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  • ファミリー憲章のつくり方|家族会議の進め方・盛り込む項目・法的な仕組みとのつなぎ方

    ファミリー憲章のつくり方|家族会議の進め方・盛り込む項目・法的な仕組みとのつなぎ方

    ファミリー憲章とは、事業や資産を共に受け継ぐ家族が、大切にする価値観と、事業・資産との関わり方のルールを、話し合いを通じて文書にまとめたものです。家訓を現代の言葉で明文化したもの、と考えると分かりやすいかもしれません。

    ファミリー憲章は、それ自体では原則として法的な拘束力を持ちません。それでも作る意味があるのは、事業承継や相続で起きる家族の対立の多くが、財産の金額そのものよりも、「何を大切にするか」「誰がどんな役割を担うか」についての期待の食い違いから生じるからです。

    この記事では、ファミリー憲章をつくるための進め方を6つのステップで整理し、盛り込む項目の構成例と、遺言・定款などの法的な仕組みとのつなぎ方、見直しの方法までを解説します。

    ファミリー憲章の役割と限界

    最初に、ファミリー憲章で「できること」と「できないこと」を整理しておきます。

    区分内容
    できること家族が共有する価値観や、事業に関わる際の考え方を言葉にする/家族会議などの話し合いの場と進め方を決める/後継者以外の家族の役割を明確にする/将来の判断に迷ったときの「立ち返る基準」をつくる
    できないこと署名したことだけで、株式の譲渡や遺産の分け方を法的に強制する/遺留分などの法律上の権利を一方的に制限する/会社の意思決定(株主総会・取締役会)を直接拘束する

    たとえば、「株式は家族の外に出さない」と憲章に書いても、それだけでは株式の譲渡を止めることはできません。相続人の遺留分を相続開始前に放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条1項)。憲章で合意した内容を実際に機能させるには、定款・株主間の契約・遺言・民事信託(いわゆる家族信託)などの法的な仕組みに落とし込む作業が別に必要になります。

    それでも、憲章は意味を持ちます。法的な仕組みは「何を実現するか」が決まっていなければ設計できず、その「何を」を家族で合意する場が憲章づくりだからです。

    ファミリー憲章をつくる6つのステップ

    AEGISでは、次の6つのステップで進めることをおすすめしています。

    ステップ内容目安となる期間
    1. 目的と範囲を決めるなぜつくるのか、何を対象にするのか1〜2か月
    2. 参加者を決める誰を「家族」として話し合いに加えるか同時に検討
    3. 一人ひとりの考えを聞く個別に本音を聞き、論点を洗い出す2〜4か月
    4. 家族会議で話し合う論点ごとに話し合い、方向性をそろえる数回〜十数回
    5. 文書にまとめ、合意する草案を作り、修正を重ね、署名する2〜3か月
    6. 運用し、見直す定例の家族会議で確認し、必要に応じて改める継続

    ※期間は目安です。家族の人数や論点の多さによって大きく異なります。

    ステップ1:目的と範囲を決める

    まず、「なぜ今、憲章をつくるのか」を言葉にします。事業承継を控えて後継者と他の家族の役割を整理したい、複数の家に株式が分かれていく前に考え方をそろえたい、財産の一部を社会に還元する方針を家族で共有したい——目的によって、盛り込む項目も参加者も変わります。

    対象とする範囲も決めておきます。家業である会社だけか、資産管理会社や不動産、財団まで含めるのか。最初から全部を対象にせず、最も重要な事業と資産から始めるほうが進めやすくなります。

    ステップ2:参加者を決める

    誰を「家族」に含めるかは、思った以上に重要な判断です。

    • 現経営者とその配偶者
    • 後継者候補と、後継者でない子
    • 子の配偶者(いわゆる姻族)
    • 孫世代(年齢に応じて段階的に)

    子の配偶者を含めるかどうかは家族によって判断が分かれますが、家庭の中で大きな影響力を持つ存在であることは確かです。少なくとも、話し合いの結果をどこまで共有するかは決めておくべきでしょう。

    ステップ3:一人ひとりの考えを聞く

    いきなり全員で集まるのではなく、まず一人ひとりから個別に話を聞くことをおすすめします。家族全員の前では言いにくいこと——後継者になりたくない、自分の取り分が気になる、配偶者の考えが違う——は、個別の場でないと出てきません。

    聞いておきたいのは、たとえば次のような点です。

    • 創業者や現経営者が、事業を通じて何を大切にしてきたか
    • 家族それぞれが、事業や資産とどう関わりたいと考えているか
    • 将来に向けて不安に思っていること、避けたいこと

    中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、経営理念を企業の競争力の源泉となる知的資産の一つと位置づけています。専門書籍でも、後継者が現経営者との対話を通じて経営理念を確認することの重要性が指摘されています。ファミリー憲章の価値観の部分は、この経営理念と重なることが多く、会社の理念を家族の言葉に置き換える作業ともいえます。

    ステップ4:家族会議で話し合う

    個別の聞き取りで出てきた論点を整理し、家族会議で一つずつ話し合います。進め方のポイントは次のとおりです。

    • 議題を事前に共有する:その場で突然重い話題を出さない
    • 一度にすべてを決めない:価値観→役割→株式と財産、のように段階を踏む
    • 第三者に進行を任せる:家族だけでは、親子の上下関係や過去の感情が議論を左右しやすくなります
    • 議事録を残す:何が合意され、何が未決なのかを全員が確認できるようにする

    合意できない論点は、無理に決めずに「未決事項」として残しておくことも大切です。

    ステップ5:文書にまとめ、合意する

    話し合いの結果をもとに草案をつくり、修正を重ねます。表現は、法律の条文のような硬さよりも、家族が読み返したくなる言葉であることを優先します。そのうえで、全員が内容を確認し、署名して保管します。署名には法的な拘束力はありませんが、家族の約束として重みを持たせる意味があります。

    ステップ6:運用し、見直す

    憲章は、つくって終わりではありません。年に一度など定期的に家族会議を開き、事業や資産の状況を共有し、憲章に照らして確認する場を設けます。見直しの方法は次の節で説明します。

    ファミリー憲章の構成例

    盛り込む項目は家族によって異なりますが、たとえば次のような構成が考えられます。

    章主な内容書き方の例
    前文憲章をつくった経緯と目的創業の経緯、次の世代に伝えたい思い
    価値観家族として大切にすること誠実さ、地域への貢献、学び続けること
    家族の範囲憲章が対象とする家族直系の子孫と配偶者、成人後に参加
    事業との関わり家族が事業に入る条件、役割入社の条件、社外での経験、評価の考え方
    株式と議決権株式の持ち方、譲渡の考え方株式は家族外に譲らない方針、議決権行使の考え方
    配当と資産配当や家族への資産配分の考え方配当方針の考え方、事業に関わらない家族への配慮
    家族会議開催頻度、参加者、決め方年1回の定例開催、議事録の作成
    社会への還元寄附や社会貢献の方針利益や資産の一部を地域や社会に還元する考え方
    意見が対立したとき話し合いの手順第三者を交えて協議する
    見直し見直しの時期と方法定期見直し、改定の手続き

    注意したいのは、細かく書き込みすぎないことです。憲章は長く尊重される「基本の考え方」を示すものであり、配当の具体的な金額や個別の財産の分け方まで書き込むと、状況が変わるたびに改定が必要になります。具体的なルールは、別に定める運用ルールや、遺言・契約などに委ねるのが現実的です。

    法的な仕組みとのつなぎ方

    憲章で合意したことを実際に機能させるには、内容に応じて次のような仕組みを組み合わせます。

    憲章で合意したことつなぐ仕組みの例
    株式を家族外に出さない定款の株式譲渡制限(会社法107条・108条)、相続人等に対する売渡請求の定め(同法174条)、株主間の契約
    後継者に株式を集める遺言、生前贈与、種類株式(会社法108条)、民事信託(いわゆる家族信託)
    後継者以外の家族に配慮する遺言での財産配分、生命保険、遺言の付言事項
    判断能力の低下に備える任意後見契約、民事信託
    社会への還元遺贈寄附、財団の設立

    なかでも遺言は、憲章で共有した考え方を財産の配分として実現する中心的な手段です。遺言に添える付言事項で、配分の理由や家族への思いを伝えることもできます。付言事項の書き方は、関連記事「遺言の付言事項の書き方」で扱っています。

    株式を分散させない具体的な手段は、関連記事「自社株を分散させずに次世代へ承継する方法」で整理しています。

    見直しの考え方:変えない部分と見直す部分を分ける

    憲章をどの程度変えてよいかは、悩ましい問題です。頻繁に変えれば重みが失われ、まったく変えなければ時代や家族の変化に合わなくなります。

    AEGISでは、憲章の中身を二つの層に分けて考えることをおすすめしています。

    • 変えない部分:前文と価値観。世代を超えて受け継ぐ核であり、改定には家族全員の合意を必要とするなど、変更のハードルを高く設定します。
    • 見直す部分:事業との関わり方、家族会議の運営、配当や資産の考え方など。事業の状況、税制、家族の構成の変化に合わせて、定期的に点検します。

    見直しのタイミングとしては、定例の家族会議のほか、代表者の交代、相続の発生、結婚や出産による家族の変化、事業の売却や大きな投資などが考えられます。

    AEGISの視点

    ファミリー憲章は、完成した文書そのものよりも、つくる過程で家族が交わした対話に価値があるとAEGISは考えています。普段は話題にしにくい事業の将来や財産のこと、家族それぞれの思いを、時間をかけて言葉にしていく過程そのものが、承継に向けた最も確かな準備になります。

    一方で、憲章を「理想を書いた文書」で終わらせないことも大切です。株式の持ち方、財産の配分、社会への還元の方針は、遺言・定款・信託・財団などの具体的な仕組みに落とし込んで初めて実現します。AEGISは、憲章を家族の価値観と、承継の法的・税務的な設計とをつなぐ「上位の設計図」と位置づけています。事業承継計画の「家族」のブロックとの関係は、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」も参考になります。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    まとめ

    • ファミリー憲章は、家族が大切にする価値観と、事業・資産との関わり方のルールを文書にしたものです。
    • 原則として法的な拘束力はないため、合意した内容は定款・契約・遺言・信託などの仕組みに落とし込む必要があります。
    • 目的と範囲の設定、参加者の決定、個別の聞き取り、家族会議、文書化と合意、運用と見直しの6つのステップで進めると整理しやすくなります。
    • 細かく書き込みすぎず、変えない部分(価値観)と見直す部分(運用ルール)を分けることが、長く使える憲章につながります。
    • 具体的な内容は家族ごとに異なり、法的な仕組みとの接続には個別の検討が必要です。

    よくある質問

    Q. ファミリー憲章に法的な効力はありますか?

    原則として、憲章そのものには法的な拘束力はありません。株式の譲渡制限や財産の配分などを確実に実現するには、定款の定め、株主間の契約、遺言、民事信託などを別に整える必要があります。憲章は、それらの仕組みが何を目指すのかを家族で共有するための土台と考えるとよいでしょう。

    Q. 家族の人数が少なくても、作る意味はありますか?

    あります。家族が少ない段階のほうが話し合いはしやすく、次の世代で家族が増える前に考え方をそろえておくことができます。数ページの簡潔なものから始め、家族の変化に応じて充実させていく方法もあります。

    Q. 後継者でない子にも参加してもらうべきですか?

    参加してもらうことをおすすめします。事業承継や相続での対立は、後継者でない家族が「知らされていなかった」と感じることから深まることが少なくありません。事業に関わらない家族の役割や配慮の考え方を、本人も交えて話し合うことが大切です。

    Q. 憲章に遺留分を放棄すると書いておけば、遺留分の請求は防げますか?

    防げません。相続開始前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です。憲章で家族の理解を得たうえで、遺言での配分の工夫や、必要に応じて家庭裁判所の手続を検討することになります。

    Q. 作成にはどのくらいの期間がかかりますか?

    家族の人数や論点によりますが、個別の聞き取りから家族会議、文書化までを含めると、半年から1年程度を一つの目安としてください。急いで形だけ整えるよりも、時間をかけて合意を積み重ねるほうが、運用の段階で機能しやすくなります。

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    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献の形も含めて承継の方法を一つの設計として検討します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック 〜相続・事業承継・資産運用・ファミリーオフィス〜』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部、辻・本郷 ファミリーオフィス株式会社、岩崎隼人 編著、東峰書房、P.14-20、P.55-63
    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、P.62-66
  • 複数の会社・資産にまたがる財産の整理|何を一覧にし、どこから検討すればよいか

    複数の会社・資産にまたがる財産の整理|何を一覧にし、どこから検討すればよいか

    事業会社に加えて、不動産を持つ資産管理会社、新しい事業のために設立した会社、さらに個人名義の不動産や金融資産——事業や資産が広がるにつれて、オーナーの財産は複数の「器」に分かれていきます。それぞれには合理的な理由があったはずですが、年月が経つと、オーナー本人でさえ全体を正確に説明できなくなることがあります。

    結論から言えば、財産や関係会社が多い場合の整理は、「何を持っているか」の一覧だけでなく、「会社どうし・会社と個人がどうつながっているか」まで含めて見える化することが出発点です。この記事では、一覧にすべき4つの資料と、整理の過程で確認したい論点を解説します。

    なぜ「一覧にすること」から始めるのか

    相続や事業承継の対策は、現状が正確に分かっていなければ設計できません。特に財産や会社が多い場合には、次のような理由から、一覧化そのものに大きな意味があります。

    • 相続の時間的な制約に備える:相続税の申告・納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。財産の把握に時間がかかると、遺産の分け方や納税資金の検討に使える時間が短くなります。
    • 相続税の規模感を把握する:相続税は、財産の総額から基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を差し引いて計算します(国税庁 No.4152)。会社の株式の評価は、会社が持つ財産によって変わるため、会社ごとの中身まで把握する必要があります。
    • 家族と後継者に引き継ぐ:オーナーの頭の中にしかない情報は、引き継ぐことができません。一覧は、家族や後継者と現状を共有するための共通言語になります。

    一覧にしたい4つの資料

    AEGISでは、複数の会社・資産を持つオーナーの現状を、次の4つの資料で整理することをおすすめしています。

    資料見えるもの主な情報源
    1. 個人の財産一覧オーナー個人が何を持っているか登記簿、固定資産税の課税明細、通帳・証券口座の明細、保険証券
    2. 資本関係図誰がどの会社の株式を持っているか各社の株主名簿、法人税申告書の別表
    3. 会社と個人の取引関係表会社どうし・会社と個人のお金と資産のつながり決算書の勘定科目内訳明細書、賃貸借契約書、金銭消費貸借契約書、保証契約
    4. 家族と役割の一覧家族の誰が、どの会社・財産にどう関わっているか戸籍、役員構成、株主名簿

