カテゴリー: 相続・資産承継

財産の把握、配分、納税資金、管理と引継ぎを考えるための解説です。

  • 役員借入金が多い会社の事業承継|社長の貸付金は相続でどう扱われ、承継前に何を整理すべきか

    役員借入金が多い会社の事業承継|社長の貸付金は相続でどう扱われ、承継前に何を整理すべきか

    会社の貸借対照表に「役員借入金」が大きく計上されている会社は少なくありません。創業期や業績が厳しい時期に社長が個人資金を会社に入れた、役員報酬を未払いのまま会社に残した——理由はさまざまですが、事業承継の場面では、この役員借入金が見落とされやすい論点になります。

    結論からいうと、社長が会社に貸しているお金は、社長個人から見れば「会社に対する貸付金債権」という財産です。相続が起きれば相続財産となり、原則として返済されるべき金額(元本)で評価されます。会社に返済する余力がなくても、それだけで評価が下がるわけではありません。

    そのため、役員借入金が多い会社では、承継の前に「返してもらうのか、誰に引き継ぐのか、消してしまうのか」を決めておくことが重要です。この記事では、相続での扱いと、整理の方法ごとの課税の違い、判断の進め方を整理します。

    役員借入金は「会社の負債」であり「社長の財産」でもある

    役員借入金は、同じ一つの貸し借りを、二つの側から見たものです。

    • 会社から見ると:社長に返さなければならない負債(役員借入金)
    • 社長から見ると:会社から返してもらえる財産(貸付金債権)

    承継の場面では、この二面性がそれぞれ別の問題を生みます。社長個人の側では相続財産として相続税の課税対象になり、会社の側では、後継者が経営する会社が先代の相続人に返済義務を負い続けることになります。

    中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、承継に向けた現状把握の項目として、経営者と会社の間の貸借関係を含め、会社と個人の関係を明確にすることが挙げられています。会社とオーナーの資金のやり取り全般の整理については、関連記事「資産管理会社と事業会社の資金管理」で扱っています。本記事では、承継時の処理に絞って考えます。

    相続ではどう評価されるか

    原則は「返済されるべき金額」

    財産評価基本通達では、貸付金や未収入金などの「貸付金債権等」は、元本の価額(返済されるべき金額)と、課税時期までの既経過利息の合計額で評価するとされています(評価通達204)。役員借入金は無利息であることが多いため、実際には帳簿上の残高がそのまま相続財産の価額になるのが通常です。

    回収不能として除外できる場面は限られる

    評価通達205では、債務者について破産手続や民事再生、会社更生、特別清算の開始があった場合、手形交換所等の取引停止処分を受けた場合、事業を廃止したり6か月以上休業したりしている場合など、回収が不可能または著しく困難と見込まれる一定の場合に、その部分を元本の価額に算入しないとしています。

    裏を返せば、会社が赤字である、債務超過であるといった事情だけで、貸付金の評価を下げられるわけではありません。事業を続けている会社に対する役員借入金は、会社に返済余力がなくても額面で相続財産になると考えておく必要があります。

    相続人の側で起きること

    役員借入金が相続財産になると、次のような問題が生じやすくなります。

    • 納税資金の不足:貸付金債権は相続税の課税対象になりますが、すぐに現金化できるとは限りません。
    • 後継者以外の相続人が債権を取得した場合:後継者でない家族が会社に返済を求めることができる立場になり、会社の資金繰りや家族関係に影響します。
    • 遺産分割の難しさ:額面どおりに評価される一方で、実際に回収できるかは会社次第という財産は、家族の間で分け方の合意が得にくくなります。

    相続税の申告・納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。役員借入金が大きい場合は、この期限までの資金の見通しも含めて考える必要があります。

    承継前に検討したい整理の方法

    役員借入金の整理には、いくつかの方法があります。それぞれ、社長個人・会社・他の株主に生じる課税関係が異なります。

    整理の方法社長個人の財産会社への影響主な注意点
    返済を受ける貸付金が現金に変わる(財産額は変わらない)資金が流出する会社の資金繰り、返済原資の確保
    後継者へ贈与する贈与した分だけ財産が減る債権者が後継者に替わる後継者に贈与税、他の家族との公平
    債権放棄(債務免除)する放棄した分だけ財産が減る債務免除益が生じる法人税の課税、株価上昇によるみなし贈与
    DES(債権の株式化)を行う貸付金が株式に変わる負債が資本に変わる債権の時価評価、株式評価への影響
    役員退職金と組み合わせる退職金で清算・充当退職金の損金算入の検討支給額の妥当性、退任の実態
    遺言で行き先を決める相続時に後継者等へ債権者が後継者に替わる相続税は課税される、遺留分

    以下、主な論点を見ていきます。

    返済を受ける

    最も単純なのは、会社の資金で計画的に返済してもらう方法です。ただし、返済を受けても社長個人の財産は「貸付金」から「現金」に変わるだけで、相続財産の総額は減りません。その一方で、現金は納税資金や他の家族への配分に充てやすくなるため、財産の「形」を整える意味があります。会社の資金繰りに無理のない範囲で、返済計画を立てることが前提です。

    後継者へ贈与する

    貸付金債権を、生前に後継者へ贈与する方法です。債権者が後継者に替われば、将来、後継者が経営する会社が他の家族から返済を求められる事態は避けられます。一方で、後継者には贈与税がかかります。暦年課税と相続時精算課税のどちらを使うかによって負担や相続時の扱いが異なるため、関連記事「生前贈与と相続をどう使い分けるか」もあわせて検討するとよいでしょう。

    債権放棄(債務免除)する

    社長が会社に対する債権を放棄すると、社長個人の財産はその分減ります。しかし、会社の側では債務が消える分だけ債務免除益が生じ、法人税の課税対象(益金)になります(法人税法22条2項)。繰越欠損金があれば相殺できる場合もありますが、欠損金の範囲を超える放棄は会社に税負担を生じさせます。

    さらに注意したいのが、他の株主へのみなし贈与です。相続税法9条(みなし贈与)の取扱いを定めた相続税法基本通達9-2では、同族会社が対価を受けずに債務の免除を受けたことにより、その会社の株式の価額が増加した場合には、株主が、その増加した部分に相当する金額を、債務の免除をした者から贈与によって取得したものとして取り扱うとされています。社長以外の家族が株主になっている会社では、債権放棄が家族への贈与として課税される可能性があるということです。

    なお、会社が法的な整理手続に入ったり、債権者集会の協議などで再建のために負債整理に入ったりするなど、資力を喪失した場合には、債務超過額に相当する部分は贈与として扱わないとされています(同通達9-3)。ただし、単に一時的に債務超過となっているだけの場合はこれに当たらないとされています。

    DES(債権の株式化)を行う

    DES(デット・エクイティ・スワップ)は、社長の貸付金を会社に現物出資し、株式に置き換える方法です。負債が資本に変わるため会社の財務内容は改善しますが、税務上は、出資された債権を時価で評価する必要があります。会社が実質的に債務超過であれば債権の時価は額面を下回り、その差額が会社の債務消滅益として課税される可能性があります。

    また、社長個人の財産は「貸付金」から「自社株式」に変わるため、相続時には自社株式の評価の問題になります。専門書籍では、DESの実行から相続までの期間が短い場合に、株式の評価方法について課税当局から指摘を受けた事例も紹介されています。承継直前の駆け込みではなく、時間的な余裕をもって検討すべき方法といえます。

    役員退職金と組み合わせる

    先代が退任する際に支給する役員退職金を、役員借入金の返済と組み合わせて整理する考え方もあります。退職金の支給額や時期の考え方は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で整理しています。

    M&Aで第三者に承継する場合

    第三者への株式譲渡では、役員借入金はクロージング時に全額精算されるのが一般的です。専門書籍でも、譲渡契約で貸借関係を特定し、完済を実行の条件として明記する実務が紹介されています。会社に返済原資がない場合は、買い手が資金を手当てすることもあります。

    借入金を放棄してその分を株式の譲渡価格に上乗せする方法も考えられますが、売り手にとっては、本来は課税されない貸付金の回収が、課税対象となる株式の譲渡代金に置き換わることになり、会社の側にも債務免除益が生じます。一般には選択しにくい方法とされています。

    実務上注意したいポイント

    • まず残高の内訳を確認する:いつ、何のために生じた借入金か、未払の役員報酬が含まれていないかを確認します。契約書や議事録がない場合は、この機会に整えます。
    • 会社に返済する力があるかを見極める:返済計画が現実的でなければ、贈与・DES・放棄などとの組み合わせを検討します。
    • 株主構成を確認してから放棄を検討する:社長以外の株主がいる会社では、債権放棄が株主へのみなし贈与になる可能性があります。
    • 反対方向の貸し借りも確認する:会社から社長への貸付金(役員貸付金)がある場合は、相殺の可否や利息の扱いも含めて整理します。
    • 遺言で行き先を決めておく:整理が間に合わない場合でも、遺言で後継者に債権を取得させておけば、他の家族が会社の債権者になる事態を避けられます。

    AEGISの視点

    役員借入金は、多くの場合、オーナーが会社を支えてきた歴史そのものです。苦しい時期に個人の資金を入れ、報酬を後回しにしてきた結果として残っているものだからこそ、オーナー自身が「いずれ返してもらう財産」とは意識していないこともあります。

    しかし承継の場面では、この「意識されていない財産」が、相続税の課税対象になり、場合によっては家族と会社の間の債権債務として残ります。AEGISは、役員借入金を単なる会計上の残高ではなく、事業承継計画の「財産」と「家族」の両方にまたがる論点として扱うべきだと考えています。

    整理の方法に唯一の正解はありません。会社の資金繰り、株主構成、後継者と他の家族への配分、オーナー自身の老後資金——これらを並べて、返済・贈与・放棄・株式化・退職金のどれを、いつ、どの程度組み合わせるかを決めることが大切です。一度に解決しようとせず、数年単位の計画として進めることで、会社にも家族にも無理のない形を選びやすくなります。事業承継計画の中での位置づけは、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」も参考になります。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    自社株の評価や承継時の資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 役員借入金は、社長個人から見れば会社に対する貸付金債権であり、相続財産になります。
    • 相続税の評価は、原則として返済されるべき金額(元本)と既経過利息の合計で、会社の業績が悪いだけでは評価は下がりません。
    • 整理の方法には、返済・贈与・債権放棄・DES・役員退職金との組み合わせ・遺言などがあり、それぞれ課税関係が異なります。
    • 債権放棄は会社に債務免除益を生じさせ、同族会社では他の株主へのみなし贈与となる可能性があります。
    • どの方法が適するかは、会社の資金繰りや株主構成、家族の状況によって異なるため、時間をかけて計画的に整理することが大切です。

    よくある質問

    Q. 会社が債務超過なら、役員借入金はゼロ評価にできますか?

    原則としてできません。財産評価基本通達で元本に算入しないとされているのは、破産や民事再生などの法的手続の開始、事業の廃止や長期の休業など、回収が不可能または著しく困難と見込まれる一定の場合に限られます。事業を継続している会社が債務超過というだけでは、通常はこれに当たらないと考えられます。

    Q. 役員借入金を放棄すれば、相続税は減りますか?

    社長個人の財産は放棄した分だけ減ります。ただし、会社には債務免除益が生じて法人税の課税対象となり、同族会社で株式の価額が増加した場合には、他の株主がその増加分を社長から贈与により取得したものとして扱われる可能性があります。会社と株主を含めた全体の負担で判断することが必要です。

    Q. 未払いの役員報酬が役員借入金になっている場合も同じですか?

    未払の報酬を会社に貸し付けた形で残している場合も、社長個人から見れば会社に対する債権として財産になります。未払の報酬にどのような所得税の課税関係が生じているかも含め、残高の成り立ちを確認したうえで整理方法を検討します。

    Q. 後継者に役員借入金を引き継がせる一番簡単な方法は何ですか?

    遺言で貸付金債権を後継者に取得させる方法は、手続き上は比較的簡単です。ただし相続税は課税されますし、他の相続人の遺留分にも配慮が必要です。生前に贈与する方法や、計画的な返済と組み合わせる方法と比べて検討するとよいでしょう。

    Q. 役員借入金は事業承継税制の対象になりますか?

    法人版事業承継税制の対象は、一定の要件を満たす非上場株式等です。役員借入金(貸付金債権)はその対象ではありません。DESによって株式に置き換えた場合の扱いは、制度の要件との関係で個別に確認が必要です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『Q&A 非上場株式の評価と戦略的活用スキーム』伊藤俊一 著、ロギカ書房、P.68-72、P.141
    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、P.159、P.187-188
  • 個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ|対象資産・要件・小規模宅地等の特例との選び方

    個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ|対象資産・要件・小規模宅地等の特例との選び方

    個人で営む事業の土地・建物・設備を後継者に引き継ぐとき、一定の要件を満たせば、その事業用資産にかかる贈与税・相続税の全額の納税を猶予し、後継者の死亡などにより免除する制度があります。これが「個人版事業承継税制」(個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除)です。

    ただし、この制度は「申告のときに選べばよい」ものではありません。事前の計画提出、都道府県知事の認定、青色申告の継続といった手続きが前提で、承継後も長く事業を続けることが求められます。また、事業用の宅地については、相続税の「小規模宅地等の特例」とどちらを使うかという選択の問題もあります。

    この記事では、個人事業の後継者が制度を使えるかどうかを判断するために、対象資産・期限・要件・小規模宅地等の特例との関係・猶予が打ち切られる場面を順に整理します。

    個人版事業承継税制とは

    個人版事業承継税制は、青色申告をしている個人事業者の後継者として、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下「円滑化法」)の認定を受けた人が、先代事業者から事業用資産を贈与または相続等で取得した場合に、その資産にかかる贈与税・相続税の納税を猶予する制度です(国税庁「個人版事業承継税制のあらまし」)。

    会社の株式を引き継ぐ「法人版事業承継税制」と対になる制度ですが、引き継ぐ対象が株式ではなく、個人が所有する土地・建物・減価償却資産そのものである点が大きく異なります。法人なら株式を移せば会社の資産はまとめて移りますが、個人事業では資産を一つずつ後継者に移す必要があるため、制度もそれを前提に組み立てられています。

    会社の株式の承継で同様の制度を使うかどうかは、関連記事「法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断」で整理しています。

    制度の期限:いつまでに何をするか

    まず確認したいのは期限です。国税庁のパンフレット(令和8年7月)では、次のように示されています。

    • 対象となる贈与・相続等の期間:平成31年1月1日から令和10年12月31日まで
    • 個人事業承継計画の提出期限:令和10年9月30日まで(提出先は先代事業者の主たる事務所がある都道府県)

    個人事業承継計画の提出期限は、令和8年度税制改正の大綱で「2年6月延長する」とされ、これを反映したものです。なお、贈与・相続等の期間(令和10年12月31日まで)が延長されたわけではない点に注意が必要です。

    個人事業承継計画には、後継者の氏名や承継までの事業計画などを記載し、認定経営革新等支援機関(税理士、金融機関など)の所見を付けて提出します。パンフレットでは、贈与や相続の後であっても、円滑化法の認定申請のときまでは計画を提出できるとされています。

