カテゴリー: 相続・資産承継

財産の把握、配分、納税資金、管理と引継ぎを考えるための解説です。

  • 遺産分割が後から決まったときの相続税の手続|未分割申告・分割見込書・4か月以内の更正の請求

    遺産分割が後から決まったときの相続税の手続|未分割申告・分割見込書・4か月以内の更正の請求

    相続人どうしの話し合いがまとまらない、相続人の一人と連絡が取れない、評価の難しい財産があって分け方を決めきれない——遺産分割が相続税の申告期限に間に合わないことは、決して珍しくありません。

    結論から言えば、遺産分割がまとまっていなくても、相続税の申告と納税は期限どおりに行う必要があります。そのうえで、①未分割のまま申告するときは配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えないこと、②後から使えるようにするには申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を出しておくこと、③分割が決まったら、税額が減る人は分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を、税額が増える人は修正申告を行うこと、の3点が手続の骨格になります。

    この記事では、未分割申告から分割確定後の手続までを時系列で整理し、期限を逃しやすい場面と、分割を「やり直す」ときの注意点を解説します。

    未分割でも申告期限は延びない

    相続税の申告と納税の期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。遺産分割が終わっていないことは、この期限を延ばす理由にはなりません。

    申告期限までに分割されていない財産があるときは、各相続人が民法の法定相続分(または包括遺贈の割合)に従って財産を取得したものとして課税価格を計算し、申告します(相続税法55条、国税庁 No.4208)。実際には誰がどの財産を受け取るか決まっていなくても、計算上は「法定相続分で分けた」と仮定して税額を出すということです。

    この仮定には、次のような実務上の影響があります。

    • 各相続人がそれぞれ納税する:法定相続分に応じた税額を、各相続人が期限までに納める必要があります。遺産の預金を自由に引き出せない段階では、手元資金からの立替えが必要になることもあります。
    • 特例を前提にした税額にならない:後述のとおり、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は、未分割の財産には原則として適用できません。そのため、分割後に比べて申告時の税額が大きくなりやすい点に注意が必要です。

    未分割のときに使えない2つの特例

    国税庁は、申告期限までに分割されていない財産について、次の2つの特例は適用できないと案内しています(No.4208)。

    特例内容の概略未分割の場合
    配偶者の税額の軽減配偶者が実際に取得した正味の遺産額が、1億6千万円と配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、配偶者に相続税がかからない仕組み(No.4158)申告期限までに分割されていない財産は、原則として計算の対象外
    小規模宅地等の特例被相続人等の事業用・居住用・貸付用の宅地等について、一定の面積まで評価額を減額する仕組み(特定居住用は330㎡まで80%減額など。No.4124)未分割の宅地等には適用できない

    どちらも、相続税額に大きく影響する特例です。とくに配偶者がいる相続では、未分割のままでは配偶者分の税額軽減が使えないため、いったんは相当の納税が必要になることがあります。

    後から特例を使うための「申告期限後3年以内の分割見込書」

    未分割の財産であっても、申告期限から3年以内に分割された場合には、分割後に修正申告や更正の請求を通じて、これらの特例を適用できます(No.4208、No.4158)。

    そのために欠かせないのが、当初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておくことです(No.4158)。分割が見込めない事情や、分割の見込みを記載する書類で、これを出しておくことが、後から特例を受けるための前提になります。

    3年以内に分割できない「やむを得ない事情」があるとき

    遺産分割をめぐる訴訟や、家庭裁判所での調停・審判が続いているなど、3年以内に分割できない事情がある場合もあります。このようなときは、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに、やむを得ない事情がある旨の承認申請書を税務署長に提出し、承認を受ける必要があります(相続税法施行令4条の2)。承認を受けた場合は、その事情がなくなった日の翌日から4か月以内に分割すれば、特例の対象とすることができます(No.4158)。

    やむを得ない事情として政令に定められているのは、訴えの提起、調停・審判の申立て、民法に基づく分割の禁止などです。単に話し合いが長引いているだけでは該当しない可能性があるため、3年の期限が近づいたら、状況を早めに整理しておくことが大切です。

    分割が決まったら:修正申告と更正の請求

    遺産分割が成立すると、各相続人の実際の取得財産に基づいて税額を計算し直します。当初の申告額との差に応じて、手続は次のように分かれます(No.4208、PwC『完全ガイド』第2章)。

    分割後の状況手続期限の目安
    当初の申告より税額が増える相続人がいる修正申告法律上の提出期限は定められていない(相続税法31条1項)。ただし放置すると税務署長による更正の対象となるため、速やかに
    当初の申告より税額が減る相続人がいる更正の請求分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内(相続税法32条1項1号、No.4208)
    当初は申告不要だったが、分割で申告が必要になった期限後申告速やかに(相続税法30条)

    更正の請求と修正申告では、期限の考え方が異なります。税額が減る人の更正の請求は「4か月以内に限り」できる手続で、この期間を過ぎると相続税法32条による更正の請求はできません(国税通則法23条による通常の更正の請求の期間内であれば認められる場合があることは、後述のとおりです)。一方、税額が増える人の修正申告は「提出することができる」とされ、法律上の期限はありません。ただし、他の相続人の更正の請求に基づいて税務署長が更正をした場合には、税額が増える相続人についても税務署長が更正(または決定)を行うこととされています(相続税法35条3項。原則として、更正の請求があった日から1年を経過した日と、国税通則法70条による更正の期間制限の日とのいずれか遅い日まで)。

    ポイントは、同じ分割でも、相続人ごとに「増える人」と「減る人」が出ることです。たとえば、配偶者が多くを取得する分割になれば、配偶者は特例の適用で税額が減る一方、他の相続人は取得額が増えて税額が増えることがあります。家族全体で手続をそろえて進めないと、一部の人だけが手続を終え、残りが期限を過ぎてしまうといったことが起こり得ます。

    期限は特例によって違うことがある

    分割後の更正の請求の期限は、原則として「分割を知った日の翌日から4か月以内」です。ただし、特例ごとに次のような違いがあり、注意が必要です。

    • 配偶者の税額軽減:国税庁の相続税法基本通達32-2は、分割後に配偶者の税額軽減を適用する更正の請求について、相続税法32条による更正の請求のほか国税通則法23条による更正の請求もできるとし、期限を「分割が行われた日から4か月を経過する日」と「申告期限から5年を経過する日」のいずれか遅い日としています。
    • 小規模宅地等の特例:租税特別措置法通達69の4-26は、申告期限後に分割された宅地等について特例を受けるための更正の請求は、分割の日の翌日から4か月以内に限られることを明らかにしています。国税不服審判所の令和3年6月22日裁決でも、この期間を過ぎた更正の請求は認められないと判断されました(『相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説(令和7年版)』で確認)。

    「申告から5年以内なら更正の請求ができる」という一般的な理解のまま、小規模宅地等の特例の手続を後回しにすると、適用の機会そのものを失うおそれがあります。分割成立の日を起点に、特例ごとの期限を一覧にしておくことをおすすめします。

    分割を「やり直す」ときの注意点

    いったん成立した遺産分割を、後になって相続人全員の合意でやり直したいという相談もあります。ここでは、税務上の扱いが分かれる点に注意が必要です。

    • 遺言と異なる遺産分割:遺言で特定の相続人に財産を与えるとされていても、相続人全員の協議で遺言と異なる分割をした場合、国税庁は、受遺者が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当とし、受遺者から他の相続人への贈与税の対象にはならないと案内しています(No.4176)。
    • 成立した分割の再配分:相続税法基本通達19の2-8のただし書では、当初の分割により共同相続人に分属した財産を分割のやり直しとして再配分した場合、その再配分により取得した財産は、配偶者の税額軽減の対象となる「分割」により取得したものとはならないとされています。つまり、やり直しによって財産が移った部分は、相続ではなく相続人間の贈与などとして課税される可能性があります。

    当初の分割の効力そのものに問題がある場合など、個別の事情によって判断が分かれることもあります。やり直しを検討するときは、実行する前に税務上の位置付けを確認することが欠かせません。

    未分割の期間中に確認しておきたいこと

    分割が長引くときほど、次の点を早めに確認しておくと、後の手続が円滑になります。

    • 納税資金の手当て:法定相続分による税額を各自が納める必要があります。延納などの納付方法も含めて検討します。
    • 財産の管理:賃貸不動産の賃料や預金の管理、会社の株式の議決権行使など、分割前でも運営が止まらない財産の扱いを決めておきます。
    • 二次相続への備え:分割前に相続人の一人が亡くなる場合もあります。配偶者が分割前に亡くなったときの税額軽減や小規模宅地等の特例の扱いについては、国税庁の通達に取扱いが定められています(相続税法基本通達19の2-5、措置法通達69の4-25)。
    • 期限の一覧化:申告期限、分割見込書の提出、3年の期限と承認申請の期限、分割成立後4か月の期限を、一つの表にまとめておきます。

    AEGISの視点

    未分割申告は、多くの場合「やむを得ず選ぶ手続」です。しかしAEGISは、未分割の期間を「分け方を決めるための時間」と同時に「期限を管理するための時間」として捉えることが大切だと考えています。

    未分割の相続では、話し合いの中身に意識が集中し、手続の期限が後回しになりがちです。けれども、分割見込書を出していなかった、3年の期限を過ぎてから承認申請を検討した、分割成立から4か月を過ぎて小規模宅地等の特例の更正の請求をしようとした——このような場面では、分け方の結論にかかわらず、家族全体の税負担が大きく変わってしまいます。

    また、分け方そのものも、税額だけで決めるものではありません。配偶者の今後の生活、二次相続の見通し、事業や不動産を誰が引き継ぐのか、納税資金をどう確保するのか。これらを同時に並べることで、合意に近づく分け方が見えてくることがあります。

    未分割で申告した相続について、分割後の手続や特例の適用に漏れがないかを確認したい場合は、申告書と分割協議書を並べて点検することから始めるのが現実的です。資産税務や承継に関するAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、払いすぎた相続税を取り戻す手続の全般は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。配偶者の取得割合をどう考えるかは「二次相続まで見通した遺産の分け方」もあわせてご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 遺産分割がまとまっていなくても、相続税の申告・納税の期限(10か月以内)は延びません。未分割の財産は法定相続分で取得したものとして計算します。
    • 未分割の財産には、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例が原則として適用できません。
    • 後から特例を使うためには、当初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、原則として申告期限から3年以内に分割することが必要です。3年以内に分割できないやむを得ない事情がある場合は、期限内に承認申請を行います。
    • 分割が決まったら、税額が増える人は修正申告、減る人は原則として4か月以内に更正の請求を行います。小規模宅地等の特例は、この4か月を過ぎると適用できなくなるおそれがあります。
    • 成立した分割のやり直しは、贈与などとして課税される可能性があります。具体的な取扱いは個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 遺産分割がまとまらないと、申告期限は延長されますか?

    延長されません。申告期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。期限までに分割されていない財産は、法定相続分で取得したものとして計算して申告・納税し、分割が決まった後に修正申告や更正の請求で精算します。

    Q. 「申告期限後3年以内の分割見込書」を出し忘れた場合はどうなりますか?

    国税庁は、未分割の財産について後から配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を受けるために、この見込書を申告書等に添付するよう案内しています。出し忘れに気づいた場合の対応は状況によって異なるため、できるだけ早く、申告を担当した税理士や税務署に確認することをおすすめします。

    Q. 分割が決まって相続税が減る場合、いつまでに手続すればよいですか?

    原則として、分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行います(相続税法32条1項1号)。なお、税額が増える相続人の修正申告には法律上の期限はありませんが、他の相続人の更正の請求に基づく更正が行われると、税務署長による更正の対象となります。配偶者の税額軽減については、通達上、申告期限から5年以内であればそれより後でも認められる場合がありますが、小規模宅地等の特例については4か月以内に限られるとされています。分割成立の日を起点に、早めに手続を進めることが大切です。

    Q. 相続人の一人が分割に応じないまま3年が過ぎそうです。どうすればよいですか?

    遺産分割の調停・審判の申立てや訴えの提起など、政令で定めるやむを得ない事情がある場合は、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月以内に承認申請を行うことで、事情がなくなった後4か月以内の分割まで特例の対象とすることができます。単に協議が長引いているだけでは認められない可能性があるため、法的手続の要否も含めて早めに検討します。

    Q. 一度まとまった遺産分割を、家族全員の合意でやり直しても問題ありませんか?

    民法上は合意による再分割が問題になる場面がありますが、税務上は、当初の分割で取得した財産を再配分した部分が、相続ではなく贈与などとして課税される可能性があります。やり直しを検討する場合は、実行前に税務上の扱いを確認してください。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.93-94、112-113、117-120
    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、2025年、P.151-156
  • 申告後に相続財産の価値が下がったときにできること|相続税は見直せるのか、使える制度と代替策

    申告後に相続財産の価値が下がったときにできること|相続税は見直せるのか、使える制度と代替策

    相続した株式の株価が申告の頃から大きく下がってしまった、相続した土地を売ろうとしたら相続税の評価額を大きく下回る価格しかつかなかった——「相続税は相続した時の価値で払ったのに、今の価値はこれほど低い。税金は見直してもらえないのか」という相談は少なくありません。

    結論から言えば、相続後の市況による値下がりを理由に、相続税そのものを見直すことは原則としてできません。相続税は、相続により財産を取得した時点の価額で計算する仕組みだからです。

    ただし、値下がりのように見えて実は当初の評価の前提に誤りがあった場合や、災害によって財産が被害を受けた場合には、税額が変わる可能性があります。また、相続税を見直せない場合でも、売却や納税の方法を工夫することで、値下がりの影響を和らげられることがあります。この記事では、その線引きと選択肢を整理します。

    なぜ値下がりしても相続税は変わらないのか

    相続税法22条は、相続などで取得した財産の価額を「財産の取得の時における時価」によると定めています。相続の場合、取得の時とは原則として被相続人が亡くなった日(相続開始日)です。

    相続税の申告期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。この間に株価や地価が動いても、評価の基準となる日は相続開始日のままです。専門書でも、相続後の経済情勢による価額の変動による損益は考慮されないことが説明されています(武田秀和『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』Q1-8)。

    なお、上場株式の評価には、相続開始日の終値と、相続開始月・前月・前々月の各月の終値の月平均額のうち、最も低い価額を使える仕組みがあります(No.4632)。ただしこれは相続開始前の株価の動きを反映するもので、相続後の値下がりを反映するものではありません。

    「値下がり」と「評価の誤り」を区別する

    申告後に税額を見直す手続として、更正の請求があります。国税通則法23条1項による更正の請求は、申告書の計算が法律の規定に従っていなかったことや計算に誤りがあったことにより税額が過大である場合に、法定申告期限から5年以内に限り認められるものです。

    つまり、更正の請求の対象になるのは「相続開始時点の評価が正しくなかった」場合です。「相続開始時点の評価は正しかったが、その後に値下がりした」場合は、原則として対象になりません。

    ただし、値下がりをきっかけに申告内容を見直すと、評価の前提に誤りが見つかることがあります。

    気づいたこと相続税の見直し考え方
    相続後に株価・地価が市況で下がった原則としてできない評価の基準日は相続開始日(相続税法22条)
    売却価格が評価額を大きく下回り、調べると土地の形状・道路・利用状況などの減額要素が評価に反映されていなかった更正の請求を検討できる相続開始時点の評価の誤り(国税通則法23条1項)
    非上場株式の評価で、会社規模の判定や資産・負債の計上に誤りがあった更正の請求を検討できる同上
    申告期限前に地震・火災などで財産が被害を受けた被害部分を控除して計算できる場合がある災害減免法6条
    申告期限後に地震・火災などで財産が被害を受けた被害部分に対応する税額が免除される場合がある災害減免法4条

