個人で営む飲食店や小売店を家族以外に引き継ぐときは、「店」という一つのものを渡すのではなく、許可・店舗の賃借・設備・人・お客様との関係を、一つずつ新しい店主へ移していく作業になります。
結論から言えば、飲食店の営業許可は、現行の食品衛生法では、営業の譲渡によって譲り受けた人が営業者の地位を承継し、届け出る仕組みがあります。ただし、店舗の改装や移転を伴えば改めて許可が必要になり、酒類の販売など別の許可・届出は制度ごとに扱いが違います。実務で最も時間がかかりやすいのは、店舗を借りている場合の貸主の承諾と、敷金・保証金の精算です。
この記事では、店舗業ならではの論点を、引き継ぐ順番に沿って整理します。
店舗業の「引き継ぎ」が難しい理由
東京商工リサーチの「2025年『休廃業・解散企業』動向調査」(2026年1月公表)によると、2025年の休廃業・解散企業は6万7,210件で過去最多でした。産業別では、飲食業などを含むサービス業他が2万1,961件、小売業が7,903件と、店舗型の業種が大きな割合を占めます。休廃業企業の代表者は60代以上が90.6%に達し、直前期の決算が判明した企業の52.8%は黒字でした。
黒字でも閉じる店が多い背景には、個人店ならではの事情があります。
- 店主の腕と人柄が価値の中心:味や品ぞろえ、接客が店主個人に結びついている
- 法人格がない:会社なら株式を渡せば契約や許可が会社に残りますが、個人事業では契約も許可も店主個人のものです
- 店舗が借り物:店舗を借りている場合、借主の立場を移すには貸主の同意が要ります
中小企業庁の「事業承継ガイドライン(第3版)」も、個人事業主の承継では「開業届」「廃業届」を出すだけでは足りず、契約関係と所有関係を引き継ぐことが欠かせないとしています。また、法人格が続く会社と違い、事業に必要な許認可を後継者が取り直したり、取引先との契約を引き継いだりする必要がある点を指摘しています。
誰に、どの方法で引き継ぐか
引き継ぐ相手は、主に次の3つに分かれます。
- 従業員:店の味や仕事を知っており、常連客にもなじみがある。一方で、譲受代金や運転資金の準備が課題になりやすい
- 取引先・同業者:仕入先や近隣の同業者が、支店や新業態として引き継ぐ
- 独立・創業を目指す人:事業承継・引継ぎ支援センターの「後継者人材バンク」や、日本政策金融公庫の「事業承継マッチング支援」は、店を譲り受けて創業したい人とのマッチングも対象にしています
方法は、個人事業であれば事業譲渡(営業の譲渡)が中心です。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、個人事業主のM&Aでは事業譲渡の手法を用いるのが通常だとしています。店を法人で営んでいる場合は、会社の株式を譲る方法も選べます。
個人事業を第三者に譲るときの全体の流れと税金は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」で解説しています。
引き継ぐものの一覧
次の表は、AEGISが店舗業の引継ぎ対象と確認先を整理したものです。
| 引き継ぐもの | 主な確認点 | 相手・窓口 |
|---|---|---|
| 飲食店などの営業許可 | 営業者の地位の承継と届出、施設の変更の有無 | 保健所 |
| その他の許可・届出 | 酒類の販売、深夜の酒類提供、たばこの販売などは制度ごとに扱いが異なる | 所管の官公署 |
| 店舗の賃貸借 | 貸主の承諾、契約の引継ぎか結び直しか、賃料・期間の見直し | 貸主・管理会社 |
| 敷金・保証金 | 返還して新たに差し入れるか、引き継ぐか。償却や原状回復の取決め | 貸主 |
| 内装・厨房設備・什器 | 所有者(店主か貸主か、リースか)、状態と残りの使用期間 | 店主・リース会社 |
| 在庫・仕入先 | 引継ぎ時点の棚卸し、仕入条件の継続 | 仕入先 |
| 屋号・レシピ・ノウハウ | 使ってよい範囲、引継ぎ期間中の指導 | 新旧店主の合意 |
| スタッフ | 新しい店主との雇用契約、労働条件の説明 | スタッフ一人ひとり |
| 常連客・予約・会員 | 案内の時期と方法、個人情報の扱い | 新旧店主の合意 |
| 借入・保証 | 引き継ぐか、店主が返済するか、保証の扱い | 金融機関 |
営業許可:譲渡でも「地位の承継」ができる
食品衛生法では、飲食店などの営業許可は、営業者が都道府県知事(保健所を設置する市などを含む)の許可を受けるもので、許可は営業の施設が基準に合うかどうかで判断されます(食品衛生法55条)。
許可を受けた営業者が営業を譲渡した場合や、相続・合併・分割があった場合は、営業を譲り受けた人などが許可営業者の地位を承継します(同法56条1項)。承継した人は、承継の事実を証明する書面を添えて、遅滞なく届け出る必要があります(同条2項)。
つまり、同じ施設で同じ営業を続けるのであれば、譲り受けた人が一から許可を取り直すのではなく、地位の承継の届出で引き継げる仕組みがあります。ただし、次の点には注意が必要です。
- 施設を変える場合:改装で施設の構造が変わる場合や、店舗を移転する場合は、新たな許可や変更の手続が必要になることがあります