    そのうえで、承継が起きた後には都道府県知事の円滑化法の認定を受けます。申請期限は、贈与の場合は贈与を受けた年の翌年1月15日まで、相続の場合は相続開始後8か月以内です。相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)より早く到来するため、相続が起きてから準備を始めると時間的な余裕はほとんどありません。

    対象になる事業用資産

    猶予の対象となる「特定事業用資産」は、先代事業者の事業の用に供されていた資産で、贈与や相続の日の属する年の前年分の、事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものです。

    区分対象の範囲
    宅地等400㎡まで
    建物床面積800㎡まで
    上記以外の減価償却資産固定資産税の課税対象とされているもの、自動車税・軽自動車税で営業用の標準税率が適用されるもの、一定の無形固定資産や生物など

    いくつかの点を押さえておきましょう。

    • 事業所得の事業が対象です。前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に載っていることが前提のため、不動産所得となる賃貸業は対象になりません。
    • 先代事業者と生計を一にする親族が所有する資産も対象になり得ます。たとえば、配偶者名義の土地の上に先代事業者が建物を建てて事業をしている場合の土地などです。この場合、最初の承継から1年以内の承継に限られます。
    • 在庫や預金、売掛金などは対象外です。対象は土地・建物・減価償却資産に限られます。
    • 事業ごとに資産の全部を引き継ぐことが前提です。贈与の場合、その事業に係る特定事業用資産の全てを贈与する必要があり、一部だけを渡すと適用を受けられません。

    なお、法人版と異なり後継者の数に上限はなく、複数の事業を営んでいる場合に事業ごとに異なる後継者が引き継ぐことも想定されています。

    後継者と先代事業者の主な要件

    要件は贈与と相続で一部異なります。代表的なものは次のとおりです。

    後継者(贈与の場合) – 贈与の日に18歳以上であること – 円滑化法の認定を受けていること – 贈与の直前に、その事業(同種・類似の業務や、事業に必要な知識・技能を習得するための学校での修学を含む)に従事していたこと – 贈与から1か月以内に開業届を出し、2か月以内に青色申告の承認申請をすること

    後継者(相続の場合) – 円滑化法の認定を受けていること – 相続開始の直前に、その事業に従事していたこと(先代事業者が60歳未満で亡くなった場合を除く) – 相続税の申告期限までに青色申告の承認を受けていること

    先代事業者 – 贈与・相続の年、その前年、前々年の確定申告書を青色申告書で提出していること – 贈与の場合は、廃業届を提出していること(または提出見込みであること)

    ここで重要なのが青色申告の種類です。対象となる青色申告は、正規の簿記の原則による記帳に基づくもの(55万円、電子申告等の場合は65万円の青色申告特別控除の適用に係るもの)に限られます。簡易な記帳による10万円控除の青色申告では要件を満たしません。日々の記帳の仕方が、数年後の承継に影響するということです。

    また、資産の大半が有価証券や自ら使っていない不動産、預金などで占められる事業(資産保有型事業)や、運用収入が大半を占める事業(資産運用型事業)、性風俗関連特殊営業は対象外です。

    小規模宅地等の特例とどちらを使うか

    個人事業の承継で最も悩ましいのが、相続税の小規模宅地等の特例との関係です。

    小規模宅地等の特例では、亡くなった方が事業に使っていた宅地(特定事業用宅地等)について、400㎡まで評価額を80%減額できます。一方、個人版事業承継税制は、宅地等400㎡までの相続税の全額を猶予します。

    両者の関係は次のように整理されています(国税庁パンフレット、措置法通達70の6の10-17)。

    小規模宅地等の特例で選んだ宅地個人版事業承継税制への影響
    特定事業用宅地等その被相続人から取得した特定事業用資産について、個人版事業承継税制は使えない
    特定同族会社事業用宅地等個人版の宅地等の限度面積が「400㎡-その面積」になる
    貸付事業用宅地等一定の算式で限度面積が調整される
    特定居住用宅地等(自宅の敷地)個人版の宅地等の限度面積は400㎡のまま

    つまり、自宅の敷地に小規模宅地等の特例を使い、事業用の土地・建物・設備に個人版事業承継税制を使う組み合わせは可能ですが、事業用の宅地に小規模宅地等の特例を使うと、建物や設備も含めて個人版事業承継税制は使えなくなります。

    どちらを選ぶかは、次のような観点で比較します。

    比較の観点小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)個人版事業承継税制
    効果宅地の評価額を80%減額(税額が確定的に減る)対象資産の相続税を全額猶予(条件を満たし続ければ免除)
    対象宅地等のみ宅地等・建物・減価償却資産
    事前手続不要個人事業承継計画の提出、円滑化法の認定
    承継後の負担申告期限まで事業継続・保有長期の事業継続、3年ごとの継続届出、担保提供
    打ち切られた場合—猶予税額と利子税の納付

    建物や設備の評価額が小さく、宅地が中心であれば、手続きが簡便で効果が確定する小規模宅地等の特例が合理的な場合が多いと考えられます。反対に、工場の建物や大型の機械設備など、宅地以外の事業用資産の評価額が大きい場合には、個人版事業承継税制の検討余地が広がります。いずれも具体的な試算と、後継者が長く事業を続けられるかの見通しを合わせて判断することになります。

    猶予が打ち切られる場面と、続ける間の負担

    納税猶予は、承継後の状況によって打ち切られることがあります。国税庁のパンフレットでは、主に次のような場合が示されています。

    • 猶予税額の全額を納付する場合:事業を廃止した場合(やむを得ない理由がある場合を除く)、資産保有型事業等に該当した場合、事業所得の総収入金額がゼロになった場合、青色申告の承認が取り消された場合など
    • 一部を納付する場合:特定事業用資産を事業の用に供さなくなった場合など(その部分に対応する税額)

    また、猶予を受けている間は、3年ごとに継続届出書を税務署に提出する必要があり、提出しないと猶予税額の全額と利子税を納めることになります。猶予を受けるときには、猶予税額と利子税に見合う担保の提供も求められます。

    一方、後継者が亡くなった場合や、一定期間経過後に次の後継者へ資産を一括して贈与した場合、重い障害や要介護状態などやむを得ない理由で事業を続けられなくなった場合などには、猶予税額の全部または一部が免除される仕組みも用意されています。

    実務上注意したいポイント

    • 期限は「計画」と「認定」の二段階:計画の提出期限(令和10年9月30日)と、贈与・相続の期限(令和10年12月31日)は別のものです。承継の予定時期から逆算して準備します。
    • 青色申告の種類を今から確認する:先代事業者が前々年から正規の簿記による青色申告をしていることが要件です。10万円控除の青色申告であれば、早めに記帳方法を見直す必要があります。
    • 貸借対照表に載っていない資産は対象外:事業に使っている資産が帳簿に計上されているか、名義と実態が一致しているかを確認します。
    • 許認可や契約は税制とは別に引き継ぐ:個人事業の承継では、先代が廃業し、後継者が新たに開業する形になります。許認可や取引契約、借入金の扱いは、税制とは別に一つずつ確認が必要です。
    • 遺言で資産の行き先を決めておく:相続で承継する場合、遺産分割がまとまらなければ認定や申告に間に合わないおそれがあります。

    個人事業主が遺言で何を備えておくべきかは、関連記事「個人事業主が遺言で備えること」で扱っています。

    AEGISの視点

    個人版事業承継税制は、使えれば税負担の面で大きな効果がある制度です。しかし、AEGISはこの制度を「税金を猶予する仕組み」である以上に、「後継者が長く事業を続けることを国と約束する仕組み」だと考えています。猶予を受けた後、事業をやめる、事業の形を変える、資産を手放すといった選択には、猶予税額の納付という重みが伴います。

    そのため、制度を使うかどうかの判断は、税額の比較から始めるのではなく、後継者がこの事業をどのくらいの期間、どのような形で続けたいのかを確認するところから始めるべきだと考えます。将来、法人化や事業の譲渡、事業内容の転換を考えているのであれば、その可能性も含めて小規模宅地等の特例や生前の贈与など他の選択肢と比べる必要があります。

    また、個人事業の承継は、資産の移転だけでは完結しません。屋号、取引先との契約、許認可、従業員との雇用関係、事業用の借入れと担保、そして後継者以外の家族への配慮——これらを一つずつ引き継ぐ段取りを組むことが、税制の適用以上に事業の継続を左右します。第三者への承継も視野に入れる場合は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」も参考になります。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    事業用資産の評価や相続税の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 個人版事業承継税制は、個人事業の土地・建物・減価償却資産にかかる贈与税・相続税の全額を猶予し、一定の場合に免除する制度です。
    • 対象となる贈与・相続等は令和10年12月31日まで、個人事業承継計画の提出期限は令和10年9月30日までです(令和8年度税制改正の大綱で計画提出期限を延長)。
    • 宅地等は400㎡まで、建物は床面積800㎡までなどの範囲があり、正規の簿記による青色申告が前提です。
    • 事業用宅地に小規模宅地等の特例を使うと、個人版事業承継税制は使えません。自宅の敷地への小規模宅地等の特例とは併用が可能です。
    • 承継後も事業の継続や3年ごとの届出が求められ、事業の廃止などで猶予が打ち切られることがあります。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 不動産賃貸業を営んでいる場合も使えますか?

    使えません。この制度は事業所得に係る青色申告の事業を対象としており、特定事業用資産は前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものに限られます。賃貸業の所得は不動産所得となるため、対象外です。

    Q. 個人事業承継計画を出さずに相続が起きたら、もう使えませんか?

    国税庁のパンフレットでは、贈与や相続の後であっても、円滑化法の認定申請のときまでは個人事業承継計画を提出できるとされています(提出期限は令和10年9月30日)。ただし、相続の場合の認定申請は相続開始後8か月以内であり、その間に後継者の要件や青色申告の承認なども整える必要があるため、事前に準備しておくことが現実的です。

    Q. 後継者が複数いる場合はどうなりますか?

    法人版事業承継税制と異なり、後継者の人数に上限はありません。複数の事業を営んでいる場合に事業ごとに異なる後継者が引き継ぐことも想定されています。なお、宅地等400㎡・建物800㎡の面積は、各後継者が取得した面積の合計で判定します。

    Q. 承継後に法人化(法人成り)したいときはどうなりますか?

    最初の贈与税(または相続税)の申告期限の翌日から5年を経過した後に、特例の対象となった事業用資産の全てを現物出資して会社を設立する場合には、移転の日から1か月以内に申請して税務署長の承認を受けることで、取得した株式等について猶予が継続する扱いがあります(租税特別措置法70条の6の8第6項)。法人化の予定がある場合は、時期と方法によって扱いが変わるため、承継前に確認しておくことが重要です。

    Q. 猶予を受けた税金は、最終的に払わなくてよいのですか?

    後継者が亡くなった場合などには猶予税額が免除されます。一方、事業の廃止や青色申告の承認取消しなどで猶予が打ち切られた場合は、猶予税額と利子税を納付することになります。「最終的に免除されるかどうか」は、承継後の事業の続け方によって決まります。

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    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • 事業承継:後継者、経営権、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.1085-1090、P.1233-1234
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.29-31
  • 一般社団法人を使った資産承継は今も使えるか|特定一般社団法人等への相続税課税と、財産を移すときの税金

    一般社団法人を使った資産承継は今も使えるか|特定一般社団法人等への相続税課税と、財産を移すときの税金

    「一般社団法人には持分がないので、財産を移しておけば相続税がかからない」——こうした説明を聞いたことがあるかもしれません。

    結論からいうと、この考え方は、そのままでは現在通用しません。平成30年度税制改正で相続税法66条の2が設けられ、親族が理事の過半を占めるなどの「特定一般社団法人等」では、理事が亡くなったときに法人そのものに相続税が課されるようになりました。また、財産を法人に移す段階でも、贈与税・所得税・法人税の課税関係を個別に検討する必要があります。

    一方で、一般社団法人は、公益的な活動や長期の財産管理の「器」としては今も意味のある選択肢です。この記事では、課税の見直しの内容と、それを踏まえた一般社団法人の使い方を整理します。

    なぜ「相続税がかからない」と言われたのか

    株式会社の場合、オーナーが会社の株式を持っていれば、その株式は相続財産になります。これに対して一般社団法人・一般財団法人には、出資者が持つ「持分」がありません。理事や社員が亡くなっても、法人の財産が誰かの相続財産になることはありません。

    この仕組みに着目して、次のような手法が広まりました。

    • 親族を理事とする一般社団法人を設立する
    • 不動産や自社株などを、その法人に売却または贈与する
    • 法人の運営は親族が担い、次の世代は理事の交代で引き継ぐ

    財産を法人に移した後は、世代が変わっても相続税の課税機会がなくなる、という発想です。これに対して、相続税の公平な負担の観点から問題視する指摘があり、税制による手当てが行われました。

    現在の課税関係:3つの段階で考える

    一般社団法人を使った資産承継の課税は、財産を移すとき、法人が保有している間、理事が亡くなったときの3つの段階で整理すると理解しやすくなります。

    段階主な課税根拠ポイント
    財産を移すとき(個人→法人)個人:みなし譲渡の所得税/法人:受贈益への法人税、一定の場合は贈与税・相続税所得税法59条、相続税法66条4項売買の場合も価格が時価より低いと課税関係が生じ得る
    法人が保有している間法人の所得に対する法人税法人税法非営利型法人かどうかで課税範囲が変わる
    理事が亡くなったとき特定一般社団法人等に相続税相続税法66条の2同族理事の割合と、理事退任後の期間で判定

    ※AEGIS作成。具体的な課税関係は財産の種類や法人の区分によって異なります。

    財産を移すとき

    個人が不動産や株式を法人に贈与すると、所得税法59条により、時価で譲渡したものとみなされ、値上がり益に所得税が課税されます。法人に著しく低い価額で売却した場合も、同様の扱いとなることがあります。

    さらに、持分の定めのない法人に財産を贈与・遺贈した場合で、贈与者の親族などの相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められるときは、法人を個人とみなして贈与税・相続税が課されます(相続税法66条4項)。不当減少に当たらないとされるには、運営組織が適正で役員等に占める親族等の割合が3分の1以下である旨の定めがあること、特別の利益を与えないこと、残余財産の帰属先の定めがあることなどの要件をすべて満たす必要があります(相続税法施行令33条3項)。

    一般社団法人・一般財団法人の場合は、これに加えて、贈与の時点で定款に上記の定めがあること、贈与前3年以内に贈与者等へ特別の利益を与えていないこと、贈与前3年以内に重加算税等を課されていないことのいずれかを欠くと、不当減少と認められるものとされています(同条4項)。

    理事が亡くなったとき:特定一般社団法人等への相続税

    相続税法66条の2は、次のように定めています。

    • 対象:一般社団法人・一般財団法人のうち、公益社団・公益財団法人や非営利型法人などを除いたもの(一般社団法人等)
    • 特定一般社団法人等に当たる要件(いずれか)
    • 理事の相続開始の直前に、同族理事の数が理事総数の2分の1を超えていること
    • 相続開始前5年以内に、同族理事が理事総数の2分の1を超える期間の合計が3年以上あること
    • 課税の対象となる死亡:理事である者のほか、理事でなくなった日から5年を経過していない者の死亡を含む
    • 課税額の考え方:法人の純資産額を「同族理事の数+1」で割った金額を、亡くなった理事から遺贈により取得したものとみなし、法人を個人とみなして相続税を課す

