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  • 申告後に相続財産の価値が下がったときにできること|相続税は見直せるのか、使える制度と代替策

    申告後に相続財産の価値が下がったときにできること|相続税は見直せるのか、使える制度と代替策

    相続した株式の株価が申告の頃から大きく下がってしまった、相続した土地を売ろうとしたら相続税の評価額を大きく下回る価格しかつかなかった——「相続税は相続した時の価値で払ったのに、今の価値はこれほど低い。税金は見直してもらえないのか」という相談は少なくありません。

    結論から言えば、相続後の市況による値下がりを理由に、相続税そのものを見直すことは原則としてできません。相続税は、相続により財産を取得した時点の価額で計算する仕組みだからです。

    ただし、値下がりのように見えて実は当初の評価の前提に誤りがあった場合や、災害によって財産が被害を受けた場合には、税額が変わる可能性があります。また、相続税を見直せない場合でも、売却や納税の方法を工夫することで、値下がりの影響を和らげられることがあります。この記事では、その線引きと選択肢を整理します。

    なぜ値下がりしても相続税は変わらないのか

    相続税法22条は、相続などで取得した財産の価額を「財産の取得の時における時価」によると定めています。相続の場合、取得の時とは原則として被相続人が亡くなった日(相続開始日)です。

    相続税の申告期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 No.4205)。この間に株価や地価が動いても、評価の基準となる日は相続開始日のままです。専門書でも、相続後の経済情勢による価額の変動による損益は考慮されないことが説明されています(武田秀和『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』Q1-8)。

    なお、上場株式の評価には、相続開始日の終値と、相続開始月・前月・前々月の各月の終値の月平均額のうち、最も低い価額を使える仕組みがあります(No.4632)。ただしこれは相続開始前の株価の動きを反映するもので、相続後の値下がりを反映するものではありません。

    「値下がり」と「評価の誤り」を区別する

    申告後に税額を見直す手続として、更正の請求があります。国税通則法23条1項による更正の請求は、申告書の計算が法律の規定に従っていなかったことや計算に誤りがあったことにより税額が過大である場合に、法定申告期限から5年以内に限り認められるものです。

    つまり、更正の請求の対象になるのは「相続開始時点の評価が正しくなかった」場合です。「相続開始時点の評価は正しかったが、その後に値下がりした」場合は、原則として対象になりません。

    ただし、値下がりをきっかけに申告内容を見直すと、評価の前提に誤りが見つかることがあります。

    気づいたこと相続税の見直し考え方
    相続後に株価・地価が市況で下がった原則としてできない評価の基準日は相続開始日(相続税法22条)
    売却価格が評価額を大きく下回り、調べると土地の形状・道路・利用状況などの減額要素が評価に反映されていなかった更正の請求を検討できる相続開始時点の評価の誤り(国税通則法23条1項)
    非上場株式の評価で、会社規模の判定や資産・負債の計上に誤りがあった更正の請求を検討できる同上
    申告期限前に地震・火災などで財産が被害を受けた被害部分を控除して計算できる場合がある災害減免法6条
    申告期限後に地震・火災などで財産が被害を受けた被害部分に対応する税額が免除される場合がある災害減免法4条

    土地評価で見落とされやすい減額要素については関連記事「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」で、更正の請求の手続全般は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    災害で財産が被害を受けた場合の取扱い

    市況による値下がりとは異なり、地震・風水害・火災などの災害で相続財産が被害を受けた場合には、「災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律」(災害減免法)による救済があります。

    申告期限前に被害を受けた場合

    相続税の申告期限前に、相続で取得した財産が災害で甚大な被害を受けたときは、被害を受けた部分の価額を控除して財産の価額を計算します(災害減免法6条)。課税価格の計算の基礎となる財産の価額(債務控除後)または動産等の価額のうち、被害を受けた部分の割合が10分の1以上であることが要件です(同法施行令12条)。保険金や損害賠償金で補てんされる部分は控除の対象から除かれ、適用を受けるには申告書に適用を受ける旨や被害の状況、被害額を記載する必要があります(同条。国税庁 No.8006では、被害の状況や被害額等を記載した「相続税等の財産の価額の計算明細書」を申告書に添付するよう案内されています。武田・前掲Q1-8、Q1-9)。

    申告期限後に被害を受けた場合

    申告期限後に被害を受けたときは、すでに確定した税額のうち、被害があった日以後に納付すべき税額で被害を受けた部分に対応するものが免除されます(災害減免法4条)。延滞税や加算税は免除の対象外です。適用を受けるには、課税価格の計算の基礎となった財産の価額のうち被害を受けた部分の割合が10分の1以上であることなどの要件を満たし、災害のやんだ日から2か月以内に申請書(国税庁 No.8006では「相続税等の免除承認申請書」)を税務署長に提出する必要があります(災害減免法施行令11条)。

    ここでいう被害は、建物や家財の損壊・滅失といった物的な損害を指し、地価の下落のような経済的価値の減少は含まれないとされています(武田・前掲Q1-9に収録の計算明細書の注記)。災害の影響で地価や株価が下がっただけでは、この制度の対象にならない点に注意が必要です。

    相続税を見直せないときに検討したい3つの選択肢

    相続税そのものが変わらない場合でも、次のような制度や判断によって、値下がりの影響を和らげられることがあります。

    1. 売却するなら「取得費加算の特例」の期限を意識する

    相続した財産を売却する場合、一定の期間内であれば、支払った相続税のうちその財産に対応する部分を、譲渡所得の計算上の取得費に加算できます(取得費加算の特例。国税庁 No.3267)。期間は、相続開始のあった日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までです。

    ただし、この特例は譲渡益を限度に加算する仕組みで、売却しても譲渡損失となる資産には効果がありません(No.3267、『要点 譲渡所得』第Ⅱ部第6章)。値下がりした資産を売却するか保有を続けるか、どの資産から売却するかを考えるときは、資産ごとの取得費(被相続人の取得価額の引継ぎ)と含み益・含み損を確認したうえで、3年の期限内に判断する必要があります。

    2. 納税資金が足りないなら「物納」の要件を確認する

    相続税は金銭で納付するのが原則ですが、延納によっても金銭で納付することが困難な事由があるなどの要件を満たす場合には、相続財産そのもので納める物納が認められています。物納財産を国が収納する価額は、原則として相続税の課税価格計算の基礎となった財産の価額とされています(国税庁 No.4214)。上場株式は不動産などとともに第1順位の物納財産です(No.4214)。

    このため、相続後に大きく値下がりした上場株式などを物納すると、相続税評価額で税額に充てられる可能性があります(山本和義・水品志麻『上場株式等の相続と有利な物納選択』第三章・第四章)。ただし、物納は「延納によっても金銭で納付することが困難」であることが前提で、預貯金や収入の状況によっては認められません。値下がりを理由に自由に選べる制度ではない点に注意が必要です。物納の申請期限は相続税の納期限(または納付すべき日)までです(No.4214)。

    3. 分割前なら、値下がりのリスクを分け方に織り込む

    遺産分割がまだ終わっていない場合は、分け方の段階で値動きの大きい財産をどう扱うかを話し合うことができます。相続税は相続開始時の評価額で計算されるため、値下がりしやすい財産を取得した相続人は、他の相続人より実質的な負担が重くなりがちです。評価額だけで公平を図るのではなく、売却可能性や収益性、納税資金の確保の見通しも含めて分け方を検討することが、後の不満を防ぐことにつながります。

    AEGISの視点

    申告後の値下がりの相談を受けると、AEGISはまず「税額を見直せるか」と「これからどう動くか」を分けて考えることにしています。

    相続税は、相続開始という一時点の評価で確定する税金です。その後の値動きを税額に反映させる仕組みは、災害のような限られた場面にしかありません。しかし、値下がりをきっかけに申告書を読み直すと、土地の利用状況や評価単位、非上場株式の評価の前提など、相続開始時点の評価そのものに見直しの余地が見つかることもあります。感覚的な「高すぎる」を、相続開始時点の事実に照らした「評価の誤り」と、市況による「事後の変動」に仕分けることが、最初の一歩です。

    一方で、見直しの対象にならない値下がりについては、売却の時期と方法、納税資金の確保、家族の中で誰がそのリスクを負うかという判断が中心になります。取得費加算の特例の期限、物納の要件、二次相続の見通しなど、税務と資産の管理を同じ表の上で検討することが、損失を広げないための現実的な方法だとAEGISは考えています。資産税務や承継に関するAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    相続税と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で、納税資金の準備方法の比較は「相続税の納税資金をどう準備するか」で解説しています。

    値下がりではなく、申告時の評価そのものに見直しの余地がないかを確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税は、相続により財産を取得した時点の時価で計算します。相続後の市況による値下がりを理由に、相続税を見直すことは原則としてできません。
    • 更正の請求の対象になるのは、相続開始時点の評価や計算に誤りがあった場合です。値下がりをきっかけに、土地や非上場株式の評価の前提を点検する意味はあります。
    • 災害で財産が被害を受けた場合は、申告期限の前後に応じて、災害減免法による控除や免除を受けられる場合があります。地価や株価の下落のような経済的価値の減少は対象外です。
    • 見直しができない場合でも、取得費加算の特例の期限、物納の要件、分け方の工夫などで影響を和らげられることがあります。具体的な適用可否は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 相続した株式が申告期限までに半値になりました。相続開始時の株価で申告しなければなりませんか?

    相続税の評価の基準は相続開始時点のため、申告期限までの値下がりは原則として評価に反映されません。上場株式は、相続開始日の終値と、相続開始月以前3か月の各月の月平均額のうち最も低い価額で評価できますが、これは相続開始前の株価を対象とするものです。納税資金の確保が難しい場合は、延納や物納の要件を確認します。

    Q. 相続した土地が評価額より大幅に安くしか売れませんでした。更正の請求はできますか?

    売却価格が低かったことだけを理由に更正の請求をすることは、原則としてできません。ただし、売却の過程で、道路の条件や土地の形状、利用上の制約など、相続開始時点から存在していた減額要素が評価に反映されていなかったことが分かれば、評価の誤りとして更正の請求を検討できます。法定申告期限から5年以内という期限があります。

    Q. 地震で相続した建物が損壊しました。相続税はどうなりますか?

    申告期限前の被害であれば、被害を受けた部分の価額を控除して計算できる場合があります。申告期限後の被害であれば、被害割合などの要件を満たすと、被害を受けた部分に対応する税額が免除される場合があり、災害のやんだ日から2か月以内に申請が必要です。保険金などで補てんされた部分は除かれます。

    Q. 値下がりした相続財産を売ると、取得費加算の特例は使えますか?

    取得費加算の特例は、譲渡益の範囲内で相続税額の一部を取得費に加算する制度です。売却しても譲渡損失となる場合には、その資産について特例の効果はありません。特例を使うには、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却し、確定申告で手続する必要があります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、2013年、P.26-34
    • 『相続税の物納制度が大改正! 上場株式等の相続と有利な物納選択』山本和義・水品志麻 著、清文社、2017年、P.123-126、141-142、149
    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、P.401-403、409、413-414
  • 海外移住と国外転出時課税|株式に税金がかかるのはどんな場合か、納税猶予・帰国時の取消し・家族への相続まで

    海外移住と国外転出時課税|株式に税金がかかるのはどんな場合か、納税猶予・帰国時の取消し・家族への相続まで

    海外に移住する(日本に住所も居所もなくなる)ときに、1億円以上の有価証券等を持っていて、かつ出国前10年以内に日本に5年を超えて住んでいた方は、株式を売っていなくても、出国の時に売ったものとみなして含み益に所得税がかかります。これを「国外転出時課税」といいます。

    ポイントは次の3つです。

    • 対象は株式や投資信託などの有価証券等で、上場・非上場を問いません。オーナー経営者の場合、自社株だけで1億円を超えることもあります。
    • 一定の手続をとれば、納めるべき所得税について最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
    • 自分は日本に住んだままでも、海外に住む家族に株式等を贈与したり、相続で引き継がせたりする場合にも同じ仕組みが働きます。

    制度の詳細は国税庁が公表している情報と法令で確認できますが、手続の期限が短く、出国前にしかできない準備が多いのが特徴です。この記事では、海外移住を検討する方が出国前に確認しておきたいことを整理します。

    国外転出時課税とは

    国外転出時課税は、平成27年度税制改正で創設され、平成27年7月1日以後の国外転出、贈与、相続・遺贈に適用されています(国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    背景には、含み益のある株式を持ったまま、株式の譲渡益に課税しない国へ移住してから売却すると、日本でも移住先でも課税されない状態が生じうるという問題がありました。そこで、日本を離れる時点までに生じた含み益について、日本で課税する仕組みが設けられています。

    この制度は、次の3つの場面で働きます。

    場面何が起きたときか誰が申告するか申告の期限の目安
    国外転出(出国)本人が日本に住所・居所を有しなくなるとき本人納税管理人の届出をした場合は出国した年分の確定申告期限、しない場合は出国の時まで(準確定申告)
    国外転出(贈与)本人が国外に住む人に対象資産を贈与したとき贈与した本人贈与した年分の確定申告期限
    国外転出(相続)本人が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得したとき亡くなった本人の相続人相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日まで(準確定申告)

    ※国税庁タックスアンサーNo.1478・No.1467・No.1468をもとにAEGISが整理。個別の手続は最新の国税庁情報で確認してください。

    対象になる人:2つの要件

    国外転出時課税の対象になるのは、次の両方に当てはまる居住者です(所得税法60条の2第5項)。

    1. 国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円以上であること
    2. 国外転出の日前10年以内に、日本に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えていること

    2つ目の期間の計算では、一定の在留資格(出入国管理及び難民認定法の別表第一の在留資格)で在留していた期間は含めないこととされています(所得税法施行令170条3項)。そのため、主に影響を受けるのは、長く日本に住んでいる方です。

    1億円の判定は、対象資産の合計で行います。上場株式だけでなく、非上場株式、投資信託、匿名組合への出資なども合算します。オーナー経営者の場合、自社株の価額だけで1億円を超えていることに気づいていないケースもあるため、まず現在の株価の水準を確認することが出発点になります。

    対象になる資産

    対象資産は、次のとおりです(所得税法60条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    • 有価証券(株式、投資信託など。上場・非上場を問いません)
    • 匿名組合契約の出資の持分
    • 未決済の信用取引・発行日取引
    • 未決済のデリバティブ取引(先物取引、オプション取引など)

    一方で、不動産や金地金、預金などは、この制度の対象資産ではありません。また、新株予約権のうち、株式を無償または有利な価額で取得できる権利を表示する一定のもの(国内源泉所得を生ずべきもの)は対象から除かれています。ストック・オプションを持つ方の扱いは、別の論点として確認が必要です。

    課税の仕組み:「売ったもの」とみなされる

    いつの価額で計算するか

    国外転出時課税では、出国の時に対象資産を売った(決済した)ものとみなして、含み益を譲渡所得等として計算します。基準となる価額は、手続によって次のように変わります(所得税法60条の2第1項)。

    • 出国した年分の確定申告書を提出する時までに納税管理人の届出をした場合など:国外転出の時の価額
    • それ以外の場合:国外転出の予定日から起算して3か月前の日の価額(その日より後に取得したものは取得時の価額)

    非上場株式の場合は、市場の価格がないため、所得税の考え方に沿った「時価」を算定する必要があります。株価の算定には時間がかかるため、出国の予定が決まったら早めに着手することが重要です。

    申告の方法

    国税庁の案内では、申告の方法は次のように分かれています。

    • 出国の時までに納税管理人の届出をした場合:出国した年分の確定申告期限までに、他の所得とあわせて確定申告・納税をします。
    • 納税管理人の届出をしないで出国する場合:出国の時までに、その年の1月1日から出国の時までの所得にこの制度による所得を含めて、準確定申告・納税をします。

    納税管理人とは、日本に住所等を有しない納税者に代わって、申告書の提出や税金の納付などを行う人です。後で述べる納税猶予を受けるためにも、納税管理人の届出が前提になります。

    納税猶予:最長10年、ただし担保が必要

    国外転出時課税は、実際には売却していない株式に課税されるため、納税資金が大きな負担になります。そこで、一定の手続をとった場合には、国外転出の日から5年間(延長の届出をすれば最長10年間)、納税を猶予する特例があります(所得税法137条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    主な要件は次のとおりです。

