相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか|評価差だけでなく借入れ・収益・売却・制度変更まで含めて試算する

マンション模型とグラフ資料・電卓を前に検討する男女

結論からいうと、相続税評価額が購入価格より低い不動産を買っても、それだけで「得」になるとは限りません。相続税が下がる効果は、購入価格と評価額の差から生まれますが、その差は購入した瞬間から、物件の収益性、借入れの負担、将来の売却価格、そして制度の変更によって目減りしていきます。

さらに、国税庁は2026年9月、課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する通達案を公表しました(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定、意見募集中で最終通達は未発遣)。相続の数年前に賃貸物件を買う対策は、前提そのものが変わろうとしています。

この記事では、購入型の相続対策の損得を、評価の差だけでなく「家族の手元に最終的に何が残るか」で試算する考え方を整理します。

なぜ「不動産を買うと相続税が下がる」といわれるのか

相続税は、財産の「取得の時における時価」で計算するのが原則です(相続税法第22条)。国税庁は、その時価の具体的な評価方法を財産評価基本通達で定めています。

現金は額面どおりに評価されますが、不動産は次のような仕組みで、購入価格より低く評価されることが多くなります。

  • 土地:路線価で評価します。路線価は地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(国税庁「令和8年分の路線価等について」)が、この記事を投稿する時点においては、都市部の路線価は時価の80%を大きく下回っています。
  • 建物:固定資産税評価額を基に評価します。一般に建築費や購入価格より低くなります。
  • 賃貸している場合:借家人の権利を考慮し、土地は「貸家建付地」、建物は「貸家」として、さらに評価が下がります(国税庁 タックスアンサーNo.4614)。

たとえば現金1億円で賃貸物件を買うと、相続財産は「1億円の現金」から「評価額が1億円より低い不動産」に置き換わります。この差が、相続税の計算上の効果になります。

評価差だけで判断すると見落とす4つのこと

ここで注意したいのは、相続税の計算上の効果と、家族にとっての経済的な損得は別物だということです。評価差だけを見ていると、次の4つを見落とします。

1. 時価が下がれば、効果は相殺される

相続後に家族が実際に受け取るのは、評価額ではなく、その不動産の市場価値です。購入価格には仲介手数料や登記費用、不動産取得税などの取得費用がかかり、購入直後に売れば購入価格を下回ることが一般的です。建物は年数とともに価値が下がり、地域によっては土地の価格も下がります。

相続税が数百万円軽くなっても、不動産の時価がそれ以上に下がれば、家族の手元に残る財産は減ってしまいます。

2. 借入れは「負債が残る」ことでもある

借入れで不動産を買うと、借入金は相続税の計算上、債務として差し引かれます。そのため「借入れで買うと効果が大きい」と説明されることがあります。しかし、借入れによる効果の本体は、あくまで不動産の評価が下がることにあり、借入れそのものが財産を増やすわけではありません。

引き継いだ家族は、返済を続ける義務も引き継ぎます。金利が上がれば、返済額が増える可能性もあります。賃料収入で返済を賄えるかどうかが、損得を分ける大きな要素です。

3. 収益が低い物件は、毎年の手取りを減らす

賃貸物件は、賃料から管理費、修繕費、固定資産税、借入れの利息を差し引いた手取りで評価すべき資産です。空室が続く、修繕費がかさむといった物件は、相続税が軽くなっても毎年の資金を少しずつ失わせます。

4. 売りたいときに売れるとは限らない

相続後に納税や分割のために売却しようとしても、立地や築年数によっては買い手がつきにくく、想定より大きく値下げしなければならないことがあります。売却のしやすさ(流動性)は、購入時の利回り以上に重要な判断要素です。

制度の変化:令和9年以後の評価見直しと「総則6項」

貸付用不動産の評価見直し(通達案)

国税庁が2026年9月18日に意見募集を始めた「貸付用不動産の評価について(案)」では、次の考え方が示されています。

  • 課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産は、課税時期の「通常の取引価額」に相当する金額で評価する
  • 取得価額がその時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費相当額」の、それぞれ80%で評価できる
  • 不動産特定共同事業などで小口化された不動産(いわゆる不動産小口化商品)は、別の方法で評価する
  • 令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用する

