相続人どうしの話し合いがまとまらない、相続人の一人と連絡が取れない、評価の難しい財産があって分け方を決めきれない——遺産分割が相続税の申告期限に間に合わないことは、決して珍しくありません。
結論から言えば、遺産分割がまとまっていなくても、相続税の申告と納税は期限どおりに行う必要があります。そのうえで、①未分割のまま申告するときは配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えないこと、②後から使えるようにするには申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を出しておくこと、③分割が決まったら、税額が減る人は分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を、税額が増える人は修正申告を行うこと、の3点が手続の骨格になります。
この記事では、未分割申告から分割確定後の手続までを時系列で整理し、期限を逃しやすい場面と、分割を「やり直す」ときの注意点を解説します。
未分割でも申告期限は延びない
相続税の申告と納税の期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。遺産分割が終わっていないことは、この期限を延ばす理由にはなりません。
申告期限までに分割されていない財産があるときは、各相続人が民法の法定相続分(または包括遺贈の割合)に従って財産を取得したものとして課税価格を計算し、申告します(相続税法55条、国税庁 No.4208)。実際には誰がどの財産を受け取るか決まっていなくても、計算上は「法定相続分で分けた」と仮定して税額を出すということです。
この仮定には、次のような実務上の影響があります。
- 各相続人がそれぞれ納税する:法定相続分に応じた税額を、各相続人が期限までに納める必要があります。遺産の預金を自由に引き出せない段階では、手元資金からの立替えが必要になることもあります。
- 特例を前提にした税額にならない:後述のとおり、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、未分割の財産には原則として適用できません。そのため、分割後に比べて申告時の税額が大きくなりやすい点に注意が必要です。
未分割のときに使えない2つの特例
国税庁は、申告期限までに分割されていない財産について、次の2つの特例は適用できないと案内しています(No.4208)。
| 特例 | 内容の概略 | 未分割の場合 |
|---|---|---|
| 配偶者の税額の軽減 | 配偶者が実際に取得した正味の遺産額が、1億6千万円と配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、配偶者に相続税がかからない仕組み(No.4158) | 申告期限までに分割されていない財産は、原則として計算の対象外 |
| 小規模宅地等の特例 | 被相続人等の事業用・居住用・貸付用の宅地等について、一定の面積まで評価額を減額する仕組み(特定居住用は330㎡まで80%減額など。No.4124) | 未分割の宅地等には適用できない |
どちらも、相続税額に大きく影響する特例です。とくに配偶者がいる相続では、未分割のままでは配偶者分の税額軽減が使えないため、いったんは相当の納税が必要になることがあります。
後から特例を使うための「申告期限後3年以内の分割見込書」
未分割の財産であっても、申告期限から3年以内に分割された場合には、分割後に修正申告や更正の請求を通じて、これらの特例を適用できます(No.4208、No.4158)。
そのために欠かせないのが、当初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておくことです(No.4158)。分割が見込めない事情や、分割の見込みを記載する書類で、これを出しておくことが、後から特例を受けるための前提になります。
3年以内に分割できない「やむを得ない事情」があるとき
遺産分割をめぐる訴訟や、家庭裁判所での調停・審判が続いているなど、3年以内に分割できない事情がある場合もあります。このようなときは、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに、やむを得ない事情がある旨の承認申請書を税務署長に提出し、承認を受ける必要があります(相続税法施行令4条の2)。承認を受けた場合は、その事情がなくなった日の翌日から4か月以内に分割すれば、特例の対象とすることができます(No.4158)。
やむを得ない事情として政令に定められているのは、訴えの提起、調停・審判の申立て、民法に基づく分割の禁止などです。単に話し合いが長引いているだけでは該当しない可能性があるため、3年の期限が近づいたら、状況を早めに整理しておくことが大切です。
分割が決まったら:修正申告と更正の請求
遺産分割が成立すると、各相続人の実際の取得財産に基づいて税額を計算し直します。当初の申告額との差に応じて、手続は次のように分かれます(No.4208、PwC『完全ガイド』第2章)。
| 分割後の状況 | 手続 | 期限の目安 |
|---|---|---|
| 当初の申告より税額が増える相続人がいる | 修正申告 | 法律上の提出期限は定められていない(相続税法31条1項)。ただし放置すると税務署長による更正の対象となるため、速やかに |
| 当初の申告より税額が減る相続人がいる | 更正の請求 | 分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内(相続税法32条1項1号、No.4208) |
| 当初は申告不要だったが、分割で申告が必要になった | 期限後申告 | 速やかに(相続税法30条) |
更正の請求と修正申告では、期限の考え方が異なります。税額が減る人の更正の請求は「4か月以内に限り」できる手続で、この期間を過ぎると相続税法32条による更正の請求はできません(国税通則法23条による通常の更正の請求の期間内であれば認められる場合があることは、後述のとおりです)。一方、税額が増える人の修正申告は「提出することができる」とされ、法律上の期限はありません。ただし、他の相続人の更正の請求に基づいて税務署長が更正をした場合には、税額が増える相続人についても税務署長が更正(または決定)を行うこととされています(相続税法35条3項。原則として、更正の請求があった日から1年を経過した日と、国税通則法70条による更正の期間制限の日とのいずれか遅い日まで)。