    • 出国の時までに、所轄の税務署に納税管理人の届出をすること
    • 確定申告書に納税猶予の適用を受ける旨を記載し、所定の明細書・計算書を添付すること
    • 確定申告書の提出期限までに、猶予される所得税額と利子税額に相当する担保を提供すること

    猶予期間中は、毎年12月31日時点で持っている対象資産について、継続して適用を受ける旨の届出書を翌年3月15日までに提出する必要があります。この届出を忘れると、猶予が打ち切られ、猶予されていた税額を納めることになります。また、猶予期間中に対象資産を売ったり贈与したりした場合は、その部分について猶予が終了します。猶予期間が終わって納付する場合には、利子税もかかります。

    担保の用意は実務上の大きな論点です。非上場株式を担保として提供する場合には、事前の準備が必要になることがあります。出国の直前に検討を始めると間に合わないことがあるため、時間に余裕を持って税務署や専門家と相談しておくことが望まれます。

    帰国したときの取消し

    国外転出時課税の申告をした方が、国外転出の日から5年以内(納税猶予の期限延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、その時まで引き続き持っている対象資産があるときは、その資産について課税がなかったものとして取り消すことができます。取り消すには、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をする必要があります(所得税法153条の2、国税庁タックスアンサーNo.1478)。

    このほか、5年以内に対象資産を居住者に贈与した場合や、本人が亡くなって対象資産を取得した相続人等が全員居住者となった場合なども、一定の要件のもとで取消しの対象になります。

    「数年で戻るかもしれない」という移住の場合は、納税猶予と帰国時の取消しを組み合わせた見通しを立てておくことが、資金計画のうえで重要になります。

    国外の家族に贈与・相続で渡る場合

    贈与の場合

    1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が、国外に住む家族に対象資産を贈与すると、贈与した本人に、その資産を売ったものとみなした所得税がかかります(所得税法60条の3、国税庁タックスアンサーNo.1467)。受け取った家族には、別途、贈与税の課税関係が生じます。

    相続の場合

    1億円以上の対象資産を持つ一定の居住者が亡くなり、国外に住む相続人等が対象資産を取得した場合も、亡くなった本人がその資産を売ったものとみなして所得税が課税されます(国税庁タックスアンサーNo.1468)。申告は相続人が準確定申告として行い、その期限は相続の開始を知った日の翌日から4か月を経過した日の前日までです。

    相続の場合の納税猶予では、対象資産を取得した国外に住む相続人等の全員が、準確定申告書の提出期限までに納税管理人の届出をすることなどが要件になります。遺産分割の内容によって、国外に住む相続人が対象資産を取得するかどうかが変わるため、遺言の内容や分割の方針と、この制度の関係を事前に確認しておくことが大切です。海外に住む相続人がいる場合の手続全般は、関連記事「海外在住の相続人がいる場合の準備」で解説しています。

    移住しても、日本の相続税・贈与税がすぐ外れるわけではない

    国外転出時課税は所得税の制度ですが、移住を考える際には相続税・贈与税の扱いもあわせて確認が必要です。たとえば、日本国籍を有する相続人は、国外に住んでいても、相続開始前10年以内に日本に住所があった場合のほか、その期間に日本に住所がなくても被相続人が外国人被相続人・非居住被相続人でない場合などは、国外の財産も含めて日本の相続税の対象になります(国税庁タックスアンサーNo.4138、相続税法1条の3)。「移住すれば日本の相続税がかからなくなる」とは限らない点に注意が必要です。海外に財産を持つ場合の相続準備は、関連記事「海外に財産がある人の相続準備」で整理しています。

    出国前に確認したいチェックリスト

    時期の目安確認すること
    移住を検討し始めたとき対象資産の合計が1億円以上か(自社株・投資信託を含む)、過去10年の国内居住期間
    出国の半年〜1年前非上場株式の価額の算定、税額の試算、納税猶予を使うかどうかと担保の候補
    出国の数か月前納税管理人の選任、会社の役員・株主としての関わり方、ストック・オプションの扱い
    出国の時まで納税管理人の届出(納税猶予を受ける場合は必須)、申告方法の確定
    出国後毎年の継続適用届出書の提出、帰国の可能性と取消しの期限管理
    家族への承継国外に住む家族への贈与・相続の予定、遺言・遺産分割の方針との整合

    実務上注意したいポイント

    • 「売っていないから税金はかからない」と考えない:課税されるのは含み益で、売却代金は手元にありません。納税資金や担保の準備が必要です。
    • 期限が短い:納税管理人の届出は出国の時まで、帰国時の取消しは帰国から4か月以内など、期限の短い手続が続きます。
    • ストック・オプションを持っている場合:国外転出時課税の対象資産から除かれる新株予約権がある一方、税制適格ストック・オプションの要件や、行使して取得した株式の扱いなど別の論点があります。関連記事「ストックオプションで人材を集める」もあわせてご覧ください。
    • 所得が大きくなる年の影響:みなし譲渡による所得が大きい年は、所得が非常に大きい人を対象とする課税の特例(租税特別措置法41条の19)など、他の制度との関係も確認しておきたいところです。
    • 移住先の税制も確認する:移住先の国が、日本で課税された含み益をどう扱うかは国によって異なります。

    AEGISの視点

    海外移住は、生活・事業・家族のあり方そのものを変える大きな決断です。国外転出時課税は、その決断に伴う「出口の税金」の一つにすぎませんが、手続の期限が出国の時点に集中しているため、準備が後手に回りやすい制度でもあります。

    AEGISは、この制度を「移住の可否を決める税金」ではなく、資産の持ち方と承継の順番を見直すきっかけと考えています。たとえば、自社株を誰がいつ持つのか、会社の経営にどこまで関わり続けるのか、家族のうち誰が国外に住む可能性があるのかによって、税金の発生する場面も、選ぶべき手続も変わります。移住の前に、事業承継や相続の計画と一緒に全体を並べて確認することが、後からの選択肢を狭めないための近道です。

    税制改正を自分の計画に引きつけて点検する考え方は、Pillar記事「税制改正は自分の承継計画に関係するか」で解説しています。

    まとめ

    • 国外転出時課税は、1億円以上の有価証券等を持ち、出国前10年以内に5年を超えて日本に住んでいた方が出国するときに、含み益に所得税がかかる制度です。
    • 対象資産は株式・投資信託などの有価証券等や未決済のデリバティブ取引等で、非上場株式も含まれます。
    • 納税管理人の届出や担保の提供などの手続をとれば、最長10年の納税猶予を受けられ、期間内に帰国すれば課税の取消しを求めることもできます。
    • 国外に住む家族への贈与や、相続で国外に住む相続人が対象資産を取得する場合にも同じ仕組みが働きます。
    • 具体的な税額や手続の可否は、資産の内容や家族の状況によって異なります。出国の予定が決まる前から準備を始めることが大切です。

    よくある質問

    Q. 持っている株式が1億円未満なら、国外転出時課税はかかりませんか?

    国外転出の時に持っている対象資産の価額の合計が1億円未満であれば、国外転出時課税は適用されません。ただし、判定は上場株式だけでなく、非上場株式や投資信託なども合算して行います。自社株の評価額によっては1億円を超えることがあるため、事前に確認が必要です。

    Q. 不動産や預金を持ったまま移住した場合も課税されますか?

    不動産や預金は国外転出時課税の対象資産ではありません。ただし、移住後に日本の不動産を売却した場合や、日本で賃貸収入を得る場合などは、非居住者としての課税関係が生じます。また、相続税・贈与税の扱いは別途確認が必要です。

    Q. 納税猶予を受けると、税金は払わなくてよくなるのですか?

    納税猶予は、納める時期を先に延ばす仕組みであり、税金が免除されるわけではありません。猶予期間が終われば、猶予された税額と利子税を納める必要があります。期間内に帰国して取消しの手続をとった場合や、一定の事由に該当した場合には、課税が取り消されたり税額が減額されたりすることがあります。

    Q. 帰国したら、自動的に課税が取り消されますか?

    自動的には取り消されません。国外転出の日から5年以内(延長の届出をしている場合は10年以内)に帰国し、引き続き対象資産を持っている場合に、帰国の日から4か月以内に更正の請求または修正申告をすることで取り消すことができます。

    Q. 親が日本に住んだまま亡くなり、海外に住む子が株式を相続した場合はどうなりますか?

    親が1億円以上の対象資産を持つなどの要件に当てはまる場合、海外に住む子が対象資産を取得すると、親がその資産を売ったものとみなして所得税が課税され、相続人が準確定申告を行います。子には、別途日本の相続税の課税関係も生じます。遺産分割の内容によって課税の有無が変わることがあるため、遺言や分割の方針とあわせて確認が必要です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『世界の相続専門弁護士・税理士による 国際相続とエステート・プランニング』中田朋子・水谷猛雄・withersworldwide 著、税務経理協会、2017年、第2部第2章(P.193-201)、第2部第3章(P.234-235)
  • 依頼した相続税申告書のセルフチェック|家族が確認したい表の読み方と10の確認項目

    依頼した相続税申告書のセルフチェック|家族が確認したい表の読み方と10の確認項目

    相続税の申告を税理士に依頼し、完成した申告書の控えを受け取った。何十ページにもなる書類を前に、「専門家が作ったのだから大丈夫だろう」と、そのまま保管していないでしょうか。

    相続税の申告書は、税理士が作成していても、申告するのは相続人自身です。そして、財産の存在や生前の贈与、家族の事情といった申告の前提となる事実は、家族のほうがよく知っていることも少なくありません。

    結論から言えば、家族が行うセルフチェックの目的は、税額の計算を検算することではなく、「申告書に載っている財産・債務・贈与・特例の前提が、家族の知っている事実と一致しているか」を確かめることです。この記事では、申告書を構成する主な表の役割と、確認したい10の項目を整理します。

    申告書の全体像:まず「どの表に何が書いてあるか」を知る

    相続税の申告書は、複数の表で構成されています。国税庁の「相続税の申告書等の様式一覧(令和8年分用)」には、第1表から第15表までの各表と付表が掲載されています。すべてを読み込む必要はありませんが、主な表の役割を知っておくと、確認すべき場所が分かります。

    表主な内容家族が見るポイント
    第1表相続税の申告書(各人の課税価格・納付税額など)相続人全員が記載されているか、各人の取得額が分け方と合っているか
    第2表相続税の総額の計算書法定相続人の数と基礎控除額
    第4表の2暦年課税分の贈与税額控除額の計算書生前贈与で納めた贈与税が反映されているか
    第5表配偶者の税額軽減額の計算書配偶者の取得財産と軽減の適用
    第9表・第10表生命保険金・退職手当金などの明細書受け取った保険金・退職金が漏れていないか
    第11表相続税がかかる財産の合計表(明細は第11表の付表1〜4)知っている財産がすべて載っているか
    第11・11の2表の付表1小規模宅地等についての課税価格の計算明細書特例を適用した土地と取得者
    第13表債務及び葬式費用の明細書借入金・未払金・葬式費用の計上
    第14表加算される暦年課税分の贈与財産価額などの明細書生前贈与の記載
    第15表相続財産の種類別価額表財産全体の構成

    おすすめの読み方は、第15表で財産全体の構成をつかむ → 第11表・第13表・第14表で中身を確認する → 第1表・第2表で人数と各人の金額を確認する → 第5表と付表1で特例を確認するという順番です。

    確認したい10の項目

    国税庁は、申告の準備として、相続人の確認、遺言書の確認、遺産と債務の把握、遺産の評価、遺産の分割、申告と納税という流れを示しています(No.4202)。また、「相続税の申告のためのチェックシート」や「相続税の申告書作成時の誤りやすい事例集」も公表しています。これらを手がかりに、家族の立場で確認しやすい項目を10に整理しました。

    【人】相続人と人数

    1. 相続人が正しく記載されているか
    第1表に記載された相続人が、戸籍で確認した相続人と一致しているかを確認します。相続放棄をした人がいる場合も、基礎控除額などを計算する際の法定相続人の数は、放棄がなかったものとして数えます。また、養子は、実子がいる場合は1人まで、実子がいない場合は2人までしか法定相続人の数に含めません(No.4152)。

    2. 2割加算の対象者が正しく扱われているか
    配偶者・父母・子など一親等の血族以外の人(兄弟姉妹、甥・姪、代襲相続人ではない孫養子など)が財産を取得した場合は、相続税額が2割加算されます(No.4157)。誤りやすい事例集でも、兄弟姉妹や孫が取得した場合の2割加算が取り上げられています。

    【財産】漏れと名義

    3. 不動産がすべて載っているか
    固定資産税の課税明細書や名寄帳と、第11表の不動産を突き合わせます。先代名義のままの不動産、共有持分、他の市区町村にある土地、建物だけを所有している場合の借地権などは、漏れやすいとされています(東北篤『ここが違う!プロが教える土地評価の要諦』第1章)。

    4. 家族名義の預貯金・有価証券の扱いを確認したか
    誤りやすい事例集には、被相続人以外の名義の預貯金の取扱いが挙げられています。名義が家族であっても、実質的に被相続人の財産と判断されるものは相続財産になり得ます。税理士にどのような前提で判断したかを聞いておくと安心です。

    5. 生命保険金・退職金が明細に載っているか
    死亡保険金は「500万円×法定相続人の数」まで非課税ですが、相続人以外の人が受け取った保険金には非課税の適用はありません(No.4114)。受け取った保険金・退職金の支払通知と、第9表・第10表を照合します。

    【贈与】生前贈与の加算

    6. 生前贈与が漏れなく記載されているか
    相続などで財産を取得した人が、被相続人から暦年課税による贈与を受けていた場合、一定期間内の贈与財産は相続税の課税価格に加算されます。加算期間は段階的に7年へ延長されており、経過措置があります(No.4161)。相続時精算課税を選択して受けた贈与も加算の対象です(No.4103)。家族が把握している贈与(贈与税の申告書の控え、通帳の記録)と第14表を照らし合わせます。

    【債務】控除の漏れと過大計上

    7. 債務・葬式費用が適切に計上されているか
    誤りやすい事例集では、未納の固定資産税・住民税、お墓の購入費用に係る借入金、団体信用生命保険により返済が免除される住宅ローンの扱いなどが取り上げられています。控除できるもの・できないものの線引きがあるため、計上の有無だけでなく、その根拠を確認します。

    【特例】適用の前提

    8. 小規模宅地等の特例の対象地と取得者は合っているか
    特例は、宅地の利用区分(事業用・居住用・貸付用)と、取得した人の要件の組合せで適用の可否や減額割合が決まります(No.4124)。付表1に記載された土地の利用状況や、取得者の居住・保有の状況が、家族の知っている事実と合っているかを確認します。

    9. 配偶者の税額軽減の前提は合っているか
    配偶者の税額軽減は、申告期限までに分割された財産などが対象で、申告書の提出が適用の前提です(No.4158)。第5表に記載された配偶者の取得財産が、遺産分割協議書と一致しているかを確認します。分割がまとまっていない場合の手続は「遺産分割が後から決まったときの相続税の手続」で解説しています。

    【分割・納税】書類どうしの整合

    10. 分割協議書・申告書・納付書が一致しているか
    第1表の各人の取得額が遺産分割協議書と一致しているか、各人の納付税額と納付の期限(亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内。No.4205)を確認します。延納や物納を予定している場合は、その申請の準備も同じ期限までに必要です。

    気になる点が見つかったら

    セルフチェックで疑問が生じても、それがすぐに誤りを意味するとは限りません。評価の方法や財産の判断には専門的な根拠があることが多いため、まずは作成した税理士に、どのような前提で判断したのかを尋ねることから始めます。そのうえで、次のように対応します。

    • 申告期限前:前提の修正が必要であれば、申告書を修正してから提出します。
    • 申告期限後で税額が過大だった場合:法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求を検討できます(国税通則法23条)。手続の詳細は「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。
    • 申告期限後で税額が過少だった場合:修正申告を検討します。税務調査で確認されやすい点は「相続税の税務調査で指摘されやすい点」で整理しています。

    土地評価の専門的な見直しの観点は「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」も参考になります。

    AEGISの視点

    相続税の申告は、税理士と家族の共同作業です。税理士は評価や計算の専門家ですが、財産の存在、贈与のいきさつ、土地の実際の使われ方、家族の暮らし方といった事実は、家族からの情報がなければ正確に反映できません。AEGISは、申告書のセルフチェックを「専門家を疑う作業」ではなく、「家族の知っている事実を申告書に正しく届ける最後の機会」と考えています。

    申告書を読み解くことには、もう一つの意味があります。相続税の申告書には、家族の財産の全体像と、それぞれが何を受け継いだかが一覧になっています。これは、次の世代の相続(二次相続)や、不動産・事業の今後の持ち方を考えるうえでの出発点にもなります。申告が終わったら控えをしまい込むのではなく、家族の資産の「現在地」として活用していくことをおすすめします。資産税務や承継に関するAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    相続と事業承継を一体で考える全体像は「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    セルフチェックで気になる点が見つかった場合や、土地の評価を専門家の目で確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税の申告書は税理士が作成していても、申告するのは相続人自身です。前提となる事実の確認は家族にしかできない部分があります。
    • まず第15表で全体像をつかみ、第11表・第13表・第14表で財産・債務・贈与を、第1表・第2表で人数と各人の金額を、第5表と付表1で特例を確認します。
    • 確認したい項目は、相続人と人数、2割加算、不動産の漏れ、家族名義の預貯金、保険金・退職金、生前贈与、債務・葬式費用、小規模宅地等の特例、配偶者の税額軽減、分割協議書との整合の10項目です。
    • 疑問があれば、まず作成した税理士に判断の前提を確認します。申告後に誤りが分かった場合は、更正の請求や修正申告を検討します。具体的な判断は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 税理士が作った申告書を家族がチェックする必要はありますか?