    1. 個人の財産一覧

    個人名義の財産を、種類ごとに一覧にします。

    • 不動産:所在地、地目・用途、面積、名義(共有の場合は持分)、使っている人(自用・賃貸・会社に貸している)、収入と経費
    • 自社株式・関係会社株式:会社名、株数、持株割合
    • 金融資産:預貯金、上場株式・投資信託、債券
    • 保険:契約者・被保険者・受取人、保険金額
    • 会社への貸付金・会社からの借入金
    • その他:ゴルフ会員権、美術品、海外資産など
    • 債務・保証:借入金、連帯保証している会社の借入れ

    不動産は、固定資産税の課税明細を手がかりにすると漏れを防ぎやすくなります。所有不動産が多い場合は、物件ごとの収益と経費、相続税評価額を並べることで、収益性の低い物件や、売却・組み替えを検討すべき物件も見えてきます。

    2. 資本関係図

    オーナー、家族、各会社の間の株式の持ち合い関係を、図にします。

    • 各社の株主と持株割合(議決権割合)
    • 会社が他の会社の株式を持っている関係(親子会社、兄弟会社)
    • 会社どうしがお互いの株式を持ち合っている関係
    • 名義株(実際の出資者と株主名簿上の株主が異なる株式)の有無

    会社が多いと、どの会社を通じて誰が支配しているのかが分かりにくくなります。図にすることで、後継者がどの会社の株式を持てばグループ全体を経営できるのか、という承継の焦点が見えてきます。

    3. 会社と個人の取引関係表

    複数の会社を持つオーナーの財産整理で最も見落とされやすいのが、この「つながり」の部分です。

    • 不動産の貸し借り:個人の土地を会社に貸している、会社の建物に個人が住んでいる、資産管理会社の物件を事業会社が借りている、など
    • 資金の貸し借り:個人から会社への貸付金、会社間の貸付金
    • 保証:会社の借入れに対するオーナーの個人保証、会社間の保証
    • 業務の委託:資産管理会社が事業会社から管理業務を受託している、など

    これらの取引は、それぞれの会社の決算書や個人の申告書を別々に見ているだけでは、全体像がつかめません。取引ごとに、当事者・金額・条件・契約書の有無を一覧にしておくと、承継時にどの関係を整理すべきかが明確になります。

    4. 家族と役割の一覧

    財産と会社の一覧に、家族の情報を重ねます。

    • 推定相続人と、それぞれの年齢・居住地(海外在住の有無を含む)
    • 各会社での役員・従業員としての関与
    • 株式や不動産の保有状況
    • 承継についての意向(分かる範囲で)

    相続人の中に海外に住んでいる方がいる場合は、手続きや課税関係が国内だけの相続と異なることがあるため、この段階で把握しておきます(関連記事:海外在住の相続人がいる場合の準備)。

    一覧にすると見えてくる論点

    4つの資料をそろえると、次のような論点が浮かび上がることがよくあります。

    • 役割を終えた会社が残っている:かつての事業のために設立した会社が、実質的に活動していないまま維持費だけかかっている。
    • 会社と個人の境界が曖昧:会社が使う不動産の名義が個人のまま、賃料の設定が長年見直されていない、会社への貸付金が膨らんでいる。
    • 株主名簿と実態がずれている:名義株や、過去の相続で分散した株式が整理されていない。
    • 登記が古いまま:先代名義のままの不動産がある。令和6年4月からは相続登記の申請が義務化され、相続の開始と所有権の取得を知った日から3年以内の申請が必要です(正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象。不動産登記法76条の2・164条)。
    • 納税資金の偏り:財産の多くが会社の株式や不動産で、個人の金融資産が少ない。
    • 保証の偏り:オーナー個人の保証が多く、後継者に引き継ぐ際の障害になり得る。

    いずれも、すぐに対策を実行する必要があるとは限りません。しかし、承継の設計に入る前に「論点リスト」として把握しておくことで、優先順位を付けた検討ができるようになります。

    整理を進める手順

    1. 情報を集める:登記簿、固定資産税の課税明細、各社の決算書・申告書・株主名簿、契約書類、通帳・証券口座の明細を集めます。
    2. 4つの資料を作る:最初から完璧を目指さず、分かる範囲で埋め、不明点は「要確認」として残します。
    3. 会社ごとの中身を確認する:各社の主な資産・負債と、オーナーや他の会社とのつながりを確認します。
    4. 相続税を概算する:会社の株式も含めた財産全体で、現時点の相続税の規模感と納税資金の過不足を把握します。
    5. 論点リストを作る:一覧から見えた課題を書き出し、承継の方針とあわせて優先順位を付けます。
    6. 年に一度更新する:決算の確定後などに、一覧を更新する習慣をつけます。

    相続税の概算に必要な情報は関連記事(相続税の概算に必要な情報)で、一覧をもとに財産の役割を決める考え方は関連記事(自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継)で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 会社の数を減らすこと自体を目的にしない:会社をまとめる(合併や持株会社への集約など)ことで管理は簡素になりますが、税務や手続きの負担、取引先・金融機関との関係への影響もあります。整理の方向性は、承継後の経営と管理の体制から考えます。
    • 一覧の管理者を決める:一覧は作って終わりではなく、更新し続けることに意味があります。誰が更新し、誰と共有するかを決めておきます。
    • 機密性に配慮する:財産の一覧は極めて機密性の高い情報です。共有する範囲と保管方法をあらかじめ決めておくことが大切です。

    AEGISの視点

    複数の会社と資産を持つオーナーの財産は、一つひとつの判断の積み重ねでできています。節税のために作った会社、事業の拡大で取得した不動産、家族のために残した資産——それぞれに理由がありました。しかし承継の場面では、その「理由」が後継者や家族に伝わっていなければ、全体はただの複雑な構造に見えてしまいます。

    AEGISは、財産の整理を「オーナーがこれまで下してきた判断を、次の世代が理解できる形に翻訳する作業」と捉えています。一覧を作る過程で、「この会社は何のためにあるのか」「この不動産は誰のためのものか」をオーナー自身の言葉で書き添えておくことが、後継者にとって何よりの手がかりになります。

    財産や会社が多いご家族では、一覧の更新や家族での共有、専門家との連携を継続的に担う仕組み(ファミリーオフィス的な機能)を持つことも、整理を一度きりで終わらせないための一つの考え方です。相続・事業承継の全体像は親記事(相続対策と事業承継を一体で考える)で解説しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 財産や関係会社が多い場合は、「何を持っているか」に加え、「会社どうし・会社と個人がどうつながっているか」まで見える化することが出発点です。
    • 一覧にしたいのは、①個人の財産一覧、②資本関係図、③会社と個人の取引関係表、④家族と役割の一覧の4つです。
    • 一覧にすると、役割を終えた会社、会社と個人の境界の曖昧さ、名義や登記のずれ、納税資金の偏りなどの論点が見えてきます。
    • 一覧は完璧を目指さず作り始め、年に一度は更新します。整理の方向性は、承継後の経営と管理の体制から考えます。

    よくある質問

    Q. 財産の一覧は、どの程度の精度で作ればよいですか?

    最初は概算で構いません。不動産は固定資産税評価額、株式は直近の決算書の純資産など、手元の資料で分かる数字を入れ、不明な点は「要確認」として残します。精度は、相続税の試算や承継の検討を進める中で必要に応じて高めていけば十分です。

    Q. 資本関係図には、どこまでの会社を含めればよいですか?

    オーナーや家族が株式を持つ会社、それらの会社が株式を持つ会社は、規模にかかわらず含めることをおすすめします。休眠中の会社や、少額の出資をしている会社も、承継時に整理が必要になることがあるためです。

    Q. 使っていない会社は、清算したほうがよいですか?

    一概には言えません。維持コストがかかる一方、会社に資産や負債が残っている場合は、清算に伴う課税や手続きの負担が生じることがあります。他の会社との合併や、別の用途での活用も含めて比較し、承継の方針に沿って判断します。

    Q. 一覧は家族にどこまで見せるべきですか?

    共有の範囲は、家族の状況や承継の進み具合によって異なります。後継者や配偶者など中心となる家族と先に共有し、他の家族には方針が固まった段階で必要な範囲を共有する、という段階的な方法も考えられます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しを、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで含めて検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 二次相続まで見通した遺産の分け方|配偶者の税額軽減をどこまで使うかを、税・生活・不動産から考える

    二次相続まで見通した遺産の分け方|配偶者の税額軽減をどこまで使うかを、税・生活・不動産から考える

    夫婦の一方が亡くなったときの相続(一次相続)では、配偶者の税額軽減により、配偶者が取得する財産には相続税がほとんどかからないことがあります。しかし、配偶者に多く相続させるほど、その配偶者が亡くなったときの相続(二次相続)で子どもの税負担が重くなることがあります。

    結論から言えば、配偶者の取得割合は「一次相続の税額が最も少なくなる割合」ではなく、一次と二次を通算した税額、配偶者のこれからの生活資金と住まい、不動産を誰が持つと特例や管理がうまくいくか、の3つを並べて決めるのが基本です。税額だけで最適な割合を探すと、配偶者の生活を細らせてしまうこともあります。

    この記事では、二次相続で税負担が重くなる仕組みと、分け方を決めるときの考え方を整理します。

    二次相続とは

    二次相続とは、一次相続で財産を取得した配偶者が亡くなったときの相続をいいます。一般的には、両親のうち一人目が亡くなったときを一次相続、二人目が亡くなったときを二次相続と呼びます。

    一次相続と二次相続は、税務上はそれぞれ別の相続として計算されます。ただし、一次相続で配偶者に渡した財産は、配偶者が使い切らない限り、二次相続で再び相続税の対象になります。そのため、一次相続の分け方が、二次相続の税額をほぼ決めてしまうという関係にあります。

    なぜ配偶者に多く渡すと二次相続で重くなるのか

    理由は大きく3つあります。

    1. 二次相続では配偶者の税額軽減が使えない

    配偶者の税額軽減は、配偶者が取得した正味の遺産額が「1億6千万円」または「配偶者の法定相続分相当額」のいずれか多い金額までであれば、配偶者に相続税がかからない仕組みです(国税庁 No.4158)。この制度は配偶者がいる相続でしか使えないため、二次相続では、相続人が子どもだけになる典型的なケースでは利用できません。

    2. 相続人の数が減り、基礎控除が小さくなる

    相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」です(国税庁 No.4152)。配偶者と子2人の一次相続では法定相続人が3人ですが、二次相続では子2人となり、基礎控除は600万円小さくなります。

    3. 財産が一人に集まり、累進税率が高くなる

    相続税は、課税遺産総額を法定相続分で分けた金額ごとに累進税率(10%〜55%)を適用して計算します(国税庁 No.4152・No.4155)。配偶者の財産に一次相続で受け取った財産が上乗せされると、二次相続の課税遺産総額が大きくなり、より高い税率の区分にかかりやすくなります。

    数字で見る一次・二次の通算税額

    イメージをつかむため、簡単な例で比べてみます。

    前提:夫が亡くなり、財産(課税価格)は2億円。相続人は妻と子2人。二次相続は妻が亡くなったとき(相続人は子2人)とし、一次相続で取得した財産はそのまま残るものと仮定します。財産の値動き、相次相続控除、小規模宅地等の特例などは考慮していません。

    配偶者の取得割合(一次)一次相続の税額二次相続の税額(妻の固有財産なし)通算二次相続の税額(妻の固有財産5,000万円)通算
    0%約2,700万円0円約2,700万円約80万円約2,780万円
    25%約2,025万円約80万円約2,105万円約770万円約2,795万円
    50%約1,350万円約770万円約2,120万円約1,840万円約3,190万円
    100%約540万円約3,340万円約3,880万円約4,920万円約5,460万円

    ※国税庁の速算表・基礎控除の算式に基づきAEGISが試算した説明用の概算です。実際の税額は財産の評価、特例の適用、二次相続までの期間や財産の増減によって大きく変わります。

    この例から読み取れることは、次のとおりです。

    • 配偶者に全財産を相続させると、一次相続の税額は最も小さくなりますが、通算では最も重くなります。
    • 配偶者に固有の財産がない場合は、一部を配偶者が取得する分け方で通算税額が小さくなる傾向があります。
    • 配偶者に固有の財産がある場合は、配偶者の取得を少なくするほど通算税額が小さくなる傾向があります。

    つまり、「法定相続分まで配偶者が取得する」や「1億6千万円まで配偶者に渡す」といった目安が、どの家庭にも最適というわけではありません。配偶者自身の財産の大きさが、分け方を大きく左右します。

    税額以外に必ず確認したい3つのこと

    通算税額が小さくなる割合が分かっても、それだけで決めると後悔につながることがあります。次の3点をあわせて確認します。

    1. 配偶者の生活資金

    配偶者がこれから何年、どのような生活を送るかによって、必要な資金は変わります。介護や住み替えの可能性、医療費なども含めて考えると、配偶者に一定の金融資産を残すことは、税額よりも優先すべき場合があります。また、配偶者が生活の中で使った財産は二次相続の対象から外れるため、「使う予定の資金」を配偶者に渡すことは、税の面からも理にかなっていることが多いといえます。

    2. 配偶者の住まい

    自宅を誰が取得するかは、配偶者の住まいの安心と、子どもへの承継の両方に関わります。令和2年4月1日に施行された民法の改正で創設された配偶者居住権は、配偶者が無償で自宅に住み続ける権利を、遺産分割や遺言による遺贈で取得できる制度です(法務省)。自宅の所有権を子が、居住権を配偶者が取得するという分け方も選択肢の一つになりました。

    配偶者居住権は配偶者の死亡により消滅するため、二次相続の財産から外れるという性質があります。一方で、設定後は自由に売却しにくくなるなどの制約もあるため、住み替えの可能性や家族関係を踏まえて検討することが大切です。

    3. 不動産の配分と小規模宅地等の特例

    自宅の敷地については、要件を満たせば限度面積330㎡まで評価額を80%減額できる小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)があります(国税庁 No.4124)。この特例は、誰が取得するかによって要件が変わります。

    取得する人主な要件(概要)
    配偶者取得者ごとの要件はない
    同居していた親族申告期限まで引き続き居住し、かつ所有していること
    同居していない親族被相続人に配偶者や同居の相続人がいないこと、一定期間持ち家に住んでいないことなど、複数の要件をすべて満たすこと

    ※国税庁 No.4124 の記載をもとにAEGISが整理。実際の要件は詳細に確認が必要です。

    一次相続で配偶者が自宅を取得すれば特例は使いやすくなります。しかし、二次相続のときに同居している子がいない場合、二次相続では特例を使えない可能性があります。一次相続で使える特例と、二次相続で使えそうな特例をセットで見ることが欠かせません。

    賃貸不動産がある場合は、家賃収入を誰が受け取るかも論点です。配偶者が取得すれば生活資金になりますが、収入が配偶者に積み上がると二次相続の財産も増えていきます。子が取得すれば、収入は子の手元に残ります。

