相続対策と事業承継を一体で考える|会社の株式と個人の財産を別々に設計しないための全体像

家族写真とビル模型を置いた机で話す人々の手元

事業オーナーの方から、「事業承継は会社の顧問税理士と、相続対策は銀行や不動産会社と、それぞれ相談している」というお話を伺うことがあります。窓口が分かれること自体は自然なことです。しかし、会社の株式とオーナー個人の財産を別々に設計すると、あとで両者がぶつかることがあります。

結論から言えば、事業オーナーにとって相続対策と事業承継は、同じ一つの財産を別の角度から見ているにすぎません。自社株式は「会社の支配権」であると同時に「相続財産」でもあり、会社が使う土地は「事業の基盤」であると同時に「個人の財産」でもあるからです。

この記事では、なぜ一体で考える必要があるのか、どのような順番で全体を設計すればよいのかを、相続・資産承継カテゴリの入口として整理します。

相続対策と事業承継は、なぜ切り離せないのか

事業承継は「経営と株式を後継者に引き継ぐこと」、相続対策は「個人の財産を家族に円滑に引き継ぐこと」と説明されることが一般的です。ところが事業オーナーの場合、次のような理由から両者は重なり合います。

  • 財産の多くが自社株式である:業績のよい会社ほど株式の評価額は高くなりますが、非上場株式は簡単に売却できません。評価は高いのに換金できない財産が、相続財産の中心にあることになります。
  • 会社が使う資産を個人が持っている:本社や工場の土地・建物をオーナー個人が所有し、会社に貸しているケースは少なくありません。
  • 会社と個人の間に貸し借りがある:オーナーから会社への貸付金は、相続が起きればオーナーの相続財産になります。会社の借入れに対する経営者保証も、承継時の論点です。
  • 後継者以外の家族がいる:株式を後継者に集めれば、他の家族には別の財産を渡す必要が出てきます。

つまり、「株式を誰に渡すか」という事業承継の判断は、そのまま「他の財産を誰にどう分けるか」「相続税をどう納めるか」という相続の判断に波及します。片方だけを先に固めると、もう片方の選択肢が狭まってしまうのです。

相続で解決すべき4つの課題

AEGISでは、事業オーナーの相続・資産承継を、次の4つの課題に分けて整理しています。

課題中心となる問い事業オーナーに特有の論点
分ける誰に、何を渡すか自社株式を後継者に集中させたときの、他の家族とのバランス
納める相続税をどう支払うか換金しにくい自社株式・不動産が中心で、現預金が少ない
続ける事業と資産の管理をどう続けるか後継者が経営に必要な議決権を確保できるか
減らす税負担をどう適正に抑えるか株式の評価や移転の時期・方法の選択

多くの相続対策は「減らす」から語られます。しかし、税負担を抑えるために株式を家族に広く分散させれば「続ける」が損なわれ、評価額を下げることだけに注力すれば「納める」「分ける」の準備が後回しになります。AEGISでは、「分ける」「納める」「続ける」の見通しを立てたうえで、その範囲内で「減らす」を考える順番をおすすめしています。

まず押さえたい相続税の基本ルール

全体を設計するうえで、最低限知っておきたい相続税のルールを確認します(いずれも国税庁タックスアンサー、令和8年4月1日現在法令等)。

  • 基礎控除:相続税の計算では、遺産の総額から「3,000万円+600万円×法定相続人の数」を差し引きます。これを超える部分に相続税がかかります。
  • 計算の流れ:基礎控除後の金額をいったん法定相続分で分けたものとして税額を計算し、その合計(相続税の総額)を、実際に財産を取得した割合に応じて各人に割り振ります。
  • 申告と納税の期限:相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。
  • 延納:金銭で一度に納めることが難しい場合、税額が10万円を超えることや担保の提供などの要件を満たせば、分割での納付(延納)を申請できます。ただし延納期間中は利子税がかかります。

ここで重要なのは、相続税の計算方法そのものよりも、10か月という期限の中で、遺産の分け方を決め、納税資金を用意しなければならないという時間的な制約です。自社株式や不動産が財産の中心であるほど、この制約は重くなります。相続税の概算に必要な情報については、関連記事(相続税の概算に必要な情報)で整理しています。