    申告の内容に責任を負うのは申告する相続人自身です。税額の計算を検算する必要はありませんが、財産の漏れや生前贈与の有無、土地の使われ方など、家族しか知らない事実が正しく反映されているかを確認する意味は大きいといえます。

    Q. どの表から読めばよいですか?

    財産全体の構成が分かる第15表から読むと全体像をつかみやすくなります。次に、財産の合計と明細(第11表とその付表)、債務・葬式費用(第13表)、生前贈与(第14表)を確認し、最後に第1表・第2表で相続人の人数と各人の税額を確認する順番がおすすめです。

    Q. 自分の名義の預金が相続財産に入っています。誤りではないのですか?

    名義が家族であっても、資金の出どころや管理の状況から、実質的に被相続人の財産と判断されるものは相続財産になり得ます。国税庁の誤りやすい事例集でも取り上げられている論点です。税理士にどのような事実に基づいて判断したかを確認してください。

    Q. 申告した後で財産の漏れに気づきました。どうすればよいですか?

    申告期限前であれば、申告書を修正して提出します。申告期限後に漏れが分かり税額が増える場合は、修正申告を検討します。反対に、評価の誤りなどで税額が過大だった場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます。

    Q. 申告書の控えは、申告が終わった後も保管しておくべきですか?

    保管しておくことをおすすめします。申告後に更正の請求や修正申告を検討する場面、税務調査への対応、相続した財産を売却するときの取得費の確認、さらに次の世代の相続(二次相続)の準備など、申告書の控えと評価の明細、遺産分割協議書を参照する機会は少なくありません。電子データで受け取った場合も、家族が見つけられる場所にまとめておくと安心です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『資料収集・現地調査から評価まで ここが違う!プロが教える土地評価の要諦(第4版)』東北篤 著、清文社、2024年、第1章(P.1-5)
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、2018年、P.68、116-117
    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年、P.20-21

  • 老人ホームに入った親の自宅と小規模宅地等の特例|要介護認定・施設の種類・入居後の使い方で決まる適用の可否

    老人ホームに入った親の自宅と小規模宅地等の特例|要介護認定・施設の種類・入居後の使い方で決まる適用の可否

    親が老人ホームに入居し、そのまま施設で亡くなった場合でも、一定の条件を満たせば、実家の敷地に小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等・330㎡まで80%減額)を使える可能性があります。

    条件は大きく3つです。①親が相続開始の直前に要介護認定・要支援認定などを受けていたこと、②入居していたのが法令で定められた施設・住まいであること、③入居後に実家を貸したり、事業に使ったり、新しく別の人が住んだりしていないこと。そのうえで、実家の敷地を「誰が取得するか」についての通常の要件も満たす必要があります。

    高齢の親が施設で暮らすことは今では珍しくありません。それだけに、この論点は相続税の申告で確認が欠かせないものの一つです。この記事では、施設に入居していた親の自宅について、特例が使えるかどうかを分ける点と、申告後に見直したい視点を整理します。

    なぜ老人ホームへの入居が問題になるのか

    小規模宅地等の特例は、相続開始の直前に被相続人(亡くなった方)や同じ生計の親族の居住の用や事業の用に使われていた宅地等について、一定の面積まで評価額を減額する制度です(租税特別措置法69条の4)。自宅の敷地であれば、要件を満たすと330㎡まで80%減額されます。

    ここでのポイントは「相続開始の直前」の利用状況で判定するという点です。親が施設に移って実家が空き家になっていれば、形式的には、亡くなった時点で実家に住んでいなかったことになります。

    ただ、介護が必要になって施設に入ることは、本人の意思で生活の拠点を移したとは言い切れません。そこで平成25年度の税制改正などで手当てがされ、一定の事由で施設に入居した場合には、入居する直前まで住んでいた家の敷地を、亡くなる直前の居住用の宅地等と同じように扱う仕組みが設けられています(租税特別措置法施行令40条の2第2項・第3項)。

    特例の対象になるための3つの条件

    国税庁の案内(タックスアンサーNo.4124)と施行令の規定をもとに、条件を整理します。

    条件1:相続開始の直前に要介護認定等を受けていたこと

    対象となるのは、次のいずれかの認定を受けていた方です。

    • 介護保険法の要介護認定または要支援認定
    • 介護保険法施行規則に定める一定の方(いわゆる事業対象者として国税庁が示している区分)
    • 障害者総合支援法の障害支援区分の認定

    注意したいのは判定の時期です。認定を受けていたかどうかは、入居した時点ではなく、相続開始の直前で判定します(措置法通達69の4-7の3)。入居時には自立していた方が、施設で暮らすうちに認定を受けた場合も対象になり得ます。

    また国税庁の質疑応答事例では、施設に入っていた方が要介護認定の申請中に亡くなり、亡くなった後に認定が出たケースについて、認定の効力が申請日にさかのぼることから、認定を受けていた方として扱って差し支えないとしています。申請の記録や認定通知は、申告の際に確認すべき資料になります。

    条件2:法令で定める施設・住まいに入居していたこと

    対象となる施設・住まいは、法令で列挙されています。国税庁No.4124の案内によると、要介護認定等を受けていた方については次のとおりです。

    • 認知症対応型老人共同生活援助事業が行われる住居(いわゆるグループホーム)、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホーム
    • 介護老人保健施設、介護医療院
    • サービス付き高齢者向け住宅

    障害支援区分の認定を受けていた方については、障害者支援施設(施設入所支援が行われるもの)や共同生活援助を行う住居が対象です。

    裏を返すと、名称が「ホーム」であっても、法令上の届出・登録の対象となっていない住まいや、一般の賃貸住宅・親族の家に移った場合は、この取扱いの対象にならない可能性があります。入居先が上のどれに当たるのかは、契約書や施設の届出・登録の状況で確認するのが確実です。

    条件3:入居後に実家を別の用途に使っていないこと

    入居後の実家の使い方も重要です。次の場合は、特例の対象から外れます(施行令40条の2第3項)。

    • 実家を事業の用(賃貸を含む)に使った場合
    • 実家に新たに、被相続人等(被相続人と同じ生計の親族)以外の人が住んだ場合

    一方、入居の直前に被相続人と生計を一にしていて、その家に引き続き住んでいる親族は、ここでいう「被相続人等」に含めて扱われます。入居前から同居していた子がそのまま住み続けている場合は、入居後に生計が別になっても、それだけで対象外にはなりません。

    国税庁の質疑応答事例では、特別養護老人ホームに入所し、一度も戻らずに亡くなるまで実家が空き家だったケースについて、実家の敷地は居住用の宅地等に当たるとされています。空き家のまま維持していたことは、この条件との関係では問題になりません。

    入居後の実家の状況と判定の目安を、AEGISで一覧にまとめると次のとおりです。

    入居後の実家の状況居住用の宅地等として扱われるか確認したいこと
    空き家のまま管理していた扱われる(他の条件を満たす場合)入居先・認定の確認
    入居前から同居していた生計一の親族が住み続けた扱われる入居直前の生計の状況
    入居後に、別に暮らしていた子の家族が新たに住んだ扱われない住み始めた時期と生計の状況
    入居後に第三者へ賃貸した扱われない(居住用としては対象外)貸付事業用宅地等の要件は別途検討
    一部だけを賃貸した賃貸部分は対象外となり得る利用区分ごとの面積

    ※個別の事実関係によって結論が変わることがあります。

    取得する人の要件は通常どおり

    上の3つの条件は、「この敷地は被相続人の居住の用に供されていた宅地等として扱うか」という入口の話です。特定居住用宅地等として80%減額を受けるには、さらに誰が取得するかの要件を満たす必要があります。

    • 配偶者が取得する場合:取得者ごとの要件はありません。
    • その家に住んでいた親族(入居前から同居し、住み続けている子など)が取得する場合:相続開始の直前から申告期限まで引き続き住み、申告期限まで保有することが必要です。
    • それ以外の親族が取得する場合:いわゆる「家なき子」の要件として、配偶者がいないこと、被相続人の家に住んでいた相続人(相続の放棄があった場合は放棄がなかったものとした相続人)がいないこと、取得者が相続開始前3年以内に自分や配偶者・三親等内の親族などが所有する家に住んでいないこと、取得者が今住んでいる家を過去に所有していたことがないこと、申告期限まで保有することなど、国税庁No.4124に列挙された要件をすべて満たすことが必要です。

    施設入居で実家が空き家になり、配偶者もすでに亡くなっている場合、別居の子が取得するときは「家なき子」の要件に当てはまるかが論点になります。子が持ち家に住んでいれば、この要件は満たしません。

    取得者の違いによって特例の使い方がどう変わるかは、関連記事「小規模宅地等の特例は誰が取得するかで変わる」で詳しく整理しています。

    判断が分かれやすい場面

    実務では、次のような場面で判断が難しくなります。

    • 入居後に実家を建て替えた:同居していた親族が老朽化した家を建て替えて住み続けた場合など、取扱いについて解説が示されている場面もありますが、建て替えの時期や住み始めた人によって結論が変わり得ます。個別の確認が必要です。
    • 二世帯住宅の一部が空いた:親の居住部分を入居後に貸した場合、その部分は居住用としては対象外になり得ます。二世帯住宅の敷地の扱いそのものは、関連記事「二世帯住宅の敷地と小規模宅地等の特例」で取り上げます。

    • 入居先が条件2の施設に当たるか不明:住宅型の施設などで、法令上の位置付けがはっきりしない場合があります。契約書と、自治体への届出・登録の有無を確認します。

    • 認定の記録が残っていない:相続人が介護保険の手続を把握していないこともあります。認定の有無と時期は、自治体や施設に確認できる場合があります。

    申告後に見直したい視点

    すでに申告を終えている場合も、特例の判断を点検する意味はあります。たとえば、施設に入居していたことを理由に特例を使わずに申告していたものの、実際には条件を満たしていた、というケースです。

    AEGISでは、申告後の点検を次の順で行うことをおすすめしています。

    点検の順番確認すること確認資料の例
    1. 施設入居先が法令で定める施設・住まいに当たるか入居契約書、施設の重要事項説明書
    2. 認定相続開始の直前に要介護認定等を受けていたか(申請中の場合は認定の時期)介護保険被保険者証、認定通知
    3. 入居後の実家賃貸・事業利用・新たな居住者がいなかったか公共料金の記録、賃貸借契約の有無
    4. 取得者配偶者・住み続けた親族・家なき子のいずれの要件を満たすか遺産分割協議書、住民票、登記事項証明書
    5. 面積・選択他の宅地との選択や限度面積の計算は適切か申告書の明細

    当初の申告で税額が過大だった場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます(国税通則法23条1項)。一方で、要件を満たしていなかったのに特例を使っていた場合は、修正申告が必要になることもあります。見直しは「増える方向」と「減る方向」の両面で行うことが大切です。更正の請求の期限や手続の流れは、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    なお、相続税の申告期限までに遺産分割がまとまらない場合、その土地には原則として特例を使えません。申告期限から3年以内に分割されれば、その時点で特例を受ける手続をとることができます(国税庁No.4208)。

    入居前後にご家族ができる準備

    相続が起きてから資料を探すのは大変です。親が施設に入る段階で、次の点を家族で共有しておくと、判断がしやすくなります。

    • 入居先の種類と契約書の保管場所
    • 要介護認定等の申請・認定の記録
    • 実家を空き家のまま維持するのか、貸すのか、家族が住むのか(貸す・住む場合は特例への影響を事前に確認する)
    • 実家を将来誰が引き継ぐのか(遺言の要否を含めて)

    とくに、空き家になった実家を「管理が大変だから」と貸し出すかどうかは、相続税の面では大きな分かれ目です。賃料収入、管理の手間、建物の傷み、将来の売却の可能性とあわせて判断したい事項です。

    AEGISの視点

    老人ホームと小規模宅地等の特例の論点は、条文の要件を当てはめれば答えが出るように見えます。しかし実際には、親が施設に入ってから亡くなるまでの数年間に、家族が実家をどう扱ったかで結論が決まります。その時期は、介護や見舞い、施設とのやりとりで家族が最も忙しい時期でもあります。

    AEGISは、この論点を「相続が起きた後の申告の技術」ではなく、入居の時点から始まる実家の管理と承継の設計として考えています。実家を空き家のまま維持するコスト、貸した場合の収入と特例を失う影響、将来その家に住む家族がいるのか、売却するならいつか。これらは相続税だけでなく、家族の生活と資産全体の判断です。

    申告を終えた後も、判断の前提になった事実を確かめ直すことで、見落としに気づくことがあります。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    不動産を相続する前に全体として確認したいことは、親記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で整理しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 老人ホームに入居していた親の自宅でも、条件を満たせば小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)を使える可能性があります。
    • 条件は、①相続開始の直前に要介護認定等を受けていたこと、②法令で定める施設・住まいに入居していたこと、③入居後に実家を事業用に使ったり、新たに別の人が住んだりしていないこと、の3つです。
    • 要介護認定等は入居時ではなく相続開始の直前で判定します。
    • 入口の条件に加えて、配偶者・住み続けた親族・家なき子など、取得者の要件を満たす必要があります。
    • 申告後も、施設・認定・入居後の利用・取得者の順で点検すると、見落としや誤りに気づきやすくなります。具体的な適用可否は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 親が老人ホームに入るときは要介護認定を受けていませんでした。特例は使えませんか?

