計し直す機会だと考えています。

    売却資金の社会貢献を考えるとき、AEGISが大切にしているのは、税制の有利不利より先に「関わり方」を決めることです。寄附して見守るのか、名前と目的を残すのか、自ら活動を率いるのか。関わり方が決まれば、選ぶべき器と、必要な資金の規模、運営を支える人が自然に見えてきます。

    また、売却資金の使い道は、社会貢献だけで完結しません。家族の生活、次の事業への投資、相続への備え。これらと社会貢献を同じ一枚の上に並べ、どの資金に、どの役割を持たせるかを決めることが、売却後の資産設計の要だとAEGISは考えています。

    売却に伴う税務や、寄附・財団に関する資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 売却資金を社会貢献に生かす方法は、直接の寄附、基金型の寄附、公益信託、財団の設立の4つに整理できます。
    • 選び方の中心は、関わり方・継続期間・運営の手間と費用であり、税制はその後に比べます。
    • 寄附に回す金額は、譲渡益に係る税金・費用・補償リスクを差し引いた確定した手取りから逆算します。
    • 現金の寄附は、寄附金控除(所得控除)または一定の場合の税額控除の対象になり得ます。売却の年は控除の上限の計算の基礎が大きくなりますが、実際の効果は試算が必要です。
    • 一度に寄附せず、時間軸で器を選んでいく方法も有効です。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 売却した年に寄附すると、税金はどのくらい減りますか?

    寄附金控除は、特定寄附金の合計額と総所得金額等の40%相当額のいずれか低い金額から2,000円を差し引いた額を所得から控除する仕組みです。売却の年は総所得金額等に株式の譲渡益も含まれるため上限は大きくなりますが、実際の軽減額は所得の構成や控除の順序によって変わります。寄附の前に、売却の年と翌年以降のそれぞれで試算することをおすすめします。

    Q. 自分で財団をつくって、そこに売却資金を入れれば税金は軽くなりますか?

    公益認定を受けていない一般財団法人への拠出は、一般に寄附金控除の対象になりません。また、家族だけで運営する財団への拠出は、相続税法上の課税の対象となるおそれもあります。財団は税負担を軽くする手段ではなく、活動を続けるための器として設計することが大切です。

    Q. 基金型の寄附では、助成先を自分で決められますか?

    一般的には、寄附者は希望を伝えることができても、最終的な決定は受け手の法人が行います。法的には公益法人への寄附であり、寄附者が支配する形になると公益性が損なわれるためです。どこまで意向が反映されるかは、受け手の法人の規程や覚書で確認する必要があります。

    Q. 売却代金の一部がエスクローで預けられています。寄附額はどう決めればよいですか?

    エスクローやアーンアウトなど、受取りが確定していない部分は、寄附の原資に含めないのが安全です。補償の請求があった場合に備える必要もあるため、確定した手取りから、納税資金や生活資金を差し引いた範囲で寄附額を決めることをおすすめします。

    Q. 会社を売却する前に株式を寄附する方法と、売却後に現金で寄附する方法は、どちらがよいですか?

    前提が大きく異なります。売却前の株式の寄附は、寄附した株式が売却の対象から外れるため、買い手との交渉や議決権、みなし譲渡と非課税の特例の要件を慎重に検討する必要があります。売却後の現金の寄附は、仕組みが簡単な一方、譲渡益に係る税金を納めた後の資金になります。売却の検討段階から、どちらの方法をとるかを決めておくことが望まれます。

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    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団の活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・財団の運営・税務・実行後の管理を整理します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『目的&ケース別 M&A・組織再編成の税務ストラクチャー徹底比較』蝋山竜利・中島礼子・小林誠 著、中央経済社
    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
  • 事業承継計画に含める項目とは|株式・経営・財産・家族の意向をどう一枚にまとめるか

    事業承継計画に含める項目とは|株式・経営・財産・家族の意向をどう一枚にまとめるか

    事業承継計画とは、「いつ、誰に、何を、どのような方法で引き継ぐか」を時間軸に沿って整理した計画です。

    ただし、計画に何を書けばよいかは意外と分かりにくいものです。経営者の交代時期だけを書いた計画では、株式や財産、家族の意向といった論点が抜け落ちます。反対に、税金の対策だけを並べた計画では、会社の経営がどう続くのかが見えません。

    この記事では、事業承継計画に含めるべき項目を、経営・所有(株式)・財産・家族の4つの視点と、それらをつなぐ目的と時間軸から整理します。

    事業承継計画とは

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」では、親族内承継や従業員承継の場合の準備ステップとして「事業承継計画の策定」を位置付けています。ガイドラインでは、計画を次のような考え方で作ることが示されています。

    • 現経営者が、後継者とともに作成する
    • 10年後を見据えた中長期の視点で、現経営者の引退時期を定め、そこから後継者の育成に必要な期間を逆算する
    • 策定した計画は、主要な取引先や金融機関などにも示し、理解を得る

    ガイドラインには、10カ年版・5カ年版の計画様式も付録として掲載されています。様式では、事業計画(売上高・経常利益など)、会社の定款や株式、現経営者と後継者それぞれの年齢・役職・後継者教育・株式や財産の分配などを、年ごとに記入する形になっています。

    AEGISでは、この考え方を土台に、オーナーの意思決定に必要な論点が漏れなく並ぶよう、計画を次の6つのブロックで構成することをおすすめしています。

    ブロック書くこと中心となる問い
    1. 目的と方針承継の目的、承継先の方向性なぜ、何を残したいのか
    2. 時間軸引退時期、各段階の目標年いつまでに、何を終えるのか
    3. 経営事業計画、経営体制、後継者の育成と権限の移行誰が、どう会社を率いるのか
    4. 所有(株式)現在と目標の持株比率、移転の方法と時期誰が会社を支配するのか
    5. 財産個人財産の配分、事業用不動産、貸付金、保証、納税資金何を、誰に、どう渡すのか
    6. 家族と関係者家族の意向、後継者以外への配慮、関係者への共有誰の理解が必要か

    以下、それぞれのブロックで何を書けばよいかを見ていきます。

    1. 目的と方針:計画の「前提」を書く

    最初に書くべきは、具体的な対策ではなく、承継の目的と方針です。

    • 事業を継続する前提か、どのような形で継続したいか
    • 承継先の方向性(親族、社内の役員・従業員、社外の第三者)
    • オーナーとして大切にしたい価値観や、事業を通じて残したいもの

    この部分は短くても構いません。しかし、ここが言葉になっていないと、後のブロックで判断が割れたときに立ち返る基準がなくなります。

    2. 時間軸:引退時期から逆算する

    次に、現経営者の引退時期(代表者を退く時期、経営から完全に離れる時期)を仮に置き、そこから逆算して各段階の目標年を決めます。

    • 後継者の入社・役員就任・代表者就任の目標年
    • 株式の移転を始める年と、完了させたい年
    • 現経営者が会長職などに就く期間と、その役割

    事業承継ガイドラインでも、後継者の育成を含めた移行期間は3年以上を要するケースが半数を超えるとされています。時間軸を先に置くことで、「今年やるべきこと」が具体的になります。