    分け方を決める手順

    AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

    1. 財産と家族の現状を把握する:夫婦それぞれの財産、子の状況、自宅や賃貸不動産の利用状況を一覧にします。
    2. 配偶者に必要な資金と住まいを先に決める:生活資金の目安と、自宅に住み続けるか住み替えるかの方針を決めます。
    3. 配偶者の取得割合を複数パターンで試算する:一次・二次の通算税額を、配偶者の固有財産も含めて比較します。
    4. 不動産の取得者を特例と管理の両面から決める:小規模宅地等の特例の要件、賃貸経営を担える人、共有を避けられるかを確認します。
    5. 納税資金を確認する:一次相続・二次相続それぞれで、申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までに納税できるかを確認します。
    6. 遺言や生前の準備に落とし込む:決めた方針を遺言や家族の話し合いに反映します。

    実務上注意したいポイント

    • 申告期限までに遺産分割がまとまらないと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は原則として使えません(国税庁 No.4208)。申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付し、期限から3年以内に分割すれば適用を受けられますが、その場合は分割が成立した日の翌日から4か月以内に更正の請求が必要です(国税庁 No.4158)。
    • 配偶者の税額軽減は、申告して初めて適用されます。税額がゼロになる場合でも申告書の提出が必要です(国税庁 No.4158)。
    • 二次相続が一次相続から10年以内に起きた場合は、一次相続で配偶者が納めた相続税の一部を二次相続の税額から差し引ける相次相続控除があります(国税庁 No.4168)。一次相続で配偶者が税額を負担していない場合、この控除の効果は限られます。
    • 年齢や健康状態だけで二次相続の時期を想定しないことも大切です。試算は「近い将来」と「長い期間後」の両方で行い、結論が大きく変わらない分け方を探すと判断が安定します。

    AEGISの視点

    二次相続の対策というと、「配偶者に何%渡すと税金が最も少ないか」という問いに注目が集まりがちです。もちろん通算税額の比較は欠かせませんが、AEGISはこの問いを「配偶者の残りの人生と、次の世代への承継を、一つの計画として設計すること」と捉えています。

    配偶者に渡す財産は、配偶者の生活を支えると同時に、いずれ子へ渡る財産でもあります。現金・自宅・賃貸不動産・自社株式など、財産ごとに「配偶者が持つ意味」と「子が早く持つ意味」は異なります。たとえば、生活に使う金融資産は配偶者に、値上がりや収益が見込まれる不動産は早めに子に、という組み合わせは、税と生活の両面で筋の通った考え方になりやすいものです。

    また、二次相続では、親という調整役がいなくなるため、兄弟姉妹間の話し合いが難しくなることがあります。一次相続の時点で、二次相続まで含めた全体の方針を家族で共有しておくことは、税負担以上に大きな意味を持ちます。

    相続税の概算に必要な情報は関連記事「相続税の概算に必要な情報とは」で、納税資金の準備については「相続税の納税資金をどう準備するか」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    不動産や自社株式を含む相続の評価・特例の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 二次相続では配偶者の税額軽減が使えず、相続人の数も減るため、一次相続で配偶者に多く渡すほど二次相続の税負担が重くなりやすくなります。
    • 配偶者の取得割合は、一次と二次の通算税額で比較します。配偶者自身の財産が多いほど、配偶者の取得を抑える方向に働く傾向があります。
    • 税額だけでなく、配偶者の生活資金、住まい(配偶者居住権を含む)、不動産の取得者と小規模宅地等の特例をあわせて検討します。
    • 申告期限までの遺産分割と、特例の適用のための申告が前提になります。
    • 最適な分け方は家族と財産の状況によって大きく異なるため、複数のパターンで試算して判断することが大切です。

    よくある質問

    Q. 配偶者は1億6千万円まで相続税がかからないなら、1億6千万円まで相続させるのが得ですか?

    一次相続の税額だけを見れば有利に見えますが、二次相続まで通算すると不利になることがあります。特に配偶者自身に一定の財産がある場合は、二次相続の税額が大きく増える可能性があります。配偶者の固有財産を含めて、一次・二次の通算で比較することが大切です。

    Q. 二次相続の対策として、配偶者は何も相続しないほうがよいのでしょうか?

    税額の試算でそのような結果になることもありますが、配偶者の生活資金や住まいを確保できなければ本末転倒です。配偶者がこれからの生活で使う資金は、配偶者が取得しても二次相続の負担にはつながりにくいため、生活に必要な額を先に確保したうえで、残りの配分を考える方法が現実的です。

    Q. 配偶者居住権を設定すると、二次相続の税金は少なくなりますか?

    配偶者居住権は配偶者の死亡によって消滅するため、二次相続の財産には含まれません。その意味で二次相続の財産を小さくする効果があります。ただし、自宅の売却や住み替えがしにくくなる、小規模宅地等の特例との関係で有利不利が分かれるなどの論点もあるため、個別の試算と家族の意向を踏まえて判断します。

    Q. 遺産分割がまとまらないまま申告期限が来たらどうなりますか?

    法定相続分で取得したものとして申告し、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は原則として使えません。「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出し、その期間内に分割がまとまれば、更正の請求によって特例を適用した税額に見直すことができます。

    Q. 一次相続のときに、二次相続の試算まで必要ですか?

    配偶者の取得割合を決めるうえで、二次相続の試算は欠かせない判断材料です。二次相続の時期や財産の増減は分からないため、いくつかの前提で試算し、どの前提でも大きく不利にならない分け方を探すと、判断が安定します。

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行までを一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第2章(印刷 p.112-120)
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第1章 Q7(印刷 p.123-126)
    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、2025年、措置法第69条の4関係(印刷 p.59-63)
  • 相続税の納税資金をどう準備するか|生命保険・不動産売却・自社株の買取り・延納・物納を比較する

    相続税の納税資金をどう準備するか|生命保険・不動産売却・自社株の買取り・延納・物納を比較する

    相続税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に、金銭で一括して納めるのが原則です(国税庁 No.4205)。財産の大半が自社株式や不動産であるオーナーの家庭では、相続税額そのものよりも、「期限までに現金を用意できるか」が最大の課題になることが少なくありません。

    結論から言えば、納税資金の準備は「生前に用意する手段」と「相続後に使う手段」を組み合わせ、延納・物納は最後の受け皿として位置付けるのが基本です。延納や物納は要件が厳しく、計画の中心に置くと、相続が起きてから選択肢がなくなるおそれがあります。

    この記事では、主な納税手段の要件と特徴を比較し、どの順番で検討すればよいかを整理します。

    まず「足りない額」と「いつ足りないか」を把握する

    納税資金の検討は、手段選びの前に、次の2点を確認することから始まります。

    1. 相続税の見込額:財産の評価と特例の適用を前提にした概算額
    2. 申告期限までに現金化できる財産の額:預貯金、上場有価証券、相続人が受け取る死亡保険金など

    この差額が「不足額」です。不足額は、相続人ごとにも確認が必要です。たとえば、後継者が自社株式を多く相続すると、後継者個人の納税額は大きくなる一方で、手元の現金は少ないということが起こります。相続税は相続人ごとに納めるものであるため、家族全体では足りていても、特定の相続人が払えないという状況に注意が必要です。

    主な納税手段の比較

    手段準備の時期主な特徴主な留意点
    預貯金・金融資産生前最も確実。換金の手間が少ない資産全体に占める割合が小さいことが多い
    生命保険(死亡保険金)生前相続後すぐに現金化でき、受取人を指定できる非課税枠は相続人が受け取る場合に限られる。保険料負担が続く
    不動産の売却生前・相続後大きな金額をつくれる期限内に売れるとは限らない。譲渡所得税がかかる
    相続した非上場株式の発行会社への譲渡(いわゆる金庫株)相続後換金しにくい自社株式を現金化できる会社の資金と分配可能額の範囲が必要。議決権の比率が変わる
    延納(分割払い)相続後(申請)金銭で一括納付が難しい場合に分割できる要件・担保・利子税がある
    物納相続後(申請)延納でも難しい場合に財産で納める要件が厳しく、利用はごく限られている
    法人版事業承継税制(納税猶予)生前の計画と相続後の手続自社株式に係る相続税の納税を猶予適用要件・継続要件があり、取消し時の負担がある

    ※各手段の要件は個別に確認が必要です。表はAEGISが整理したものです。

    以下、それぞれの手段のポイントを見ていきます。

    生前に準備する手段

    生命保険

    被相続人が保険料を負担し、相続人が受け取る死亡保険金は、相続税の対象となる一方で、「500万円×法定相続人の数」までは非課税となります(国税庁 No.4114)。相続後、比較的短い期間で現金を受け取れることが、納税資金として大きな利点です。

    また、受取人を指定できるため、納税資金が必要な相続人(たとえば自社株式を相続する後継者)に現金を届けることができます。ただし、相続人以外の人が受け取る死亡保険金には非課税の適用がないなど、契約の形によって課税関係が変わります。保険の設計については関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で詳しく解説しています。

    不動産の生前売却・組替え

    不動産が多く現預金が少ない場合は、生前に一部の不動産を売却したり、換金しやすい資産に組み替えたりすることが考えられます。生前であれば、売却の時期や価格を落ち着いて選ぶことができます。一方、売却後の現金は相続税評価上の減額がないため、相続税額そのものは増えることがある点も踏まえて判断します。

    会社からの退職金

    オーナー経営者に会社から支払われる死亡退職金は、相続人が受け取る場合に一定額まで非課税の扱いがあり、納税資金として活用されることがあります(国税庁 No.4117)。支給には会社の資金と規程の整備が必要です。

    相続後に使う手段

    相続した不動産の売却

    相続後に不動産を売却して納税資金をつくる場合、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すれば、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります(国税庁 No.3267)。ただし、相続税の納期限までに売却が終わらないことも多いため、延納と組み合わせて計画することもあります。

    相続した非上場株式の発行会社への譲渡

    自社株式は換金しにくい財産です。相続人がこれを発行会社に買い取ってもらう方法は、一般に「金庫株」と呼ばれます。

    通常、株式を発行会社に譲渡すると、対価のうち資本金等の額を超える部分は配当(みなし配当)として課税されます。しかし、相続や遺贈で財産を取得し、納付すべき相続税額がある個人が、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに、相続した非上場株式を発行会社に譲渡した場合には、みなし配当課税を行わず、全額を株式の譲渡所得とする特例があります(国税庁 No.1477)。この場合、上記の取得費加算の特例も検討できます。適用には、譲渡の時までに所定の届出書を発行会社に提出する必要があります。

    ただし、次の点に注意が必要です。

    • 会社の資金:買取りは会社の分配可能額の範囲内に限られ(会社法461条)、運転資金を圧迫すると事業に影響します。
    • 議決権の比率:会社が取得した自己株式には議決権がないため(会社法308条2項)、後継者が株式を会社に譲渡すると、他の株主の比率が相対的に上がります。後継者の議決権が下がりすぎないかの確認が欠かせません。
    • 会社の手続:特定の株主からの取得には、株主総会の特別決議などの手続が必要です(会社法156条・160条・309条2項2号)。

    延納

    延納は、相続税を金銭で一括納付することが困難な場合に、分割して納める制度です。主な要件は次のとおりです(国税庁 No.4211)。

    • 相続税額が10万円を超えること
    • 金銭で納付することが困難であり、その困難な金額の範囲内であること
    • 延納税額と利子税に相当する担保を提供すること(延納税額が100万円以下で延納期間が3年以下の場合は不要)
    • 納期限(期限内申告の場合は申告期限)までに延納申請書と担保提供関係書類を提出すること

    延納できる期間と利子税の割合は、相続財産に占める不動産等の割合によって異なり、不動産等の割合が大きいほど長い期間が認められます。利子税の負担が生じるほか、手元の現金を一定額残したうえでの「困難な金額」が対象となるため、申請すれば希望どおりに分割できるわけではありません。

    物納

    物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に、相続財産そのもので納める制度です。物納に充てられる財産には順位があり、第1順位が不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等、第2順位が非上場株式等、第3順位が動産とされています。また、担保権が設定された不動産、境界が明らかでない土地、譲渡制限株式など、管理や処分に不適格な財産は物納できません(国税庁 No.4214)。

    国税庁の公表によると、令和7年度の相続税の物納申請は48件にとどまっています(国税庁「物納処理状況等」)。物納は「最後の受け皿」と考え、計画の前提にしないことが現実的です。

    検討の順番

    AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

    1. 相続税の概算と、相続人ごとの不足額を把握する
    2. 生前に現金化しやすい形を整える:金融資産の確保、生命保険の受取人と金額の見直し、売却候補の不動産の選定と整備
    3. 自社株式の扱いを決める:後継者に集める株式と、相続後に会社へ譲渡する余地のある株式を分け、会社の資金計画と議決権への影響を確認する
    4. 相続後の手段を想定しておく:不動産売却のスケジュール、延納の要件を満たせるか、物納の候補財産が適格か
    5. 定期的に見直す:株価や不動産の評価、家族の状況が変われば不足額も変わります

    実務上注意したいポイント

    • 納期限に間に合わないと延滞税がかかります。延納・物納の申請も納期限までが原則です。
    • 遺産分割がまとまらないと、手段が限られます。分割が決まらない財産は売却しにくく、物納でも権利の帰属に争いがある財産は不適格とされます。
    • 相続人は互いに連帯して納付する責任を負うことがあります。特定の相続人が納税できないと、他の相続人に影響が及ぶ可能性があります。
    • 納税資金のために株式が分散しないよう注意します。換金のために社外の第三者へ株式を売却すると、経営の安定に影響することがあります。

    AEGISの視点

    納税資金の問題は、「相続税をいくら減らすか」とは別の、「いつ、誰が、どの財産で払うか」という資金計画の問題です。相続税額を下げる対策を重ねても、財産が換金しにくい形のままでは、相続後に不本意な売却を迫られることがあります。

    AEGISは、納税資金を考えるときに、財産を「経営を続けるための財産」「家族に分けるための財産」「税金を納めるための財産」に分けて役割を決めることを重視しています。自社株式は経営を続けるための財産として後継者に、納税のための財産はあらかじめ現金や生命保険、売却しやすい不動産として用意する——この役割分担ができていれば、相続後の判断はずっと落ち着いたものになります。

    また、会社による自己株式の取得は、オーナー家の納税資金の問題を会社の財務に移すことでもあります。会社の資金計画や金融機関との関係、議決権の構成まで含めて事前に設計しておくことが、事業と家族の両方を守ることにつながります。

    財産の役割分担の考え方は関連記事「自社株・不動産・金融資産を組み合わせた承継」で、試算に必要な情報は「相続税の概算に必要な情報とは」で解説しています。全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」をご覧ください。

    自社株式の評価や納税資金を含む承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税は申告期限までに金銭で一括納付するのが原則で、自社株式や不動産が多い家庭では納税資金の準備が重要な課題になります。
    • 生前の手段(金融資産・生命保険・不動産の整理)と相続後の手段(不動産売却・自社株式の発行会社への譲渡・延納・物納)を組み合わせて考えます。
    • 相続した非上場株式を一定期間内に発行会社へ譲渡する場合には、みなし配当課税を行わない特例がありますが、会社の資金と議決権への影響の確認が欠かせません。
    • 延納・物納は要件が厳しく、特に物納の利用は限られています。最後の受け皿として位置付けるのが現実的です。
    • 不足額は家族全体だけでなく、相続人ごとに確認することが大切です。

