投稿者: AEGIS

  • 賃貸管理会社・不動産会社を売るとき|管理受託契約とオーナーの同意、宅建業免許・管理業登録、資格者、評価のポイント

    賃貸管理会社・不動産会社を売るとき|管理受託契約とオーナーの同意、宅建業免許・管理業登録、資格者、評価のポイント

    賃貸管理会社や不動産会社を売るときに押さえたいのは、「免許・登録」「管理受託契約」「資格者」の3つが、会社と一緒に買い手へ移るかどうかです。この3つが確実に引き継げるかどうかが、売却の可否と価格を左右します。

    会社の株式を譲渡する方法(株式譲渡)であれば、会社そのものは変わらないため、宅地建物取引業(宅建業)の免許や賃貸住宅管理業の登録、オーナーとの管理受託契約は、原則としてそのまま会社に残ります。一方、事業だけを切り出して譲渡する方法(事業譲渡)や会社分割では、宅建業の免許は買い手側で別に必要になり、管理受託契約もオーナーの承諾を得て移す必要があります。

    この記事では、不動産会社の売却に特有の論点を、免許・登録、管理受託契約とオーナーの同意、資格者の確保、評価のポイントの順に整理します。会社売却の準備全般は、親記事「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    不動産会社の売却で何が問題になるか

    不動産会社の価値は、建物や設備よりも、免許・登録という「営業の資格」、オーナーとの契約という「収益の源泉」、取引士などの「人」に支えられています。

    引き継ぐものなぜ重要か売却時に起きやすい問題
    宅建業の免許仲介や売買を行うための前提事業譲渡では引き継げない、役員変更で届出が必要
    賃貸住宅管理業の登録200戸以上の管理受託に必要同上
    管理受託契約毎月の管理報酬という安定収益の源泉オーナーの解約、契約の地位の移転に承諾が必要
    専任の宅地建物取引士・業務管理者免許・登録の要件そのもの売却を機に退職すると要件を欠く
    預り金(家賃・敷金など)オーナーと入居者のお金分別管理の不備は買い手の大きな懸念

    宅建業の免許・管理業の登録はどうなるか

    株式譲渡なら、会社の免許・登録は原則そのまま

    株式譲渡では、株主が変わるだけで会社は同じです。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、株式譲渡は会社の資産・負債や契約、許認可などが原則として存続し、許認可の再取得が不要である点がメリットとされています。

    ただし、株主の交代にあわせて役員が変わる場合は注意が必要です。

    • 宅建業:免許の申請事項である役員の氏名や、事務所ごとの専任の宅地建物取引士の氏名に変更があった場合は、30日以内に変更の届出が必要です(宅地建物取引業法9条)。新たに役員になる人が、免許の基準に定める欠格事由に当たらないかも確認が必要です。
    • 賃貸住宅管理業:登録の申請事項(役員の氏名、営業所の所在地など)に変更があった場合は、30日以内に届け出なければなりません(賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律7条)。

    事業譲渡・会社分割では、免許は買い手側で必要になる

    宅地建物取引業法にも賃貸住宅管理業法にも、免許や登録を事業の譲受人や合併・分割の相手先へ引き継ぐ規定は設けられていません。合併で会社が消滅した場合は、その旨の届出が必要になります(宅地建物取引業法11条、賃貸住宅管理業法9条)。

    そのため、事業譲渡や会社分割で不動産事業を切り出す場合は、事業を受け入れる会社が自ら免許・登録を持っているか、新たに取得する必要があります。許認可の再取得には時間がかかり、その間は営業できないため、スキームの選択は免許・登録の扱いを起点に考えることが大切です。

    それでも事業譲渡が選ばれるのは、たとえば次のような場合です。

    • 仲介部門と管理部門のうち、一方だけを売りたい場合
    • 買い手が、売り手の会社の過去の取引から生じるかもしれない債務(簿外債務・偶発債務)を引き継ぎたくない場合
    • 買い手がすでに免許・登録を持つ同業の不動産会社で、管理物件だけを自社に取り込みたい場合

    いずれの場合も、オーナーの承諾の取得や従業員の転籍の同意など、株式譲渡より手続きが多くなる点を見込んでおく必要があります。株式譲渡と事業譲渡の違いは、関連記事「株式譲渡と事業譲渡の比較ポイント」で整理しています。

    管理受託契約とオーナーの同意

    株式譲渡でも、オーナーの理解が欠かせない

    株式譲渡では、管理受託契約の当事者(管理会社)は変わらないため、法律上はオーナーの承諾なく契約は続きます。しかし、次の点には注意が必要です。

    • チェンジ・オブ・コントロール条項:契約に「株主や経営権が変わった場合は通知する」「相手方の承諾が必要」「解除できる」といった定めがないかを確認します。
    • 解約の自由度:管理受託契約は、一定の予告期間を置けば中途解約できる定めになっていることが多く、オーナーが経営者の交代に不安を感じれば、解約されるおそれがあります。
    • 担当者との関係:オーナーとの関係が、売り手の社長個人や特定の担当者に強く依存している場合、その人が抜けると契約の継続が揺らぎます。

    事業譲渡では、契約ごとにオーナーの承諾が必要

    事業譲渡で管理受託契約を買い手に移す場合、契約上の地位の移転には、契約の相手方であるオーナーの承諾が必要です(民法539条の2)。管理物件が多ければ、オーナー一人ひとりから承諾を得る手間と時間がかかり、承諾が得られない契約は移せません。サブリース(借上げ)方式の契約がある場合も、同様にオーナーとの調整が必要です。

    オーナーへの説明の時期と内容は、秘密保持とのバランスを取りながら、売り手と買い手で事前に段取りを決めておくことが大切です。

    資格者と管理体制の確保

    専任の宅地建物取引士と業務管理者

    宅建業者は、事務所ごとに、業務に従事する人の5人に1人以上の割合で専任の宅地建物取引士を置く必要があり、この要件を欠いた場合は2週間以内に必要な措置を取らなければなりません(宅地建物取引業法31条の3)。賃貸住宅管理業者は、営業所ごとに業務管理者を選任する必要があり、業務管理者が欠けると、新たに選任するまでその営業所では管理受託契約を結べません(賃貸住宅管理業法12条)。

    売却を機に取引士や業務管理者が退職すると、免許・登録の要件を満たせなくなるおそれがあります。売り手の社長自身が取引士である場合は、退任後の後任をどう確保するかも、売却条件の重要な論点です。

    預り金の分別管理

    賃貸住宅管理業者は、管理業務で受け取った家賃・敷金・共益費などを、自社の財産と分けて管理しなければなりません(賃貸住宅管理業法16条)。買い手の調査(デュー・デリジェンス)では、預り金の残高と通帳・帳簿の一致、オーナーへの送金の遅れがないかが必ず確認されます。分別管理に不備があると、それだけで取引が止まることもあるため、売却を考え始めた段階で点検しておきたい項目です。

    評価のポイント

    不動産会社の譲渡価格は、一般に、純資産を時価に直した金額に、将来の収益力を反映した「のれん」を加えて考える方法や、将来のキャッシュフローから考える方法などで検討されます。不動産会社に特有の評価のポイントは次のとおりです。

    • 管理戸数と管理報酬の安定性:管理戸数、管理報酬率、過去数年の解約率、オーナーの集中度(特定のオーナーに依存していないか)
    • 仲介・売買の収益の変動:仲介手数料や自社売買の利益は、市況によって大きく変動します。過去の実績が今後も続くかを、買い手は慎重に見ます。
    • 販売用不動産の評価:自社で保有する販売用不動産は、時価への見直しの対象となり、含み損があれば価格に影響します。
    • 人への依存度:社長や特定の担当者が抜けた後も、オーナーや取引先との関係が続く体制かどうか。

    譲渡価格の決まり方の全体像は、関連記事「中小企業の譲渡価格はどう決まるか」で整理しています。

    売却前に整えておきたいこと

    • 免許・登録の内容(役員、事務所、専任の取引士、業務管理者)と、届出が最新の状態か
    • 管理受託契約書の有無と、契約ごとの解約条項・チェンジ・オブ・コントロール条項
    • 管理物件の一覧(戸数、管理報酬、契約期間、オーナーの属性)
    • 預り金の分別管理と、オーナーへの送金の記録
    • 取引士・業務管理者の在籍状況と、売却後の継続意向
    • 社長個人が所有する事務所や物件と、会社との賃貸借関係

    売却後に、売り手が表明した事実と異なる点が見つかった場合の責任の範囲は、契約の表明保証条項で定めます。詳しくは関連記事「表明保証と売主の責任」で解説しています。

    AEGISの視点

    不動産会社、とりわけ賃貸管理会社の価値の中心は、オーナーとの間で長年積み重ねてきた「信頼の契約」にあります。株式を譲渡すれば法律上の契約は残りますが、オーナーが新しい経営者を信頼できなければ、契約は解約という形で静かに失われていきます。

    AEGISは、不動産会社の売却を「会社を売る」ことにとどめず、オーナーの大切な資産の管理を、誰に、どのような形で引き継ぐかという視点で考えることが大切だと考えています。免許・登録の要件や預り金の管理を整えることは、買い手の調査に備えるためだけでなく、管理を任せてくれているオーナーへの責任を果たすことでもあります。

    また、売却で得た資金の使い方や、社長個人が所有する不動産の扱い、売却後の生活と相続まで含めて設計すると、「渡せる会社」としての準備が整い、売り手にとっても納得のいく売却につながると考えています。

    まとめ

    • 不動産会社の売却では、免許・登録、管理受託契約、資格者の3つが会社と一緒に移るかどうかが要になります。
    • 株式譲渡なら、会社の免許・登録や管理受託契約は原則としてそのまま残りますが、役員の変更などの届出は必要です。
    • 事業譲渡や会社分割では、宅建業の免許・管理業の登録は買い手側で必要になり、管理受託契約の移転にはオーナーの承諾が必要です。
    • 専任の宅地建物取引士や業務管理者の継続と、預り金の分別管理は、売却前に必ず確認したい項目です。
    • 評価では、管理戸数と解約率、仲介収益の変動、人への依存度などが見られます。具体的な判断は個別の事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 会社を売ると、宅建業の免許は取り直しになりますか?

    株式譲渡であれば、会社が同じなので免許は原則としてそのまま使えます。ただし、役員や専任の宅地建物取引士が変わった場合は、30日以内に変更の届出が必要です。事業譲渡や会社分割で事業を移す場合は、受け入れる会社が自ら免許を持っているか、新たに取得する必要があります。

    Q. 管理を受託している物件のオーナーの同意は必要ですか?

    事業譲渡で管理受託契約を買い手に移す場合は、契約上の地位の移転にオーナーの承諾が必要です。株式譲渡では、法律上は承諾がなくても契約は続きますが、契約にチェンジ・オブ・コントロール条項がある場合や、オーナーが解約を選ぶ可能性を考えると、事前の説明と信頼の確保が欠かせません。

    Q. 社長が唯一の宅地建物取引士の場合、売却できますか?

    売却は可能ですが、社長が退任すると専任の取引士の要件を欠くおそれがあります。売却後も一定期間は社長が残る、後任の取引士を事前に確保する、といった対応を売却条件の中で決めておく必要があります。

    Q. 管理戸数が少ない会社でも買い手は見つかりますか?

    管理戸数だけで決まるわけではありません。地域での信頼、オーナーとの関係の安定性、仲介や修繕の受注力なども評価されます。ただし、管理報酬の安定性は評価の重要な要素であるため、解約率やオーナーの集中度を整理しておくことが大切です。

    Q. 売却前に預り金の管理で確認すべきことは何ですか?

    家賃・敷金などの預り金が自社の財産と分けて管理されているか、帳簿と通帳の残高が一致しているか、オーナーへの送金が遅れていないかを確認します。不備がある場合は、売却の交渉を始める前に整えておくことが望まれます。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 渡部潔著『中小企業M&AのFA業務マニュアル』中央経済社、P.18-21、P.59、P.67-69、P.192-193、P.201、P.242-244
    • 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司著、ソシム、P.016-021
  • 相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか|評価差だけでなく借入れ・収益・売却・制度変更まで含めて試算する

    相続税評価額が低い不動産なら、必ず相続対策になるのか|評価差だけでなく借入れ・収益・売却・制度変更まで含めて試算する

    結論からいうと、相続税評価額が購入価格より低い不動産を買っても、それだけで「得」になるとは限りません。相続税が下がる効果は、購入価格と評価額の差から生まれますが、その差は購入した瞬間から、物件の収益性、借入れの負担、将来の売却価格、そして制度の変更によって目減りしていきます。

    さらに、国税庁は2026年9月、課税時期前5年以内に取得・新築した貸付用不動産を「通常の取引価額」で評価する通達案を公表しました(令和9年1月1日以後の相続等に適用予定、意見募集中で最終通達は未発遣)。相続の数年前に賃貸物件を買う対策は、前提そのものが変わろうとしています。

    この記事では、購入型の相続対策の損得を、評価の差だけでなく「家族の手元に最終的に何が残るか」で試算する考え方を整理します。

    なぜ「不動産を買うと相続税が下がる」といわれるのか

    相続税は、財産の「取得の時における時価」で計算するのが原則です(相続税法第22条)。国税庁は、その時価の具体的な評価方法を財産評価基本通達で定めています。

    現金は額面どおりに評価されますが、不動産は次のような仕組みで、購入価格より低く評価されることが多くなります。

    • 土地:路線価で評価します。路線価は地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定められています(国税庁「令和8年分の路線価等について」)が、この記事を投稿する時点においては、都市部の路線価は時価の80%を大きく下回っています。
    • 建物:固定資産税評価額を基に評価します。一般に建築費や購入価格より低くなります。
    • 賃貸している場合:借家人の権利を考慮し、土地は「貸家建付地」、建物は「貸家」として、さらに評価が下がります(国税庁 タックスアンサーNo.4614)。

    たとえば現金1億円で賃貸物件を買うと、相続財産は「1億円の現金」から「評価額が1億円より低い不動産」に置き換わります。この差が、相続税の計算上の効果になります。

    評価差だけで判断すると見落とす4つのこと

    ここで注意したいのは、相続税の計算上の効果と、家族にとっての経済的な損得は別物だということです。評価差だけを見ていると、次の4つを見落とします。

    1. 時価が下がれば、効果は相殺される

    相続後に家族が実際に受け取るのは、評価額ではなく、その不動産の市場価値です。購入価格には仲介手数料や登記費用、不動産取得税などの取得費用がかかり、購入直後に売れば購入価格を下回ることが一般的です。建物は年数とともに価値が下がり、地域によっては土地の価格も下がります。

    相続税が数百万円軽くなっても、不動産の時価がそれ以上に下がれば、家族の手元に残る財産は減ってしまいます。

    2. 借入れは「負債が残る」ことでもある

    借入れで不動産を買うと、借入金は相続税の計算上、債務として差し引かれます。そのため「借入れで買うと効果が大きい」と説明されることがあります。しかし、借入れによる効果の本体は、あくまで不動産の評価が下がることにあり、借入れそのものが財産を増やすわけではありません。

    引き継いだ家族は、返済を続ける義務も引き継ぎます。金利が上がれば、返済額が増える可能性もあります。賃料収入で返済を賄えるかどうかが、損得を分ける大きな要素です。

    3. 収益が低い物件は、毎年の手取りを減らす

    賃貸物件は、賃料から管理費、修繕費、固定資産税、借入れの利息を差し引いた手取りで評価すべき資産です。空室が続く、修繕費がかさむといった物件は、相続税が軽くなっても毎年の資金を少しずつ失わせます。

    4. 売りたいときに売れるとは限らない

    相続後に納税や分割のために売却しようとしても、立地や築年数によっては買い手がつきにくく、想定より大きく値下げしなければならないことがあります。売却のしやすさ(流動性)は、購入時の利回り以上に重要な判断要素です。

    制度の変化:令和9年以後の評価見直しと「総則6項」

    貸付用不動産の評価見直し(通達案)

    国税庁が2026年9月18日に意見募集を始めた「貸付用不動産の評価について(案)」では、次の考え方が示されています。

    • 課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産は、課税時期の「通常の取引価額」に相当する金額で評価する
    • 取得価額がその時の通常の取引価額に相当すると認められる場合は、土地は「取得価額×地価変動率」、建物は「取得価額-償却費相当額」の、それぞれ80%で評価できる
    • 不動産特定共同事業などで小口化された不動産(いわゆる不動産小口化商品)は、別の方法で評価する
    • 令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産に適用する

    背景として、国税庁は政府税制調査会の専門家会合(令和7年11月13日)で、相続開始前の駆け込み取得の事例では購入価格と通達評価額の乖離が中央値で3倍を超えていたことなどを示しています。

    案の段階であり、意見募集は2026年10月18日までで、最終的な通達はまだ定められていません。それでも、相続の5年以内に買った賃貸不動産は、評価が購入価格の8割程度まで戻る可能性があると考えておくのが現実的です。そうなると、評価差による効果は従来よりも大きく縮小します。