    3. 経営:会社をどう率いていくか

    経営のブロックには、承継期間中の事業計画と、経営体制の移行を書きます。

    • 事業計画:売上高・利益などの中長期の目標と、主な取組み
    • 経営体制:役員構成、幹部社員の役割、意思決定の仕組み
    • 後継者の育成:社内での経験(部門の担当、役員としての経験など)、社外での学び
    • 権限の移行:どの権限を、いつ後継者に渡すか

    事業計画は、現経営者だけで作るのではなく、後継者が主体的に関わることが望まれます。承継後にその計画を実行するのは後継者だからです。計画づくりの過程そのものが、現経営者と後継者の認識をすり合わせる機会になります。

    4. 所有(株式):誰が会社を支配するか

    所有のブロックは、事業承継計画の中でも特に重要です。会社の重要な意思決定は株主総会で行われ、役員の選任などの普通決議は原則として出席株主の議決権の過半数、定款変更などの特別決議は原則として出席株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要になるからです(会社法309条・341条)。

    書いておきたい項目は次のとおりです。

    • 現在の株主構成:株主ごとの持株数と議決権比率
    • 目標の株主構成:承継完了時点で、後継者がどの程度の議決権を持つか
    • 移転の方法:贈与、売買、相続(遺言による承継を含む)などのうち、どれをどの時期に用いるか
    • 定款の確認事項:株式の譲渡制限、相続人等に対する売渡請求の定め、種類株式の活用の要否など

    法人版事業承継税制(特例措置)を利用する可能性がある場合は、計画の中にその検討を位置付けておく必要があります。この制度を使うには、令和9年(2027年)9月30日までに「特例承継計画」を都道府県に提出することが求められます(中小企業庁)。本記事で扱う事業承継計画と、制度上の「特例承継計画」は別のものですが、方針が整理されていれば制度上の計画も作りやすくなります。

    5. 財産:会社と個人の財産をどう渡すか

    事業承継では、株式以外の財産も同時に動きます。とくにオーナー個人の財産に占める自社株式の割合が大きい場合、後継者以外の家族に何を渡すか、納税資金をどう確保するかが論点になります。

    • 個人財産の全体像:自社株式、不動産、金融資産、保険などの概要
    • 事業用不動産:会社が使う不動産を誰が所有し、会社とどのような条件で貸し借りするか
    • 会社との債権債務:オーナーから会社への貸付金、会社からオーナーへの貸付金
    • 経営者保証:会社の借入れに対する保証を、承継時にどう扱うか
    • 納税資金:贈与税・相続税の見込み額と、その資金をどう確保するか

    相続が発生した場合、相続税の申告・納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。納税資金の見通しは、計画の中で具体的に確認しておきたい項目です。

    6. 家族と関係者:誰の理解が必要か

    最後のブロックは、数字では表しにくいものの、計画の実現性を左右する部分です。

    • 家族の意向:後継者候補本人の意思、配偶者や他の子の考え
    • 公平性への配慮:株式を後継者に集中させる場合、他の家族に何を渡すか
    • 意思の残し方:遺言の作成や、その内容を家族とどこまで共有するか
    • 関係者への共有:幹部社員、主要取引先、金融機関に、いつ、何を伝えるか

    株式を後継者に集中させる設計は、他の相続人の遺留分との関係が問題になることがあります。経営承継円滑化法には遺留分に関する民法の特例(後継者が贈与を受けた自社株式を遺留分の算定基礎から除外する合意や、その価額を合意時点で固定する合意)も設けられていますが、推定相続人全員の書面による合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可という手続きが必要となるため、利用の可否は個別に確認が必要です。いずれにしても、家族の理解を得るプロセスを計画に組み込んでおくことが大切です。

    計画をまとめるときの形

    6つのブロックの内容は、最終的に「年ごとの一覧」にまとめると、全体の流れが一目で分かります。たとえば次のようなイメージです。

    項目1年目3年目5年目7年目10年目
    現経営者の役割代表取締役代表取締役会長会長退任
    後継者の役割部門責任者取締役代表取締役代表取締役代表取締役
    後継者の議決権比率確認・設計段階的移転過半数3分の2以上移転完了
    財産・不動産全体把握不動産の所有形態を検討実行——
    家族・関係者家族と方針共有幹部社員へ共有取引先・金融機関へ共有——

    ※上記は説明のための例です。実際の時期や比率は、会社と家族の状況によって大きく異なります。

    実務上注意したいポイント

    • 最初から完璧を目指さない:まず書き出し、空欄を「未決事項」として見える化することに意味があります。
    • 定期的に見直す:業績や家族の状況、税制は変わります。少なくとも年に一度は計画を見直すことが望まれます。
    • 税金の対策を計画の中心にしない:税負担の軽減は、方針を実現する手段の一つとして位置付けます。
    • 経営と所有の時期を分けてもよい:代表者の交代と株式の移転は、必ずしも同時である必要はありません。

    AEGISの視点

    事業承継計画を作るとき、多くの会社では「経営」の計画と「株式・税金」の計画が別々に作られがちです。前者は経営者と後継者が、後者は税理士などの専門家が担当し、両者が十分につながらないまま進むことがあります。

    AEGISは、事業承継計画を「経営・所有・財産・家族を一つの時間軸に並べる設計図」と考えています。会社の株式をどう移すかは、事業用不動産の所有形態や、オーナー個人の資産の配分、さらには家族の生活や社会への還元のあり方とも結び付いています。これらを一枚の上に並べることで、初めて「どこで判断がぶつかるか」が見えてきます。

    計画は、作った時点で完成するものではありません。オーナーと後継者、家族が同じ一枚を見ながら対話を重ね、状況に応じて書き換えていくこと——その積み重ねこそが、事業承継の実質だとAEGISは考えています。

    事業承継をどこから始めればよいか、全体像は関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で、後継者が未定の段階で進められる準備は「後継者が決まる前にできる準備」で解説しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 事業承継計画は、「いつ、誰に、何を、どのような方法で引き継ぐか」を時間軸で整理したものです。
    • 経営の交代時期だけでなく、株式(所有)、財産、家族の意向までを含めて整理することが重要です。
    • AEGISでは、目的と方針・時間軸・経営・所有・財産・家族と関係者の6つのブロックで構成することをおすすめしています。
    • 計画は後継者とともに作り、関係者と共有し、定期的に見直していくものです。
    • 具体的な内容は、会社と家族の個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 事業承継計画は、誰が作るものですか?

