相続を見据えて不動産をどうするかは、「残す」「売る」「組み替える」のどれが正解かではなく、物件ごとに役割を決める作業です。判断の軸は、相続税評価額と市場価格の差、家族で分けやすいか、納税資金をどう用意するか、引き継いだ人が運営し続けられるか、の4つに整理できます。
そのうえで、時期の問題があります。国税庁は2026年9月に、課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する通達案を公表しました(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定、意見募集中で最終通達は未発遣)。相続の直前に賃貸物件を買い足す「組み替え」は、これまでと同じ前提では考えにくくなっています。
この記事では、相続前の現状把握を終えた方が、次に「どう動くか」を選ぶための考え方を整理します。
「残す・売る・組み替える」は物件ごとに選ぶ
相続財産に占める不動産の比重は大きく、国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」(令和7年12月)では、相続財産の金額のうち土地が7兆4,074億円、家屋が1兆1,901億円で、合計24兆5,415億円に対し土地だけで約3割(30.2%)を占めています。不動産の扱いが相続全体の結果を左右しやすいのはこのためです。
不動産の選択肢は、大きく次の3つです。
- 残す:現状のまま保有し、誰が引き継ぐかを決めておく
- 売る:相続前に売却して現金化する、または相続後に売却して納税や分割に充てる
- 組み替える:売却と購入を組み合わせる(買い替え)、保有の主体を個人から法人に移す(法人化)、分けやすい資産に置き換える
ここで大切なのは、すべての不動産に同じ答えを出す必要はないということです。収益力の高い物件は残し、収益が低く分けにくい物件は売る、という判断は自然です。まずは物件ごとに「この不動産は家族にとってどんな役割を持つのか」を言葉にしておくと、選択の理由が説明しやすくなります。
現状の確認事項(評価・収益性・共有・納税資金)については、関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で整理しています。
判断の4つの軸
AEGISでは、物件ごとの判断を次の4つの軸で整理することをおすすめしています。
| 判断の軸 | 確かめること | 「残す」に向く状態 | 「売る・組み替える」を検討したい状態 |
|---|---|---|---|
| 1. 評価と時価の差 | 相続税評価額と、実際に売れる価格の関係 | 時価が評価額を十分に上回る | 評価額が時価に近い、または時価を上回る |
| 2. 分けやすさ | 相続人の数、物件の数、分割できる形か | 相続人ごとに引き継ぐ物件を割り当てられる | 1棟を複数人で共有するしかない |
| 3. 納税資金 | 相続税の見込み額と、手元の金融資産 | 金融資産や保険で納税できる見込みがある | 納税のために売却が避けられない |
| 4. 承継後の運営 | 管理の手間、修繕、借入れ、後継者の意向 | 引き継ぐ人が運営を続けられる | 管理できる人がいない、大規模修繕が迫る |
それぞれの軸を順に見ていきます。
1. 評価と時価の差
相続税の土地評価の基準となる路線価は、国税庁によれば地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(「令和8年分の路線価等について」)。一般的な土地では、相続税評価額は市場価格より低くなりやすいといえます。賃貸している土地や建物は、借家人の権利を考慮してさらに評価が下がります。
一方で、形状が悪い土地、道路づけに問題がある土地、需要の弱い地域の土地などでは、評価額が実際に売れる価格を上回ることもあります。このような不動産を「相続税評価額が低いから」と残しても、家族にとっては評価額以上の価値を持たないことになります。
- 時価が評価額を大きく上回る物件:残すことで相続税の計算上は有利に働きやすい
- 評価額と時価が近い、または逆転している物件:相続前の売却や組み替えを比較する価値がある
評価額が時価を上回る土地の扱いは、関連記事「時価が評価額を下回る土地は鑑定で申告できるか」で詳しく解説しています。
2. 分けやすさ
相続人が複数いるのに、大きな不動産が1つしかない場合、選択肢は「共有で相続する」「1人が相続して他の相続人に代償金を払う」「売却して代金を分ける」のいずれかになりがちです。
共有は、その場では公平に見えても、将来の売却・建替え・大規模修繕のたびに共有者全員の調整が必要になります。共有者に次の相続が起きれば、関係者はさらに増えます。相続前の段階で、
- 物件を分けられる形にしておく(区分できる建物、分筆できる土地など)
- 相続人の数に合わせて、物件の数や種類を調整する
- 代償金を払う人の資金の当てを確認しておく
といった準備をしておくと、相続後の選択肢が広がります。
3. 納税資金
相続税の申告と納付の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 タックスアンサーNo.4205)。不動産が中心の財産構成では、この期限までに現金を用意できるかが重要な論点になります。
相続後に不動産を売って納税する場合、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却すれば、支払った相続税の一部を譲渡所得の取得費に加算できる特例があります(租税特別措置法第39条、国税庁 タックスアンサーNo.3267)。売却益にかかる所得税・住民税を抑える効果があるため、「相続後に売る」という選択肢を検討するときの前提になります。ただし、売却が10か月の納付期限に間に合わない場合は、延納などの手当てが別に必要です。
取得費加算の要件と計算は、関連記事「相続した不動産を売ったときの取得費加算」で、納税資金の準備方法の比較は「相続税の納税資金をどう準備するか」で解説しています。