    土地評価で見落とされやすい減額要素については関連記事「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」で、更正の請求の手続全般は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    災害で財産が被害を受けた場合の取扱い

    市況による値下がりとは異なり、地震・風水害・火災などの災害で相続財産が被害を受けた場合には、「災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律」(災害減免法)による救済があります。

    申告期限前に被害を受けた場合

    相続税の申告期限前に、相続で取得した財産が災害で甚大な被害を受けたときは、被害を受けた部分の価額を控除して財産の価額を計算します(災害減免法6条)。課税価格の計算の基礎となる財産の価額(債務控除後)または動産等の価額のうち、被害を受けた部分の割合が10分の1以上であることが要件です(同法施行令12条)。保険金や損害賠償金で補てんされる部分は控除の対象から除かれ、適用を受けるには申告書に適用を受ける旨や被害の状況、被害額を記載する必要があります(同条。国税庁 No.8006では、被害の状況や被害額等を記載した「相続税等の財産の価額の計算明細書」を申告書に添付するよう案内されています。武田・前掲Q1-8、Q1-9)。

    申告期限後に被害を受けた場合

    申告期限後に被害を受けたときは、すでに確定した税額のうち、被害があった日以後に納付すべき税額で被害を受けた部分に対応するものが免除されます(災害減免法4条)。延滞税や加算税は免除の対象外です。適用を受けるには、課税価格の計算の基礎となった財産の価額のうち被害を受けた部分の割合が10分の1以上であることなどの要件を満たし、災害のやんだ日から2か月以内に申請書(国税庁 No.8006では「相続税等の免除承認申請書」)を税務署長に提出する必要があります(災害減免法施行令11条)。

    ここでいう被害は、建物や家財の損壊・滅失といった物的な損害を指し、地価の下落のような経済的価値の減少は含まれないとされています(武田・前掲Q1-9に収録の計算明細書の注記)。災害の影響で地価や株価が下がっただけでは、この制度の対象にならない点に注意が必要です。

    相続税を見直せないときに検討したい3つの選択肢

    相続税そのものが変わらない場合でも、次のような制度や判断によって、値下がりの影響を和らげられることがあります。

    1. 売却するなら「取得費加算の特例」の期限を意識する

    相続した財産を売却する場合、一定の期間内であれば、支払った相続税のうちその財産に対応する部分を、譲渡所得の計算上の取得費に加算できます(取得費加算の特例。国税庁 No.3267)。期間は、相続開始のあった日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までです。

    ただし、この特例は譲渡益を限度に加算する仕組みで、売却しても譲渡損失となる資産には効果がありません(No.3267、『要点 譲渡所得』第Ⅱ部第6章)。値下がりした資産を売却するか保有を続けるか、どの資産から売却するかを考えるときは、資産ごとの取得費(被相続人の取得価額の引継ぎ)と含み益・含み損を確認したうえで、3年の期限内に判断する必要があります。

    2. 納税資金が足りないなら「物納」の要件を確認する

    相続税は金銭で納付するのが原則ですが、延納によっても金銭で納付することが困難な事由があるなどの要件を満たす場合には、相続財産そのもので納める物納が認められています。物納財産を国が収納する価額は、原則として相続税の課税価格計算の基礎となった財産の価額とされています(国税庁 No.4214)。上場株式は不動産などとともに第1順位の物納財産です(No.4214)。

    このため、相続後に大きく値下がりした上場株式などを物納すると、相続税評価額で税額に充てられる可能性があります(山本和義・水品志麻『上場株式等の相続と有利な物納選択』第三章・第四章)。ただし、物納は「延納によっても金銭で納付することが困難」であることが前提で、預貯金や収入の状況によっては認められません。値下がりを理由に自由に選べる制度ではない点に注意が必要です。物納の申請期限は相続税の納期限(または納付すべき日)までです(No.4214)。

    3. 分割前なら、値下がりのリスクを分け方に織り込む

    遺産分割がまだ終わっていない場合は、分け方の段階で値動きの大きい財産をどう扱うかを話し合うことができます。相続税は相続開始時の評価額で計算されるため、値下がりしやすい財産を取得した相続人は、他の相続人より実質的な負担が重くなりがちです。評価額だけで公平を図るのではなく、売却可能性や収益性、納税資金の確保の見通しも含めて分け方を検討することが、後の不満を防ぐことにつながります。

    AEGISの視点

    申告後の値下がりの相談を受けると、AEGISはまず「税額を見直せるか」と「これからどう動くか」を分けて考えることにしています。

    相続税は、相続開始という一時点の評価で確定する税金です。その後の値動きを税額に反映させる仕組みは、災害のような限られた場面にしかありません。しかし、値下がりをきっかけに申告書を読み直すと、土地の利用状況や評価単位、非上場株式の評価の前提など、相続開始時点の評価そのものに見直しの余地が見つかることもあります。感覚的な「高すぎる」を、相続開始時点の事実に照らした「評価の誤り」と、市況による「事後の変動」に仕分けることが、最初の一歩です。

    一方で、見直しの対象にならない値下がりについては、売却の時期と方法、納税資金の確保、家族の中で誰がそのリスクを負うかという判断が中心になります。取得費加算の特例の期限、物納の要件、二次相続の見通しなど、税務と資産の管理を同じ表の上で検討することが、損失を広げないための現実的な方法だとAEGISは考えています。資産税務や承継に関するAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    相続税と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、納税資金の準備方法の比較は「相続税の納税資金をどう準備するか」で解説しています。

    値下がりではなく、申告時の評価そのものに見直しの余地がないかを確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税は、相続により財産を取得した時点の時価で計算します。相続後の市況による値下がりを理由に、相続税を見直すことは原則としてできません。
    • 更正の請求の対象になるのは、相続開始時点の評価や計算に誤りがあった場合です。値下がりをきっかけに、土地や非上場株式の評価の前提を点検する意味はあります。
    • 災害で財産が被害を受けた場合は、申告期限の前後に応じて、災害減免法による控除や免除を受けられる場合があります。地価や株価の下落のような経済的価値の減少は対象外です。
    • 見直しができない場合でも、取得費加算の特例の期限、物納の要件、分け方の工夫などで影響を和らげられることがあります。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続した株式が申告期限までに半値になりました。相続開始時の株価で申告しなければなりませんか?

    相続税の評価の基準は相続開始時点のため、申告期限までの値下がりは原則として評価に反映されません。上場株式は、相続開始日の終値と、相続開始月以前3か月の各月の月平均額のうち最も低い価額で評価できますが、これは相続開始前の株価を対象とするものです。納税資金の確保が難しい場合は、延納や物納の要件を確認します。

    Q. 相続した土地が評価額より大幅に安くしか売れませんでした。更正の請求はできますか?

    売却価格が低かったことだけを理由に更正の請求をすることは、原則としてできません。ただし、売却の過程で、道路の条件や土地の形状、利用上の制約など、相続開始時点から存在していた減額要素が評価に反映されていなかったことが分かれば、評価の誤りとして更正の請求を検討できます。法定申告期限から5年以内という期限があります。

    Q. 地震で相続した建物が損壊しました。相続税はどうなりますか?

    申告期限前の被害であれば、被害を受けた部分の価額を控除して計算できる場合があります。申告期限後の被害であれば、被害割合などの要件を満たすと、被害を受けた部分に対応する税額が免除される場合があり、災害のやんだ日から2か月以内に申請が必要です。保険金などで補てんされた部分は除かれます。

    Q. 値下がりした相続財産を売ると、取得費加算の特例は使えますか?

    取得費加算の特例は、譲渡益の範囲内で相続税額の一部を取得費に加算する制度です。売却しても譲渡損失となる場合には、その資産について特例の効果はありません。特例を使うには、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却し、確定申告で手続する必要があります。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、2013年、P.26-34
    • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、P.123-126、141-142、149
    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.401-403、409、413-414
  • 海外移住と国外転出時課税|株式に税金がかかるのはどんな場合か、納税猶予・帰国時の取消し・家族への相続まで

    海外移住と国外転出時課税|株式に税金がかかるのはどんな場合か、納税猶予・帰国時の取消し・家族への相続まで

    海外に移住する(日本に住所も居所もなくなる)ときに、1億円以上の有価証券等を持っていて、かつ出国前10年以内に日本に5年を超えて住んでいた方は、株式を売っていなくても、出国の時に売ったものとみなして含み益に所得税がかかります。これを「国外転出時課税」といいます。

    ポイントは次の3つです。

    • 対象は株式や投資信託などの有価証券等で、上場・非上場を問いません。オーナー経営者の場合、自社株だけで1億円を超えることもあります。
    • 一定の手続をとれば、納めるべき所得税について最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
    • 自分は日本に住んだままでも、海外に住む家族に株式等を贈与したり、相続で引き継がせたりする場合にも同じ仕組みが働きます。

    制度の詳細は国税庁が公表している情報と法令で確認できますが、手続の期限が短く、出国前にしかできない準備が多いのが特徴です。この記事では、海外移住を検討する方が出国前に確認しておきたいことを整理します。

    国外転出時課税とは

    国外転出時課税は、平成27年度税制改正で創設され、平成27年7月1日以後の国外転出、贈与、相続・遺贈に適用されています(国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    背景には、含み益のある株式を持ったまま、株式の譲渡益に課税しない国へ移住してから売却すると、日本でも移住先でも課税されない状態が生じうるという問題がありました。そこで、日本を離れる時点までに生じた含み益について、日本で課税する仕組みが設けられています。

    この制度は、次の3つの場面で働きます。

    場面何が起きたときか誰が申告するか申告の期限の目安
    国外転出(出国)本人が日本に住所・居所を有しなくなるとき本人納税管理人の届出をした場合は出国した年分の確定申告期限、しない場合は出国の時まで(準確定申告)
    国外転出(贈与)本人が国外に住む人に対象資産を贈与したとき贈与した本人贈与した年分の確定申告期限
    国外転出(相続)本人が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得したとき亡くなった本人の相続人相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日まで(準確定申告)

    ※国税庁タックスアンサーNo.1478・No.1467・No.1468をもとにAEGISが整理。個別の手続は最新の国税庁情報で確認してください。

    対象になる人:2つの要件

    国外転出時課税の対象になるのは、次の両方に当てはまる居住者です(所得税法60条の2第5項)。

    1. 国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円以上であること
    2. 国外転出の日前10年以内に、日本に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えていること

    2つ目の期間の計算では、一定の在留資格(出入国管理及び難民認定法の別表第一の在留資格)で在留していた期間は含めないこととされています(所得税法施行令170条3項)。そのため、主に影響を受けるのは、長く日本に住んでいる方です。

    1億円の判定は、対象資産の合計で行います。上場株式だけでなく、非上場株式、投資信託、匿名組合への出資なども合算します。オーナー経営者の場合、自社株の価額だけで1億円を超えていることに気づいていないケースもあるため、まず現在の株価の水準を確認することが出発点になります。

    対象になる資産

    対象資産は、次のとおりです(所得税法60条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    • 有価証券(株式、投資信託など。上場・非上場を問いません)
    • 匿名組合契約の出資の持分
    • 未決済の信用取引・発行日取引
    • 未決済のデリバティブ取引(先物取引、オプション取引など)

    一方で、不動産や金地金、預金などは、この制度の対象資産ではありません。また、新株予約権のうち、株式を無償または有利な価額で取得できる権利を表示する一定のもの(国内源泉所得を生ずべきもの)は対象から除かれています。ストック・オプションを持つ方の扱いは、別の論点として確認が必要です。

    課税の仕組み:「売ったもの」とみなされる

    いつの価額で計算するか

    国外転出時課税では、出国の時に対象資産を売った(決済した)ものとみなして、含み益を譲渡所得等として計算します。基準となる価額は、手続によって次のように変わります(所得税法60条の2第1項)。

    • 出国した年分の確定申告書を提出する時までに納税管理人の届出をした場合など:国外転出の時の価額
    • それ以外の場合:国外転出の予定日から起算して3か月前の日の価額(その日より後に取得したものは取得時の価額)

    非上場株式の場合は、市場の価格がないため、所得税の考え方に沿った「時価」を算定する必要があります。株価の算定には時間がかかるため、出国の予定が決まったら早めに着手することが重要です。

    申告の方法

    国税庁の案内では、申告の方法は次のように分かれています。

    • 出国の時までに納税管理人の届出をした場合:出国した年分の確定申告期限までに、他の所得とあわせて確定申告・納税をします。
    • 納税管理人の届出をしないで出国する場合:出国の時までに、その年の1月1日から出国の時までの所得にこの制度による所得を含めて、準確定申告・納税をします。

    納税管理人とは、日本に住所等を有しない納税者に代わって、申告書の提出や税金の納付などを行う人です。後で述べる納税猶予を受けるためにも、納税管理人の届出が前提になります。

    納税猶予:最長10年、ただし担保が必要

    国外転出時課税は、実際には売却していない株式に課税されるため、納税資金が大きな負担になります。そこで、一定の手続をとった場合には、国外転出の日から5年間(延長の届出をすれば最長10年間)、納税を猶予する特例があります(所得税法137条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    主な要件は次のとおりです。

    • 出国の時までに、所轄の税務署に納税管理人の届出をすること
    • 確定申告書に納税猶予の適用を受ける旨を記載し、所定の明細書・計算書を添付すること
    • 確定申告書の提出期限までに、猶予される所得税額と利子税額に相当する担保を提供すること

    猶予期間中は、毎年12月31日時点で持っている対象資産について、継続して適用を受ける旨の届出書を翌年3月15日までに提出する必要があります。この届出を忘れると、猶予が打ち切られ、猶予されていた税額を納めることになります。また、猶予期間中に対象資産を売ったり贈与したりした場合は、その部分について猶予が終了します。猶予期間が終わって納付する場合には、利子税もかかります。

    担保の用意は実務上の大きな論点です。非上場株式を担保として提供する場合には、事前の準備が必要になることがあります。出国の直前に検討を始めると間に合わないことがあるため、時間に余裕を持って税務署や専門家と相談しておくことが望まれます。

    帰国したときの取消し

    国外転出時課税の申告をした方が、国外転出の日から5年以内(納税猶予の期限延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、その時まで引き続き持っている対象資産があるときは、その資産について課税がなかったものとして取り消すことができます。取り消すには、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をする必要があります(所得税法153条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    このほか、5年以内に対象資産を居住者に贈与した場合や、本人が亡くなって対象資産を取得した相続人等が全員居住者となった場合なども、一定の要件のもとで取消しの対象になります。

    「数年で戻るかもしれない」という移住の場合は、納税猶予と帰国時の取消しを組み合わせた見通しを立てておくことが、資金計画のうえで重要になります。

    国外の家族に贈与・相続で渡る場合

    贈与の場合

    1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が、国外に住む家族に対象資産を贈与すると、贈与した本人に、その資産を売ったものとみなした所得税がかかります(所得税法60条の3、国税庁タックスアンサーNo.1467)。受け取った家族には、別途、贈与税の課税関係が生じます。