    使える可能性があります。要介護認定等を受けていたかどうかは、入居時ではなく相続開始の直前で判定します(措置法通達69の4-7の3)。施設で暮らすうちに認定を受け、その後に亡くなった場合は、他の条件を満たせば対象になり得ます。

    Q. サービス付き高齢者向け住宅に住んでいた場合も対象になりますか?

    サービス付き高齢者向け住宅は、国税庁の案内で対象となる住まいに含まれています。ただし、要介護認定等を受けていたことなど他の条件も必要です。入居先が法令上どの施設・住まいに当たるかは、契約書や登録の状況で確認してください。

    Q. 親の入居後、空き家の実家を管理のために貸していました。特例は使えますか?

    入居後に実家を賃貸など事業の用に使った場合は、居住用の宅地等としての特例の対象から外れます。貸付事業用宅地等(200㎡まで50%減額)として別の要件を満たすかどうかは検討の余地がありますが、要件は別に確認が必要です。

    Q. 入居前から同居していた子が、そのまま実家に住み続けています。問題はありませんか?

    入居の直前に親と生計を一にしていて、その家に引き続き住んでいる親族は、入居後の「新たな居住者」には当たりません。その子が実家の敷地を取得し、申告期限まで住み続けて保有すれば、特定居住用宅地等として特例を使える可能性があります。

    Q. すでに申告を済ませましたが、施設に入っていたため特例を使いませんでした。今からでも見直せますか?

    法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求を検討できます。施設の種類、要介護認定等の状況、入居後の実家の使い方、取得者の要件を資料で確認したうえで判断します。

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    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.76-79、P.83-84
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.103-104
  • 買収した会社の不動産をどう持つか|事業会社・不動産保有会社・オーナー個人の比較と移し方の課税

    買収した会社の不動産をどう持つか|事業会社・不動産保有会社・オーナー個人の比較と移し方の課税

    会社を買収すると、株式と一緒に、その会社が持つ本社・工場・店舗などの不動産も手に入ります。買収後にこの不動産をどこに置くかについて、AEGISの結論は「原則は事業会社に残し、移す理由がはっきりしている場合にだけ移す」です。

    不動産を別の会社や個人に移せば、グループの資産管理を整理しやすくなる面があります。その一方で、移すたびに法人税・消費税・流通税などの負担が生じ、借入れの条件や事業の安定性にも影響します。「何のために移すのか」と「移すコストに見合うか」を、買収の前後で一度に検討しておくことが大切です。

    この記事では、買い手の立場から、事業会社に残す・グループの不動産保有会社に移す・オーナー個人が持つという3つの置き場所を比較し、移し方ごとの課税と、資金調達との関係を整理します。

    買収後に不動産の置き場所が問題になる理由

    株式を買って会社を取得する場合、対象会社が持っている不動産は、対象会社の資産のまま買い手グループに入ります。そのため、買収直後は何もしなくても「事業会社が不動産を持っている」状態が続きます。

    それでも置き場所が問題になるのは、主に次のような事情があるからです。

    • グループの方針と合わない:不動産は親会社や専用の会社に集めて管理する、という方針の買い手もあれば、事業に必要なものは事業会社に持たせるという方針の買い手もあります。
    • 事業と関係の薄い不動産が含まれている:本業とは別に賃貸用の物件を持っている会社を買った場合、事業の評価とは切り離して扱いたいことがあります。
    • 買収資金の調達や返済に使いたい:不動産を担保にする、売却して資金化するなど、資金の手当てと不動産の扱いが結びつくことがあります。
    • 将来の再編や再売却を見据えたい:事業を将来さらに売却する可能性があるなら、不動産を一緒に売るのか、手元に残すのかを考えておく必要があります。

    なお、買収前の調査で確認すべき不動産のリスク(権利関係・担保・土壌や建物の状態など)は、関連記事「会社を買う前に確認したいリスク」で扱っています。本記事は、調査を終えて取得した後の「持ち方」に焦点を当てます。

    3つの置き場所を比較する

    買収後の不動産の置き場所は、大きく次の3つに分けられます。

    比較の視点①事業会社に残す②グループの不動産保有会社に移す③オーナー個人が持つ
    移転のコスト生じない法人税・消費税(建物)・流通税などが生じ得る法人税・消費税(建物)・流通税に加え、価格設定の論点が生じやすい
    事業の安定性不動産と事業が一体で安定しやすいグループ内の賃貸借で使用を確保する個人との賃貸借になり、相続などの影響を受けやすい
    資金調達事業と不動産を一体で評価してもらいやすい不動産保有会社で担保・借入れを集約しやすい個人の借入れ・保証が必要になりやすい
    事業の再売却不動産ごと売る前提になりやすい事業だけを売り、不動産を残す選択がしやすい事業だけを売り、賃貸を続ける形になりやすい
    管理の手間事業会社の中で完結会社間の契約・賃料設定・記帳が必要会社と個人の間の契約・確定申告が必要

    ※AEGISが整理した比較の目安です。実際の有利不利は、不動産の含み益、借入れの状況、グループの構成によって変わります。

    ①事業会社に残す

    最もシンプルなのは、買収した会社にそのまま不動産を持たせ続ける方法です。移転のコストがかからず、事業に必要な拠点を自社で確保できるため、事業の安定性という点では最も分かりやすい形です。

    一方で、事業会社の貸借対照表が大きくなり、不動産の価値の変動や維持費が事業の収益と混ざって見えにくくなることがあります。事業と関係の薄い賃貸物件まで抱えている場合は、事業の実力が分かりにくくなる点にも注意が必要です。

    ②グループの不動産保有会社に移す

    親会社や、不動産を専門に持つグループ会社に不動産を移し、事業会社がそれを借りる形です。不動産をまとめて管理でき、グループ内で賃料を通じて資金を集める仕組みをつくりやすくなります。将来、事業会社だけを売却する場合にも、不動産を手元に残すという選択がとりやすくなります。

    ただし、移すときに後述する課税や手続きが生じ、移した後は会社間の賃貸借契約、賃料の水準、修繕の負担などを継続して管理する必要があります。賃料が事業会社の収益を圧迫しすぎると、事業会社の資金繰りや金融機関の評価に影響することもあります。

    ③オーナー個人が持つ

    買い手がオーナー企業の場合、オーナー個人で不動産を持ち、会社に貸すという発想が出てくることがあります。会社から個人へ賃料として資金を移せる、将来の相続や承継の設計に組み込みやすい、といった考え方です。

    ただ、法人から個人への移転は、取引価格が適正でなければ、会社側・個人側の双方で思わぬ課税が生じるおそれがあります。個人で借入れや保証を負うことにもなり、オーナーの相続が起きれば事業に不可欠な拠点の所有者が変わります。事業の安定性を優先するなら、慎重に考えたい選択肢です。

    不動産を移す方法と課税

    置き場所を変える場合、実務で検討される主な方法は「売買」と「会社分割」です。

    売買で移す

    最も分かりやすいのは、事業会社が不動産を時価で売り、移転先が買い取る方法です。

    • 法人税:事業会社では、時価と帳簿価額の差額が譲渡損益になります。古くから持っている土地は含み益が大きく、売却益に法人税がかかることがあります。
    • グループ内の取引の特例:買い手グループの会社どうしが完全な支配関係(100%の資本関係)にある場合、土地などの一定の資産を移したときの譲渡損益を、譲渡した会社でいったん繰り延べる「グループ法人税制」の仕組みがあります(法人税法61条の11)。ただし、譲渡直前の帳簿価額が1,000万円未満の資産は対象外とされるなど対象資産や、その後の取扱いには要件があるため、個別の確認が必要です。オーナー個人への売却は、この仕組みの対象になりません。
    • 消費税:土地の譲渡は消費税が非課税ですが、建物の譲渡は課税されます(国税庁 No.6201)。土地と建物の価額の区分は、税負担と移転先の資金負担の両方に影響します。
    • 流通税:移転先では、所有権移転の登記に伴う登録免許税や、不動産取得税の負担が生じます。

    売買であれば、移転先は代金を用意しなければなりません。不動産保有会社が金融機関から借り入れて購入する場合には、後述する資金調達の論点とセットで考える必要があります。

    会社分割で移す

    会社法上の会社分割(既存の会社に承継させる吸収分割、新設する会社に承継させる新設分割。会社法2条29号・30号)を使って、不動産を別会社に移す方法もあります。会社分割は、権利義務を包括的に承継させる手続きで、分割の対価として承継会社の株式を交付する方法をとれば、売買のような代金の準備が不要になります。

    ここで注意したいのは、会社分割は「事業」に関する権利義務を移す仕組みだという点です。第三者に貸している賃貸物件のように、それ自体が一つの事業として成り立っているものは分割の対象として整理しやすい一方、自社で使っている本社や工場だけを切り出す場合は、それだけで「事業」と言えるかが問題になり得ます。

    税務上は、一定の要件(税制適格要件。法人税法2条12号の11)を満たす会社分割であれば帳簿価額で引き継ぐことができますが、要件を満たさない場合は時価で移したものとして課税されます。また、不動産取得税は、分割の対価として承継会社の株式以外の資産を交付しないことに加え、分割する事業の主要な資産・負債の移転、事業の継続、従業者のおおむね8割以上の引継ぎといった要件を満たす分割による取得であれば、課されないこととされています(地方税法73条の7第2号、同法施行令37条の14)。分割の後に株式を手放す予定があるかどうかなど、分割後の資本関係の継続も要件に関わるため、買収後の再編計画として事前に全体像を描いておくことが欠かせません。

    会社分割には、債権者を保護するための手続きや、従業員の労働契約の承継に関する手続きも伴います。手間と期間がかかるため、単に「代金が要らないから」という理由だけで選ぶのは避けたいところです。

    方法ごとの比較

    比較の視点売買会社分割
    移転先の資金代金の準備が必要株式を対価とすれば不要
    課税の基本時価で譲渡損益(グループ法人税制の対象となる場合あり)要件を満たせば帳簿価額、満たさなければ時価
    手続きの負担売買契約・登記・取締役会等の承認分割計画等の作成、債権者保護手続、労働契約の承継手続、登記
    向いている場面移す不動産が限られ、資金の手当てがつく場合賃貸事業など、事業単位で切り出せる場合

    ※具体的な課税関係は、資本関係、不動産の含み益、分割後の株主構成などで変わります。

    資金調達との関係

    買収後の不動産の持ち方は、資金調達の設計と切り離せません。

    • 買収資金の借入れの担保:買収資金を借り入れる際、対象会社の不動産が担保として期待されることがあります。不動産を別会社に移す予定がある場合は、担保の設定先や順序を金融機関と事前にすり合わせておく必要があります。
    • 既存の借入れの条件:対象会社がすでに借入れをしている場合、担保に入っている不動産を移すには金融機関の同意が必要です。契約によっては、資産の処分や株主の変更が期限の利益の喪失につながる条項があるため、買収前の調査の段階で確認しておきます。
    • 売却して資金化する選択:不動産をグループ外に売り、その後も借り続ける方法(いわゆるセール・アンド・リースバック)で資金を回収する考え方もあります。資金は得られますが、長期にわたり賃料を払い続けることになり、事業拠点の自由度も下がります。

    どの方法を選んでも、最終的には事業会社が賃料や返済を無理なく負担できるかが判断の基準になります。不動産の持ち方を変えた後の数年間の資金繰りを試算し、事業会社の手元資金が細らないかを確かめておきましょう。

    新たな賃貸借関係をつくるときの注意

    不動産を移すと、事業会社と所有者の間に新しい賃貸借関係が生まれます。とくに、土地だけを移し、建物は事業会社に残すといった形をとると、借地権の扱いが問題になります。

    法人が他人の土地に建物を所有する場合、権利金の授受や地代の水準によっては、借地権の価値が移転したとみなされて課税される場合があります。通常の権利金を払わない場合の対応として、相当の地代を支払う方法や、土地の無償返還に関する届出を提出する方法があります。詳しい仕組みは関連記事「土地の無償返還に関する届出と相当の地代」で解説しています。

    建物ごと移す場合も、賃料の水準を近隣の相場や不動産の収益性から説明できるようにし、契約書と支払いの実績を残しておくことが基本です。所有と運営を分けることの意味と注意点は、関連記事「土地所有者と事業運営会社を分ける設計とは」も参考になります。

    売り手のオーナー個人が持つ不動産が絡む場合

    中小企業の買収では、対象会社が使っている土地を売り手のオーナー個人が持っていることも珍しくありません。この場合、買い手は「土地を一緒に買うか」「借り続けるか」「一定期間後に移転するか」を交渉で決めることになります。

    土地も買う場合は、誰が買うか(対象会社か、買い手の親会社などか)を決める必要があり、ここで本記事の論点がそのまま現れます。対象会社に買わせるなら事業と一体で持つ形に、親会社などが買うならグループで不動産を集約する形になります。売り手側から見た整理の仕方は、関連記事「会社売却の前に整理したいオーナー個人所有の事業用不動産」で扱っています。

    実務上注意したいポイント

    • 買収の前に方針を決める:取得後に方針を考え始めると、借入れの担保設定や従業員への説明をやり直すことになりがちです。基本合意から最終契約までの間に、取得後の持ち方の方針を固めておくのが理想です。
    • 「移さない」も立派な選択肢:移転には税負担と手間がかかります。移す目的が抽象的なままなら、まずは事業会社に残し、必要が生じた段階で改めて検討する方が合理的な場合も多くあります。
    • 会社分割の後の売却に注意:分割で不動産や事業を切り分けた後に、一方の会社を売却する計画がある場合、税制適格要件との関係で想定外の課税が生じるおそれがあります。分割と売却の順序は、専門家と慎重に検討してください。
    • 許認可・契約への影響:不動産を移すことで、営業許可の対象となる施設の使用権原や、取引先との契約上の拠点の扱いが変わることがあります。
    • 固定資産税の負担者と精算:年の途中で所有者が変わる場合の固定資産税の精算方法も、契約で取り決めておきます。

    AEGISの視点

    買収後の不動産の持ち方は、税金の損得だけで決めると判断を誤りやすいテーマです。不動産を親会社や個人に移せば賃料で資金を集められる、という発想はよく聞かれますが、その裏側では、事業会社が毎月の賃料を払い続け、移転時には含み益への課税と流通税を負担することになります。

    AEGISは、この問題を「事業をどう育てるか」と「不動産をどう保有するか」を、一つの時間軸に並べて考える設計だと捉えています。事業をこの先も自ら育てるのか、いずれ再び売却する可能性があるのか。不動産は事業のための拠点なのか、それ自体が収益と資産形成を担うものなのか。この問いに答えられれば、置き場所はおのずと絞られます。

    不動産の取得・保有の形を税引後の手残りと将来の承継まで含めて考える視点は、M&Aで取得した不動産にもそのまま当てはまります。会社の売却や買収の準備をいつから始めるべきかという全体像は、関連記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    組織再編や不動産の保有形態に関する税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 株式で会社を買収すると、対象会社の不動産はそのまま事業会社の資産として残ります。
    • 置き場所は、①事業会社に残す、②グループの不動産保有会社に移す、③オーナー個人が持つ、の3つに大別できます。
    • 移す方法には売買と会社分割があり、売買では時価での譲渡損益・消費税(建物)・流通税が、会社分割では税制適格要件や債権者保護手続などが論点になります。
    • 不動産の持ち方は、買収資金の借入れや既存の借入れの担保と一体で検討する必要があります。
    • 移す目的がはっきりしない場合は、事業会社に残すことも合理的な選択です。具体的な判断は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 買収した会社の不動産は、親会社に移した方が有利ですか?

