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  • 役員借入金が多い会社の事業承継|社長の貸付金は相続でどう扱われ、承継前に何を整理すべきか

    役員借入金が多い会社の事業承継|社長の貸付金は相続でどう扱われ、承継前に何を整理すべきか

    会社の貸借対照表に「役員借入金」が大きく計上されている会社は少なくありません。創業期や業績が厳しい時期に社長が個人資金を会社に入れた、役員報酬を未払いのまま会社に残した——理由はさまざまですが、事業承継の場面では、この役員借入金が見落とされやすい論点になります。

    結論からいうと、社長が会社に貸しているお金は、社長個人から見れば「会社に対する貸付金債権」という財産です。相続が起きれば相続財産となり、原則として返済されるべき金額(元本)で評価されます。会社に返済する余力がなくても、それだけで評価が下がるわけではありません。

    そのため、役員借入金が多い会社では、承継の前に「返してもらうのか、誰に引き継ぐのか、消してしまうのか」を決めておくことが重要です。この記事では、相続での扱いと、整理の方法ごとの課税の違い、判断の進め方を整理します。

    役員借入金は「会社の負債」であり「社長の財産」でもある

    役員借入金は、同じ一つの貸し借りを、二つの側から見たものです。

    • 会社から見ると:社長に返さなければならない負債(役員借入金)
    • 社長から見ると:会社から返してもらえる財産(貸付金債権)

    承継の場面では、この二面性がそれぞれ別の問題を生みます。社長個人の側では相続財産として相続税の課税対象になり、会社の側では、後継者が経営する会社が先代の相続人に返済義務を負い続けることになります。

    中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、承継に向けた現状把握の項目として、経営者と会社の間の貸借関係を含め、会社と個人の関係を明確にすることが挙げられています。会社とオーナーの資金のやり取り全般の整理については、関連記事「資産管理会社と事業会社の資金管理」で扱っています。本記事では、承継時の処理に絞って考えます。

    相続ではどう評価されるか

    原則は「返済されるべき金額」

    財産評価基本通達では、貸付金や未収入金などの「貸付金債権等」は、元本の価額(返済されるべき金額)と、課税時期までの既経過利息の合計額で評価するとされています(評価通達204)。役員借入金は無利息であることが多いため、実際には帳簿上の残高がそのまま相続財産の価額になるのが通常です。

    回収不能として除外できる場面は限られる

    評価通達205では、債務者について破産手続や民事再生、会社更生、特別清算の開始があった場合、手形交換所等の取引停止処分を受けた場合、事業を廃止したり6か月以上休業したりしている場合など、回収が不可能または著しく困難と見込まれる一定の場合に、その部分を元本の価額に算入しないとしています。

    裏を返せば、会社が赤字である、債務超過であるといった事情だけで、貸付金の評価を下げられるわけではありません。事業を続けている会社に対する役員借入金は、会社に返済余力がなくても額面で相続財産になると考えておく必要があります。

    相続人の側で起きること

    役員借入金が相続財産になると、次のような問題が生じやすくなります。

    • 納税資金の不足:貸付金債権は相続税の課税対象になりますが、すぐに現金化できるとは限りません。
    • 後継者以外の相続人が債権を取得した場合:後継者でない家族が会社に返済を求めることができる立場になり、会社の資金繰りや家族関係に影響します。
    • 遺産分割の難しさ:額面どおりに評価される一方で、実際に回収できるかは会社次第という財産は、家族の間で分け方の合意が得にくくなります。

    相続税の申告・納税の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です。役員借入金が大きい場合は、この期限までの資金の見通しも含めて考える必要があります。

    承継前に検討したい整理の方法

    役員借入金の整理には、いくつかの方法があります。それぞれ、社長個人・会社・他の株主に生じる課税関係が異なります。

    整理の方法社長個人の財産会社への影響主な注意点
    返済を受ける貸付金が現金に変わる(財産額は変わらない)資金が流出する会社の資金繰り、返済原資の確保
    後継者へ贈与する贈与した分だけ財産が減る債権者が後継者に替わる後継者に贈与税、他の家族との公平
    債権放棄(債務免除)する放棄した分だけ財産が減る債務免除益が生じる法人税の課税、株価上昇によるみなし贈与
    DES(債権の株式化)を行う貸付金が株式に変わる負債が資本に変わる債権の時価評価、株式評価への影響
    役員退職金と組み合わせる退職金で清算・充当退職金の損金算入の検討支給額の妥当性、退任の実態
    遺言で行き先を決める相続時に後継者等へ債権者が後継者に替わる相続税は課税される、遺留分

    以下、主な論点を見ていきます。

    返済を受ける

    最も単純なのは、会社の資金で計画的に返済してもらう方法です。ただし、返済を受けても社長個人の財産は「貸付金」から「現金」に変わるだけで、相続財産の総額は減りません。その一方で、現金は納税資金や他の家族への配分に充てやすくなるため、財産の「形」を整える意味があります。会社の資金繰りに無理のない範囲で、返済計画を立てることが前提です。

    後継者へ贈与する

    貸付金債権を、生前に後継者へ贈与する方法です。債権者が後継者に替われば、将来、後継者が経営する会社が他の家族から返済を求められる事態は避けられます。一方で、後継者には贈与税がかかります。暦年課税と相続時精算課税のどちらを使うかによって負担や相続時の扱いが異なるため、関連記事「生前贈与と相続をどう使い分けるか」もあわせて検討するとよいでしょう。

    債権放棄(債務免除)する

    社長が会社に対する債権を放棄すると、社長個人の財産はその分減ります。しかし、会社の側では債務が消える分だけ債務免除益が生じ、法人税の課税対象(益金)になります(法人税法22条2項)。繰越欠損金があれば相殺できる場合もありますが、欠損金の範囲を超える放棄は会社に税負担を生じさせます。

    さらに注意したいのが、他の株主へのみなし贈与です。相続税法9条(みなし贈与)の取扱いを定めた相続税法基本通達9-2では、同族会社が対価を受けずに債務の免除を受けたことにより、その会社の株式の価額が増加した場合には、株主が、その増加した部分に相当する金額を、債務の免除をした者から贈与によって取得したものとして取り扱うとされています。社長以外の家族が株主になっている会社では、債権放棄が家族への贈与として課税される可能性があるということです。

    なお、会社が法的な整理手続に入ったり、債権者集会の協議などで再建のために負債整理に入ったりするなど、資力を喪失した場合には、債務超過額に相当する部分は贈与として扱わないとされています(同通達9-3)。ただし、単に一時的に債務超過となっているだけの場合はこれに当たらないとされています。

    DES(債権の株式化)を行う

    DES(デット・エクイティ・スワップ)は、社長の貸付金を会社に現物出資し、株式に置き換える方法です。負債が資本に変わるため会社の財務内容は改善しますが、税務上は、出資された債権を時価で評価する必要があります。会社が実質的に債務超過であれば債権の時価は額面を下回り、その差額が会社の債務消滅益として課税される可能性があります。

    また、社長個人の財産は「貸付金」から「自社株式」に変わるため、相続時には自社株式の評価の問題になります。専門書籍では、DESの実行から相続までの期間が短い場合に、株式の評価方法について課税当局から指摘を受けた事例も紹介されています。承継直前の駆け込みではなく、時間的な余裕をもって検討すべき方法といえます。

    役員退職金と組み合わせる

    先代が退任する際に支給する役員退職金を、役員借入金の返済と組み合わせて整理する考え方もあります。退職金の支給額や時期の考え方は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で整理しています。

    M&Aで第三者に承継する場合

    第三者への株式譲渡では、役員借入金はクロージング時に全額精算されるのが一般的です。専門書籍でも、譲渡契約で貸借関係を特定し、完済を実行の条件として明記する実務が紹介されています。会社に返済原資がない場合は、買い手が資金を手当てすることもあります。

    借入金を放棄してその分を株式の譲渡価格に上乗せする方法も考えられますが、売り手にとっては、本来は課税されない貸付金の回収が、課税対象となる株式の譲渡代金に置き換わることになり、会社の側にも債務免除益が生じます。一般には選択しにくい方法とされています。

    実務上注意したいポイント

    • まず残高の内訳を確認する:いつ、何のために生じた借入金か、未払の役員報酬が含まれていないかを確認します。契約書や議事録がない場合は、この機会に整えます。
    • 会社に返済する力があるかを見極める:返済計画が現実的でなければ、贈与・DES・放棄などとの組み合わせを検討します。
    • 株主構成を確認してから放棄を検討する:社長以外の株主がいる会社では、債権放棄が株主へのみなし贈与になる可能性があります。
    • 反対方向の貸し借りも確認する:会社から社長への貸付金(役員貸付金)がある場合は、相殺の可否や利息の扱いも含めて整理します。
    • 遺言で行き先を決めておく:整理が間に合わない場合でも、遺言で後継者に債権を取得させておけば、他の家族が会社の債権者になる事態を避けられます。

    AEGISの視点

    役員借入金は、多くの場合、オーナーが会社を支えてきた歴史そのものです。苦しい時期に個人の資金を入れ、報酬を後回しにしてきた結果として残っているものだからこそ、オーナー自身が「いずれ返してもらう財産」とは意識していないこともあります。

    しかし承継の場面では、この「意識されていない財産」が、相続税の課税対象になり、場合によっては家族と会社の間の債権債務として残ります。AEGISは、役員借入金を単なる会計上の残高ではなく、事業承継計画の「財産」と「家族」の両方にまたがる論点として扱うべきだと考えています。

    整理の方法に唯一の正解はありません。会社の資金繰り、株主構成、後継者と他の家族への配分、オーナー自身の老後資金——これらを並べて、返済・贈与・放棄・株式化・退職金のどれを、いつ、どの程度組み合わせるかを決めることが大切です。一度に解決しようとせず、数年単位の計画として進めることで、会社にも家族にも無理のない形を選びやすくなります。事業承継計画の中での位置づけは、関連記事「事業承継計画に含める項目とは」も参考になります。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    自社株の評価や承継時の資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 役員借入金は、社長個人から見れば会社に対する貸付金債権であり、相続財産になります。
    • 相続税の評価は、原則として返済されるべき金額(元本)と既経過利息の合計で、会社の業績が悪いだけでは評価は下がりません。
    • 整理の方法には、返済・贈与・債権放棄・DES・役員退職金との組み合わせ・遺言などがあり、それぞれ課税関係が異なります。
    • 債権放棄は会社に債務免除益を生じさせ、同族会社では他の株主へのみなし贈与となる可能性があります。
    • どの方法が適するかは、会社の資金繰りや株主構成、家族の状況によって異なるため、時間をかけて計画的に整理することが大切です。

    よくある質問

    Q. 会社が債務超過なら、役員借入金はゼロ評価にできますか?

    原則としてできません。財産評価基本通達で元本に算入しないとされているのは、破産や民事再生などの法的手続の開始、事業の廃止や長期の休業など、回収が不可能または著しく困難と見込まれる一定の場合に限られます。事業を継続している会社が債務超過というだけでは、通常はこれに当たらないと考えられます。

    Q. 役員借入金を放棄すれば、相続税は減りますか?

    社長個人の財産は放棄した分だけ減ります。ただし、会社には債務免除益が生じて法人税の課税対象となり、同族会社で株式の価額が増加した場合には、他の株主がその増加分を社長から贈与により取得したものとして扱われる可能性があります。会社と株主を含めた全体の負担で判断することが必要です。

    Q. 未払いの役員報酬が役員借入金になっている場合も同じですか?

    未払の報酬を会社に貸し付けた形で残している場合も、社長個人から見れば会社に対する債権として財産になります。未払の報酬にどのような所得税の課税関係が生じているかも含め、残高の成り立ちを確認したうえで整理方法を検討します。

    Q. 後継者に役員借入金を引き継がせる一番簡単な方法は何ですか?

    遺言で貸付金債権を後継者に取得させる方法は、手続き上は比較的簡単です。ただし相続税は課税されますし、他の相続人の遺留分にも配慮が必要です。生前に贈与する方法や、計画的な返済と組み合わせる方法と比べて検討するとよいでしょう。

    Q. 役員借入金は事業承継税制の対象になりますか?

    法人版事業承継税制の対象は、一定の要件を満たす非上場株式等です。役員借入金(貸付金債権)はその対象ではありません。DESによって株式に置き換えた場合の扱いは、制度の要件との関係で個別に確認が必要です。

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    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『Q&A 非上場株式の評価と戦略的活用スキーム』伊藤俊一 著、ロギカ書房、P.68-72、P.141
    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、P.159、P.187-188
  • 個人開業医の診療所を引き継ぐ方法|開設者の交代手続・建物と土地・患者と職員・医療法人化との比較

    個人開業医の診療所を引き継ぐ方法|開設者の交代手続・建物と土地・患者と職員・医療法人化との比較

    個人で開業している診療所を引き継ぐことは、会社の株式を引き継ぐこととは仕組みが大きく異なります。個人開設の診療所では、開設者である院長個人が、診療所の建物・医療機器・借入れ・職員との契約・保険診療の指定のすべての「主体」になっているため、承継は「先代が診療所を廃止し、後継者が新たに開設する」という形で、手続きと資産を一つずつ移していくことになります。

    準備の中心は、次の4つです。

    1. 開設者の交代手続(保健所・地方厚生局など)を、診療を途切れさせない段取りで進めること
    2. 建物・医療機器・診療所用地を、譲るのか、貸すのかを決めること
    3. 患者と職員を、信頼関係を保ちながら引き継ぐこと
    4. 税務と家族の財産配分を、承継の形と合わせて設計すること

    この記事では、子への承継と第三者の医師への承継の両方を念頭に、個人開業医が承継の前に確認しておきたいことを整理します。

    個人開設の診療所の承継は「廃止と開設」の組み合わせ

    会社であれば、株式を後継者に移しても会社そのものは変わらず、契約や許認可は原則として会社に残ります。これに対して個人開設の診療所では、開設者が交代すると、制度上は先代の診療所の廃止と、後継者による新たな診療所の開設として扱われるのが基本です。

    中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、個人事業主は事業用資産を経営者個人が所有していることが多く、個々の資産を承継する必要があることが指摘されています。診療所はその典型で、次のようなものを一つずつ引き継ぐ必要があります。

    引き継ぐもの個人開設での主体承継時に必要になること
    診療所の開設院長個人先代の廃止の届出と、後継者の開設の届出
    保険医療機関の指定院長個人の診療所後継者の診療所としての指定申請
    建物・内装・医療機器院長個人の所有またはリース譲渡・贈与・相続・賃貸借、リース契約の名義変更
    診療所用地・テナント契約院長個人の所有または賃借所有権の移転か賃貸借、賃貸人との契約変更
    借入金院長個人の債務金融機関との協議(引受け・借換え・完済)
    職員院長個人との雇用契約後継者との雇用関係への切替え
    患者・カルテ院長個人の診療所事業の承継に伴う引継ぎと患者への説明

    開設者の交代に伴う手続

    保健所への届出

    医師が個人で無床の診療所を開設した場合は、開設後に保健所へ診療所開設届を提出します。医療法では、届出の期限は開設後10日以内とされています(医療法8条)。一方、専門書籍では、実務上は図面を持参した事前相談や実地検査が欠かせないことが指摘されています。先代の診療所については、廃止した日から10日以内に廃止の届出が必要です(同法9条1項)。

    診療所の許可・届出の取扱いは、自治体によって運用の細部が異なります。東京都も、診療所の許可・届出の手続きについては各保健所に問い合わせるよう案内しています。承継の時期が見えてきたら、早めに所轄の保健所に相談するのが確実です。X線装置を設置している場合は、その届出も新しい開設者として改めて必要になります。

    保険医療機関の指定

    保険診療を続けるには、後継者の診療所として地方厚生局の保険医療機関の指定を受ける必要があります。指定を受けるまでの間に保険診療の空白が生じないかが、承継実務で最も気になる点です。

    この点について、地方厚生局は一定の場合に遡及指定(新しい指定の効力を開設日にさかのぼらせる扱い)を認めています。関東信越厚生局の案内では、令和8年9月1日以降、「保険医療機関等の遡及指定及び機能移転の取扱いについて」(令和8年6月5日 保医発0605第2号)に基づいて運用されるとされ、次のような類型が示されています。

    • 個人開設者の死亡や病気により、親族や勤務医が引き継いで患者の診療を継続する場合
    • 同一都道府県内の至近距離(直線距離2km以内)への移転、または開設者のみの変更(個人から個人、個人から法人など)で、基本的な要件を満たす場合
    • それ以外の場合(原則として希望日の3か月前までに予定の届出と事前相談)

    遡及指定が認められるかどうか、必要な書類や事前相談の要否は、承継の形によって変わります。承継日を決める前に、管轄の地方厚生局の取扱いを確認しておくことが大切です。

    その他の手続

    税務署には、先代の廃業届と後継者の開業届、青色申告の承認申請などを提出します。労災保険や生活保護法などの指定医療機関、雇用保険・社会保険の手続、医師会や取引先への連絡も、開設者の交代に合わせて必要になります。