背景として、国税庁は政府税制調査会の専門家会合(令和7年11月13日)で、相続開始前の駆け込み取得の事例では購入価格と通達評価額の乖離が中央値で3倍を超えていたことなどを示しています。

案の段階であり、意見募集は2026年10月18日までで、最終的な通達はまだ定められていません。それでも、相続の5年以内に買った賃貸不動産は、評価が購入価格の8割程度まで戻る可能性があると考えておくのが現実的です。そうなると、評価差による効果は従来よりも大きく縮小します。

制度の詳しい内容は、関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で解説しています。

評価通達によらない評価(総則6項)

財産評価基本通達には、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」は国税庁長官の指示を受けて評価する、という定めがあります(評価通達6項)。

最高裁令和4年4月19日判決は、相続税の負担を減らすことを期待して借入れにより不動産を購入した事案で、評価通達による画一的な評価が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がある場合には、通達を上回る価額(この事案では鑑定評価額)で評価しても違法ではないと判断しました。この事案では、購入と借入れがなければ課税価格の合計が6億円を超えていたのに、申告では基礎控除によって相続税が0円とされていました。

つまり、通達案の対象にならない場合でも、取得の経緯や目的によっては、通達どおりの評価が認められないことがあります。否認の判断枠組みについては、関連記事「評価を下げる対策が否認されるとき」で解説しています。

損得を試算するときの考え方

購入型の対策が本当に得かどうかは、次の項目を並べて試算すると見えてきます。

試算の項目内容損得への影響
A. 相続税の軽減額購入しない場合と購入した場合の相続税の差プラス
B. 取得費用仲介手数料、登記費用、不動産取得税などマイナス
C. 保有中の手取り賃料-管理費・修繕費・税金・利息プラスにもマイナスにもなる
D. 時価の変動相続時点・売却時点の市場価値と購入価格の差プラスにもマイナスにもなる
E. 売却時の税金とコスト譲渡所得課税、仲介手数料などマイナス
F. 制度変更・否認のリスク評価見直し(通達案)、総則6項による評価Aを縮小・消失させる

損得の判断は、「A+C+D」から「B+E」を差し引いた結果が、何もしなかった場合と比べてプラスかどうかで考えます。そのうえで、Fのリスクを踏まえて、Aがどの程度まで小さくなっても成り立つかを確かめます。

ポイントは次のとおりです。

  • Aは最大値ではなく、縮んだ場合でも試算する:通達案が適用されると、5年以内取得の物件のAは大きく減ります。
  • Dは楽観せずに試算する:購入価格どおりに売れる前提を置かず、値下がりした場合も確認します。
  • Cは借入金利の上昇も想定する:返済額が増えても手取りがマイナスにならないかを確かめます。
  • 購入から相続までの期間を考える:期間が短いほど、評価見直しや否認のリスクが高まり、時価の下落を賃料収入で補う時間も短くなります。

「相続対策として買ってよい不動産」の条件

評価差による効果を前提にしない場合、相続対策として不動産を持つ意味があるのは、次のような場合です。

  • 相続税がなくても持ちたい物件である:収益性と立地から、投資として成り立つ
  • 引き継ぐ人と役割が決まっている:誰が相続し、どう運営するかが明確
  • 分けやすさや納税資金の計画と整合している:特定の相続人に偏らない、売却で納税資金を作れる
  • 購入の目的と経緯を説明できる:事業上・資産形成上の理由が記録に残っている

相続対策は、不動産を「買う理由」ではなく、不動産を持つことの「副次的な効果」として位置づけるのが健全です。購入前に確認したいことは、関連記事「高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいこと」、所有地の活用を評価だけで判断しない考え方は「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」で解説しています。

すでに購入した不動産がある場合

過去に相続対策として不動産を購入している場合は、次の点を確認しておくとよいでしょう。

  • 取得時期が、相続等の時点から見て5年以内に入る可能性があるか(通達案の対象範囲)
  • 現在の収支と借入残高は健全か、売却した場合の手取りはいくらか
  • 購入の目的や経緯を示す資料(検討資料、事業計画、融資の稟議資料など)が残っているか

また、すでに相続税の申告を終えている場合でも、不動産の評価に誤りがあったときは、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます(国税通則法第23条)。申告内容の点検については、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」を参照してください。

