投稿者: AEGIS

  • 飲食店や小売店を家族以外に引き継ぐ|営業許可・店舗の賃貸借・設備とのれん・常連客とスタッフの引継ぎ

    飲食店や小売店を家族以外に引き継ぐ|営業許可・店舗の賃貸借・設備とのれん・常連客とスタッフの引継ぎ

    個人で営む飲食店や小売店を家族以外に引き継ぐときは、「店」という一つのものを渡すのではなく、許可・店舗の賃借・設備・人・お客様との関係を、一つずつ新しい店主へ移していく作業になります。

    結論から言えば、飲食店の営業許可は、現行の食品衛生法では、営業の譲渡によって譲り受けた人が営業者の地位を承継し、届け出る仕組みがあります。ただし、店舗の改装や移転を伴えば改めて許可が必要になり、酒類の販売など別の許可・届出は制度ごとに扱いが違います。実務で最も時間がかかりやすいのは、店舗を借りている場合の貸主の承諾と、敷金・保証金の精算です。

    この記事では、店舗業ならではの論点を、引き継ぐ順番に沿って整理します。

    店舗業の「引き継ぎ」が難しい理由

    東京商工リサーチの「2025年『休廃業・解散企業』動向調査」(2026年1月公表)によると、2025年の休廃業・解散企業は6万7,210件で過去最多でした。産業別では、飲食業などを含むサービス業他が2万1,961件、小売業が7,903件と、店舗型の業種が大きな割合を占めます。休廃業企業の代表者は60代以上が90.6%に達し、直前期の決算が判明した企業の52.8%は黒字でした。

    黒字でも閉じる店が多い背景には、個人店ならではの事情があります。

    • 店主の腕と人柄が価値の中心:味や品ぞろえ、接客が店主個人に結びついている
    • 法人格がない:会社なら株式を渡せば契約や許可が会社に残りますが、個人事業では契約も許可も店主個人のものです
    • 店舗が借り物:店舗を借りている場合、借主の立場を移すには貸主の同意が要ります

    中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」も、個人事業主の承継では「開業届」「廃業届」を出すだけでは足りず、契約関係と所有関係を引き継ぐことが欠かせないとしています。また、法人格が続く会社と違い、事業に必要な許認可を後継者が取り直したり、取引先との契約を引き継いだりする必要がある点を指摘しています。

    誰に、どの方法で引き継ぐか

    引き継ぐ相手は、主に次の3つに分かれます。

    • 従業員:店の味や仕事を知っており、常連客にもなじみがある。一方で、譲受代金や運転資金の準備が課題になりやすい
    • 取引先・同業者:仕入先や近隣の同業者が、支店や新業態として引き継ぐ
    • 独立・創業を目指す人:事業承継・引継ぎ支援センターの「後継者人材バンク」や、日本政策金融公庫の「事業承継マッチング支援」は、店を譲り受けて創業したい人とのマッチングも対象にしています

    方法は、個人事業であれば事業譲渡(営業の譲渡)が中心です。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、個人事業主のM&Aでは事業譲渡の手法を用いるのが通常だとしています。店を法人で営んでいる場合は、会社の株式を譲る方法も選べます。

    個人事業を第三者に譲るときの全体の流れと税金は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」で解説しています。

    引き継ぐものの一覧

    次の表は、AEGISが店舗業の引継ぎ対象と確認先を整理したものです。

    引き継ぐもの主な確認点相手・窓口
    飲食店などの営業許可営業者の地位の承継と届出、施設の変更の有無保健所
    その他の許可・届出酒類の販売、深夜の酒類提供、たばこの販売などは制度ごとに扱いが異なる所管の官公署
    店舗の賃貸借貸主の承諾、契約の引継ぎか結び直しか、賃料・期間の見直し貸主・管理会社
    敷金・保証金返還して新たに差し入れるか、引き継ぐか。償却や原状回復の取決め貸主
    内装・厨房設備・什器所有者(店主か貸主か、リースか)、状態と残りの使用期間店主・リース会社
    在庫・仕入先引継ぎ時点の棚卸し、仕入条件の継続仕入先
    屋号・レシピ・ノウハウ使ってよい範囲、引継ぎ期間中の指導新旧店主の合意
    スタッフ新しい店主との雇用契約、労働条件の説明スタッフ一人ひとり
    常連客・予約・会員案内の時期と方法、個人情報の扱い新旧店主の合意
    借入・保証引き継ぐか、店主が返済するか、保証の扱い金融機関

    営業許可:譲渡でも「地位の承継」ができる

    食品衛生法では、飲食店などの営業許可は、営業者が都道府県知事(保健所を設置する市などを含む)の許可を受けるもので、許可は営業の施設が基準に合うかどうかで判断されます(食品衛生法55条)。

    許可を受けた営業者が営業を譲渡した場合や、相続・合併・分割があった場合は、営業を譲り受けた人などが許可営業者の地位を承継します(同法56条1項)。承継した人は、承継の事実を証明する書面を添えて、遅滞なく届け出る必要があります(同条2項)。

    つまり、同じ施設で同じ営業を続けるのであれば、譲り受けた人が一から許可を取り直すのではなく、地位の承継の届出で引き継げる仕組みがあります。ただし、次の点には注意が必要です。

    • 施設を変える場合:改装で施設の構造が変わる場合や、店舗を移転する場合は、新たな許可や変更の手続が必要になることがあります
    • 業種・営業の内容が変わる場合:許可の種類が異なれば、承継では対応できません
    • 他の許可・届出:酒類の販売免許や深夜に酒類を提供する飲食店の届出などは、食品衛生法とは別の制度です。承継の可否と手続は、それぞれの所管に確認します
    • 個人の開業・廃業の届出:新しい店主は開業の届出、元の店主は廃業の届出など、税務上の手続も別に必要です

    具体的な書類や運用は自治体によって異なるため、譲渡日を決める前に保健所に相談しておきましょう。

    店舗の賃貸借:貸主の承諾が出発点

    店舗を借りている場合、借主の立場(賃借権)を他人に譲ったり、店舗を又貸ししたりするには、貸主の承諾が必要です(民法612条1項)。承諾なく第三者に使わせると、貸主は契約を解除できます(同条2項)。

    貸主の対応は、大きく二つに分かれます。

    • 契約を引き継ぐ:借主の地位の移転を認め、敷金もそのまま引き継ぐ
    • 契約を結び直す:元の契約を終了し、新しい店主と条件を見直して新たに契約する

    民法では、賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、貸主は敷金から未払いの賃料などを差し引いた残額を返還しなければならないとされています(民法622条の2第1項2号)。実務では、敷金を一度返還して新たに差し入れる形と、当事者の合意で引き継ぐ形があり、どちらになるかで新旧店主の間の精算額が変わります。保証金に償却の特約がある場合や、退去時の原状回復の範囲も、あわせて確認しておきます。

    内装や厨房設備をそのまま使う、いわゆる「居抜き」の引継ぎでは、設備の所有者が誰か(店主か、貸主か、リース会社か)を整理することが欠かせません。リースの設備は、リース会社との契約の扱いを別に確認します。

    設備とのれんの値付け

    引継ぎの対価は、主に「設備・什器」「在庫」「のれん(店の評判や顧客との関係などの見えない価値)」の合計として考えます。

    • 設備・什器:帳簿上の価額ではなく、中古市場での価格や専門業者の査定を参考にすると、当事者の納得を得やすくなります
    • 在庫:引継ぎ日に棚卸しをして、使えるものだけを対象にします
    • のれん:個人店では、利益の源泉が店主個人にあるほど、店主が抜けた後も同じ利益が続くかは不確かです。引継ぎ期間を設けて店主が一緒に店に立つ、レシピや仕入先を文書で残すなど、のれんが新しい店主に移る仕組みがあるかどうかで評価が変わります

    対価の内訳は税金にも影響します。個人の事業譲渡では、譲る資産の種類によって所得の区分が分かれ、消費税も課税対象の資産と非課税の資産を区分して計算します。内訳は契約書に明記しておきましょう。

    常連客とスタッフの引継ぎ

    店の価値の多くは、常連客とスタッフに宿っています。

    • スタッフ:事業譲渡では雇用契約は自動的には移らず、一人ひとりが新しい店主と雇用契約を結びます。給与や勤務時間などの条件を早めに示し、不安を取り除くことが、引継ぎの成否を分けます
    • 常連客:店主の交代をいつ、どう伝えるかを新旧店主で決めておきます。予約台帳や会員情報など個人情報を引き継ぐ場合は、取扱いに注意が必要です
    • 引継ぎ期間:数か月程度、元の店主が新しい店主と並んで店に立つ期間を設けると、味や接客、仕入れのノウハウが移りやすくなります

    屋号を引き続き使う場合も注意が必要です。商法では、営業を譲り受けた人が譲渡人の商号を続けて使うと、譲渡人の営業で生じた債務を弁済する責任を負うとされています(商法17条1項)。譲受人が責任を負わない旨を遅滞なく登記するか、第三者に通知した場合は、この責任を免れることができます(同条2項)。

    引継ぎのスケジュール

    時期の目安やること
    1年前店の収支と資産・借入を一覧にする。引き継ぐ相手の候補を考え、支援窓口に相談する
    6か月前相手と基本条件を決める。貸主・保健所・金融機関に事前相談する
    3か月前譲渡契約、賃貸借の承諾・契約の手続。スタッフへの説明と雇用条件の提示
    引継ぎ日棚卸し、鍵・設備の引渡し、営業者の地位の承継の届出
    引継ぎ後並行営業の期間、元店主の廃業手続と確定申告

    店をたたむ場合の手続と比べたい方は、関連記事「個人事業をたたむときの手続と残った資産」も参考にしてください。

    実務上注意したいポイント

    • 貸主への相談は早めに:貸主の承諾が得られないと、引継ぎ自体が成り立たないことがあります
    • リースと保証の確認:厨房機器のリースや、店主個人が保証している借入は、引継ぎの条件に直結します
    • 譲受側の資金計画:従業員や創業者が引き継ぐ場合、譲受代金と当面の運転資金の調達計画を一緒に確認します。譲り受けて独立する側の視点は、関連記事「後継者不在の会社を引き継いで起業する方法」で解説しています

    AEGISの視点

    個人店の価値は、「場所」「人」「仕組み」の掛け算だとAEGISは考えています。場所は賃貸借や店舗の不動産、人は店主とスタッフ、仕組みはレシピや仕入れ、常連客との関係です。家族以外に引き継ぐときに失敗しやすいのは、このうち「人」を店主一人に頼ったまま、「場所」と「仕組み」を移す準備が遅れる場合です。

    もう一つ大切なのは、店主自身のこれからです。店舗兼住宅を所有している場合は、店舗部分を売るのか貸すのか、引退後の収入をどう確保するのか、そしてその不動産を将来どう相続するのかを、店の引継ぎと一緒に考える必要があります。店の引継ぎは、店主の家計と資産の設計の一部でもあります。事業承継の全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    まとめ

    • 個人店の引継ぎは、許可・賃借・設備・人・顧客の関係を一つずつ移す作業です。
    • 飲食店の営業許可は、営業の譲渡でも譲受人が営業者の地位を承継し、届け出る仕組みがあります。施設の変更や他の許可は別に確認が必要です。
    • 店舗を借りている場合は、貸主の承諾が出発点です。敷金・保証金の精算方法も早めに決めます。
    • のれんの評価は、店主が抜けても価値が残る仕組みがあるかどうかで変わります。
    • スタッフは個別に新しい店主と雇用契約を結びます。屋号を続けて使う場合は、商法上の責任にも注意します。

    よくある質問

    Q. 飲食店を譲り受けた人は、営業許可を取り直す必要がありますか?

    現行の食品衛生法では、営業の譲渡があった場合、譲り受けた人が許可営業者の地位を承継し、承継を証明する書面を添えて遅滞なく届け出る仕組みがあります。ただし、施設の改装や移転を伴う場合は新たな手続が必要になることがあるため、事前に保健所に確認してください。

    Q. 貸主が店舗の譲渡を認めてくれない場合はどうなりますか?

    借主の立場を譲るには貸主の承諾が必要で、承諾なく第三者に使わせると契約を解除されるおそれがあります。条件の見直しを含めて貸主と話し合うか、別の店舗で営業する、設備だけを譲るなど、引継ぎの形を変えることを検討します。

    Q. 敷金は新しい店主に引き継がれますか?

    当事者の合意によります。民法上は、適法に賃借権が譲渡されたときに貸主は敷金の残額を返還するとされており、実務では一度返還して新たに差し入れる形と、引き継ぐ形があります。どちらにするかで新旧店主の精算額が変わるため、契約書に明記します。

    Q. スタッフはそのまま働き続けられますか?

    事業譲渡では雇用契約が自動的に移らないため、スタッフ一人ひとりが新しい店主と雇用契約を結びます。条件を早めに示し、本人の同意を得ることが必要です。

    Q. 店の名前(屋号)はそのまま使ってもよいですか?

    当事者が合意すれば使えますが、商法では、譲り受けた人が商号を続けて使うと、譲渡人の営業で生じた債務を弁済する責任を負う場合があります。責任を負わない旨の登記や取引先への通知で、この責任を免れる方法があります。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.192-199

    その他参考資料

    • 東京商工リサーチ「過去最多の6.72万件、赤字企業率は47.2% 代表者60代以上の退出が加速 ~2025年『休廃業・解散企業』動向調査~」(TSRデータインサイト、2026年1月9日)
      https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202284_1527.html
      確認日:2026-10-10
  • 土地を貸す以外の活用方法とは|相続税対策の転換期に考えたい、「貸す」から「事業に活かす」土地活用

    土地を貸す以外の活用方法とは|相続税対策の転換期に考えたい、「貸す」から「事業に活かす」土地活用

    土地活用と聞くと、アパートやマンションを建てて貸す、あるいは駐車場として貸す、という方法を思い浮かべる方が多いと思います。とくに相続税対策としては、賃貸アパートや賃貸マンションの建築・取得が、長く有力な選択肢の一つとされてきました。

    しかし、その前提はいま大きく変わろうとしています。結論から言えば、貸付用不動産の相続税評価の見直しによって、「賃貸不動産を持つこと自体が相続税対策になる」という従来の発想は見直しを迫られています。これからの土地活用では、土地を「貸す資産」としてだけでなく、地域の需要に応える「事業を生み出す資産」として捉え直すことが、重要な選択肢になります。この記事では、制度の変化と、土地を事業に活かす考え方、そのときに確認したいことを解説します。

    不動産の相続税対策は、大きな転換期を迎えている

    これまで不動産を使った相続税対策が有効とされてきた背景には、不動産の市場価格と相続税評価額との間に差が生じることがあります。土地は路線価などを基に、建物は固定資産税評価額を基に評価され、さらに賃貸している不動産は借家人の権利の分だけ評価が下がります。その結果、購入価格や建築費と比べて、相続税評価額が大きく下がることがありました。

    これに対し、令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)で「相続税等の財産評価の適正化」が掲げられ、国税庁は法令解釈通達「貸付用不動産の評価について(案)」を公表して意見公募を行っています。通達案の主な内容は次のとおりです。

    • 課税時期前5年以内に、対価を伴う取引で取得・新築された貸付用不動産(アパート・賃貸マンション・貸しビルなどの貸家とその敷地)は、路線価や固定資産税評価額を基礎とする従来の方法ではなく、原則として課税時期における通常の取引価額に相当する金額で評価する
    • 取得価額が取得時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、取得価額を基に計算した金額の100分の80で評価することもできる
    • 不動産小口化商品の対象となっている貸付用不動産は、取得の時期にかかわらず、通常の取引価額に相当する金額で評価する
    • 令和9年(2027年)1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産の評価に適用する

    本記事の確認時点(2026年10月)では、最終的な通達はまだ出ていません。ただし、この見直しが予定どおり実施されれば、相続税評価額の圧縮を主な目的として賃貸不動産を取得・建築する手法は、従来ほどの効果を期待できなくなる可能性があります。

    もっとも、すべての賃貸不動産が新しい評価方法の対象になるわけではありません。通達案では、5年を超えて保有している貸付用不動産や、土地だけを貸している土地(貸宅地)は対象外とされ、以前から持っている土地や相続した土地に、通達制定日までに建てた(建築中を含む)建物についての経過措置も示されています。また、貸付事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例が、一律に廃止されるわけでもありません。

    重要なのは、個別の制度の細部よりも、「賃貸不動産を持つこと自体が相続税対策になる」という従来の発想を見直す必要があるということです。見直しの詳しい内容は、関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で整理しています。

    これからは「貸す」だけでなく「事業に活かす」視点が重要になる

    不動産を所有する目的は、相続税評価額を引き下げることだけではありません。本来、不動産は、そこに住む人、働く人、集まる人に価値を提供することで、継続的な収益を生み出す資産です。

    これからの土地活用では、単に建物を建てて貸すのではなく、その土地の立地や地域特性に合った事業を組み合わせ、不動産そのものの収益力を高めることが、これまで以上に重要になると考えられます。