    「同族理事」とは、亡くなった理事の配偶者、三親等内の親族その他一定の特殊の関係がある者である理事をいいます(国税庁タックスアンサーNo.4143)。法人に財産を移した時点で贈与税等が課されていた場合は、その税額を控除する仕組みもあります。

    つまり、親族中心で運営する一般社団法人ほど、理事の相続のたびに課税が生じ得る構造になっています。理事を退任しても5年間は対象に残るため、相続直前に退任するといった方法も実効性が限られます。

    税務否認のリスク

    条文上の要件を外形的に避けても、それで安心とはいえません。たとえば、同族理事の割合を下げるために、運営の実態がない第三者を名目上の理事に就けるような方法は、理事会の運営実態によっては形式だけのものと評価されるおそれがあります。

    また、法人に移した財産を親族が実質的に自由に使っている場合には、特別の利益の提供に当たるとして、移転時の非課税の前提が崩れることも考えられます。租税回避を目的とした取引であると判断された場合には、個別の規定に加えて、取引の実質に即した課税が問題になる余地もあります。

    一般社団法人を使う場合は、税の要件を満たすことよりも、法人として実態のある運営ができるかを先に問う必要があります。

    それでも一般社団法人を使う意味

    課税の見直しは、一般社団法人という器そのものを否定するものではありません。たとえば次のような場面では、一般社団法人が有力な選択肢になり得ます。

    • 公益的な活動の器として使う:非営利型法人や公益法人として、親族以外の理事を含む体制で運営する。理事の過半を親族が占めない以上、特定一般社団法人等には当たりません
    • 民事信託(いわゆる家族信託)の受託者として使う:個人の受託者に代わり、法人が長期にわたって財産を管理する
    • 地域や業界の共同事業の器として使う:特定の家族の財産承継ではなく、複数の関係者で事業を運営する

    いずれの場合も、財産を「自分の家族のために持たせ続ける」ことを目的とするなら、資産管理会社など他の器と比較したうえで選ぶことが現実的です。

    比較項目一般社団法人(非営利型以外)一般社団法人(非営利型・公益)資産管理会社(株式会社)
    持分・株式なしなし株式あり(相続財産になる)
    理事が亡くなったときの課税同族理事が過半等なら法人に相続税原則として対象外株式が相続税の対象
    財産を移すときの課税みなし譲渡、受贈益課税、一定の場合は贈与税等要件を満たせば贈与税等は課されない(みなし譲渡は別途)みなし譲渡、受贈益課税、株主への贈与の問題
    家族による運営・支配可能だが課税の対象になりやすい親族等は役員の3分の1以下などの制約株主として支配できる
    財産を家族に戻すこと剰余金分配はできない剰余金分配・残余財産の家族への帰属はできない配当・役員報酬・清算で可能

    ※AEGIS作成。非営利型法人・公益法人の要件、法人税の課税範囲は個別に確認が必要です。

    既に一般社団法人を持っている場合の確認事項

    過去に資産承継の目的で一般社団法人を設立している場合は、次の点を確認することをおすすめします。

    1. 理事の構成:現在と過去5年間の同族理事の割合
    2. 理事の年齢と退任の時期:退任後5年以内の死亡も対象になること
    3. 法人の純資産額:保有する不動産・株式などの時価ベースの把握
    4. 財産を移したときの課税関係:当時の贈与税・所得税の申告状況
    5. 財産の使われ方:親族に特別の利益を与えていないか
    6. 今後の方針:公益的な運営に転換するのか、資産管理会社など他の器に組み替えるのか

    組み替えには新たな課税が生じることもあるため、現状の課税リスクと、組み替えのコストを比べて判断することになります。

    AEGISの視点

    一般社団法人を使った資産承継の見直しは、「持分がなければ相続税がかからない」という形式に頼った設計の限界を示しています。AEGISは、法人の器を選ぶときに、誰のために、何のために財産を持つのかを最初に言葉にすることが欠かせないと考えています。

    家族のために財産を残したいのであれば、株式という形で所有を見える化し、評価と納税資金を計画的に準備する資産管理会社のほうが、長い目で見て説明のつく設計になることが少なくありません。反対に、財産の一部を社会のために使い続けたいのであれば、親族以外の理事を迎え、公益的な運営を本気で担う法人として設計する必要があります。中間的な「家族が支配する、持分のない法人」は、税制の上でも運営の上でも最も不安定な形になりやすいといえます。

    財団・社団を社会貢献に生かす全体像は「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で、非営利型法人の要件は「非営利型の一般財団法人とは」で、受託者としての使い方は「一般社団法人を受託者にする民事信託」で解説しています。資産管理会社を検討する場合は「資産管理会社はいつ設立すべきか」もあわせてご覧ください。

    資産税務や財団・社団に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 一般社団法人に財産を移せば相続税がかからない、という手法は、平成30年度税制改正(相続税法66条の2)で大きく見直されました。
    • 同族理事が理事総数の2分の1を超えるなどの特定一般社団法人等では、理事(退任後5年以内を含む)が亡くなると、法人に相続税が課されます。
    • 財産を移す段階でも、みなし譲渡の所得税、法人の受贈益課税、一定の場合の贈与税・相続税を検討する必要があります。
    • 名目だけの理事構成など、形式的な回避策は税務上否認されるリスクがあります。
    • 一般社団法人は、公益的な活動や民事信託の受託者など、目的に合った使い方では今も有力な選択肢です。家族のための資産承継なら、資産管理会社など他の器との比較が欠かせません。

    よくある質問

    Q. 理事に親族以外の人を加えれば、特定一般社団法人等に当たらなくなりますか?

    同族理事の割合が2分の1以下になり、過去5年間の要件にも当たらなければ、条文上は特定一般社団法人等に該当しません。ただし、運営に関与しない人を名目上の理事にするだけでは、実態を問われるおそれがあります。理事会を実際に機能させられるかを含めて検討する必要があります。

    Q. 高齢の理事が早めに退任すれば、相続税の課税を避けられますか?

    理事でなくなった日から5年を経過していない人が亡くなった場合も、課税の対象になります。退任のタイミングだけで課税を避けることには限界があり、法人の運営体制そのものを見直すことが基本です。

    Q. 非営利型の一般社団法人であれば、相続税の問題はありませんか?

    非営利型法人は、相続税法66条の2の対象となる一般社団法人等から除かれています。ただし、非営利型法人であり続けるには、剰余金を分配しないことや理事の親族等の割合を3分の1以下とすることなどの要件を継続して満たす必要があり、要件を外れると扱いが変わります。

    Q. 一般社団法人に自社株を持たせると、会社の株式評価に影響しますか?

    株主の構成が変わるため、同族株主の判定や議決権の考え方に影響が及ぶ可能性があります。法人が保有する株式の扱いは個別の検討が必要で、事業承継全体の設計の中で確認することが大切です。

    Q. 既にある一般社団法人を解散すると、財産はどうなりますか?

    残余財産の帰属は定款の定めや社員総会の決議によりますが、非営利型法人などでは国や公益法人等に帰属させる定めが必要です。解散や財産の移転には新たな課税が生じることもあるため、解散する前に課税関係を確認する必要があります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、野村資産承継研究所 監修、大蔵財務協会、第2章 P.24、P.66-73、第4章 P.309-334
  • 評価を下げる対策が否認されるとき|総則6項・同族会社等の行為計算の否認の判断枠組みと、意思決定の記録の残し方

    評価を下げる対策が否認されるとき|総則6項・同族会社等の行為計算の否認の判断枠組みと、意思決定の記録の残し方

    不動産や会社を使って相続税評価を下げる対策は、通達どおりに評価していれば原則として認められますが、「通達どおりの評価を認めると、他の納税者との間で実質的な租税負担の公平に反する」といえる事情があると、通達によらない評価で課税されることがあります。これが、財産評価基本通達6項(いわゆる総則6項)の問題です。

    また、同族会社を使った取引については、税負担を不当に減らす行為や計算を否認する規定もあります。さらに、通達そのものにも、取得から間もない不動産を時価で評価するといった個別のルールが置かれています。

    この記事では、否認の判断枠組みを整理したうえで、対策を検討するオーナーが「否認されにくい意思決定」をするために、何を考え、何を記録しておくべきかを解説します。

    相続税の評価と「通達」の関係

    相続税法は、相続などで取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めています(相続税法22条)。国税庁は、この時価を画一的に算定するための方法を財産評価基本通達で定め、実務ではこの通達に従って評価が行われています。

    不動産の場合、通達による評価額(路線価・固定資産税評価額などを基にした額)は、市場で取引される価格より低くなることが少なくありません。とくに賃貸用の不動産では、借家権や借地権の割合を差し引くため、その差が大きくなります。この差を利用して、借入れで不動産を取得し、相続税の課税価格を圧縮する対策が広く行われてきました。

    一方、通達には次の定めがあります。

    この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。(財産評価基本通達6)

    この「著しく不適当」に当たるかどうかが争われてきたのが、総則6項の問題です。

    最高裁令和4年4月19日判決が示した枠組み

    この問題について、最高裁判所は令和4年4月19日の判決で、次のような考え方を示しました。

    1. 相続税法22条の時価とは、財産の客観的な交換価値をいう。 通達は行政内部の指示にすぎず、国民に対して直接の法的効力を持つものではない。課税価格が客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、通達による評価額を上回る価額で課税しても、それだけで同条に違反するわけではない。
    2. ただし、平等原則がある。 課税庁が通達に従って画一的に評価していることは公知の事実であるから、特定の人についてだけ通達評価額を上回る価額で課税することは、合理的な理由がない限り平等原則に反して違法となる。
    3. 合理的な理由があるといえるのは、通達による画一的な評価を行うことが、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合である。
    4. 通達評価額と鑑定評価額との間に大きな乖離があるというだけでは、その事情があるとはいえない。 その事案では、通達どおりに評価すると相続税がゼロになるほど負担が軽減されることに加え、被相続人と相続人が、不動産の取得とそのための借入れによって相続税の負担が軽くなることを知り、それを期待して行っていたことなどから、その事情があると判断された。

    つまり、否認の判断では、「評価額の乖離」だけでなく、「その取引が何のために行われたか」「税負担がどの程度減ったか」が重視されたといえます。

    否認の根拠は一つではない

    評価を下げる対策が否認される場面は、総則6項だけではありません。主な根拠を整理すると次のようになります。

    根拠何を問題にするか典型的な場面判断のポイント
    財産評価基本通達6(総則6項)通達どおりの評価そのもの相続直前の借入れによる賃貸不動産の取得など実質的な租税負担の公平に反する事情(税負担の軽減の程度、取引の目的・時期など)
    相続税法64条(同族会社等の行為計算の否認)同族会社の行為・計算相続直前の会社間の債権放棄、不自然な資産の移動など株主等の相続税・贈与税の負担を「不当に減少」させる結果となるか(経済的な合理性)
    通達の個別ルール特定の財産の評価方法会社が3年以内に取得した土地・建物、特定の評価会社など定められた要件に当てはまるか

    ※AEGISが法令・通達・判決をもとに整理したものです。

    同族会社等の行為計算の否認

    相続税法64条1項は、同族会社などの行為や計算で、それを認めると株主やその親族などの相続税・贈与税の負担を不当に減少させる結果となるものについて、税務署長がその行為・計算にかかわらず課税価格を計算できると定めています。法人税にも同様の規定があります(法人税法132条)。

    「不当に減少」に当たるかどうかは、その行為が経済的に合理的か、事業上の目的があるかといった観点で判断されると考えられています。資産管理会社や事業会社を使った対策では、会社の事業として説明できる取引か、それともオーナーの相続税を減らすためだけの取引かが問われます。

    通達に組み込まれた個別ルール

    通達自体にも、評価の乖離を利用した対策に対応するルールがあります。

    • 会社が取得して3年以内の土地・建物:取引相場のない株式を純資産価額で評価する場合、会社が課税時期前3年以内に取得・新築した土地等や家屋等は、通常の取引価額で評価します(財産評価基本通達185)。資産管理会社に不動産を買わせても、3年以内であれば株価の計算上は評価が下がらないことになります。
    • 特定の評価会社:資産に占める土地や株式の割合が高い会社は、株価の評価方法が限定されます。
    • 貸付用不動産の評価の見直し(通達案):国税庁は、課税時期前5年以内に購入・新築した貸付用不動産や、小口化商品の対象となっている貸付用不動産を、通常の取引価額に相当する金額で評価する通達の案を公表しています。取得価額が適正な場合は、取得価額を基に計算した額の80%で評価する方法も示されています。案では令和9年1月1日以後の相続等から適用するとされていますが、最終的な通達はまだ定められていません(2026年10月9日時点)。

    否認されやすい対策・されにくい対策

    総則6項の判断は個別の事情によるため、確定的な線引きはできません。ただ、判決の考え方を踏まえると、次のような要素が重なるほど、否認のリスクは高まると考えられます。

    • 相続開始が近い時期(高齢・病気の時期)に行われた
    • 取得資金のほとんどを借入れでまかなっている
    • 取得の目的が、相続税の軽減以外に説明しにくい
    • 通達評価によって相続税が大幅に減る、またはゼロになる
    • 相続後すぐに売却するなど、保有の実態が乏しい

    反対に、事業や資産運用として合理的な目的があり、相続の時期と関係なく計画的に行われ、取得後も継続して保有・運営されている取引は、通達どおりの評価が認められやすいと考えられます。判決自体も、乖離があるだけでは総則6項を適用できないとしています。

    意思決定の記録をどう残すか

    否認されにくくするために大切なのは、取引を「後から説明する」のではなく、「意思決定の時点で、税務以外の理由を記録しておく」ことです。AEGISが重視している記録は次のとおりです。

    記録すること内容の例
    目的収益の確保、事業用地の確保、資産の組換え、家族の生活基盤など
    検討の経緯比較した選択肢、取得しない場合の資産の使い道
    収支・資金計画賃料・経費・返済の見通し、借入れの条件と返済原資
    保有方針何年保有し、誰が運営・管理し、誰に承継するか
    価格の妥当性取得価格の根拠、必要に応じた鑑定・査定
    会社の意思決定取締役会・株主総会の議事録、会社の事業計画との関係

    ※AEGISが作成したチェック項目です。記録があれば否認されないというものではありません。

    ただし、記録はあくまで実態を示すものです。実態のない目的を書き残しても意味はなく、むしろ説明との食い違いが問題になります。

    AEGISの視点

    評価を下げる対策は、オーナーにとって魅力的に見えます。しかしAEGISは、「評価がいくら下がるか」から出発する対策は、最も否認のリスクが高いと考えています。最高裁が問題にしたのは評価の差そのものではなく、「相続税の負担を減らすこと」を目的として取引が組み立てられていた点だからです。