    相続の場合

    1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得した場合も、亡くなった本人がその資産を売ったものとみなして所得税が課税されます(国税庁タックスアンサーNo.1468)。申告は相続人が準確定申告として行い、その期限は相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日までです。

    相続の場合の納税猶予では、対象資産を取得した国外に住む相続人等の全員が、準確定申告書の提出期限までに納税管理人の届出をすることなどが要件になります。遺産分割の内容によって、国外に住む相続人が対象資産を取得するかどうかが変わるため、遺言の内容や分割の方針と、この制度の関係を事前に確認しておくことが大切です。海外に住む相続人がいる場合の手続全般は、関連記事「海外在住の相続人がいる場合の準備」で解説しています。

    移住しても、日本の相続税・贈与税がすぐ外れるわけではない

    国外転出時課税は所得税の制度ですが、移住を考える際には相続税・贈与税の扱いもあわせて確認が必要です。たとえば、日本国籍を有する相続人は、国外に住んでいても、相続開始前10年以内に日本に住所があった場合のほか、その期間に日本に住所がなくても被相続人が外国人被相続人・非居住被相続人でない場合などは、国外の財産も含めて日本の相続税の対象になります(国税庁タックスアンサーNo.4138、相続税法1条の3)。「移住すれば日本の相続税がかからなくなる」とは限らない点に注意が必要です。海外に財産を持つ場合の相続準備は、関連記事「海外に財産がある人の相続準備」で整理しています。

    出国前に確認したいチェックリスト

    時期の目安確認すること
    移住を検討し始めたとき対象資産の合計が1億円以上か(自社株・投資信託を含む)、過去10年の国内居住期間
    出国の半年〜1年前非上場株式の価額の算定、税額の試算、納税猶予を使うかどうかと担保の候補
    出国の数か月前納税管理人の選任、会社の役員・株主としての関わり方、ストック・オプションの扱い
    出国の時まで納税管理人の届出(納税猶予を受ける場合は必須)、申告方法の確定
    出国後毎年の継続適用届出書の提出、帰国の可能性と取消しの期限管理
    家族への承継国外に住む家族への贈与・相続の予定、遺言・遺産分割の方針との整合

    実務上注意したいポイント

    • 「売っていないから税金はかからない」と考えない:課税されるのは含み益で、売却代金は手元にありません。納税資金や担保の準備が必要です。
    • 期限が短い:納税管理人の届出は出国の時まで、帰国時の取消しは帰国から4か月以内など、期限の短い手続が続きます。
    • ストック・オプションを持っている場合:国外転出時課税の対象資産から除かれる新株予約権がある一方、税制適格ストック・オプションの要件や、行使して取得した株式の扱いなど別の論点があります。関連記事「ストックオプションで人材を集める」もあわせてご覧ください。
    • 所得が大きくなる年の影響:みなし譲渡による所得が大きい年は、所得が非常に大きい人を対象とする課税の特例(租税特別措置法41条の19)など、他の制度との関係も確認しておきたいところです。
    • 移住先の税制も確認する:移住先の国が、日本で課税された含み益をどう扱うかは国によって異なります。

    AEGISの視点

    海外移住は、生活・事業・家族のあり方そのものを変える大きな決断です。国外転出時課税は、その決断に伴う「出口の税金」の一つにすぎませんが、手続の期限が出国の時点に集中しているため、準備が後手に回りやすい制度でもあります。

    AEGISは、この制度を「移住の可否を決める税金」ではなく、資産の持ち方と承継の順番を見直すきっかけと考えています。たとえば、自社株を誰がいつ持つのか、会社の経営にどこまで関わり続けるのか、家族のうち誰が国外に住む可能性があるのかによって、税金の発生する場面も、選ぶべき手続も変わります。移住の前に、事業承継や相続の計画と一緒に全体を並べて確認することが、後からの選択肢を狭めないための近道です。

    税制改正を自分の計画に引きつけて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で解説しています。

    まとめ

    • 国外転出時課税は、1億円以上の有価証券等を持ち、出国前10年以内に5年を超えて日本に住んでいた方が出国するときに、含み益に所得税がかかる制度です。
    • 対象資産は株式・投資信託などの有価証券等や未決済のデリバティブ取引等で、非上場株式も含まれます。
    • 納税管理人の届出や担保の提供などの手続をとれば、最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
    • 国外に住む家族への贈与や、相続で国外に住む相続人が対象資産を取得する場合にも同じ仕組みが働きます。
    • 具体的な税額や手続の可否は、資産の内容や家族の状況によって異なります。出国の予定が決まる前から準備を始めることが大切です。

    よくある質問

    Q. 持っている株式が1億円未満なら、国外転出時課税はかかりませんか?

    国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円未満であれば、国外転出時課税は適用されません。ただし、判定は上場株式だけでなく、非上場株式や投資信託なども合算して行います。自社株の評価額によっては1億円を超えることがあるため、事前に確認が必要です。

    Q. 不動産や預金を持ったまま移住した場合も課税されますか?

    不動産や預金は国外転出時課税の対象資産ではありません。ただし、移住後に日本の不動産を売却した場合や、日本で賃貸収入を得る場合などは、非居住者としての課税関係が生じます。また、相続税・贈与税の扱いは別途確認が必要です。

    Q. 納税猶予を受けると、税金は払わなくてよくなるのですか?

    納税猶予は、納める時期を先に延ばす仕組みであり、税金が免除されるわけではありません。猶予期間が終われば、猶予された税額と利子税を納める必要があります。期間内に帰国して取消しの手続をとった場合や、一定の事由に該当した場合には、課税が取り消されたり税額が減額されたりすることがあります。

    Q. 帰国したら、自動的に課税が取り消されますか?

    自動的には取り消されません。国外転出の日から5年以内(延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、引き続き対象資産を持っている場合に、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をすることで取り消すことができます。

    Q. 親が日本に住んだまま亡くなり、海外に住む子が株式を相続した場合はどうなりますか?

    親が1億円以上の対象資産を持つなどの要件に当てはまる場合、海外に住む子が対象資産を取得すると、親がその資産を売ったものとみなして所得税が課税され、相続人が準確定申告を行います。子には、別途日本の相続税の課税関係も生じます。遺産分割の内容によって課税の有無が変わることがあるため、遺言や分割の方針とあわせて確認が必要です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『世界の相続専門弁護士・税理士による 国際相続とエステート・プランニング』中田朋子・水谷猛雄・withersworldwide 著、税務経理協会、2017年、第2部第2章(P.193-201)、第2部第3章(P.234-235)
  • 依頼した相続税申告書のセルフチェック|家族が確認したい表の読み方と10の確認項目

    依頼した相続税申告書のセルフチェック|家族が確認したい表の読み方と10の確認項目

    相続税の申告を税理士に依頼し、完成した申告書の控えを受け取った。何十ページにもなる書類を前に、「専門家が作ったのだから大丈夫だろう」と、そのまま保管していないでしょうか。

    相続税の申告書は、税理士が作成していても、申告するのは相続人自身です。そして、財産の存在や生前の贈与、家族の事情といった申告の前提となる事実は、家族のほうがよく知っていることも少なくありません。

    結論から言えば、家族が行うセルフチェックの目的は、税額の計算を検算することではなく、「申告書に載っている財産・債務・贈与・特例の前提が、家族の知っている事実と一致しているか」を確かめることです。この記事では、申告書を構成する主な表の役割と、確認したい10の項目を整理します。

    申告書の全体像:まず「どの表に何が書いてあるか」を知る

    相続税の申告書は、複数の表で構成されています。国税庁の「相続税の申告書等の様式一覧(令和8年分用)」には、第1表から第15表までの各表と付表が掲載されています。すべてを読み込む必要はありませんが、主な表の役割を知っておくと、確認すべき場所が分かります。

    表主な内容家族が見るポイント
    第1表相続税の申告書(各人の課税価格・納付税額など)相続人全員が記載されているか、各人の取得額が分け方と合っているか
    第2表相続税の総額の計算書法定相続人の数と基礎控除額
    第4表の2暦年課税分の贈与税額控除額の計算書生前贈与で納めた贈与税が反映されているか
    第5表配偶者の税額軽減額の計算書配偶者の取得財産と軽減の適用
    第9表・第10表生命保険金・退職手当金などの明細書受け取った保険金・退職金が漏れていないか
    第11表相続税がかかる財産の合計表(明細は第11表の付表1〜4)知っている財産がすべて載っているか
    第11・11の2表の付表1小規模宅地等についての課税価格の計算明細書特例を適用した土地と取得者
    第13表債務及び葬式費用の明細書借入金・未払金・葬式費用の計上
    第14表加算される暦年課税分の贈与財産価額などの明細書生前贈与の記載
    第15表相続財産の種類別価額表財産全体の構成

    おすすめの読み方は、第15表で財産全体の構成をつかむ → 第11表・第13表・第14表で中身を確認する → 第1表・第2表で人数と各人の金額を確認する → 第5表と付表1で特例を確認するという順番です。

    確認したい10の項目

    国税庁は、申告の準備として、相続人の確認、遺言書の確認、遺産と債務の把握、遺産の評価、遺産の分割、申告と納税という流れを示しています(No.4202)。また、「相続税の申告のためのチェックシート」や「相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集」も公表しています。これらを手がかりに、家族の立場で確認しやすい項目を10に整理しました。

    【人】相続人と人数

    1. 相続人が正しく記載されているか
    第1表に記載された相続人が、戸籍で確認した相続人と一致しているかを確認します。相続放棄をした人がいる場合も、基礎控除額などを計算する際の法定相続人の数は、放棄がなかったものとして数えます。また、養子は、実子がいる場合は1人まで、実子がいない場合は2人までしか法定相続人の数に含めません(No.4152)。

    2. 2割加算の対象者が正しく扱われているか
    配偶者・父母・子など一親等の血族以外の人(兄弟姉妹、甥・姪、代襲相続人ではない孫養子など)が財産を取得した場合は、相続税額が2割加算されます(No.4157)。誤りやすい事例集でも、兄弟姉妹や孫が取得した場合の2割加算が取り上げられています。

    【財産】漏れと名義

    3. 不動産がすべて載っているか
    固定資産税の課税明細書や名寄帳と、第11表の不動産を突き合わせます。先代名義のままの不動産、共有持分、他の市区町村にある土地、建物だけを所有している場合の借地権などは、漏れやすいとされています(東北篤『ここが違う!プロが教える土地評価の要諦』第1章)。

    4. 家族名義の預貯金・有価証券の扱いを確認したか
    誤りやすい事例集には、被相続人以外の名義の預貯金の取扱いが挙げられています。名義が家族であっても、実質的に被相続人の財産と判断されるものは相続財産になり得ます。税理士にどのような前提で判断したかを聞いておくと安心です。

    5. 生命保険金・退職金が明細に載っているか
    死亡保険金は「500万円×法定相続人の数」まで非課税ですが、相続人以外の人が受け取った保険金には非課税の適用はありません(No.4114)。受け取った保険金・退職金の支払通知と、第9表・第10表を照合します。

    【贈与】生前贈与の加算

    6. 生前贈与が漏れなく記載されているか
    相続などで財産を取得した人が、被相続人から暦年課税による贈与を受けていた場合、一定期間内の贈与財産は相続税の課税価格に加算されます。加算期間は段階的に7年へ延長されており、経過措置があります(No.4161)。相続時精算課税を選択して受けた贈与も加算の対象です(No.4103)。家族が把握している贈与(贈与税の申告書の控え、通帳の記録)と第14表を照らし合わせます。

    【債務】控除の漏れと過大計上

    7. 債務・葬式費用が適切に計上されているか
    誤りやすい事例集では、未納の固定資産税・住民税、お墓の購入費用に係る借入金、団体信用生命保険により返済が免除される住宅ローンの扱いなどが取り上げられています。控除できるもの・できないものの線引きがあるため、計上の有無だけでなく、その根拠を確認します。

    【特例】適用の前提

    8. 小規模宅地等の特例の対象地と取得者は合っているか
    特例は、宅地の利用区分(事業用・居住用・貸付用)と、取得した人の要件の組合せで適用の可否や減額割合が決まります(No.4124)。付表1に記載された土地の利用状況や、取得者の居住・保有の状況が、家族の知っている事実と合っているかを確認します。

    9. 配偶者の税額軽減の前提は合っているか
    配偶者の税額軽減は、申告期限までに分割された財産などが対象で、申告書の提出が適用の前提です(No.4158)。第5表に記載された配偶者の取得財産が、遺産分割協議書と一致しているかを確認します。分割がまとまっていない場合の手続は「遺産分割が後から決まったときの相続税の手続」で解説しています。

    【分割・納税】書類どうしの整合

    10. 分割協議書・申告書・納付書が一致しているか
    第1表の各人の取得額が遺産分割協議書と一致しているか、各人の納付税額と納付の期限(亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内。No.4205)を確認します。延納や物納を予定している場合は、その申請の準備も同じ期限までに必要です。

    気になる点が見つかったら

    セルフチェックで疑問が生じても、それがすぐに誤りを意味するとは限りません。評価の方法や財産の判断には専門的な根拠があることが多いため、まずは作成した税理士に、どのような前提で判断したのかを尋ねることから始めます。そのうえで、次のように対応します。

    • 申告期限前:前提の修正が必要であれば、申告書を修正してから提出します。
    • 申告期限後で税額が過大だった場合:法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求を検討できます(国税通則法23条)。手続の詳細は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。
    • 申告期限後で税額が過少だった場合:修正申告を検討します。税務調査で確認されやすい点は「相続税の税務調査で指摘されやすい点」で整理しています。

    土地評価の専門的な見直しの観点は「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」も参考になります。

    AEGISの視点

    相続税の申告は、税理士と家族の共同作業です。税理士は評価や計算の専門家ですが、財産の存在、贈与のいきさつ、土地の実際の使われ方、家族の暮らし方といった事実は、家族からの情報がなければ正確に反映できません。AEGISは、申告書のセルフチェックを「専門家を疑う作業」ではなく、「家族の知っている事実を申告書に正しく届ける最後の機会」と考えています。

    申告書を読み解くことには、もう一つの意味があります。相続税の申告書には、家族の財産の全体像と、それぞれが何を受け継いだかが一覧になっています。これは、次の世代の相続(二次相続)や、不動産・事業の今後の持ち方を考えるうえでの出発点にもなります。申告が終わったら控えをしまい込むのではなく、家族の資産の「現在地」として活用していくことをおすすめします。資産税務や承継に関するAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    セルフチェックで気になる点が見つかった場合や、土地の評価を専門家の目で確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税の申告書は税理士が作成していても、申告するのは相続人自身です。前提となる事実の確認は家族にしかできない部分があります。
    • まず第15表で全体像をつかみ、第11表・第13表・第14表で財産・債務・贈与を、第1表・第2表で人数と各人の金額を、第5表と付表1で特例を確認します。
    • 確認したい項目は、相続人と人数、2割加算、不動産の漏れ、家族名義の預貯金、保険金・退職金、生前贈与、債務・葬式費用、小規模宅地等の特例、配偶者の税額軽減、分割協議書との整合の10項目です。
    • 疑問があれば、まず作成した税理士に判断の前提を確認します。申告後に誤りが分かった場合は、更正の請求や修正申告を検討します。具体的な判断は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 税理士が作った申告書を家族がチェックする必要はありますか?