    建物・医療機器・診療所用地をどう引き継ぐか

    承継の設計で判断が分かれるのが、資産を「譲る」か「貸す」かです。

    方法主な場面確認したい点
    売買(譲渡)第三者の医師への承継、親子でも対価を払う場合価格の根拠、先代の譲渡所得課税、後継者の資金調達
    贈与親子間で生前に引き継ぐ場合贈与税の負担、他の家族との公平
    相続(遺言)先代の死亡時に引き継ぐ場合遺言の有無、遺産分割の見通し、相続税の特例
    賃貸借建物・土地は先代や家族が所有し続ける場合賃料水準、契約書、修繕の負担区分

    子への承継では、建物と土地は親が持ち続けて子に貸し、医療機器だけを譲るという形がよく検討されます。この場合、親子間であっても賃貸借契約書を作り、賃料・修繕・契約期間を明確にしておくことが、後の相続や兄弟姉妹との関係を考えるうえで重要です。賃料を無償にするか有償にするかで、所得税や相続税の扱いも変わります。

    診療所用地を親が所有したまま相続を迎える場合、一定の要件を満たせば、事業用の宅地として小規模宅地等の特例(400㎡まで80%減額)の対象になり得ます。また、個人の事業用資産にかかる贈与税・相続税の納税猶予(個人版事業承継税制)も、医業を含む個人事業の承継で検討対象になります。両者には選択関係があるため、制度の詳細は関連記事「個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ」をご覧ください。

    テナントで開業している場合は、賃貸人の承諾を得て賃借人の地位を後継者に移すか、新たに契約を結び直す必要があります。保証金の扱いや原状回復の範囲も、この段階で整理しておきます。

    患者と職員をどう引き継ぐか

    患者・カルテ

    個人情報保護法では、合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合、提供を受ける側は第三者に当たらないとされています(同法第27条第5項第2号)。そのため、事業の承継に伴うカルテの引継ぎ自体は可能と考えられます。

    ただし、法律上可能であることと、患者が安心して通い続けてくれることは別の問題です。承継の時期や後継医師の紹介を、院内掲示や診察時の説明などで丁寧に伝え、一定期間は先代と後継者が並行して診療するなど、患者が「担当医が替わる」ことを受け入れられる時間をつくることが、承継後の経営の安定につながります。

    職員

    個人開設の診療所では、職員の雇用主は開設者個人です。開設者が替われば雇用契約の当事者も替わるため、労働条件を引き継ぐのか、見直すのかを決め、職員一人ひとりに説明して合意を得る必要があります。退職金の扱いや有給休暇の残日数など、先代の時代の取決めの精算方法も確認しておきます。

    第三者の医師に引き継ぐ場合

    子が医師でない、あるいは継がない場合は、第三者の医師への承継が選択肢になります。稼働中の診療所を患者・職員ごと引き継ぐ形と、休診後に内装や医療機器が残った状態で譲る形とでは、患者が戻る見込みも価格の考え方も異なります。

    専門書籍では、売り手は借入金の残額に営業権を上乗せした価格を求めがちである一方、患者数の少ない診療所では内装や医療機器がほとんど評価されないこともあると指摘されています。価格だけでなく、承継後に先代がどの程度診療に関わるか、建物や土地を貸し続けるのかといった条件を含めて交渉することが現実的です。個人事業を第三者に譲るときの全体像は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」で扱っています。

    医療法人化してから引き継ぐという選択肢

    承継の前に診療所を医療法人にしておけば、承継は「理事長の交代」と「社員・役員の入替え」で行えるようになり、開設者の交代に伴う手続きの多くを避けられます。一方で、次のような点も比較が必要です。

    比較の観点個人開設のまま承継医療法人化してから承継
    承継の手続廃止と開設、指定の取り直しが必要理事長・役員の交代が中心
    設立の手間—都道府県の認可が必要で、受付時期が限られることがある
    財産の帰属資産は院長個人のもの法人の財産と個人の財産が分かれる
    運営上の負担個人の確定申告決算の届出、役員変更の届出・登記など
    解散時—現在設立できる医療法人は出資持分がなく、残余財産の帰属先に制限がある

    医療法人の設立には、都道府県知事の認可が必要です。認可の受付時期や必要書類は都道府県によって異なるため、承継の時期から逆算して、法人化の要否を早めに判断する必要があります。医療法人化そのものの是非や、開業時の形の選び方は、関連記事「医師・士業が独立開業するときの形の選び方」も参考になります。

    実務上注意したいポイント

    • 承継日を先に決めない:保健所・地方厚生局への相談と、遡及指定の可否を確認したうえで、承継日を確定させます。
    • 借入金とリースの扱いを早めに金融機関と相談する:個人の債務は自動的に後継者へ移りません。引受け、借換え、完済のいずれにするかで、後継者の資金計画が変わります。
    • 親子間でも契約書を作る:建物・土地の賃貸借、医療機器の譲渡価格などを書面で残しておくと、相続時の説明や他の家族の理解が得やすくなります。
    • 他の家族への配分を同時に考える:診療所の資産を後継者に集中させると、医師でない兄弟姉妹との公平が問題になることがあります。遺言や生前の財産配分と合わせて検討します。

    AEGISの視点

    開業医の承継では、手続きの多さに目が向きがちです。しかしAEGISは、承継の成否を左右するのは手続きそのものよりも、「診療所という事業」と「院長個人の財産」をどこで切り分けるかという設計だと考えています。

    個人開設の診療所では、建物や土地、医療機器、預金、借入れが院長個人の財産と一体になっています。承継を機に、事業に必要な資産と、院長個人と家族の生活・老後のための資産を分けて整理すると、「何を後継者に渡し、何を手元に残し、何を他の家族に配分するか」が見えてきます。建物や土地を院長側に残して賃貸する設計は、後継者の初期負担を抑えつつ、先代の老後の収入源にもなりますが、その場合は不動産として長く管理し続ける視点も必要になります。

    また、地域の患者にとって診療所は生活の一部です。承継を「資産の移転」だけでなく、「地域医療の担い手の交代」として、患者や職員への伝え方まで含めて準備することが、結果として事業価値を守ることにつながるとAEGISは考えています。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    承継に伴う資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 個人開設の診療所の承継は、先代の廃止と後継者の開設を組み合わせる形で進めるのが基本です。
    • 保健所への届出、地方厚生局の保険医療機関の指定(遡及指定の可否を含む)を、診療を途切れさせない段取りで準備します。
    • 建物・医療機器・診療所用地は、譲るか貸すかを決め、親子間でも契約書で条件を明確にします。
    • 患者情報は事業の承継に伴って引き継ぐことができますが、患者・職員への丁寧な説明が承継後の安定を左右します。
    • 医療法人化してから承継する方法もありますが、設立の手間や運営の負担と比べて判断します。具体的な取扱いは、自治体・地方厚生局の運用や個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 親が院長の診療所を子が継ぐ場合も、新規開設の扱いになりますか?

    個人開設の診療所は院長個人が開設者のため、開設者が親から子に替わる場合は、先代の診療所の廃止と後継者による開設として手続きを行うのが基本です。保険医療機関の指定についても後継者の診療所として申請が必要ですが、開設者のみの変更など一定の場合には遡及指定の取扱いがあります。具体的な扱いは管轄の保健所・地方厚生局に確認してください。

    Q. 承継の前後で保険診療ができない期間は生じますか?

    遡及指定が認められれば、新しい開設日にさかのぼって保険医療機関として扱われるため、空白を避けられる場合があります。ただし、認められる類型や事前相談の要否が定められているため、承継日を決める前に確認することが重要です。

    Q. カルテは患者の同意なしに後継者へ引き継げますか?

    個人情報保護法では、事業の承継に伴う個人データの提供は第三者提供に当たらないとされています。そのため引継ぎ自体は可能と考えられますが、患者への周知や説明を丁寧に行い、患者の意思を尊重する姿勢が大切です。

    Q. 診療所の土地と建物は、子に贈与したほうがよいですか?

    一概にはいえません。贈与すれば後継者が自由に使えますが、贈与税の負担や他の家族との公平の問題が生じます。親が所有したまま子に貸す方法、相続時に引き継ぐ方法などと比べ、税負担・家族の配分・親の老後の収入を合わせて判断します。

    Q. 承継の前に医療法人にしたほうが有利ですか?

    医療法人化すると承継手続きは簡素になりますが、設立には都道府県の認可が必要で、決算や役員変更の届出など運営の負担も増えます。現在設立できる医療法人は出資持分がないため、財産の帰属の考え方も変わります。承継までの期間や診療所の規模を踏まえて比較することが必要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • 事業承継:後継者、経営権、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。
    • 不動産管理と実行管理:賃料・空室・修繕・返済・会計・税務をつないで、収益不動産の管理を支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士・公認会計士のための 医業経営コンサルティングの実務ノウハウ(第2版)』西岡秀樹 著、中央経済社、P.172-182、P.183-187、P.206-211
    • 『Q&A医療機関の組織変更の実務と税務 第3版』税理士法人山田&パートナーズ 編、財経詳報社、P.236-240
  • 公益法人の財務規律をオーナー目線で読む|中期的収支均衡・公益充実資金・使途不特定財産と配当収入の関係

    公益法人の財務規律をオーナー目線で読む|中期的収支均衡・公益充実資金・使途不特定財産と配当収入の関係

    公益財団法人の財務規律とは、公益のために集めたお金が、公益目的事業に適切に使われ続けているかを確かめるためのルールです。令和7年4月1日施行の制度改正により、単年度で収支を合わせる考え方から、5年間で収支の均衡を図る「中期的収支均衡」へと改められ、将来の事業のための「公益充実資金」や、不測の事態に備える「公益目的事業継続予備財産」も設けられました。

    結論から言えば、改正後の財務規律は、配当のように年ごとに増減する収入を持つ財団にとって、以前より資金計画を立てやすい仕組みになっています。ただし、柔軟になった分だけ「なぜ積み立てるのか」「なぜ持っているのか」を法人自身が説明する責任が重くなりました。

    この記事では、自社株を寄附して財団を設立したオーナーや、財団の理事・評議員を務める方が、財務規律を「自分の財団の数字」として読めるよう、仕組みと確認のポイントを整理します。

    公益法人の財務規律とは

    公益法人(公益社団法人・公益財団法人)は、税制上の優遇を受け、広く社会から支援を受けて活動します。そのため、財産や収入が公益目的事業に使われず内部に貯まり続けたり、本来の目的以外の事業ばかりが大きくなったりしないよう、財務に関する基準が設けられています。

    オーナー目線で押さえておきたい財務規律は、大きく次の4つです。

    規律何を見ているか財団の設立者・理事にとっての意味
    中期的収支均衡公益目的事業の収入を、その事業の費用に充てているか(5年間で判定)配当が多い年の収入を、後の年度の事業に回す余地がある
    公益目的事業比率法人全体の活動のうち、公益目的事業がどれだけの割合を占めるか収益事業や法人運営の費用が膨らみすぎないようにする
    使途不特定財産の保有制限使い道の決まっていない財産を持ちすぎていないか「とりあえず貯めておく」資金には上限がある
    区分経理と情報開示公益目的事業・収益事業等・法人運営を分けて経理し、公表しているか財団の数字は外部から見られることを前提に設計する

    内閣府の説明資料では、原則としてすべての公益法人で区分経理を行うこと、また令和7年4月1日以降に行政庁へ提出された財産目録等に当たる書類は行政庁で公表されることが示されています。財務規律は、行政庁のためだけのルールではなく、寄附者や社会に対して財団の運営を説明する共通言語になったと言えます。

    公益財団法人と一般財団法人の基準の違いそのものは、関連記事「一般財団法人と公益認定の違い」で整理しています。

    中期的収支均衡:5年間で収支を合わせる仕組み

    改正前との違い

    改正前は、公益目的事業の収入がその実施に必要な適正な費用を超えてはならないという、いわゆる「収支相償」の考え方がとられていました。運用上は、ある年度に黒字が出ると、その後2年程度で同程度の赤字にして解消することが求められ、過去の赤字は考慮されませんでした。

    改正後は、公益目的事業の収入を適正な費用に充てることで、5年間で収支の均衡が図られるようにする考え方に改められました。判定は公益目的事業の全体で行い、過去に生じた赤字も通算できます。

    計算の流れを読む

    中期的収支均衡の計算は、行政庁が示す定期提出書類の様式(別表)に沿って行います。細かな計算は会計の専門家の領域ですが、流れをつかんでおくと財団の数字の意味が分かるようになります。

    1. その年度の収支を比べる:公益目的事業会計の収益(公益充実資金の取崩額や、収益事業等の利益のうち繰り入れる部分を含む)と、公益目的事業の費用(公益充実資金への積立額を含む)を比べ、黒字(年度剰余額)か赤字(年度欠損額)かを求めます。
    2. 過去の黒字・赤字と通算する:黒字が出た年度は、過去4年度以内に生じた赤字と通算できます。赤字が出た年度は、過去の黒字を古いものから解消していきます。
    3. 残った黒字を解消する:通算後も残った黒字は、公益目的事業に使う財産の取得・改良に充てるなどの方法で解消することができます。
    4. 5年を超えて残っていないかを確かめる:発生から5年を経過しても解消されない黒字が残っている場合は、中期的収支均衡が図られていないと判断されます。

    ここで押さえておきたいのは、黒字が出ること自体が問題なのではなく、黒字が5年の間に公益目的事業へ回されているかが問われるという点です。

    なお、改正前の収支相償のもとで残っていた剰余金は、旧制度のルールに沿って解消を進める必要があるとされています。改正前から活動している財団では、移行時の残高の扱いを確認しておきましょう。

    収益事業等を行う財団の場合

    収益事業等を行う公益法人では、原則としてその利益の50%を公益目的事業の収入として計算に含めます。公益目的事業の財源が不足するために50%を超えて繰り入れる場合は、資金の出入りをもとにした別の算定方法(特例算定)が用意されています。どちらの方法をとるかで、後述する公益充実資金の扱いも変わります。

    公益充実資金:将来の事業のために積み立てる

    何が変わったのか

    公益充実資金は、改正前の「特定費用準備資金」と「資産取得資金」のうち公益目的事業に関するものを統合して創設された積立金です。将来の公益目的事業を発展・拡充させるための費用や、事業に使う資産の取得に備えて積み立てます。

    オーナーにとって重要な変化は次の3点です。

    • 積立額が、中期的収支均衡の計算上は費用とみなされる:配当が多い年に、将来の事業のために計画的に積み立てることで、収支の均衡を図りやすくなりました。
    • 複数の目的を一つの資金として管理できる:事業ごと・資産ごとに細かく分けて管理する必要がなくなり、透明性の確保を前提に、目的の変更(ある事業から別の事業へ、事業の実施から資産の取得へ等)も可能とされています。
    • これから始める事業も対象にできる:具体的な実施の見込みがあれば、公益認定を受けていない新規事業のための積立ても対象に含められるとされています。

    さらに公益認定等ガイドラインでは、既存の事業を続けるための将来の収支変動への備えや、保有する株式の配当が減少傾向にあり今後も続く可能性が高いなど、将来の収入減少が合理的に見込まれる場合の積立ても可能とされています。一方、繰越金や予備費のような「将来の単なる備え」は対象になりません。

    注意したい点

    公益充実資金は、他の財産と区分して管理する必要があります(銀行口座まで分けることは必須ではないとされています)。また、収益事業等の利益を50%超繰り入れる特例算定の場合には、費用とみなせる積立額に上限が設けられています。いずれにしても、何のために、いつまでに、いくら必要かという計画が積立ての前提になります。

    使途不特定財産と公益目的事業継続予備財産

    使途不特定財産の保有制限

    使途不特定財産とは、現に使われておらず、今後も使われる見込みのない財産のことで、改正前の「遊休財産」から名称が改められました。公益法人がこうした財産を過大に貯め込むことがないよう、保有額には上限があります。

    上限は、原則として過去5年間の公益目的事業費の平均額(1年分相当)とされ、事業が拡大している場合などには当該事業年度または前事業年度の公益目的事業費を基礎にすることもできます。単年度の数字だけで上限を決めると、事業費が一時的に減ったときに上限も急に下がってしまうため、5年平均が原則とされています。

    公益目的事業継続予備財産

    改正で新たに設けられたのが、公益目的事業継続予備財産です。災害や感染症の流行など予見しがたい事態が起きても公益目的事業を続けるために必要な財産を、使途不特定財産の計算から除くことができます。

    予備財産として扱うには、次の3つを満たす必要があります。

    • 法人の事業内容や資産・収支の状況、想定される事態などからみて、保有する合理的な必要性があること
    • 必要な額が算定されていること
    • 予備財産の額が必要額を超えないこと

    そして、予備財産を保有する理由や額などを、翌事業年度の開始後速やかに、法人自ら公表する必要があります(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律16条3項。内閣府の説明資料では、毎事業年度の経過後3か月以内とされています)。一律の上限はない一方で、説明できない過大な蓄財は認められません。