    中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、現経営者が後継者とともに作成することが示されています。税務や法務の論点も多いため、専門家の支援を受けながら進めるのが一般的ですが、計画の方針そのものはオーナーと後継者が自ら考えることが重要です。

    Q. 事業承継計画と、事業承継税制の「特例承継計画」は同じものですか?

    別のものです。事業承継計画は、会社や家族が承継を進めるための全体計画です。一方、特例承継計画は、法人版事業承継税制(特例措置)の適用を受けるために都道府県に提出する書類で、提出期限は令和9年(2027年)9月30日とされています。

    Q. 後継者が決まっていなくても、事業承継計画は作れますか?

    承継先が未定の段階でも、目的と方針、時間軸、会社と個人の財産の現状などは書き出せます。後継者に関する欄は「未決事項」として残し、後継者が決まった段階で具体化していく方法が現実的です。

    Q. 計画はどのくらいの頻度で見直すべきですか?

    業績、家族の状況、税制などの変化に応じて見直すことが望まれます。少なくとも年に一度、決算の確定後などに計画と実績を照らし合わせる機会を設けると、計画が形骸化しにくくなります。

    Q. 家族の意向が一致しない場合はどうすればよいですか?

    まずは、意向が一致しない点を計画上の「未決事項」として明確にすることが出発点です。そのうえで、株式と他の財産の配分、遺言の内容などを組み合わせて調整の余地を探ります。対立が深い場合は、早い段階から第三者を交えて話し合うことも検討に値します。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 相続土地国庫帰属制度で土地を手放すには|引き取られない土地の要件・負担金・相続放棄や売却との比較

    相続土地国庫帰属制度で土地を手放すには|引き取られない土地の要件・負担金・相続放棄や売却との比較

    相続土地国庫帰属制度とは、相続や遺贈によって取得した土地を、一定の要件を満たす場合に、負担金を納めて国に引き取ってもらう制度です。令和5年(2023年)4月27日に始まりました(法務省)。

    ただし、どのような土地でも引き取ってもらえるわけではありません。建物が残っている土地や境界がはっきりしない土地は申請の段階で却下され、崖や埋設物などがあって管理に過大な費用がかかる土地は審査で不承認となります。また、審査手数料に加えて、原則20万円の負担金を納める必要があります。

    この記事では、制度を使える人と使えない土地、費用と手続の流れを整理したうえで、相続放棄・売却・活用と比べて、どのような土地なら国庫帰属を選ぶ意味があるかを、オーナーの判断の視点から解説します。

    相続土地国庫帰属制度とは

    この制度は、所有者不明土地の発生を予防することを目的に設けられました。「遠方に住んでいて使う予定がない」「周囲に迷惑をかけないよう管理し続ける負担が大きい」といった理由で、相続した土地を手放したいというニーズが高まっていることが背景にあります(法務省)。

    それまで、相続した土地だけを手放す一般的な方法はほとんどありませんでした。相続放棄をすれば土地を受け継がずに済みますが、預貯金や自宅などほかの財産もすべて受け継げなくなります。売却や寄附は、買い手や受け手が見つからなければ成立しません。国庫帰属制度は、「ほかの財産は相続したうえで、特定の土地だけを国に引き渡す」ための選択肢として位置付けられます。

    申請できる人

    • 相続または遺贈(相続人に対する遺贈)によって土地の所有権を取得した人
    • 制度が始まる前(令和5年4月27日より前)に相続した土地も対象です
    • 共有の土地は、共有者全員で申請する必要があります。共有者全員で共同申請する場合は、相続以外の方法で持分を取得した共有者も加わることができます

    一方で、売買や生前贈与で取得した土地は対象外です(法務省Q&A)。親から生前に贈与を受けた土地を後から手放したいと考えても、この制度は使えません。この点は、生前の財産移転を検討する段階で知っておきたいポイントです。

    引き取ってもらえない土地:却下要件と不承認要件

    制度の利用で最も重要なのが、対象外となる土地の要件です。法務省は、申請の段階で直ちに却下となる土地と、審査の結果として不承認となる土地を分けて示しています(相続土地国庫帰属法2条3項・4条・5条)。

    申請の段階で却下される土地

    • 建物がある土地
    • 担保権や使用収益権(抵当権、賃借権など)が設定されている土地
    • 通路など、他人による利用が予定されている土地
    • 土壌汚染されている土地
    • 境界が明らかでない土地、所有権の存否や範囲について争いがある土地

    審査の結果、不承認となる土地

    • 一定の勾配・高さがある崖があって、管理に過分な費用・労力がかかる土地
    • 土地の管理・処分を妨げる工作物、車両、樹木などが地上にある土地
    • 除去しなければならない有体物が地下にある土地
    • 隣接する土地の所有者等との争訟によらなければ管理・処分ができない土地
    • その他、通常の管理・処分に過分な費用・労力がかかる土地

    要件を見ると分かるとおり、国が引き取るのは「更地で、境界が明らかで、権利関係が整理され、特別な管理を要しない土地」が基本です。裏返せば、申請の前に建物の解体、抵当権の抹消、境界の確認、残置物の撤去などを所有者側で済ませておく必要がある場合が少なくありません。

    費用:審査手数料と負担金

    費用金額・内容納めるタイミング
    審査手数料土地1筆あたり14,000円(収入印紙。却下・不承認でも返還されない)申請時
    負担金国有地となった後の10年分の標準的な管理費用を考慮して算定。原則20万円承認とあわせて届く負担金の額の通知を受けた日から30日以内
    申請前の準備費用建物の解体、境界の確認・測量、残置物の撤去、抵当権の抹消など(土地の状況による)申請前

    負担金は原則20万円ですが、市街化区域や用途地域内の一部の宅地、農用地区域などの一部の田畑、森林は、面積に応じて算定されます(法務省。算定方法は同法施行令5条で、土地の区分と面積の区分ごとに定められています)。隣接する同じ区分の2筆以上の土地は、一つの土地とみなして負担金を算定するよう申し出ることもできます(同施行令6条)。具体的な金額は、法務省が公表している算定方法で事前に確認しておくとよいでしょう。

    見落とされやすいのは、表の3行目の「申請前の準備費用」です。建物の解体費用は、構造や立地、地中の杭や埋設物の有無によって大きく変わります。境界標が見当たらない土地では、測量や隣地所有者との立会いが必要になることもあります。制度の手数料と負担金だけで比較すると、総額の見積りを誤るおそれがあります。

    手続の流れ

    1. 事前相談:土地の所在地を管轄する法務局・地方法務局で相談できます
    2. 承認申請:申請書と添付書類を提出し、審査手数料を納めます。申請書の作成を代行できる専門家は、弁護士・司法書士・行政書士とされています
    3. 審査:書面審査に加え、法務局の担当者による現地調査が行われることがあります。標準処理期間は8か月とされ、事案によってはそれを超えることもあります
    4. 承認・負担金の納付:承認とあわせて負担金の額が通知され、その通知を受けた日から30日以内に負担金を納めると、その時点で土地の所有権が国に移ります。期限までに納めないと承認の効力が失われます(同法10条・11条)

    なお、偽りその他不正の手段で承認を受けたことが判明した場合は、承認が取り消され、損害賠償責任を負う可能性があるとされています(法務省Q&A)。申請時に把握している土地の状況は、正確に伝えることが前提です。

    運用状況から見えること

    法務省の統計(令和8年8月31日現在)によると、制度開始からの申請件数は5,997件、そのうち国庫に帰属した件数は3,119件です。一方、却下は85件、不承認は100件、取下げは1,139件となっています。