    制度の詳しい内容は、関連記事「貸付用不動産の相続税評価の見直しとは」で解説しています。

    評価通達によらない評価(総則6項)

    財産評価基本通達には、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産」は国税庁長官の指示を受けて評価する、という定めがあります(評価通達6項)。

    最高裁令和4年4月19日判決は、相続税の負担を減らすことを期待して借入れにより不動産を購入した事案で、評価通達による画一的な評価が「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がある場合には、通達を上回る価額(この事案では鑑定評価額)で評価しても違法ではないと判断しました。この事案では、購入と借入れがなければ課税価格の合計が6億円を超えていたのに、申告では基礎控除によって相続税が0円とされていました。

    つまり、通達案の対象にならない場合でも、取得の経緯や目的によっては、通達どおりの評価が認められないことがあります。否認の判断枠組みについては、関連記事「評価を下げる対策が否認されるとき」で解説しています。

    損得を試算するときの考え方

    購入型の対策が本当に得かどうかは、次の項目を並べて試算すると見えてきます。

    試算の項目内容損得への影響
    A. 相続税の軽減額購入しない場合と購入した場合の相続税の差プラス
    B. 取得費用仲介手数料、登記費用、不動産取得税などマイナス
    C. 保有中の手取り賃料-管理費・修繕費・税金・利息プラスにもマイナスにもなる
    D. 時価の変動相続時点・売却時点の市場価値と購入価格の差プラスにもマイナスにもなる
    E. 売却時の税金とコスト譲渡所得課税、仲介手数料などマイナス
    F. 制度変更・否認のリスク評価見直し(通達案)、総則6項による評価Aを縮小・消失させる

    損得の判断は、「A+C+D」から「B+E」を差し引いた結果が、何もしなかった場合と比べてプラスかどうかで考えます。そのうえで、Fのリスクを踏まえて、Aがどの程度まで小さくなっても成り立つかを確かめます。

    ポイントは次のとおりです。

    • Aは最大値ではなく、縮んだ場合でも試算する:通達案が適用されると、5年以内取得の物件のAは大きく減ります。
    • Dは楽観せずに試算する:購入価格どおりに売れる前提を置かず、値下がりした場合も確認します。
    • Cは借入金利の上昇も想定する:返済額が増えても手取りがマイナスにならないかを確かめます。
    • 購入から相続までの期間を考える:期間が短いほど、評価見直しや否認のリスクが高まり、時価の下落を賃料収入で補う時間も短くなります。

    「相続対策として買ってよい不動産」の条件

    評価差による効果を前提にしない場合、相続対策として不動産を持つ意味があるのは、次のような場合です。

    • 相続税がなくても持ちたい物件である:収益性と立地から、投資として成り立つ
    • 引き継ぐ人と役割が決まっている:誰が相続し、どう運営するかが明確
    • 分けやすさや納税資金の計画と整合している:特定の相続人に偏らない、売却で納税資金を作れる
    • 購入の目的と経緯を説明できる:事業上・資産形成上の理由が記録に残っている

    相続対策は、不動産を「買う理由」ではなく、不動産を持つことの「副次的な効果」として位置づけるのが健全です。購入前に確認したいことは、関連記事「高所得者が投資用不動産を購入する前に確認したいこと」、所有地の活用を評価だけで判断しない考え方は「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」で解説しています。

    すでに購入した不動産がある場合

    過去に相続対策として不動産を購入している場合は、次の点を確認しておくとよいでしょう。

    • 取得時期が、相続等の時点から見て5年以内に入る可能性があるか(通達案の対象範囲)
    • 現在の収支と借入残高は健全か、売却した場合の手取りはいくらか
    • 購入の目的や経緯を示す資料(検討資料、事業計画、融資の稟議資料など)が残っているか

    また、すでに相続税の申告を終えている場合でも、不動産の評価に誤りがあったときは、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます(国税通則法第23条)。申告内容の点検については、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」を参照してください。

    AEGISの視点

    「不動産を買えば相続税が下がる」という説明は、計算の一部だけを切り取ったものです。AEGISは、購入型の相続対策を「相続税の計算」ではなく「家族の財産の総額と質」で評価すべきものと考えています。

    相続税が軽くなっても、不動産の時価が下がり、借入れの返済に追われ、売りたいときに売れなければ、家族の手元に残るものは減ります。逆に、収益力と流動性のある不動産を、引き継ぐ人と役割を決めて持つことは、相続税の効果がなくても家族にとって価値があります。

    令和9年以後の評価見直し(通達案)と、最高裁令和4年判決以降の実務は、評価差だけに頼る対策の時代が終わりつつあることを示しています。だからこそ、購入の判断を「税引後の手残り」と「承継後の運営」から行い、相続税の効果はその結果としてついてくるもの、と捉え直すことが大切だと考えています。

    相続対策と事業承継を一体で考える全体像は、関連記事「相続対策と事業承継を一体で考える」で、相続前の不動産を残す・売る・組み替える判断は「不動産を相続する前に、残す・売る・組み替えるを考える」で解説しています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    不動産の評価や承継に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 不動産は購入価格より低く評価されることが多く、その差が相続税の計算上の効果になります。
    • しかし、時価の下落、取得・売却のコスト、借入れの負担、収益性、売却のしやすさによって、家族にとっての損得は変わります。
    • 課税時期前5年以内に取得した貸付用不動産を通常の取引価額で評価する見直しが、令和9年1月1日以後の相続等に適用される予定です(通達案・最終通達は未発遣)。
    • 通達の対象外でも、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることがあります(最高裁令和4年4月19日判決)。
    • 損得は、相続税の軽減額・取得費用・保有中の手取り・時価の変動・売却時のコスト・制度変更のリスクを並べて試算します。
    • 具体的な効果は個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 不動産を買えば、相続税は必ず安くなりますか?

    相続税の計算上は、現金より不動産の評価額が低くなることが多いため、税額が下がる場合はあります。ただし、令和9年1月1日以後の相続等では、5年以内に取得した貸付用不動産の評価が見直される予定(通達案)であり、取得の経緯によっては評価通達によらない評価が行われることもあります。また、税額が下がっても、家族の財産全体が増えるとは限りません。

    Q. 借入れで不動産を買うと、効果が大きくなるのですか?

    借入金は債務として差し引かれますが、効果の中心は不動産の評価が下がることにあります。借入れで買う場合は、返済の義務を家族が引き継ぎ、金利上昇の影響も受けます。最高裁令和4年判決の事案も借入れによる購入でした。賃料で返済を賄えるかを含めて判断することが大切です。

    Q. 令和9年より前に相続が起きれば、今の評価方法のままですか?

    国税庁の通達案では、令和9年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得した財産の評価に適用するとされています。それより前の相続等には、現行の評価方法が適用されると考えられますが、最終的な通達の内容を確認する必要があります。なお、現行の評価方法の下でも、評価通達6項による評価が行われる可能性はあります。

    Q. 不動産小口化商品も同じように扱われますか?

    通達案では、不動産特定共同事業などにより小口化された貸付用不動産について、取得時期にかかわらず通常の取引価額で評価する別の定めが置かれています。元本等相当額や鑑定評価額などを基にした評価方法も示されています。最終的な通達の内容を確認したうえで判断してください。

    Q. 相続対策として不動産を買うなら、何を基準に選べばよいですか?

    相続税の効果がなくても持ちたいと思える収益性と立地があるか、引き継ぐ人と運営の方法が決まっているか、売却しやすいか、購入の目的を説明できるか、が基準になります。評価差は結果としての効果と位置づけ、税引後の手残りで判断することをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『完全ガイド 事業承継・相続対策の法律と税務(五訂版)』PwC税理士法人 編、税務研究会出版局(2018年)第1章「事業承継・相続対策総論」
    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント[第3集]』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2018年)CASE3
  • 相続した賃貸物件の評価を見直すときの確認点|賃貸割合と一時的な空室、一括借上げ、複数棟、駐車場

    相続した賃貸物件の評価を見直すときの確認点|賃貸割合と一時的な空室、一括借上げ、複数棟、駐車場

    相続した賃貸アパートやマンションの相続税評価を見直すときは、「どの部分が、相続の時点で貸していると扱えるか」と「どの範囲を1つの土地として評価するか」の2点を中心に確認します。

    賃貸物件の敷地は「貸家建付地」として、自分で使っている土地より低く評価されます。その減額の大きさを決めるのが「賃貸割合」です。相続の時点でたまたま空室があった部分を、一時的な空室として賃貸中と扱えるかどうかで、評価額が変わります。また、複数の建物や駐車場がある敷地では、評価の単位の分け方によっても結果が変わります。

    この記事では、賃貸物件特有の評価の論点を、申告後に見直すときの確認の順番に沿って整理します。土地の形状などによる一般的な減額要素は、親記事「相続税申告の土地評価を見直すときの確認点」で扱っています。

    貸家建付地と貸家の評価の基本

    国税庁のタックスアンサー(No.4614)によれば、貸家建付地とは、所有する土地に建てたアパートやビルを他人に貸している場合の、その敷地をいいます。評価は次の算式によります。

    貸家建付地の価額 = 自用地としての価額 -(自用地としての価額 × 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)

    借地権割合と借家権割合は、国税庁の路線価図・評価倍率表で確認します。建物(貸家)も、固定資産税評価額を基にした価額から、借家権割合と賃貸割合に応じた分を差し引いて評価します(財産評価基本通達93)。

    この減額が認められるのは、借家人が建物とその敷地をある程度支配しており、所有者が自由に使えず、売るときも借家人付きの価格になるからです。逆にいえば、相続の時点で実際に貸していない部分には、原則として減額は及びません。国税庁の質疑応答事例でも、借家人が退去して空き家となっている家屋の敷地は、たとえ賃貸用に建てた建物であっても、自用地として評価するとされています。

    確認点1:賃貸割合と「一時的な空室」

    賃貸割合の計算

    賃貸割合は、アパートなどの各独立部分(壁や扉で区切られ、独立して貸せる部屋)の床面積の合計のうち、相続の時点で賃貸されている部分の床面積の割合です。20室のうち4室が空室なら、各室の広さが同じであれば賃貸割合は80%になり、その分だけ減額が小さくなります。

    一時的な空室として扱える場合

    ただし、継続的に賃貸されてきた部屋が、相続の時点でたまたま空いていただけと認められる場合は、賃貸されているものとして扱って差し支えないとされています。国税庁は、その判断の目安として次の事実関係を挙げています(No.4614、質疑応答事例「貸家建付地等の評価における一時的な空室の範囲」)。

    確認する事実見直しのときに確かめたい資料
    相続の前から継続的に賃貸されてきたか過去の賃貸借契約書、入居者の履歴
    退去後、速やかに入居者の募集をしたか管理会社への募集依頼の記録、募集広告
    空室の間、他の用途に使っていないか物置・自己使用などがないことの確認
    空室の期間が、例えば1か月程度など一時的か退去日と次の入居日の記録
    相続後の賃貸が一時的なものではないか相続後の入居状況、賃貸借契約書

    国税庁の質疑応答事例では、学生向けアパートで卒業による退去が重なり、相続の時点で半分ほどが空室だったものの、新入居者を募集し月末には満室になっていたケースで、空室部分を賃貸中に含めて計算して差し支えないとしています。

    「1か月程度」は目安であり、総合判断

    「1か月程度」という期間は例示であり、これを超えたら直ちに認められないというものではありません。国税不服審判所の裁決では、20室中4室が2か月から1年11か月空いていた賃貸マンションについて、速やかな修繕と募集、定期的な補修、周辺に競合物件が多い事情などを総合して一時的な空室と認め、賃貸割合を100%とした例があります(平成20年6月12日裁決)。

    一方で、空室が長期間続き、相続後も貸付けの用に供されずに売却された事案では、一時的な空室とは認められなかった例もあります(平成21年3月25日裁決)。

    結論を分けるのは、空室の期間の長さそのものより、「賃貸を続ける意思と行動が、記録で確認できるか」です。申告の見直しでは、当初の申告で空室を一律に除外していないか、逆に長期の空室を根拠なく賃貸中としていないか、の両面を確認します。

    確認点2:一括借上げ(サブリース)の扱い

    建物を管理会社などに一括で貸し、その会社が入居者に転貸する一括借上げ(サブリース)の場合、所有者から見た借家人は一括借上げをした会社です。建物全体を一括で貸しているため、各部屋に入居者がいるかどうかにかかわらず、建物全体が賃貸されていると考えられ、賃貸割合は高くなる傾向があります。

    見直しでは、次の点を確認します。

    • 相続の時点で一括借上げの契約が有効に続いていたか(契約期間、更新、解約の有無)
    • 契約の対象がどの建物・どの部屋か(建物の一部だけが対象になっていないか)
    • 契約の相手方と実際の運営の実態が一致しているか

    一括借上げの契約内容の読み方は、関連記事「賃貸管理を委託するときの契約の確認点」で解説しています。

    確認点3:複数棟の評価単位

    土地は「1画地」ごとに評価します。国税庁の質疑応答事例「宅地の評価単位」では、貸家建付地を評価する場合において貸家が数棟あるときは、原則として各棟の敷地ごとに1画地とするとされていますが、借地権が同一の契約により締結されている場合には、複数棟の借地権を一体で評価するのが原則です。

    評価単位の分け方は、間口・奥行・形状による補正や、地積規模の大きな宅地の評価の適用判定に影響します。そのため、次のような点で当初の申告と異なる判断があり得ます。

    • 一括借上げで複数棟を1通の契約で貸している場合:多くの場合一体評価が認められますが、国税不服審判所の裁決には、5棟の共同住宅が1通の契約で一括借上げされていても、各棟の敷地ごとに1画地として評価するのが相当とした例があります(平成26年4月25日裁決)。契約が1つであることだけで、敷地全体を1単位とできるわけではありません。
    • 遺産分割で複数の相続人が分けて取得した場合:取得者ごとに分けて評価するのが原則ですが、分割後の土地が通常の用途に使えないなど著しく不合理な分割の場合は、分割前の単位で評価します(質疑応答事例「宅地の評価単位」)。
    • 通路・植栽・ゴミ置場など共用部分:どの棟の敷地に含めるかを、現地の利用状況で確認します。

    確認点4:敷地内の駐車場

    アパートの敷地内にある駐車場の扱いは、利用者によって変わります。

    • 入居者専用の駐車場で、建物の敷地と一体として利用されている場合:建物の敷地と合わせて貸家建付地として評価する考え方があります。
    • 外部の人にも貸している駐車場:駐車場部分は借家人の権利が及ばないため、原則として自用地としての評価に近くなります。実務では、建物と駐車場を1つの評価単位としたうえで、土地の面積を基準に賃貸割合を調整して、駐車場部分を自用地として扱う方法がとられることもあります。
    • 塀などで区切られ、別に貸している駐車場:別の評価単位として扱うのが一般的です。

    駐車場の扱いは現地の状況による判断が大きく、裁決でも判断が分かれています。駐車場経営そのものの税金と評価は、関連記事「駐車場経営の税金と相続」で解説しています。

    見直しの進め方

    賃貸物件の評価を見直すときは、次の順番で確認すると効率的です。

    順番確認すること主な資料
    1相続の時点の入居状況(部屋ごと)レントロール、賃貸借契約書
    2空室の部屋ごとの退去日・募集・再入居の記録管理会社の記録、募集広告
    3一括借上げ契約の有無と内容一括借上げ契約書
    4建物の棟数と、敷地の区分・共用部分登記事項証明書、配置図、現地写真
    5駐車場の利用者と区画、契約形態駐車場契約書、区画図
    6当初申告の評価明細書との突き合わせ土地及び土地の上に存する権利の評価明細書

    見直しの結果、当初の申告で評価額が過大だったと判明した場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます(国税通則法第23条)。反対に、評価が過少だった場合は修正申告が必要になります。更正の請求の手続きは、関連記事「相続税を払いすぎていたときの更正の請求」で解説しています。

    実務上注意したいポイント

    • 相続後の記録を残す:一時的な空室の判断では、相続後の入居状況も考慮されます。相続後すぐの募集・入居の記録を残しておくことが大切です。
    • 「満室扱い」は根拠とセットで:賃貸割合を100%とする場合は、空室ごとに一時的といえる事情を説明できるようにしておきます。
    • 小規模宅地等の特例との関係:賃貸物件の敷地は、貸付事業用宅地等として小規模宅地等の特例の対象になる場合があります。評価を見直すときは、特例の適用面積や選択の見直しもあわせて検討します。
    • 個別の判断が多い:評価単位や駐車場の扱いは事実関係で結論が変わります。具体的な適用は個別事情によって異なります。

    AEGISの視点

    賃貸物件の評価は、計算式そのものは単純です。しかし、賃貸割合や評価単位の判断は、相続の時点の「賃貸経営の実態」をどう記録し、説明できるかにかかっています。

    AEGISは、賃貸物件の評価の見直しを、申告書の数字の点検にとどまらず、相続前後の賃貸経営の記録を読み解く作業と考えています。退去後すぐに募集していたか、修繕を続けていたか、管理会社とどのような契約を結んでいたか。こうした日々の運営の積み重ねが、評価の結論を支える根拠になります。