ポイントは、同じ分割でも、相続人ごとに「増える人」と「減る人」が出ることです。たとえば、配偶者が多くを取得する分割になれば、配偶者は特例の適用で税額が減る一方、他の相続人は取得額が増えて税額が増えることがあります。家族全体で手続をそろえて進めないと、一部の人だけが手続を終え、残りが期限を過ぎてしまうといったことが起こり得ます。
期限は特例によって違うことがある
分割後の更正の請求の期限は、原則として「分割を知った日の翌日から4か月以内」です。ただし、特例ごとに次のような違いがあり、注意が必要です。
- 配偶者の税額軽減:国税庁の相続税法基本通達32-2は、分割後に配偶者の税額軽減を適用する更正の請求について、相続税法32条による更正の請求のほか国税通則法23条による更正の請求もできるとし、期限を「分割が行われた日から4か月を経過する日」と「申告期限から5年を経過する日」のいずれか遅い日としています。
- 小規模宅地等の特例:租税特別措置法通達69の4-26は、申告期限後に分割された宅地等について特例を受けるための更正の請求は、分割の日の翌日から4か月以内に限られることを明らかにしています。国税不服審判所の令和3年6月22日裁決でも、この期間を過ぎた更正の請求は認められないと判断されました(『相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説(令和7年版)』で確認)。
「申告から5年以内なら更正の請求ができる」という一般的な理解のまま、小規模宅地等の特例の手続を後回しにすると、適用の機会そのものを失うおそれがあります。分割成立の日を起点に、特例ごとの期限を一覧にしておくことをおすすめします。
分割を「やり直す」ときの注意点
いったん成立した遺産分割を、後になって相続人全員の合意でやり直したいという相談もあります。ここでは、税務上の扱いが分かれる点に注意が必要です。
- 遺言と異なる遺産分割:遺言で特定の相続人に財産を与えるとされていても、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をした場合、国税庁は、受遺者が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当とし、受遺者から他の相続人への贈与税の対象にはならないと案内しています(No.4176)。
- 成立した分割の再配分:相続税法基本通達19の2-8のただし書では、当初の分割により共同相続人に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合、その再配分により取得した財産は、配偶者の税額軽減の対象となる「分割」により取得したものとはならないとされています。つまり、やり直しによって財産が移った部分は、相続ではなく相続人間の贈与などとして課税される可能性があります。
当初の分割の効力そのものに問題がある場合など、個別の事情によって判断が分かれることもあります。やり直しを検討するときは、実行する前に税務上の位置付けを確認することが欠かせません。
未分割の期間中に確認しておきたいこと
分割が長引くときほど、次の点を早めに確認しておくと、後の手続が円滑になります。
- 納税資金の手当て:法定相続分による税額を各自が納める必要があります。延納などの納付方法も含めて検討します。
- 財産の管理:賃貸不動産の賃料や預金の管理、会社の株式の議決権行使など、分割前でも運営が止まらない財産の扱いを決めておきます。
- 二次相続への備え:分割前に相続人の一人が亡くなる場合もあります。配偶者が分割前に亡くなったときの税額軽減や小規模宅地等の特例の扱いについては、国税庁の通達に取扱いが定められています(相続税法基本通達19の2-5、措置法通達69の4-25)。
- 期限の一覧化:申告期限、分割見込書の提出、3年の期限と承認申請の期限、分割成立後4か月の期限を、一つの表にまとめておきます。
AEGISの視点
未分割申告は、多くの場合「やむを得ず選ぶ手続」です。しかしAEGISは、未分割の期間を「分け方を決めるための時間」と同時に「期限を管理するための時間」として捉えることが大切だと考えています。
未分割の相続では、話し合いの中身に意識が集中し、手続の期限が後回しになりがちです。けれども、分割見込書を出していなかった、3年の期限を過ぎてから承認申請を検討した、分割成立から4か月を過ぎて小規模宅地等の特例の更正の請求をしようとした——このような場面では、分け方の結論にかかわらず、家族全体の税負担が大きく変わってしまいます。
また、分け方そのものも、税額だけで決めるものではありません。配偶者の今後の生活、二次相続の見通し、事業や不動産を誰が引き継ぐのか、納税資金をどう確保するのか。これらを同時に並べることで、合意に近づく分け方が見えてくることがあります。
未分割で申告した相続について、分割後の手続や特例の適用に漏れがないかを確認したい場合は、申告書と分割協議書を並べて点検することから始めるのが現実的です。資産税務や承継に関するAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。
相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、払いすぎた相続税を取り戻す手続の全般は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。配偶者の取得割合をどう考えるかは「二次相続まで見通した遺産の分け方」もあわせてご覧ください。
相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。
まとめ
- 遺産分割がまとまっていなくても、相続税の申告・納税の期限(10か月以内)は延びません。未分割の財産は法定相続分で取得したものとして計算します。
- 未分割の財産には、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例が原則として適用できません。
- 後から特例を使うためには、当初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、原則として申告期限から3年以内に分割することが必要です。3年以内に分割できないやむを得ない事情がある場合は、期限内に承認申請を行います。
- 分割が決まったら、税額が増える人は修正申告、減る人は原則として4か月以内に更正の請求を行います。小規模宅地等の特例は、この4か月を過ぎると適用できなくなるおそれがあります。