    取下げの主な理由を見ると、「有効活用の見込みが生じた」が586件と最も多く、「却下・不承認であることが判明した」が405件と続きます。申請をきっかけに隣地所有者や自治体などとの話が進み、結果として国庫帰属以外の形で土地の行き先が決まるケースが少なくないことがうかがえます。

    申請件数を地目別に見ると、田・畑が2,335件、宅地が2,091件、山林が902件です。農地や山林など、売却が難しい土地の受け皿として使われている様子が読み取れます。

    相続放棄・売却・活用との比較

    使わない土地を相続したとき、国庫帰属は選択肢の一つにすぎません。AEGISでは、次のように整理して比較することをおすすめしています。

    選択肢向いている場面主な注意点
    活用する(貸す・事業に使う)立地や需要があり、収益化の見込みがある初期投資・管理体制・撤退時の扱い
    売却する(隣地所有者への売却を含む)買い手が見つかる、または隣地に需要がある価格の折り合い、測量・解体などの売却準備
    寄附する(自治体・団体など)受け手に具体的な利用目的がある受け手が限られ、成立は相手次第
    国庫帰属売却・活用が難しく、要件を満たす状態にできる相続・遺贈で取得した土地に限る。手数料・負担金・準備費用
    相続放棄財産全体として負債が多い、または相続したい財産がない土地だけを選んで放棄することはできない。期限あり

    相続放棄との違い

    相続放棄は、家庭裁判所への申述によって、被相続人の権利や義務を一切受け継がないことにする手続です。申述は、原則として自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければなりません(裁判所)。

    相続放棄は「財産全体を受け継ぐかどうか」の判断であり、特定の土地だけを放棄することはできません。これに対して国庫帰属は、相続した後に、土地を一筆ごとに手放すかどうかを判断できる制度です。期限も設けられていないため、相続後しばらく管理してみてから判断することもできます。

    売却・活用との順番

    国庫帰属は負担金を支払って手放す方法です。売却できれば対価を受け取れますし、活用できれば収益が生まれます。そのため一般的には、「活用・売却の可能性を確かめる → 難しければ寄附や国庫帰属を検討する」という順番で考えるのが自然です。統計で「有効活用の見込みが生じた」ことによる取下げが多いことも、この順番が実務的であることを示しています。

    実務上注意したいポイント

    • 相続登記を先に済ませる:国庫帰属を申請するにも、相続した土地の権利関係を明確にしておく必要があります。相続登記の申請は義務化されており、期限があります。
    • 共有のまま相続しない:共有の土地は共有者全員でなければ申請できません。遺産分割の段階で、手放す予定の土地を誰が取得するかを決めておくと、後の手続が進めやすくなります。
    • 境界と現況の確認を早めに行う:境界標の有無、越境物、残置物、地中の埋設物などは、売却する場合も国庫帰属を申請する場合も確認が必要です。
    • 固定資産税と管理責任は帰属まで続く:国庫に帰属するまでは所有者です。審査期間中も草刈りや安全確認などの管理は欠かせません。
    • 具体的な可否は法務局で確認する:要件への該当性は土地ごとに判断されます。申請前に法務局の相談を活用すると、準備の範囲を見極めやすくなります。

    AEGISの視点

    国庫帰属制度は、「相続した土地は持ち続けるしかない」という状況に出口を設けた点で、意義の大きい制度です。一方でAEGISは、この制度を「最後の出口」として位置付け、その手前で検討すべきことを先に整理することが大切だと考えています。

    使っていない土地にも、隣地の所有者にとっては価値がある、地域の事業者が駐車場や資材置き場として求めている、といった需要が隠れていることがあります。立地や面積によっては、賃貸以外の事業で活用できる場合もあります。また、負担金と準備費用を払って手放すことと、低い価格でも売却することのどちらが合理的かは、土地ごとの管理コストや将来の見通しによって変わります。

    さらに、この制度は相続・遺贈で取得した土地が対象です。将来、子どもが使わないと分かっている土地がある場合、生前贈与で渡すと国庫帰属を使えなくなる点も含めて、「誰に、どの財産を、どの方法で渡すか」を相続全体の設計の中で考える必要があります。遺言で手放す予定の土地の取得者を定めておくことも、相続人の負担を減らす一つの方法です。

    相続した実家が空き家になった場合の売却・賃貸・保有の比較は関連記事「相続した実家が空き家になったときの選択肢」で、相続登記の義務化への対応は「相続登記と住所等変更登記の義務化への対応」で解説しています。農地を相続した場合の考え方は「相続した農地・生産緑地をどうするか」も参考になります。制度改正を自分の承継計画にどう当てはめるかは、「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で全体像を整理しています。

    不動産の承継や評価にかかわる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 相続土地国庫帰属制度は、相続・遺贈で取得した土地を、要件を満たせば負担金を納めて国に引き取ってもらう制度です(令和5年4月27日開始)。
    • 建物がある土地、担保権が設定された土地、境界が不明な土地などは申請段階で却下され、崖や埋設物などがある土地は不承認となります。
    • 費用は審査手数料(1筆14,000円)と負担金(原則20万円、一部の土地は面積に応じて算定)に加え、解体や測量などの準備費用がかかることがあります。
    • 相続放棄は財産全体の判断、国庫帰属は土地ごとの判断です。活用・売却の可能性を確かめたうえで、出口の一つとして検討するのが現実的です。
    • 具体的な可否は土地ごとに異なるため、法務局での事前相談を活用することが望まれます。

    よくある質問

    Q. 相続してから何年も経っている土地でも申請できますか?

    申請できます。制度が始まった令和5年4月27日より前に相続した土地も対象とされています(法務省Q&A)。国庫帰属の申請には期限がないため、相続してから時間が経った土地でも検討できます。

    Q. 親から生前に贈与を受けた土地は対象になりますか?

    対象になりません。この制度を利用できるのは、相続または遺贈(相続人に対する遺贈)で土地を取得した人です。売買や生前贈与で取得した土地は対象外とされています。

    Q. 古い家が建ったままの土地でも申請できますか?

    建物がある土地は、申請の段階で却下される要件に当たります。原則として建物を解体してから申請することになります。解体を予定している場合の扱いは、申請予定の法務局に事前に相談しておくと安心です。

    Q. 兄弟で共有している土地はどうなりますか?

    共有の土地は、共有者全員で申請する必要があります。共有者のうち一人でも同意しない場合は申請できません。手放す可能性のある土地は、遺産分割の段階で単独の取得者を決めておくことも検討に値します。

    Q. 負担金はいつ、いくら払うのですか?

    負担金は原則20万円で、承認とあわせて届く負担金の額の通知を受けた日から30日以内に納めます。一部の宅地・農地と森林は面積に応じて算定されます。期限までに納めないと承認の効力が失われるため、資金をあらかじめ準備しておくことが大切です。