    裏を返せば、オーナーが生前から入居状況・募集・修繕の記録を整えておくことは、相続後の家族を助けることにもつながります。不動産管理の質と相続税の評価は、別々のテーマに見えて、実は一つながりのものです。

    不動産の評価や相続税の申告に関わる論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    申告済みの賃貸物件の評価について、見直しの余地を確認したい場合は、アイジス税理士法人でもご相談をお受けしています。詳しくは、相続税還付のご相談をご覧ください。

    まとめ

    • 賃貸物件の敷地は貸家建付地として、借地権割合・借家権割合・賃貸割合に応じて減額して評価します。
    • 相続の時点で空室だった部屋も、継続的な賃貸と速やかな募集など一定の事実関係から一時的な空室と認められれば、賃貸中として扱えます。「1か月程度」は例示です。
    • 一括借上げでは借家人が借上げ会社となり、賃貸割合は高くなる傾向がありますが、契約の有効性と範囲の確認が必要です。
    • 複数棟の貸家は、原則として各棟の敷地ごとに評価単位を分けます。一括借上げの契約が1通でも同様と判断された裁決例があります。
    • 駐車場は、入居者専用か外部貸しかなどで扱いが変わります。
    • 評価が過大だった場合は、法定申告期限から5年以内に更正の請求ができます。

    よくある質問

    Q. 相続のときに空室があった部屋は、必ず自用として評価されるのですか?

    必ずではありません。継続的に賃貸されてきた部屋で、退去後すぐに募集を行い、他の用途に使わず、相続後も賃貸が続いているなど、一時的な空室と認められる事情があれば、賃貸中として扱って差し支えないとされています。

    Q. 空室の期間が1か月を超えていると、一時的な空室とは認められませんか?

    国税庁が示す「1か月程度」は例示です。国税不服審判所の裁決には、最長1年11か月の空室を含めて、募集や修繕の状況、周辺の競合状況などを総合して一時的な空室と認めた例があります。ただし、長期の空室が続き相続後も貸されていない場合は認められなかった例もあり、事実関係によって判断されます。

    Q. 一括借上げ(サブリース)の物件は、空室があっても賃貸割合100%になりますか?

    一括借上げ契約により建物全体を借上げ会社に貸している場合、所有者から見た借家人は借上げ会社であり、建物全体が賃貸されていると考えられます。ただし、相続の時点で契約が有効に続いていたか、対象の範囲はどこかなどを契約書で確認する必要があります。

    Q. 同じ敷地に2棟のアパートがあります。評価単位は1つですか、2つですか?

    貸家建付地を評価する場合、貸家が数棟あるときは、原則として各棟の敷地ごとに1画地として評価します。2棟をまとめて1つの契約で一括借上げしている場合でも、各棟ごとに分けるのが相当とした裁決例があります。

    Q. 評価の誤りに気づいた場合、いつまでに手続きをすればよいですか?

    評価が過大で税額を多く納めていた場合は、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求ができます。期限が近い場合は、早めに資料を集めて検討することをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2012年)CASE18・CASE19
    • 『難解事例から探る 財産評価のキーポイント[第3集]』笹岡宏保 著、ぎょうせい(2018年)CASE2
    • 『税理士を悩ませる相続・贈与の土地評価Q&A 第2集』鎌倉靖二 著、ぎょうせい(2023年)1「評価単位、地目判定」
  • 定期借地で土地を貸すときの考え方|一般定期借地と事業用定期借地の違いと、土地が戻るまでの設計

    定期借地で土地を貸すときの考え方|一般定期借地と事業用定期借地の違いと、土地が戻るまでの設計

    定期借地とは、契約で定めた期間が満了すると更新されずに終了し、土地が地主に戻ることを前提とした借地です。普通の借地では、期間が満了しても正当な理由がなければ契約が続くことが多く、「一度貸すと戻ってこない」と言われてきました。定期借地は、この不安を制度として解消する仕組みです。

    ただし、「戻ってくる」ことが決まっているからこそ、いつ、どのような状態で戻るのか、その間に家族の誰が地主になっているのかを、契約の段階から設計しておく必要があります。

    この記事では、一般定期借地と事業用定期借地の違いを整理したうえで、地代・一時金・返還時の取り決め、相続税の評価、承継までを含めて、定期借地で土地を貸すときの考え方を解説します。

    定期借地とは:普通借地との違い

    借地借家法では、建物の所有を目的とする借地権の存続期間を原則30年としたうえで、期間満了時には更新を前提とする仕組み(普通借地)を置いています。これに対して、平成4年8月に施行された借地借家法で、更新のない借地として次の3つの類型が設けられました。

    類型存続期間建物の用途契約の方式期間満了時
    普通借地30年以上制限なし定めなし更新が原則(地主の更新拒絶には正当事由が必要)
    一般定期借地50年以上制限なし(住宅も可)公正証書等の書面(電磁的記録も可)更新なしで終了
    事業用定期借地10年以上50年未満専ら事業用(居住用を除く)公正証書更新なしで終了
    建物譲渡特約付借地30年以上制限なし定めなし地主が建物を相当の対価で買い取り、借地権が消滅

    ※借地借家法第3条・第22条〜第24条をもとにAEGISが整理。

    この記事では、土地活用の提案で特に多い一般定期借地と事業用定期借地を中心に扱います。

    一般定期借地と事業用定期借地の違い

    用途:住宅を建てられるかどうか

    最も大きな違いは、借地人が建てる建物の用途です。一般定期借地には用途の制限がなく、戸建住宅やマンションの敷地としても使われます。一方、事業用定期借地は、専ら事業の用に供する建物(居住の用に供するものを除く)の所有を目的とするものに限られます。店舗、事務所、物流施設などが典型です。

    入居者が生活の場として暮らす施設が「居住の用」に当たるかどうかは、施設の類型によって整理が分かれうる論点です。用途の判断に迷う場合は、契約前に専門家とともに確認しておくことが大切です。

    期間:50年以上か、10年以上50年未満か

    一般定期借地は50年以上の期間を定める必要があります。事業用定期借地は10年以上50年未満で、30年以上50年未満の場合は「更新しない」「建物の買取りを請求しない」等の特約を定める形、10年以上30年未満の場合は法律上当然に更新等の規定が適用されない形になっています。

    地主の側から見ると、一般定期借地は「孫の代まで土地が戻らない」長さであり、事業用定期借地は「自分か子の代で土地が戻る」長さになりえます。期間の違いは、そのまま承継の設計の違いになります。

    契約の方式:公正証書が必要かどうか

    一般定期借地の特約は、公正証書による等の書面(電磁的記録を含む)で定める必要があります。事業用定期借地は、契約そのものを公正証書で行わなければなりません。方式を欠くと定期借地として扱われないおそれがあるため、契約書の作成段階から方式を確認しておきましょう。

    契約で決めておきたい5つのこと

    定期借地は「期間が来れば戻る」制度ですが、戻るまでの数十年間に何が起きるかは契約の書き方で大きく変わります。地主として、少なくとも次の5点は契約前に確認しておきたいところです。

    1. 期間と、土地が戻る年

    契約期間から、土地が戻る年を具体的に書き出します。そのとき自分は何歳か、地主はすでに子や孫に替わっているか、戻った土地をどう使いたいかを考えると、期間の長さが自分の家族にとって妥当かどうかが見えてきます。

    2. 地代の水準と改定の方法

    長期の契約では、地代を固定するか、一定期間ごとに見直すかが重要です。固定資産税などの負担が増えたときに地代が追いつかないと、手取りが年々減っていきます。改定の時期、改定の基準(公租公課の変動、物価の指標など)を契約に定めておくと、後の話し合いの土台になります。

    3. 一時金:権利金・保証金の性格

    定期借地では、設定時に権利金や保証金などの一時金が授受されることがあります。

    • 権利金:返還しない一時金です。税務上は、受け取った額(保証金などを特に有利な条件で預かったことによる経済的利益を含みます)が土地の価額の2分の1を超えると、借地権の設定が資産の譲渡とみなされ、譲渡所得として扱われます(所得税法施行令79条・80条)。
    • 保証金:契約終了時に返還する預り金です。地主はその間、資金を手元に置けますが、数十年後に返還する債務を負っていることになります。
    • 前払賃料(前払地代):契約期間の賃料の一部または全部を、設定時に一括して前払いする方式です。国税庁の文書回答(平成17年)では、一定の書式例に準拠した契約書で前払賃料を契約期間の賃料に均等に充てることを定め、実態も契約どおりである場合、地主は「前受収益」として計上し、各年の賃料相当額を収入に算入する取扱いが示されています。返還を要しないため、保証金とは性格が異なります。

    保証金は、運用の仕方によって所得税の扱いが変わります。業務用の資金に充てた場合や、それ以外の用途に使った場合には、利息に相当する経済的利益を不動産所得の収入に算入する取扱いがあるのに対し、預貯金などの金融資産で運用している場合はその計算を要しないとされています。保証金を建物の建築資金や借入れの返済に充てるかどうかは、税務と返還資金の両面から考えたいポイントです。

    4. 建物の扱いと、返還時の状態

    一般定期借地や30年以上の事業用定期借地では、契約の更新や建物の再築による期間の延長をせず、借地人が建物の買取りを請求しない旨を定めることができます。そのうえで実務上は、期間満了時に借地人が建物を取り壊して更地で返還することを契約に明記するのが一般的です。

    ここで見落とされやすいのが、解体の費用を誰が、どう確保するかです。数十年後に借地人の経営状態が悪化していれば、解体されないまま建物が残るおそれもあります。保証金を解体費用の担保として位置付ける、返還前の一定期間に協議を始める旨を定めるなど、出口の実行を担保する工夫を検討しましょう。地中の基礎や埋設物、土壌の状態をどこまで戻すかも、事業用地では特に確認したい点です。

    5. 中途解約・譲渡・転貸・担保

    借地人の事業が途中で立ち行かなくなった場合の扱いも重要です。

    • 借地人からの中途解約を認めるか、認める場合の予告期間と違約金
    • 借地権の譲渡や転貸を認める条件(地主の承諾の要否)
    • 借地人が建物に担保を設定する場合の取扱い
    • 地代の滞納が続いた場合の解除の条件

    事業用定期借地では、借地人が撤退した後に別の事業者へ借地権を引き継げるかどうかで、地主の収入の安定性が大きく変わります。

    税金:保有中と相続時にどう影響するか

    相続税評価:底地は「自分で使う土地」より低く評価される

    定期借地権が設定されている土地(底地)は、相続税の評価上、自分で使っている土地(自用地)としての価額から、定期借地権等の価額を控除して評価するのが原則です(国税庁 No.4613)。定期借地権等の価額は、設定時に借地人に帰属する経済的利益(権利金や保証金による利益、地代の水準など)と、残存期間を基に計算します(国税庁 No.4611)。

    ただし、この原則で計算した額より、自用地の価額から次の割合を控除した額の方が低い場合は、低い方で評価します。

    課税時期における残存期間自用地の価額から控除する割合
    5年以下5%
    5年超10年以下10%
    10年超15年以下15%
    15年超20%

    ※国税庁 No.4613 をもとにAEGISが作成。

    また、一般定期借地の底地については、課税上弊害がない限り、借地権割合の地域区分に応じた「底地割合」(55%〜75%)を用いる個別の評価方法が設けられています(国税庁 No.4612)。ただし、借地人が地主の親族や、地主が役員となっている同族会社などである場合は「課税上弊害がある」とされ、この方法は使えません。家族や自分の会社に定期借地で貸す場合は、特に注意が必要です。

    評価の考え方から分かるとおり、残存期間が短くなるほど底地の評価は自用地に近づきます。土地が戻る時期に近づくにつれて相続税の評価は上がっていくため、相続の時期によって負担が変わる点を押さえておきましょう。

    小規模宅地等の特例

    貸し付けている土地は、要件を満たせば貸付事業用宅地等として、200㎡までの部分について50%を減額する小規模宅地等の特例の対象となりえます。ただし、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は、原則として対象外とされています。ただし、相続開始の日まで3年を超えて事業的規模の貸付け(特定貸付事業)を続けていた場合は、新たに貸し始めた土地でも対象になります(国税庁 No.4124)。

    評価が下がることと、財産としての価値や分けやすさは別の問題です。土地活用を相続税評価だけで判断しない考え方は、関連記事「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」で解説しています。

    土地が戻るまでを、時間軸で設計する

    定期借地の検討では、契約の締結時だけでなく、契約期間全体を時間軸に並べて考えることをおすすめします。

    時期地主側で考えること
    設定時期間・用途・地代・一時金・返還条件を決める。土地が戻る年と、その時点の地主を想定する
    契約期間中地代の改定、保証金の管理、借地人の経営状況の確認。地主の相続が起きた場合の承継者と分け方
    満了の数年前借地人と返還の段取りを協議。解体・整地の時期と費用負担、戻った土地の使い道を検討
    返還後更地としての売却、別の活用、自己利用などを選ぶ。相続税評価は自用地に戻る

    この表を作ってみると、多くの場合、契約期間中に地主の相続が少なくとも一度は起きることに気付きます。底地を誰が引き継ぐか、保証金の返還債務を誰が負うか、地代収入を誰が受け取るかを、遺言や遺産分割の方針とあわせて考えておくことが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 方式を守る:事業用定期借地は公正証書、一般定期借地は書面での特約が必要です。方式を欠くと普通借地と扱われるおそれがあります。
    • 保証金を「使い切らない」:返還時期が数十年先でも、返還の原資を計画しておくことが必要です。
    • 解体費の担保を考える:更地返還の約束だけでは、借地人の経営悪化に備えられないことがあります。
    • 家族・同族会社に貸す場合は評価方法に注意:一般定期借地の底地の個別評価は使えない場合があります。
    • 借地人の事業の継続性を見る:事業用定期借地では、地代は借地人の事業の成否に左右されます。

    具体的な契約内容や税務上の扱いは、土地の条件、借地人、契約の内容によって異なります。

    AEGISの視点

    定期借地は、土地を手放さずに長期の安定収入を得られる一方で、数十年間、土地の使い道を借地人に委ねる選択でもあります。AEGISは、定期借地を検討するとき、「地代はいくらか」より先に、「この土地は、いつ、誰の手に、どのような状態で戻るのか」を考えることが大切だと考えています。

    一般定期借地を選べば、土地が戻るのは孫の代になるかもしれません。事業用定期借地であれば、自分の世代か子の世代で土地が戻り、その時点の周辺環境に合わせて改めて活用を考えられます。どちらがよいかは、地代の多寡だけでなく、家族の承継の計画、ほかの財産との組み合わせ、相続税の納税資金によって変わります。

    また、定期借地は「貸す」選択肢の一つにすぎません。同じ土地で、建物を建てて事業者に貸す、自ら事業を営む、売却するといった選択肢と並べて比べたうえで選ぶことが、後悔の少ない判断につながると考えています。建物を建てて事業者に一括で貸す場合の契約の考え方は「事業者に建物を貸す土地活用の契約で確認したいこと」で、介護・保育施設の事業者から提案を受けた場合の確認点は「介護・保育施設に土地を貸すときの考え方」で整理しています。

    土地を貸す・活用する・売却するという大きな選択肢の比較は、Pillar記事「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」で解説しています。

    底地の評価や一時金の税務など、資産税の観点からの考え方は、アイジス税理士法人の専門領域でも紹介しています。

    まとめ

    • 定期借地は、期間満了により更新なく終了し、土地が地主に戻ることを前提とした借地です。
    • 一般定期借地は50年以上・用途の制限なし・書面での特約、事業用定期借地は10年以上50年未満・居住用を除く事業用・公正証書での契約が必要です。
    • 地代の改定、権利金と保証金の性格、更地返還と解体費の担保、中途解約や譲渡の条件を契約で確認しておくことが大切です。
    • 底地の相続税評価は自用地より低くなりますが、残存期間が短くなるほど自用地に近づきます。家族や同族会社に貸す場合は評価方法に注意が必要です。
    • 契約期間中に地主の相続が起きることを前提に、土地が戻るまでを時間軸で設計しておくことが重要です。

    よくある質問

    Q. 一般定期借地と事業用定期借地は、地主にとってどちらが有利ですか?

    一概には言えません。一般定期借地は期間が50年以上と長く、住宅用にも貸せますが、土地が戻るのはかなり先になります。事業用定期借地は期間を10年以上50年未満で設定でき、比較的早く土地が戻りますが、借り手は事業者に限られ、地代は借地人の事業の成否に左右されます。土地が戻った後の使い道や、家族の承継の計画とあわせて選ぶことが大切です。

    Q. 定期借地で貸した土地は、本当に期間満了で戻ってきますか?

    定期借地は、法律上、期間満了で更新なく終了する仕組みです。ただし、契約の方式を欠いていると定期借地と認められないおそれがあります。また、実際に更地で戻るかどうかは、借地人が建物を取り壊して返還する義務を果たせるかにもかかっています。解体費用の担保や、満了前の協議の段取りを契約で定めておくことをおすすめします。