    申告の内容に責任を負うのは申告する相続人自身です。税額の計算を検算する必要はありませんが、財産の漏れや生前贈与の有無、土地の使われ方など、家族しか知らない事実が正しく反映されているかを確認する意味は大きいといえます。

    Q. どの表から読めばよいですか?

    財産全体の構成が分かる第15表から読むと全体像をつかみやすくなります。次に、財産の合計と明細(第11表とその付表)、債務・葬式費用(第13表)、生前贈与(第14表)を確認し、最後に第1表・第2表で相続人の人数と各人の税額を確認する順番がおすすめです。

    Q. 自分の名義の預金が相続財産に入っています。誤りではないのですか?

    名義が家族であっても、資金の出どころや管理の状況から、実質的に被相続人の財産と判断されるものは相続財産になり得ます。国税庁の誤りやすい事例集でも取り上げられている論点です。税理士にどのような事実に基づいて判断したかを確認してください。

    Q. 申告した後で財産の漏れに気づきました。どうすればよいですか?

    申告期限前であれば、申告書を修正して提出します。申告期限後に漏れが分かり税額が増える場合は、修正申告を検討します。反対に、評価の誤りなどで税額が過大だった場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます。

    Q. 申告書の控えは、申告が終わった後も保管しておくべきですか?

    保管しておくことをおすすめします。申告後に更正の請求や修正申告を検討する場面、税務調査への対応、相続した財産を売却するときの取得費の確認、さらに次の世代の相続(二次相続)の準備など、申告書の控えと評価の明細、遺産分割協議書を参照する機会は少なくありません。電子データで受け取った場合も、家族が見つけられる場所にまとめておくと安心です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資料収集・現地調査から評価まで ここが違う!プロが教える土地評価の要諦(第4版)』東北篤 著、清文社、2024年、第1章(P.1-5)
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.68、116-117
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、P.20-21

  • 老人ホームに入った親の自宅と小規模宅地等の特例|要介護認定・施設の種類・入居後の使い方で決まる適用の可否

    老人ホームに入った親の自宅と小規模宅地等の特例|要介護認定・施設の種類・入居後の使い方で決まる適用の可否

    親が老人ホームに入居し、そのまま施設で亡くなった場合でも、一定の条件を満たせば、実家の敷地に小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等・330㎡まで80%減額)を使える可能性があります。

    条件は大きく3つです。①親が相続開始の直前に要介護認定・要支援認定などを受けていたこと、②入居していたのが法令で定められた施設・住まいであること、③入居後に実家を貸したり、事業に使ったり、新しく別の人が住んだりしていないこと。そのうえで、実家の敷地を「誰が取得するか」についての通常の要件も満たす必要があります。

    高齢の親が施設で暮らすことは今では珍しくありません。それだけに、この論点は相続税の申告で確認が欠かせないものの一つです。この記事では、施設に入居していた親の自宅について、特例が使えるかどうかを分ける点と、申告後に見直したい視点を整理します。

    なぜ老人ホームへの入居が問題になるのか

    小規模宅地等の特例は、相続開始の直前に被相続人(亡くなった方)や同じ生計の親族の居住の用や事業の用に使われていた宅地等について、一定の面積まで評価額を減額する制度です(租税特別措置法69条の4)。自宅の敷地であれば、要件を満たすと330㎡まで80%減額されます。

    ここでのポイントは「相続開始の直前」の利用状況で判定するという点です。親が施設に移って実家が空き家になっていれば、形式的には、亡くなった時点で実家に住んでいなかったことになります。

    ただ、介護が必要になって施設に入ることは、本人の意思で生活の拠点を移したとは言い切れません。そこで平成25年度の税制改正などで手当てがされ、一定の事由で施設に入居した場合には、入居する直前まで住んでいた家の敷地を、亡くなる直前の居住用の宅地等と同じように扱う仕組みが設けられています(租税特別措置法施行令40条の2第2項・第3項)。

    特例の対象になるための3つの条件

    国税庁の案内(タックスアンサーNo.4124)と施行令の規定をもとに、条件を整理します。

    条件1:相続開始の直前に要介護認定等を受けていたこと

    対象となるのは、次のいずれかの認定を受けていた方です。

    • 介護保険法の要介護認定または要支援認定
    • 介護保険法施行規則に定める一定の方(いわゆる事業対象者として国税庁が示している区分)
    • 障害者総合支援法の障害支援区分の認定

    注意したいのは判定の時期です。認定を受けていたかどうかは、入居した時点ではなく、相続開始の直前で判定します(措置法通達69の4-7の3)。入居時には自立していた方が、施設で暮らすうちに認定を受けた場合も対象になり得ます。

    また国税庁の質疑応答事例では、施設に入っていた方が要介護認定の申請中に亡くなり、亡くなった後に認定が出たケースについて、認定の効力が申請日にさかのぼることから、認定を受けていた方として扱って差し支えないとしています。申請の記録や認定通知は、申告の際に確認すべき資料になります。

    条件2:法令で定める施設・住まいに入居していたこと

    対象となる施設・住まいは、法令で列挙されています。国税庁No.4124の案内によると、要介護認定等を受けていた方については次のとおりです。

    • 認知症対応型老人共同生活援助事業が行われる住居(いわゆるグループホーム)、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホーム
    • 介護老人保健施設、介護医療院
    • サービス付き高齢者向け住宅

    障害支援区分の認定を受けていた方については、障害者支援施設(施設入所支援が行われるもの)や共同生活援助を行う住居が対象です。

    裏を返すと、名称が「ホーム」であっても、法令上の届出・登録の対象となっていない住まいや、一般の賃貸住宅・親族の家に移った場合は、この取扱いの対象にならない可能性があります。入居先が上のどれに当たるのかは、契約書や施設の届出・登録の状況で確認するのが確実です。

    条件3:入居後に実家を別の用途に使っていないこと

    入居後の実家の使い方も重要です。次の場合は、特例の対象から外れます(施行令40条の2第3項)。

    • 実家を事業の用(賃貸を含む)に使った場合
    • 実家に新たに、被相続人等(被相続人と同じ生計の親族)以外の人が住んだ場合

    一方、入居の直前に被相続人と生計を一にしていて、その家に引き続き住んでいる親族は、ここでいう「被相続人等」に含めて扱われます。入居前から同居していた子がそのまま住み続けている場合は、入居後に生計が別になっても、それだけで対象外にはなりません。

    国税庁の質疑応答事例では、特別養護老人ホームに入所し、一度も戻らずに亡くなるまで実家が空き家だったケースについて、実家の敷地は居住用の宅地等に当たるとされています。空き家のまま維持していたことは、この条件との関係では問題になりません。

    入居後の実家の状況と判定の目安を、AEGISで一覧にまとめると次のとおりです。

    入居後の実家の状況居住用の宅地等として扱われるか確認したいこと
    空き家のまま管理していた扱われる(他の条件を満たす場合)入居先・認定の確認
    入居前から同居していた生計一の親族が住み続けた扱われる入居直前の生計の状況
    入居後に、別に暮らしていた子の家族が新たに住んだ扱われない住み始めた時期と生計の状況
    入居後に第三者へ賃貸した扱われない(居住用としては対象外)貸付事業用宅地等の要件は別途検討
    一部だけを賃貸した賃貸部分は対象外となり得る利用区分ごとの面積

    ※個別の事実関係によって結論が変わることがあります。

    取得する人の要件は通常どおり

    上の3つの条件は、「この敷地は被相続人の居住の用に供されていた宅地等として扱うか」という入口の話です。特定居住用宅地等として80%減額を受けるには、さらに誰が取得するかの要件を満たす必要があります。

    • 配偶者が取得する場合:取得者ごとの要件はありません。
    • その家に住んでいた親族(入居前から同居し、住み続けている子など)が取得する場合:相続開始の直前から申告期限まで引き続き住み、申告期限まで保有することが必要です。
    • それ以外の親族が取得する場合:いわゆる「家なき子」の要件として、配偶者がいないこと、被相続人の家に住んでいた相続人(相続の放棄があった場合は放棄がなかったものとした相続人)がいないこと、取得者が相続開始前3年以内に自分や配偶者・三親等内の親族などが所有する家に住んでいないこと、取得者が今住んでいる家を過去に所有していたことがないこと、申告期限まで保有することなど、国税庁No.4124に列挙された要件をすべて満たすことが必要です。

    施設入居で実家が空き家になり、配偶者もすでに亡くなっている場合、別居の子が取得するときは「家なき子」の要件に当てはまるかが論点になります。子が持ち家に住んでいれば、この要件は満たしません。

    取得者の違いによって特例の使い方がどう変わるかは、関連記事「小規模宅地等の特例は誰が取得するかで変わる」で詳しく整理しています。

    判断が分かれやすい場面

    実務では、次のような場面で判断が難しくなります。

    • 入居後に実家を建て替えた:同居していた親族が老朽化した家を建て替えて住み続けた場合など、取扱いについて解説が示されている場面もありますが、建て替えの時期や住み始めた人によって結論が変わり得ます。個別の確認が必要です。
    • 二世帯住宅の一部が空いた:親の居住部分を入居後に貸した場合、その部分は居住用としては対象外になり得ます。二世帯住宅の敷地の扱いそのものは、関連記事「二世帯住宅の敷地と小規模宅地等の特例」で取り上げます。

    • 入居先が条件2の施設に当たるか不明:住宅型の施設などで、法令上の位置付けがはっきりしない場合があります。契約書と、自治体への届出・登録の有無を確認します。

    • 認定の記録が残っていない:相続人が介護保険の手続を把握していないこともあります。認定の有無と時期は、自治体や施設に確認できる場合があります。

    申告後に見直したい視点

    すでに申告を終えている場合も、特例の判断を点検する意味はあります。たとえば、施設に入居していたことを理由に特例を使わずに申告していたものの、実際には条件を満たしていた、というケースです。

    AEGISでは、申告後の点検を次の順で行うことをおすすめしています。

    点検の順番確認すること確認資料の例
    1. 施設入居先が法令で定める施設・住まいに当たるか入居契約書、施設の重要事項説明書
    2. 認定相続開始の直前に要介護認定等を受けていたか(申請中の場合は認定の時期)介護保険被保険者証、認定通知
    3. 入居後の実家賃貸・事業利用・新たな居住者がいなかったか公共料金の記録、賃貸借契約の有無
    4. 取得者配偶者・住み続けた親族・家なき子のいずれの要件を満たすか遺産分割協議書、住民票、登記事項証明書
    5. 面積・選択他の宅地との選択や限度面積の計算は適切か申告書の明細

    当初の申告で税額が過大だった場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます(国税通則法23条1項)。一方で、要件を満たしていなかったのに特例を使っていた場合は、修正申告が必要になることもあります。見直しは「増える方向」と「減る方向」の両面で行うことが大切です。更正の請求の期限や手続の流れは、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    なお、相続税の申告期限までに遺産分割がまとまらない場合、その土地には原則として特例を使えません。申告期限から3年以内に分割されれば、その時点で特例を受ける手続をとることができます(国税庁No.4208)。

    入居前後にご家族ができる準備

    相続が起きてから資料を探すのは大変です。親が施設に入る段階で、次の点を家族で共有しておくと、判断がしやすくなります。

    • 入居先の種類と契約書の保管場所
    • 要介護認定等の申請・認定の記録
    • 実家を空き家のまま維持するのか、貸すのか、家族が住むのか(貸す・住む場合は特例への影響を事前に確認する)
    • 実家を将来誰が引き継ぐのか(遺言の要否を含めて)

    とくに、空き家になった実家を「管理が大変だから」と貸し出すかどうかは、相続税の面では大きな分かれ目です。賃料収入、管理の手間、建物の傷み、将来の売却の可能性とあわせて判断したい事項です。

    AEGISの視点

    老人ホームと小規模宅地等の特例の論点は、条文の要件を当てはめれば答えが出るように見えます。しかし実際には、親が施設に入ってから亡くなるまでの数年間に、家族が実家をどう扱ったかで結論が決まります。その時期は、介護や見舞い、施設とのやりとりで家族が最も忙しい時期でもあります。

    AEGISは、この論点を「相続が起きた後の申告の技術」ではなく、入居の時点から始まる実家の管理と承継の設計として考えています。実家を空き家のまま維持するコスト、貸した場合の収入と特例を失う影響、将来その家に住む家族がいるのか、売却するならいつか。これらは相続税だけでなく、家族の生活と資産全体の判断です。

    申告を終えた後も、判断の前提になった事実を確かめ直すことで、見落としに気づくことがあります。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    不動産を相続する前に全体として確認したいことは、親記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で整理しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 老人ホームに入居していた親の自宅でも、条件を満たせば小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)を使える可能性があります。
    • 条件は、①相続開始の直前に要介護認定等を受けていたこと、②法令で定める施設・住まいに入居していたこと、③入居後に実家を事業用に使ったり、新たに別の人が住んだりしていないこと、の3つです。
    • 要介護認定等は入居時ではなく相続開始の直前で判定します。
    • 入口の条件に加えて、配偶者・住み続けた親族・家なき子など、取得者の要件を満たす必要があります。
    • 申告後も、施設・認定・入居後の利用・取得者の順で点検すると、見落としや誤りに気づきやすくなります。具体的な適用可否は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 親が老人ホームに入るときは要介護認定を受けていませんでした。特例は使えませんか?