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    • 不動産の最適活用:立地・敷地・建物・周辺需要・投資負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用を比較します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司 著、ソシム、2023年(2024年第5刷)、第4章 土地の調査・土壌汚染の調査(印刷 p.196-197、p.282)、第10章 建物解体(印刷 p.444-445)
  • 区分所有法の改正でマンション所有者に何が変わるか|決議要件の見直し・新しい再生手法と、所有者が備えたいこと

    区分所有法の改正でマンション所有者に何が変わるか|決議要件の見直し・新しい再生手法と、所有者が備えたいこと

    マンションのルールの土台である区分所有法が大きく改正され、令和8年(2026年)4月1日から施行されています。結論から言えば、今回の改正で変わったのは「管理組合が物事を決めやすくなった」ことと、「老朽化したマンションを建て替える以外の選択肢が増えた」ことです。

    決めやすくなるということは、裏を返せば、総会に参加しない所有者や連絡がつかない所有者の意思は、これまでより反映されにくくなるということでもあります。自宅として住んでいる方だけでなく、投資用に貸している方、親から相続したまま管理を任せきりにしている方こそ、影響を確認しておきたい改正です。

    この記事では、改正の要点を法務省の資料に沿って整理したうえで、所有者の立場ごとに何に備えるべきかを考えます。マンションの相続税評価については、関連記事「居住用マンションの相続税評価はどう変わったか」で扱っています。

    改正の概要:いつから、何が変わったのか

    今回の改正は、「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第47号)によるものです。令和7年5月30日に公布され、区分所有法などの改正部分は令和8年4月1日に施行されました(法務省)。

    改正の柱は大きく二つです。

    • 管理の円滑化:集会(管理組合の総会)の決議を出席者の多数決で行えるようにする、所在が分からない区分所有者を決議の母数から除く、管理されていない専有部分・共用部分に裁判所が管理人を選任する制度を設ける、海外に住む所有者のための国内管理人の仕組みを設ける、など
    • 再生の円滑化:建替え決議の要件を一定の場合に緩和する、一棟リノベーション・建物と敷地の一括売却・取壊しなどを多数決で行えるようにする、建替え時の賃借人への補償の仕組みを設ける、など

    あわせて、国土交通省は令和7年10月17日に「マンション標準管理規約」を改正し、改正法に合わせた規約のひな型を示しています。

    管理の決議はどう変わったか

    普通決議:出席者の過半数で決まる

    管理費の額や修繕の実施など、日常的な事項を決める普通決議は、改正前は「区分所有者全員の頭数と議決権の各過半数」が原則でした。改正後は、総会に出席した区分所有者の頭数と議決権の各過半数で決まるのが法律上の原則になりました(区分所有法39条1項)。ここでいう出席者には、当日出席した人だけでなく、議決権行使書や委任状を提出した人も含まれます。

    ただし、普通決議の要件はもともと規約で別の定めを置くことが認められており、多くの管理組合は規約で独自の要件を定めています。実際にどの要件で決まるかは、自分のマンションの規約を見る必要があります。

    特別決議:定足数を満たせば、出席者の4分の3で決まる

    規約の変更や、形状・効用の著しい変更を伴う共用部分の変更などの特別決議は、改正前は区分所有者全員を母数として頭数と議決権の各4分の3以上が必要でした。改正後は、区分所有者と議決権の各過半数が出席すること(定足数)を前提に、出席者の頭数と議決権の各4分の3以上で可決できるようになりました(共用部分の変更は区分所有法17条1項、規約の変更は31条1項)。定足数は規約で引き上げることができ、共用部分の変更の4分の3の割合は、規約で2分の1を超える範囲まで引き下げることもできます。

    さらに、共用部分の変更のうち、次の場合は、要件が3分の2以上に緩和されます(同法17条5項)。

    • 共用部分の設置や保存の瑕疵によって他人の権利などが侵害され、またはそのおそれがある場合に、その瑕疵の除去に必要な変更(耐震性・防火性の不足、外壁等の剥落のおそれ、給排水管等の腐食などが典型例として説明されています)
    • 高齢者や障害者の移動の円滑化(バリアフリー化)のために必要な変更

    既存の規約はどうなるか

    改正法の施行の際に効力を持っている規約のうち、改正後の区分所有法に抵触する定めは、施行日から効力を失うとされています(改正法附則9条2項)。施行前に招集手続が始まった総会には改正前の規定が適用されるなど、経過的な取扱いも定められています。規約の見直しが済んでいなくても、法律上は改正後の要件で決議できる場面があるということです。

    項目改正前の原則改正後の原則
    普通決議全区分所有者の頭数・議決権の各過半数出席者の頭数・議決権の各過半数(規約で別段の定め可)
    一般的な特別決議全区分所有者の頭数・議決権の各4分の3以上各過半数の出席(定足数)+出席者の各4分の3以上
    共用部分の変更(緩和事由あり)上記と同じ各3分の2以上
    建替え・建物敷地売却など建替えは全区分所有者の各5分の4以上全区分所有者を母数に各5分の4以上(一定の事由で4分の3)

    ※AEGISが法務省資料・専門書籍をもとに整理した概要です。正確な要件は条文と各マンションの規約で確認してください。

    所在等不明の区分所有者を決議の母数から除く仕組み

    相続後に登記が放置されて相続人が分からない、住所を調べても連絡がつかない——こうした区分所有者がいると、全員を母数とする決議では「反対」と同じ扱いになり、必要な決議が成立しにくくなっていました。

    改正後は、裁判所が所在等不明と認めた区分所有者を、すべての決議の母数から除外できる制度が設けられました(区分所有法38条の2。除外された区分所有者は集会での議決権を有しないとされます)。建替えのように全区分所有者を母数とする決議でも、除外された人は母数に入りません。

    所有者の側から見ると、これは「連絡がつかない状態を放置すると、自分の持分が意思決定から外される」ことを意味します。相続したマンションの登記や住所の変更を後回しにしていると、管理組合からの通知が届かず、知らないうちに除外の手続が進む可能性もあります。相続登記や住所等の変更登記の義務化への対応は、関連記事「相続登記と住所等変更登記の義務化への対応」で整理しています。

    建替え・再生の決議はどう変わったか

    建替え決議:原則5分の4、一定の事由があれば4分の3

    建替え決議は、改正後も区分所有者全員を母数として頭数と議決権の各5分の4以上が原則です。ただし、次のような客観的な事由がある場合は、4分の3以上に緩和されました(区分所有法62条。各事由の基準は法務大臣が定めます)。

    • 耐震性の不足
    • 火災に対する安全性の不足
    • 外壁等の剥落により周辺に危害を生ずるおそれ
    • 給排水管等の腐食などによる衛生上の問題
    • バリアフリー基準への不適合

    建て替えない再生も、多数決で選べるように

    改正前は、老朽化したマンションの再生は「建替え」が中心でした。改正後は、次の手法も建替えと同等の多数決(原則5分の4、一定の事由で4分の3)で行えるようになりました。

    • 建物更新(一棟リノベーション):建物の骨格を残しながら、全体を大規模に改修する
    • 建物敷地売却:建物と敷地を一括して売却する
    • 建物取壊し敷地売却:建物を取り壊したうえで敷地を売却する
    • 取壊し:建物を取り壊す