    よくある質問

    Q. 相続税を期限までに払えないと、どうなりますか?

    納期限の翌日から納付の日までの期間に応じて延滞税がかかります。金銭で一括納付することが難しい場合は、納期限までに延納や物納を申請することができますが、いずれも要件を満たす必要があります。期限が迫ってから慌てないよう、生前に不足額を確認しておくことが大切です。

    Q. 不動産があれば、物納で相続税を払えるのではないですか?

    物納は、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に限られ、担保権の設定がある不動産や境界が明らかでない土地などは物納に適さない財産とされます。実際の利用件数もごく少ないため、物納を前提とした計画は避けたほうがよいでしょう。

    Q. 自社株式を会社に買い取ってもらうと、税金はどうなりますか?

    一定の要件を満たす場合、相続した非上場株式を発行会社に譲渡したときの対価は、みなし配当ではなく株式の譲渡所得として課税されます。さらに、相続税の一部を取得費に加算できる特例を組み合わせられる場合があります。ただし、会社の分配可能額や資金繰り、議決権への影響を事前に確認する必要があります。

    Q. 生命保険と預金では、納税資金としてどちらがよいですか?

    相続人が受け取る死亡保険金には非課税枠があり、受取人を指定して特定の相続人に現金を届けられる点で、預金とは異なる利点があります。一方で保険料の負担や契約の見直しが必要です。どちらか一方ではなく、相続人ごとの不足額に合わせて組み合わせるのが現実的です。

    Q. 納税資金の準備は、いつから始めればよいですか?

    不動産の売却や会社の資金計画には時間がかかるため、相続税の概算ができた段階から始めるのが理想です。株価や不動産の評価は変わるため、一度試算して終わりではなく、定期的に不足額を見直すことが大切です。

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    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、第6章(印刷 p.624-697)
    • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、第二章(印刷 p.67-78)
    • 『資産家のためのファミリーガバナンスガイドブック』辻・本郷 税理士法人 ファミリーオフィス事業部ほか 編著、東峰書房、2025年、第Ⅰ部第1章 Q1・Q2(印刷 p.100-106)
  • 著作権・印税収入がある人の相続と相続放棄|相続税の評価、放棄したときの権利の行方、管理者の決め方

    著作権・印税収入がある人の相続と相続放棄|相続税の評価、放棄したときの権利の行方、管理者の決め方

    著名人の相続で、相続人が相続放棄をしたことが報じられ、作品の著作権や印税は誰が引き継ぐのか、という点に関心が集まることがあります。作家や作曲家、漫画家、写真家、研究者など、作品からの収入がある人にとっては、決して他人事ではありません。

    結論から言えば、著作権は相続の対象となる財産であり、相続税の課税対象にもなります。評価は国税庁の財産評価基本通達で、過去の印税収入を基に行います。一方、相続人が相続放棄をすると、その人は著作権を含む一切の財産を引き継ぎません。相続人が誰もいない状態になり、最終的に財産が国庫に帰属すべきこととなるときは、著作権は消滅すると著作権法に定められています。

    この記事では、著作権・印税の相続税評価、相続放棄や限定承認をしたときの権利の行方、そして作品を守り続けるために誰に管理を託すかを整理します。特定の方の事例を論評するものではなく、制度の仕組みと備えを解説するものです。

    著作権は「財産」として相続される

    国税庁は、相続税がかかる財産として、現金や不動産のほか、特許権や著作権など「金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのもの」を挙げています(No.4105)。著作権は、作品を複製・上演・放送・翻訳などする権利の束で、ほかの財産と同じように相続人に引き継がれます。

    保護期間は原則として死後70年

    著作権は、作品が創作された時に発生し、原則として著作者の死後70年を経過するまで存続します(著作権法51条)。共同著作物の場合は、最後に亡くなった著作者の死後70年です。保護期間は、TPP11協定の発効に伴い平成30年12月30日から、それまでの死後50年から70年に延長されました(文化庁)。つまり、相続した著作権は、相続人だけでなく、その次の世代まで引き継がれる可能性がある財産です。

    著作者人格権は相続されない

    著作権とは別に、作品の公表や氏名表示、内容の改変について作者の人格的な利益を守る「著作者人格権」があります。これは著作者の一身に専属し、譲渡できず(著作権法59条)、相続もされません。ただし、著作者が亡くなった後も、その人格的利益を害する行為は禁止され(同法60条)、配偶者や子などの遺族が差止め等を請求できる仕組みがあります(同法116条)。

    著作権の相続税評価

    評価の算式

    財産評価基本通達148は、著作権の価額を次の算式で評価すると定めています。

    年平均印税収入の額 × 0.5 × 評価倍率

    • 年平均印税収入の額:課税時期(相続開始時)の属する年の前年以前3年間の印税収入の年平均額
    • 評価倍率:今後の各年の印税収入が年平均印税収入の額であるとして、著作物に精通している人の意見などを基に推算した印税収入期間に応じる、基準年利率による複利年金現価率

    評価は著作者ごとに一括して行うことが原則ですが、個々の著作物ごとに評価することもできます(同通達148)。0.5を乗じるのは、将来の印税収入を見積もることに伴う不確実性を考慮したものと説明されています(武田秀和『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』Q6-7)。

    実務で確認する資料

    評価倍率の基礎となる「印税収入期間」は、出版社やレコード会社など、その作品に精通している人の意見を基に見積もります。実務では、作品ごとに過去3年間の印税の支払明細と、今後の収入見込みを確認することになります。生前の印税収入がほとんどない作品で、今後も収入が見込まれない場合は、評価倍率が零となり、評価額が算出されないこともあります(武田・前掲Q6-8)。

    関連する権利の評価

    権利評価の考え方(財産評価基本通達)
    著作権年平均印税収入の額×0.5×評価倍率(148)
    著作隣接権(実演家・レコード製作者などの権利)著作権の評価を準用(154-2)
    出版権出版業を営む人が持つものは営業権に含めて評価し、それ以外の人が持つものは評価しない(154)

    通達の評価額と「実際の価値」は大きく離れることがある

    財産評価基本通達による著作権の評価は、過去3年の平均印税収入に0.5と評価倍率を掛けるという、相続税の実務で多くの事案を公平かつ簡便に処理するために単純化された方法です。そのため、将来の収入見込みを個別に積み上げて現在の価値に割り引くDCF法や、類似する権利の取引事例から倍率を当てはめるマルチプル法など、実際の価値評価の考え方に照らすと、評価額と時価がかなり離れることがあります。

    たとえば、相続の直前に作品の人気が高まり、今後の収入が大きく伸びる見込みがある場合は、過去3年の実績に基づく評価額は実際の価値を下回りやすくなります。反対に、過去の収入は大きくても今後は急速に減っていく見込みの作品では、評価額が実際に売買できる価値を上回ることもあります。

    この構造は、借地権の目的となっている土地(いわゆる底地)とよく似ています。底地の相続税評価額は、自用地としての価額から借地権の価額を差し引いて求めますが、底地だけを買う人は限られるため、実際に売れる価格はこの評価額を下回ることが少なくありません。それでも、相続税の申告で通達によらずに鑑定評価などの時価で評価するには、その時価を裏付ける十分な根拠が求められ、認められない例も多いため、税務上のリスクを伴います。著作権のように価値の見積もりが難しい財産権も同じで、評価額が実態と合わないと感じても、通達によらない評価を選ぶかどうかは慎重に判断する必要があります。また、評価額と時価の乖離を利用して相続税の負担を大きく軽減するような取引については、通達の定めによらない評価が行われる場合があることにも注意が必要です(財産評価基本通達6、最高裁令和4年4月19日判決)。

    だからこそ、著作権のような目に見えにくい権利や、底地のように評価額と換金できる価値がずれやすい財産は、生前のうちに、相続税評価額と、実際の時価やDCF法・マルチプル法などによる価値評価を並べて適切に比較し、対策が必要かどうかを検討しておくことが大切です。比べてみることで、相続税の負担と納税資金の見通し、誰がどの権利を引き継ぐか、生前の売却や法人への移転、遺言による承継先の指定などを検討する余地があるかが、具体的に見えてきます。底地の評価と整理の方法は関連記事「底地と借地を整理する方法」で、通達によらない評価が問題になる場面は「評価を下げる対策が否認されるとき」で解説しています。

    相続後の印税は誰の収入になるか

    相続後に支払われる印税は、著作権を引き継いだ相続人の収入となり、相続税とは別に、相続人の所得税の申告の対象となるのが一般的です。所得税基本通達35-2は、事業所得に当たらない著作権の使用料に係る所得を、業務に係る雑所得の例示に挙げています。印税の受取口座や出版契約の名義変更、源泉徴収の扱いなど、相続後の事務も早めに確認しておく必要があります。

    相続放棄・限定承認をすると著作権はどうなるか

    相続放棄

    相続放棄は、自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に申述して行います(民法915条、裁判所「相続の放棄の申述」)。放棄をした人は、その相続に関して初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。

    そのため、放棄をした人は、借金などの債務だけでなく、著作権を含むすべての財産を引き継ぎません。「借金は引き継がず、著作権だけは引き継ぐ」という選択はできないということです。著作権は、放棄しなかった同順位の相続人や、次の順位の相続人に引き継がれます。

    なお、相続税の計算では、相続放棄をした人がいても、基礎控除額などを計算する際の法定相続人の数は放棄がなかったものとして数えます(No.4152)。一方、放棄をした人が死亡保険金を受け取った場合、その人は相続人ではないため、死亡保険金の非課税の適用は受けられません(No.4114)。

    限定承認

    限定承認は、相続によって得た財産の限度でのみ債務を負担することを留保して相続する方法です(民法922条)。相続人が複数いる場合は、全員が共同して申述する必要があります(民法923条、裁判所「相続の限定承認の申述」)。

    債務の額が分からないが、作品の価値は残したいという場面で検討される方法ですが、税務上の注意点があります。限定承認に係る相続により資産が移転した場合は、その時の時価で譲渡があったものとみなされ(所得税法59条1項)、被相続人の所得として課税される可能性があります。著作権のように取得費が小さい資産では、この影響を事前に確認しておくことが欠かせません。

    相続人がいない場合、著作権は消滅する

    相続人全員が放棄した場合や、もともと相続人がいない場合は、相続財産は法人となり(民法951条)、家庭裁判所が選任する相続財産清算人が債務の支払などの清算を行います(民法952条、裁判所「相続財産清算人の選任」)。特別の縁故があった人への分与が行われることもあります。

    清算後に残った財産は国庫に帰属します(民法959条)。ただし著作権については、著作権法62条1項1号が、著作権者が死亡し、その著作権が民法959条により国庫に帰属すべきこととなるときは、著作権は消滅すると定めています。この場合、作品は保護期間内であっても著作権による保護を受けない状態になります。

    相続の状況著作権の行方
    相続人が単純承認した遺言や遺産分割に従って相続人が承継する
    一部の相続人が相続放棄した放棄した人は承継せず、他の相続人が承継する
    相続人全員が限定承認した相続人が承継するが、清算手続とみなし譲渡課税に注意
    相続人全員が放棄した・相続人がいない清算人が清算し、国庫に帰属すべきこととなるときは著作権が消滅する

    相続人がいない場合の手続の全体像は、関連記事「相続人がいない場合、財産はどうなるか」で解説しています。

    作品を守るための「管理者」の決め方

    共有になると管理が止まりやすい

    遺産分割をしないまま、あるいは複数の相続人で著作権を分けると、著作権は共有になります。共有の著作権は、共有者全員の合意がなければ行使できず、持分を譲渡するにも他の共有者の同意が必要です(著作権法65条)。正当な理由なく合意を拒むことはできないとされていますが、映像化や翻訳出版、配信の許諾といった判断のたびに全員の合意が必要になれば、機会を逃すことにもなりかねません。

    備えの選択肢

    作品からの収入がある人は、生前に次のような方法で「誰が判断するか」を決めておくことが考えられます。

    • 遺言で承継者を指定する:著作権を管理する意思と能力のある人に承継させ、遺言執行者を定めておきます。遺言の方式の選び方は「公正証書遺言・自筆証書遺言・法務局保管の比較」で解説しています。
    • 著作権管理事業者に管理を委ねる:作品の利用許諾や使用料の徴収を専門の事業者に委ねる方法です。契約の内容(信託か委任か、対象の範囲)を確認しておきます。
    • 民事信託(いわゆる家族信託)を活用する:著作権を信託財産とし、管理を担う受託者と、印税を受け取る受益者を分けることで、管理と収益の帰属を整理できます。
    • 遺贈や寄附を検討する:相続人がいない場合や、作品を社会に役立てたい場合は、遺言で団体などに遺贈することも選択肢です。法人への遺贈には、所得税法59条によるみなし譲渡課税が生じ得る点に注意します。

    AEGISの視点

    著作権は、不動産や預金と比べて「目に見えにくい財産」です。印税の明細は出版社ごとに分かれ、権利の範囲は契約ごとに異なり、将来の価値は作品の評価次第で大きく変わります。AEGISは、知的財産の承継を「評価の問題」であると同時に「管理の問題」として捉えることが大切だと考えています。

    相続税の評価は過去3年の印税収入と将来の見込みで決まりますが、作品の価値を保ち、さらに高めていけるかどうかは、相続後に誰がどのように判断するかにかかっています。管理者を決めないまま共有にしてしまうと、権利はあっても動かせない状態になりかねません。また、相続人が放棄を選んだ結果として相続人がいなくなれば、作品の著作権そのものが消滅する可能性もあります。

    作品を生み出してきた人の場合、その活動は一種の個人事業でもあります。契約・口座・権利の一覧を作り、承継者と管理の方法を決め、遺言や信託で形にしておく。こうした準備は、家族の負担を減らすだけでなく、作品を社会に残し続けるための備えでもあるとAEGISは考えています。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、ネット上の契約やデータの備えは「デジタル資産の相続に備える」で解説しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 著作権は相続の対象となる財産で、相続税の課税対象になります。保護期間は原則として著作者の死後70年です。
    • 相続税評価は、財産評価基本通達148により、前年以前3年間の年平均印税収入×0.5×評価倍率で計算します。著作隣接権は同じ方法を準用し、出版業者以外が持つ出版権は評価しません。
    • 通達の評価は単純化された方法のため、DCF法やマルチプル法などによる価値評価とかなり乖離することがあります。底地と同じく、通達によらない評価には税務上のリスクがあるため、生前に評価額と時価を比較して対策の要否を検討することが大切です。
    • 相続放棄をした人は初めから相続人でなかったものとみなされ、著作権も引き継ぎません。限定承認は全員共同で行い、みなし譲渡課税に注意が必要です。
    • 相続人がいない場合、著作権が国庫に帰属すべきこととなるときは消滅します。
    • 共有の著作権は全員の合意がないと行使できないため、遺言・管理事業者・民事信託などで管理者を決めておくことが大切です。具体的な対応は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 印税収入がほとんどない作品にも相続税がかかりますか?