    資産管理会社を設立する、不動産を取得する、借入れをする。これらは本来、収益・管理・承継のための意思決定です。その結果として評価が下がることはあっても、評価を下げることが目的になってしまうと、事業としての合理性が説明できなくなります。

    また、仮に否認されれば、追加の相続税に加えて加算税・延滞税の負担が生じ、家族が長い争いに巻き込まれることもあります。すでに申告を終えた方も、対策の内容と記録を見直し、税務調査で説明できる状態にあるかを確認しておく価値があります。

    資産管理会社の設立を検討する時期と比較の軸は、関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で、通達の見直しの内容は「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で解説しています。

    土地活用を評価だけで判断しない考え方は「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」、調査で問われやすい点は「相続税の税務調査で指摘されやすい点」もあわせてご覧ください。

    資産税務・承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 相続税の評価は通達に従うのが原則ですが、通達どおりの評価が「実質的な租税負担の公平に反する」事情がある場合は、通達によらない評価で課税されることがあります(総則6項)。
    • 最高裁令和4年4月19日判決は、評価額の乖離だけでは足りず、税負担の軽減の程度や、取引が相続税の軽減を期待して行われたことなどを踏まえて判断しました。
    • 同族会社を使った不自然な取引は、相続税法64条の行為計算の否認の対象になり得ます。
    • 会社が3年以内に取得した不動産の評価など、通達の個別ルールにも注意が必要です。貸付用不動産の評価見直しは通達案の段階です。なお通達案では、取引相場のない株式を純資産価額で評価する際の会社保有の土地・建物には、この見直しを適用しないとされています。
    • 否認されにくくするには、意思決定の時点で税務以外の目的・収支・保有方針を記録し、その実態を伴わせることが重要です。

    よくある質問

    Q. 借入れで賃貸マンションを買う対策は、もうできないのですか?

    借入れで不動産を取得すること自体が否認されるわけではありません。判決も、評価額の乖離だけでは総則6項を適用できないとしています。ただし、相続直前の取得、税負担の大幅な軽減、相続税の軽減以外に目的が説明しにくいといった事情が重なると、否認のリスクが高まります。今後は貸付用不動産の評価見直し(通達案)の動向にも注意が必要です。

    Q. 総則6項は、納税者が評価を下げるためにも使えますか?

    総則6項は「通達どおりの評価が著しく不適当な場合」の定めで、通達による評価額が時価を大きく上回る土地などでは、不動産鑑定評価などにより時価で申告することが検討されることもあります。ただし、時価の立証には根拠が求められ、認められない例も多いため、鑑定の費用や説明の根拠を慎重に検討する必要があります。

    Q. 資産管理会社を使えば、総則6項の心配はなくなりますか?

    なくなりません。会社が取得した不動産でも、3年以内であれば株価の計算上は通常の取引価額で評価されますし、会社の株式の評価自体に総則6項が問題になることもあります。また、同族会社の行為や計算が株主の相続税を不当に減らすものと認められれば、相続税法64条による否認の対象にもなり得ます。

    Q. すでに申告が終わっている場合、何を確認すればよいですか?

    申告した評価の前提となった取引の目的・時期・資金の流れと、それを説明する資料が残っているかを確認しておくとよいでしょう。税務調査では、取引の経緯について説明を求められることがあります。評価や特例に誤りが見つかった場合は、修正申告や更正の請求の要否を検討することになります。

    Q. 否認された場合、どのくらいの負担になりますか?

    通達によらない価額で課税価格が計算し直され、本来の相続税との差額に加え、過少申告加算税や延滞税がかかる可能性があります。負担の大きさは事案によって異なりますが、対策による軽減額より大きな負担になることもあるため、対策の段階でリスクを見積もっておくことが大切です。

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    • 資産管理会社:資産管理会社の設立と既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式の承継まで確認します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用した制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『改訂版 税理士が知っておきたい! 土地評価に関する建築基準法・都市計画法コンパクトブック』結城敏勝・越田圭 著、第一法規、P.143-147(最高裁令和4年4月19日判決の解説)
    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会、第4章(社団・財団・信託と税務否認)、P.310-334
    • 『相続税・贈与税 土地評価実務テキスト』鎌倉靖二 著、税務研究会出版局、Ⅴ(財産評価基本通達に従った評価額が時価よりも高くなる場合とその対処法)、P.239-243
  • 生前贈与と相続をどう使い分けるか|暦年課税・相続時精算課税・相続を財産ごとに選ぶ考え方

    生前贈与と相続をどう使い分けるか|暦年課税・相続時精算課税・相続を財産ごとに選ぶ考え方

    「毎年110万円ずつ子どもに贈与しておけば相続税対策になる」——長く語られてきたこの考え方は、令和5年度の税制改正によって前提が変わりつつあります。相続前の贈与を相続財産に加え戻す期間が3年から7年へと段階的に延び、もう一つの贈与の方式である相続時精算課税には、年110万円の基礎控除が新しく設けられました。

    結論から言えば、生前贈与と相続の使い分けは「どちらが得か」ではなく、「どの財産を、いつ、誰に、どの方式で移すか」を財産ごとに決める作業です。この記事では、3つのルート(暦年課税による贈与、相続時精算課税による贈与、相続)の違いを一次情報で確認したうえで、財産の性質に応じた選び方を整理します。

    財産を移す3つのルート

    次世代に財産を移す方法は、税金の面から見ると次の3つに分かれます。

    1. 暦年課税による贈与:1年ごとに、もらった財産の合計から基礎控除を差し引いて贈与税を計算する方式。特に手続きをしなければ、贈与はこの方式になります。
    2. 相続時精算課税による贈与:贈与時には軽い税負担で財産を移し、贈与者が亡くなったときに、贈与財産を相続財産に加えて相続税で精算する方式。受贈者が届出をして選択します。
    3. 相続(遺言による遺贈を含む):亡くなったときに財産が移り、相続税がかかる方式。

    この3つは、どれか一つを選ぶものではありません。贈与者ごと、受贈者ごと、財産ごとに組み合わせることができます。

    暦年課税のしくみと令和5年度改正のポイント

    基本のしくみ

    暦年課税では、1月1日から12月31日までの1年間にもらった財産の合計額から、基礎控除110万円を差し引いた残りに贈与税がかかります。税率は累進で、直系尊属(父母・祖父母など)からその年の1月1日に18歳以上の人への贈与には「特例税率」、それ以外には「一般税率」が適用されます。最高税率の55%は、特例税率では課税価格4,500万円超、一般税率では3,000万円超の部分にかかります(国税庁 No.4408)。

    生前贈与加算の期間が7年に延びる

    暦年課税で贈与した財産でも、贈与者が亡くなる前の一定期間内のものは、相続税の計算で相続財産に加え戻されます(生前贈与加算)。加算の対象になるのは、相続や遺贈、相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人が受けた贈与です。加算される金額は贈与時の価額で、基礎控除110万円以下の贈与も対象になります。すでに払った贈与税は相続税から差し引かれます(国税庁 No.4161)。

    令和5年度の税制改正により、この加算期間は次のように段階的に延びます(国税庁 No.4161、令和8年4月1日現在法令等)。

    相続が開始する時期加算の対象となる贈与の期間
    令和8年(2026年)12月31日まで相続開始前3年以内
    令和9年(2027年)1月1日〜令和12年(2030年)12月31日令和6年(2024年)1月1日から死亡の日まで
    令和13年(2031年)1月1日以後相続開始前7年以内

    さらに、令和9年以後に相続が開始する場合、延長された期間(相続開始前3年以内より前)に受けた贈与については、その合計額から総額100万円までは加算しないこととされています。

    つまり、令和6年1月1日以後の暦年課税による贈与は、贈与者がその後7年以内に亡くなれば、相続財産に加え戻される可能性があるということです。「毎年110万円の非課税贈与」は、長い時間をかけて行うほど効果が出る方法に変わったと言えます。

    なお、贈与税の配偶者控除の対象部分や、直系尊属からの住宅取得等資金・教育資金・結婚子育て資金の非課税特例の適用を受けた金額は、加算の対象から除かれています(国税庁 No.4161)。ただし、教育資金の一括贈与の非課税は令和8年3月31日まで、結婚・子育て資金の一括贈与の非課税は令和9年3月31日までに信託等をした場合が対象とされています(租税特別措置法70条の2の2・70条の2の3)。

    加算の対象にならない人がいる

    生前贈与加算は、相続や遺贈などで財産を取得した人が対象です。たとえば、祖父母から孫への贈与で、孫が祖父母の相続で財産を取得しない場合は、原則として加算の対象になりません。ただし、遺言で孫に財産を遺贈したり、孫を死亡保険金の受取人にしたりすると、加算の対象になり得ます。また、代襲相続人でない孫などが相続や遺贈で財産を取得すると、相続税額が2割加算されます(国税庁 No.4157)。

    相続時精算課税のしくみと令和5年度改正のポイント

    基本のしくみ

    相続時精算課税は、次のような仕組みです(国税庁 No.4103、令和8年4月1日現在法令等)。

    • 対象者:贈与者は贈与をした年の1月1日において60歳以上の父母・祖父母など、受贈者はその年の1月1日において18歳以上の、贈与者の直系卑属(子・孫など)。
    • 手続き:贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに、「相続時精算課税選択届出書」を提出します。
    • 贈与税の計算:1年間の贈与額から、基礎控除110万円を差し引き、さらに特別控除(累計で2,500万円まで)を差し引いた残額に、一律20%の税率をかけます。
    • 相続時の精算:贈与者が亡くなったとき、贈与財産を贈与時の価額で相続財産に加え、相続税を計算します。払った贈与税は相続税から差し引かれ、引ききれない分は還付を受けられます。
    • 取りやめ不可:一度選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税に戻すことはできません。

    令和6年1月1日以後の基礎控除110万円

    令和5年度改正の大きな変更点は、令和6年1月1日以後の贈与について、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が設けられたことです。そして、相続時に加算されるのは、基礎控除を差し引いた後の金額です。暦年課税の110万円が加算期間内であれば相続財産に戻るのとは、この点が大きく異なります。

    なお、同じ年に2人以上の特定贈与者(相続時精算課税を選んだ贈与者)から贈与を受けた場合、基礎控除110万円はそれぞれの贈与額に応じて按分します(国税庁 No.4103)。

    また、同じ改正で、相続時精算課税で贈与を受けた土地・建物が災害で一定以上の被害を受けた場合に、相続時に加算する価額から被害相当額を差し引ける特例も設けられています。令和6年1月1日以後に被害を受けた場合が対象で、原則として災害が発生した日から3年を経過する日までに承認申請書を提出し、税務署長の承認を受ける必要があります(租税特別措置法70条の3の3、国税庁 No.8006)。

    精算課税で注意したいこと

    • 価額は贈与時で固定される:将来値上がりする財産なら有利に働く一方、値下がりしても贈与時の価額で相続税が計算されます。
    • 小規模宅地等の特例が使えない:相続時精算課税で贈与を受けた宅地等には、相続時に小規模宅地等の特例を適用できません(国税庁 No.4124)。自宅や事業用の土地を精算課税で贈与すると、相続で取得した場合よりも評価が高くなることがあります。
    • 相続財産から切り離す効果はない:基礎控除部分を除き、贈与した財産は最終的に相続税の計算に含まれます。

    3つのルートの比較

    項目暦年課税の贈与相続時精算課税の贈与相続
    年間の非課税枠基礎控除110万円(受贈者ごと)基礎控除110万円(令和6年以後)+特別控除2,500万円(累計)—
    税率累進(最高55%)一律20%相続税の累進税率
    相続時の扱い加算期間内の贈与は加算(110万円以下も含む)基礎控除後の金額をすべて加算—
    加算・課税される価額贈与時の価額贈与時の価額相続時の価額
    対象者の制限なし60歳以上→18歳以上の直系卑属—
    小規模宅地等の特例—贈与した宅地等には適用不可要件を満たせば適用可
    選択の取りやめ—不可—

    財産の性質ごとの考え方

    3つのルートの違いを踏まえると、財産の性質によって向き不向きが見えてきます。以下は一般的な考え方であり、実際の判断は全体の配分や税額の試算によって変わります。

    • 将来の値上がりが見込まれる財産(成長している会社の株式など):贈与時の価額で固定できる相続時精算課税が検討対象になります。ただし、会社の業績が下がった場合にも価額は戻らない点に注意が必要です。
    • 自社株式:税額だけでなく、誰に議決権を集めるかが最優先です。後継者に段階的に移すのか、まとめて移すのか、法人版事業承継税制の利用を検討するのかによって、選ぶ方式が変わります。
    • 自宅や事業用の土地:相続時に小規模宅地等の特例を使える可能性がある場合は、贈与より相続で移すほうが有利になることがあります。
    • 収益を生む不動産:贈与後の賃料収入は受贈者のものになるため、贈与者の財産の増加を抑え、受贈者の納税資金づくりにつながる面があります。一方、建物だけを贈与するか土地も含めるか、管理を誰が担うかなど、検討事項は多くなります。
    • 現預金:分割しやすく、暦年課税で長期・少額に分けて移すのに向いています。加算期間の延長を踏まえ、早めに始めることが前提になります。

    実務上注意したいポイント

    贈与は「あげた」「もらった」の実態が必要

    贈与は、あげる人ともらう人の合意によって成り立ちます。親が子の名義で預金をしていても、子がその存在を知らず、通帳や印鑑も親が管理しているような場合は、贈与があったと認められず、親の相続財産として扱われることがあります。贈与契約書の作成や、受贈者自身による管理など、贈与の実態を残しておくことが大切です。

    家族間の公平と遺留分

    特定の子に多くの贈与をすると、他の相続人との公平が問題になることがあります。民法には遺留分の制度があり、一定の生前贈与は遺留分の計算に含まれます。相続人に対する贈与は原則として相続開始前10年間のもの(婚姻・養子縁組のため又は生計の資本としての贈与に限る)、相続人以外の人への贈与は原則として相続開始前1年間のものが対象で、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与は、それより前のものも含まれます(民法1044条)。税金の面だけでなく、家族全体の配分の中で贈与を位置付ける必要があります。

    方式の選択は受贈者ごと・贈与者ごと

    相続時精算課税は、受贈者が贈与者ごとに選択します。たとえば「父からは相続時精算課税、祖父母からは暦年課税」といった組み合わせも可能です。一方で、一度選ぶと取りやめられないため、将来の贈与計画全体を見通してから選ぶことが重要です。

    AEGISの視点

    生前贈与の議論は、「年110万円」「税率20%」といった数字から始まりがちです。しかしAEGISは、贈与を「財産の持ち主が変わることで、管理・収益・意思決定の担い手が変わる行為」と捉えています。

    たとえば収益不動産を子に贈与すれば、税負担が変わるだけでなく、修繕や入居者対応を誰が判断するのか、賃料収入を誰がどう使うのかも変わります。自社株式を贈与すれば、株主総会で誰が議決権を行使するのかが変わります。贈与の方式を選ぶ前に、「この財産は、誰が持ち、誰が管理するのが望ましいか」を決めておくことで、税制改正があっても揺らがない承継計画になります。

    令和5年度改正は、短期間の駆け込み的な贈与の効果を小さくし、長い時間軸での計画を求める方向の改正だと言えます。相続・事業承継の全体像は親記事(相続対策と事業承継を一体で考える)で、財産の組み合わせ方は関連記事(自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継)で解説しています。

    贈与の方式を比べる前提として、現時点の相続税の規模感をつかんでおくことも重要です(関連記事:相続税の概算に必要な情報)。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 生前贈与と相続の使い分けは、財産ごとに「いつ、誰に、どの方式で」を決める作業です。
    • 暦年課税の生前贈与加算は、令和9年1月以降段階的に延び、令和13年1月1日以後の相続では相続開始前7年以内の贈与が対象になります(延長部分は総額100万円まで加算しない措置あり)。
    • 相続時精算課税には令和6年1月1日以後、年110万円の基礎控除が設けられ、基礎控除部分は相続財産に加算されません。
    • 精算課税は贈与時の価額で固定され、贈与した宅地等には小規模宅地等の特例が使えないなど、財産によって向き不向きがあります。
    • 具体的な選択は、財産の構成や家族の状況などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 今から暦年課税で贈与を始めても意味はありますか?