    使える可能性があります。要介護認定等を受けていたかどうかは、入居時ではなく相続開始の直前で判定します(措置法通達69の4-7の3)。施設で暮らすうちに認定を受け、その後に亡くなった場合は、他の条件を満たせば対象になり得ます。

    Q. サービス付き高齢者向け住宅に住んでいた場合も対象になりますか?

    サービス付き高齢者向け住宅は、国税庁の案内で対象となる住まいに含まれています。ただし、要介護認定等を受けていたことなど他の条件も必要です。入居先が法令上どの施設・住まいに当たるかは、契約書や登録の状況で確認してください。

    Q. 親の入居後、空き家の実家を管理のために貸していました。特例は使えますか?

    入居後に実家を賃貸など事業の用に使った場合は、居住用の宅地等としての特例の対象から外れます。貸付事業用宅地等(200㎡まで50%減額)として別の要件を満たすかどうかは検討の余地がありますが、要件は別に確認が必要です。

    Q. 入居前から同居していた子が、そのまま実家に住み続けています。問題はありませんか?

    入居の直前に親と生計を一にしていて、その家に引き続き住んでいる親族は、入居後の「新たな居住者」には当たりません。その子が実家の敷地を取得し、申告期限まで住み続けて保有すれば、特定居住用宅地等として特例を使える可能性があります。

    Q. すでに申告を済ませましたが、施設に入っていたため特例を使いませんでした。今からでも見直せますか?

    法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求を検討できます。施設の種類、要介護認定等の状況、入居後の実家の使い方、取得者の要件を資料で確認したうえで判断します。

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    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.76-79、P.83-84
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.103-104
  • 代償分割で遺産を分けるときの代償金と税金|代償金の決め方、各相続人の相続税、不動産で支払うときの譲渡所得

    代償分割で遺産を分けるときの代償金と税金|代償金の決め方、各相続人の相続税、不動産で支払うときの譲渡所得

    代償分割とは、ある相続人が不動産などの遺産を現物で取得し、その代わりに他の相続人へ金銭などを支払う遺産分割の方法です。実家や事業用の土地のように、分けにくく、売りたくない財産を一人に集めるときに使われます。

    税金の面で押さえたい結論は3つです。第一に、相続税は代償金を払った人は取得した財産から代償金を差し引き、受け取った人は代償金を加えて計算します。第二に、代償金を不動産の「時価」で決めた場合は、相続税評価額との差を調整する計算方法が認められています。第三に、代償金の代わりに自分の不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得の課税が生じます。

    この記事では、代償金の決め方から、相続税・所得税の扱い、資金の準備と書類の作り方まで、代償分割を選ぶときに確認したい点を整理します。

    代償分割とは:他の分け方との違い

    遺産の分け方には、主に次の3つがあります。

    分け方内容向いている場面注意点
    現物分割財産をそのまま分ける財産の種類や数が多い価値の差が埋まりにくい
    換価分割売却して代金を分ける誰も使う予定のない不動産売却の手間・譲渡所得税・売り時の問題
    代償分割一人が取得し、他の人に代償金を払う住み続けたい・事業で使う不動産代償金の資金と金額の合意

    代償分割は、不動産を手放さずに相続人間の公平を図れる点が大きな利点です。その反面、代償金を払う人に資金がなければ成立しないこと、代償金の額をどう決めるかで意見が分かれやすいことが課題になります。

    国税庁は、代償分割を「共同相続人などのうちの1人または数人に相続財産を現物で取得させ、その現物を取得した人が他の共同相続人などに対して債務を負担するもの」と説明しています(タックスアンサーNo.4173、相続税法基本通達11の2-9(注))。代償金を払う人は、遺産を現物で取得した相続人であることが前提です。

    代償金の額はどう決めるか

    金額は相続人の合意で決められる

    代償金の額に、法律で決められた基準はありません。遺産分割は相続人全員の合意で行うものなので、法定相続分どおりでなくても、全員が納得すればその金額で成立します。

    ただし、合意の出発点として「その不動産をいくらとみるか」は避けて通れません。ここで問題になるのが、時価(実際に売買される価格)と相続税評価額の違いです。土地の相続税評価額は路線価などで計算され、一般に時価より低くなることが多いとされます。

    • 相続税評価額を基準にすると、代償金は低くなり、受け取る側が不満を持ちやすい
    • 時価を基準にすると、代償金は高くなり、払う側の資金負担が重くなる

    実務では、不動産会社の査定や不動産鑑定などで時価の目安を把握し、それを基に話し合うことが多くあります。評価額と時価がずれる理由は、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格はなぜ違うのか」で解説しています。

    時価で決めると、相続税の計算でずれが生じる

    代償金を時価で決めたのに、相続税は評価額で計算すると、払った人と受け取った人の課税価格のバランスが崩れることがあります。この点について、相続税の計算では調整の方法が用意されています(次章)。

    代償分割をしたときの相続税の計算

    基本の計算

    代償分割があった場合の各人の相続税の課税価格は、次のように計算します(相続税法基本通達11の2-9、国税庁No.4173)。

    • 代償金を払った人:取得した財産の価額 - 支払った代償財産の価額
    • 代償金を受け取った人:取得した財産の価額 + 受け取った代償財産の価額

    小規模宅地等の特例などを使う財産は、特例で減額した後の価額を基に計算します(国税庁No.4152)。

    時価を基に代償金を決めた場合の調整

    代償財産の価額は、原則として代償債務の額(相続開始の時における金額)です。ただし、代償分割の対象となった財産が特定され、代償金がその財産の代償分割の時の時価を基に決められている場合は、次の算式で代償財産の価額を計算します(相続税法基本通達11の2-10)。

    代償財産の価額 = 代償金の額 × (その財産の相続開始時の相続税評価額 ÷ その財産の代償分割時の時価)

    また、相続人全員の協議に基づいて、この算式に準じた方法や他の合理的な方法で計算して申告した場合は、その申告した額が認められます。

    AEGISで仮の数字を置いて、調整の有無による違いを比べると次のとおりです。

    前提:遺産は土地のみ(相続税評価額6,000万円、代償分割時の時価8,000万円)。相続人は兄弟2人。兄が土地を取得し、弟に時価の半分の4,000万円を代償金として支払う。

    項目調整しない場合調整する場合
    代償財産の価額4,000万円4,000万円 × 6,000万円 ÷ 8,000万円 = 3,000万円
    兄(払った人)の課税価格6,000万円 - 4,000万円 = 2,000万円6,000万円 - 3,000万円 = 3,000万円
    弟(受け取った人)の課税価格4,000万円3,000万円
    課税価格の合計6,000万円6,000万円

    ※説明のための仮定の数字です。小規模宅地等の特例などは考慮していません。

    課税価格の合計は変わらないため、相続税の総額は同じです。変わるのは各人の負担の割り振りです。時価で半分ずつ分けたのであれば、相続税も半分ずつ負担する形に近づけるのが自然でしょう。調整しないと、代償金を受け取った弟の負担が重くなります。

    配偶者が代償金を払う場合

    配偶者が不動産を取得して他の相続人に代償金を払う場合、配偶者の税額軽減の計算でも、配偶者が負担する代償債務は配偶者の課税価格相当額の計算の基礎から差し引くことが示されています(相続税法基本通達19の2-6)。配偶者の取得分が減るため、軽減額にも影響します。二次相続を含めた配偶者の取得の考え方とあわせて検討します。

    代償金を不動産など現物で支払う場合

    代償金を現金ではなく、払う人がもともと持っていた不動産や株式で渡すこともあります。この場合は所得税に注意が必要です。

    • 渡した人:代償債務の履行として資産を移転したことになり、その時の価額で資産を譲渡したものとして譲渡所得が課税されます(所得税基本通達33-1の5、国税庁No.4173)。
    • 受け取った人:その時の価額でその資産を取得したことになります(所得税基本通達38-7(2))。

    渡す資産に含み益があれば、代償分割のために所得税・住民税が生じます。現金の代わりに不動産を渡すことは、資金がなくても成立させやすい反面、思わぬ税負担につながる点に注意が必要です。

    なお、相続した遺産そのもの(たとえば相続した土地の一部)を他の相続人に渡すのであれば、それは現物分割にあたります。どの財産を、どの立場で渡すのかを分割協議書で明確にしておくことが大切です。

    取得した不動産を後で売るときの注意

    代償金を払って不動産を取得した人が、その不動産を後で売る場合、次の点を押さえておきます。

    • 払った代償金は、その不動産の取得費に含まれません(所得税基本通達38-7(1))。相続で取得した資産は被相続人が引き続き所有していたものとみなされ、取得費も引き継ぐのが原則(所得税法60条1項)のため、代償金を多く払っていても、譲渡所得の計算では差し引けません。
    • 相続税の申告期限から3年以内に売る場合の相続税額の取得費加算の特例は、代償金を払った人については、払った代償金を考慮した算式で加算額を計算します(租税特別措置法通達39-7)。

    「いずれ売るかもしれない」不動産を代償分割で取得する場合は、売却時の手取りまで試算しておくと判断を誤りにくくなります。

    代償金の資金と書類の準備

    資金をどう用意するか

    代償金を払う人に十分な資金がない場合、次のような方法が検討されます。

    • 自己資金で支払う
    • 金融機関からの借入れで支払う(取得した不動産を担保にする場合を含む)
    • 分割払いとし、支払期限や回数を決める
    • 生命保険金を充てる(被相続人が保険料を負担し、代償金を払う人を受取人とする契約)

    生命保険金は、受取人固有の財産として受け取るものなので、代償金の原資として使いやすい資金です。生前の保険契約の設計については、関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で扱っています。また、相続税そのものの納税資金の準備は関連記事「相続税の納税資金をどう準備するか」で比較しています。

    一方、代償金を払う人以外の家族が資金を出して代わりに払う場合などは、その資金の移動が贈与と判断されないかの確認が必要です。

    遺産分割協議書に書くこと

    代償分割は、遺産分割協議書の書き方で税務上の扱いが左右されることがあります。少なくとも次の点を明確にします。

    • 誰がどの財産を現物で取得するか
    • その取得の代償として、誰に、いくらを支払うか(代償分割である旨)
    • 支払の期限と方法(分割払いの場合は回数・各回の金額)
    • 時価を基に代償金を決めた場合は、その前提となった価額

    遺産分割とは別の合意として後から金銭のやりとりをすると、代償金ではなく相続人間の贈与とみられるおそれがあります。分割の内容は、協議書の中で一体として定めておくのが基本です。

    AEGISの視点

    代償分割は、「不動産を守る人」と「お金で受け取る人」の間で、家族が折り合いをつけるための方法です。金額の合意だけに目が向きがちですが、AEGISは代償分割を資金・税金・将来の不動産の扱いを一体で決める設計だと考えています。

    代償金を払う人には、借入れの返済や、取得した不動産の維持費が続きます。受け取る人にとっては、相続税の負担が代償金の額に見合っているかが関心事になります。さらに、取得した不動産を将来売るのか、次の世代に引き継ぐのかによって、代償金の決め方の納得感も変わります。

    だからこそ、代償分割を選ぶときは、時価の把握、相続税の調整計算、資金計画、売却時の取得費までを一度に並べて検討することをおすすめします。共有のまま相続して後から解消する方法との比較は、関連記事「共有名義の不動産を解消する方法」で整理しています。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    相続対策を会社と個人の財産を通じてどう設計するかの全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 代償分割は、一人が遺産を現物で取得し、他の相続人に代償金などを支払う遺産分割の方法です。
    • 代償金の額は相続人の合意で決められますが、時価と相続税評価額のどちらを基準にするかで金額が大きく変わります。
    • 相続税は、払った人は代償金を差し引き、受け取った人は加えて計算します。時価を基に決めた場合は、評価額との比率で代償財産の価額を調整する方法があります。
    • 代償金の代わりに自分の不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得が課税されます。払った代償金は、取得した不動産の取得費には含まれません。
    • 資金の準備と遺産分割協議書の書き方まで含めて検討することが大切です。具体的な取扱いは個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 代償金は法定相続分どおりに払わなければいけませんか?

    その必要はありません。遺産分割は相続人全員の合意で決めるものなので、法定相続分と異なる金額でも、全員が納得すればその内容で分割できます。

    Q. 代償金を時価で決めました。相続税の申告では何に気をつければよいですか?

    時価を基に代償金を決めた場合は、代償金の額に「相続税評価額÷時価」の割合を掛けて代償財産の価額を計算する方法があります(相続税法基本通達11の2-10)。調整しないと、代償金を受け取った人の課税価格が相対的に大きくなるため、相続人全員で計算方法を確認しておくことが大切です。

    Q. 代償金を払うお金がありません。借入れで払っても問題ありませんか?

    借入れで代償金を支払うことを妨げる規定は見当たりません。ただし、返済計画と取得した不動産の収益・維持費を踏まえて無理がないかを確認する必要があります。他の家族が資金を出す場合は、贈与と判断されないかにも注意します。

    Q. 代償金の代わりに自分名義の土地を渡すと、税金はかかりますか?

    渡した人には、その時の価額で土地を譲渡したものとして譲渡所得が課税されます。受け取った人は、その時の価額で土地を取得したことになります。含み益の大きい資産を渡すときは、事前に税負担を試算しておくことが大切です。

    Q. 代償金を払って取得した土地を売るとき、代償金は経費になりますか?

    払った代償金は、譲渡所得の計算上、その土地の取得費には含まれません。相続税額の取得費加算の特例を使う場合も、代償金を考慮した算式で加算額を計算します。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、P.289-293
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.75、P.92-93
  • 親の遺産分割が終わらないうちに次の相続が起きたら|分割の当事者、二つの申告、特例と相次相続控除の考え方

    親の遺産分割が終わらないうちに次の相続が起きたら|分割の当事者、二つの申告、特例と相次相続控除の考え方

    一次相続(たとえば父の相続)の遺産分割がまとまらないうちに、相続人の一人(たとえば母)が亡くなる二次相続が起きた場合、一次相続の遺産分割は、亡くなった母の相続人が母の立場を引き継いで行います。 相続税の申告も二つ必要になり、それぞれに期限があります。

    税金の面では、次の点が判断の軸になります。

    • 一次相続の申告期限前に母が亡くなった場合、母の申告義務は母の相続人が引き継ぎ、その期限は母の相続の開始を知った日の翌日から10か月以内になります。
    • 二次相続の財産には、母が一次相続で持っていた未分割の遺産の持分も含めて考える必要があります。
    • 母の相続人を交えて一次相続の分割を行い、母の取得分を確定させれば、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減を一次相続で使える取扱いがあります。
    • 二次相続では、一次相続で母に課された相続税を基に相次相続控除を使える場合があります。

    この記事では、相続が連続したときの手続の順番と、二つの申告で確認したい論点を整理します。

    まず状況を整理する

    相続が連続したときは、二つの相続の時間関係を最初に確認します。とくに、二次相続が一次相続の申告期限の前か後かで、進め方が変わります。

    状況一次相続の申告二次相続の申告
    A:一次相続の申告期限前に、母が申告しないまま亡くなった母の分は、母の相続人が引き継いで申告する。期限は母の相続の開始を知った日の翌日から10か月以内(相続税法27条2項)母の相続について、通常どおり10か月以内に申告
    B:一次相続を未分割のまま申告した後に、母が亡くなった申告済み。分割が決まった後に、修正申告や更正の請求を検討する母の相続について、通常どおり10か月以内に申告

    いずれの場合も、二次相続の申告には一次相続の遺産をどう扱うかが関わります。

    一次相続の遺産分割は誰が行うのか

    相続人が複数いる場合、遺産は分割されるまで相続人の共有に属し、各相続人は法定相続分などに応じた持分を持ちます(民法898条)。そして、相続人は被相続人の一切の権利義務を承継します(民法896条)。

    この結果、母が一次相続の遺産について持っていた相続人としての地位(遺産分割に加わる立場)は、二次相続によって母の相続人に引き継がれます。一次相続の遺産分割協議は、

    • 一次相続の相続人のうち存命の人
    • 亡くなった母の相続人(母の立場を引き継いだ人)

    の全員で行うことになります。たとえば父の相続人が母・長男・長女で、母が亡くなった場合、母の相続人である長男・長女が母の立場も兼ねて、父の遺産を分けることになります。母に別の相続人(たとえば母の前婚の子)がいれば、その人も当事者になります。

    協議では、父の遺産のうち「母が取得する財産」を決めることもできます。そうして母の取得分として確定させた財産は、母の遺産として、母の相続人の間で改めて分けることになります。

    一次相続の申告:未分割のときの取扱い

    一次相続の申告期限までに遺産分割がまとまらない場合、未分割の財産は、各相続人が法定相続分などに従って取得したものとして課税価格を計算して申告します(相続税法55条)。

    その後に分割が行われ、取得した財産が法定相続分による計算と異なることになった場合は、修正申告(税額が増える人)や、分割があったことを知った日の翌日から4か月以内の更正の請求(税額が減る人)を行います(相続税法32条1項1号・55条ただし書)。

    未分割のときには小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減を使えませんが、申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておけば、3年以内に分割された場合に適用を受けることができます(租税特別措置法69条の4第4項、相続税法19条の2第2項)。未分割申告の流れそのものは、関連記事「遺産分割が後から決まったときの相続税の手続」で詳しく解説しています。

    母の取得分を確定させれば、特例を使える取扱い

    相続が連続したとき、一次相続で「母が取得した」ことを前提とする特例をどう扱うかが問題になります。母は分割前に亡くなっているため、形式的には母が分割で財産を取得することはできないからです。