    著作権の評価は、過去3年間の印税収入と今後の収入見込みに基づいて行います。収入がほとんどなく、今後も見込まれない作品は、評価倍率が零となり評価額が算出されないこともあります。ただし、映像化などで収入が見込まれる場合は評価額が生じるため、作品ごとに出版社等へ確認することが大切です。

    Q. 著作権の評価額が実際の価値と合わないと感じます。別の方法で評価して申告できますか?

    相続税の申告では、財産評価基本通達による評価が原則です。通達による評価が時価を大きく上回るような場合に、鑑定などの根拠を示して時価で申告することが検討されることもありますが、時価を裏付ける十分な根拠が求められ、認められない例も多いのが実情です。相続が起きてから争うのではなく、生前のうちに通達による評価額と、DCF法やマルチプル法などによる価値評価を比べ、承継の方法や納税資金の準備を検討しておくことが大切です。

    Q. 借金が多いので相続放棄したいのですが、著作権だけ引き継ぐことはできますか?

    できません。相続放棄をすると初めから相続人でなかったものとみなされ、著作権を含むすべての財産を引き継がなくなります。財産の範囲内で債務を負担する限定承認という方法もありますが、相続人全員で共同して行う必要があり、税務上のみなし譲渡の影響も確認が必要です。

    Q. 相続人が全員相続放棄すると、作品はどうなりますか?

    相続財産清算人による清算の後、残った財産は国庫に帰属します。著作権については、国庫に帰属すべきこととなるときに消滅すると定められているため、保護期間内であっても著作権による保護を受けない状態になります。

    Q. 兄弟で著作権を相続した場合、それぞれが自由に利用を許諾できますか?

    共有の著作権は、共有者全員の合意がなければ行使できません。各共有者は正当な理由なく合意を拒めないとされていますが、判断のたびに全員の合意が必要になるため、代表者を決める、遺産分割で一人に集約するなどの整理を検討します。

    Q. 作者が亡くなった後、作品を勝手に改変されたらどうなりますか?

    著作者人格権は相続されませんが、著作者の死後も、その人格的利益を害する行為は禁止されています。配偶者や子など一定の遺族は、差止め等を請求できる仕組みがあります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。
    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長期に継続し次世代へ引き継ぐ準備として、事業資金・家族信託・遺言・契約・金融機関対応を確認します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、2013年、P.152、171-182
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.68、109
  • 相続人がいない場合、財産はどうなるか|相続財産清算人・特別縁故者・国庫帰属と、遺言で備える方法

    相続人がいない場合、財産はどうなるか|相続財産清算人・特別縁故者・国庫帰属と、遺言で備える方法

    子どもがいない、配偶者に先立たれた、兄弟姉妹もすでに亡くなっている——いわゆる「おひとりさま」の相続では、亡くなった後の財産を誰が引き継ぐのかが大きな関心事です。相続人がいないまま亡くなった人の財産が国庫に入るケースが増えていると報じられることもあり、自分の財産の行方を考え始める方が増えています。

    結論から言えば、相続人がいない場合、財産は家庭裁判所が選任する相続財産清算人による清算を経て、残った分が最終的に国庫に帰属します。その途中で、生計を同じくしていた人や療養看護に努めた人などの「特別縁故者」に財産が分与されることもありますが、それは家庭裁判所の判断によるもので、本人の意思どおりになるとは限りません。

    自分の財産を、お世話になった人や応援したい団体に引き継いでもらいたいのであれば、遺言などで生前に意思を形にしておくことが最も確実な方法です。この記事では、相続人がいない場合の手続の流れと、備え方の全体像を整理します。

    「相続人がいない」とはどのような状態か

    民法上の相続人は、配偶者(常に相続人)と、①子、②直系尊属(父母や祖父母など)、③兄弟姉妹の順位で定められています(国税庁 No.4132)。子が先に亡くなっている場合は孫などの直系卑属が、兄弟姉妹が先に亡くなっている場合はその子が代わりに相続人となる場合があります(兄弟姉妹の場合は、その子までに限られます。民法887条2項・889条2項)。

    「相続人がいない」状態になるのは、主に次のような場合です。

    • 配偶者・子・直系尊属・兄弟姉妹(とその代襲者)が、いずれもいない
    • 相続人となる人全員が相続放棄をした(放棄した人は初めから相続人とならなかったものとみなされます。民法939条)

    なお、長年連れ添った内縁のパートナーや、養子縁組をしていない配偶者の連れ子、親しい友人などは、どれほど関係が深くても法律上の相続人にはなりません。この点が、相続人がいない場合の備えを考える出発点になります。

    相続人がいない場合の手続の流れ

    相続人のあることが明らかでないとき、相続財産は法人とされ(民法951条)、次のような流れで清算が進みます。なお、「相続財産清算人」は、令和3年の民法改正(令和3年法律第24号)により、従来の「相続財産管理人」から改められたものです。

    段階内容期間・期限の目安
    1. 相続財産清算人の選任利害関係人(債権者、受遺者、特別縁故者など)または検察官の請求により、家庭裁判所が選任(民法952条1項)申立先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所
    2. 選任と相続人捜索の公告家庭裁判所が、清算人の選任と、相続人がいれば一定期間内に権利を主張すべき旨を公告(民法952条2項)6か月以上
    3. 債権者・受遺者への公告清算人が、相続債権者・受遺者に請求の申出をすべき旨を公告し、債務の支払などを行う(民法957条)2か月以上(2の期間内に満了)
    4. 特別縁故者への分与特別の縁故があった人の請求により、家庭裁判所が相当と認めるときに財産の全部または一部を分与(民法958条の2)2の期間満了後3か月以内に請求
    5. 国庫への帰属処分されなかった財産は国庫に帰属(民法959条)—

    清算人の選任の申立てには、収入印紙800円や郵便切手、官報公告料のほか、相続財産が手続費用に不足する可能性がある場合には予納金が必要になることがあります(裁判所「相続財産清算人の選任」)。つまり、誰かが申し立てなければ手続は始まらず、財産も債務も宙に浮いたままになる可能性があるということです。賃貸住宅の明渡しや、未払いの医療費・税金の支払、不動産の管理など、周囲の人が困る場面も生じます。

    特別縁故者への財産分与

    相続人がいない場合でも、次のような人は、家庭裁判所に財産の分与を請求できます(民法958条の2、裁判所「特別縁故者に対する相続財産分与」)。

    • 被相続人と生計を同じくしていた人(内縁のパートナーなど)
    • 被相続人の療養看護に努めた人
    • その他、被相続人と特別の縁故があった人

    ただし、分与するかどうか、どの財産をどれだけ分与するかは、家庭裁判所が「相当と認めるとき」に判断します。本人が生前に「この人に財産を残したい」と考えていたとしても、その意思が反映される保証はありません。請求の期限も、相続人捜索の公告期間の満了後3か月以内と限られています。

    特別縁故者が受け取った財産と相続税

    特別縁故者が分与を受けた財産は、被相続人から遺贈により取得したものとみなされ、分与を受けた時の時価で相続税の対象になります(相続税法4条1項)。申告期限は、分与があったことを知った日の翌日から10か月以内です(相続税法29条)。

    相続人がいない場合の基礎控除額は3,000万円(法定相続人の数が0人)となります(PwC『完全ガイド』第2章、相続税法基本通達15-1)。また、被相続人の配偶者・父母・子など一親等の血族以外の人が財産を取得した場合は、相続税額が2割加算されます(国税庁 No.4157)。特別縁故者として財産を受け取る人の多くは、この2割加算の対象になると考えられます。

    相続人がいない人が生前にできる備え

    相続人がいない場合の手続は、財産を「本人の意思とは無関係に」清算する仕組みです。自分の意思を反映させるには、生前の準備が欠かせません。

    備えの方法できること注意点
    遺言(遺贈)財産を渡したい人や団体を指定できる方式の要件を満たす必要がある。遺言執行者を定めておくと実行が円滑
    遺贈寄附公益法人・NPO・自治体などに財産を遺す受け取れる財産の種類(不動産など)を事前に確認する
    死後事務委任契約葬儀・納骨・医療費の精算・契約の解約などを第三者に託す遺言では定められない事務を補う。公正証書での作成が望ましいとされる
    任意後見・財産管理契約判断能力や体力が低下したときの財産管理を託す死亡によって終了するため、死後の事務とは別に準備が必要
    民事信託(いわゆる家族信託)生前から財産の管理を託し、死後の帰属先も定められる受託者となる人・法人の確保が前提

    遺言で財産の行き先を決める

    相続人がいない人にとって、遺言は財産の行き先を決める中心的な手段です。遺言で財産を受け取る人(受遺者)を決めておけば、その部分は清算の手続を経ずに受遺者へ渡すことができます。財産全体を受け取る人を指定する方法(包括遺贈)と、特定の財産ごとに指定する方法(特定遺贈)があり、どちらを選ぶかで受遺者の負う責任や手続が変わります。包括遺贈を受けた人は、相続人と同一の権利義務を有するとされています(民法964条・990条)。遺言を確実に実行してもらうため、遺言執行者を定めておくことも重要です。

    遺言の保管については、法務局で自筆証書遺言を保管する制度があり、保管された遺言書は家庭裁判所の検認が不要となるほか、死亡後に指定した人へ遺言書が保管されている旨を通知する仕組みもあります(法務省「自筆証書遺言書保管制度」)。遺言の方式の選び方は「公正証書遺言・自筆証書遺言・法務局保管の比較」で解説しています。

    遺贈寄附と税務上の注意

    社会に役立ててほしいという思いがある場合は、遺言で公益法人などに財産を遺す遺贈寄附も選択肢です。ただし、法人に対して不動産や株式などを遺贈すると、その時の時価で譲渡があったものとみなされ、被相続人の所得として課税される場合があります(所得税法59条1項)。寄附先の受入れ条件とあわせて、事前に確認しておくことが大切です。遺贈寄附の方法は「遺贈寄附とは何か、遺言で財産の一部を社会に遺す方法」で解説しています。

    死後の事務を託す

    遺言で定められるのは、主に財産の行き先に関することです。葬儀や納骨、病院や施設の費用の精算、住居の明渡し、デジタルデータの消去や各種契約の解約などは、死後事務委任契約で第三者に託しておく必要があります。財産管理などの委任契約は、特約がなければ本人の死亡によって終了するため、死後の事務は別途契約しておく必要があります(『税理士のためのポケットブック 2026』Chapter 9)。詳しくは「死後事務委任契約とは」で解説しています。

    AEGISの視点

    相続人がいない人の相続は、「財産が国に入ってしまう」という結果だけが注目されがちです。しかしAEGISは、より大きな問題は本人の意思が届かないまま、手続が誰の主導でも始まらない状態が生じることだと考えています。清算人の選任は利害関係人などが申し立てなければ始まらず、その間、自宅や賃貸不動産、会社の株式などは管理する人のいない状態になりかねません。

    とくに、不動産や事業を持つ人の場合、その影響は家族の外にも及びます。入居者や取引先、従業員がいる財産こそ、誰に、どのように引き継ぐかを早めに決めておく意味があります。財産の一覧を作り、受け取ってほしい人や団体を決め、遺言・死後事務委任・任意後見を組み合わせて「生前から亡くなった後まで」を切れ目なく設計する。そのうえで、社会貢献につなげたい財産があれば、寄附先の受入れ条件や税務を確認しておく。こうした準備は、本人の思いを形にするだけでなく、周囲の人の負担を減らすことにもつながります。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続人がいない場合、相続財産は法人となり、家庭裁判所が選任する相続財産清算人が清算を行います。残った財産は最終的に国庫に帰属します。
    • 相続人捜索の公告(6か月以上)や債権者への公告(2か月以上)を経るため、手続には時間がかかります。申立てをする人がいなければ手続は始まりません。
    • 特別縁故者への分与は家庭裁判所の判断によるもので、本人の意思どおりになるとは限りません。分与を受けた財産は遺贈とみなされ、相続税の対象になります。
    • 自分の意思で財産の行き先を決めるには、遺言(遺言執行者の指定を含む)、遺贈寄附、死後事務委任契約、任意後見などを組み合わせて備えることが大切です。具体的な方法は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続人がいない場合、財産はすぐに国のものになりますか?

    すぐにはなりません。相続財産清算人が選任され、相続人の捜索や債権者への支払、特別縁故者への分与の手続を経たうえで、処分されなかった財産が国庫に帰属します。公告の期間だけでも合計で数か月以上かかります。

    Q. 内縁の妻(夫)は財産を受け取れますか?

    内縁のパートナーは法律上の相続人ではありません。相続人がいない場合は、特別縁故者として家庭裁判所に財産分与を請求できる可能性がありますが、分与されるかどうかは裁判所の判断によります。確実に財産を渡したい場合は、遺言で遺贈しておくことが重要です。

    Q. 特別縁故者として財産を受け取った場合、相続税はかかりますか?

    分与を受けた財産は遺贈により取得したものとみなされ、相続税の対象になります。申告期限は、分与があったことを知った日の翌日から10か月以内です。一親等の血族や配偶者以外の人が取得するため、相続税額の2割加算の対象になると考えられます。

    Q. 兄弟姉妹が全員相続放棄した場合も、相続人がいない状態になりますか?

    はい。相続放棄をした人は初めから相続人とならなかったものとみなされるため、順位の相続人全員が放棄し、ほかに相続人がいなければ、相続人がいない状態になります。

    Q. 遺言があれば、相続財産清算人の手続は不要になりますか?

    財産全体の受け取り手を遺言で指定し、遺言執行者を定めておけば、清算人による手続を経ずに遺言を実行できる場合が多くなります。一部の財産だけを指定した遺言では、残りの財産について清算の手続が必要になることがあります。遺言の内容は、財産全体を見渡して設計することが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。
    • 家族信託と遺言:家族信託と遺言を活用し、資産管理と承継の体制を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.71、109
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、P.126-127
  • 相続放棄をすると相続税の計算で何が変わるか|基礎控除・生命保険金の非課税・2割加算・配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例

    相続放棄をすると相続税の計算で何が変わるか|基礎控除・生命保険金の非課税・2割加算・配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例

    相続放棄をしても、相続税の基礎控除などの計算に使う「法定相続人の数」は、放棄がなかったものとして数えます。 そのため、放棄によって基礎控除が増えたり減ったりすることはありません。

    一方で、放棄した人自身は、生命保険金・死亡退職金の非課税、借入金などの債務控除、相次相続控除を使えなくなります。また、子の全員が放棄して兄弟姉妹が新たに相続人になった場合、その兄弟姉妹が財産を取得すると相続税額の2割加算の対象になります。配偶者の税額軽減は、放棄した配偶者でも遺贈などで取得した財産があれば使えます。