    土地活用の方法は、建物の所有者と運営者の組み合わせで、おおむね次の型に整理できます。

    型建物を持つ人運営する人オーナーの収入オーナー側の役割
    ① 土地のまま貸す(建物なし)または借地人借地人・利用者地代・駐車場収入土地の管理
    ② 建物を建てて入居者に貸すオーナーオーナー(管理は委託可)家賃賃貸経営
    ③ 建物を建てて事業者に貸すオーナー入居する事業者家賃(事業者から)事業者の選定と契約
    ④ 事業を自ら営むオーナー(またはオーナーの会社)オーナー個人(またはオーナーの会社)事業収益事業の経営
    ⑤ 売却・交換する(手放す)—売却代金—

    「貸す以外」の活用とは、主に③や④を指します。とくに④は、土地が生み出す価値を、家賃ではなく事業の収益として受け取る形です。地域に必要とされる事業が育てば、土地は賃貸住宅の供給競争とは別の需要を取り込み、地域の中で長く役割を果たす場所になります。

    なお、①の中でも、借地借家法の事業用定期借地権等を使い、事業者に土地を一定期間貸して事業者が建物を建てて運営する方法があります。専ら事業の用に供する建物(居住用を除く)の所有を目的とし、存続期間を10年以上50年未満として公正証書で設定するもので、期間の満了で土地が戻ることを前提にできます。

    地域の需要から、その土地に合う事業を考える

    事業と組み合わせた活用は、建物を貸すこと自体ではなく、その場所で必要とされる事業を起点に考えます。

    たとえば、子育て世帯の多い地域であれば教育・運動関連の事業、高齢化が進む地域であれば生活支援に関わる事業、交通利便性の高い地域であれば地域住民の利用を見込めるサービス事業、といったように、地域の需要から逆算して土地の使い方を決めるという発想です。

    事業の選定にあたっては、次のような点を総合的に検討します。

    • 地域の人口動態:人口と世帯構成が、これからどう変わっていくか
    • 競合の状況:同じ種類の施設やサービスが周辺にどれだけあるか
    • 利用者の需要:何人の利用者が、いくらの単価で、どのくらいの頻度で利用するか
    • 必要な初期投資:建物・内装・設備・開業準備・運転資金の総額と調達方法
    • 運営体制:誰が事業を担い、人材をどう確保するか

    賃貸住宅であれば周辺の家賃相場が判断の手がかりになりますが、事業の場合は需要を要素に分解して確かめることが、計画の精度を高めます。事業化の具体的な検討の進め方は、関連記事「土地活用を事業化するときの検討事項」で詳しく解説しています。

    事業型不動産活用は、税務面でも扱いが異なる可能性がある

    不動産を単に賃貸する場合と、オーナー自身や同族会社が実際に事業を営む場合では、相続税上の取扱いが異なることがあります。代表的なものが、小規模宅地等の特例です。国税庁によれば、次のように区分されています。

    区分主な対象限度面積減額割合
    特定事業用宅地等被相続人等の事業(不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業及び準事業を除く)に使われていた宅地等400㎡80%
    特定同族会社事業用宅地等被相続人及びその親族等が発行済株式等の50%超を有する一定の法人の事業(不動産貸付業等を除く)に使われていた宅地等400㎡80%
    貸付事業用宅地等被相続人等の不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業及び準事業に使われていた宅地等200㎡50%

    一定の要件を満たす特定事業用宅地等や特定同族会社事業用宅地等では400㎡まで80%の評価減が認められる一方、貸付事業用宅地等では200㎡まで50%の評価減となります。この違いは、不動産の事業活用を検討するうえで重要なポイントです。

    ただし、次の点には注意が必要です。

    • 建物を事業者に貸すだけでは、特定事業用宅地等に該当するわけではありません。第三者の事業者に貸す場合は、オーナーにとっては不動産貸付業であり、貸付事業用宅地等の区分になります。
    • 同族会社が事業を営む場合も、さまざまな要件があります。株式の保有割合、会社の事業の実態、土地の利用関係(会社から相当の対価を受けて貸しているかなど)、申告期限までその法人の役員である親族が取得し保有を続けることなどを満たす必要があります。
    • 相続開始前3年以内に新たに事業や貸付事業に使い始めた宅地等は、特定事業用宅地等・貸付事業用宅地等とも、一定の場合を除き対象外とされています。
    • 冒頭の評価の見直しとの関係では、誰が事業を営むかによって扱いが変わり得ます。この点は次の項目で詳しく説明します。

    事業を行えば必ず相続税が軽減される、というものではありません。事業としての収益性と、税務上の適用要件を、それぞれ検証することが不可欠です。特例の区分は、事業として成り立つ活用を選んだ結果として決まるものと考えるのが健全です。

    評価の見直しで、「誰が事業を営むか」がより重要になる

    事業型の土地活用では、これまで、オーナーが土地と建物を持ち、オーナー一族の会社(同族会社)に貸して事業を営む形がよく検討されてきました。土地は特定同族会社事業用宅地等として小規模宅地等の特例の対象となり得るうえ、所有と運営を分けやすいためです。

    しかし、貸付用不動産の評価見直しの通達案では、対象を「借家権の目的となっている家屋」とその敷地としています。オーナーが建てた建物を同族会社に貸せば、その建物はオーナーにとって貸家にあたり、取得・新築から5年以内であれば、原則として通常の取引価額に相当する金額で評価されることになります。特例の要件そのものは通達案で変わっていませんが、同族会社を通じて事業を営む形では、これまで想定されてきた効果が得られなくなる可能性があります。最終通達や今後の実務の取扱いによっては、さらに慎重な判断が求められる場面も考えられます。

    そこで改めて重要になるのが、オーナー個人が自ら事業を営むという形です。オーナー自身が事業に使う建物は、借家権の目的となる家屋ではないため、通達案で評価見直しの対象として掲げられていません。また、その敷地は、要件を満たせば特定事業用宅地等として400㎡まで80%の減額の対象となり得ます。ただし、どの形をとる場合でも、評価の差だけを目的にした計画は避けるべきことに変わりはありません。

    一方で、個人で営む事業には、会社とは異なる弱点があります。オーナーが亡くなると、事業用の預金口座は相続の手続が終わるまで動かしにくくなり、屋号や取引先との契約、事業用の土地・建物を誰が引き継ぐかが決まるまで、事業が止まってしまうおそれがあります。特定事業用宅地等の特例を受けるには、相続税の申告期限までに親族が事業を引き継ぎ、続けていることなどが求められるため、相続が起きても事業を途切れさせない仕組みを、事業を始める段階から用意しておくことが欠かせません。

    AEGISでは、こうした個人で営む事業の承継に備えて、商号の登記、事業用資金の管理を後継者に託す民事信託(いわゆる家族信託)、事業用不動産の承継先を定める遺言などを組み合わせ、事業を次の世代へつなぐための事業承継の仕組みを整えています。どの形で事業を営み、土地と事業をどうつなぐかは、土地の条件やご家族の状況によって最適な答えが変わります。事業型の土地活用を検討される段階から、承継の設計まで含めてご相談いただけます。

    事業と組み合わせるときに確認したいこと

    事業型の活用を長く続けるために、計画の早い段階で次の点を確認します。

    法規制:その事業の建物を、その土地に建てられるか

    用途地域によって、建てられる建物の用途や規模が制限されます。都市計画法上の市街化調整区域は「市街化を抑制すべき区域」とされ、建物を伴う開発は原則として厳しく制限されますが、周辺の住民の日常生活に必要な施設など一定の条件のもとで開発が認められる場合があります(都市計画法34条)。具体的な可否は都道府県等の許可基準や条例によります。事業の種類によっては、施設の基準や事業の許認可も必要です。

    運営:誰が事業を担うか

    ③のように外部の事業者に貸すのか、④のようにオーナー自身(またはオーナーの会社)で運営するのか、あるいは事業の運営を担う会社と協力するのかによって、オーナーの役割と収益の受け取り方が変わります。自ら運営する場合は、人材の確保と運営の仕組みづくりが中心的な論点になります。オーナー個人で営むか同族会社で営むかによって、評価や承継の扱いも変わります。

    出口:計画を見直すときの道筋を用意しておく

    事業用の建物は特定の用途に合わせた造りになりやすいため、転用しやすい間取りや設備にしておく、契約期間や中途解約の条件を整えておくなど、計画を見直すときの道筋を最初から用意しておくと、安心して事業に踏み出せます。

    承継:土地と事業を、それぞれ誰が引き継ぐか

    土地を引き継ぐ家族と、事業を担う人が同じとは限りません。オーナー個人で事業を営む場合は、事業を引き継ぐ家族が、事業用の土地・建物と事業用の資金、屋号や取引先との契約をまとめて引き継げるよう、遺言や民事信託で道筋をつけておくことが大切です。土地を持つ人と事業を運営する会社を分ける設計も選択肢の一つですが、前の項目で見たとおり評価見直しの影響を受け得るため、個人で営む形と比べて検討します。所有と運営を分ける設計の考え方は、関連記事「土地所有者と事業運営会社を分ける設計」で解説しています。

    AEGISが考える、新しい不動産活用

    AEGISグループでは、不動産を単なる賃貸収入の源泉として捉えるのではなく、地域の需要に応える事業を生み出すための経営資源として考えています。

    その実行を担うのが、アイジスソーシャルインパクト株式会社(AEGIS SOCIAL IMPACT)です。土地の立地、エリア特性、地域の人口構成、周辺の競合状況などを分析し、その場所に適した事業モデルを検討します。さらに、AEGISグループの税務・不動産・資産承継に関する専門性を組み合わせることで、事業収益だけでなく、オーナーの資産形成や将来の承継までを見据えた設計を目指します。オーナー個人で事業を営む場合には、商号の登記、事業用資金の民事信託、事業用不動産の遺言を組み合わせた事業承継の仕組みまで、一体で設計することができます。

    不動産の相続税対策が転換期を迎える今だからこそ、土地を「貸す資産」から「事業を生み出す資産」へと捉え直すことが、一つの重要な選択肢になるとAEGISは考えています。賃貸・事業・売却を含めた選択肢全体の比べ方は、関連記事「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」で整理しています。

    ▶ アイジスソーシャルインパクトの事業型土地活用について詳しく見る

    まとめ

    • 令和8年度税制改正の大綱を受けた通達案では、取得・新築から5年以内の貸付用不動産を、原則として通常の取引価額に相当する金額で評価する方向が示されています(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定)。
    • 実施されれば、相続税評価額の圧縮を主な目的とした賃貸不動産の取得・建築は、従来ほどの効果を期待できなくなる可能性があります。ただし、すべての賃貸不動産が対象になるわけではなく、小規模宅地等の特例が一律に廃止されるわけでもありません。
    • これからの土地活用では、立地や地域特性に合った事業を組み合わせ、不動産そのものの収益力を高める視点が重要になります。
    • 事業に使う宅地等は、要件を満たせば小規模宅地等の特例で400㎡まで80%の減額の対象となり得ますが、事業の収益性と税務上の要件はそれぞれ検証が必要です。
    • 評価の見直しにより、同族会社に建物を貸して事業を営む形では想定していた効果が得られない可能性があり、オーナー個人が事業を営む形が改めて重要になります。その場合は、相続が起きても事業を途切れさせない承継の仕組みを、あらかじめ用意しておくことが欠かせません。
    • 具体的な方法は、土地の条件とオーナー・家族の状況によって異なります。

    よくある質問

    Q. これから賃貸アパートを建てても、相続税対策にはならないのですか?

    通達案が予定どおり実施されると、取得・新築から5年以内の貸付用不動産は、原則として通常の取引価額に相当する金額で評価されるため、評価額を下げる効果は従来より小さくなる可能性があります。ただし、5年を超えて保有した後の評価や、経過措置の対象になるケースなどもあり、影響は個別に異なります。相続税評価だけで判断せず、賃貸事業としての収支や、事業型の活用との比較もあわせて検討することが大切です。

    Q. アパート経営以外で、土地を収益化する方法はありますか?

    あります。店舗・医療・福祉・教育などの事業者に建物を貸す方法、事業用定期借地権等で事業者に土地を貸す方法、地域の需要に応える事業をオーナー自ら営む方法などがあります。どの方法が合うかは、土地の条件と地域の需要、オーナーが担える役割によって異なります。

    Q. 土地を事業に使うと、相続税で有利になりますか?

    小規模宅地等の特例では、事業(不動産貸付業等を除く)に使われていた宅地等は400㎡まで80%、不動産貸付業等に使われていた宅地等は200㎡まで50%の減額が、一定の要件のもとで認められます。ただし、建物を事業者に貸すだけでは事業用の区分にはならないこと、同族会社の場合の株式保有割合や事業の実態、申告期限までの継続・保有の要件、相続開始前3年以内に新たに事業に使い始めた宅地等の扱いなどがあり、適用の可否は個別に確認が必要です。

    Q. 自分で事業を運営する自信がない場合はどうすればよいですか?

    事業者に建物や土地を貸す方法のほか、事業の運営を担う会社と協力する方法もあります。土地を持つ側と事業を運営する側の役割を分けて設計すれば、オーナーが担える範囲から事業型の活用を始めることもできます。

    Q. 同族会社ではなく、オーナー個人で事業を営むと何が違いますか?

    オーナー自身が事業に使う建物は、借家権の目的となる家屋ではないため、通達案で評価見直しの対象として掲げられていません。敷地も、要件を満たせば特定事業用宅地等の対象となり得ます。一方、個人の事業は、オーナーが亡くなると口座が動かしにくくなるなど、事業が止まりやすい面があります。商号の登記、事業用資金の民事信託、事業用不動産の遺言などで、事業を途切れさせない仕組みをあわせて用意しておくことが大切です。

    Q. 市街化調整区域の土地でも、事業に使えますか?

    市街化調整区域では建物を伴う開発が厳しく制限されますが、周辺住民の日常生活に必要な施設など、一定の条件のもとで認められる場合があります。可否は自治体の基準によるため、早い段階で確認することをおすすめします。

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    • 事業型不動産活用:保有不動産に合う事業を判定し、事業モデルの選定から開業・運営までを支援します。
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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

  • 不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える|評価と時価の差、分けやすさ、納税資金、承継後の運営から選ぶ

    不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える|評価と時価の差、分けやすさ、納税資金、承継後の運営から選ぶ

    相続を見据えて不動産をどうするかは、「残す」「売る」「組み替える」のどれが正解かではなく、物件ごとに役割を決める作業です。判断の軸は、相続税評価額と市場価格の差、家族で分けやすいか、納税資金をどう用意するか、引き継いだ人が運営し続けられるか、の4つに整理できます。

    そのうえで、時期の問題があります。国税庁は2026年9月に、課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する通達案を公表しました(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定、意見募集中で最終通達は未発遣)。相続の直前に賃貸物件を買い足す「組み替え」は、これまでと同じ前提では考えにくくなっています。

    この記事では、相続前の現状把握を終えた方が、次に「どう動くか」を選ぶための考え方を整理します。

    「残す・売る・組み替える」は物件ごとに選ぶ

    相続財産に占める不動産の比重は大きく、国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」(令和7年12月)では、相続財産の金額のうち土地が7兆4,074億円、家屋が1兆1,901億円で、合計24兆5,415億円に対し土地だけで約3割(30.2%)を占めています。不動産の扱いが相続全体の結果を左右しやすいのはこのためです。

    不動産の選択肢は、大きく次の3つです。

    • 残す:現状のまま保有し、誰が引き継ぐかを決めておく
    • 売る:相続前に売却して現金化する、または相続後に売却して納税や分割に充てる
    • 組み替える:売却と購入を組み合わせる(買い替え)、保有の主体を個人から法人に移す(法人化)、分けやすい資産に置き換える

    ここで大切なのは、すべての不動産に同じ答えを出す必要はないということです。収益力の高い物件は残し、収益が低く分けにくい物件は売る、という判断は自然です。まずは物件ごとに「この不動産は家族にとってどんな役割を持つのか」を言葉にしておくと、選択の理由が説明しやすくなります。

    現状の確認事項(評価・収益性・共有・納税資金)については、関連記事「不動産を相続する前に確認したいこと」で整理しています。

    判断の4つの軸

    AEGISでは、物件ごとの判断を次の4つの軸で整理することをおすすめしています。

    判断の軸確かめること「残す」に向く状態「売る・組み替える」を検討したい状態
    1. 評価と時価の差相続税評価額と、実際に売れる価格の関係時価が評価額を十分に上回る評価額が時価に近い、または時価を上回る
    2. 分けやすさ相続人の数、物件の数、分割できる形か相続人ごとに引き継ぐ物件を割り当てられる1棟を複数人で共有するしかない
    3. 納税資金相続税の見込み額と、手元の金融資産金融資産や保険で納税できる見込みがある納税のために売却が避けられない
    4. 承継後の運営管理の手間、修繕、借入れ、後継者の意向引き継ぐ人が運営を続けられる管理できる人がいない、大規模修繕が迫る