4. 承継後の運営のしやすさ
賃貸不動産は、引き継いだ後も入居者対応、修繕、借入れの返済、確定申告が続きます。相続税の計算だけで「残す」を選ぶと、運営の負担を引き継ぐ人に集中させることになりかねません。
- 引き継ぐ予定の人は、賃貸経営を続ける意思と時間があるか
- 築年数から見て、近い将来に大規模修繕や建替えが必要か
- 借入れの残高と返済期間は、賃料収入とのバランスがとれているか
- 管理会社との契約内容を、引き継ぐ人が理解しているか
運営を続けられる人がいない物件は、相続の前後どちらで売るかを含めて検討しておく必要があります。
「売る」を選ぶとき:相続前か、相続後か
売ると決めた場合でも、「相続前に本人が売る」か「相続後に相続人が売る」かで、税金と手続きが変わります。
相続前に売る場合は、売却益に所得税・住民税がかかり、手元に残った現金が相続財産になります。現金は不動産より相続税評価額が高くなる(時価がそのまま評価額になる)ため、相続税の計算上は不利に働くことがあります。一方で、売り急ぐ必要がなく、本人の意思で売却条件を決められる、分けやすい財産に変わる、といった利点があります。
相続後に売る場合は、相続税は不動産の評価額で計算されたうえで、売却時に取得費加算の特例を使える可能性があります。ただし、相続人どうしで売却の時期や価格に合意できないと、売却そのものが進まないおそれがあります。また、相続税の納付期限までに売却できるとは限りません。
どちらが有利かは、相続税率、売却益の大きさ、相続人の関係、売却の難易度によって変わります。概算で両方の手取りを比べてから判断することが大切です。
「組み替える」を選ぶとき:3つの型と注意点
組み替えには、主に次の3つの型があります。
| 組み替えの型 | ねらい | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 買い替え | 収益性の低い物件を、収益性や流通性の高い物件に替える | 売却時の譲渡所得課税、取得費用、借入れの増加、令和9年以後の評価見直し(通達案) |
| 法人化 | 保有の主体を資産管理会社に移し、所得の分散や承継のしやすさを図る | 個人から法人への譲渡時の課税、登録免許税・不動産取得税、会社の株式の評価と承継 |
| 現金化・分けやすい資産への置き換え | 分割と納税をしやすくする | 相続税評価額が上がる場合がある、運用先の選択 |
買い替えと、令和9年以後の評価見直し
これまで、相続前に賃貸用の不動産を購入すると、購入価格と相続税評価額の差によって相続税が軽くなる効果が注目されてきました。しかし、国税庁が2026年9月18日に意見募集を始めた「貸付用不動産の評価について(案)」では、次の考え方が示されています。
- 課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産は、課税時期の「通常の取引価額」に相当する金額で評価する
- ただし、取得価額がその時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は取得価額に地価変動率を乗じた金額、建物は取得価額から償却費相当額を控除した金額の、それぞれ80%で評価できる
- 不動産小口化商品についても、別に評価方法を定める
- 令和9年1月1日以後の相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用する
案の段階であり、意見募集は2026年10月18日まで、最終的な通達はまだ定められていません。それでも、「相続直前に買えば評価が大きく下がる」という前提は、今後は成り立ちにくいと考えておくのが現実的です。買い替えを検討する場合は、評価の効果よりも、収益性、修繕負担、売却のしやすさといった物件そのものの力で判断する姿勢が一層重要になります。
制度の内容は関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で、購入による対策の損得は「相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか」で解説しています。
法人化
資産管理会社に不動産を移すと、賃料収入が会社に入るため、役員報酬などを通じて家族に所得を分けることができます。また、相続の対象が不動産そのものではなく会社の株式になるため、分け方の設計の幅が広がることもあります。
一方で、個人から会社に不動産を売る時点で、売却益への課税や移転のコストが発生します。会社の株式の評価や、会社をどう運営していくかという新たな論点も生まれます。法人化は相続のためだけに行うものではなく、長く保有する前提の物件で、所得と運営の両面から意味があるかを確かめて判断したい選択肢です。
実務上注意したいポイント
- 物件ごとの一覧を作る:評価額の目安、市場価格の目安、賃料収入、借入残高、築年数、引き継ぐ予定の人を1枚にまとめると、4つの軸で比べやすくなります。
- 評価額だけで判断しない:相続税が下がっても、収益が低い、分けにくい、売れない物件では、家族の負担が残ります。
- 相続直前の駆け込みを避ける:評価の見直し(通達案)に加え、評価通達の定めによらない評価が行われる場合もあります(最高裁令和4年4月19日判決)。行動の目的と経緯を説明できるようにしておくことが大切です。
- 家族と方針を共有する:売る・残すの判断は、相続人の生活や意向と結びつきます。本人の判断の理由を、遺言やメモで残しておくと、相続後の対立を避けやすくなります。
- 具体的な税額は個別に試算する:売却益、相続税率、特例の適用の可否で結論が変わります。
AEGISの視点
不動産の相続対策というと、「評価額をいくら下げられるか」に関心が集まりがちです。しかしAEGISは、相続前の不動産の見直しを「家族が引き継いだ後も、無理なく持ち続けられるポートフォリオに整える作業」と考えています。