    配当収入に頼る財団への影響

    自社株の寄附によって設立された財団は、収入の多くを株式の配当に頼ることが少なくありません。財務規律は、配当の増減と次のように関わります。

    場面改正後の財務規律との関係財団として検討したいこと
    増配・特別配当があった年黒字が出ても、5年の間に公益目的事業に充てれば均衡を図れる一時的な収入を、公益充実資金の目的に沿って積み立てるか、翌年度以降の事業拡充に回すかを決める
    減配・無配の年過去4年度以内の赤字は将来の黒字と通算できる中核となる事業をどの水準で続けるか、予備財産や積立金をどう使うかを決める
    配当が数年続けて減った使途不特定財産の上限は5年平均の事業費が基礎のため、急には下がらない事業規模の見直しの時期と、会社との対話の進め方を決める
    施設取得など大きな計画がある公益充実資金として積み立て、取得時に取り崩す計画の内容・時期・金額を具体化し、理事会で承認しておく

    改正前の考え方では、配当が多い年ほど「その年のうちに使い切る」圧力が働き、反対に配当が減ると事業を急に縮めざるを得ない、という悩みがありました。改正後は、5年という時間軸の中で収入の波をならすことが制度上も想定されています。

    一方で、会社の配当方針が大きく変わる場合や、無配が長く続く場合には、財務規律の工夫だけで財団の活動を支えることはできません。配当の変動に備えた資金設計の具体的な考え方は、関連記事「株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか」で解説しています。

    設立者・理事が財務書類で確認したいこと

    財団の決算や事業計画の説明を受ける際は、次の点を確認すると、財務規律の状況がつかみやすくなります。

    • 中期的収支均衡の計算表:年度ごとの黒字・赤字と、発生から何年目の黒字が残っているか
    • 公益充実資金の明細:積立ての目的、所要額、実施時期、当年度の積立額・取崩額
    • 使途不特定財産の額と上限:上限の算定に5年平均を使っているか、例外を使っている場合はその理由
    • 予備財産の説明:想定している事態、必要額の算定方法、公表の内容
    • 3つの会計区分ごとの活動計算書:法人運営の費用や収益事業等の規模が、公益目的事業と比べて過大になっていないか
    • 公益目的事業比率:法人全体の費用に占める公益目的事業の割合が、基準(50%以上)を十分に上回っているか

    数字の細部を理事全員が計算できる必要はありません。大切なのは、「この数字は、財団の目的と計画から見て説明がつくか」を問う視点です。

    実務上注意したいポイント

    • 会社の決算と財団の予算の時期を合わせて考える:配当は会社の決算後に確定するため、財団の予算編成の時点では見込みになります。配当の見込みに幅を持たせ、どの水準なら何を実施するかを事前に決めておくと、年度途中の判断がぶれにくくなります。
    • 積立ての「目的」を具体的に書く:公益充実資金は柔軟になりましたが、目的と計画が曖昧なまま積み立てると、外部から見て説明しにくい財産になります。
    • 予備財産は「持てる」より「説明できる」かで考える:一律の上限がない分、必要額の根拠と、事業環境が変わったときの見直しを毎年説明できるかが問われます。
    • 一般財団法人には同じ規律はかからない:公益認定を受けていない一般財団法人には、これらの財務規律は課されません。ただし、将来公益認定を目指す場合は、最初から公益法人の基準に沿った経理をしておくと移行がスムーズです。
    • 会計基準の移行にも注意する:令和6年の公益法人会計基準は令和7年4月1日以後に開始する事業年度から適用され、3年間の移行期間を経て、令和10年4月1日以後に開始する事業年度からはすべての公益法人に適用されます(それまでは従前の会計基準によることもできます)。財務規律の計算と会計の区分は連動するため、顧問の会計専門家と移行の時期を確認しておきましょう。

    AEGISの視点

    財務規律の改正は、制度の言葉で語られるため、オーナーにとっては「財団の事務局と会計の専門家が対応すること」と受け止められがちです。しかしAEGISは、財務規律を「寄附者の想いを、時間をかけて社会に届けるためのルール」として読むことをおすすめしています。

    自社株を寄附した財団にとって、最大の不確実性は配当です。会社の業績や配当方針は、財団がコントロールできるものではありません。中期的収支均衡や公益充実資金は、その不確実性を5年という時間軸で受け止めるための道具であり、使い方次第で財団の活動を安定させることも、逆に説明のつかない積立てを生むこともあります。

    だからこそ、財務規律の数字は、会社の配当方針、財団の事業計画、そして寄附者が財団に託した目的と、同じテーブルで読まれるべきだとAEGISは考えています。財務規律を守ることそのものが目的なのではなく、財務規律を通じて「財団がなぜこの規模で、この活動をしているのか」を説明できる状態をつくることが、財団を長く続ける力になります。

    財団全体の設計の考え方は、Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で、財団が保有する株式の議決権の扱いは関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」で解説しています。

    財団や公益法人に関わる資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益法人の財務規律は、令和7年4月1日施行の改正で、単年度の「収支相償」から5年間で判定する「中期的収支均衡」に改められました。
    • 過去4年度以内の赤字との通算や、将来の事業のための公益充実資金の積立て(計算上は費用とみなされる)により、配当の増減を時間軸でならしやすくなりました。
    • 使途不特定財産の上限は原則として過去5年平均の公益目的事業費とされ、災害等に備える公益目的事業継続予備財産は、要件を満たし公表すれば計算から除けます。
    • 柔軟化の裏側で、積立てや保有の理由を法人自身が説明する責任が重くなっています。
    • 財務規律の数字は、会社の配当方針・財団の事業計画・寄附者の目的とあわせて読むことが大切です。具体的な判定は、財団の状況と最新の行政庁の手引きに沿って確認してください。

    よくある質問

    Q. 中期的収支均衡では、黒字が出てはいけないのですか?

    黒字が出ること自体は問題ではありません。過去4年度以内の赤字と通算したうえで、残った黒字を公益目的事業に使う財産の取得や、その後の事業の拡大などで解消していけば、中期的収支均衡を図ることができます。発生から5年を経過しても解消されない黒字が残っている場合に、均衡が図られていないと判断されます。

    Q. 公益充実資金は、どのような目的でも積み立てられますか?

    将来の公益目的事業の発展・拡充のための費用や、公益目的事業に使う資産の取得等が対象です。保有株式の配当の減少傾向が続く可能性が高いなど、将来の収入減少が合理的に見込まれる場合の積立ても可能とされていますが、繰越金や予備費のような単なる備えは対象になりません。複数の目的を一つの資金として管理でき、目的の変更も透明性の確保を前提に可能とされていますが、何のためにいつまでにいくら必要かという計画が前提になります。収益事業等の利益を50%超繰り入れる場合には、費用とみなせる積立額に上限があります。

    Q. 配当が多すぎる年は、寄附を受けた株式を手放すべきですか?

    配当が多い年があること自体は、改正後の財務規律のもとでは時間軸の中で吸収しやすくなっています。株式の売却は、議決権や会社の経営、税制上の取扱いにも影響するため、財務規律だけを理由に判断するのは適切ではありません。まずは積立てや事業計画で対応できるかを検討し、そのうえで会社や寄附者側と方針を話し合うことが望まれます。

    Q. 公益目的事業継続予備財産は、いくらまで持てますか?

    一律の上限は設けられていません。法人の事業内容や資産・収支の状況、想定される事態から必要額を合理的に算定し、その範囲で保有できます。その代わり、保有する理由(必要性)、限度額とその算定根拠、保有額を、翌事業年度の開始後速やかに(内閣府の説明資料では毎事業年度の経過後3か月以内に)法人自ら公表する必要があります。

    Q. 一般財団法人にも、これらの財務規律は適用されますか?

    公益認定を受けていない一般財団法人には、中期的収支均衡や使途不特定財産の保有制限といった公益法人の財務規律は課されません。ただし、将来公益認定を受けることを考えている場合は、早い段階から公益法人の基準を意識した経理と資金計画をしておくことが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・財団運営・税務・実行後の管理を整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れた承継方法の適合性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
    • 『公益認定の判断基準と実務』出口正之 著、全国公益法人協会
  • 財団に土地や株式を寄附したときの譲渡所得の非課税|措置法40条の承認要件・申請期限・承認後の管理

    財団に土地や株式を寄附したときの譲渡所得の非課税|措置法40条の承認要件・申請期限・承認後の管理

    個人が土地・建物・株式などを法人に寄附すると、お金を受け取っていなくても、寄附した時の時価で売ったものとみなして所得税(譲渡所得)が課税されるのが原則です。これを「みなし譲渡」といいます。

    この課税を受けないための制度が、租税特別措置法(措置法)40条です。国や地方公共団体への寄附は手続なしで非課税になりますが、公益財団法人などの公益法人等への寄附は、国税庁長官の承認を受けて初めて非課税になります。承認は、寄附の日から原則4か月以内に申請しなければならず、承認を受けた後も、寄附した財産が公益目的事業に使われ続けることが求められます。

    この記事では、措置法40条の承認制度に絞って、要件・申請期限・承認後の管理・取消しと課税・買換えの扱いを整理します。

    なぜ寄附した人に税金がかかるのか

    所得税法59条は、個人が法人に財産を贈与・遺贈した場合、その時の価額で譲渡があったものとみなすと定めています。長年保有して値上がりした土地や、創業時から持っている自社株を寄附すると、取得した時から寄附した時までの値上がり益に課税されることになります。

    寄附をする人から見ると、財産を手放したうえに税金を負担するという、直感に反する結果です。そこで措置法40条は、公益の増進に役立つ寄附について、一定の要件のもとでこの課税を行わないこととしています。

    寄附先譲渡所得の扱い手続
    国・地方公共団体課税されない(措置法40条1項前段)特に要件・手続なし
    公益法人等(公益社団・公益財団法人、特定一般法人、社会福祉法人・学校法人など公益を目的とする事業を行う法人、公益信託の受託者)国税庁長官の承認を受けた場合に課税されない(同項後段)承認申請が必要
    上記以外の法人(会社、非営利型でない一般社団・一般財団法人など)原則どおりみなし譲渡課税—

    ※AEGIS作成。対象法人の詳細は国税庁の手引き・通達で確認が必要です。

    なお、「特定一般法人」とは、非営利性が徹底された一般社団・一般財団法人(剰余金を分配しない旨や残余財産の帰属先の定款の定め、理事の親族等の割合が3分の1以下であることなどの要件を満たす法人)を指します。

    承認を受けるための基本的な要件

    措置法40条の承認を受けるには、政令で定める要件をすべて満たす必要があります(租税特別措置法施行令25条の17)。考え方としては次の3つです。

    1. 公益の増進に著しく寄与すること:寄附を受けた法人の公益目的事業が、その地域や分野で社会的に認識される程度の規模を持ち、受益が特定の人に偏らず、営利企業的に運営されていないことなどが判断材料とされています。
    2. 寄附から2年以内に公益目的事業の用に直接使われること:寄附した財産そのもの(一定の代替資産を含みます)が、寄附の日から2年を経過する日までに、受け取った法人の公益目的事業に直接使われる、または使われる見込みであることが必要です。建物の建設に通常2年を超えるなどやむを得ない事情があれば、国税庁長官が認める日まで延長されます。
    3. 寄附者や親族の税負担を不当に減少させないこと:寄附によって、寄附者の所得税や、親族などの相続税・贈与税が不当に軽くなる結果にならないことです。

    「直接使う」の意味に注意

    2の要件で誤解が多いのは、「直接」の意味です。国税庁の質疑応答事例では、次のような場合は公益目的事業の用に直接供されているとは認められないとされています。

    • 寄附を受けた土地を他の法人に無償で貸している場合
    • 寄附を受けた土地に建物を建てて第三者に貸し、賃料を奨学金に充てている場合
    • 配当が行われていない株式(無配株)を寄附した場合

    株式の寄附では、その配当を公益目的事業に充てることが前提になります。会社の配当方針が寄附の可否に直結するため、株式の寄附を検討する場合は、配当の見通しと財団の事業計画をあわせて確認する必要があります。

    「不当減少」にならないための条件

    国税庁の手引きでは、寄附者やその親族が法人を私的に支配していないことを前提に、次のような条件を満たせば不当減少に当たらないものとして扱うとされています。

    • 運営組織が適正で、定款等に役員等のうち親族等の割合を3分の1以下とする定めがあること
    • 寄附者や役員等、その親族等に特別の利益を与えないこと
    • 解散時の残余財産が国・地方公共団体や他の公益法人等に帰属する旨の定めがあること
    • 公益に反する事実がないこと
    • 株式の寄附の場合、寄附後に法人が保有するその会社の株式が発行済株式総数の2分の1を超えないこと

    最後の株式保有割合の条件は、自社株を財団に寄附する事業承継の設計で特に重要です。議決権のない株式も含めて判定される点に留意が必要です。

    一般特例と承認特例:2つのルート

    措置法40条の承認には、すべての公益法人等を対象とする「一般特例」と、一定の法人に限って手続を簡素化した「承認特例」があります。

    比較項目一般特例承認特例
    対象となる受け手公益法人等全般公益社団・公益財団法人、国立大学法人等、学校法人、社会福祉法人、認定NPO法人等、公益信託の受託者
    主な要件公益増進への著しい寄与、2年以内の直接使用、不当減少でないこと寄附者が受け手の役員等・社員やその親族等でないこと、寄附財産を一定の基金で管理するか、不可欠特定財産として定款に定めること など
    審査の期間個別に審査申請から1か月以内(株式等は原則3か月以内)に承認・不承認の決定がなければ、承認があったものとみなされる
    向いている場面寄附者自身が理事等として関わる財団への寄附など第三者として、既存の公益法人等に寄附する場合

    ※AEGIS作成。要件の詳細は租税特別措置法施行令25条の17と国税庁の手引きで確認が必要です。

    オーナーが自ら設立し理事を務める財団に寄附する場合、承認特例は使えず、一般特例で審査を受けることになるのが一般的です。一般特例は審査に時間を要することがあるため、寄附の実行時期と申請準備のスケジュールを逆算しておくことが大切です。

    申請期限:寄附から4か月以内が原則

    承認申請書は、寄附の日から4か月以内(その期間が経過する前に、寄附した年分の所得税の確定申告期限が到来する場合は、その期限まで)に、納税地の所轄税務署長を経由して国税庁長官に提出します(租税特別措置法施行令25条の17第1項、国税庁タックスアンサーNo.3108)。

    申請書には、寄附を受ける法人が記載内容を確認したことを証する書類を添付します。法人側の協力が欠かせないため、寄附者だけで準備を進めることはできません。期限内に申請できなかった場合、国税庁長官がやむを得ない事情があると認めるなど限られた場合を除き、非課税の扱いは受けられません。

    年末に寄附をすると、翌年3月の確定申告期限が先に来るため、実質的な準備期間が短くなる点にも注意が必要です。

    承認後に求められる管理

    承認を受けて終わりではありません。措置法40条は、承認後に一定の事実が生じた場合、国税庁長官が承認を取り消すことができると定めています。

    取消しと課税の関係

    生じた事実課税される人根拠
    寄附から2年以内に公益目的事業に直接使われなかった寄附をした人(承認取消し時に寄附があったものとみなす)措置法40条2項
    いったん直接使った後、使わなくなった、など寄附を受けた公益法人等(法人を寄附者とみなして所得税を課税)措置法40条3項

    ※AEGIS作成。

    取消しによる課税は、寄附から何年も後に起こり得ます。寄附者側としては、財団の運営が寄附時の想定どおりに続くかどうかに、自らの税務リスクが一定期間結びついていることを理解しておく必要があります。

    財産を入れ替えたいとき:買換えの扱い

    寄附を受けた法人が、寄附財産を売却して別の資産に替えると、原則として「直接使わなくなった」ことになり得ます。措置法40条5項は、例外として次のような場合に承認を継続できる仕組みを設けています。

    • 公益目的事業に2年以上直接使ってきた財産を譲渡し、譲渡代金の全額で同種の資産や土地等(買換資産)を取得する場合で、譲渡の日の前日までに所定の書類を提出したとき(買換資産は、原則として譲渡の翌日から1年以内に公益目的事業に直接使うことが必要)
    • 一定の基金などで管理している寄附財産を譲渡し、代金の全額で取得した資産(特定買換資産)を同じ方法で管理し続ける場合で、同様に書類を提出したとき

    このほか、法人の合併や解散、公益認定の取消しなどの場面にも、承認を引き継ぐための手続が用意されています。いずれも「事前に書類を出す」ことが前提になっているため、財団の運営担当者が制度を理解していることが重要です。

    寄附金控除との関係

    公益法人等への寄附は、所得税の寄附金控除の対象となる場合があります。ただし、措置法40条の非課税の適用を受ける寄附について、寄附金控除の対象となる金額は寄附時の時価ではなく、その財産の取得価額とされています(国税庁 質疑応答事例「国等に対して相続財産を贈与し、相続税の非課税規定の適用を受けた場合」)。値上がり益に課税しない代わりに、控除額も取得価額にとどめるという関係です。