    意味はあります。ただし、令和6年1月1日以後の贈与は、贈与者がその後7年以内(経過措置期間中は異なります)に亡くなると相続財産に加え戻される可能性があります。効果を得るには、長い期間をかけて計画的に行うこと、また受贈者が相続や遺贈で財産を取得するかどうかも含めて検討することが必要です。

    Q. 相続時精算課税の基礎控除110万円だけを使うことはできますか?

    できます。相続時精算課税を選択した後は、年110万円以下の贈与であれば贈与税はかからず、その部分は相続時にも加算されません。ただし、一度選択するとその贈与者からの贈与は暦年課税に戻せないため、将来大きな贈与をする可能性も含めて判断する必要があります。

    Q. 暦年課税と相続時精算課税は、どちらが有利ですか?

    一概には言えません。贈与者の年齢や健康状態、財産の種類と将来の値動き、受贈者が相続で財産を取得するかどうか、小規模宅地等の特例の適用可能性などによって結論が変わります。財産ごと・贈与者ごとに比較することが大切です。

    Q. 孫への贈与は相続対策として有効ですか?

    孫が祖父母の相続で財産を取得しなければ、暦年課税による贈与は原則として生前贈与加算の対象になりません。ただし、遺言で孫に遺贈したり、死亡保険金の受取人を孫にしたりすると加算の対象になり得るほか、相続税額の2割加算の対象になる場合もあります。

    Q. 自社株式は贈与と相続のどちらで渡すべきですか?

    税額だけで決めず、後継者がいつ、どの程度の議決権を持つべきかから逆算することをおすすめします。株価の見通し、後継者の準備状況、他の家族への配分、法人版事業承継税制の利用の可否などを合わせて検討します。

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  • 自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継|財産の「性質」から役割を決める設計の考え方

    自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継|財産の「性質」から役割を決める設計の考え方

    事業オーナーの財産は、多くの場合、自社株式・不動産・金融資産の3つで構成されています。承継の相談では「株式は後継者に」「不動産は長男に」「預金は均等に」というように、財産の種類ごとに行き先を決めていく方法がよく見られます。

    しかし、財産の種類ごとに個別に決めていくと、全体として「納税資金が足りない」「後継者以外の家族に渡すものがない」「共有になった不動産が動かせない」といった問題が後から見つかることがあります。

    結論から言えば、組み合わせの設計は財産の種類ではなく「性質」から出発し、それぞれの財産に「経営を続ける」「家族に分ける」「税金を納める」のどの役割を担わせるかを決めることが出発点です。この記事では、その考え方と設計の手順を整理します。

    3つの財産は、性質がまったく違う

    まず、自社株式・不動産・金融資産の性質を、承継の観点から比べてみます。

    性質自社株式(非上場)不動産金融資産(現預金・上場株式等)
    換金のしやすさ低い(買い手が限られる)中程度(時間がかかる)高い
    分けやすさ分けられるが、分けると議決権も分散する物理的・権利的に分けにくく、共有になりやすい分けやすい
    管理・支配の担い手必要(経営判断・議決権行使)必要(修繕・賃貸管理・売却判断)比較的少ない
    評価と時価のずれ評価方法によって大きく変わる相続税評価額と売却価格が異なることが多い小さい
    収益配当(会社の方針次第)賃料(賃貸用の場合)利息・配当

    この表から分かるのは、自社株式と不動産は「持つ人に役割を求める財産」であり、金融資産は「調整に使える財産」だということです。

    財産に「役割」を割り当てる

    性質の違いを踏まえると、承継の場面で財産が担う役割は次の3つに整理できます。

    1. 経営を続けるための財産

    自社株式と、会社が事業に使っている不動産(本社・工場・店舗の土地建物など)です。これらは、後継者が経営を安定して続けるために、後継者または後継者が支配する会社に集めることが基本になります。

    会社の重要事項は株主総会で決まるため、後継者が議決権をどの程度確保できるかが承継の安定性を左右します。また、会社が使う不動産を後継者以外の家族が相続すると、会社は家族から土地を借り続けることになり、賃料や将来の売却をめぐって調整が必要になる場合があります。

    2. 家族に分けるための財産

    後継者以外の家族の生活や、家族間のバランスを保つための財産です。分けやすく、管理の負担が少ない金融資産が中心になります。賃貸不動産も候補になりますが、複数人で共有すると売却や大規模修繕の判断がまとまりにくくなるため、1物件を1人が相続するなど、共有を避ける工夫が必要です。

    3. 税金を納めるための財産

    相続税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に、金銭で納めるのが原則です(国税庁 No.4205)。換金しやすい金融資産や、相続人が受け取る死亡保険金(「500万円×法定相続人の数」までは非課税、国税庁 No.4114)が、この役割を担います。不動産を売却して納税資金をつくる場合は、売却に時間がかかることを見込み、どの不動産を売るかを事前に決めておくことが大切です。

    組み合わせを考えるときの典型的な課題

    財産の大半が自社株式の場合

    後継者に株式を集めると、他の家族に渡す財産が不足し、後継者は換金できない株式に対して多額の相続税を負担することになります。この場合の選択肢として、たとえば次のような方向性が考えられます。

    • 生前に金融資産を計画的に蓄え、他の家族への配分と納税資金に充てる
    • 後継者が他の家族に金銭を支払う形で遺産を分ける(代償分割)ための資金を準備する
    • 法人版事業承継税制の利用を検討する(特例措置を使う場合の特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日、中小企業庁)
    • 株式の一部を会社や持株会社が買い取る形で、オーナー側に資金を確保する

    どの方法にも資金負担や要件、会社の財務への影響があるため、組み合わせて検討することになります。

    なお、自社株式の評価方法は、国税庁が2026年4月から有識者会議で見直しを検討しています。通達改正の内容や適用時期は本記事の確認時点(2026年10月)では示されていないため、評価額を前提にした配分や納税資金の計画は、今後の改正に注意して見直すことが大切です。

    不動産が多く、現預金が少ない場合

    不動産オーナーに多いのが、総資産に占める現預金の少なさです。相続税の納税資金だけでなく、不動産を相続しない家族とのバランスをとるための資金も不足しがちです。所有不動産を一覧にして、物件ごとの収益と相続税評価額、売却のしやすさを把握し、「持ち続ける不動産」「生前に売却・組み替える不動産」「相続後に売却する不動産」を区分しておくと、判断がしやすくなります。

    事業用・居住用の土地がある場合

    一定の要件を満たす事業用や居住用の宅地等は、相続税の計算で評価額を減額できる「小規模宅地等の特例」の対象になり得ます。減額の割合と限度面積は区分ごとに異なり、特定事業用宅地等・特定同族会社事業用宅地等は400㎡まで80%、特定居住用宅地等は330㎡まで80%、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%とされています(国税庁 No.4124)。

    この特例は、誰がその宅地を取得するか、取得した人が事業や居住を継続するかなどの要件によって適用の可否が変わります。また、相続時精算課税で贈与を受けた宅地等には適用できません。どの土地を誰に渡すかという配分の判断が、そのまま税額に影響する点に注意が必要です。

    所有の「器」を組み合わせる

    組み合わせの設計では、財産を誰に渡すかだけでなく、誰が(どの主体が)持つかも選択肢になります。

    所有の器向いている場面留意点
    個人で保有管理が簡単な財産、相続時の特例を使いたい土地相続時に分割・共有の問題が生じやすい
    資産管理会社賃貸不動産をまとめて管理し、収益を家族に配分したい場合設立・運営コスト、会社の株式の承継設計が必要
    持株会社事業会社の株式を集約し、所有と経営を整理したい場合株式の買取資金の調達、管理コストの増加

    たとえば賃貸不動産を資産管理会社に移せば、相続の対象は個々の不動産ではなく会社の株式になり、不動産を物理的に分けずに済む面があります。一方で、移転時には譲渡や登記の税金・費用がかかり、会社の株式を誰がどれだけ持つかという新しい設計課題が生まれます。器を変えることは目的ではなく、承継後の管理と意思決定をどう分担するかを実現する手段として検討することが大切です。

    組み合わせを設計する手順

    1. 財産を性質で棚卸しする:種類・評価額だけでなく、換金性、分けやすさ、管理の担い手の要否、収益、事業との関係を一覧にします。
    2. 相続税を概算し、納税資金の過不足を見る:現時点で相続が起きた場合の税額と、換金しやすい財産の額を比べます。
    3. 「経営」「分ける」「納める」の3つの役割に財産を割り当てる:まず経営を続けるための財産を後継者側に置き、残りで家族への配分と納税資金を組み立てます。
    4. 不足を埋める手段を検討する:生前の資金づくり、贈与、売却や組み替え、保険、所有の器の変更、制度の活用などを比較します。
    5. 配分案を家族と共有し、定期的に見直す:株価や不動産価値の変動、家族の状況に応じて更新します。

    生前贈与と相続のどちらで移すかは財産ごとに判断が分かれるため、関連記事(生前贈与と相続をどう使い分けるか)もあわせてご覧ください。財産や会社が多く、一覧にすること自体が難しい場合は、関連記事(複数の会社・資産にまたがる財産の整理)で整理の方法を解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 評価額の低さだけで財産を選ばない:相続税評価額が低い財産は税額の面では有利に見えますが、換金しにくかったり、分けにくかったりすることがあります。
    • 「均等」が「公平」とは限らない:同じ評価額でも、自社株式と預金では受け取る側にとっての価値や使い勝手がまったく違います。家族が納得できるかどうかは、金額だけでは決まりません。
    • 共有はできるだけ避ける:不動産や株式を複数人で共有すると、次の世代でさらに権利が細分化され、意思決定が難しくなります。
    • 会社との貸し借りを整理する:オーナーから会社への貸付金は相続財産になります。回収の見込みや、資本への振替などの整理を早めに検討します。

    AEGISの視点

    AEGISは、財産の組み合わせを「財産ごとに、次の世代で誰がその財産に責任を持つかを決めること」と考えています。

    自社株式には経営の責任が、不動産には管理と活用の責任が伴います。金融資産は、その責任を担わない家族への配分や、納税という一度きりの大きな支出を支える役割を持ちます。財産を評価額だけで並べると、この「責任の重さ」の違いが見えなくなります。

    また、不動産は持ち方を変えることで、承継のしやすさが大きく変わる財産でもあります。個人で持つか、会社で持つか、事業と組み合わせて活用するか——不動産の所有のあり方を事業承継と同じ時間軸で考えることが、財産全体の組み合わせを無理のないものにします。相続・事業承継の全体像は親記事(相続対策と事業承継を一体で考える)で解説しています。

    自社株式や事業用不動産の評価・承継に関わる税務の論点は、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 自社株式・不動産・金融資産は、換金性・分けやすさ・管理の担い手の要否が大きく異なります。
    • 組み合わせの設計は、財産に「経営を続ける」「家族に分ける」「税金を納める」の役割を割り当てることから始めます。
    • 自社株式と事業用不動産は後継者側に集めるのが基本で、金融資産が家族への配分と納税資金の調整役になります。
    • 小規模宅地等の特例など、誰がどの財産を取得するかで税額が変わる制度がある点に注意が必要です。
    • 所有の器(個人・資産管理会社・持株会社)の選択も、承継後の管理と意思決定から逆算して検討します。具体的な設計は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 自社株式は必ず後継者1人に集めるべきですか?

    経営の安定の観点からは、後継者が必要な議決権を確保できるようにすることが基本です。ただし、議決権のない株式の活用など、配当や財産的価値を他の家族にも配分する設計の余地もあります。会社の状況と家族の意向に応じて検討します。

    Q. 不動産を兄弟で共有して相続するのは避けるべきですか?

    共有自体が禁止されているわけではありませんが、売却や建替え、大規模修繕の判断に共有者の合意が必要になり、次の世代でさらに権利が細分化されるおそれがあります。物件ごとに取得者を分ける、資産管理会社にまとめるなど、共有を避ける方法を先に検討することをおすすめします。

    Q. 金融資産が少ない場合、納税資金はどう準備すればよいですか?

    生前からの資金の積み立て、生命保険の活用、売却する不動産の事前の選定、延納制度の検討などが考えられます。どの方法が適しているかは財産の構成や家族の状況によって異なるため、まず相続税の概算と納税資金の過不足を把握することが出発点です。

    Q. 会社が使っている土地は、会社に買い取ってもらうべきですか?

    選択肢の一つですが、譲渡に伴う所得税等の負担や会社の資金負担、小規模宅地等の特例が使えなくなる可能性などを比較する必要があります。オーナー個人が持ち続けて後継者が相続する方法と比べ、事業の継続性と税負担の両面から判断します。

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    • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • ファミリー憲章のつくり方|家族会議の進め方・盛り込む項目・法的な仕組みとのつなぎ方

    ファミリー憲章のつくり方|家族会議の進め方・盛り込む項目・法的な仕組みとのつなぎ方

    ファミリー憲章とは、事業や資産を共に受け継ぐ家族が、大切にする価値観と、事業・資産との関わり方のルールを、話し合いを通じて文書にまとめたものです。家訓を現代の言葉で明文化したもの、と考えると分かりやすいかもしれません。

    ファミリー憲章は、それ自体では原則として法的な拘束力を持ちません。それでも作る意味があるのは、事業承継や相続で起きる家族の対立の多くが、財産の金額そのものよりも、「何を大切にするか」「誰がどんな役割を担うか」についての期待の食い違いから生じるからです。

    この記事では、ファミリー憲章をつくるための進め方を6つのステップで整理し、盛り込む項目の構成例と、遺言・定款などの法的な仕組みとのつなぎ方、見直しの方法までを解説します。

    ファミリー憲章の役割と限界

    最初に、ファミリー憲章で「できること」と「できないこと」を整理しておきます。

    区分内容
    できること家族が共有する価値観や、事業に関わる際の考え方を言葉にする/家族会議などの話し合いの場と進め方を決める/後継者以外の家族の役割を明確にする/将来の判断に迷ったときの「立ち返る基準」をつくる
    できないこと署名したことだけで、株式の譲渡や遺産の分け方を法的に強制する/遺留分などの法律上の権利を一方的に制限する/会社の意思決定(株主総会・取締役会)を直接拘束する