    この点について、国税庁の通達では次の取扱いが示されています。

    • 小規模宅地等の特例:一次相続の特例対象宅地等が分割される前に共同相続人の一人が亡くなった場合でも、亡くなった人の共同相続人と、一次相続のそれ以外の共同相続人によって分割され、亡くなった人が取得した特例対象宅地等として確定させたものがあれば、その人が分割で取得したものとして扱うことができます(措置法通達69の4-25)。
    • 配偶者の税額軽減:一次相続の財産が分割される前に配偶者が亡くなった場合でも、同様に配偶者の取得した財産として確定させたものがあれば、配偶者が分割で取得したものとして扱うことができます(相続税法基本通達19の2-5)。

    家庭裁判所の調停・審判で分割された場合に、亡くなった人の具体的相続分が金額や割合で示されているだけのときも、その人の共同相続人全員の合意で、対応する財産を特定させれば、同様の扱いができることが示されています。

    ただし、どちらの特例も分割期限の要件は変わりません。一次相続の申告期限から3年以内(やむを得ない事情があり承認を受けた場合はその後の一定期間)に分割することが前提です。二次相続が起きたことで話合いが長引くと、この期限を過ぎてしまうおそれがあります。

    二次相続の申告:一次相続の未分割の遺産をどう含めるか

    二次相続の申告時点で一次相続の分割がまだ終わっていない場合、母は一次相続の遺産について法定相続分などに応じた共有持分を持ったまま亡くなったことになります(民法898条2項)。この持分は、母の遺産として二次相続の課税の対象に含めて考えます。

    評価の時点は、二次相続で取得した時、つまり母の相続開始時です(相続税法22条)。一次相続の時の評価額ではない点に注意が必要です。

    その後、一次相続の分割がまとまり、母の取得分が法定相続分による持分と異なることになれば、二次相続の申告内容にも影響します。母の取得分が増えれば二次相続の税額が増える方向に、減れば減る方向に動きます。このときに、修正申告や更正の請求のどの手続を、いつまでに使えるかは、事実関係によって判断が分かれるため、分割の前に確認しておくことが大切です。

    相次相続控除:短い期間に続いた相続の負担を調整する

    相次相続控除は、二次相続の被相続人(母)が、二次相続の開始前10年以内に開始した一次相続で財産を取得し、相続税を課されていた場合に、母から相続で財産を取得した相続人の相続税額から一定額を控除する制度です(相続税法20条、国税庁No.4168)。控除額は、母が一次相続で課された相続税額を基に、1年につき10%ずつ逓減する計算で求めます。

    一次相続から二次相続までの期間が短いほど、控除額は大きくなります。また、適用対象は相続人に限られ、相続を放棄した人は、遺贈で財産を取得しても適用を受けられません。

    一次相続が未分割のまま法定相続分で申告・納税していた場合でも、母は法定相続分に応じて財産を取得したものとして相続税を課されていることから、相次相続控除の計算の基礎になり得ます。控除の計算は、一次相続の申告内容が修正されると連動して変わるため、二つの申告の数字を一緒に管理します。

    進め方の順番

    AEGISでは、相続が連続したときは次の順で進めることをおすすめしています。

    順番やることポイント
    1二つの相続の期限を一覧にする一次の申告期限(承継した場合は延びた期限)、3年以内の分割期限、二次の申告期限
    2一次相続の当事者を確定する母の相続人(母の前婚の子なども含む)を戸籍で確認
    3一次相続の分割方針を決める母の取得分を確定させるか(特例・軽減との関係)、二次相続の税額への影響を試算
    4一次相続の分割を成立させる母の取得分として確定させる財産を協議書に明記
    5一次相続の修正申告・更正の請求分割を知った日の翌日から4か月以内の手続を確認
    6二次相続の申告と見直し一次の分割結果と相次相続控除を反映

    ポイントは、一次相続の分け方を、二次相続の税額まで含めて決めることです。母の取得分を多くすれば一次相続では配偶者の税額軽減を使えますが、その財産は二次相続で再び課税されます。二次相続まで見通した分け方の考え方は、関連記事「二次相続まで見通した遺産の分け方」で整理しています。

    また、遺産に非上場株式が含まれる場合は、分割されるまでの議決権の行使方法も問題になります。関連記事「株式が相続人の共有になったときの議決権行使」もあわせて確認してください。

    AEGISの視点

    相続が連続すると、家族は短い期間に二度の喪失と、二つの手続を同時に抱えることになります。一次相続の話合いが進まなかった背景には、すでに家族間の意見の違いがあることも多く、そこに二次相続が重なると、当事者が増え、利害もさらに複雑になります。

    AEGISは、この状況を二つの相続を一つの設計図として扱う場面だと考えています。一次相続の分け方は、二次相続の財産と税額を決め、特例を使える期限にも関わります。どちらか一方の申告だけを見て進めると、全体として不利な結果になったり、期限を逃したりするおそれがあります。

    まずは二つの相続の期限と当事者を一覧にし、一次相続の分け方の選択肢ごとに二つの相続税の合計を比べるところから始めることをおすすめします。申告後であっても、分割の確定に合わせて二つの申告を点検し直すことで、見落としに気づくことがあります。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    相続対策の全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で整理しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 一次相続の遺産分割前に相続人が亡くなると、その人の相続人が立場を引き継いで一次相続の分割協議に加わります。
    • 一次相続の申告期限前に亡くなった場合、その人の申告義務は相続人が引き継ぎ、期限は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内になります。
    • 亡くなった人の取得分として確定させれば、一次相続で小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減を使える取扱いがあります。ただし3年以内の分割などの期限要件は変わりません。
    • 二次相続には、一次相続の未分割の遺産の持分を、二次相続開始時の価額で含めて考えます。
    • 相次相続控除は、一次相続から10年以内であれば、期間に応じて使える場合があります。具体的な手続と税額は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 父の遺産分割の途中で母が亡くなりました。父の遺産は誰が分けるのですか?

    父の相続人のうち存命の人と、母の相続人(母の立場を引き継いだ人)の全員で分割協議を行います。母に前婚の子など他の相続人がいれば、その人も当事者になります。

    Q. 父の相続税の申告期限前に母が亡くなりました。母の分の申告期限はどうなりますか?

    母が父の相続の申告書を提出しないまま亡くなった場合、その申告は母の相続人が引き継ぎ、期限は母の相続の開始を知った日の翌日から10か月以内となります(相続税法27条2項)。

    Q. 母が亡くなった後でも、父の相続で配偶者の税額軽減を使えますか?

    母の相続人と父の他の相続人が分割を行い、母が取得した財産として確定させたものがあれば、母が分割で取得したものとして扱うことができます(相続税法基本通達19の2-5)。分割期限の要件は満たす必要があります。

    Q. 父の遺産が未分割のまま、母の相続税の申告期限が来そうです。どう申告しますか?

    母は父の遺産について法定相続分などに応じた共有持分を持っていたことになるため、その持分を母の遺産に含め、母の相続開始時の価額で評価して申告することが考えられます。分割後に取得分が変わった場合の手続は、事前に確認しておくことが大切です。

    Q. 父と母の相続が数年おきに続きました。税負担を調整する仕組みはありますか?

    相次相続控除があります。母が父の相続で相続税を課されていた場合、二次相続が10年以内であれば、母の相続人の相続税額から一定額を控除できます。期間が短いほど控除額は大きくなります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.151-154
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.92-93、P.114
  • 会社売却後の資産をどう守り、どう使うか|手取りの確定・資金の仕分け・器・相続・社会貢献を順番に設計する

    会社売却後の資産をどう守り、どう使うか|手取りの確定・資金の仕分け・器・相続・社会貢献を順番に設計する

    会社を売却した直後のオーナーは、人生で最も大きな資金を手にする一方で、「何から決めればよいか分からない」状態に置かれがちです。

    結論から言えば、売却直後に運用先を決めるのではなく、①確定した手取りを把握し、②資金を用途と時間軸で仕分け、③個人と法人のどちらで持つかを決め、④相続と贈与の計画を引き直し、⑤社会への還元を考えるという順番で設計することが、資産を守り、生かすための近道です。

    会社の株式という「事業と一体の財産」が、現預金という「自由に動かせる財産」に変わることで、税金、家族、運用、相続のすべての前提が変わります。この記事では、売却後に初めて生じる論点を、オーナーの意思決定の順に整理します。売却前の準備や取引の方法については、別の記事で扱っています。

    会社売却で、財産の「性質」はどう変わるのか

    売却後の設計を考える前に、財産の性質がどう変わったかを確認しておくと、なぜ計画の引き直しが必要なのかが分かります。

    観点売却前(自社株式が中心)売却後(現預金が中心)
    換金のしやすさ換金が難しく、売却には相手が必要いつでも使え、移すことも容易
    相続税の評価評価方法により時価と異なる評価額になることがある原則として額面どおりの金額で評価される
    家族への分けやすさ経営権と結び付き、分けにくい金額で分けやすい
    毎年の収入役員報酬や配当として会社から受け取る会社からの収入がなくなり、運用や取り崩しが中心になる
    目減りの要因事業の業績物価上昇、運用の失敗、浪費、勧誘によるトラブル

    とくに見落とされやすいのが、毎年の収入の構造が変わることと、相続税の評価の前提が変わることです。売却前に組み立てていた生活設計や相続対策は、売却を境にいったん白紙に戻して考える必要があります。

    第1段階:確定した手取りを把握する

    最初に行うべきは、売却代金のうち「自由に使える金額」を確定させることです。契約書に書かれた譲渡価格と、実際に手元に残る金額は一致しません。

    税金と、その支払時期

    個人が非上場株式を譲渡して得た利益は、他の所得と分けて課税される申告分離課税の対象で、税率は所得税15%・住民税5%の合計20%です。平成25年から令和29年までの各年分は、さらに基準所得税額の2.1%の復興特別所得税がかかります(国税庁 タックスアンサーNo.1463)(令和9年分以後は、復興特別所得税が基準所得税額の1.1%に引き下げられ、新たに防衛特別所得税〔同1%〕が併せて課されます。合計の負担率は変わりません〔国税庁 タックスアンサーNo.1522・No.1000〕)。

    注意したいのは、これらの税金を実際に納めるのは売却の翌年になることです。売却代金を受け取ってから納税までの間に、資金を別の用途に回してしまうと、納税資金が不足するおそれがあります。役員退職金を受け取った場合は、その課税関係も合わせて確認します。

    受取りが確定していない部分

    売却契約によっては、代金の一部が一定期間預けられたり、業績に応じて後から支払われたり、売却後に判明した問題について売主が補償を求められたりすることがあります。売却後に価格が事後的に調整される例もあり、これらは「確定した手取り」から除いて考えるのが安全です。

    申告・届出の確認

    売却した年は所得が大きくなるため、一定の基準を超える財産を持つ人は、「財産債務調書」の提出が必要になる場合があります。国税庁の説明では、退職所得を除く各種所得の合計額が2,000万円を超え、かつ、その年の12月31日において財産の価額の合計額が3億円以上、または国外転出特例の対象となる有価証券等の価額の合計額が1億円以上である人などが対象とされ、提出期限は翌年の6月30日です(国税庁 タックスアンサーNo.7457)。売却の翌年の確定申告と合わせて確認しておきたい手続きです。

    第2段階:資金を「用途」と「時間軸」で仕分ける

    手取りが見えたら、次は資金を一つの塊として扱わず、用途と使う時期によって仕分けます。AEGISでは、次の5つに分けて考えることをおすすめしています。

    区分使う時期の目安置き方の考え方確認したいこと
    1. 納税・確定待ち資金翌年まで元本が減らない形で、他と分けて保管税額、補償・価格調整の可能性
    2. 生活資金今後数年〜生涯必要な時期に必要な額を引き出せる形役員報酬がなくなった後の年間支出
    3. 次の事業・挑戦の資金時期は未定すぐに動かせる余地を残す新事業、出資、再雇用などの方針
    4. 長期の運用資金10年以上分散を基本に、目的と許容できる変動幅を決める運用の目的、判断する人、見直しの頻度
    5. 次世代・社会への資金生前〜相続時贈与・寄附・相続のどれで渡すかを決めてから動かす家族の状況、社会貢献の意向

    この仕分けの目的は、運用で失ってはいけないお金と、時間をかけて増やすお金を最初に分けておくことです。とくに1と2の区分を先に確保しておけば、4の運用で一時的に価値が下がっても、生活や納税に影響しません。

    不動産への投資を考える場合も、物件を選ぶ前に、投資の規模、保有の形、借入れの有無、将来の売却や承継までを先に設計しておくことが大切です。売却資金が手元にあると、勧められた物件をそのまま購入しやすくなるため、注意が必要です。

    第3段階:資金を「どの器」で持つかを決める

    売却代金は、株主であったオーナー個人が受け取ります。その資金を個人のまま持つか、資産管理会社などの法人に移して持つかは、重要な分かれ道です。

    個人で持つ場合

    運用益は個人の所得として課税され、財産は相続の対象としてそのまま残ります。仕組みが分かりやすく、維持の費用もかかりません。一方で、相続が起きたときには、預金や有価証券、不動産がそのまま遺産分割の対象となり、家族が分け方を協議することになります。

    資産管理会社で持つ場合

    個人の資金を法人に移す方法としては、出資(株式の取得)や、会社への貸付けが考えられます。法人で運用や不動産賃貸を行えば、その所得は法人の所得として課税され、家族に資金を渡すときは、役員報酬や配当などの形をとることになります。財産は「会社の株式」として承継されるため、承継の方法を設計しやすくなる面があります。

    ただし、資産管理会社は節税のための箱ではなく、家族の資産を継続的に管理する仕組みとして考えることが大切です。法人を維持する費用や事務、家族を役員にする場合の実態、株式を誰が持つかといった論点が生じるため、個人で持つ場合と並べて比較したうえで判断します。資産管理会社を検討するときの比較の軸は、関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で解説しています。

    資産の規模が大きく、家族の人数も多い場合は、資産管理会社という「器」とは別に、家族の考え方を共有する場や、運用の方針を決めて見直す仕組み(いわゆるファミリーオフィスの機能)を持つことも選択肢になります。器と仕組みは別物であり、器だけを作っても、家族の合意がなければ資産は守れません。

    第4段階:相続と贈与の計画を引き直す

    会社を売却すると、相続の前提が大きく変わります。

    • 相続税の評価が変わる:自社株式は評価方法により時価と異なる評価額になることがありますが、現預金は原則として額面で評価されます。売却前に試算した相続税額は、そのままでは使えません。
    • 納税資金と分け方の課題が変わる:換金しにくい自社株式が現預金に変わることで、納税資金の不安は小さくなる一方、相続財産の総額や家族間の分け方を改めて検討する必要があります。
    • 遺言の内容を見直す:売却前の遺言で「自社株式を後継者に」と定めていた場合、その財産はもう存在しません。遺言は、売却後の財産構成に合わせて書き直すことが望まれます。