    一概には言えません。親会社に集約すると管理や将来の事業売却がしやすくなる面がありますが、移す時点で売却益への課税や流通税がかかり、事業会社は以後賃料を負担することになります。移転の目的と、そのコストを比べて判断することが大切です。

    Q. 100%子会社から親会社へ土地を売る場合、売却益に税金はかかりますか?

    完全な支配関係にある法人間で土地などの一定の資産を譲渡した場合、譲渡損益を譲渡した会社でいったん繰り延べるグループ法人税制の仕組みがあります。ただし、その後に資産をグループ外に売却した場合などには繰り延べた損益が実現するなど、要件と取扱いが定められています。適用の可否は個別に確認してください。

    Q. 会社分割を使えば、税金をかけずに不動産だけを移せますか?

    会社分割は「事業」に関する権利義務を移す仕組みのため、自社で使っている不動産だけを切り出す場合には、要件の面で慎重な検討が必要です。税制適格要件を満たさなければ時価で移したものとして課税されます。また、債権者保護手続や労働契約の承継手続も必要になります。

    Q. 売り手のオーナー個人が持っている工場の土地は、買い取るべきですか?

    買い取る、借り続ける、一定期間後に移転するなどの選択肢があり、売り手の希望と買い手の方針・資金によって決まります。買い取る場合は、対象会社に買わせるか、親会社などが買うかで、その後の不動産の持ち方が変わります。

    Q. 不動産を売却して借り続ける方法は、どんなときに検討されますか?

    買収資金の回収や、財務体質の改善を急ぎたいときに検討されることがあります。ただし、長期の賃料負担が続き、拠点の改修や移転の自由度も下がります。事業会社の数年先の資金繰りを試算したうえで判断することが重要です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理までを検討します。
    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、取得後の管理までをつなぎます。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、P.59-73、P.159-163
    • 『目的&ケース別 M&A・組織再編成の税務ストラクチャー徹底比較』蝋山竜利・中島礼子・小林誠 著、中央経済社、P.9、P.20
  • 代償分割で遺産を分けるときの代償金と税金|代償金の決め方、各相続人の相続税、不動産で支払うときの譲渡所得

    代償分割で遺産を分けるときの代償金と税金|代償金の決め方、各相続人の相続税、不動産で支払うときの譲渡所得

    代償分割とは、ある相続人が不動産などの遺産を現物で取得し、その代わりに他の相続人へ金銭などを支払う遺産分割の方法です。実家や事業用の土地のように、分けにくく、売りたくない財産を一人に集めるときに使われます。

    税金の面で押さえたい結論は3つです。第一に、相続税は代償金を払った人は取得した財産から代償金を差し引き、受け取った人は代償金を加えて計算します。第二に、代償金を不動産の「時価」で決めた場合は、相続税評価額との差を調整する計算方法が認められています。第三に、代償金の代わりに自分の不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得の課税が生じます。

    この記事では、代償金の決め方から、相続税・所得税の扱い、資金の準備と書類の作り方まで、代償分割を選ぶときに確認したい点を整理します。

    代償分割とは:他の分け方との違い

    遺産の分け方には、主に次の3つがあります。

    分け方内容向いている場面注意点
    現物分割財産をそのまま分ける財産の種類や数が多い価値の差が埋まりにくい
    換価分割売却して代金を分ける誰も使う予定のない不動産売却の手間・譲渡所得税・売り時の問題
    代償分割一人が取得し、他の人に代償金を払う住み続けたい・事業で使う不動産代償金の資金と金額の合意

    代償分割は、不動産を手放さずに相続人間の公平を図れる点が大きな利点です。その反面、代償金を払う人に資金がなければ成立しないこと、代償金の額をどう決めるかで意見が分かれやすいことが課題になります。

    国税庁は、代償分割を「共同相続人などのうちの1人または数人に相続財産を現物で取得させ、その現物を取得した人が他の共同相続人などに対して債務を負担するもの」と説明しています(タックスアンサーNo.4173、相続税法基本通達11の2-9(注))。代償金を払う人は、遺産を現物で取得した相続人であることが前提です。

    代償金の額はどう決めるか

    金額は相続人の合意で決められる

    代償金の額に、法律で決められた基準はありません。遺産分割は相続人全員の合意で行うものなので、法定相続分どおりでなくても、全員が納得すればその金額で成立します。

    ただし、合意の出発点として「その不動産をいくらとみるか」は避けて通れません。ここで問題になるのが、時価(実際に売買される価格)と相続税評価額の違いです。土地の相続税評価額は路線価などで計算され、一般に時価より低くなることが多いとされます。

    • 相続税評価額を基準にすると、代償金は低くなり、受け取る側が不満を持ちやすい
    • 時価を基準にすると、代償金は高くなり、払う側の資金負担が重くなる

    実務では、不動産会社の査定や不動産鑑定などで時価の目安を把握し、それを基に話し合うことが多くあります。評価額と時価がずれる理由は、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格はなぜ違うのか」で解説しています。

    時価で決めると、相続税の計算でずれが生じる

    代償金を時価で決めたのに、相続税は評価額で計算すると、払った人と受け取った人の課税価格のバランスが崩れることがあります。この点について、相続税の計算では調整の方法が用意されています(次章)。

    代償分割をしたときの相続税の計算

    基本の計算

    代償分割があった場合の各人の相続税の課税価格は、次のように計算します(相続税法基本通達11の2-9、国税庁No.4173)。

    • 代償金を払った人:取得した財産の価額 - 支払った代償財産の価額
    • 代償金を受け取った人:取得した財産の価額 + 受け取った代償財産の価額

    小規模宅地等の特例などを使う財産は、特例で減額した後の価額を基に計算します(国税庁No.4152)。

    時価を基に代償金を決めた場合の調整

    代償財産の価額は、原則として代償債務の額(相続開始の時における金額)です。ただし、代償分割の対象となった財産が特定され、代償金がその財産の代償分割の時の時価を基に決められている場合は、次の算式で代償財産の価額を計算します(相続税法基本通達11の2-10)。

    代償財産の価額 = 代償金の額 × (その財産の相続開始時の相続税評価額 ÷ その財産の代償分割時の時価)

    また、相続人全員の協議に基づいて、この算式に準じた方法や他の合理的な方法で計算して申告した場合は、その申告した額が認められます。

    AEGISで仮の数字を置いて、調整の有無による違いを比べると次のとおりです。

    前提:遺産は土地のみ(相続税評価額6,000万円、代償分割時の時価8,000万円)。相続人は兄弟2人。兄が土地を取得し、弟に時価の半分の4,000万円を代償金として支払う。

    項目調整しない場合調整する場合
    代償財産の価額4,000万円4,000万円 × 6,000万円 ÷ 8,000万円 = 3,000万円
    兄(払った人)の課税価格6,000万円 - 4,000万円 = 2,000万円6,000万円 - 3,000万円 = 3,000万円
    弟(受け取った人)の課税価格4,000万円3,000万円
    課税価格の合計6,000万円6,000万円

    ※説明のための仮定の数字です。小規模宅地等の特例などは考慮していません。

    課税価格の合計は変わらないため、相続税の総額は同じです。変わるのは各人の負担の割り振りです。時価で半分ずつ分けたのであれば、相続税も半分ずつ負担する形に近づけるのが自然でしょう。調整しないと、代償金を受け取った弟の負担が重くなります。

    配偶者が代償金を払う場合

    配偶者が不動産を取得して他の相続人に代償金を払う場合、配偶者の税額軽減の計算でも、配偶者が負担する代償債務は配偶者の課税価格相当額の計算の基礎から差し引くことが示されています(相続税法基本通達19の2-6)。配偶者の取得分が減るため、軽減額にも影響します。二次相続を含めた配偶者の取得の考え方とあわせて検討します。

    代償金を不動産など現物で支払う場合

    代償金を現金ではなく、払う人がもともと持っていた不動産や株式で渡すこともあります。この場合は所得税に注意が必要です。

    • 渡した人:代償債務の履行として資産を移転したことになり、その時の価額で資産を譲渡したものとして譲渡所得が課税されます(所得税基本通達33-1の5、国税庁No.4173)。
    • 受け取った人:その時の価額でその資産を取得したことになります(所得税基本通達38-7(2))。

    渡す資産に含み益があれば、代償分割のために所得税・住民税が生じます。現金の代わりに不動産を渡すことは、資金がなくても成立させやすい反面、思わぬ税負担につながる点に注意が必要です。

    なお、相続した遺産そのもの(たとえば相続した土地の一部)を他の相続人に渡すのであれば、それは現物分割にあたります。どの財産を、どの立場で渡すのかを分割協議書で明確にしておくことが大切です。

    取得した不動産を後で売るときの注意

    代償金を払って不動産を取得した人が、その不動産を後で売る場合、次の点を押さえておきます。

    • 払った代償金は、その不動産の取得費に含まれません(所得税基本通達38-7(1))。相続で取得した資産は被相続人が引き続き所有していたものとみなされ、取得費も引き継ぐのが原則(所得税法60条1項)のため、代償金を多く払っていても、譲渡所得の計算では差し引けません。
    • 相続税の申告期限から3年以内に売る場合の相続税額の取得費加算の特例は、代償金を払った人については、払った代償金を考慮した算式で加算額を計算します(租税特別措置法通達39-7)。

    「いずれ売るかもしれない」不動産を代償分割で取得する場合は、売却時の手取りまで試算しておくと判断を誤りにくくなります。

    代償金の資金と書類の準備

    資金をどう用意するか

    代償金を払う人に十分な資金がない場合、次のような方法が検討されます。

    • 自己資金で支払う
    • 金融機関からの借入れで支払う(取得した不動産を担保にする場合を含む)
    • 分割払いとし、支払期限や回数を決める
    • 生命保険金を充てる(被相続人が保険料を負担し、代償金を払う人を受取人とする契約)

    生命保険金は、受取人固有の財産として受け取るものなので、代償金の原資として使いやすい資金です。生前の保険契約の設計については、関連記事「生命保険を相続対策に使うときの考え方」で扱っています。また、相続税そのものの納税資金の準備は関連記事「相続税の納税資金をどう準備するか」で比較しています。

    一方、代償金を払う人以外の家族が資金を出して代わりに払う場合などは、その資金の移動が贈与と判断されないかの確認が必要です。

    遺産分割協議書に書くこと

    代償分割は、遺産分割協議書の書き方で税務上の扱いが左右されることがあります。少なくとも次の点を明確にします。

    • 誰がどの財産を現物で取得するか
    • その取得の代償として、誰に、いくらを支払うか(代償分割である旨)
    • 支払の期限と方法(分割払いの場合は回数・各回の金額)
    • 時価を基に代償金を決めた場合は、その前提となった価額

    遺産分割とは別の合意として後から金銭のやりとりをすると、代償金ではなく相続人間の贈与とみられるおそれがあります。分割の内容は、協議書の中で一体として定めておくのが基本です。

    AEGISの視点

    代償分割は、「不動産を守る人」と「お金で受け取る人」の間で、家族が折り合いをつけるための方法です。金額の合意だけに目が向きがちですが、AEGISは代償分割を資金・税金・将来の不動産の扱いを一体で決める設計だと考えています。

    代償金を払う人には、借入れの返済や、取得した不動産の維持費が続きます。受け取る人にとっては、相続税の負担が代償金の額に見合っているかが関心事になります。さらに、取得した不動産を将来売るのか、次の世代に引き継ぐのかによって、代償金の決め方の納得感も変わります。

    だからこそ、代償分割を選ぶときは、時価の把握、相続税の調整計算、資金計画、売却時の取得費までを一度に並べて検討することをおすすめします。共有のまま相続して後から解消する方法との比較は、関連記事「共有名義の不動産を解消する方法」で整理しています。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    相続対策を会社と個人の財産を通じてどう設計するかの全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 代償分割は、一人が遺産を現物で取得し、他の相続人に代償金などを支払う遺産分割の方法です。
    • 代償金の額は相続人の合意で決められますが、時価と相続税評価額のどちらを基準にするかで金額が大きく変わります。
    • 相続税は、払った人は代償金を差し引き、受け取った人は加えて計算します。時価を基に決めた場合は、評価額との比率で代償財産の価額を調整する方法があります。
    • 代償金の代わりに自分の不動産を渡すと、渡した人に譲渡所得が課税されます。払った代償金は、取得した不動産の取得費には含まれません。
    • 資金の準備と遺産分割協議書の書き方まで含めて検討することが大切です。具体的な取扱いは個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 代償金は法定相続分どおりに払わなければいけませんか?

    その必要はありません。遺産分割は相続人全員の合意で決めるものなので、法定相続分と異なる金額でも、全員が納得すればその内容で分割できます。

    Q. 代償金を時価で決めました。相続税の申告では何に気をつければよいですか?

    時価を基に代償金を決めた場合は、代償金の額に「相続税評価額÷時価」の割合を掛けて代償財産の価額を計算する方法があります(相続税法基本通達11の2-10)。調整しないと、代償金を受け取った人の課税価格が相対的に大きくなるため、相続人全員で計算方法を確認しておくことが大切です。

    Q. 代償金を払うお金がありません。借入れで払っても問題ありませんか?

    借入れで代償金を支払うことを妨げる規定は見当たりません。ただし、返済計画と取得した不動産の収益・維持費を踏まえて無理がないかを確認する必要があります。他の家族が資金を出す場合は、贈与と判断されないかにも注意します。

    Q. 代償金の代わりに自分名義の土地を渡すと、税金はかかりますか?

    渡した人には、その時の価額で土地を譲渡したものとして譲渡所得が課税されます。受け取った人は、その時の価額で土地を取得したことになります。含み益の大きい資産を渡すときは、事前に税負担を試算しておくことが大切です。

    Q. 代償金を払って取得した土地を売るとき、代償金は経費になりますか?

    払った代償金は、譲渡所得の計算上、その土地の取得費には含まれません。相続税額の取得費加算の特例を使う場合も、代償金を考慮した算式で加算額を計算します。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『一般動産・知的財産権・その他の財産の相続税評価Q&A』武田秀和 著、税務研究会出版局、P.289-293
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.75、P.92-93
  • 親の遺産分割が終わらないうちに次の相続が起きたら|分割の当事者、二つの申告、特例と相次相続控除の考え方

    親の遺産分割が終わらないうちに次の相続が起きたら|分割の当事者、二つの申告、特例と相次相続控除の考え方

    一次相続(たとえば父の相続)の遺産分割がまとまらないうちに、相続人の一人(たとえば母)が亡くなる二次相続が起きた場合、一次相続の遺産分割は、亡くなった母の相続人が母の立場を引き継いで行います。 相続税の申告も二つ必要になり、それぞれに期限があります。

    税金の面では、次の点が判断の軸になります。

    • 一次相続の申告期限前に母が亡くなった場合、母の申告義務は母の相続人が引き継ぎ、その期限は母の相続の開始を知った日の翌日から10か月以内になります。
    • 二次相続の財産には、母が一次相続で持っていた未分割の遺産の持分も含めて考える必要があります。
    • 母の相続人を交えて一次相続の分割を行い、母の取得分を確定させれば、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減を一次相続で使える取扱いがあります。
    • 二次相続では、一次相続で母に課された相続税を基に相次相続控除を使える場合があります。

    この記事では、相続が連続したときの手続の順番と、二つの申告で確認したい論点を整理します。

    まず状況を整理する

    相続が連続したときは、二つの相続の時間関係を最初に確認します。とくに、二次相続が一次相続の申告期限の前か後かで、進め方が変わります。

    状況一次相続の申告二次相続の申告
    A:一次相続の申告期限前に、母が申告しないまま亡くなった母の分は、母の相続人が引き継いで申告する。期限は母の相続の開始を知った日の翌日から10か月以内(相続税法27条2項)母の相続について、通常どおり10か月以内に申告
    B:一次相続を未分割のまま申告した後に、母が亡くなった申告済み。分割が決まった後に、修正申告や更正の請求を検討する母の相続について、通常どおり10か月以内に申告

    いずれの場合も、二次相続の申告には一次相続の遺産をどう扱うかが関わります。

    一次相続の遺産分割は誰が行うのか

    相続人が複数いる場合、遺産は分割されるまで相続人の共有に属し、各相続人は法定相続分などに応じた持分を持ちます(民法898条)。そして、相続人は被相続人の一切の権利義務を承継します(民法896条)。

    この結果、母が一次相続の遺産について持っていた相続人としての地位(遺産分割に加わる立場)は、二次相続によって母の相続人に引き継がれます。一次相続の遺産分割協議は、

    • 一次相続の相続人のうち存命の人
    • 亡くなった母の相続人(母の立場を引き継いだ人)

    の全員で行うことになります。たとえば父の相続人が母・長男・長女で、母が亡くなった場合、母の相続人である長男・長女が母の立場も兼ねて、父の遺産を分けることになります。母に別の相続人(たとえば母の前婚の子)がいれば、その人も当事者になります。

    協議では、父の遺産のうち「母が取得する財産」を決めることもできます。そうして母の取得分として確定させた財産は、母の遺産として、母の相続人の間で改めて分けることになります。

    一次相続の申告:未分割のときの取扱い

    一次相続の申告期限までに遺産分割がまとまらない場合、未分割の財産は、各相続人が法定相続分などに従って取得したものとして課税価格を計算して申告します(相続税法55条)。

    その後に分割が行われ、取得した財産が法定相続分による計算と異なることになった場合は、修正申告(税額が増える人)や、分割があったことを知った日の翌日から4か月以内の更正の請求(税額が減る人)を行います(相続税法32条1項1号・55条ただし書)。

    未分割のときには小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減を使えませんが、申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておけば、3年以内に分割された場合に適用を受けることができます(租税特別措置法69条の4第4項、相続税法19条の2第2項)。未分割申告の流れそのものは、関連記事「遺産分割が後から決まったときの相続税の手続」で詳しく解説しています。

    母の取得分を確定させれば、特例を使える取扱い

    相続が連続したとき、一次相続で「母が取得した」ことを前提とする特例をどう扱うかが問題になります。母は分割前に亡くなっているため、形式的には母が分割で財産を取得することはできないからです。

    この点について、国税庁の通達では次の取扱いが示されています。

    • 小規模宅地等の特例:一次相続の特例対象宅地等が分割される前に共同相続人の一人が亡くなった場合でも、亡くなった人の共同相続人と、一次相続のそれ以外の共同相続人によって分割され、亡くなった人が取得した特例対象宅地等として確定させたものがあれば、その人が分割で取得したものとして扱うことができます(措置法通達69の4-25)。
    • 配偶者の税額軽減:一次相続の財産が分割される前に配偶者が亡くなった場合でも、同様に配偶者の取得した財産として確定させたものがあれば、配偶者が分割で取得したものとして扱うことができます(相続税法基本通達19の2-5)。