    たとえば、「株式は家族の外に出さない」と憲章に書いても、それだけでは株式の譲渡を止めることはできません。相続人の遺留分を相続開始前に放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条1項)。憲章で合意した内容を実際に機能させるには、定款・株主間の契約・遺言・民事信託(いわゆる家族信託)などの法的な仕組みに落とし込む作業が別に必要になります。

    それでも、憲章は意味を持ちます。法的な仕組みは「何を実現するか」が決まっていなければ設計できず、その「何を」を家族で合意する場が憲章づくりだからです。

    ファミリー憲章をつくる6つのステップ

    AEGISでは、次の6つのステップで進めることをおすすめしています。

    ステップ内容目安となる期間
    1. 目的と範囲を決めるなぜつくるのか、何を対象にするのか1〜2か月
    2. 参加者を決める誰を「家族」として話し合いに加えるか同時に検討
    3. 一人ひとりの考えを聞く個別に本音を聞き、論点を洗い出す2〜4か月
    4. 家族会議で話し合う論点ごとに話し合い、方向性をそろえる数回〜十数回
    5. 文書にまとめ、合意する草案を作り、修正を重ね、署名する2〜3か月
    6. 運用し、見直す定例の家族会議で確認し、必要に応じて改める継続

    ※期間は目安です。家族の人数や論点の多さによって大きく異なります。

    ステップ1:目的と範囲を決める

    まず、「なぜ今、憲章をつくるのか」を言葉にします。事業承継を控えて後継者と他の家族の役割を整理したい、複数の家に株式が分かれていく前に考え方をそろえたい、財産の一部を社会に還元する方針を家族で共有したい——目的によって、盛り込む項目も参加者も変わります。

    対象とする範囲も決めておきます。家業である会社だけか、資産管理会社や不動産、財団まで含めるのか。最初から全部を対象にせず、最も重要な事業と資産から始めるほうが進めやすくなります。

    ステップ2:参加者を決める

    誰を「家族」に含めるかは、思った以上に重要な判断です。

    • 現経営者とその配偶者
    • 後継者候補と、後継者でない子
    • 子の配偶者(いわゆる姻族)
    • 孫世代(年齢に応じて段階的に)

    子の配偶者を含めるかどうかは家族によって判断が分かれますが、家庭の中で大きな影響力を持つ存在であることは確かです。少なくとも、話し合いの結果をどこまで共有するかは決めておくべきでしょう。

    ステップ3:一人ひとりの考えを聞く

    いきなり全員で集まるのではなく、まず一人ひとりから個別に話を聞くことをおすすめします。家族全員の前では言いにくいこと——後継者になりたくない、自分の取り分が気になる、配偶者の考えが違う——は、個別の場でないと出てきません。

    聞いておきたいのは、たとえば次のような点です。

    • 創業者や現経営者が、事業を通じて何を大切にしてきたか
    • 家族それぞれが、事業や資産とどう関わりたいと考えているか
    • 将来に向けて不安に思っていること、避けたいこと

    中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、経営理念を企業の競争力の源泉となる知的資産の一つと位置づけています。専門書籍でも、後継者が現経営者との対話を通じて経営理念を確認することの重要性が指摘されています。ファミリー憲章の価値観の部分は、この経営理念と重なることが多く、会社の理念を家族の言葉に置き換える作業ともいえます。

    ステップ4:家族会議で話し合う

    個別の聞き取りで出てきた論点を整理し、家族会議で一つずつ話し合います。進め方のポイントは次のとおりです。

    • 議題を事前に共有する:その場で突然重い話題を出さない
    • 一度にすべてを決めない:価値観→役割→株式と財産、のように段階を踏む
    • 第三者に進行を任せる:家族だけでは、親子の上下関係や過去の感情が議論を左右しやすくなります
    • 議事録を残す:何が合意され、何が未決なのかを全員が確認できるようにする

    合意できない論点は、無理に決めずに「未決事項」として残しておくことも大切です。

    ステップ5:文書にまとめ、合意する

    話し合いの結果をもとに草案をつくり、修正を重ねます。表現は、法律の条文のような硬さよりも、家族が読み返したくなる言葉であることを優先します。そのうえで、全員が内容を確認し、署名して保管します。署名には法的な拘束力はありませんが、家族の約束として重みを持たせる意味があります。

    ステップ6:運用し、見直す

    憲章は、つくって終わりではありません。年に一度など定期的に家族会議を開き、事業や資産の状況を共有し、憲章に照らして確認する場を設けます。見直しの方法は次の節で説明します。

    ファミリー憲章の構成例

    盛り込む項目は家族によって異なりますが、たとえば次のような構成が考えられます。

    章主な内容書き方の例
    前文憲章をつくった経緯と目的創業の経緯、次の世代に伝えたい思い
    価値観家族として大切にすること誠実さ、地域への貢献、学び続けること
    家族の範囲憲章が対象とする家族直系の子孫と配偶者、成人後に参加
    事業との関わり家族が事業に入る条件、役割入社の条件、社外での経験、評価の考え方
    株式と議決権株式の持ち方、譲渡の考え方株式は家族外に譲らない方針、議決権行使の考え方
    配当と資産配当や家族への資産配分の考え方配当方針の考え方、事業に関わらない家族への配慮
    家族会議開催頻度、参加者、決め方年1回の定例開催、議事録の作成
    社会への還元寄附や社会貢献の方針利益や資産の一部を地域や社会に還元する考え方
    意見が対立したとき話し合いの手順第三者を交えて協議する
    見直し見直しの時期と方法定期見直し、改定の手続き

    注意したいのは、細かく書き込みすぎないことです。憲章は長く尊重される「基本の考え方」を示すものであり、配当の具体的な金額や個別の財産の分け方まで書き込むと、状況が変わるたびに改定が必要になります。具体的なルールは、別に定める運用ルールや、遺言・契約などに委ねるのが現実的です。

    法的な仕組みとのつなぎ方

    憲章で合意したことを実際に機能させるには、内容に応じて次のような仕組みを組み合わせます。

    憲章で合意したことつなぐ仕組みの例
    株式を家族外に出さない定款の株式譲渡制限(会社法107条・108条)、相続人等に対する売渡請求の定め(同法174条)、株主間の契約
    後継者に株式を集める遺言、生前贈与、種類株式(会社法108条)、民事信託(いわゆる家族信託)
    後継者以外の家族に配慮する遺言での財産配分、生命保険、遺言の付言事項
    判断能力の低下に備える任意後見契約、民事信託
    社会への還元遺贈寄附、財団の設立

    なかでも遺言は、憲章で共有した考え方を財産の配分として実現する中心的な手段です。遺言に添える付言事項で、配分の理由や家族への思いを伝えることもできます。付言事項の書き方は、関連記事「遺言の付言事項の書き方」で扱っています。

    株式を分散させない具体的な手段は、関連記事「自社株を分散させずに次世代へ承継する方法」で整理しています。

    見直しの考え方:変えない部分と見直す部分を分ける

    憲章をどの程度変えてよいかは、悩ましい問題です。頻繁に変えれば重みが失われ、まったく変えなければ時代や家族の変化に合わなくなります。

    AEGISでは、憲章の中身を二つの層に分けて考えることをおすすめしています。

    • 変えない部分:前文と価値観。世代を超えて受け継ぐ核であり、改定には家族全員の合意を必要とするなど、変更のハードルを高く設定します。
    • 見直す部分:事業との関わり方、家族会議の運営、配当や資産の考え方など。事業の状況、税制、家族の構成の変化に合わせて、定期的に点検します。

    見直しのタイミングとしては、定例の家族会議のほか、代表者の交代、相続の発生、結婚や出産による家族の変化、事業の売却や大きな投資などが考えられます。

    AEGISの視点

    ファミリー憲章は、完成した文書そのものよりも、つくる過程で家族が交わした対話に価値があるとAEGISは考えています。普段は話題にしにくい事業の将来や財産のこと、家族それぞれの思いを、時間をかけて言葉にしていく過程そのものが、承継に向けた最も確かな準備になります。

    一方で、憲章を「理想を書いた文書」で終わらせないことも大切です。株式の持ち方、財産の配分、社会への還元の方針は、遺言・定款・信託・財団などの具体的な仕組みに落とし込んで初めて実現します。AEGISは、憲章を家族の価値観と、承継の法的・税務的な設計とをつなぐ「上位の設計図」と位置づけています。事業承継計画の「家族」のブロックとの関係は、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」も参考になります。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    まとめ

    • ファミリー憲章は、家族が大切にする価値観と、事業・資産との関わり方のルールを文書にしたものです。
    • 原則として法的な拘束力はないため、合意した内容は定款・契約・遺言・信託などの仕組みに落とし込む必要があります。
    • 目的と範囲の設定、参加者の決定、個別の聞き取り、家族会議、文書化と合意、運用と見直しの6つのステップで進めると整理しやすくなります。
    • 細かく書き込みすぎず、変えない部分(価値観)と見直す部分(運用ルール)を分けることが、長く使える憲章につながります。
    • 具体的な内容は家族ごとに異なり、法的な仕組みとの接続には個別の検討が必要です。

    よくある質問

    Q. ファミリー憲章に法的な効力はありますか?

    原則として、憲章そのものには法的な拘束力はありません。株式の譲渡制限や財産の配分などを確実に実現するには、定款の定め、株主間の契約、遺言、民事信託などを別に整える必要があります。憲章は、それらの仕組みが何を目指すのかを家族で共有するための土台と考えるとよいでしょう。

    Q. 家族の人数が少なくても、作る意味はありますか?

    あります。家族が少ない段階のほうが話し合いはしやすく、次の世代で家族が増える前に考え方をそろえておくことができます。数ページの簡潔なものから始め、家族の変化に応じて充実させていく方法もあります。

    Q. 後継者でない子にも参加してもらうべきですか?

    参加してもらうことをおすすめします。事業承継や相続での対立は、後継者でない家族が「知らされていなかった」と感じることから深まることが少なくありません。事業に関わらない家族の役割や配慮の考え方を、本人も交えて話し合うことが大切です。

    Q. 憲章に遺留分を放棄すると書いておけば、遺留分の請求は防げますか?

    防げません。相続開始前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です。憲章で家族の理解を得たうえで、遺言での配分の工夫や、必要に応じて家庭裁判所の手続を検討することになります。

    Q. 作成にはどのくらいの期間がかかりますか?

    家族の人数や論点によりますが、個別の聞き取りから家族会議、文書化までを含めると、半年から1年程度を一つの目安としてください。急いで形だけ整えるよりも、時間をかけて合意を積み重ねるほうが、運用の段階で機能しやすくなります。

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    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献の形も含めて承継の方法を一つの設計として検討します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、P.14-20、P.55-63
    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、P.62-66
  • 複数の会社・資産にまたがる財産の整理|何を一覧にし、どこから検討すればよいか

    複数の会社・資産にまたがる財産の整理|何を一覧にし、どこから検討すればよいか

    事業会社に加えて、不動産を持つ資産管理会社、新しい事業のために設立した会社、さらに個人名義の不動産や金融資産——事業や資産が広がるにつれて、オーナーの財産は複数の「器」に分かれていきます。それぞれには合理的な理由があったはずですが、年月が経つと、オーナー本人でさえ全体を正確に説明できなくなることがあります。

    結論から言えば、財産や関係会社が多い場合の整理は、「何を持っているか」の一覧だけでなく、「会社どうし・会社と個人がどうつながっているか」まで含めて見える化することが出発点です。この記事では、一覧にすべき4つの資料と、整理の過程で確認したい論点を解説します。

    なぜ「一覧にすること」から始めるのか

    相続や事業承継の対策は、現状が正確に分かっていなければ設計できません。特に財産や会社が多い場合には、次のような理由から、一覧化そのものに大きな意味があります。

    • 相続の時間的な制約に備える:相続税の申告・納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。財産の把握に時間がかかると、遺産の分け方や納税資金の検討に使える時間が短くなります。
    • 相続税の規模感を把握する:相続税は、財産の総額から基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を差し引いて計算します(国税庁 No.4152)。会社の株式の評価は、会社が持つ財産によって変わるため、会社ごとの中身まで把握する必要があります。
    • 家族と後継者に引き継ぐ:オーナーの頭の中にしかない情報は、引き継ぐことができません。一覧は、家族や後継者と現状を共有するための共通言語になります。

    一覧にしたい4つの資料

    AEGISでは、複数の会社・資産を持つオーナーの現状を、次の4つの資料で整理することをおすすめしています。

    資料見えるもの主な情報源
    1. 個人の財産一覧オーナー個人が何を持っているか登記簿、固定資産税の課税明細、通帳・証券口座の明細、保険証券
    2. 資本関係図誰がどの会社の株式を持っているか各社の株主名簿、法人税申告書の別表
    3. 会社と個人の取引関係表会社どうし・会社と個人のお金と資産のつながり決算書の勘定科目内訳明細書、賃貸借契約書、金銭消費貸借契約書、保証契約
    4. 家族と役割の一覧家族の誰が、どの会社・財産にどう関わっているか戸籍、役員構成、株主名簿

    1. 個人の財産一覧

    個人名義の財産を、種類ごとに一覧にします。

    • 不動産:所在地、地目・用途、面積、名義(共有の場合は持分)、使っている人(自用・賃貸・会社に貸している)、収入と経費
    • 自社株式・関係会社株式:会社名、株数、持株割合
    • 金融資産:預貯金、上場株式・投資信託、債券
    • 保険:契約者・被保険者・受取人、保険金額
    • 会社への貸付金・会社からの借入金
    • その他:ゴルフ会員権、美術品、海外資産など
    • 債務・保証:借入金、連帯保証している会社の借入れ

    不動産は、固定資産税の課税明細を手がかりにすると漏れを防ぎやすくなります。所有不動産が多い場合は、物件ごとの収益と経費、相続税評価額を並べることで、収益性の低い物件や、売却・組み替えを検討すべき物件も見えてきます。

    2. 資本関係図

    オーナー、家族、各会社の間の株式の持ち合い関係を、図にします。

    • 各社の株主と持株割合(議決権割合)
    • 会社が他の会社の株式を持っている関係(親子会社、兄弟会社)
    • 会社どうしがお互いの株式を持ち合っている関係
    • 名義株(実際の出資者と株主名簿上の株主が異なる株式)の有無

    会社が多いと、どの会社を通じて誰が支配しているのかが分かりにくくなります。図にすることで、後継者がどの会社の株式を持てばグループ全体を経営できるのか、という承継の焦点が見えてきます。

    3. 会社と個人の取引関係表

    複数の会社を持つオーナーの財産整理で最も見落とされやすいのが、この「つながり」の部分です。

    • 不動産の貸し借り:個人の土地を会社に貸している、会社の建物に個人が住んでいる、資産管理会社の物件を事業会社が借りている、など
    • 資金の貸し借り:個人から会社への貸付金、会社間の貸付金
    • 保証:会社の借入れに対するオーナーの個人保証、会社間の保証
    • 業務の委託:資産管理会社が事業会社から管理業務を受託している、など