AEGISの視点

「不動産を買えば相続税が下がる」という説明は、計算の一部だけを切り取ったものです。AEGISは、購入型の相続対策を「相続税の計算」ではなく「家族の財産の総額と質」で評価すべきものと考えています。

相続税が軽くなっても、不動産の時価が下がり、借入れの返済に追われ、売りたいときに売れなければ、家族の手元に残るものは減ります。逆に、収益力と流動性のある不動産を、引き継ぐ人と役割を決めて持つことは、相続税の効果がなくても家族にとって価値があります。

令和9年以後の評価見直し(通達案)と、最高裁令和4年判決以降の実務は、評価差だけに頼る対策の時代が終わりつつあることを示しています。だからこそ、購入の判断を「税引後の手残り」と「承継後の運営」から行い、相続税の効果はその結果としてついてくるもの、と捉え直すことが大切だと考えています。

相続対策と事業承継を一体で考える全体像は、関連記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で、相続前の不動産を残す・売る・組み替える判断は「不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える」で解説しています。

不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

不動産の評価や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

まとめ

  • 不動産は購入価格より低く評価されることが多く、その差が相続税の計算上の効果になります。
  • しかし、時価の下落、取得・売却のコスト、借入れの負担、収益性、売却のしやすさによって、家族にとっての損得は変わります。
  • 課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産を通常の取引価額で評価する見直しが、令和9年1月1日以後の相続等に適用される予定です(通達案・最終通達は未発遣)。
  • 通達の対象外でも、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることがあります(最高裁令和4年4月19日判決)。
  • 損得は、相続税の軽減額・取得費用・保有中の手取り・時価の変動・売却時のコスト・制度変更のリスクを並べて試算します。
  • 具体的な効果は個別事情によって異なります。

よくある質問

Q. 不動産を買えば、相続税は必ず安くなりますか?

相続税の計算上は、現金より不動産の評価額が低くなることが多いため、税額が下がる場合はあります。ただし、令和9年1月1日以後の相続等では、5年以内に取得した貸付用不動産の評価が見直される予定(通達案)であり、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることもあります。また、税額が下がっても、家族の財産全体が増えるとは限りません。

Q. 借入れで不動産を買うと、効果が大きくなるのですか?

借入金は債務として差し引かれますが、効果の中心は不動産の評価が下がることにあります。借入れで買う場合は、返済の義務を家族が引き継ぎ、金利上昇の影響も受けます。最高裁令和4年判決の事案も借入れによる購入でした。賃料で返済を賄えるかを含めて判断することが大切です。

Q. 令和9年より前に相続が起きれば、今の評価方法のままですか?

国税庁の通達案では、令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産の評価に適用するとされています。それより前の相続等には、現行の評価方法が適用されると考えられますが、最終的な通達の内容を確認する必要があります。なお、現行の評価方法の下でも、評価通達6項による評価が行われる可能性はあります。

Q. 不動産小口化商品も同じように扱われますか?

通達案では、不動産特定共同事業などにより小口化された貸付用不動産について、取得時期にかかわらず通常の取引価額で評価する別の定めが置かれています。元本等相当額や鑑定評価額などを基にした評価方法も示されています。最終的な通達の内容を確認したうえで判断してください。

Q. 相続対策として不動産を買うなら、何を基準に選べばよいですか?

相続税の効果がなくても持ちたいと思える収益性と立地があるか、引き継ぐ人と運営の方法が決まっているか、売却しやすいか、購入の目的を説明できるか、が基準になります。評価差は結果としての効果と位置づけ、税引後の手残りで判断することをおすすめします。

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参考資料・出典

公的資料・一次情報

書籍

  • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局(2018年)第1章「事業承継・相続対策総論」
  • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント[第3集]』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2018年)CASE3

この記事の監修者

監修者 保手浜 洋介

保手浜 洋介

ほてはま ようすけ

公認会計士・税理士・宅地建物取引士|アイジスグループ代表

相続税・資産税、事業承継、非上場株式評価、 不動産保有設計、ファミリーオフィス業務を 専門領域とする。

税務・会計の専門知識を基盤に、 事業オーナーや資産家の資産管理、 事業承継、財産承継に関する助言を行う。

AEGIS Knowledgeでは、税務・資産管理・ 事業承継等に関する記事の専門的な監修を担当する。