親が亡くなり、誰も住まなくなった実家をどうするか。多くの家族にとって、これは相続手続きの中でも最も判断を先送りしやすいテーマです。思い出のある家を手放すことへのためらいもあれば、兄弟姉妹の意見がそろわないこともあります。
ただし、空き家の問題は「時間が経つほど選択肢が減る」性質を持っています。結論から言えば、相続した実家については、相続開始からおおむね3年以内に「売る・貸す・残す」の方向性を決めることが重要です。売却する場合に使える「空き家の3,000万円特別控除」には期限と細かな要件があり、空き家のまま放置すれば固定資産税の負担が増えるおそれもあるからです。
この記事では、親の自宅に絞って、3つの選択肢の比べ方と、特例の要件、保有を続ける場合の注意点を整理します。
実家が空き家になると、何が起きるのか
まず、空き家になった実家を相続した人が向き合うことを確認しておきます。
- 維持費がかかり続ける:固定資産税・都市計画税、火災保険料、水道光熱の基本料金、庭木の手入れや草刈り、定期的な換気や点検の費用がかかります。遠方であれば交通費や時間も負担になります。
- 管理の責任を負う:建物が傷んで瓦や外壁が落ちたり、雑草や害虫が近隣に迷惑をかけたりすれば、所有者として責任を問われることがあります。
- 登記の義務がある:令和6年4月1日から相続登記が義務化され、不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に相続登記をする必要があります。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になり得ます(法務省)。
- 分け方が決まらないと動けない:遺産分割が終わらないまま相続人全員の共有状態が続くと、売るにも貸すにも全員の合意が必要になります。
空き家は、持っているだけで「費用」と「責任」が発生する財産です。この前提を家族で共有することが、話し合いの出発点になります。
3つの選択肢を比べる
相続した実家の行き先は、大きく「売る」「貸す」「残す(自分たちで使う・そのまま持つ)」の3つです。それぞれの特徴をAEGISの視点で整理すると、次のようになります。
| 選択肢 | 向いている状況 | 主なメリット | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 売る | 誰も住む予定がない、遠方で管理が難しい、相続人で分けたい | 管理負担がなくなる。代金を分けやすい。要件を満たせば空き家の3,000万円特別控除を使える | 期限内に動く必要がある。建物の状態や立地によっては買い手が付きにくい |
| 貸す | 賃貸需要がある立地、建物の状態が良い、将来使う可能性がある | 家賃収入で維持費をまかなえる可能性がある。資産を手元に残せる | 修繕・設備更新の初期投資が必要。貸すと空き家の特例は使えなくなる。賃貸経営の手間と責任 |
| 残す | 相続人が住む予定がある、当面は判断を保留したい | 思い出の家を残せる。将来の選択肢を残せる | 空き家のままでは維持費と管理責任が続く。放置すると住宅用地特例が外れるおそれ |
どれが正解かは、立地、建物の状態、相続人の住まいや生活設計によって変わります。ただし、「売る」を選ぶ可能性が少しでもあるなら、特例の期限を意識して早めに検討を始めることが大切です。
「売る」場合:空き家の3,000万円特別控除
特例の概要
相続した実家を売って利益(譲渡所得)が出た場合、一定の要件を満たすと、譲渡所得から最高3,000万円を控除できます。正式には「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」といい、空き家の発生を抑える目的で設けられた制度です(国税庁 No.3306、国土交通省)。
この特例は、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの譲渡が対象です。なお、令和6年1月1日以後の譲渡で、家屋と敷地を相続した相続人が3人以上いる場合は、控除額は1人あたり2,000万円までとなります(国税庁 No.3306)。
主な要件
国税庁の説明をもとに、主な要件をAEGISが整理すると次のとおりです。
| 区分 | 主な要件 |
|---|---|
| 家屋 | 昭和56年5月31日以前に建築されたこと。区分所有建物の登記がされている建物(マンションなど)でないこと。相続開始の直前に被相続人以外に住んでいた人がいないこと |
| 相続後の使い方 | 相続の時から売却の時まで、事業・貸付け・居住の用に使われていないこと |
| 売却の時期 | 相続開始の日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること |
| 売却の方法 | 家屋を耐震基準に適合させて売る、家屋を取り壊して敷地を売る、または(令和6年1月1日以後の譲渡で)売却後、翌年2月15日までに買主が耐震改修や取壊しを行う |
| 売却代金 | 1億円以下であること |
| その他 | 親子や夫婦など特別な関係のある人への売却でないこと。同じ被相続人から相続した家屋等について既にこの特例を受けていないこと。相続財産の取得費加算の特例など他の特例を受けていないこと |
被相続人が老人ホーム等に入所していた場合でも、要介護認定を受けていたなど一定の要件を満たせば対象になり得ます。また、申告の際には、家屋が所在する市区町村から「被相続人居住用家屋等確認書」の交付を受けて添付する必要があります(国税庁 No.3306、国土交通省)。
見落とされやすい3つの点
- 「貸した時点」で使えなくなる:相続後に一時的に貸したり、相続人が住んだりすると、要件を満たさなくなります。「とりあえず貸して様子を見る」は、特例を手放す判断になり得ます。
- 1億円の判定は相続人全体で見る:実家を兄弟で共有で相続し、別々に売る場合でも、1億円以下かどうかは各人の持分だけでなく、他の相続人の売却分も合わせて判定する仕組みになっています。