    これらの取引は、それぞれの会社の決算書や個人の申告書を別々に見ているだけでは、全体像がつかめません。取引ごとに、当事者・金額・条件・契約書の有無を一覧にしておくと、承継時にどの関係を整理すべきかが明確になります。

    4. 家族と役割の一覧

    財産と会社の一覧に、家族の情報を重ねます。

    • 推定相続人と、それぞれの年齢・居住地(海外在住の有無を含む)
    • 各会社での役員・従業員としての関与
    • 株式や不動産の保有状況
    • 承継についての意向(分かる範囲で)

    相続人の中に海外に住んでいる方がいる場合は、手続きや課税関係が国内だけの相続と異なることがあるため、この段階で把握しておきます(関連記事:海外在住の相続人がいる場合の準備)。

    一覧にすると見えてくる論点

    4つの資料をそろえると、次のような論点が浮かび上がることがよくあります。

    • 役割を終えた会社が残っている:かつての事業のために設立した会社が、実質的に活動していないまま維持費だけかかっている。
    • 会社と個人の境界が曖昧:会社が使う不動産の名義が個人のまま、賃料の設定が長年見直されていない、会社への貸付金が膨らんでいる。
    • 株主名簿と実態がずれている:名義株や、過去の相続で分散した株式が整理されていない。
    • 登記が古いまま:先代名義のままの不動産がある。令和6年4月からは相続登記の申請が義務化され、相続の開始と所有権の取得を知った日から3年以内の申請が必要です(正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象。不動産登記法76条の2・164条)。
    • 納税資金の偏り:財産の多くが会社の株式や不動産で、個人の金融資産が少ない。
    • 保証の偏り:オーナー個人の保証が多く、後継者に引き継ぐ際の障害になり得る。

    いずれも、すぐに対策を実行する必要があるとは限りません。しかし、承継の設計に入る前に「論点リスト」として把握しておくことで、優先順位を付けた検討ができるようになります。

    整理を進める手順

    1. 情報を集める:登記簿、固定資産税の課税明細、各社の決算書・申告書・株主名簿、契約書類、通帳・証券口座の明細を集めます。
    2. 4つの資料を作る:最初から完璧を目指さず、分かる範囲で埋め、不明点は「要確認」として残します。
    3. 会社ごとの中身を確認する:各社の主な資産・負債と、オーナーや他の会社とのつながりを確認します。
    4. 相続税を概算する:会社の株式も含めた財産全体で、現時点の相続税の規模感と納税資金の過不足を把握します。
    5. 論点リストを作る:一覧から見えた課題を書き出し、承継の方針とあわせて優先順位を付けます。
    6. 年に一度更新する:決算の確定後などに、一覧を更新する習慣をつけます。

    相続税の概算に必要な情報は関連記事(相続税の概算に必要な情報)で、一覧をもとに財産の役割を決める考え方は関連記事(自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継)で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 会社の数を減らすこと自体を目的にしない:会社をまとめる(合併や持株会社への集約など)ことで管理は簡素になりますが、税務や手続きの負担、取引先・金融機関との関係への影響もあります。整理の方向性は、承継後の経営と管理の体制から考えます。
    • 一覧の管理者を決める:一覧は作って終わりではなく、更新し続けることに意味があります。誰が更新し、誰と共有するかを決めておきます。
    • 機密性に配慮する:財産の一覧は極めて機密性の高い情報です。共有する範囲と保管方法をあらかじめ決めておくことが大切です。

    AEGISの視点

    複数の会社と資産を持つオーナーの財産は、一つひとつの判断の積み重ねでできています。節税のために作った会社、事業の拡大で取得した不動産、家族のために残した資産——それぞれに理由がありました。しかし承継の場面では、その「理由」が後継者や家族に伝わっていなければ、全体はただの複雑な構造に見えてしまいます。

    AEGISは、財産の整理を「オーナーがこれまで下してきた判断を、次の世代が理解できる形に翻訳する作業」と捉えています。一覧を作る過程で、「この会社は何のためにあるのか」「この不動産は誰のためのものか」をオーナー自身の言葉で書き添えておくことが、後継者にとって何よりの手がかりになります。

    財産や会社が多いご家族では、一覧の更新や家族での共有、専門家との連携を継続的に担う仕組み(ファミリーオフィス的な機能)を持つことも、整理を一度きりで終わらせないための一つの考え方です。相続・事業承継の全体像は親記事(相続対策と事業承継を一体で考える)で解説しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 財産や関係会社が多い場合は、「何を持っているか」に加え、「会社どうし・会社と個人がどうつながっているか」まで見える化することが出発点です。
    • 一覧にしたいのは、①個人の財産一覧、②資本関係図、③会社と個人の取引関係表、④家族と役割の一覧の4つです。
    • 一覧にすると、役割を終えた会社、会社と個人の境界の曖昧さ、名義や登記のずれ、納税資金の偏りなどの論点が見えてきます。
    • 一覧は完璧を目指さず作り始め、年に一度は更新します。整理の方向性は、承継後の経営と管理の体制から考えます。

    よくある質問

    Q. 財産の一覧は、どの程度の精度で作ればよいですか?

    最初は概算で構いません。不動産は固定資産税評価額、株式は直近の決算書の純資産など、手元の資料で分かる数字を入れ、不明な点は「要確認」として残します。精度は、相続税の試算や承継の検討を進める中で必要に応じて高めていけば十分です。

    Q. 資本関係図には、どこまでの会社を含めればよいですか?

    オーナーや家族が株式を持つ会社、それらの会社が株式を持つ会社は、規模にかかわらず含めることをおすすめします。休眠中の会社や、少額の出資をしている会社も、承継時に整理が必要になることがあるためです。

    Q. 使っていない会社は、清算したほうがよいですか?

    一概には言えません。維持コストがかかる一方、会社に資産や負債が残っている場合は、清算に伴う課税や手続きの負担が生じることがあります。他の会社との合併や、別の用途での活用も含めて比較し、承継の方針に沿って判断します。

    Q. 一覧は家族にどこまで見せるべきですか?

    共有の範囲は、家族の状況や承継の進み具合によって異なります。後継者や配偶者など中心となる家族と先に共有し、他の家族には方針が固まった段階で必要な範囲を共有する、という段階的な方法も考えられます。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しを、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで含めて検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 二次相続まで見通した遺産の分け方|配偶者の税額軽減をどこまで使うかを、税・生活・不動産から考える

    二次相続まで見通した遺産の分け方|配偶者の税額軽減をどこまで使うかを、税・生活・不動産から考える

    夫婦の一方が亡くなったときの相続(一次相続)では、配偶者の税額軽減により、配偶者が取得する財産には相続税がほとんどかからないことがあります。しかし、配偶者に多く相続させるほど、その配偶者が亡くなったときの相続(二次相続)で子どもの税負担が重くなることがあります。

    結論から言えば、配偶者の取得割合は「一次相続の税額が最も少なくなる割合」ではなく、一次と二次を通算した税額、配偶者のこれからの生活資金と住まい、不動産を誰が持つと特例や管理がうまくいくか、の3つを並べて決めるのが基本です。税額だけで最適な割合を探すと、配偶者の生活を細らせてしまうこともあります。

    この記事では、二次相続で税負担が重くなる仕組みと、分け方を決めるときの考え方を整理します。

    二次相続とは

    二次相続とは、一次相続で財産を取得した配偶者が亡くなったときの相続をいいます。一般的には、両親のうち一人目が亡くなったときを一次相続、二人目が亡くなったときを二次相続と呼びます。

    一次相続と二次相続は、税務上はそれぞれ別の相続として計算されます。ただし、一次相続で配偶者に渡した財産は、配偶者が使い切らない限り、二次相続で再び相続税の対象になります。そのため、一次相続の分け方が、二次相続の税額をほぼ決めてしまうという関係にあります。

    なぜ配偶者に多く渡すと二次相続で重くなるのか

    理由は大きく3つあります。

    1. 二次相続では配偶者の税額軽減が使えない

    配偶者の税額軽減は、配偶者が取得した正味の遺産額が「1億6千万円」または「配偶者の法定相続分相当額」のいずれか多い金額までであれば、配偶者に相続税がかからない仕組みです(国税庁 No.4158)。この制度は配偶者がいる相続でしか使えないため、二次相続では、相続人が子どもだけになる典型的なケースでは利用できません。

    2. 相続人の数が減り、基礎控除が小さくなる

    相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」です(国税庁 No.4152)。配偶者と子2人の一次相続では法定相続人が3人ですが、二次相続では子2人となり、基礎控除は600万円小さくなります。

    3. 財産が一人に集まり、累進税率が高くなる

    相続税は、課税遺産総額を法定相続分で分けた金額ごとに累進税率(10%〜55%)を適用して計算します(国税庁 No.4152・No.4155)。配偶者の財産に一次相続で受け取った財産が上乗せされると、二次相続の課税遺産総額が大きくなり、より高い税率の区分にかかりやすくなります。

    数字で見る一次・二次の通算税額

    イメージをつかむため、簡単な例で比べてみます。

    前提:夫が亡くなり、財産(課税価格)は2億円。相続人は妻と子2人。二次相続は妻が亡くなったとき(相続人は子2人)とし、一次相続で取得した財産はそのまま残るものと仮定します。財産の値動き、相次相続控除、小規模宅地等の特例などは考慮していません。

    配偶者の取得割合(一次)一次相続の税額二次相続の税額(妻の固有財産なし)通算二次相続の税額(妻の固有財産5,000万円)通算
    0%約2,700万円0円約2,700万円約80万円約2,780万円
    25%約2,025万円約80万円約2,105万円約770万円約2,795万円
    50%約1,350万円約770万円約2,120万円約1,840万円約3,190万円
    100%約540万円約3,340万円約3,880万円約4,920万円約5,460万円

    ※国税庁の速算表・基礎控除の算式に基づきAEGISが試算した説明用の概算です。実際の税額は財産の評価、特例の適用、二次相続までの期間や財産の増減によって大きく変わります。

    この例から読み取れることは、次のとおりです。

    • 配偶者に全財産を相続させると、一次相続の税額は最も小さくなりますが、通算では最も重くなります。
    • 配偶者に固有の財産がない場合は、一部を配偶者が取得する分け方で通算税額が小さくなる傾向があります。
    • 配偶者に固有の財産がある場合は、配偶者の取得を少なくするほど通算税額が小さくなる傾向があります。

    つまり、「法定相続分まで配偶者が取得する」や「1億6千万円まで配偶者に渡す」といった目安が、どの家庭にも最適というわけではありません。配偶者自身の財産の大きさが、分け方を大きく左右します。

    税額以外に必ず確認したい3つのこと

    通算税額が小さくなる割合が分かっても、それだけで決めると後悔につながることがあります。次の3点をあわせて確認します。

    1. 配偶者の生活資金

    配偶者がこれから何年、どのような生活を送るかによって、必要な資金は変わります。介護や住み替えの可能性、医療費なども含めて考えると、配偶者に一定の金融資産を残すことは、税額よりも優先すべき場合があります。また、配偶者が生活の中で使った財産は二次相続の対象から外れるため、「使う予定の資金」を配偶者に渡すことは、税の面からも理にかなっていることが多いといえます。

    2. 配偶者の住まい

    自宅を誰が取得するかは、配偶者の住まいの安心と、子どもへの承継の両方に関わります。令和2年4月1日に施行された民法の改正で創設された配偶者居住権は、配偶者が無償で自宅に住み続ける権利を、遺産分割や遺言による遺贈で取得できる制度です(法務省)。自宅の所有権を子が、居住権を配偶者が取得するという分け方も選択肢の一つになりました。

    配偶者居住権は配偶者の死亡により消滅するため、二次相続の財産から外れるという性質があります。一方で、設定後は自由に売却しにくくなるなどの制約もあるため、住み替えの可能性や家族関係を踏まえて検討することが大切です。

    3. 不動産の配分と小規模宅地等の特例

    自宅の敷地については、要件を満たせば限度面積330㎡まで評価額を80%減額できる小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)があります(国税庁 No.4124)。この特例は、誰が取得するかによって要件が変わります。

    取得する人主な要件(概要)
    配偶者取得者ごとの要件はない
    同居していた親族申告期限まで引き続き居住し、かつ所有していること
    同居していない親族被相続人に配偶者や同居の相続人がいないこと、一定期間持ち家に住んでいないことなど、複数の要件をすべて満たすこと

    ※国税庁 No.4124 の記載をもとにAEGISが整理。実際の要件は詳細に確認が必要です。

    一次相続で配偶者が自宅を取得すれば特例は使いやすくなります。しかし、二次相続のときに同居している子がいない場合、二次相続では特例を使えない可能性があります。一次相続で使える特例と、二次相続で使えそうな特例をセットで見ることが欠かせません。

    賃貸不動産がある場合は、家賃収入を誰が受け取るかも論点です。配偶者が取得すれば生活資金になりますが、収入が配偶者に積み上がると二次相続の財産も増えていきます。子が取得すれば、収入は子の手元に残ります。

    分け方を決める手順

    AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

    1. 財産と家族の現状を把握する:夫婦それぞれの財産、子の状況、自宅や賃貸不動産の利用状況を一覧にします。
    2. 配偶者に必要な資金と住まいを先に決める:生活資金の目安と、自宅に住み続けるか住み替えるかの方針を決めます。
    3. 配偶者の取得割合を複数パターンで試算する:一次・二次の通算税額を、配偶者の固有財産も含めて比較します。
    4. 不動産の取得者を特例と管理の両面から決める:小規模宅地等の特例の要件、賃貸経営を担える人、共有を避けられるかを確認します。
    5. 納税資金を確認する:一次相続・二次相続それぞれで、申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までに納税できるかを確認します。
    6. 遺言や生前の準備に落とし込む:決めた方針を遺言や家族の話し合いに反映します。

    実務上注意したいポイント

    • 申告期限までに遺産分割がまとまらないと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は原則として使えません(国税庁 No.4208)。申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、期限から3年以内に分割すれば適用を受けられますが、その場合は分割が成立した日の翌日から4か月以内に更正の請求が必要です(国税庁 No.4158)。
    • 配偶者の税額軽減は、申告して初めて適用されます。税額がゼロになる場合でも申告書の提出が必要です(国税庁 No.4158)。
    • 二次相続が一次相続から10年以内に起きた場合は、一次相続で配偶者が納めた相続税の一部を二次相続の税額から差し引ける相次相続控除があります(国税庁 No.4168)。一次相続で配偶者が税額を負担していない場合、この控除の効果は限られます。
    • 年齢や健康状態だけで二次相続の時期を想定しないことも大切です。試算は「近い将来」と「長い期間後」の両方で行い、結論が大きく変わらない分け方を探すと判断が安定します。

    AEGISの視点

    二次相続の対策というと、「配偶者に何%渡すと税金が最も少ないか」という問いに注目が集まりがちです。もちろん通算税額の比較は欠かせませんが、AEGISはこの問いを「配偶者の残りの人生と、次の世代への承継を、一つの計画として設計すること」と捉えています。