    寄附金控除と税額控除の選び方については、関連記事「寄附金控除と税額控除はどちらを選ぶか」で整理しています。

    AEGISの視点

    措置法40条は、「寄附した人に課税しない」ための制度ですが、その要件の多くは寄附を受ける側の法人の姿を問うものです。役員構成、定款、事業の実態、財産の使い方、さらに株式の保有割合まで、受け手の法人がどう設計され、どう運営されるかが、寄附者の税負担を左右します。

    AEGISは、措置法40条の承認を「寄附の手続」ではなく、寄附者と法人が長期にわたって共有する約束として捉えています。とくに自社株を財団に寄附する場合、配当方針、議決権の行使、財団の事業計画、理事の構成は一つにつながっています。承認後に配当が途絶えたり、財団の事業が縮小したりすれば、取消しのリスクが現実味を帯びます。寄附の前に、会社と財団の両方の将来像を描いておくことが、制度を使う前提になると考えています。

    非上場株式の寄附で事前に決めておきたい事項は親記事「非上場株式を財団に寄附する前に決めること」で、財団全体の設計は「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。相続で受け取った財産を寄附する場合の相続税の扱いは「相続した財産を寄附したときの相続税の非課税」で扱っています。

    資産税務や財団に関する論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 個人が土地・株式などを法人に寄附すると、時価で譲渡したものとみなされ、値上がり益に所得税が課税されるのが原則です(所得税法59条)。
    • 国・地方公共団体への寄附は手続なしで非課税、公益法人等への寄附は国税庁長官の承認を受けた場合に非課税になります(措置法40条)。
    • 承認には、公益増進への著しい寄与、2年以内の直接使用、税負担の不当減少がないことが必要です。株式の場合は保有割合2分の1以下などの条件にも注意します。
    • 申請は寄附の日から4か月以内(確定申告期限が先に来る場合はその期限)が原則です。
    • 承認後も、使わなくなった場合などには承認が取り消され、寄附者または法人に課税されることがあります。財産の入れ替えには買換えの手続があります。
    • 具体的な適用可否は、受け手の法人の状況と寄附財産の内容によって異なります。

    よくある質問

    Q. 自分が理事長を務める財団に土地を寄附しても、非課税の承認は受けられますか?

    受けられる可能性はありますが、承認特例は使えず、一般特例の審査を受けることになるのが一般的です。その場合、役員等に占める親族等の割合が3分の1以下であること、寄附者や親族に特別の利益を与えないことなど、財団が私的に支配されていないことが確認されます。財団の役員構成や定款を寄附前に点検しておくことが大切です。

    Q. 寄附した土地を財団が駐車場として貸し、その収入を公益事業に使う場合はどうなりますか?

    国税庁の質疑応答事例では、寄附を受けた土地に建物を建てて第三者に貸し、賃料を奨学金に充てる場合は、公益目的事業の用に直接供されているとは認められないとされています。賃貸して収益を事業に充てる形は、原則として「直接使う」に当たらない点に注意が必要です。

    Q. 承認申請の期限は延ばせますか?

    原則として延長はできません。寄附の日から4か月以内(確定申告期限が先に来る場合はその期限)に、法人の確認書類を添付して提出する必要があります。期限後の提出が認められるのは、国税庁長官がやむを得ない事情があると認める場合など、限られた場面です。

    Q. 承認が取り消されると、誰に税金がかかりますか?

    取消しの理由によって異なります。寄附から2年以内に公益目的事業に直接使われなかった場合は寄附をした人に、いったん使った後に使わなくなった場合などは寄附を受けた法人に、所得税が課税されます。

    Q. 寄附した株式を財団が売却して別の株式に替えることはできますか?

    原則として、寄附財産を売却すると承認が取り消される可能性があります。ただし、一定の基金などで管理している財産を売却し、代金の全額で取得した資産を同じ方法で管理し続ける場合など、事前に書類を提出することで承認が継続する仕組みがあります。売却を予定する場合は、実行前に要件を確認する必要があります。

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    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団活用や非上場株式寄附の適合性を、経営権・配当・財団運営・税務・実行後の管理の観点から整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れる承継方法の適合性を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和2年版 租税特別措置法第40条関係通達逐条解説』大野隆太 編、大蔵財務協会、参考1(国税庁「租税特別措置法第40条の規定による承認申請書」の記載のしかた(抜粋))P.317-340
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版、第3章 P.310-311
  • 寄附金控除と税額控除はどちらを選ぶか|認定NPO・公益法人への寄附で税負担の差を比べる考え方

    寄附金控除と税額控除はどちらを選ぶか|認定NPO・公益法人への寄附で税負担の差を比べる考え方

    認定NPO法人や、一定の要件を満たす公益社団法人・公益財団法人などに個人が寄附をした場合、所得税では「寄附金控除(所得控除)」と「税額控除」のどちらか有利な方を選ぶことができます。

    一般的には、所得税の税率が40%未満の方は税額控除の方が有利になりやすく、税率が45%の方は寄附金控除の方が有利になりやすいという目安があります。ただし、税額控除には「所得税額の25%」という上限があり、寄附額が大きい場合や、他の寄附と組み合わせる場合には結論が変わることがあります。

    この記事では、生前に個人として寄附をする場合を前提に、2つの制度の仕組みと比べ方、住民税やふるさと納税との違い、株式などの財産で寄附する場合の入口までを整理します。

    寄附金控除と税額控除の仕組み

    寄附金控除(所得控除)

    寄附金控除は、国や地方公共団体、公益社団法人・公益財団法人、認定NPO法人などに対する「特定寄附金」を支出したときに、所得から差し引く制度です。控除額は次のとおり計算します(国税庁タックスアンサーNo.1150)。

    • 控除額 =(その年の特定寄附金の合計額 と 総所得金額等の40% のいずれか低い金額)− 2,000円

    所得から差し引くため、実際に軽くなる税額は控除額 × その人に適用される所得税率になります。税率の高い人ほど効果が大きくなる仕組みです。

    税額控除

    税額控除は、計算した控除額を所得税額から直接差し引く制度です。対象となるのは、政治活動に関する寄附金、認定NPO法人等に対する寄附金、公益社団法人等に対する寄附金のうち一定のものに限られます。

    認定NPO法人等や、要件を満たす公益社団法人等への寄附の税額控除額は、基本的に次のとおりです(国税庁タックスアンサーNo.1263、No.1266)。

    • 控除額 =(その年の対象寄附金の合計額 − 2,000円)× 40%
    • 対象寄附金の合計額は、総所得金額等の40%が限度
    • 控除額は、その年の所得税額の25%が限度(認定NPO法人等と公益社団法人等の税額控除を合わせて判定)

    税率に関係なく一律に40%が差し引かれるため、所得税率が40%未満の人にとっては、同じ寄附でも税額控除の方が負担の軽減額が大きくなります。

    2つの制度の比較

    項目寄附金控除(所得控除)税額控除
    対象特定寄附金全般(国・地方公共団体、公益法人等、認定NPO法人等など)政治活動に関する寄附金、認定NPO法人等への寄附金、要件を満たす公益社団法人等への寄附金など
    差し引く対象所得所得税額
    計算(寄附金 − 2,000円)を所得から控除(寄附金 − 2,000円)× 40%を税額から控除
    寄附金の上限総所得金額等の40%総所得金額等の40%
    控除額の上限—所得税額の25%
    効果が大きい人所得税率が高い人所得税率が40%未満の人、小口の寄附
    主な添付書類寄附先の受領証寄附先の受領証明書と、税額控除の対象法人であることの証明書類の写し

    ※2,000円や40%の上限は、他の寄附金控除・税額控除がある場合に調整されます。詳しい計算は国税庁の案内を確認してください。なお、税額控除の対象となる寄附金は「寄附金控除の適用を受けるものを除く」と定められており、同じ年に寄附金控除の対象とする寄附金と税額控除の対象とする寄附金が併存することも条文上想定されています(租税特別措置法第41条の18の3第1項)。

    どちらを選ぶと有利か:比べ方の考え方

    税率による分かれ目

    所得控除の効果は「寄附金 − 2,000円」に所得税率を掛けた金額、税額控除の効果は「寄附金 − 2,000円」に40%を掛けた金額です。したがって、単純化すると次のように比べられます。

    • 所得税率が5%〜33%の人:税額控除の方が有利になりやすい
    • 所得税率が40%の人:ほぼ同じ(復興特別所得税などを含めると細かな差が生じます)
    • 所得税率が45%の人:寄附金控除の方が有利になりやすい

    国税庁の税率表では、課税される所得金額が1,800万円以上4,000万円未満で40%、4,000万円以上で45%とされています(タックスアンサーNo.2260)。

    計算例で確かめる

    次の例は、仕組みを理解するための単純化した計算です(復興特別所得税・住民税は考慮せず、寄附金が総所得金額等の40%以内に収まり、他の寄附はないものとします)。

    前提寄附金控除の場合税額控除の場合有利な方
    課税所得1,000万円(税率33%)、寄附50万円49.8万円 × 33% = 約16.4万円の軽減49.8万円 × 40% = 約19.9万円の軽減(所得税額の25%以内)税額控除
    課税所得5,000万円(税率45%)、寄附500万円499.8万円 × 45% = 約224.9万円の軽減499.8万円 × 40% = 約199.9万円の軽減(所得税額の25%以内)寄附金控除

    ※実際の有利不利は、所得の構成や他の控除、寄附の時期と金額によって変わります。

    上限に当たるときは結論が変わる

    税率だけでは判断できないのが、上限に当たる場合です。

    • 所得税額の25%の上限:寄附額が所得税額に比べて大きいと、税額控除の効果は上限で頭打ちになります。たとえば所得税額が200万円の人は、税額控除で差し引けるのは50万円までです。
    • 総所得金額等の40%の上限:寄附金控除・税額控除のいずれも、対象となる寄附金の額は総所得金額等の40%が限度です。大口の寄附を1年に集中させると、上限を超えた部分は控除の対象になりません。

    大きな金額を寄附する場合は、寄附の年を分ける、寄附先の種類を組み合わせるといった工夫で、上限の中に収めることも検討に値します。

    税額控除を選ぶ前に確認したいこと

    寄附先が税額控除の対象か

    公益社団法人・公益財団法人であれば、どこへの寄附でも税額控除を選べるわけではありません。税額控除の対象となるのは、一定数以上の寄附者から寄附を受けているなど、広く市民から支援を受けていることの要件を満たし、所轄庁等の証明を受けた法人に限られます。寄附の前に、寄附先が税額控除の対象であるかを確認しておきましょう。

    必要な書類と確定申告

    税額控除を受けるには、寄附先から交付を受けた受領証明書に加え、その法人が税額控除の対象であることを所轄庁等が証明した書類の写しが必要になります。いずれの控除も、原則として確定申告で適用を受けます。給与所得者で普段は確定申告をしない方も、寄附の控除を受けるためには申告が必要です。

    住民税とふるさと納税との違い

    住民税は「自治体が指定した寄附」が中心

    ここまでの寄附金控除・税額控除は所得税の制度です。個人住民税では、所得から差し引く寄附金控除はなく、都道府県や市区町村が条例で指定した寄附金などについて、住民税額から一定割合を差し引く仕組みが設けられています。具体的には、対象となる寄附金(総所得金額等の30%が限度)のうち2,000円を超える部分について、道府県民税は4%、市町村民税は6%(指定都市に住所がある場合はそれぞれ2%、8%)を税額から差し引きます(地方税法第37条の2、第314条の7)。寄附先が住所地の自治体の条例で指定されているかどうかで、住民税の軽減の有無が変わります。

    ふるさと納税は「自治体への寄附」

    ふるさと納税は、都道府県や市区町村への寄附です。総務省の説明によれば、所得税の寄附金控除に加え、住民税の基本分と特例分の控除があり、一定の上限の範囲内であれば自己負担が2,000円となる仕組みになっています。確定申告が不要な給与所得者で寄附先が5団体以内の場合には、ワンストップ特例も使えます。

    一方、認定NPO法人や公益法人への寄附は、住民税の特例分のような仕組みがないため、ふるさと納税のように「自己負担2,000円」になるわけではありません。ふるさと納税は返礼品を含めた家計の判断、公益法人・NPOへの寄附は活動内容への共感と税負担の両面から考える判断と、性格が異なると考えるとよいでしょう。ふるさと納税の上限や制度の見直しについては、関連記事「ふるさと納税の見直しで変わったこと」で扱っています。

    株式や不動産で寄附する場合の入口

    ここまでは金銭による寄附を前提にしました。値上がりした株式や不動産で寄附をする場合は、別の論点が加わります。

    • みなし譲渡課税:個人が法人に財産を寄附すると、原則として時価で譲渡したものとみなされ、値上がり益に所得税がかかります。
    • 非課税の特例:公益法人等への寄附で、国税庁長官の承認を受けるなど一定の要件を満たせば、この譲渡所得等を非課税とする特例があります(租税特別措置法第40条)。承認申請には期限があり、寄附後の財産の管理方法などにも要件があります。
    • 寄附金控除の対象額:非課税の特例の適用を受けた場合、寄附金控除や税額控除の対象となる寄附金の額からは、非課税とされた譲渡所得等の金額に相当する部分が除かれます(租税特別措置法第40条第21項)。

    財産による寄附は、寄附金控除・税額控除の選択とあわせて、譲渡所得の課税と非課税特例の適用可否を一体で検討する必要があります。非上場株式を財団に寄附する場合の確認点は、関連記事「非上場株式を財団に寄附する前に決めること」で解説しています。

    また、亡くなった後に遺言で財産を寄附する方法は、生前の寄附とは税制の扱いが異なります。関連記事「遺贈寄附とは何か、遺言で財産の一部を社会に遺す方法」をご覧ください。

    実務上注意したいポイント

    • 寄附の前に「控除の種類」を確認する:同じ「公益財団法人」でも、税額控除の対象かどうかは法人ごとに異なります。寄附先のWebサイトや問い合わせで確認しておきましょう。
    • 受領証は年ごとに整理する:控除は寄附を支払った年分で適用されます。年末の寄附は、受領証の日付と申告年分を確認しておくと安心です。
    • 大口の寄附は複数年で計画する:40%・25%の上限を踏まえ、1年に集中させるか分けるかを試算してから決めることが望まれます。
    • 個人で寄附するか、会社で寄附するかを分けて考える:会社が寄附をする場合は、法人税の損金算入の枠で考えることになり、個人の寄附金控除・税額控除とは仕組みが異なります。誰の名義で寄附するかは、目的と資金の出どころから整理しましょう。
    • 継続的な寄附は家計の計画に組み込む:税の軽減は寄附額の一部にとどまります。寄附は、税負担を減らす手段ではなく、手元資金の使い道の一つとして計画することが大切です。

    AEGISの視点

    寄附の税制は、「どちらの控除が得か」という比較で語られがちです。もちろん、同じ寄附でも選び方によって税負担が変わる以上、比較は欠かせません。しかしAEGISは、寄附の税制を「社会に届ける金額を、無理なく続けるための仕組み」として捉えています。

    高所得者や事業オーナーにとって、寄附は一度きりの行為ではなく、毎年の家計、会社の配当や役員報酬、将来の財団設立や遺贈寄附へとつながる長い取組みになり得ます。今年は金銭で認定NPO法人に寄附し、将来は株式の寄附や財団の設立を検討する、といった段階的な計画の中で、所得控除と税額控除の選択や、上限への収め方を考えることで、寄附はより持続的なものになります。

    寄附の税制を、所得税の申告という一年単位の視点だけでなく、資産と承継の全体像の中に位置付けること。それが、寄附を続ける人にとっての本当の「有利」につながるとAEGISは考えています。財団を通じた社会貢献の全体像は、Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    寄附や財団に関わる資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 認定NPO法人等や、要件を満たす公益社団法人等への寄附は、所得税で「寄附金控除(所得控除)」と「税額控除」のいずれか有利な方を選べます。
    • 寄附金控除は(寄附金 − 2,000円)を所得から、税額控除は(寄附金 − 2,000円)× 40%を税額から差し引きます。
    • 目安として、所得税率40%未満なら税額控除、45%なら寄附金控除が有利になりやすい一方、税額控除には所得税額の25%、寄附金には総所得金額等の40%の上限があります。
    • 住民税は自治体が条例で指定した寄附金などが対象で、ふるさと納税とは仕組みが異なります。
    • 株式や不動産による寄附は、みなし譲渡課税と非課税特例をあわせて検討が必要です。具体的な有利不利は、所得や寄附の状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. 公益財団法人への寄附なら、必ず税額控除を選べますか?