    敷地を売却する決議では、頭数と議決権に加えて、敷地利用権の持分の価格の割合も多数決の基準に組み込まれます。また、政令で指定された大規模な災害で被災した場合は、被災区分所有法の特例により、建替えや建物更新、敷地売却、取壊しなどの決議要件が「3分の2」に緩和される仕組みも設けられています。

    賃借人がいる場合:補償金と賃貸借の終了

    建替え決議がされた場合に、賃借人に金銭の補償をすることを前提として、専有部分の賃貸借を終了させる制度が設けられました。賃貸借の終了を請求した日から6か月を経過すると賃貸借は終了し、その専有部分の区分所有者は、賃借人に対し、賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金を支払わなければなりません。賃借人は、補償金の提供を受けるまでは明渡しを拒むことができるとされています(区分所有法64条の2)。

    投資用に区分所有マンションを貸している方にとっては、補償金の支払義務は貸している区分所有者自身にあるため、建替え等が決まったときに、賃借人との関係をどう整理するか、補償の負担や時期をどう見込むかが、新たに考えるべき論点になります。

    管理されていない部屋・共用部分と、海外に住む所有者

    改正法では、マンションに特化した財産管理の制度も設けられました。

    • 所有者不明専有部分管理制度:所在等不明の区分所有者の専有部分について、裁判所が選任する管理人に管理させる制度。管理人が保存・利用・改良の範囲を超える行為(売却など)をするには、裁判所の許可が必要です(区分所有法46条の2・46条の3)
    • 管理不全専有部分管理制度・管理不全共用部分管理制度:ごみの放置や配管の腐食の放置、外壁の剥落の危険など、管理されていない状態の専有部分・共用部分を、裁判所が選任する管理人に管理させる制度

    また、区分所有者が国内に住所等を有しない場合(または有しないこととなる場合)に備えて、国内管理人を選任できる仕組みが設けられました。国内管理人は、保存行為や、総会の招集通知の受領、議決権の行使、管理費等の支払いなどを行うことができます。規約で国内管理人の選任を義務付けることも可能です。

    さらに、区分所有建物の管理について、区分所有者が相互に協力しなければならないという責務も明記されました(区分所有法5条の2)。

    所有者の立場別に見る影響

    同じ改正でも、マンションとの関わり方によって備えるべきことは異なります。

    所有者の立場主な影響確認したいこと
    自宅として居住修繕・規約変更が決まりやすくなる。建替え以外の再生も選択肢に長期修繕計画、修繕積立金の水準、総会資料
    投資用に賃貸総会を欠席すると意思が反映されにくい。建替え時は賃借人への補償が論点に管理会社任せの範囲、議決権行使の方法、賃貸借契約
    相続したまま保有登記・住所が古いと通知が届かず、所在等不明として扱われるおそれ相続登記、住所変更、管理費の引落し口座
    海外に居住国内管理人の選任を規約で求められる可能性規約の改正状況、代理人の確保

    ※AEGISによる整理です。実際の影響はマンションの規約・築年数・管理状況によって異なります。

    投資用マンションの管理を管理会社に委ねている場合でも、総会での議決権行使は所有者自身の判断です。管理委託の範囲や契約の確認点は、関連記事「賃貸管理を委託するときの契約の確認点」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 総会資料を「読むだけ」にしない:出席者多数決では、議決権行使書を出さないことがそのまま「判断を他の人に委ねる」ことになります。議案の要領は招集通知に示されるので、毎年の資料に目を通し、意思表示をする習慣をつけておきたいところです。
    • 規約の改正状況を確認する:改正法に抵触する規約は効力を失いますが、どの定めが残り、どこが改正されたかはマンションごとに異なります。
    • 「再生」の議論が始まったら早めに情報を集める:建替え・一棟リノベーション・敷地売却のどれを選ぶかで、所有者の負担や受け取る対価、退去の時期は大きく変わります。
    • 税金は再生の手法ごとに考え方が異なる:建物と敷地を売却する場合は譲渡所得の課税が問題になり得るなど、手法によって税務上の扱いが変わります。具体的な取扱いは個別に確認が必要です。

    AEGISの視点

    区分所有マンションは、所有権を持っていても、建物の将来を自分一人では決められない資産です。今回の改正は、その「決められなさ」を和らげるものですが、同時に、関与しない所有者の意思が反映されにくくなるという側面を持っています。

    AEGISは、マンションを保有するオーナーにとって大切なのは、改正の条文を覚えることよりも、「このマンションの将来の意思決定に、誰が、どのように関与するのか」を家族の中で決めておくことだと考えています。高齢の親が保有している場合、相続で子が複数で引き継ぐ場合、海外に住む家族が取得する場合——いずれも、総会の通知を誰が受け取り、誰が判断するのかが曖昧になりやすい場面です。

    また、老朽化が進んだマンションでは、「持ち続ける」「再生に参加する」「早めに手放す」の比較が現実的な課題になります。評価・収益・管理の負担・承継をあわせて考えることで、制度の変化を受け身ではなく、判断の機会として生かせます。改正情報を自分の資産に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも整理しています。

    不動産の保有と承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 改正区分所有法は令和8年4月1日に施行され、管理と再生の両面で決議要件が見直されました。
    • 普通決議・特別決議は出席者を基準とする多数決が原則となり、所在等不明の区分所有者を母数から除く制度もできました。
    • 建替え決議は一定の事由があれば4分の3に緩和され、一棟リノベーションや敷地売却なども多数決で選べるようになりました。
    • 賃借人への補償、国内管理人、管理不全の部屋への管理人制度など、投資用・相続したマンションの所有者に関わる仕組みも加わりました。
    • 決めやすくなった分、所有者が意思表示をしないことの影響は大きくなります。規約・総会資料・登記と連絡先を点検しておくことが出発点です。

    よくある質問

    Q. 改正法は、改正前に建てられたマンションにも適用されますか?

    適用されます。改正後の規定は施行前に生じた事項にも原則として適用され、改正後の法律に抵触する既存の規約の定めは施行日から効力を失うとされています。ただし、施行前に招集手続が始まった総会など、経過的に改正前の規定が適用される場面もあります。

    Q. 総会を欠席して委任状も出さなかった場合、どう扱われますか?

    改正後の出席者多数決では、欠席して議決権も行使しなかった人は、決議の母数(出席者)に含まれません。結果として、出席した人や議決権行使書・委任状を提出した人の判断で物事が決まることになります。賛否を示したい場合は、議決権行使書などで意思表示をしておくことが大切です。

    Q. 建替え決議は、改正後は4分の3で決まるのですか?

    原則は改正後も5分の4です。耐震性の不足や外壁等の剥落のおそれ、給排水管等の腐食、バリアフリー基準への不適合など、法律が定める客観的な事由がある場合に限り、4分の3に緩和されます。