    著名人の相続で相続放棄が報じられたこともあり、放棄の影響に関心を持つ方が増えています。この記事では、相続放棄が相続税の計算のどこに、どう影響するのかを項目ごとに整理します。

    相続放棄の基本:法律上の効果

    相続放棄は、家庭裁判所に申述して行う手続です。原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に行う必要があります(民法915条1項)。

    放棄をした人は、その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。プラスの財産もマイナスの財産も引き継がず、放棄した人の子が代わりに相続する代襲相続も生じません。

    その結果、相続人の顔ぶれが変わることがあります。たとえば子の全員が放棄すると、次の順位である親などの直系尊属が、直系尊属もいなければ兄弟姉妹が相続人になります(民法889条1項)。

    ここで注意したいのは、放棄をしても相続税と無関係になるとは限らないことです。死亡保険金のように、放棄した人が受け取れる財産があるからです。

    放棄した人が受け取る生命保険金・死亡退職金

    被相続人が保険料を負担していた生命保険の死亡保険金は、受取人固有の財産であり、相続放棄をしても受け取ることができます。ただし、相続税の計算では相続または遺贈により取得したものとみなされます(相続税法3条1項1号)。放棄した人は相続人ではないため、遺贈により取得したものとして扱われます。

    このとき、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は、相続人が受け取った保険金にだけ適用されます。国税庁は、ここでいう相続人に相続を放棄した人は含まれないとしています(タックスアンサーNo.4114)。死亡退職金の非課税枠も同様です(No.4117)。

    つまり、

    • 非課税枠の金額の計算(法定相続人の数)には、放棄した人も数に入る
    • 非課税枠を使える人からは、放棄した人は外れる

    という二つの面があります。放棄した人が保険金の受取人になっている場合、その人の受取分には非課税枠が使われず、全額が課税対象になります。生命保険の契約の形と受取人の決め方が与える影響は、関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で詳しく扱っています。

    項目別に見る、相続放棄の影響

    相続税の計算の主な項目について、放棄がどう影響するかをAEGISで一覧にまとめました。

    項目放棄の影響根拠
    基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)法定相続人の数は放棄がなかったものとして数える相続税法15条2項、No.4152
    生命保険金・死亡退職金の非課税枠枠の計算は放棄がなかったものとした人数。放棄した人の受取分には非課税なし相続税法12条1項6号・7号、No.4114、No.4117
    相続税の総額の計算放棄がなかったものとした相続分で按分して計算No.4152
    債務控除放棄した人は差し引けない。ただし現実に負担した葬式費用は遺贈で取得した財産から差し引いてよい相続税法基本通達13-1
    相続税額の2割加算放棄で相続人になった兄弟姉妹など、一親等の血族・配偶者以外は対象。放棄した代襲相続人(孫)も対象相続税法18条、No.4157、質疑応答事例
    配偶者の税額軽減配偶者が放棄しても、遺贈などで取得した財産があれば適用あり相続税法基本通達19の2-3
    未成年者控除・障害者控除放棄がなかったものとした場合の相続人であれば対象になり得るNo.4164、No.4167
    相次相続控除放棄した人には適用なしNo.4168

    以下、ポイントを補足します。

    基礎控除と相続税の総額は「放棄がなかったもの」で計算する

    基礎控除の計算に使う法定相続人の数は、相続の放棄があっても、その放棄がなかったものとした場合の相続人の数です(相続税法15条2項)。また、相続税の総額を計算するときも、各法定相続人が法定相続分で取得したと仮定して計算します(No.4152)。

    この仕組みにより、放棄によって相続人の人数が変わっても、相続税の総額そのものは基本的に変わりません。変わるのは、実際に財産を取得した人ごとの税額の割り振りと、各人が使える控除・加算です。

    債務控除は使えないが、葬式費用は例外がある

    借入金などの債務を遺産から差し引く債務控除は、相続人と包括受遺者が対象です(No.4126)。放棄した人は相続人ではないため、債務控除は使えません。ただし、放棄した人が現実に被相続人の葬式費用を負担した場合は、その人が遺贈により取得した財産(たとえば生命保険金)の価額から差し引いて差し支えないとされています(相続税法基本通達13-1)。

    放棄で兄弟姉妹が相続人になると2割加算がかかる

    相続税額の2割加算は、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫を含む)と配偶者以外の人が財産を取得した場合に適用されます(相続税法18条、No.4157)。子が全員放棄して兄弟姉妹が相続人になると、兄弟姉妹が取得した財産にかかる相続税は2割増しになります。

    また、孫が代襲相続人の地位にありながら放棄し、遺贈で財産を受け取った場合は、放棄によって「代襲して相続人となった」とはいえなくなるため、2割加算の対象になるとされています(国税庁 質疑応答事例)。

    配偶者の税額軽減は、放棄しても使える場合がある

    配偶者の税額軽減は、配偶者が実際に取得した財産を基に計算します。配偶者が相続を放棄した場合でも、遺贈により取得した財産(死亡保険金など)があれば、軽減の規定が適用されます(相続税法基本通達19の2-3)。

    生前贈与加算と相続時精算課税

    放棄をしても、相続時精算課税を選択して贈与を受けていた財産は、相続税の計算に取り込まれます(相続税法21条の16)。また、相続や遺贈で財産を取得した人が被相続人から一定期間内に贈与を受けていた場合の生前贈与加算は、放棄した人でも生命保険金など遺贈により取得したものとみなされる財産を受け取っていれば、対象になり得ます(相続税法19条)。

    小規模宅地等の特例への影響

    放棄は、小規模宅地等の特例にも二つの面で関わります。

    一つは、放棄によって新たに相続人になった親族が、自宅の敷地などを取得する場合です。特例は「被相続人の親族」が相続または遺贈で取得することが前提で、放棄した結果として相続人になった兄弟姉妹なども親族に当たります。そのうえで、同居していたか、申告期限まで住み続けて保有するかなど、通常の取得者要件を満たすかどうかで判断します。

    もう一つは、いわゆる「家なき子」の要件の判定です。家なき子の要件の一つに「被相続人の家に住んでいた相続人がいないこと」がありますが、ここでいう相続人は、相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人です(租税特別措置法施行令40条の2第14項、No.4124)。同居していた相続人が放棄しても、それによって家なき子の要件を満たすようになるわけではありません。

    申告期限と手続で確認したいこと

    放棄によって新たに相続人になった人は、自分が相続人になったことを後から知ることになります。相続税の申告期限は「自己のために相続の開始があったことを知った日」の翌日から10か月以内とされ(相続税法27条1項、相続税法基本通達27-4)、いつが起算日になるかは事実関係によって確認が必要です。

    また、遺産分割で「何も取得しない」ことと、家庭裁判所での相続放棄は、法律上の効果が異なります。分割協議で取得しないことにしただけでは相続人の地位は残り、被相続人の債権者は、各相続人に対して法定相続分に応じて権利を行使できるとされています(民法902条の2)。借入金を引き継ぎたくないという目的であれば、家庭裁判所での手続が必要かを早めに確認します。

    相続人が全員放棄した場合に財産がどうなるかは、関連記事「相続人がいない場合、財産はどうなるか」で解説しています。また、著作権や印税収入のように放棄の判断が難しい財産については、関連記事「著作権・印税収入がある人の相続と相続放棄」で取り上げています。

    AEGISの視点

    相続放棄は、借入金などの負債から家族を守るための大切な選択肢です。ただ、「放棄すれば相続とは関係なくなる」と考えて手続を進めると、生命保険金に非課税枠が使えない、後順位の親族に相続権が移って2割加算がかかる、といった影響に後から気づくことがあります。

    AEGISは、相続放棄を一人の判断ではなく、家族全体の相続税と財産の流れを変える選択だと考えています。誰かが放棄すれば、相続人の構成、各人の税額、不動産や会社の株式の行き先、さらに次の相続の形まで変わります。放棄を検討するときは、放棄した場合としなかった場合の両方で、家族全体の手取りと負担を比べることが判断の出発点になります。

    そもそも放棄を検討せざるを得ない状況をつくらないために、生前に財産と負債の全体像を整理し、遺言や民事信託(いわゆる家族信託)で引き継ぎ方を決めておくことも有効です。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    相続対策と事業承継の全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で整理しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったものとみなされますが、相続税の基礎控除や相続税の総額の計算では、放棄がなかったものとした相続人の数・相続分を使います。
    • 放棄した人が受け取る死亡保険金・死亡退職金は遺贈により取得したものとみなされ、非課税枠は使えません。
    • 放棄した人は債務控除と相次相続控除を使えません。ただし、現実に負担した葬式費用は差し引くことが認められています。
    • 放棄によって兄弟姉妹が相続人になると、その人が取得した財産には2割加算がかかります。
    • 配偶者の税額軽減は、放棄した配偶者でも遺贈などで取得した財産があれば適用されます。具体的な税額は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続人の一人が放棄すると、基礎控除は減りますか?

    減りません。基礎控除の計算に使う法定相続人の数は、相続の放棄があっても、その放棄がなかったものとした場合の人数で数えます(相続税法15条2項)。

    Q. 相続放棄をしても、生命保険金は受け取れますか?税金はどうなりますか?

    受け取れます。ただし相続税の計算では遺贈により取得したものとみなされ、相続人ではないため、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は使えません。受け取った保険金の全額が課税対象になります。

    Q. 子が全員放棄して、私(被相続人の兄)が相続人になりました。何か注意点はありますか?

    兄弟姉妹が財産を取得すると、相続税額の2割加算の対象になります。また、申告期限の起算日、取得する財産に小規模宅地等の特例を使えるかなど、新たに相続人になった立場で確認することがあります。

    Q. 配偶者が相続を放棄すると、配偶者の税額軽減は使えなくなりますか?

    配偶者が相続を放棄しても、遺贈により取得した財産(死亡保険金など)があれば、配偶者の税額軽減の規定は適用されます(相続税法基本通達19の2-3)。

    Q. 遺産分割で何も受け取らないことにすれば、相続放棄と同じですか?

    同じではありません。分割協議で取得しないことにしても相続人の地位は残り、被相続人の債権者は法定相続分に応じて権利を行使できるとされています。負債を引き継がないことが目的であれば、家庭裁判所での相続放棄の手続が必要かを確認します。

    関連するAEGISのソリューション

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 家族信託と遺言:家族信託と遺言を活用し、資産管理と承継の体制を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『第10版 Q&A事業承継をめぐる非上場株式の評価と相続対策』デロイトトーマツ税理士法人 編、清文社、P.4、P.9、P.11
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.74、P.111、P.114
  • 税制改正は自分の承継計画に関係するか|改正情報を「自分ごと」として点検する考え方

    税制改正は自分の承継計画に関係するか|改正情報を「自分ごと」として点検する考え方

    毎年12月頃になると「税制改正大綱」のニュースが流れ、相続税や贈与税、事業承継税制に関する見出しも目にします。しかし、その改正が自社や家族の承継計画にどのような影響を与えるのかは、ニュースを読むだけではなかなか判断できません。

    結論から言えば、税制改正は「何が変わったか」よりも「自分の計画のどの前提に触れるか」で読むことが大切です。承継計画は、財産の評価額、制度の期限、税額の計算方法、手続の段取りといった、いくつもの前提の上に組み立てられています。改正がそのどれに触れるのかを仕分けできれば、「関係がある改正」と「当面は関係が薄い改正」を落ち着いて見分けられるようになります。

    この記事では、税制改正を自分ごととして点検するための考え方と手順を、令和8年度税制改正の大綱に盛り込まれた資産課税の項目を具体例として解説します。

    税制改正はどのように決まり、いつ効力を持つのか

    まず押さえておきたいのは、ニュースで報じられる「大綱」の段階では、まだ改正は確定していないということです。税制改正は、おおむね次のような段階を経て効力を持ちます。

    段階主な内容令和8年度改正の例
    税制改正の大綱政府として改正の方針と内容を決定令和7年12月26日 閣議決定
    法律案の提出・成立国会で審議され、成立・公布される所得税法等の一部を改正する法律案:令和8年2月20日提出、3月31日成立・公布(令和8年法律第12号)
    政令・省令法律の細目(要件や手続など)を定める財務省が順次公表
    通達・FAQ等国税庁が法令の解釈や取扱いを示す財産評価基本通達の改正など

    ※上表の日付は財務省ウェブサイトの掲載情報によります。

    相続税・贈与税で特に注意したいのが、財産の評価です。相続税法は、相続等で取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めていますが、具体的な評価方法の多くは国税庁の「財産評価基本通達」に委ねられています。そのため、評価に関するルールは、法律の改正だけでなく、通達の改正によっても変わります。改正情報を追うときは、「法律で決まるもの」と「通達で決まるもの」があることを意識しておくと、情報の確度を判断しやすくなります。

    改正が承継計画に影響する4つの経路

    AEGISでは、税制改正が承継計画に影響する経路を、次の4つに分けて考えています。

    経路何が変わるか承継計画への影響の例
    1. 期限制度の適用期限、計画や届出の提出期限「いつまでに何をするか」という時間軸が変わる
    2. 評価財産の評価方法・評価額同じ財産を持っていても、税額の見込みが変わる
    3. 計算加算期間、控除額、税率などの計算の仕組み贈与と相続の使い分けの前提が変わる
    4. 手続申告・届出・書類の要件準備すべき資料や段取りが変わる

    改正のニュースを見たら、まず「これは4つのうちどれに当たるか」を考えてみてください。それだけで、確認すべきことが具体的になります。

    さらに忘れてはならないのは、税制改正は税金以外の判断にも波及することです。たとえば評価方法が変われば、不動産を個人で持つか法人で持つか、どの財産を誰に渡すかといった所有と分配の設計にも影響することがあります。税額の増減だけを見て終わりにしないことが重要です。

    具体例:令和8年度税制改正の大綱に盛り込まれた資産課税の項目

    ここでは、令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)のうち、資産・事業の承継に関係しやすい項目を、上の4つの経路で整理します。

    項目大綱の内容(要旨)経路
    非上場株式等の納税猶予の特例(法人版事業承継税制の特例措置)特例承継計画の提出期限を1年6月延長期限
    個人の事業用資産の納税猶予(個人版事業承継税制)個人事業承継計画の提出期限を2年6月延長期限
    教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置令和8年3月31日までとされている信託等可能期間を延長せずに終了(同日までに拠出された金銭等には引き続き適用)期限・計算
    相続税等の財産評価の適正化被相続人等が課税時期前5年以内に取得・新築した一定の貸付用不動産などについて、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価(令和9年1月1日以後の相続等から)評価

    ※上表は大綱の記載を要約したものです。正確な要件・適用関係は原文と、その後の法令・通達でご確認ください。

    期限が変わる改正:事業承継税制

    法人版事業承継税制の特例措置について、中小企業庁は特例承継計画の提出期限を令和9年(2027年)9月30日としています。大綱の「1年6月延長」と整合する期限です。期限が延びたことで、検討の時間は確保されました。一方で、期限が延びても制度の要件や適用後の継続要件が軽くなったわけではありません。「時間ができたので後回しにする」のではなく、「時間ができたので方針を固める」と受け止めるのが望ましいでしょう。