    選べるとは限りません。税額控除の対象となるのは、広く市民から寄附を受けていることなどの要件を満たし、所轄庁等の証明を受けた法人への寄附に限られます。対象でない公益法人への寄附は、寄附金控除(所得控除)の対象になります。寄附の前に寄附先に確認しておきましょう。

    Q. 所得税率が40%の場合は、どちらを選んでも同じですか?

    単純化するとほぼ同じになりますが、復興特別所得税、寄附によって課税所得が下の税率区分にかかるかどうか、税額控除の25%の上限などによって、細かな差が生じます。金額が大きい場合は、申告の前に両方の方法で試算して比べることをおすすめします。

    Q. 1年に大きな金額を寄附しても、全額が控除の対象になりますか?

    なりません。寄附金控除・税額控除のいずれも、対象となる寄附金はその年の総所得金額等の40%が限度です。さらに税額控除は、控除額が所得税額の25%までに制限されます。大口の寄附は、複数年に分けることも含めて計画するとよいでしょう。

    Q. ふるさと納税と同じように、自己負担2,000円で寄附できますか?

    認定NPO法人や公益法人への寄附は、ふるさと納税のような住民税の特例分の控除がないため、自己負担が2,000円になる仕組みではありません。税の軽減は、所得税の控除と、条例で指定されている場合の住民税の控除の範囲にとどまります。

    Q. 給与所得者でも、寄附の控除を受けるには確定申告が必要ですか?

    所得税の寄附金控除・税額控除は、原則として確定申告で適用を受けます。年末調整では適用されないため、給与所得者の方も、受領証明書などを添えて確定申告を行う必要があります。ふるさと納税のワンストップ特例は、自治体への寄附に限った仕組みです。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
  • 資産管理会社はいつ設立を検討すべきか|税率差だけで決めないための比較の軸

    資産管理会社はいつ設立を検討すべきか|税率差だけで決めないための比較の軸

    賃貸不動産からの収入が増えてくると、「そろそろ資産管理会社を作ったほうがよいのでは」と考えるオーナーは少なくありません。個人の所得税は累進課税であるため、収入が増えるほど税負担が重くなり、法人で受けたほうが有利に見える場面が出てくるからです。

    ただし、資産管理会社は一度作ると、その会社自体を管理し、いずれは次の世代に引き継ぐ必要がある「もう一つの財産」です。税率の差だけを見て設立すると、維持の手間や、不動産を移すときの税金、将来の株式の承継といった論点が後から表面化することがあります。

    結論から言えば、資産管理会社の設立を検討するタイミングは、「所得水準」「不動産の移し方」「家族と承継の見通し」の3つがそろって見えたときです。この記事では、設立の判断に必要な比較の軸を整理し、関連する論点への入口をまとめます。

    資産管理会社とは

    資産管理会社とは、一般に、オーナーやその家族が不動産や有価証券などの財産を保有・管理するために設立する会社をいいます。法律上の特別な会社形態があるわけではなく、多くは株式会社や合同会社として設立され、オーナー一族が株式(持分)を持ちます。

    不動産オーナーの場合、資産管理会社の関わり方には大きく次のような形があります。

    関わり方不動産の所有者会社が受け取る収入特徴
    管理を受託する個人のまま管理料移転の負担は小さいが、会社に移る収入は管理業務の対価の範囲に限られる
    一括で借り上げて転貸する個人のまま転貸による家賃差額収入の一部を会社に移せるが、賃料設定の合理性が問われる
    建物を会社が所有する土地は個人、建物は会社など家賃収入収入の大部分が会社に入るが、建物の移転時の税金や、土地の貸し借りの整理が必要
    土地・建物とも会社が所有する会社家賃収入移転時の負担が大きく、資金調達の検討も必要
    新たに取得する不動産から会社で買う会社家賃収入既存物件を動かさずに始められる

    ※上記はAEGISが論点整理のために作成した分類です。実際にどの形が適しているかは、物件の状況や家族構成によって異なります。

    どの形をとるかによって、会社に入る収入の大きさも、最初にかかる費用も、将来の承継の形も変わります。「資産管理会社を作るかどうか」は、実は「どの形で、どこまで法人に移すか」という問いと一体です。

    なぜ資産管理会社が検討されるのか

    資産管理会社が検討される主な理由は、次の3つに整理できます。

    1. 個人と法人の税率構造の違い

    個人の所得税は超過累進税率で、国税庁によれば税率は5%から45%までの7段階に分かれ、課税所得金額が4,000万円以上の部分には45%が適用されます(令和8年4月1日現在法令等)。これに住民税(所得割は原則10%)が加わります。

    一方、法人税の税率は、資本金1億円以下の中小法人であれば年800万円以下の所得部分に15%の軽減税率があり(所得が年10億円を超える事業年度は17%)、それ以外の部分は23.2%とされています(国税庁、令和7年4月1日現在法令等)。実際の負担は、法人住民税や法人事業税なども含めて考える必要があります。

    このため、不動産所得が大きいオーナーほど、収入を法人で受けることで、個人の高い税率が適用される部分を減らせる可能性があります。

    2. 家族への所得の分配

    法人で収入を受けると、実際に業務に従事している家族に、その職務に見合った役員報酬や給与を支払うことができます。所得が一人に集中しないことで、家族全体としての税負担や、将来の納税資金の準備に違いが生じます。ただし、報酬や給与は実際の職務内容に見合っていることが前提です。

    3. 個人に財産が積み上がるスピードの調整

    不動産を個人で持ち続けると、毎年の手取り収入がオーナー個人の財産として積み上がり、将来の相続財産を増やします。法人で受ける形にすると、収入の一部は会社に蓄積され、オーナー個人の財産の増え方が変わります。ただし、会社に蓄積された財産は、オーナーが保有する株式の評価に反映されるため、「相続税の対象から外れる」わけではない点に注意が必要です。

    設立の判断で比較すべき5つの軸

    資産管理会社の設立は、税率の比較だけでは判断できません。AEGISでは、次の5つの軸で比較することをおすすめしています。

    比較の軸確認すること見落としやすい点
    ① 所得と税負担不動産所得の水準、他の所得との合計、今後の見通し借入金の返済が進むと、所得と手元資金の関係が変わる
    ② 設立・維持の負担設立費用、税理士報酬、法人住民税の均等割、記帳・決算の手間赤字でも毎年かかる費用がある
    ③ 不動産の移し方管理委託・転貸・建物移転・新規取得のどれを選ぶか移転時に譲渡所得税・登録免許税・不動産取得税などがかかり得る
    ④ 資金の流れ会社と個人の間の貸し借り、役員報酬、配当の設計会社のお金と個人のお金の境界が曖昧になりやすい
    ⑤ 会社の承継株主構成、議決権、株式の評価、後継者会社が「承継しにくい財産」になることがある

    以下、それぞれの軸について見ていきます。

    ① 所得と税負担:一時点ではなく「今後10年」で見る

    設立の判断でまず確認するのは、不動産所得の水準と、給与所得や事業所得など他の所得との合計です。累進税率のどの段階に該当しているかによって、法人で受けることの効果は大きく異なります。

    ここで注意したいのは、判断を一時点の所得で行わないことです。借入金で取得した物件は、当初は減価償却費や支払利息が大きく所得が小さく見えても、年数の経過とともに所得が増えていくことがあります。反対に、大規模修繕や建替えの時期には支出が増えます。今後10年程度の収支の見通しの中で、どの時期に法人化の効果が大きくなるかを見ることが大切です。

    ② 設立・維持の負担:毎年かかるコストを見込む

    法人を設立すると、設立時の登記費用などのほか、毎年の決算・申告、記帳、会社としての手続きが必要になります。法人住民税には、所得がなくても課される均等割があります。税理士などの専門家に依頼する費用も継続的に発生します。

    法人化による税負担の軽減額が、これらの維持コストを安定的に上回るかどうかは、設立前に確認しておきたい点です。また、役員報酬を支払う場合には、社会保険の取扱いも含めて、個人と会社を合わせた手取りで比較することが必要です。

    ③ 不動産の移し方:移転時の税金と、土地の貸し借り

    既に個人で保有している不動産を会社に移す場合、売買などの移転に伴って、個人側には譲渡所得の課税、会社側には登録免許税や不動産取得税などの負担が生じ得ます。また、時価より著しく低い価額で法人に移すと、時価で譲渡したものとみなされる規定もあります(国税庁 No.3105)。

    さらに、建物だけを会社に移して土地を個人に残す場合には、土地の貸し借りを税務上どう整理するか(借地権の問題)が重要な論点になります。移転の方法ごとの比較は、関連記事「個人保有の不動産を法人へ移す前の比較」で詳しく解説しています。

    既存物件を動かさず、今後新たに取得する物件から会社で購入するという始め方もあります。移転時の負担を避けられる一方、会社に信用力がない段階での借入れなど、資金調達面の検討が必要です。

    ④ 資金の流れ:会社と個人の境界を最初に決める

    資産管理会社では、オーナー個人と会社の間でお金の貸し借りが生じやすく、事業会社を別に経営している場合には、会社同士の資金移動も起こります。こうした資金の流れは、利息や契約の整え方によって税務上の取扱いが変わることがあります。

    設立の時点で「会社のお金」と「個人のお金」の境界、報酬や配当の考え方を決めておくと、後の整理が格段に楽になります。詳しくは関連記事「資産管理会社と事業会社の資金管理」で解説しています。

    ⑤ 会社の承継:「会社を誰に渡すか」まで考える

    資産管理会社を作ると、オーナーが将来引き継ぐ財産は、不動産そのものから「会社の株式」に置き換わります。株式であれば分けやすいと考えられがちですが、株式が相続人に分散すると、会社の意思決定(物件の売却や借入れ、役員の選任など)が難しくなることがあります。

    また、不動産を多く保有する会社の株式は、相続税の評価上、「土地保有特定会社」などの特定の評価会社に該当し、純資産価額を中心に評価されることがあります。会社の株式と経営権を次の世代にどう渡すかについては、関連記事「資産管理会社の株式と経営権の承継」で解説しています。

    設立を検討しやすいタイミングの例

    上記の5つの軸を踏まえると、次のような場面は、資産管理会社の設立を具体的に検討しやすいタイミングといえます。

    • 不動産所得が増え、個人の税率が高い段階に達しているとき:他の所得と合わせて、累進税率の高い部分に該当している状態が続く見込みがある場合
    • 新たな物件の取得を予定しているとき:既存物件を移さずに、新規取得分から法人で始められる
    • 借入金の返済が進み、所得が増えてきたとき:減価償却や利息の効果が小さくなり、税負担が重く感じられるようになった段階
    • 家族が不動産の管理に関わり始めたとき:配偶者や子が実際に管理業務を担い始め、役割と報酬を整理する必要が出てきた場合
    • 相続・承継の方針を考え始めたとき:誰に、どの財産を、どの形で渡すかを整理する中で、所有形態を見直す必要が出てきた場合

    反対に、所得がそれほど大きくない段階や、近い将来に物件の売却を予定している場合、家族の方針が定まっていない場合には、設立を急ぐ必要がないこともあります。

    実務上注意したいポイント

    相続税の特例との関係を確認する

    個人が保有する土地には、一定の要件のもとで相続税の課税価格を減額する「小規模宅地等の特例」があります。国税庁によれば、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%、特定同族会社事業用宅地等は400㎡まで80%の減額とされていますが、特定同族会社事業用宅地等の対象となる法人の事業からは、不動産貸付業や駐車場業などが除かれています(国税庁 No.4124)。

    資産管理会社を設立して土地や建物の所有関係を変えると、こうした特例の適用区分も変わり得ます。所有形態の変更を検討する際は、相続税への影響もあわせて確認することが大切です。

    「会社が持つ財産」と「株式の価値」はつながっている

    法人化しても、会社の財産が増えれば、オーナーが保有する株式の評価も上がります。会社に利益を貯めるのか、報酬や配当として個人に移すのか、その配分は税負担と承継の両面から考える必要があります。

    実態のある会社として運営する

    資産管理会社は、記帳や契約、意思決定の記録など、会社としての実態を備えて運営することが前提です。家族への報酬も、実際の職務に見合ったものである必要があります。形式だけの会社では、期待していた効果が得られないだけでなく、税務上の問題につながることもあります。

    AEGISの視点

    資産管理会社は、節税の手法として語られることの多いテーマです。しかしAEGISは、資産管理会社を「不動産の所有と経営を、家族の中でどう分担し、どう引き継いでいくかを形にする器」と捉えています。

    同じ不動産でも、個人で持つか、法人で持つかによって、毎年の税負担だけでなく、キャッシュフローの使い道、管理の担い手、売却や建替えの意思決定の仕方、そして次の世代への渡し方が変わります。税率の差は判断材料の一つにすぎず、本当に問うべきは「この不動産を、誰が、どのような責任と権限をもって持ち続けるのか」という所有の設計です。

    そのためAEGISでは、資産管理会社の設立を単独の対策として切り出すのではなく、事業・資産・不動産・税務・所有・承継を一つの全体像として整理したうえで、その中に会社をどう位置付けるかを考えることを重視しています。最初の一歩は、精緻な税額試算よりも、保有不動産の一覧と、家族それぞれの役割や意向を書き出してみることです。

    不動産の評価や、法人との関係を含む不動産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 資産管理会社の設立は、「作るかどうか」ではなく「どの形で、どこまで法人に移すか」という所有形態の選択です。
    • 判断の軸は、所得と税負担、設立・維持の負担、不動産の移し方、資金の流れ、会社の承継の5つです。
    • 税率の比較は一時点ではなく、今後10年程度の収支の見通しの中で行うことが大切です。
    • 既存不動産の移転には税負担や借地権の整理が伴うため、新規取得分から法人で始める方法も選択肢になります。
    • 会社を作ると、将来引き継ぐ財産は「株式」に置き換わります。株主構成や議決権まで含めて設計することが重要です。

    具体的にどの形が適しているかは、所得の状況、保有不動産の内容、家族構成などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 不動産所得がいくらになったら、資産管理会社を作るべきですか?

    一律の金額基準はありません。個人の税率は他の所得との合計で決まり、法人化の効果は、設立・維持の費用、不動産の移し方、家族への報酬の有無などによって大きく変わります。現在の所得だけでなく、今後10年程度の収支の見通しの中で比較することが現実的です。

    Q. 既に持っている不動産も、会社に移さないと意味がないのですか?

    必ずしもそうではありません。管理の受託や一括借上げのように所有者を変えずに会社を関与させる方法や、今後新たに取得する物件から会社で購入する方法もあります。既存物件の移転には譲渡所得税などの負担が生じ得るため、移す場合と移さない場合を比較したうえで判断することが大切です。

    Q. 資産管理会社を作れば、相続税は必ず下がりますか?

    必ず下がるとは言えません。会社に蓄積された財産は株式の評価に反映されますし、土地の所有関係を変えることで小規模宅地等の特例の適用区分が変わることもあります。相続税への影響は、所有形態の変更前後を比較して確認する必要があります。

    Q. 家族を役員にして報酬を払えば、所得を分散できますか?

    家族が実際に管理業務などに従事しており、その職務に見合った報酬であれば、報酬の支払いを通じて所得が家族に分配されることになります。ただし、実態のない報酬や、職務内容に比べて過大な報酬は、税務上の問題につながる可能性があります。

    Q. 資産管理会社の株式は、誰が持つのがよいですか?

    一概には言えません。オーナーが全株を持つ方法、子などの後継者が設立時から株式を持つ方法などがあり、相続税の負担、会社の意思決定の安定性、家族間の公平などの観点から比較が必要です。設立時の株主構成は後から変えるのに手間がかかるため、最初の段階で慎重に検討することが望まれます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しを、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで含めて検討します。
    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の検討から取得後の管理までつなぎます。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 個人保有の不動産を法人へ移す前の比較|移転時の税金・借地権・管理・承継をどう比べるか

    個人保有の不動産を法人へ移す前の比較|移転時の税金・借地権・管理・承継をどう比べるか

    資産管理会社を設立したあと、あるいは設立を検討する段階で、多くのオーナーが直面するのが「今、個人で持っている不動産を会社に移すべきか」という問いです。

    法人で家賃を受け取れば毎年の税負担が軽くなる可能性がある一方で、不動産を移すには、その時点で税金や費用がかかります。さらに、建物だけを移して土地を個人に残す場合には、土地の貸し借りをどう整理するかという、借地権特有の論点が生じます。

    結論から言えば、移転の判断は「移転時に一度かかる負担」と「移転後に毎年続く効果」を、管理の手間と将来の承継まで含めて比べることが基本です。この記事では、比較の際に確認すべき項目を、移す方法ごとに整理します。

    不動産を法人へ移す主な方法

    個人の不動産を法人に関与させる方法は、大きく次のように分けられます。

    方法内容移転時の負担会社に入る収入
    移さない(管理委託・一括借上げ)所有は個人のまま、会社が管理や転貸を担う小さい管理料・転貸差額に限られる
    建物のみを売買建物を会社に売り、土地は個人に残す中程度(建物分)+借地権の整理家賃収入の大部分
    土地・建物を売買不動産全体を会社に売る大きい(土地分を含む)家賃収入の全体
    現物出資不動産を会社に出資し、株式を受け取る売買と同様に譲渡所得の課税が生じ得る家賃収入
    贈与不動産を会社に無償で移す時価で譲渡したものとみなされる家賃収入

    ※上記はAEGISが論点整理のために作成した比較です。実際の負担は物件の状況によって大きく異なります。

    実務では、移転時の負担を抑えつつ家賃収入を会社に移すため、建物だけを会社に売却し、土地は個人に残す方法が検討されることが多くあります。ただし、この方法には後述する借地権の整理が欠かせません。