- 業種・営業の内容が変わる場合:許可の種類が異なれば、承継では対応できません
- 他の許可・届出:酒類の販売免許や深夜に酒類を提供する飲食店の届出などは、食品衛生法とは別の制度です。承継の可否と手続は、それぞれの所管に確認します
- 個人の開業・廃業の届出:新しい店主は開業の届出、元の店主は廃業の届出など、税務上の手続も別に必要です
具体的な書類や運用は自治体によって異なるため、譲渡日を決める前に保健所に相談しておきましょう。
店舗の賃貸借:貸主の承諾が出発点
店舗を借りている場合、借主の立場(賃借権)を他人に譲ったり、店舗を又貸ししたりするには、貸主の承諾が必要です(民法612条1項)。承諾なく第三者に使わせると、貸主は契約を解除できます(同条2項)。
貸主の対応は、大きく二つに分かれます。
- 契約を引き継ぐ:借主の地位の移転を認め、敷金もそのまま引き継ぐ
- 契約を結び直す:元の契約を終了し、新しい店主と条件を見直して新たに契約する
民法では、賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、貸主は敷金から未払いの賃料などを差し引いた残額を返還しなければならないとされています(民法622条の2第1項2号)。実務では、敷金を一度返還して新たに差し入れる形と、当事者の合意で引き継ぐ形があり、どちらになるかで新旧店主の間の精算額が変わります。保証金に償却の特約がある場合や、退去時の原状回復の範囲も、あわせて確認しておきます。
内装や厨房設備をそのまま使う、いわゆる「居抜き」の引継ぎでは、設備の所有者が誰か(店主か、貸主か、リース会社か)を整理することが欠かせません。リースの設備は、リース会社との契約の扱いを別に確認します。
設備とのれんの値付け
引継ぎの対価は、主に「設備・什器」「在庫」「のれん(店の評判や顧客との関係などの見えない価値)」の合計として考えます。
- 設備・什器:帳簿上の価額ではなく、中古市場での価格や専門業者の査定を参考にすると、当事者の納得を得やすくなります
- 在庫:引継ぎ日に棚卸しをして、使えるものだけを対象にします
- のれん:個人店では、利益の源泉が店主個人にあるほど、店主が抜けた後も同じ利益が続くかは不確かです。引継ぎ期間を設けて店主が一緒に店に立つ、レシピや仕入先を文書で残すなど、のれんが新しい店主に移る仕組みがあるかどうかで評価が変わります
対価の内訳は税金にも影響します。個人の事業譲渡では、譲る資産の種類によって所得の区分が分かれ、消費税も課税対象の資産と非課税の資産を区分して計算します。内訳は契約書に明記しておきましょう。
常連客とスタッフの引継ぎ
店の価値の多くは、常連客とスタッフに宿っています。
- スタッフ:事業譲渡では雇用契約は自動的には移らず、一人ひとりが新しい店主と雇用契約を結びます。給与や勤務時間などの条件を早めに示し、不安を取り除くことが、引継ぎの成否を分けます
- 常連客:店主の交代をいつ、どう伝えるかを新旧店主で決めておきます。予約台帳や会員情報など個人情報を引き継ぐ場合は、取扱いに注意が必要です
- 引継ぎ期間:数か月程度、元の店主が新しい店主と並んで店に立つ期間を設けると、味や接客、仕入れのノウハウが移りやすくなります
屋号を引き続き使う場合も注意が必要です。商法では、営業を譲り受けた人が譲渡人の商号を続けて使うと、譲渡人の営業で生じた債務を弁済する責任を負うとされています(商法17条1項)。譲受人が責任を負わない旨を遅滞なく登記するか、第三者に通知した場合は、この責任を免れることができます(同条2項)。
引継ぎのスケジュール
| 時期の目安 | やること |
|---|---|
| 1年前 | 店の収支と資産・借入を一覧にする。引き継ぐ相手の候補を考え、支援窓口に相談する |
| 6か月前 | 相手と基本条件を決める。貸主・保健所・金融機関に事前相談する |
| 3か月前 | 譲渡契約、賃貸借の承諾・契約の手続。スタッフへの説明と雇用条件の提示 |
| 引継ぎ日 | 棚卸し、鍵・設備の引渡し、営業者の地位の承継の届出 |
| 引継ぎ後 | 並行営業の期間、元店主の廃業手続と確定申告 |
店をたたむ場合の手続と比べたい方は、関連記事「個人事業をたたむときの手続と残った資産」も参考にしてください。
実務上注意したいポイント
- 貸主への相談は早めに:貸主の承諾が得られないと、引継ぎ自体が成り立たないことがあります
- リースと保証の確認:厨房機器のリースや、店主個人が保証している借入は、引継ぎの条件に直結します
- 譲受側の資金計画:従業員や創業者が引き継ぐ場合、譲受代金と当面の運転資金の調達計画を一緒に確認します。譲り受けて独立する側の視点は、関連記事「後継者不在の会社を引き継いで起業する方法」で解説しています
AEGISの視点
個人店の価値は、「場所」「人」「仕組み」の掛け算だとAEGISは考えています。場所は賃貸借や店舗の不動産、人は店主とスタッフ、仕組みはレシピや仕入れ、常連客との関係です。家族以外に引き継ぐときに失敗しやすいのは、このうち「人」を店主一人に頼ったまま、「場所」と「仕組み」を移す準備が遅れる場合です。