    Q. 保証金を受け取ったら、自由に使ってよいのですか?

    保証金は契約終了時に返還する預り金です。使い道に法律上の制限はありませんが、数十年後に返還する債務であることに変わりはありません。また、建物の建築資金など業務用の資金に充てるか、預貯金などで運用するかによって、所得税の扱いが変わる場合があります。返還の原資と税務の両面から使い道を考えることが大切です。

    Q. 定期借地にしている土地は、相続税の評価が下がりますか?

    定期借地権が設定された底地は、原則として自用地の価額から定期借地権等の価額を控除して評価され、自分で使っている土地より低くなります。一般定期借地の底地には、課税上弊害がない限り底地割合を用いる評価方法もあります。ただし、残存期間が短くなるほど評価は自用地に近づき、借地人が親族や同族会社である場合などは特例的な評価方法が使えないことがあります。

    Q. 自分の会社に定期借地で土地を貸すことはできますか?

    契約としては可能です。ただし、一般定期借地の底地の個別評価は、借地人が地主の親族や、地主が役員となっている法人などである場合には「課税上弊害がある」として使えません。また、親族や同族会社との間の土地の貸借には、地代の水準などをめぐって別の税務上の論点が生じることがあります。会社に貸す場合は、評価と法人税・所得税の扱いをあわせて確認することをおすすめします。

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    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『二訂版 実務家必携 実務借地権課税』中野欣治 編、大蔵財務協会、P.1-3、P.189-199、P.210-215
    • 『〔机上調査→現地調査→役所調査→評価〕4STEPで身につく〈入門〉土地評価の実務』風岡範哉・田中泰男 著、清文社、P.343-345
  • 土地所有者と事業運営会社を分ける設計とは|所有と運営を分ける意味と、税務・承継で注意したいこと

    土地所有者と事業運営会社を分ける設計とは|所有と運営を分ける意味と、税務・承継で注意したいこと

    土地を事業の場として活用するとき、「土地や建物は誰が持ち、事業は誰が運営するのか」という問いは避けて通れません。オーナー個人が土地を持ち、事業はオーナーが関わる会社が運営する——このように所有と運営を分ける設計は、事業型の土地活用や、同族会社が使う不動産の扱いでよく見られる形です。

    結論から言えば、所有と運営を分ける意味は、「事業のリスクと成果」と「土地という資産」を切り分け、それぞれを適した人に、適した形で引き継げるようにすることにあります。ただし、分ければ自動的に有利になるわけではありません。分けた両者の間の貸し借りの条件を適切に設計しなければ、税務上の思わぬ課税や、承継時の混乱を招くことがあります。

    所有と運営を分ける、とはどういう形か

    所有と運営の分け方には、いくつかの典型的な形があります。

    形土地建物事業の運営両者の関係
    Aオーナー個人運営会社運営会社個人が会社に土地を貸す
    Bオーナー個人オーナー個人運営会社個人が会社に建物を貸す
    C資産管理会社資産管理会社運営会社会社間で土地・建物を貸す
    D運営会社運営会社運営会社分けない(参考)

    どの形をとるかによって、誰が建物の投資を負担するか、誰に家賃・地代が入るか、相続のときに何を誰が引き継ぐかが変わります。不動産を個人と法人のどちらで持つかの比較や、資産管理会社の活用は、それぞれ別の論点として検討が必要です。

    分けることの意味

    1. 事業のリスクと土地を切り分けられる

    事業には、業績の変動や撤退の可能性があります。土地と事業を同じ主体が持っていると、事業の不振がそのまま土地の処分につながることもあります。所有と運営を分けておけば、事業を見直す場面でも、土地を家族の資産として維持しやすくなります。

    2. 承継の担い手を分けられる

    土地を引き継ぐ人と、事業を担う人が同じとは限りません。たとえば、土地は家族全体の資産として承継しつつ、事業は経営を担える後継者や外部の事業者に委ねる、という組み立てが可能になります。

    3. 事業の売却・提携・入れ替えがしやすくなる

    運営会社の株式や事業を他者に引き継ぐ場合でも、土地は手元に残せます。逆に、事業者を入れ替えて土地を別の事業に使うことも検討しやすくなります。

    4. 収益の性格を区別して管理できる

    土地・建物から得る地代・家賃と、事業から得る利益を分けて管理することで、それぞれの採算が見えやすくなります。

    分けるときに確認したいこと

    地代・家賃の水準と契約

    所有者と運営会社が同族関係にある場合、地代や家賃をいくらにするかは、当事者だけで決められてしまいます。しかし、その水準は税務上の扱いに影響します。周辺の相場や、事業がその家賃を負担できるかを踏まえて設定し、契約書で条件を明確にしておくことが基本です。

    借地権の課税関係:法人が関わる土地の貸し借り

    特に注意したいのが、形A(個人の土地に運営会社が建物を建てる)のように、建物の所有を目的として土地を貸す場合です。

    土地の貸し借りでは、権利金や地代の授受の有無・水準によって、借地権の課税関係が変わります。個人間の無償の貸し借り(使用貸借)については、国税庁の通達で、建物の所有を目的とする使用貸借による使用権の価額は零として取り扱い、その土地を相続などで取得した場合は自用地として評価する旨が示されています。

    一方、貸し手または借り手が法人である場合は、個人間と同じ考え方にはならず、権利金を授受しないことが借地権の認定課税につながることがあります。こうした場面のために、契約で将来土地を無償で返還することを定め、その旨を税務署に届け出る「土地の無償返還に関する届出」という手続(法人税基本通達13-1-7を根拠とするもの)が設けられています。届出の有無や地代の水準によって、借地権の課税関係や、相続時の土地の評価、運営会社の株式評価への影響が変わるため、形Aを選ぶ場合は契約の段階から確認しておく必要があります。

    国税庁の通達では、土地の自用地としての価額に対しおおむね年6%程度の地代を「相当の地代」としています(法人税の取扱いでも、当分の間は年6%とされています)。権利金を受け取らずに相当の地代を受け取っている場合や、賃貸借で「土地の無償返還に関する届出書」が提出されている場合、その土地(貸宅地)は自用地としての価額の80%で評価されます。あわせて、被相続人が同族関係者となっている同族会社に土地を貸している場合には、自用地としての価額の20%相当額が借地権の価額としてその会社の株式評価上の純資産価額に算入されます。土地と株式の両方を同じ家族が承継する場合、土地の評価が下がった分の一部が株式の評価に移る、と捉えると全体像をつかみやすくなります。

    相続時の評価と小規模宅地等の特例

    所有と運営を分けると、相続のときに土地がどの区分で評価されるかも変わります。

    • 個人の土地・建物を運営会社に貸している場合(形B)、土地は貸家の敷地として評価が検討されます。
    • 個人の土地を運営会社に貸し、会社が建物を持つ場合(形A)、土地は貸宅地として扱われ、上記の届出や地代の条件によって評価が変わります(相当の地代や無償返還の届出がある場合は自用地としての価額の80%、地代を受け取らない使用貸借で無償返還の届出がある場合は自用地としての価額)。

    小規模宅地等の特例についても、国税庁によれば、被相続人及び親族等が発行済株式等の50%超を有する一定の法人の事業(不動産貸付業等を除く)に使われていた宅地等は「特定同族会社事業用宅地等」として400㎡まで80%の減額の対象となり得ます。この区分では、相続税の申告期限においてその宅地等を取得した親族が法人の役員であることや、申告期限まで宅地等を保有することなどの要件があります。また、被相続人などから法人への土地(または建物)の貸付けが、相当の対価を得て継続的に行うものなど特例上の「事業」に当たることが前提とされており、無償(使用貸借)で貸している場合はこの区分の対象になりません。一方、運営会社の事業が不動産貸付業等にあたる場合や、要件を満たさない場合は、貸付事業用宅地等(200㎡まで50%)として検討されるか、特例の対象外となります。

    どの区分に当たるかは、土地・建物を誰が持ち、運営会社にどのような条件で貸しているか、運営会社の事業が何か、誰が引き継ぐかによって変わります。設計の段階で、承継の場面まで想定して確認しておくことが重要です。

    会社間・個人と会社間の取引を記録する

    所有者と運営会社の間では、賃貸借契約、賃料の支払い、修繕費の負担区分などを、第三者との取引と同じように書面と記録で残しておくことが大切です。後から取引の実態を説明できることが、税務上も、承継時の家族間の理解のうえでも支えになります。

    管理の手間とコスト

    主体を分ければ、契約管理、会計・申告、資金管理の手間が増えます。分けることで得られる効果が、その手間に見合うかも確認します。

    承継の設計:土地と株式をどう引き継ぐか

    所有と運営を分けた場合、承継の対象は「土地(または資産管理会社の株式)」と「運営会社の株式」の二つになります。

    • 土地の承継:誰が引き継ぐか、共有にしないか、納税資金をどう確保するか。
    • 運営会社の株式の承継:経営を担う後継者に議決権を集めるか、外部への承継も視野に入れるか。
    • 両者の関係の継続:承継後も賃貸借契約が続くこと、地代・家賃の見直しの方法を、関係者が理解しているか。
    • 意思の残し方:遺言などで、土地と株式の承継の方針を明確にしておくか。

    土地を引き継ぐ人と運営会社を引き継ぐ人が異なる場合、両者の利害は「地代・家賃の水準」で直接ぶつかります。承継の前に、その水準の考え方や見直しのルールを決めておくことが、承継後の関係を安定させます。

    AEGISの視点

    AEGISは、土地を起点とした事業を設計するとき、「誰が持つか(所有)」と「誰が営むか(運営)」を、最初から別々の問いとして扱うことを大切にしています。

    土地は、家族が長い時間をかけて受け継いできた資産です。一方、事業は、地域の需要や担い手の状況に応じて形を変えていくものです。この二つを一体で持ち続けると、どちらかの事情がもう一方を縛ることがあります。所有と運営を分けることは、土地を守りながら事業に挑戦し、事業を育てながら土地を次の世代に引き継ぐための、承継を前提とした設計だと考えています。

    ただし、その効果は、地代・家賃の設定、借地権の扱い、特例の区分といった細部の設計に支えられて初めて得られます。税務だけを見て形を決めるのではなく、事業の継続性と家族の承継の方針を先に定め、そのうえで税務上の扱いを確認する——その順番が重要です。

    賃貸以外の活用の型は関連記事「土地を貸す以外の活用方法」、選択肢全体の比べ方は「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」、評価だけで判断しない考え方は「土地活用を相続税評価だけで判断しないために」で解説しています。

    不動産は、個人で持つか法人で持つか、土地と建物を同じ人が持つか分けて持つか、地代をどう設定するかといった保有形態によって、毎年のキャッシュフローも相続のときの評価も大きく変わります。そのため、持ち方の検証は購入時はもちろん、取得後も収入や家族の状況、制度の変化に合わせて行い、必要に応じて見直すことが大切です。すでに保有している不動産の持ち方を変えると、登録免許税や不動産取得税といった流通税、譲渡する側の所得税、建物の譲渡にかかる消費税などの移転コストが生じます。それでも将来にわたるメリットが移転コストを上回るなら、移転も検討に値します。一方、取得時に持ち方を決めておけばこうした移転コストをかけずに済むため、取得時の検証は特に重要です。AEGISでは、この持ち方の比較を物件の購入前から行い、取得後の見直しまで見通すサービスとして、POD(Property Ownership Design:不動産の持ち方の設計)を提供しています。

    不動産の所有形態や同族会社との取引に関わる税務の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 所有と運営を分ける設計は、事業のリスクと土地という資産を切り分け、それぞれに合った承継を可能にするものです。
    • 典型的には、個人が土地を貸す形、個人が建物を貸す形、資産管理会社が貸す形があります。
    • 法人が関わる土地の貸し借りでは、権利金・地代・無償返還の届出の有無によって借地権の課税関係が変わります。
    • 小規模宅地等の特例の区分も、所有・貸借の形や運営会社の事業内容によって変わります。
    • 承継の前に、地代・家賃の水準と見直しのルールを決めておくことが、承継後の関係を安定させます。

    よくある質問

    Q. 土地を持つ人と事業を運営する会社を分けると、節税になりますか?

    分けること自体が節税を目的とするものではありません。分ける意味は、事業のリスクと土地の切り分けや、承継の担い手を分けられることにあります。税務上の扱いは、地代・家賃の水準や貸し借りの形によって有利にも不利にもなり得るため、個別に確認が必要です。

    Q. 自分の土地に、自分が経営する会社の建物を建てる場合、何に注意すべきですか?

    建物の所有を目的として法人に土地を貸すことになるため、権利金や地代の扱いによって借地権の認定課税の問題が生じることがあります。契約で将来の無償返還を定めて税務署に届け出る「土地の無償返還に関する届出」の手続もあるため、建築前の段階で確認しておくことが大切です。

    Q. 家族の会社に土地を無償で貸すことはできますか?

    当事者間の契約としては可能ですが、貸し手または借り手が法人である場合は、個人間の使用貸借と同じ考え方にはならず、税務上の課税関係が生じることがあります。地代の水準や届出の要否を含めて、事前に確認することをおすすめします。

    Q. 特定同族会社事業用宅地等とは何ですか?

    小規模宅地等の特例の区分の一つで、被相続人及び親族等が発行済株式等の50%超を有する一定の法人の事業(不動産貸付業等を除く)に使われていた宅地等をいいます。国税庁によれば400㎡まで80%の減額の対象となり得ますが、申告期限において宅地等を取得した親族が法人の役員であることや、宅地等を保有し続けることなどの要件があります。なお、法人への貸付けが無償(使用貸借)の場合は対象になりません。

    Q. 土地と運営会社の株式を、別々の子に引き継いでも問題ありませんか?

    可能ですが、承継後は地代・家賃の水準をめぐって両者の利害が対立することがあります。承継の前に、賃貸借の条件や見直しのルール、遺言などによる承継方針を明確にしておくことが望まれます。

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  • 事業者に建物を貸す土地活用の契約で確認したいこと|期間・中途解約・賃料改定・原状回復・転用をどう決めるか

    事業者に建物を貸す土地活用の契約で確認したいこと|期間・中途解約・賃料改定・原状回復・転用をどう決めるか

    土地に建物を建てて、店舗や事務所、物流施設などの事業者に一括で貸す活用は、一般に「建て貸し」と呼ばれます。事業者の希望に合わせて建物を建てることから、「オーダーメイド賃貸」「リースバック方式」と呼ばれることもあります。

    建て貸しでは、オーナーが建物への投資と借入れを引き受け、その回収を一つの事業者からの賃料に頼ることになります。そのため、収支が成り立つかどうかは、賃料の額だけでなく、契約期間、中途解約、賃料の改定、原状回復、事業者が撤退した後の建物の扱いといった契約条項で大きく変わります。

    この記事では、事業者から建て貸しの提案を受けたオーナーが、契約書に署名する前に確認しておきたい点を整理します。

    建て貸しとは:土地だけを貸す場合との違い

    事業者に土地を提供する方法は、大きく「土地だけを貸す(借地)」と「建物を建てて貸す(建て貸し)」に分かれます。

    項目土地だけを貸す(借地)建物を建てて貸す(建て貸し)
    建物の所有者事業者オーナー
    オーナーの投資原則なし建築費(借入れを伴うことが多い)
    収入地代家賃(地代より高い水準になりやすい)
    契約に適用される主なルール借地借家法の借地の規定借地借家法の建物賃貸借の規定
    事業者が撤退したとき原則として更地で戻る(定期借地の場合)建物がオーナーの手元に残る

    建て貸しは、借地より高い収入を得られる可能性がある一方で、建物と借入れのリスクをオーナーが負う形です。定期借地で土地だけを貸す場合の考え方は、関連記事「定期借地で土地を貸すときの考え方」で整理しています。

    なお、住宅の分野で「リースバック」というと、自宅を売却した後もその家を借りて住み続ける仕組みを指すことが一般的です。土地活用でいう建て貸しとは別のものなので、提案書の用語は中身で確認しましょう。

    最初に決まること:普通建物賃貸借か、定期建物賃貸借か

    建て貸しの契約は、借地借家法の「建物の賃貸借」に当たります。ここで最初に確認したいのが、普通建物賃貸借(普通借家)と定期建物賃貸借(定期借家)のどちらで契約するかです。この選択によって、後に説明する中途解約や賃料改定の考え方が大きく変わります。

    項目普通建物賃貸借定期建物賃貸借
    契約の終了期間満了時も、オーナーからの更新拒絶には正当事由が必要期間満了により更新なく終了
    契約の方式定めなし公正証書による等の書面。更新がない旨の事前説明(書面の交付)が必要
    終了の通知更新しない場合は期間満了の1年前から6か月前までに通知期間1年以上の場合、満了の1年前から6か月前までに終了の通知が必要
    賃料の増減請求特約にかかわらず、賃料が不相当になれば増減を請求できる賃料改定に関する特約があれば、増減請求の規定は適用されない
    賃借人に不利な特約更新等に関する規定に反する特約で賃借人に不利なものは無効方式等を満たせば、更新がない旨を定められる