- 相続税の取得費加算の特例とはどちらか一方:相続税を納めた人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに相続財産を売ると、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります(国税庁 No.3267)。空き家の特例と併用はできないため、どちらが有利かを試算して選ぶ必要があります。
「貸す」場合:収入と引き換えに引き受けるもの
実家を貸すと、家賃収入は不動産所得として確定申告の対象になります。固定資産税や修繕費、減価償却費などを必要経費にできる一方、古い住宅を貸すには、水回りや設備の更新、耐震性の確認などに初期投資が必要になることが少なくありません。
また、前述のとおり、貸した実家は空き家の特例の対象外になります。将来売る可能性があるなら、「数年貸してから売る」場合と「今売る」場合とで、税引後の手取りを比べてから判断することが大切です。貸すことは、資産を残す選択であると同時に、賃貸経営という事業を始める選択でもあります。
「残す」場合:管理の負担と固定資産税
住宅用地特例が外れるリスク
住宅が建っている土地には、固定資産税の課税標準を軽減する「住宅用地特例」があり、住宅1戸あたり200㎡以下の部分(小規模住宅用地)では6分の1、それを超える部分(一般住宅用地)では3分の1に軽減されています(地方税法349条の3の2)。ところが、令和5年の空家等対策特別措置法の改正(令和5年12月13日施行)により、適切に管理されていない「管理不全空家」についても、市区町村長から勧告を受けると、その敷地は住宅用地特例の対象から外れることになりました。従来から、倒壊のおそれがあるなどの「特定空家」は勧告により特例が外れる仕組みでした(国土交通省)。
市区町村の対応は、一般に指導、勧告、命令と段階的に進みます。特例が外れると、土地の固定資産税が大きく増える可能性があります。
「残す」なら管理の体制を決める
実家を残すと決めた場合は、次の点を家族で決めておくことが現実的です。
- 誰が名義人となり、誰が管理の窓口になるか
- 維持費を誰がどの割合で負担するか
- 点検・清掃の頻度と、管理を外部に委託するかどうか
- いつ、どのような状態になったら、売却や賃貸を改めて検討するか
「残す」は判断の保留ではなく、管理を続けるという意思決定です。期限と見直しの条件を決めておくと、何年も放置される事態を防ぎやすくなります。
判断の順番:相続開始から3年をどう使うか
空き家の特例の期限から逆算すると、相続開始後の動き方は次のように整理できます。
| 時期の目安 | 主に行うこと |
|---|---|
| 相続開始〜数か月 | 家財の整理、建物の状態と建築時期の確認、相続人の意向の確認 |
| 〜10か月 | 遺産分割の方向性、相続税申告(必要な場合)、誰が実家を取得するかの決定 |
| 〜1年半 | 売却価格の査定、賃貸需要の確認、空き家特例と取得費加算の比較試算 |
| 〜3年目の年末 | 売却する場合は特例の期限内に契約・引渡し、確認書の取得 |
遺産分割で「誰が実家を取得するか」を決める段階で、売却の方針まで話し合っておくと、取得のしかた(単独で取得するか、共有で取得するか、売却代金を分けるか)も決めやすくなります。
実務上注意したいポイント
- 建築時期を最初に確認する:昭和56年6月1日以後に建築された家屋は、空き家の特例の対象外です。登記事項証明書や建築確認の書類で確認します。
- 家財の処分も期限に含めて考える:家財の整理には想像以上に時間がかかります。特例の期限から逆算して着手時期を決めます。
- 共有にするなら出口まで決める:兄弟で共有のまま保有すると、後の売却や管理で合意形成が難しくなりがちです。
- 特例ありきで判断しない:特例が使えるかどうかは重要ですが、それだけで売却時期を決めると、価格や家族の合意を後回しにしてしまうことがあります。
AEGISの視点
相続した実家の問題は、税金の問題である前に、家族の時間と気持ちの整理の問題です。親の暮らした家を手放すことに、すぐに答えを出せないのは自然なことです。
そのうえでAEGISは、実家を「家族の思い出」と「維持費と責任を伴う資産」の両面から見ることをおすすめしています。売る・貸す・残すのそれぞれについて、税引後の手取り、毎年の維持費、管理の手間、家族の合意のしやすさを一つの表に並べると、感情だけでも数字だけでもない判断がしやすくなります。
また、実家の行き先は、相続全体の財産の分け方とも結びついています。実家を取得する人と金融資産を取得する人のバランス、相続税の納税資金、将来の二次相続まで含めて考えることで、家族にとって納得感のある結論に近づきます。
相続全体の確認事項は関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で、不動産の判断の全体像は「不動産の購入・保有・売却を一体で考える」で解説しています。
土地として活用や売却を比べる考え方は「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」、兄弟で共有になった場合の整理の方法は「共有名義の不動産を解消する方法」で扱っています。
相続した不動産の税務や評価については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。
相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。
まとめ
- 相続した実家は、相続開始からおおむね3年以内に「売る・貸す・残す」の方向性を決めることが重要です。
- 空き家の3,000万円特別控除は、令和9年12月31日までの譲渡が対象で、昭和56年5月31日以前の建築、相続後に貸したり住んだりしていないこと、売却代金1億円以下などの要件があります。相続人が3人以上の場合は1人2,000万円までです。