    それぞれの軸を順に見ていきます。

    1. 評価と時価の差

    相続税の土地評価の基準となる路線価は、国税庁によれば地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(「令和8年分の路線価等について」)。一般的な土地では、相続税評価額は市場価格より低くなりやすいといえます。賃貸している土地や建物は、借家人の権利を考慮してさらに評価が下がります。

    一方で、形状が悪い土地、道路づけに問題がある土地、需要の弱い地域の土地などでは、評価額が実際に売れる価格を上回ることもあります。このような不動産を「相続税評価額が低いから」と残しても、家族にとっては評価額以上の価値を持たないことになります。

    • 時価が評価額を大きく上回る物件:残すことで相続税の計算上は有利に働きやすい
    • 評価額と時価が近い、または逆転している物件:相続前の売却や組み替えを比較する価値がある

    評価額が時価を上回る土地の扱いは、関連記事「時価が評価額を下回る土地は鑑定で申告できるか」で詳しく解説しています。

    2. 分けやすさ

    相続人が複数いるのに、大きな不動産が1つしかない場合、選択肢は「共有で相続する」「1人が相続して他の相続人に代償金を払う」「売却して代金を分ける」のいずれかになりがちです。

    共有は、その場では公平に見えても、将来の売却・建替え・大規模修繕のたびに共有者全員の調整が必要になります。共有者に次の相続が起きれば、関係者はさらに増えます。相続前の段階で、

    • 物件を分けられる形にしておく(区分できる建物、分筆できる土地など)
    • 相続人の数に合わせて、物件の数や種類を調整する
    • 代償金を払う人の資金の当てを確認しておく

    といった準備をしておくと、相続後の選択肢が広がります。

    3. 納税資金

    相続税の申告と納付の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(国税庁 タックスアンサーNo.4205)。不動産が中心の財産構成では、この期限までに現金を用意できるかが重要な論点になります。

    相続後に不動産を売って納税する場合、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却すれば、支払った相続税の一部を譲渡所得の取得費に加算できる特例があります(租税特別措置法第39条、国税庁 タックスアンサーNo.3267)。売却益にかかる所得税・住民税を抑える効果があるため、「相続後に売る」という選択肢を検討するときの前提になります。ただし、売却が10か月の納付期限に間に合わない場合は、延納などの手当てが別に必要です。

    取得費加算の要件と計算は、関連記事「相続した不動産を売ったときの取得費加算」で、納税資金の準備方法の比較は「相続税の納税資金をどう準備するか」で解説しています。

    4. 承継後の運営のしやすさ

    賃貸不動産は、引き継いだ後も入居者対応、修繕、借入れの返済、確定申告が続きます。相続税の計算だけで「残す」を選ぶと、運営の負担を引き継ぐ人に集中させることになりかねません。

    • 引き継ぐ予定の人は、賃貸経営を続ける意思と時間があるか
    • 築年数から見て、近い将来に大規模修繕や建替えが必要か
    • 借入れの残高と返済期間は、賃料収入とのバランスがとれているか
    • 管理会社との契約内容を、引き継ぐ人が理解しているか

    運営を続けられる人がいない物件は、相続の前後どちらで売るかを含めて検討しておく必要があります。

    「売る」を選ぶとき:相続前か、相続後か

    売ると決めた場合でも、「相続前に本人が売る」か「相続後に相続人が売る」かで、税金と手続きが変わります。

    相続前に売る場合は、売却益に所得税・住民税がかかり、手元に残った現金が相続財産になります。現金は不動産より相続税評価額が高くなる(時価がそのまま評価額になる)ため、相続税の計算上は不利に働くことがあります。一方で、売り急ぐ必要がなく、本人の意思で売却条件を決められる、分けやすい財産に変わる、といった利点があります。

    相続後に売る場合は、相続税は不動産の評価額で計算されたうえで、売却時に取得費加算の特例を使える可能性があります。ただし、相続人どうしで売却の時期や価格に合意できないと、売却そのものが進まないおそれがあります。また、相続税の納付期限までに売却できるとは限りません。

    どちらが有利かは、相続税率、売却益の大きさ、相続人の関係、売却の難易度によって変わります。概算で両方の手取りを比べてから判断することが大切です。

    「組み替える」を選ぶとき:3つの型と注意点

    組み替えには、主に次の3つの型があります。

    組み替えの型ねらい主な注意点
    買い替え収益性の低い物件を、収益性や流通性の高い物件に替える売却時の譲渡所得課税、取得費用、借入れの増加、令和9年以後の評価見直し(通達案)
    法人化保有の主体を資産管理会社に移し、所得の分散や承継のしやすさを図る個人から法人への譲渡時の課税、登録免許税・不動産取得税、会社の株式の評価と承継
    現金化・分けやすい資産への置き換え分割と納税をしやすくする相続税評価額が上がる場合がある、運用先の選択

    買い替えと、令和9年以後の評価見直し

    これまで、相続前に賃貸用の不動産を購入すると、購入価格と相続税評価額の差によって相続税が軽くなる効果が注目されてきました。しかし、国税庁が2026年9月18日に意見募集を始めた「貸付用不動産の評価について(案)」では、次の考え方が示されています。

    • 課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産は、課税時期の「通常の取引価額」に相当する金額で評価する
    • ただし、取得価額がその時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は取得価額に地価変動率を乗じた金額、建物は取得価額から償却費相当額を控除した金額の、それぞれ80%で評価できる
    • 不動産小口化商品についても、別に評価方法を定める
    • 令和9年1月1日以後の相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用する

    案の段階であり、意見募集は2026年10月18日まで、最終的な通達はまだ定められていません。それでも、「相続直前に買えば評価が大きく下がる」という前提は、今後は成り立ちにくいと考えておくのが現実的です。買い替えを検討する場合は、評価の効果よりも、収益性、修繕負担、売却のしやすさといった物件そのものの力で判断する姿勢が一層重要になります。

    制度の内容は関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で、購入による対策の損得は「相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか」で解説しています。

    法人化

    資産管理会社に不動産を移すと、賃料収入が会社に入るため、役員報酬などを通じて家族に所得を分けることができます。また、相続の対象が不動産そのものではなく会社の株式になるため、分け方の設計の幅が広がることもあります。

    一方で、個人から会社に不動産を売る時点で、売却益への課税や移転のコストが発生します。会社の株式の評価や、会社をどう運営していくかという新たな論点も生まれます。法人化は相続のためだけに行うものではなく、長く保有する前提の物件で、所得と運営の両面から意味があるかを確かめて判断したい選択肢です。

    実務上注意したいポイント

    • 物件ごとの一覧を作る:評価額の目安、市場価格の目安、賃料収入、借入残高、築年数、引き継ぐ予定の人を1枚にまとめると、4つの軸で比べやすくなります。
    • 評価額だけで判断しない:相続税が下がっても、収益が低い、分けにくい、売れない物件では、家族の負担が残ります。
    • 相続直前の駆け込みを避ける:評価の見直し(通達案)に加え、評価通達の定めによらない評価が行われる場合もあります(最高裁令和4年4月19日判決)。行動の目的と経緯を説明できるようにしておくことが大切です。
    • 家族と方針を共有する:売る・残すの判断は、相続人の生活や意向と結びつきます。本人の判断の理由を、遺言やメモで残しておくと、相続後の対立を避けやすくなります。
    • 具体的な税額は個別に試算する:売却益、相続税率、特例の適用の可否で結論が変わります。

    AEGISの視点

    不動産の相続対策というと、「評価額をいくら下げられるか」に関心が集まりがちです。しかしAEGISは、相続前の不動産の見直しを「家族が引き継いだ後も、無理なく持ち続けられるポートフォリオに整える作業」と考えています。

    評価額を下げることは、手段の一つにすぎません。評価が下がっても、収益が低く、分けにくく、運営できる人のいない不動産を残せば、相続税は軽くなっても家族の負担は重くなります。逆に、評価額がやや高くても、収益力があり、引き継ぐ人が決まっている不動産は、家族にとって大切な財産であり続けます。

    令和9年以後の貸付用不動産の評価見直し(通達案)は、評価の差だけに頼る対策の見直しを促すものです。AEGISは、この変化を「不動産そのものの力で判断する」という本来の姿に立ち返る機会と捉えています。税(Tax)、所有の形(Ownership)、承継(Succession)を一枚の表で並べ、物件ごとに役割を決めること。それが、残す・売る・組み替えるを選ぶための出発点です。

    相続対策と事業承継を一体で考える全体像は、関連記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で解説しています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    不動産の評価や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    相続が起きたあとの相続税の申告や手続きについては、アイジス税理士法人・アイジスファミリーオフィスでもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税申告・相続手続きのご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続前の不動産は、「残す・売る・組み替える」を物件ごとに選びます。
    • 判断の軸は、評価と時価の差、分けやすさ、納税資金、承継後の運営のしやすさの4つです。
    • 売る場合は、相続前と相続後で税金と手続きが変わります。相続後の売却では取得費加算の特例が使える可能性があります。
    • 組み替えには、買い替え・法人化・現金化の型があり、それぞれ固有の注意点があります。
    • 課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産の評価見直し(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定・通達案)により、相続直前の購入による対策の効果は小さくなる見込みです。
    • 具体的な判断は、個別の試算と家族の意向の確認を踏まえて行うことが大切です。

    よくある質問

    Q. 相続税評価額が低い不動産は、残した方がよいのですか?

    一般的には、時価が評価額を大きく上回る不動産を残すと、相続税の計算上は有利に働きやすいといえます。ただし、収益が低い、分けにくい、管理できる人がいないといった事情があれば、家族の負担が残ります。評価だけでなく、分けやすさ・納税資金・運営のしやすさをあわせて判断することが大切です。

    Q. 不動産は相続前に売るのと、相続後に売るのとでは、どちらが有利ですか?

    一概には決まりません。相続前に売ると財産が現金になり、相続税の計算上は評価額が高くなることがあります。相続後に売ると、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの売却であれば取得費加算の特例を使える可能性がありますが、相続人の合意や納付期限との関係に注意が必要です。両方の手取りを試算して比べることをおすすめします。

    Q. 令和9年からの評価見直しは、すでに持っている賃貸物件にも関係しますか?

    国税庁の通達案では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産が対象とされています。長く保有している物件は、原則として対象外と考えられます。ただし、案の段階であり、増改築や建築中の扱いなどの細部を含め、最終的な通達の内容を確認する必要があります。

    Q. 共有で相続するのは避けるべきですか?

    共有がすべて悪いわけではありませんが、売却・建替え・大規模修繕のたびに共有者全員の調整が必要になり、次の相続で関係者が増えるおそれがあります。相続前に、物件を分けられる形にしておく、相続人ごとに引き継ぐ物件を割り当てる、といった準備を検討しておくと安心です。

    Q. 法人化すれば相続税は必ず軽くなりますか?

    必ず軽くなるとはいえません。個人から会社に不動産を移す時点で譲渡の課税や移転のコストが生じ、相続の対象は会社の株式に変わります。法人化は、所得の分散や運営のしやすさを含めて、長期の保有を前提に意味があるかを確かめて判断する選択肢です。

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    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 不動産の最適保有設計(POD):不動産の取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の紹介・仲介から取得後の管理までをつなげて考えます。
    • 不動産戦略と資産形成:物件選びの前に、投資規模・保有形態・融資・税務・出口を設計します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『相続税贈与税土地評価実務の教科書』岡部弘幸 著、比佐善宣 監修、現代書林(2020年)第6章「相続不動産の実務」
    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局(2018年)第6章「納税資金問題と事業承継・相続対策」
  • 介護事業所の承継と休廃業|事業譲渡・株式譲渡・廃業を、指定・職員・利用者・施設の不動産から比べる

    介護事業所の承継と休廃業|事業譲渡・株式譲渡・廃業を、指定・職員・利用者・施設の不動産から比べる

    介護事業を続けられなくなったときの選択肢は、大きく分けて「会社ごと引き継ぐ(株式譲渡)」「事業所単位で引き継ぐ(事業譲渡など)」「休止・廃止する」の3つです。

    介護事業の承継がほかの業種と違うのは、事業が介護保険の指定の上に成り立ち、人員基準を満たす職員と、日々サービスを利用している方の生活が結びついている点です。廃業は「店を閉める」ことでは終わらず、利用者が別の事業者へ移れるよう調整する責任も伴います。

    そのため結論から言えば、介護事業では「続けるか、やめるか」を決める前に、引き継げる可能性を早めに確かめておくことが、利用者・職員・経営者自身にとって最も選択肢の多い進め方です。この記事では、指定・職員・利用者・施設の不動産という4つの軸から、承継と休廃業を比べます。

    介護事業者の休廃業はなぜ増えているのか

    東京商工リサーチの「2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査」(2026年1月公表)によると、2025年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の休廃業・解散は653件で、4年連続で過去最多を更新しました。内訳は訪問介護が465件と突出し、通所・短期入所が95件、有料老人ホームが23件と続きます。同じ年の倒産も176件と過去最多でした。

    同調査は、背景として慢性的な人手不足、他産業に比べた処遇改善の遅れ、大手の参入による競合、物価高による運営コストの上昇を挙げ、赤字が膨らむ前に早めに休廃業を選ぶ事業者が増えていると分析しています。

    こうした数字は、介護事業の経営者にとって「自分だけの問題ではない」ことを示しています。同時に、利用者や職員を抱えたまま事業を閉じる事例が増えていることも意味します。引き継ぐ側から見れば、人材と利用者を一体で受け入れられる事業所には一定の需要があるとも言えます。

    介護事業の承継で押さえたい4つの特徴

    1. 指定は「事業者」と「事業所」に結びついている

    介護保険の居宅サービスの指定は、事業を行う者の申請により、サービスの種類と事業所ごとに行われます(介護保険法70条1項)。指定は6年ごとに更新を受ける必要があります(同法70条の2第1項)。

    つまり、指定は「建物」や「看板」ではなく、誰が(どの事業者が)、どこで(どの事業所で)、何のサービスを行うかに対して与えられています。承継の方法によって、指定をそのまま使えるのか、引き継ぐ側で改めて手続が必要になるのかが変わります。

    2. 職員は「人員基準」を満たすための経営資源

    介護事業では、管理者や各サービスの専門職など、人員基準を満たす職員がいなければ事業を続けられません。引継ぎの対象として最も価値があるのは、設備よりも働き続けてくれる職員であることが少なくありません。

    3. 利用者の生活がかかっている

    利用者にとって事業所は生活の一部です。事業者が変わる場合や事業を閉じる場合は、本人・家族・ケアマネジャーへの説明と調整に時間がかかります。

    4. 施設の土地・建物がオーナー個人の財産であることが多い

    小規模な事業者では、事業所の建物や敷地を経営者個人やその家族が所有し、会社に貸しているケースがよくあります。事業の行き先と、不動産の行き先を別々に考える必要があります。

    3つの選択肢を比べる

    次の表は、AEGISが整理した比較の視点です。

    比較の軸株式譲渡(会社ごと)事業譲渡(事業所単位)休止・廃止
    指定法人が変わらないため原則そのまま。役員・管理者などの変更は届出引き継ぐ側で指定を受ける手続が必要になるのが一般的。空白期間を作らない調整が要る休止・廃止の1か月前までに届出
    職員雇用契約はそのまま続く一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す雇用の終了。再就職への配慮が必要
    利用者契約関係は続く(説明は必要)新しい事業者との契約に切り替える他の事業所への移行を調整する
    施設の不動産会社所有なら会社とともに移る。個人所有なら賃貸を続けるか売却するか譲渡対象に含めるか、賃貸で使ってもらうかを決める用途転換・売却・賃貸の検討
    借入・保証会社の借入は残る。経営者保証の扱いを交渉引き継がない負債は売り手側に残る資産の処分で返済。不足すれば保証の問題
    売り手の手取り株主が株式の対価を受け取る会社(個人事業なら事業主)が対価を受け取る清算後の残余財産のみ

    株式譲渡:指定と雇用を維持しやすい

    会社の株式を譲る方法では、事業者である法人そのものは変わりません。そのため指定や雇用契約、利用者との契約は原則として続きます。ただし、指定事業者は事業所の名称や所在地などに変更があったときは、10日以内に届け出る必要があります(介護保険法75条1項)。役員や管理者が交代する場合の届出事項は、所轄の自治体に確認しておきましょう。

    一方で、会社の過去の運営や債務も丸ごと引き継がれるため、買い手は介護報酬の請求内容や人員配置の記録、労務管理などを詳しく調べます。記録が整っていない会社ほど、価格や条件が厳しくなりがちです。

    事業譲渡:事業所ごとに切り出せるが、手続が多い

    複数の事業所のうち一部だけを譲る、あるいは個人事業として運営している事業所を譲る場合は、事業譲渡が中心になります。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、個人事業主のM&Aでは事業譲渡を用いるのが通常であり、許認可の取得などの作業が必要になると説明しています。

    介護保険の指定は事業者に対して与えられるため、事業譲渡で事業者が変わる場合には、引き継ぐ側が改めて指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。指定日と譲渡日がずれるとサービス提供に空白が生じるため、早い段階で指定権者(都道府県・市町村)に相談し、スケジュールを合わせることが欠かせません。合併や会社分割による場合の扱いも含め、手続の詳細は自治体やサービスの種類によって異なるため、個別に確認が必要です。