財産の種類ごとに見える論点

事業オーナーの財産を種類ごとに見ると、それぞれが「事業」と「相続」の両面を持っていることが分かります。

財産の種類事業承継の視点相続の視点
自社株式後継者の議決権・経営の安定評価額が高くなりやすく、換金しにくい
会社が使う不動産(個人所有)事業の継続に不可欠後継者以外が相続すると、会社との賃貸関係が不安定になり得る
賃貸用不動産管理の担い手が必要収益を生むが、分割しにくく共有になりやすい
金融資産(現預金・上場株式等)直接の関係は薄い納税資金や、後継者以外への配分の原資になる
会社への貸付金会社の資金繰りに影響額面で相続財産になり、回収の見通しが問題になる
生命保険—死亡保険金のうち一定額(500万円×法定相続人の数)は非課税。納税資金・分割の調整に使える

たとえば、相続財産の大部分が自社株式で、現預金が少ないケースを考えてみます。株式を後継者に集めると、他の家族に渡す財産が足りず、後継者は多額の相続税を負担することになります。後継者が納税資金を用意できなければ、結果として会社が株式を買い取る(自己株式の取得)などの形で会社の資金が使われ、事業の財務に影響が及ぶこともあります。

財産の種類ごとの組み合わせ方は、関連記事(自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継)で詳しく解説しています。

財産を「いつ」「どの方法で」移すか

財産を次世代に移す方法は、大きく分けて次のとおりです。

  • 相続(遺言を含む):亡くなったときに移る。遺言で、誰に何を渡すかを指定できます。
  • 生前贈与:生きているうちに無償で移す。贈与税には「暦年課税」と「相続時精算課税」の2つの方式があります。
  • 売買:対価を受け取って移す。後継者や資産管理会社などに買い取ってもらう方法です。
  • 制度の活用:非上場株式について、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税を猶予・免除する「法人版事業承継税制」などがあります。特例措置を使う場合の特例承継計画の提出期限は、令和9年(2027年)9月30日とされています(中小企業庁)。

どの方法にも長所と制約があり、財産の種類や家族の状況によって適したものは異なります。また、生前贈与のルールは令和5年度の税制改正で大きく変わり、相続前の贈与を相続財産に加える期間が段階的に延びつつあります。贈与と相続の使い分けについては、関連記事(生前贈与と相続をどう使い分けるか)で解説しています。

一体で設計するための6つのステップ

AEGISでは、相続対策と事業承継を一つの計画として整理するために、次の順番で進めることをおすすめしています。

  1. 財産と関係の棚卸し:個人の財産、会社の株主構成、会社と個人の貸し借りや保証、関係会社などを一覧にします。財産や会社が多い場合の整理の仕方は、関連記事(複数の会社・資産にまたがる財産の整理)で扱っています。

  2. 現時点の相続税の試算:「今、相続が起きたら」を前提に概算します。精緻さよりも、規模感と納税資金の過不足を把握することが目的です。

  3. 方針の言語化:事業を誰に、どのような形で継ぐか。家族それぞれに何を残したいか。社会や地域に何を還元したいか。
  4. 配分案(分ける)と納税資金の見通し(納める):株式・不動産・金融資産を誰に配分するか、相続税をどの財産で納めるかを、仮の案として組み立てます。
  5. 手段の選択(減らす・続ける):贈与・売買・遺言・制度の活用などを、配分案を実現する手段として位置付けます。
  6. 定期的な見直し:株価、不動産の価値、家族の状況、税制は変わります。試算と配分案は、少なくとも年に一度は見直します。

ポイントは、ステップ5の「手段」から始めないことです。「この節税策がよいと聞いた」という入口から始めると、方針や配分との整合が確認されないまま実行されてしまうことがあります。

事業承継そのものの進め方は、関連記事(事業承継は何から始めるべきか)で解説しています。

実務上注意したいポイント

税負担の軽減を目的に株式を分散させない

相続税を抑える目的で自社株式を多くの家族に少しずつ移すと、その時点の税負担は軽く見えても、次の世代で議決権がまとまらず、後継者の経営判断が難しくなることがあります。株式の移転は、税額だけでなく、承継後の株主構成から逆算して設計することが大切です。

「贈与したつもり」と「制度の要件」のずれに注意する

生前贈与は計画的に行えば有効な手段ですが、制度ごとに要件や相続時の扱いが異なります。たとえば、相続時精算課税で贈与を受けた宅地等には、相続時に小規模宅地等の特例を適用できません(国税庁 No.4124)。事業用や居住用の土地を贈与で移すかどうかは、相続時の評価への影響も含めて判断する必要があります。

相続人が海外に住んでいる場合

相続人の中に海外在住の方がいると、課税される財産の範囲や手続きが国内だけの相続と異なる場合があります。該当する可能性がある場合は、早めに論点を確認しておくことが望まれます(関連記事:海外在住の相続人がいる場合の準備)。