- 成立した分割のやり直しは、贈与などとして課税される可能性があります。具体的な取扱いは個別事情によって異なります。
よくある質問
Q. 遺産分割がまとまらないと、申告期限は延長されますか?
延長されません。申告期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。期限までに分割されていない財産は、法定相続分で取得したものとして計算して申告・納税し、分割が決まった後に修正申告や更正の請求で精算します。
Q. 「申告期限後3年以内の分割見込書」を出し忘れた場合はどうなりますか?
国税庁は、未分割の財産について後から配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を受けるために、この見込書を申告書等に添付するよう案内しています。出し忘れに気づいた場合の対応は状況によって異なるため、できるだけ早く、申告を担当した税理士や税務署に確認することをおすすめします。
Q. 分割が決まって相続税が減る場合、いつまでに手続すればよいですか?
原則として、分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行います(相続税法32条1項1号)。なお、税額が増える相続人の修正申告には法律上の期限はありませんが、他の相続人の更正の請求に基づく更正が行われると、税務署長による更正の対象となります。配偶者の税額軽減については、通達上、申告期限から5年以内であればそれより後でも認められる場合がありますが、小規模宅地等の特例については4か月以内に限られるとされています。分割成立の日を起点に、早めに手続を進めることが大切です。
Q. 相続人の一人が分割に応じないまま3年が過ぎそうです。どうすればよいですか?
遺産分割の調停・審判の申立てや訴えの提起など、政令で定めるやむを得ない事情がある場合は、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請を行うことで、事情がなくなった後4か月以内の分割まで特例の対象とすることができます。単に協議が長引いているだけでは認められない可能性があるため、法的手続の要否も含めて早めに検討します。
Q. 一度まとまった遺産分割を、家族全員の合意でやり直しても問題ありませんか?
民法上は合意による再分割が問題になる場面がありますが、税務上は、当初の分割で取得した財産を再配分した部分が、相続ではなく贈与などとして課税される可能性があります。やり直しを検討する場合は、実行前に税務上の扱いを確認してください。
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参考資料・出典
公的資料・一次情報
- 国税庁 タックスアンサー No.4208「相続財産が分割されていないときの申告」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4208.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 タックスアンサー No.4158「配偶者の税額の軽減」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4158.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 タックスアンサー No.4124「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 タックスアンサー No.4176「遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4176.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 タックスアンサー No.4205「相続税の申告と納税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 相続税法基本通達(第19条の2関係 19の2-5、19の2-8)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/02/06.htm
確認日:2026-10-07 - 国税庁 相続税法基本通達(第32条関係 32-2)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/04/01.htm
確認日:2026-10-07 - e-Gov法令検索(法令API)「相続税法」第31条・第32条・第55条
https://laws.e-gov.go.jp/api/1/articles;lawId=325AC0000000073;article=32
https://laws.e-gov.go.jp/api/1/articles;lawId=325AC0000000073;article=55
https://laws.e-gov.go.jp/api/1/articles;lawId=325AC0000000073;article=31
確認日:2026-10-07 - e-Gov法令検索(法令API)「相続税法施行令」第4条の2
https://laws.e-gov.go.jp/api/1/articles;lawId=325CO0000000071;article=4_2
確認日:2026-10-07 - e-Gov法令検索(法令API)「国税通則法」第23条
https://laws.e-gov.go.jp/api/1/articles;lawId=337AC0000000066;article=23
確認日:2026-10-07 - e-Gov法令検索「相続税法」第30条・第31条・第32条・第35条・第55条(施行日2026-04-01版)
https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「国税通則法」第70条
https://laws.e-gov.go.jp/law/337AC0000000066
確認日:2026-10-09 - e-Gov法令検索「租税特別措置法」第69条の4第4項・第5項
https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026
確認日:2026-10-09 - 国税庁 租税特別措置法(相続税法の特例関係)の取扱いについて 69の4-25・69の4-26
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/sozoku/sochiho/080708/69_4/01.htm
確認日:2026-10-09
書籍
- 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.93-94、112-113、117-120
- 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、2025年、P.151-156