    ※借地借家法第26条〜第30条・第32条・第38条をもとにAEGISが整理。

    普通建物賃貸借では、契約期間が満了しても、オーナーの側から契約を終わらせるには正当事由が必要です。建物を建てて貸す以上、長く借りてもらうこと自体は望ましいことですが、将来、別の用途に建て替えたい、土地を売却したいといったときに、契約を終わらせにくいという面があります。

    定期建物賃貸借は、期間満了で確実に終了させられる一方、方式や事前説明、終了の通知の手続を一つでも欠くと、定期建物賃貸借としての効力を主張できなくなるおそれがあります。契約書の作成段階で、方式と手続の流れを確認しておきましょう。

    確認1:契約期間と借入期間はそろっているか

    建て貸しでは、建築費を金融機関から借り入れることが多く、賃料で返済を賄う前提で計画が組まれます。ここで確認したいのは、契約期間と借入期間の関係です。

    • 契約期間が借入期間より短い場合、契約終了後の返済を、次の借り手からの賃料や手元資金で賄う必要があります。
    • 契約期間中であっても、中途解約が認められていれば、実質的な契約期間はさらに短くなります。
    • 建物の耐用年数や、大規模修繕が必要になる時期も、期間の設計に関わります。

    提案書では「20年契約」のように長期の期間が示されていても、中途解約の条項によって実際に賃料が保証される期間はそれより短いことがあります。期間と解約条項は必ずセットで読みましょう。

    確認2:中途解約をどう定めるか

    中途解約は、建て貸しの契約で最も重要な条項の一つです。事業者は、業績や事業戦略の変化に応じて撤退できるよう、解約の余地を求めることが一般的です。一方、オーナーにとっては、解約は投資の回収計画が途中で崩れることを意味します。

    確認したい点は次のとおりです。

    • 中途解約ができない期間(解約不能期間)を設けるか、その長さ
    • 解約できる場合の予告期間
    • 解約時の違約金や、残りの期間の賃料の一部を支払う定めの有無
    • 建設協力金や保証金の残額との精算の方法

    定期建物賃貸借について、借地借家法は居住用の建物(床面積200㎡未満)に限り、転勤や療養などやむを得ない事情があるときに賃借人からの中途解約を認めています。事業用の建て貸しはこれに当たらないため、中途解約の可否と条件は、契約の定めによって決まることになります。だからこそ、契約書の文言が重要です。

    確認3:賃料の水準と改定の方法

    長期の契約では、契約時の賃料がそのまま続くとは限りません。

    普通建物賃貸借では、借地借家法により、賃料が経済事情の変動などによって不相当になったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は将来に向かって賃料の増減を請求できるとされています。つまり、「一定期間は賃料を減額しない」と定めても、事業者から減額を求められる可能性は残ります。一方、定期建物賃貸借では、賃料の改定に関する特約を定めれば、この増減請求の規定は適用されません。

    確認しておきたいのは次の点です。

    • 賃料を固定するのか、一定期間ごとに見直すのか
    • 見直す場合の基準(固定資産税などの負担、物価の指標、周辺の賃料水準など)
    • 賃料が下がった場合に、借入れの返済に支障が出ないか

    賃料改定の条項は、事業者との力関係が表れやすい部分です。収支計画では、賃料が一定程度下がった場合のシナリオも作っておくと安心です。

    確認4:建設協力金・保証金の扱い

    建て貸しでは、事業者がオーナーに対して、建築費の一部として建設協力金を預ける形がとられることがあります。オーナーにとっては借入れを抑えられる利点がありますが、性格としては事業者からの借入れであり、契約期間中に分割で返還していくのが一般的です。

    • 返還の方法(賃料との相殺か、別途の支払いか)と期間
    • 利息の有無
    • 中途解約時に、未返還の残額をどう精算するか
    • 建物や土地に担保を設定するか

    賃料と相殺して返還する仕組みの場合、事業者が途中で撤退すると、オーナーは賃料収入を失う一方で、残額の扱いをめぐって協議が必要になることがあります。協力金の返還条件と中途解約の条項は、必ず一緒に確認しましょう。

    また、オーナーに相続が起きたときに建設協力金の返還債務が残っていれば、相続人が引き継ぐことになります。相続税の計算では、被相続人の債務で確実と認められるものは遺産から控除できるとされていますが(国税庁 No.4126)、具体的な扱いは契約の内容に応じて確認が必要です。

    確認5:原状回復と内装・設備の所有区分

    事業者の仕様に合わせた建物では、内装や設備の多くを事業者が自ら施工することがあります。契約終了時に揉めやすいのが、どこまでを元に戻すのか、誰の費用で行うのかです。

    住宅の賃貸借では、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が、通常の使用による損耗や経年変化は賃貸人の負担とする考え方を示しています。ただし、このガイドラインは民間賃貸住宅を対象としたものです。事業用の建て貸しでは、契約で原状回復の範囲を具体的に定めておくことがより重要になります。

    • オーナーが施工する部分(躯体・外装・基本設備)と、事業者が施工する部分(内装・専用設備)の区分
    • 契約終了時に、事業者が施工した部分を撤去するか、そのまま残すか
    • 残す場合に、事業者から買取りを求められないか

    借地借家法には、賃借人がオーナーの同意を得て付加した造作を、契約終了時に時価で買い取るよう請求できる「造作買取請求権」の定めがありますが、これは特約で排除できるものとされています。契約書でどう定めているかを確認しておきましょう。

    確認6:撤退後の転用と、オーナー側の売却・相続

    建て貸しの建物は、特定の事業者の業態に合わせた造りになっていることが多く、事業者が撤退した後、次の借り手が見つかるか、ほかの用途に転用できるかが、出口の価値を左右します。

    • 天井高、床の荷重、駐車場の台数など、ほかの業態でも使える汎用性があるか
    • 用途を変える場合に、建築の手続や都市計画上の制限がないか(たとえば、用途を変更して床面積200㎡を超える一定の特殊建築物とする場合は、原則として建築確認の手続が必要です〔建築基準法87条〕)
    • 事業者の承諾なく、オーナーが土地・建物を売却できるか

    建物の賃貸借は、登記がなくても建物の引渡しがあれば、その後に建物を取得した人に対しても効力があるとされています。つまり、オーナーが建物を売却したり、相続が起きたりしても、賃貸借契約は新しい所有者に引き継がれるのが原則です。売却や相続の場面では、契約の内容がそのまま資産の価値と流動性に影響します。

    撤退の可能性をあらかじめ事業計画に織り込む考え方は、関連記事「土地活用の事業計画で撤退基準を決める」で解説しています。

    税金と承継で押さえておきたいこと

    建て貸しは、相続税の評価にも影響します。建物を建てて貸している土地は「貸家建付地」として、自用地としての価額から、借地権割合・借家権割合・賃貸割合を掛けた額を差し引いて評価します(国税庁 No.4614)。また、要件を満たせば、貸付事業用宅地等として小規模宅地等の特例(200㎡までの部分について50%の減額)の対象となりえますが、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は、原則として対象外とされています。ただし、相続開始の日まで3年を超えて事業的規模の貸付け(特定貸付事業)を続けていた場合は、新たに貸し始めた土地でも対象になります(国税庁 No.4124)。貸付用不動産の評価の見直し(通達案)で建物が新しい評価の対象になっても、この特例は使えると考えられます。

    ただし、評価が下がることと、財産として分けやすいことは別の問題です。一つの事業者に一括で貸している建物は、相続人の間で分けにくく、契約の残存期間や事業者の状況によって売却価格も大きく変わります。

    契約前のチェックリスト

    確認項目確認したい内容
    契約の型普通建物賃貸借か定期建物賃貸借か。定期の場合の方式・事前説明・終了通知
    期間契約期間・解約不能期間と、借入期間・耐用年数・大規模修繕時期の関係
    中途解約予告期間、違約金、残存期間の賃料の扱い
    賃料固定か改定か、改定の基準、減額時の返済への影響
    建設協力金・保証金返還方法、利息、中途解約時の精算、担保
    原状回復施工区分、撤去の範囲、造作の扱い
    転用・売却建物の汎用性、用途変更の制約、売却時の承諾
    承継相続人が契約と債務を引き継げるか、分け方

    AEGISの視点

    建て貸しの提案書には、多くの場合、長期の契約期間と安定した賃料、建築費と返済の計画が示されています。AEGISは、提案書を読むときに「賃料がいくら入るか」よりも先に、「どのような場合に、その賃料が途絶えるか」を契約書から読み取ることが大切だと考えています。

    中途解約、賃料改定、建設協力金の精算、原状回復——これらの条項は、いずれも「事業者の事業がうまくいかなくなったとき」に意味を持ちます。そして、その局面で建物と借入れを抱えるのはオーナーです。事業者の事業計画や財務を確認することと、契約条項でリスクの分担を決めておくことは、表裏一体の作業です。

    また、建て貸しの契約は20年、30年と続くことが多く、その間にオーナー側の相続が起きることを前提に考える必要があります。契約と建物、借入れ、建設協力金の返還債務を、誰がどのように引き継ぐのか。建て貸しを「土地の活用」としてだけでなく、家族が引き継ぐ事業の一つとして設計することが、長く続く土地活用につながると考えています。介護施設や保育所など、公的制度に支えられた事業者に貸す場合の特有の論点は「介護・保育施設に土地を貸すときの考え方」で整理しています。

    土地を貸す・活用する・売却するという大きな選択肢の比較は、Pillar記事「土地は『貸す・活用する・売却する』のどれを選ぶか」で解説しています。

    貸家建付地の評価や承継の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 建て貸しは、オーナーが建物への投資と借入れを引き受け、一つの事業者からの賃料で回収する土地活用です。
    • 普通建物賃貸借か定期建物賃貸借かによって、契約の終了、賃料の増減請求、手続の要件が大きく変わります。
    • 契約期間と借入期間、中途解約の条件、賃料改定の方法、建設協力金の精算は、セットで確認することが大切です。
    • 事業用の原状回復は、住宅向けのガイドラインに頼らず、施工区分と撤去の範囲を契約で具体的に定めておきましょう。
    • 事業者の撤退後の転用のしやすさと、オーナー側の売却・相続まで見通して契約を判断することが重要です。

    よくある質問

    Q. 建て貸しの契約は、普通建物賃貸借と定期建物賃貸借のどちらがよいですか?

    一概には言えません。普通建物賃貸借は事業者にとって安心感があり、長く借りてもらいやすい一方、オーナーから契約を終わらせるには正当事由が必要です。定期建物賃貸借は期間満了で確実に終了させられ、賃料改定の特約も定められますが、方式や事前説明、終了通知の手続を守る必要があります。将来の土地の使い方や借入期間とあわせて選ぶことが大切です。

    Q. 20年契約なら、20年間の賃料は保証されているのですか?

    契約期間が20年でも、中途解約が認められている場合は、事業者が予告期間を経て解約できる可能性があります。違約金の定めがあっても、残りの期間の賃料全額が支払われるとは限りません。契約期間と解約不能期間、違約金の内容を一緒に確認しましょう。

    Q. 「賃料を減額しない」という特約を入れておけば安心ですか?

    普通建物賃貸借では、借地借家法により、賃料が不相当になった場合には契約の条件にかかわらず増減を請求できるとされているため、減額しない特約があっても減額を求められる可能性は残ります。定期建物賃貸借で賃料改定に関する特約を定めた場合は、この増減請求の規定は適用されません。

    Q. 建設協力金を受け取ると、何に注意すればよいですか?

    建設協力金は事業者からの借入れの性格を持ち、契約期間中に返還していくのが一般的です。返還方法、利息の有無、中途解約時の残額の精算を確認してください。賃料と相殺して返還する仕組みでは、事業者が撤退した場合の扱いが特に重要です。オーナーの相続時には、返還債務が相続人に引き継がれます。

    Q. 事業者が撤退したら、建物はどうなりますか?

    建物はオーナーの所有として残ります。次の事業者を探すか、ほかの用途に転用するか、取り壊すかを検討することになりますが、建物が特定の業態に合わせた造りの場合、転用に大きな費用がかかることがあります。契約前に、建物の汎用性と撤退時の原状回復の範囲を確認しておくことが大切です。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 事業型不動産活用:保有不動産に合う事業を判定し、事業モデルの選定から開業・運営までを支援します。
    • 事業創造型土地活用:保有する土地・建物に合う事業を判定し、相続税の備えと承継までを一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『「全部自分でできる人」になる「不動産の仕事」大全』山本健司 著、ソシム、P.425-427、P.452-453
    • 『二訂版 実務家必携 実務借地権課税』中野欣治 編、大蔵財務協会、P.210-215
  • 個人事業をたたむときの手続と残った資産|廃業届・消費税・青色申告の取りやめから、在庫・設備・借入れの整理まで

    個人事業をたたむときの手続と残った資産|廃業届・消費税・青色申告の取りやめから、在庫・設備・借入れの整理まで

    個人事業の廃業は、税務署に廃業届を出せば終わり、というものではありません。①届出、②最後の確定申告、③残った資産と借入れの後始末、④廃業後の生活資金の4つを、順番に片づけていく作業です。

    とくに注意したいのは、事業をやめても、事業用の借入れや保証、売れ残った在庫や設備、廃業後に届く請求書は、そのまま経営者個人に残るという点です。会社と違い、個人事業では事業の財産と個人の財産が法的に分かれていないためです。

    この記事では、後継者がいない個人事業を廃業する場面を前提に、何をいつまでに行うか、税金がどこにかかるかを整理します。廃業を決める前に、事業を第三者に譲る道がないかを確認したい場合は、関連記事「個人事業を第三者に譲る方法」をご覧ください。

    廃業を決める前に確認したいこと

    中小企業庁の事業承継ガイドライン(第3版)は、廃業の相談を受けてもすぐに手続に進むのではなく、まず経営状況を見える化し、事業の継続や引継ぎの可能性を探ることを求めています。そのうえで、やむを得ず廃業を選ぶ場合には、債務超過などに追い込まれる前に、ある程度の余力があるうちに計画的に事業を終える「円滑な廃業」に向けた準備が望ましいとしています。

    廃業を決める前に、次の3点を確認しておくと、その後の判断がぶれにくくなります。

    • 引き継げるものはないか:設備、取引先、技術、従業員などは、事業全体ではなくても、経営資源として誰かに引き継げる場合があります。事業承継・引継ぎ支援センターは、こうした経営資源の引継ぎの相談にも応じています。
    • 資産と負債の差し引き:在庫・設備・売掛金を現金化し、借入金・買掛金・未払いの税金を払った後に、いくら残るか(あるいは足りないか)。
    • 廃業後の生活資金:廃業後の収入源と、当面の生活費をどう確保するか。

    会社を清算する場合との違いは、関連記事「黒字廃業を選ぶ前に比較したいこと」で解説しています。

    廃業の手続一覧

    税金に関する主な手続を、期限とともに整理すると次のとおりです。

    手続内容期限の目安
    個人事業の開業・廃業等届出書事業を廃止したことを税務署に届け出る(所得税法第229条)廃止した日の属する年分の確定申告期限まで
    所得税の青色申告の取りやめ届出書青色申告をやめる場合に提出する(同法第151条第1項)取りやめようとする年分の確定申告期限まで
    給与支払事務所等の廃止の届出書従業員への給与の支払をやめる場合(同法第230条)廃止の日から1か月以内
    事業廃止届出書(消費税)消費税の課税事業者が事業を廃止した場合(消費税法第57条第1項第3号)速やかに
    予定納税額の減額の承認申請廃業で所得が減る見込みの場合(所得税法第111条)第1期・第2期分はその年の7月15日まで(第2期分のみの場合は別の期限)
    廃業した年の確定申告1月1日から廃業日までの事業所得などを申告する翌年3月15日まで(原則)

    なお、青色申告の承認を受けている人が業務の全部を廃止した場合、廃止した年の翌年分以後は承認の効力が失われます(所得税法第151条第2項)。インボイス(適格請求書発行事業者)の登録を受けている場合は、事業廃止届出書を提出すると、事業を廃止した日の翌日に登録の効力が失われます(消費税法第57条の2第10項第2号)。

    このほか、個人事業税・住民税に関する都道府県・市区町村への届出、営業許可などの許認可の廃止の届出、従業員がいる場合の社会保険・雇用保険の手続、取引先や金融機関への連絡も必要です。許認可の廃止は、所管の役所ごとに期限や書式が異なるため、一覧を作って漏れを防ぎます。

    最後の確定申告で注意したいこと

    在庫:売っても、自分で使っても収入になる

    廃業時に残った商品や原材料(棚卸資産)は、売却すれば事業所得の収入になります。売らずに自分や家族のために使った場合も、その時の価額で収入に計上する必要があります(所得税法第39条)。消費税の課税事業者であれば、事業用の資産を家事のために消費・使用した場合も、消費税の課税対象とみなされます(消費税法第4条第5項第1号)。