不動産の名義と登記を整えておく

令和6年4月から、相続登記の申請が義務化されています(法務省)。相続により不動産の所有権を取得した人は、相続の開始と所有権の取得を知った日から3年以内に登記を申請する必要があり、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象となります(不動産登記法76条の2・164条)。先代から名義が変わっていない不動産が残っていると、相続時の手続きや売却に時間がかかります。棚卸しの段階で登記の状況も確認しておくと安心です。

AEGISの視点

事業オーナーの相続を、AEGISは「会社と個人の境界線を、次の世代に合わせて引き直す機会」と捉えています。

オーナーが一代で築いた事業では、会社の財産と個人の財産、経営判断と家族の事情が、良くも悪くも一体となって動いてきました。それがオーナーの強さでもあります。しかし次の世代では、後継者が経営を担い、他の家族は株主や財産の受け手になるなど、役割が分かれていきます。そのとき、どの財産を会社に置き、どの財産を個人で持ち、誰がどの立場で関わるのかを設計し直す必要があります。

その設計図は、税金の計算だけでは描けません。事業の将来、不動産の収益性や所有のあり方、家族一人ひとりの生活、そしてオーナーが事業を通じて社会に何を残したいか——たとえば財産の一部を公益のために役立てるという選択も、全体像の中で初めて合理的に位置付けられます。AEGISが事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として扱うのは、そのためです。

自社株式の一部を財団に寄附する場合も、議決権のない配当優先株式を寄附し、議決権のある株式は後継者に承継するといった設計をとれば、後継者の経営権を損なわずに社会への還元を組み込めます。自ら財団を設立する代わりに、運営体制を備えた既存の財団(AEGISが設立したアイジスレガシー財団など)に基金を設ける形なら、相続後に家族や後継者が財団の運営を担う必要もありません。寄附に伴う税務上の取扱いは、寄附の時期や財団の状況によって異なるため、個別の確認が前提です。

相続・事業承継に関わる資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

まとめ

  • 事業オーナーにとって、相続対策と事業承継は同じ財産を別の角度から見たものであり、切り離して設計すると両者がぶつかります。
  • 相続の課題は「分ける・納める・続ける・減らす」の4つ。税負担の軽減(減らす)は、他の3つの見通しを立てたうえで考えるのが基本です。
  • 相続税の申告・納税期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内。自社株式や不動産が中心の財産ほど、納税資金の準備が重要になります。
  • 進め方は「棚卸し → 試算 → 方針 → 配分と納税資金 → 手段 → 見直し」の順が基本です。
  • 具体的な対策の適否は、会社と家族の個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 相続対策と事業承継は、どちらを先に考えるべきですか?

どちらか一方を先に確定させるのではなく、同時に全体を見渡すことをおすすめします。具体的には、まず個人と会社の財産・株主構成を一覧にし、現時点の相続税を概算したうえで、事業を誰にどう継ぐかの方針と、家族への配分の方針を並べて検討します。

Q. 相続税がかからない見込みなら、相続対策は不要ですか?

相続税がかからなくても、「分ける」と「続ける」の課題は残ります。たとえば、自社株式が複数の相続人に分かれて相続されると、後継者の経営に影響が出ることがあります。また、株価や不動産の価値は変動するため、試算は定期的に見直すことが望まれます。

Q. 自社株式で相続税を納めることはできますか?

相続税は金銭で一括して納めるのが原則で、それが難しい場合に延納(分割払い)や物納という例外的な方法があります。ただし、いずれも要件があり、非上場株式で納めることは簡単ではありません。自社株式が財産の中心である場合は、生前から納税資金の確保を計画しておくことが重要です。

Q. 会社が使っている土地を個人で持っていますが、何か問題はありますか?

それ自体が問題というわけではありません。ただし、相続時にその土地を後継者以外の家族が相続すると、会社との賃貸関係や賃料をめぐって調整が必要になることがあります。土地を誰が相続するか、会社や資産管理会社が所有する形にするかなどを、事業承継の計画と合わせて検討しておくとよいでしょう。

Q. 生命保険は相続対策として有効ですか?

死亡保険金のうち「500万円×法定相続人の数」までは相続税がかからない仕組みがあり(相続人が受け取る場合)、納税資金の確保や、後継者以外の家族への配分の調整に役立つことがあります。ただし、保険料の負担者や受取人の設定によって課税関係が変わるため、全体の配分案の中で位置付けることが大切です。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。