評価額を下げることは、手段の一つにすぎません。評価が下がっても、収益が低く、分けにくく、運営できる人のいない不動産を残せば、相続税は軽くなっても家族の負担は重くなります。逆に、評価額がやや高くても、収益力があり、引き継ぐ人が決まっている不動産は、家族にとって大切な財産であり続けます。
令和9年以後の貸付用不動産の評価見直し(通達案)は、評価の差だけに頼る対策の見直しを促すものです。AEGISは、この変化を「不動産そのものの力で判断する」という本来の姿に立ち返る機会と捉えています。税(Tax)、所有の形(Ownership)、承継(Succession)を一枚の表で並べ、物件ごとに役割を決めること。それが、残す・売る・組み替えるを選ぶための出発点です。
相続対策と事業承継を一体で考える全体像は、関連記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。
不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。
不動産の評価や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。
相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。
まとめ
- 相続前の不動産は、「残す・売る・組み替える」を物件ごとに選びます。
- 判断の軸は、評価と時価の差、分けやすさ、納税資金、承継後の運営のしやすさの4つです。
- 売る場合は、相続前と相続後で税金と手続きが変わります。相続後の売却では取得費加算の特例が使える可能性があります。
- 組み替えには、買い替え・法人化・現金化の型があり、それぞれ固有の注意点があります。
- 課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産の評価見直し(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定・通達案)により、相続直前の購入による対策の効果は小さくなる見込みです。
- 具体的な判断は、個別の試算と家族の意向の確認を踏まえて行うことが大切です。
よくある質問
Q. 相続税評価額が低い不動産は、残した方がよいのですか?
一般的には、時価が評価額を大きく上回る不動産を残すと、相続税の計算上は有利に働きやすいといえます。ただし、収益が低い、分けにくい、管理できる人がいないといった事情があれば、家族の負担が残ります。評価だけでなく、分けやすさ・納税資金・運営のしやすさをあわせて判断することが大切です。
Q. 不動産は相続前に売るのと、相続後に売るのとでは、どちらが有利ですか?
一概には決まりません。相続前に売ると財産が現金になり、相続税の計算上は評価額が高くなることがあります。相続後に売ると、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの売却であれば取得費加算の特例を使える可能性がありますが、相続人の合意や納付期限との関係に注意が必要です。両方の手取りを試算して比べることをおすすめします。
Q. 令和9年からの評価見直しは、すでに持っている賃貸物件にも関係しますか?
国税庁の通達案では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産が対象とされています。長く保有している物件は、原則として対象外と考えられます。ただし、案の段階であり、増改築や建築中の扱いなどの細部を含め、最終的な通達の内容を確認する必要があります。
Q. 共有で相続するのは避けるべきですか?
共有がすべて悪いわけではありませんが、売却・建替え・大規模修繕のたびに共有者全員の調整が必要になり、次の相続で関係者が増えるおそれがあります。相続前に、物件を分けられる形にしておく、相続人ごとに引き継ぐ物件を割り当てる、といった準備を検討しておくと安心です。
Q. 法人化すれば相続税は必ず軽くなりますか?
必ず軽くなるとはいえません。個人から会社に不動産を移す時点で譲渡の課税や移転のコストが生じ、相続の対象は会社の株式に変わります。法人化は、所得の分散や運営のしやすさを含めて、長期の保有を前提に意味があるかを確かめて判断する選択肢です。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」(令和7年12月)
確認日:2026-10-10 - 国税庁「令和8年分の路線価等について」(令和8年7月)
https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2026/rosenka/index.htm
確認日:2026-10-10 - 国税庁「『貸付用不動産の評価について』の法令解釈通達(案)に対する意見公募手続の実施について」(令和8年9月18日)、別紙1「通達案の概要」、別紙2「貸付用不動産の評価について(案)」
確認日:2026-10-10 - 国税庁 タックスアンサー No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm
確認日:2026-10-10 - 国税庁 タックスアンサー No.4205「相続税の申告と納税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
確認日:2026-10-10 - e-Gov法令検索「租税特別措置法」第39条
https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026/20261001_508AC0000000012
確認日:2026-10-10 - 最高裁判所第三小法廷 令和4年4月19日判決(令和2年(行ヒ)第283号)
確認日:2026-10-10
書籍
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