    家庭裁判所の調停・審判で分割された場合に、亡くなった人の具体的相続分が金額や割合で示されているだけのときも、その人の共同相続人全員の合意で、対応する財産を特定させれば、同様の扱いができることが示されています。

    ただし、どちらの特例も分割期限の要件は変わりません。一次相続の申告期限から3年以内(やむを得ない事情があり承認を受けた場合はその後の一定期間)に分割することが前提です。二次相続が起きたことで話合いが長引くと、この期限を過ぎてしまうおそれがあります。

    二次相続の申告:一次相続の未分割の遺産をどう含めるか

    二次相続の申告時点で一次相続の分割がまだ終わっていない場合、母は一次相続の遺産について法定相続分などに応じた共有持分を持ったまま亡くなったことになります(民法898条2項)。この持分は、母の遺産として二次相続の課税の対象に含めて考えます。

    評価の時点は、二次相続で取得した時、つまり母の相続開始時です(相続税法22条)。一次相続の時の評価額ではない点に注意が必要です。

    その後、一次相続の分割がまとまり、母の取得分が法定相続分による持分と異なることになれば、二次相続の申告内容にも影響します。母の取得分が増えれば二次相続の税額が増える方向に、減れば減る方向に動きます。このときに、修正申告や更正の請求のどの手続を、いつまでに使えるかは、事実関係によって判断が分かれるため、分割の前に確認しておくことが大切です。

    相次相続控除:短い期間に続いた相続の負担を調整する

    相次相続控除は、二次相続の被相続人(母)が、二次相続の開始前10年以内に開始した一次相続で財産を取得し、相続税を課されていた場合に、母から相続で財産を取得した相続人の相続税額から一定額を控除する制度です(相続税法20条、国税庁No.4168)。控除額は、母が一次相続で課された相続税額を基に、1年につき10%ずつ逓減する計算で求めます。

    一次相続から二次相続までの期間が短いほど、控除額は大きくなります。また、適用対象は相続人に限られ、相続を放棄した人は、遺贈で財産を取得しても適用を受けられません。

    一次相続が未分割のまま法定相続分で申告・納税していた場合でも、母は法定相続分に応じて財産を取得したものとして相続税を課されていることから、相次相続控除の計算の基礎になり得ます。控除の計算は、一次相続の申告内容が修正されると連動して変わるため、二つの申告の数字を一緒に管理します。

    進め方の順番

    AEGISでは、相続が連続したときは次の順で進めることをおすすめしています。

    順番やることポイント
    1二つの相続の期限を一覧にする一次の申告期限(承継した場合は延びた期限)、3年以内の分割期限、二次の申告期限
    2一次相続の当事者を確定する母の相続人(母の前婚の子なども含む)を戸籍で確認
    3一次相続の分割方針を決める母の取得分を確定させるか(特例・軽減との関係)、二次相続の税額への影響を試算
    4一次相続の分割を成立させる母の取得分として確定させる財産を協議書に明記
    5一次相続の修正申告・更正の請求分割を知った日の翌日から4か月以内の手続を確認
    6二次相続の申告と見直し一次の分割結果と相次相続控除を反映

    ポイントは、一次相続の分け方を、二次相続の税額まで含めて決めることです。母の取得分を多くすれば一次相続では配偶者の税額軽減を使えますが、その財産は二次相続で再び課税されます。二次相続まで見通した分け方の考え方は、関連記事「二次相続まで見通した遺産の分け方」で整理しています。

    また、遺産に非上場株式が含まれる場合は、分割されるまでの議決権の行使方法も問題になります。関連記事「株式が相続人の共有になったときの議決権行使」もあわせて確認してください。

    AEGISの視点

    相続が連続すると、家族は短い期間に二度の喪失と、二つの手続を同時に抱えることになります。一次相続の話合いが進まなかった背景には、すでに家族間の意見の違いがあることも多く、そこに二次相続が重なると、当事者が増え、利害もさらに複雑になります。

    AEGISは、この状況を二つの相続を一つの設計図として扱う場面だと考えています。一次相続の分け方は、二次相続の財産と税額を決め、特例を使える期限にも関わります。どちらか一方の申告だけを見て進めると、全体として不利な結果になったり、期限を逃したりするおそれがあります。

    まずは二つの相続の期限と当事者を一覧にし、一次相続の分け方の選択肢ごとに二つの相続税の合計を比べるところから始めることをおすすめします。申告後であっても、分割の確定に合わせて二つの申告を点検し直すことで、見落としに気づくことがあります。資産税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でも考え方を紹介しています。

    相続対策の全体像は、親記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で整理しています。

    相続税の申告や相続の手続きをまとめて相談したい場合は、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 一次相続の遺産分割前に相続人が亡くなると、その人の相続人が立場を引き継いで一次相続の分割協議に加わります。
    • 一次相続の申告期限前に亡くなった場合、その人の申告義務は相続人が引き継ぎ、期限は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内になります。
    • 亡くなった人の取得分として確定させれば、一次相続で小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減を使える取扱いがあります。ただし3年以内の分割などの期限要件は変わりません。
    • 二次相続には、一次相続の未分割の遺産の持分を、二次相続開始時の価額で含めて考えます。
    • 相次相続控除は、一次相続から10年以内であれば、期間に応じて使える場合があります。具体的な手続と税額は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 父の遺産分割の途中で母が亡くなりました。父の遺産は誰が分けるのですか?

    父の相続人のうち存命の人と、母の相続人(母の立場を引き継いだ人)の全員で分割協議を行います。母に前婚の子など他の相続人がいれば、その人も当事者になります。

    Q. 父の相続税の申告期限前に母が亡くなりました。母の分の申告期限はどうなりますか?

    母が父の相続の申告書を提出しないまま亡くなった場合、その申告は母の相続人が引き継ぎ、期限は母の相続の開始を知った日の翌日から10か月以内となります(相続税法27条2項)。

    Q. 母が亡くなった後でも、父の相続で配偶者の税額軽減を使えますか?

    母の相続人と父の他の相続人が分割を行い、母が取得した財産として確定させたものがあれば、母が分割で取得したものとして扱うことができます(相続税法基本通達19の2-5)。分割期限の要件は満たす必要があります。

    Q. 父の遺産が未分割のまま、母の相続税の申告期限が来そうです。どう申告しますか?

    母は父の遺産について法定相続分などに応じた共有持分を持っていたことになるため、その持分を母の遺産に含め、母の相続開始時の価額で評価して申告することが考えられます。分割後に取得分が変わった場合の手続は、事前に確認しておくことが大切です。

    Q. 父と母の相続が数年おきに続きました。税負担を調整する仕組みはありますか?

    相次相続控除があります。母が父の相続で相続税を課されていた場合、二次相続が10年以内であれば、母の相続人の相続税額から一定額を控除できます。期間が短いほど控除額は大きくなります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.151-154
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局、P.92-93、P.114
  • 地域に会社を残すための事業承継|後継者がいない地元企業を引き継ぐ選択肢と、想いをつなぐ仕組み

    地域に会社を残すための事業承継|後継者がいない地元企業を引き継ぐ選択肢と、想いをつなぐ仕組み

    後継者がいない地元企業を地域に残す方法は、親族への承継だけではありません。役員・従業員への承継、地元の企業への引継ぎ、ファンドなど外部の資金を入れた承継、財団などによる株式の保有といった選択肢があり、これらを組み合わせることもできます。

    大切なのは、「誰に引き継ぐか」を決める前に、「地域に何を残したいのか」を言葉にすることです。雇用なのか、取引先との関係なのか、店や工場という拠点なのか、屋号やサービスなのか。残したいものが明確になれば、それを守る手段——株式の持ち方、契約の条件、財団の目的など——を選べるようになります。

    この記事では、地域に会社を残すことを目的とした事業承継の選択肢と、オーナーの想いを承継後もつなぐための仕組みを整理します。

    なぜ「地域に残す」ことが論点になるのか

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン」は、休廃業・解散した企業のうち、直前期の決算で黒字だった、いわゆる黒字廃業が約6割を占める状況が続いていると指摘しています。そして、こうした企業が事業承継を実現できれば、技術やノウハウを次の世代に引き継ぎ、雇用を確保し、地域の経済活動への貢献を続けることにつながるとしています。

    地方では、一社の廃業が、従業員の働く場だけでなく、地域の人が日常的に使うサービスや、取引先の仕入れ・販売先の喪失につながることがあります。会社を「売る」か「やめる」かという二択ではなく、地域にとっての役割をどう引き継ぐかという視点が求められる理由です。

    廃業・第三者への引継ぎ・事業の一部譲渡を比較する基本的な考え方は、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」で整理しています。本記事では、その中でも「地域に残す」ことを目的にした場合の選択肢と仕組みに焦点を当てます。

    まず「何を残したいか」を整理する

    地域に会社を残すといっても、オーナーによって守りたいものは異なります。AEGISでは、次の6つの観点で整理することをおすすめしています。

    残したいもの具体的な中身守るための主な手段
    雇用従業員の雇用と処遇承継先の選定条件、譲渡契約での雇用維持の約束
    事業・サービス地域の人が使う商品・サービス事業計画の共有、承継後の経営体制
    拠点店舗・工場・事務所の所在地事業用不動産の所有の仕方、賃貸借契約の期間
    取引関係地元の仕入先・販売先・協力会社承継先の選定条件、取引継続の方針
    屋号・ブランド社名・屋号・地域での信用商号の維持、商標などの権利の承継
    想い・理念創業の理念、地域への貢献の姿勢経営理念の明文化、株主構成、財団の目的

    すべてを完全に守ることは難しく、たとえば「雇用と拠点の維持」を重視すれば、譲渡価格や承継先の選択肢は狭まることがあります。何を優先し、何を譲れるのかを、早い段階で家族や幹部と共有しておくことが出発点になります。

    地域に残すための選択肢

    1. 役員・従業員への承継

    会社の事業や理念を最もよく知る役員・従業員に引き継ぐ方法です。地域との関係や取引先とのつながりがそのまま残りやすいことが最大の利点です。

    一方で、事業承継ガイドラインも指摘するとおり、親族株主の了解、株式を買い取る資金の確保、そして会社の借入れに対する経営者保証の引継ぎが大きな課題になります。資金面では、後継者個人への融資のほか、株式を買い取るための会社を設立し、後継者の出資と金融機関からの借入れ、外部の投資家からの出資を組み合わせる方法もあります。経営者保証については、事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則や、事業承継時の保証解除を支援する制度が設けられています。

    役員・従業員が株式を取得する具体的な方法は、関連記事「従業員承継(MBO)で後継者が株式を取得する方法」で解説しています。

    2. 地元の企業への引継ぎ

    同じ地域で事業を営む企業に、株式譲渡や事業譲渡で引き継ぐ方法です。地域の事情をよく知る企業であれば、拠点や取引関係、雇用を維持する動機を持ちやすいと考えられます。

    ただし、地域内での引継ぎは、取引先や競合との関係から情報管理に一層の注意が必要です。また、地元企業であることだけを条件にすると、承継先の候補が限られ、価格や条件で妥協を迫られることもあります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」は、仲介者やアドバイザーとの契約、手数料、手続の流れについて確認すべき事項を示しています。

    3. ファンドなど外部の資金を入れた承継

    後継者候補はいるが資金が足りない場合や、承継後の成長に外部の支援が必要な場合には、投資ファンドなどの出資を受ける方法があります。地域金融機関や公的機関が関わるファンドもあります。

    ファンドは、いずれ投資した資金を回収する出口が必要になるため、数年後に株式が再び動くことを前提に考える必要があります。出資を受ける前に、出口の方針や、その時点での承継先の選び方について確認しておくことが重要です。

    4. 財団などによる株式保有を組み合わせる

    オーナーが保有する株式の一部を財団に寄附し、財団が長期の株主として会社を見守る方法です。株式の配当は財団の財源となり、地域の教育・福祉・文化などの公益活動に使われます。会社の利益が、配当を通じて地域に還元される仕組みと言えます。

    ただし、財団は会社の経営を支配するための器ではありません。公益財団法人は原則として会社の議決権の過半数を持てないこと(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律第5条第18号、同法施行令第8条)、譲渡所得等の非課税特例を受ける寄附では保有株式が発行済株式の2分の1を超えないこと(租税特別措置法施行令第25条の17第6項)など、財団の独立性を求める制約があります。財団は、経営を担う後継者(役員・従業員や承継先の企業)と組み合わせる長期の株主として位置付けるのが現実的です。

    財団が議決権を持つことによる影響を避けたい場合は、寄附する株式を議決権のない配当優先株式(種類株式)にする設計も考えられます。経営に必要な議決権は後継者が持ち、財団は配当を受け取って地域の活動を支える、という役割の分け方です。また、財団を自ら設立すると、理事会・評議員会の運営や事務局、会計・報告を長く担い続ける人が必要になります。自ら財団をつくらず、運営体制を備えた既存の財団の中に、オーナーの名前や想いを冠した基金を設ける方法もあり、AEGISでもそのための器としてアイジスレガシー財団を設立しています。いずれの場合も、種類株式の手続や、寄附に伴う税務の取扱いは個別に確認が必要です。

    5. 事業の一部を引き継ぐ

    会社全体の引継ぎが難しい場合でも、地域にとって重要な事業や店舗、技術だけを、事業譲渡などで別の事業者に引き継ぐ方法があります。会社としては清算しても、地域の役割は残るという選択肢です。

    選択肢の比較

    選択肢地域に残りやすいもの主な課題向いている場面
    役員・従業員への承継雇用、取引関係、理念株式取得の資金、経営者保証、経営経験社内に意欲と能力のある人材がいる
    地元企業への引継ぎ拠点、取引関係、雇用候補が限られる、情報管理地域内に事業の相乗効果がある企業がある
    ファンド等の資金を入れた承継事業の継続と成長数年後の出口、経営の自由度後継者候補はいるが資金や経営支援が不足
    財団による株式保有の組合せ理念、地域への利益還元保有・運営の制約、経営を担う人は別に必要承継先が決まり、長期の安定株主と社会還元を両立したい
    事業の一部の引継ぎ重要な事業・サービス会社全体は残らない、従業員の移籍会社全体の承継は難しいが核となる事業がある

    オーナーの想いを承継後もつなぐ仕組み

    株式を手放した後も、オーナーの想いを会社に残すためには、「気持ち」ではなく「仕組み」に置き換えておく必要があります。

    • 経営理念と地域での役割を文書にする:承継先と共有する事業計画の冒頭に、会社が地域で果たしてきた役割を書いておくと、承継後の判断の拠り所になります。
    • 譲渡の条件に織り込む:一定期間の雇用の維持、拠点の継続、屋号の使用などを、譲渡契約の条件として交渉することができます。条件を多く付けるほど、価格や承継先の範囲に影響する点は理解しておく必要があります。
    • 事業用不動産の持ち方を工夫する:店舗や工場の土地・建物をオーナー家が保有し続け、承継先に長期で賃貸する方法をとれば、拠点が地域に残りやすくなります。一方で、賃料や修繕の負担、将来の売却の自由度とのバランスを考える必要があります。
    • 株主構成で支える:経営を担う後継者が議決権の多くを持ち、財団や従業員持株会などが長期の株主として加わる構成にすれば、短期的な利益だけで会社の方向が決まりにくくなります。
    • 家族のルールとして残す:事業や資産に関わる家族の考え方を、家族の話し合いを経てまとめておくことも、想いをつなぐ方法の一つです。関連記事「ファミリー憲章のつくり方」も参考にしてください。

    進め方と相談先

    地域に会社を残すための承継は、準備期間が長いほど選択肢が広がります。一般的には、次の順序で進めます。

    1. 現状と「残したいもの」の整理:会社の財務、株主構成、事業用不動産、借入れと保証、そして残したいものの優先順位を書き出す
    2. 承継先の候補の検討:社内の人材、地元企業、外部の資金などを幅広く検討する
    3. 承継の方法と条件の設計:株式の移し方、資金の確保、保証の扱い、財団の活用の要否を決める
    4. 関係者への説明:従業員、取引先、金融機関、地域の関係者に、時期と内容を考えて伝える
    5. 承継後の見守り:一定期間、旧オーナーが相談役などとして関わるか、財団などを通じて関わるかを決める