    移転時にかかる税金と費用

    個人側:譲渡所得の課税

    不動産を会社に売却すると、売却益(譲渡価額から取得費と譲渡費用を差し引いた金額)に対して、個人に譲渡所得の課税が生じます。国税庁によれば、譲渡した年の1月1日現在で所有期間が5年を超える土地・建物の譲渡は長期譲渡所得となり、所得税15%(ほかに復興特別所得税として所得税額の2.1%)と住民税5%が課されます(国税庁 No.3208)。所有期間が5年以下の場合は短期譲渡所得となり、所得税30%(ほかに復興特別所得税)と住民税9%が課されます(国税庁 No.3211)。令和9年分以後は、復興特別所得税が基準所得税額の1.1%(令和8年分までは2.1%)に引き下げられ、あわせて防衛特別所得税(同1%)が課されます(財務省「令和8年度税制改正の解説」)。

    建物は減価償却によって帳簿上の価額(取得費)が下がっているため、取得から年数が経っている場合、売却価額によっては譲渡益が生じることがあります。土地は取得時期が古いほど取得費が低く、譲渡益が大きくなりやすい点に注意が必要です。

    時価より低い価額での移転には注意

    同族の会社だからといって、価額を自由に決められるわけではありません。国税庁によれば、法人に対する贈与や、時価の2分の1未満の価額による譲渡は、時価で資産の譲渡があったものとみなされます(国税庁 No.3105)。

    また、時価の2分の1以上の価額であっても、同族会社への譲渡が同族会社等の行為計算の否認(所得税法157条)に該当する場合には、時価で譲渡所得を計算されることがあります(所得税基本通達59-3)。さらに、時価より著しく低い価額で同族会社に譲渡して会社の株式の価額が増加した場合には、他の株主がその増加分を譲渡者から贈与により取得したものとして扱われることもあります(相続税法基本通達9-2)。買い取る会社の側でも、時価より低い価額で取得した場合には、その差額が受贈益として扱われることがあります。移転価額は、不動産鑑定評価などの客観的な根拠をもって説明できるものにしておくことが基本です。

    会社側:登録免許税・不動産取得税

    会社が不動産を取得すると、所有権移転登記の登録免許税と、不動産取得税(都道府県税)の負担が生じ得ます。

    国税庁によれば、売買による所有権移転登記の登録免許税は、課税標準(原則として固定資産課税台帳に登録された価格)の1,000分の20とされ、土地については令和11年3月31日までの登記は1,000分の15に軽減されています(国税庁 No.7191)。

    不動産取得税は、地方税法上の標準税率が4%で、土地と住宅は令和9年3月31日までの取得について3%とされ、宅地等(宅地評価土地)は同日までの取得について課税標準を価格の2分の1とする特例があります(地方税法73条の15、附則11条の2・11条の5)。実際の税率や軽減措置の適用は、不動産の種類や取得時期によって異なるため、所在地の都道府県で確認が必要です。

    その他の費用

    このほか、次のような費用や手続きも比較に含めておく必要があります。

    • 不動産鑑定評価など、移転価額の根拠をつくる費用
    • 司法書士報酬などの登記費用
    • 建物の譲渡に関する消費税(売り手である個人が消費税の課税事業者である場合など)
    • 物件に紐づく借入金の扱い(金融機関との協議、借換えの要否)
    • 入居者・管理会社への貸主変更の通知、敷金の引継ぎ、火災保険などの名義変更

    建物だけを移す場合:借地権の整理が要になる

    なぜ借地権が問題になるのか

    建物を会社に移し、土地を個人に残すと、「会社が個人の土地の上に建物を所有している」状態になります。これは、税務上、会社が個人から土地を借りている関係です。

    借地権の取引慣行がある地域では、土地を借りて建物を建てる(所有する)ときに、借主が地主に権利金を支払うのが通常とされています。権利金を支払わずに土地を借りると、借主である会社が、本来支払うべき借地権相当額の利益を受けたもの(受贈益)として課税されるおそれがあります。

    主な整理の方法

    権利金を授受しない場合の主な整理の方法は、次のとおりです。

    方法内容主な留意点
    権利金を支払う会社が個人に借地権の対価を支払う会社に資金が必要。個人側は受け取った権利金の額によって課税関係が生じる
    相当の地代を支払う権利金の代わりに、土地の価額に対しおおむね年6%程度の地代(「相当の地代」)を支払う(相続税では自用地としての価額の過去3年平均、法人税では更地価額が基準)地代が高くなり、会社の収益を圧迫しやすい
    土地の無償返還に関する届出将来、土地を無償で返還する旨を契約で定め、税務署に届け出る地代の水準によって、個人の土地や会社の株式の評価に影響する
    使用貸借地代を支払わない(固定資産税相当額以下を含む)法人が関わる貸借では、個人間の使用貸借と同じ扱いにはならない点に注意

    ※上記はAEGISが論点整理のために作成した比較です。

    国税庁によれば、「土地の無償返還に関する届出」は、借地権の設定等に係る契約書において将来借地人等がその土地を無償で返還することが定められている場合に、法人と借地人の連名で、遅滞なく提出する手続です。土地所有者が個人である場合であっても提出することができるとされています(国税庁「土地の無償返還に関する届出」、法人税基本通達13-1-7)。

    地代の水準が、相続・株式評価にも影響する

    どの方法で整理するか、地代をいくらにするかは、移転時の課税だけでなく、将来の相続にも関わります。

    • 地主である個人の側:土地は「会社に貸している土地」として評価されることになり、地代の授受の状況や届出の有無によって評価の方法が異なります。国税庁の通達では、相当の地代を収受している場合や「土地の無償返還に関する届出書」が提出されている場合、その土地(貸宅地)は自用地としての価額の80%で評価するとされています。なお、無償返還の届出があっても地代を受け取らない使用貸借の場合は、自用地としての価額で評価されます。
    • 会社の側:地主である個人が、土地を借りている同族会社の同族関係者である場合には、自用地としての価額の20%相当額を借地権の価額として、その会社の株式の評価上、純資産価額に算入する取扱いがあります(昭和43年の国税庁通達を、昭和60年の通達で無償返還の届出がある場合にも適用)。土地の評価が下がる分の一部が、株式の評価に反映される仕組みです。
    • 小規模宅地等の特例:国税庁によれば、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%の減額とされていますが、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は、原則として対象から除かれます(相続開始の日まで3年を超えて事業的規模の貸付け〔特定貸付事業〕を続けていた場合を除く)。また、特定同族会社事業用宅地等の対象となる法人の事業からは、不動産貸付業や駐車場業などが除かれています(国税庁 No.4124)。

    建物を会社に移したあとも、土地をどう持ち、どの条件で会社に貸すかによって、オーナー個人の相続の姿が変わります。

    移転後の効果と、移転時の負担を比べる

    移転の判断では、移転時に一度かかる負担と、移転後に毎年続く効果を、同じ時間軸の上で比べることが大切です。

    1. 移転時の負担を合計する:譲渡所得税、登録免許税、不動産取得税、鑑定・登記などの費用
    2. 毎年の効果を見積もる:個人と法人の税負担の差、家族への報酬による分配、会社の維持コスト
    3. 何年で回収できるかを見る:移転時の負担を、毎年の効果で何年かけて取り戻せるか
    4. その期間、物件を持ち続けるかを確認する:大規模修繕、建替え、売却の予定と整合しているか

    たとえば、近い将来に売却や建替えを予定している物件を移転すると、効果が出る前に次の負担が生じることがあります。反対に、長期保有を前提とする収益性の高い物件では、移転時の負担を時間をかけて回収できる場合もあります。

    管理と承継の観点で確認したいこと

    管理:会社として物件を運営できるか

    移転後は、会社が貸主として入居者との契約、修繕、会計を担うことになります。誰が実際に管理を担うのか、管理会社との契約をどうするのか、会社としての記帳や決算を継続できるかを、移転前に確認しておく必要があります。

    承継:不動産が「株式」に置き換わる

    不動産を会社に移すと、オーナーが将来引き継ぐ財産は、個々の不動産から会社の株式に置き換わります。

    • 共有を避けやすくなる:不動産を複数の相続人で共有する事態は避けやすくなります。
    • 一方で、株式が分散すると意思決定が難しくなる:相続人が株式を分けて持つと、物件の売却や借入れなど会社の重要な判断がまとまらなくなることがあります。
    • 特定の物件を特定の相続人に渡しにくくなる:個人で持っていれば「この物件は長男に」と分けられたものが、会社の中では一体になります。

    どの物件を会社に移し、どの物件を個人に残すかは、家族の誰に何を渡したいかという承継の方針と合わせて決めることが重要です。会社の株式と経営権の承継については、関連記事「資産管理会社の株式と経営権の承継」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 全物件を一度に移さない:物件ごとに移転時の負担と効果は異なります。効果の大きい物件から段階的に検討する方法もあります。
    • 移転価額の根拠を残す:同族間の取引では、価額の妥当性が問われやすくなります。鑑定評価などの資料を保存しておきます。
    • 借入金の扱いを先に金融機関と相談する:物件に担保が設定されている場合、所有者の変更には金融機関の理解が必要です。
    • 契約書と届出をそろえる:土地の賃貸借契約書、無償返還の定め、届出書の控えなど、借地関係を説明できる書類を整えておきます。
    • 相続税の試算を移転前後で比較する:土地の評価、小規模宅地等の特例、会社の株式評価の変化を合わせて確認します。

    AEGISの視点

    不動産の法人化は、「法人のほうが税率が低いから移す」という単純な話ではありません。AEGISは、個人から法人への移転を「同じ不動産について、所有者・収益の受け手・管理の担い手・将来の承継者を組み替える設計」と捉えています。

    建物だけを移すのか、土地も移すのか、それとも移さずに管理だけを会社に任せるのか。この選択は、毎年の税負担だけでなく、地代という形で個人と会社の間に新しい資金の流れをつくり、土地と建物の所有者を分け、相続のときの財産の姿を変えます。どの方法が正解かは、物件の収益性、保有期間の見通し、家族の構成と意向によって異なります。

    だからこそ、移転を検討するときには、税額の試算から始めるのではなく、まず「この物件を、今後誰が、どのくらいの期間、どのような目的で持つのか」を言葉にしてみることをおすすめします。その答えが、移すべき物件と、移し方を自然に絞り込んでくれます。

    資産管理会社の設立タイミングを含む全体像は関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で、個人保有と法人保有の基本的な比較は「不動産は個人と法人のどちらで保有するか」で解説しています。

    不動産の評価や法人との関係を含む不動産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 不動産を法人へ移す判断は、「移転時に一度かかる負担」と「移転後に毎年続く効果」を同じ時間軸で比べることが基本です。
    • 移転時には、個人の譲渡所得税、会社の登録免許税・不動産取得税などがかかり得ます。時価の2分の1未満の価額による法人への譲渡は、時価で譲渡したものとみなされます。
    • 建物だけを移す場合は、借地権の整理(権利金・相当の地代・土地の無償返還に関する届出など)が欠かせません。
    • 整理の方法や地代の水準は、個人の土地の評価、会社の株式評価、小規模宅地等の特例にも影響します。
    • 不動産は会社の株式に置き換わるため、どの物件を移すかは承継の方針と合わせて決めることが重要です。

    具体的な課税関係や最適な方法は、物件の状況や家族構成などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 建物だけを会社に売れば、譲渡所得税はかかりませんか?

    建物の売却でも、売却価額が建物の取得費(減価償却後の金額)を上回れば、譲渡所得の課税が生じます。また、価額を低く設定しすぎると、時価で譲渡したものとみなされたり、会社側で受贈益が生じたりすることがあります。客観的な根拠のある価額で移転することが大切です。

    Q. 「土地の無償返還に関する届出書」は、地主が個人でも出せますか?

    国税庁の手続案内では、土地所有者が個人である場合であっても提出することができるとされています。届出は、契約書で将来の無償返還が定められていることを前提に、法人と借地人(または土地所有者)の連名で、遅滞なく提出します。

    Q. 会社が個人に地代を払わなければ、問題はありませんか?

    法人が関わる土地の貸し借りでは、個人間の使用貸借と同じようには扱われず、借地権の認定課税の問題が生じることがあります。地代を支払わない場合でも、無償返還の定めと届出などによって整理しておく必要があります。また、地代の有無は、相続時の土地や株式の評価にも影響します。

    Q. 不動産を会社に移すと、小規模宅地等の特例は使えなくなりますか?

    一概には言えません。土地を個人に残して会社に貸す場合には、貸付事業用宅地等として特例の対象となる可能性がありますが、相続開始前3年以内に新たに貸し付けた宅地等は原則として対象外とされています(相続開始の日まで3年を超えて事業的規模の貸付け〔特定貸付事業〕を続けていた場合を除く)。移転の前後で適用区分がどう変わるかを確認することが大切です。

    Q. すべての物件を一度に会社へ移したほうがよいですか?

    必ずしもそうではありません。物件ごとに、移転時の負担、毎年の効果、今後の保有期間の見通しが異なります。効果の大きい物件から段階的に検討する方法や、新たに取得する物件から会社で購入する方法も選択肢になります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 資産管理会社:資産管理会社の設立や既存法人の見直しを、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで含めて検討します。
    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の検討から取得後の管理までつなぎます。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『二訂版 実務家必携 実務借地権課税』中野欣治 編、一般財団法人大蔵財務協会、P.7-34、P.132-140
    • 『実務家のための要点・譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】』塩野入文雄 著、法令出版、P.3-7
  • 個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ|対象資産・要件・小規模宅地等の特例との選び方

    個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ|対象資産・要件・小規模宅地等の特例との選び方

    個人で営む事業の土地・建物・設備を後継者に引き継ぐとき、一定の要件を満たせば、その事業用資産にかかる贈与税・相続税の全額の納税を猶予し、後継者の死亡などにより免除する制度があります。これが「個人版事業承継税制」(個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除)です。

    ただし、この制度は「申告のときに選べばよい」ものではありません。事前の計画提出、都道府県知事の認定、青色申告の継続といった手続きが前提で、承継後も長く事業を続けることが求められます。また、事業用の宅地については、相続税の「小規模宅地等の特例」とどちらを使うかという選択の問題もあります。

    この記事では、個人事業の後継者が制度を使えるかどうかを判断するために、対象資産・期限・要件・小規模宅地等の特例との関係・猶予が打ち切られる場面を順に整理します。

    個人版事業承継税制とは

    個人版事業承継税制は、青色申告をしている個人事業者の後継者として、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下「円滑化法」)の認定を受けた人が、先代事業者から事業用資産を贈与または相続等で取得した場合に、その資産にかかる贈与税・相続税の納税を猶予する制度です(国税庁「個人版事業承継税制のあらまし」)。

    会社の株式を引き継ぐ「法人版事業承継税制」と対になる制度ですが、引き継ぐ対象が株式ではなく、個人が所有する土地・建物・減価償却資産そのものである点が大きく異なります。法人なら株式を移せば会社の資産はまとめて移りますが、個人事業では資産を一つずつ後継者に移す必要があるため、制度もそれを前提に組み立てられています。

    会社の株式の承継で同様の制度を使うかどうかは、関連記事「法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断」で整理しています。

    制度の期限:いつまでに何をするか

    まず確認したいのは期限です。国税庁のパンフレット(令和8年7月)では、次のように示されています。

    • 対象となる贈与・相続等の期間:平成31年1月1日から令和10年12月31日まで
    • 個人事業承継計画の提出期限:令和10年9月30日まで(提出先は先代事業者の主たる事務所がある都道府県)

    個人事業承継計画の提出期限は、令和8年度税制改正の大綱で「2年6月延長する」とされ、これを反映したものです。なお、贈与・相続等の期間(令和10年12月31日まで)が延長されたわけではない点に注意が必要です。

    個人事業承継計画には、後継者の氏名や承継までの事業計画などを記載し、認定経営革新等支援機関(税理士、金融機関など)の所見を付けて提出します。パンフレットでは、贈与や相続の後であっても、円滑化法の認定申請のときまでは計画を提出できるとされています。

    そのうえで、承継が起きた後には都道府県知事の円滑化法の認定を受けます。申請期限は、贈与の場合は贈与を受けた年の翌年1月15日まで、相続の場合は相続開始後8か月以内です。相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)より早く到来するため、相続が起きてから準備を始めると時間的な余裕はほとんどありません。

    対象になる事業用資産

    猶予の対象となる「特定事業用資産」は、先代事業者の事業の用に供されていた資産で、贈与や相続の日の属する年の前年分の、事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものです。

    区分対象の範囲
    宅地等400㎡まで
    建物床面積800㎡まで
    上記以外の減価償却資産固定資産税の課税対象とされているもの、自動車税・軽自動車税で営業用の標準税率が適用されるもの、一定の無形固定資産や生物など

    いくつかの点を押さえておきましょう。

    • 事業所得の事業が対象です。前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に載っていることが前提のため、不動産所得となる賃貸業は対象になりません。
    • 先代事業者と生計を一にする親族が所有する資産も対象になり得ます。たとえば、配偶者名義の土地の上に先代事業者が建物を建てて事業をしている場合の土地などです。この場合、最初の承継から1年以内の承継に限られます。
    • 在庫や預金、売掛金などは対象外です。対象は土地・建物・減価償却資産に限られます。
    • 事業ごとに資産の全部を引き継ぐことが前提です。贈与の場合、その事業に係る特定事業用資産の全てを贈与する必要があり、一部だけを渡すと適用を受けられません。