    設備・車両:売却すると譲渡所得

    事業で使っていた機械・車両・備品などの固定資産を売却した場合は、原則として事業所得ではなく譲渡所得として扱われます。売却価格と帳簿上の未償却残高の差額などから所得を計算します。課税事業者であれば、売却代金は消費税の課税対象にもなります。売却できずに廃棄する場合は、除却に伴う損失の扱いも確認します。

    廃業後に生じた費用・損失

    廃業した後に、事業に関する費用の請求が届いたり、売掛金が回収できなくなったりすることがあります。こうした費用や損失で、事業を続けていれば必要経費になったはずのものは、廃業した年分またはその前年分の必要経費に算入できます(所得税法第63条)。すでに確定申告を済ませている場合は、その事実が生じた日の翌日から2か月以内に、更正の請求をすることができます(同法第152条)。

    廃業後もしばらくは、請求書や回収の状況を記録しておくことが大切です。

    残った資産と借入れをどう整理するか

    資産の行き先を決める

    廃業時の資産は、大きく「売る」「譲る」「自分で使う」「処分する」のいずれかに振り分けます。

    資産主な選択肢確認したいこと
    在庫売り切る、同業者に譲る、家事用に使う自家消費は収入計上、課税事業者は消費税も
    機械・車両・備品売却、同業者・後進に譲る、廃棄譲渡所得、消費税、廃棄費用の負担
    売掛金回収、回収不能分の整理廃業後の貸倒れは所得税法第63条の対象となり得る
    店舗・事務所(自己所有)貸す、売る、自宅として使う用途が変わることによる相続税の特例の適用の変化
    店舗・事務所(賃借)解約、原状回復解約予告期間、原状回復費用、保証金の精算

    自己所有の店舗を廃業後に人に貸す場合、収入は不動産所得になり、新たに届出が必要になることがあります。また、店舗兼住宅の敷地など、事業用として相続税の特例を受けられた可能性のある土地は、廃業によって扱いが変わります。将来の相続まで見据えて、使い方を決めることが大切です。

    借入れは個人に残る

    個人事業の借入れは、経営者個人の債務です。廃業しても返済義務はなくならないため、資産の売却代金や預金で返済するか、返済計画を金融機関と協議します。家族が保証人になっている場合は、その保証も残ります。

    返済が難しい場合や、保証の整理が必要な場合に利用できる仕組みとして、中小M&Aガイドラインの参考資料では、商工会議所等の「経営安定特別相談室」、「経営者保証に関するガイドライン」、地域経済活性化支援機構の特定支援業務(事業の債務と保証債務の一体的な整理)、日本弁護士連合会の相談窓口などが紹介されています。事業承継ガイドラインでは、信用保証協会の「自主廃業支援保証」など、廃業に必要な資金を支える制度にも触れています。返済に行き詰まってからではなく、廃業を決めた段階で金融機関や専門家に相談することが、取引先への影響を抑え、手元に残る財産を守ることにつながります。

    従業員と取引先への説明

    中小企業庁のアンケート調査では、廃業時に苦労したこととして、顧客・販売先への説明や従業員の処遇が上位に挙がっています。廃業の時期を決めたら、従業員の再就職先の相談、取引先への告知の時期、仕入れの停止の時期を逆算して計画します。

    廃業後の生活資金

    廃業後の生活を支える制度として、小規模企業共済があります。独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する、小規模事業者のための退職金制度で、廃業時に共済金を受け取ることができます。中小機構の案内によると、共済金を一括で受け取る場合は退職所得、分割で受け取る場合は公的年金等の雑所得として扱われます。加入している場合は、受取方法によって税負担や手取りが変わるため、廃業の時期とあわせて受取方法を検討します。

    廃業までのスケジュール例

    1. 廃業の1年〜半年前:資産・負債の一覧化、引継ぎ先の可能性の確認、金融機関への相談
    2. 3か月前:従業員・取引先への説明、仕入れの調整、賃借物件の解約予告
    3. 廃業日:営業の終了、在庫・設備の処分、最終の売上・経費の締め
    4. 廃業後1か月以内:給与支払事務所等の廃止届出、許認可や社会保険の手続、消費税の事業廃止届出書
    5. 翌年3月15日まで:廃業した年の確定申告、開業・廃業等届出書と青色申告の取りやめ届出書の提出(未提出の場合)
    6. その後:廃業後に届いた費用・回収不能の売掛金があれば、更正の請求を検討

    ※期限は原則的なものです。個別の事情により異なる場合があります。

    実務上注意したいポイント

    • 届出の期限は手続ごとに違う:所得税の届出は確定申告期限まで、給与支払事務所等の廃止は1か月以内など、期限がそろっていません。
    • 消費税の最後の申告を忘れない:課税事業者は、廃業した年の消費税の申告も必要です。
    • 帳簿・書類は保存を続ける:廃業後も、法定の期間は帳簿や書類を保存する必要があります。
    • 個別事情で結論が変わる:資産の処分方法や税額は、事業の内容と資産の状況によって異なります。

    AEGISの視点

    個人事業の廃業相談では、「手続を早く終わらせたい」という声をよく聞きます。もちろん手続を正しく終えることは大切ですが、AEGISは、廃業を「事業の財産を、家族の財産と生活に組み替える作業」と捉えることが大切だと考えています。

    個人事業では、店舗の土地や建物、車、預金が、事業用と家計用の両方を兼ねていることが少なくありません。廃業によって、それらの役割が変わります。店舗を貸すのか売るのか、借入れをどの資産で返すのか、共済金をどう受け取るのかといった選択は、廃業後の生活だけでなく、将来の相続の形にも影響します。

    また、廃業を決めた後でも、設備や顧客を引き継いでくれる相手が見つかることがあります。手続に進む前に一度立ち止まり、「残せるものは何か」を確認することをおすすめします。事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    生前に事業用資産の行き先を決めておく方法については、関連記事「個人事業主が遺言で備えること」も参考になります。

    まとめ

    • 個人事業の廃業は、届出・最後の確定申告・資産と借入れの整理・生活資金の4つを順番に進めます。
    • 所得税の開業・廃業等届出書は、廃止した年分の確定申告期限までに提出します。消費税の課税事業者は事業廃止届出書も必要です。
    • 在庫の自家消費は収入に計上し、設備の売却は原則として譲渡所得になります。
    • 廃業後に生じた事業の費用・損失は、廃業年またはその前年の必要経費にでき、2か月以内に更正の請求ができます。
    • 借入れは個人に残るため、廃業を決めた段階で金融機関や支援機関に相談することが大切です。

    よくある質問

    Q. 廃業届はいつまでに出せばよいですか?

    所得税の「個人事業の開業・廃業等届出書」は、事業を廃止した日の属する年分の確定申告期限までに提出します(所得税法第229条)。ただし、給与支払事務所等の廃止の届出は1か月以内、消費税の事業廃止届出書は速やかに提出するなど、手続ごとに期限が異なるため注意が必要です。

    Q. 青色申告をしていた場合、何か手続が必要ですか?

    青色申告をやめる場合は、取りやめようとする年分の確定申告期限までに「青色申告の取りやめ届出書」を提出します。なお、業務の全部を廃止した場合は、廃止した年の翌年分以後、青色申告の承認は効力を失います。廃業した年の確定申告は、青色申告として行うことができます。

    Q. 売れ残った商品を家で使った場合も、税金がかかりますか?

    はい。棚卸資産を家事のために消費した場合は、その時の価額を事業所得の収入に計上します(所得税法第39条)。消費税の課税事業者であれば、消費税の課税対象にもなります。少額でも記録を残しておくことが大切です。

    Q. 廃業した後に、仕事で使っていた機械の修理代の請求が来ました。経費にできますか?

    事業を続けていれば必要経費になったはずの費用であれば、廃業した年分またはその前年分の必要経費に算入できます(所得税法第63条)。すでに確定申告を済ませている場合は、請求が確定した日の翌日から2か月以内に更正の請求ができます。

    Q. 借入金が残ったまま廃業できますか?

    廃業すること自体は可能ですが、借入金は個人の債務としてそのまま残ります。資産の売却などで返済しきれない見込みであれば、早めに金融機関と返済方法を協議し、必要に応じて経営安定特別相談室などの支援機関や弁護士への相談を検討してください。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金、民事信託(いわゆる家族信託)、遺言、契約、金融機関対応などを確認します。
    • 税務顧問と経営管理:税務申告・会計・納税予測・資金繰りをつなげて、経営の判断を支援します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍・その他資料

    • 中小企業庁『中小M&Aガイドライン(第3版)』参考資料8「円滑な廃業を支援する施策」、p.1-2
    • 『税理士のための 所得税重要ポイント実務ガイド 〜令和2年3月申告用〜』天池&パートナーズ税理士事務所 編、税務研究会出版局、P.49
  • 農業経営を子に引き継ぐときの準備|農地等の納税猶予(贈与税・相続税)の使い方と打切り、施設の敷地、法人化との比較

    農業経営を子に引き継ぐときの準備|農地等の納税猶予(贈与税・相続税)の使い方と打切り、施設の敷地、法人化との比較

    農業経営を子に引き継ぐときは、「農地をどう渡すか」と「農業経営そのもの(施設・機械・販路・人)をどう渡すか」を一緒に設計することが大切です。

    農地については、後継者が農業を続けることを条件に、贈与税や相続税の納税を猶予する制度があります。親が元気なうちに農地をまとめて後継者に贈与する「生前一括贈与」の納税猶予と、相続のときに使う相続税の納税猶予の2つです。どちらも負担を大きく抑えられる可能性がある一方、農業をやめたり農地を手放したりすると猶予が打ち切られ、利子税とあわせて納税が必要になるという性格を持っています。

    この記事では、2つの納税猶予の違いと打切りの仕組み、倉庫や直売所など農地以外の敷地の扱い、法人化との比較を、農業経営の承継という視点から整理します。相続した農地や生産緑地を「続ける・貸す・転用する」の観点から比べたい場合は、関連記事「相続した農地・生産緑地をどうするか」もあわせてご覧ください。

    農業経営の承継で引き継ぐもの

    農業経営は、多くの場合、個人事業として営まれています。経営者個人が農地や施設を所有し、自分の名前で販売先と取引しているため、承継では資産と契約を一つずつ後継者に移す必要があります。

    引き継ぐもの主な内容相続税での主な扱い・確認点
    農地・採草放牧地田、畑、果樹園など一定の要件のもとで農地等の納税猶予の対象
    温室などの敷地耕作に使われている温室等の敷地農地に当たる場合は納税猶予の対象となり得る
    倉庫・作業場の敷地農機具置き場や農作業用の建物の敷地(宅地)小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)の対象となり得る
    直売所・加工施設などの敷地生産緑地内に許可を得て設けた施設など農地として扱われるか、個別の確認が必要
    機械・設備トラクター、乾燥機、ハウス設備など通常の評価。事業用資産としての承継も検討
    販路・契約・ノウハウ出荷先、農協との取引、栽培技術、地域との関係税務上の評価とは別に、計画的な引継ぎが必要

    税金の制度は「どの土地が、何の用途に使われているか」で分かれます。承継の準備は、まず土地ごとの用途と所在地(市街化区域かどうか、生産緑地かどうか)を一覧にすることから始まります。

    2つの納税猶予:生前一括贈与と相続

    農地等の納税猶予には、贈与税の制度(租税特別措置法第70条の4)と相続税の制度(同法第70条の6)があります。国税庁のタックスアンサー(令和8年4月1日現在法令等)をもとに、主な違いを整理すると次のとおりです。

    比較の視点贈与税の納税猶予(生前一括贈与)相続税の納税猶予
    使う場面親が農業を営んでいる間に、後継者へ農地を贈与する農業を営んでいた親から、相続・遺贈で農地を取得する
    渡し方農業に使っている農地の全部(採草放牧地・準農地は一定部分)を、推定相続人の1人にまとめて贈与相続人のうち、要件を満たす「農業相続人」が取得する
    猶予される税額贈与を受けた農地等に係る贈与税農地等の価額のうち、農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税
    免除される主な場面贈与者または受贈者の死亡農業相続人の死亡など
    その後贈与者が死亡すると、農地は相続で取得したものとみなされ相続税の対象に。要件を満たせば相続税の納税猶予に切り替えられる猶予期間中は農業の継続と届出が必要

    生前一括贈与は、親が元気なうちに経営の主導権と農地を後継者に移せるのが特徴です。ただし、農地の全部をまとめて1人に贈与することが前提のため、一部の農地だけを先に渡すことはできません。また、相続時精算課税を選んで贈与を受けた農地は、この納税猶予の対象になりません。

    相続税の納税猶予は、相続の時点で農業を引き継ぐ相続人が農業を続ける場合に使います。農業投資価格は、農地として利用する前提の価格として国税局が定めるもので、国税庁の「財産評価基準書」で確認できます。

    相続税の納税猶予で確認したい主な要件

    • 農業相続人であること:民法上の相続人で、一定の要件を満たすことについて農業委員会の証明を受けた者に限られます。国税庁の質疑応答事例では、包括遺贈を受けた孫は相続人ではないため対象にならないとされています。
    • 申告期限までに分割されていること:申告期限までに遺産分割が終わっていない農地は、原則として対象になりません。
    • 担保を提供すること:猶予を受ける税額に相当する担保が必要です。
    • 対象となる農地であること:市街化区域内の一部の農地(特定市街化区域農地等)は対象外とされるなど、所在地によって扱いが異なります。

    猶予が打ち切られる場面

    納税猶予は「農業を続ける限り」の制度です。次のような場合には、猶予されていた税額の全部または一部について期限が確定し、利子税とあわせて納付が必要になります(租税特別措置法第70条の6第1項・第7項ほか)。

    • 譲渡・転用・貸付け・耕作放棄など:特例を受けた農地について、これらの合計面積が20%を超えると、原則として猶予税額の全部が打ち切られます。20%以下の場合は、その部分に対応する税額が打ち切られます。
    • 農業経営の廃止:特例を受けた農地に係る農業経営をやめた場合です。
    • 継続届出書の未提出:相続税の申告期限の翌日から3年を経過するごとに、農業経営を続けている旨の届出書を税務署長に提出する必要があります(同条第32項)。この届出書には農業委員会の証明を添付するのが通例で、提出がないと猶予が打ち切られることがあります。

    一方で、すべての転用や貸付けが打切りの対象になるわけではありません。たとえば、その農業に係る事務所、作業場、倉庫などの施設の敷地にするための転用は、打切りの対象となる転用から除かれています(租税特別措置法施行令第40条の7)。また、病気などで営農が難しくなった場合の一定の貸付け(営農困難時貸付け)や、農地中間管理事業などによる一定の貸付け(特定貸付け)は、届出などを条件に猶予を続けられる仕組みがあります。

    猶予が免除されるのは原則として農業相続人の死亡時ですが、市街化区域内の一定の農地については、申告期限の翌日から20年を経過した日に免除される場合もあります。いずれにしても、猶予を受けた後継者には、長い期間にわたって農業を続け、手続を欠かさない覚悟が求められることを、家族で共有しておくことが大切です。

    農地以外の敷地をどう扱うか

    倉庫・作業場の敷地は小規模宅地等の特例を検討

    国税庁のタックスアンサー(小規模宅地等の特例のQ&A)では、農機具の収納や農作業を行うための建物の敷地は、他の要件を満たす限り、特例の対象となる事業用の宅地等に当たるとされています。特定事業用宅地等に当たれば、400㎡まで評価額を80%減額できます。一方、耕作に使われている温室などの敷地は農地に当たり、こちらは農地等の納税猶予の対象となり得るとされています。

    土地ごとに「宅地か、農地か」を確認し、使える特例を取り違えないようにすることが大切です。小規模宅地等の特例は、どの相続人が取得するかで適用が変わるため、関連記事「小規模宅地等の特例は誰が取得するかで変わる」もあわせて確認してください。

    直売所・農家レストランを設ける場合

    生産緑地の中には、市町村長の許可を受けて、その地域で生産された農産物を使う製造・加工施設、販売施設、料理を提供する施設を設けられる仕組みがあります(生産緑地法第8条第2項)。農業の6次産業化として後継者が取り組む例もありますが、施設の敷地がそのまま納税猶予の対象である「農地」として扱われるかどうかは、土地の状況や用途地域によって判断が分かれ得ます。猶予を受けている農地や、これから猶予を受けたい農地に施設を設ける場合は、着手前に税務署や農業委員会への確認が欠かせません。

    法人化との比較

    農業経営を法人化して、法人ごと後継者に引き継ぐ方法もあります。法人化には、経営と家計の分離、雇用の確保、取引上の信用といった利点があります。一方、農地を法人に移す場合は、農地法上の要件を満たす法人(農地所有適格法人)であることが必要です。