    相談先としては、各都道府県に設置されている公的な相談窓口である事業承継・引継ぎ支援センターや、取引のある金融機関、顧問の専門家などがあります。

    実務上注意したいポイント

    • 「地域のため」を理由に後継者に過大な負担を求めない:雇用や拠点の維持を条件にしすぎると、承継後の経営の自由度を奪い、かえって事業の継続を難しくすることがあります。
    • 価格と条件を一体で考える:譲渡価格を高くすることと、地域に残る条件を手厚くすることは、しばしばトレードオフになります。オーナーの手取りと、地域に残るものを並べて比較しましょう。
    • 情報管理を徹底する:地域内での承継の検討は、うわさが広がりやすいものです。従業員や取引先に伝える時期と順序を、あらかじめ決めておくことが重要です。
    • 税務の論点を早めに確認する:株式の譲渡には譲渡所得の課税が、財団への株式の寄附には原則としてみなし譲渡課税と、その非課税特例の要件確認が関わります。承継の方法ごとにオーナーの手取りと税負担を試算しておきましょう。

    AEGISの視点

    後継者がいない会社の承継は、「買い手を探す」話として進められがちです。しかしAEGISは、地域に根差した会社の承継を、「会社が地域で果たしてきた役割を、誰が、どの形で引き継ぐか」を設計することだと考えています。

    その設計では、経営を担う人、株式を持つ人、事業用不動産を持つ人、そして利益の一部を社会に還元する器を、必ずしも同じにする必要はありません。たとえば、経営は従業員出身の後継者が担い、株式の一部を財団が長期に保有して配当を地域の活動に生かし、工場の土地はオーナー家が持ち続けて賃貸する——といったように、役割を分けて組み合わせることで、地域に残せるものは大きく広がります。

    一方で、財団による株式保有は、経営を担う人がいて初めて意味を持つ仕組みです。財団に株式を託すこと自体を目的にせず、事業・経営・所有・社会貢献のそれぞれに担い手を置く一つの設計図として考えることが、オーナーの想いを地域に残すための近道になるとAEGISは考えています。財団が保有する株式の議決権の扱いは関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」で、財団設計の全体像はPillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    まとめ

    • 事業承継ガイドラインは、休廃業・解散企業の約6割が黒字廃業であると指摘しており、承継の実現は雇用や地域の経済活動の維持につながります。
    • 地域に会社を残すには、まず雇用・事業・拠点・取引関係・屋号・理念のうち、何を優先して残したいかを整理することが出発点です。
    • 選択肢には、役員・従業員への承継、地元企業への引継ぎ、ファンド等の資金を入れた承継、財団による株式保有の組合せ、事業の一部の引継ぎがあります。
    • オーナーの想いは、理念の文書化、譲渡の条件、事業用不動産の持ち方、株主構成などの「仕組み」に置き換えることで、承継後もつなぎやすくなります。
    • 具体的な方法の適否や税務の取扱いは、会社と家族の状況によって異なるため、早めに専門家と検討することが望まれます。

    よくある質問

    Q. 後継者がいない場合、まず誰に相談すればよいですか?

    各都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターは、事業承継に関する相談や、承継先探しの支援を行う公的な窓口です。そのほか、取引のある金融機関や顧問の税理士・弁護士などに相談する方法もあります。早い段階で現状を整理しておくほど、選べる方法が広がります。

    Q. 地元の企業に譲る場合、雇用の維持を約束してもらえますか?

    譲渡契約の中で、一定期間の雇用の維持や処遇について条件を定めることは可能です。ただし、条件を手厚くするほど、承継先の候補や譲渡価格に影響することがあります。何を条件として必ず求め、何は承継先の判断に委ねるかを、事前に整理しておくことが大切です。

    Q. 従業員が株式を買い取る資金がない場合はどうすればよいですか?

    後継者個人への融資、株式を買い取るための会社を設立して出資と借入れを組み合わせる方法、外部の投資家の出資を受ける方法などがあります。株式の一部を先に移し、残りを段階的に移すことも考えられます。経営者保証については、事業承継時に焦点を当てたガイドラインの特則や、保証の解除を支援する制度も確認しておきましょう。

    Q. 財団に株式を寄附すれば、会社は地域に残りますか?

    財団による株式保有は、長期の株主として会社を見守り、配当を地域の公益活動に生かす仕組みにはなりますが、それだけで会社が地域に残るわけではありません。公益財団法人は議決権の過半数を持てないなど、財団が会社を支配することには制約があります。経営を担う後継者や承継先と組み合わせて考えることが前提になります。

    Q. 承継の準備には、どのくらいの期間が必要ですか?

    会社や承継先の状況によって大きく異なりますが、承継先の検討から条件の交渉、関係者への説明、承継後の引継ぎまで含めると、数年単位の時間を見込んでおくことが望まれます。特に役員・従業員への承継では、後継者の育成や資金の準備に時間がかかるため、早めの着手が重要です。

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    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理して承継方法を比較し、社会貢献を取り入れる場合はその適合性も検討します。
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    • M&A:会社売却の方針・取引条件・税引後の受取額・売却後の資産管理を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『専門家のための事業承継入門 事例で学ぶ!事業承継フレームワーク』事業承継支援研究会 編、ロギカ書房
    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、野村資産承継研究所 監修、大蔵財務協会
  • 非上場株式を財団に寄附する前に決めること|議決権・配当・運営体制と税務の確認ポイント

    非上場株式を財団に寄附する前に決めること|議決権・配当・運営体制と税務の確認ポイント

    オーナーが保有する自社の非上場株式を財団に寄附し、その配当を社会貢献の原資にする——事業承継と社会貢献を結びつける方法として、こうした構想が検討されることがあります。

    ただし、株式の寄附は、現金の寄附とは性質が大きく異なります。株式には議決権と配当を受け取る権利が付いているため、寄附をした瞬間に、会社の株主構成と財団の財源の両方が同時に変わるからです。

    結論から言えば、非上場株式を財団に寄附する前には、少なくとも次の3点を決めておく必要があります。

    1. 議決権:財団が持つ株式の議決権を、誰が、どのような手順で行使するのか
    2. 配当:会社の配当方針と財団の予算を、どのように結びつけるのか
    3. 運営体制:寄附者や会社から独立した判断が、財団の中でどう担保されるのか

    そのうえで、寄附に伴う税金の扱いを確認します。この記事では、それぞれの論点を、オーナーの意思決定の順番に沿って整理します。

    株式を寄附すると何が起きるか

    非上場株式を財団に寄附すると、次の変化が同時に起こります。

    変化する対象起きること
    会社財団が株主となり、株主総会で議決権を行使する立場になる
    後継者後継者が確保できる議決権の割合が、寄附した分だけ相対的に変わる
    財団配当が主な収入源となり、会社の業績と配当方針に財団の活動が左右される
    寄附者と家族寄附した株式は寄附者の財産から外れ、家族が相続する財産の構成が変わる
    税務寄附者に対するみなし譲渡課税、財団に対する課税などの論点が生じる

    このうち、税務の論点は最後に確認すればよいものではありませんが、議決権・配当・運営体制の設計が固まっていないと、税制の要件を満たせるかどうかも判断できません。まずは株式の寄附によって何を実現したいのかを整理することが出発点です。

    財団設計の全体像は、関連記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    決めること1:議決権をどう行使するか

    財団の議決権は理事会の判断で行使される

    財団が保有する株式の議決権は、通常、理事会の決議などに基づいて代表理事が行使します。財団は寄附者の持ち物ではないため、寄附者や会社の経営陣が、財団の議決権行使を直接指示できる関係にはありません。

    この点は、寄附を検討するオーナーにとって重要な意味を持ちます。

    • 経営陣と財団の考えが一致している間は、財団は安定的な株主として機能しやすい
    • しかし、創業家と経営陣の対立、第三者からの買収提案、増資などの場面では、財団がどう判断するかが会社の行方を左右し得る
    • 財団の理事に会社の役員が多く就いていると、財団の判断の独立性や、会社法上の支配関係が問題になることがある

    つまり、「財団に寄附すれば安定株主になってくれる」とは限りません。財団がどのような方針で議決権を行使するのかを、あらかじめ議決権行使の方針として定めておくなど、財団の独立性と会社の安定の両立を考えておく必要があります。

    後継者の議決権への影響

    寄附する株式の割合によっては、後継者が単独で確保できる議決権が過半数や3分の2を下回ることもあります。事業承継の計画上、後継者がどの程度の議決権を持つべきかを先に決め、その範囲内で寄附の規模を考えるのが順序です。

    議決権と配当を切り分けて設計する考え方(種類株式の活用など)については、関連記事「議決権と配当を分けて設計できるか」で扱っています。寄附する株式を議決権のない株式にするなどの設計も考えられますが、会社法上の手続や評価・税務への影響を個別に確認する必要があります。

    保有割合の上限にも注意

    税制や公益認定の基準には、財団が保有できる株式の割合に関わるものがあります。たとえば国税庁は、株式の寄附について譲渡所得等の非課税の承認を受けるための判定の一つとして、寄附によって公益法人等が保有することになる株式(寄附前から保有するものを含む)が、その会社の発行済株式総数の2分の1を超えないことを示しています(租税特別措置法施行令第25条の17第6項)。また、公益法人については、他の団体の意思決定に関与できる株式等を保有する場合、その会社の議決権の過半数を有していないことが公益認定の基準とされています(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律第5条第18号、同法施行令第8条)。前者は「発行済株式総数」、後者は「議決権」を基準とする別々のルールです。寄附の規模を考える際には、両方の上限を確認しておくことが欠かせません。

    決めること2:配当と財団の予算をどう結びつけるか

    株式の寄附は「配当が公益に使われること」が前提

    株式は、建物や土地のように公益目的事業にそのまま使うことができない財産です。そのため、株式を寄附した場合には、その株式から生じる配当の全部が、継続して公益目的事業に充てられるかどうかが、税制の適用上の重要な判断材料になります。

    裏を返すと、次のような状態は注意が必要です。

    • 会社が無配、または配当が毎年定期的に支払われない
    • 配当を受け取っても、財団の公益目的事業に使い切れず、使途が定まらないまま残る
    • 配当金が財団の事務所や役員のための施設に使われる

    会社の配当方針と財団の活動計画をすり合わせる

    会社側にとって、配当は成長投資や財務の安定とのバランスで決めるものです。一方、財団側は、一定の配当がなければ助成や事業を継続できません。両者の利害は、時に対立します。

    寄附の前に、次の点を経営陣・後継者と共有しておくことが望まれます。

    • 会社の配当方針(安定配当か、業績連動か)
    • 財団の活動に必要な年間予算の目安と、配当が想定を下回った場合の対応
    • 配当の決定に財団が株主としてどう関わるか

    配当の変動を財団がどう吸収するか、運営資金の考え方は、関連記事「株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか」で詳しく扱っています。

    決めること3:財団の運営体制をどう組むか

    株式を寄附する財団では、運営体制が「財団が会社やオーナー家から独立しているか」を示す要素になります。国税庁は、寄附に係る非課税の承認の判定の考え方として、次のような点を示しています。

    • 理事・監事・評議員のうち、親族関係がある人などの占める割合が、それぞれ3分の1以下とする旨の定款の定めがあること
    • 寄附者、法人の役員等やその親族等に対して、施設の利用、金銭の貸付け、資産の譲渡、給与の支給、役員等の選任などで特別の利益を与えないこと
    • 解散した場合の残余財産が、国・地方公共団体や他の公益法人等に帰属する旨の定款の定めがあること
    • 寄附者やその親族が役員となっている会社の株式を寄附する場合は、その議決権の行使にあたり、あらかじめ理事会で理事総数の3分の2以上の承認を得る旨の定款の定めがあること(租税特別措置法第40条関係通達18)

    運営体制の設計では、次の点も検討しておきたいところです。

    • 評議員・理事に、会社や創業家から独立した有識者をどの程度迎えるか
    • 会社の役員が財団の理事を兼ねる場合、利益相反の場面でどう判断するか
    • 助成先の選考を、誰がどのような基準で行うか

    運営体制を自ら組まないという選択肢

    ここまでの運営体制を寄附者の家族だけで整え、何十年も維持するのは簡単ではありません。株式の寄附先として、自ら財団を設立する代わりに、独立した役員構成と事務局をすでに備えた財団の中に基金を設ける方法もあります。AEGISでは、この考え方に基づき、一定額の配当が確実に見込まれる株式等を、専門家の確認と理事会の決定を経て受け入れるアイジスレガシー財団を設立しています。

    議決権のない配当優先株式を寄附する設計と組み合わせれば、後継者の議決権を保ちながら、配当を社会貢献の財源に充てることができます。後継者が財団の理事や事務局として運営を担う必要もありません。ただし、この場合も、本記事で見てきた議決権・配当・税務の確認は同じように必要です。

    税務上の確認ポイント

    寄附者:みなし譲渡と非課税の特例

    個人が株式を法人に寄附すると、寄附した時の時価で譲渡があったものとみなされ、取得時からの値上がり益に所得税が課されるのが原則です。創業者が保有する自社株式は、取得価額が低く値上がり益が大きいことが多いため、この点は特に重要です。

    公益法人等への寄附で、一定の要件を満たし国税庁長官の承認を受けた場合には、この所得税が非課税となる特例があります(租税特別措置法第40条)。国税庁によれば、主な要件は次のとおりです。

    要件内容
    公益の増進への寄与寄附が教育・科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に著しく寄与すること
    公益目的事業への供用寄附財産が、寄附の日から2年を経過する日までに、公益目的事業の用に直接供されること(またはその見込みであること)
    不当減少でないこと寄附により、寄附者の所得税や、寄附者の親族等の相続税・贈与税の負担を不当に減少させる結果とならないこと

    承認申請は、原則として寄附の日から4か月以内に、寄附者の所得税の納税地を所轄する税務署に提出します。また、公益財団法人など一定の法人への寄附で、寄附者がその法人の役員等やその親族等に該当しないことなどを要件とする「承認特例」もあり、こちらは申請から一定期間内に判断がなければ承認があったものとみなされます(原則1か月。株式などの寄附は、受け手が国立大学法人等である場合を除き3か月。租税特別措置法施行令第25条の17第8項)。

    承認を受けた後でも、寄附財産が公益目的事業に直接供されなくなった場合などには承認が取り消され、寄附者または財団に所得税が課されることがあります。

    財団:持分の定めのない法人への課税

    財団への寄附によって、寄附者の親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められる場合には、財団を個人とみなして贈与税(遺贈の場合は相続税)が課される仕組みがあります(相続税法第66条第4項)。運営体制の設計は、この判定とも直結します。

    相続後に寄附する場合

    相続や遺贈で取得した株式を、相続税の申告期限までに公益財団法人などに寄附した場合には、その株式を相続税の課税対象としない特例があります(国税庁タックスアンサーNo.4141)。ただし、公益認定を受けていない一般財団法人への寄附は対象外です。生前に寄附するか、遺言で寄附するか、相続人が寄附するかによって、適用される制度が変わります。

    株式の評価

    非上場株式の寄附では、寄附時の株式の時価をどう算定するかが、みなし譲渡の計算や各種判定の前提になります。みなし譲渡の計算に用いる時価は、所得税基本通達59-6により、一定の条件のもとで財産評価基本通達の取引相場のない株式の評価方法の例により算定するとされています。評価方法は会社の規模や株主の立場によって異なるため、寄附の計画段階で確認しておく必要があります。

    実務上注意したいポイント

    • 事業承継の計画と一体で考える:寄附の規模は、後継者が確保すべき議決権から逆算します。事業承継の全体像は関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    • 受け手の財団の状態を先に整える:寄附を受ける財団の定款、役員構成、公益認定の有無によって、使える税制が変わります。寄附の時点で要件を満たしている必要がある点に注意が必要です。一般財団法人と公益財団法人の違いは、関連記事「一般財団法人と公益認定の違い」で解説しています。

    • 家族の理解を得る:寄附した株式は家族が相続する財産から外れます。遺留分を含め、家族との合意形成を先行させることが望まれます。

    • 一度に全部を寄附しない選択肢:寄附の規模や時期を段階的に分けることで、会社・財団双方の変化を確かめながら進めることもできます。

    AEGISの視点

    自社株式を財団に寄附するという判断は、「相続税をどう減らすか」という発想から語られることがあります。しかしAEGISは、この判断を「会社の所有の一部を、家族ではなく社会に託す」という承継の設計として捉えています。

    会社は創業者一人のものではなく、従業員、取引先、地域とともに育ってきた存在です。その会社が生み出す利益の一部を、財団を通じて社会に還していく仕組みは、承継を合理的に突き詰めた先に現れる、一つの自然な形だとAEGISは考えています。

    ただし、そのためには、財団が会社や創業家の「別の財布」になってはいけません。議決権の行使、配当の使い道、運営体制のいずれにおいても、財団が自らの目的に沿って独立して判断できることが、税制上の要件を満たすためにも、想いを長く続けるためにも不可欠です。株式の寄附を検討する際の税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 非上場株式を財団に寄附すると、会社の株主構成と財団の財源が同時に変わります。
    • 寄附の前に、議決権の行使方法、配当と財団予算の関係、財団の運営体制の3点を決めておくことが重要です。
    • 寄附者には原則としてみなし譲渡課税が生じますが、国税庁長官の承認を受けた場合の非課税特例(租税特別措置法第40条)があります。承認申請は原則として寄附の日から4か月以内です。
    • 国税庁は、株式の寄附について、財団が保有する株式が発行済株式総数の2分の1を超えないことを判定要素の一つとして示しています。
    • 財団を個人とみなして課税する仕組み(相続税法第66条第4項)もあり、運営体制の設計と税務は切り離せません。

    具体的な適用可否や設計は、会社の状況、家族構成、財団の状態などの個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 自社株を財団に寄附すれば、相続税の対象から外れますか?