    Q. 投資用マンションの賃借人は、建替えが決まったらすぐに退去しなければなりませんか?

    改正法では、建替え決議がされた場合に、補償金の支払いを前提として賃貸借を終了させる制度が設けられました。請求の日から6か月で賃貸借は終了し、補償金は貸している区分所有者が支払うこととされています(区分所有法64条の2)。賃借人は補償金の提供を受けるまで明渡しを拒むことができるとされています。手続や期間の詳細は、実際に建替え等が具体化した段階で、契約内容とあわせて確認する必要があります。

    Q. 海外に住んでいる家族がマンションを相続した場合、何に注意すればよいですか?

    改正法では、国内に住所等を有しない区分所有者のために国内管理人を選任できる仕組みが設けられ、規約で選任を義務付けることもできます。総会の通知を確実に受け取り、議決権を行使できる体制を、相続の段階から考えておくことが望まれます。

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    • 不動産の最適活用:立地・建物・周辺の需要・投資の負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用といった選択肢を比較して検討します。
    • 不動産管理と実行管理:賃料・空室・修繕・返済・会計・税務をつなげて、収益不動産の管理を支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『Q&A マンション標準管理規約の改正 ―区分所有法改正と社会状況の変化に対応する標準管理規約の見直し―(令和7年10月改正)』渡辺晋 著、公益財団法人マンション管理センター 発行/大成出版社 発売、2026年、第1編(P.9-18)
    • 『マンション総会運営マニュアル ―管理組合の意思決定プロセスはこれでクリアに―』東京弁護士会 弁護士業務改革委員会 マンション部会 編、新日本法規出版、2026年、第1章(P.14-21)
  • 経営者保証を外して事業承継する方法|ガイドラインと「事業承継時の特則」を踏まえた準備と金融機関との話し合い方

    経営者保証を外して事業承継する方法|ガイドラインと「事業承継時の特則」を踏まえた準備と金融機関との話し合い方

    「会社を継ぐのはいい。でも、何億円もの借入の個人保証まで背負うのは怖い」——後継者候補からこうした声が出て、事業承継が止まってしまうことがあります。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、経営者保証が後継者にとって事業承継時の課題や障害になり得ることが指摘されています。

    結論から言えば、経営者保証は「交代のときに自動的に後継者へ引き継がれるもの」ではなく、金融機関と改めて話し合う対象です。中小企業・経営者・金融機関の共通ルールである「経営者保証に関するガイドライン」と、その「事業承継時に焦点を当てた特則」は、そのための共通ルールを示しています。ただし、話し合いを有利に進められるかどうかは、承継の数年前からの準備にかかっています。

    この記事では、保証を外す・引き継がないための考え方と、オーナーと後継者が今から整えておきたい準備、金融機関との話し合いの進め方を整理します。

    経営者保証とは、なぜ承継の壁になるのか

    経営者保証とは、会社が金融機関から借入れをする際に、経営者個人が連帯保証人になることをいいます。会社が返済できなくなれば、経営者個人の財産で返済する責任を負います。

    中小企業では、会社と経営者の財産や資金の区別があいまいになりやすく、金融機関が会社の信用を補うために経営者保証を求めてきた経緯があります。オーナー経営者にとっては「会社の借入は自分の借入」という感覚が当たり前でも、後継者、とくに親族以外の役員・従業員にとっては事情が違います。

    • 自分が借りたわけではない借入の責任を、個人で負うことになる
    • 自宅や家族の生活が、会社の業績に左右される
    • 親族内承継と違い、保証に見合う個人財産を引き継ぐわけではない

    こうした不安が、承継を受け入れるかどうかの判断に直結します。

    経営者保証に関するガイドラインの基本

    「経営者保証に関するガイドライン」は、中小企業・経営者・金融機関に共通する自主的なルールとして、平成25年12月に公表され、平成26年2月から適用されています。法的な拘束力はありませんが、関係者が自発的に尊重することが期待されています。

    ガイドラインでは、次のような経営状況が整っていれば、金融機関は経営者保証を求めない可能性や、保証に代わる融資手法の活用を検討するとされています。中小企業庁はこれを3つの要件として整理しています。

    要件具体的に求められること準備の例
    法人と個人の分離資産の所有や資金のやりとりについて、会社と経営者が明確に区分されている社長個人への貸付金・会社への貸付金の整理、私的な経費の排除、事業用資産の所有関係の整理
    財務基盤の強化会社だけの資産や収益力で借入を返済できる収益力の改善、自己資本の充実、借入の返済計画の見直し
    経営の透明性金融機関に財務情報を適時適切に開示している試算表・資金繰り表の定期提出、事業計画の共有、決算の信頼性向上

    また、ガイドラインは保証に代わる手法として、停止条件付・解除条件付の保証契約、売掛金や在庫などを担保とする融資(ABL)、金利の一定の上乗せなどを挙げています。

    「事業承継時の特則」で何が変わったか

    令和元年12月に公表され、令和2年4月から適用されている「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」は、事業承継の場面での金融機関の対応をより具体的に示したものです。主なポイントは次のとおりです。

    1. 前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めない

    特則では、原則として前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めないこととされています。例外として認められるのは、相続が確定するまでの一時的な場合、前経営者から会社への多額の貸付金が残っている場合、金融支援を受けている会社で資産の移転が行われている場合、双方が自ら書面で保証の提供を申し出た場合などに限られます。

    2. 後継者との保証契約は「改めて検討」する

    金融機関は、前経営者の保証を後継者に当然に引き継がせるのではなく、保証契約の必要性を改めて検討することとされています。その際には、事業の将来性の評価、事業承継計画の内容、外部専門家による検証の結果、保証に代わる手法の活用可能性などが考慮されます。

    3. 前経営者の保証解除の考え方

    前経営者についても、退任後も実質的な経営権・支配権を持ち続けているかどうか、既存の債権の保全状況、会社の資産・収益力などを考慮して、保証の解除を判断するとされています。株式を持ち続けたり、代表権を残したりすると、保証が続く理由になり得ます。

    4. 金融機関の説明

    保証を求める場合、金融機関は、ガイドラインの要件のどの部分が足りないのか、どのような改善をすれば保証の見直しの可能性が高まるのかを、個別・具体的に説明することが求められています。

    保証を外すために、今から準備したいこと

    特則があるからといって、何もしなくても保証が外れるわけではありません。金融機関が「保証がなくても貸せる」と判断できる材料を、承継の前から積み上げることが本質です。

    会社とオーナーの間のお金と資産を整理する

    もっとも影響が大きいのが、会社とオーナー個人の間の貸し借りや資産の所有関係です。オーナーから会社への多額の貸付金(会社から見れば役員借入金)が残っていると、二重徴求の例外に当たる可能性があります。会社からオーナーへの貸付金や、私的な支出の混在も、「法人と個人の分離」ができていない典型例です。

    • 役員借入金・役員貸付金の残高と、その発生理由を一覧にする
    • 会社が使う不動産をオーナー個人が所有している場合、賃貸借の条件を明確にする
    • 会社の経費と個人の支出を明確に分ける

    会社とオーナーの間の資金管理の整え方は、関連記事「資産管理会社と事業会社の資金管理」で、役員借入金が多い場合の承継は「役員借入金が多い会社の事業承継」で扱っています。