    納税猶予との関係では、国税庁の質疑応答事例で、特例を受けた農地を農地所有適格法人に出資した場合は打切りの計算から除外される扱いがある一方、貸し付けた場合や譲渡した場合にはその扱いがないとされています。猶予を受けている途中で法人化する場合は、移し方によって打切りの有無が変わるため、慎重な確認が必要です。

    個人の事業用資産全般を対象とした個人版事業承継税制の考え方は、関連記事「個人版事業承継税制で個人事業を引き継ぐ」で解説しています。

    準備の進め方

    1. 土地の一覧をつくる:所在地、地目、現況の用途、市街化区域・生産緑地の別、納税猶予の適用状況
    2. 後継者の意思と経営の形を確認する:農業を一生の仕事として続けるのか、規模を広げるのか、法人化するのか
    3. 生前一括贈与か相続かを比べる:親の年齢と健康状態、経営の主導権を移す時期、他の家族への配分
    4. 農地以外の財産と家族への配分を考える:自宅、金融資産、施設の敷地。後継者以外の子への配慮
    5. 遺言で農地の行き先を確定させる:申告期限までの分割が要件となるため、遺言の有無は特例の使いやすさに直結します

    実務上注意したいポイント

    • 猶予は「免除」ではない:免除までの期間が長く、途中で事情が変われば打切りになり得ます。
    • 既に猶予を受けている農地の扱い:親が過去に相続税の納税猶予を受けている場合、その農地を後継者に贈与・貸付けすると、親の猶予にも影響します。現状の確認が先です。
    • 農業委員会との関係:要件の証明や継続届出の証明など、農業委員会の手続が随所に関わります。
    • 個別事情で結論が変わる:特例の適用可否や税額は、土地の所在と用途、家族の状況によって異なります。

    AEGISの視点

    農業の承継では、納税猶予の制度をどう使うかに目が向きがちです。しかしAEGISは、まず「後継者が、この先何十年、どのような農業経営をしたいのか」を家族で言葉にすることが出発点だと考えています。

    納税猶予は、農業を続ける後継者にとって大きな支えになる一方、使えば長い期間にわたって農地の利用と手続が縛られます。後継者が規模拡大や6次産業化、法人化を構想しているなら、その計画と猶予の要件がぶつからないかを先に確認しておく必要があります。反対に、将来は農地を手放す可能性があるなら、猶予を受けないという判断もあり得ます。

    また、農家の財産は、農地・宅地・自宅が一体になっていることが多く、後継者に農地を集めると、他の子との配分が難しくなります。農業経営の承継は、家族全体の財産承継の中に位置付けて考えることが大切です。事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 農業経営の承継では、農地と経営(施設・機械・販路・人)を一緒に設計します。
    • 農地等には、生前一括贈与の贈与税の納税猶予と、相続税の納税猶予があります。
    • 譲渡・転用・貸付け・耕作放棄が20%を超える、農業経営を廃止する、3年ごとの継続届出を出さないといった場合には、猶予が打ち切られることがあります。
    • 倉庫・作業場の敷地は小規模宅地等の特例、温室の敷地は納税猶予というように、土地の用途で使える特例が異なります。
    • 法人化や直売所の設置は、猶予との関係を事前に確認したうえで進めることが大切です。

    よくある質問

    Q. 農地の一部だけを先に子へ贈与して、納税猶予を受けることはできますか?

    贈与税の納税猶予(生前一括贈与)は、農業に使っている農地の全部(採草放牧地・準農地は一定部分)を推定相続人の1人に贈与することが前提です。一部の農地だけを贈与した場合は、この特例の対象になりません。

    Q. 孫に農業を継がせたい場合、相続税の納税猶予は使えますか?

    相続税の納税猶予を受けられる農業相続人は、民法上の相続人に限られます。国税庁の質疑応答事例でも、相続人でない孫が包括遺贈で農地を取得した場合は対象にならないとされています。孫を後継者とする場合は、生前の贈与や養子縁組の有無など、別の方法を含めて検討が必要です。

    Q. 納税猶予を受けた農地に、農機具を入れる倉庫を建ててもよいですか?

    その農業に係る事務所、作業場、倉庫などの施設の敷地にするための転用は、打切りの対象となる転用から除かれています。ただし、建物の用途や規模、手続によって判断が分かれることもあるため、着手前に確認することをおすすめします。

    Q. 親が病気で農作業ができなくなったら、納税猶予は打ち切られますか?

    農業経営を廃止したと判断されると打ち切られますが、営農が困難になった場合の一定の貸付けや、農地中間管理事業などによる一定の貸付けについては、届出などを条件に猶予を続けられる仕組みがあります。後継者への生前一括贈与を含め、状況に応じて選択肢を比べます。

    Q. 納税猶予が打ち切られると、どのくらいの負担になりますか?

    打ち切られた部分の猶予税額に加えて、猶予期間に応じた利子税を納める必要があります。猶予期間が長いほど負担は大きくなりやすいため、将来の土地利用の見通しを踏まえて、猶予を受けるかどうか自体を判断することが大切です。

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    • 個人事業の継続と承継:個人事業を長く続け、次の世代へ引き継ぐための事業資金、民事信託(いわゆる家族信託)、遺言、契約、金融機関対応などを確認します。
    • 相続と資産承継:不動産・自社株・金融資産・借入れ・ご家族の意向を確認し、納税資金・財産配分・遺言・承継の実行を一体で検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和7年版 相続税・贈与税関係 租税特別措置法通達逐条解説』甲斐裕也 編、大蔵財務協会、P.845-872
  • 事業承継ファンドに会社を譲るという選択|事業会社への売却との違い、経営・役員・従業員はどうなるか

    事業承継ファンドに会社を譲るという選択|事業会社への売却との違い、経営・役員・従業員はどうなるか

    事業承継ファンドに会社を譲るとは、投資家から資金を集めて運用する投資ファンドに自社株を売却し、ファンドの支援のもとで経営体制を整えたうえで、数年後にファンドが次の株主へ株式を引き継ぐという選択です。後継者がいない会社にとって、事業会社への売却と並ぶ第三者承継の選択肢の一つです。

    ファンドへの譲渡には、会社の独立性を保ちやすい、社内の人材を次の経営者に育てやすい、管理体制の強化を支援してもらえる、といった特徴があります。一方で、ファンドはいずれ株式を手放すことが前提の株主であり、価格の考え方や調査の厳しさ、従業員の受け止め方にも、事業会社への売却とは違う点があります。

    この記事では、ファンドの仕組みと、事業会社への売却との違い、譲渡を決める前に確認したいことを整理します。

    事業承継ファンドとは

    ファンドは、一般に、投資会社が運営者となって年金基金や金融機関などの投資家から資金を集め、その資金で未上場企業などの株式を取得する仕組みです。日本では、投資事業有限責任組合契約に関する法律にもとづく組合(投資事業有限責任組合)の形がよく用いられます。この法律は、事業者に投資するための組合について、無限責任組合員と有限責任組合員を区別する制度を定め、事業者への円滑な資金供給を目的としています。

    公的な機関もファンドに関わっています。中小企業基盤整備機構は、民間の投資会社などとともに投資ファンドを組成し、資金供給とハンズオン支援によって中小企業の新事業展開や再編・承継、再生を後押しするファンド出資事業を行っています(個別企業への投資は各投資会社が行います)。

    「事業承継ファンド」という呼び方に法律上の定義があるわけではありません。一般には、後継者問題を抱える中堅・中小企業の株式を取得し、経営の引継ぎを支援することを主な投資目的とするファンドを指します。

    ファンドの基本的な行動原理

    ファンドを理解するうえで押さえておきたいのは、次の2点です。

    • 期限のある資金で投資している:ファンドの資金には運用期間があり、投資家にリターンを返す必要があります。そのため、取得した株式は一定期間の後に売却などで現金化することが前提です。この出口を「エグジット」と呼び、専門書籍では保有期間は3〜5年程度が一般的とされています。
    • 企業価値を高めることで利益を得る:ファンドは、経営管理の仕組みづくりや人材の補強、営業の強化などを通じて会社の価値を高め、エグジットのときの売却価格との差で利益を得ます。

    エグジットの方法には、事業会社への売却、別のファンドへの売却、経営陣による買取り(MBO)、株式上場などがあります。中小企業では、事業会社への売却やMBOが現実的な選択肢になることが多いとされます。

    事業会社への売却との違い

    表1:ファンドへの譲渡と事業会社への売却の比較

    観点事業承継ファンドへの譲渡事業会社への売却
    株主としての期間数年後に再び売却されることが前提長期保有が前提であることが多い
    経営の独立性会社の独立性を保ったまま経営体制を整えることが多い買い手のグループに組み込まれ、統合が進むことが多い
    経営陣社内の幹部の登用や、外部からの経営人材の招へいを支援買い手から役員が派遣されることが多い
    価格の考え方将来の収益力とエグジット時の価値から逆算し、投資効率を重視自社との相乗効果(シナジー)を価格に織り込むことがある
    株式の取得割合過半数の取得にとどめ、オーナーが一部を持ち続ける形もある全株式の取得を求めることが多い
    買収前の調査次の売却を見据え、事業・財務・法務とも詳細になりやすい買い手の方針により濃淡がある
    従業員・取引先の受け止め「次にまた売られる」ことへの不安が生じやすい新しい親会社の方針への不安が生じやすい

    ※AEGISが論点整理のために作成した表です。実際の条件はファンド・買い手ごとに大きく異なります。

    親族内承継・従業員承継・M&Aの全体の比較は、関連記事「親族内承継・従業員承継・M&Aの比較」で整理しています。

    ファンドへの譲渡が選択肢になりやすい会社

    ファンドへの譲渡がとくに検討されやすいのは、次のような会社です。

    • 社内に経営を担える人材はいるが、株式を買い取る資金がない:株式はファンドが取得し、経営は社内の幹部が引き継ぐことで、資本と経営を分ける形をとれます。幹部が将来MBOで株式を買い取る道を残す設計もあります。
    • 事業には競争力があるが、管理体制が弱い:経理・人事・労務などの管理体制をファンドの支援で整え、企業としての体力をつけてから次の株主に引き継ぐ、という段階的な承継が考えられます。
    • 同業他社のグループに入ることに抵抗がある:会社の名前や独立性をしばらく保ちながら、承継の準備を進めることができます。

    一方で、ファンドには投資の対象とする事業規模や業種の基準があり、売上規模や利益水準が一定以上でないと検討の対象になりにくい、という指摘もあります。規模の小さい会社では、ファンドが既に投資している会社が買い手となる形(いわゆるロールアップ)で話が進むこともあります。

    価格と条件の考え方

    価格

    ファンドは、会社の将来の収益力(償却前の営業利益など)をもとに事業の価値を見積もり、そこに手元資金などを加味して株式の価値を考えるのが一般的です。エグジット時に見込める価値から逆算して投資効率を判断するため、相乗効果を織り込む事業会社より価格が抑えめになることもあれば、成長の余地を評価して競争力のある価格が提示されることもあります。価格だけで比べず、条件全体で判断することが大切です。

    主な条件

    ファンドとの交渉では、価格以外に次のような条件が論点になります。

    • オーナーの残り方:引継ぎ期間中、代表取締役として残るのか、会長や顧問として支援するのか、期間と報酬をどうするか
    • 一部の株式を持ち続けるか:オーナーが一部の株式を保有し続け、エグジットのときにファンドと一緒に売却する形もあります
    • 経営陣への動機付け:残る役員や幹部に株式やストック・オプションを持ってもらうか
    • 表明保証と補償:会社の財務や法務などについて売り手が保証する内容と、違反があった場合の補償の範囲
    • 経営者保証の扱い:会社の借入れに付いているオーナーの個人保証を、譲渡のときにどう解除・移行するか

    中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、最終契約における表明保証や株価の調整に関する条項、経営者保証の扱い、クロージング後の経営統合(PMI)などについて、譲り渡す側が留意すべき点が示されています。ファンドが相手の場合も、これらの論点は同じように重要です。売却後にオーナーが担う役割と条件は、関連記事「M&A後に売り手オーナーが担う役割と条件」で詳しく解説しています。

    税金

    オーナーが個人で保有する株式をファンドに売却した場合、譲渡益は他の所得と分けて課税される申告分離課税となり、税率は所得税15%・住民税5%(このほか復興特別所得税)です。令和9年分以後の譲渡では、復興特別所得税の税率が1.1%(令和8年分までは2.1%)となり、これに加えて防衛特別所得税(税率1%)が課されます(いずれも所得税額〔基準所得税額〕に対する率)。株式の対価と役員退職金の組み合わせ方によって手取り額が変わることもあるため、関連記事「会社売却と役員退職金の組み合わせ」もあわせてご覧ください。

    会社・役員・従業員・取引先はどうなるか

    会社と役員

    ファンドの保有期間中、会社は独立した会社として事業を続けるのが一般的です。ファンドは取締役を派遣して経営方針の決定に関わり、事業計画や予算・実績の管理、月次の報告体制などを導入します。オーナーが退いた後の社長を、社内の幹部から登用するか、ファンドが外部から招くかは、交渉の段階で確認しておきたい点です。

    従業員

    雇用や処遇がすぐに大きく変わることは多くありませんが、管理の仕組みが整う過程で、目標管理や評価制度の導入など、働き方に変化が生じることはあります。また、数年後に再び株主が変わることが前提であるため、従業員が将来に不安を抱きやすい点には配慮が必要です。

    取引先と金融機関

    取引先や金融機関には、株主がファンドに変わったこと、将来さらに株主が変わる可能性があることが伝わります。主要な取引契約に、株主の変更を契約の解除事由などとする条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)がないかを事前に確認し、説明の順序と内容を準備しておく必要があります。

    エグジットのとき

    最も気になるのは、数年後に誰に売られるかでしょう。ファンドによって、次の売却先の選び方や、元のオーナーや経営陣の意向をどこまで尊重するかは異なります。エグジットの方針は、譲渡を決める前に必ず確認しておきたい事項です。

    譲渡を決める前に確認したいこと

    表2:ファンドに確認したい質問

    確認したいこと質問の例
    投資の方針当社に投資する理由は何か、どのように企業価値を高める計画か
    保有期間とエグジット想定する保有期間と、エグジットの方法・売却先の選び方は
    経営体制社長は誰が務めるのか、社内の幹部をどう処遇するのか
    オーナーの役割引継ぎ期間中の立場・期間・報酬はどうなるか
    従業員雇用・処遇・制度について、どのような方針か
    実績同じような規模・業種への投資と、その後の経過はどうだったか

    ※AEGISが論点整理のために作成した表です。

    ファンドの中には、一度取得した株式を長く保有することを掲げる会社や、経営者を志す個人と組んで投資先を探す形(いわゆるサーチファンド)もあります。名称だけで判断せず、上のような質問を通じて、自社にとっての意味を確かめることが大切です。

    実務上注意したいポイント

    • 事業会社とファンドを並べて比べる:最初からどちらかに絞らず、条件と将来像を並べて比較すると判断がしやすくなります。
    • 調査への対応力を確認する:ファンドの買収前調査は詳細になりやすく、資料の準備に負担がかかります。管理部門の体制を見ておきましょう。
    • 個人と会社の資産を分けておく:オーナー個人名義の事業用不動産や会社との貸し借りは、譲渡の前に整理しておくことが望まれます。
    • 支援機関の立場を確認する:仲介者かフィナンシャル・アドバイザーかによって、助言の立場は異なります。中小M&Aガイドラインの考え方も参考になります。

    AEGISの視点

    AEGISは、事業承継ファンドを「最終的な引継ぎ先」ではなく、「次の引継ぎに向けて会社を整えるための、期間限定のパートナー」と捉えています。ファンドに株式を譲ることで、オーナーは経営から離れる時期をつくり、会社は管理体制や人材を整える時間を得ます。その先に、事業会社への売却やMBOといった本当の承継先が控えています。

    そのため、ファンドへの譲渡を考えるときは、譲渡価格だけでなく、エグジットのときに会社と従業員がどのような姿になっていてほしいかをオーナー自身が言葉にしておくことが大切です。あわせて、売却で得た資金をどう管理し、家族への承継や社会への還元にどうつなげるかまで考えておくと、譲渡の判断に一貫性が生まれます。

    事業承継をどこから始めればよいか、全体像は関連記事「事業承継は何から始めるべきか」で、会社売却の準備は「会社売却を考えるなら何年前から準備するか」で解説しています。

    まとめ

    • 事業承継ファンドへの譲渡は、ファンドに自社株を売却し、その支援のもとで経営体制を整え、数年後にファンドが次の株主へ引き継ぐ選択肢です。
    • ファンドは期限のある資金で投資しているため、エグジットが前提であり、価格は投資効率から考えられます。
    • 社内に経営人材はいるが株式を買う資金がない会社や、管理体制を強化したい会社では、有力な選択肢になり得ます。
    • オーナーの残り方、一部株式の継続保有、表明保証、経営者保証、従業員への説明など、価格以外の条件も重要です。
    • エグジットの方針と売却先の選び方は、譲渡を決める前に必ず確認しておきたい事項です。