    評価が変わる改正:貸付用不動産

    大綱では、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえ、評価を見直す方針が示されました。これを受けて国税庁が公表した通達案「貸付用不動産の評価について」では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築された貸付用不動産(貸家とその敷地)は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価するとされています。取得価額がその取得時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費」の100分の80で評価することもできます。また、不動産特定共同事業契約や分割された信託受益権などの「特定小口化商品」の目的となっている貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず同様に評価するとされています。

    この見直しは、令和9年1月1日以後の相続・遺贈・贈与により取得した財産の評価に適用するとされています。通達案には、収用や一定の買換えなどで取得したものを対象外とする定めや、通達制定日までに以前から持っている土地に新築した建物(建築中を含む)を対象外とする経過措置も設けられています。2026年10月9日時点では意見公募中で最終通達は出ておらず、経過措置の基準となる通達制定日もまだ決まっていません(AEGISは、意見公募の締切(2026年10月18日)を踏まえ、10月下旬から11月上旬になる可能性が高いとみています)。賃貸不動産を保有している、または取得を検討しているオーナーにとっては、「評価」の経路で計画の前提に直接触れる改正といえます。不動産に関する点検の詳細は、関連記事「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で解説しています。

    過去の改正が「今」効いてくることもある

    改正の影響は、公表された年だけに表れるわけではありません。たとえば、令和5年度の改正により、相続開始前に受けた暦年課税の贈与を相続財産に加算する期間は、3年から7年へと段階的に延びています。国税庁によれば、令和9年1月1日以後の相続から加算対象期間が延び始め、令和13年1月1日以後の相続では相続開始前7年以内が対象になります。また、令和6年1月1日以後の贈与からは、相続時精算課税に年110万円の基礎控除が設けられています。

    数年前に決まった改正が、これからの贈与や相続のタイミングに影響することもあります。承継計画を見直すときは、「今年の改正」だけでなく「経過措置の途中にある改正」も確認対象に含めておく必要があります。

    改正を「自分ごと」として点検する5つのステップ

    では、実際に改正情報に接したとき、何から確認すればよいでしょうか。AEGISでは次の順番をおすすめしています。

    1. 自分の前提を書き出しておく:保有財産の一覧(種類・取得時期・所有者)、承継計画の時間軸、検討中の制度や対策を、普段から一枚にまとめておきます。前提が見えていないと、改正との照合ができません。
    2. 改正を4つの経路で仕分ける:期限・評価・計算・手続のどれに当たるかを判断し、自分の前提のどこに触れるかを確認します。
    3. 対象と適用時期を確認する:「誰の、どの財産・取引が対象か」「いつ以後の相続・贈与から適用されるか」「経過措置はあるか」を、一次情報で確認します。
    4. 税額だけでなく方針への影響を考える:影響が出る場合、税額の増減だけでなく、所有の形、分配のバランス、納税資金、事業の継続性に波及しないかを検討します。
    5. 確定した内容で計画を更新する:大綱の段階では内容が変わる可能性もあります。法令や通達で確定した内容を確認したうえで、計画を更新します。

    改正情報の具体的な追い方や、専門家に相談するタイミングについては、関連記事「制度改正の情報をどう追い、いつ相談するか」で詳しく解説しています。

    実務上注意したいポイント

    大綱は「方針」であり、確定ではない

    大綱は政府の方針を示すもので、細かな要件は法律・政令・省令・通達で定まります。大綱の要約記事だけを根拠に、急いで売買や贈与を実行するのは避けたほうが安全です。

    情報源の「基準日」を確認する

    書籍や解説記事には、それぞれ前提とする法令の時点があります。たとえば、令和7年12月時点の法令に基づいて作られた実務書では、特例承継計画の提出期限が改正前の日付で記載され、大綱で延長が示された旨が注記として添えられている例もあります。古い情報が誤っているのではなく、基準日が違うのです。国税庁のタックスアンサーにも「令和8年4月1日現在法令等」のように基準日が示されています。

    「駆け込み」を目的にしない

    適用開始日が示されると、その前に対策を済ませようとする動きが出がちです。しかし、評価の見直しの背景には、評価額と実際の価値との乖離への問題意識があります。改正の趣旨を踏まえずに取引を急ぐと、税務上だけでなく、資産の収益性や流動性の面でも無理が生じることがあります。

    AEGISの視点

    税制改正の情報に接したとき、多くの方は「得をするか、損をするか」を最初に考えます。しかしAEGISは、税制改正を「自分たちの承継計画の前提を点検する、年に一度の機会」と捉えています。

    承継計画は、作った瞬間から少しずつ前提がずれていきます。財産の評価は毎年変わり、家族の状況も変わり、制度も改正されます。改正のニュースは、そのずれに気づくきっかけとして使うのが最も有益です。期限が延びた、評価が変わった、という事実そのものより、「それによって自分たちの計画のどこを見直す必要があるか」を考えることに価値があります。

    そのためにも、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として把握しておくことが欠かせません。全体像が手元にあれば、改正が一つ発表されても、慌てずに「関係がある部分」だけを確認できます。税金は方針を実現するための手段の一つであり、改正によって方針そのものを揺るがせる必要はない——その前提に立つことが、改正に振り回されない承継設計の土台になると考えています。

    事業承継をどこから始めるかは関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で、会社と個人の財産を一体で考える視点は「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    承継や資産税務、不動産評価に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 税制改正は「何が変わったか」より「自分の計画のどの前提に触れるか」で読むことが大切です。
    • 改正が承継計画に影響する経路は、期限・評価・計算・手続の4つに整理できます。
    • 令和8年度税制改正の大綱では、事業承継税制の計画提出期限の延長、教育資金の一括贈与の非課税措置の終了、貸付用不動産の評価の見直しなどが示されました。
    • 過去の改正の経過措置が、これからの贈与や相続に影響することもあります。
    • 大綱は確定ではありません。法令・通達で確定した内容を一次情報で確認してから計画を更新します。

    具体的な影響の有無や対応は、財産の内容や家族の状況など個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 税制改正大綱が出たら、すぐに対策を始めるべきですか?

    まずは影響の有無を確認する段階です。大綱は政府の方針であり、細かな要件は法律や政令・省令、通達で定まります。影響がありそうな項目について適用時期と対象を確認し、確定した内容を踏まえて計画を見直すのが基本的な順番です。期限が近い制度については、確定を待ちながら準備を並行して進めることもあります。

    Q. 相続税の評価方法は、法律で決まっているのですか?

    相続税法は、財産の価額を取得の時の時価によると定めていますが、具体的な評価方法の多くは国税庁の財産評価基本通達で定められています。そのため、評価のルールは通達の改正によって変わることがあります。令和8年度大綱で示された貸付用不動産の評価の見直しも、国税庁が通達案を公表し、通達で定める形で進められています。

    Q. 事業承継税制の期限が延びたなら、急いで検討しなくてもよいですか?

    期限が延びたことで検討の時間は確保されましたが、制度を使うかどうかの判断や、後継者・株式・財産の設計には時間がかかります。中小企業庁によれば、特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日です。期限から逆算し、方針の整理を早めに進めておくことが望まれます。

    Q. 自分に関係する改正かどうか、どうすれば分かりますか?

    保有財産の一覧や承継計画など、自分の「前提」を書き出しておくことが出発点です。そのうえで、改正が期限・評価・計算・手続のどれに当たり、自分の前提のどこに触れるかを照らし合わせます。前提が整理されていれば、関係する改正を絞り込みやすくなります。

    Q. 過去の改正も確認する必要がありますか?

    あります。生前贈与の加算期間の延長のように、経過措置によって段階的に影響が表れる改正があるためです。承継計画を見直すときは、その年の改正だけでなく、経過措置の途中にある改正も確認対象に含めることをおすすめします。

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    • 相続と資産承継:財産の内容とご家族の意向から、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で考えます。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。
    • 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税予測・資金繰りをつなぎ、継続的な経営管理を支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 制度改正の情報はどう追い、いつ相談するか|大綱・法律・通達の読み分けと確認のタイミング

    制度改正の情報はどう追い、いつ相談するか|大綱・法律・通達の読み分けと確認のタイミング

    「事業承継税制の期限が延びるらしい」「不動産の評価が変わるらしい」——改正の情報は、ニュース、金融機関の案内、知人の話など、さまざまな経路で耳に入ります。ところが、その情報がどの段階のもので、いつから、誰に適用されるのかが分からないまま、判断を迫られることも少なくありません。

    結論から言えば、改正情報に接したときは、「どの段階の情報か」「いつから・誰に適用されるか」「自分の計画のどこに触れるか」の3点を確かめてから、専門家に相談するのが効率的です。この記事では、改正情報の段階ごとの読み方、確認したい項目、信頼できる情報源、相談のタイミングを整理します。

    改正が承継計画に与える影響の全体像については、親記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で解説しています。

    改正情報には「段階」がある

    税制改正の情報は、一度に確定するわけではありません。令和8年度の税制改正を例にとると、次のような段階を経ています。

    段階時期の目安情報の性格令和8年度改正の例(財務省の掲載情報)
    1. 税制改正の大綱前年12月頃政府の方針。内容の骨格が示される令和7年12月26日 閣議決定
    2. 法律案の提出1〜2月頃条文の形になる令和8年2月20日 国会提出
    3. 法律の成立・公布3月末頃が多い法律として確定令和8年3月31日 成立・公布(令和8年法律第12号)
    4. 政令・省令法律と前後して要件・手続の細目が定まる財務省ウェブサイトに順次掲載
    5. 通達・FAQ・解説春以降に順次国税庁が解釈や取扱いを示す財産評価基本通達の改正など

    大綱の段階の情報は、方向性としては重要ですが、細かな要件はその後の法令や通達で定まります。大綱の要約だけを根拠に行動を決めないことが、改正情報との付き合い方の基本です。

    財産評価は「通達」で変わることが多い

    相続税・贈与税では、財産の評価が税額を大きく左右します。相続税法は財産を「取得の時における時価」で評価すると定めていますが、具体的な評価方法の多くは国税庁の財産評価基本通達に委ねられています。

    国税庁が公表している財産評価基本通達の一部改正通達の一覧を見ると、令和8年に入ってからも3月25日付、5月25日付と改正が行われています。5月25日付の改正は、立木の標準価額表を最近の立木価格の実態に即して改めるもので、令和8年1月1日以後の相続等に適用するとされています。このように、税制改正大綱とは別のタイミングで、評価のルールが更新されることがあります。

    また、令和8年度大綱では貸付用不動産の評価の見直しが示されましたが、その具体的な定めは通達で行うとされています。その後、国税庁が通達案を公表し、計算方法や経過措置まで具体化されましたが、2026年10月9日時点で最終通達は出ておらず、経過措置の基準となる通達制定日も決まっていません(AEGISは、意見公募の締切(2026年10月18日)を踏まえ、10月下旬から11月上旬になる可能性が高いとみています)。評価に関わる改正は、大綱を見た後も、通達の公表まで追いかける必要があると考えておきましょう。

    改正情報を見つけたときに確認したい6つの項目

    改正のニュースに接したら、次の6項目をメモしておくと、自分への影響を判断しやすくなり、専門家への相談もスムーズになります。

    確認項目確認すること
    1. 情報の段階大綱か、成立した法律か、通達か
    2. 対象誰の(個人・法人・相続人等)、どの財産・取引が対象か
    3. 適用時期いつ以後の相続・贈与・取引から適用されるか
    4. 経過措置改正前からの取引や保有資産に例外があるか
    5. 情報源と基準日一次情報か、どの時点の法令に基づく情報か
    6. 自分の計画との接点期限・評価・計算・手続のどこに触れるか

    「基準日」の違いに注意する

    改正の時期をまたいで情報を集めると、資料によって記載が食い違って見えることがあります。たとえば、令和7年12月時点の法令に基づいて作られた実務書では、法人版事業承継税制の特例承継計画について改正前の提出期限が記載され、大綱で1年6月延長する旨が示された、という注記が添えられています。一方、中小企業庁は提出期限を令和9年(2027年)9月30日としています。

    どちらかが誤っているのではなく、前提としている時点が違うのです。国税庁のタックスアンサーも、各ページに「令和8年4月1日現在法令等」のように基準日を示しています。情報を比べるときは、まず基準日をそろえて読むことが大切です。

    信頼できる情報源をどう使い分けるか

    改正情報は、可能な限り公的な一次情報で確認します。主な情報源と使い方は次のとおりです。

    • 財務省「税制改正」のページ:大綱、成立した法律、政令・省令、改正の解説などが年度ごとにまとめられています。「何が改正されたか」の全体像を確認するのに適しています。
    • 国税庁 タックスアンサー:制度の概要を、基準日付きで平易に説明しています。現行の制度を確認する出発点として使えます。
    • 国税庁 法令解釈通達:財産評価基本通達などの本文と、一部改正通達の一覧が掲載されています。評価に関わる改正の確定内容を確認できます。
    • 中小企業庁のページ:事業承継税制の手続(特例承継計画など)や期限を確認できます。

    金融機関や専門家のレポート、書籍は、論点を知り、自分への影響を考えるうえで役立ちます。ただし、税率・金額・期限・要件といった重要な事実は、最終的に一次情報で確認する習慣を持っておくと安心です。

    いつ専門家に相談するか

    改正情報のすべてについて、すぐに相談する必要はありません。AEGISでは、次の4つの場面を相談のタイミングの目安と考えています。

    相談の場面目安となる時期相談の目的
    大綱の公表後12月〜翌年1月頃自分の計画に関係しそうな項目の当たりをつける
    期限や適用開始の前期限から逆算して余裕をもって行動が必要かどうか、何をいつまでにするかを決める
    計画の定期見直し決算確定後など年1回改正の経過措置も含め、前提を更新する
    相続などの発生時発生後できるだけ早く適用される制度を確定し、手続を進める

    特に注意したいのは、期限や適用開始日が決まっている改正です。たとえば、令和8年度大綱で示された貸付用不動産の評価の見直しは、令和9年1月1日以後の相続等に適用するとされています。また、法人版事業承継税制の特例措置を検討するなら、特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)から逆算して準備する必要があります。

    相続が発生した場合、相続税の申告・納税の期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。発生後に慌てて制度を調べるのではなく、平時に「自分に関係する制度」を把握しておくことが、結果として選択肢を広げます。

    相談のときに持参したい資料

    相談の質を高めるには、次のような資料を準備しておくと効果的です。

    • 保有財産の一覧(種類、所在、取得時期、名義、おおよその評価や時価)
    • 会社の決算書・株主構成(事業オーナーの場合)
    • 現在の承継計画や検討中の対策のメモ
    • 気になった改正情報の出所(記事・案内文など)と、上記6項目のメモ
    • 家族構成と、承継についての家族の意向