    職員については、事業譲渡では雇用契約が自動的には移らず、一人ひとりの同意を得て引き継ぐ側と契約を結び直します。条件が大きく変わると転籍を望まない職員が出て、人員基準を満たせなくなるおそれもあります。

    休止・廃止:届出と利用者の移行が必須

    事業を廃止または休止する場合は、その日の1か月前までに届け出る必要があります(介護保険法75条2項)。さらに、届出をした事業者は、引き続きサービスを希望する利用者が必要なサービスを継続して受けられるよう、居宅介護支援事業者などとの連絡調整その他の便宜を提供しなければなりません(同法74条5項)。

    廃業を選ぶ場合も、「誰かに利用者と職員を引き継いでもらえないか」を同時に探ることで、地域のサービスを途切れさせずに済む可能性があります。

    施設の土地・建物をどうするか

    介護事業の承継では、施設の不動産が判断を左右することがあります。

    • 会社が所有している場合:株式譲渡なら会社とともに移ります。事業譲渡なら、不動産を譲渡対象に含めるか、売り手側に残して賃貸するかを決めます。
    • オーナー個人が所有し、会社に貸している場合:承継後も賃貸を続けるのか、買い手に売却するのかで、オーナーの手取りと将来の相続が変わります。賃料水準や契約期間は、買い手にとっても事業の採算を左右する条件です。
    • 補助金を受けて整備した施設の場合:用途の変更や処分に制限がかかることがあります。補助の条件を事前に確認しておきましょう。

    施設を福祉事業者に貸す場面の考え方は、関連記事「介護・保育施設に土地を貸すときの考え方」で整理しています。

    判断の順番:いつ、何を始めるか

    時期の目安やること
    2〜3年前事業所ごとの収支、職員の年齢構成と資格、利用者数の推移を一覧にする。施設の所有関係と借入・保証を確認する
    1〜2年前親族・職員への承継の可能性を確かめる。難しければ第三者への引継ぎを支援機関に相談する
    半年〜1年前引き継ぐ側と条件を詰める。指定の手続とスケジュールを自治体に相談する
    1か月前まで休止・廃止の場合は届出。利用者・家族・ケアマネジャーへの説明と移行の調整

    後継者が見つからない場合に、清算・第三者への引継ぎ・一部譲渡を手取りや人・資産の行き先で比べる考え方は、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」でも解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 秘密保持と職員への説明の順番:譲渡の検討が早い段階で広まると、職員の離職を招くことがあります。説明の時期と内容は、引き継ぐ側と相談して決めます。
    • 記録の整備:人員配置、加算の算定根拠、請求の記録が整っていることは、価格以前に「引き継げるかどうか」を左右します。
    • 価格は人と利用者で決まる:介護事業の価値は、設備よりも人員と利用者の安定性に左右されます。価格の考え方は関連記事「中小企業の譲渡価格はどう決まるか」で整理しています。

    • 相談先の活用:事業承継・引継ぎ支援センターや、よろず支援拠点などの公的窓口も利用できます。厚生労働省も、小規模な介護事業者の協働化・大規模化に関する資料や相談窓口を公表しています。

    AEGISの視点

    介護事業の承継では、「事業」「人」「利用者」「不動産」「会社の株式」がそれぞれ別の手続と別の相手を持っています。経営者が疲弊していると、これらをまとめて「もう閉じるしかない」と判断しがちです。

    AEGISは、まずこれらを分けて並べることが出発点だと考えています。事業所は他の事業者に引き継いでもらい、施設の土地・建物はオーナー家が持ち続けて賃料を受け取る。あるいは会社ごと譲り、不動産も合わせて売却して老後と相続の資金を確保する。分けて考えることで、利用者と職員を守りながら、オーナー家の資産と承継も設計できる選択肢が見えてきます。

    承継の検討は、経営の判断であると同時に、施設という不動産と、その先の相続の判断でもあります。事業承継をどこから始めるかの全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。

    事業用不動産の所有や承継にかかわる税務の考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 介護事業を続けられないときの選択肢は、株式譲渡・事業譲渡などによる承継と、休止・廃止の3つに整理できます。
    • 介護保険の指定はサービスの種類と事業所ごとに与えられ、承継の方法によって指定の扱いが変わります。
    • 事業譲渡では、職員の同意と引き継ぐ側での指定手続が必要になるのが一般的です。
    • 休止・廃止は1か月前までの届出と、利用者が継続してサービスを受けられるための調整が求められます。
    • 施設の土地・建物は、事業の行き先とは別に、売る・貸す・残すを判断します。
    • 具体的な手続や可否は、サービスの種類や自治体、個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 介護事業所を譲り受ける側は、新たに指定を受ける必要がありますか?

    会社ごと引き継ぐ株式譲渡では、事業者である法人が変わらないため、指定は原則として続きます。事業譲渡などで事業者が変わる場合は、引き継ぐ側が指定を受ける手続が必要になるのが一般的です。サービスの種類や自治体によって扱いが異なるため、計画の早い段階で指定権者に相談してください。

    Q. 廃業するとき、利用者にはいつまでに伝えればよいですか?

    事業の休止・廃止は、その日の1か月前までに届け出る必要があります。利用者が別の事業所へ移るには、ケアマネジャーとの調整を含めて時間がかかるため、届出よりも前に説明と移行の準備を始めるのが現実的です。

    Q. 赤字の事業所でも引き継いでもらえますか?

    可能性はあります。引き継ぐ側は、職員や利用者、地域での実績を評価することがあり、赤字であっても自社の運営に組み込めば採算が合うと考える場合もあります。ただし価格や条件は厳しくなりやすいため、判断が遅れるほど選択肢は狭まります。

    Q. 施設の建物は私個人の所有です。事業を譲っても建物は手元に残せますか?

    残せます。事業だけを譲り、建物は引き継いだ事業者に賃貸する形も選択肢です。その場合、賃料・契約期間・修繕の負担を明確にしておくことが、オーナー家の収入と将来の相続の両面で重要です。

    Q. 職員を全員引き継いでもらうことはできますか?

    株式譲渡であれば雇用契約はそのまま続きます。事業譲渡では、職員一人ひとりの同意を得て、引き継ぐ側と雇用契約を結び直す必要があります。労働条件の変化を丁寧に説明し、引き継ぐ側と雇用の継続について合意しておくことが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比べながら承継計画を検討します。
    • M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金・契約・金融機関対応などを確認します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.59-73、P.192-199

    その他参考資料

    • 東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』の休廃業・解散653件 苦境の『訪問介護』が押し上げ、過去最多を更新 ~2025年『介護事業』休廃業・解散動向調査~」(TSRデータインサイト、2026年1月23日)
      https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202326_1527.html
      確認日:2026-10-10
  • 株式の配当を社会貢献に回す公益信託|株式配当活用型の契約の組み立て、受託者と信託管理人、みなし譲渡非課税と議決権

    株式の配当を社会貢献に回す公益信託|株式配当活用型の契約の組み立て、受託者と信託管理人、みなし譲渡非課税と議決権

    保有している株式の配当を、毎年、奨学金や地域の活動への助成に充てる仕組みはつくれるのか。財団法人を設立しなくても、2026年(令和8年)4月1日に施行された新しい公益信託制度を使えば、その選択肢があります。

    内閣府は、令和8年5月に「公益信託における信託契約イメージ(株式配当活用型公益信託)」を公表しました。上場株式と金銭を信託し、株式の配当金などで奨学金を給付する公益信託を想定した契約の例です。

    結論として押さえておきたいのは次の4点です。

    • 株式を信託財産にでき、配当を公益事務(奨学金の給付など)に充てる設計が可能です。
    • 個人が値上がりした株式を拠出すると、原則としてみなし譲渡所得が課税されますが、国税庁長官の承認(承認特例など)を受ければ非課税にできます。
    • 公益信託の信託財産として、他の会社の議決権の過半数を有する株式は保有できないのが原則で、自社株を使う場合は経営権との関係を先に整理する必要があります。
    • 信託した財産は委託者に戻らず、終了時の残余財産も公益目的の先に帰属します。

    この記事では、内閣府の契約イメージに沿って、株式配当活用型の公益信託をどう組み立てるかを整理します。

    株式配当活用型公益信託とは

    公益信託は、委託者が契約や遺言で受託者に財産を託し、受託者がその財産を使って公益事務を行う仕組みです。特定の受益者がいないため、受託者を監督する信託管理人を置くことが必須とされ、行政庁の認可を受けて効力が生じます。

    株式配当活用型は、その中でも次のような形を想定したものです(内閣府の契約イメージの想定ケース)。

    • 委託者が、上場株式と金銭を受託者に信託する
    • 株式は売却せずに保有し、配当金は預金などで運用する
    • 配当金と金銭を、奨学金の給付などの公益事務に充てる
    • 奨学生の選考のため、合議制の機関として「選考委員会」を置く
    • 当初と同じ株式の追加信託や、第三者からの金銭の寄附も受け入れられる

    元本である株式を取り崩さず、その果実である配当を毎年の活動資金にするという点で、「基金」を持つ財団に近い発想を、法人をつくらずに実現する方法といえます。公益信託と財団の違い全般については、親記事「公益信託の新制度と財団の違い」で解説しています。

    新しい制度で株式の信託が現実的になった

    旧制度の公益信託は、主務官庁の許可制のもとで、信託財産は事実上金銭に限られ、受託者も信託銀行などが中心でした。新しい公益信託法(令和6年法律第30号)では、次の点が変わりました。

    • 信託財産として、金銭のほか株式や不動産なども受け入れられるようになった
    • 受託者として、信託会社のほか公益法人、NPO法人などが想定されるようになった
    • 主務官庁の許可から、行政庁(内閣総理大臣または都道府県知事)の認可に一本化された
    • 令和6年度税制改正により、認可を受けた公益信託には、公益法人とおおむね同等の税制優遇が適用されるようになった

    なお、旧制度で設定された公益信託は、施行日から2年間の移行期間内(令和10年3月31日まで)に移行認可を申請することで、新制度の公益信託となることができます。

    契約の組み立て:何をどこに書くか

    内閣府の契約イメージは、条項ごとに「必要的記載事項(定めがないと認可されないもの)」「相対的記載事項(予定がある場合に定めが必要なもの)」「任意的記載事項」を区別しています。株式配当活用型で特に検討したい項目を、AEGISで整理すると次のとおりです。

    契約で決めること主な内容株式型で考えたいポイント
    目的と公益事務何のために、どの地域で、どのような事務を行うか配当水準で継続できる規模の事務にする
    信託財産の受入れ当初信託財産、追加信託、第三者からの寄附どの株式を何株、金銭をいくら入れるか
    株式・金銭の管理と運用振替口座での管理、金銭の運用方法、増資への対応原則として株式を売却しないのか、買換えを認めるのか
    議決権・株主権の行使誰が、どの手続で行使するか信託管理人の同意、内部規程、助言の受け方
    基金みなし譲渡非課税(承認特例)用の区分管理基金規程と基金明細書の作成体制
    合議制の機関選考委員会の構成・権限委託者や受託者の親族等の比率
    信託報酬受託者・信託管理人の報酬基準配当収入とのバランス
    終了事由と残余財産目的達成・不達成のほか、株式に関する事由連続無配や株価下落時の扱い

    契約イメージでは、終了事由として通常の目的達成・不達成に加え、「一定期間連続して無配当となった場合」や「株価が一定額を下回った場合」といった株式特有の事由を加える例が示されています。配当に依存する仕組みである以上、配当が出なくなったときにどうするかを最初に決めておくことが重要です。

    受託者と信託管理人の役割

    受託者

    受託者は信託財産の名義人となり、株式の管理、配当の受領、奨学金の給付などの公益信託事務を行います。行政庁は、受託者が公益信託事務を適正に処理するために必要な経理的基礎と技術的能力を持っているかを審査します。受託者には善管注意義務、忠実義務、分別管理義務などが課され、受託者が法人の場合は理事等も一定の場合に責任を負います。

    契約イメージでは、受託者として一般社団法人を想定しています。委託者自身が設立した法人を受託者にする設計も考えられますが、後述するみなし譲渡非課税の承認特例では、寄附者が受託者の理事等やその親族等でないことが要件の一つになっている点に注意が必要です。

    信託管理人

    信託管理人は、委託者・受託者から独立した立場で受託者を監督します。委託者や受託者の親族等は信託管理人になれません。事業計画や財務諸表の承認、受託者の選任・解任への関与、利益相反行為の承認などの権限を持ちます。

    株式配当活用型の契約イメージでは、議決権の行使、増資への払込み、基金への組入れなど、株式に関わる重要な判断の多くに信託管理人の同意を要する形になっています。誰に信託管理人を依頼するかは、仕組み全体の信頼性を左右します。

    現物拠出のみなし譲渡所得の非課税

    個人が株式などの現物を公益信託に拠出すると、原則として、取得時から拠出時までの値上がり益に所得税が課税されます(みなし譲渡所得)。ただし、一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けると、この所得税は非課税になります(租税特別措置法40条1項後段)。制度には「一般特例」と「承認特例」があり、株式配当活用型の契約イメージは承認特例の利用を前提にしています。

    承認特例の主な要件は次のとおりです(内閣府の契約イメージ・手引き)。

    • 寄附者が、受託者・信託管理人(法人の場合はその理事等を含む)やその親族等に該当しないこと
    • 寄附財産を、行政庁の証明を受けた「基金」で、他の経理と区分して管理すること
    • 寄附の受入れと基金での管理について、合議制の機関の決定または信託管理人の同意があること
    • 基金明細書を、毎信託事務年度終了後3か月以内に行政庁へ提出し、5年間保存すること

    手続面では、承認申請書を寄附の日から4か月以内または寄附した年分の確定申告期限のいずれか早い日までに、所轄税務署長を経由して国税庁長官に提出します(国税庁 No.3108)。承認特例では、株式などの場合、申請から3か月以内に承認・不承認の判断がなければ承認があったものとみなされる仕組みがあります。

    注意したいのは、承認後の管理です。承認特例を受けた株式を売却する場合は、売却による収入金額の全部で買換えを行う必要があり、合議制の機関の決定または信託管理人の同意も必要です。公益信託の認可が取り消された場合などには、非課税承認が取り消され、寄附者または受託者に課税されることがあります。また、承認特例には財務省令で定める要件もあるため、自社株のような非上場株式を拠出する場合は、要件の当てはめを個別に確認する必要があります。

    財団などへの寄附を含む措置法40条の制度全体は、関連記事「財団に土地や株式を寄附したときの譲渡所得の非課税」で整理しています。

    寄附金控除・信託財産の非課税

    認可を受けた公益信託では、個人が拠出した場合の寄附金控除(所得控除)、法人が拠出した場合の別枠の損金算入、信託財産に生じる所得の非課税(利子・配当などの源泉所得税を含む)といった税制優遇があります。配当を受け取るたびに源泉所得税が差し引かれないことは、配当を原資とする仕組みにとって実務上の意味があります。具体的な控除額は、寄附者の所得や寄附額によって異なります。

    議決権と自社株の扱い

    過半数の議決権を持つ株式は保有できない

    公益信託法8条12号は、信託財産に他の団体の意思決定に関与することができる株式などが属しないことを認可の基準としています。公益信託認可等ガイドラインでは、議決権の過半数を有する株式を信託財産として保有することはできないとされ、無議決権株式は規制の対象外と整理されています。株式を通じて営利企業の事業を実質的に支配することを防ぐための規律です。

    議決権は「公益信託の目的」に沿って行使する

    信託財産に属する株式の議決権は、株主である受託者が行使します。受託者は信託の本旨に従う義務があるため、議決権も公益信託の目的を踏まえて行使する必要があります。契約イメージの解説では、受託者が信託行為や内部規程に基づいて行使する方法、委託者や外部の助言をもとに受託者が判断する方法、議決権行使を委託する方法が挙げられ、信託行為で手続を定めることが適切とされています。

    自社株を公益信託に入れる場合、オーナー一族の経営権を維持するための手段として議決権を使う設計は、制度の趣旨と合いません。議決権の過半数に届かない範囲であっても、受託者がどのような方針で議決権を行使するかを、契約や内部規程で明確にしておくことが大切です。財団が保有する自社株の議決権の考え方は、関連記事「財団が保有する自社株の議決権をどう行使するか」も参考になります。

    配当の変動にどう備えるか

    配当は会社の業績や配当方針によって変動します。公益信託には、中期的(5年)な収支の均衡、公益事務の割合(費用ベースで70%以上)、使途の定まっていない財産の保有制限といった財務の規律もあります。配当が多い年に使い切れない、少ない年に給付が足りないということが起きないよう、次の点を設計段階で考えておきます。

    • 配当の過去の推移と、減配・無配の可能性
    • 毎年の給付額を固定するのか、配当に連動させるのか
    • 金銭をあわせて信託し、配当の変動を吸収する余地を持たせるか
    • 連続無配や株価下落を終了事由にする場合、その水準をどう決めるか