    よくある質問

    Q. ファンドに売ると、会社はすぐに転売されてしまうのですか?

    ファンドは一定期間の後に株式を手放すことが前提で、専門書籍では保有期間は3〜5年程度が一般的とされています。すぐに転売されるわけではありませんが、いずれ株主が変わることを前提に、エグジットの方法や売却先の選び方を事前に確認しておくことが大切です。

    Q. 社長は売却後も会社に残れますか?

    残り方は交渉で決まります。引継ぎのために一定期間代表として残る形、会長や顧問として支援する形、売却と同時に退く形などがあります。ファンドは経営の引継ぎ体制を重視するため、期間・役割・報酬を最初の段階から話し合っておくと安心です。

    Q. 事業会社に売るより価格は低くなりますか?

    一概にはいえません。ファンドは投資効率を重視するため価格が抑えめになることもありますが、成長の余地を評価して競争力のある価格を提示することもあります。価格だけでなく、独立性、経営体制、従業員への影響、エグジットの方針などを含めて比べることをおすすめします。

    Q. 従業員にはいつ、どのように伝えればよいですか?

    一般に、最終契約の締結後など、条件が固まった段階で伝えることが多いとされています。ファンドが株主になる意味や、雇用・処遇の方針、将来の見通しを、ファンドとも相談しながら丁寧に説明することが、不安を和らげるうえで大切です。

    Q. 全株式ではなく、一部だけファンドに売ることはできますか?

    ファンドの方針によっては、過半数の株式を取得し、残りをオーナーが持ち続ける形も考えられます。この場合、エグジットのときにオーナーの株式も一緒に売却する取り決めなどを結ぶことが一般的なため、契約の内容を事前に確認しておく必要があります。

    関連するAEGISのソリューション

    この記事のテーマに関連する、AEGISのソリューションです。

    • M&A:会社売却の方針や取引条件、税引後の受取額、売却後の資産管理までを検討します。
    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどの方法を比較しながら承継計画を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『中小企業M&AのFA業務マニュアル』渡部潔 著、中央経済社、2025年、第2部第7章「事業承継ファンド」(P.100-122)
  • 医療法人の事業承継と出資持分の整理|出資の評価・払戻請求への備え・持分なし医療法人への移行をどう考えるか

    医療法人の事業承継と出資持分の整理|出資の評価・払戻請求への備え・持分なし医療法人への移行をどう考えるか

    持分のある医療法人を次の世代に引き継ぐときは、「誰が法人を運営するか(社員・理事長)」と「誰が出資持分という財産を持つか」を分けて整理することが出発点です。

    医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が法人の中に積み上がりやすく、出資持分の評価が知らないうちに大きくなっていることがあります。その結果、理事長の相続で多額の相続税がかかる、親族の出資者が退社する際に高額の払戻しを求められる、といった事態が承継の障害になり得ます。

    選択肢は大きく、①持分を残したまま計画的に後継者へ移す、②出資者全員が持分を放棄して「持分の定めのない医療法人」へ移行する、の2つです。②には、厚生労働大臣の認定を受けて移行する「認定医療法人」の制度があり、税務上の特例と組み合わせて使えます。この認定を受けられる期限は、2026年10月時点で令和11年(2029年)12月31日までとされています。

    この記事では、出資持分が承継で問題になる理由、持分を残す場合と移行する場合の考え方、判断の順番を整理します。

    持分のある医療法人とは

    医療法人には社団と財団があり、社団たる医療法人には「持分の定めのあるもの」と「持分の定めのないもの」があります。持分の定めのある社団医療法人では、出資者が出資額に応じた財産的な権利(出資持分)を持ち、定款の定めにより、退社時の払戻しや解散時の残余財産の分配を受けられる仕組みになっているのが一般的です。

    平成19年4月以降は、持分の定めのある社団医療法人を新たに設立することはできなくなりました。それ以前に設立された法人は、当分の間「経過措置医療法人」として存続が認められています。厚生労働省の公表資料によると、令和8年3月31日現在、医療法人59,893法人のうち、持分のある社団医療法人は35,104法人で、なお多数を占めています。

    承継を考えるうえで押さえたい医療法人の特徴は次の3つです。

    • 剰余金の配当ができない(医療法第54条)。利益は内部に留保され、純資産が増えていきます。
    • 社員総会の議決権は社員1人につき1個(医療法第46条の3の3)。出資の多寡と議決権は結びついていません。
    • 出資者と社員は必ずしも一致しない。出資持分を持たない社員や、社員でない出資者が存在し得ます。

    このため、医療法人の承継では「出資持分を誰に移すか」と「社員総会・理事会を誰が担うか」を、それぞれ確認する必要があります。

    出資持分が承継の障害になる3つの場面

    出資持分が問題になるのは、主に次の3つの場面です。AEGISでは、承継の検討に入る前に、この3つのどこに自院のリスクがあるかを確認することをおすすめしています。

    場面何が起きるか確認すること
    理事長などの相続出資持分が相続財産となり、評価額に応じて相続税がかかる出資持分の相続税評価額、納税資金、後継者以外の相続人への配分
    出資者の退社定款の定めに従い、退社した出資者が払戻しを請求できる定款の払戻条項の文言、払戻しに応じた場合の資金繰り
    持分の分散相続のたびに出資者が増え、法人運営と無関係な出資者が生じる出資者名簿と社員名簿、親族間の関係

    相続税:出資持分は「取引相場のない株式」に準じて評価される

    持分の定めのある社団医療法人の出資は、相続税の計算上、取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。国税庁の質疑応答事例では、類似業種比準方式を用いる場合の業種目は「その他の産業」、会社規模の区分は「小売・サービス業」によるとされています。

    医療法人は配当ができず、出資と議決権も結びついていないため、出資者は原則としてすべて同じ評価方式(原則的評価方式)で評価されることになります。少数の出資者だから低い評価で済む、とは限らない点に注意が必要です。

    内部留保が厚い医療法人ほど純資産価額が大きくなり、評価額も高くなる傾向があります。最近の決算書をもとに、一度試算しておくことが判断の起点になります。

    払戻請求:定款の文言で金額が大きく変わる

    出資者が退社した場合の払戻しは、法律に明文の規定がなく、各医療法人の定款に従います。古い定款例に沿って「出資額に応じて払戻しを請求できる」と定めている法人では、払戻額が当初の出資額にとどまらず、法人の財産の評価額に出資割合を乗じた額として算定される可能性があります。内部留保が大きい法人では、払戻しに応じることで資金繰りや診療の継続に影響が出かねません。

    払戻しを受けた側にも課税が生じます。所得税法では、法人からの退社による持分の払戻しで、出資に対応する金額を超えて受け取った部分は配当とみなされます(所得税法第25条)。払戻しの問題は、法人と出資者の双方の税負担まで含めて考える必要があります。

    分散:出資者の把握が出発点

    相続を重ねると、診療に関わっていない親族が出資者になっていることがあります。まずは出資者名簿と社員名簿を突き合わせ、「誰が、どれだけの出資持分を持ち、誰が社員か」を一覧にすることが、どの選択肢をとる場合にも最初の作業です。

    持分を残したまま承継する場合の考え方

    出資持分を残したまま後継者に引き継ぐ場合は、株式会社の自社株承継と同じように、評価額を見ながら移転の方法と時期を組み合わせていきます。

    • 生前に移す:後継者への贈与や譲渡で、計画的に出資持分を移します。評価額が下がる時期(大きな設備投資の後や、役員退職金の支給後など)を見ながら進めるのが一般的です。
    • 相続で移す:遺言で後継者に出資持分を集める設計です。他の相続人の遺留分との関係も確認が必要です。
    • 社員の交代と組み合わせる:出資持分の譲渡だけでは社員の地位は移りません。定款に従った社員の入社・退社の手続や、理事・理事長の選任をあわせて行います。

    評価の仕組みは、自社株の評価と共通する部分が多くあります。原則的評価方式と配当還元方式の違いなどは、関連記事「非上場株式の評価方法をどう検討するか」で解説しています。

    ただし、持分を残す限り、相続税と払戻しのリスクは次の世代にも引き継がれます。後継者自身が将来同じ問題に直面することも見据えて判断する必要があります。

    持分なし医療法人へ移行する場合の考え方

    もう一つの選択肢は、出資者全員が出資持分を放棄し、定款を変更して「持分の定めのない医療法人」に移行する方法です。定款の変更には社員総会の決議と都道府県知事の認可が必要です(医療法第54条の9)。いったん移行すると、持分のある医療法人に戻ることはできません。

    移行に伴う課税の基本

    国税庁の文書回答事例(平成17年4月27日回答)では、個人の出資者が持分なしの医療法人への移行に伴って出資持分を放棄する場合、譲渡所得の課税は生じないと解されています。

    一方、医療法人の側では、出資持分の放棄によって受ける経済的利益について、出資者の親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められるときは、法人を個人とみなして贈与税が課税される仕組みがあります(相続税法第66条第4項)。役員等の親族割合の制限などの要件を満たして「不当減少」に当たらない形で移行するか、次の認定医療法人制度を利用するかが、実務上の分かれ道になります。

    認定医療法人制度と税制上の特例

    認定医療法人制度は、持分なし医療法人への移行計画について厚生労働大臣の認定を受け、計画に沿って移行を進める仕組みです。厚生労働省の案内(令和8年9月15日更新)では、制度の期限は令和11年12月31日までとされています。税制上は、主に次の特例が設けられています(租税特別措置法第70条の7の9〜第70条の7の14)。

    特例内容留意点
    医療法人が受ける経済的利益への贈与税を課さない特例認定医療法人が移行期限までに持分なし医療法人へ移行する際、出資者の放棄による経済的利益に相続税法第66条第4項を適用しない移行後6年を経過する日までに認定が取り消されると、法人を個人とみなして贈与税が課される
    相続税の納税猶予・免除相続で出資持分を取得した相続人について、申告期限に認定医療法人であれば、持分に対応する相続税の納税を移行期限まで猶予し、期限までに持分をすべて放棄すれば免除担保の提供が必要
    相続税の税額控除相続開始から申告期限までに持分を放棄した場合、放棄に相当する相続税額を控除申告期限までに払戻しを受けた場合などは適用できない
    贈与税の納税猶予・税額控除他の出資者の放棄により残った出資者が受ける経済的利益への贈与税について、猶予・控除を受けられる移行計画どおりに進めることが前提

    すでに相続が発生している場合は、相続税の申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)までに認定を受けている必要があるとされています。認定の申請から決定までには時間を要するため、制度の期限が近づくほど余裕がなくなる点に注意が必要です。

    移行後に変わること

    持分なし医療法人になると、出資持分という個人の財産はなくなり、相続税や払戻しの問題は生じなくなります。その代わり、法人の財産を出資者個人に戻す道は閉じられます。解散時の残余財産も、国・地方公共団体や他の医療法人など一定の者に帰属させることになります(医療法第44条第5項)。

    医療法人の運営は、引き続き社員総会と理事会が担います。移行後の承継は、財産の移転ではなく、社員と理事・理事長の交代によって行うことになります。

    判断の順番

    AEGISでは、次の順番で検討を進めることをおすすめしています。

    1. 現状の把握:出資者・社員の一覧、定款の払戻条項、直近の決算書をそろえる
    2. 評価の試算:出資持分の相続税評価額と、払戻しを求められた場合の想定額を試算する
    3. 後継者と体制の確認:後継者となる医師がいるか、社員総会・理事会をどう構成するか
    4. 選択肢の比較:持分を残して移すか、移行するか。移行するなら、要件を満たして移行するか、認定医療法人制度を使うか
    5. 期限の逆算:認定の期限や、相続が起きた場合の申告期限から逆算して工程を組む

    個人開設の診療所を引き継ぐ場合の手続は、関連記事「個人開業医の診療所を引き継ぐ方法」で、これから医院を法人化する場合の考え方は「個人の医院を医療法人にするとき」で扱っています。

    実務上注意したいポイント

    • 定款を最初に読む:払戻条項、社員の入社・退社の手続、残余財産の帰属先の定めは、法人ごとに異なります。
    • 出資者全員の合意が必要:持分なしへの移行は、出資者全員の放棄が前提です。親族関係が複雑な場合は、合意形成に最も時間がかかります。
    • 移行後の運営要件を確認する:認定医療法人の特例は、移行後も一定期間、運営に関する要件を満たし続けることが前提です。
    • 後継者がいない場合も早めに:医師の後継者がいない場合、第三者への承継や合併、解散も選択肢になります。どの道を選ぶ場合も、出資持分の整理は避けて通れません。
    • 個別事情で結論が変わる:特例の適用の可否や税額は、法人と家族の状況によって異なります。

    AEGISの視点

    医療法人の承継相談では、「持分なしに移行すべきか」という問いから始まることが少なくありません。しかしAEGISは、その前に「この医療法人を、誰の、何のための器として次の世代に残したいのか」を確認することが大切だと考えています。

    出資持分は、理事長家族にとっては大きな財産です。一方で、地域医療を担う法人にとっては、払戻しや相続のたびに経営の安定を揺るがしかねない要素でもあります。持分を残すことは家族の財産を守る選択であり、移行することは法人の永続性を優先する選択です。どちらが正しいかではなく、家族の資産全体(自宅や診療所の不動産、金融資産、退職金)と、法人の将来像をあわせて見たうえで、どこに線を引くかの問題です。

    また、医療法人の承継は、自社株の承継と比べて「経営権(社員・理事)」と「財産権(出資持分)」のずれが大きいのが特徴です。承継計画では、この二つを別々の欄に書き出し、それぞれ誰に、いつ移すのかを明確にしておくことが、親族間の行き違いを防ぐ第一歩になります。

    事業承継の全体像は、Pillar記事「事業承継は何から始めるべきか」で整理しています。

    承継に関わる資産構造や評価の論点については、アイジス税理士法人の専門領域でもAEGISの考え方を紹介しています。

    まとめ

    • 持分のある医療法人の承継では、社員・理事長(経営)と出資持分(財産)を分けて整理します。
    • 出資持分は取引相場のない株式に準じて評価され、内部留保が厚いほど相続税や払戻しの負担が大きくなりやすくなります。
    • 持分を残して計画的に移すか、持分なし医療法人へ移行するかが大きな分かれ道です。
    • 認定医療法人制度の認定期限は、2026年10月時点で令和11年12月31日です。相続発生時は申告期限までの認定が必要とされます。
    • 具体的な評価額や特例の適用可否は、法人と家族の個別事情によって異なります。

    よくある質問

    Q. 持分のある医療法人の出資は、相続税でどのように評価されますか?

    取引相場のない株式に準じて評価されます(財産評価基本通達194-2)。医療法人は配当ができず、出資と議決権が結びついていないため、出資者は原則として同じ評価方式で評価されます。内部留保が大きいほど評価額は高くなる傾向があるため、決算書をもとに試算しておくことをおすすめします。

    Q. 出資者が退社すると、出資額だけを返せばよいのですか?

    定款の定め方によります。出資額を限度とする定め(いわゆる出資額限度法人)であればその範囲になりますが、出資額に応じて払い戻す旨の定めの場合は、法人の財産の評価額をもとに算定される可能性があります。払戻しを受けた側では、出資を超える部分が配当とみなされて課税されます。

    Q. 認定医療法人の制度は、いつまで使えますか?

    厚生労働省の案内では、制度の期限は令和11年12月31日までとされ、その日までに移行計画の認定を受ける必要があります。税制上の特例も、この期間内に認定を受けた医療法人が対象です。期限直前は手続が混み合う可能性があるため、早めの検討が望まれます。

    Q. 理事長が亡くなった後からでも、納税猶予の特例は使えますか?

    相続税の申告期限において認定医療法人であれば、出資持分に対応する相続税の納税猶予を受けられる可能性があります。また、申告期限までに持分を放棄した場合の税額控除の特例もあります。いずれも申告期限までに認定を受けている必要があるとされるため、相続後すぐに検討を始めることが大切です。

    Q. 持分なし医療法人に移行すると、家族には何も残らないのですか?

    出資持分という財産はなくなりますが、理事長などの役員として受け取る報酬や退職金、医療法人に貸している個人所有の不動産などは、移行後も家族の財産として残り得ます。移行を検討する際は、法人の外にある家族の資産も含めて、全体のバランスを見ることが重要です。

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    • 事業承継:後継者、経営権、株式、資金、ご家族の意向を確認し、贈与・相続・売買・M&Aなどを比較しながら承継計画を検討します。
    • 自社株評価と資本設計:非上場株式などの評価と株主構成を確認し、承継・売買・寄附などの目的に合う資本設計を検討します。

    参考資料・出典

    公的資料・一次情報

    書籍

    • 『令和8年版 非上場株式の評価の仕方と記載例』松本好正 著、大蔵財務協会、P.469-489
    • 『Q&A医療機関の組織変更の実務と税務 第3版』税理士法人山田&パートナーズ 編、財経詳報社、P.29-44、P.209-234
    • 『Q&A各種法人の事業承継の実務』東京弁護士会親和全期会 編、新日本法規出版、P.113-120