    事業承継計画を整えておくことも、改正情報との照合を容易にします。計画に含める項目は、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 見出しだけで判断しない:「非課税が終わる」「評価が上がる」といった見出しは、対象や適用時期を省略していることがあります。6項目に沿って確認します。
    • 改正前提の取引を急がない:大綱の段階で取引を実行すると、その後の法令・通達で要件が具体化した際に、想定と異なる結果になることがあります。
    • 終了・縮小する制度にも目を向ける:令和8年度大綱では、教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置について、令和8年3月31日までとされている信託等可能期間を延長せずに終了するとされました(同日までに拠出された金銭等には引き続き適用)。新設や延長だけでなく、終了する制度も計画に影響します。
    • 改正のたびに計画全体を作り直さない:影響する部分を特定し、その部分を更新すれば十分な場合がほとんどです。

    AEGISの視点

    改正情報は、追いかけ始めると際限がありません。毎年の大綱、法律、政省令、通達、各種の解説——すべてを読み込もうとすると、本業や家族との時間を圧迫します。

    AEGISは、オーナーにとって大切なのは「すべての改正を知ること」ではなく、「自分の計画の前提を知っていること」だと考えています。保有財産の構成、所有の形、承継の時間軸、家族の意向といった前提が整理されていれば、改正のニュースに接したときに「これは自分の前提のどこに触れるか」を短時間で判断でき、必要なときにだけ専門家と深く検討すればよくなります。

    改正情報の確認は、税金のためだけに行うものではありません。期限の延長は意思決定の時間を、評価の見直しは資産の持ち方を、手続の変更は家族の段取りを見直す契機になります。改正を、事業・資産・不動産・税務・所有・承継の全体像を定期的に点検する機会として生かしていただきたいと考えています。

    不動産に関する制度変更の点検項目は、関連記事「不動産評価や相続に関する制度変更時の点検事項」で解説しています。

    承継や資産税務に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 改正情報は、大綱→法律→政令・省令→通達と段階を踏んで確定します。大綱だけで行動を決めないことが基本です。
    • 財産評価のルールは通達で定められることが多く、大綱とは別のタイミングで改正されることもあります。
    • 改正情報に接したら、段階・対象・適用時期・経過措置・情報源と基準日・自分の計画との接点の6項目を確認します。
    • 重要な事実は、財務省・国税庁・中小企業庁などの一次情報で確認します。
    • 相談は、大綱公表後、期限や適用開始の前、計画の定期見直し、相続発生時の4つの場面を目安にします。

    具体的な影響や対応は、個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 税制改正大綱の内容は、そのまま実施されるのですか?

    大綱は政府の方針であり、その後、法律案として国会に提出され、成立・公布を経て確定します。細かな要件は政令・省令や通達で定まるため、大綱の段階の情報だけで最終的な取扱いを判断するのは避けたほうが安全です。

    Q. 改正がいつから適用されるかは、どこで確認できますか?

    大綱や成立した法律、改正通達には、適用時期が記載されています。たとえば、財産評価基本通達の改正通達には「いつ以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用する」といった形で示されます。国税庁や財務省のウェブサイトで、一次情報を確認するのが確実です。

    Q. 書籍やネット記事の情報が、公的な情報と食い違っているのはなぜですか?

    多くの場合、前提としている法令の時点(基準日)が違うためです。改正をまたぐ時期には、改正前の情報と改正後の情報が混在します。情報を比べるときは、まず基準日を確認してください。

    Q. 改正情報のたびに専門家に相談すべきですか?

    すべての改正について相談する必要はありません。自分の計画の前提に触れる可能性がある改正、期限や適用開始日が迫っている改正、相続の発生など、判断や行動が必要な場面に絞って相談するのが効率的です。

    Q. 相談するときは何を準備すればよいですか?

    保有財産の一覧、会社の決算書や株主構成、現在の承継計画のメモ、気になった改正情報の出所、家族構成と家族の意向などです。改正情報については、段階・対象・適用時期などのメモがあると、相談がより具体的になります。

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  • インボイス経過措置の縮小と取引の見直し|免税事業者からの仕入れの控除割合の推移と、発注者が確認したいこと

    インボイス経過措置の縮小と取引の見直し|免税事業者からの仕入れの控除割合の推移と、発注者が確認したいこと

    インボイス発行事業者として登録していない事業者(免税事業者など)から仕入れや外注をしている会社にとって、令和8年(2026年)10月は、消費税の負担が一段階重くなる節目です。

    インボイス制度では、登録していない事業者からの仕入れは原則として仕入税額控除ができません。ただし、制度開始から一定期間は、仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置が設けられています。この控除割合が、令和8年度税制改正により、令和8年10月1日から70%に下がり、その後50%、30%と段階的に縮小されることになりました。あわせて、一の取引先からの仕入れについて年1億円を超える部分には経過措置が使えなくなります。

    この記事では、発注者(仕入れる側)の立場から、控除割合の推移、自社への影響の測り方、取引条件を見直すときに注意したい法律上のポイントを整理します。売り手として登録するかどうかの判断は、関連記事「インボイス登録は創業時にすべきか」で扱っています。

    経過措置とは:登録していない事業者からの仕入れの「緩和期間」

    インボイス制度(適格請求書等保存方式)は令和5年10月1日に始まりました。制度の下では、一定の事項を記載した帳簿と、インボイス(適格請求書)などの請求書等を保存することが、仕入税額控除の要件です。

    登録していない事業者はインボイスを交付できないため、その事業者からの仕入れは原則として仕入税額控除の対象になりません。そこで、急激な変化を和らげるために、一定期間は仕入税額相当額の一定割合を控除できる経過措置が設けられています。経過措置を使うには、区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等と、経過措置の適用を受ける旨を記載した帳簿を保存する必要があります。

    控除割合はどう推移するのか

    国税庁によると、令和8年度税制改正による見直し後の控除割合は次のとおりです(所得税法等の一部を改正する法律〔平成28年法律第15号〕附則52条・53条)。

    課税仕入れを行った期間控除できる割合
    令和5年10月1日〜令和8年9月30日仕入税額相当額の80%
    令和8年10月1日〜令和10年9月30日70%
    令和10年10月1日〜令和12年9月30日50%
    令和12年10月1日〜令和13年9月30日30%
    令和13年10月1日以後経過措置の終了(原則として控除なし)

    改正前は、令和8年10月から令和11年9月までが50%で、その後は経過措置がなくなる予定でした。改正により経過措置の期間は延びましたが、令和8年10月1日に控除割合が下がることに変わりはありません。

    一の取引先あたり年1億円の上限

    もう一つの見直しが上限額です。令和6年10月1日以後に開始する課税期間から、一の免税事業者等からの課税仕入れの合計額(税込み)が年または事業年度で10億円を超える場合、超えた部分には経過措置が使えないとされていました。令和8年10月1日以後に開始する課税期間からは、この上限が1億円に引き下げられます。

    一つの取引先に多額の外注や仕入れを集中させている会社では、上限を超えた部分は控除がゼロになります。取引先ごとの年間の取引額を把握しておく必要があります。

    自社への影響をどう測るか

    まず確認したい:自社の消費税の計算方法

    影響の大きさは、自社がどの方法で消費税を計算しているかによって変わります。簡易課税制度を選択している場合や、いわゆる2割特例(令和8年9月30日までの日を含む課税期間が対象。同附則51条の2)の適用を受けている場合は、仕入税額控除にインボイスの保存は不要とされており、取引先が登録しているかどうかで納税額は変わりません。影響を直接受けるのは、実際の仕入れに基づいて計算する一般課税(本則課税)の事業者です。

    影響額のイメージ

    単純化した例で考えてみます。登録していない外注先に、消費税相当額10万円を含む代金を支払っている取引があるとします(実際の計算は国税・地方税の区分や端数処理によって異なります)。

    期間控除できる額控除できない額(自社のコスト増)
    〜令和8年9月8万円2万円
    令和8年10月〜令和10年9月7万円3万円
    令和10年10月〜令和12年9月5万円5万円
    令和12年10月〜令和13年9月3万円7万円
    令和13年10月〜0円10万円

    ※説明のための単純化した例です。

    控除できない部分は、自社にとっては消費税の納税額の増加、つまり実質的なコストになります。取引先ごとの年間取引額に当てはめると、どの取引先との関係から見直すべきかが見えてきます。

    見落としやすい取引先

    登録していない事業者は、外注先や個人の専門家だけではありません。たとえば次のような取引も確認の対象です。

    • 個人の家主から借りている事務所・店舗・駐車場の賃料
    • オーナー個人やその家族が所有し、会社に貸している不動産の賃料
    • 小規模な下請先、個人の講師・デザイナー・エンジニアへの報酬

    特に、オーナー個人が会社に不動産を貸している場合、個人の側が免税事業者であれば、会社の側では経過措置の縮小に伴って控除できない消費税が増えていきます。個人と会社のどちらで不動産を持つか、賃料をどう設定するかは、こうした消費税の論点も含めて見直す価値があります。

    取引条件を見直すときに注意したいこと

    価格の引下げは「協議」が前提

    控除できない消費税が増えるからといって、一方的に取引価格を引き下げたり、取引を打ち切ったりすることには注意が必要です。公正取引委員会などが公表している「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」では、取引上優越した地位にある事業者が、免税事業者が負担している仕入れの消費税も払えないような低い価格を一方的に設定することなどは、独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となるおそれがあるとされています。

    下請取引にあたる場合は、下請法(令和8年1月1日施行の改正後の法律名は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」)の規制も関係します。具体的には、次のような対応は避けるべきです。

    • 十分な協議をせずに一方的に価格を引き下げる
    • 正当な理由なく、発注した物品の受領を拒んだり返品したりする
    • 協賛金などの名目で別途の負担を求める
    • 登録しなければ取引を打ち切ると一方的に通告する

    登録を促すこと自体は問題ではない

    同じQ&Aでは、課税事業者が取引先の免税事業者に対して、課税事業者(インボイス発行事業者)になるよう要請すること自体は、独占禁止法上問題となるものではないとされています。問題になるのは、要請にあわせて、応じなければ価格を一方的に引き下げる、取引を停止するなどと示唆する場合です。

    取引先に登録を検討してもらう際には、取引先にとっての負担(消費税の納税、事務の手間)も理解したうえで、価格の扱いを含めて話し合う姿勢が欠かせません。インボイス発行事業者である個人事業者で、登録がなければ免税事業者となる課税期間については、令和9年・令和10年分の消費税について、仕入税額を売上税額の7割とみなし、納付税額を売上税額の3割とすることができる負担軽減措置(3割特例)が設けられています(同附則51条の3)。こうした情報を共有することも、建設的な話し合いの材料になります。

    発注者が進めたい実務の手順

    1. 取引先の登録状況を一覧にする:国税庁の公表サイトで登録番号を確認し、登録していない取引先を洗い出します。
    2. 取引先ごとの年間取引額を集計する:1億円の上限に近い取引先がないかも確認します。
    3. 期間ごとの影響額を試算する:令和8年10月以降の控除割合の推移を当てはめ、数年分のコスト増を見込みます。
    4. 見直しの方針を決める:価格の協議、登録の要請、取引の継続を、取引先との関係や代替可能性とあわせて判断します。
    5. 会計処理と帳簿の設定を確認する:控除割合の切替日は課税期間の途中にくることがあります。会計ソフトの税区分や帳簿の記載が新しい割合に対応しているかを確認します。

    影響額は、資金繰りの見通しにも反映させておきたいところです。毎月の資金計画の作り方は、関連記事「資金繰り表の作り方」で解説しています。

    AEGISの視点

    経過措置の縮小は、一見すると経理の細かな論点に見えます。しかし、発注者にとっては「誰と、どの条件で取引を続けるか」という経営の判断につながるテーマです。

    AEGISは、この見直しを、取引先との関係を「税の負担の押し付け合い」にしないことが大切だと考えています。小規模な外注先や個人の専門家は、事業の品質を支える存在であることも多く、税負担だけを理由に関係を損なえば、長い目で見て自社の損失になりかねません。影響額を数字で把握したうえで、価格・登録・取引の継続を取引先と率直に話し合うことが、結果として双方の納得につながります。

    また、オーナー個人と会社の間の不動産の賃貸借のように、グループ内の取引にも経過措置の縮小は影響します。消費税だけでなく、所得税・法人税、所有の形まで含めて点検する機会と捉えると、制度改正を自社の資産と取引の構造を見直すきっかけにできます。税負担とキャッシュフローの両立という全体の考え方は、関連記事「税負担とキャッシュフローをどう両立させるか」で整理しています。

    改正情報を自社の判断に引き寄せて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」でも紹介しています。

    まとめ

    • 登録していない事業者からの仕入れに係る経過措置は、令和8年10月1日から70%、令和10年10月から50%、令和12年10月から30%へと縮小され、令和13年9月30日で終了します。
    • 令和8年10月1日以後に開始する課税期間からは、一の取引先からの仕入れが年1億円を超える部分に経過措置が使えません。
    • 影響を直接受けるのは一般課税の事業者です。取引先ごとの年間取引額から影響額を試算することが出発点です。
    • 価格の見直しは協議が前提で、一方的な引下げや取引停止の示唆は独占禁止法・下請法上の問題となるおそれがあります。
    • 登録の要請自体は問題ではありませんが、取引先の負担も踏まえた話し合いが求められます。

    よくある質問

    Q. 令和8年10月1日をまたぐ課税期間では、控除割合はどうなりますか?

    控除割合は、課税仕入れを行った日がどの期間に属するかで判定します。そのため、一つの課税期間の中で、9月30日までの仕入れは80%、10月1日以後の仕入れは70%と、割合が切り替わることになります。会計ソフトの税区分の設定を確認しておくことが大切です。

    Q. 簡易課税を選択している場合も影響はありますか?

    簡易課税制度では、仕入税額は売上に係る消費税額にみなし仕入率を掛けて計算するため、仕入先がインボイス発行事業者かどうかで納税額は変わりません。ただし、将来、一般課税に移る可能性がある場合は、その時点の取引先の状況を確認しておく必要があります。

    Q. 経過措置を使うには、どのような書類が必要ですか?

    区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等を保存し、帳簿に経過措置の適用を受ける旨を記載する必要があります。登録していない取引先からの請求書でも、必要な事項が記載されているかを確認しておきましょう。

    Q. 取引先にインボイス登録をお願いしても問題ありませんか?

    公正取引委員会などのQ&Aでは、登録を要請すること自体は独占禁止法上の問題にはならないとされています。ただし、登録しなければ取引を打ち切る、価格を一方的に引き下げるなどと示唆することは問題となるおそれがあります。取引先の負担も踏まえて話し合うことが大切です。

    Q. 登録していない取引先との価格は、どのように見直せばよいですか?

    取引先が負担している仕入れの消費税なども考慮しながら、双方が協議して決めることが前提です。自社の影響額を期間ごとに試算し、根拠を示して話し合うと、合意に至りやすくなります。個別の取引で判断に迷う場合は、取引の実態に即して確認することをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、Chapter 1 主な国税 6 消費税(P.35-48)