    株式の配当を原資とする活動資金の考え方は、関連記事「株式寄附と財団の運営資金をどう考えるか」でも整理しています。

    AEGISの視点

    株式の配当を社会貢献に回す仕組みは、オーナーにとって「資産を手放さずに貢献し続ける」方法に見えるかもしれません。しかし公益信託では、信託した株式は委託者の手を離れ、受託者が公益目的のために管理し、残余財産も委託者や相続人には戻りません。AEGISは、この「手放す」という性質を受け入れられるかどうかが、最初の判断になると考えています。

    そのうえで、株式配当活用型の公益信託は、財団法人を設立・運営するほどの規模や体制は必要ないが、長く続く支援をしたいという方にとって、有力な器になりえます。特に、上場株式や一部の自社株を使い、議決権の過半数とは切り離して社会貢献の原資にする場合、事業承継と社会貢献を一つの設計として考える余地が生まれます。

    検討の順番としては、①何を支援したいのか、②どの株式をどれだけ手放せるのか、③経営権や家族への配分との関係、④受託者と信託管理人を誰に依頼するか、⑤税務上の承認手続、の順に整理すると、判断がぶれにくくなります。財団関連の税務や承継の論点は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 新しい公益信託制度(2026年4月施行)では、株式を信託し、その配当を奨学金などの公益事務に充てる「株式配当活用型」の設計が可能です。
    • 内閣府の契約イメージでは、株式の管理、議決権行使、基金、選考委員会、株式特有の終了事由などの定め方が示されています。
    • 個人が株式を拠出する場合、承認特例などで国税庁長官の承認を受ければ、みなし譲渡所得を非課税にできます。承認後の売却には買換えなどの要件があります。
    • 議決権の過半数を有する株式は信託財産にできず、議決権は公益信託の目的に沿って行使する必要があります。
    • 信託した財産は委託者に戻らないため、手放せる株式の範囲と経営権・家族への配分を先に整理することが大切です。

    よくある質問

    Q. 非上場の自社株を公益信託に入れることはできますか?

    新制度では株式を信託財産にできます。ただし、議決権の過半数を有する株式は保有できず、議決権は公益信託の目的に沿って行使する必要があります。また、みなし譲渡所得の非課税を受けるには要件を満たして承認を受ける必要があり、非上場株式の場合は配当の安定性や評価も含めて個別に検討が必要です。

    Q. 委託者が受託者や信託管理人になることはできますか?

    信託管理人は委託者・受託者から独立している必要があり、委託者やその親族等はなれません。受託者については、承認特例を使う場合、寄附者が受託者(法人の場合はその理事等を含む)やその親族等でないことが要件の一つです。

    Q. 配当が出なくなったら、公益信託はどうなりますか?

    契約で定めた終了事由によります。内閣府の契約イメージでは、一定期間連続して無配となった場合などを終了事由に加える例が示されています。終了すると清算手続に入り、残余財産は契約で定めた公益目的の帰属先に移ります。

    Q. 株式を売却して別の銘柄に買い換えることはできますか?

    契約で株式の売却や取得について定めることは可能です。ただし、承認特例を受けた株式を売却する場合は、売却収入の全額で買換えを行い、合議制の機関の決定または信託管理人の同意を得る必要があります。

    Q. 遺言で株式配当活用型の公益信託を設定できますか?

    公益信託は契約のほか遺言によって設定することもできます。遺言による場合は、受託者の引受けや認可の手続を相続開始後に進めることになるため、受託者候補との事前の調整が重要になります。

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    • 社会貢献を軸にした事業承継:財団の活用や非上場株式の寄附の適合性を検討し、経営権・配当・運営・税務・実行後の管理を整理します。
    • 社会貢献型事業承継:自社株・経営権・ご家族への配分を整理し、社会貢献を取り入れる場合の承継方法を比較します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    • 内閣府「公益信託における信託契約イメージ(株式配当活用型公益信託)」(令和8年5月公表)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府公益法人行政担当室「新しい公益信託制度について」(令和8年5月版)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府公益認定等委員会・公益法人行政担当室「公益信託認可等に関する運用について(公益信託認可等ガイドライン)」(令和7年12月)
      確認日:2026-10-10
    • 内閣府/都道府県「公益信託に対する個人からの現物資産拠出のみなし譲渡所得税非課税承認~証明申請等の手引き~」(令和8年6月15日現在)
      https://www.koeki-info.go.jp/
      確認日:2026-10-10
    • e-Gov法令検索「公益信託に関する法律」(8条)
      https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000030/20260401_000000000000000
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁 タックスアンサー No.3108「国や地方公共団体又は公益を目的とする事業を行う法人等に財産を寄附したとき」(令和8年4月1日現在法令等)
      https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3108.htm
      確認日:2026-10-10
    • 国税庁「公益信託に財産を拠出した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」
      https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0025012-037.pdf
      確認日:2026-10-10(内閣府の手引きに記載のURL)

    書籍

    • 『社団・財団・信託を活用した資産・事業承継対策』品川芳宣 編著、大蔵財務協会、P.302-307(旧制度の公益信託と見直しの経緯)
  • 極めて高い所得に対する課税の強化で何が変わるか|令和9年分からの基準所得金額・特別控除額・税率と、株式・不動産の大型売却の考え方

    極めて高い所得に対する課税の強化で何が変わるか|令和9年分からの基準所得金額・特別控除額・税率と、株式・不動産の大型売却の考え方

    所得が非常に高い人の税負担率が、かえって下がってしまう――いわゆる「1億円の壁」への対応として、令和5年度税制改正で「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」(法令上の名称は「特定の基準所得金額の課税の特例」)が設けられ、令和7年分から適用されています。

    令和8年度税制改正では、この措置が強化されました。結論は次のとおりです。

    • 特別控除額が3億3,000万円から1億6,500万円に引き下げられる
    • 税率が22.5%から30%に引き上げられる
    • 改正後の内容は令和9年(2027年)分以後の所得税に適用され、令和8年分以前は従前どおり

    この措置で追加の負担が生じるのは、株式や土地建物の売却益など、税率が一律の分離課税の所得が大きい年です。会社の株式や大型の不動産を売却する予定があるオーナーは、売却の年や分け方によって税負担が変わり得るため、仕組みを理解したうえで計画を立てることが大切です。

    制度の仕組み

    なぜこの措置があるのか

    日本の所得税は、給与や事業所得などに累進税率(最高45%)を適用する一方、上場株式等の譲渡益や配当、土地建物の譲渡益などは、所得の額にかかわらず一律の税率(所得税15%など)で分離課税されます。所得が非常に高い人ほど、こうした分離課税の所得の割合が大きくなるため、所得税の負担率が下がる傾向があります。令和8年度改正の解説(『改正税法のすべて(令和8年版)』)でも、所得が1億円を超えるような層で負担率が下がる「一億円の壁」が指摘されてきたことが、この措置の背景として説明されています。

    計算の流れ

    この措置は、通常の方法で計算した所得税とは別に、「最低限これだけは負担してもらう」という水準を計算し、通常の所得税がそれを下回る場合に、差額を追加で納める仕組みです。

    1. 基準所得金額を計算する(分離課税の所得も含めたその年の所得の合計)
    2. 基準所得金額から特別控除額を差し引き、税率を掛ける
    3. 2の金額が、通常の方法で計算した基準所得税額を上回る場合、その差額を所得税に加算する

    算式にすると、「(基準所得金額-特別控除額)×税率-基準所得税額」がプラスになった部分が追加の負担です。

    基準所得金額に含まれるもの・含まれないもの

    国税庁の説明では、基準所得金額は合計所得金額と似ていますが、次の点が異なります。

    • 含まれる:総所得金額、退職所得金額、山林所得金額、上場株式等の配当所得(申告分離課税を選んだもの)、土地建物等の長期・短期譲渡所得、一般株式等・上場株式等の譲渡所得等、先物取引に係る雑所得等
    • 確定申告不要制度を使わなかったものとして計算:申告不要を選べる配当や源泉徴収口座の譲渡益も含めて計算します
    • 特別控除の後の金額で計算:土地建物の譲渡では、居住用財産の3,000万円特別控除などの適用後の金額を使います
    • 損失の繰越控除の後の金額で計算
    • 含まれない:NISAなどの非課税となる所得や、源泉分離課税の対象となる所得

    なお、令和8年度改正では、暗号資産の譲渡に係る申告分離課税の創設に伴い、一定の暗号資産の譲渡所得等も基準所得金額に加えられています(施行は関係法律の施行日の属する年の翌年1月1日)。

    改正前と改正後の比較

    項目改正前(令和7年分・令和8年分)改正後(令和9年分以後)
    特別控除額3億3,000万円1億6,500万円
    税率22.5%30%
    計算式(基準所得金額-3億3,000万円)×22.5%-基準所得税額(基準所得金額-1億6,500万円)×30%-基準所得税額
    対象となる人の目安-改正の解説では、過去の課税実績に当てはめると、平均的には約6億円以上の所得がある人が対象になると見込まれている
    増収見込額(平年度)現行制度部分 1,130億円改正による増収 2,870億円(合計4,000億円)

    ※租税特別措置法第41条の19、令和8年度税制改正の大綱、『改正税法のすべて(令和8年版)』の解説をもとにAEGISが作成。

    確保された税収は、いわゆる教育無償化やガソリン・軽油の当分の間税率の廃止に係る財源に充てられるとされています。

    どのくらいの所得から影響が出るか

    影響が出る所得の水準は、所得の内訳によって大きく変わります。給与や事業所得が中心で、累進税率による所得税をすでに多く納めている人は、基準所得税額が大きいため、追加の負担は生じにくくなります。影響が大きいのは、その年の所得の大半が株式や土地建物の譲渡益である場合です。

    AEGISの単純な試算として、その年の所得が上場株式等や非上場株式の譲渡益(所得税15%)だけで、復興特別所得税を含めた基準所得税額を15.315%と置いた場合の、この措置による追加の所得税の目安は次のとおりです。

    譲渡益(基準所得金額)通常の所得税(15.315%)改正前の追加額改正後の追加額
    3億円約4,595万円なしなし
    5億円約7,658万円なし約2,393万円
    10億円約1億5,315万円なし約9,735万円
    20億円約3億630万円約6,945万円約2億4,420万円

    ※AEGISによる概算です。追加額に対する復興特別所得税、令和8年度改正で創設された防衛特別所得税、住民税、他の所得や控除は考慮していません。実際の税額は個別の計算が必要です。

    この前提では、改正前は約10億円を超えるあたりから追加の負担が生じていたのに対し、改正後は約3億4,000万円前後から追加の負担が生じる計算になります。株式や不動産の売却で数億円の譲渡益が見込まれる場合は、この措置の影響を前提に試算することが必要になります。

    株式・不動産の大型売却で考えたいこと

    売却の年をどう考えるか

    この措置は暦年ごとに計算されます。そのため、同じ年に複数の大きな譲渡が重なると、基準所得金額が膨らみ、追加の負担が大きくなります。たとえば、会社の株式の売却と、オーナー個人が持つ不動産の売却が同じ年に重なる計画であれば、どちらかの時期をずらせないかを検討する余地があります。

    また、改正後の内容は令和9年分から適用されるため、令和8年中に売却が完了するか、令和9年以後になるかで計算方法が異なります。ただし、売却の時期は、買い手の事情、価格、事業の状況など税金以外の要素で決まることが多く、税負担だけを理由に取引を急いだり遅らせたりすることは、かえって不利になることもあります。

    分割して売却する場合の注意点

    株式や不動産を複数年に分けて売却すれば、各年の基準所得金額は小さくなります。一方で、次の点に注意が必要です。

    • 分割すると、買い手にとって支配権の取得が段階的になり、価格や条件に影響することがある
    • 残りの部分の価格が将来下がるリスクを負う
    • 実態として一つの取引であるのに、形式だけ分けたと見られる契約は、税務上の説明が難しくなる

    分けることに経済的な合理性があるかを、取引条件とあわせて検討することが前提です。

    退職金や所有形態との関係

    会社の売却では、株式の対価と役員退職金を組み合わせる方法が検討されることがあります。ただし、退職所得金額も基準所得金額に含まれるため、退職金に振り替えれば必ずこの措置の影響を避けられるわけではありません。退職金の適正額や会社側の損金算入の要件も含めて、総合的に判断します。株式の対価と退職金の配分の考え方は、関連記事「会社売却と役員退職金の組み合わせ」で整理しています。

    不動産を個人で持つか、資産管理会社などの法人で持つかによっても、売却時の課税関係は変わります。法人が売却すれば、この措置ではなく法人税の対象になりますが、その後に利益を個人に配る段階での課税や、法人に移す段階の課税も考える必要があり、単純な比較はできません。

    申告で気をつけること

    国税庁の案内では、この措置の適用がある場合は確定申告不要制度を利用できず、すべての所得を記載した申告書を作成する必要があるとされています。また、基準所得金額が大きくなることで、合計所得金額を要件とする各種控除の適用に影響が出る場合もあります。売却の年は、申告の準備と納税資金の確保を早めに進めておくことが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 改正後の内容は令和9年分以後:令和8年分までは特別控除額3億3,000万円・税率22.5%で計算します。
    • 住民税は対象外:この措置は所得税の特例です。
    • 特別控除後の金額で計算:居住用財産の特別控除など、譲渡所得の特別控除を適用した後の金額が基準になります。
    • NISAの所得は含まれない:非課税口座内の譲渡益や配当は基準所得金額に含まれません。
    • 納税資金の確保:追加の負担は確定申告で納めるため、源泉徴収や特定口座の税額だけでは足りないことがあります。
    • 具体的な税額は個別計算:他の所得や控除、税額控除の有無によって結果は大きく変わります。

    AEGISの視点

    この改正は、「一部の超高所得者だけの話」と受け止められがちです。しかしAEGISは、事業や資産を一度に現金化する年には、普段は高所得ではないオーナーも対象になり得る点に注目しています。長年育てた会社の株式や、先代から受け継いだ土地を売る年は、一生に一度の高所得の年になることがあるからです。

    だからこそ、売却の計画では「売却価格」だけでなく、税引後にいくら残るか、それをどう使い、誰に引き継ぐかまでを一つの流れとして考えることが大切です。売却の時期や分け方を検討するときも、税負担の差だけでなく、買い手との関係、価格の変動リスク、売却後の資産の持ち方、そして将来の相続まで含めて判断する――その積み重ねが、オーナーとご家族にとって納得のいく出口につながるとAEGISは考えています。

    高所得者の所得税の全体像は関連記事「高所得者の所得税・住民税の全体像」で、不動産売却の税引後手取りの考え方は「不動産を売却したとき、税引後にいくら残るか」で解説しています。改正情報を自分の計画に引き寄せる考え方は「税制改正は自分の承継計画に関係するか」をご覧ください。

    資産税務や承継に関わる論点についてのAEGISの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置は、分離課税の所得を含めた基準所得金額から一定額を差し引いて税率を掛けた額が、通常の所得税を上回る場合に差額を追加で課税する仕組みです。
    • 令和8年度改正により、令和9年分以後は特別控除額が1億6,500万円、税率が30%になります。
    • 所得の大半が株式や土地建物の譲渡益である場合、改正後は単純計算で約3億4,000万円前後から追加の負担が生じ得ます。
    • 大型売却の年や分け方、退職金や所有形態の選択は、税負担だけでなく取引条件や将来の承継まで含めて判断します。
    • 退職所得も基準所得金額に含まれ、申告不要制度は使えないなど、申告面の注意点もあります。

    よくある質問

    Q. 改正後の内容はいつから適用されますか?

    令和9年(2027年)分以後の所得税に適用されます。令和8年分以前の所得税は、改正前の特別控除額3億3,000万円・税率22.5%で計算します。

    Q. 給与所得が高い人も対象になりますか?

    基準所得金額には給与所得も含まれますが、給与所得には累進税率が適用されるため、通常の所得税(基準所得税額)がすでに大きくなっています。そのため、所得の大半が給与である場合は、追加の負担は生じにくいと考えられます。影響が大きいのは、株式や土地建物の譲渡益など、一律の税率で課税される所得が大きい年です。

    Q. 不動産を売って3,000万円の特別控除を使った場合はどうなりますか?

    国税庁の説明では、土地建物等の譲渡所得は、特別控除に関する規定を適用した後の金額で基準所得金額を計算します。居住用財産の3,000万円特別控除などを適用した後の譲渡所得が基準になります。

    Q. 住民税にも追加の負担がありますか?

    この措置は所得税の特例であり、住民税に同様の仕組みはありません。ただし、株式や土地建物の譲渡益には通常どおり住民税がかかります。

    Q. 売却を令和8年中に済ませたほうがよいですか?

    令和8年分までは改正前の計算方法が適用されるため、計算上の負担が軽くなる場合はあります。しかし、売却の時期は価格、買い手の条件、事業の状況など、税金以外の要素の影響が大きいものです。税負担の差を試算したうえで、取引全体として有利かどうかを判断することが大切です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『実務家のための「基本書&ハンドブック」 要点 譲渡所得【第一編 総説・不動産譲渡の特例等関係】(第4版)』塩野入文雄 著、法令出版、2020年、第I部第1章
    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第2部第8章
  • 会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し|法人税の課税、配当・役員報酬・退職金・清算の比較、株価への影響