    なお、法人版と異なり後継者の数に上限はなく、複数の事業を営んでいる場合に事業ごとに異なる後継者が引き継ぐことも想定されています。

    後継者と先代事業者の主な要件

    要件は贈与と相続で一部異なります。代表的なものは次のとおりです。

    後継者(贈与の場合) – 贈与の日に18歳以上であること – 円滑化法の認定を受けていること – 贈与の直前に、その事業(同種・類似の業務や、事業に必要な知識・技能を習得するための学校での修学を含む)に従事していたこと – 贈与から1か月以内に開業届を出し、2か月以内に青色申告の承認申請をすること

    後継者(相続の場合) – 円滑化法の認定を受けていること – 相続開始の直前に、その事業に従事していたこと(先代事業者が60歳未満で亡くなった場合を除く) – 相続税の申告期限までに青色申告の承認を受けていること

    先代事業者 – 贈与・相続の年、その前年、前々年の確定申告書を青色申告書で提出していること – 贈与の場合は、廃業届を提出していること(または提出見込みであること)

    ここで重要なのが青色申告の種類です。対象となる青色申告は、正規の簿記の原則による記帳に基づくもの(55万円、電子申告等の場合は65万円の青色申告特別控除の適用に係るもの)に限られます。簡易な記帳による10万円控除の青色申告では要件を満たしません。日々の記帳の仕方が、数年後の承継に影響するということです。

    また、資産の大半が有価証券や自ら使っていない不動産、預金などで占められる事業(資産保有型事業)や、運用収入が大半を占める事業(資産運用型事業)、性風俗関連特殊営業は対象外です。

    小規模宅地等の特例とどちらを使うか

    個人事業の承継で最も悩ましいのが、相続税の小規模宅地等の特例との関係です。

    小規模宅地等の特例では、亡くなった方が事業に使っていた宅地(特定事業用宅地等)について、400㎡まで評価額を80%減額できます。一方、個人版事業承継税制は、宅地等400㎡までの相続税の全額を猶予します。

    両者の関係は次のように整理されています(国税庁パンフレット、措置法通達70の6の10-17)。

    小規模宅地等の特例で選んだ宅地個人版事業承継税制への影響
    特定事業用宅地等その被相続人から取得した特定事業用資産について、個人版事業承継税制は使えない
    特定同族会社事業用宅地等個人版の宅地等の限度面積が「400㎡-その面積」になる
    貸付事業用宅地等一定の算式で限度面積が調整される
    特定居住用宅地等(自宅の敷地)個人版の宅地等の限度面積は400㎡のまま

    つまり、自宅の敷地に小規模宅地等の特例を使い、事業用の土地・建物・設備に個人版事業承継税制を使う組み合わせは可能ですが、事業用の宅地に小規模宅地等の特例を使うと、建物や設備も含めて個人版事業承継税制は使えなくなります。

    どちらを選ぶかは、次のような観点で比較します。

    比較の観点小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)個人版事業承継税制
    効果宅地の評価額を80%減額(税額が確定的に減る)対象資産の相続税を全額猶予(条件を満たし続ければ免除)
    対象宅地等のみ宅地等・建物・減価償却資産
    事前手続不要個人事業承継計画の提出、円滑化法の認定
    承継後の負担申告期限まで事業継続・保有長期の事業継続、3年ごとの継続届出、担保提供
    打ち切られた場合—猶予税額と利子税の納付

    建物や設備の評価額が小さく、宅地が中心であれば、手続きが簡便で効果が確定する小規模宅地等の特例が合理的な場合が多いと考えられます。反対に、工場の建物や大型の機械設備など、宅地以外の事業用資産の評価額が大きい場合には、個人版事業承継税制の検討余地が広がります。いずれも具体的な試算と、後継者が長く事業を続けられるかの見通しを合わせて判断することになります。

    猶予が打ち切られる場面と、続ける間の負担

    納税猶予は、承継後の状況によって打ち切られることがあります。国税庁のパンフレットでは、主に次のような場合が示されています。

    • 猶予税額の全額を納付する場合:事業を廃止した場合(やむを得ない理由がある場合を除く)、資産保有型事業等に該当した場合、事業所得の総収入金額がゼロになった場合、青色申告の承認が取り消された場合など
    • 一部を納付する場合:特定事業用資産を事業の用に供さなくなった場合など(その部分に対応する税額)

    また、猶予を受けている間は、3年ごとに継続届出書を税務署に提出する必要があり、提出しないと猶予税額の全額と利子税を納めることになります。猶予を受けるときには、猶予税額と利子税に見合う担保の提供も求められます。

    一方、後継者が亡くなった場合や、一定期間経過後に次の後継者へ資産を一括して贈与した場合、重い障害や要介護状態などやむを得ない理由で事業を続けられなくなった場合などには、猶予税額の全部または一部が免除される仕組みも用意されています。

    実務上注意したいポイント

    • 期限は「計画」と「認定」の二段階:計画の提出期限(令和10年9月30日)と、贈与・相続の期限(令和10年12月31日)は別のものです。承継の予定時期から逆算して準備します。
    • 青色申告の種類を今から確認する:先代事業者が前々年から正規の簿記による青色申告をしていることが要件です。10万円控除の青色申告であれば、早めに記帳方法を見直す必要があります。
    • 貸借対照表に載っていない資産は対象外:事業に使っている資産が帳簿に計上されているか、名義と実態が一致しているかを確認します。
    • 許認可や契約は税制とは別に引き継ぐ:個人事業の承継では、先代が廃業し、後継者が新たに開業する形になります。許認可や取引契約、借入金の扱いは、税制とは別に一つずつ確認が必要です。
    • 遺言で資産の行き先を決めておく:相続で承継する場合、遺産分割がまとまらなければ認定や申告に間に合わないおそれがあります。

    個人事業主が遺言で何を備えておくべきかは、関連記事「個人事業主が遺言で備えること」で扱っています。

    AEGISの視点

    個人版事業承継税制は、使えれば税負担の面で大きな効果がある制度です。しかし、AEGISはこの制度を「税金を猶予する仕組み」である以上に、「後継者が長く事業を続けることを国と約束する仕組み」だと考えています。猶予を受けた後、事業をやめる、事業の形を変える、資産を手放すといった選択には、猶予税額の納付という重みが伴います。

    そのため、制度を使うかどうかの判断は、税額の比較から始めるのではなく、後継者がこの事業をどのくらいの期間、どのような形で続けたいのかを確認するところから始めるべきだと考えます。将来、法人化や事業の譲渡、事業内容の転換を考えているのであれば、その可能性も含めて小規模宅地等の特例や生前の贈与など他の選択肢と比べる必要があります。

    また、個人事業の承継は、資産の移転だけでは完結しません。屋号、取引先との契約、許認可、従業員との雇用関係、事業用の借入れと担保、そして後継者以外の家族への配慮——これらを一つずつ引き継ぐ段取りを組むことが、税制の適用以上に事業の継続を左右します。第三者への承継も視野に入れる場合は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」も参考になります。

    事業承継の全体像は「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    事業用資産の評価や相続税の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 個人版事業承継税制は、個人事業の土地・建物・減価償却資産にかかる贈与税・相続税の全額を猶予し、一定の場合に免除する制度です。
    • 対象となる贈与・相続等は令和10年12月31日まで、個人事業承継計画の提出期限は令和10年9月30日までです(令和8年度税制改正の大綱で計画提出期限を延長)。
    • 宅地等は400㎡まで、建物は床面積800㎡までなどの範囲があり、正規の簿記による青色申告が前提です。
    • 事業用宅地に小規模宅地等の特例を使うと、個人版事業承継税制は使えません。自宅の敷地への小規模宅地等の特例とは併用が可能です。
    • 承継後も事業の継続や3年ごとの届出が求められ、事業の廃止などで猶予が打ち切られることがあります。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 不動産賃貸業を営んでいる場合も使えますか?

    使えません。この制度は事業所得に係る青色申告の事業を対象としており、特定事業用資産は前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものに限られます。賃貸業の所得は不動産所得となるため、対象外です。

    Q. 個人事業承継計画を出さずに相続が起きたら、もう使えませんか?

    国税庁のパンフレットでは、贈与や相続の後であっても、円滑化法の認定申請のときまでは個人事業承継計画を提出できるとされています(提出期限は令和10年9月30日)。ただし、相続の場合の認定申請は相続開始後8か月以内であり、その間に後継者の要件や青色申告の承認なども整える必要があるため、事前に準備しておくことが現実的です。

    Q. 後継者が複数いる場合はどうなりますか?

    法人版事業承継税制と異なり、後継者の人数に上限はありません。複数の事業を営んでいる場合に事業ごとに異なる後継者が引き継ぐことも想定されています。なお、宅地等400㎡・建物800㎡の面積は、各後継者が取得した面積の合計で判定します。

    Q. 承継後に法人化(法人成り)したいときはどうなりますか?

    最初の贈与税(または相続税)の申告期限の翌日から5年を経過した後に、特例の対象となった事業用資産の全てを現物出資して会社を設立する場合には、移転の日から1か月以内に申請して税務署長の承認を受けることで、取得した株式等について猶予が継続する扱いがあります(租税特別措置法70条の6の8第6項)。法人化の予定がある場合は、時期と方法によって扱いが変わるため、承継前に確認しておくことが重要です。

    Q. 猶予を受けた税金は、最終的に払わなくてよいのですか?

    後継者が亡くなった場合などには猶予税額が免除されます。一方、事業の廃止や青色申告の承認取消しなどで猶予が打ち切られた場合は、猶予税額と利子税を納付することになります。「最終的に免除されるかどうか」は、承継後の事業の続け方によって決まります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次世代へ引き継ぐための準備として、事業資金・民事信託(いわゆる家族信託)・遺言・契約・金融機関対応を確認します。
    • 事業承継:後継者、経営権、資金、ご家族の意向を確認し、承継の計画から実行までを支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.1085-1090、P.1233-1234
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、P.29-31
  • 従業員承継(MBO)で後継者が株式を取得する方法|買取資金・持株会社・分割取得・種類株式・保証をどう組み合わせるか

    従業員承継(MBO)で後継者が株式を取得する方法|買取資金・持株会社・分割取得・種類株式・保証をどう組み合わせるか

    親族に後継者がいないとき、長く会社を支えてきた役員や従業員に経営を託す「従業員承継」は、有力な選択肢です。経営方針や社風を引き継ぎやすく、取引先や社員にも受け入れられやすいという利点があります。

    しかし、実行の段階で必ず突き当たるのが、「後継者に株式を買い取る資金がない」という問題です。業績のよい会社ほど株式の評価額は高くなり、役員や従業員が個人の貯蓄で買い取れる金額ではなくなります。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、資金力の問題は従業員承継の大きな課題とされ、種類株式や持株会社、従業員持株会を活用する方法の浸透などにより、実施しやすい環境が整いつつあるとされています。

    この記事では、役員・従業員が経営陣として株式を取得する方法(MBO:マネジメント・バイアウト)を中心に、資金の手当て、株式の持たせ方、価格と課税、借入と保証の引継ぎまで、実行の手段を整理します。承継方法そのものの比較は、関連記事「親族内承継・従業員承継・M&Aの比較」で扱っています。

    従業員承継で決めなければならない3つのこと

    従業員承継は、「経営を任せる」ことと「株式を渡す」ことを分けて考えると整理しやすくなります。実行にあたって決めるべきことは、次の3つです。

    1. 株式をどの方法で、いくらで、いつ移すか(所有の移転)
    2. その資金を誰が、どう用意するか(資金の手当て)
    3. 会社の借入と経営者保証を、誰がどう引き受けるか(債務の引継ぎ)

    この3つは互いに影響し合います。たとえば、借入で買取資金を手当てすれば、その返済は最終的に会社の利益から行うことになり、会社の借入や保証の扱いにも関わってきます。

    株式を取得する主な方法

    1. 後継者個人が買い取る

    もっとも単純なのは、後継者が金融機関から借り入れるなどして、個人でオーナーから株式を買い取る方法です。仕組みは分かりやすい一方で、後継者は役員報酬から個人の借入を返済することになり、所得税を差し引いた後の手取りで返済するため負担が重くなりがちです。株式の評価額が比較的小さい場合に向いています。

    2. 持株会社(買収目的会社)を通じて買い取る

    非上場会社のMBOで広く用いられるのが、後継者が出資して新しい会社(持株会社、買収目的会社)を設立し、その会社が金融機関から借り入れて対象会社の株式を買い取る方法です。

    • 後継者は持株会社に出資し、持株会社が対象会社の株式を取得する
    • 持株会社の借入は、対象会社からの配当などを原資に返済する
    • その後、持株会社と対象会社が合併し、対象会社の利益で借入を返済していく形をとることもある

    この方法では、後継者が用意する自己資金は買取総額の一部にとどまり、残りを借入や外部の出資で賄うことができます。借入の比率が高い形はLBO(レバレッジド・バイアウト)と呼ばれます。ただし、借入の返済は会社の将来のキャッシュフローに頼ることになるため、安定した収益が見込める事業であることが前提になります。

    3. 外部の出資者と組む

    持株会社への出資に、投資ファンドや、中小企業の自己資本の充実を目的とする投資育成会社などに加わってもらう方法もあります。資金の手当ては楽になりますが、出資者が株主として経営に関与することになり、配当方針や、将来出資者が株式を手放すときの条件(出口)を事前に確認しておく必要があります。

    4. 段階的に取得する

    一度にすべての株式を移すのではなく、数年かけて段階的に取得する方法もあります。まず役員として経営を担い、業績を上げながら株式を少しずつ取得していく形です。資金負担を分散できる一方で、業績が伸びれば株価も上がり、後半の取得価格が高くなることがあります。取得のペースと価格の決め方を、あらかじめオーナーと合意しておくことが大切です。

    5. 贈与を組み合わせる

    オーナーが一部の株式を後継者に贈与する方法もあります。法人版事業承継税制(特例措置)は、親族外の後継者も対象としており、要件を満たせば贈与税の納税猶予を受けることができます。ただし、贈与はオーナーが対価を受け取らない承継であり、オーナー家の財産や他の家族への配分との関係を整理する必要があります。制度の判断については、関連記事「法人版事業承継税制(特例措置)を使うか・使わないかの判断」を参照してください。

    資金の手当てに使える仕組み

    資金の出し手主な形確認したいこと
    後継者の自己資金持株会社への出資、株式の一部買取り後継者の生活に無理がない範囲か
    民間金融機関持株会社または後継者個人への融資返済原資となる会社の収益力、担保・保証の条件
    日本政策金融公庫事業承継向けの融資制度対象者・資金使途・限度額などの要件
    経営承継円滑化法の金融支援都道府県の認定を受けた場合の信用保険の特例や、代表者個人への融資の特例認定の要件と資金使途
    外部の出資者持株会社への出資経営への関与の程度、出口の条件
    オーナー代金の一部を後払いにする、一部を贈与する回収の確実性、オーナー家の財産設計

    日本政策金融公庫の事業承継向けの融資制度では、経営承継円滑化法に基づく認定を受けた中小企業者(代表者を含む)なども対象として示されています。経営承継円滑化法には、認定を受けた会社の代表者個人が、株式などの事業用資産を取得するための資金について融資を受けられるようにする特例も設けられています(経営承継円滑化法12条〜14条)。いずれも要件や資金使途の定めがあるため、利用を考える段階で各機関の最新の内容を確認してください。

    価格と課税の注意点

    従業員承継では、オーナーと後継者が「お互い納得できる価格」で合意することが出発点です。ただし、税務上は次の点に注意が必要です。

    • オーナー側の課税:個人が非上場株式を売却して利益が出た場合、譲渡所得として申告分離課税が適用され、税率は所得税・住民税をあわせて20%(ほかに復興特別所得税)です。
    • 個人間で低い価格で売買した場合:時価に比べて著しく低い価格で株式を譲り受けると、時価との差額は贈与を受けたものとみなされ、後継者に贈与税がかかることがあります。
    • 持株会社に低い価格で売却した場合:法人に対して時価の2分の1未満の価額で譲渡すると、オーナー側は時価で譲渡したものとみなされて課税されます。
    • 会社自身が買い取る場合:対象会社がオーナーから自己株式として買い取る形をとると、受け取る代金の一部がみなし配当として課税されることがあり、課税関係が大きく変わります。

    このように、「誰が買うか」「いくらで買うか」によって、税務上の時価の考え方と課税関係が変わります。価格は、税務上の評価と当事者間の合意の両面から検討する必要があります。