- 相続税の取得費加算の特例とは併用できないため、比較して選びます。
- 空き家のまま管理が不十分だと、勧告により固定資産税の住宅用地特例が外れるおそれがあります。
- 具体的な特例の適用可否は、建物・相続人・売却条件などの個別事情によって異なります。
よくある質問
Q. 実家を相続しましたが、まだ相続登記をしていません。それでも売却できますか?
売却するには、原則として相続登記を済ませ、相続人の名義にしてから買主に移転登記をする必要があります。また、令和6年4月1日から相続登記は義務化されており、取得を知った日から3年以内の申請が求められます。売却の予定があるかどうかにかかわらず、早めに手続きを進めることが望まれます。
Q. マンションの実家でも空き家の3,000万円特別控除は使えますか?
区分所有建物の登記がされている建物(一般的な分譲マンション)は、この特例の対象外とされています。マンションの場合は、相続税の取得費加算の特例など、他の制度が使えるかどうかを確認することになります。
Q. 相続後に1年だけ親族が住んでいました。特例は使えますか?
この特例には、相続の時から売却の時まで事業・貸付け・居住の用に使われていないことという要件があります。相続後に誰かが住んでいた場合は、原則として要件を満たさないことになります。具体的な事情によって判断が分かれる場合もあるため、売却前に確認することが大切です。
Q. 建物を取り壊して更地で売るのと、建物付きで売るのはどちらがよいですか?
更地にすると買い手の幅が広がることがある一方、解体費用がかかり、取壊し後は住宅用地特例が適用されなくなる点にも注意が必要です。令和6年1月1日以後の譲渡では、売却後に買主が翌年2月15日までに取壊しや耐震改修を行う場合も特例の対象になり得るため、売り方の選択肢は以前より広がっています。
Q. 兄弟3人で実家を相続しました。控除額はどうなりますか?
令和6年1月1日以後の譲渡で、家屋と敷地を相続した相続人が3人以上いる場合、控除額は1人あたり2,000万円までとされています。あわせて、売却代金1億円以下の要件は、各人の持分ではなく相続人全体の売却分を合わせて判定する点にも注意が必要です。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国税庁 タックスアンサー No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」(令和8年4月1日現在法令等)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3306.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 タックスアンサー No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm
確認日:2026-10-07 - 国土交通省「空き家の発生を抑制するための特例措置(空き家の譲渡所得の3,000万円特別控除)について」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000030.html
確認日:2026-10-07 - 国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法について」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000035.html
確認日:2026-10-07 - 国土交通省「空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律(令和5年法律第50号)について」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000138.html
確認日:2026-10-07 - 国土交通省「空家の除却等を促進するための土地に係る固定資産税等に関する所要の措置」概要資料
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/002019834.pdf
確認日:2026-10-07 - 法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00565.html
確認日:2026-10-07 - e-Gov法令検索「租税特別措置法」(施行日2026-10-01版。35条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「地方税法」(施行日2026-10-01版。349条の3の2)
https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000226
確認日:2026-10-09 - 国税庁 租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて(法令解釈通達)措置法第35条関係(35-20)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/shotoku/sochiho/710826/sanrin/sanjyou/soti35/01.htm
確認日:2026-10-09
書籍
- 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】(第4版)』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.269-286
- 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司 著、ソシム、2023年(2024年第5刷)、P.414-415、P.444-445