    配偶者に渡す財産は、配偶者の生活を支えると同時に、いずれ子へ渡る財産でもあります。現金・自宅・賃貸不動産・自社株式など、財産ごとに「配偶者が持つ意味」と「子が早く持つ意味」は異なります。たとえば、生活に使う金融資産は配偶者に、値上がりや収益が見込まれる不動産は早めに子に、という組み合わせは、税と生活の両面で筋の通った考え方になりやすいものです。

    また、二次相続では、親という調整役がいなくなるため、兄弟姉妹間の話し合いが難しくなることがあります。一次相続の時点で、二次相続まで含めた全体の方針を家族で共有しておくことは、税負担以上に大きな意味を持ちます。

    相続税の概算に必要な情報は関連記事「相続税の概算に必要な情報とは」で、納税資金の準備については「相続税の納税資金をどう準備するか」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    不動産や自社株式を含む相続の評価・特例の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 二次相続では配偶者の税額軽減が使えず、相続人の数も減るため、一次相続で配偶者に多く渡すほど二次相続の税負担が重くなりやすくなります。
    • 配偶者の取得割合は、一次と二次の通算税額で比較します。配偶者自身の財産が多いほど、配偶者の取得を抑える方向に働く傾向があります。
    • 税額だけでなく、配偶者の生活資金、住まい(配偶者居住権を含む)、不動産の取得者と小規模宅地等の特例をあわせて検討します。
    • 申告期限までの遺産分割と、特例の適用のための申告が前提になります。
    • 最適な分け方は家族と財産の状況によって大きく異なるため、複数のパターンで試算して判断することが大切です。

    よくある質問

    Q. 配偶者は1億6千万円まで相続税がかからないなら、1億6千万円まで相続させるのが得ですか?

    一次相続の税額だけを見れば有利に見えますが、二次相続まで通算すると不利になることがあります。特に配偶者自身に一定の財産がある場合は、二次相続の税額が大きく増える可能性があります。配偶者の固有財産を含めて、一次・二次の通算で比較することが大切です。

    Q. 二次相続の対策として、配偶者は何も相続しないほうがよいのでしょうか?

    税額の試算でそのような結果になることもありますが、配偶者の生活資金や住まいを確保できなければ本末転倒です。配偶者がこれからの生活で使う資金は、配偶者が取得しても二次相続の負担にはつながりにくいため、生活に必要な額を先に確保したうえで、残りの配分を考える方法が現実的です。

    Q. 配偶者居住権を設定すると、二次相続の税金は少なくなりますか?

    配偶者居住権は配偶者の死亡によって消滅するため、二次相続の財産には含まれません。その意味で二次相続の財産を小さくする効果があります。ただし、自宅の売却や住み替えがしにくくなる、小規模宅地等の特例との関係で有利不利が分かれるなどの論点もあるため、個別の試算と家族の意向を踏まえて判断します。

    Q. 遺産分割がまとまらないまま申告期限が来たらどうなりますか?

    法定相続分で取得したものとして申告し、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は原則として使えません。「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出し、その期間内に分割がまとまれば、更正の請求によって特例を適用した税額に見直すことができます。

    Q. 一次相続のときに、二次相続の試算まで必要ですか?

    配偶者の取得割合を決めるうえで、二次相続の試算は欠かせない判断材料です。二次相続の時期や財産の増減は分からないため、いくつかの前提で試算し、どの前提でも大きく不利にならない分け方を探すと、判断が安定します。

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行までを一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第2章(印刷 p.112-120)
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第1章 Q7(印刷 p.123-126)
    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、2025年、措置法第69条の4関係(印刷 p.59-63)
  • 相続税の納税資金をどう準備するか|生命保険・不動産売却・自社株の買取り・延納・物納を比較する

    相続税の納税資金をどう準備するか|生命保険・不動産売却・自社株の買取り・延納・物納を比較する

    相続税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に、金銭で一括して納めるのが原則です(国税庁 No.4205)。財産の大半が自社株式や不動産であるオーナーの家庭では、相続税額そのものよりも、「期限までに現金を用意できるか」が最大の課題になることが少なくありません。

    結論から言えば、納税資金の準備は「生前に用意する手段」と「相続後に使う手段」を組み合わせ、延納・物納は最後の受け皿として位置付けるのが基本です。延納や物納は要件が厳しく、計画の中心に置くと、相続が起きてから選択肢がなくなるおそれがあります。

    この記事では、主な納税手段の要件と特徴を比較し、どの順番で検討すればよいかを整理します。

    まず「足りない額」と「いつ足りないか」を把握する

    納税資金の検討は、手段選びの前に、次の2点を確認することから始まります。

    1. 相続税の見込額:財産の評価と特例の適用を前提にした概算額
    2. 申告期限までに現金化できる財産の額:預貯金、上場有価証券、相続人が受け取る死亡保険金など

    この差額が「不足額」です。不足額は、相続人ごとにも確認が必要です。たとえば、後継者が自社株式を多く相続すると、後継者個人の納税額は大きくなる一方で、手元の現金は少ないということが起こります。相続税は相続人ごとに納めるものであるため、家族全体では足りていても、特定の相続人が払えないという状況に注意が必要です。

    主な納税手段の比較

    手段準備の時期主な特徴主な留意点
    預貯金・金融資産生前最も確実。換金の手間が少ない資産全体に占める割合が小さいことが多い
    生命保険(死亡保険金)生前相続後すぐに現金化でき、受取人を指定できる非課税枠は相続人が受け取る場合に限られる。保険料負担が続く
    不動産の売却生前・相続後大きな金額をつくれる期限内に売れるとは限らない。譲渡所得税がかかる
    相続した非上場株式の発行会社への譲渡(いわゆる金庫株)相続後換金しにくい自社株式を現金化できる会社の資金と分配可能額の範囲が必要。議決権の比率が変わる
    延納(分割払い)相続後(申請)金銭で一括納付が難しい場合に分割できる要件・担保・利子税がある
    物納相続後(申請)延納でも難しい場合に財産で納める要件が厳しく、利用はごく限られている
    法人版事業承継税制(納税猶予)生前の計画と相続後の手続自社株式に係る相続税の納税を猶予適用要件・継続要件があり、取消し時の負担がある

    ※各手段の要件は個別に確認が必要です。表はAEGISが整理したものです。

    以下、それぞれの手段のポイントを見ていきます。

    生前に準備する手段

    生命保険

    被相続人が保険料を負担し、相続人が受け取る死亡保険金は、相続税の対象となる一方で、「500万円×法定相続人の数」までは非課税となります(国税庁 No.4114)。相続後、比較的短い期間で現金を受け取れることが、納税資金として大きな利点です。

    また、受取人を指定できるため、納税資金が必要な相続人(たとえば自社株式を相続する後継者)に現金を届けることができます。ただし、相続人以外の人が受け取る死亡保険金には非課税の適用がないなど、契約の形によって課税関係が変わります。保険の設計については関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で詳しく解説しています。

    不動産の生前売却・組替え

    不動産が多く現預金が少ない場合は、生前に一部の不動産を売却したり、換金しやすい資産に組み替えたりすることが考えられます。生前であれば、売却の時期や価格を落ち着いて選ぶことができます。一方、売却後の現金は相続税評価上の減額がないため、相続税額そのものは増えることがある点も踏まえて判断します。

    会社からの退職金

    オーナー経営者に会社から支払われる死亡退職金は、相続人が受け取る場合に一定額まで非課税の扱いがあり、納税資金として活用されることがあります(国税庁 No.4117)。支給には会社の資金と規程の整備が必要です。

    相続後に使う手段

    相続した不動産の売却

    相続後に不動産を売却して納税資金をつくる場合、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すれば、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります(国税庁 No.3267)。ただし、相続税の納期限までに売却が終わらないことも多いため、延納と組み合わせて計画することもあります。

    相続した非上場株式の発行会社への譲渡

    自社株式は換金しにくい財産です。相続人がこれを発行会社に買い取ってもらう方法は、一般に「金庫株」と呼ばれます。

    通常、株式を発行会社に譲渡すると、対価のうち資本金等の額を超える部分は配当(みなし配当)として課税されます。しかし、相続や遺贈で財産を取得し、納付すべき相続税額がある個人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに、相続した非上場株式を発行会社に譲渡した場合には、みなし配当課税を行わず、全額を株式の譲渡所得とする特例があります(国税庁 No.1477)。この場合、上記の取得費加算の特例も検討できます。適用には、譲渡の時までに所定の届出書を発行会社に提出する必要があります。

    ただし、次の点に注意が必要です。

    • 会社の資金:買取りは会社の分配可能額の範囲内に限られ(会社法461条)、運転資金を圧迫すると事業に影響します。
    • 議決権の比率:会社が取得した自己株式には議決権がないため(会社法308条2項)、後継者が株式を会社に譲渡すると、他の株主の比率が相対的に上がります。後継者の議決権が下がりすぎないかの確認が欠かせません。
    • 会社の手続:特定の株主からの取得には、株主総会の特別決議などの手続が必要です(会社法156条・160条・309条2項2号)。

    延納

    延納は、相続税を金銭で一括納付することが困難な場合に、分割して納める制度です。主な要件は次のとおりです(国税庁 No.4211)。

    • 相続税額が10万円を超えること
    • 金銭で納付することが困難であり、その困難な金額の範囲内であること
    • 延納税額と利子税に相当する担保を提供すること(延納税額が100万円以下で延納期間が3年以下の場合は不要)
    • 納期限(期限内申告の場合は申告期限)までに延納申請書と担保提供関係書類を提出すること

    延納できる期間と利子税の割合は、相続財産に占める不動産等の割合によって異なり、不動産等の割合が大きいほど長い期間が認められます。利子税の負担が生じるほか、手元の現金を一定額残したうえでの「困難な金額」が対象となるため、申請すれば希望どおりに分割できるわけではありません。

    物納

    物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に、相続財産そのもので納める制度です。物納に充てられる財産には順位があり、第1順位が不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等、第2順位が非上場株式等、第3順位が動産とされています。また、担保権が設定された不動産、境界が明らかでない土地、譲渡制限株式など、管理や処分に不適格な財産は物納できません(国税庁 No.4214)。

    国税庁の公表によると、令和7年度の相続税の物納申請は48件にとどまっています(国税庁「物納処理状況等」)。物納は「最後の受け皿」と考え、計画の前提にしないことが現実的です。

    検討の順番

    AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

    1. 相続税の概算と、相続人ごとの不足額を把握する
    2. 生前に現金化しやすい形を整える:金融資産の確保、生命保険の受取人と金額の見直し、売却候補の不動産の選定と整備
    3. 自社株式の扱いを決める:後継者に集める株式と、相続後に会社へ譲渡する余地のある株式を分け、会社の資金計画と議決権への影響を確認する
    4. 相続後の手段を想定しておく:不動産売却のスケジュール、延納の要件を満たせるか、物納の候補財産が適格か
    5. 定期的に見直す:株価や不動産の評価、家族の状況が変われば不足額も変わります

    実務上注意したいポイント

    • 納期限に間に合わないと延滞税がかかります。延納・物納の申請も納期限までが原則です。
    • 遺産分割がまとまらないと、手段が限られます。分割が決まらない財産は売却しにくく、物納でも権利の帰属に争いがある財産は不適格とされます。
    • 相続人は互いに連帯して納付する責任を負うことがあります。特定の相続人が納税できないと、他の相続人に影響が及ぶ可能性があります。
    • 納税資金のために株式が分散しないよう注意します。換金のために社外の第三者へ株式を売却すると、経営の安定に影響することがあります。

    AEGISの視点

    納税資金の問題は、「相続税をいくら減らすか」とは別の、「いつ、誰が、どの財産で払うか」という資金計画の問題です。相続税額を下げる対策を重ねても、財産が換金しにくい形のままでは、相続後に不本意な売却を迫られることがあります。

    AEGISは、納税資金を考えるときに、財産を「経営を続けるための財産」「家族に分けるための財産」「税金を納めるための財産」に分けて役割を決めることを重視しています。自社株式は経営を続けるための財産として後継者に、納税のための財産はあらかじめ現金や生命保険、売却しやすい不動産として用意する——この役割分担ができていれば、相続後の判断はずっと落ち着いたものになります。

    また、会社による自己株式の取得は、オーナー家の納税資金の問題を会社の財務に移すことでもあります。会社の資金計画や金融機関との関係、議決権の構成まで含めて事前に設計しておくことが、事業と家族の両方を守ることにつながります。

    財産の役割分担の考え方は関連記事「自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継」で、試算に必要な情報は「相続税の概算に必要な情報とは」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    自社株式の評価や納税資金を含む承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税は申告期限までに金銭で一括納付するのが原則で、自社株式や不動産が多い家庭では納税資金の準備が重要な課題になります。
    • 生前の手段(金融資産・生命保険・不動産の整理)と相続後の手段(不動産売却・自社株式の発行会社への譲渡・延納・物納)を組み合わせて考えます。
    • 相続した非上場株式を一定期間内に発行会社へ譲渡する場合には、みなし配当課税を行わない特例がありますが、会社の資金と議決権への影響の確認が欠かせません。
    • 延納・物納は要件が厳しく、特に物納の利用は限られています。最後の受け皿として位置付けるのが現実的です。
    • 不足額は家族全体だけでなく、相続人ごとに確認することが大切です。

    よくある質問

    Q. 相続税を期限までに払えないと、どうなりますか?

    納期限の翌日から納付の日までの期間に応じて延滞税がかかります。金銭で一括納付することが難しい場合は、納期限までに延納や物納を申請することができますが、いずれも要件を満たす必要があります。期限が迫ってから慌てないよう、生前に不足額を確認しておくことが大切です。

    Q. 不動産があれば、物納で相続税を払えるのではないですか?

    物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に限られ、担保権の設定がある不動産や境界が明らかでない土地などは物納に適さない財産とされます。実際の利用件数もごく少ないため、物納を前提とした計画は避けたほうがよいでしょう。

    Q. 自社株式を会社に買い取ってもらうと、税金はどうなりますか?

    一定の要件を満たす場合、相続した非上場株式を発行会社に譲渡したときの対価は、みなし配当ではなく株式の譲渡所得として課税されます。さらに、相続税の一部を取得費に加算できる特例を組み合わせられる場合があります。ただし、会社の分配可能額や資金繰り、議決権への影響を事前に確認する必要があります。

    Q. 生命保険と預金では、納税資金としてどちらがよいですか?

    相続人が受け取る死亡保険金には非課税枠があり、受取人を指定して特定の相続人に現金を届けられる点で、預金とは異なる利点があります。一方で保険料の負担や契約の見直しが必要です。どちらか一方ではなく、相続人ごとの不足額に合わせて組み合わせるのが現実的です。

    Q. 納税資金の準備は、いつから始めればよいですか?

    不動産の売却や会社の資金計画には時間がかかるため、相続税の概算ができた段階から始めるのが理想です。株価や不動産の評価は変わるため、一度試算して終わりではなく、定期的に不足額を見直すことが大切です。

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    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第6章(印刷 p.624-697)
    • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、第二章(印刷 p.67-78)
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第1章 Q1・Q2(印刷 p.100-106)