    会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し|法人税の課税、配当・役員報酬・退職金・清算の比較、株価への影響

    資産管理会社で持っている物件を売ると、税金はどうなり、売却代金はどうすれば個人の手元に移せるのか。個人で売る場合と比べて、考えることが一段多いのが法人保有の物件の売却です。

    結論から言えば、ポイントは次の3つです。

    • 会社の課税:売却益は会社の他の損益と合算され、法人税等の対象になります。個人のような長期・短期の区分や分離課税はありません。
    • お金の取り出し:売却代金は会社のものです。個人に移すには、役員報酬・役員退職金・配当・会社の清算・会社への貸付金の返済などの方法があり、それぞれ課税のされ方が違います。
    • 株価への影響:物件が現金に変わることで、自社株の相続税評価額が上がることがあります。

    この記事では、売却から資金の取り出し、株式の承継までを一つの流れとして整理します。

    会社が物件を売ったときの課税

    売却益は「会社の所得」に合算される

    会社が不動産を売ったときの売却益は、売却価額から、帳簿価額(土地は取得価額、建物は減価償却後の未償却残高)と譲渡費用を差し引いた金額です。この売却益は、賃料収入などの他の損益と合算され、その事業年度の所得として法人税等の対象になります。

    個人の売却と比べると、主に次の違いがあります。

    項目個人で売る場合会社で売る場合
    課税の方式他の所得と分離して課税(分離課税)会社の他の損益と合算して課税
    所有期間による区分長期・短期で税率が違う区分なし
    損失が出た場合原則として他の所得と相殺できない他の損益と相殺でき、繰越欠損金にもなり得る
    売却代金の行き先個人の手元に入る会社に入る(個人に移すには別の手続と課税)

    ※国税庁 No.3202・No.2250などをもとにAEGISが整理しました。

    法人税の税率

    法人税の税率は、資本金1億円以下の中小法人などでは、年800万円以下の所得部分に軽減税率(15%。所得が年10億円を超える事業年度は17%)が適用され、それを超える部分は23.2%です(国税庁 No.5759、令和7年4月1日現在法令等)。実際の負担は、法人住民税や法人事業税などを合わせて考える必要があり、令和8年4月からは防衛特別法人税も創設されています。

    売却益が大きい年は、会社の所得が一時的に大きくなり、軽減税率の範囲を大きく超えることになります。また、法人の土地の譲渡益に対する追加課税(いわゆる土地重課)は、現在、適用が停止されています。

    会社が使える特例

    会社が事業用の資産を売って一定の資産に買い換える場合には、法人向けの「特定の資産の買換えの場合の課税の特例」があり、圧縮記帳によって売却益の課税を繰り延べられることがあります。個人の買換え特例と同じく、課税がなくなるわけではなく、買い換えた資産の帳簿価額が小さくなる仕組みです。個人の買換え特例の考え方は、関連記事「収益不動産を買い替えるときの課税の特例」で整理しています。

    売却代金を個人に移す方法を比べる

    売却で会社に入った資金は、そのままではオーナー個人のお金ではありません。個人に移す主な方法は次のとおりです。

    方法会社側個人側主な注意点
    役員報酬損金(定期同額給与などの要件あり)給与所得として総合課税売却した年だけ増額することは難しい。社会保険料も増える
    役員退職金原則として損金(不相当に高額な部分は除く)退職所得(原則、控除後の2分の1に課税)退任の実態が必要。役員勤続5年以下は2分の1計算なし
    配当損金にならない配当所得(源泉徴収のうえ総合課税、配当控除あり)法人税を払った後の利益から支払う
    会社の清算残った財産の処分益に法人税等残余財産のうち資本金等を超える部分はみなし配当会社がなくなり、承継の器も失う
    会社への貸付金の返済課税なし課税なし(元本の返済)オーナーが会社に貸し付けている残高の範囲に限られる

    ※国税庁 No.5211・No.1420・No.1330などをもとにAEGISが整理しました。

    役員報酬:売却の年だけ増やすことは難しい

    役員報酬は会社の損金になりますが、損金になるのは、毎月同額の「定期同額給与」、事前に税務署へ届け出た「事前確定届出給与」、一定の「業績連動給与」のいずれかに該当するものに限られます(No.5211)。物件が売れたからといって、事業年度の途中で役員報酬を引き上げても、原則として増額分は損金になりません。役員報酬は、売却代金を一度に移す手段というより、会社の毎年の利益を継続的に配分する手段と考えるのが現実的です。

    役員退職金:売却益と同じ年に損金が生じる

    役員退職金は、不相当に高額な部分を除いて会社の損金になり、個人の側では退職所得として、退職所得控除額を差し引いた後の2分の1が課税対象になります(No.1420)。物件の売却益が出る事業年度に役員退職金を支給すれば、会社では売却益と退職金の損金が同じ年に計上され、個人では他の所得と分けて比較的軽い負担で受け取れることになります。

    ただし、退職金には実際に退任している、または職務内容が大きく変わっている実態が必要です。また、役員としての勤続年数が5年以下の場合は「特定役員退職手当等」として2分の1の計算が適用されません(No.1420)。退職金の時期や金額の考え方は、関連記事「役員退職金はいつ・いくら支給するか」で詳しく扱っています。

    配当:法人税の後に、もう一度課税される

    配当は会社の損金にならず、法人税等を負担した後の利益から支払います。非上場株式の配当は、支払時に源泉徴収されたうえで原則として総合課税となり、配当控除の対象になります(No.1330)。所得税・住民税の税率が高い方では、法人税と配当課税の二重の負担が重くなりやすいため、大きな売却益を一度に配当で移すと負担が大きくなることがあります。

    清算:会社をたたんで残余財産を受け取る

    物件を売り終えて会社を使う予定がなくなった場合は、会社を解散・清算して、残った財産を株主に分配する方法もあります。個人株主が受け取った残余財産のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として配当所得になり、残りの部分は株式の譲渡として扱われます。会社に長年蓄積した利益を一度に受け取ることになるため、その年の個人の税負担が大きくなりやすい点に注意が必要です。解散・清算の手続と税務は、関連記事「資産管理会社の解散・清算を考えるとき」で整理しています。

    会社への貸付金の返済

    オーナーが会社に資金を貸し付けている場合、その返済を受けるのは元本の回収であり、会社・個人とも課税は生じません。物件の取得時にオーナーが資金を出している資産管理会社は多いため、売却代金の使い道を考える前に、会社とオーナーの間の貸し借りの残高を確認しておくことが出発点になります。会社とオーナーの資金の整理については、関連記事「資産管理会社と事業会社の資金管理」も参考になります。

    売却が自社株の評価に与える影響

    資産管理会社の株式を家族に引き継ぐ予定がある場合は、売却が株価(相続税評価額)にどう影響するかも確認しておく必要があります。

    純資産価額:物件が現金に変わると評価が上がりやすい

    資産管理会社の株式は、会社の資産を相続税評価額で評価し直して計算する「純資産価額」の影響を強く受けます。賃貸している土地や建物は、路線価や固定資産税評価額を基に評価され、賃貸による減額も考慮されるため、一般に時価より低く評価されます。一方、物件を売って得た現金は、そのままの金額で評価されます。そのため、物件を売却して現金に変わると、純資産価額が上がることが多くなります。

    また、純資産価額の計算では、相続税評価額と帳簿価額の差(評価差額)から法人税額等に相当する金額(現行38%)を控除できます(財産評価基本通達185・186-2)。売却によって評価差額の構成も変わるため、売却前後で株価を試算しておくことが大切です。

    さらに、売却代金で別の不動産を取得した場合、取得後3年以内の土地や建物は、通常の取引価額で評価されます(財産評価基本通達185)。買い替えた直後に相続が起きると、評価が下がらない点にも注意が必要です。

    類似業種比準価額:売却益は利益から除かれる

    会社の規模によっては、同業種の上場会社と比べる「類似業種比準価額」も株価の計算に使われます。この計算で用いる1株当たりの利益金額からは、固定資産の売却益などの非経常的な利益が除かれます(財産評価基本通達183)。売却益で会社の利益が一時的に増えても、この要素がそのまま上がるわけではありません。

    会社の区分が変わることもある

    資産のうち土地等の割合が高い会社は「土地保有特定会社」として、原則として純資産価額で評価されます。物件を売って資産の構成が変わると、この判定も変わる可能性があります。判定の考え方は、関連記事「土地保有特定会社・株式等保有特定会社とは」で扱っています。

    売却の前に決めておきたい順番

    順番確認すること
    1. 売却後の会社の役割会社を続けて別の運用に使うか、清算するか
    2. 会社の課税の見込み売却益、他の損益、繰越欠損金、法人税等の概算
    3. 貸し借りの残高オーナーから会社への貸付金、会社からの借入れ
    4. 取り出す金額と方法退職金・配当・清算・報酬の組合せと個人の税負担
    5. 株式の承継売却前後の株価、株式を誰にいつ移すか
    6. 次の運用先会社で再投資するか、個人で使うか

    ※AEGISが売却前の整理のために作成した一覧です。

    個人で保有する物件を売る場合の手取りの考え方は、関連記事「不動産を売却したとき、税引後にいくら残るか」で整理しています。

    AEGISの視点

    資産管理会社で持つ物件の売却は、「会社の税金」と「個人の税金」の二段階で考える必要があります。多くの場合、会社の段階の売却益の税金だけに目が向きがちですが、オーナー一族の手元に最終的に何が残るかは、売却後のお金を会社に残すのか、個人に移すのか、移すならどの方法を使うのかで大きく変わります。

    AEGISは、法人保有物件の売却を、会社という「器」をこれからどう使うかを決める機会だと考えています。会社を続けるなら、売却代金は次の物件や他の資産に再投資され、株式の承継の設計が重要になります。会社を閉じるなら、清算の時期と個人の税負担、家族への分け方を一緒に設計する必要があります。役員退職金は売却益と同じ年に損金を生む有力な手段ですが、オーナーが本当に退任するのか、会社の経営を誰が引き継ぐのかという判断と切り離すことはできません。

    売却の契約を結ぶ前に、会社と個人、そして次の世代の株式までを一枚の表に並べて比較すること。それが、税負担と家族の資産の両方を守る近道です。資産管理会社の全体像は、親記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で整理しています。

    会社と個人にまたがる資産税務・承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 会社が物件を売ったときの売却益は、会社の他の損益と合算され、法人税等の対象になります。個人のような長期・短期の区分はありません。
    • 売却代金を個人に移す方法には、役員報酬・役員退職金・配当・清算・貸付金の返済があり、会社と個人の課税のされ方がそれぞれ異なります。
    • 役員報酬は事業年度の途中で増やしても原則として損金になりません。役員退職金は退任の実態が前提です。
    • 物件が現金に変わると、純資産価額が上がり、自社株の評価が高くなることがあります。買い替えた不動産は取得後3年以内は通常の取引価額で評価されます。
    • 売却前に、会社の役割、課税の見込み、資金の取り出し方、株式の承継を順番に整理することが大切です。具体的な判断は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 会社で持っている物件を売った場合も、所有期間5年超かどうかで税率が変わりますか?

    変わりません。個人の土地・建物の売却には所有期間による長期・短期の区分がありますが、会社の売却益は他の損益と合算して法人税等が課税され、所有期間による税率の区分はありません。

    Q. 物件が売れた年に、役員報酬を増やして利益を減らすことはできますか?

    事業年度の途中で役員報酬を引き上げても、定期同額給与などの要件を満たさない増額分は、原則として損金になりません。売却の年の利益を役員報酬で調整することは難しいと考えておく必要があります。

    Q. 売却益が出る年に役員退職金を支給するのは問題ありませんか?

    役員が実際に退任する、または職務内容が大きく変わるなど退職の実態があり、金額が不相当に高額でなければ、退職金は会社の損金になります。売却益と同じ年に支給すること自体は可能ですが、退任の実態や金額の根拠が問われるため、慎重な準備が必要です。

    Q. 売却代金を配当で受け取る場合と、会社を清算して受け取る場合では何が違いますか?

    配当は会社を続けたまま利益の一部を受け取る方法で、配当所得として課税されます。清算は会社をなくして残った財産をまとめて受け取る方法で、資本金等を超える部分はみなし配当として配当所得になります。清算では会社という承継の器もなくなるため、会社を今後どう使うかと合わせて判断します。

    Q. 物件を売却すると、自社株の評価は下がりますか?

    多くの場合、上がる方向に働きます。賃貸不動産は相続税評価額が時価より低くなりやすい一方、売却代金の現金は額面で評価されるためです。会社の株式を家族に引き継ぐ予定がある場合は、売却前後で株価を試算しておくことが大切です。

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    • 資産管理会社:資産管理会社の設立と既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで確認します。
    • 不動産戦略と資産形成:物件選びの前に、投資規模・保有形態・融資・税務・出口を設計します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社、2014年、P.201-209
    • 『現物分配制度の実務詳解―法務・税務・会計上の取扱いと活用法』勝間田学・西村美智子・中島礼子・松下欣親・金井孝晃 著、中央経済社、2012年、P.76-86
  • 時価が評価額を下回る土地は鑑定で申告できるか|路線価が高すぎる土地の見極め方、鑑定評価による申告と更正の請求

    時価が評価額を下回る土地は鑑定で申告できるか|路線価が高すぎる土地の見極め方、鑑定評価による申告と更正の請求

    路線価などで評価した額が、実際に売れる価格(時価)を上回ってしまう土地は、不動産鑑定士による鑑定評価額で申告することが考えられます。相続税は財産の「時価」で課税するのが法律上の原則であり、財産評価基本通達による評価額は、その時価を求めるための方法だからです。

    ただし、鑑定評価額で申告すれば必ず認められるわけではありません。国税不服審判所の裁決では、納税者の鑑定評価が合理性を欠くとして採用されなかった例も少なくありません。まずは評価通達の範囲で減額要素を漏れなく反映し、それでも時価を上回る場合に、費用とリスクを見比べて鑑定を検討する、という順番が大切です。

    この記事では、評価額が時価を上回る土地への対応を、申告前と申告後の両面から整理します。

    なぜ評価額が時価を上回ることがあるのか

    相続税法第22条は、相続などで取得した財産の価額を「取得の時における時価」によると定めています。国税庁の財産評価基本通達は、時価を「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」とし、その価額は通達の定めによって評価した価額によるとしています(評価通達1(2))。

    路線価は、地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(国税庁「令和8年分の路線価等について」)。標準的な土地であれば、評価額は時価より低くなるのが一般的です。違いが生じる仕組みは、関連記事「不動産の相続税評価額と売却価格はなぜ違うのか」で解説しています。

    しかし、評価通達は多くの土地を画一的に評価するための仕組みであり、個々の土地のすべての事情を織り込めるわけではありません。通達に定めのない減価要因を持つ土地や、補正率では価値の低さを十分に反映できない土地では、評価額が時価を上回ることがあります。

    評価額が時価を上回りやすい土地

    実務上、次のような土地で評価額が時価を上回りやすいとされています。

    土地の特徴時価が低くなる理由評価通達で反映できる範囲
    道路に接していない、接道が不十分な土地建物が建てられず、買い手が限られる無道路地の補正などで減額できるが、道路までの距離が短いと減額幅が小さい
    道路との高低差が大きい土地、崖状の土地造成に多額の費用がかかる利用価値の著しい低下(10%減)やがけ地補正などで一部反映
    需要の弱い別荘地・原野化した土地そもそも取引が少ない倍率方式では固定資産税評価額の水準に左右される
    広く、分割しても使いにくい土地開発の負担が大きい地積規模の大きな宅地の評価に該当しない場合は反映しにくい
    市街地の中の山林・傾斜地造成費が高く、宅地化しにくい造成費の控除で一部反映
    建築制限・利用制限のある土地(都市計画道路予定地、埋蔵文化財包蔵地など)利用が制約される一部は補正の定めあり、ないものは個別に検討

    このような土地では、「自分ならこの価格で買うか」と評価額を見直してみることが、時価との逆転に気づくきっかけになります。

    まず評価通達の範囲で下げきる

    鑑定を検討する前に確認したいのは、評価通達で認められている減額要素を見落としていないかです。無道路地としての補正、不整形地の補正、セットバック、がけ地、利用価値が著しく低下している宅地、地積規模の大きな宅地など、通達には多くの減額の定めがあります。

    鑑定を考えたものの、実際には通達上の減額要素が反映されていなかっただけ、というケースもあります。通達による評価を正しく行えば、鑑定と同じ程度まで評価額が下がることもあり、その場合は鑑定費用をかける必要はありません。土地の形状などの減額要素の点検は、親記事「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」で解説しています。