    生前に家族へ資金を渡す方法としては、暦年課税による贈与と相続時精算課税による贈与があります。暦年課税の贈与については、相続開始前7年以内の贈与が相続財産に加算される仕組みが設けられ、経過措置も定められています(加算期間は令和9年1月1日以後の相続から段階的に延び、7年となるのは令和13年1月1日以後の相続から。国税庁 タックスアンサーNo.4161)。相続時精算課税には、年110万円の基礎控除が設けられています(国税庁 タックスアンサーNo.4103)。どちらを使うかは、渡したい金額や時期、受け取る家族の状況によって変わります。詳しくは関連記事「生前贈与と相続をどう使い分けるか」で整理しています。

    相続税の申告と納税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります(国税庁 タックスアンサーNo.4205)。売却によって財産が分かりやすい形になった今こそ、財産の一覧と、誰に何を渡すかの方針を家族と共有しておく好機です。

    第5段階:社会への還元を考える

    事業を通じて地域や社会に支えられてきたオーナーの中には、売却で得た資金の一部を社会に還元したいと考える方も少なくありません。寄附、基金への拠出、公益信託、財団の設立など方法はさまざまですが、どの方法を選ぶにしても、確定した手取りと、家族のための資金を確保した後の範囲で考えることが基本です。自ら財団を設立せず、既存の財団の中に名前や想いを冠した基金を設ける方法もあり、AEGISではそのための器としてアイジスレガシー財団を設立しています。方法ごとの違いは、関連記事「会社売却で得た資金を社会貢献に生かす方法」で比較しています。

    実務上注意したいポイント

    • 判断を急がない:売却直後は、金融商品や投資案件の提案が集中しがちです。納税資金と生活資金を分けて確保したら、残りの資金については、方針が固まるまで判断を保留する期間を設けることも有効です。
    • 「元本保証」「高利回り」の勧誘に注意する:未公開株や海外の投資案件など、仕組みが分からないものには手を出さないことが原則です。
    • 家族への共有の範囲を決める:売却代金の額をどこまで家族に伝えるかは、家族関係にも影響します。共有する内容と時期を意識的に決めておきます。
    • 記録を残す:売却契約書、精算の明細、税金の計算資料は、補償の請求や税務の確認に備えて保管しておきます。
    • 具体的な取扱いは個別事情で異なる:税額や手続きは、売却の方法、受け取った対価の内容、家族構成によって変わります。

    AEGISの視点

    会社売却は、オーナーにとって「事業の承継」の終わりであると同時に、「資産の承継」の始まりです。多くの場合、売却までは事業と取引条件に全力が注がれ、売却後の資金の行き先は、売却が終わってから考えることになります。

    AEGISは、売却後の設計を「事業オーナーから資産オーナーへの役割の転換」と捉えています。事業を経営してきたときは、会社の業績を見れば家族の資産の状態がおおむね分かりました。売却後は、運用、不動産、資産管理会社、相続、社会貢献といった複数の要素を、自分で組み立てて管理していく立場に変わります。そのためAEGISでは、運用の商品を選ぶ前に、資金の仕分け、持つ器、家族への渡し方、社会への還元を一枚の設計図に並べることを大切にしています。

    そして、この設計図は売却前から描き始めることができます。売却の条件と、売却後の資金の使い道を同時に考えておけば、受け取り方や時期の選択肢も広がります。売却に向けた準備の全体像は、M&AのPillar記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    資産の構造や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 会社売却によって、財産は換金しにくい自社株式から、自由に動かせる現預金へと性質が変わり、税金・相続・生活設計の前提が変わります。
    • 最初に、税金と受取りが確定していない部分を除いた「確定した手取り」を把握します。株式の譲渡益にかかる税金を納めるのは売却の翌年です。
    • 資金は、納税・生活・次の挑戦・長期運用・次世代と社会の5つの用途と時間軸で仕分けると、守るべき資金と増やす資金を区別できます。
    • 個人で持つか資産管理会社で持つかは、税率だけでなく、管理の仕組みと承継の方法を含めて比較します。
    • 相続税の試算、遺言、贈与の計画は、売却後の財産構成に合わせて引き直します。

    よくある質問

    Q. 売却代金を受け取ったら、すぐに運用を始めるべきですか?

    急ぐ必要はありません。まず、翌年に納める税金や、価格調整・補償の可能性がある資金、当面の生活資金を分けて確保することが先です。そのうえで、運用の目的や許容できる価値の変動幅を決めてから、長期の資金の運用を考える順番が、結果として資産を守ることにつながります。

    Q. 売却した翌年に、何か手続きが必要になりますか?

    株式の譲渡益について確定申告を行い、所得税等と住民税を納めることになります。また、所得や財産が一定の基準を超える場合には、財産債務調書の提出が必要になることがあります。売却の年の年末時点の財産の状況を、早めに整理しておくとよいでしょう。

    Q. 売却代金を資産管理会社に移せば、税金は軽くなりますか?

    一概には言えません。法人で運用すれば所得は法人の所得として課税されますが、家族に資金を渡す段階での課税や、法人の維持費用も生じます。税負担の比較だけで判断するのではなく、管理の仕組みや株式の承継まで含めて比較することが大切です。

    Q. 売却前に作った遺言は、そのままでよいですか?

    見直しをおすすめします。自社株式を誰に相続させるかを定めた遺言は、売却によって前提が変わります。現預金や新たに取得した資産を含めた財産構成に合わせて、家族への配分の考え方を改めて整理し、遺言に反映させることが望まれます。

    Q. 売却で得た資金の一部を寄附したい場合、いつ考えればよいですか?

    納税資金と家族のための資金の見通しが立った後に、方法と時期を検討するのが基本です。売却の年に寄附するか、時間をかけて段階的に寄附するかによって、税制上の扱いや社会への関わり方も変わるため、方法の比較とあわせて検討します。

    関連するAEGISのソリューション

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    • M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。
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    • 不動産戦略と資産形成:物件選びの前に、投資規模・保有形態・融資・税務・出口を設計します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部・辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社・岩崎隼人 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第2章(印刷 p.81-96)
    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第18章(印刷 p.304-320)
  • 相続対策と事業承継を一体で考える|会社の株式と個人の財産を別々に設計しないための全体像

    相続対策と事業承継を一体で考える|会社の株式と個人の財産を別々に設計しないための全体像

    事業オーナーの方から、「事業承継は会社の顧問税理士と、相続対策は銀行や不動産会社と、それぞれ相談している」というお話を伺うことがあります。窓口が分かれること自体は自然なことです。しかし、会社の株式とオーナー個人の財産を別々に設計すると、あとで両者がぶつかることがあります。

    結論から言えば、事業オーナーにとって相続対策と事業承継は、同じ一つの財産を別の角度から見ているにすぎません。自社株式は「会社の支配権」であると同時に「相続財産」でもあり、会社が使う土地は「事業の基盤」であると同時に「個人の財産」でもあるからです。

    この記事では、なぜ一体で考える必要があるのか、どのような順番で全体を設計すればよいのかを、相続・資産承継カテゴリの入口として整理します。

    相続対策と事業承継は、なぜ切り離せないのか

    事業承継は「経営と株式を後継者に引き継ぐこと」、相続対策は「個人の財産を家族に円滑に引き継ぐこと」と説明されることが一般的です。ところが事業オーナーの場合、次のような理由から両者は重なり合います。

    • 財産の多くが自社株式である:業績のよい会社ほど株式の評価額は高くなりますが、非上場株式は簡単に売却できません。評価は高いのに換金できない財産が、相続財産の中心にあることになります。
    • 会社が使う資産を個人が持っている:本社や工場の土地・建物をオーナー個人が所有し、会社に貸しているケースは少なくありません。
    • 会社と個人の間に貸し借りがある:オーナーから会社への貸付金は、相続が起きればオーナーの相続財産になります。会社の借入れに対する経営者保証も、承継時の論点です。
    • 後継者以外の家族がいる:株式を後継者に集めれば、他の家族には別の財産を渡す必要が出てきます。

    つまり、「株式を誰に渡すか」という事業承継の判断は、そのまま「他の財産を誰にどう分けるか」「相続税をどう納めるか」という相続の判断に波及します。片方だけを先に固めると、もう片方の選択肢が狭まってしまうのです。

    相続で解決すべき4つの課題

    AEGISでは、事業オーナーの相続・資産承継を、次の4つの課題に分けて整理しています。

    課題中心となる問い事業オーナーに特有の論点
    分ける誰に、何を渡すか自社株式を後継者に集中させたときの、他の家族とのバランス
    納める相続税をどう支払うか換金しにくい自社株式・不動産が中心で、現預金が少ない
    続ける事業と資産の管理をどう続けるか後継者が経営に必要な議決権を確保できるか
    減らす税負担をどう適正に抑えるか株式の評価や移転の時期・方法の選択

    多くの相続対策は「減らす」から語られます。しかし、税負担を抑えるために株式を家族に広く分散させれば「続ける」が損なわれ、評価額を下げることだけに注力すれば「納める」「分ける」の準備が後回しになります。AEGISでは、「分ける」「納める」「続ける」の見通しを立てたうえで、その範囲内で「減らす」を考える順番をおすすめしています。

    まず押さえたい相続税の基本ルール

    全体を設計するうえで、最低限知っておきたい相続税のルールを確認します(いずれも国税庁タックスアンサー、令和8年4月1日現在法令等)。

    • 基礎控除:相続税の計算では、遺産の総額から「3,000万円+600万円×法定相続人の数」を差し引きます。これを超える部分に相続税がかかります。
    • 計算の流れ:基礎控除後の金額をいったん法定相続分で分けたものとして税額を計算し、その合計(相続税の総額)を、実際に財産を取得した割合に応じて各人に割り振ります。
    • 申告と納税の期限:相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。
    • 延納:金銭で一度に納めることが難しい場合、税額が10万円を超えることや担保の提供などの要件を満たせば、分割での納付(延納)を申請できます。ただし延納期間中は利子税がかかります。

    ここで重要なのは、相続税の計算方法そのものよりも、10か月という期限の中で、遺産の分け方を決め、納税資金を用意しなければならないという時間的な制約です。自社株式や不動産が財産の中心であるほど、この制約は重くなります。相続税の概算に必要な情報については、関連記事(相続税の概算に必要な情報)で整理しています。

    財産の種類ごとに見える論点

    事業オーナーの財産を種類ごとに見ると、それぞれが「事業」と「相続」の両面を持っていることが分かります。

    財産の種類事業承継の視点相続の視点
    自社株式後継者の議決権・経営の安定評価額が高くなりやすく、換金しにくい
    会社が使う不動産(個人所有)事業の継続に不可欠後継者以外が相続すると、会社との賃貸関係が不安定になり得る
    賃貸用不動産管理の担い手が必要収益を生むが、分割しにくく共有になりやすい
    金融資産(現預金・上場株式等)直接の関係は薄い納税資金や、後継者以外への配分の原資になる
    会社への貸付金会社の資金繰りに影響額面で相続財産になり、回収の見通しが問題になる
    生命保険—死亡保険金のうち一定額(500万円×法定相続人の数)は非課税。納税資金・分割の調整に使える

    たとえば、相続財産の大部分が自社株式で、現預金が少ないケースを考えてみます。株式を後継者に集めると、他の家族に渡す財産が足りず、後継者は多額の相続税を負担することになります。後継者が納税資金を用意できなければ、結果として会社が株式を買い取る(自己株式の取得)などの形で会社の資金が使われ、事業の財務に影響が及ぶこともあります。

    財産の種類ごとの組み合わせ方は、関連記事(自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継)で詳しく解説しています。

    財産を「いつ」「どの方法で」移すか

    財産を次世代に移す方法は、大きく分けて次のとおりです。

    • 相続(遺言を含む):亡くなったときに移る。遺言で、誰に何を渡すかを指定できます。
    • 生前贈与:生きているうちに無償で移す。贈与税には「暦年課税」と「相続時精算課税」の2つの方式があります。
    • 売買:対価を受け取って移す。後継者や資産管理会社などに買い取ってもらう方法です。
    • 制度の活用:非上場株式について、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税を猶予・免除する「法人版事業承継税制」などがあります。特例措置を使う場合の特例承継計画の提出期限は、令和9年(2027年)9月30日とされています(中小企業庁)。

    どの方法にも長所と制約があり、財産の種類や家族の状況によって適したものは異なります。また、生前贈与のルールは令和5年度の税制改正で大きく変わり、相続前の贈与を相続財産に加える期間が段階的に延びつつあります。贈与と相続の使い分けについては、関連記事(生前贈与と相続をどう使い分けるか)で解説しています。

    一体で設計するための6つのステップ

    AEGISでは、相続対策と事業承継を一つの計画として整理するために、次の順番で進めることをおすすめしています。

    1. 財産と関係の棚卸し:個人の財産、会社の株主構成、会社と個人の貸し借りや保証、関係会社などを一覧にします。財産や会社が多い場合の整理の仕方は、関連記事(複数の会社・資産にまたがる財産の整理)で扱っています。

    2. 現時点の相続税の試算:「今、相続が起きたら」を前提に概算します。精緻さよりも、規模感と納税資金の過不足を把握することが目的です。

    3. 方針の言語化:事業を誰に、どのような形で継ぐか。家族それぞれに何を残したいか。社会や地域に何を還元したいか。
    4. 配分案(分ける)と納税資金の見通し(納める):株式・不動産・金融資産を誰に配分するか、相続税をどの財産で納めるかを、仮の案として組み立てます。
    5. 手段の選択(減らす・続ける):贈与・売買・遺言・制度の活用などを、配分案を実現する手段として位置付けます。
    6. 定期的な見直し:株価、不動産の価値、家族の状況、税制は変わります。試算と配分案は、少なくとも年に一度は見直します。

    ポイントは、ステップ5の「手段」から始めないことです。「この節税策がよいと聞いた」という入口から始めると、方針や配分との整合が確認されないまま実行されてしまうことがあります。

    事業承継そのものの進め方は、関連記事(事業承継は何から始めるべきか)で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    税負担の軽減を目的に株式を分散させない

    相続税を抑える目的で自社株式を多くの家族に少しずつ移すと、その時点の税負担は軽く見えても、次の世代で議決権がまとまらず、後継者の経営判断が難しくなることがあります。株式の移転は、税額だけでなく、承継後の株主構成から逆算して設計することが大切です。

    「贈与したつもり」と「制度の要件」のずれに注意する

    生前贈与は計画的に行えば有効な手段ですが、制度ごとに要件や相続時の扱いが異なります。たとえば、相続時精算課税で贈与を受けた宅地等には、相続時に小規模宅地等の特例を適用できません(国税庁 No.4124)。事業用や居住用の土地を贈与で移すかどうかは、相続時の評価への影響も含めて判断する必要があります。

    相続人が海外に住んでいる場合

    相続人の中に海外在住の方がいると、課税される財産の範囲や手続きが国内だけの相続と異なる場合があります。該当する可能性がある場合は、早めに論点を確認しておくことが望まれます(関連記事:海外在住の相続人がいる場合の準備)。

    不動産の名義と登記を整えておく

    令和6年4月から、相続登記の申請が義務化されています(法務省)。相続により不動産の所有権を取得した人は、相続の開始と所有権の取得を知った日から3年以内に登記を申請する必要があり、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象となります(不動産登記法76条の2・164条)。先代から名義が変わっていない不動産が残っていると、相続時の手続きや売却に時間がかかります。棚卸しの段階で登記の状況も確認しておくと安心です。

    AEGISの視点

    事業オーナーの相続を、AEGISは「会社と個人の境界線を、次の世代に合わせて引き直す機会」と捉えています。

    オーナーが一代で築いた事業では、会社の財産と個人の財産、経営判断と家族の事情が、良くも悪くも一体となって動いてきました。それがオーナーの強さでもあります。しかし次の世代では、後継者が経営を担い、他の家族は株主や財産の受け手になるなど、役割が分かれていきます。そのとき、どの財産を会社に置き、どの財産を個人で持ち、誰がどの立場で関わるのかを設計し直す必要があります。

    その設計図は、税金の計算だけでは描けません。事業の将来、不動産の収益性や所有のあり方、家族一人ひとりの生活、そしてオーナーが事業を通じて社会に何を残したいか——たとえば財産の一部を公益のために役立てるという選択も、全体像の中で初めて合理的に位置付けられます。AEGISが事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として扱うのは、そのためです。

    自社株式の一部を財団に寄附する場合も、議決権のない配当優先株式を寄附し、議決権のある株式は後継者に承継するといった設計をとれば、後継者の経営権を損なわずに社会への還元を組み込めます。自ら財団を設立する代わりに、運営体制を備えた既存の財団(AEGISが設立したアイジスレガシー財団など)に基金を設ける形なら、相続後に家族や後継者が財団の運営を担う必要もありません。寄附に伴う税務上の取扱いは、寄附の時期や財団の状況によって異なるため、個別の確認が前提です。

    相続・事業承継に関わる資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 事業オーナーにとって、相続対策と事業承継は同じ財産を別の角度から見たものであり、切り離して設計すると両者がぶつかります。
    • 相続の課題は「分ける・納める・続ける・減らす」の4つ。税負担の軽減(減らす)は、他の3つの見通しを立てたうえで考えるのが基本です。
    • 相続税の申告・納税期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内。自社株式や不動産が中心の財産ほど、納税資金の準備が重要になります。
    • 進め方は「棚卸し → 試算 → 方針 → 配分と納税資金 → 手段 → 見直し」の順が基本です。
    • 具体的な対策の適否は、会社と家族の個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続対策と事業承継は、どちらを先に考えるべきですか?