    寄附した株式は寄附者の財産ではなくなりますが、寄附によって家族の相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められる場合には、財団に贈与税などが課される仕組みがあります。また、寄附者にはみなし譲渡による所得税の論点もあります。「寄附すれば非課税」と単純には言えないため、要件の確認が必要です。

    Q. 財団に寄附した株式の議決権は、寄附者が行使できますか?

    財団が保有する株式の議決権は、財団の理事会の決議などに基づいて行使されるのが通常であり、寄附者が直接行使するものではありません。寄附者が財団を通じて会社を支配するような設計は、税制上・公益認定上の要件と合わない可能性があります。

    Q. 会社が無配の場合でも、株式を財団に寄附できますか?

    寄附自体は可能ですが、配当がなければ財団の財源にならず、みなし譲渡の非課税特例の適用上も問題となる可能性があります。株式の寄附では、配当の全部が継続して公益目的事業に充てられるかどうかが重要な判断材料とされているためです。配当方針とあわせて検討する必要があります。

    Q. 承認申請の期限を過ぎてしまうとどうなりますか?

    承認申請書は、原則として寄附の日から4か月以内(その前に所得税の確定申告期限が到来する場合はその期限まで)に提出する必要があります。期限内に申請しなければ、非課税の特例を受けることはできません。寄附の実行前に、申請の準備を整えておくことが重要です。

    Q. 一般財団法人に株式を寄附する場合と、公益財団法人に寄附する場合で違いはありますか?

    あります。たとえば、相続財産を寄附した場合の相続税の非課税特例は、公益財団法人などが対象で、公益認定を受けていない一般財団法人は対象外です。みなし譲渡の非課税特例でも、手続が迅速な承認特例は公益財団法人など一定の法人に限られます。受け手の法人の状態によって選択肢が変わります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会
    • 『公益法人・一般法人のQ&A 運営・会計・税務(五訂版)』稲葉威雄・鳥飼重和・中田ちず子 監修、大蔵財務協会
    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版
  • 公益認定を申請するときの流れと基準|公益目的事業の判断、令和6年改正後の認定基準、申請書類と審査

    公益認定を申請するときの流れと基準|公益目的事業の判断、令和6年改正後の認定基準、申請書類と審査

    公益認定とは、一般社団法人・一般財団法人が、行政庁から「公益目的事業を主たる目的とする法人」として認められ、公益社団法人・公益財団法人になるための手続です。

    申請の流れを一言でまとめると、定款を認定基準に合わせて変更し、事業と財務の見込みを示した申請書を行政庁に提出し、有識者による合議制の機関の審査(諮問・答申)を経て認定を受けるというものです。行政庁が定める標準的な処理期間は、申請書の提出の翌日から4か月とされています。

    基準は、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(認定法)5条に定められており、令和6年の法改正(令和7年4月施行)で財務に関する基準などが見直されました。この記事では、申請を具体的に考え始めた方に向けて、判断の中心となる公益目的事業の考え方、改正後の認定基準、申請書類と審査の流れを順に整理します。

    申請できる法人と申請先

    公益認定を申請できるのは、公益目的事業を行う一般社団法人・一般財団法人です(認定法4条)。新たに公益法人を目指す場合も、まず一般社団法人または一般財団法人を設立し、そのうえで申請する流れになります。

    申請先の行政庁は、内閣総理大臣または都道府県知事です(認定法3条)。事務所の所在や公益目的事業を行う区域などによって、いずれが行政庁になるかが決まります。国が行政庁となる場合は内閣府の公益認定等委員会が、都道府県の場合は各都道府県に置かれた合議制の機関が、認定の可否について審議します。

    申請から認定までの流れ

    内閣府の「申請の手引き〔公益認定編〕」などをもとに、申請から認定後までの流れを整理すると次のとおりです。

    段階主な内容確認したいこと
    1. 事業と体制の整理行う事業を公益目的事業と収益事業等に区分し、事業ごとの収支と人員体制を見通す各事業が公益目的事業に当たるか、財務の基準を満たせるか
    2. 定款の変更案の作成理事会の設置、役員構成、残余財産の帰属など、認定基準に合わせた定款の変更案を作る内閣府「公益認定のための『定款』について」との整合
    3. 法人内部の意思決定社員総会・評議員会の特別決議で定款変更を決め、理事会で申請を決議する公益認定を前提とした定款変更であることを明確にしておく
    4. 申請書の作成・提出申請書、別紙、財務の別表、定款、事業計画書・収支予算書などを提出(電子申請が推奨)書類間の数値の整合
    5. 審査行政庁が審査し、必要に応じて補正や追加資料を求める申請内容に変更が生じた場合は速やかに連絡
    6. 諮問・答申公益認定等委員会または都道府県の合議制の機関に諮問し、答申を受ける—
    7. 認定・通知認定または不認定の処分が通知される—
    8. 認定後の手続名称変更の登記、分かち決算、定期提出書類の準備認定日を境に会計と運営のルールが変わる

    ※AEGIS作成。実際の手順は行政庁の案内に従ってください。

    認定を受けると、名称中の「一般社団法人」「一般財団法人」は「公益社団法人」「公益財団法人」に変更する定款の変更をしたものとみなされます(認定法9条1項)。名称変更そのものについて社員総会等で決議する必要はありませんが、公益認定を受けたことを証する書面を添付して名称変更の登記を行う必要があります(同条2項)。

    最大の論点:公益目的事業に当たるか

    公益目的事業の定義

    公益目的事業とは、学術、技芸、慈善その他の公益に関する認定法の別表各号に掲げる種類の事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものをいいます(認定法2条4号)。別表には、学術・科学技術の振興、文化・芸術の振興、高齢者の福祉の増進など、23の号が掲げられています。

    判断は2段階で考えると整理しやすくなります。

    1. その事業が、別表のいずれかの号に掲げる種類の事業に当たるか
    2. その事業が、特定の人だけでなく、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与しているか

    多くの申請で検討の中心となるのは2です。会員だけが利益を受ける事業や、特定の企業・個人の利益につながる事業は、公益目的事業と認められにくくなります。

    事業の類型ごとのチェックポイント

    申請書では、事業を検査・検定、資格付与、講座・セミナー、助成(応募型)、施設の貸与などの類型に当てはめ、類型ごとの「チェックポイント」に沿って公益性を説明します。たとえば奨学金や研究助成のような助成事業であれば、応募の機会が広く開かれているか、選考が公正に行われる仕組みがあるか、といった点を説明することになります。

    チェックポイントは、不特定多数の者の利益の増進に寄与するかどうかを事実認定するための留意点です。チェックポイントに機械的に当てはまらない事業でも、事業の目的・内容・受益者の範囲を具体的に示すことで、公益性を説明できる余地があります。

    認定基準:令和6年改正後の全体像

    認定法5条は、21の号で認定基準を定めています。オーナーが財団・社団を設計する視点で分類すると、次のように整理できます。

    分類主な基準根拠(認定法5条)
    事業の内容公益目的事業を主たる目的とすること/投機的な取引など社会的信用を損なう事業を行わないこと/収益事業等が公益目的事業に支障を及ぼさないこと1号・5号・7号
    財務公益目的事業について中期的な収支の均衡が図られる見込みであること/公益目的事業比率が50%以上となる見込みであること/使途不特定財産額が制限を超えない見込みであること/経理的基礎・技術的能力があること2号・6号・8号・9号
    ガバナンス理事・監事のそれぞれについて、親族等の特別利害関係者の合計が3分の1を超えないこと/他の同一団体の関係者が3分の1を超えないこと/外部理事・外部監事を置くこと(理事は一定規模以上の法人)/一定規模以上の法人は会計監査人を置くこと/役員報酬が不当に高額でないこと10号〜16号
    利益供与の禁止社員・役員などの関係者に特別の利益を与えないこと/営利事業者などに寄附その他の特別の利益を与えないこと3号・4号
    財産他の団体の意思決定に関与できる株式などを保有しないこと(実質的に支配するおそれがない場合を除く)/不可欠特定財産の定款への定め/認定取消し時・清算時の財産の帰属先の定款への定め18号〜21号

    ※AEGIS作成。各号の正確な要件は認定法・同施行令・公益認定等ガイドラインで確認が必要です。

    令和6年改正で変わった主な点

    令和6年の認定法改正(令和7年4月1日施行)では、主に次の点が見直されました。

    • 収支相償から中期的収支均衡へ:公益目的事業の収入がその実施に要する費用を超えないことを求める考え方が、一定期間で収支の均衡を図る考え方に改められました。将来の公益目的事業に充てるために積み立てる「公益充実資金」も設けられています。
    • 遊休財産額から使途不特定財産額へ:保有できる財産の上限に関する基準の名称と内容が見直されました。
    • 外部理事・外部監事:法人やその子法人の業務執行者でなかった者を役員に含めることが求められるようになりました。

    申請書の財務の別表も、この改正に合わせて「中期的収支均衡」「公益目的事業比率」「使途不特定財産額」の3つの計算表で構成されています。改正後の財務規律については、関連記事「公益法人の財務規律をオーナー目線で読む」で詳しく解説しています。

    欠格事由

    認定基準とは別に、認定法6条は、公益認定を受けられない欠格事由を定めています。役員に一定の法令違反歴がある場合、過去に公益認定を取り消されてから一定期間を経過していない場合、税の滞納処分を受けている場合、暴力団員等が事業活動を支配している場合などです。役員の候補者を選ぶ段階で確認しておきたい事項です。

    申請書類の構成

    内閣府の手引きや申請書の様式によると、申請書類は大きく次のように構成されています。

    • 申請書(かがみ文書)
    • 別紙1:法人の基本情報
    • 別紙2:法人の事業(公益目的事業の種類・内容、収益事業等の内容など)
    • 財務の別表:中期的収支均衡、公益目的事業比率、使途不特定財産額の計算
    • 別添:法人の組織、株式等の保有状況、経理的基礎の説明、役員等名簿、確認書
    • 添付書類:定款、事業計画書・収支予算書、財産目録・貸借対照表、役員等の報酬等の支給基準、許認可等を証する書類(必要な場合)など

    書類の数は多いものの、中心にあるのは「どのような事業を、どのような体制と資金で、継続して行うのか」という一貫した説明です。事業計画書、収支予算書、財務の別表の数値が相互に整合していることが、審査を円滑に進めるうえで重要になります。

    AEGISの視点

    オーナーが公益財団法人を設立し、自社株や不動産を拠出して社会貢献を続けたいと考える場合、公益認定の基準は「家族の財団」から「社会の財団」へ移るための条件といえます。親族等が理事・監事のそれぞれ3分の1を超えないこと、外部の役員を迎えること、関係者に特別の利益を与えないことは、いずれもオーナー家の影響力に一定の歯止めをかけるものです。

    とくに自社株を拠出する場合は、他の団体の意思決定に関与できる株式の保有を原則として制限する基準や、配当収入と中期的収支均衡の関係を、申請前に検討しておく必要があります。株式の議決権をどう行使するかという方針も、申請段階から説明できるよう整理しておくことが望まれます。議決権の考え方は、関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」で解説しています。

    AEGISは、公益認定の申請書を「審査を通すための書類」ではなく、財団が今後何十年も守っていく事業と体制の設計図として作るべきだと考えています。申請の段階で描いた事業と財務の見通しは、認定後の定期提出書類や立入検査でも確認され続けるからです。

    一方で、こうした基準を満たし続ける体制を一族で整え、次の世代にも引き継いでいくことが重いと感じる場合は、自ら財団を設立せず、運営体制を備えた既存の財団の中に基金を設ける方法もあります。AEGISでは、そのための器としてアイジスレガシー財団を設立しています。どの方法を選ぶかは、目的の独自性と、運営を担い続けられる人がいるかどうかで判断するのが現実的です。

    一般財団法人のまま運営する場合との違いは、親記事「一般財団法人と公益認定の違い」で、財団全体の設計は Pillar記事「社会貢献を続ける財団をどう設計するか」で解説しています。

    財団関連の税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 公益認定は、一般社団法人・一般財団法人が行政庁に申請し、公益認定等委員会または都道府県の合議制の機関への諮問・答申を経て受けるものです。標準処理期間は申請の翌日から4か月とされています。
    • 最大の論点は、各事業が認定法別表の事業に当たり、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する「公益目的事業」かどうかです。
    • 認定基準は認定法5条の21号で、令和6年改正(令和7年4月施行)により中期的収支均衡、使途不特定財産額、外部理事・外部監事などが導入されました。
    • 申請前に、定款を認定基準に合わせて変更し、社員総会・評議員会の特別決議と理事会の決議を経ておく必要があります。
    • 認定後は名称変更の登記、分かち決算、定期提出書類など、運営のルールが切り替わります。

    よくある質問

    Q. 公益認定の審査にはどのくらいの期間がかかりますか?

    内閣府は、公益認定の標準処理期間を、申請書が提出された日の翌日から4か月としています。ただし、これは申請後の審査の目安であり、事業の整理や定款変更、書類の準備にはこれとは別に相当の期間を見込む必要があります。

    Q. 設立したばかりの一般財団法人でも申請できますか?

    申請自体は可能です。ただし、事業計画書や収支予算書で、公益目的事業を継続して行うための経理的基礎や技術的能力があることを示す必要があります。実績が乏しい場合は、事業の内容と資金計画を具体的に説明できるかが重要になります。

    Q. 理事の多くが家族のままでも公益認定を受けられますか?

    認定基準では、各理事について、その理事と配偶者・三親等以内の親族などの特別利害関係にある理事の合計が理事総数の3分の1を超えないことが求められます。監事についても同様です。家族中心の役員構成のままでは基準を満たさないため、役員の構成を見直す必要があります。

    Q. 自社株を保有している財団は公益認定を受けられますか?

    認定基準では、他の団体の意思決定に関与できる株式などを保有しないことが原則とされ、その保有によって他の団体の事業活動を実質的に支配するおそれがない場合は例外とされています。保有する株式の割合や議決権の扱いによって判断が分かれるため、申請前に確認が必要です。

    Q. 公益認定を受けた後、名称変更の手続は必要ですか?

    名称を公益社団法人・公益財団法人に変える定款変更は、認定を受けたことにより行ったものとみなされます。一方で、登記上の名称は変更の登記が必要で、公益認定を受けたことを証する書面を添付して申請します。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年4月施行対応 フローでわかる 一般/公益 社団・財団法人運営ガイドブック』富川昌之 著、新日本法規出版、はじめに、第2章 P.254-258
    • 『公益認定の判断基準と実務』出口正之 著、全国公益法人協会、第Ⅲ部 P.217-232