    株式の持たせ方を工夫する

    買取資金を抑えるために、株式の性質や持ち方を工夫することもあります。

    • 種類株式:議決権のある株式を後継者に、議決権を制限した株式や配当を優先する株式をオーナー家などに残すことで、後継者が少ない資金で経営権を確保する設計が考えられます。
    • 従業員持株会:一部の株式を従業員持株会に持たせ、後継者が取得すべき株式の量を減らす方法です。
    • オーナー家が一部を持ち続ける:配当を受け取る株主として残る形です。ただし、経営への関与の範囲や将来の買取りの約束を明確にしておかないと、後継者の経営の自由度や保証の解除に影響することがあります。

    議決権と配当を分ける設計は、関連記事「議決権と配当を分けて設計できるか」で詳しく解説しています。

    借入と経営者保証をどう引き継ぐか

    親族外の後継者は、親族内承継のように、保証に見合う個人財産をあわせて受け継ぐわけではありません。そのため、会社の借入に対する経営者保証を負うことへの抵抗感は、親族内承継より強くなりがちです。さらに持株会社で株式を買い取る場合は、その買収資金の借入も加わります。

    経営者保証に関するガイドラインと事業承継時の特則では、後継者の保証は前経営者の保証を当然に引き継がせるのではなく、必要性を改めて検討することとされています。会社とオーナー個人の間の貸し借りの整理、返済力の裏付け、情報開示の習慣づくりを承継前から進めることが、後継者の負担を軽くする近道です。詳しくは関連記事「経営者保証を外して事業承継する方法」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 親族株主の了解を早めに得る:事業承継ガイドラインでも、従業員承継では親族株主の理解と協力を得ることの重要性が指摘されています。
    • 債務の全体像を早めに開示する:借入、保証、役員借入金の状況を承継の最終段階で知らされると、後継者が承継を断念することがあります。
    • 少数株主の株式を整理しておく:持株会社で買い取る場合、散らばった株式の集約が必要になることがあります。強制的な手続よりも、事前の説明と合意による買取りが望まれます。
    • 他の役員・従業員との関係に配慮する:後継者が株主になることで、社内の関係が変わることがあります。

    AEGISの視点

    従業員承継の相談では、どうしても「いくらで、どう資金を集めるか」に目が向きます。しかしAEGISは、MBOを「会社の将来の利益で、会社の所有を次の経営者に移していく仕組み」と捉えています。持株会社や融資を使う方法でも、最終的に返済の原資となるのは会社が生み出すキャッシュフローです。つまり、価格を決めることは、「承継後の会社がどれだけの返済負担を背負うか」を決めることでもあります。

    だからこそ、オーナーにとって最も高い価格が、会社にとって最善とは限りません。オーナーが受け取る対価、後継者が負う借入と保証、会社に残る成長のための余力——この三つのバランスを、オーナーと後継者が同じ数字を見ながら話し合うことが大切です。代金の一部を役員退職金や配当、後払いなど別の形で受け取る設計も含めて、所有・資金・経営を一体で組み立てることが、従業員承継を成功させる鍵だとAEGISは考えています。

    事業承継全体の進め方は「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    株式の評価や承継に伴う資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 従業員承継(MBO)の最大の課題は、後継者に株式の買取資金がないことです。
    • 主な方法は、後継者個人による買取り、持株会社を通じた買取り、外部の出資者との共同、段階的な取得、贈与の組み合わせです。
    • 資金は、自己資金、民間金融機関や日本政策金融公庫の融資、経営承継円滑化法の金融支援、外部の出資などを組み合わせて手当てします。
    • 誰がいくらで買うかによって課税関係が変わるため、価格は税務上の評価と当事者間の合意の両面から検討します。
    • 借入と経営者保証の整理を承継前から進めることが、後継者の負担を軽くします。具体的な設計は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 従業員に株式を安く売ってあげてもよいのですか?

    当事者間で合意すれば売買は可能ですが、時価に比べて著しく低い価格で個人に売却すると、時価との差額が贈与とみなされ、後継者に贈与税がかかることがあります。持株会社に時価の2分の1未満で売却した場合には、オーナー側が時価で譲渡したものとみなされます。価格は税務上の評価を確認したうえで決めることが大切です。

    Q. 持株会社を使うと、何がよいのですか?

    後継者個人が借り入れて返済する場合と比べ、持株会社が借入を行い、対象会社からの配当などを返済の原資にできるため、後継者個人の負担を抑えやすくなります。一方で、会社の収益が返済の前提となるため、事業計画と返済計画の妥当性が重要です。

    Q. 後継者は会社の借入の保証人にならなければいけませんか?

    必ずしもそうではありません。経営者保証に関するガイドラインと事業承継時の特則では、後継者の保証は改めて必要性を検討することとされています。会社と個人の分離や財務基盤、情報開示の状況によって判断されるため、承継前から準備を進めることが大切です。

    Q. 株式を一度に買い取れない場合はどうすればよいですか?

    段階的に取得する、一部を贈与と組み合わせる、種類株式や従業員持株会を活用して取得する量を減らすなどの方法があります。段階的に取得する場合は、取得のペースと価格の決め方を、あらかじめオーナーと合意しておくことが望まれます。

    Q. 事業承継税制は従業員への承継にも使えますか?

    法人版事業承継税制(特例措置)は、親族外の後継者も対象としています。ただし、贈与や相続による取得が前提で、適用後も要件を満たし続ける必要があります。特例承継計画の提出期限(令和9年9月30日)にも注意が必要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買などの方法を比較しながら承継計画を検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式の評価と株主構成を確認し、承継・売買などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、P.210-214(第5章Ⅰ)、P.18-19
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.177-178(第3章)、P.549-550、P.557-564(第5章第6節)

    その他参考資料

  • 黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと|清算・第三者への引継ぎ・事業の一部譲渡を、手取り・人・資産の行き先で比べる

    黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと|清算・第三者への引継ぎ・事業の一部譲渡を、手取り・人・資産の行き先で比べる

    「業績は悪くない。でも継ぐ人がいないから、自分の代で終わりにしよう」——黒字のまま会社をたたむ、いわゆる黒字廃業を考えるオーナーは少なくありません。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、廃業は事業承継と並ぶ検討対象として取り上げられています。

    廃業は、決して後ろ向きな選択ではありません。ただ、黒字の会社には、取引先、従業員の技能、顧客との関係、事業用の不動産など、会社をたたむと失われてしまう価値があります。結論から言えば、黒字廃業を決める前に、少なくとも「清算した場合の手取り」と「引き継いだ場合の手取り」、そして「人と資産がどこへ行くか」を並べて比べることが大切です。

    この記事では、廃業(清算)の流れと課税のしくみを確認したうえで、第三者への引継ぎ、事業の一部譲渡などの選択肢と比べる考え方を整理します。

    黒字廃業とは何か

    黒字廃業とは、利益が出ていて資産が負債を上回っている会社が、後継者の不在や経営者の高齢化などを理由に、事業をやめて会社を解散・清算することをいいます。債務超過で事業を続けられなくなる廃業とは異なり、借入をすべて返したうえで、残った財産を株主に分配できるのが特徴です。

    だからこそ、「借金がないうちに、きれいにたたみたい」という考えには合理性があります。一方で、その会社を必要としている人がいる場合や、事業として買い手がつく場合には、廃業以外の選択肢の方が、オーナー自身にとっても関係者にとっても望ましい結果になることがあります。

    会社をたたむ流れ

    株式会社の廃業は、一般に次のような流れで進みます。

    1. 方針の決定と準備:従業員、取引先、金融機関への説明の時期と順番を決める
    2. 解散:株主総会の特別決議(原則として出席株主の議決権の3分の2以上)で会社を解散し、清算人を選任する
    3. 清算:取引を終了し、資産を売却・回収し、債務を支払う。債権者に対しては、2か月以上の期間を定めて債権の申出を求める官報公告と、知れている債権者への個別の催告を行う
    4. 残余財産の分配:すべての債務を支払った後に残った財産を株主に分配する
    5. 清算結了:清算事務を終え、登記を行う

    税務面では、解散した日で事業年度が区切られ、清算中の事業年度、残余財産が確定した事業年度ごとに申告が必要になります。清算中も法人税の申告は続き、資産の売却で生じた利益にも課税されます。申告期限は、解散の日までの事業年度や清算中の事業年度は原則として事業年度終了の日の翌日から2か月以内、残余財産が確定した事業年度は確定の日の翌日から1か月以内(その期間内に残余財産の最後の分配を行う場合は、その前日まで)です。手続には相応の期間がかかるため、廃業を決めた時点から逆算して準備することが欠かせません。

    清算するとき、税金はどこにかかるか

    黒字廃業で見落とされやすいのが、清算時の課税です。課税は「会社の段階」と「株主の段階」の二つで考えます。

    会社の段階:資産の売却益への課税

    清算の過程で、不動産や有価証券などを売却して利益が出れば、会社に法人税等がかかります。長年保有している土地や建物に含み益がある場合、この負担は小さくありません。

    株主の段階:みなし配当

    残余財産の分配を受けた株主は、分配額のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分が配当とみなされ(みなし配当。所得税法25条)、配当所得として課税されます。配当所得は原則として総合課税の対象となるため、他の所得と合算され、分配額が大きいほど高い税率が適用されやすくなります。

    これに対し、会社の株式をそのまま第三者に売却する場合、非上場株式の譲渡益は申告分離課税で、税率は所得税・住民税をあわせて20%(ほかに復興特別所得税)です。同じ会社の価値を現金化するのでも、「清算して分配を受ける」か「株式を売る」かで、税金のかかり方が大きく変わる点は、比較のうえで重要です。

    役員退職金をどう考えるか

    清算の前にオーナーが役員を退任し、退職金を受け取ることもあります。退職所得は、収入金額から退職所得控除額を差し引いた額の2分の1が課税の対象となり、他の所得と分離して計算されます(役員等としての勤続年数が5年以下の場合などには、2分の1の計算が適用されない場合があります)。退職金を支払えば会社に残る財産は減るため、残余財産の分配との組み合わせで手取りが変わります。ただし退職金の額には、職務や在任期間に照らした相当性が求められます。

    廃業以外の選択肢

    後継者が親族や社内にいなくても、会社や事業を引き継ぐ方法はあります。

    • 第三者への株式譲渡(M&A):会社ごと譲り渡す方法です。従業員の雇用や取引先との契約が、原則としてそのまま会社に残ります。
    • 事業譲渡:会社の事業の全部または一部を、他の会社に譲り渡す方法です。不採算部門を残して主要な事業だけを引き継いでもらうこともできます。譲渡後に会社を清算する場合は、上記の清算時の課税も合わせて考えます。
    • 事業の一部の引継ぎ:会社全体の買い手が見つからなくても、特定の取引先、技術、ブランド、店舗などを、同業者や取引先に引き継いでもらう方法があります。
    • 役員・従業員への承継:社内に意欲のある人材がいれば、資金調達の工夫で承継できることがあります。
    • 社会貢献の形での承継:事業や財産の一部を、地域や社会のために生かす形(財団の活用など)で残すことを考えるオーナーもいます。

    第三者への引継ぎについては、公的な相談窓口である「事業承継・引継ぎ支援センター」で相談することもできます(中小企業基盤整備機構の事業承継・引継ぎポータルサイトで案内されています)。

    5つの視点で比べる

    比べる視点清算(廃業)第三者への株式譲渡事業の全部・一部の譲渡
    オーナーの手取り残余財産の分配(みなし配当中心)+役員退職金株式の譲渡代金(申告分離課税)+役員退職金会社が受け取る譲渡代金を、清算等で受け取る
    従業員雇用は終了。再就職支援が課題原則として雇用は継続引き継がれる事業の範囲で継続
    取引先・顧客供給の停止。代替先の確保が必要原則として取引は継続譲渡対象の取引は継続
    事業用不動産売却・賃貸・自己利用など行き先を決める会社所有なら会社ごと移る。オーナー個人所有なら賃貸・売却の条件を決める譲渡対象に含めるか、残して活用するかを決める
    時間と不確実性自分で進められるが、手続に一定の期間買い手探しに時間がかかり、成立しないこともある部分的でも成立しやすい場合がある

    ※上表は一般的な傾向を整理したものです。実際の手取りや影響は、会社の資産構成・株主構成・契約内容によって大きく異なります。

    「手取り」は税引後で比べる

    M&Aの提示額と清算時の残余財産を、税引前の金額で比べると判断を誤ります。清算は会社段階と株主段階の二重の課税を受けやすく、株式譲渡は分離課税の対象になるため、最終的にオーナーの手元に残る金額で比べることが基本です。

    「人」の行き先を数字と同じ重さで考える

    黒字廃業では、従業員の雇用、取引先の供給網、顧客へのサービスが途切れます。オーナーにとって、長年支えてくれた人たちの行き先は、手取りと同じくらい重要な判断材料になるはずです。

    「不動産」の行き先を先に決める

    工場や店舗、事務所の土地・建物は、廃業後の扱いを決めないと遊休資産になります。オーナー個人が所有して会社に貸している場合は、廃業によって賃料収入がなくなり、相続の対象として残ることになります。売却・賃貸・別の事業への活用など、廃業とセットで行き先を検討します。

    実務上注意したいポイント

    • 伝える順番を設計する:廃業の情報が先に広がると、従業員の離職や取引の打切りが早まり、清算時の資産価値が下がることがあります。
    • 経営者保証と借入を確認する:黒字廃業でも、借入の返済と保証の解除を確認しておく必要があります。
    • 許認可や契約の終了手続:事業に関する許認可、リース、賃貸借、取引基本契約の解約条件を一覧にします。
    • 決める前に「売れるか」を確かめる:廃業を決める前に、M&Aや事業の一部譲渡の可能性を一度確認しておくと、比較の材料がそろいます。

    AEGISの視点

    黒字廃業の相談を受けるとき、AEGISがまずお聞きするのは、「会社の何を終わらせたいのか、何を残したいのか」という問いです。

    オーナーが終わらせたいのは、多くの場合、「自分が経営の責任を負い続けること」です。必ずしも、事業そのものや、従業員の仕事、地域とのつながりまで終わらせたいわけではありません。そう整理すると、経営の責任からは退きつつ、事業や人、不動産を別の形で生かす道が見えてくることがあります。事業を第三者に引き継ぐ、事業の一部を取引先に託す、不動産を地域の需要に合う事業に活用する、財産の一部を社会貢献に充てる——選択肢は「継ぐか、たたむか」の二択ではありません。

    一方で、比較したうえで廃業を選ぶことも、十分に尊重されるべき判断です。大切なのは、手取り・人・資産の行き先を並べたうえで、オーナーが納得して選んだと言える状態をつくることだとAEGISは考えています。

    承継方法そのものの比較は「親族内承継・従業員承継・M&Aの比較」で、会社売却の準備は「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で、社会貢献の形で財産を生かす考え方は「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    清算時の課税や株式・不動産の承継に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 黒字廃業は合理的な選択肢の一つですが、会社をたたむと失われる価値があるため、引き継ぐ選択肢と比較してから決めることが大切です。
    • 清算では、会社段階での資産売却益への課税と、株主段階でのみなし配当(原則総合課税)を考える必要があります。
    • 株式を第三者に売却する場合は、譲渡益に申告分離課税が適用されるため、税引後の手取りで比べることが基本です。
    • 比較の視点は、オーナーの手取り、従業員、取引先・顧客、事業用不動産、時間と不確実性の5つです。
    • 具体的な税額や手続は、会社の資産構成・株主構成などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 黒字のうちに廃業すれば、税金はかかりませんか?

    かかります。清算中の資産の売却益には会社に法人税等がかかり、株主が残余財産の分配を受けると、資本金等の額を超える部分はみなし配当として課税されます。黒字であるほど残余財産が大きくなり、株主段階の税負担も大きくなりやすい点に注意が必要です。

    Q. 小さな会社でも、M&Aで引き継いでもらえることはありますか?

    会社の規模が小さくても、取引先、技術、許認可、店舗などに価値があれば、同業者などが引き継ぎを検討することがあります。会社全体の譲渡が難しくても、事業の一部だけを引き継いでもらう方法もあります。公的な相談窓口として事業承継・引継ぎ支援センターがあります。

    Q. 廃業と決めたら、まず誰に伝えるべきですか?

    一般には、家族と主要な関係者で方針を固めたうえで、金融機関や顧問の専門家と手順を確認し、従業員、取引先の順に伝えることが多いといえます。伝える時期を誤ると、従業員の離職や取引の打切りが先行するおそれがあるため、順番を事前に設計しておくことが大切です。

    Q. 会社が使っている土地や建物が社長個人のものの場合、どうなりますか?

    会社が廃業すると賃料収入がなくなり、不動産は個人の財産として残ります。売却、他者への賃貸、別の事業への活用、相続まで含めて、廃業と同時に行き先を検討しておくことが望まれます。

    Q. 廃業と比べるとき、何から調べればよいですか?

    まず、清算した場合の残余財産と税引後の手取りの見込みを把握することです。そのうえで、会社や事業の一部に引き継ぎ手がいるかを確認すると、比較の材料がそろいます。

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    • 事業承継:後継者・経営権・株式・資金・ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比較しながら承継計画を検討します。
    • M&A:会社売却の方針や取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『これだけ!組織再編&事業承継税制(第3版)』佐藤信祐・長谷川太郎 著、中央経済社、P.155-166
    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房、P.2-29(第1章)