もう一つ大切なのは、店主自身のこれからです。店舗兼住宅を所有している場合は、店舗部分を売るのか貸すのか、引退後の収入をどう確保するのか、そしてその不動産を将来どう相続するのかを、店の引継ぎと一緒に考える必要があります。店の引継ぎは、店主の家計と資産の設計の一部でもあります。事業承継の全体像は、関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で解説しています。
まとめ
- 個人店の引継ぎは、許可・賃借・設備・人・顧客の関係を一つずつ移す作業です。
- 飲食店の営業許可は、営業の譲渡でも譲受人が営業者の地位を承継し、届け出る仕組みがあります。施設の変更や他の許可は別に確認が必要です。
- 店舗を借りている場合は、貸主の承諾が出発点です。敷金・保証金の精算方法も早めに決めます。
- のれんの評価は、店主が抜けても価値が残る仕組みがあるかどうかで変わります。
- スタッフは個別に新しい店主と雇用契約を結びます。屋号を続けて使う場合は、商法上の責任にも注意します。
よくある質問
Q. 飲食店を譲り受けた人は、営業許可を取り直す必要がありますか?
現行の食品衛生法では、営業の譲渡があった場合、譲り受けた人が許可営業者の地位を承継し、承継を証明する書面を添えて遅滞なく届け出る仕組みがあります。ただし、施設の改装や移転を伴う場合は新たな手続が必要になることがあるため、事前に保健所に確認してください。
Q. 貸主が店舗の譲渡を認めてくれない場合はどうなりますか?
借主の立場を譲るには貸主の承諾が必要で、承諾なく第三者に使わせると契約を解除されるおそれがあります。条件の見直しを含めて貸主と話し合うか、別の店舗で営業する、設備だけを譲るなど、引継ぎの形を変えることを検討します。
Q. 敷金は新しい店主に引き継がれますか?
当事者の合意によります。民法上は、適法に賃借権が譲渡されたときに貸主は敷金の残額を返還するとされており、実務では一度返還して新たに差し入れる形と、引き継ぐ形があります。どちらにするかで新旧店主の精算額が変わるため、契約書に明記します。
Q. スタッフはそのまま働き続けられますか?
事業譲渡では雇用契約が自動的に移らないため、スタッフ一人ひとりが新しい店主と雇用契約を結びます。条件を早めに示し、本人の同意を得ることが必要です。
Q. 店の名前(屋号)はそのまま使ってもよいですか?
当事者が合意すれば使えますが、商法では、譲り受けた人が商号を続けて使うと、譲渡人の営業で生じた債務を弁済する責任を負う場合があります。責任を負わない旨の登記や取引先への通知で、この責任を免れる方法があります。
関連するAEGISのソリューション
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- 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金・遺言・契約・金融機関対応などを確認します。
- M&A:会社売却の方針、取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理を検討します。
参考資料・出典
公的資料・一次情報
- e-Gov法令検索「食品衛生法」第55条・第56条
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000233
確認日:2026-10-10 - e-Gov法令検索「民法」第612条・第622条の2
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
確認日:2026-10-10 - e-Gov法令検索「商法」第17条
https://laws.e-gov.go.jp/law/132AC0000000048
確認日:2026-10-10 - 中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(令和4年3月改訂)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf
確認日:2026-10-10 - 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)および参考資料5
確認日:2026-10-10 - 国税庁 質疑応答事例(消費税)「営業の譲渡をした場合の対価の額」
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shohi/14/01.htm
確認日:2026-10-10
書籍
- 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔著、中央経済社、2025年、P.192-199
その他参考資料
- 東京商工リサーチ「過去最多の6.72万件、赤字企業率は47.2% 代表者60代以上の退出が加速 ~2025年『休廃業・解散企業』動向調査~」(TSRデータインサイト、2026年1月9日)
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202284_1527.html
確認日:2026-10-10