    どちらか一方を先に確定させるのではなく、同時に全体を見渡すことをおすすめします。具体的には、まず個人と会社の財産・株主構成を一覧にし、現時点の相続税を概算したうえで、事業を誰にどう継ぐかの方針と、家族への配分の方針を並べて検討します。

    Q. 相続税がかからない見込みなら、相続対策は不要ですか?

    相続税がかからなくても、「分ける」と「続ける」の課題は残ります。たとえば、自社株式が複数の相続人に分かれて相続されると、後継者の経営に影響が出ることがあります。また、株価や不動産の価値は変動するため、試算は定期的に見直すことが望まれます。

    Q. 自社株式で相続税を納めることはできますか?

    相続税は金銭で一括して納めるのが原則で、それが難しい場合に延納(分割払い)や物納という例外的な方法があります。ただし、いずれも要件があり、非上場株式で納めることは簡単ではありません。自社株式が財産の中心である場合は、生前から納税資金の確保を計画しておくことが重要です。

    Q. 会社が使っている土地を個人で持っていますが、何か問題はありますか?

    それ自体が問題というわけではありません。ただし、相続時にその土地を後継者以外の家族が相続すると、会社との賃貸関係や賃料をめぐって調整が必要になることがあります。土地を誰が相続するか、会社や資産管理会社が所有する形にするかなどを、事業承継の計画と合わせて検討しておくとよいでしょう。

    Q. 生命保険は相続対策として有効ですか?

    死亡保険金のうち「500万円×法定相続人の数」までは相続税がかからない仕組みがあり(相続人が受け取る場合)、納税資金の確保や、後継者以外の家族への配分の調整に役立つことがあります。ただし、保険料の負担者や受取人の設定によって課税関係が変わるため、全体の配分案の中で位置付けることが大切です。

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    • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分と、社会貢献の形を一つの設計として検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 相続した財産を寄附したときの相続税の非課税|申告期限までの寄附、対象となる法人、寄附後2年の要件と所得税の扱い

    相続した財産を寄附したときの相続税の非課税|申告期限までの寄附、対象となる法人、寄附後2年の要件と所得税の扱い

    相続で受け取った財産の一部を、亡くなった家族がお世話になった病院や母校、地域の団体などに寄附したいと考える方は少なくありません。

    このとき、相続税の申告期限までに、国・地方公共団体・特定の公益法人・認定NPO法人に寄附すれば、寄附した財産は相続税の課税対象から外れます(租税特別措置法70条)。ただし、寄附先の法人の種類、寄附のタイミング、寄附した財産が「相続で取得した財産そのもの」であること、寄附後2年間の使われ方など、いくつもの要件があります。また、相続税とは別に、所得税の寄附金控除や、不動産・株式を寄附したときの「みなし譲渡」も検討が必要です。

    この記事では、相続人が自らの判断で寄附する場合の制度に絞って、要件と注意点を整理します。

    制度の概要:寄附した財産は相続税の計算に入れない

    相続や遺贈で財産を取得した人が、その財産を相続税の申告書の提出期限までに、国・地方公共団体や、公益の増進に著しく寄与するものとして政令で定める法人に贈与(寄附)した場合、その財産の価額は相続税の課税価格の計算の基礎に算入しません(租税特別措置法70条1項)。認定NPO法人への寄附(同条10項)や、公益信託の信託財産とするための支出(同条3項)にも、同様の特例があります。

    亡くなった方が遺言で寄附する「遺贈寄附」とは異なり、この特例は相続人が相続後に自分の判断で寄附する場面で使います。遺言がなくても、相続人の意思で社会に財産をつなぐことができる制度です。遺言による寄附については、関連記事「遺贈寄附とは何か」で解説しています。

    寄附先として対象になる法人・ならない法人

    特例の対象となる寄附先は限られています。国税庁のタックスアンサーNo.4141などをもとに整理すると、次のとおりです。

    区分主な寄附先特例の対象
    国・地方公共団体国、都道府県、市区町村など対象
    特定の公益法人公益社団法人・公益財団法人、社会福祉法人、一定の学校法人、更生保護法人、独立行政法人、国立大学法人、日本赤十字社など対象
    認定NPO法人所轄庁の認定を受けた特定非営利活動法人(特定非営利活動に係る事業に関連する寄附に限る)対象
    公益信託公益信託の信託財産とするための支出対象
    公益認定を受けていない一般社団・一般財団法人非営利型法人を含む対象外
    認定を受けていないNPO法人—対象外
    これから設立する法人公益法人を設立するための財産の提供対象外

    ※AEGIS作成。法人の範囲の詳細は租税特別措置法施行令40条の3と国税庁の情報で確認が必要です。

    特に注意したいのは、寄附の時点で既に存在し、対象法人に当たっていることが必要な点です。国税庁の通達では、特例の対象法人を設立するための財産の提供には適用がないとされています。故人の名を冠した財団を新たに作る場合は、この特例ではなく、別の制度や設計を検討することになります。

    また、病院や施設への寄附を考える場合、その運営主体が対象法人に当たるかどうかを事前に確認することが欠かせません。医療法人や一般の財団法人などは、対象の範囲に含まれないことがあります。

    要件1:相続税の申告期限までに寄附すること

    寄附は、相続税の申告書の提出期限までに行う必要があります。申告期限は、原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。

    期限までに「寄附の意思を決めた」だけでは足りず、実際に財産の移転を終えている必要があります。不動産や株式の場合は、名義変更などの手続に時間がかかることもあるため、遺産分割の協議と並行して、寄附先との調整を早めに始めることが大切です。

    要件2:相続で取得した財産そのものを寄附すること

    対象となるのは、相続や遺贈で取得した財産です。生命保険金や退職手当金のように、相続税法上、相続や遺贈で取得したものとみなされる財産も含まれます。

    一方、国税庁の通達では、次のような整理が示されています。

    寄附する財産扱い
    相続した預貯金を払い戻した金銭相続で取得した財産に当たるものとして扱う
    相続した建物の焼失による火災保険金(被相続人が契約者のもの)同上
    相続した財産の収用等に伴って取得した財産同上
    相続した財産を売却して得た代金当たらない
    相続した投資信託を解約して得た金銭当たらない
    被相続人から生前に贈与され、相続税の計算に加算される財産含まれない

    ※AEGIS作成(国税庁「租税特別措置法(相続税法の特例関係)の取扱いについて」70-1-5、70-1-6をもとに整理)。

    代償分割で受け取った代償金の場合

    遺産分割で、不動産などを取得した相続人が他の相続人に金銭(代償金)を支払う「代償分割」を行うことがあります。代償金を受け取った相続人がその金銭を寄附する場合、その代償金が「相続で取得した財産そのもの」に当たるかが問題になります。

    代償金は、被相続人の財産ではなく、他の相続人が自らの財産から支払うものです。通達が、相続財産を売却した代金でさえ対象外としていることを踏まえると、代償金を寄附した場合に特例の対象とされるかは慎重に考える必要があり、対象外と判断される可能性を前提に計画することが現実的です。寄附を予定している場合は、遺産分割の段階で、寄附したい財産を寄附する相続人が直接取得する分け方を検討する余地があります。

    要件3:寄附後2年間の使われ方

    寄附を受けた法人が、寄附の日から2年を経過した日までに対象法人に当たらなくなった場合や、寄附された財産をその日までに公益を目的とする事業に使っていない場合、使わなくなった場合には、特例は適用されません(租税特別措置法70条2項)。この場合、寄附した相続人は、2年を経過した日の翌日から4か月以内に修正申告をして相続税を納める必要があります(同条6項)。

    寄附した財産そのものでなく、法人がその財産を売却し、代金を公益目的の事業に充てた場合について、国税庁の質疑応答事例は、売却代金が現実に公益目的の事業に充てられたのであれば、事業の用に供されたことになるとしています。

    要件4:税負担を不当に減少させないこと

    寄附によって、寄附した人やその親族などの相続税・贈与税の負担が不当に減少する結果となる場合は、特例は適用されません。たとえば、寄附した人や親族が、寄附先の法人を通じて特別の利益を受けている場合が該当します。

    寄附した相続人が寄附先の法人の理事を務めていることだけで直ちに不当減少となるわけではなく、法人の運営組織の適正さ、役員に占める親族等の割合、特別の利益の有無などの要件に照らして判断されます。家族が関わる法人への寄附は、要件を満たしているかを事前に確認しておくことが大切です。

    手続:申告書への記載と書類の添付

    特例を受けるには、相続税の申告書に適用を受ける旨を記載し、寄附した財産の明細書(申告書第14表)や、寄附を受けた法人が発行する書類(寄附を受けた旨・年月日・財産の明細・使用目的を記載したもの)などを添付する必要があります(租税特別措置法70条5項)。添付がない場合は特例を受けられません。

    寄附先には、これらの書類の発行を依頼する必要があるため、寄附の段階で受領書類の内容を確認しておくと安心です。

    所得税との関係:寄附金控除とみなし譲渡

    相続税の非課税とは別に、所得税の扱いも確認が必要です。

    寄附する財産相続税所得税
    現金・預貯金要件を満たせば課税価格に算入しない寄附金控除の対象となり得る
    不動産・株式など要件を満たせば課税価格に算入しない法人への寄附は時価でのみなし譲渡課税が原則。非課税にするには措置法40条の承認が必要。承認を受けた場合の寄附金控除の対象額は取得価額

    ※AEGIS作成。

    国税庁の質疑応答事例では、相続税の非課税の特例の適用を受けた寄附であっても、所得税の寄附金控除の対象になるとされています。

    一方、不動産や株式を法人に寄附すると、寄附した相続人に所得税の「みなし譲渡」が生じるのが原則です。相続税の非課税と、譲渡所得の非課税は別々の制度で、別々の要件と手続があります。譲渡所得の非課税を受けるには、国税庁長官の承認が必要で、寄附財産を公益目的事業に「直接」使うことなど、相続税の特例より厳しい要件があります。詳しくは関連記事「財団に土地や株式を寄附したときの譲渡所得の非課税」で解説しています。

    寄附金控除と税額控除の選び方は「寄附金控除と税額控除はどちらを選ぶか」で整理しています。

    AEGISの視点

    相続財産の寄附は、相続税の申告期限という限られた時間の中で、遺産分割・納税資金の確保・寄附先の選定を同時に進める作業です。AEGISは、この特例を「相続税を減らす方法」ではなく、故人や家族の想いを、相続手続の流れの中で社会につなぐための仕組みとして捉えています。

    実務上は、どの財産を、誰が取得し、どこへ寄附するかを遺産分割と一体で設計することが鍵になります。寄附したい財産を寄附する相続人が直接取得しておけば、代償金の扱いのような論点を避けやすくなります。また、不動産や株式をそのまま寄附するのか、相続した預貯金で寄附するのかによって、所得税の負担や手続は大きく変わります。

    寄附の想いが生前から明確であれば、遺言による遺贈寄附や、財団の設計を含めて検討する選択肢も広がります。財団・寄附の全体像は、Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    相続税と寄附に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続や遺贈で取得した財産を、相続税の申告期限までに国・地方公共団体・特定の公益法人・認定NPO法人に寄附すると、その財産は相続税の課税価格に算入されません(措置法70条)。
    • 公益認定を受けていない一般社団・一般財団法人や、これから設立する法人への寄附は対象外です。
    • 対象は相続で取得した財産そのものです。預貯金の払戻金は対象となる一方、相続財産の売却代金は対象外とされており、代償金も慎重な検討が必要です。
    • 寄附後2年以内に法人が要件を外れたり、財産が公益目的に使われなかったりすると、修正申告が必要になります。
    • 不動産・株式の寄附では、所得税のみなし譲渡と措置法40条の承認を別に検討する必要があります。

    よくある質問

    Q. 相続税の申告期限を過ぎてから寄附した場合はどうなりますか?

    この特例は、申告期限までの寄附が要件です。期限後に寄附した場合は特例の対象にならず、寄附した財産も含めて相続税が計算されます。寄附を考えている場合は、早めに寄附先を決めて手続を進めることが大切です。

    Q. 父が理事をしていた一般財団法人に、相続した預金を寄附したいのですが対象になりますか?

    公益認定を受けていない一般財団法人は、特例の対象となる法人に含まれません。公益財団法人であれば対象となり得ますが、寄附する相続人や親族が特別の利益を受けていないかなど、不当減少に当たらないことの確認も必要です。

    Q. 受け取った生命保険金を寄附しても特例の対象になりますか?

    生命保険金や退職手当金のように、相続や遺贈で取得したものとみなされる財産も、特例の対象となる財産に含まれるとされています。申告期限までに対象法人に寄附すれば、適用を受けられる可能性があります。

    Q. 代償分割で受け取った代償金を寄附したい場合はどうすればよいですか?

    代償金は他の相続人の財産から支払われるもので、相続財産そのものではありません。特例の対象とされない可能性があるため、寄附を予定している財産は、寄附する相続人が遺産分割で直接取得する形を検討することが考えられます。

    Q. 相続した土地をそのまま公益財団法人に寄附すると、税金はかかりませんか?

    相続税は、要件を満たせばその土地の価額が課税価格に算入されません。ただし、所得税では法人への寄附は時価で譲渡したものとみなされ、譲渡所得が課税されるのが原則です。非課税にするには、寄附の日から原則4か月以内に措置法40条の承認申請を行い、承認を受ける必要があります。

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会、第4章 P.531-536
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版、第3章 P.311-314