    鑑定評価による申告の考え方

    認められるための条件

    評価通達は法律ではなく、国税庁内部の取扱いを示すものです。法律が求めるのは時価による評価であるため、通達による評価額が時価を上回ることが明らかな場合には、時価を示す合理的な根拠に基づいて申告することが考えられます。

    ここで問題になるのは、「鑑定評価額が本当にその土地の時価を表しているか」を、納税者側が合理的に説明できるかです。国税不服審判所の裁決では、次のような理由で納税者の鑑定評価が採用されなかった例が見られます。

    • 画地条件の補正の計算や、減価の割合の根拠を示す資料に不十分な点がある
    • 不動産鑑定評価基準が求める手法(取引事例比較法や収益還元法など)を適切に関連づけていない
    • 鑑定評価額の決定の過程を、鑑定評価書から検証できない

    鑑定評価が認められるかどうかは、結論の金額だけでなく、評価の過程が不動産鑑定評価基準に沿って説明されているかによります。依頼する側も、鑑定評価書がその検証に耐える内容になっているかを確認しておくことが大切です。

    鑑定を検討する順番

    AEGISでは、次の順番で検討することをおすすめしています。

    段階行うこと判断のポイント
    1. 気づく評価額と市場の相場感を比べる不動産会社の査定や、近隣の取引の状況を確認
    2. 通達で下げきる通達上の減額要素を漏れなく反映無道路地・高低差・形状・規模・利用制限などを点検
    3. 差を確かめる通達評価額と想定される時価の差を把握簡易な査定や机上の概算で、差の大きさを確認
    4. 費用対効果を見る税額の減少見込みと鑑定費用を比べる相続税率が高いほど、差が税額に与える影響は大きい
    5. リスクを理解する税務調査で認められない可能性を家族で共有認められなかった場合の追加の税負担も想定
    6. 依頼する相続税の土地評価に詳しい不動産鑑定士に依頼評価の過程が基準に沿って説明されているか確認

    鑑定評価額で申告する場合は、できる限り当初の申告から鑑定評価額を用いることが望ましいと考えられます。税務署からの問い合わせに備えて、鑑定評価書のほか、時価が低い理由を示す資料(役所調査の記録、現地の写真、査定書など)を整えておきます。

    売却した価格は時価の根拠になるか

    相続後に実際にその土地を売却した場合、その売却価格は時価を考える有力な材料になります。ただし、売り急いだことによる値下げや、相続から売却までの時間の経過、買主との特殊な関係などがあると、売却価格がそのまま相続の時点の時価とは認められないこともあります。売却価格を根拠にする場合も、取引の経緯を説明できるようにしておくことが大切です。

    申告後に気づいた場合:更正の請求

    すでに通達による評価額で申告を終えた後に、時価がそれを大きく下回ることに気づいた場合は、更正の請求を検討します。法定申告期限から5年以内であれば、税額が過大であったことを理由に更正の請求ができます(国税通則法第23条)。

    更正の請求では、納税者の側で、当初の評価が時価を上回っていたことを示す必要があります。鑑定評価書を添付するのが一般的ですが、当初申告の場合と同様に、評価の合理性が問われます。更正の請求の手続きと期限は、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    なお、相続の後に地価が下落したり災害で価値が下がったりした場合は、相続の時点の時価の問題とは別の論点です。そのような場合の考え方は、関連記事「申告後に相続財産の価値が下がったときにできること」で整理しています。

    実務上注意したいポイント

    • 時価が評価額より高い土地とのバランス:同じ相続で、評価額が時価より低い土地と高い土地が混在していることがあります。特定の土地だけ鑑定で下げる判断は、全体の説明として一貫しているかも確認します。
    • 遺産分割の基準との関係:遺産分割は時価を基準に話し合われることが多く、評価額と時価が逆転している土地を誰が引き継ぐかは、公平性の問題にもなります。
    • 鑑定費用と期間:鑑定には費用と時間がかかります。申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までのスケジュールに余裕を持って検討します。
    • 土地の活用・売却の判断にもつなげる:時価が低い土地は、相続後に持ち続けるか、売却や活用を検討するかの判断も必要になります。
    • 具体的な判断は個別に:鑑定評価が認められるかは、土地の事情と評価の内容によって異なります。

    AEGISの視点

    評価額が時価を上回る土地は、相続税の計算上だけでなく、家族にとっても「持ち続けるほど負担になりやすい財産」であることが多いものです。建物が建てられない、造成に費用がかかる、買い手がいない。こうした土地は、相続税を多く納めたうえに、その後の管理費や固定資産税の負担も続きます。

    AEGISは、こうした土地の評価の見直しを、税額の問題であると同時に、その土地を今後どうするかを決める機会と考えています。鑑定を検討する過程で把握した時価や利用上の制約は、相続後に売却するのか、活用するのか、別の相続人が引き継ぐのかを判断する材料にもなります。評価の議論で終わらせず、不動産の今後の方針までつなげることが大切です。

    不動産の評価や相続税の申告に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    申告済みの土地について、評価を見直せるかどうかを確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 相続税は時価で課税するのが原則で、評価通達による評価額は時価を求めるための方法です。
    • 接道や高低差、規模、利用制限などの事情がある土地では、評価額が時価を上回ることがあります。
    • まず評価通達の範囲で減額要素を漏れなく反映し、それでも時価を上回る場合に鑑定評価を検討します。
    • 鑑定評価額による申告は、評価の過程が合理的に説明できる場合に認められる余地があり、不採用となった裁決例も多くあります。
    • 申告後に気づいた場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求を検討できます。
    • 費用対効果とリスクを家族で共有したうえで判断することが大切です。

    よくある質問

    Q. 路線価で評価した額が売れる価格より高い場合、そのまま申告しなければなりませんか?

    必ずしもそうではありません。相続税は時価で課税するのが原則であり、評価通達による評価額が時価を上回ることを合理的に示せる場合は、不動産鑑定評価額などで申告することが考えられます。ただし、まずは評価通達で認められている減額要素が反映されているかを確認することが先です。

    Q. 鑑定評価額で申告すれば、必ず認められますか?

    必ず認められるわけではありません。取引事例の選び方や補正の計算、評価手法の適用に不適切な点があるとして、鑑定評価が採用されなかった裁決例があります。相続税の土地評価に詳しい不動産鑑定士に依頼し、評価の過程を説明できるようにしておくことが大切です。

    Q. 鑑定費用をかける価値があるかは、どう判断すればよいですか?

    通達評価額と想定される時価の差に、相続税の税率を掛けた額が、税額の減少の目安になります。この目安と鑑定費用を比べ、さらに認められなかった場合の追加の税負担の可能性も考えて判断します。差が小さい場合は、鑑定を行わない判断も合理的です。

    Q. 申告後に評価額が高すぎたと気づいた場合、どうすればよいですか?

    法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求ができます。鑑定評価書などで、当初の評価額が時価を上回っていたことを示す必要があります。期限が近い場合は、早めに検討を始めることをおすすめします。

    Q. 相続後に売った価格が評価額より低い場合、その価格で申告し直せますか?

    売却価格は時価を考える有力な材料になりますが、売り急ぎや相続からの時間の経過などがあると、そのまま相続の時点の時価とは認められないこともあります。売却の経緯を含めて、相続の時点の時価として説明できるかを確認する必要があります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 相続税申告の見直し:申告済みの相続税について、財産評価・土地の状況・適用制度等を確認し、見直しや還付の可能性を検討します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継実行を一体で検討します。
    • 不動産の最適活用:立地・敷地・建物・周辺需要・投資負担から、賃貸・売却・組換え・事業活用を比較します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『相続税・贈与税 土地評価実務テキスト』鎌倉靖二 著、税務研究会出版局(2014年)Ⅴ「財産評価基本通達に従った評価額が時価よりも高くなる場合とその対処法」、ワンポイントQ&A
    • 『税理士を悩ませる相続・贈与の土地評価Q&A 第2集』鎌倉靖二 著、ぎょうせい(2023年)15「時価」
    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2012年)CASE6・CASE11
  • 個人で買うか、資産管理会社で買うか|「次の1件」の購入名義を決める前に確認したい6つの項目

    個人で買うか、資産管理会社で買うか|「次の1件」の購入名義を決める前に確認したい6つの項目

    すでに個人で賃貸物件を持っている方や、資産管理会社を設立した方が次の物件を検討するとき、「今回は個人と会社のどちらで買うべきか」という問いに必ず突き当たります。「法人で買えば税負担を抑えられる」と聞くこともあるかもしれません。

    結論から言えば、購入名義は税率だけでは決まりません。税負担に加えて、融資の受けやすさ、管理の手間、売却したときの課税と資金の取り出し方、家族への引き継ぎ方まで並べて比べる必要があります。しかも名義は、あとから変えようとすると譲渡の課税や登記の費用がかかるため、購入前に決めることが最も負担の少ない選択になります。

    この記事は、個人保有と法人保有の考え方を比べた親記事を踏まえ、「次の1件」の名義を実際に決めるための確認項目をチェックリストとしてまとめたものです。

    先に整理しておきたい3つの前提

    チェックリストに入る前に、次の3点を整理しておくと、判断がぶれにくくなります。

    1. この物件の収益を、誰がいつ使うのか:毎年の生活費に充てるのか、再投資に回すのか、将来の家族のために蓄えるのか。
    2. すでに持っている資産と借入れの全体像:個人と会社それぞれの物件、借入残高、毎年の所得。
    3. 将来、誰に引き継ぎたいのか:配偶者、子、複数の子に分けるのか。

    この3点は、以下の6項目のすべてに関係します。

    チェック1:税負担は「毎年の税率」と「取り出すときの税」をセットで見る

    個人で物件を持つ場合、賃料から経費を差し引いた不動産所得は、給与所得などと合算して累進税率で課税されます。所得が高い方ほど、追加の不動産所得にかかる税率も高くなります。

    会社で持つ場合は、法人税等が課されます。法人税の税率は23.2%で、資本金1億円以下の中小法人などは所得のうち年800万円以下の部分に軽減税率が適用されます(法人税法第66条。租税特別措置法第42条の3の2により、令和9年3月31日までに開始する事業年度は15%。所得が年10億円を超える事業年度は17%)。このほか、地方法人税や住民税・事業税などもかかります。

    ただし、比べるべきは税率の差だけではありません。会社に残った利益を個人が使うには、役員報酬や配当として受け取る段階で、もう一度個人の税金がかかります。会社の利益を再投資や返済に回し、個人がすぐに使わないのであれば、法人保有の税率の差が生きやすくなります。反対に、収益の多くを個人の生活費に充てるのであれば、差は小さくなります。

    チェック2:融資は「誰の信用で借りるか」を確認する

    金融機関の審査の見方は、名義によって変わります。

    • 個人で借りる場合:給与などの収入、勤務先や勤続年数、既存の借入れと返済の負担割合など、個人の属性が重視されます。
    • 会社で借りる場合:会社の決算書(収益力・純資産・借入れの状況)が審査の中心になります。ただし、設立して間もない資産管理会社は決算の実績が乏しく、実際には代表者個人の収入や資産、連帯保証を前提に審査されることが少なくありません。

    確認したいのは、次の点です。

    • 今回の物件を会社で買う場合、金融機関は会社と個人のどちらの何を見るか
    • 代表者の連帯保証が求められるか
    • 個人で借りた場合に、将来の自宅購入など個人の借入れの枠にどう影響するか

    会社の決算書が融資にどう影響するかは、関連記事「資産管理会社の決算書が融資に与える影響」で詳しく整理しています。

    チェック3:管理の実態とコストを見積もる

    会社で物件を持つと、会社としての記帳・決算・法人税の申告、役員の任期管理や登記、決算を承認する手続きなどが毎年発生します。所得がなくても住民税の均等割はかかり、税理士などへの報酬も必要です。

    一方で、すでに資産管理会社がある場合は、物件を1件追加しても固定的なコストはあまり増えません。「会社を新たにつくってから買う」のか「既存の会社で買う」のかで、法人保有の負担感は大きく変わります。

    チェック4:売却時の課税と、売却代金の行き先

    物件を売却したときの課税の仕組みは、個人と会社で大きく異なります。

    個人の場合、土地・建物の譲渡所得は他の所得と分けて課税され(分離課税)、譲渡した年の1月1日現在で所有期間が5年を超えるかどうかで税率が変わります。所得税の税率は長期15%・短期30%で、このほか復興特別所得税と住民税がかかります(国税庁タックスアンサーNo.1440)。売却代金は、税金を納めた後、そのまま個人の資金になります。

    会社の場合、売却益は会社のその年の所得に含まれ、他の収益や費用と合わせて法人税等が計算されます。所有期間による税率の区分はありません。一方で、売却代金は会社のお金であり、個人が使うには役員報酬・配当・会社への貸付金の返済などの形で取り出す必要があります。取り出し方によって、個人側の課税が変わります。

    会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し方は、関連記事「会社で持つ物件を売るときの税金と資金の取り出し」で扱います。

    チェック5:家族への承継は「物件を渡す」か「株式を渡す」か

    承継の方法は、名義によって根本的に違います。

    個人で持つ場合は、物件そのものを相続や贈与で引き継ぎます。相続税の計算では、要件を満たせば貸付事業用宅地等として、200㎡までの部分について評価額を50%減額できる小規模宅地等の特例があります。ただし、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供した宅地等は、一定の場合を除いて対象外とされています(国税庁タックスアンサーNo.4124)。また、物件は分けにくいため、相続人が複数いると共有や分割の問題が起こりやすくなります。

    会社で持つ場合は、物件ではなく会社の株式を引き継ぎます。株式は数を分けて少しずつ贈与することができ、物件を動かさずに承継を進められる利点があります。株式の評価では、会社の資産を相続税評価額で評価し直して計算する方法(純資産価額)が使われることが多く、その際、会社が課税時期前3年以内に取得・新築した土地や建物は、通常の取引価額で評価することとされています(財産評価基本通達185)。購入直後の物件については、相続税評価額による評価の差が株価に反映されない点に注意が必要です。

    チェック6:あとから名義を変えるコストを知っておく

    「まず個人で買い、あとで会社に移せばよい」と考える方もいます。しかし、個人から会社へ物件を移すと、原則として個人に譲渡所得の課税が生じ、会社側では不動産取得税や登録免許税がかかります。借入れがある場合は、金融機関の承諾や借換えも必要です。

    個人保有の物件を法人へ移す前に比べるべき点は、関連記事「個人保有の不動産を法人へ移す前の比較」で整理しています。

    購入名義を決めるためのチェックリスト

    ここまでの項目を、購入前に埋める一枚にまとめると次のようになります。

    確認項目個人で買う場合に確認すること会社で買う場合に確認すること
    毎年の税負担給与等と合算した税率で、追加の所得にかかる税負担法人税等の負担と、その利益を個人が受け取るときの税負担
    収益の使い道生活費に充てるか、再投資するか会社に残して再投資・返済に回せるか
    融資個人の返済負担割合、今後の個人の借入れへの影響審査で見られるのは会社の決算か個人か、連帯保証の有無
    管理の手間確定申告、帳簿の管理記帳・決算・申告・登記、均等割と専門家報酬
    売却時所有期間5年の区分による分離課税、売却代金は個人へ会社の所得として課税、売却代金の取り出し方
    承継物件そのものの分け方、小規模宅地等の特例の要件株式の分け方と評価、取得後3年以内の物件の評価
    名義変更後で会社に移すときの譲渡課税と移転コスト会社の解散・清算まで見通した出口

    すべての欄を埋める必要はありません。空欄のまま残った項目こそ、専門家と一緒に確認すべき論点です。

    AEGISの視点

    購入名義の判断でよく見られるのは、「法人のほうが税率が低いから」という一点で決めてしまうケースです。しかし、名義は一度決めると、その物件の融資、管理、売却、承継のすべてに影響し続けます。

    AEGISは、購入名義を「その物件の収益とリスクを、誰のバランスシートに置くか」という設計の問題として考えています。個人に置けば個人の信用と相続財産に、会社に置けば会社の決算と株式の価値に結び付きます。どちらにも長所と制約があり、正解は家族の状況と資産全体の構成によって変わります。だからこそ、1件ごとに場当たり的に決めるのではなく、「個人で持つ物件」「会社で持つ物件」の役割分担を先に描き、その方針に沿って次の1件の名義を決めることをおすすめしています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    個人保有と法人保有の比較の考え方は、親記事「不動産は個人と法人のどちらで保有するか」で、資産管理会社の設立を検討するタイミングは関連記事「資産管理会社はいつ設立を検討すべきか」で整理しています。会社員や医師の方は、関連記事「会社員・医師など給与所得者が資産管理会社をつくる前に」もあわせてご覧ください。不動産と資産管理会社に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 購入名義は税率だけでなく、融資・管理・売却・承継・名義変更のコストまで並べて決めます。
    • 法人保有の税率の差は、利益を会社に残して再投資や返済に回すほど生きやすく、個人がすぐ使う場合は小さくなります。
    • 設立間もない資産管理会社の融資は、代表者個人の信用と連帯保証が前提になることが少なくありません。
    • 承継は、個人保有なら物件そのもの、会社保有なら株式を引き継ぎます。それぞれ評価や特例の要件が異なります。
    • 名義は購入前に決めるのが最も負担が少なく、具体的な有利・不利は個別事情によって異なります。
    • 保有形態によってキャッシュフローと相続税評価は大きく変わるため、取得時はもちろん取得後も持ち方を点検し、移転コストを踏まえてもメリットが大きい場合は見直しを検討します。