    返済力を「数字」で示せるようにする

    会社だけの収益力で借入を返済できることを示すには、過去の実績に加えて、承継後の事業計画と返済計画が必要です。後継者自身が計画づくりに関わり、自分の言葉で金融機関に説明できる状態にしておくことが、信頼の土台になります。

    情報開示を「習慣」にする

    決算書を年に一度渡すだけでなく、試算表や資金繰りの状況を定期的に共有している会社は、金融機関から見て経営の透明性が高いと評価されやすくなります。事業承継ガイドラインでも、財務情報を経営者自ら金融機関などに説明することが、信用力の獲得につながるとされています。

    後継者に債務の全体像を早めに開示する

    親族外の後継者は、承継の直前まで会社の借入の全体像を知らないことが少なくありません。最終段階で借入や保証の大きさを知り、承継を断念する例もあります。借入・保証・役員借入金の状況は、早い段階で後継者と共有しておくことが大切です。

    金融機関との話し合いの進め方

    段階主な取組み話し合いのポイント
    承継の3〜5年前法人と個人の分離、財務の整理、開示の習慣化現状でガイドラインの要件のどこが足りないかを確認する
    承継の1〜2年前事業承継計画・事業計画の共有、後継者の紹介承継後の保証の扱いについて方針を相談する
    承継時代表者交代、株式の移転後継者の保証の要否、前経営者の保証解除を具体的に協議する
    承継後計画の実行と定期的な報告保証が残った場合も、条件付き保証や解除の時期を引き続き協議する

    話し合いでは、「保証を外してほしい」と求めるだけでなく、金融機関が判断に必要とする材料をこちらから示す姿勢が効果的です。保証が必要だと言われた場合は、どの要件が不足しているのか、何を改善すれば見直しの可能性があるのかを確認し、改善計画に落とし込みます。

    このほか、日本政策金融公庫の事業承継向けの融資制度では、事業承継に際して経営者保証の免除などを取引金融機関に申し入れたことを契機に資金調達が難しくなった事業者も対象とされています。信用保証協会でも、保証料の上乗せによって経営者保証を不要とする制度や、事業承継時の保証解除を後押しする仕組みが設けられています。要件は制度ごとに異なるため、利用を考える場合は各機関で最新の内容を確認してください。

    金融機関側のルールも見直されています。金融庁の監督指針は、令和5年4月1日から、金融機関が経営者等と個人保証契約を締結する場合に、保証契約の必要性等について事業者・保証人に詳細な説明を求める内容に改正されました。また、金融庁は令和8年5月1日に「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」を開設しています。経営者・後継者や金融機関等が所定の相談シートを金融庁へ提出し、保証契約の必要性などについての認識を関係者の間でそろえることを目指す仕組みで、個別案件のあっせん・仲介・調停を行うものではなく、保証契約の解除等を確約するものでもありません。

    保証が残る場合と、万一のときの考え方

    準備を重ねても、事業の状況によっては保証が残ることがあります。その場合も、保証金額を必要な範囲に絞る、一定の条件を満たしたら保証が外れる解除条件付の契約にするなど、保証の「形」を話し合う余地があります。

    また、ガイドラインは、会社の債務整理に伴って保証債務を整理する場面についても定めています。一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅などを、保証人の手元に残すことを検討するとされており、保証が「すべてを失う」ことに直結しないための考え方が示されています。後継者の不安をやわらげるうえでも、こうした仕組みを正確に伝えることが役立ちます。

    AEGISの視点

    経営者保証の問題は、金融機関との交渉術の問題に見えますが、AEGISはこれを「会社とオーナー家の境界線をどれだけ明確に引けているか」の問題だと考えています。

    役員借入金、オーナー所有の事業用不動産、会社と個人の間の資金の行き来——こうした境界のあいまいさは、長年の経営の中で自然に生まれたものです。しかし承継の場面では、それが「保証が外れない理由」として表に出てきます。保証の問題を解こうとすると、結果として、事業用不動産の持ち方、株式の承継方法、オーナー個人の資産設計まで見直すことになります。

    だからこそ、保証の整理は承継の最後の手続ではなく、承継計画の早い段階に組み込むべきテーマです。後継者が安心して「継ぐ」と言える環境を整えることは、会社の価値を次の世代に渡すための、もっとも実務的な準備の一つだとAEGISは考えています。

    事業承継全体の進め方は「事業承継は何から始めるべきか」で、役員・従業員への承継の実行方法は「従業員承継(MBO)で後継者が株式を取得する方法」で解説しています。

    まとめ

    • 経営者保証は、事業承継の際に後継者へ自動的に引き継がれるものではなく、金融機関と改めて話し合う対象です。
    • 経営者保証に関するガイドラインは、法人と個人の分離、財務基盤の強化、経営の透明性の3つを、保証を求めない判断の目安として示しています。
    • 事業承継時の特則では、前経営者と後継者からの二重徴求を原則として行わないこと、後継者の保証は改めて検討すること、金融機関が不足点を具体的に説明することなどが示されています。
    • 保証を外す鍵は、会社とオーナーの間の貸し借り・資産の整理、返済力の裏付け、継続的な情報開示を、承継の数年前から整えることです。
    • 具体的な対応は、会社の財務状況や金融機関との関係によって異なります。

    よくある質問

    Q. 社長が交代すれば、前社長の保証は自動的に外れますか?

    自動的には外れません。特則では、前経営者が実質的な経営権・支配権を持ち続けているか、債権の保全状況、会社の資産・収益力などを考慮して解除を判断するとされています。株式や代表権を残す場合は、その点も含めて金融機関と協議する必要があります。

    Q. 後継者は必ず保証人にならなければいけませんか?

    必ずではありません。特則では、後継者との保証契約は前経営者の保証を当然に引き継がせるのではなく、必要性を改めて検討するとされています。ただし、ガイドラインの要件が整っていない場合には保証を求められることもあり、その場合は不足している点と改善の方向を確認することが大切です。

    Q. オーナーから会社への貸付金が多いと、何が問題になりますか?

    前経営者から会社への多額の貸付金が残っている場合は、前経営者と後継者の双方から保証を求める例外に当たる可能性があります。また、法人と個人の分離という観点からも整理が求められます。承継前に、貸付金の扱いを方針として決めておくことが望まれます。

    Q. 金融機関に保証の解除をお願いするのは、関係を悪くしませんか?

    ガイドラインと特則は、金融機関自身も尊重することが期待されている共通ルールです。一方的に求めるのではなく、事業計画や財務情報を示しながら相談する形をとれば、建設的な話し合いになりやすいといえます。

    Q. どのくらい前から準備を始めればよいですか?

    法人と個人の分離や財務の改善には時間がかかるため、承継の3〜5年前から取り組むのが一つの目安です。後継者が未定の段階でも、会社とオーナーの間のお金の整理や情報開示の習慣づくりは始められます。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、P.2-29(第1章)、P.210-214(第5章Ⅰ)

    その他参考資料