    よくある質問

    Q. 法人で買えば、必ず税負担は軽くなりますか?

    必ずとは言えません。会社の利益に対する税率が個人より低くても、その利益を役員報酬や配当で受け取れば個人の税金がかかります。会社の維持費用もかかるため、収益の使い道と所得の水準によって結果は変わります。

    Q. 資産管理会社を設立したばかりでも、会社名義で融資を受けられますか?

    金融機関によっては可能ですが、決算の実績がないため、代表者個人の収入・資産や連帯保証を前提に審査されることが多いのが実情です。どの書類で何を見られるかを、事前に金融機関に確認しておくことをおすすめします。

    Q. 個人で持つ物件と会社で持つ物件を混在させてもよいですか?

    問題ありません。むしろ、自宅に近い物件や長く持ち続けたい物件は個人、収益を再投資に回す物件は会社というように、役割を分けて持つ考え方もあります。大切なのは、物件ごとの名義の理由を説明できることです。

    Q. 会社で物件を買えば、相続税の評価はすぐに下がりますか?

    会社が取得してから3年以内の土地や建物は、株式の評価の計算上、通常の取引価額で評価することとされています。購入直後に評価が下がることを前提にした判断は避けたほうがよいでしょう。

    Q. 名義を決める前に、最低限そろえておく資料は何ですか?

    個人と会社それぞれの所有物件と借入残高の一覧、直近の確定申告書と決算書、検討中の物件の収支見込み、家族構成と承継の希望です。これらがそろうと、チェックリストの多くの項目を具体的な数字で比べられます。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 不動産の最適保有設計(POD):取得・保有の形を税引後の手残りから設計し、物件の紹介・仲介から取得後の管理までをつなぎます。
    • 資産管理会社:資産管理会社の設立と既存法人の見直しについて、資金移動・税負担・維持費・株式承継まで確認します。
    • 不動産戦略と資産形成:物件選びの前に、投資規模・保有形態・融資・税務・出口を設計します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『なるほど税務 財産・事業・一族承継のノウハウ』鈴木豊 著、中央経済社、2014年、第4編「財産管理法人の不動産税務」
  • 飲食料品の消費税率引下げで事業者は何に備えるか|価格表示・レジ・請求書・テイクアウト・申告と資金繰りの準備

    飲食料品の消費税率引下げで事業者は何に備えるか|価格表示・レジ・請求書・テイクアウト・申告と資金繰りの準備

    令和8年(2026年)9月15日、飲食料品の消費税率を令和9年(2027年)4月1日から令和11年(2029年)3月31日までの2年間、臨時的に1%(国税0.78%・地方消費税0.22%相当)に引き下げることを柱とする大綱が決定されました。国税庁も特設サイトで事業者向けのQ&Aやリーフレットを公表しています。

    ただし、この記事を作成した2026年10月10日時点で、引下げを定める法律の成立は確認できていません。国税庁のQ&Aも「法案が国会で可決・成立した場合」の内容として示されています。以下は大綱と国税庁資料に基づく「予定されている内容」であり、今後の国会審議で変わる可能性があります。

    そのうえで、事業者が今から準備しておきたいことを先に挙げると、次の5つです。

    1. 自社の売上がどの税率に当たるかを品目・提供方法ごとに洗い出す(飲食料品1%、外食・酒類10%など)
    2. レジ・受発注・請求書のシステムが1%の税率と、8%・1%の混在に対応できるかを確認する
    3. 価格表示(総額表示)をいつ、どう切り替えるかを決める
    4. 納付税額と還付の見通しを試算し、簡易課税・免税事業者の特例を使うかを判断する
    5. 資金繰り(中間申告、還付の時期、価格改定による売上の変化)を織り込む

    何が変わる予定か

    大綱によれば、引下げの対象は現在8%の軽減税率が適用されている飲食料品です。対象範囲そのものは変えず、税率だけを臨時的に下げる設計です。

    区分現在令和9年4月1日〜令和11年3月31日(予定)
    飲食料品(酒類を除く。テイクアウト・宅配を含む)8%1%
    外食(店内飲食)10%10%(変更なし)
    ケータリング・出張料理(有料老人ホーム等での提供を含む)10%10%(変更なし)
    酒類10%10%(変更なし)
    新聞(週2回以上発行・定期購読)8%8%(変更なし)
    医薬品・医薬部外品等10%10%(変更なし)

    ※大綱(令和8年9月15日)と国税庁「飲食料品に係る2年間の消費税率引下げに関するQ&A」(令和8年9月)をもとにAEGISが整理。法律の成立により確定します。

    あわせて、大綱では「就業者負担軽減支援金」という所得に応じた給付制度の導入も示されています。消費税率の引下げは、令和11年度の支援金の本格導入までの「つなぎ」と位置付けられています。

    価格表示:総額表示の義務は続く

    消費者に対する価格表示では、税込価格を表示する「総額表示」が義務付けられています。大綱では、引下げ期間中も税抜価格だけの表示や「+税」だけの表示は引き続き認められないとしています。

    一方で、夜間の値札の貼替えが間に合わない、商品パッケージに価格が印字されているといった事情に配慮し、総額表示にすぐ対応することが困難な事情がある場合に限り、誤認を防ぐ措置を講じたうえで、次の期間は本来とは異なる税率での税込価格を表示できる特例が示されています。

    • 令和9年4月1日〜5月31日、令和11年2月1日〜3月31日:8%に基づく税込価格の表示
    • 令和9年2月1日〜3月31日、令和11年4月1日〜5月31日:1%に基づく税込価格の表示

    つまり、切替えの前後に一定の猶予はあるものの、「どの時点で、どの売場・どのチャネルの表示を切り替えるか」の計画は必要です。店頭、チラシ、ECサイト、メニュー表、自動販売機など、価格が表示されている場所をすべて洗い出しておきます。

    レジ・請求書:1%と8%・10%の混在に備える

    レジと受発注システム

    税率が変わるのは飲食料品だけなので、同じ店舗の中で1%と10%(酒類や日用品)が混在します。レジの商品マスタの税率設定、税率ごとの集計、レシートの表示を変更できるかを、早めにシステム会社に確認します。大綱では、レジの改修やスマートレジへの移行を行う中小企業等への支援も示されています。

    国税庁のQ&Aでは、4月1日の0時から1時までの販売を、継続して適用している売上計上の基準により3月31日の売上げとして計上している場合は、8%を適用して差し支えないとされています。営業時間が日付をまたぐ店舗は、自社の計上基準を確認しておきましょう。

    請求書・インボイス

    1%の対象品目は軽減税率の対象品目のままなので、適格請求書(インボイス)には「軽減税率の対象品目である旨」を記載し、適用税率は1%、消費税額等は1%で計算します。8%の取引(3月31日以前の取引など)と1%の取引が同じ請求書に混在する場合は、請求書を分けるか、同じ請求書の中で区分して記載します。

    インボイス制度の経過措置の見直しとあわせて取引先との関係を見直す場合は、関連記事「インボイス経過措置の縮小と取引の見直し」も参考になります。

    経過措置:定期供給契約と通信販売

    契約変更が難しい取引に配慮して、次の取引は1%ではなく従来どおり8%とする経過措置が示されています。

    • 令和9年1月1日前に締結した定期供給契約に基づき、4月1日前に対価を受け取っている4月1日以後の飲食料品の譲渡(受け取った部分に限る)
    • 令和9年1月1日前に販売条件を提示し、4月1日前に申込みを受けた通信販売による4月1日以後の飲食料品の譲渡

    この経過措置は選択制ではありません。1%を前提とした契約や販売条件であることが確認できる場合などは、1%が適用されます。定期便や予約販売を扱う事業者は、令和9年1月前後の契約・販売条件の示し方を検討しておく必要があります。

    テイクアウトと店内飲食:税率差が9ポイントに広がる

    現在も、テイクアウトは8%、店内飲食は10%と税率が異なります。引下げ期間中は、これが1%と10%になり、差が大きく広がります。

    飲食店では、次の点を検討しておきたいところです。

    • 価格の設定方法:テイクアウトと店内飲食で税込価格を変えるのか、本体価格を調整して税込価格をそろえるのか
    • 意思確認のオペレーション:注文時に持ち帰りか店内かを確認する手順と、レシートの区分
    • 販売チャネルの見直し:テイクアウト・デリバリーの比重をどうするか

    大綱では、外食と中食・内食の税率差による影響を見極めたうえで、テイクアウト等の多角化の支援を講ずることも示されています。

    申告と納付税額:業態によって影響が逆になる

    消費税の納付税額は、原則として「売上げに係る消費税額-仕入れに係る消費税額」で計算します(一般課税)。税率が下がるのが売上げ側か仕入れ側かによって、影響は業態ごとに大きく異なります。

    業態の例売上げの税率主な仕入れの税率納付税額の方向性(一般課税の場合)
    食品スーパー・食料品店飲食料品1%食品1%、包材・光熱費・家賃等10%売上税額が大きく減り、還付になる可能性がある
    飲食店(店内飲食中心)10%食材1%、その他10%食材の仕入税額が減り、納付税額が増える方向
    食品メーカー・卸売飲食料品1%原材料1%、設備・資材等10%還付になる可能性がある
    農林漁業者農産物等1%資材・燃料等10%還付になる可能性がある(簡易課税・免税事業者では回収できない仕入税額が問題に)

    ※AEGISが方向性を整理したものです。実際の税額は取引の構成によって異なります。

    簡易課税・免税事業者の特例

    簡易課税制度を選んでいる事業者は、現行の仕組みのままだと、売上税額が少なくても一定の納付税額が生じ、還付も受けられません。そこで大綱では、次の特例が示されています。

    • 簡易課税の計算の特例:1%の飲食料品の売上げに対応する仕入控除税額を、業種区分にかかわらず、その売上税額と同額とする(2割特例・3割特例も同様)
    • 簡易課税をやめる特例:令和9年4月1日を含む課税期間中に不適用届出書を出せば、その課税期間から一般課税に移れる。簡易課税の2年間継続適用の要件は適用しない
    • 課税事業者になる特例:飲食料品の譲渡を行う免税事業者は、令和9年4月1日を含む課税期間中に課税事業者選択届出書を出せば、その課税期間から課税事業者になれる(その後原則2年間は課税事業者として申告が必要)

    還付を受けるために一般課税や課税事業者を選ぶと、帳簿・インボイスの管理負担が増え、一定期間は戻れないこともあります。「還付額」と「事務負担・継続期間」を比べて判断することが大切です。

    中間申告の特例

    消費税の中間申告は、原則として前年の納付税額をもとに計算するため、引下げで納付税額が減る事業者は中間納付が過大になります。大綱では、令和9年4月1日以後に開始する中間申告対象期間について、直前の課税期間の飲食料品の取引に1%を適用したものとして計算した税額で、仮決算による中間申告ができる特例が示されています(令和11年4月以後は逆に8%に戻した計算ができる特例)。

    資金繰りへの影響

    引下げは、事業者の資金の流れにも影響します。

    • 還付の時期:還付は申告をしてから受け取るため、還付になる事業者でも、それまでの期間は資金が先に出ていきます。課税期間の短縮の手続は現行制度どおり使えるとされています。
    • 価格改定:税込価格を下げれば売上高(税込)は減ります。本体価格を据え置くのか、税込価格を据え置くのかで、粗利と資金の残り方が変わります。
    • 在庫:3月31日以前に仕入れた飲食料品は、4月1日以後に販売しても仕入れの税率は8%です。仕入れと販売の税率がずれる時期の利益と納税を試算しておきます。
    • 終了時の戻り:令和11年4月には税率が戻る予定です。2年後の価格改定とシステム変更も、最初の計画に含めておきます。

    月次の資金繰り表に、中間申告・確定申告の時期と金額の見込みを入れておくと、税率の変更が資金に与える影響を早く把握できます。作り方は関連記事「資金繰り表の作り方」で解説しています。

    準備のスケジュール

    時期(予定)主な準備
    〜令和8年12月対象品目と税率の洗い出し、システム会社への確認、定期便・通販の販売条件の見直し、納付・還付の試算
    令和9年1月経過措置の基準日(1月1日)を踏まえた契約・販売条件の提示
    令和9年2〜3月価格表示の切替計画の実行、インボイス登録や届出の要否の最終判断
    令和9年4月1日引下げ開始(予定)。レジ・請求書の税率切替え
    令和9年4月以後中間申告の特例の要否判断、価格・販売チャネルの検証
    令和11年3月31日引下げ終了(予定)。4月からの税率の戻りへの対応

    ※法律の成立と、国税庁の最新のQ&A・様式を必ず確認してください。

    AEGISの視点

    税率の引下げは「税金が安くなる」ニュースとして受け止められがちです。しかし事業者にとっては、価格・システム・申告・資金繰りが同時に動く「経営のイベント」です。しかも2年後には元に戻る予定のため、切替えは実質的に2回あります。

    AEGISが特に重視しているのは、業態によって影響の向きが逆になるという点です。食料品を売る事業者は還付が生じる可能性がある一方、店内飲食が中心の飲食店は納付税額が増える方向に動きます。同業者のニュースや一般的な解説をそのまま自社に当てはめず、自社の売上と仕入れの税率構成から試算することが、判断の出発点になります。

    また、簡易課税や免税の特例を使うかどうかは、引下げ期間の2年間だけでなく、その後の申告方法や事務体制にまで影響します。税額の多寡だけで決めず、経理体制や取引先との関係を含めて判断することが大切だとAEGISは考えています。

    制度改正の情報を、大綱・法律・通達の段階ごとにどう読み分けるかは、関連記事「制度改正の情報はどう追い、いつ相談するか」で整理しています。改正情報を自社の計画に引き寄せて点検する考え方は「税制改正は自分の承継計画に関係するか」をご覧ください。

    まとめ

    • 大綱では、飲食料品の消費税率を令和9年4月1日から2年間、1%に引き下げる案が示されています。2026年10月10日時点で法律の成立は確認できていません。
    • 外食・酒類・ケータリングは10%のままで、テイクアウトと店内飲食の税率差は大きく広がります。
    • 総額表示の義務は続きます。切替前後の一定期間に限り、困難な事情がある場合の表示の特例が示されています。
    • 業態によって納付税額への影響は逆になります。簡易課税・免税事業者の特例、中間申告の特例を使うかを試算して判断します。
    • 価格改定・在庫・還付の時期・2年後の戻りを資金繰りに織り込み、準備のスケジュールを早めに立てることが大切です。

    よくある質問

    Q. 飲食料品の消費税率引下げは、もう決まったのですか?

    2026年9月15日に大綱が決定され、国税庁も特設サイトで事業者向けの資料を公表しています。ただし、この記事の作成時点(2026年10月10日)では法律の成立は確認できておらず、国税庁のQ&Aも法案の成立を前提とした内容として示されています。国会審議の結果を確認する必要があります。

    Q. 飲食店の店内飲食も1%になりますか?

    大綱と国税庁のQ&Aによれば、外食(店内飲食)は対象外で10%のままです。テイクアウトや宅配のように、現在8%の軽減税率が適用されている飲食料品の譲渡が1%の対象になります。

    Q. 免税事業者ですが、何か手続は必要ですか?

    免税事業者のままであれば、消費税の申告は不要です。ただし、仕入れにかかった消費税の還付を受けたい場合は課税事業者になる必要があります。大綱では、飲食料品の譲渡を行う免税事業者が、令和9年4月1日を含む課税期間中に届出をすれば、その課税期間から課税事業者になれる特例が示されています。その後原則2年間は課税事業者として申告が必要になる点も踏まえて判断します。

    Q. 簡易課税を選んでいる場合はどうなりますか?

    大綱では、1%の飲食料品の売上げに対応する仕入控除税額を、業種区分にかかわらず売上税額と同額とする特例が示されています。これにより、飲食料品の売上げ部分の納付税額は実質的に生じない計算になります。還付を受けたい場合は、一般課税に移る特例も示されています。

    Q. 3月中に仕入れて4月に売る商品の税率はどうなりますか?

    国税庁のQ&Aでは、3月31日以前の仕入れは、販売が4月1日以後であっても8%とされています。販売は1%になるため、切替時期の在庫については、仕入れと販売の税率差を踏まえて利益と納税を試算しておくと安心です。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『税理士のためのポケットブック 2026』東京税理士政治連盟 企画・編集、東京税理士会、2026年(令和7年12月時点の法令に基づく)、Chapter 1 消費税

    その他参考資料

    • 自由民主党「飲食料品消費税率の臨時的な引き下げと就業者負担支援金導入に向けた大綱を決定」(2026年9月15日)
      https://www.jimin.jp/news/policy/214205.html
      確認日:2026-10-10